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2023.5.1 ~11 2023年度予算と少子化対策 (2023年5月14、18、19、24、26、28、29《図》日に追加あり)
(1)2023年3月28日に成立した114兆円の2023年度予算について


             すべて2022.12.24日経新聞

(図の説明:1番左の図は、2023年度予算で過去最大の114兆3,812億円だが、うち35兆6,230億円は新規国債発行で賄われており、税収割合も低いが、税外収入が極めて少ない。左から2番目の図は、高齢者が増えることを理由に物価高の中で年金給付抑制をしているが、これは命にかかわることで、そもそも目的外支出せずに要支給額を積み立てておけば何の問題もなかった。このうち明らかな無駄遣いは出産時の10万円給付で、出産にかかわる費用を保険適用すればすむことだ。また、脱炭素を進めれば税外収入を増やしたり、農林漁業への補助金を減らしたりできるツールであるため、積極的にやらない理由はない。右から2番目の図のように、マクロ経済スライドなどとしてただでさえ少ない年金を物価上昇に比べて抑制する政策は、高齢者の生活を不可能にする。1番右の図のように、高齢者人口が増えれば年金・医療・介護費用が増えるのは当然なので、地道に無駄遣いをなくすことなく無理に社会保障費を抑制すれば社会保障の水準が下がるのである。まさか「高齢者は、生きているだけで無駄遣いだ」などと言うつもりはあるまい)

 *1-1のように、①2023年度予算の一般会計総額は過去最大の114兆3,812億円で ②防衛費は(ロシアによるウクライナ侵攻を踏まえて?)2022年度当初予算と比較して26%増えた6兆7,880億円だが、政府は5年間で43兆円程度を充てる計画を立てているため、初年度の2023年度には前年度より1兆4,192億円増額したそうだ。

 しかし、②の防衛費増のうち、「反撃能力」に活用する長射程ミサイルや艦艇などの購入は前から言われているため、ロシアのウクライナ侵攻とは関係ない。また、弾薬・装備品の維持整備等の「継戦能力」強化も本当に必要な金額は防衛費そのものであるため、ロシアのウクライナ侵攻とは関係ない。そのため、「ロシアによるウクライナ侵攻」を言い訳にして何でもありにしている点が、信頼性に欠けるのである。

 また、②社会保障費は一般会計の3割にあたる36兆8,889億円で高齢化による医療・介護費用の増加により前年度より6,154億円増 ③国債の元利払いに充てる国債費は25兆2,503億円で9,111億円増 ④地方交付税に一般会計から出す額は5,166億円増えて16兆3,992億円 だそうだ。

 社会保障費は、いらない人にまで車椅子を買わせたり、薬を必要以上に処方したり、薬の値段を高く設定しすぎたりしている無駄遣いを除き、高齢者が増えれば医療・介護費用が増えるのは当然であるため、増えた高齢者の人数より社会保障費の増加分を抑えるのは、人の命にかかわることである。

 さらに、新型コロナ対策の予備費も計上して ⑤コロナ・物価高対策として4兆円 ⑥ウクライナ危機対策1兆円を充当し ⑦税収は過去最高の69兆4,400億円だが ⑧35兆6,230億円の新規国債を発行して歳入不足を穴埋めし ⑨歳入総額に占める借金割合は31.1%(2000年代半ばまでは2割台)と高い水準だそうだ。

 2023年度も新型コロナ対策の予備費を計上する意味はわからないが、⑤のように、コロナ・物価高対策をまとめて4兆円と記載してある。しかし、物価高対策こそ、「ロシアによるウクライナ侵攻」を理由にロシアに“制裁”し、逆制裁を受けての値上がりであるため、「ロシアへの制裁に関する物価高対策」として明確に区別し、戦争のコストとして認識すべきだ。また、⑥の書き方では、何に使った費用か不明だ。

 歳出額の明細をきちんと開示して国民の目に明らかにすることは、節約できるものとそうでないものを明確にする第一歩である。また、国債がなければ国債利払いと元本返済は不要であり、実質的に必要な他のことに使えるのである。

 日本が無駄遣いを続けるわけにいかないのは、⑦のように税収が過去最高でも、⑧のように新規国債を35兆6,230億円も発行して歳入不足を穴埋めしなければならず、⑨のように、歳入総額に占める借金割合が31.1%もあるからで、その上、国債は利払いと元本返済がごっちゃに表示されるため、借金がいくら減って、利子がいくらかかったのかもわからない状態だ。

 そのため、国への公会計制度の導入は、適切な歳出を確保するツールなのである。

(2)日本のGDPについて


      2021.10.25FinTech    2015.2.13NNAAsia    2016.5.25ITI

(図の説明:1番左の図は、国全体の名目GDPで日本は世界3位だが、左から2番目の購買力平価《その貨幣でどれだけのモノが買えるか》によるGDPは、インドに抜かれて世界4位である。そして、右から2番目の図のように、購買力平価ベースの国のGDPは次第に下がっていく予想だが、1番右の図のように、1人当たり実質GDPの順位はこれよりもずっと低い)

 *1-2は、日本の2022年のGDPが世界3位を維持したと記載しているが、これは国全体の名目GDPの話で、長く続いた金融緩和により、物価は上昇し、円安にもなり、円の実質的価値が下がったため、購買力平価による国全体のGDPは、上図のように、世界4位だ。しかし、1人当たり実質GDPは、2020年時点で世界30位にすぎない。

 この中で、国民生活の豊かさを最もよく示すのは、1人当たり実質GDPだが、購買力平価による1人当たりGDPの比較があればなおよい。何故なら、国全体の名目GDPが高くても、人口が多かったり、物価が高かったりしてGDPが高くなっているだけであれば、1人当たりの購買力は小さいからである。

 しかし、ある国の国際的地位は、国力(国民数・政治・経済・軍事・科学・技術・文化・情報等の能力や影響力の総合)によって変化し、国力が特に高い国は大国として大きな存在感を示すことができる。そのため、政府にとっては、1人当たり実質GDPよりも、国全体の名目GDPの方が重要なのだろう。

 なお、1位米国、2位中国の順位は2028年までは変わらず、先進国の2022年の成長率が2.7%だったのに対してインドの成長率は6.8%に達し、日本は円安で人口8,336万人のドイツにも1,580億ドル差まで迫られたそうだ。人口の多い中国・インドの国全体のGDPが大きくなるのは必然で、成熟国よりも新興国の方が成長率が高いのも普遍的にみられる現象だが、日本は特に振るわないため、おいおいその原因を記載していくつもりだ。

(3)少子化について


2022.4.18労働政策研 2023.4.18DmenuNews 2022.8.12佐賀新聞 2021.5.28日経新聞

(図の説明:1番左の図は、1955~2021年の日本の実質GDP成長率で、左から2番目の図と比較すればわかるように、人口が1億人以下だった時に8~13%の高い成長率を示している。しかし、当時の生産年齢人口は2050年以降の推計と変わらないのである。つまり、高度経済成長は、人口増によって起こったのではなく、ハングリー精神を持つ国民が必要なものをがむしゃらに生産したことによって起こったのであり、ニクソンショックは、ドルの切り下げ、第1次・第2次石油危機は、中東産油国が原油価格を70%引き上げたことによって起こったのだが、その後も、日本はエネルギーの変換をはじめ必要な改革を怠ったため高コスト構造が継続し、実質成長率が持ち直すことはなかった。また、右から2番目の図のように、日本のジェンダーギャップ指数は女性活躍の分野で著しく悪いが、これにより、女性の方が多く持っている生活に直結する具体的な知識・経験を政策に反映させることができず、観念的な議論と雇用確保のためのバラマキに終始して経済が停滞したのである。最後に、1番右の図のように、難民認定率を著しく低くして外国人差別をしたことは、賃金を高止まりさせて重要な産業を失う結果を招いている)

1)国力は人口のみに依存するのか?
 日経新聞は、*2-1-1・*2-1-2で、①国立社会保障・人口問題研究所が公表した日本の「将来推計人口」で、人口は2056年に1億人を下回り、2070年に8700万人に減る ②人口規模を保てなければ国力は縮みかねない ③政府は子育て支援拡充などで出生率の維持・向上を目指す ④日本が2030年に現在の成長率を確保するには労働生産性を2.5倍にする必要がある ⑤女性の労働力率が男性並みになれば、GDPを519.5兆円まで引き上げられる ⑥経済成長を維持するため、政府は高齢者や女性の労働参加率を高めて社会全体の生産性向上を狙う ⑦2070年に9人に1人が外国人となって外国人が下支えする構図が鮮明だが、外国人の家族も住みやすい社会づくりに向けた外国人政策が必要で、移民受入の論議も避けて通れない と記載している。

 このうち、①は推計を含むものの事実に近いだろうが、②の「人口規模を保てなければ国力が縮む」というのは、その人口の使い方によって異なるため、事実ではない。何故なら、上の左から2番目の図は、65歳以上の人をしつこく「高齢者で働けず、支えられる人」と定義しているが、これを実態に合わせて75歳以上にするだけでも状況は変わるからである。

 ③の政府の子育て支援拡充は、⑤のように、女性を支え手にカウントし、女性も自己実現できるようにするために必要不可欠なのであって、出生率の維持・向上ばかりを目的にすると女子差別撤廃条約に反して女性の自己決定権を阻害することになり、そうなれば、また静かに生涯未婚率が上がるだろう。しかし、⑥のように、“高齢者”の定義を改め、女性や65歳以上の人の労働参加率を高めて社会全体の生産性を上げることは重要だ。

 さらに、④の労働生産性を上げることは必要だが、それは日本が現在の低い成長率を2030年にも維持し続けるためではなく、高い賃金を得て豊かに暮らすには、それに見合った働きが必要だからである。

 なお、⑦の「2070年に9人に1人が外国人となる」というのは、「外国人」の定義を考え直す必要があるし、「外国人は下支えする人」というのは、日本人の根拠なき傲慢さである。そして、外国人差別をして門戸を閉ざすことなく、外国人の家族も住み易く、子の教育に心配がなければ、日本に移住したい人は少なくないだろう。

 そのほか、*2-1-1・*2-1-2は、⑧高齢化で社会保障費は急増するが、社会の担い手が先細れば現役世代が高齢者を支える現行社会保障制度も維持は難しい ⑨内閣府によれば、2060年代に1億人の人口規模を維持できれば高齢化率もピークアウトする ともしている。

 ⑧は、65歳以上が高齢者で、高齢者は働けないから全員支えられる人であり、女性の労働参加率は不変で、外国人労働者を支え手として認識することなどせず、現行制度は改善しないという前提でのみ言えることであるため、意欲なき思考停止状態と言わざるを得ない。

 また、⑨は、上にも述べたとおり、食料自給率38%・エネルギー自給率12%しかなく、雇用維持と称して補助金やバラマキをし続けている国が言うべきことではないため、まず、これらを解決するようにすれば、自然と道は開ける。


2)人口減少で現役世代が減り続けるとGDPはマイナス成長になるか?
 *2-2-1は、第一生命経済研究所主任エコノミスト星野氏の話として、①人口が縮小すると働き手が減って潜在成長率を押し下げ ②GDP成長率は2030年代には0%台前半、2040年にはマイナス成長で ③経済成長がなければ年金・介護・医療等の社会保障制度の保険料負担増が避けられない としている。

 しかし、①②については、上の図で説明したとおり、労働参加率を変えることによって「人口減少≠働き手の減少」にできる。例えば、高齢者・女性・外国人などの多様な労働力を積極的に参加させれば、支え手が増えると同時に、多様な発想を擦り合わせることによって多角的な検討ができ、そこにイノベーションが生まれる。また、高コスト構造で日本から逃げだしていた産業を再活性化することもできるため、GDP成長率はむしろ上がるだろう。

 また、③についても、非正規ではなく正規雇用として、自己実現に結びつく働き方ができるようにすれば、被用者の福利は増し、支え手も増えて、社会保障の保険料負担増は避けられる。

 *2-2-1は、元内閣府審議官の前川氏の話として、④総人口の減少以上に成長の原動力となる15〜64歳の生産年齢人口減少が大問題で ⑤経済成長は資本と労働と生産性によるが ⑥IT・AI等の第4次産業革命が進展する中でイノベーションを起こすには、教育を受けて高度な知的能力を身につけた現役世代の力がより大切で ⑦その層が減ることは日本の成長力が落ちていくことを意味する とも記載している。

 このうち④については、寿命が延びても65歳以上は働き手(=支え手)になれず、女性や外国人の労働参加率も変えないとしている点で、それこそ発想が硬直的すぎる。また、⑤の国全体の生産性は、国民の数だけでなく労働参加率や個々の労働者の生産性も含む関数であり、個々の労働者の生産性は年齢・性別・国籍に依るわけではない。さらに、⑥の「イノベーションを起こせる人材」とは、必要な教育を受けて専門能力を身につけた人であり、それは年齢・性別・国籍とは関係なく、むしろ混成チームの方が多面的な検討ができるため、イノベーションを起こしやすいのだ。

3)人口減を前提にした社会とは?
 *2-2-2は、①国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口は外国人を含む日本の総人口が2070年に8,700万人で2020年から約3割減少し ②15~64歳の生産年齢人口は2020年に7,509万人だったが、2045年には2割減って5,832万人になり、外国人数が横ばいなら減少率は3割に近づき ③2070年の外国人数は939万人と総人口の1割を超え ④在留外国人数は2022年6月で2015年末より約3割増えたが、今後は人材獲得競争が激しくなるためこの流れが中長期的に続く保証はなく ⑤今回の推計で人口減少のトレンドが改善したと受け止めるのは楽観的すぎ、日本人と同等に処遇して海外に見劣りしない水準に賃金を引き上げなければ日本は選ばれなくなる ⑥日本はさまざまな重要な決断を迫られる大きな変革期にある 等と記載している。

 このうち①②については、(3)の1)2)で述べたので省くが、③④⑤については、地方の農林漁業やインフラ整備、繊維産業などでも外国人労働者は有用であるため、若い人が多いが雇用の足りない国で労働者を募集したり、難民を欧米並みに受け入れたりすれば、働き手の減少はカバーできる。その理由は、日本の教育や社会保障は、開発途上国と比較すれば、まだ良いからで、今は、⑥のとおり、次々と合理的な決断を行っていくべき時なのだ。

 年金については、日本ほど国民との契約をないがしろにするいい加減な国はないと思われるため、1日も早く退職給付会計の計算方式と同じ積立方式に変更すべきで、変更する際は、決して特定の世代に2重払いや3重払いをさせる不公正なことが起こらないよう配慮すべきだ。

 なお、2-2-3は、⑦いま日本各地で「人手不足」が叫ばれている ⑧今後はAIの活用で省人化を徹底しつつ ⑨貴重な労働力は社会機能の維持に不可欠な業務や経済を牽引する生産性の高い業務に集約する必要がある ⑩新たな担い手も発掘したい 等も記載している。

 国はまだ外国人差別から抜け出せていないようなので、⑦については、人手不足を感じる地域の企業・農協・漁協・森林組合などが、地方自治体と協力して日本で働くことを前提に労働力の余っている国で外国人を募集して雇用し、日本で働いてもらう方が速そうだ。

 また、⑧⑩はそのとおりだが、⑨ができるためには、教育の質の向上・義務教育期間の延長・安価な公教育の提供などが必要不可欠である。

4)少子化対策の財源について
 *2-3は、①民間有識者による令和国民会議が社会保障制度改革に関する提言を発表し、持続可能な少子化対策の財源は税を軸に安定的に確保するよう求めた と記載している。

 日本国憲法は、第4条2項で「国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については授業料を徴収しない」と定め、教育は人材を育てて国力を増すために必要不可欠なものであるため、義務教育は無償化することを憲法制定時から宣言していた。従って、その原資には憲法第30条によって国民が支払う税を使うのが当然で、これは安定財源と称する消費税ではなく、所得税・法人税・相続税などから支出することを予定していたものである。つまり、教育費は基本となる重要な支出であるから、無駄遣いを廃して叩き出せということだ。

 また、*2-3は、②世代間や所得差による負担の不公平感の是正を進め ③医療体制を強化するよう提案し ④公表された提言は「公正・持続・効率」の三原則で社会保障制度を再設計すると明記したが ⑤政府・与党内で浮上する社会保険料を引き上げて財源にする議論が先行することに待ったをかける内容だ 等も記載している。

 しかし、既に重い累進課税制度によって税を応能負担しているため、社会保障給付に残った保有資産を反映させれば、②④は、頑張って稼いだ人に対して持続の名の下に二重課税や懲罰を行ったことになる。また、③も、医療・介護保険を既に応能負担しているため、サービスを受ける時まで負担割合に差をつけると、二重取りになってむしろ不公正・不公平なのである。

 また、「少子化で労働力不足になって困るのは企業」であり、「女性の労働参加率を上げるべきなのも企業」であるから、保育や学童保育等の少子化関連費用を法人税等を原資として支出するのも極めて自然である。

 なお、⑤社会保険料を引き上げて財源にする案は、社会保険料の内容による。例えば、育休手当を雇用保険から支出したり、妊娠・出産にかかる医療・介護費用を医療保険や介護保険から支出するのは極めて合理的だが、年金原資を流用するのは詐欺的行為で全く合理性がないわけだ。

5)人口減で労働力や国内需要はしぼむのか?
 *2-4は、少子高齢化で人口減少が続き、①企業は女性・高齢者の雇用を拡大し ②コンビニや製造業等の現場で外国人労働者の受け入れも進めた ③セルフレジ導入や無人コンビニ等のAIを駆使した省人化や ④朝型勤務推奨で社内出生率と労働生産性を上げた会社もある ⑤人口減少は国内市場の需要縮小も意味する としている。

 これまで書いてきたとおり、①②は不十分で、働きたい人材を活用しきれていないのが日本の現状である。その理由には働き方や評価の不合理があるため、能力主義に基づく公正な評価と評価に見合った賃金体系の構築が必要だろう。

 また、③の自動化・省力化は、生産性向上や多様な人材の活用に役立つ重要なツールで、④は、つきあい残業を減らして生産性を上げ、同時に自由時間を増やした事例だが、働く時間帯を夜から朝に変えたとしても、女性が長時間労働しながら子育てするのは困難だと、私は思う。

 なお、⑤の人口減少は国内市場の需要縮小も意味するというのは、やるべきことをやらずに危機感を煽っている。何故なら、日本では、必要なサービスでも提供されていないものが多いからで、子を育てるには良質で便利な保育サービスが必要だが十分に提供されていないし、自宅療養するには訪問診療・訪問看護・訪問介護などのサービスが必要だが、(政府が管轄しているせいか)どれも制限が多くてなかなか便利なものが提供されないのである。

 つまり、人口構成の変化・家族構成の変化・価値観の変化等によって必要とされる財やサービスは変わるため、提供する財やサービスも変えなければ売上げは増えないが、それを行わずに、なくなったニーズを追いかけているのが需要が縮小したように見える大きな理由なのである。

6)人手不足でも移民は受け入れないのか?


    2020.4.4mitsukari        nippon.com      2023.1.7日経新聞

(図の説明:1番左の図は、日本で働く外国人労働者数の推移だが、「専門的・技術的分野の在留資格」以外は「身分に基づく在留資格」「技能実習」「留学生等の資格外活動」で、左から2番目の図のように、2017年までは就労を目的としない在留資格という建前で働いていたため、労働法による保護がなかった。しかし、実態は人材不足を補う労働力であるため、右から2番目の図のように、骨太の方針に「人材不足を補う就労目的の在留資格の創設」が明記された。しかし、外国人が家族を帯同したり、日本で家族ができたりした場合、1番右の図のように、現在のところ公立校に外国人の受入体制がない地域も多い)


  2019.1.7Economist  2022.3.23GlobalSaponet   2018.10.11朝日新聞

(図の説明:左図は国籍別在留外国人数の推移で、2018年に入管法が改正され、右図の特定技能1号・2号の在留資格ができた。中央の図のように、特定技能1号・2号の在留資格なら特定産業分野では就労できるが、この在留資格で働ける人は技能実習を終えた人か日本語と技能試験に通った人のみで、技能実習制度も未だ残っており、外国人労働者に対し閉鎖的である)

イ)特定技能2号の拡大について
 日本政府は、*2-5-1のように、経済界等の要望を受けて、在留期間の更新に制限がなく家族を帯同できる「特定技能2号」を現行の2分野から11分野に大幅拡大し、幅広い分野で外国人の永住に道を開く方針だそうだが、「移民受け入れに繋がる」という反発もあるそうだ。

 しかし、少子化で「労働力が減少するのが問題」と言いつつ、移民の受け入れには反対し、高コスト構造にしたまま、多くの産業を日本からなくすのは筋が通らないため、反対する人は事実に基づいて首尾一貫した説明をする必要がある。

 そして、そもそも仕事というのは、一定の教育を受けた人が慣れれば専門性を獲得して即戦力になるもので、それは日本人か外国人かを問わない。そのため、外国人にのみ変なハードルを課して家族の帯同や永住を拒否すれば、選択肢の多い有能な人ほど日本を避け、その結果、日本は安価で良質の労働力を雇用する機会を失い、産業を衰退させ、産業がなくなれば技術者がいなくなって技術もなくなり、当然、イノベーションも起きなくなるのである。

ロ)技能実習制度の廃止について
 *2-5-2は、①技能実習制度は国際貢献という建前と違って人手不足を補っている ②政府の有識者会議が「技能実習制度」を廃止して「人材確保」「人材育成」を目的とする制度に抜本的に見直す必要があると指摘した ③政府は在留期間の更新に制限がなく、永住に道を開く特定技能2号の対象分野を大幅に拡大する方針を示した 等と記載している。

 確かに①は、建前と違って開発途上国から働きに来た労働者から搾取し、使い捨てにする制度になっており、これは最高裁が「日本国憲法第3章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶと解すべき」としているため、憲法違反だ。

 そのため、②の「技能実習制度」を廃止して「人材確保」「人材育成」を目的とする制度に抜本的に見直す必要があるというのに賛成だ。また、③の政府が特定技能2号の対象分野を大幅に拡大するのもよいと思う。

 が、不法行為でなければ政府が予定していなかったことをしてもよいと思うし、政府が予定していなかったようなところから新しい付加価値が生まれることは多いため、むしろ対象分野を政府が狭く設定しない方がよいのではないだろうか。

ハ)入管法について
 *2-6-1は、①“不法残留”する外国人の迅速な送還や入管施設での長期収容解消を目的とした入管難民法改正案が自民・公明・日本維新の会・国民民主の賛成多数により衆院で可決され ②改正の柱は難民認定申請中でも3回目以降の申請者や3年以上の実刑判決を受けた人の送還を可能にしたことで ③出入国在留管理庁は、難民申請中に一律に送還が停止される規定の“乱用”が送還を妨げ、収容の長期化も招いていると問題視していた と記載している。

 しかし、①③について、不法とされる内容は有効な旅券を持っていない入管法違反で(https://nyukan-bengoshi.com/nyuukanhouihan_syurui/)、亡命や難民申請をする人が自国政府から有効な旅券を発行してもらえる筈はないのである。そのため、②のように、難民認定申請中の人を強制送還することは、*2-6-4に書かれているとおり、「死刑執行ボタンを押すこと」に等しい。

 ここで注意すべきことは、日本は難民認定基準の厳しさから、難民条約批准国であるにもかかわらず、難民認定率が2021年でも0.7%にすぎず、ドイツ25%や米国32%等の先進国と比較して極端に少ないことだ。そのため、その難民認定基準を維持したまま、出入国在留管理庁の言うとおりに送還を促進すれば、本来保護すべき人の命を危険に晒すのである。それにもかかわらず、これまで難民認定率を低くしてきたのは日本人の雇用を護るためにほかならないが、人手不足が叫ばれる中、その必要は既にない。

 さらに、日本国憲法は前文で、「④われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会で名誉ある地位を占めたいと思う ⑤全世界の国民が、等しく恐怖と欠乏から免がれ、平和に生存する権利を有することを確認する ⑥いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」と述べているが (https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm#zen) 、この難民認定率の低さや外国人に対する偏狭さ・配慮のなさは憲法違反であり、とても名誉ある地位を得られるものではない。また、長期的には、平和維持にも貢献しない。

 そのため、*2-6-3のように、「入管難民法の改正は、罪のない人に手錠をかけ、先の見えない人生に追いやる」として、入管難民法改正案の廃案を訴え、東京で3500人が反対デモを行った。「杉並から差別をなくす会」など外国人支援や反差別運動に取り組む約100団体が賛同した実行委員会がこれを呼びかけ、参加者は「入管は人権守れ!」と書いたプラカードを手に、高円寺から阿佐谷まで練り歩いたそうだ。私も、*2-6-2に、全く賛成である。

(4)教育・保育について
1)教育について
イ)教育内容の進歩と必要な学校施設
 *3-3は、①学校施設の老朽化がピークを迎え、教育環境の向上と老朽化対策の一体的整備が必要で ②文科省は施設整備予算を計上した ③これからの人材育成は知識詰め込み偏重で受け身の一斉授業から、児童生徒が自律的・主体的に学び対話を重ねて課題を解決する授業へ転換すべきなので ④学校設置者は新しい時代のビジョン・目標を共有して学校の改修計画を立てる必要がある ⑤新しい教育環境とは、映像編集・オンライン会議のためスタジオや情報交換・休息のためのラウンジを設けたり、老朽化した公民館・図書館を学校と共有化したり、地域住民との「共創空間」を整備したり ⑥小中一貫校・義務教育学校の新設や統廃合による建て替えが進む中、自然との調和や豊かな生活・学習環境に寄与する木造校舎を採用する自治体が増加しているが ⑦ハードの整備だけでなく、壁や間仕切りも含めて学校用家具や活用まで視野に入れた検討が必要 と記載している。

 このうち①④⑤⑥のように、ちょうど学校施設の老朽化がピークを迎え、少子化による義務教育学校の新設等で改修や建て替えが進む中、教育環境の向上と老朽化対策の一体的整備を考慮して、映像編集・オンライン会議のためスタジオや地域住民との共創空間を整備したり、自然と調和して豊かな生活・学習環境に寄与する木造校舎を採用したりなどをするために、②のように、文科省が施設整備予算を計上して、⑦のように、ハードの整備だけでなく壁や間仕切りも含めて学校用家具や活用まで視野に入れた一体的な検討がされるのは素晴らしいことだと思う。

 しかし、③については、いつの時代も知識の詰め込みと主体的な行動による課題解決は必要不可欠だった。何故なら、知識のない人ばかりでいくら議論や対話を重ねてもまともな課題解決はできないからで、これまで知識の詰め込みのみを偏重し、生徒の質問に適格に答えることができず、知識に裏打ちされた多面的な議論も封じて受け身で授業を受けることのみを強いてきた学校があったとすれば、それは先生の質の問題である。

 つまり、知識と議論や対話による課題解決は、対立概念ではなく相互補完しながら発達していくものであるのに、この頃、漢字は読めず、本も読まず、狭い範囲の空気を読むだけの大人が増えたのは、推薦重視の入学試験とそれに合わせた教育のせいではないかと思うのだ。

ロ)インクルーシブな社会環境とはどういう環境か
 また、*3-3は、⑧障害の有無・性別・国籍の違いにかかわらず、物理的・心理的なバリアフリー化を進めてインクルーシブな社会環境を整備することが必要だ ⑨特別支援学級在籍の児童生徒数が10年間で約2倍に増加する中、全国で4千近い教室が不足している ⑩学校施設のバリアフリー化は全ての学校に車椅子使用者用トイレとスロープ等による段差解消を整備し、要配慮児童生徒等が在籍する全ての学校にエレベーターを整備することが目標で ⑪公立小中学校等の9割以上が避難所に指定されているが、車椅子使用者用のトイレ設置率や段差解消も目標に届かないため ⑫早期に防災機能強化を図ることが求められる 等とも記載している。

 このうち⑧⑫については、全面的に賛成だ。しかし、⑩⑪のように、インクルーシブの中には「車椅子使用者用トイレとスロープの設置」というように、身体障害者を包摂することしか考えていない場面が多いのは、身体障害者も社会から排除していた時代よりはずっとましだが、未だ不十分である。

 問題は、⑨のように、少子化で児童・生徒の数が減ったにもかかわらず、特別支援学級に在籍する児童生徒数が10年間で約2倍に増加したということだ。これは、教室不足が問題なのではなく、平凡でない児童・生徒を「普通でない(=正常でない)」として、発達障害・精神障害・知的障害等として分けてしまうからだが、非凡である(=平凡でない)ことは異常であることを意味しないのに、分けることによってその児童・生徒の教育の機会を奪ったり、児童・生徒が相互作用しながら発達することを妨げたりする。

 そのため、国連も、日本が2014年に締結した障害者権利条約に基づいて、“障害児”を分離する「特別支援教育」の中止と精神科の「強制入院」を可能にする法令の廃止勧告を出したのだ。

ハ)結論


    年齢別就園児割合       高校・大学進学率推移    博士号取得割合

(図の説明:左図のように、3歳児になると87%が幼稚園か保育園に通園しており、どちらにも通園していないのはわずか13%だ。また、中央の図のように、生活保護世帯も含めて高校進学率は99%以上である。しかし、右図のように、人口100万人あたりの博士号取得割合は先進国の中で著しく低いため、原因究明と改善が必要だ)

ハ)結論
 必要な知識は十分に教えながら、主体的な探究によって課題解決もできる児童・生徒を育てるには、現在の義務教育期間(6~15歳の9年間)では不十分であろう。

 そのため、私は、義務教育期間を伸ばして1年当たりの負担を少なくするのがよいと思う。具体的には、87%が幼稚園か保育園に通園する3歳児から義務教育を開始し、99%以上が進学する高校卒業までを義務教育として無償化するのが、憲法改正もいらないためよい。

 何故なら、そうすることによって、①無償の義務教育期間を3~17歳とすることができ ②就学前格差や高校進学に伴う格差をなくすこともできるからだ。また、学習内容をできるだけ下の年齢に下げることによって、新たに必要になった事柄を高校卒業までに学ぶことも可能である。

 この時、3~11歳の9年間を初等教育とし、12~17歳の6年間を中等教育として、初等教育から中等教育に進む時に受験して行きたい学校を選べるようにすれば、中等教育も6年かけて現在の大学教養くらいまでの教育を行うことが可能だ。また、初等教育9年間の内容を9年もかけずに学習した児童は、何歳であっても中等教育学校や大学を受験できるようにしておけば、時間の無駄なく博士課程に進める生徒も出ると思われる。

 以上が、児童・生徒に単なる居場所を提供するだけでなく、その時間を利用して楽しくて無駄のない多様な学習を可能にする方法であると、私は考える。

2)保育について
イ)幼児の保育について
 *3-1は、①待機児童問題が深刻だった2010年代は、保育の「質」より「量」の問題解決を最優先し ②ビルの一室・高架下・園庭なしの認可保育園や定員1~2割超えの預かりも認められ ③子の育つ環境としてどうかという声があるが ④スピーディーな増設が求められる中で最小限の「質」を確保できるよう工夫した ⑤日本は欧米諸国に比べて保育士1人あたり幼児数が多く、未だ改善されていない ⑥その理由は幼保無償化で、無償化予算の半分でも保育の質に割かれていたら今の保育園の風景はだいぶ違った ⑦待機児童がある程度減った今、岸田政権は少子化対策試案で配置基準の改善を盛り込んだ ⑧園の第三者評価を充実させることで質を担保する仕組みも必要 と記載している。

 このうち、①④⑥は、1970年代から問題が指摘されていたにもかかわらず、2010年代まで大した対処をしていなかったということであるため、言い訳にすぎない。また、子どもの感性は長く過ごす場所で体験する事柄によって培われるため、②の状況は、③のとおり、子どもが育つ環境として悪すぎ、とてもふさわしいと言えない。

 なお、欧米は日本と違って必要な政策は迅速に実行するから⑤の状況が起こっているのであり、財政状況を比べれば無駄な補助金の多い日本の方がずっと悪いのである。
 
 そのため、私は、少子化で教室の余る初等教育の開始年齢を3歳からにし、保育園は主として0~3歳児を預かるようにすればよいと思う。それによって、⑦の配置基準を欧米並みにしても保育士不足や子の育つ環境は改善でき、入学前の教育格差も小さくできる。また、⑥のように、幼保無償化は既にできているため、義務教育年齢を下げて義務教育を無償化しても国の歳出はあまり増えないのだ。

 ⑧の第三者評価については、保育園が護るべき最低の基準を決めて公認会計士監査を義務付ければ、最低の質は必ず護れ、合併や組織再編等の必要なアドバイスもできる。

ロ)学童保育について
 *3-2は、①子どもの小学校入学で放課後の預け先に困って、母親の退職に繋がるのが小1の壁 ②学童保育は施設が飽和状態で、1教室に120人詰め込んだり、熱が出ても寝かせる場所がなかったりする ③学童保育も国が運営基準を定め、定員は1クラス40人以下だが義務でない ④詰め込みは怪我や事故が増えたり、ささいなことで喧嘩になったりして子どもへの負担が大きい ⑤学童保育は、児童数が減っても共働き家庭の増加で利用数は右肩上がりで増加している ⑥市の担当者は「学校に協力を仰いだり、民間の空き物件を探したりしているが、対応が追いつかない」と言う  ⑦子どもの相手をする支援員も不足している と記載している。

 初等教育開始年齢を3歳からにすれば、これまで保育園で預かっていた3~6歳児も放課後は、学童保育を利用することになる。そのため、保育園・認定こども園なども学童保育の児童を預かって、単なる居場所ではなく多様なよい経験ができる場所になった方がよいだろう。

 何故なら、学童保育の質が悪ければ、①は避けられず、②③④のように、子どもに無用なストレスを与えて、子どもの感性を育てる環境として悪すぎることになるからだ。

 なお、⑤のように、共働き家庭の増加で学童保育の利用数は右肩上がりで増加しているが、⑦子どもの相手をする支援員には退職した教員・保育士・栄養士はじめ退職した会社員など、さまざまな人が関われば、むしろ内容の充実した学童保育施設ができるのではないかと思う。 

<参考資料>
*1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230328&ng=DGKKZO69647920Y3A320C2MM0000 (日経新聞 2023.3.28) 114兆円予算案、午後成立、23年度、過去最大 防衛費6.7兆円
 2023年度予算案が28日午後の参院本会議で与党の賛成多数で可決、成立する。一般会計総額は過去最大の114兆3812億円となる。ロシアによるウクライナ侵攻を踏まえ防衛費は6兆7880億円と国内総生産(GDP)比で1%を超えた。新規国債で歳入不足を穴埋めする構図が続く。参院予算委員会で可決した。岸田文雄首相は締めくくり質疑で防衛力の強化を巡り「日本を取り巻く環境は極めて厳しい状況にある。いかなる事態にも対応できるよう、万全の態勢を期していくことが重要だ」と強調した。当初予算が110兆円を超えるのは初めて。23年度予算案は22年度当初予算から6兆7848億円増えた。防衛費は22年度当初予算と比べて26%増え、予算全体を押し上げた。政府は5年間で従来の1.5倍の43兆円程度を充てる計画を掲げる。初年度にあたる23年度は前年度から1兆4192億円増額した。近年の前年度からの伸び幅は500億~600億円程度にとどまっていた。相手のミサイル発射拠点などをたたく「反撃能力」に活用する長射程ミサイルや艦艇などの購入にあてる。弾薬や装備品の維持整備など「継戦能力」の強化にも費やす。防衛費の財源を確保するため、自衛隊の隊舎などに初めて建設国債を使う。過去には海上保安庁の巡視船の調達に使った例はあるものの、防衛費にはあてていなかった。社会保障費は一般会計の3割にあたる36兆8889億円に膨らんだ。高齢化による医療や介護費用が増えて前年度から6154億円増となった。国債の元利払いに充てる国債費は25兆2503億円で9111億円上振れした。地方自治体に配る地方交付税に一般会計から出す額は5166億円増えて16兆3992億円となった。新型コロナウイルス対策の予備費も計上した。コロナ・物価高対策で4兆円を盛り込んだ。ウクライナ危機対策として1兆円を充てた。税収は69兆4400億円で過去最高となる見通し。歳出が拡大するのに伴い35兆6230億円の新規国債を発行して歳入不足を穴埋めする。歳入総額に占める借金の割合は31.1%と高い水準が続く。00年代半ばまでは2割台だった。リーマン危機後の09年度に4割近くに拡大し、それ以降は3~4割台と高止まりが続いている。

*1-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1026054 (佐賀新聞 2023/4/25) 22年日本GDP、世界3位維持、円安でドイツ肉薄、インド急伸
 日本の2022年の国内総生産(GDP)が世界3位を維持したことが、国際通貨基金(IMF)の資料で分かった。ドルベースで比較するため円安で目減りし、4位のドイツが肉薄した。一方、人口が増えている5位のインドは急成長しており、27年には日独を上回り3位となると見込んだ。足元では中国やインドの伸びが目立つ。ただ、1位米国、2位中国については予測した28年までは順位は変わらず「米中逆転」はないとした。22年の世界のGDPは100兆2180億ドル(約1京3千兆円)。日本は4兆2330億ドルで、前年より15%減少。ドイツに1580億ドル差まで迫られた。IMFは、各国中央銀行による急激な利上げの影響で、先進国は当面、成長が抑えられると予測。27年は日本が5兆770億ドル、ドイツが4兆9470億ドルで差が縮まると見込む。円安がさらに進めば、逆転する可能性もある。インドは年度ベース(4月~翌年3月)で試算。先進国の22年の成長率が2・7%だったのに対し、インドの22年度は6・8%に達した。27年度のGDPは5兆1530億ドルと予測した。国連によると、インドの人口は今月末までに中国を抜き世界最多になる見通し。若年層の割合も高く、成長が期待されている。22年に上位10位圏外だったブラジルは、25年以降は8位と予想。一方、22年に8位のロシアは、23年に10位圏外に転落する見込みで、ウクライナ侵攻に対する制裁の影響をうかがわせた。日本は1968年、当時の主要指標だった国民総生産(GNP)で西ドイツ(当時)を抜き、世界2位の経済大国となった。2010年に中国に抜かれ、3位に転落した。

<少子化について>
*2-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230427&ng=DGKKZO70542780X20C23A4MM8000 (日経新聞 2023.4.27) 人口減で縮む国力 将来推計人口、生産性向上が急務、2070年、3割減8700万人 出生は59年に50万人割れ
  国立社会保障・人口問題研究所は26日、長期的な日本の人口を予測した「将来推計人口(総合2面きょうのことば)」を公表した。2056年に人口が1億人を下回り、59年には日本人の出生数が50万人を割る。人口規模を保てなければ国力は縮みかねない。人口減社会でも経済成長の維持を目指す施策を急ぐ時期にさしかかっている。70年の総人口は現在のおよそ1億2600万人から3割減の8700万人に減る。17年の前回推計と比べ、人口の1億人割れの時期は3年遅くなった。外国人の入国超過数について16~19年の平均値をとって、前回の年7万人から16万人に増えると見積もったためだ。日本人だけの人口でみると1億人を割る時期は48年へと1年早まった。全体の人口減のスピードはわずかに緩むものの、外国人が下支えする構図が鮮明となった。70年には日本の9人に1人が外国人となる。出生率の見通しは少子化の進展を反映し、仮定値の中位のシナリオで前回試算の1.44から1.36に下方修正した。それに基づけば日本人の出生数は59年に49.6万人となる。足元では16年に100万人を、22年には80万人を割った。人口構成も少子高齢化の色が濃くなる。14歳以下の人口割合は50年に10%を割り込む。人数でみれば20年の1500万人からおよそ1040万人に減る。一方で65歳以上人口の比率は20年の28.6%から70年には38.7%に上がる。高齢者の数も70年に3367万人となる。20年比で200万人以上減るものの、現役世代の人口減のスピードの方が速く、社会全体に占める高齢者の比率は高まる。外国人の流入が増えるとしても過度な期待をすべきでない。現役世代の減少傾向は変わらないからだ。15~64歳の生産年齢人口は70年に4535万人と見積もった。7509万人だった20年実績からは4割減にあたる。これから50年間で3000万人規模の働き手が失われることになる。高齢化は社会保障費の急増につながるおそれがある。前回推計を使った政府試算によれば、18年度に121兆円だったものが40年度に190兆円まで膨らむ。日本の経済成長の行方も左右する。マッキンゼー・アンド・カンパニーは20年公表の報告書で、日本が30年に現在の成長率を確保するには、労働生産性を2.5倍にする必要があると指摘した。総人口が1億人を割る見込みの時期まで、まだ30年以上ある。政府が取り組める余地はなお多い。経済成長は一般に労働、資本、生産性の3要素からなる。たとえ投下できる労働力が減っても生産性を高めれば成長につながる。内閣府の22年の試算によると、いまの生産性と資本が続くと仮定した場合、40年の実質国内総生産(GDP)は479兆円。女性の労働力率が男性並みに高まれば、これを519.5兆円まで押し上げられるという。内閣府は60年代も1億人の人口規模を維持できれば、高齢化率もピークアウトして現役世代の割合が増え、人口構成の「若返り」が期待できると分析する。少子化対策は出産や育児への財政支援だけではない。先端技術の開発を人口減対応の観点から進め、人工知能(AI)などをうまく活用すれば労働代替を期待できる。子育てしやすい環境づくりにつながれば出生率も改善する可能性はある。

*2-1-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230427&ng=DGKKZO70539440W3A420C2EA2000 (日経新聞 2023.4.27) 少子化加速、備え不可欠 2070年どうなる
 国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」は2070年に向けて人口減社会へ突き進む日本の姿を映した。少子化の加速は社会のあらゆる仕組みに影響を与える。推計が期待する通りに外国人が増える保証はない。社会保障を巡る現役世代の負担を是正し、働き手を確保して経済成長を保たなければ、社会機能の維持もままならなくなる。政府は60年代に人口1億人を維持する目標を掲げる。達成するには出生率を1.80にまで引き上げる必要がある。前回推計では合計特殊出生率を1.44と仮定したが、6年たった今回は1.36と下方修正した。足元では21年に1.30と、前回推計で出生率を低く見積もった場合の1.25に近い状況で推移する。これまでの推計人口は実態より甘いことが多く、それに基づく少子化対策も後手に回ってきた。これ以上の政策の緩みは許されない。
●0~14歳、1割以下続く
 政府は子育て支援拡充などで出生率の維持・向上を目指すが同時に人口減社会への備えも進めることが不可欠といえる。特に深刻なのは将来の日本を支える0~14歳が人口全体に占める割合の大幅な低下だ。この層は1950年代半ばから70年代前半は2~3割で安定し、高度成長の基盤となった。今回の推計は50年に0~14歳が1割を切り、その後も1割以下で推移するとした。
一方で65歳以上の割合はおよそ4割で高止まりする見通しだ。65歳以上の人数は2020年の3.5人に1人から70年には2.6人に1人になる。社会の担い手が先細れば、医療や介護など現役世代が高齢者を支える現行の社会保障制度も維持が難しくなる。20年度時点で国内総生産(GDP)比の医療費の割合は初めて8%を超えた。75歳以上の後期高齢者の医療費などがかさみ、健康保険料率は高まるばかりだ。年金制度の持続性にも響く。厚生労働省は24年に今回の推計を踏まえ、公的年金が将来どの程度もらえるかを含む「財政検証」を示す。厚労省は高齢化率が前回推計時からほぼ横ばいだったのを踏まえ「推計が年金財政に与える影響は限定的だ」とみる。外国人が予想通り入ってこなければ、新たな財政検証も甘い推計に基づく試算となりかねない。現役世代の割合が下がれば、現役世代の賃金水準に対する年金額の割合(所得代替率)もさらなる低下が懸念される。現役世代の負担がこれ以上増えれば、家計不安などから少子化が一層進むおそれもある。高齢者層でも所得に応じて保険料を引き上げるなど、世代間の給付と負担のバランスの是正を検討する余地はありそうだ。
●生産年齢人口3000万人減
 経済の行く末を占う15~64歳の生産年齢人口の状況も悪化する。今回の推計に基づくと70年に4535万人と、これから50年間で3000万人も減る計算となった。購買力の高い層の減少で内需が低迷すれば成長の阻害要因になる。経済成長を維持するため、政府は高齢者や女性の労働参加率を高めて社会全体の生産性の向上を狙う。22年までの10年間で65歳以上の高齢者の就業率は5ポイント以上、子育て世代の女性の就業率も10ポイントほど上昇した。労働参加の裾野は広がっているものの、1人当たりでみた労働生産性の伸びは鈍い。デジタル化やイノベーションの活性化をさらに進めれば生産性の伸びしろも大きくなる。外国人の受け入れ拡大も選択肢の一つだ。厚労省の試算では医療・福祉分野の人手は40年時点で96万人が不足する。物流や飲食・小売りといったサービス業ではすでに外国人労働者は貴重な戦力だが、アジア各国でも賃金は上がり、日本の賃金水準の相対的な高さは失われてきている。国際的な人材獲得競争で日本は「選ばれない国」になりつつある。
●外国人、9人に1人に
 今回の推計では外国人が日本の人口の下支えになる構図が鮮明になった。70年には9人に1人が外国人となる見通しだ。職場や教育現場で外国人とともに過ごす風景が日常的になる。摩擦を避けるためにも働く外国人の家族も住みやすい社会づくりに向けて外国人政策の拡充が必要となる。移民の受け入れ論議も避けて通れない。大正大の小峰隆夫客員教授は「外国人を安い労働力と捉えるなら持続性がない。日本人との同一賃金など、労働条件を整えて日本で働きたい外国人を増やす必要がある」と指摘する。「日本は生産年齢人口の減少分を女性や高齢者の就業者を増やして補ってきたが、これも限界がくる」とも話す。そのうえで「人口減を所与と考え、人口減でも幸せに暮らせる社会を目指すべきだ」と提起する。世界に先駆けて迎える人口減社会を前に、日本がどのような有効策を示すのかを国際社会は注視している。

*2-2-1:https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/dot/nation/dot-2023041800088?redirect=1 (AERAdot 2023/4/21) 人口減少で何が起きる? 日本は現役世代が減り続け、2040年にGDPマイナス成長
 厚生労働省が公表した2022年の出生数は79万9728人(速報値)。80万人を割り込み過去最少を記録した。死亡者も増え、急速に人口が減っている。人口減少は、日本にどんな影響を及ぼすのか。専門家に聞いた。AERA 2023年4月24日号の記事を紹介する。
   *  *  *
●「静かな有事」
 日本の人口減少は、そう呼ばれてきた。1967年に1億人を超え、2008年には1億2808万人に。だがその後は、急速に減少の坂道を下る。国立社会保障・人口問題研究所の推計では53年に1億人を割り9924万人となり、65年には8808万人まで減る。「人口」という土台が縮小すると、何が起きるのか。第一生命経済研究所主任エコノミストの星野卓也さんは、働き手が減ることによって潜在成長率を押し下げることになると言う。「その結果、実質国内総生産(GDP)成長率は30年代には0%台前半、40年にはマイナス成長に陥ると予測しています。経済が成長しなければ、年金や介護、医療などの社会保障制度は保険料などの負担増が避けられなくなります」。元内閣府審議官で、少子化や人口問題にも取り組んできた前川守さんは「総人口の減少以上に人口構成の変化に問題がある」と指摘する。「特に、成長の原動力となる15〜64歳の現役世代の『生産年齢人口』の減少が大きな問題です」。65歳以上の高齢者人口は増え続け、2015年に3千万人を超え3459万人。42年に3935万人とピークに達し、その後は微減で65年は3381万人。一方、生産年齢人口は、1995年の8726万人をピークに減り続け2015年は7656万人、65年には4529万人。15年と65年を比べた人口構成比は、高齢者人口がプラス11.8%に対し、生産年齢人口はマイナス9.4%だ。経済成長は、資本と労働と生産性によります。生産性は、かつては機械化を進めれば上がりましたが、ITやAIなど第4次産業革命が進展する中、イノベーション(技術革新)を起こすには、教育を受け高度な知的能力を身につけた現役世代の力がより大切になります。その層が減っていくことは、日本の成長力が落ちていくことを意味します」(前川さん)
※AERA 2023年4月24日号より抜粋

*2-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230427&ng=DGKKZO70538500W3A420C2EA1000 (日経新聞社説 2023.4.27) 人口減を前提に社会を作り直そう
 日本の人口減少は着実に進み、社会のあちこちに深刻な影響を与える。労働力が急速に減る中で社会機能をどう維持し、増え続ける高齢者を支えていくのか。厳しい未来図を直視して社会全体の変革を急がなければならない。国立社会保障・人口問題研究所が26日公表した将来推計人口によると、外国人を含む日本の総人口は2070年に8700万人になる。20年の1億2615万人から50年間で約3割減ることになる。
●外国人の見積もり多く
 将来推計人口は5年ごとの国勢調査をもとに50年後までの人口を推計する。人口は出生率や平均寿命、外国人を含む出入国の状況によって変動していくが、近年の動向を未来に投影する形で仮定を置き、将来像をはじいた。20年の国勢調査を出発点とする今回の推計では、人口減少のペースが前回推計に比べて緩む結果となった。総人口が1億人を割り込む時期は、前回の53年から56年に3年遅くなった。これは出生率が上がるためではない。大きな要因は日本で暮らす外国人の人口を大きく見積もったことだ。前回調査では外国人の入国超過数を年6.9万人とみていたが、今回は年16.4万人と2倍以上になった。この結果、70年時点の外国人数は939万人と20年時点の3.4倍に増え、総人口の1割を超える推計になっている。もう一つの要因は平均寿命が延びることだ。20年時点の平均寿命は男性81.58歳、女性87.72歳だったが、70年には男性85.89歳、女性91.94歳になる。さらに日本人の出国超過がわずかに減少したという要因も加わり、将来の推計人口が上振れした。今回の推計をもって人口減少のトレンドが改善したと受け止めるのは楽観的すぎるだろう。確かに在留外国人数は22年6月時点で296万人と、15年末時点の223万人から約3割も増えたが、この流れが中長期的に続く保証はまったくないからだ。中国や韓国など人口減や少子化に直面する国が増え、今後は人材獲得競争が一段と激しくなる。日本人と同等に処遇して海外に見劣りしない水準に賃金を引き上げないと日本は選ばれなくなる。足元で必要なのは人口への楽観を排し、急激に進む人手不足への対応に全力を注ぐことだろう。15~64歳の生産年齢人口は20年に7509万人だったが、45年には2割減の5832万人になる。外国人数が横ばいなら減少率は3割に近づく。テクノロジーで省人化を徹底するなど知恵を結集し、社会の機能を維持できる方策を見いださなければならない。日本はさまざまな重要な決断を迫られる大きな変革期にある。外国人を今後どのくらい受け入れるのか、日本社会のなかでどう位置づけるのか。もっと正面から議論しなければならない。人口が急減した地域では道路や鉄道、水道、電線といったインフラの維持が難しくなる。森林の保全も行き届かなくなるだろう。国土が荒廃する懸念もある中で、国民の居住地をどう考えるか。地方自治のあり方を含め、持続可能な対策を打ち出す時期だ。労働力の縮小と並行して高齢化は一段と進み、43年には65歳以上の高齢者数がピークの3953万人に到達する。現役世代への過度な負担を避けながら急増する高齢者にしっかり寄り添うために、効率的な医療や介護の仕組みを追求しなければならない。
●年金は慎重に検証を
 政府は年金制度への影響を慎重に検証してほしい。今回の人口推計では合計特殊出生率の長期想定が1.36と前回推計の1.44から低下し平均寿命も延びた。これらは年金財政を悪化させる要因になる。厚生労働省は増えていく外国人が年金を支えるプラス要因もあるとして「年金制度への影響は限定的」との立場だが、外国人がどうなるかは不確定要素が多い。今回の推計が突き付けるのは今を生きる多くの成人にとって、人口減少がほぼ確定した未来だということだ。出生率が長期的に2.20まで上がる最高位のシナリオでも、人口が反転増加するのは70年よりも後になる。こうした現実に向き合い、縮小する社会で生活や文化、経済活力を守る手立てを早急に考える必要がある。少子化対策の重要性は変わらない。出生数が増えれば人口減のペースは鈍り、活力ある社会を将来の世代に継承しやすくなる。社会変革の時間を稼ぐことにもつながる。固定化した男女の役割分担や硬直的な雇用慣行など、根本原因にメスを入れる対策が急務だ。

*2-2-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230427&ng=DGKKZO70539520W3A420C2EA2000 (日経新聞 2023.4.27) 「3割減」成り立つ社会に
 人口に関する将来推計は「さまざまな未来予測のなかでも最も確度が高い」と評されてきた。しかし今回の結果に限っては、悪い方に外れるリスクも十分認識しておいたほうがよいだろう。日本の総人口が1億人を割り込む時期は2056年となり、前回推計に比べて3年遅くなった。これは外国人の入国超過が長期的に年16.4万人のペースで続く仮定を置いた影響が大きい。前回調査(年6.9万人)の倍以上だ。確かに15年末に223万人だった在留外国人数は22年6月時点で296万人と約3割も増えた。ただ中国や韓国など少子化が深刻な国が増え、今後の人材獲得競争は一段と激しくなる。移民政策に正面から向き合っていない国が外国人が数百万人も増える前提で人口問題に備えるのは危うい。いま日本各地で「人手不足」が悲鳴のように叫ばれているが、1995年から20年までの15~64歳の生産年齢人口の減少率は約14%だった。この先の四半世紀の担い手不足ははるかに強烈だ。45年には5832万人と20年時点から約22%も減る。仮に外国人人口が横ばいだったら減少率は約26%に達する。日本は今から20年程度の期間で、人手が3割程度減っても成り立つ社会をつくらなければならない。43年には65歳以上の高齢者数が3953万人でピークに達する。いまの7割程度の生産人口で高齢者を支えながら、社会や経済を回していく。こんな離れ業が求められるということだ。今までは働き手の頑張りで何とかこなせた面もあった。でも今後は人工知能(AI)の活用などで省人化を徹底しつつ、貴重な労働力は社会機能の維持に不可欠な業務や、経済をけん引する生産性が高い業務に集約する必要がある。新たな担い手も発掘したい。人口減が深刻な地域では地域住民が出し合った資金を元手に介護や子育て支援など地域に欠かせない活動を自ら担う「労働者協同組合」を設立する動きが出ている。高齢者が活躍する領域をもっと広げる。企業が副業を認めて本業以外の従業員の活動を後押しする。「仕事」に関する発想を転換すれば、まだ対策の余地はある。岸田文雄政権の少子化対策で出生数が反転したとしてもその子たちが社会を支えてくれるのは20年くらい先になる。「2040年問題」は今の日本に生きる大人たちが解決しなければならない。

*2-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230426&ng=DGKKZO70507660W3A420C2EA2000 (日経新聞 2023.4.26) 少子化財源「税を軸に」、令和臨調、安定確保を提言 保険料負担は資産反映促す
 民間有識者による令和国民会議は25日、社会保障制度改革に関する提言を発表した。持続可能な少子化対策の財源について税を軸に安定的に確保するよう求めた。世代間や所得差による負担の不公平感の是正を進め、医療体制を強化するよう提案した。産業構造や働き方が大きく変わるなかで、抜本的な改革を政府に迫った。公表された提言は「公正・持続・効率」の三原則で社会保障制度を再設計すると明記した。政府が6月にもまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に反映することを目指す。提言は少子化対策について「税を軸に安定的な財源を確保する」よう記した。政府・与党内で浮上する社会保険料を引き上げて財源にする議論が先行することに待ったをかける内容だ。政府・与党では増税に否定的な声が強く、岸田文雄首相は消費税率は「10年程度はあげることは考えない」と否定する。与党には国債活用を求める声もある。社会保険料を引き上げて財源に充てると、子育て世帯を含む現役世代の負担が増え、賃上げの実感を得られにくい問題がある。令和臨調の財政・社会保障部会の共同座長を務める平野信行・三菱UFJ銀行特別顧問は記者会見で「保険料と税のベストミックスに知恵を絞るべきだ」と述べた。平野氏は消費税、法人税、所得税に触れ「特性に応じてどう組み合わせるかを議論すべきだ」とも訴えた。他にも経済界から税を含めて検討すべきだとの意見が相次ぐ。経団連の十倉雅和会長は日本経済新聞のインタビューで「消費税も当然議論の対象になってくる」と明言した。保険料負担の大半は現役世代にかかる一方、消費税は幅広い世代が負担する。経済同友会の桜田謙悟代表幹事は25日「保険という財源ではなく、より安定的で持続可能性の高い財源を議論すべきだ」と語った。連合の芳野友子会長は「税や財政の見直しなども含めて幅広い財源確保策について検討してほしい」と話した。経済界に加え、佐々木毅・元東大学長ら学識者も含む令和臨調が税を含めた検討を求めたことは、政府・与党の財源論議に一定の影響を与える可能性がある。デジタル化や脱炭素が進んで産業構造や働き方は変わっている。令和臨調がこの提言を出した背景には少子高齢化に加え、社会や経済の変化に対応した社会保障制度にしなければ、存続が危ぶまれるとの危機感がある。提言は社会保険料算定の改善も求めた。現行制度は保険料は原則として所得に応じて段階的に増える。保有資産は反映されないため、資産を持たない会社員にとっては不公平感が強いとして、資産を含める制度に変更するよう提起した。減税と現金給付を組み合わせる「給付付き税額控除」の導入も促した。同制度案は消費税率の10%引き上げに合わせた低所得者対策として一時、俎上(そじょう)に載った。税や社会保険料は所得が低い人ほど相対的に負担が重くなるためだが、現状は政府が本格的に議論する機運は乏しい。医療分野ではかかりつけ医の機能を備えた医療者の認定制度の創設を提唱した。かかりつけ医を認定して責任の明確化が必要だとした上で医療者を定期評価し、責任に応じた報酬が設定される仕組みの導入を目指す。厚生労働省の調査ではかかりつけ医を持たない人は国民の約46%に上る。厚労省はかかりつけ医のあり方を社会保障審議会(厚労相の諮問機関)で検討したものの、2022年11月に公的に認める認定制の導入見送りを決めた経緯がある。新型コロナウイルス禍を受けて、緊急時の都道府県や国の指揮命令権の強化についても盛り込んだ。病院の機能と規模を再編し、緊急性の高い分野への手厚い人材配置を進めるべきだと訴えた。労働政策の転換にも触れた。非正規労働者のセーフティーネット未整備などの課題を挙げ、雇用保険の拡大や所得がない期間の補償制度の導入を呼びかけた。リスキリング(学び直し)の支援拡充も打ち出した。

*2-4:https://mainichi.jp/articles/20230426/k00/00m/020/128000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailasa&utm_content=20230427 (毎日新聞 2023/4/26) 人口減でしぼむ労働力&国内需要 企業の持続性にも影響
 厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は26日、2070年の総人口(外国人を含む)が8700万人に減少するとする将来推計人口を公表した。少子高齢化で働き手を含めた人口減少が続く中、企業はこれまで女性や高齢者の雇用などを拡大。さらにコンビニや製造業などさまざまな現場で外国人労働者の受け入れも進めてきた。ただ、それでも補いきれない将来の働き手不足が「組織の崩壊」(有識者)を招きかねないだけに、企業の間にも危機感が強まっている。こうした中、人工知能(AI)を駆使して「省人化」を図る動きや「社内出生率」の上昇につながる働き方改革などに積極的に取り組む事例も出てきた。
●1人で運営可能「無人コンビニ」
 24時間営業が基本のコンビニ業界では長年、人手不足が叫ばれ、各社は「セルフレジ」の導入や深夜営業の見直しなどを進めてきた。コンビニ大手のファミリーマートでは21年、無人決済システムを手掛ける「TOUCH TO GO(タッチトゥゴー)」と資本業務提携を結び、これまでに「無人コンビニ」を大学や役所などに展開してきた。4月10日に私立大森学園高校(東京都大田区)の校舎内で、コロナ禍を機に閉まった食堂跡地に17店目となる小さな無人コンビニを開いた。利用客が店舗内に入って棚から商品を取り出すと、センサーやカメラがそれを検知。無人のレジの上に商品を置くと支払う金額が示され、現金や電子マネーなどで決済して店外へと出れば買い物が完了する仕組みだ。これまで同校では自動販売機で買えるのがパンぐらいしかなかったが、無人コンビニを導入したことでカップラーメンや弁当、サラダや飲み物など約400種類から選べるようになったという。この店は近所にある加盟店の「支店」扱いで、商品の補充や管理などは加盟店のスタッフが逐次実施する。ファミリーマート担当者は「コンビニ店舗は最低でも2人の従業員が必要だが、無人店舗は1人でも運営が可能。人件費が軽減できる」と利点を語り、「人手の確保を理由に出店がしにくかった省スペースなどへの出店も可能となり、(無人コンビニで)商売のチャンスは広がる」とも話している。
●「朝型勤務」推奨で効率アップ
 一方、働き方改革で結果的に子育ての後押しにつながった好事例もある。日本では男性を中心にして稼ぐ世帯モデルが長らく続き、育児と仕事の両立が難しい状況なども背景に、1人の女性が生涯に産む子どもの数に相当する合計特殊出生率が1・30(21年、厚労省調べ)と6年連続で低下している。これを社内で数値化して「1・97」と大きく上回っているのが総合商社の伊藤忠商事だ。以前は同社も「1」を切る状況だったというが、数字が改善している背景に働き方の改善がある。昼夜を問わず働く印象がある総合商社。同社では元々、全国の合計特殊出生率より低かった。12年の全国の出生率は1・41だったが、12年度の伊藤忠商事の社内出生率は0・6だった。同社では13年度から、働き方改革の一環で、効率的な業務につながることを見込み「朝型勤務制度」を導入した。現在の制度では、午後8~10時の勤務は「原則禁止」。午後10時~翌朝5時の勤務は「禁止」とした。一方で午前5時から8時を「推奨」とした。午前7時50分以前に勤務を開始した場合、深夜勤務と同様の割増賃金(25%)を支給するという。更に、午前6時半~8時の間に出勤した社員には朝食を無料配布して朝型勤務を後押しした。子育て中の社員にとっては、朝型勤務になることで保育園の送迎などの計画が立てやすくなり、子育てと仕事の両立がしやすくなったようだ。同社によると、出産などのライフイベントを迎えた後も自己都合での退職はせずに働き続ける女性社員が増えてきているという。こうした取り組みは夜の残業を減らして効率的に働くという意識改革にもつながり、結果的に出生率の改善にもつながったという。10年度を1とした場合、生み出した利益を従業員数で割った労働生産性は、21年度は5・2倍に伸びた。同社の担当者は「ただ会社に長くいれば評価されるというのではなく、成果で評価されるという意識の変化が起きた」と説明し、「一朝一夕にはいかず、10年やり続けてきたことに意味がある。今後も朝型勤務を定着させていきたい」と話す。
●国内市場縮小 専門家は警鐘
 今回の人口推計でも中長期的な人口減少トレンドは変わらない状態が浮き彫りとなった。人口の減少はこれまでみてきたような労働力の確保が難しいだけでなく、国内市場の需要縮小も意味する。企業は国内市場だけでなく、世界の市場に進出してシェア獲得を目指すが、その戦いは激化している。ビール大手や百貨店大手など、海外に進出したものの、撤退したケースも多く、成功するのはそう簡単ではない。この状況が続けば日本社会や企業はどうなるか。第一生命経済研究所の熊野英生・首席エコノミストは「(人口減で先行する)地方経済が衰えていったように、日本全体の社会や組織の構造そのものが崩壊してしまう」と警鐘を鳴らす。熊野氏は省力化による生産性向上について、大手コンビニのような投資は簡単でないが「多くの企業でもっと割り切って生産性を高める必要がある」とする。また、必要な少子高齢化対策として「若い世代が早く結婚して子供を産み育てたくなる環境作りが必要だ」と話す。「企業は初任給も上げ、入社から間もない若手にも育児休業の取得などを積極的に促すべきだ。その子育てが一服して30代、40代になればすごく収益を上げる人材になる、という考え方に立って大胆に変えないと社会は変わらない」と訴える。さらに「外国人労働者だけでなく、能力のある人材にきちんとした処遇をしないと、特に若い世代はどんどん海外に出て行ってしまうだろう」と指摘する。既存の働き方を打開しないと、企業の持続性が失われかねない局面にさしかかっている。

*2-5-1:https://digital.asahi.com/articles/ASR4R52NGR4QUTIL00F.html (朝日新聞 2023年4月24日) 「特定技能2号」大幅拡大へ 外国人労働者、永住に道 政府方針
 人手不足の分野で外国人労働者を受け入れる在留資格「特定技能」について政府は24日、在留期間の更新に制限がなく、家族も帯同できる「2号」を現行の2分野から11分野に拡大する方針を自民党に示した。与党内の了承を経て、6月の閣議決定を目指す。
●技能実習の廃止案、残る両論 「移民国家に警戒」「欠かせぬ労働力」
 経済界などの要望を受けた措置で、幅広い分野で外国人の永住に道を開く転換点となるが、自民党の保守派などからは「事実上の移民の受け入れにつながる」といった反発が予想される。
●人手不足が深刻 2分野→11分野に 
 特定技能は、深刻な人手不足に対応するために、一定の専門性を持つ即戦力の外国人を受け入れる制度。2019年4月に導入され、1号と2号がある。1号には飲食料品製造、産業機械など製造、農業、介護などの12分野があり、「相当程度の知識または経験」が求められる。在留期間の上限は5年で、家族は帯同できない。1号からのステップアップを想定した2号は「熟練した技能」まで必要で、現場統括ができる知識などが要る。在留期間の更新に制限はなく、家族帯同も可能だが、人手不足が特に深刻な建設と造船・舶用工業の2分野に限られていた。今年2月末現在で、1号は約14万6千人いるが、2号は10人にとどまる。特定技能制度の導入後も人手不足は続く中、各分野を所管する省庁や経済界は「人材の定着」につながる2号の分野拡大を要望していた。政府はこの日の自民党の外国人労働者等特別委員会で、介護を除く11分野に2号を拡大する方針を示した。介護分野は、在留延長が可能な資格「介護」が既に別途あるため、特定技能2号には含めないという。
●「移民受け入れ」 保守派は反発か
 特定技能の導入時に1号の資格を得た外国人は24年春に5年の在留期限を迎える。このため政府は「日本での就労継続が可能かを早く示す必要がある」と説明。6月に分野拡大を閣議決定し、秋に2号の試験を始めたいと理解を求めた。一方、特定技能を導入した際の自民党の部会では、家族での永住につながる2号に「移民の受け入れだ」と慎重論が続出し、認定要件の厳格化を求める決議をした経緯がある。今回の大幅な分野拡大については改めて反発が予想される。外国人労働者をめぐっては、特定技能が正面から受け入れる制度である一方、「技能実習」は途上国への技能移転を名目に「裏口」から受け入れる制度と指摘されてきた。政府は今月、技能実習を廃止し、労働力としての実態に即した新制度を創設すると提案。特定技能にキャリアアップする制度と位置づけている。

*2-5-2:https://digital.asahi.com/articles/ASR4X3JP6R4WUTIL04L.html (朝日新聞 2023年4月28日) 技能実習制度を廃止し、「新制度」創設を 有識者会議が中間報告書
 外国人が日本で学んだ技能を母国に持ち帰るという国際貢献を目的とした「技能実習制度」について、政府の有識者会議は28日、廃止した上で、日本での「人材確保」と「人材育成」を目的とする新制度を創設するよう求める中間報告書をまとめた。制度の詳細は今秋にまとめる最終報告書に向けてさらに検討する。会議の終了後、座長の田中明彦・国際協力機構(JICA)理事長は「最終報告書に向け、制度に関わってきた外国人や、日本社会のあり方を良い方向に持っていく道筋をつくることができた」と述べた。中間報告書は、30年続く技能実習制度について、実習生が日本の人手不足を補う労働力になっている実態に即した制度に「抜本的に見直す必要がある」と指摘した。新制度の目的としては、「労働者としての人材確保」を認めつつ、「一定の専門性や技能を有するレベルまで人材育成」するという二つを掲げた。
●永住の道開く「特定技能2号」の拡大も
 その上で、育成した人材がキャリアアップする制度として「特定技能制度」を活用する。特定技能は即戦力の外国人労働者を「正面」から受け入れる制度として2019年に導入されており、新制度の職種を特定技能の分野に一致させて接続を良くするという。特定技能をめぐって政府は、在留期間の更新に制限がなく、永住に道を開く特定技能2号の対象分野を大幅に拡大する方針を24日に示したばかり。今回の中間報告書も「外国人と受け入れ企業の双方に向けたインセンティブ(動機づけ)」になるよう、2号拡大の検討を盛り込んだ。技能実習が原則認めてこなかった他企業への転籍については、人材確保をうたう新制度では、「労働者としての権利性を高める」ために制限を「緩和する」と打ち出した。ただ、人材育成にかかるコストや、地方から都市部に人材が流出する懸念を踏まえ、どこまで認めるかは今後検討する。技能実習で受け入れ企業の監督を担ってきた「監理団体」は、存続させた上で許可要件を厳格化し、人権侵害を是正できない団体は排除するという。政府は10日に中間報告書のたたき台を有識者会議に示していた。
●新制度の評価と課題
 「在日ビルマ市民労働組合」会長のミンスイさん(62)のもとには、全国のミャンマー人の技能実習生から毎月50件近くの相談が寄せられる。内容は、給料の未払い、長時間労働、暴行、セクハラなど様々だ。技能実習は転籍が原則認められず、「うつ病になったり自殺したりした人もいた」とミンスイさんは言う。人材確保を認める新制度が転籍を一定認める点は「良い方向だ」と評価。ただ「制度の名前が変わっても、受け入れ企業の中身が変わらなければ働く状況は変わらない」と指摘する。「国際貢献や技能移転といった建前をなくすのは良い」。監理団体を長く運営する理事長はそう話す。実習の実態は単純労働でも受け入れ企業は「実習日誌」などをもっともらしく作成し、実習生らも母国で対象の職種で働いた経験を捏造(ねつぞう)するといった例も多いと指摘。「建前のせいで皆がウソをつかなければならない。日本の恥を世界にさらす制度だった」という。新制度で気になるのは、人材育成の機能を維持し、「人材育成に由来する転籍制限は残す」としている点だ。「誰のための人材育成なのか。転籍を防ぐためにまた建前でごまかすのであれば進歩がない」。ベトナム人実習生の相談を日々受ける神戸大の斉藤善久准教授は、新制度が一定の日本語能力を来日の要件とし、来日後も向上させる仕組みを設ける点は評価する。トラブルの多くは言葉に起因しているからだ。一方でその他は「何も変わっていない。相変わらず外国人労働者を『生かさず、殺さず』の使い捨て政策だ」と厳しい。仮に人材育成の目的を残すなら、「希望すれば確実に転籍できる仕組みを、国の責任で作るべきだ」と注文する。
●技能実習に代わる新制度案のポイント
 ・労働力としての実態に即し、国内での「人材確保」と「人材育成」を目的とする
 ・特定技能制度にキャリアアップする人材を育成。職種も特定技能と一致させる
   (特定技能2号は分野拡大を検討)
 ・別の企業への転籍を原則認めない制限を緩和
 ・日本側の受け入れ窓口となる監理団体は存続させた上で、要件の厳格化で
   優良な団体のみ残す

*2-6-1:https://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-1703556.html (琉球新報社説 2023年5月2日) 入管法改正衆院委可決 制度の根本議論し直せ
 外国人の収容・送還のルールを見直す入管難民法改正案が衆院法務委員会で、自民、公明、日本維新の会、国民民主の4党の賛成で可決された。大型連休明けに衆院通過の見込みだ。制度の基本を変えず、むしろ難民申請者を強制送還して危険に追いやるとして国内外から厳しい批判を浴びている改正案が、なぜ可決されるのか。参院では制度を根本から議論すべきだ。できないなら再び廃案にするしかない。改正案の主眼は、難民申請を2回までに制限して強制送還することで収容期間の長期化を改善することにある。2021年に提出され廃案になった案と骨格は変わらない。裁判などの手続きなしに、期間に上限がなく収容されることも変わらない。「恣意(しい)的拘禁」として拷問禁止条約に抵触すると指摘されてきた。さらに、日本で生まれた子どもや家族がいても在留が許可されないとか、収容を解く「仮放免」になっても就労が認められず生活できないなど、多くの問題が指摘されてきた。強制送還した結果、家族の分断や在留資格のない子どもの救済などの問題も出てくる。21年の改正案には国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が「非常に重大な懸念」を示し、日本弁護士連合会(日弁連)も問題点を指摘する意見書を出した。今回も、国連人権理事会の、移住者の人権を担当する特別報告者らが「国際人権法の下、改正案を徹底的に見直す必要がある」とする公開書簡を日本政府に提出した。国会では立憲民主党が、難民認定を審査する第三者機関の設置、国外退去を拒否した外国人の収容に裁判官の許可を必要とするなどの対案をまとめた。過去に共産党などが同趣旨の法案を出している。これに対し与党は、付則に第三者機関設置の「検討」を記す、在留特別許可の要件として「子どもの利益」を条文に明記するなどの譲歩案を提示した。しかし、立民の中で「実現が不透明」「当事者や支援者への裏切りになる」などの反対論が強く、白紙になった。一方で、与党は維新などと修正協議を進め、野党は分断された。結局、難民申請者に聴取する際の配慮義務に関する規定の創設などの微修正で4党が合意した。根本には望ましくない外国人を排除しようとする出入国管理と、保護の理念に立脚する難民認定を、出入国在留管理庁(入管庁)という同一の機関が所管しているという問題がある。現行制度は、在留資格のない外国人を全員収容して強制送還することが原則だ。収容を解くか、在留を特別に許可するかは、入管の裁量に任されている。これが難民認定率の極端な低さにつながっており、収容者の人権侵害の原因にもなっている。参院では、国際人権基準を満たす制度に変えるために根本から議論し直すべきだ。

*2-6-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1031454 (佐賀新聞論説 2023/5/6) 入管法改正 根本的解決にならない
 不法滞在などで外国人を強制送還しやすくする入管難民法改正案が衆院法務委員会で可決された。連休明けに衆院を通過する。難民認定を申請中であれば、その回数や理由を問わず一律に送還手続きを停止する現行制度を変更して、3回目の申請以降は「難民認定すべき相当の理由」が認められない限り、いつでも送還できるようにする。ほかに送還に必要な旅券の申請を命じられても拒んだり、送還の航空機内で暴れたりした場合の刑事罰を新設するなど、送還を徹底するのが柱だ。「難民としての保護を求める人が、迫害の恐れがある本国に送還されてしまう危険がある」と当事者や支援団体などは反発を強めている。与党との修正協議で立憲民主党は、出入国在留管理庁から独立して難民認定を担う第三者機関の設置を要求したが、合意に至らず、反対。しかし日本維新の会が難民認定を担当する職員の研修などに関する規定を設けるという小幅な修正と引き換えに賛成に回った。国民民主党も賛成。野党の足並みが乱れる中、ほぼ原案通り可決された。これでは外国人の収容で度々指摘されている人権軽視や、他の先進国と比べ桁違いに低い難民認定率など、入管行政が抱える構造的な問題の根本的な解決にならない。国内外の理解を得るのは難しいだろう。保護と支援の観点から、参院で議論を尽くす必要がある。2年前、名古屋の入管施設でスリランカ人女性が亡くなったのをきっかけに外国人の長期収容について内外で人権軽視の批判が噴出。そうした中、今回のものとほとんど変わらない法案が審議されたが、与野党の修正協議は決裂し、廃案となった。以来、何の進展もないのに、政治上の駆け引きで成立に近づいた。入管庁によると、不法滞在などで強制退去処分になっても帰国を拒む外国人は昨年末時点で4233人。うち200人前後が日本で生まれ育った子どもという。送還の徹底を図る理由として、難民認定申請中は送還を停止する制度が乱用されていると強調している。支援団体などは、難民認定が厳しすぎるため申請を繰り返さざるを得ないと訴える。国連人権理事会の特別報告者は4月、申請回数の制限など法案の内容を点検した上で「国際人権基準を下回る」と指摘。「国際人権法の下で徹底的に見直すことを求める」との書簡を日本政府に送った。立民は「外国人を排除する出入国管理と、保護の理念に立つ難民認定は同じ機関が所管すべきではない」と、第三者機関の設置を主張。先の修正協議で与党は、第三者機関設置の検討を付則に盛り込む▽在留資格のない外国人の子どもに在留特別許可を付与する際の判断要素として「児童の利益」を条文に明記する―の修正案を示した。決裂したため、いずれも白紙に戻ったが、国際基準に見合う制度構築には重要な要素だろう。さらに入管施設への収容に司法審査など第三者のチェックを導入したり、収容期間に上限を設けたりする必要性もかねて指摘され、課題は山積している。昨年1月、入管庁職員向けに「公正な目と改善の意識を持つ」「人権と尊厳を尊重する」などとする「使命と心得」が策定された。それをしっかりと踏まえ、制度の抜本的な改正に取り組むべきだ。

*2-6-3:https://www.tokyo-np.co.jp/article/248505 (東京新聞 2023年5月7日) 入管難民法改正、杉並で3500人反対デモ 「罪のない人に手錠をかけ、先の見えない人生に追いやる
 政府が今国会での成立を目指す入管難民法改正案の廃案を訴えるデモが7日、東京都杉並区であった。「杉並から差別をなくす会」など、外国人支援や反差別運動に取り組む約100団体が賛同した実行委員会が呼びかけ、3500人(主催者発表)が集まった。どしゃ降りの雨の中、参加者は「入管は人権守れ!」などと書いたプラカードを手に、高円寺から阿佐谷までを練り歩いた。入管難民法改正案は、難民認定申請中でも国内の外国人を強制送還できる内容などが問題視されている。与党は9日の衆院本会議で採決し、衆院通過を図る構えだ。高円寺中央公園で開かれた集会では、名古屋出入国在留管理局に収容中に死亡したスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん=当時(33)=遺族弁護団の指宿昭一弁護士が「改悪はいまからでも止められる。諦めず廃案まで闘おう」とあいさつ。3回目の難民申請を却下されたミャンマー出身で少数民族ロヒンギャのミョーチョーチョーさんは「2006年8月に命や家族が危ないと日本に逃げてきた。入管は罪のない人に手錠をかけ、先の見えない人生に追いやる。法案は、市民の声で止めないといけない」と声を上げた。ウィシュマさんの妹ポールニマさん(28)も「姉の死の真相究明をせず、法案を成立させようとしている。絶対に納得がいかない」と訴えた。

*2-6-4:https://www.tokyo-np.co.jp/article/246941 (東京新聞 2023年4月29日) 入管法改正法案「命と権利」ないがしろ…衆院委で可決 「鎖国」状態のまま、子どもの救済策なし
 外国人の収容・送還のルールを見直す入管難民法改正案が28日、衆院法務委員会で、自民、公明、日本維新の会、国民民主の与野党4党の賛成で可決された。立憲民主、共産両党は採決に反対した。与党は大型連休明けの5月上旬に衆院を通過させる考え。改正案は、不法滞在などで強制退去を命じられても本国送還を拒む人の長期収容の解消が狙い。2021年の通常国会にも提出されたが、廃案となった。3回目の難民申請以降は「難民認定すべき相当の理由」を示さなければ送還する。
◆法案通過は「死刑執行ボタンを押すこと」
 「法案をこのまま通すのは無辜むこの人に死刑執行ボタンを押すこと」。入管難民法改正案を可決した衆院法務委員会の参考人質疑では専門家から、こんな警告もあったが、ほぼ原案通りの決定となった。支援団体からは「人々の命と権利が守れない」との声が上がっている。改正案の柱は難民認定の申請回数について3回目以降は申請中でも強制送還できるルールの導入。現行法では申請中は送還できないが、出入国在留管理庁(入管庁)は上限設定で送還を促進する考え。迫害の事実がないのに申請を繰り返す乱用を防ぐという。だが、申請を繰り返さざるをえないのは日本の難民認定基準が厳しすぎる要因も大きい。難民条約の批准国である日本は迫害から逃れた人を受け入れる義務を負うが、難民認定率は2021年で0.7%にすぎない。25%のドイツや32%の米国など先進国で極端に少なく「難民鎖国」状態が続く。認定が厳しいまま送還を促進すれば本来保護すべき人の命を危険にさらすことになる。
◆過酷な条件で暮らす子どもたちは
 難民申請者の子どもなど日本で生まれ育ちながら在留資格がない子どもたちの救済策もない。保険証がなく、就職の権利もない過酷な条件で暮らす。与野党協議で自民党は立憲民主党に、法案に賛成すれば子どもたちに在留資格を与えると迫った。協議は決裂したが、子どもの在留資格と引き換えに法案への同意を求めるのは人権を軽視する行為。政府は法案とは別に子どもの権利条約に従い救済策を早急に講じるべきだ。スリランカ女性が死亡した施設収容のあり方に関しても有効な改善策はない。政府が2021年、同様の法案を出した際は市民の反対の広がりで撤回に追い込まれた。今回も国会前などのデモ参加者は増えてきた。外国人問題に詳しい指宿昭一弁護士は「入管庁任せでは命も人権も守れないことがはっきりしてきた。状況を変えるのは市民の声しかない」と語る。「不法だから」と追い出すのか、共生社会への契機にするのか。日本社会のあり方にかかわる法案は大きなヤマ場を迎えた。

<教育・保育について>
*3-1:https://digital.asahi.com/articles/ASR4L4S8VR4BULLI00L.html?iref=comtop_Opinion_02 (朝日新聞 2023年4月26日) 保育の質、なぜ日本は遅れた? 有識者会議の会長も驚いた政策転換
 保育の現場で、様々な問題が表面化しています。過去10年間で大きく動いた保育をめぐる政策決定の現場では、何が起きていたのでしょうか。国の有識者会議で長らく会長を務めた無藤隆・白梅学園大学名誉教授に、内実を語ってもらいました。「異次元」とうたう少子化対策を掲げた国が、今すべきこととは。国の保育政策を提言する会議で会長を務めてきた経験からすると、待機児童問題が深刻だった2010年代は、国も自治体も、保育の「質」より「量」の問題の解決を最優先してきたと思います。特に16年に「保育園落ちた日本死ね」のブログ投稿が国会で取り上げられ世論が動いてからは、園を増やすことに予算を大きく振り向けてきました。その結果、ビルの一室や高架下にあったり園庭がなかったりする認可保育園や、定員を1~2割超えた預かりが認められ、子どもの育つ環境としてどうかという声はあります。当時は首相や大臣、世論の要望としてスピーディーな増設が求められ、最小限の「質」を確保できるよう懸命に工夫してきたつもりです。全て経過的な措置と認識しています。この間、小規模保育園や企業主導型保育所など、様々な形態の園に公金をつけ、増やして、一定の質を持った預け先を確保するための体制を整えました。とはいえ、質が十分な園ばかりではなかったかもしれません。質を客観的に評価し、問題があれば改善する仕組みを作るべきでしたが、巨額なお金がかかり、評価者を養成するのにも時間がかかるため、間に合いませんでした。ただ、保育士の待遇改善や研修の拡充はしており、保育の質を無視していたわけではありませんでした。日本は欧米諸国と比べ、保育士1人あたりが見る幼児の数が多いことは事実です。12年に自民・公明・民主の3党で合意した「社会保障と税の一体改革」で、こうした配置基準の改善など保育の質について3千億円超を確保することが努力義務とされました。しかし、いまだに実現されていません。
●幼保無償化の予算が壁に?
 その大きな理由は、幼保無償化ではないかと思います。17年、解散総選挙に踏み切る際に安倍晋三元首相が、消費増税分を使って行うと突然打ち出しました。私たち保育関係者ばかりでなく国の担当者にも驚きであったでしょう。結果、年約8千億円を割くことになり、保育にさらに予算をつける要望をする際の障壁となったことは否めません。今政府が打ち出している児童手当の所得制限撤廃にも通じますが、保護者の子育て費用に配分するだけでなく、直接子どもの保育環境に還元される予算が必要です。無償化予算の半分でも保育の質に割かれていたら、今の保育園の風景がだいぶ違ったのではと考えることがあります。
●配置基準 実行されるか注視
 今では、待機児童はある程度減りました。昨年相次いで発覚した不適切保育を受け、保育の質に対する世論も高まっています。岸田政権が「異次元」と掲げた少子化対策の試案では、配置基準を改善し、保育士1人あたりがみる1歳児を6人から5人に、4~5歳児を30人から25人にする政策が盛り込まれました。まだ十分とは言えませんが、この機会を逃すわけにはいきません。言葉通りに実現されるか注視し、園の第三者評価を充実させることで質を担保する仕組みも必要です。少子化で定員割れと統廃合が相次ぐ地方では、課題は配置基準の先にあるでしょう。全国一律の対策にこだわらずに、保育の質を上げるための様々な補助金を充実させるべく、国は知恵を絞るべきです。
*無藤隆さんプロフィール
 1946年生まれ。白梅学園大学名誉教授。内閣府の子ども・子育て会議で2013~19年に会長を務め、保育政策作りに関わった。

*3-2:https://www.tokyo-np.co.jp/article/234419 (東京新聞 2023年3月4日) 「まるで鳥小屋」学童保育 定員超えの詰め込みが横行 こんな事態はなぜ起きる?
 子どもの小学校入学を控えた今、働く親たちを悩ませているのが放課後の預け先だ。多くが利用する放課後児童クラブ(学童保育)では、定員を超えて子どもを受け入れる「詰め込み学童」が横行している。本紙「ニュースあなた発」にも、「子どもたちが劣悪な環境にさらされている」との訴えが寄せられた。待機児童対策の裏で起きている子育ての現実を見つめた。
◆待機児童はゼロ…でも施設は飽和状態
 「雨で校庭が使えなくなると1教室に120人が詰め込まれる」「子どもに熱が出ても寝かせられる場所がない」。本紙に情報を寄せた掃部関かもんぜき和美さん(64)は、支援員として働く千葉県松戸市の学童保育の実態を打ち明けた。松戸市では現在、約4600人の子どもが学童を利用し、待機児童はゼロ。年々増える希望者を全て受け入れ、多くの施設が飽和状態だ。市子育て支援課の担当者は「学校に協力を仰いだり、民間の空き物件を探したりしているが、対応が追いつかない」とこぼす。学童保育も、保育園のように国が運営基準を定めている。定員は1クラス「おおむね40人以下」。ただ、参考扱いで義務ではない。市の担当者は「基準はクリアすべきだが、働く親たちのために受け入れたい。かといって、すぐに施設を増やせるわけでもなく…」とジレンマを抱える。全国学童保育連絡協議会(全国連協)の2022年度調査によると、「40人」の基準を超えて受け入れた「詰め込み学童」数は全国で約1万2000クラス、全体の36.3%を占める。
◆けがや事故が増え、ささいなことでけんかに
 表向きは待機児童が解消していても、受け皿が足りていない状況では子どもたちが詰め込まれるだけだ。全国連協・事務局次長の佐藤愛子さんは「詰め込みは、けがや事故が増えたり、ささいなことでけんかになったりして子どもへの負担は大きい」と指摘する。学童施設を見学したことのある川崎市の母親(43)は「子どもが両手を広げられないほどギュウギュウで、まるで鳥小屋だった」と振り返る。小2の長男を学童に預ける東京都練馬区の母親(51)は「事故が起きないか不安だが、働くために預けざるを得ない」と語る。岸田政権が打ち出す「異次元の少子化対策」では、学童を含めた保育サービスの拡充も挙がる。共働きで子どもを学童に預けている大田区の佐々木真平さん(43)は、「子どもを安心して預けられる場所があってこそ、子どもを産み育てようと思う。子育て環境の整備なしに少子化対策は進まない」と話す。
◆子どもが減っても利用数は右肩上がり
 学童保育は、学校の空き教室や児童館などを使い、自治体や保育系企業などが運営し、保護者自らが開いているところもある。共働き家庭の増加で、学童保育の利用数は右肩上がりで増えている。厚生労働省によると、2022年5月1日時点で、139万2158人に上る。待機児童は1万5180人で、過去8年間で一度も、1万人を割っていない。施設不足とともに壁となっているのが、子どもの相手をする支援員集めだ。全国連協の調べでは、週20時間以上勤務する支援員のうち、6割が年収200万円未満。人材確保には、保育士と同様、支援員の処遇改善が課題となっている。厚労省は待機児童を解消するため、19年度からの5年間で学童の受け皿を30万人分増やす計画を進めているが、昨年5月時点で達成率は5割ほどという。全国連協の佐藤愛子事務局次長は「社会の関心は待機児童解消に集まりがちだが、そのために詰め込みになっては本末転倒。支援員の処遇改善も重要だ。適正な人数で子どもたちが安心して通える受け皿を整備してほしい」と訴える。

*3-3:https://www.kyoiku-press.com/post-253820/ (日本教育新聞 2023年1月23日) 未来思考で変わる学校と教育環境
 学校施設の老朽化がピークを迎える中、子どもたちの多様なニーズに応じた教育環境の向上と老朽化対策の一体的整備が必要になっている。ここでは、未来思考で変わる学校施設をテーマに、新しい時代にふさわしい学校づくりのあり方や、教育環境を向上させる最新の施設設備・機器を紹介する。
●新しい価値創造とウェルビーイングな視点をもった学校づくりへ
○望む未来に向けて学校を変えていく
 新学習指導要領が目指す個別最適化された学びと協働的な学びに対応した多様な学習空間や、クリーンで高度な教育環境を推進するため、文科省は来年度の概算要求で公立学校施設整備に2104億円、国立大学・高専等施設整備に1000億円、私立学校施設等整備に329億円を計上。また、自治体の負担を縮減する補助率の引き上げや建築費の単価アップなどにも着手している。併せて、国土強靭化に向けた屋内運動場等の防災機能の強化や、コロナ禍の学びの保障に向けた衛生関連機器の導入も加速化していく必要があるなど、これからの学校施設・設備にはより一層の変化が求められている。もちろん、その前提には公立学校施設では建築後25年以上の建物が約8割を占めるなど老朽化がピークを迎えており、そのための長寿命化改修が必須になっている。その上で、文科省が学校施設のビジョンとして「未来思考で実空間の価値を捉え直し、学校施設全体を学びの場として創造する」ことを提唱する理由は、これからの予測が困難で変化の激しい時代には、私たち自身で望む未来を示し、作り上げていくことが求められているからだ。すなわち、今後、学校施設を造り替えていく上では新たな価値を創造していく力や、一人一人や社会全体の幸せを考えたウェルビーイングの思想が欠かせないことを指している。
○学びのスタイルの変容に対応する
 このような学校施設の長寿命化改修では、建て替え同等の教育環境を確保することと同時に、ICT活用等による個人及び協働的な学びを展開できる空間や、教室との連続性・一体性を確保し多様な学習活動に柔軟に対応できる空間など、学びのスタイルの変容に対応するワークスペースを整備することが推奨されている。また、そのためには廊下や階段、体育館、校庭など、あらゆる空間を学びの場として捉え直す、柔軟な視点を持つことも大切になる。それは、これからの社会に通じる人材を育成するためには、従来までの知識詰め込みに偏重した子どもたちから見て受け身の一斉型授業から、児童生徒自ら自律的・主体的に学び、対話を重ねながら課題を解決していく授業への転換が求められているからにほかならない。したがって学校設置者においては、どのような学びを実現したいか、そのためにどんな学び舎を創るか、それをどう生かすかといった新しい時代の学び舎づくりのビジョン・目標を共有した上で、改修計画を立てることが重要といえる。そして、こうした新たな価値を創造していく力を持つことが、学校施設の魅力化・特色化につながっていくことになるのだ。現状、アクティブ・ラーニング型授業に対応できる多目的教室の整備率は3割にとどまっており、GIGA端末整備によって使われなくなったコンピューター教室をどうするかといった問題も浮上している。その中で新しい教育環境の姿としては、教室と連続する空間も活用し、高機能のコンピューター室を専門的で高度な学びを誘発する「デザインラボ」として造り変える、映像編集やオンライン会議のためスタジオや情報交換、休息ができるラウンジを設ける、老朽化した公民館、図書館を学校に複合化・共有化する、地域住民との交流・学習の場ともなる「共創空間」を整備するといった動きも起きている。これらや余裕教室の活用を含め、各学校に新しい時代の学びに対応した多様な教育環境をどのように整備していくのか、今後の学校設置者の手腕が問われている。
○インクルーシブな教育環境を~バリアフリー化の推進~
 もう一つ、学校施設の長寿命化改修で重要になるのが、インクルーシブな教育環境の実現だ。近年では障害の有無や性別、国籍の違い等にかかわらず、共に育つことを基本理念として、物理的・心理的なバリアフリー化を進め、インクルーシブな社会環境を整備していくことが求められており、学校においても障害等の有無にかかわらず、誰もが支障なく学校生活を送ることができるよう環境を整備していく必要があるからだ。特に公立小中学校等施設のバリアフリー化については、すでに2020年5月の法改正によって努力義務化されている。このため文科省では、2025年度末までの整備目標を設定して取り組みの加速を要請。バリアフリー化のための改修事業について国庫補助率を引き上げ、「学校施設のバリアフリー化の加速に向けた取組事例集」を取りまとめるなどして早期の整備を促している。さらに、年末に公表したバリアフリー化の調査結果をもとに、再度、全国の学校設置者に向けて加速化の要請を発出した。学校施設のバリアフリー化としては、全ての学校に車椅子使用者用トイレとスロープ等による段差解消を整備すること。加えて、要配慮児童生徒等が在籍する全ての学校にエレベーターを整備することが目標になっている。だが、学校施設のバリアフリー化に関する計画がある地方自治体は増加傾向にあるものの全体の25%にとどまっており、十分な取り組みができているとは言い難い。中でも、公立小中学校等の9割以上が避難所に指定されている中で、屋内運動場の車椅子使用者用トイレの設置率が約4割、スロープ等による段差解消も、⾨から建物の前までが8割弱、昇降⼝・⽞関から教室までが6割程度など整備目標に届いていない状況となっている。近年では地震時だけでなく、気象変動に伴う豪雨などにより避難所を開設する機会が増えており、高齢者や乳幼児、医療ケアが必要な人などを受け入れる上での環境整備の遅れが表面化している。また、地域に開かれた学校づくりや地域住民の生涯学習の場として多様な年齢層が学校に参加する機会を増やすためにも、バリアフリー化の推進は重要なファクターとなる。
○特別支援教室が不足している
 また、特別支援学級に在籍する児童生徒数が10年間で約2倍に増加する中で、全国で4千近い教室が不足していることも大きな課題になっている。この点についても文科省では、各設置者に対し、国の財政支援制度を積極的に活用するなどして、2024年度までに教室不足の解消に向けた取り組みを集中的に行うよう要請している。具体的には、新設校の設置、校舎の増築、分校・分教室による対応、廃校・余裕教室等の既存施設の活用が挙げられる。しかも、教室不足という点では、普通教室でも小学校35人学級化に伴って新たな教室の整備や空き教室の活用が必要になっているほか、不登校の児童生徒が25万人に達する中で、通学しやすい教室や相談場所となるスペースの確保の重要性も増している。加えて、国際化で急増している日本語指導が必要な児童生徒(外国籍を含む)に向けた学習空間づくりも、今後急ピッチで進めていかなければならない。なぜなら2021年5月時点の調査によれば、その数は全国で6万人に迫っており、前回調査から14・1%も増加しているからだ。
○新築・建替時の木材利用の促進も
 小中一貫校・義務教育学校の新設や少子化による統廃合における建て替えが進む中では、自然との調和や豊かな生活・学習環境に寄与する木造校舎を採用する自治体が増えている。新築校舎全体としても、2020年度に建てられた学校施設805棟のうち、595棟(73・9%)が木材を使用。その内訳は、木造校舎が154棟、内装木質化が441校。木造校舎の学校別では、幼稚園が6園、小中学校が102校、義務教育学校が8校、高等学校が27校、特別支援学校が11校となっている。また、体育館や武道場でも木材利用が進んでおり、今回の調査では新しく建てられた施設の大半が木造、または内装木質化が施されている。その上で特徴的なのは、全体の木材使用量の7割以上が国産材を使用していることだ。これにより脱炭素化への効果に加え、地元の間伐材等の利用につながることで地域経済の活性化・地場産業の振興に貢献できることも大きな魅力になっている。木材の良さは、地震に耐える強度がありながらも軽量で、断熱性にも優れていること。そして、何より木のもつ温かみや心地よさが子どものストレスを緩和し、授業の集中力を増す効果があることが挙げられる。また、湿度を自然に調節する木材は健康面にも効果があり、木造校舎はRC造校舎に比べてインフルエンザによる学級閉鎖の割合が3分の1という調査結果もある。もう一つ、木材利用の促進には施工技術の進化も大きな要素となっている。近年では集成材と製材の最適な組み合わせによる費用対効果の高い施工も可能になっており、その中では建築基準法改正により規制緩和された木造3階建て校舎も生まれている。木材ならではの温かみやデザインを活かした造形により、子どもたちが生き生きと過ごし、学び、成長していける、新しい時代の学び舎として注目を集めている。ただし、学校施設の木造施設数はいまだ全体の1割にも達していないため、文科省は今年度より学校施設の内装木質化を標準化するとともに、地域材を活用して木造施設を整備する場合は補助単価を5%加算するなどして木材利用の促進を図っている。
○学校家具も変化する必要がある
 さらに、教育環境では施設だけでなく、学校家具もそれに合わせて変化していく必要がある。例えば、これまで一般的に使われてきた教室机ではGIGAスクール構想で導入されたタブレットを活用するには手狭になることから、寸法の大きい新JIS規格の机に切り替えることが推奨されている。ただし、教室机をすぐに買い替えるのは財政的に難しいため、机の奥行を簡易的に拡張できるアタッチメントや落下防止ガードを設置し、対応する学校も多くなっている。また、多目的スペースなどを使って個人やグループで自由な学習を展開するためには、学習形態に合わせて容易にレイアウト変更が可能なテーブルやパーテーション、収納性に優れた椅子やさまざまな姿勢にフィットして学習をサポートする机・椅子、リラックスできる木製の机・椅子などを用意することも重要だ。私立高校や大学では個別の学習スペースを設けるところも現れている。すなわち、新たに多目的教室などを設計する場合は、単にハード面の整備にとどめず、壁や間仕切りも含めて多様な学習活動を生み出す要素として計画する、学校用家具の設置や活用まで視野に入れて検討していく必要がある。
○防災機能の強化も進めていく
 一方、激甚化する風水害や切迫する大規模地震への備えとしては、政府が国策として進める「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策(事業規模15兆円)」のもと、より早期に防災機能の強化を図ることが求められている。その一つが、過去の大規模地震で多くの被害を出した屋内運動場等の吊り天井や、窓ガラス、照明、内外壁材といった非構造部材の耐震化だ。構造体の耐震化は平成期に実施された対策でおおむね完了しているが、私立学校を中心に対策が未整備の建物が多く残っている。したがって、これを2025年度には70%、2028年度までには100%にすることを目標に掲げている。次に、避難者の生活拠点となる体育館では寒暖期に対応した空調設備が欠かせないが、昨年9月時点の文科省調査では整備率が15・3%と遅れが目立っている。2年前の調査では9%だったことを考えると伸びてはいるが、文科省では、これも2025年度までに35%まで押し上げる意向だ。また、教室棟では熱中症対策として普通教室の空調整備はほぼ完了したが、特別教室は6割程度にとどまっている。加えて、こうした空調を災害が発生した際にも使用するためには非常用の電気を供給するための備えが必要になるが、自立型発電機・蓄電池の整備も十分とはいえない。したがって、LPガスの備蓄による災害用バルクとしての利用や、地域の電力・ガス会社と連携した供給体制の確保とも併せて、二重三重の対策を練ることが重要になっている。また、災害時のライフラインとなるマンホールトイレを始めとした断水時のトイレや公衆Wi―Fiなどの災害時利用通信の整備。浸水対策としては電源設備の高台化や止水版の設置といったインフラの整備を一刻も早く進めていかなければならない。

<生物学・生態学から見た世界人口と必要な政策>
PS(2023年5月14日追加): *4-1は、人口問題に詳しい平野氏の話として、①先進国の出生率低下には都市化と女性の社会進出という背景があり ②女性もキャリア選択が可能になって初婚年齢が上昇し、婚姻率が低下したが ③先進国の人口は主に移民の数で変動しており ④東アジアは移民受入が一般的でないため人口減が加速している ⑤アフリカの人口増加は農地の拡大に子供の労働力を要するからで ⑥アフリカ中西部は一夫多妻制と女性の若年婚が一般的であり ⑦女性が食糧生産の主体を担って子供は労働力で ⑧1980年代からアフリカの農地は一貫して拡大して出生率は下がらず ⑨2080年代は人類の1/2がアフリカ人になるだろう ⑩アフリカの最大の課題は食糧確保で、必要な食糧を輸入できる貿易の安定化が解決策であり ⑪人口は1950年約25億人、2022年約80億人、2086年に約104億人になって微減が始まる 等としている。
 このうち①②は、密度が高くなれば増加率が減るのは生物の法則で、田植えを密にしすぎると一株の稲は成長が悪く実りも少ない。また、生存可能な数が餌となる草食動物の数に支配されるライオン等の肉食動物は、縄張り争いが激しい。人間も、都市に集中しすぎて1人当たりの専有面積が狭くなったり、生活にゆとりがなくなったりすれば、出生率が下がるのは生物の法則であり、文化的に女性の社会進出やキャリア選択の自由が重なったのはむしろ付加的なことだろう。なお、⑤⑥⑦⑧のように、アフリカ中西部はまだ一夫多妻制が一般的だそうだが、女性が食糧生産の主体を担って子供が労働力ということは、主に人手を使って労働しており、生産性が低く、(男性は縄張り争いをしているのか)紛争も絶えない。⑨については、100億人もの人口を地球全体で養えるか否かが重要な問題なのであり、輸出するものがなければ不足して高くなる食糧やエネルギーを輸入することもできない。さらに、100億人もの人口を地球が養えなければ、どこかの時点で悲惨な戦争(縄張り争いや殺し合い)が起こる。そのため、先進国は食料・エネルギーの徹底した自給率向上と③④のような移民の受け入れが必要なのであり、アフリカは人口の抑制・生産性の向上・そのための教育等が必要なのだ。
 一方、*4-2は、⑫日本の外国人労働の在り方を検討する政府有識者会議が外国人技能実習制度の廃止を求める中間報告書のたたき台を示した ⑬日本は少子化が進む国でありながら、労働力不足対策としての外国人材獲得競争でも先進各国に後れを取っている ⑭高齢者の就業率アップ・女性の社会進出促進・AI等の先端技術活用で人手不足が緩和される可能性も期待できるが ⑮移民受入や難民認定制度との整合性を図るのが急務で ⑯ウクライナ出身の女性は「ウクライナは農業国。農業を通じて日本の地域づくりにも貢献できるのではないか」と語る ⑰「第2の開国」の言葉を使って多文化共生の一層の飛躍を促したい と記載している。
 私は、⑫⑬⑭⑮に全く賛成で、⑯について具体例を加えれば、農林漁業の人口が減少しており、緯度の高い東北・北海道には特にウクライナからの避難民が役立つと思われ、九州・沖縄等の亜熱帯気候に近い地域はミャンマー・バングラデシュ等のアジアやアフリカ等からの移民・難民が役立ちそうだ。また、インドの人は英語・数学ができるため、先端技術の開発や活用もできそうだ。そのようなわけで、地球に貢献しながら少子高齢化を乗り切る方法となるため、(遅すぎたくらいだが)今は⑰の「第2の開国」をすべき時なのである。


             いずれもSustainableBrandsより

(図の説明:左図のように、世界人口は2050年には97億人になり、アフリカの増加が著しく、インドも増加し続ける。その理由は、右図のように、アフリカがまだ多産多死社会であり、これは食糧・医療の提供体制やそれに伴う意識の変化によって「多産多死→多産少死→少産少死→少産多死」という人口サイクルが先進国や高所得国から先に進むことが理由だ。そして、中央の図のように、政府の政策や経済発展に伴い、次第に「富士山型《ピラミッド型》→釣鐘型→壺型」に進んで人口が減少し始め、最後は平衡状態になると思われる)

*4-1:https://mainichi.jp/articles/20230507/k00/00m/030/106000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230508 (毎日新聞 2023/5/8) 世界人口考:2080年代「人類の半分はアフリカ人」 研究者が予測、課題は
 2022年に80億人を超えた人類に今後、どのような課題が待ち受けているのか。人口減少が続く日本の未来の姿は。人口問題に詳しい日本貿易振興機構上席主任調査研究員の平野克己氏に聞いた。先進国で出生率が低下している背景には、都市化や女性の社会進出が進んだことがある。女性が自らキャリアを選択できるようになって初婚年齢が上がり、婚姻率も下がった。出生率低下は、若者が将来への期待を持てなくなった結果でもある。現在、先進国の人口は主に移民の数で変動している。移民の流入は一部で反発を招き、欧州でブレグジット(英国の欧州連合離脱)、米国ではトランプ前大統領が人気を集める現象につながったと言える。一方、日本、中国、韓国など東アジアは、欧米に比べれば移民の受け入れなどが一般的ではないため、人口減少が加速しやすい傾向がある。アフリカで人口増加が続いているのは、農地が拡大して子供の労働力が求められているからだ。アフリカ中西部の国々では一夫多妻制が大衆的にみられ、女性の若年婚が一般的だ。女性が食糧生産の主体を担い、子供は貴重な労働力となっている。1980年代からアフリカの農地は一貫して拡大しており、そのスピードは2000年以降、年率2・5%に達している。そのため出生率は下がらない。私は、アフリカの人口増加率は国連の中位予測ほどには鈍化しないとみている。80年代には人類の2人に1人がアフリカ人になるかもしれない。世界の人口分布は今後、極めていびつな形になっていく。アフリカの最大の課題は食糧の確保だ。穀物の生産性が低いことに加え、水資源に乏しく、農地拡大にはおのずと限界がある。農村分は賄えても都市人口は半分ほどしか養えていない。解決を図るには、必要な食糧輸入を確保できるよう貿易を安定化させるしかない。アフリカ諸国は小麦の輸入をロシアやウクライナに頼っており、ロシアによるウクライナ侵攻でこの問題の重要性が浮き彫りになった。食糧自給率が低く農業の担い手が高齢化している日本にとっても人ごとではない。産業革命当初から食糧の貿易はグローバリゼーションの基幹であり、安定した貿易体制の確保は、人口爆発後の世界には不可欠だ。日本は30年代以降、人口減少がさらに加速し、企業の連鎖倒産が起こる可能性がある。グローバル競争に勝ち残り海外市場で売り上げを伸ばす企業と、国内のニーズに応える企業に二分されていくのではないか。そうなれば所得格差の拡大は避けられず、それに耐えられる社会をつくれるかどうかが鍵だ。経済的には人口減少はマイナスだ。とはいえ歴史的にみて出生率は政策によって容易に操作できるものではない。子を持つかどうかは各個人の選択であり、どのような生き方も尊重されなければならない。移民受け入れの是非も最終的には国民が判断することだ。いずれにせよ、将来的に世界全体で人口減少のステージに入ることは間違いない。人類全体のあり方は今後、変わっていくだろう。
●世界人口増、鈍化傾向 アフリカは急増
 世界の人口は20世紀以降、技術革新や医療の発達などにより、増加の一途をたどってきた。国連によると、1950年に約25億人だった人口は2022年には80億人に到達。86年に104億人でピークに達し、その後は微減が始まると推計されている。22年の世界の人口は①中国(14億2600万人)②インド(14億1200万人)③米国(3億3700万人)④インドネシア(2億7500万人)の順だったが、23年4月にインドが中国を上回り、50年は①インド(16億6800万人)②中国(13億1700万人)③米国(3億7500万人)④ナイジェリア(3億7500万人)の順になると予測されている。しかし、世界全体の人口増加率は鈍化傾向だ。20年には1950年以降で初めて1%を割り込んだ。1人の女性が生涯に産む子どもの数に当たる合計特殊出生率は世界全体で、1950年の4・86から21年には2・32まで下落。22年から50年の間、61の国と地域でそれぞれ人口が1%以上減少すると予想されている。世界全体で65歳以上の高齢者の割合は22年の10%から50年に16%に上昇し、国連は「年金の持続可能性を改善するなど公的制度の見直しをすべきだ」と指摘する。一方、人口増加を支えるのはアフリカだ。22年時点で14億人だが、50年に24億人、2100年には39億人まで増え、世界全体の4割弱に達すると見込まれている。サハラ以南のアフリカ諸国が、50年までの世界人口増加数の半分以上を占めるという。急激な人口増加は、貧困や教育制度の普及を難しくする懸念がある一方で、生産年齢人口の増加に伴う経済成長が期待されている。
*平野克己
 1956年生まれ。91年、アジア経済研究所入所。日本貿易振興機構(JETRO)理事を経て2023年4月から現職。著書に『人口革命 アフリカ化する人類』など。

*4-2:https://blog.canpan.info/sasakawa/archive/8694 (産経新聞 2023年4月26日、) 「第2の開国」に向け意識改革を
 少子化の進行で将来の労働力不足が懸念される中、日本での外国人労働の在り方を検討する政府の有識者会議が今月初め、平成5年にスタートした外国人技能実習制度の廃止を求める中間報告書のたたき台を示した。
≪外国人材獲得で各国に後れ≫
 人材育成による国際貢献を掲げた制度の理念と、安価な労働力確保の抜け道となっている現実との「乖離(かいり)が大きすぎる」というのが理由。今秋に予定される最終報告書では、海外からの人材確保に向けた新制度の設立などが打ち出されるもようだ。現在の技能実習制度に関しては、国内外から批判が強く、見直しは当然と理解する。ただし、瞬く間にパンデミック(世界的流行)に発展した新型コロナウイルス感染や燃料・食料を中心に世界のサプライチェーンを大混乱に陥れたロシアのウクライナ侵攻を見るまでもなく、世界の動きはあまりに速く激しい。海に囲まれた海洋国家として発展してきたわが国は、ともすれば急速に進む国際化の流れに後れを取るきらいがある。世界の先端を切って少子化が進む国でありながら、それに伴う労働力不足対策としての外国人材獲得競争でも先進各国に後れを取っている。制度の見直しに当たり、この点に対する国民の幅広い認識の共有が何よりも必要と考える。理解が広がれば新しい制度に対する国民の支持も広がり、国際化に不可欠な「世界あっての日本」の自覚も深まるからだ。技能実習制度開始後の約30年間を振り返ると、経済の担い手である生産年齢人口(15~64歳)は平成7年に総人口の69.5%、8726万人とピークに達した後、減少に転じ、昨年は7421万人、59.4%となった。総人口比で10%超、1300万人が減った計算で、制度にゆがみを生じる一番の原因となった。27年後の令和32年には全人口の54%、5275万人まで減ると予測されている。ただし、高齢者の就業率アップや女性の社会進出促進で労働人口は変化する。今後、人工知能(AI)など先端技術の活用で人手不足が緩和される可能性も十分、期待できる。制度を見直す以上、政府が消極的な姿勢を長く維持してきた移民政策や、昨年、過去最多の202人が認定されたものの欧米各国に比べ格段に少なく、国際社会から批判を浴びる難民認定制度との整合性を図るのも急務だ。ちなみにウクライナから戦争を逃れてきた人たちは難民の定義に合わないため便宜的に「避難民」の名称が使われ、約2000人の避難民に渡航費や生活費などを支援する日本財団にも「なぜウクライナの人ばかりなのか」といった疑問が寄せられている。法律上はともかく、国民目線にはアフガニスタン難民などとの対応の差に違和感があるということだ。新制度では多様な受け皿を用意する必要がある。日本で10年以上生活し、日本財団の支援事業に携わるウクライナ出身の女性は「ウクライナは農業国。農業を通じて日本の地域づくりにも貢献できるのではないか」と語っている。
≪イノベーションに人材確保も≫
 海外からの人材というと、都会中心の先端技術分野に目が行くが、最近は地方文化に対するインバウンドの関心も高い。地方も視野に入れた多様な受け皿が外国人材の活躍の場を広げ、多彩な人材確保につながる。そのためにも日本語学習や就職支援制度の強化が欠かせない。昨年末、ウクライナ避難民を対象に実施したアンケートに回答を寄せた750人のうち3人に2人が「ウクライナ情勢が落ち着くまで」、あるいは「できるだけ長く」日本に滞在したいと答えた。戦争が終われば、祖国の復興に向けて帰国する人、引き続き日本に残る人に分かれよう。どの場合も日本文化の良き理解者として、両国の友好や日本の社会づくりへの貢献が期待できる。そんな積み重ねが海外からの安定的な人材活用に道を開き、わが国のイノベーションに必要な有為な人材確保にもつながる。日本はペリー率いる黒船の来航を受け、徳川幕府が嘉永7(1854)年に米国と「日米和親条約」を締結し開国に踏み切った。以後、欧米から輸入した先進技術や知識を取り込むことで近代化を果たした。「人より知識」を重視する気風がいまだに色濃く残る。
≪多文化との一層の共生図る≫
 これからは、米国の政治学者サミュエル・ハンチントンが『文明の衝突』で世界8大文明の一つに位置付けた日本文明を大切にしながら、「人も知識も」の精神で国際社会と向き合い、多文化との一層の共生を図る必要がある。開国から170年を経て、わが国は先進7カ国(G7)に名を連ねるまで発展してきた。その中で、あえて「第2の開国」の言葉を使うことで一層の飛躍を促したいと思う。それにふさわしい意識改革、制度整備が実現したとき、この国の新たな形が見えてくる。

<教育・保育等少子化対策財源は、従来の税に決まっていること>
PS(2023年5月18、19日追加):*5-1-1は、政府は①少子化克服のため、関連予算の「倍増」を唱え ②財源として公的医療保険・介護保険の保険料への上乗せを軸とする ③財務省を中心に(買い物の度に負担を感じる消費税より給与から天引きされる保険料の方が負担増を感じにくいので)社会保険料に白羽の矢を立てていた ④社会保険料への上乗せでは十分な財源を確保できない ⑤自民党の少子化対策に関する提言を実行すると総額年8兆円 ⑥特に児童手当に多くの予算が見込まれ、所得制限撤廃で千数百億円、高校までの延長で4000億円かかる ⑦第2子以降の手当増額は2兆円規模 ⑧医療保険は高齢者を含む幅広い年齢層が支払い企業も折半で負担するので社会全体で支える理念に合致し、年金暮らしの高齢者の負担は抑えられる ⑨多くの預貯金を持つ高齢者より生活の苦しい現役世代の保険料が高い ⑩病気やケガに備える医療保険を少子化対策に使うのは「流用」である ⑪受益と負担の対応関係も曖昧 と記載している。
 このうち、②は、出産・子育てに伴う医療・介護費用に充当するものでない限り、⑨のとおり流用であるため、支払った保険料を流用するような政府に保険料を払いたい人はいない。また、③のように、「国民が負担感を感じさえしなければよい」と考えるのも論外で、①の少子化の克服はそもそも何のために必要なのかよくわからない。仮に「高齢化時代に生産年齢人口が減るから」と言うのであれば、非正規労働者として社会保険料の支払いを回避している人を皆無にし、生産年齢人口を75歳までにして女性や高齢者の労働参加率を上げればよい。また、甘ったれた日本人よりも真面目に働く外国人は多いため、*5-3のように、制限ばかりが多くて使い捨てにするような「特定技能1号」もやめて「特定技能2号」の拡大を12分野に限らず全業種に広げて外国人労働者を増やせばよいのだ。当然、人権侵害をしながら、難民を無理に送還する必要もない。さらに、少子化の理由とそれを“克服”する道筋が明確でないため、⑤⑥⑦はバラマキのようになってしまい、関連予算の「倍増」が“少子化克服”に資するのかどうかも不明になっている。そのため、科学的検証と整理が必要不可欠だ。
 しかし、国民は新たな財源を探さなくても従来から税を支払っているため、④⑧のように、少子化対策と言えば財源確保を声高に叫んだり、的外れの社会保険料上乗せを行ったりするのは変である。まして、病気やケガに備えるための医療保険を少子化対策に使うのは、⑩⑪のとおり、流用そのものであり、ほんの一部を除いて受益と負担の関係がない。さらに、「高齢者を含む社会全体で支えるべき」というのも、これまでに所得税を累進課税で支払済であるため、子育て・介護を自らの負担で行ってきた高齢者にとっては3重負担にほかならない。その上、⑨のように、「高齢者が多くの預貯金を持つ」などと言うのは、それを取り崩して生活しなければならない高齢者にとっては必要な金であり、死後に残った財産には常識的な相続税が課されるため不合理はないのである。つまり、全貌を知らない人が思いつきの“公平感”を振り回すと、むしろ不公平・不公正になるのだ。
 また、*5-1-2は、⑫全世代型社会保障の一環として、75歳以上の公的医療保険料を引き上げる改正健康保険法などが成立 ⑬高齢化で膨らむ医療費に充てるほか「出産育児一時金」の財源にも回す ⑭高齢者世帯は物価高・公的年金の目減りで既に苦しく、医療負担増は厳しい追い打ち ⑮国民負担率は約50%で高齢者を支える現役世代の負担は限界に近い ⑯所得と資産で比較的余裕のある高齢者に応能負担を求める方向はやむを得まい ⑰年金収入が一定以上の人の保険料を2024年度から段階的に上げ、対象は75歳以上の4割 ⑱年金収入が年200万円なら2025年度に保険料が年3900円増える ⑲子を産んだ人に全国一律で支給する「出産育児一時金」は42万円から50万円に増額され、2024年度から75歳以上の保険料も財源に充てる ⑳政府は2026年度を目途に「出産費用の公的保険適用」の検討を表明し、首相は保険適用で生じる原則3割の窓口負担も実質0にする考えを示す と記載している。
 ⑫⑬⑭⑮は事実だが、⑰⑱のように、たった200万円/年(16.7万円/月)の年金収入を一定以上の年金収入として保険料を段階的に上げるなどという発想は、最低生活を保障する生活保護費が単身者で10万円〜13万円/月、夫婦2人世帯なら15万円〜18万円/月で、保険診療は原則無料になることを考えれば、それ自体が高齢者虐待である。そんなことをしてまで、⑲のように、「出産育児一時金」を出したり、⑳のように、「出産費用を公的保険適用にすれば、3割の窓口負担も実質0にする」などという必要は全くないし、こんなことを言うような次世代を増やすために少子化対策をしても無益だ。最後に、⑯も、所得は所得税課税済で、死後の残余財産には相続税が課されるので、応能負担を求めると称してそこまでぶんだくる必要はない。


  2023.4.1西日本新聞  2023.4.1毎日新聞    2023.4.1東京新聞  

(図の説明:左図が自民党の少子化対策のたたき台で、中央の図が、自民党幹部の主な発言だ。私は、教育・保育の充実と義務教育の無償化を最優先にすれば、親の当たりはずれなく、どの子もよい環境で必要な教育を受けられるため、義務教育期間の延長・義務教育の無償化・給食の無償化、保育・学童保育の充実《保育士数の増加・預かり中の教育・給食の提供など》、国立大学・大学院の授業料低減等を、どの子に対しても平等に、親に関係なく行うのがよいと考える。しかし、出産費用及び子の医療費の無償化はやりすぎで、保険適用して1~3割負担にすれば十分だ。また、右図のように、「保険の支え手が増えることによって制度維持に貢献するから少子化対策費の財源に年金・医療・介護保険を使う」などとする意見があるが、これは異なる保険財源を流用するための屁理屈にほかならない。支え手を増やしたければ、組織内失業者をなくし、労働法で保護されない非正規労働を禁止し、高齢者・女性・外国人の労働参加率を上げることによって、直接的に増やした方が効果的である。なお、無償の義務教育を提供することは憲法第26条に定められた国の責務であるため、 新たに財源を探すのではなく、*5-2の防衛費より優先的に支出すべきである。そして、我が国はこのほかにも無駄な歳出に事欠かないため、これを削って本当に必要な費用は出すべきなのだ)

*5-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230518&ng=DGKKZO71097660X10C23A5PD0000 (日経新聞 2023.5.18) 少子化克服、力不足の財源、税活用に及び腰、衆院選意識 政府・与党の議論低調
 政府は少子化対策の財源確保策として公的医療保険や介護保険の保険料への上乗せを軸とする方針だ。関連予算の「倍増」を唱えながらも、国民の負担に直結する税の議論は政府・与党で乏しい。衆院の早期解散を意識し本格的な検討に及び腰な姿勢が背景にある。政府は経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)を6月中旬ごろにとりまとめる。財源を含む少子化対策の大枠を記す。最終決定まで1カ月ほどしか残っていないのに、与党政務調査会の全体会議や各部会で財源に関する表だった議論はない。昨年12月に防衛財源を決定した際も直前になって岸田文雄首相が政府・与党の幹部を呼び増税方針を打ち出した。防衛費を国内総生産(GDP)比で1%から2%に増額する一方、財源論は党内で紛糾し、増税法案は先送りとなったままだ。責任の所在があいまいな実態がある。党は茂木敏充幹事長が「『こども・若者』輝く未来創造本部」の本部長を務め、萩生田光一政調会長が政策全般の責任者を担う。茂木氏は「既存の保険料収入の活用でできる限り確保したい」と料率上げには慎重だ。萩生田氏は防衛財源で増税の先送りなどを目指す立ち位置で、負担増に前向きではない。財源のメドがつかないまま首相が子育て予算の「倍増」を打ち出し、3月末には政府・自民でそれぞれ子育てメニューをまとめた。19日に開幕する主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)の直後など、早期に首相が衆院解散に打って出るとの見方がくすぶる。閣僚経験者は「選挙があると思うと、税のような直接的な国民負担の話は打ち出しづらい」と漏らす。買い物のたびに負担を感じる消費税より、給与から天引きされる保険料は負担増を感じにくい。政治的な反発を受けにくいとして財務省を中心に早々に社会保険料の活用に白羽の矢を立てていた経緯があった。負担増の具体策を明確にすると次期衆院選の争点となる可能性がある。政府・与党内では骨太の方針の段階では大枠を示すにとどめ、年末に具体策を得るシナリオも浮かぶ。その間に衆院選を打てれば、争点化を回避しやすくなるためだ。社会保険料への上乗せでは十分な財源を確保できない懸念がある。自民党が3月にまとめた少子化対策の提言では60項目ほどのメニューを挙げた。そのまま実行すると予算総額は年8兆円規模に及ぶとされる。こども家庭庁の予算規模を倍増する場合は年4.8兆円の財源を新たに確保する必要がある。特に多くの予算が見込まれるのは児童手当だ。政府内には所得制限を撤廃すれば千数百億円、支給を高校生まで延長すると4000億円程度かかるとの試算がある。第2子以降の手当の増額には2兆円規模が必要になるとの見通しもある。政府は40年に社会保障給付費が190兆円程度に膨らむと予測する。その場合、保険料負担は現状からおよそ4割増える。現役世代に負担が集中する社会保険料の上昇は可処分所得の伸び悩みの一因となるとの指摘も根強い。産業界で盛り上がりつつある大幅賃上げの効果を打ち消しかねない。首相は10日、日本経済新聞のインタビューで少子化対策や防衛力強化の財源に関して「社会全体で支える」と説明した。医療保険の場合、年金保険料と異なり高齢者を含む幅広い年齢層が支払う。企業も折半で負担する。社会全体で支えるとの理念には合致する。所得に応じた負担が原則で、年金暮らしの高齢者らの負担は抑えられる。多くの預貯金を持つ高齢者らより、生活の苦しい現役世代の方が保険料が高くなるといった現象が起きる。病気やケガに備える医療保険の仕組みを少子化対策に使うことは「流用」となり、原則にあわない。受益と負担の対応関係もあいまいになる。増税論議を求める声はある。経済界、学界、労働界の有志でつくる民間組織「令和国民会議(令和臨調)」は4月「税を軸に安定的な財源を確保する」との提言を出した。首相は17日のこども未来戦略会議で「安定的な財源のあり方について集中的に議論をいただきたい」と呼びかけた。6月までにこども未来戦略方針をまとめる。会議に参加した経団連の十倉雅和会長は医療・介護保険の給付抑制策と税活用を組み合わせた「ベストミックスを追求すべきだ」と訴えた。会議終了後、記者団に語った。これまで首相は「消費税の引き上げは考えていない」と再三否定してきた。世に問うことすら封じたままでは「次元の異なる少子化対策」はおぼつかない。

*5-1-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1036548 (佐賀新聞 2023/5/16) 高齢者の医療負担増 子や孫の未来を支えたい
 75歳以上の公的医療保険料を引き上げる改正健康保険法などが成立した。年齢にかかわらず経済力に応じて支え合う全世代型社会保障の一環だ。高齢化で膨らむ医療費に充てるほか「出産育児一時金」の財源にも回す。高齢者世帯は物価高、公的年金目減りで既に苦しい。医療負担増は厳しい追い打ちだ。ただ国民や企業が所得の中から払っている税と社会保険料の割合である国民負担率は約50%だ。高齢者を支える現役世代の負担は限界に近い。少子化で人口が細りゆく将来世代の暮らしは、さらに心配だ。子や孫たちの未来を支えていくには、所得と資産で比較的余裕のある高齢者に応能負担を求める方向はやむを得まい。75歳以上が加入する後期高齢者医療制度の医療費は約17兆7千億円(窓口負担を除く)に上る。財源は、公費と加入者が払う保険料以外の4割が現役世代からの支援金。その負担が重くなり、大企業の社員が入る健康保険組合でも8割は赤字だ。負担緩和のため改正法は、年金収入が一定以上の人の保険料を2024年度から段階的に上げる。対象は75歳以上の4割だ。年金収入が年200万円なら25年度に保険料が年3900円増える。後期高齢者医療制度は開始以降に現役世代の財政負担が7割増えたが、高齢者は2割増だ。50年後は働き手の15~64歳が今より約3千万人減る一方、65歳以上は人口の4割まで占めるようになる。現役世代に頼る負担の在り方ではもう続かない。子どもを産んだ人へ全国一律で支給する「出産育児一時金」は4月、42万円から50万円に増額された。主な財源は、現役世代が加入する公的医療保険だ。これを「出産・子育てを全世代で支える」として、24年度からは75歳以上の保険料も財源に充てることになった。岸田文雄首相が掲げる「異次元の少子化対策」の目玉として趣旨は理解できる。気になるのは、政府が26年度をめどに「出産費用の公的保険適用」の検討も表明したことだ。同じ出産費用支援でも一時金と保険適用では方向性が大きく異なる。正常分娩は保険が利かず各医療機関が価格を決めている。21年度の公的病院の平均出産費用は、最高の東京都が約56万5千円で、最低の鳥取県より20万円以上高い。全国平均は約45万5千円だが、「自由診療」を前提に一時金を増額すれば、そのたびに値上げで「いたちごっこ」になりがちだ。「公定価格」を決めて保険適用すれば、医療機関が自由に値上げすることはできなくなる。問題は公定価格の決め方が容易ではないことだ。地方の水準に合わせれば、都市部の医療機関は経営難になる。逆に都市部を基準にすれば医療保険財政への負荷が大きい。しかも首相は保険適用で生じる原則3割の窓口負担も実質ゼロにする考えを示してるが、肝心のその財源は見えていない。政策上の矛盾をどう整理するのか。財源はどこに求めるのか。こうした土台部分の議論抜きで、サービスの充実ばかりをアピールするのでは、国民は負担増を課されても納得して応じられない。政府は少子化対策の財源として医療保険を軸に社会保険料への上乗せ徴収をさらに検討する。現役世代のみならず、今は経済的余裕がある高齢者にも当然限界はある。負担増の前に、削れる給付を極力削る努力も必要だ。

*5-2:ttps://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/946105 (京都新聞社説 2022年12月24日) 来年度予算案 防衛費膨張のひずみ憂う
 なし崩しの肥大化である。政府が決定した2023年度予算案は、一般会計の歳出総額が114兆3千億円に達した。11年連続で過去最大を更新するにとどまらず、本年度当初より6兆円以上も大きく膨れ上がった。岸田文雄首相が掲げた防衛費の大幅増額に主眼を置いて1・26倍に急増させた上、今後の増額財源もプールする破格の扱いで全体を押し上げた。高齢化に伴って社会保障費も伸び続けており、急激な防衛費の増大が、借金頼みの財政運営のさらなる圧迫要因として重くのしかかっている。岸田氏が防衛増税を求める前提としていた歳出改革の努力は見えず、財政規律のたがは外れたままだ。はるかに身の丈を超えた予算膨張は、国民生活へのしわ寄せと将来世代へのつけを際限なく広げかねない。23年度の防衛費は過去最大の6兆8千億円。反撃能力保有への転換に伴う攻撃用のミサイル取得など本年度当初の5兆4千億円から跳ね上がる。社会保障費、地方交付税に次ぐ規模となり、全国の道路や橋などを整備する公共事業費を上回る。身近なインフラの老朽化や災害対応の整備遅れが問題となる一方で、膨張する防衛費の突出感は否めない。さらに5年間で43兆円に増やす財源として、剰余金などをかき集めた「防衛力強化資金」約4兆6千億円を一括計上して確保するとした。ただ、こうした財源も他の用途からの付け替えに過ぎない。これまで一般会計の決算剰余金は国債の償還と補正予算に半分ずつ充てていた。それを防衛費に回すとなれば、今後の補正予算などが赤字国債に一段と依存する可能性が高まる。国有ビル売却の一時収入も含まれ、とても安定財源とは言えない。高価な装備品は購入費に加え保守・運用費もかさみ、将来にわたる重荷となるのは必至だ。最大費目の社会保障費は6千億円増えて37兆円に迫り、高齢化の加速による医療費の伸び抑制は容易でない。岸田氏が掲げていた「子ども予算の倍増」は財源の見通しが立たず、防衛費増に追いやられた形だ。一方、新型コロナウイルス対策などを名目に内閣の裁量で使い道を決める予備費を本年度と同じ5兆円盛った。流行時も強い行動制限を避ける共存策に軸足を移した政府が、多額の予備費を持ち続ける道理はない。財政民主主義に反し、無駄遣いの温床であるのは明らかだ。企業の業績改善などで税収は過去最高を見込むが、歳出増は賄えない。35兆6千億円の国債発行で歳入の3割を穴埋めする借金体質が続く。政府は防衛向けの税外収入増で新規発行を抑えたとするが、近年は大型補正予算での増発が常態化している。日銀が大規模金融緩和の修正に動く中、1千兆円超に積み上がった国債の利払い費増加が財政運営の足かせとなりかねない。「大幅増額ありき」で施策強化を取り繕うのでなく、地に足のついた持続可能な社会づくりに必要な中身は何かを、国会で徹底的に議論し精査すべきだ。

*5-3:https://mainichi.jp/articles/20230423/k00/00m/040/183000c (毎日新聞 2023/4/24) 外国人の無期限就労OK「特定技能2号」拡大を 入管庁が自民に提案
 出入国在留管理庁は24日、自民党の外国人労働者等特別委員会で、熟練した技能を有する外国人労働者が取得できる在留資格「特定技能2号」の大幅な対象拡大を提案した。実現すれば人手不足が深刻な12分野で外国人の無期限就労が可能になる。対象拡大には閣議決定による法務省令の改正が必要で、政府は6月の閣議決定を目指したい考えだ。
●人手不足に対応、2→12分野へ
 特定技能は2019年4月に設けられた在留資格。技能試験と日本語試験に合格するか3年の技能実習を修了すれば取得できる「1号」(在留期間は通算5年)と、より熟練した技能が必要で在留期間の更新回数に上限がない「2号」がある。1号は12分野が対象だが、2号はこのうち「建設」「造船」の2分野しか認められていない。また、「介護」は介護福祉士の資格を取得すれば、別制度で無期限就労が可能だ。今月10日には、国際貢献を目的に外国人の技能を育成する「技能実習」と、特定技能の見直しを検討中の政府の有識者会議で中間報告書のたたき台が示され、技能実習を廃止して新制度を創設し特定技能につなげる案が提示されている。2号の対象が拡大されれば、外国人労働者が日本でキャリアアップしながら長期就労できる枠組みが整う。特定技能は24年4月で制度創設から丸5年となり、1号での在留期間が上限に達する外国人労働者が出てくる。各分野を所管する省庁がこれまでに業界団体にヒアリングしたところ、いずれも2号への移行が可能な制度変更を希望したという。2号は家族の帯同が認められ、5年以上就労して日本滞在が10年になれば永住権取得の道が開ける。2月末現在の在留者数は1号が14万6002人で、2号は10人。2号の対象が拡大されれば1号からの流入が加速することも予想されるが、2号は現場の監督者として業務を統括できる技能が求められ、取得のハードルが高いという側面もある。与党内では今回の入管庁の提案を踏まえ、分野ごとに対象拡大の是非が議論される見通しだ。外国人の長期就労や永住者を増やす政策は保守層に慎重論が根強いことから、議論が難航する可能性がある。【山本将克】
●特定技能(在留期間)
1号(最長5年)/2号(上限なし)
 建設/あり、造船/あり
 介護/別制度あり
 ビルクリーニング/追加を提案、製造業/追加を提案、自動車整備/追加を提案、航空/追加を提案、宿泊/追加を提案、農業/追加を提案、漁業/追加を提案、飲食料品製造業/追加を提案、外食業/追加を提案

<少子化対策財源として医療・介護保険は不適切>
PS(2023年5月24、26日追加):*6-1は、岸田首相が①「少子化対策の集中取組期間で増やす予算の財源に消費税を含む新たな税負担は考えていない」と明言し ②「徹底した歳出改革による財源確保を図る」と強調、既定予算の最大限の活用も挙げた ③「歳出改革の徹底で国民の実質的な負担を最大限抑制する」とも述べ ④経済成長で財源確保をめざす方向も明示した としており、私は、①②③④に賛成だ。
 しかし、*6-2は、⑤政府は「異次元の少子化対策」の柱に位置付ける児童手当拡充で新たに高校生に月額1万円を支給する方針で ⑥3人以上の子がいる世帯割合が減少しているため、3歳から小学生までを対象に第3子以降の支給額も1万5千円から3万円に倍増する方向で ⑦所得制限は撤廃 ⑧現在16~18歳の子1人につき親の課税所得から38万円差し引かれる「扶養控除」縮小案も浮上し ⑨財源は歳出カット・企業の拠出金、公的医療保険料への上乗せ としているが、⑤は“異次元”ありきの児童手当拡充なので、効果の検証がされていない。ただし、同じ効果を狙っているものの高所得者ほど控除額が大きい所得税の扶養控除廃止とセットであれば、⑦⑧はさほど負担増にならない筈である。しかし、⑥の第3子以降は1万5千円から3万円に倍増というのは、3番目以降の子が1・2番目の子より費用がかかるわけではないため、「生めよ増やせよ」政策であり不要だ。3~18歳は全員1万円でよいのではないか?また、⑨のように増加する少子化対策の財源を歳出カットと企業の拠出金で賄うのはよいが、公的医険料は出産の医療保険適用等の医療に限るべきである。さらに、歳出カットも、福祉財源はもともと足りないのだから、ここに手を付けるべきではない。事例として、介護保険料を挙げれば、*6-3は、妻が1982年に脳梗塞を患って左半身麻痺となり、常時介護が必要になった時から、本来なら社会が手を差し伸べるべきだったが、介護保険制度が作られたのが2000年だったため、夫が40年間も介護しなければならず、老々介護状態になって行き詰った痛ましい事例なのである。その上、2000年に作られた介護保険制度は、40歳で加入して介護保険料の支払義務が生じ、65歳以上の被保険者は年金から天引きされるという未だ変則的で不十分なものであるため、これこそ全世代型にすべきなのだ。
 なお、*6-4のように、日本医師会や全国老人保健施設協会等の12団体が、⑩物価高騰・賃金上昇への対応を巡る合同声明を発表し、⑪医療・介護は公定価格のため、物価上昇に対応する原資が必要だとし ⑫「少子化対策は重要だが、病や障害に苦しむ方々のための財源を切り崩してはならない」として財源論をけん制し ⑬政府がまとめる骨太の方針に、医療・介護分野での物価高騰と賃上げへの対応を明記することを求めた としている。医療・介護分野のサービスは消費税非課税取引となっており、課税売上げに消費税がかからず課税仕入れに係る消費税額が控除できないため、全消費税額を医療・介護事業者負担している。そのため、消費税率が上がれば上がるほど経営が苦しくなった。その上、2023年1月の物価上昇は、最も上昇幅の大きな生鮮食品を除く食料とエネルギーとその他の合計で4.2%もあり、必需品の物価上昇は医療・介護分野はじめ所得の低い生活者ほど負担が大きい。これに加えて働き方改革と賃上げを行うのであれば、⑩⑪のとおり、他産業と同じ水準で医療・介護の公定価格を上げるしかなく、⑫のとおり、医療・介護制度の財源を削る選択肢などない。そのため、⑬のとおり、医療・介護制度の充実と物価高騰・賃上げ対応を骨太の方針に明記しなければ、人材難となって、医療・介護の両方とも質の低下から崩壊に向かうしかないのである。

    
    2023.4.1朝日新聞   2023.4.12北海道新聞   2023.5.23日経新聞

(図の説明:左図は、少子化対策試案のタイムスケジュールだが、育児環境の改善はよいものの、目的を少子化の反転として危機感を煽っている点が生物学・生態学の視点に欠ける。また、少子化対策は、国民が気づかぬように財源を確保しながら異次元のバラマキをすることに意義があるのではなく、人的投資をすることや子育てしやすくすることに価値があるため、中央の図の優先順位や財源に違和感があるのだ。また、右図のように、医療保険や介護保険から少子化対策費を支出し、国民の生活を支えるべき医療・介護制度をさらに危うくするのは論外だ)

   
  2023.3.7みずほリサーチ    2023.1.23西日本新聞  2023.5.25沖縄タイムス

(図の説明:左図のように、前年同月比の物価上昇が毎月起こっており、エネルギー・食糧等の必需品の上昇割合が大きい。また、中央の図のように、児童手当拡充のうち第2子以降の増額で2~3兆円を要するそうだが、第2子以降だから金がかかるわけではないため不要で、公教育の無償化の方がむしろ全員の役に立つ。なお、右図のような金額しか見ていない医療等の社会保障改革は、人材不足によって質の低下や制度崩壊に至らしめる可能性があるため有害である)

*6-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230523&ng=DGKKZO71237430T20C23A5MM8000 (日経新聞 2023.5.23) 少子化対策財源「消費税考えず」 首相、歳出改革を徹底
 岸田文雄首相は22日、少子化対策を巡る3年間の集中取り組み期間で増やす予算の財源について「消費税を含めた新たな税負担は考えていない」と明言した。徹底した歳出改革や経済成長で実質的な国民負担を抑制する方向性を指示した。政府が22日に首相官邸で開いた「こども未来戦略会議」で語った。「企業を含め社会、経済の参加者全体が連帯し、公平な立場で子育て世帯を広く支援していく新たな枠組み」に言及した。与党の意見を踏まえ「具体的に検討し、結論を出していく必要がある」と話した。次回会合でこども未来戦略方針の素案を示して議論する。6月に決める経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に盛り込む。首相は「何よりも徹底した歳出改革による財源確保を図る」と強調した。既定予算の最大限の活用も挙げた。「歳出改革の徹底などにより、国民の実質的な負担を最大限抑制する」と述べた。経済成長で財源確保をめざす方向も明示。「持続的で構造的な賃上げなど官民連携による投資活性化に向けた取り組みを先行させ、経済基盤および財源基盤を確固たるものとしていく」と訴えた。

*6-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1041396 (佐賀新聞 2023/5/23) 児童手当、高校生に月1万円、小学生まで第3子倍増、政府検討
 政府は「次元の異なる少子化対策」の柱に位置付ける児童手当拡充で、新たに高校生に月額1万円を支給する方針を固めた。現行の支給は中学生まで。多子世帯の経済負担を軽減するため、3歳から小学生までを対象に、第3子以降の支給額も現在の1万5千円から3万円に倍増する方向で検討している。政府関係者が23日、明らかにした。一定以上の所得がある世帯は不支給または減額となっているが、この所得制限も撤廃する方向。児童手当の支給対象年齢を高校生まで引き上げる一方、税負担を軽減する「扶養控除」の縮小案が浮上していることも判明。現在は16歳以上19歳未満の子ども1人につき、親の課税所得から38万円が差し引かれる。政府は岸田文雄首相が議長を務める「こども未来戦略会議」で少子化対策の具体策や財源の議論を進めている。6月までに考え方をまとめ、経済財政運営の指針「骨太方針」に反映させる。現行の児童手当は3歳未満の子ども1人につき月額1万5千円、3歳から中学生までは1万円が支給される。第3子以降は3歳から小学生まで1万5千円となっている。政府は3月末に公表した少子化対策の試案で、児童手当の拡充を明記。多子世帯に関しては、子どもが3人以上いる世帯の割合が減少し、経済的に余裕がないとの調査結果もあることから、第3子以降の支給額を倍増する方向となった。今後3年間の具体策をまとめた「こども・子育て支援加速化プラン」を策定。年間3兆円規模の追加予算を確保するため、財源として歳出カットや企業による拠出金、社会保険料への上乗せ徴収を検討している。このうち上乗せ徴収は2026年度にも始める方向で調整。公的医療保険が有力で1兆円程度を捻出し、「支援金」として子ども予算に活用する方針だ。
*児童手当:家庭生活の安定と児童の健全な成長を目的に1972年に始まった現金給付。現在の仕組みでは、0歳から中学卒業までの子どもが対象。年齢や人数に応じて1人当たり月額1万~1万5千円が支給される。所得制限が設けられており、制限を超えた世帯は一律5千円の「特例給付」となる。2022年10月からは一部の高収入世帯を対象に手当が廃止された。手当の費用は国や自治体、事業主が負担し、予算規模は約2兆円に上る。

*6-3:https://mainichi.jp/articles/20230522/k00/00m/040/201000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20230523 (毎日新聞 2023/5/23) 40年介護した妻を車椅子ごと海へ 被告が悔やむ「最後のうそ」
 整備しながら40年間使い続けた特注の車椅子を力いっぱい押し、妻を海に突き落とした。「愛する人を、最後はうそをついて殺してしまった」。2022年11月に神奈川県大磯町の漁港で起きた殺人事件。40年間介護してきた妻照子さん(79)を殺害したとして殺人罪で起訴されて勾留中の藤原宏被告(81)が毎日新聞の取材に応じ、記者の前でそう悔やんだ。最愛の人を手にかけるまでに何があったのか。藤原被告は23年2月以降計11回、拘置施設で記者と接見したほか、経緯などをつづった手記も寄せた。初めて接見した時、被告は記者をやや警戒しているように感じた。世間話や雑談には応じるものの「事件に関することは語れない」と告げられた。それが、3回目の接見の時だった。被告は「こんな話を信用できるのか分かりませんが」と前置きした上で、事件当日のこと、妻との生活のことについて、とつとつと話し始めた。その後の接見も含め、被告の口から何度も聞かれたのは後悔や謝罪の言葉だった。「彼女には一生つらい思いをさせないと決めていたが、最後は殺してしまった。申し訳ないことをした」。自ら妻を介護することへの強いこだわりもにじませ「(どちらかが)死ぬまで介護するつもりだった」などと語った。起訴状などによると、被告は22年11月2日午後5時半ごろ、漁港の岸壁から車椅子ごと照子さんを海に突き落とし、溺死させたとされる。照子さんは1982年に脳梗塞(こうそく)を患い、左半身がまひ。常時介護が必要な「要介護3」の認定を受けていた。被告によると、26歳の時に勤務先のスーパーマーケットで同僚だった照子さんと結婚し2人の息子に恵まれた。「立派に育ってくれ、私にとって自慢の2人でした」と目を細めた。だが、40歳を前に妻が脳梗塞で倒れる。医師からは「脳梗塞には前兆がある。今後は見逃さないように」と助言された。好きだった車の運転ができなくなった妻を見て、被告は「仕事に追われ、家族を見ていなかった私の責任。これ以上つらい思いをさせない」と心に決めたという。被告はスーパーを辞め、比較的時間の融通が利くコンビニエンスストアの経営などで生計を立てながら自宅で介護を続けた。息子が独立して2人暮らしになった後も妻のために3食を手作りした。自宅マンションのベランダには妻が好きな花をいくつも並べた。近所の住民によると、照子さんは「料理はおいしいし、夫が花に水をやってくれる」とよくうれしそうに話していたという。そんな2人の生活は、事件の約10カ月前に暗転する。妻はそれまでは自ら車椅子を動かすこともできたが、ほぼ寝たきりになった。1日に何度も失禁を繰り返すようになり、その度に被告が着替えさせた。被告自身も持病の糖尿病が悪化し、頻尿で夜も眠れなくなった。体重も激減し、パニックになることもあった。「こんな状態で介護施設に入所しても迷惑をかけるだけ。行きたくないな」。この頃、妻は度々目に涙を浮かべながらつぶやくようになった。週2回ほどデイサービスの施設に通っていたものの、被告は「死ぬまで面倒を見るから」と妻に伝えていた。一方で、被告は周囲の強い勧めを受け、妻の思いに応えられないことに罪悪感を感じながら施設への入所手続きを進めていた。在宅で介護しようと思いつつ、自身の体調不良もあって施設入所を選ばなければならないことに葛藤する日々。そんな中、「事件の2、3カ月前には漠然と、一緒に海に飛び込んで死のうと考えるようになった」と明かす。最終的に決意したのは当日の朝だった。「その日に決めた理由ははっきりとは説明できないが、施設側による彼女への入所の説明が数日後に迫っていたことが、心のどこかにあったのかもしれない」と振り返る。「海に行こう。息子も会いに来る」。うそを言って妻を誘い出し、自ら車を運転して自宅から約5キロ離れた漁港に着いた。「息子はいないんじゃない?」「もうすぐ来るよ」太平洋を見渡した岸壁でのこんな会話が最後だったと記憶している。「海に突き落とした後、自分も海に飛び込もうとした。だが、息子の顔がとっさに目の前に浮かび、飛び込めなかった」。自宅に戻り、息子に連絡して経緯を説明した。息子はすぐに警察に通報し、翌朝逮捕された。「施設に入ると彼女が苦しむと思い込み、自分で介護することしか頭になかった。施設に入所させて、2人で生き続けることが正しかったんだろう。でも当時はとにかく混乱していた。愛する人を、最後はうそをついて殺してしまった。どんな刑になってもしっかりと罪を償いたい。そして、いつか外に出られるようになったら、真っ先に墓参りをしたい」。藤原被告はそう言って天を仰いだ。裁判員裁判は7月に開かれる予定だ。
●介護者の支援体制充実を
 高齢化が進んで「老老介護」が増える中、介護する人が介護される人を殺害したり殺害しようとしたりする事件が後を絶たない。自分一人で妻や夫を介護することに強い責任感を持ち社会から孤立しがちで、自らSOSを発信することはまれだ。専門家は「事件に至る前に介護者の異変に気づけるよう支援体制を充実させるべきだ」と指摘する。介護を巡る殺人事件に詳しい日本福祉大の湯原悦子教授(司法福祉論)は「日本の介護関連の制度は欧米などに比べて介護者への支援やサポートが手薄だ。厚生労働省は『介護者本人の人生の支援』との理念を掲げるが、具体的な支援策は乏しい」と語る。例えば、英国では介護される人に加えて介護者も自治体に直接相談できるなど支援体制が充実している。湯原教授は「(介護者の状況を分析・評価する)アセスメントを実施し、理念の実現に向けて支援策を行うことが『介護殺人』の防止につながる」と提言する。NPO法人「地域共生を支える医療・介護・市民全国ネットワーク」(千葉県松戸市)の岡崎和佳子理事は自身もケアマネジャーである経験を踏まえ「介護者を含めたその家庭の介護に関する状況の把握を国はケアマネジャーの役割としている。だが、介護される人に関することだけでも仕事量が膨大で、介護者の異変に気づくのは容易ではない」と説明。「ケアマネジャーに頼らなくても介護者の異変に気づくことができるように、介護者を対象としたケースワーカーを置くなどの仕組みづくりが必要だ」と訴える。

*6-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230526&ng=DGKKZO71338390V20C23A5EP0000 (日経新聞 2023.5.26) 医師会など「物価高対応、原資が必要」 医療・介護巡り 少子化対策の財源論けん制
 日本医師会や全国老人保健施設協会など12団体は25日、物価高騰や賃金上昇への対応を巡る合同声明を発表した。医療や介護は公定価格であるため、物価上昇に対応するには原資が必要だと主張した。そのうえで「少子化対策は重要な施策だが、病や障害に苦しむ方々のための財源を切り崩してはならない」として、対策に向けた財源論をけん制した。声明では政府が6月にもまとめる経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に、医療や介護分野での物価高騰と賃上げへの対応を明記することを求めた。政府が進める少子化対策の財源について「診療報酬・介護報酬の抑制などの意見もある」と触れ、財源としての活用には異論があることをにじませた。

<イノベーションと社内失業・労働移動など>
PS(2023年5月28、29日追加):*7-1-1は、①G7広島サミットが世界が直面する多面的危機解決に、どれだけ成果を上げたか疑問 ②石炭火力・天然ガス等の化石燃料との決別に年次目標を示さず、昨年から殆ど進展がなかった ③サミット共同宣言は「全てのG7諸国の排出量は既にピークを迎えた」「世界の気温上昇を抑える上で、全ての主要経済国が果たすべき重要な役割を認識する」と指摘し ④全締約国に対して削減目標の深掘りと2050年までの「ネット0目標」を求めたが ⑤G7のカナダ・米国・日本・ドイツのCO₂排出量/人は中国より多く世界平均以下はフランスだけで ⑥技術も資金も豊かな先進国が、排出量/人が世界平均半分以下のインドに一層の削減努力を求める根拠は薄い ⑦国連のグテレス事務総長は、新興国に2050年のなるべく近い時期のネット0達成を求め、G7にはネット0の目標年次を2050年から2040年に前倒しすることを求めたが ⑧日本は議長国としてのリーダーシップを示さず、既得権益に配慮して石炭火力・化石燃料等の廃絶に否定的な姿勢で前向きな合意の足を引っ張った としている。また、*7-1-2は、⑨G7気候・エネルギー・環境相会合は最優先課題の脱炭素の推進で目立った成果を打ち出せず、日本の内向きな姿勢が足かせとなった ⑩石炭火力発電の温存等に関し、会合前から議長国としてのかじ取りに疑問の声があり ⑪会合はプラスチックごみの新たな汚染を2040年に0にする目標設定や生物多様性保全の新枠組み設立等の成果を上げたが、気候変動対策は進展に乏しかった ⑫G7は昨年2035年までに電力部門の完全又は大部分の脱炭素化に合意し、英国・カナダは「大部分」を削除して「完全脱炭素化」に強化することを、ドイツは2035年からの前倒しを迫ったが、日本は昨年の合意内容の踏襲に留める姿勢を崩さず、他の国と「6対1」の構図が生まれ、声明は昨年の合意をなぞった ⑬日本は原発事故処理水の海洋放出について「透明性あるプロセスを歓迎する」との文言を声明に盛り込もうとしたが、他国は難色を示し、ドイツは関連部分を全て削除するよう要求した とする。
 このうち、②⑧⑨⑩⑪⑫のように、日本が国内に存在する再エネを利用せずに石炭火力・天然ガス等の輸入化石燃料に固執するのは、エネルギー自給率を上げる機会を自ら放棄している。また、化石燃料の代替として変動費無料の再エネで作れる水素(H₂)にわざわざ窒素(N₂)を結合させてアンモニア(NH₃)を作れば、コストが上がるだけでなく窒素酸化物(NOx)の排気ガスを出す燃料になるのに、他国の反対にもかかわらずアンモニアの燃料利用を進めるのは、労力と資金の無駄遣いである。さらに、⑬の原発事故処理水の海洋放出も、状況が透明ならよいのではなく無害であることが証明されなければならないのに、放出する分量を無視して濃度が規制値以下であることを主張しているだけであるため、科学的説得力に欠ける。その上、原発回帰しているのも、パリ協定より遅れている。さらに、③④⑤⑥のように、G7各国のCO₂排出量/人の方が多いのに「既にピークを迎えた」として中国やインドに主要経済国として果たすべき役割をG7から指摘するのもおかしく、⑦のグテレス事務総長の発言が妥当だろう。そのため、これらを総合すると、①のように、世界が直面する環境問題の解決に、G7広島サミットがどれだけ成果を上げたか疑問ということになる。
 *7-1-3は、⑭EVシフトとデジタル化の中、ドイツの自動車生産が生産コストの安い国外に流出するリスクがあり ⑮デトロイトは米国の自動車生産の中心地だったが、労働コストの問題から他地域に生産が流出した ⑯生産コストの高いドイツも自動車産業とそのバリューチェーンが直面する課題は大きい ⑰EVシフトが進むドイツでは部品メーカーが人員削減を進めている 等としている。確かに、このまま化石燃料を使うエンジン車に固執し続ければ、デジタル化に追いつけず、部品点数が多い分だけ高コスト構造になり、CO₂やNOxを排出して環境悪化に繋がるので、EVか水素(H₂)エンジン車に替える以外の選択肢はない。しかし、日本の場合は労働市場の流動性が低く、労働移動しにくい社会であるため、さらに逡巡することになり、この結果、日本がイノベーションの足を引っ張ることになるのである。
 これについて、*7-2-1は、「雇用流動性と付加価値率は逆U字型の関係になる」としているが、変化の激しいイノベーションの時代には、雇用流動性が高くなければ社内失業が増え、国全体としてはより生産性の高い部門で人手不足になる。そのため、人が移動しないことを善とするのではなく、個人がキャリアを形成してそれを活かしながらよりよい仕事に転職していけるジョブ型正社員(欧米では、こちらが普通)を増やすことが、双方にとって望ましいと思う。
 なお、*7-2-2は、「政府は2028年度までにパートやアルバイトの人に雇用保険を拡大し、非正規の立場で働く人も失業給付や育児休業給付を受け取れるようにして安心して出産や子育てができる環境を整える」としているが、アルバイトはともかく、女性や高齢者でも雇用していれば正規労働者にするのが本筋であるため、雇用者は人員配置を見直し、生産性を向上させて、労働には差別なく報いるべきである。この際、労働時間が20時間未満/週という短時間であることは正規労働者の要件を満たさないわけではなく、就業規則で短時間勤務従業員の存在と報酬の計算方法を規定すれば良いだけだ。ただ、正規労働者は医療保険料・介護保険料・年金保険料も支払わなければならないが、これも差別なく応分の負担をするのが筋である。

   
   2023.4.3日経新聞     2023.4.15日経新聞   2023.4.18静岡新聞

(図の説明:左と中央の図が、G7広島サミットの環境相会合の主な論点と各国の主張で、他国は石炭火力の廃止時期の明記やEV導入の加速を主張したが、日本はいずれも反対でアンモニアの活用などを主張して、脱炭素化とコスト低減の足を引っ張っている。また、原発についても、ドイツは4月15日に全機停止できたのに対し、日本は汚染水の処理や廃炉作業もできないのに、ロシアのウクライナ侵攻を口実にして活用に前向きだ。また、右図は、他の6ヶ国と日本の対立点をわかりやすく説明しているが、日本は、「バランス」や「ミックス」などと称し、徹底できるところまで徹底せず、政策を不完全にした上に補助金や資金を無駄遣いしている。また、透明でありさえすればよいわけではないため、欧米の主張の方が合理的である)

*7-1-1:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1042749 (佐賀新聞 2023/5/26) サミットの気候変動議論 先進国の責任放棄だ
 先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)が、世界が直面する多面的危機の解決に向け、どれだけの成果を上げたかには大きな疑問符が付く。中でも多くの人を失望させたのが、深刻化する気候危機に向き合う姿勢だ。気候危機に大きな責任を負う先進国が、最大の原因とされる石炭火力発電の廃絶や天然ガスなど他の化石燃料との決別について明確な年次目標などを示すことはなく、昨年のサミットからほとんど進展がなかった。その一方で、サミットの共同宣言は「全てのG7諸国において排出量が既にピークを迎えたことに留意し、世界の気温上昇を抑える上で、全ての主要経済国が果たすべき重要な役割を認識する」と指摘。全ての締約国、特に主要経済国に対し、削減目標の深掘りや遅くとも2050年までに、温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「ネットゼロ目標」を掲げるよう求めた。まるで「われわれはやることはやった。次は新興国の番だ」と言わんばかりだ。だが、これは大きな間違いで、G7としての責任放棄である。カナダ、米国、日本、ドイツの1人当たりの二酸化炭素排出量は中国より多く、G7の中で世界平均を下回っているのはフランスだけ。新興国の努力が重要なことは言うまでもないが、技術も資金も豊かな先進国が、1人当たり排出量が世界平均の半分にも満たないインドに一層の削減努力を求める根拠は薄い。しかも、先進国は途上国のために「20年までに年間1千億ドルの気候資金を動員する」との目標を達成していない。G7が「全ての主要経済国」の取り組みを強調するのは、この冬アラブ首長国連邦で開かれる気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)をにらんだものだ。COP28では、25年に各国が提出する新たな排出削減目標を視野に、パリ協定の目標達成に向けた各国の取り組みの進捗(しんちょく)状況を評価する初めての「グローバルストックテイク」が開かれる。COP28の議論を進めるために、自らの責任を正面から受け止め、率先行動を取るとのメッセージを出すことがG7に求められていた。だが、広島サミットの結論にそれは見当たらない。各国の削減努力は不十分で、産業革命以来の気温上昇を1・5度に抑えるとのパリ協定の目標達成は極めて困難だ。ストックテイクの結論は既に明らかで、25年に提出する次期目標では一層の深掘りが必要になる。国連のグテレス事務総長はサミット後の記者会見で、新興国に50年にできるだけ近い時期のネットゼロ達成を求める一方で、G7にはネットゼロの目標年次を、現在の50年から40年に前倒しすることを求めた。日本は、サミットで議長国としてリーダーシップを示すどころか、国内の既得権益に配慮して、石炭火力や化石燃料の廃絶に関して否定的な姿勢をとり続け、前向きな合意の足を引っ張った。こんな議長国では、COP28で、気候危機の被害に苦しむ途上国などからの批判にさらされることになりかねない。現在の姿勢を根本から改め、次期目標での大幅な削減やネットゼロ実現時期の前倒しに向けた国内の議論を喚起すること。それがG7の議長を務める岸田文雄首相に今、求められる行動だ。

*7-1-2:https://www.at-s.com/sp/news/article/national/1226602.html?lbl=861 (静岡新聞 2023.4.18) G7環境相会合 内向き姿勢、脱炭素阻む 議長国かじ取りに疑問【大型サイド】
 札幌市で開かれた先進7カ国(G7)気候・エネルギー・環境相会合は、最優先課題の脱炭素の推進で目立った成果を打ち出せなかった。足かせとなったのは日本の内向きな姿勢。石炭火力発電の温存などにこだわり、会合前から議長国としてのかじ取りに疑問の声が漏れていた。
▽6対1
 「世界全体の行動をG7がリードする強い決意を示せた」。16日の閉幕後、西村明宏環境相は記者会見で胸を張った。会合はプラスチックごみの新たな汚染を2040年にゼロにする目標設定や、生物多様性保全の新枠組み設立などの成果を上げた。
だが気候変動対策は進展に乏しい。G7は昨年「35年までに電力部門の完全または大部分の脱炭素化」に合意し、今回はさらなる前進が求められた。事務レベルの交渉は今年1月から本格化。英国やカナダは「大部分」を削除し「完全な脱炭素化」に強化することを、ドイツは35年からの前倒しを迫った。だが日本は、昨年の合意内容の踏襲にとどめる構えを崩さなかった。二酸化炭素(CO2)排出が特に多い石炭火力発電に依存しており、温存したい意向があるためだ。他の国と「6対1」の構図が生まれ、結局、声明は昨年の合意をなぞる記述となった。
▽お墨付き
 内向きな姿勢は東京電力福島第1原発の扱いでも表れた。日本は当初、処理水の海洋放出計画について「透明性のあるプロセスを歓迎する」との文言を声明に盛り込もうとした。漁業者の根強い反発や周辺国の懸念に対し、G7の「お墨付き」を得る狙いが透けた。他国は「個別事情」と難色を示し、ドイツは関連部分を全て削除するよう要求。日本政府内でも「やりすぎ」(外務省幹部)との声が上がった。最終的にこの表現を断念したが、事故から12年たっても解決が遠い現実が改めて浮き彫りに。ドイツは会合の期間中に脱原発を実現し、対照的な展開を見せた。
▽使命感
 環境分野は近年、議長国の意欲が成果を左右している。21年の英国は、排出抑制策がない石炭火力発電への国際投資をやめる方針をまとめた。22年のドイツは主要排出源の電力部門に狙いを定め、脱炭素化の方向性を示す成果を上げた。日本が今回、注力したのが、燃焼時にCO2を排出しないアンモニアの活用だ。石炭火力発電で燃料として混ぜて使うと脱炭素に役立つとするが、現状では製造時のCO2排出が多い。世界自然保護基金(WWF)ジャパンの山岸尚之さんは「日本の独自路線が脱炭素の議論の足を引っ張った面が強い。リーダーシップはなかったと言わざるを得ない」と語る。京都大大学院の諸富徹教授(環境経済学)は日本と欧米の姿勢の違いを指摘する。例えば米国はインフレ抑制法で排出削減を進める意思を明確にしたが、日本は脱炭素社会に向けたGX(グリーントランスフォーメーション)基本方針でも具体的なCO2削減効果を示していない。諸富さんは「指導力を発揮できないのは、気候変動を世界的な最重要課題と捉えておらず、使命感も薄いからだ」と語った。

*7-1-3:https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00122/051200175/ (日経ビジネス 2023.5.18) 「EVリストラ」、独部品会社が震源地に エンジン生産縮小が直撃
*急速に電気自動車(EV)シフトを進めるドイツでは、経営や雇用にどのような影響が出ているのだろうか。完成車メーカーより影響の大きい部品メーカーの動向を追う。
 2021年1月、ドイツ銀行のアナリストが、電気自動車(EV)シフトについて、衝撃的なリポートを発表した。「ドイツ自動車産業集積地のデトロイト化」に警鐘を鳴らすというものだ。自動車生産で栄えた米デトロイトでは、1970年代ごろから自動車工場の閉鎖や部品メーカーの倒産が起こり、大量失業につながった。リポートはドイツの自動車産業を当時のデトロイトと比較するような内容となっている。「EVシフトとデジタル化の波の中で、ドイツにおける自動車生産が生産コストの安い国外に流出するリスクがある。デトロイトが米国の自動車生産の中心地だった時代があったが、労働コストなどの問題から他の地域に生産が流出した。生産コストの高いドイツでも、自動車産業とそのバリューチェーンが直面する課題は非常に大きい」としている。この警鐘からすると、昨今の完成車メーカーの業績は意外感があるかもしれない。フォルクスワーゲン(VW)グループとメルセデス・ベンツグループ、BMWの独大手自動車メーカーの22年度決算はいずれも好調だった。その理由は主に2つある。1つは、EVは利益が出しづらいと言われるものの、現状はエンジン車が主力である点だ。もう1つは、新型コロナウイルスの感染拡大以降、半導体不足などで完成車の生産が追いつかない状況が続いており、需要が供給を上回り値下げ幅が小さくなっているのだ。一方、リポートのようなEVシフトの影響がいち早く及んでいるのが、部品メーカーだ。完成車メーカーに比べて企業規模が小さいものの、EVシフトに合わせて大規模な事業の構造転換が必要であるため、赤字への転落や人員削減につながるケースもある。
●約27万5000人の雇用が危険に
 非上場企業が多いので業績の比較が難しいが、EVシフトが進むドイツでは、部品メーカーが人員削減を進めているのは確かだ。自動車部品世界最大手のボッシュはエンジン関連の部品の生産が減少し、人員を削減している。欧州自動車部品工業会(CLEPA)は21年12月、エンジン車からEVへのシフトにより、約27万5000人の雇用が危険にさらされると警告している。35年までにエンジン車の新車販売が禁止された場合、EV向けパワートレーン製造に22万6000人の新規雇用が見込まれる一方、エンジン部品製造の部品メーカーで働く50万1000人の雇用が脅かされると試算。部品メーカーは完成車メーカーとの長期契約に縛られているため、機敏に反応することができない。そのため、CLEPAは完成車メーカーよりも部品メーカーはEVシフトの影響を受けやすいと指摘している。

*7-2-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230516&ng=DGKKZO70988280V10C23A5KE8000 (日経新聞 2023.5.16) 労働移動は成長を促すのか 鶴光太郎・慶大教授
<ポイント>
○労働市場の流動性の違いに経済的合理性
○上場企業は雇用流動性を高める余地あり
○キャリアの自律性促進により人を動かせ
 成長戦略や構造改革の決め手として、労働市場の流動性を高めることが重要だという主張は多い。政府の労働市場改革においても、周期的に取り上げられているテーマでもある。では現在の日本において、労働市場の流動性は高めるべきであろうか。まず、そもそも国や時代によってなぜ労働市場の流動性が異なるのだろうか。日米でみれば、米国の方が流動性は高いと認識されているが、戦前の日本の労働市場の流動性も高かったことが知られている。経済学の一分野である比較制度分析では、制度をゲーム理論の均衡と捉え、様々な経済主体の行動様式や仕組みの間のコーディネーション、制度的補完性が影響して、労働市場の流動性が高い均衡と低い均衡が生じると解釈している。では、簡単なゲーム理論の枠組みで考えてみよう。まず、プレーヤーを労働者、使用者とし、それぞれが「終身雇用」「流動雇用」のどちらかの戦略を選ぶものとする。労働者の「終身雇用」戦略は、基本的に同じ会社に定年まで勤めるよう努力するというものだ。一方、「流動雇用」戦略では、勤務先に不満があったり、より条件のよい企業があったりすれば転職する。使用者の「終身雇用」戦略では、労働者には定年まで勤めてもらうことを前提に雇用管理や能力開発を行い、中途採用はあまり実施せず、解雇はできるだけ抑制する。「流動雇用」戦略では、労働者が転職することを前提とした雇用管理を行い、能力開発はあまりしない代わりに中途採用を積極的に行い、必要に応じて解雇も実施する。労働者、使用者の戦略がマッチしないと両者とも利得がないと考えると(図1)、相手の戦略を所与とした最適反応戦略の組み合わせ(ナッシュ均衡)は、いずれも「終身雇用」を選ぶ流動性の低い均衡と、いずれもが「流動雇用」を選ぶ流動性の高い均衡の2つが存在することになる。いずれの均衡が広く国全体に行き渡り、共有化された予想となるかはゲーム理論の枠組みを超えて、その時代や場所に依存した歴史的経緯などで決まる。流動性が低い均衡、高い均衡もそれぞれ「均衡」である限り、経済主体の行動パターン・仕組みとしてどちらも合理的な存在といえる。ただし、いずれの均衡が対象となる経済全体として、より高いパフォーマンスを生むのかは別の話になる。その時々の経済環境によっても変わってくるし、経済環境自体が大きく変化すれば、望ましい均衡が一方から一方へ移行することもあり得る。では、企業レベルでの雇用の流動性はどうだろうか。当然、国レベルの労働市場の流動性には制約を受けるが、理論的には、それぞれの企業にとって利潤を最大化できるような、雇用の流動性の適正水準を考えることができる。そして雇用の流動性の最適水準があるならば、現在の水準がそれより低くても高くても、企業業績は悪くなることになる。つまり、企業レベルでは、雇用の流動性と企業業績の間に逆U字型の関係があると想定できる。日本の企業データによる検証をみると、慶応義塾大学の山本勲教授らの2016年の論文は雇用の流動性(離職率、中途採用超過率)が高いほど売上高利益率が高まるが、流動性が高すぎると利益率は低くなるという逆U字型の関係を見いだした。また18年の経済財政白書は、異なる企業データを用いて離入職率と付加価値率が逆U字型の関係になることを示した。上場企業が800社超を占める日経「スマートワーク経営」調査(各年)を使って学習院大学の滝澤美帆教授と筆者が行った最近の分析でも、離職率でみた企業レベルの流動性とROS(売上高利益率)でみた企業業績に逆U字型の関係が確認され、先述した分析と同様の結果を得た。ただし我々の分析では、逆U字の転換点となる離職率の水準はかなり高く、ほとんどの対象企業について離職率とROSには正の関係があると分かった。これは、離職率の水準ごとにグループ分けをして、それぞれのROSの中央値をみた図2からも読み取れる。以上の結果から、日本の場合、労働市場全体でみれば流動性の低い均衡にとどまっているため、本来であれば企業はより高い流動性を選択すべきであるのに、それが妨げられている可能性が示唆される。また、労働市場の流動性が政策面から取り上げられる一つの背景として、労働再配分効果が期待されていることが挙げられる。つまり、生産性の低い部門から生産性の高い部門へ労働者が移動することで、経済全体の生産性が高まるという想定である。例えば、生産性の低い農業部門の余剰人口が生産性の高い工業部門に移動することで、経済全体の生産性、成長が加速される現象は、日本の高度成長期やアジア諸国で顕著だった。しかし、日銀の22年の論文は、特に00年代以降、日本の産業間における労働再分配効果は小さいことを明らかにしている。生産性の低い部門から高い部門に資源を配分することは必ず効率的なのか。一橋大学の塩路悦朗教授は反例を2つ挙げている。一つは、製造業の生産性が向上すると、その所得増加効果で、所得弾力性が高いサービス業の相対的需要・価格が高まり、そこに資源が配分されることのほうが効率的になってしまう場合だ。他方は、製造業の中でも生産性の継続的上昇が著しい部門(電気機械)では、コスト低下による相対価格下落がより顕著になり、その部門から資源を放出するほうが逆に望ましくなってしまう場合だ。21年の労働経済白書における、10年代の産業別の就業者数と労働生産性の推移を国際比較した分析では、日本の場合、就業者増・生産性横ばいの各種サービス業と(情報通信産業含む)、就業者減・生産性増の製造業というようにパターンが二極化し、先の例示が現実にも起きている可能性を示している。つまり、生産性の水準・伸びの高い製造業から生産性の水準・伸びの低いサービス業へ人が移動しており、必ずしも経済全体の成長を促進するような労働移動になっていないことが分かる。一方、米国は多くの産業で就業者増・生産性増という動きがみてとれ、再配分効果は大きいようだ。「成長分野への円滑な労働移動」の達成は理想ではあるが必ずしも容易ではなく、とかく絵に描いた餅に終わりかねない。まず日本では、大手を中心とする上場企業に多い、人が動かないことを前提としたメンバーシップ型雇用を突き崩すことから始めたい。キャリアの自律性が担保されることで望ましい転職を後押しするジョブ型(職務限定型)正社員が普及することで、企業にとっても望ましい雇用の流動性が実現されることを期待したい。

*7-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230526&ng=DGKKZO71338160V20C23A5EP0000 (日経新聞 2023.5.26) パート・バイトにも雇用保険、28年度までに、政府、骨太方針に明記へ
 政府は2028年度までにパートやアルバイトの人らへ雇用保険を拡大する。非正規の立場で働く人にも失業給付や育児休業給付を受け取れるようにし、安心して出産や子育てができる環境を整える。企業側は人件費が増え、人員配置の見直しなども迫られる。政府は24年度に始める少子化対策で雇用保険の対象者を広げると掲げた。6月に政府が閣議決定する「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に開始時期とともに盛り込む見通しだ。現在、1週間の所定労働時間が20時間未満の短時間労働者は雇用保険の対象外で失業給付などを受けられない。非正規雇用で十分なセーフティーネットがないことが少子化につながっているという意見も若者などからは根強い。こうした声に政府は配慮した。また高齢者や専業主婦だった人の就業も増えている実態もある。ただ良い面だけではない。保険拡大は企業にとって売り上げ・利益が変わらない中で人件費の増加にもなる。雇用保険は企業の負担も少なくない。場合によっては雇う人を減らし、業務の見直しなども必要になる。人事管理システムの改修作業も生まれる。適用開始が28年度までと先であるのも企業側が十分に準備できるようにしたものだ。国はまず雇用保険法を改正し、周知と準備の期間を設けたうえで施行する。週の労働時間や年収要件、雇用期間などの細かい条件は、法改正を前に専門家らで構成する労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)でも議論する。制度の概要が固まるのは24~25年ごろになる。企業は3年程度の猶予を持つことになる。雇用保険は現在、週の労働時間が20時間以上で31日以上の雇用見込みがある人を対象にしている。週労働時間が20時間未満の人は22年に約700万人いる。役員を除く全雇用者の13%と、13年から3ポイント超上がった。週の労働時間15時間以上に対象を広げた場合、新たに約300万人が適用になる。10時間以上の場合は約500万人となる。対象になれば思わぬ失業時に保障が受けられ、育児休業給付金や教育訓練への助成などキャリア形成の面でも利点がある。現在の料率は企業側が賃金の0.95%、労働者側が0.6%。従業員数が少ない企業は週労働時間20時間未満の人が占める割合が高い傾向で、中小企業の負担は大きい。産業にも偏りがある。卸売りや小売り、宿泊や飲食、医療・福祉とサービス関連が多くを占めている。保険料の負担を敬遠して労働時間を削減すれば、雇用される人は逆に家計が苦しくなる。政府は雇用保険の拡大のほかにも少子化対策を打ち出すとしている。ただ企業が負担を嫌い、働く人への不利益をしない目配りも求められる。

| 人口動態・少子高齢化・雇用 | 03:59 PM | comments (x) | trackback (x) |
2023.4.27 地球は、確かに温暖化している

     梅        水仙         桜        さつき

 3月、4月は多忙だったので、あまりブログを書かずにいるうちに、あっと言う間に季節は冬から初夏になり、いろいろな花が咲いては散っていきました。

 そして、季節の変わり方は、確かに早くなっています。

| 環境::2015.5~ | 04:46 PM | comments (x) | trackback (x) |
2023.2.2~2.8 2023年度予算審議のうち少子化対策について (2023年2月11、12、13、28日、3月6、9、11《図》、14、16、19、20、21、26、27、30日追加)
 「少子化が問題なのだから、少子化を止めるために何でもいいから対応すべきだ」という主張は、乱暴な「産めよ増やせよ論」であり、時代に逆行しているため、私は同調しない。

 しかし、「子を育てられないから、産めない」という状況は、日本国憲法第13条「すべて国民は個人として尊重される。生命・自由・幸福追求に対する国民の権利は、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政上で、最大の尊重を必要とする」や第25条「①すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する ②国は、すべての生活部面について、社会福祉・社会保障・公衆衛生の向上や増進に努めなければならない」を満たさず、先進国とはとても言えないため、改善すべきだ。

 そして、改善するためには、必要以上の少子化になっている本当の理由を突き止め、ピンポイントでそれを改善しなければならないのは当然のことである。

(1)少子化について

  
               いずれも内閣府HPより
(図の説明:左図は結婚数の推移で、団塊世代が結婚適齢期になった時に最高で、現在は最低である。中央は、出生数の推移で、団塊世代の出生時に最高となり、団塊世代の出産適齢期に次の山があって、その後は漸減している。合計特殊出生率は、2005年の1.26を最低として、現在は1.45である。これらの結果、右図のように、人口は2010年の1億2,806万人を最高に、2065年に8,808万人まで緩やかなカーブで減少するが、これは①太平洋戦争後の異常な状態が自然に修正される過程である ②8,000万人台の人口は1945~50年頃と同じで適正人口であろう ③従って寿命の延びに伴って生産年齢人口の定義を75歳以上に延長すればよい 状態である)

  
               いずれも内閣府HPより
(図の説明:左図のように、出生率が低いのは東京はじめ関東の都市部、大阪・京都・奈良など近畿の都市部と北海道・東北で、都市部については、人口密度が高くて居住面積が狭く、保育所等も足りない、ゆとりのない場所である。北海道・東北で出生率が低いのは、差別を嫌って若い女性が都市部に転出するからではないか?また、中央の図のように、女性の出産年齢が次第に上がっているが、これは高等教育や仕事におけるキャリア形成の時期と重なるため、仕方のないことで後戻りはできない。しかし、右図のように、所得が低い層の割合が増えて結婚・出産の障害になっているのは、バラマキよりも根本的解決が必要である)

1)少子化の状況
 内閣府の少子化をめぐる現状分析は、*1-1のように、①我が国の年間の出生数は第1次ベビーブーム期には約270万人、第2次ベビーブーム期には約210万人だったが、1975年に200万人を下回り、2022年は第1次ベビーブーム期の約28.6%にあたる77万3千人で、②合計特殊出生率は、第1次ベビーブーム期には4.3を超えていたが、1950年以降は急激に低下し、1975年に2.0を下回ってからは2005年の1.26まで下がり続け、一時回復して2015年は1.45になったが、2022年は1.27になるそうだ。

 このうち①については、太平洋戦争後、兵隊に行っていた男性が戻ってきて結婚・出産ラッシュが起こり、約270万人/年も生まれる第1次ベビーブームが起こった。②の合計特殊出生率4.3超というのは、戦前の発想で子ども数を決めていたからである。

 そして、医学の進歩や衛生状態の改善による乳児死亡率低下で、このままでは人口が増えすぎると考えた日本政府は、子2人を標準とする家族計画を奨励し、1975年に出生数が200万人を下回って合計特殊出生率も2.0以下になったのである。

 しかし、教育改革で女性にも平等な教育機会が与えられ、女性が働いてキャリアを積むことも可能になったにもかかわらず、日本政府は戦前と同じ発想で家事・育児・介護などを家庭責任として女性に押し付け、保育所や介護制度等の整備を怠ってきたため、自由を獲得した女性が結婚や出産の回避に動いたり、日本人男性以外を配偶者に選んで海外に生活基盤を築いたりした。

2)合計特殊出生率の趨勢
 そのような理由から、2015年の合計特殊出生率は1.45となり、比較的女性の教育レベルが高く、女性の仕事も多い東京都(1.24)で合計特殊出生率が最も低く、そうでない地域で高くなっている。また、都道府県別・年齢別出生率で下位の東京都は15~34歳の出生率が全国より低く、35~49歳で高くなっているが、これは高等教育を受け収入の多い働き甲斐のある仕事についた女性が多いからだと言えるだろう。

 ただし、東京都などの都市部は、*1-5のように、人口が集中しすぎた結果、住宅価格は高く、家族一人当たりの居住面積は狭く、郊外に住宅を取得したため通勤時間が長くなったりして、子育てできないその他の事情も増えた。 

3)晩婚化、晩産化
 女性の年齢別出生率は、1975年は25歳がピークで、1990年は28歳がピークで、2005年は30歳がピークとピークの年齢が高くなってきており、20歳代の出生率低下が少子化の一因と考えられるそうだ。

 しかし、このために20歳代の出生率をあげるのは不可能だ。何故なら、職場で安定した立場を確立してから結婚・出産しようと思えば、高等教育終了後の一定期間後にしか結婚・出産はできず、そのため平均初婚年齢は上がり、出生時の母親の平均年齢も上がり、30~40歳代の年齢別出生率がわずかに上昇して、完結出生児数が2人前後になっているのだからである。

4)未婚化
 50歳時の未婚割合は、1970(昭和45)年は男性1.7・女性3.3%だったのに対し、2015年には男性23.4%・女性14.1%となり、この流れが変わらなければ50歳時の未婚割合上昇は続くそうで、これは私の体感と一致している。

 そして、「いずれ結婚するつもり」と考える未婚者(18~34歳)の割合は男性85.7%・女性89.3%と男女とも高く、それでも独身でいる理由は、男女とも①適当な相手にめぐりあわない ②異性とうまくつきあえない ③自由さや気楽さを失いたくない が多く、男性は④まだ必要性を感じない ⑤結婚資金が足りない も多くなっているのだそうだ。

 しかし、いずれ結婚するつもりだが独身でいる理由が、①②というのは、男女別学の学校から男女の割合が著しく異なる職場に就職したためではないかと私には思われ、私自身は男性の方が多い男女共学校から男性の多い職場に就職したため、そのような経験は全くない。従って、何らかの形で異性の多い場所に身を置くのが解決策だと考える。

 なお、現在は独身や単身でも暮らしやすくなっているため、④は理解できる。また、それなら③の自由さや気楽さを失ってまで結婚するメリットを感じないという人もいるだろう。ただ、⑤の結婚資金が足りないというのは、下の5)のとおり、所得が低ければ有配偶率も低くなるため、解決しなければならない問題である。

5)所得と有配偶率
 2012(平成24)年の所得分布を1997(平成9)年と比べると、20代は250万円未満の雇用者割合が増加し、30代は400万円未満の雇用者の割合が増加して、若い世代の所得分布が低所得層にシフトしており、その理由は非正規雇用の割合が全年齢より高いからだそうだ。

 そして、男性の就労形態別の有配偶率は、正規雇用は25~29歳31.7%、30~34歳57.8%であるのに対し、非正規雇用は25~29歳13.0%、30~34歳23.3%と正規雇用の1/2以下、パート・アルバイトは25~29歳7.4%、30~34歳13.6%と正規雇用の1/4以下であり、就労形態の違いによって有配偶率が大きく異なり、男性の年収別有配偶率はどの年齢層でも年収が高い人ほど高いとのことである。

 しかし、これは当たり前のことで、仕事と収入が安定していなければ自分の生活だけで精一杯であり、結婚して子どもを育てようなどというステップには進めない。そのため、望まぬ非正規雇用が発生しないようにして安心して生活できるようにすることが、まず重要であろう。そして、これは、仕事やキャリアを大切にする女性も同じなのである。

(2)所得税等の少子化対策

   
         2021.12.16、2014.3.6、2023.2.1日経新聞

(図の説明:左図は、地域別の25~34歳男女の人口比で、地域によって男女比に違いがある。また、中央の図のように、ドイツ・アメリカは個人単位と2分2乗方式の選択制、フランスはN分N乗方式の世帯単位課税のみと、課税単位は国によって異なる。右図は、現在の日本の税率で個人課税とN分N乗方式適用の場合の所得税額の差を示す事例であり、N分N乗方式を適用した方が負担力主義に合致する)

   
     2020.7.12労務              2023.2.2日経新聞  

(図の説明:左図は、出産後の女性が専業主婦になるM字カーブは浅くなったが、出産後に正規社員に戻れず非正規社員として低賃金で働く女性が多いことを示すL字カーブの健在性を示すグラフだ。そして、非正規社員として低賃金で働く場合には、中央の図のように、収入が103万円を超えると所得税が発生し夫の扶養家族にもなれない103万円の壁と社会保険料が発生する130万円の壁が効くため、就業時間を調整する人が増える。右図は、不動産価格の高騰で首都圏・近畿圏の新築マンションの平均専有面積が狭くなっていることを示すグラフだ)

1)N分N乗方式について
 租税の原則は「公平」「中立」「簡素」であり、i)「公平」は、負担力に応じて負担すること ii)「中立」は、経済活動に関する選択を税制が歪めないようにすること iii)「簡素」は、納税者が理解しやすい簡単な仕組みにすること である。もっと詳しく知りたい方は、金子宏氏の名著、「租税法」を読むのがお奨めだ。

 で、日本の所得税は、現在、個人単位課税のみだが、①アメリカ・ドイツは、2分2乗方式の夫婦単位と個人単位との選択制 ②フランスは、N分N乗方式の世帯単位課税のみ ③イギリスは、1990年に世帯合算非分割課税から個人単位課税に移行 というように、所得税の課税単位は国によって異なる。

 私は、i)の負担力を考える時、日本もN分N乗方式(子がいなければ2分2乗方式になる)を選択できるようにした方がよいと思うが、夫婦であっても経済は個人単位というカップルもいるため、基本を個人単位課税としてN分N乗方式を選択可能にすればよいと考える。何故なら、①のように、アメリカ・ドイツは、2分2乗方式の夫婦単位と個人単位との選択制だが、2分2乗方式では子の数が加味されないため、本当の負担力主義にならないからだ。また、ii)の経済活動に関する中立性やiii)の納税者の理解という点から考えても、選択制なら誰もが納得できるだろう。

 しかし、税負担軽減によるメリットは、所得税を支払っている層にしか効かないため、児童手当はやはり必要である。この時、児童手当をもらう人はN分N乗方式の選択ができないことに決めれば、二重に得する層はなくなる上、扶養控除の廃止部分と児童手当不支給による財源でN分N乗方式採用による税収減はかなり賄えるのではないかと思う。

 このような中、*1-2は、「N分N乗方式」を世帯単位課税と説明しているが、②のように、フランスの場合はN分N乗方式の世帯単位課税のみしか認めていないものの、日本は、アメリカ・ドイツのように、個人単位課税を基本としつつ、「N分N乗方式」や児童手当支給を選択可能にすればよいため、個人単位課税を基本にすることもできるのだ。

 そして、N分N乗方式を選択した場合は、所得が大きいほど税率が高くなる累進課税の所得税の仕組みの中で支払税額が少なくなるため、こちらの方が本当の負担力主義となる。また、「N分N乗方式は所得の高い専業主婦世帯に有利」との批判もあるが、夫のみを見た場合に所得が高かったとしても、夫の転勤が多かったり、夫が専業主婦の妻のサポートを受けて初めてその所得を得ていたり、職や保育所がなくて妻が働けなかったりするのであれば、1人当たりの所得はN分N乗方式の方が正しいわけである。

 *1-3も、④「N分N乗方式」はいいことずくめではない ⑤N分N乗方式は世帯単位課税 ⑥高所得者ほど恩恵が大きくなりやすい ⑦扶養控除や適用税率などで個人単位課税でもN分N乗方式と同様の効果を持ち得る ⑧女性の社会進出を促す政府方針と逆行する ⑨社会保険料など他の制度との整合性をつけるのが難しい 等とできない理由を並べている。

 しかし、⑤は選択制にすることで完全に解決でき、⑥の“高所得者”は1人あたりの稼ぎが小さい場合にのみ、N分N乗方式で恩恵を受けられるのである。また、⑦については、年間合計収入が103万円以下の妻について夫が48万円の扶養控除を受けられるにすぎず、それでは生きていけないくらい小さな金額だ。さらに、⑧の女性の社会進出は、非正規の低賃金労働者ばかり増やすのではなく、高所得の女性を増やす本当の社会進出を進めれば逆行しないし、⑨の社会保険料は、その性格によって世帯単位(医療保険・介護保険など)か個人単位(年金・雇用保険など)に統一すればよいのである。

 最後に、所得税でN分N乗方式を選択可能であることは、結婚や出産を躊躇しているカップルに対し、最後の一押しとなるだろう。

2)「年収の壁」について
 岸田首相は、*1-4のように、女性の就労抑制に繋がっている「年収の壁(所得税が発生する103万円、一定条件下で社会保険料を支払い始める106万円、配偶者の扶養を外れて自ら健康保険料を払う130万円)」への対応策を検討されるとのことだが、“生産年齢人口”が減少して働き手不足となり、女性の社会進出を政府も後押ししていることを踏まえた内容にして欲しい。

3)住宅について
 若い世代では、*1-5のように、理想の数の子どもを持たない理由として「家が狭いから」と答える人が2割を超え、家の狭さや長い通勤時間が第2子の出生を抑制するという分析も出ており、住宅の価格高騰と狭さは子どもを産もうという動機を確かに抑制している。

 EUの中でも出生率が高水準のフランスは、所得などに応じた子育て世帯への住宅手当があり、日本は約849万戸の空き家があって一部地域では改修して子育て世帯向けに貸す動きもある。そのため、企業も都市への過度な集中を避け、自然に近くてゆとりの持てる環境のよい地域に、若い世代が勤務できる場所を設け、政府や地方自治体と一緒になって空地・空家等の活用を行われることが望ましい。


4)育休中のリスキリングについて
 岸田首相が、*1-6のように、「育休・産休期間にリスキリングによってスキルを身につけたり、学位を取ったりする方を支援できれば、逆にキャリアアップが可能になることも考えられるので、育休中のリスキリングを後押しする」と答弁されたことに批判が高まっているそうだ。

 批判の内容は、①育休は授乳・おむつ交換・寝かしつけなどがひっきりなしに続くので、出産・育児への理解に欠けている ②子育てと格闘している時にできるわけがない ③赤ちゃんを育てるのは普通の仕事よりずっと大変で、子育てをしてこなかった政治家が言いそうなことだ ④自分で子供の世話しながら学位取ってみろ ⑤多くの人にとって「学び直し」は現実的と言えない ⑥子育てを困難にしてきたのは明治以来の家父長制・男尊女卑の考え方だ などである。

 育休・産休期間にリスキリングについては、私がさつき会(東大女子同窓会)の後輩に助言したことであるため、事例を挙げて説明するが、私は子育て期間にリスキリングして出産後も第一線に居つづけた人を複数知っている。

 1人は、東大法学部卒で、結婚・出産後にハーバード大学への留学が決まり、幼子を連れて留学した人で、ハーバード大学は学内に保育所があり、ベビーシッターも簡単に雇えるため、日本にいるよりやり易かったそうである。もちろん、その人は体力も知力もあり、日本に帰ってからも閑職に追いやられることなく、東大法学部教授にまでなられた。

 もう1人は、女性公認会計士で同じ事務所の人と結婚した後で、旦那さんがロンドン勤務になり、旦那さんの方から「どうしたらよいか」と私に相談されたので、上の事例を挙げて「外国の方が子育てしやすいそうだから、ロンドンにいる間に出産して、同時にロンドン大学でMBAをとって来させたら」とアドバイスし、彼女はそうしたので、日本に帰ってからも閑職に追いやられることなく、PWCのパートナーになった。

 上は両方とも仕事への熱意と体力のある人材で、苦労しながらも欧米の大学に通いつつ子育てした点が同じだ。その点、①②③⑤は事実ではあるが、だからといって子育てだけに集中していると置いて行かれ、マミートラックに追いやられたり、非正規になるしかなかったりするのが、日本の現状なのである。

 そのため、この状況を変えるのが政治の役割であるし、④については、日本の大学も院生や学生が子育てしながら学位が取れるくらいのインフラがあってよいと思う。⑥の「子育てを困難にしてきたのは明治以来の家父長制・男尊女卑の考え方だ」というのも事実かもしれないが、最近の政治家にはそのジャンルに入らない人も少なからずいると思う。

(3)2023年度予算案について

   
    2020.12.16愛媛新聞   2021.12.25日経新聞 2022.12.23読売新聞

(図の説明:左図のように、日本の一般会計予算は2008年9月に起こったリーマンショック後の2009年度でも90兆円未満で、東日本大震災を経て自民党政権に戻った2014年度に95兆円を超え、その後も減少することなく、2020年度からコロナ禍で急激に上昇して2021年度に106兆円となった。そして、中央の図のように2022年度は107.6兆円、右図のように2023年度は114.4兆円とコロナ禍が一服しても上昇し続け、国債依存度は30%台と高止まりしているのだ)

  
      財務省          2022.12.17日経新聞  2022.12.24日経新聞
    
(図の説明:左図のように、一般会計歳出が税収より常に大きいため、国債残高はうなぎ上りに上がったが、歳出がGDPを上げる効果のあるものでないため、中央の図のように、税収は増えず、借金が増えるばかりだ。もちろん、税収だけを当てにするのではなく税外収入も得て欲しいが、効果的な歳出を行う基礎資料を作る公会計制度の導入は不可欠だ。そして、右図のように、新しいことをする度に増税しようとするが、本当は歳出の組み換えをすべきなのである)

1)日本の財政と予算の現状
 政府は、*2-1-1のように、2023年度一般会計当初予算案を過去最大の114兆3,812億円と決め、そのうち国債依存度が3割を超す。しかし、これは新型コロナ禍による有事に対応した前年までの予算より大きく、米独は国債依存度を2022年度には2割台前半に下げたが、日本だけが3割台で高止まりしているのだ。

 つまり、日本ではリーマンショック・東日本大震災・コロナ禍などの危機対応のための予算編成が、危機が去った後にも既得権として残り、全体として次第に歳出と国債残高が膨らんでいる状況なのである。そして、教育・EV・再エネ・量子・AI・バイオ医薬品・医療/介護(今後の成長産業)など次の成長に向けての投資的予算配分が乏しいため、経済は停滞したまま債務だけが増大する悪循環の出口が見えないのだ。

2)岸田首相の年頭記者会見から
 岸田首相は年頭記者会見で、*2-1-2のように、①2023年は日本経済の新しい好循環の基盤を起動する ②異次元の少子化対策に挑戦する ③国際社会の現実を前に常識への挑戦が求められている ④「新しい資本主義」がその処方箋 ⑤官民連携して賃上げと投資の2つの分配を強固に進める ⑥企業が収益を上げて労働者に分配し、消費や企業投資が伸びて経済成長が生まれる とされた。

 このうち①③について反対する人は少ないが、具体的にそのやり方で日本経済の好循環の基盤が本当に起動できるか、常識へのよい挑戦になっているのかが問題なのである。②の異次元の少子化対策については、児童手当の拡充に終われば大した効果があるとは思われず、私は上の(2)で述べた選択的N分N乗方式の採用・ゆとりある住宅の提供・保育所/児童クラブの充実・教育の質の向上と高校教育までの無償化なども迅速に進めた方がよいと思う。

 ④については、特に新しいことではなく、これまでもやってきたが肝心の改革が遅々として進まなかったので日本経済の停滞を招いているのである。また、⑥の企業が収益を上げて労働者に分配し、消費や企業投資が伸びて経済成長が生まれるのは本当だが、企業が収益を上げるためには安くて品質のよいものを供給してそれが売れなければならない。そのため、⑤のように、賃上げ・賃上げと言っても、それ以上の付加価値向上や生産性向上がなければコスト増になるため、さらに売れなくなって投資どころではなくなるわけである。

 なお、岸田首相は、⑦この30年、企業収益が伸びてもトリクルダウンは起きなかった ⑧インフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい ⑨リスキリングによる能力向上支援と日本型職務給の確立、成長分野への円滑な移動を三位一体で進める ⑩日本企業の競争力強化にも取り組む とも言われた。

 ⑦⑧は事実だが、付加価値の向上や生産性の向上で安定的に収益を獲得できる状況にならなければ、定期昇給はできない。そのため、コストプッシュインフレの中で、将来の見通しは暗くて不安定性が高い時に、政府のバラマキによって一時的に収益が増えたとしても、それを定期昇給による賃上げに繋げるわけにいかないのは、やってみなくてもわかることである。

 ⑨⑩については、付加価値や生産性を上げ競争力を強化するには、日本企業の設備投資や労働者の能力向上が必要だ。しかし、労働者が能力を向上させる動機づけは、向上させた能力が有効に使われ、昇進や賃金に反映されることなのである。そのための基盤として、職務給の確立・公正な評価・移動の容易化が必要なわけだが、一部に年功序列型賃金を残すのも特に日本型ではなく、欧米でも行われていることだ。
 
 岸田首相は、⑪権威主義的国家はサプライチェーンを外交目的達成のために使うようになった ⑫海外に生産を依存するリスクを無視できない ⑬世界では官民連携で技術力・競争力を磨き上げる競争が起きている ⑭国内で作れるものは日本で作って輸出する ⑮研究開発等を活性化して付加価値の高い製品・サービスを生み出す ⑯国が複数年の計画で予算を約束し、期待成長率を示して投資を誘引する官民連携が不可欠だ ⑰半導体などの戦略産業に官民連携で国内に投資する ⑱民間の挑戦を妨げる規制は断固改革する ⑲日本をスタートアップのハブとするため、世界のトップ大学の誘致と参画によるグローバルキャンパス構想を23年に具体化する ⑳子どもファーストの経済、社会をつくり上げて出生率を反転する必要がある 等も言われている。

 ⑪については、日本を含む民主主義国家も「制裁」と称して禁輸しているので、権威主義的国家だけがサプライチェーンを外交目的達成のために使っているわけではない。その中で、エネルギーや食糧はじめ実物経済よりも金融の方が強いと考えた点が誤りなのである。そのため、⑫⑭は事実だが、戦略産業としては、⑰の半導体だけではなく、エネルギー・食糧・その他の製品も重要であって、これはグリーンイノベーションを効果的に進めればかなり達成できる筈なのだ。

 また、⑬も事実だが、⑮は外国と比較しなくても当然のことである。そのためには、⑲の世界のトップ大学の誘致と参画は効果的だろうが、⑱は、EVや再エネを見ればわかるとおり、官は外国と比較しながら黒船が来たら何十年も遅れて方針を変えるような体質で、古い規制を堅持したり、民間の挑戦を妨げる規制を残したがったりするため、⑯の国が複数年の計画で予算を約束して投資を誘引するような官民連携は、あまり効果がなく、損失しか出さないと思う。

 なお、⑳の「子どもファースト」は、言えば言うほど「子のために犠牲になれ」と言われる女性は出産をためらうのであり、日本独特の発想でもある。

3)防衛・GX・子どもとする重点3分野について
 政府の2023年度予算案は、*2-2のように、岸田首相が重視する①防衛 ②GX ③子ども予算の大幅増額に踏み出したのだそうだ。

 しかし、私が聞いていても、規模ばかりが強調され、肝心の理念や理念に沿った使い道の方針、そのための歳出の組み換えについて、説明がなかったと思う。

 2027年度までに総額で43兆円支出するという①の防衛費は、米国の武器を買うなどの米国向け支出が多く、外交も含めた全体像がちぐはぐで、いくら防衛は秘密が多いと言っても、これでは民主主義にならない。

 また、民間投資の呼び水として今後10年で20兆円規模の支出をするという②のGXの推進はよいが、やることに相互矛盾が多く、GXを妨げる原発は温存したまま、化石燃料にも補助金を出しているため、これでは国富が流出するだけで国全体の生産性は上がらず、国民は次第に貧しくなるしかないだろう。

 さらに、③の子ども予算も倍増とされるが、規模より中身が大切であり、これまでにも書いてきたとおり、バラマキをしても質も量も改善しないのである。

4)政府の財政試算について
 *2-3は、政府は国と地方の基礎的財政収支を2025年度に黒字化する目標を掲げる中長期の財政試算をまとめたが、①前提が大型補正予算を組まないこと ②肥大化した歳出の着実な見直しが必要だが与野党の財政規律が麻痺していること ③防衛費の大幅拡充を決めたため、従来の試算よりも収支が悪化すこと ④2023~25年度の実質経済成長率平均1.8%でも基礎的収支は2025年度も1.5兆円の赤字になること ⑤今年度の基礎的収支は約49兆円の記録的赤字であること ⑥近年の補正予算は当初予算の「抜け道」にもなっていること ⑦試算は防衛費増額にあたって政府の計画通りに安定財源が確保できることを前提にしたこと ⑧今後3年間で平均1.8%の経済成長との前提も実現は危ういこと ⑨それに基づく税収見通しも過大な可能性があること 等で、実現性が疑わしいとしている。

 このうち、⑥は事実であるため、①はできないと思われ、特に選挙の応援に補正予算で報いている状況では無理だろう。さらに、②については、公会計制度の導入によって事業毎の費用対効果を出して政策を取捨選択するシステムにしなければ、関係者全員が納得できる歳出の見直しや組み換えはできないのである。

 このような中、お札なら印刷すればいくらでも刷れるとばかりに金融緩和し、③のように、組み替えなき防衛費の大幅拡充を決め、理念と計画性の見えない子ども予算倍増をしているため、⑤の今年度基礎的収支約49兆円の記録的赤字は来年度以降も続くと予想される。

 また、政府が想定する④の2023~2025年度の実質経済成長率平均1.8%は、政府支出が生産性向上に繋がるものではないため、⑧のように危ういと思う。また、⑤のように、今年度の基礎的収支は約49兆円の記録的赤字であり、実質経済成長率平均1.8%が実現したとしても基礎的収支は2025年度も1.5兆円の赤字になるそうだが、政府支出は生産性向上に繋がるものが著しく少ないため、⑧の今後3年間で平均1.8%の経済成長も危ういわけである。

 つまり、経済成長は、政府が現状維持するためにバラマキをすれば起こるのではない。理念に基づく計画的な支出と(間違っても妨害ではない)支援をして、初めて国全体の生産性上昇が起こり、国全体の経済成長もできるのである。

・・参考資料・・
<少子化対策と所得税>
*1-1:https://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2017/29webhonpen/html/b1_s1-1-1.html (内閣府HPより抜粋) 第1部 少子化対策の現状
第1章 少子化をめぐる現状(1)
1 出生数、出生率の推移
●合計特殊出生率は1.45
我が国の年間の出生数は、第1次ベビーブーム期には約270万人、第2次ベビーブーム期には約210万人であったが、1975(昭和50)年に200万人を割り込み、それ以降、毎年減少し続けた。1984(昭和59)年には150万人を割り込み、1991(平成3)年以降は増加と減少を繰り返しながら、緩やかな減少傾向となっている。2015(平成27)年の出生数は、100万5,677人であり、前年の100万3,539人より2,138人増加した。合計特殊出生率をみると、第1次ベビーブーム期には4.3を超えていたが、1950(昭和25)年以降急激に低下した。その後、第2次ベビーブーム期を含め、ほぼ2.1台で推移していたが、1975年に2.0を下回ってから再び低下傾向となった。1989(昭和64、平成元)年にはそれまで最低であった1966(昭和41)年(丙午:ひのえうま)の1.58を下回る1.57を記録し、さらに、2005(平成17)年には過去最低である1.26まで落ち込んだ。近年は微増傾向が続いており、2015年は、1.45と前年より0.03ポイント上回った。
●年齢別出生率の動向
 女性の年齢別出生率を見ると、そのピークの年齢と当該年齢の出生率は、1975(昭和50)年は25歳で0.22、1990(平成2)年は28歳で0.16、2005(平成17)年は30歳で0.10と推移し、ピークの年齢は高くなり、当該年齢の出生率は低下したものの、2015(平成27)年は30歳で0.11とピークの年齢の出生率はやや上昇している。合計特殊出生率の1970(昭和45)年以降の低下については、例えば25歳時点の出生率を比べてみると、1975年は0.22だったが、2005年は0.06に大幅に下がるなど、20歳代における出生率が低下したことが一因であると考えられる。また、近年の合計特殊出生率の微増傾向については、例えば35歳時点の出生率を比べてみると、2005年は0.06だったが、2015年は0.08となるなど、30~40歳代の年齢別出生率の上昇を反映したものと考えられる。
●都道府県別合計特殊出生率の動向
 2015(平成27)年の全国の合計特殊出生率は1.45であるが、47都道府県別の状況を見ると、これを上回るのは35県、下回るのは12都道府県であった。この中で合計特殊出生率が最も高いのは沖縄県(1.96)であり、次は島根県(1.78)となっている。最も低いのは、東京都(1.24)であり、次は北海道(1.31)となっている。都道府県別の年齢別出生率をみると、上位の沖縄県、島根県は、いずれも20~34歳の出生率が全国水準よりも顕著に高く、とりわけ、沖縄県では全ての年齢の出生率が全国水準よりも高くなっている。一方、下位の東京都、北海道はそれぞれ異なる動きをしている。東京都では15~34歳の出生率が全国水準より低いのに対し、35~49歳では高くなっている。北海道では20~24歳の出生率が全国水準より高いのに対し、その他の年齢では低くなっている。また、全国水準と同様に多くの都道府県では、30~34歳の出生率が最も高くなっているが、例えば、福島県のように25~29歳の出生率が最も高くなっているといった特徴や、愛媛県のように25~29歳と30~34歳の出生率がほぼ変わらないといった特徴も見られる。
●総人口と人口構造の推移
 我が国の総人口は、2016(平成28)年で1億2,693万人となっている。年少(0~14歳)人口、生産年齢(15~64歳)人口、高齢者(65歳以上)人口は、それぞれ1,578万人、7,656万人、3,459万人となっており、総人口に占める割合は、それぞれ12.4%、60.3%、27.3%となっている。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口(平成29年推計)」は、我が国の将来の人口規模や年齢構成等の人口構造の推移を推計している。このうち、中位推計(出生中位・死亡中位)では、合計特殊出生率は、実績値が1.45であった2015(平成27)年から、2024(平成36)年の1.42、2035(平成47)年の1.43を経て、2065(平成77)年には1.44へ推移すると仮定している。最終年次の合計特殊出生率の仮定を前回推計(平成24年1月推計)と比較すると、近年の30~40歳代における出生率上昇等を受けて、前回の1.35(2060(平成72)年)から1.44(2065年)に上昇している。この中位推計の結果に基づけば、総人口は、2053(平成65)年には1億人を割って9,924万人となり、2065年には8,808万人になる。前回推計結果(長期参考推計)と比較すると、2065年時点で前回の8,135万人が今回では8,808万人へと672万人増加している2。人口が1億人を下回る年次は前回の2048(平成60)年が2053年と5年遅くなっており、人口減少の速度は緩和されたものとなっている。年齢3区分別の人口規模及び構成の推移をみると、年少人口は、2056(平成68)年には1,000万人を割り、2065年には898万人の規模になるものと推計され、総人口に占める割合は、2065年には10.2%となる。生産年齢人口は、2056年には5,000万人を割り、2065年には4,529万人となる。総人口に占める割合は、2065年には51.4%となる。高齢者人口は、2042(平成54)年に3,935万人でピークを迎え、その後減少し、2065年には3,381万人となる。総人口に占める割合は、2065年には38.4%となる。前回推計結果と比較すると、推計の前提となる合計特殊出生率が上昇した結果、2065年時点で、前回から生産年齢人口は約1割、年少人口は約2割増加したものとなっている。
第1章 少子化をめぐる現状(2)
2 婚姻・出産の状況
●婚姻件数、婚姻率の推移
 婚姻件数は、第1次ベビーブーム世代が25歳前後の年齢を迎えた1970(昭和45)年から1974(昭和49)年にかけて年間100万組を超え、婚姻率(人口千人当たりの婚姻件数)もおおむね10.0以上であった。その後は、婚姻件数、婚姻率ともに低下傾向となり、1978(昭和53)年以降2010(平成22)年までは、年間70万組台(1987(昭和62)年のみ60万組台)で増減を繰り返しながら推移してきたが、2011(平成23)年以降、年間60万組台で推移しており、2015(平成27)年は、63万5,156組(対前年比8,593組減)と、2014(平成26)年に続き過去最低となった。婚姻率も5.1と2014年に続き過去最低となり、1970年代前半と比べると半分の水準となっている。婚姻件数及び婚姻率の年次推移(CSV形式:2KB)のファイルダウンロードはこちらファイルを別ウィンドウで開きます
●未婚化の進行
 未婚率を年齢(5歳階級)別にみると、2015(平成27)年は、例えば、30~34歳では、男性はおよそ2人に1人(47.1%)、女性はおよそ3人に1人(34.6%)が未婚であり、35~39歳では、男性はおよそ3人に1人(35.0%)、女性はおよそ4人に1人(23.9%)が未婚となっている。長期的にみると上昇傾向が続いているが、男性の30~34歳、35~39歳、女性の30~34歳においては、前回調査(2010年国勢調査)からおおむね横ばいとなっている。さらに、50歳時の未婚割合1をみると、1970(昭和45)年は、男性1.7%、女性3.3%であった。その後、男性は一貫して上昇する一方、女性は1990(平成2)年まで横ばいであったが、以降上昇を続け、前回調査(2010年国勢調査)では男性20.1%、女性10.6%、2015年は男性23.4%、女性14.1%となっており、男性は2割、女性は1割を超えている。前回調査(2010年国勢調査)の結果に基づいて出された推計は、これまでの未婚化、晩婚化の流れが変わらなければ、今後も50歳時の未婚割合の上昇が続くことを予測している。
●晩婚化、晩産化の進行
 平均初婚年齢は、長期的にみると夫、妻ともに上昇を続け、晩婚化が進行している。2015(平成27)年で、夫が31.1歳、妻が29.4歳となっており、30年前(1985(昭和60)年)と比較すると、夫は2.9歳、妻は3.9歳上昇している。前年(2014(平成26)年)との比較では、男女とも横ばいとなっている。また、出生時の母親の平均年齢を出生順位別にみると、2015年においては、第1子が30.7歳、第2子が32.5歳、第3子が33.5歳と上昇傾向が続いており、30年前(1985年)と比較すると第1子では4.0歳、第2子では3.4歳、第3子では2.1歳それぞれ上昇している。年齢(5歳階級)別初婚率について、1990(平成2)年から10年ごと及び直近の2015(平成27)年の推移をみると、夫は25~29歳で1990年の68.01‰が2015年の48.25‰となるなど下降幅が大きく、35~39歳で1990年の8.25‰が2015年の13.61‰となるなど35歳以上で上昇しているが、その上昇幅は小さい。他方、妻は20~24歳で1990年の54.40‰が2015年の26.11‰となるなど下降幅が大きいが、30~34歳で1990年の12.73‰が2015年の28.83‰となるなど30歳以上で上昇しており、夫に比べてその上昇幅が大きい。
●完結出生児数は1.94
 夫婦の完結出生児数(結婚持続期間が15~19年の初婚どうしの夫婦の平均出生子供数)を見ると、1970年代から2002(平成14)年まで2.2人前後で安定的に推移していたが、2005(平成17)年から減少傾向となり、2015(平成27)年には1.94と、前回調査に続き、過去最低となった。
第1章 少子化をめぐる現状(3)
●結婚に対する意識
「いずれ結婚するつもり」と考える未婚者(18~34歳)の割合は、男性85.7%、女性89.3%であり、ここ30年間を見ても若干の低下はあるものの、男女ともに依然として高い水準を維持している。(第1-1-12図)
また、未婚者(25~34歳)に独身でいる理由を尋ねると、男女ともに「適当な相手にめぐりあわない」(男性:45.3%、女性:51.2%)が最も多く、次に多いのが、男性では「まだ必要性を感じない」(29.5%)や「結婚資金が足りない」(29.1%)であり、女性では「自由さや気楽さを失いたくない」(31.2%)や「まだ必要性を感じない」(23.9%)となっている。さらに、前回の第14回調査(2010(平成22)年)と比較すると、男性では「自由さや気楽さを失いたくない」(28.5%)や「異性とうまくつきあえない」(14.3%)が上昇しており、女性では「異性とうまくつきあえない」(15.8%)が上昇している。
●若い世代の所得の状況
2012(平成24)年の所得分布を1997(平成9)年と比べると、20代では、250万円未満の雇用者の割合が増加しており、30代では、400万円未満の雇用者の割合が増加しており、若い世代の所得分布は、低所得層にシフトしていることがわかる。
●就労形態などによる家族形成状況の違い
 若年者(15~34歳)の完全失業率は、近年、男女ともに低下しているものの、全年齢計よりも高い水準になっている。最も高かった時期と比較すると、15~24歳の男性では、2003(平成15)年の11.6%から5.7%へと低下しており、25~34歳の男性では2010(平成22)年の6.6%から4.4%へと低下している。15~24歳の女性では2002(平成14)年の8.7%から4.5%へと低下しており、25~34歳の女性では2002年の7.3%から4.1%へと低下している。また、非正規雇用割合についてみると、15~24歳の男性(47.3%)では前年より上昇しており、全年齢計(22.1%)よりも高い水準となっている。25~34歳の男性、15~24、25~34歳の女性では前年より減少しており、全年齢計よりも低い水準となっている。男性の就労形態別有配偶率をみると、「正社員」では25~29歳で31.7%、30~34歳で57.8%であり、「非典型雇用」では25~29歳で13.0%、30~34歳で23.3%であり、「正社員」の半分以下となっている。また、「非典型雇用のうちパート・アルバイト」では25~29歳で7.4%、30~34歳で13.6%であり、「正社員」の4分の1以下となっているなど、就労形態の違いにより配偶者のいる割合が大きく異なっていることがうかがえる。さらに、男性の年収別有配偶率をみると、いずれの年齢層でも一定水準までは年収が高い人ほど配偶者のいる割合が大きい。(以下略)

*1-2:https://www.nikkei.com/article/DGKDASFS0502H_V00C14A3EA2000/ (日経新聞 2014年3月6日) 世帯課税、総所得、家族数で割る
▽…個人ではなく家族を1つの単位として所得税などを課す仕組み。家族が多ければ多いほど納めなければいけない税金が少なくなるのが特徴で、少子化対策になるとされる。フランスが導入している制度が代表的で「N分N乗方式」とも呼ばれる。
▽…具体的には、まず世帯の総所得を家族の人数で割って、1人当たり所得を計算する。この金額に税率を掛け合わせて1人当たりの税額を算出。家族の数を再び掛け合わせて、世帯が払うべき税の総額を決める。所得税は所得が大きいほど税率が高くなる仕組みがあるため、家族が多ければ1人当たり所得が減り、払わなければならない税額も少なくなる。
▽…もっともN分N乗方式は、比較的所得の高い専業主婦世帯に有利になる面がある。一方で、所得税をあまり払っていない共働きの中低所得世帯への恩恵は限られる可能性が高い。このため、実際にどれだけ少子化対策としての効果があるのか、疑問視する向きもある。制度設計を進めるうえでは、女性の活躍を後押ししようとする安倍政権の政策との整合性も焦点になりそうだ。

*1-3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA018010R00C23A2000000/ (日経新聞 2023年2月2日) 所得税「N分N乗」とは 少子化対策で急浮上
日本の少子化対策として新たな税制を求める声が与野党で広がってきた。「N分N乗」と呼ばれ、子どもが多い世帯ほど所得税の負担が軽くなる仕組みだ。過去にも政府で議論されたこの制度は決していいことずくめではない。
●「個人」でなく「世帯」に課税
 N分N乗方式はフランスが戦争で減った人口を増やそうと1946年に始めたことで知られる。日本の所得税は個人単位で課税する一方、N分N乗方式は世帯単位でみる。共働きで子ども2人の4人家族(夫の所得600万円、妻が300万円)の場合、いまの所得税は夫婦あわせて150万円になる。それぞれの所得に累進税率を適用するのがルールで、夫は20%、妻は10%だ。現行の日本の累進税率でフランスのN分N乗方式を取り入れると、控除などを省略した計算で以下の図の後半部分のようになる。
●税金の計算で踏む3つのステップ
 特徴は税の計算で段階を3つ踏む点にある。1つ目は所得の合算だ。先の例だと世帯の所得900万円は見かけ上は変わらないものの、まず家族の人数「N」で割る。フランスは第2子までは0.5人とカウントしており「N=3」。課税所得300万円が出発点になる。続いて家族1人あたりの税額を出す。所得が少ないほど累進税率は低い。この段階での税率は夫も含めて10%になる。最後に家族の人数「N」を掛ける。ここでも「N=3」。世帯全体の所得税は現行制度より60万円少ない90万円になる。N分N乗を巡っては日本維新の会や国民民主党がかねて制度の検討を訴えてきた。自民党の茂木敏充幹事長は25日の衆院本会議で「画期的な税制」などと強調した。現時点での首相の反応は「様々な課題がある」。慎重な回答に終始するのは制度のメリットだけに着目する危うさを感じたからだろう。首相も構想段階からすでに課題を指摘する。その1つが片働き世帯に有利に働くという点だ。世帯所得が同じ900万円でも「夫900万円」と「夫600万円・妻300万円」を比べると、N分N乗に伴う税の軽減効果は前者が207万円、後者が60万円。3倍以上の開きが出る。高所得者ほど恩恵が大きくなりやすいことも課題にあげる。子2人の片働き世帯で所得が1000万円と500万円の世帯なら税の軽減効果で50万円ほどの差が生じる。
●「検討」より踏み込めた歴史なし
 N分N乗は政府内で過去に何度か議論した経緯もある。政府税制調査会は2005年、扶養控除や適用税率などで「個人単位課税でもN分N乗方式と同様の効果を持ち得る」とまとめた。第2次安倍政権下の14年には当時の甘利明経済財政・再生相が閣内から提起した。この時も女性の社会進出を促す政府方針と逆行するとの意見が相次いだ。「検討」より踏み込んだ対応は歴史上ない。慶大の土居丈朗教授は「社会保険料など他の制度との整合性をつけるのが難しい」と話す。「夫婦どうしで所得を完全に把握するのを嫌がる人も多いのではないか」とも指摘した。 日仏の違いも根底にはある。フランスの所得税はもともと世帯課税で夫婦共有財産制をとるなどN分N乗がなじみやすいとの解説もある。婚外子が多い事情もあり、自民党の萩生田光一政調会長は「日本で直ちに参考にならない部分もある」と語る。

*1-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230202&ng=DGKKZO68101700R00C23A2EP0000 (日経新聞 2023年2月2日) 「年収の壁」対策 就労促進を探る、106万、130万円で社会保険料発生 年金改革と調整必要
 岸田文雄首相は1日、一定の所得を超えると税や社会保険料が発生する「年収の壁」への対応策を検討すると明らかにした。働き手不足が続いており、就労を抑える要因として「106万円」や「130万円」の壁が指摘される問題に向き合う。政府は厚生年金に加入するパート労働者を広げるなど目先は本人の負担増となる改革にも取り組む。さまざまな制度との調整が必要になる。年収の壁とは、パートの主婦(主夫)ら配偶者の社会保険上の扶養に入りながら働く人が一定の年収を超えると手取り額に影響が出る問題や金額を指す。主な壁には所得税が発生する103万円、一定条件を満たすと厚生年金や健康保険に加入するための社会保険料が発生する106万円、配偶者の扶養を外れて自ら社会保険料を払う130万円の壁、配偶者特別控除が減り始める150万円がある。特に影響が大きいとされるのが手取りが急に減る「106万円」と「130万円」の壁だ。岸田首相は1日の衆院予算委員会で、女性の就労抑制につながっている現状を踏まえ「問題意識を共有し、制度を見直す。幅広く対応策を検討する」と述べた。「いわゆる『130万円の壁』の問題のみならず、正規・非正規の制度・待遇面の差の改善など幅広い取り組みを進めなければならない」とも語った。人手不足は日本経済の回復の壁になっている。人口減少や高齢化の加速が響いて2022年の就業者数は新型コロナウイルス禍前の19年の水準に戻らず、外食の出店やホテルの宿泊客受け入れの妨げになっている。時給引き上げを受け、働く時間をさらに抑える人が出る恐れもあり、政府は就労促進の妨げとなる制度の改革を探るようだ。制度を見直す場合は多岐にわたる制度との調整が欠かせない。一つは社会保険制度との兼ね合いだ。現在のルールでは(1)従業員数が101人以上(2)週労働時間が20時間以上(3)月収8.8万円(年収換算で106万円)以上――といった条件を満たす場合に厚生年金と健康保険に加入する。例えば従業員数101人以上の会社で働くパートの人は106万円が壁に、それよりも小規模の会社で働く場合には130万円が壁になっている。政府は厚生年金の加入対象を拡大している。22年10月にはこれまで短時間労働のパートやアルバイトが加入する企業規模の要件を501人以上から、101人以上の中小規模の会社まで拡大した。24年10月には51人以上まで引き下げる。22年末にまとめた有識者会議の報告書では企業規模要件を撤廃すべきと提起した。より多くの働く人の将来もらえる年金水準を引き上げるのが狙いだ。年収の壁問題に対応するため、仮に厚生年金に加入する収入を引き上げれば、個人の老後の生活と年金財政の安定をめざして進めてきた年金改革の方向に逆行しかねない。103万円と150万円では税制が絡む。所得が一定以下の配偶者を持つ人に所得控除を認める配偶者控除は1961年にできた。配偶者の給与収入が年103万円以下である場合に最高38万円の控除を認める。控除を受ける本人の給与収入が1195万円を超えると控除は受けられなくなる。パートなどで配偶者の収入が一定を超えると世帯全体で手取りが減る現象を解消するため、87年に配偶者特別控除という制度ができた。配偶者の給与収入が103万~201万円の場合に控除が受けられる。150万円を超えると控除額が段階的に減る。両制度を修正するには所得税法などを見直す必要がある。年収の壁を巡っては、103万円などの税金の壁を超えた時、手取りは伸びが緩やかになっても減ることはないといった点を理解してもらうことが必要だ。厚生年金への加入で目先の負担は増しても、保険料に応じて将来の年金が上乗せされるなどの保障がある。負担と将来にわたる収入について正確に理解してもらう努力が欠かせない。

*1-5:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230202&ng=DGKKZO68105530R00C23A2EA2000 (日経新聞 2023.2.2) 住宅高騰、増やせぬ子ども 狭まる面積も意欲そぐ要因に、若年層の所得向上が急務
 住宅の価格高騰と狭さが子どもを産もうという心理を冷やしている。若い世代では理想の数の子どもを持たない理由として「家が狭いから」と答える人が2割を超えた。家の狭さや長い通勤時間が第2子の出生を抑制するという分析も出た。岸田文雄首相の「次元の異なる」少子化対策を効果あるものにするためには空き家活用など住宅政策との連携が欠かせない。不動産経済研究所(東京・新宿)によると、2022年の首都圏の新築マンションの平均価格は6288万円と2年連続で過去最高を更新した。上昇率は前年比0.4%増と微増だが、専有面積の平均は同1%減の66.1平方メートルと10年前と比べて6%狭くなった。一般的には2LDKの広さだ。「間取りなども、子を複数もつ世帯を想定した物件が減っている」(都内の不動産仲介会社)
●「実質値上げ」
 住宅コンサルタント、さくら事務所(東京・渋谷)の長嶋修会長は「面積を狭くし、表面的な価格の上昇を緩やかに見せる『実質値上げ』が目立つ」と指摘する。東日本不動産流通機構によると、22年に成約した首都圏の中古マンションの平均面積は63.59平方メートル。近畿圏でも持ち家の価格高騰と住居が狭くなる傾向が目立つ。賃貸住宅も広さを確保するのは難しく、総務省の住宅・土地統計調査によると、延べ床面積は49平方メートル以下が約6割に上る。国が「豊かな生活」の目安として定める住居の面積は都市部の夫婦と3~5歳の子の3人家族で65平方メートルだ。2人以上の子を持ち、快適に過ごせる住まいの確保がすでに難しくなっている。国立社会保障・人口問題研究所の21年の出生動向基本調査では「理想の数の子どもを持たない理由」のうち「家が狭いから」が若い世代(妻が35歳未満)で21.4%に上昇。02~15年の調査では18~19%台だった。財務省の21年の研究では、第1子出生時点の住居が狭いほど、第2子出生数が抑制される。郊外に出れば住宅費は下がるが、同研究によると、都市部では配偶者の通勤時間が10分長くなると、第2子の出生数が4%抑制されるという。同省の内藤勇耶研究官は「若い子育て世帯など対象者を絞ったうえで、企業による賃貸住宅手当や持ち家手当の増額、都心部での社宅や公営住宅の整備が有効」と話す。共働きで東京都心に勤める40代の女性は、通勤時間を考慮して中央区の中古マンションを21年に購入した。55平方メートル・2LDKの間取りに夫と子どもの3人で暮らす。「2人目はないと決めている。もう1部屋増やすなら、2000万円は上乗せしないと買えない」
●空き家改修も
 問題の解決には少子化対策と住宅政策の連携を深めることが必要だ。欧州連合(EU)のなかでも出生率が高水準のフランスでは、所得などに応じた子育て世帯への住宅手当がある。日本国内には約849万戸の空き家があり、一部地域では改修して子育て世帯向けに貸す動きもある。岸田首相は1月31日の衆院予算委員会で「若者の賃金を上げ、住宅の充実をはかる取り組みは、結婚して子どもを持つ希望をかなえる上で大変重要な要素だ」と述べ、結婚を控えた若いカップルや子育て世帯への住宅支援を拡充する意向を示した。斉藤鉄夫国土交通相も30日、子育て世帯が公営住宅に優先的に入居できる仕組みを検討することを表明した。ただ、少子化の大きな要因として、経済的な理由で若い世代の子どもを持ちたいという意欲が減退していることがある。安心して結婚・出産できる環境を整えるには、賃上げなどにより若い世代の所得を向上させることが何よりも不可欠だ。日本では一定の収入がある共働き世帯でも、住宅は割高かつ手狭な状態から抜け出せていない。住宅の購入価格が世帯年収の何倍かを示す年収倍率をみると、日本は21年時点で6.83倍と先進国でも高い。調査した年は異なるが、例えば米国は5.07倍、英国5.16倍、フランス6.14倍だ。日本は1戸当たりの床面積でも最低だ。世界では住宅費と出生率の研究が進む。米連邦準備理事会(FRB)の経済学者らは14年の論文で「住宅が1万ドル上昇すると、持ち家がない家庭の出生率は2.4%下がる」と分析した。英国でも同様の研究がある。

*1-6:https://digital.asahi.com/articles/ASR1Y6D58R1YUTIL00T.html (朝日新聞 2023年1月29日) 育休中のリスキリング「後押し」、首相答弁に批判 識者「理解欠く」
 岸田文雄首相が掲げる「異次元の少子化対策」にからみ、育児休業中の人らのリスキリング(学び直し)を「後押しする」とした国会での首相答弁に批判が高まっている。育児の実態を理解しているのか疑問視する声が上がっている。「育休・産休の期間にリスキリングによって一定のスキルを身につけたり、学位を取ったりする方々を支援できれば、逆にキャリアアップが可能になることも考えられる」。27日の参院代表質問。自民党の大家敏志氏はこう述べ、育休中のリスキリング支援を行う企業に対する国の支援の検討を求めた。これに首相は「育児中など様々な状況にあっても、主体的に学び直しに取り組む方々をしっかりと後押ししていく」と答弁した。野党からは批判の声が上がった。29日には与野党幹事長級が出演したNHK討論番組で、共産党の小池晃氏が「子育てと格闘している時にできるわけがないのに言う。子どもを産み育てることを困難にしてきたのは明治以来の家父長制、男尊女卑の考え方が根強くやっぱり自民党にある。根本的な反省と改革を求めたい」と述べた。国民民主党の榛葉賀津也氏も「育休中にリスキリングしろとはがっかりした。自民党がやっとわかってくれたなと思ったら、総理がこれを言うんですから」と批判した。自民党の茂木敏充氏は「育休中に仕事をしろとは言っていない。みんなで良い方向に持っていくのが必要だ」と反論した。SNS上では多くの批判の声が上がった。ツイッターで、小説家の平野啓一郎さんは「何のための産休・育休なのか。自分で子供の世話しながら学位取ってみろ」と投稿。IT大手のサイボウズの青野慶久社長は「赤ちゃんを育てるのは、普通の仕事よりはるかに大変。子育てをしてこなかった政治家が言いそうなことですね」と投稿した。
●「労働者個人の責任にすりかえ」
「出産や育児への理解に欠けたやりとりだと言わざるをえない」。末冨芳・日大文理学部教授(教育行政学)はこう話す。育休は「休み」ではなく、赤ちゃんの授乳やおむつ交換、寝かしつけなどがひっきりなしに続く。多くの人にとって「学び直し」は現実的と言いづらい。末冨教授は「子育てによるキャリア停滞を防ぐのは本来は雇用主の責任。今回のやりとりは、労働者個人の責任にすりかえていると言える」と指摘する。「なぜ国会で質問されるまで、誰もチェックできなかったのか。自民党が児童手当に対する所得制限の撤廃方針を示したのは評価できるが、それを帳消しにしてしまった」と話した。

<2023年度予算案>
*2-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221224&ng=DGKKZO67127410U2A221C2MM8000 (日経新聞 2022.12.24) 来年度予算案、最大の114兆円決定、国債依存なお3割超 コロナ有事、脱却できず
 政府は23日、一般会計総額が過去最大の114兆3812億円となる2023年度予算案を決めた。新型コロナウイルス禍で拡張した有事対応の予算から抜けきれず、膨らむ医療費などの歳出を国債でまかなう流れが続く。米欧で1~2割前後に下がった借金への依存度はなお3割を超す。超低金利を前提にしてきた財政運営は日銀の緩和修正で曲がり角に立つ。23年1月召集の通常国会に予算案を提出する。一般会計で当初から110兆円を超えるのは初。歳出は社会保障費が36兆8889億円。高齢化による自然増などで6154億円増えた。国債の返済に使う国債費は9111億円増の25兆2503億円。自治体に配る地方交付税は一般会計から5166億円増の16兆3992億円を計上した。切り込み不足で増大するこうした経費をまかなう歳入は綱渡りだ。税収は企業業績の回復で69兆4400億円と過去最大を見込む。それでも追いつかず、新たに国債を35兆6230億円発行して穴埋めする。うち29兆650億円は赤字国債だ。歳入総額に占める借金の割合は31.1%と高水準。00年代半ばまでは2割台だったのがリーマン危機後の09年度に4割近くに跳ね上がって以降、3~4割台で推移する。大規模緩和前の00年代半ば、日本の長期金利は1%を超えていた。10年代に入って長期金利0%台以下になるのに合わせるように政府は国債への依存度を高めた。各国で基準をそろえた公債依存度をみると日本も米国やドイツといった他の先進国もコロナ下の20~21年度は一様に4~5割前後に高まった。米独は22年度に2割台前半に下がった。日本だけが3割台で高止まりする。コロナ禍や物価高、ウクライナ情勢に柔軟に対応するための予備費は計5兆円を盛り込んだ。危機対応の予算編成がなお続いていることを示す。結局、次の成長への予算配分は乏しい。脱炭素の研究開発にはエネルギー特別会計で約5000億円を積んだ。量子や人工知能(AI)などの科学技術振興費は微増の1兆3942億円。これらを足し合わせても2兆円程度にとどまる。経済が停滞したまま債務だけが増大する悪循環の出口は見えてこない。

*2-1-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230105&ng=DGKKZO67325590U3A100C2PD0000 (日経新聞 2023.1.5) 首相会見の要旨 異次元の少子化対策挑む/増税前解散、可能性の問題
 岸田文雄首相の年頭記者会見の要旨は次の通り。
【冒頭】
 2023年は第1に日本経済の新しい好循環の基盤を起動する。第2に異次元の少子化対策に挑戦する。世界は協力と対立、協調と分断が複雑に絡み合うグローバル化の第2段階に入った。国際社会の現実を前に常識への挑戦を求められている。新たな方向に踏み出さなければならない。「新しい資本主義」がその処方箋だ。官民連携のもとで賃上げと投資の2つの分配を強固に進める。持続可能で格差の少ない成長の基盤をつくり上げる。賃上げを何としても実現しなければならない。企業が収益を上げ、労働者に分配して消費や企業の投資が伸び、経済成長が生まれる。この30年間、企業収益が伸びても想定された(成長の恩恵が時間をかけて末端に広がる)トリクルダウンは起きなかった。この問題に終止符を打ち、賃金が毎年伸びる構造をつくる。23年春闘(春季労使交渉)で連合は5%程度の賃上げを求めている。ぜひインフレ率を超える賃上げの実現をお願いしたい。リスキリング(学び直し)による能力向上支援と日本型職務給の確立、成長分野への円滑な移動を三位一体で進める。6月までに労働移動円滑化のための指針をとりまとめる。日本企業の競争力強化にも取り組む。権威主義的国家はサプライチェーン(供給網)を外交上の目的を達成するために使うようになった。海外に生産を依存するリスクを無視できない。世界では官民連携で技術力や競争力を磨き上げる競争が起きている。国内でつくれるものは日本でつくり輸出する。研究開発などを活性化し、付加価値の高い製品・サービスを生み出す。国が複数年の計画で予算を約束し、期待成長率を示して投資を誘引する官民連携が不可欠だ。半導体など戦略産業に官民連携で国内に投資する。民間の挑戦を妨げる規制は断固改革する。日本をスタートアップのハブとするため、世界のトップ大学の誘致と参画によるグローバルキャンパス構想を23年に具体化する。縮小する日本に投資できないという声を払拭しなければならない。子どもファーストの経済、社会をつくり上げて出生率を反転する必要がある。4月に発足するこども家庭庁で子ども政策を体系的に取りまとめる。6月の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)の策定までに将来的な子ども予算倍増に向けた大枠を提示する。まず児童手当を中心に経済的支援を強化する。次にすべての子育て家庭を対象としたサービスを拡充する。働き方改革の推進や制度の充実も進める。育児休業制度の強化を検討しなければならない。日本は7年ぶりに主要7カ国(G7)議長国を務め5月に広島でサミットを開く。G7の結束や世界の連帯を示さなければならない。グローバルサウス(南半球を中心とする途上国)との関係を強化し、食糧危機やエネルギー危機に効果的に対応していくことが必要だ。世界経済に下方リスクが存在するなか、G7として世界経済をけん引しなければならない。感染症対策などの課題でもリーダーシップの発揮が求められる。ロシアの言動で核兵器をめぐる懸念が高まるなか、被爆地・広島から「核兵器のない世界」の実現に向けたメッセージを発信していく。9日からフランス、イタリア、英国、カナダ、米国を訪問し胸襟を開いた議論をする予定だ。G7議長国としてリーダーシップを発揮したい。
バイデン米大統領との会談はG7議長としての腹合わせ以上の意味をもった大変重要な会談になる。日本は22年末に安全保障政策の基軸たる3文書を全面的に改定し、防衛力の抜本的強化の具体策を示した。日本の外交や安全保障の基軸である日米同盟の一層の強化を内外に示す。「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた踏み込んだ緊密な連携を改めて確認したい。新型コロナウイルス対応を巡り23年こそ平時の日本を取り戻していく。将来の感染症に対応するため、感染症危機管理統括庁の設置などに向けた法案を次期国会に提出する。8日から中国からの入国者の検査を抗原定量またはPCR検査に切り替える。直行便での入国者に陰性証明を求める。中国便の増便について必要な制限を続ける。4月には統一地方選がある。デジタル田園都市国家構想を進めて地方創生につなげていくため、与党としてしっかりした成果を出したい。
【質疑】
―テレビ番組で防衛費の財源となる増税の実施前に衆院選があるとの認識を示しました。年内に解散に踏み切る考えはありますか。
院の任期満了は25年10月で衆院選はいつでもありうる。防衛費の財源確保のための税制措置は24年以降、27年度に向けて適切な時期に複数年かけて段階的に実施することが決まっている。結果として増税前に衆院選があることも日程上、可能性の問題としてあり得ると発言した。衆院解散・総選挙は専権事項として時の首相が判断する。
―新型コロナの感染者数が増加傾向にあります。感染症対策や旅行支援、インバウンド増加に向けた政策の方針を教えてください。
 新型コロナ対策は社会経済活動との両立を図る取り組みを進めてきた。専門家などの意見も聞きながら最新のエビデンスに基づき議論を進めたい。全国旅行支援を10日から再開する。全国的な旅行需要の喚起を着実に進める。インバウンドの本格的な回復に向けて多額の予算を計上している。訪日外国人の旅行消費額5兆円超の速やかな達成を目指す。
―ロシアによるウクライナ侵攻は収束の糸口が見いだせません。主要7カ国首脳会議(G7サミット)をどのような会議にし国際社会をリードしていきますか。
 力による一方的な現状変更は世界のどこでも許してはならないという強力なメッセージを広島サミットで示すことが重要だ。日本は唯一の戦争被爆国としてロシアによる核による威嚇は断じて受け入れることはできない。核兵器のない世界に向け、G7として世界にメッセージを発したい。ロシアへの制裁とウクライナ支援を改めて確認するとともに中間に位置する多くの国々とも連携する。停戦に向け努力すべきだというメッセージを世界に広げていく手掛かりをつかみたい。

*2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221224&ng=DGKKZO67125520U2A221C2EA2000 (日経新聞 2022.12.24) 防衛・GX・子ども 重点3分野、規模ありき、来年度予算案、財源確保で詰め急務
 政府の2023年度予算案は岸田文雄首相が重視する防衛・GX(グリーントランスフォーメーション)・子ども予算の大幅増額に踏み出した。いずれも規模の議論が先行し、具体的な政策や歳出改革の議論は後回しになった。積み増した防衛費は使い道の優先度が曖昧なまま。成長戦略の中核となるはずのGXの取り組みも詳細は詰まっていない。防衛費は27年度までの総額で43兆円。GXは民間投資の呼び水として今後10年で20兆円規模。子ども予算は倍増。いずれも当面の歳出規模が先に固まった。肝心の中身や財源確保は後付けになっている。防衛力の強化は安全保障環境の変化への対応に向けて、必要性を見極めて予算を積み上げたとは言いにくい。財源確保の増税も法人・所得・たばこの3税を充てるところまでしか詰めなかった。施行時期は先送りした。GXは20兆円規模の移行債を財源に、脱炭素投資を加速するという。ただ国内で再生可能エネルギーなどの具体的な大型案件は乏しいのが実情。子ども予算は使途も財源も詳細な議論すら始まっていない。一般会計で扱う防衛や子どもの予算は財源が確保できなければ、他の政策経費を圧迫する。ただでさえ少ない成長戦略に充てられるお金がさらに減りかねない。23年度予算案の編成過程で改めて浮き彫りになったのは歳出改革の意識の薄さだ。社会保障以外の政策経費は実質1500億円ほど増えた。従来の約330億円と比べ4倍以上の伸びだ。防衛費は増税の前段として3兆円弱を歳出改革や決算剰余金などで本当にまかなえるのか見通せない。具体的な各事業の削減論が浮上すれば、関係業界や与党議員らが反発する可能性が高い。決算剰余金は税収の上振れや結果的に経費を使わなかった不用額などの積み上げで生じる。この10年の平均は約1.4兆円。財政法は剰余金の半額を国債償還に充てるよう義務づける。残り0.7兆円を防衛財源として当て込む。税収が下ぶれすれば皮算用に終わる。借金頼みの財政運営を避けるには、一般会計にとどまらず、監視の目が届きにくい補正予算や予備費を含めたムダの洗い出しも欠かせない。ガソリン価格を抑えるために石油元売りに配る補助金は21年度の補正予算で始めた。その後も上積みや延長を繰り返し、既に累計6兆円ほど積んだ。化石燃料への依存を助長し、脱炭素の妨げになったとの見方がある。支援を必要とする層も絞り込めておらず、バラマキとの批判も絶えない。巨額の補助が適切に使われているかも疑わしい。財務省は「販売価格に補助金の全額が反映されていない可能性がある」と問題視する。ガソリンスタンド事業者の利益になったケースがあるとみている。コロナ対策や物価高対応などで地方に配る「地方創生臨時交付金」は補正や予備費で累計17兆円超を積んだ。うち5兆円ほどはコロナ関連なら使途を問わない仕組みだ。ずさんな実態は既に明るみに出ている。会計検査院は21年度の決算検査報告で、警察署など公的機関の水道料の減免といった不適切な使い方が少なくとも7億円ほどあったと指摘した。一般会計だけで114兆円と過去最大に膨らんだ日本の予算。手助けを必要とする家計や企業をきちんと支えつつ、成長の芽を育てる中身になっているのか不断のチェックが重要になる。

*2-3:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15544415.html (朝日新聞社説 2023年2月2日) 中期財政試算 疑わしい「黒字化実現」
 政府が中長期の財政試算をまとめた。財政健全化目標が達成可能だとするが、大型の補正予算を組まないのが前提とされ、実現性は疑わしい。コロナ禍で失われた財政規律を立て直し、肥大化した歳出を着実に見直すことが求められる。政府は、国と地方の基礎的財政収支を25年度に黒字にする目標を掲げている。昨年末に防衛費の大幅拡充を決めたため、従来試算より収支が悪化する懸念が高まっていたが、内閣府が先週公表した最新の試算は、半年前とほぼ同じ中身だった。23~25年度の実質経済成長率を平均1・8%と想定すると、基礎的収支は25年度も1・5兆円の赤字になる。だが、今まで同様の歳出効率化を続ければ、1・1兆円の黒字に転じ、目標が達成できるという。だが、額面通りには受けとれない。試算には多くの非現実的な仮定があり、実際には、目標の達成は極めて難しいと考えざるを得ないからだ。そもそも今年度の基礎的収支は、約49兆円もの記録的な赤字に陥る見通しだ。それがわずか3年で大幅に持ち直すと試算する最大の理由は、近年急膨張した補正予算を今後は編成しないと想定したことにある。岸田首相は、コロナや物価高騰の対策が補正予算の大部分を占めていると説明したうえで、今後「減額していく」と述べている。だが、補正予算に計上されているのは、それだけではない。半導体の生産支援や研究開発の強化、農林水産業の生産性向上など、各省庁の目玉政策も毎年盛り込まれてきた。つまり近年の補正予算は、当初予算の金額を小さく見せるために計上しきれなかった事業を実施する「抜け道」になっている。与野党の財政規律がまひするなか、抜本的に補正予算を縮小できるかは、疑わしい。試算は、防衛費増額にあたって政府の計画通りに安定財源が確保できることも前提にしている。だが、防衛費向けの増税には自民党内で反対論が根強く、歳出改革も具体的な中身が固まっていない。今後3年間で平均1・8%の経済成長との前提も実現は危うい。それに基づく税収見通しも過大な可能性がある。中期試算は、できるだけ客観的な見通しを示すことで、財政健全化に必要な歳出歳入両面の改革を政府に迫るためにある。今回の結果からは、緊急対応で増やした予算を平時に戻すことが必須なのは明らかだ。政府は、政策の優先順位を洗い直し、具体的な対策を詰めるべきだ。達成困難な現実から目を背けて対応を先送りするならば、試算の意味は無い。

<政府による人権侵害と詐欺行為>
PS(2023年2月11日追加):*3-1-1のように、少子化対策財源として年金・医療・介護等の社会保険から少しずつ拠出して資金を集める案が政府内で浮上しているそうだが、支え手が足りないと称して負担増・給付減を行い、本来の目的すら達していない高齢者向けの年金・医療・介護などの社会保険財源を少子化対策財源とするのは、詐欺であると同時に、高齢者に対する人権侵害であり、憲法11条・25条違反でもある。そもそも、年金原資が足りなくなった理由は、支え手が多かった時代に要支給額を積み立てず目的外支出を行ったことが原因で、それにより社会保険庁が廃止されて日本年金機構が2010年1月1日に発足したのだ。しかし、この調子では、やはり根本的な精神は変わらず、看板の架け替えに終わったと言わざるを得ない。そして、こうなる理由は、“有識者”を含め永田町・霞が関・メディアに、保険や発生主義を理解できる人が少なく、日本国憲法を無視する人が多いからである。
 ただし、少子化対策財源に雇用保険を使うのは、育児休業中には賃金をもらえないという実質失業状態にある人にとって目的外支出とは言えない。が、18歳まで子どもの医療費を無償化するのは不要な診療を増やすため行き過ぎで、1割程度の負担はむしろさせた方がよいのだ。さらに、妊娠・出産には医療・介護保険を適用せず、“全額補助する”というのもおかしな話だ。このように筋が通らない非常識なことをするのを“異次元の○○”と言って“チャレンジ”しても、よい結果にならないのは必然である。
 なお、「少子化が進むほど年金財政や介護の担い手不足等の問題は悪化する」と如何にも無駄な少子化対策が高齢者のためになるかのような説明をしているが、現在も年金財源不足や介護の担い手不足があり、その原因は少子化ではない。にもかかわらず、「給付が高齢者に偏っている」「世代間不公平がある」などと事実に反することを言い、高齢者からぶんだくることばかりを永田町・霞が関・メディアが吹聴するため、*3-1-2のように、高齢者をだますオレオレ詐欺(生産年齢人口の日本人が犯人である!)が増え、働いて貯蓄し、今後はそれで生きていかなければならない高齢者の貯蓄を騙し取る悪質な犯罪が増えたのである。警察は、「不審な電話は一度切れ」「留守電にせよ」などと高齢者に不便を感じさせることを言うよりも、速やかに犯人を捕まえて罰し、犯罪を抑止して、安心して暮らせる国にすべきである。
 このような中、*3-2-1のように、政府は、2021年に廃案になった法案の骨格を維持する「出入国管理及び難民認定法」の改正案を2023年の通常国会に再提出するそうだが、そもそも難民認定申請中の人を原則として重大犯罪者やテロリストと考えること自体がおかしい上、難民申請者は審査の機会を奪われ、日本の難民認定率は著しく低く、難民条約違反でもあるのだ。そして、*3-2-2のウィシュマさんに対するように、出入国在留管理局の看守が同じ人間とは思わないような失礼で人権侵害極まりない態度で接し、死に至らしめたのである。
 しかし、外国人労働者(当然、難民を含む)は、日本にとっては貴重な労働力になる人である上に、母国との懸け橋にもなれる人であり、多様性はイノベーションの源にもなる。そのため、狭い視野で外国人差別をしながら、少子化対策と称して無駄なバラマキばかり行い、外交と称して多額の資金を外国に供与するよりも、日本に来た人やこれから来たいと思う人に丁寧に接した方が、あらゆる効果がよほど高いのである。

  
    2023.1.13朝日新聞       2021.3.16毎日新聞  2023.2.8日経新聞

(図の説明:左図はG7各国の難民認定率と庇護率で、日本は著しく低い。中央の図は、ウィシュマさん事件の後、2021年に提出された入管法改正案で、むしろ厳しくなったと言われて廃案になったものである。右図は、2023年に提出されようとしている入管法改正案で、2021年のものとさほど変わっていない。これらは、難民になった人の人命を助けようという発想がないことを示しており、このように人命や人権を疎かにする点が根本的欠点である)

*3-1-1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA234BZ0T20C23A1000000/ (日経新聞 2023年2月5日) 霞が関を驚かせた「権丈案」 少子化対策財源で有力視
 少子化対策の財源として年金や医療などの社会保険から少しずつ拠出して資金を集める案が政府内で浮上している。アイデアの発案者は官僚でも政治家でもなく、政府の有識者会議に参加する専門家だ。「有識者案」が有力視される現状から霞が関の組織上の限界も垣間見える。2022年の年間出生数は統計史上初めて80万人を割る見込みで、将来への危機感から岸田文雄政権は少子化対策を最重要課題に位置づける。子育てや共働きの支援などをテーマに議論した政府の全世代型社会保障構築会議は、非正規労働者への育児休業給付の適用や児童手当の拡充といった具体策を22年末の報告書でまとめた。政府内で保険拠出が一案として挙がっており、実現可能性や詳細について現在評価を進めている。この案はベースとなった構想から、厚生労働省の官僚ら関係者間で「権丈案」とも呼ばれている。年金や介護などの保険から拠出し子育てを支える「子育て支援連帯基金」を提唱する慶応大学の権丈善一教授の名が由来。権丈氏は全世代型会議のメンバーに名をつらねる学者で、年金、医療、介護など幅広い社会保障分野に精通している。連帯基金の構想は「年金、医療、介護保険は、自らの制度の持続可能性を高めるために、子育て費用を支援できるようになる」という考えを打ち出している。権丈氏は「社会保険制度が連帯して子育て基金に拠出する制度は世界にない。チャレンジする価値は十分あるのではないか」と指摘する。ある厚労省幹部は「役人の発想では出てこない」と認める。背景にあるのは縦割りになりがちな行政組織だ。霞が関の部署はそれぞれの法律にひも付いているため、限られた守備範囲のなかで制度について考えるのが常だ。横のつながりの調整力に乏しい欠点がある。雇用保険を例に挙げると、社員が企業で働くなかで起こりうるリスクを労使ともにお金を出し合って積み立てた資金で備える考え方が根底にある。育児休業給付も雇用保険が財源で、現状では一部の非正規労働者が対象外となっている。あくまで子育て支援よりも失業防止を重視する制度になっているためだ。ただ現行のルールができてから現在に至るまでに共働き世帯や非正規労働者の比率は大幅に増え、現役世代を取り巻く現状は様変わりしている。例えば時代にあわせて非正規にも対象を広げる「雇用」と「子育て」を横断するような制度の見直しは、霞が関では雇用保険の本来の考え方と矛盾もはらむため難しかった。23年前半には新たな将来推計人口も公表される見通しだ。少子化が進むほど年金の財政や介護の担い手不足などの問題は悪化する。負担増への抵抗は常にあるが、結局は少子化が止まらなければ将来の大きな負担増が避けられない。単に取りやすいところから取る発想は避けつつ、従来の制度や負担と給付の考え方だけにとらわれずに深く広く議論を進めることが欠かせない。

*3-1-2:https://digital.asahi.com/articles/ASQ4R7CYNQ4MULOB00B.html (朝日新聞 2022年4月24日) オレオレ詐欺、被害額4倍増 1~3月、4億円超 高額被害相次ぐ
 息子や孫をかたる男が高齢者をだます「オレオレ詐欺」の被害が止まらない。1~3月の神奈川県内の被害額は急増し、前年の約4倍の約4億600万円に。県警は今月、緊急対策に乗り出したが、鎌倉市の男女が計4千万円を詐取されるなど高額被害が相次ぐ。「不審な電話は一度切って周りの人に相談して」と県警は注意を呼びかけている。オレオレ詐欺は、高齢者宅の固定電話に息子や孫を装って電話し、「会社の金をつかいこんだ」などと話して現金をだましとる手口だ。指示役から、現金を受け取る「受け子」まで多人数がかかわるのが特徴だ。捜査2課によると、1~3月、県内の認知件数は前年同期比で121件増えて167件に。被害総額は1億100万円から4億600万円に急増した。被害者は80代が65%で最も多く、70代が32%、60代が3%で、全員が60歳以上だった。82%が女性で、一人暮らしの女性が狙われた形だという。お金を要求する理由は、息子らによる「かばんの紛失」が77件で全体の46%をしめた。「仕事上のミス」(40件)「金銭の借用」(14件)「使い込み」(7件)なども目立った。今月4日に鎌倉市の80代男性が3千万円を詐取された事件では、息子という男が「トイレでかばんをなくした」「今日の契約に3千万円が必要」と電話し、その後、息子の部下をかたる男が自宅にきた。18日に500万円をとられた横浜市中区の80代男性は自称息子から電話で「事業に失敗した」とだまされたという。被害が危機的状況にあるとして、県警は3月31日、本部と県内54署をオンラインでつなぎ、緊急対策会議を実施。高齢者を戸別訪問し録音された犯人の声を聞いてもらうことに。川崎市では4月、ゴミ収集車約130台が特殊詐欺注意の呼びかけを始め、アイドルグループ「仮面女子」は22日、JR逗子駅前で通行人に注意喚起。川崎市高津区の橘中学校演劇部は23日、橘小学校で住民に特殊詐欺防止のための劇を上演。正代咲耶部長(14)が「被害に気をつけて」と呼びかけた。あの手この手で被害の防止を目指す。一度に多額の現金を得られるとされるオレオレ詐欺は、犯人には好都合とされ、2003年ごろから目立つように。一時減ったものの、このところの急増について、県警幹部は「犯人側の事情なのか増えた理由が分からない。手口も以前からある『かばんを落とした』が多い。地道に摘発を続けるしかない」。県警は2月、受け子から現金を回収する「回収役」とみられる東京都杉並区の男(32)と、電話をかける「掛け子」とされる新潟県三条市の男(38)を詐欺容疑で逮捕。詐欺団の中枢に近い人物の可能性があるとみて、3件の詐欺容疑で再逮捕し、全容解明に向けて調べている。
○被害を防止するために(警察庁)
・電話でお金の話が出たら、いったん電話を切って家族に相談
・常に留守番電話機能を設定しておく
・迷惑電話防止機器を利用する
・事前に家族の合言葉を決めておく
・電話をかけてきた家族に自分から電話して確認する

*3-2-1:https://webronza.asahi.com/national/articles/2023011300001.html (朝日新聞 2023年1月16日) 問題が多すぎる。入管法改正案の再提出、難民条約の責任を果たすのが先だ 児玉晃一 弁護士
●条約違反の「2021年入管法案」
 政府は2023年1月23日に始まる通常国会に、「出入国管理及び難民認定法(入管法)」の改正案を再提出するようです。朝日新聞の報道(2023年1月12日)によれば、2021年5月に廃案になった法案(以下「2021年入管法案」といいます)の骨格を維持するとのことです。政府は22年12月22日に「『世界一安全な日本』総合戦略2022」(犯罪対策閣僚会議)を閣議決定しています。そこでは「送還忌避者の送還の促進」というタイトルの下で、「入管法の改正を行い、難民認定申請中であっても、重大犯罪者やテロリスト、複数回申請者については、一定の条件下において送還を可能とする等の措置を講じる」とされています(60頁)。現行法では、難民申請手続き中の者については、強制送還することができません(入管法61条の2の9第3項)。これを「送還停止効」といいます。ところが、2021年入管法案には、以下のような例外を設ける条項が盛り込まれていました。
①3回目以降の難民申請者、ただし、相当の資料を提出した者は除く(2021年入管法案同法案61条の2の9第4項1号)
②3年以上の実刑を日本で受けた者やテロリズムや暴力主義的破壊活動等に関与する疑いがあると認められた者(同2号)については、手続中であっても強制送還可能 
 再提出される法案の詳しい内容はまだ明かではありませんが、こうしたことからも、難民申請者の送還停止効の例外規定が盛り込まれていることは確実だと思われます。しかし、これらの条項は難民条約に反します。改めて、入管法改正案の再提出に強く反対します。
●難民申請者、審査の機会が奪われている
 「送還停止効」の例外規定を含む法案が通ってしまうと、難民申請者は、認定不認定の判断がされる前であっても、強制送還することが可能になります。しかも、「2021年入管法案」では、①の3回目以降の申請者については「相当の資料」、②についてはテロリズムや暴力的破壊活動に関与する疑いについてを、誰が、どの段階でどのように判断するのか、申請者側に弁明の機会があるかなど、重要な手続規定が全く整備されていませんでした。その判断について、司法に訴えることができるかどうかも不明です。これでは、入管内部だけでこれらの判断をして、本人に告知しないで送還してしまうこともできてしまいそうです。2021年9月19日、東京高裁は難民申請者に不認定結果を告知した翌日にチャーター便によって強制送還した事例について、司法審査の機会を奪ったものであり、憲法32条等に違反する違法なものであると判断しました。そして、同判決は国側の主張に応える形で、難民申請の濫用かどうかという点も含めて司法審査の機会を保障すべきであるとしたのです。
この判決に対して、国は上告をせず、確定しました。
●極端に低い難民認定こそが問題
 複数回申請をする者全てがあたかも難民申請の濫用者であるかのような捉え方も誤りです。日本の2021年の難民認定者は、処理件数1万3561人に対して合計74人です。わずか0.55%に過ぎません。G7各国の認定率が最も低いドイツでも15.1%、最も高いカナダ、英国では50%を超えます(グラフ参照。筆者が国連難民高等弁務官事務所〈UNHCR〉の公開資料などに基づき作成/庇護率は認定者と補完的に保護された人数の割合)。例えば諸外国では当たり前のように難民として認定される、トルコ国籍のクルド人につき、日本では全く難民として認定されてきませんでした。1990年代半ばころから申請者が増えてきましたが、ようやく2022年に、札幌高裁での難民不認定処分取消判決の確定を受けて1人、認定されただけです。ミャンマーのロヒンギャやアフガニスタンのハザラ人など、その属性が立証できれば難民として認定されるような申請者についても滅多に認定されません。2022年11月3日に、国連の自由権規約委員会は日本政府に対して難民認定率が低いことについて懸念を表明しました(Concluding observations on the seventh periodic report of Japan パラグラフ32)。申請者の中には、他国で同じような状況にあった親族や友人が難民として認定されている方も多くいます。他の国では認定されているのに、どうして自分は日本では認定されないのか、おかしいのは日本政府の方だという理由で申請を繰り返さざるをえない方もたくさんいます。本国に帰ったら命の危険がある、かといって非正規滞在になっている状況で入国させてくれる他国はない、行き場のない申請者達にとっては、申請を複数回繰り返すしか途はないのです。複数回申請を減らしたいのであれば、まずは諸外国と同じ水準での難民認定を行うべきです。「難民鎖国」と呼ばれる現状を改めないまま、送還だけをしやすくすることは、0.55%の認定率をさらに引き下げることに繋がります。難民条約の前文は「難民に対する庇護の付与が特定の国にとって不当に重い負担となる可能性のあること並びに国際的な広がり及び国際的な性格を有すると国際連合が認める問題についての満足すべき解決は国際協力なしには得ることができないことを考慮し」としています。現時点で二桁以上差のある難民認定率をさらに下げるような法案は、難民保護についての国際協力をうたった難民条約前文の精神に反するものです。
●UNHCRが表明する懸念
 難民条約32条2項は「該締約国の安全にとって危険であると認めるに足りる相当な理由がある者または特に重大な犯罪について有罪の判決が確定し当該締約国の社会にとって危険な存在となった者」でなければ送還できないとしています。「2021年入管法案」に対して表明された、UNHCRの2021年4月9日意見概要 によれば、3年以上の実刑を日本で受けた者やテロリズムや暴力主義的破壊活動等に関与する疑いがあると認められた者については、手続中であっても強制送還可能とする条項(同法案61条の2の9第4項第2号)について、「同第 2号には、理論上、はじめて難民申請した者であって一次審査の一回目の難民認定の面接を待っている者も含まれることである。さらに、第2号には、広い範囲の活動が含まれ、同号の適用性については入管庁内の審査によって決定される」ことを「UNHCRの一番の懸念事項」としています。UNHCRは、この懸念の理由について、次のとおり述べています。少し長くなりますが、引用します。送還停止効は、初めて難民申請を行う申請者については、難民認定に関する第一次審査と 不認定処分に対する不服審査が行われている間、一定の犯罪歴がある、またはテロリズムや暴力主義的破壊活動に関与するおそれや可能性があるというだけの理由によっては、決して解除されてはならない。UNHCR は国家安全についての政府の正当な懸念を共有するが、難民条約の規定が適切に運用されれば、国家の安全と難民の保護は両立可能なものである。難民が庇護国の安全や(特に重大な犯罪について有罪の判決が確定し)庇護国社会に対して危険な存在とされた場合の難民条約第 33条第 2項のノン・ルフールマンの例外は、しかし、本来難民として認定された者に適用されるべき規定である。また、送還が危険を消滅または軽減させる最後の手段でなくてはならず、比例性が無くてはならない;つまり、国家や社会に対して当該難民が及ぼす将来的な危険が、当該難民が出身国に送り返された際に直面する危険を上回るときにのみ可能である。難民認定の個人面接や不服審査も含め、難民条約の難民の定義に照らして難民該当性を完全に評価される権利がまず確保されなければならない。つまり、重大犯罪者やテロリストだからといって、当然に送還できるわけではないのです。このような類型の人達を送還するのがあたかも当たり前のように述べること自体、難民条約の加入国としては恥ずかしいことであることを、出入国在留管理庁は自覚すべきです。
●過去に「誤認」も、誰がテロリストと判断するのか
 「2021年入管法案」では、申請者がテロリストやその疑いがあるかどうかの認定手続について、全く規定がありません。出入国在留管理庁が判断することになるのでしょうが、いつの段階で、誰が判断するのか(法務大臣か、出入国在留管理庁長官か、地方出入国在留管理局長か、主任審査官かなど)すら定められていないのです。UNHCRはこの点についても、「仮に例外が設けられるとするのなら、例外中の例外に限られるべきであり、必ず手続き保障が確保されねばならない。具体的には、送還停止効の例外となる(ことにつながる)決定に不服を申し立てる効果的な救済措置や、同不服申し立てをしている間の送還停止を申し立てる権利の保障等である。」としています。全くそのとおりです。そもそも、出入国在留管理庁に、テロリスト等についての事実認定能力があるとは思えません。古い話になりますが、2001年10月、大変ありふれた名前で同姓同名だったというだけで、アフガンのハザラ人難民申請者をアルカイダだと勘違いして、機動隊まで動員し、9人のアフガン難民を収容してしまい、誤りに気づいた後も引っ込みがつかなくなってしまった事件がありました(参照:佐々涼子『ボーダー 移民と難民』86頁以下、集英社インターナショナル 2022年) 。出入国在留管理庁の事実認定力に委ねるのは危険すぎます。冒頭に引用した「『世界一安全な日本』総合戦略2022」の送還停止効例外規定に関する記述は、「6 外国人との共生社会の実現に向けた取組の推進」という項目の中に位置づけられていました(同58頁以下)。ですが、引用部分をはじめとして、そこに書かれていることの殆どは、いかに外国人を排除するかという政策ばかりです。難民についていえば、まずは、難民条約加入国として期待されている責務を果たしていないことを反省し、諸外国と同じ水準での認定実務を確立すべきです。送還停止効の例外規定を設けることは許されません。

*3-2-2:https://www.tokyo-np.co.jp/article/230410 (東京新聞 2023年2月10日) ウィシュマさん嘔吐し、助け求めても 看守「私、権力ないから」 入管内映像に映っていた詳細
 名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)で2021年3月、収容中のスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん=当時(33)=が死亡した問題で、亡くなるまでの約2週間を記録した監視カメラの映像を、本紙記者が視聴した。嘔吐おうとし、「死ぬ」と助けを求めるウィシュマさんに、女性看守が「そんなので死んだら困るもん」などと応じる様子などが残されていた。
◆涙声で「できれば食べたい」
 問題を巡っては、遺族による国家賠償請求訴訟が名古屋地裁で係争中。映像は、遺族が全面開示を求める中、裁判所の勧告を受けた国側が昨年12月、全体のうち5時間分を同地裁に提出した。記者は今月8日、民事訴訟記録の閲覧手続きを経て、同地裁でこの映像を視聴した。映像はカラー、音声付きで、天井に設置されたカメラで室内の状況が撮影され、5〜10分の場面に区切られている。最初の場面は、21年2月22日午前9時台。ベッドであおむけのウィシュマさんに、入室してきた女性看護師が「顔見にきた」「ちょっとずつでも食べるといいんだよ」と話しかけていた。ウィシュマさんは「私昨日バナナ食べた」などと日本語で答えた。体調が芳しくないのか、語尾は消え入りがち。涙声で「できれば食べたい」と看護師に訴えてもいた。ウィシュマさんの死亡後に出入国在留管理庁がまとめた報告書によると、2月15日には尿検査で飢餓状態を示す異常値が出ていた。
◆「病院持ってってお願い。お願いします」
 次の場面は、2月23日午後7時台。ベッド上で吐いてしまい、「死ぬ」とうめき続けるウィシュマさんに、女性看守が明るい声で「大丈夫、死なないよ。そんなので死んだら困るもん」などと応じた。ウィシュマさんは「病院持ってってお願い。お願いします」と繰り返したが、女性看守は「連れてってあげたいけど、私、権力ないから」などと、取り合わなかった。26日午前5時台の映像では、ベッドで四つんばいになったウィシュマさんがバランスを崩し、床に転落。「担当さん」と助けを求めていたところ、しばらくして女性看守2人が入室。2人はウィシュマさんをベッドに戻そうとするが、体を持ち上げられず、「ごめんね」と言って部屋を去った。
◆死亡直前、「アー」などと悲鳴
 報告書によると、名古屋入管は3月4日、ウィシュマさんを外部の病院の精神科で受診させ、睡眠導入剤などを服用させるようになった。死亡する前日の3月5日の映像では、ウィシュマさんはたまに「アー」などと悲鳴を上げるだけで、女性看守の「おかゆ食べる?」「砂糖だけ食べる?」などといった声掛けにまともに応じられない様子だった。最後の場面は、3月6日午後2時台の約5分間。ウィシュマさんは無言で、ベッドであおむけに横たわっていた。女性看守が、室内のインターホン越しに「指先ちょっと冷たい気もします」と話し、脈拍を確認したり、駆けつけた職員に「ほっぺたとかは温かいんだけど」などと訴えたりしていた。救急車を呼んだり、応急措置を始めたりする様子は確認できなかった。

<政治分野に女性が少ないことのディメリット(1) ← 生活系政策の貧困>
PS(2023年2月12、13《図》日追加):これまで少子化・教育・保育・医療・介護・年金に関しては、日本では、防衛・原発・道路と違って財源を渋り、また目的外支出もあって、改悪されたり疎かにされたりする傾向が強かった。そして、その理由は、これらは男女の性的役割分担の下で女性が担当することが多かったため、男性議員の主な関心事ではなかったからだろう。
 この傾向について、*4-1は、「第3章 女性の政治参画が進むことで生まれるポジティブインパクト」と題し、①男女で政策選好が異なる傾向にある ②議会の構成員に多様性があることは、多様な政策立案に繋がる ③女性の政治参画が進めば、少数派の課題として捉えられがちだった社会課題にも光が当てられる ④その結果、社会全体にとってポジティブな影響が生じる としており、全く同感だ。
 また、*4-1は、⑤1980年には国会議員に占める女性の割合は日本と同程度の国が殆どだったが ⑥パリテ法などの施策が導入され、現在は女性議員の割合が3割以上と日本の9.7%を大きく引き離している ⑦女性の政治参画を促す代表的な方法としてクオータ制が挙げられる ⑧クオータ制を導入している国は、法的な後押しの他にも政党・議会・市民団体の取り組みが女性議員の活躍を支える ⑨フィンランド・デンマークはクオータ制を導入していないが、男女の性別役割分担意識が固定されず、女性が各分野に進出した歴史があり、誰もが政治家になりやすい風土がある ⑩日本は、この間どうすることもできなかったのか?等とも記載している。
 このうち⑤⑥⑦⑧⑨は事実だろうが、⑩については、日本も男女雇用機会均等法(1985年5月公布・1986年4月施行)、男女共同参画基本法(1999年6月公布・施行)、候補者男女均等法(2018年5月公布・施行)等が制定されたのだが、努力義務・配慮義務程度の規定で本気度が低く、数度の改正を経てもなお抜け道を探してジェンダー平等にしない状況だと言える。その結果、的外れの政策が氾濫して効果が上がらず、債務ばかりが膨らんでいるのだ。
 地方議会については、*4-2が、⑪地方議会は「女性0議会」が2022年11月1日時点で全体の14.3%あり ⑫女性が1人しかいない議会と合わせると38.8%に上り ⑬全在職議員に占める女性の割合は15.4%で ⑭現職議長が女性の議会は僅か4.2%だ 等と記載している。地方は、東京から鹿児島までジェンダー平等度が様々で、立候補すること自体に周囲からの逆風があったり、逆風をクリアして立候補しても当選率が低かったり、当選しても仕事で軽く見られたり、性的嫌がらせを受けたりすることが少なくないため、ジェンダー平等度の低い地域に住む女性が議員になり、議員としてしっかり仕事ができるというのは、かなり難しい。
 そのため、私は、*4-3の「日本で女性の政治参画を進めるためには、議席の一定数を女性に割り当てるクオータ制の導入が最善で、女性の政治参加が促されるような社会の雰囲気を作ることが必要」というのに賛成だ。ただし、議員として満額の報酬をもらって仕事をするのだから、出産・育児の超繁忙期を終えてから議員になるのが、有権者・周囲の仕事仲間・自分の子どもに迷惑をかけず、一般人としての出産・育児の経験を政策に活かし易いと、私は思う。

   
2022.7.13日経新聞   2022.7.13NHK   2022.8.12愛媛新聞 2022.5.14日経新聞

(図の説明:1番左の図のように、日本は世界経済フォーラムの男女平等度で、2022年に146ヶ国中116位《2021年は156か国中120位》と低迷しており、左から2番目の図のように、特に政治分野で男女平等度が低い。また、右から2番目の図のように、政治分野139位・経済分野121位と、社会における女性の活躍やリーダーシップの発揮という面でとりわけ低くなっているのだ。そのため、これらを解決するには、1番右の図のような人材育成・多様性・労働慣行に関する的確な開示やジェンダー平等に向けての既存の法律の改正とその完全実施が必要である)

*4-1:https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/women-in-politics.html (PWC 2022.12.20より抜粋) 政治分野における女性のさらなる活躍に向けて~日本の社会がより強く、優しく、しなやかであるように~
 本レポートでは、女性の政治参画の動向や、女性の政治参画を阻む原因・理由、女性の政治参画が進むことで生まれるポジティブインパクト、そして諸外国の分析を、さまざまな文献をもとに包括的にまとめています。女性の政治参画を加速させるための方策について考察するとともに、女性の政治参画を進めることで、日本社会をより一層、多様性に富んだ、強く、優しく、しなやかなものにするきっかけとしたく、執筆したものです。
第1章 女性の政治参画における動向
近代の日本における政治は、一定額以上の税金を納めた男性のみが行う状態からスタートしました。そして、日本において初めて女性の国会議員が誕生したのは1946年の衆議院議員総選挙のときでした。それ以来、国会議員に占める女性の人数や割合は、現在に至るまで、ほぼ横ばい状態が続いています。1980年には女性議員比率が日本と同程度であった諸外国が、さまざまな施策を取り入れて女性議員の割合を増やしている中で、日本は大きく後れを取っていると言わざるを得ません。
第2章 女性の政治参画を阻む原因・理由
その要因は、社会や組織、個人など、さまざまな階層で見られます。具体的には、政治は男性が行うものという風潮や、議員間や有権者からのハラスメントのほか、女性候補者を養成する仕組みが整っていないこと、選挙活動・選挙制度そのものが男性中心のままであり女性に不利であることなどが挙げられます。2022年9月から10月に現役政治家や出馬経験者等を対象に実施したヒアリングにおいても、さまざまな場面で阻害要因に遭遇したことが明らかになりました。
第3章 女性の政治参画が進むことで生まれるポジティブインパクト
女性が政治に参画することでポジティブなインパクトが生まれることも事実です。既存の複数の調査研究によると、男女では政策選好が異なる傾向にあり、議論の場に女性が参加する、すなわち議会の構成員に多様性があることは、多様な政策立案につながると言われています。女性の政治参画が進むことによって、女性が重視する傾向にある社会課題だけではなく、女性を含めた少数派の課題として捉えられがちな社会課題に対しても光が当てられることにつながります。その結果、女性に限らず、社会全体にとってポジティブな影響が生じると考えられます。
第4章 女性議員によりもたらされた実績
実際に、女性議員が中心となって整備したわが国の法律には、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(DV防止法)」(2001年施行)、「刑法の性犯罪に関する規定の大幅な改正」(2017年)、「税制改正」(2019年)などが挙げられます。これらの法律は、いずれも女性議員が集まって推進したことによる実績であり、裏を返せば、女性議員一人では成しえなかった功績とも言えます。女性の政治参画が増えることで、女性に関する政策提言のみならず、多様な視点が盛り込まれた政策提言につながることも期待されます。
第5章 女性政治家比率が高い諸外国の分析
諸外国に目を向けると、1980年には、国会議員に占める女性の割合が日本と同程度の国がほとんどでした。しかし、そうした国々では、その後、続々とパリテ法などのさまざまな施策が導入され、現在では、女性議員の割合が3割以上と、日本の9.7%を大きく引き離す形となっています。女性の政治参画を促す代表的な方法として、クオータ制が挙げられます。クオータ制を導入している国の中でも特にフランスでは、パリテ法が成立したことで、女性議員の割合が大きく増加したと言われています。クオータ制を導入している国々においては、法的な後押しのほかにも、政党や議会、市民団体の取り組みが女性議員の活躍を支えている傾向が見られます。他方、クオータ制を導入せずに女性の政治参画を進めている国も見受けられます。北欧のフィンランドやデンマークでは、男女による性別役割分担意識が固定されず、女性が各分野に進出した歴史があり、誰もが政治家になりやすい風土が見られます。また、米国においては、女性の政治参加や養成の支援に特化したプログラムを開催する市民団体の存在が大きな特徴と言えます。
<法制度 >
【フランス】2000年に制定されたパリテ法で男女の候補者が同数と定められており、各政党の候補者数の男女差が全候補者数の2%を超えた場合に政党助成金が減額となる。
【韓国】定数300のうち253議席を選出する小選挙区では、選挙区の30%以上に女性を擁立することが努力義務とされており、小選挙区で一定数以上の女性候補者を公認した政党には、女性公認補助金が支給される。
<政党>
【英国】労働党では、候補者を選出する予備選挙の最終候補者リスト(shortlist)を女性に限定する「女性限定リスト(All Women Shortlist)」制度がある。
【カナダ】女性候補者向けの研修やメンター制度、政治資金支援の提供(自由党、新民主党、緑の党)を行っている。
【韓国】女性候補者への得票率の加算制度や女性候補者優先区等、女性候補者への支援策がある。
【デンマーク】政党内の女性団体ならびに女性運動一般による持続的な働きかけがあった。
<議会>
【フランス・英国】産休育休の制度や保育所の設置など、議会制度が整備された。
【韓国】前・現職議員から構成される女性議員ネットワークが存在する。
【フィンランド】フィンランド国会に作られた「女性議員ネットワーク」には、女性国会議員の全員が所属している。ネットワークは女性議員たちが集い、党派を超えて共通する課題について議論し、制度改正などを後押ししている。
公的機関 【フランス】パリテ監視を行う女男平等高等評議会(HCE)が設置されている。
<市民団体>
【韓国】女性の政治参画を専門領域とする女性団体「女性政治勢力連帯」と韓国の女性団体連帯組織を中心とするロビー活動が実施されている。
【カナダ】イコール・ボイス(Equal Voice)では、若い世代の女性・女性候補者・議員に対する政治教育、技能向上のための研修、ネットワーク支援や、ジェンダー平等を推進する政策を実現するため、超党派の取り組みを支援している。
【米国】政治活動委員会(Political Action Committee)と呼ばれる民間の選挙支援組織のうち女性候補者の支援を目的とする団体(2008年現在14団体)が女性候補者に対する資金援助、女性候補者への投票の呼びかけ等を行っている。そのほか、女性候補者を訓練するイマージ(Emerge)、資金調達面で支えるウェイ・トゥ・ウィン(Way to Win)等の団体の動きも活発。
【デンマーク】政党内の女性団体ならびに女性運動一般による持続的な働きかけがあった。
出所:各種資料よりPwC作成
第6章 示唆・提言
諸外国の取り組みを踏まえると、政治分野において活躍する女性を増やすためには、法制度や政党、議会、市民団体等、さまざまな分野で、包括的、かつ継続的に取り組みを進めていく必要があります。現在、日本ではクオータ制を導入していませんが、今後、クオータ制の導入や、フランスのパリテ法のような法律で、男女の候補者数を規定することも議論される可能性があります。また、今回行ったヒアリングにおいて、市民団体による女性に対する教育支援や経済支援、ネットワーク構築支援等の活動が、女性が政治分野に進出するための直接的な効果をもたらしやすいとの意見が複数聞かれました。そのため、国内でまず取り組むとすれば、市民団体による働きかけが有効になるでしょう。女性の政治参画を後押しする活動が進むことで女性の政治家が増え、その活躍を見てさらに政治家を志す女性が増えていく流れを加速していくことが期待されます。
おわりに
図表1で示したとおり、1980年にジェンダーギャップが日本と同等レベルであったフランス・英国・米国・韓国は、2022年時点で大きく改善しています。日本は、この間どうすることもできなかったのか?という思いとともに、さらに先の将来にこの課題解決を先送りしてはいけないという思いを強くします。ジェンダーギャップを解消すべく、一歩踏み出そうとする人々の間で横の連携を強くするとともに、社会を変えようとする女性を後押しすることで、多様性が確保された社会の実現に取り組んでいきたいと考えます。

*4-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/985908 (佐賀新聞 2023/2/5) 「女性ゼロ」の地方議会14%、遠い均等、1人以下38%
 都道府県と市区町村の全1788地方議会のうち、女性議員がいない「女性ゼロ議会」が2022年11月1日時点で257あり、全体の14・3%を占めることが4日、共同通信の調査で分かった。女性が1人しかいない議会は437で、両者を合わせると38・8%に上る。全在職議員の女性割合は15・4%、現職議長が女性の議会はわずか4・2%だった。女性ゼロ議会数は年々減少傾向にあるが、「政治分野の男女共同参画推進法」が目指す均等には程遠く、子育て支援や雇用など生活に直結する政策議論の場に、男女双方の視点を反映する体制がいまだ整っていない実態が浮かぶ。今春の統一地方選でどれだけ改善されるか注目される。22年11月~23年1月、全地方議会議長を対象にアンケートを実施し、1783議会が回答。無回答の議会は女性議員数などを個別に取材した。女性ゼロ議会は市が23、町は164、村は70。市議会全体に占める割合は2・9%、町村議会では25・2%に上った。都道府県と区にはなかった。都道府県議会で女性が1人だったのは山梨、熊本の2県だった。内閣府によると、12年12月末時点のゼロ議会は410、21年12月末時点では275だった。都道府県別で見ると、全ての地方議会に女性がいたのは栃木、千葉、神奈川、大阪、広島、香川。ゼロ議会が一つしかなかったのは埼玉、新潟、三重、兵庫、島根、山口、愛媛だった。ゼロ議会の割合が最も高かったのは青森。41議会中15議会、36・5%を占めた。福島、奈良もそれぞれ3割以上の議会で女性がいなかった。現議長は女性76人、男性1712人。直近の市町村合併以降、女性の議長就任歴がある議会は433(24・2%)、副議長は956(53・4%)だった。女性議員を増やす取り組みについての質問では、289議会が「実施している」、1493議会が「実施していない」と答えた。残りは回答しなかった。取り組み内容を複数回答で尋ねたところ、「ハラスメント対策」が115で最多。「議員対象の男女共同参画に関する研修」が68、「女性の政治参画に関する意識啓発」が45で続いた。

*4-3:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/977542 (佐賀新聞 2023/1/19) 女性政治参画、クオータ制が最善、英教授提言、一定議席数割り当て
 英国でジェンダー(社会的性差)に配慮した議会改革を推進するエディンバラ大のサラ・チャイルズ教授が18日、東京都内で取材に応じ、日本で女性の政治参画を進めるためには、議席の一定数を女性に割り当てる「クオータ制」導入が最善だとして、制度改革の必要性を訴えた。女性議員の活動に対する社会の意識改革も重要との考えを示した。チャイルズ氏は日本について、クオータ制導入を検討すると同時に「女性の政治参加が促されるような、社会の雰囲気をつくることが必要だ」と述べ、育児や家事をしながら議員活動をすることへの理解を進める必要があると強調した。チャイルズ氏はこの日、在日英国大使館が主催したジェンダーと政治に関するセミナーで講演。産休で出席できない議員の代理投票を巡る英下院の動きなど先行事例を紹介した。衆院議員の女性比率が約10%と大きく出遅れる日本でも、衆院が昨年6月、ジェンダー格差に関する議員アンケートを基に報告書をまとめるなど関心が高まりつつある。

<政治分野に女性が少ないことのディメリット(2) ← 的を得ない少子化対策>
PS(2023年2月28日追加):*5-1-1は①2022年の出生数は79万9728人で、1949年(ベビーブーム世代)の269.6万人に比べて3割に満たない ②死亡数は8.9%増の158万2033人で過去最多で、出生から死亡を引いた自然減も78万2305人と過去最大 ③人口減が加速中 ④人口動態は日本経済の成長力を左右する ⑤年金・医療・介護などの約130兆円の給付財源中、現役拠出分は保険料は全体の半分以上を占める ⑥日本の社会保障制度は、出生が減れば高齢者を支える将来世代が減り、一段の負担増が避けられなくなる と記載している。
 しかし、上に述べたとおり、1949年(ベビーブーム世代)の269.6万人は戦後の出生数の多い世代であるため、その後に出生数が漸減したのは日本の適正人口から考えて適正だ。が、人口の一定割合が優秀な人だとすれば、優秀な人の数もベビーブーム世代と比較して現在は3割に満たず、実際にそれを体感することも多い。しかし、現在は、ベビーブーム世代と比較して、高等教育も普及している筈なのだ。
 そのため、必要なことの第1は、*5-2-2・*5-2-3のうち、公的保育(学童保育を含む)・公的教育を質・量ともに充実して、働く女性のニーズに応えると同時に、生まれてきた子の1人1人を人材として大切に育てることである。また、公的保育は、有償労働で働く女性だけでなく、無償労働で働く専業主婦にも平等な機会を確保すべきで、保育現場は単なる居場所の確保ではなく年齢に見合った良質な教育を与える場としても活用すべきだ。さらに、公的教育が心もとなければ、子を塾に通わせたり、私立にやったりして多額の入学金や授業料を払わなければならず、これらの教育費負担が出産を控える大きな原因となっているため、小学校(3歳から始める)から高校までを義務教育として無償化すると同時に、ジェンダー(社会的に作られる男女格差)を再生産しないために、小学校(3歳から始める)から高校までの多感な時代に、男女共学の学校で良質な教育を与えることが必要不可欠である。
 さらに、*5-2-3は、公立学校教育に不信感を持つ親は私立小中等の受験に向かい、子に将来国際社会で活躍するキャリアの選択肢を与えるためにインターナショナルスクール入学も視野に入れると記載しているが、日本の公的教育は確かに世界では通用しないことを多く教えるため、文科省は多様な方法で日本の公立学校をインターナショナルに通用するものにすべきだ。
 ここまでやると、子ども1人当たりの保育費・教育費は倍増すると思うが、まだ倍増しなければ食文化を伝えるべき給食や課外活動・修学旅行費用を高校まで無償で提供すればよい。何故なら、子に対する現物給付は確実に子に届くからである。また、岸田首相が最初に言われた「家族関係支出をGDP比2%から倍増」を、*5-1-2のように、木原官房副長官が微修正して「へんてこな倍増論」と批判されたり、*5-1-3のように、松野官房長官が衆院予算委員会で「どこをベースとして将来的に倍増していくかはまだ整理中」と言われたりしているが、*5-1-4のように、2020年度は子ども関係予算が10.7兆円でGDP比約2%だったから約4%にするなどという「金額ありき」ではなく、子ども1人当たりの現物による保育費・教育費給付を上記のように充実させ、余りがあれば家計への補助を増やせばよいだろう。
 なお、*5-2-4は、3世代同居や近居を増やして祖父母の子育て参加を促しているが、これは50~60年前なら機能した制度だが、次第に機能しなくなる。何故なら、現在の祖父母は、祖母も働く女性で、母になる娘や嫁より社会的地位が高くて報酬も多いからで、このやり方は専業主婦の女性や高齢者の無償労働を当てにした制度と言うほかないからだ。そのため、同居や近居での無償労働を当てにするのであれば、無償労働した人を含めて働いた人全員で有償労働で得た世帯所得を割って累進税率を求め、それを足し合わせて税額を決める*5-2-1の「N分N乗方式」が最も公平・公正ということになるのだ。
 従って、*5-1-1の①②については、50~60年前から予測されていた当然のことにすぎず、③の必要以上に出生数が減少したことに対する処方箋は上記であり、④の日本経済の成長力を左右するのは、人口動態よりも科学技術を軽視したり、それによるイノベーションを忌避したりする“文化”であるため、教育によって修正すべきだ。また、⑤⑥の年金・医療・介護等の約130兆円の給付財源中、現役拠出分は保険料は全体の半分以上を占める事態となったのは、発生主義で積み立てておかなかったツケにすぎないため、高齢者1人あたりの社会保障も必要十分に準備すべきで、それは可能なのである。
 なお、一時的に生産年齢人口や優秀な人が不足することについては、教育の悪い(or教育しがいのない)日本人を増やすよりも、*5-3の入管難民法を、ハングリー精神のある外国人労働者や難民を積極的に受け入れる方向で改正して、同時に国際貢献・国際平和に繋げたり、多様性によって日本国内のイノベーションを誘発したりすべきである。


2023.2.23日経新聞  2023.2.3日経新聞      2022.12.9第一生命

(図の説明:左図のように、親の公立学校教育への不信感から私立小中の受験が多くなり、親の教育費負担が大きくなっていると同時に、親の経済力による子の教育格差も生まれている。また、中央の図のように、理想の数の子を持てない理由には不動産価格高騰による住宅の狭さも上がっている。そのため、右図のように、20代・30代で児童のいる世帯の割合は次第に年収の高い層にシフトしている。従って、過度な少子化の根本的対策は、①公立学校教育の質の充実 ②都市集中ではなく地方分散 ③物価上昇政策ではなく物価安定 ④保育サービスの質と量の充実 ⑤親世代の確実な収入 などであろう)

*5-1-1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA275NS0X20C23A2000000/?n_cid=BMSR3P001_202302281429 (日経新聞 2023年2月28日) 22年の出生数79.9万人 3年で10万人減、人口減も加速、出生率・少子化
 厚生労働省は28日、2022年の出生数(速報値)が前年比5.1%減の79万9728人だったと発表した。80万人割れは比較可能な1899年以降で初めて。国の推計より11年早い。出産期にあたる世代の減少に加え、新型コロナウイルスの感染拡大で結婚や出産をためらう人が増えた。給付や保育の向上で若い世代の経済不安を和らげ、出産に前向きになれる社会に変える必要がある。出生数は7年連続で過去最少を更新した。22年の出生数は19年の89.9万人より10万人少ない。出生数が最も多かった1949年の269.6万人に比べると、22年は3割に満たない。急速な出生減の主因はコロナ禍での結婚の減少だ。19年に60万組を超えていた婚姻数が22年は51万9823組にとどまった。日本では結婚から出生までの平均期間が2年数カ月とされる。ここ数年の結婚減の影響が22年の出生減に色濃く出た。コロナによる行動制限は和らいだものの、出生数が反転する兆しは見えない。22年の出生数を月ごとに見ると12月は前年同月に比べて6.8%減った。減少率は4カ月続けて拡大している。年間の減少率も22年は5.1%で、21年の3.4%減より大きい。人口の動きは日本経済の成長力や社会保障の持続性を左右する。国立社会保障・人口問題研究所が17年に公表した最新の推計では、基本的なシナリオとされる出生中位の場合に出生数が80万人を下回るのは33年だった。実際には11年も前倒しとなった。低位では21年に77万人となって80万人を割る想定で、現状は最も悪いシナリオに近い。人口減も加速している。死亡数は8.9%増の158万2033人で過去最多を更新した。新型コロナによる死亡が影響した可能性がある。出生から死亡を引いた自然減も78万2305人と過去最大だ。減少幅は21年より17万人ほど広がった。今回の速報値は外国人による出産や死亡などを含む。日本人のみの出生数や合計特殊出生率は6月に公表予定だ。減少ペースをもとに、加藤勝信厚労相は2月に「77万人前後になるのではないか」との見方を示した。日本の社会保障制度は持続可能性を問われる。高齢者自身の負担に加えて、現役世代が果たす役割が大きいためだ。年金や医療、介護など約130兆円の給付費の財源のうち、現役が多くを拠出する保険料は全体の半分以上を占める。出生が減れば、高齢者を支える将来世代が減る。保険料の引き上げなど一段の負担増が避けられなくなる。岸田文雄首相は政権の最重要課題として次元の異なる少子化対策を掲げ、3月末をメドに具体策をまとめる。

*5-1-2:https://ryukyushimpo.jp/kyodo/entry-1667944.html (琉球新報 2023年2月24日) 「へんてこ倍増論」と批判続出 木原副長官の子ども予算発言
 岸田政権が掲げる子ども予算倍増を巡り「出生率がV字回復すれば実現される」との木原誠二官房副長官の発言に反発が相次ぐ。出生率回復という「目的」と、実現するための予算倍増という「手段」の順序が逆転した考え方に対し、野党は「へんてこな倍増論。見識がない」(立憲民主党の泉健太代表)と批判した。与党からも疑問視する声が上がった。木原氏の発言が出たのは21日のBS日テレ番組。予算倍増の期限は区切っていないと強調し「子どもが増えれば、それに応じて予算は増える。出生率がV字回復すれば、割と早いタイミングで倍増が実現される。(少子化対策で子どもが増える)効果がなければ、倍増と言ってもいつまでたってもできない」と述べた。泉氏は24日の記者会見で「子どもが増えれば、いずれは倍増になるというへんてこな倍増論。恐ろしく見識のない発言で、官邸の中の子育て予算倍増の中身がないことの表れだ」と指摘した。自民党の三原じゅん子氏はツイッターで「え?『予算倍増』ってそういう意味で使ってたの?」と疑問を呈した。

*5-1-3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA1719H0X10C23A2000000/?n_cid=SPTMG002 (日経新聞 2023.2.17) 子ども予算倍増、松野官房長官「基準まだ整理中」
 松野博一官房長官は17日の衆院予算委員会で、子ども予算に関する政府内の答弁について発言した。岸田文雄首相は家族関係支出を国内総生産(GDP)比2%から倍増すると答弁した。松野氏はこの点に触れ「どこをベースとして将来的に倍増していくかはまだ整理中だ」と述べた。首相は15日に「家族関係社会支出は2020年度でGDP比2%を実現した。それをさらに倍増しようと申し上げている」と話した。松野氏は16日に「将来的な倍増を考えるベースとしてGDP比に言及したわけではない」と首相発言を事実上修正した。野党は反発を強めている。立憲民主党の梅谷守氏は17日の予算委で松野氏の見解をただした。「異次元の少子化対策と銘打って臨んだ国会なのにこれではよくわからない」などと指摘した。共産党の田村智子政策委員長は同日の記者会見で「無責任が過ぎる。首相にビジョンがないからだ」と訴えた。

*5-1-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230228&ng=DGKKZO68812670X20C23A2PD0000 (日経新聞 2023.2.28) 首相、子育て予算「数字ありきでない」 倍増の基準明示せず 立民「説明が不十分」
 岸田文雄首相は27日の衆院予算委員会で政府が掲げる子ども予算倍増のベースとなる基準について重ねて明示を避けた。「中身を決めずして最初から国内総生産(GDP)比いくらだとか今の予算との比較でとか、数字ありきではない」と語った。政策を整理した上で6月にまとめる経済財政運営の基本方針(骨太の方針)で大枠を示すと主張した。首相は15日の予算委で家族関係社会支出が2020年度に「GDP比2%を実現している」と紹介した。続けて「それをさらに倍増しようではないかと申し上げている」と答弁した。家族関係社会支出は経済協力開発機構(OECD)の基準で計上され、児童手当や保育サービスなどへの支出を示す。20年度は10.7兆円でGDP比は2.01%だった。首相発言を巡り、同支出をGDP比で倍増する意向だとの見方も多かった。政府はその後、倍増の基準を巡り「まだ整理中」と説明し、首相発言を軌道修正した。首相も22日の予算委で「政策の内容を具体化した上で必要な財源を考える。中身はまだ整理している段階だ」と発言した。首相は27日の予算委で「ベースになる政策をまず精査する」と言明した。「そしてその政策の予算を倍増しようと言ってるわけだから、政策を整理せずして数字をまず挙げろというのは無理な話だ」と強調した。立憲民主党の山岸一生氏は「説明が不十分だ。首相の腰が定まっていないから混乱をもたらしているのではないか」と批判した。首相は「今年の初めから一貫して大きな方向性を説明しており適切だ」と反論した。国立社会保障・人口問題研究所によると、2018年度の家族関係社会支出のGDP比は日本が1.63%だった。少子化対策が進んでいるとされるスウェーデン(3.46%)やフランス(2.81%)を大幅に下回った。政府が掲げる子ども予算倍増を巡り、野党は出生率が上がれば早期に倍増が実現されるとした木原誠二官房副長官の発言も追及した。木原氏は「子どもが増えれば予算は倍増する、というようなことは申し上げていない」と否定した。「社会保障予算の特性として、子どもが増えればそれに応じて予算が増える面もあると紹介した」と指摘した。出生率の上昇傾向がどうなるかによって「倍増が実現するタイミングが変わりうる」という趣旨だったと訴えた。首相も「発言全体としてはこれまでの政府の説明と齟齬(そご)があると考えていない」と話した。木原氏は21日に出演したBS日テレ番組で子ども予算を巡り「出生率がV字回復すれば割と早いタイミングで倍増が実現される」と発言していた。

*5-2-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15557859.html?iref=comtop_Opinion_03 (朝日新聞社説 2023年2月17日) 子育て支援 効果と要望、見極めて
 子育て支援をめぐり与野党から様々な提案が出ている。活発な論戦は歓迎だが、耳目を集めやすい標語を競うだけなら空回りになる。岸田首相の「予算倍増」も答弁が1日で修正されるなどあやふやだ。政策の目的と予想される効果を整理し、子育て世代の要望を確認しながら、議論を深める必要がある。与野党が取り上げている論点の一つが、児童手当の所得制限だ。旧民主党政権時代の「子ども手当」は所得を問わず支給されたが、自民党がばらまきだと批判し、制限を復活させた。その自民党が一転、撤廃で野党と足並みをそろえた。「N分N乗」と呼ばれる仕組みも話題になっている。子どもも含めた世帯人数をもとに所得を割り算して税率を決める方法だ。所得が多くても扶養家族が多いと税金が安くなる。いずれも子育て世帯の経済的な負担を軽くする手法ではある。ただ、その効果や限界にも、きちんと目を向けなければならない。児童手当の所得制限の対象は全体の約1割で、撤廃の影響は限られる。一方で、支給対象をいまの「中学生まで」から「18歳まで」に広げるのか、子どもの多い世帯の手当を手厚くするのかといった論点もある。拡大の範囲によって、必要になる財源も膨らむ。どういう時間軸で、何をどこまで進めるのか。議論の本丸はむしろそちらであることを忘れてもらっては困る。N分N乗方式は、所得が高いほど減税効果が大きい。半面、納税者の6割を占める中低所得者には利点が全くない。専業主婦世帯に有利で、「女性活躍」の流れにも合わない。こうした議論がにわかに活発になったのは、首相が年頭に「児童手当を中心とする経済的支援」の強化を前面に掲げたためだ。4月の統一地方選も、各党が現金給付や減税といった「支援」を競い合う状況に拍車をかけているだろう。だがそもそも、経済的負担の軽減は、収入が不安定で結婚や出産をためらう若者への支援が必要という問題意識が出発点のはずだ。本来の目的に照らして何が効果的な政策なのか。原点に立ち返って考えるべきだ。新しい提案の陰で、喫緊の施策が後回しにされるようなことも、あってはならない。政府の有識者会議は昨年末、育休制度の外にいる非正規雇用の働き手やフリーランスの人たちへの支援強化などの検討を急ぐよう求めている。保育の現場では、人手不足が深刻な保育士の待遇改善、職員の配置基準の見直しを求める声も強い。早急な具体化が必要だ。

*5-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230221&ng=DGKKZO68636920R20C23A2MM8000 (日経新聞 2023.2.21) 育児支援、多様な働き方とズレ 出産を機に退職→再就職なら 総額、育休取得者の1割
 働き方の多様化に育児支援が追いついていない。民間の調査では、出産を機に退職して再就職するといった場合、企業などの育児休業(総合2面きょうのことば)を利用する人と比べて支援総額が10分の1程度になるとの試算がある。学び直しによる転職などで労働市場を流動化しつつ、出生率を高めていくためには新たなニーズに対応した支援が急務になっている。政府は20日、こども政策の強化に関する関係府省会議を開いた。保育サービスの強化を巡り有識者から意見を聞いた。岸田文雄首相は会議で「次元が異なる子ども・子育て政策を進め、日本の少子化トレンドを何とか反転させたい」と述べた。大和総研の調査では、育休を取得して子どもが2歳になるまでに復帰した人への育児支援は601万~929万円程度あった。育児休業給付のほか、保育所に預けられる価値などを現金換算して試算した。退社した人や、もともと専業主婦だった人が、子どもが3歳になるまで在宅で育児する場合は69万円にとどまる。
●家計難で子1人
 出産に関する人生設計の希望を女性に聞いたところ、育休を使って企業に勤め続ける人が46%、一度退社して育児を経て再就職する人が35%、専業主婦が19%だった。01年度時点では正社員の女性は「仕事か子どもか」を迫られ、出産しづらい状況がみられた。10年ごろからは社会保険に加入する正社員らの粗出生率は上がり、専業主婦らの被扶養者は下がった。これまでの政府の少子化対策が、仕事を辞めずに育児休業をとる人らの支援が中心だったことが背景にある。保育所の拡充などで待機児童は直近のピークだった17年の2万6081人から22年には2944人に減った。出産を機に退社したものの育児を経て転職する人などの支援の拡充は遅れ気味だ。経済的な理由から子どもを1人にとどめる家庭もある。半数超を占める退社・専業主婦の育児希望者への支援は、労働力の増加や出生率の向上のカギを握る。例えば一度退社して再就職する際に学び直しで新たなスキルを身に付けて成長産業に移るケースなどもある。働いてなくても保育所を使いやすくすれば、学校などにも通いやすくなる。
●「小1の壁」課題
 小学校入学を機に子どもの預け先に困り、仕事との両立が難しくなる「小1の壁」の課題も指摘されている。自治体やNPO、民間企業が運営する学童保育(放課後児童クラブ)は開いている時間が短く、親の帰宅が間に合わない場合があるためだ。学童に入所を希望しながらも入れない「待機学童」は22年5月時点で1万5180人に上った。政府や自治体は、学童の職員になるために必要な指導員資格の取得を広く呼びかけ、担い手の増加をめざしている。政府は児童手当の拡充や子育て世代の働き方改革も含め、3月末をメドに具体策をまとめる。児童手当の拡充といったこれまでの取り組みの延長だけではなく、女性の働き手の拡大や転職の増加といった足元の働き方の変化にも着目し、支援の網の目から漏れない効果的な対策が求められる。

*5-2-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230223&ng=DGKKZO68711150S3A220C2PD0000 (日経新聞 2023.2.23) グローバル教育政策を読む 各国に学ぶ(下)日本、高まる公立不信 インター校活用、なお途上
 大都市部を中心に風物詩となった1~2月の中学受験。試験日が集中する2月1日には各地の私立中などで小学6年生が試験問題と格闘する。受験の情報を提供する首都圏模試センターの推定によると、2022年の首都圏の私立中と国立中の受験者数は5万1100人だった。年々増加しており小学6年生に占める受験者数の割合は17.3%にのぼった。公立学校の教育に不信感を持つ親が私立の小中などの受験に向かう。同様の考えを持ち経済的に余裕がある家庭は子どもに将来国際社会で活躍するキャリアの選択肢を与える。そのためインターナショナルスクール(インター校)への入学も視野に入れる。岩手県八幡平市の安比高原に英国の私立校「ハロウスクール」のインター校「ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン」が22年に設立された。ハロウスクールは北京やバンコクにも拠点を置く。全寮制で11~18歳に英国式教育を提供する。英国式のインター校を世界で展開するマルバーン・カレッジは23年9月、東京都小平市に「マルバーン・カレッジ東京」を開校する。世界共通の大学入学資格につながる教育プログラム「国際バカロレア(IB)」を導入する。インター校は日本で働く外国の人材が子どもを通わせる例が多い。金融庁の21年の委託調査によると、海外から来た駐在員に尋ねた「養育環境」は日本は40カ国・地域のうち30位にとどまる。1位はシンガポールで中国は19位に位置する。調査は政府や地方自治体による助成の不足、教員確保への支援の必要性を指摘する。日本人の子どもも通学できるインター校はあるが「日本人は日本の学校に行くべきだという社会通念」が根底にあると強調する。インター校以外にも国際教育を導入する学校は増加する。グローバル人材の育成を目指すIB校は22年末時点で日本国内に191校ある。文部科学省はIBを推奨するが、専門の教員の養成や施設整備にかかる資金不足など課題も多い。日本のインター校は授業を主に英語でする。児童・生徒は外国人主体で、法令上の規定はない。学校教育法上の「1条校」のインター校もあるが、多くは法律上の「各種学校」か無認可だ。日本国籍を持つ子どもが1条校以外に通った場合、その保護者は就学義務を履行したことにならない。地域によっては高校などに進学する場合、中学校卒業程度の学力を認定する試験を受けなければいけない。文科省によると1条校に分類しないインター校は現在国内に80校ほどある。高校などの卒業資格が得られ補助金も出る1条校が軸の日本の教育制度でインター校を奨励するのには限界がある。「文科省は1条校でないとだめだという考え方に固執せずに、ウィングを広げることが必要な時代になってきた」(中川正春元文科相)という議論は国会に一部ある。既存の1条校との関係もあり、政府や各党で問題意識は広がっていない。

*5-2-4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA03D3B0T00C23A2000000/ (日経新聞 2023.2.11) 少子化に映る家族のかたち 子育て分担、もう一つの柱
「みなさんの地域は子育てを理解してくださっている雰囲気があるのだと思う」。岸田文雄首相は4日、福井県坂井市で開いた子育て当事者との対話で語りかけた。福井県は仕事と出産・育児の両立が進んでいると指摘される。2020年の国勢調査で就業者と求職者の割合を示す労働力率をみると、20〜60歳代の女性は全国47都道府県で最も高い。合計特殊出生率も21年は1.57で、全国の1.30を上回った。背景として住宅事情などとともに「親の力」を借りやすい環境が考えられる。20年の国勢調査で施設などを除いた全世帯に占める3世代世帯の比率は11.5%だった。山形県に次ぐ全国2位の高水準だ。全国でみても、3世代世帯の割合が大きい県は女性の労働力率が高い傾向がうかがえる。首都圏や関西圏の大都市部は様相が異なる。3世代世帯の比率は東京都が1.3%と最も低い。大阪府と神奈川県は2%台、京都府や兵庫、埼玉、千葉の各県は3%台だ。20〜60歳代女性の労働力率に目を転じると埼玉、千葉、神奈川、大阪、兵庫は47都道府県で40位以下になる。大都市部は合計特殊出生率の低さも目立つ。21年の東京は1.08で全国最低だった。千葉は1.21、埼玉、神奈川、京都は1.22と全国を下回る。若い世代が多いこれらの都府県で仕事と出産・育児の両立が難しい状況が浮かぶ。3世代世帯の割合は全国的に縮小が続く。2000年の10.1%から20年は4.2%まで落ち込んだ。政府や多くの地方自治体は3世代の同居や近くに住む「近居」を後押ししてきた。祖父母の子育て参加を促し、独居高齢者を減らす視点で住宅の増改築に補助金を用意した。それでも3世代世帯の減少の流れは変わらない。進学や就職、転勤などを機に地元を離れた人にとって近隣に頼れる身内がいないことは珍しくない。特に人口移動の規模が大きい大都市部などは親族らと離れて暮らす人も増えがちだ。出身地に家族がいて、働く場所にも恵まれれば移住する選択肢もあるだろう。現実はそれぞれ仕事や家族の事情で容易でない場合も多く、そもそも頼れる両親らがいるとも限らない。親との同居や近居を子育ての前提にするのには限界がある。子育てを巡っては家族内の負担の偏在もある。経済協力開発機構(OECD)の20年の国際比較で日本は女性の子育てや家事などの「無償労働」の時間が男性の5.5倍だった。米国や英国、ドイツなどで2倍未満なのと比べ偏りが大きい。日本は特に男性で勤務先などでの有償労働が長く、無償労働が短い特徴がある。夫が育児を担えず、ほかに子どもを預けられる人や場所が見つからなければ妻が抱えこむ「ワンオペ育児」に直結する。通常国会は子育てが論戦の主要テーマに浮上した。論点に挙がる児童手当、保育・教育の無償化の拡充は経済的な負担を社会全体で分かち合う発想といえる。費用の面で出産・育児を諦めない環境をつくるのは少子化対策の柱だ。同時に子育ては子どもの命を守り、発達を支える人の力が必要になる。首相は8日の衆院予算委員会で「社会全体で応援していく雰囲気をつくることが重要だ」と答弁した。親や妻の力を頼みにしては広く支えることにはならない。政府の少子化対策は大都市部も含めてワンオペにならないよう分担できる環境を整える視点が欠かせない。

*5-3:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/994871 (佐賀新聞論説 2023/2/24) 入管難民法改正案 抜本改革につなげたい
 政府は、2021年に廃案となった入管難民法改正案を今国会に再提出する方針を固めた。難民認定申請中は不法滞在したり、事件を起こしたりして在留資格のない外国人を本国に強制送還する手続きを停止するという現行の規定を見直し、申請による送還停止を原則2回までに制限する。3回目以降は、相当の理由がない限り認めない。送還逃れに制度が乱用され、収容の長期化につながっているためとしている。一方で、逃亡の恐れなどがなければ原則として入管施設に収容せず、収容中も3カ月ごとに継続の可否を見極めるなど、2年前に当初案を巡る与野党の修正協議でいったん大筋合意した内容の一部を取り入れた。とはいえ、強制送還を妨害した場合の罰則を懲役1年から6月に引き下げたり、上限が定められていない入管施設への収容期間を6カ月以内としたりする合意内容は、今回の改正案に反映されなかったという。修正協議は最終的に決裂したが、協議前の当初案とほとんど変わらない中身に、野党や外国人支援団体などは反発を強めている。近年、入管行政を巡っては内外で、収容中の人権問題や受け入れより送還を重んじる対応に批判が噴出。本来は難民として保護されるべき外国人が保護されていないのではないかという懸念も拭えない。抜本的な改革につなげるため、活発な国会論戦が求められる。出入国在留管理庁によると、外国人の非正規滞在者は22年7月時点で約5万8千人。摘発されて強制退去処分を受けるなどすると、大半は自主的に帰国するが、一部は退去を拒否。21年12月末時点で3224人に上り、半数の1629人が難民認定申請中だった。本国に帰ると、人種や宗教、政治的意見などを理由に迫害される恐れがあるとの主張が認められれば、難民として保護される。ただ日本の難民認定率は1%に満たず、諸外国に比べて桁違いに低い。繰り返し申請を退けられ、裁判で争った末に認定された人もいる。誤って送還すれば、生命にも関わる。21年4月、国際的な難民保護を進める国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は当時の当初案でも柱だった送還停止の回数制限について「難民条約で送還が禁止される国への送還の可能性を高め、望ましくない」と指摘した。また、その前月、名古屋出入国在留管理局で収容中のスリランカ人女性が死亡。5カ月後に調査報告書がまとまり、当時の法相は記者会見で「送還することに過度にとらわれるあまり、収容施設として人を扱っているという意識がおろそかになっていた」と述べた。そうした批判や反省を踏まえてもなお強制送還の徹底にこだわり、当初案の骨組みを維持して改正案を再提出しようとしていることに疑問を禁じ得ない。それ以前に取り組むべき課題は多い。専門家からは▽難民認定を担当する独立行政機関を創設し、法務省・入管庁から業務を移管▽難民申請者の事情聴取に弁護士を立ち会わせる▽身柄を拘束する収容について裁判所がチェック―などが提案されている。いずれも、出入国の管理や支援・保護を安定させるためには欠かせないだろう。まず、これらを丁寧に議論し、手続きの透明性・公正さと人権尊重を担保する仕組みを整えることを考えたい。

<リーダーに女性が少ないことのディメリット(1)
  ← 生命を護るための食料安全保障・環境・生態系・エネルギー安全保障・財政の軽視>
PS(2023年3月6、20日追加):*6-1-1は、①港湾で藻場を整備してCO2を吸収する「海洋植物の森」 が国交省の後押しで全国に広がっている ②国内大手企業が地元関係者と連携して藻場の整備を進めている ③アマモ・昆布・ワカメなどの海洋植物は、光合成により海水に溶け込んだCO2を吸収するので温暖化抑制効果が世界的に注目を集め、日本も脱炭素への有力手段に位置づける ④日本製鉄は全国6カ所で漁協はじめ地元関係者と組んで藻場の整備に乗り出し、海藻の生育に役立つ鉄鋼スラグ加工資材(施肥材)を提供 ⑤ENEOSホールディングスはウニの食害で減少した藻場の回復に取り組んでいる ⑥世界の浅い海域でのCO2吸収量は年40億トンに達するとの試算があり、陸域吸収量年73億トンの半分ほどで、日本の沿岸では年約130万~400万トンの吸収量が期待できる ⑦2030年には森林などのCO2吸収量の2割ほどになるという研究もある ⑧国交省は環境省などと連携してブルーカーボン事業の拡大を後押しし、護岸など港湾設備の設計基準を海洋生態系と共生できるようにする見直しを進める 等と記載している。
 まず、昆布・ワカメ・ウニは日本で自給できる優れた食材なのだが、⑤のように、「食害がある」という理由でウニは邪魔者扱いされることが多い。しかし、自然界で増えすぎたウニでも、採取して野菜くずに海藻を混ぜたものなどを餌にすれば蓄養することができ、蓄養場所はウニが生息していた海域でもよいし、*6-1-2のような陸上でもよい。また、ウニのフンを利用した農業用肥料もでき、循環型農業・水産業のモデルにもなりそうだ。また、①③⑧は事実だと思うが、海洋国家の日本にしては気づくのが遅すぎた上、海藻は速いスピードで三次元に成長するため、⑥⑦は海の広さと海藻を過小評価していると思う。何故なら、日光のあたる浅い海でなくても、海洋風力発電機に藻場を敷設すれば海藻が育つと同時に魚介類も増えるからである。そのため、②④のような一般企業が、自社の副産物や人材を使って食料や環境の分野に進出するのは大変良いと思う。
 一方、富山県では、*6-1-3のように、「マイワシが大漁で網を独占し、ホタルイカの水揚げがほぼ0になった」そうだが、九州出身の私は「ホタルイカのような小さなものより、マイワシの方が栄養豊富で美味しいし、大漁なら魚粉にして*6-2-1のような養殖魚や鶏の餌にもできるのに」と思う。また、*6-2-2には、魚粉が過去最高値で養殖業に打撃を与えていると記載されているが、それこそ食物残差・野菜くず・昆虫・海藻・ミドリムシなどで混合飼料を作ればよいと思われる。さらに、*6-2-3のように、日鉄エンジニアリングが、2023年度からAI・水中カメラ・自動給餌のシステムを総合的に提供し、沖合養殖を自動化して、エサやり作業時間1/4分以下、海上での労力ほぼ0 にするそうだが、国産の安価な飼料と餌やりの自動化ができれば、安価に養殖でき、食料安全保障にも大いに寄与するだろう。
 なお、*6-3-1のように、日本の排他的経済水域やその周辺の公海に、国際社会で需要が高まっているレアアースを豊富に含む「レアアース泥」が大量に堆積していることが明らかになってから10年が経ち、日本が「資源のない国」から脱する可能性が高いにもかかわらず、いつまでも「日本は資源のない国、資源のない国」と念仏のように唱えてアクションを起こさない政府やメディアには愛想が尽きる。つまり、数百年分の量が海底に眠っているとされる海底レアアース泥を採掘していないわけだが、速やかに採掘してわが国が資源輸入国から資源輸出国に転じれば、エネルギー安全保障が満たされ、世界で存在感を増すことができると同時に、国が採掘料を課すことによって国の税外収入を増やせるのである。もちろん、*6-3-2のように、100カ国以上の参加で世界中の公海の生物多様性保全と持続的な生態系活用を目指す新たな国際協定が合意され、海の環境保護が重要なのは当然のことだが、だからこそ環境保護と「レアアース泥」の採掘を両立させる技術を早急に完成させて実行しなければならないのである。
 毎日新聞が、*6-4-1のように、⑨全国各地でウニが藻場を食い荒らして磯焼けを生じさせているが ⑩国産ウニは2022年には約2万4000円/kgと高騰しているため ⑪神奈川県水産技術センターがムラサキウニを採取して春キャベツを3カ月間食べさせたところ、身が増えた上に味が向上し ⑫2020年に「キャベツウニ」と商標登録した ⑬鳥取県は白ネギ・20世紀ナシを与えたが駄目で、ブロッコリーは身の入りも良くなっているようだった ⑭愛媛県愛南町はガンガゼにブロッコリーを与え、販売を始めたが売上目標は高くない 等と記載していた。
 しかし、*6-4-2のように、宮城水産高が宮城県漁協寄磯前網支所の協力で石巻市前網浜沖で5月下旬に採取したキタムラサキウニ200個を同校の栽培漁業実習場の畜養プールに移し、キャベツ・白菜・ホヤ・昆布の4種類の餌を50個ずつのウニに与えて約2カ月育てたところ、どの餌で育てた場合も成長はよく、味はキャベツが最も甘みが強くて白菜は野菜の風味をやや強く感じ、ホヤは独特の苦みが強くなり、昆布はウニの味を良くしてうま味が強まったそうで、指導した鈴木主幹教諭は「餌の組み合わせを工夫したり、農業高校と協力して廃棄に回さざるを得ない野菜を活用したりして、SDGsも意識した実験、取り組みを模索したい」という方向性を示されたそうだ。私も組み合わせが大切だと思うが、わざわざネギやナシなど野生のウニが食べないものを与えなくても、野生のウニはアマモ(イネに似た細長い葉をもつイネ科と同じ単子葉類の草本)も食べているため、イネのひこばえは安価でウニに好まれる餌になると思う。

*6-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230221&ng=DGKKZO68633210Q3A220C2EP0000 (日経新聞 2023.2.21) 港湾でCO2吸収 「海洋植物の森」 広がる藻場整備、国交省後押し
 海藻などの海洋植物を育て、二酸化炭素(CO2)を吸収させる「ブルーカーボン」事業が全国の港湾に広がりつつある。国内の大手企業が地元関係者と連携し、藻場の整備を進めている。温暖化抑制の効果は世界的に注目を集め、日本も脱炭素への有力な手段に位置づける。国土交通省は全国の港湾で調査に乗り出し、普及につながる制度を検討する。日本製鉄は2022年秋に北海道増毛町や三重県志摩市など全国6カ所で、漁業協同組合をはじめとした地元関係者と組んで藻場の整備に乗り出した。藻場には鉄鋼を製造する際に副産物として出る鉄鋼スラグを加工した資材(施肥材)を提供する。スラグには海藻の生育に役立つ成分が含まれている。日鉄はこれまで全国約40カ所で同様の取り組みを実施してきた。18年からの5年間で海藻が吸収した49.5トン分のCO2はカーボンクレジット(削減量)として認められた。国交省も「大手企業の先進的な事例」として評価する。ENEOSホールディングスも大分、山口両県でウニの食害で減少していた藻場の回復に取り組んでいる。Jパワーや住友商事、商船三井など幅広い業種の大手がブルーカーボンに関連したプロジェクトに参画している。アマモや昆布、ワカメといった海洋植物は光合成により、海水に溶け込んだCO2を吸収する。国連環境計画(UNEP)は09年の報告書で、ブルーカーボン生態系を温暖化対策の有力な選択肢として示した。世界の浅い海域でのCO2吸収量は年40億トンに達するとの試算もある。陸域の吸収量である年73億トンの半分ほどだ。日本の沿岸で年約130万~400万トンの吸収量を期待できるといい、30年には森林などのCO2吸収量の2割ほどになるといった研究もある。港湾を所管する国交省は環境省などと連携し、ブルーカーボン事業の拡大を後押しする。23年度末をめざし、全国に約1000カ所ある港のすべてで、藻場の整備に向けた実地調査やCO2の吸収効果の検証などに取り組む。ブルーカーボン事業に取り組んだり、関心をもっていたりする企業や漁協、地方自治体、NPO法人などをつなぎ、先行事例のノウハウを伝える。新たなプロジェクトの立ち上げを支援する仕組みも検討する。護岸など港湾設備の設計基準について、海洋生態系と共生できるようにする見直しも進める。一部の企業が導入しているカーボンクレジット認証の普及拡大も狙う。政府は50年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロにする方針をかかげる。四方を海に囲まれた日本で港湾の脱炭素は重要なテーマとなる。

*6-1-2:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC159CY0V10C23A2000000/ (日経新聞 2023年2月21日) 埼玉発、海なし県で育つウニ 年内出荷へ始動
 埼玉県でウニを陸上養殖するプロジェクトが県内の温浴施設で本格的に始まった。養殖技術を持つ一関工業高等専門学校(岩手県一関市)が全面協力し、2023年内の出荷開始を目指している。コスト削減やウニの調達方法など課題は少なくないが、実現できれば「海なし県」の埼玉で、海産物が新たな特産品となる可能性を秘める。「陸上養殖の先駆けになるよう頑張りたい」。22年12月中旬、埼玉県久喜市内で開かれたウニ養殖プロジェクトの発表会。久喜市で温浴施設「森のせせらぎ なごみ」を運営する山竹(同市)の山中大吾専務は抱負を語った。新型コロナウイルス禍で本業の温浴施設の利用客が大幅に減少。厳しい経営状況が続く中、起死回生の新規事業の一つとして21年から取り組み始めたのがウニの陸上養殖だ。海に接していない埼玉県にはウニの養殖技術を持つ人はいない。そこでウニ養殖の研究で知られる一関高専の渡辺崇准教授を頼った。山中専務が渡辺氏に相談し、技術面での全面協力を取り付けた。今回の計画では海水を循環させる「閉鎖循環式」の陸上養殖システムを採用する。水質をオゾンで浄化するのが特徴で、人工知能(AI)カメラを使った自動餌やり機や、温浴施設の温水と地下冷水を使った水温管理システムの導入、再生可能エネルギーの活用など、最新のシステムを構築。5月をメドに養殖用水槽を試運転する考えだ。オゾンによる浄化は水中に毒性がある物質が残る欠点があり、これまでほとんど普及していなかった。一関高専が今回の計画にあたり、有害物質を問題のない水準に低減する技術を確立し、特許出願した。今後は運用コストの低減が課題になる。ウニを仕入れる業者の確保にもメドが立った。青森県の沿岸部にウニを畜養する拠点を設けることを目指し、継続的に調達できるように調整を進めている。本格出荷に向けてまずは6千個のウニを育てる計画だ。養殖ウニの出荷が軌道に乗れば、温浴施設や久喜市にもメリットがある。久喜市にはJR宇都宮線と東武伊勢崎線が乗り入れる久喜駅があるが、市内には観光拠点が少ない。市は養殖ウニが人を呼び込むきっかけになると期待する。施設では成長が早い別の種類のウニの養殖、ヤマメなど魚の養殖も検討している。久喜市や周辺地域では、イチゴやナシ、野菜などの農業が盛んだ。ウニのフンにワカメの端材などを混ぜれば、農業用肥料に転用できる可能性もあるという。渡辺氏は「循環型の農業・水産業のモデルにしたい」と意気込む。水産庁によると、日本の水産業で養殖が占める割合は25%程度。過度な漁獲や漁業の人材不足が課題となるなか、世界の養殖の割合は50%を占める。埼玉県内では他にも、温浴施設などを運営する温泉道場(埼玉県ときがわ町)が同県神川町の温泉施設でサバの陸上養殖に取り組んでいる。埼玉から「海の幸」の名産品が生まれる時代は来るのか。プロジェクトの行方が注目される。

*6-1-3:https://news.yahoo.co.jp/articles/bde096feb12ce74f0412c7ba683272971748b2fd (Yahoo、北國新聞 2023/2/20) ホタルイカ漁、マイワシが妨害? 大漁で網「独占」水揚げほぼゼロ 3月漁解禁、富山県射水・新湊
●滑川沖に影響懸念
 射水市の新湊沖で例年2月にホタルイカ漁の書き入れ時を迎える定置網漁の漁師らがマイワシの豊漁に頭を悩ませている。全国的に安値の続くマイワシが大漁となり、旬のはしりで高値の期待できるホタルイカの水揚げはほぼゼロに近い状態。燃料費高騰とのダブルパンチで出漁を見合わせる漁師も出てきた。漁業関係者の間では、3月1日の解禁を控え、滑川市沖の漁への影響を懸念する声も上がる。富山湾の春の風物詩である「ホタルイカ漁」は3月1日解禁の滑川市沖の知名度が高い。しかし、2月の漁獲量では昨年、新湊沖が2671キロと最も多く、1キロ1万円前後の浜値が付いたこともある。新湊沖では、漁港から10分程度で着く漁場に定置網を仕掛けており、本来なら2月に入るとホタルイカが多く掛かるようになるが、今月はマイワシの豊漁が続いている。新湊漁協によると、原因は判然としないものの、マイワシが豊漁になると、ホタルイカの漁獲量が減る傾向にある。両方が網に入ると、マイワシのうろこでホタルイカが傷ついたり、仕分け作業に時間を要したりするため、漁師の間でこの時季のマイワシは「厄介者」として扱われる。定置網漁に従事する新湊漁協理事の岩脇俊彦さん(42)は「今月上旬からマイワシが一気に増えた。尋常じゃないくらい入り、重さに耐えきれず網が破けてしまうのでないかと心配するほどだった」と話す。岩脇さんによると、乗船する漁船「恒久丸」の18日の漁獲量はマイワシ約12トンに対し、ホタルイカは10匹程度で、「この状態がしばらく続けば、呉東地区のホタルイカ漁にも影響するのではないか」と懸念した。マイワシの浜値は現在、1キロ当たり30~500円で推移しており、赤字を見越して出漁を見送る漁師もいる。刺し網漁の東海勝久さん(47)によると、この時季はウスメバル(ヤナギバチメ)やノドグロなどが取れるが、網目に多くのマイワシが絡まり、狙っている魚の掛かるスペースがほとんどない状態。東海さんは出漁するだけで高騰する燃料費や人件費などが必要になり、高値の付きにくいマイワシが掛かると大赤字になると説明し、「店頭に安く並んで喜ぶ人も多いと思うが、漁師にとっては死活問題だ」と声を落とした。
●多い日で200トン
 富山県水産研究所の瀬戸陽一副主幹研究員によると、多い日でマイワシの1日の漁獲量が200トン近くになっており、「まだ水温が上がる時季ではなく、しばらくマイワシ豊漁が続く可能性は大きい」と述べた。

*6-2-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230301&ng=DGKKZO68852220Y3A220C2TB1000 (日経新聞 2023.3.1) 漁獲高、ピーク時の1/3 食料安保、養殖拡大が課題
 水産庁によると、日本の2020年の漁獲量は423万トンで、ピーク時(1984年)の約3分の1に落ち込んだ。一方で世界の漁獲量は2億1400万トンで、同期間で約2.4倍に拡大した。日本では天然魚を獲る漁業が大幅に減り、適地が限られた沿岸を中心とする養殖業は100万トン前後で横ばいが続く。日本はブリ類やマダイなどを戦略的養殖品目に定めるが、この2種類の20年の生産量は30年の目標に対し、4割ほど足りない。世界の魚介の消費は増え、食料安全保障の懸念は高まっている。世界の漁獲量のけん引役は養殖業だ。ノルウェーではサーモンなどの大規模な沖合養殖が盛んで、水産システム大手のAKVAグループなどが遠隔管理の先端技術を提供。沿岸よりも沖合での養殖の方が海への影響は少なく、欧州が先行する。近年は陸上養殖の技術開発も進む。ただ陸上は生産を管理しやすい半面、水の交換や管理にコストがかかる。長崎大学の征矢野清教授は「欧州では完全養殖が主流だ。漁業は燃料価格の高騰、担い手の減少など課題が多い。地域や魚の種類に応じ、日本も沖合と陸上の両輪で養殖を拡大すべきだ」と指摘する。

*6-2-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/989838 (佐賀新聞 2023/2/13) 魚粉が過去最高値、養殖業に打撃、20年で3倍に、21県が支援へ
 世界的な養殖魚の需要拡大に円安が重なり、飼料となる魚粉は2022年、輸入価格が1トン当たり20万円を超えて過去最高を記録した。20年前の約3倍で、ブリやマダイなど国内の養殖業は経費の6~7割を餌代が占めており、経営に打撃となっている。宮城や愛媛、鹿児島など21県が13日までに共同通信の取材に対し、独自で餌代を支援すると明らかにした。財務省の貿易統計によると、日本は22年、ペルーのカタクチイワシなどを加工した魚粉(非食用)を15万9990トン輸入。1トン当たりの価格は20万8541円だった。ペルーでは22年、悪天候に、政治の混乱に伴う行政手続きの停滞も加わりイワシが不漁だった。半面、中国では養豚のえさにもなる魚粉の需要は旺盛で、ドルベースで見ても高値となった。政府は昨秋まとめた経済対策で魚粉の国産化推進を盛り込み、製造設備の導入を進める。世界的な争奪戦を受け、魚粉のもととなる国産イワシの引き合いは既に強い。主要産地である北海道釧路市の漁獲単価は22年、前年比で約4割も上がった。国と漁業者は輸入に頼る飼料原料の価格上昇に備えた資金を積み立てており、養殖業者には一部補填金が支払われる。21県は補正予算などを組み、追加で補助する。日本国内ではブリ稚魚が豊漁で、いけすに多く確保されているため、出荷量は今後伸びる見通しだ。ある漁協組合長は「魚の相場が下落して飼料代が高いままだと、廃業する漁業者も出てくる」と話す。世界の養殖生産量は20年に1億2千万トンを超え、この20年で約3倍に拡大。一方、魚粉のもととなるイワシは天然資源で漁獲量は限られ、価格上昇は続く見通しだ。魚粉の配合割合を抑えたり、魚粉の代わりに昆虫など別のタンパク質源を使ったりした飼料の開発が求められている。

*6-2-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230301&ng=DGKKZO68852170Y3A220C2TB1000 (日経新聞 2023.3.1) 沖合養殖自動化、日鉄エンジ実現、エサやりなど海上労力ほぼゼロ いけす、沿岸の50倍可能
 養殖業に適さなかった日本の沖合で、大規模な養殖システムの導入が進みそうだ。日鉄エンジニアリングは2023年度から、人工知能(AI)や水中カメラ、自動給餌のシステムを総合的に提供する。エサやりの作業時間が4分の1以下になり、海上での労力はほぼゼロになる。世界で魚の消費が伸びる一方、日本の漁獲量はピーク時の3分の1に落ちた。食料安全保障が懸念されるなか、養殖業の拡大につながる可能性がある。日本の水産業は天然魚をとる漁業が中心で、漁獲全体の8割近くを占める。約2割の養殖業の生産は横ばいだ。養殖に適した沿岸エリアの活用は飽和し、自動化も遅れがちで、担い手不足という3つの課題を抱える。陸上から離れた沖合は広いが、養殖での活用は「かなり少ない」(水産庁)。船でエサを運ぶ負担が重く、海が荒れる日には作業できず、収益性の低さが壁になってきた。
●作業時間1/4
 日鉄エンジは大規模な沖合養殖の自動化システムを開発し、23年度から水産会社などに提供する。ブリ類やマダイ、サケなどの養殖に対応し、主な特長は3つある。1つ目はAIを使った遠隔での生産管理で、岸から数キロメートル離れたいけすに水中カメラやセンサーなどを備える。魚の体重やエサの残量を可視化。AIが水温や潮流、日照などのデータも組み合わせて、最適な給餌の量やタイミングを分析する。2つ目は陸上からの配管を通じ、自動で沖合のいけすにエサを送る装置だ。従来は船でエサを運んでまき、重労働だった。悪天候が続くと、船を出せずに魚がやせる。回復のための追加の給餌コストが膨らんだり、魚の成長が遅くなったりする課題があった。自動給餌システムは荒天でも稼働し、養殖生産コストの6~7割を占めるエサ代の削減につなげる。また6基のいけすに1日12トンのエサを与える場合、作業時間が従来の船による方法の4分の1以下になる。時間の短縮だけでなく、危険を伴う海上作業がほぼゼロになり、作業は事務所でのモニタリングや端末操作といった机上に変わる。3つ目は大量生産の実現になる。新システムのいけすは最大5万立方メートルで、沿岸での一般的な養殖で使ういけすの18~50倍のサイズを用いる。日鉄エンジは海上の空港の滑走路などの海洋構造物のノウハウを活用。細かく砕いた石炭を送る製鉄所の装置の知見は自動給餌システムに、工場などの保守管理の実績は生産管理システムの運用に生かす。一部の装置は鳥取県や三重県、宮崎県などで導入を進めてきた。「年末年始もゆっくり休めました」。鳥取県境港市で、日鉄エンジの自動給餌装置を導入したニッスイグループの弓ケ浜水産の担当者はこう話す。沖合養殖で、17年に同装置の利用を開始。1つのいけすに対し、1回当たり1500キログラムのエサを船で運び入れてきた。サケを11月末~5月末に養殖で育てている。季節によって頻度は異なるが、1~2日に1度は給餌が必要だ。だが冬は強風による荒波で船の運航が難しく、エサを与えられない日も多い。日鉄エンジの自動給餌装置を導入した後は、パソコンやタブレットによる遠隔操作でエサをいけすに送る。自動給餌の施設は陸上ではなく、岸に近い海上に設けたが、それでも負担が大幅に減った。担当者は午前8時に出勤し、事務所で給餌の端末操作を終えた後、別の作業をこなせる。「エサを簡単に安定的に与えられることが最大のメリットだ」(弓ケ浜水産)という。
●天候影響少なく
 日鉄エンジが23年度から提供する新システムでは、自動給餌の施設を陸上に設置できるようにする。作業の手間をさらに減らし、天候に左右されにくくする。システムの導入費用は大型サイズで10億~15億円程度、メンテナンス費用は年間で1000万円程度を見込んでいる。30年に年間数十億~100億円の売上高を目指す。沖合養殖システムを巡っては産学で、開発や実用化を進める動きもある。長崎大学は21年12月、水処理機械の協和機電工業(長崎市)、船舶用電子機器の古野電気、十八親和銀行など約10社と沖合での養殖システムを開発する共同事業体を立ち上げた。AIなどの先端技術を活用し、商用化を目指している。漁網製造を手掛ける日東製網も、沖合に設置できる大型のいけすの製造を手がける。水産業の成長には養殖の大規模化や自動化、新たな海域の活用が欠かせない。日本の沖合で管理しやすい養殖システムが広がれば、国際競争力の向上につながる可能性もある。

*6-3-1:https://blog.canpan.info/sasakawa/archive/8609 (産経新聞 2023年2月27日) レアアースを外交力強化の柱に
 日本最東端の小笠原諸島・南鳥島近海にレアアース(希土類)を豊富に含む「レアアース泥」が大量に堆積していることが明らかになって10年。レアアースは電気自動車やスマートフォンなどさまざまなハイテク商品に使用され、国際社会の需要が一層高まる中、最大の生産国・中国が輸出管理を強める姿勢を見せている。
≪「資源貧国」から脱する可能性≫
 そんな中で採鉱事業が軌道に乗れば、わが国は“資源貧国”から脱し、戦後長く取り組みの弱さが指摘されてきた外交力を強化し、安全保障を強靱(きょうじん)化する道にもつながる。レアアース泥は南鳥島の排他的経済水域(EEZ)内だけでなく、その周辺の公海にも分布し、近接海域での海底調査など中国の活発な動きも伝えられている。政府には機を逸することなく、早期の実用化に向けた取り組みを一段と強化されるよう望みたい。レアアースは地球上にわずかしか存在しないレアメタルの一種。中国が圧倒的な生産国で、沖縄県・尖閣諸島沖で日本の巡視船と中国漁船の衝突事件が起きた平成22年当時は世界の生産量の97%を占めた。中国が漁船船長の即時釈放を強要して日本への輸出を事実上ストップし、日本経済が大混乱に陥ったのは記憶に新しい。その後、各国も対応を強化。米地質調査所(USGS)の推計によると、2018(平成30)年の世界の生産量は17万トン。中国が全体の約7割(12万トン)を占め、以下オーストラリアの2万トン、米国の1万5000トンが続いた。世界の推定埋蔵量は1億2000万トン。こちらもトップは中国で4400万トン、ブラジル、ベトナムが各2200万トンなどとなっている。日本はほぼ全量を輸入に頼り、うち6割を占める中国への依存をどう脱却するか、経済安全保障上も喫緊のテーマとなっている。中国との対立を深める米国も、USGSによる埋蔵量の推計が140万トンにとどまることもあって、バイデン米大統領は21年の就任直後、半導体など3品目と併せレアアースのサプライチェーンを強化する方針を打ち出している。
≪数百年分の量が海底に眠る≫
 そんな中、平成24年から翌年にかけ南鳥島の近海やEEZの約6000メートルの海底に、レアアースを豊富に含む「泥」が大量に堆積していることが東京大学や海洋研究開発機構(JAMSTEC)などの調査で明らかになった。英科学誌「ネイチャー・ジオサイエンス」に発表された論文などによると、発見されたレアアース泥は中国の陸上レアアースに比べ、20~30倍の濃度を持ち、埋蔵量は日本のレアアースの年間使用量(約1.4万トン)の数百年分に上ると推計されている。JAMSTECによると6000メートルの深海から堆積物を大量に海上に引き上げる技術はこれまで世界になく、仮に成功してもコストをどう抑えるか難問もある。そんな中で昨年秋、JAMSTECの地球深部探査船「ちきゅう」が茨城県沖の2470メートルの深海に「揚泥管」を伸ばし、1日70トンの泥の吸い上げに成功した。揚泥管の長さをさらに3000メートル余伸ばせば、南鳥島での採鉱が可能になる段階まで来ている。ただし、試掘が始まるのは来年とも5年以内とも報じられ、早期の実用化には一層積極的で迅速な対応が求められる。5月に日本が議長国を務める先進7カ国首脳会議(G7サミット)が広島で開催され、ウクライナ戦争や懸念されるロシアの核兵器使用への対策が主要テーマとなる。同時に温暖化に伴う海面上昇や酸性化、マイクロプラスチック汚染、漁業資源枯渇などの課題が山積する「海洋」もテーマになろう。サミットを主導する海洋国家日本の責任でもある。レアアースは直接のテーマになりにくいが、海洋の適正利用に関わる問題だ。
≪輸出国に転ずれば存在感増す≫
 政府は将来に高い可能性を持つレアアース泥の開発を、府省庁の壁を越えて科学技術のイノベーションを目指す国家プロジェクト(SIP)の一つに選定し、令和4年度の第2次補正予算にも関連予算60億円を盛り込んでいる。同時に昨年12月に閣議決定した新たな国家安全保障戦略で「総合的な国力の主な要素」として防衛力、経済力など5項目を挙げ、トップに外交力を据えている。安全保障の要である外交力を強化することで安全保障の強靱化を図る決意と理解する。レアアースの活用はそれを実現する格好のテーマであり、実用化が視野に入れば、企業の参入も進む。まずは試掘を一刻も早く実施すべきである。岸田文雄首相は衆参両院本会議での施政方針演説で「われわれは歴史の分岐点に立っている」と語った。レアアース泥の開発が進み、わが国が輸入国から輸出国に転ずれば、激動する国際社会の中で日本の存在感は確実に高まる。その可能性を信じて、日本財団としても可能な限り協力したいと考えている。(ささかわ ようへい)

*6-3-2:https://jp.reuters.com/article/global-environment-oceans-idJPL4N35E0OE (Reuters 2023年3月6日) 公海の生物多様性保護で新協定、国連で100カ国以上が協議
 世界中の公海における生物多様性の保全と持続的な生態系活用を目指す新たな国際協定が4日、ニューヨークの国連本部で開催された会合で合意された。新協定を巡る協議は国連主導の下で100カ国以上が参加し、足かけ15年間続いてきたが、5次にわたる会合を経てようやく決着した形。議長を務めたリナ・リー氏は「船がついに岸辺にたどり着いた」と述べた。昨年11月にカナダ・モントリオールで合意された「30by30(2030年までに世界の海の30%以上を保全する)」という取り決めにおいて、この協定は重要な部分を担うとみられる。欧州連合(EU)欧州委員会のシンケビチュウス委員(環境・海洋・漁業)は「この公海に関する国連条約の合意により、これからの世代にとって大事な海洋生物と生物多様性を守る取り組みに重要な前進がもたらされる」と評価した。現在公海上にはほとんど環境保護区が設けられておらず、環境汚染や酸性化、漁業資源乱獲などの脅威が高まっている。グリーンピース幹部は「各国はできるだけ速やかにこの協定を正式に採択、批准して実効性を持たせ、地球が必要としている海洋の全面的な保護区を設置しなければならない」と訴えた。グリーンピースによると、30by30達成には毎年、1100万平方キロの海洋を保護区にすることが不可欠だという。

*6-4-1:https://mainichi.jp/articles/20230316/k00/00m/040/087000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailyu&utm_content=20230320 (毎日新聞 2023/3/20) 食えぬなら食わせてみせよう キャベツ、ナシ…名産品で試行錯誤
 「たたき潰すなんてもったいない」「かわいそう。生き物を殺す様子を子どもに見せたくない」。2022年6月、地元の漁師らと共にムラサキウニの徹底駆除に乗り出した鳥取県には、テレビや新聞で取り組みを知ったとみられる人たちからの意見がメールで続々と寄せられた。「ここまでたくさんの人に関心をもってもらえるとは」。県水産振興課の職員は、文面を目で追いながら、その反響の大きさにただ驚いていた。
第2章 招かれざるウニ(2)
 さらに県漁協には、複数の水産業者から「駆除するムラサキウニを育てて商品化したい。譲ってほしい」との相談が相次いだ。こちらは単に「かわいそう」というのではなく、もっと切実な背景があった。鳥取だけでなく、全国各地でウニは海藻の生い茂る藻場を食い荒らし、磯焼けを生じさせている。その結果、海藻がなくなった場所で生息するウニが痩せてしまい、商品価値が低下する悪循環となり、漁獲量の減少を招いている。国の漁業・養殖業生産統計によると、国内のウニ類の漁獲量は、1980年ごろまで年間約2万5000トンだったが、それ以降は減少傾向で、21年は約6600トンだった。一方、価格は上昇の一途をたどっており、東京都の豊洲(築地)市場での価格をみると、国産のウニは08年に1キロ当たり約8200円だったが、22年は約2万4000円と高騰している。日本食ブームで海外でもウニが食べられるようになり、輸入価格も現在では国産とほぼ変わらない。ウニの仕入れが格段に難しくなっているのだ。このため、鳥取など磯焼けに苦慮する地域では「食べられないウニ」の駆除だけでなく、「何とか食べられるようにできないか」という模索も始まっている。先行しているのが神奈川県だ。県水産技術センター(三浦市)は、磯焼けの原因となったムラサキウニを採取し、三浦半島で取れる春キャベツを3カ月間、食べさせた。すると身が増えた上に味が向上したという。18年に試験販売が始まり、20年には「キャベツウニ」と商標登録された。鳥取県もこれを参考に、取り組み始めた。神奈川がキャベツなら、鳥取は何を食べさせてみようか――。まず試したのは、特産の白ネギだった。空いていた活魚用の水槽を利用し、ムラサキウニに廃棄されるネギの先端部分を与えてみたが、ウニは全く見向きもしなかった。次に試したのは、鳥取を代表する果実・二十世紀ナシ。さわやかな甘みと酸味、シャリシャリとした歯触りで全国的に人気がある。規格外のナシを小さく切って水槽に入れると、ムラサキウニは腹側の中央にある鋭い歯を使って、むしゃむしゃとよく食べた。今度はうまくいったかと思われたが、残念ながら、いくら食べさせても身の量が増えなかった。その次には、特産のブロッコリーを与えてみた。すると、よく食べる上に身の入りも良くなっているようだった。まだ試験段階だが、鳥取県漁協の古田晋平さん(68)は「今後、収益性を判断したい」と語る。
●商業化の道は遠く
 四国の西南端にある愛媛県愛南町では、磯焼けの原因となっているウニの一種「ガンガゼ」に特産のブロッコリーなどを与え、「ウニッコリー」と名付けて、22年冬から一般向けに販売を始めた。ただ、今年の売り上げの目標は150万円ほど。町の担当者は「初期投資を少なくして、お小遣い程度でもいいのでお金に換える、という事業。本格的な産業に育てるのは簡単ではない」と話すように、地域の漁業の柱にはなっていない。磯焼けを引き起こすウニの増殖にどう対応すべきか、各地で模索が続く。さらに別の地域では、これまで本州では生息を確認されていなかったウニが出現し始めた。

*6-4-2:https://kahoku.news/articles/20220729khn000023.html (河北新報 2022年7月29日) ウニの味、餌で違う! キャベツなど4種類与え食味実験 宮城水産高
 宮城水産高で26日、キャベツなど4種類の餌を与えて育てたウニの食味実習があった。生徒たちは餌によって味に微妙に違いが出ることを実感。産官学で進むウニの低コスト型陸上養殖への挑戦を後押しする成果に、学校は新たなステップへの手応えをつかんでいる。県漁協寄磯前網支所の協力を得て、石巻市前網浜沖で5月下旬に採取したキタムラサキウニ200個を同校栽培漁業実習場の畜養プールに移し、生物海洋類型3年の18人がキャベツ、白菜、ホヤ、昆布の4種類の餌を、それぞれ50個ずつのウニに与えて約2カ月育てた。試食は全員で行い、4パターンの成長具合と味を確かめた。その結果、いずれの餌で育てた場合でも成長はよく、味はキャベツが一番甘みが強く、人によっては苦手な磯臭さがほとんどなくなった。白菜はウニの食味は残るものの、野菜の風味をやや強く感じた生徒が多かった。ホヤは、ホヤ独特の苦みが強くなり、磯の風味も一段と増した。昆布はウニの味を良くすることで知られており、予想通りうま味が強まった。味見を終えた菊地陸斗さん(18)は「どれもおいしい。ホヤは苦みが増し、敬遠する人がいる半面、磯の香りが好きな人には癖になる味かもしれない」と感想を話した。指導した鈴木秀一主幹教諭は「今後は餌の組み合わせを工夫したり、農業高校と協力し、廃棄に回さざるを得ない野菜を活用したりして、SDGsも意識した実験、取り組みを模索したい」と方向性を示した。ウニをキャベツなどで育てる実用実験は、石巻市でも進められている。宮城大と協力し塩蔵ワカメ、キャベツ、乾燥コンブなど5パターンに分けて餌を与えた再生可能エネルギーを活用した低コスト型陸上養殖。3月の試食会でも好評を得た。宮城水産高での今回の取り組みは、実用化に向けて実験的取り組みの裾野を広げるものとして、今後の成果が注目される。

<リーダーに女性が少ないことのディメリット(2)
              ← 食料自給率・栄養学・食品生産の軽視>
PS(2023年3月9、11《図》日追加):*7-1-1は、①ウクライナ危機で食料を輸入に依存する日本の危うさが浮き彫りになったので、食料安定供給に向けて農政を抜本的に見直すべき ②農業基本法は1999年に制定され、政府が食料自給率目標を定めること・自然環境保全に繋がる農業の多面的機能を大切にすること等を定めている ③基本法制定から20年以上が過ぎたが、基本法では自給率向上を果たせず、時代の変化にも対応できていないことが鮮明になった ④自給率は4割弱で低迷し、主要国で最低水準 ⑤小麦・大豆・飼料用トウモロコシ等の穀物の大半を輸入に頼る状態を改善しなかったことが一因 ⑥ウクライナ危機による価格高騰で家計・畜産業が圧迫された ⑦今後、量も確保できなくなれば国の存立を脅かす ⑧基本法は自給率を高める具体的な方策を示しておらず、水田偏重の農政を変えられなかった ⑨コメ余りを解消しようと、田に水を入れずに小麦・大豆を作った農家に補助金を出した ⑩自給率向上のKeyとなる畑作物は湿気に弱く水田で作るのに適さない ⑪加えてコメ生産を減らして需給を締める政策は米価を高止まりさせてコメ消費の減退に拍車をかける袋小路に入った ⑫小麦等を転作ではなく、畑の作物として正面から振興せよ ⑬飼料用トウモロコシの栽培実績はコメより生産効率が高いことを示す ⑭日本の農業はコメ以外は不向きという固定観念を変えるべき ⑮コメのブランド化路線を改め、品種開発などで収量を増やして値ごろ感を追求し、消費や輸出を刺激せよ ⑯AIやデジタル技術を積極的に取り入れよ ⑰農家が法人化して組織的経営への移行が進んだことで、新たな手法を導入しやすい環境も整った ⑱日本は化学肥料原料の多くを輸入して国際相場に左右されるが、国産有機肥料を活用すべき ⑲これまで輸入してきた穀物や肥料のすべてを国産に切り替えるのは非現実的 ⑳国際相場の影響を和らげるにはどれだけ国産比率を高めたらいいかを考え、現実的なシナリオを描くべき 等と記載している。
 まず、①の食料自給率向上の必要性は世界人口の推移を見れば前から明らかで、ウクライナ危機で初めてわかったわけではなく、50年前から言われていた。また、②③④⑤⑥⑦⑧⑪⑭については、その農業基本法は私もバックヤードで関与し、衆議院議員だった時には食料自給率向上や環境まで考慮して地元佐賀県から実行に移したので知っているのだが、東北はじめ米作にこだわる地域は多く、農業に詳しいとされるベテラン国会議員ほど米に執着して米の生産調整(減産)や飼料米への転作に補助金を出す政策判断をし、大豆やトウモロコシへの転作が進まなかった。そして、呆れることに、転作を薦めた私の方が「非常識」とか「空気を読めない」などとレベルの低いメディアに書かれたのである。また、基本法は理念を述べるもので具体的な方策を示すものではないため、自給率向上を果たせなかった理由は、基本法が時代の変化に対応できていなかったからではなく、基本法に沿った具体的政策判断を行わなかったからである。
 なお、干拓地でクリークの水面よりも田の標高の方が低い佐賀平野でも小麦や大豆の生産に成功しているため、⑨は、政策が猫の目のように変化する中で、いつでも米作に戻れる状態を保つという意味で仕方ないし、⑩は事実ではない。しかし、場所によっては、⑫のように、畑作物に正面から向き合ってそれで採算をとれる生産体制にした方がよいだろうし、⑬のように、飼料米より飼料用トウモロコシの方が栄養価が高い上に生産効率も高いのは、他国では家畜の飼料には米でなくトウモロコシを使っていることから明らかだ。また、耕作放棄地で*7-3-1のソルガムを生産して与えてもよいだろう。
 さらに、⑮の米の低価格路線については、味を変えずに品種改良で収量を増やしたり、⑰のように、農家が法人化して組織的経営への移行が進んだことにより、⑯のAIやデジタル技術を取り入れて生産コストを下げ、価格を下げて競争力を獲得することによって消費や輸出を増やすのはよいと思う。しかし、⑱のように、日本が未だに化学肥料原料の多くを輸入して国産有機肥料を活用していなかったのはむしろ驚きであり、⑲⑳のように、何に関しても、まさに「徹底するのは非現実的だからミックスにするのがよい」という態度だから、改革が進まなかったのだ。
 *7-1-2の佐賀新聞は、イ)人口減少などで国内市場が縮小する中、輸出促進策をさらに充実させ、日本の第1次産業が潜在力を発揮できる環境を整備することが重要 ロ)相手国・地域の消費者の好みに合わせた品種や商品の開発にさらに力を入れるほか、ライバル国との価格競争を勝ち抜けるコスト低減などが課題 ハ)日本産は、富裕層向けの高級食材の面が強いが、庶民の食品として認知されれば世界市場で確固とした地位を獲得することができる 二)輸出額が伸長するのは喜ばしいが、輸入額はその約10倍に上り、差し引き10兆円規模の赤字 ホ)日本の2021年度の食料自給率(カロリーベース)は38%に留まっており、コメは98%だが、小麦は17%・大豆は26%で、2030年度に45%まで高めるという政府の低い目標にもほど遠い と記載しており、そのとおりだと思う。
 一方で、*7-2-1は、ア)生乳生産抑制で生乳を排水溝に流しており イ)ロシアのウクライナ侵攻と急激な円安により、牛のエサとなる輸入トウモロコシなどの価格が跳ね上がった ウ)殆どの先進国は乳製品を政府が買い上げて援助物資として活用するが エ)乳製品の在庫が多ければ国内のフードバンクや子ども食堂を通じて困ってる人を助ければよいが、そういう政策を日本はやっていない と記載している。
 が、イ)のように、牛の飼料を輸入トウモロコシに頼って自給していないのでは日本の畜産は食料自給率の向上に貢献していないし、海外の事情や円安で振り回されていちいち政府にお助けを願うのでは産業の体もなしていない。つまり、生乳が余れば粉末にしたり、加工したりして貯蔵できる体制を整え、海外に売り先を見つけておくのは産業として当然のことなのである。しかし、今回のような非常時の場合は、生乳生産抑制をするより、ウ)エ)のように、加工品として政府が買い上げ、ウクライナやトルコ・シリア地震の援助物資などとして活用したり、日本で起こる災害への備えにしたりした方がよいため、生乳の生産抑制のために補助金をばらまくことしかできない政府の工夫のなさには呆れるわけである。
 また、*7-2-2は、オ)ブランド食材の「和牛」の相場が低迷している カ)外食が復調する中でもディナー会食や宴会など和牛を使う食事が広がっていない キ)食品全般の値上げに伴う消費者の節約志向で高価格の食材が敬遠されるあおりもあり、需要の本格回復はまだ先との見方が多い ク)すき焼きやしゃぶしゃぶに使う肩ロースが、コロナ禍前の2019年1月との比較で7%安い 等と記載している。
 しかし、オ)のブランド和牛はもともと値段が高すぎ、脂肪が少なくて健康によく安価なオーストラリア産・ニュージーランド産に栄養面と価格面の両方で劣っている。そのため、カ)ク)のように費用の一部が交際費や福利厚生費で賄われる企業の宴会で食べるすき焼きやしゃぶしゃぶにしか当てられないが、料理はすき焼き・しゃぶしゃぶ・ステーキだけではない。そして、頻繁に食べる食品は、価格が高すぎず、動物性の脂肪を含み過ぎないことが家計とメタボ予防に不可欠だが、和牛はその要請に応えていないのだ。そのため、需要が本格回復するとはちょっと思えないし、和牛の飼料もまた、輸入トウモロコシが主原料なのである。
 さらに、*7-2-3は、ケ)高病原性鳥インフルで2023年3月6日時点で約1570万羽が殺処分対象になり コ)鶏卵農家の大規模化が進み、生産性が高まったことがプラスに働いて、鶏卵は「物価の優等生」とされてきたが サ)採卵鶏が国内で1割減り シ)卵の卸値が1年前の2倍近くに高騰した ス)大規模農家はコロナによる需要減やロシアによるウクライナ侵攻後の飼料高騰を踏まえて生産を絞っていた セ)飼料費は採卵鶏農家の経営コストにおいて48%を占めてエサ高が経営を圧迫 ソ)鶏卵卸会社社長は「生産コスト増に見合った契約価格で養鶏農家と需要家をひも付けることに力をいれる」と言う と記載している。
 ス)のように、ロシアのウクライナ侵攻や円安で高騰する鶏の飼料は輸入トウモロコシが主体であろうから、卵や鶏も自給食料に入れることができない。しかし、輸入トウモロコシを使わなくても、国産トウモロコシや国産ソルガムにその他必要な栄養素を加えれば、鶏もまた国産の資料で育てることができる。しかし、政府は2%の物価上昇を目標とし、輸入価格が上がれば価格転嫁するようやかましく言っており、価格が上がれば好むと好まざるにかかわらず、消費を減らさざるを得ないのが経済学の原則だ。そのため、サ)の採卵鶏減少は必須で、高病原性鳥インフルで数羽の鶏が死んだからといって全体では約1570万羽もの鶏を殺処分するというヒステリックな対応とそれによる採卵鶏の減少は、高騰した飼料費を販売価格に転嫁するための生産調整が目的だったのではないかと思われる。しかし、それは、視野が狭くてもったいないことだ。
 このように、飼料の国産化や食料自給率の向上には、耕作放棄地も利用するさまざまな工夫が必要だが、*7-3-2のように、農林水産省は担当者不足から農業の観点で地域社会の状況を把握する「農業集落調査」廃止を提案し、統計を使う研究者らの反発を受けて撤回したのだそうだ。多様な農業の担い手を視野に入れる時、江戸時代や明治時代のような「寄り合い」の開催や共同作業が不可欠とは思われず、土地の利用状況と必要な設備の有無が重要だろうが、何のために調査をするのか、それはどういう役に立っているのかを明確にした上で、省力化したスマートで目的適合性のある調査方法に変更した方がよいと思われる。

  
     日経新聞             日経新聞         Alic

(図の説明:中央の図のように、アジアでも小麦の消費が伸びて米との差が縮まり、その理由は小麦を使う食品が普及したからだが、左図のように、アジア諸国は小麦の輸入割合が高い。また、右図のように、日本の食料自給率(令和元年度、重量ベース)は、耕作放棄地が多いのに、米97%・鶏卵96%・鶏肉64%以外は50%代以下で、小麦16%・大豆6%は特に低い。さらに、輸入化学肥料や輸入飼料を使っている作物は、厳密には自給食料とは言えない )

*7-1-1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK064DU0W3A100C2000000/ (日経新聞社説 2023年1月8日) 食料自給率の向上へ農政の転換を
ウクライナ危機をきっかけに、食料を輸入に依存する日本の危うさが浮き彫りになった。農林水産省はこれを受け、食料・農業・農村基本法の改正を検討し始めた。食料の安定供給に向け、農政を抜本的に見直してほしい。農政の目指すべき方向を示す基本法は1999年に制定された。政府が食料自給率の目標を定めることや、自然環境の保全につながる農業の多面的機能を大切にすることなどを定めている。
●畑作の振興を基本法で
 制定から20年余りが過ぎ、基本法が目的を果たせず、時代の変化に対応できていないことが鮮明になっている。農水省は課題を洗い出すための議論を2022年秋に始めており、24年の通常国会に改正案を提出する方向だ。壁に当たっているのが自給率の向上だ。農水省は自給率を高める計画をつくり続けてきた。だが現実は4割弱で低迷しており、上向く気配はいっこうにない。主要国では異例の低水準だ。小麦や大豆、飼料用トウモロコシなど食生活に不可欠な穀物の大半を輸入に頼る状態を改善しなかったことが一因だ。そこにウクライナ危機による価格高騰が追い打ちをかけ、家計や畜産業を圧迫している。今後も同様のことが起きかねず、量まで確保できなくなれば国の存立を脅かす。基本法は自給率を高める具体的な方策を示しておらず、水田偏重の農政を変えられなかった。コメ余りを解消しようと、田んぼに水を入れずに小麦や大豆などをつくった農家に補助金を出してきた。このやり方は2つの点で問題をはらんでいた。まず自給率の向上で要となる畑作物は湿気に弱く、水田でつくるのに適していない。加えてコメの生産を減らして需給を締める政策は米価を高止まりさせ、コメ消費の減退に拍車をかけるという袋小路に入った。法改正で考えるべきポイントは明らかだ。小麦などを転作ではなく、畑の作物として正面から振興する。飼料用トウモロコシの最近の栽培実績は、コメより生産効率が高いことを示唆している。日本の農業はコメ以外は不向きという固定観念を変えるべきだろう。コメ政策の見直しもこれに連動する。畑作を振興するには水田の畑への転換が必要になる。水田が減ればコメの需給が一段ときつくなりかねないが、突破口はある。高米価路線の修正だ。これまでコメの産地は価格を上げるため、ブランド化を競い合ってきた。これを改め、収量を増やして値ごろ感を追求し、消費を刺激する。実現には品種開発などで後押しが要る。この戦略はコメの輸出にもプラスに働く。人工知能(AI)やデジタル技術を積極的に取り入れることも求められる。農業も人手不足が深刻になっており、最新技術による省力化が避けて通れない。農家が法人化して組織的経営への移行が進んだことで、新たな手法を導入しやすい環境も整ってきた。企業が他分野で培ったノウハウを応用し、技術やサービスを提供する余地は十分にある。地球環境問題にどう貢献するかも論点になる。多面的機能という言葉は、農業が環境に優しいことを暗黙の前提にしている。だが気候変動への対応を求める国際潮流は、農業が環境に及ぼすマイナスの影響の是正を迫る。
●国産肥料を活用せよ
 牛のげっぷが放出したり、水田で発生したりするメタンは温暖化ガスとして問題視されている。排出を抑制する技術などの研究開発を推進すべきだろう。多様な生き物が存続できる自然環境を保つため、農薬や化学肥料を減らすこともテーマになる。日本は化学肥料の原料の多くを輸入しており、国際相場に左右される構造を変える意味もある。代わって注目されているのが、有機肥料だ。海外の鉱物資源を使う化学肥料とは違い、家畜の排せつ物や稲わらなどで製造できる。下水の汚泥を肥料に加工することも期待を集めている。下水はリンなど肥料の原料を豊富に含んでおり、有機肥料の利用促進と並んで食料安全保障に資する。一方、これまで輸入してきた穀物や肥料のすべてを国産に切り替えるのは非現実的であり、海外から安定して調達するための努力は今後も大切だ。国際相場の影響を和らげるにはどれだけ国産比率を高めたらいいかを考え、現実的なシナリオを描くべきだ。食料生産は農業界だけでなく、国民全体に関わるテーマだ。議論を広く呼びかけ、新しい農政のかたちを示してほしい。

*7-1-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/998363 (佐賀新聞 2023/3/3) 農産物輸出が過去最高 稼ぐ力、さらに磨きを
 2022年の農林水産物・食品の輸出額が前年比14・3%増の1兆4148億円に上り、10年連続で過去最高を更新した。政府は25年に2兆円としている目標の前倒し達成を目指す。新型コロナウイルス禍で落ち込んだ外食需要が海外でも回復し、貝類、青果物、ブリなどが好調だった。円安も追い風になった。農産物が8870億円、水産物が3873億円、林産物が638億円といずれも過去最高。ウイスキーや日本酒も大きく伸びた。人口減少などで国内市場が縮小する中、海外に売り込む力を着実に高めてきたと言えるだろう。「稼ぐ力」にさらに磨きをかけ、農林水産業の経営基盤を強化したい。これまでも政府は輸出手続きの迅速化や高級ブドウ「シャインマスカット」などのブランド品種保護などに取り組んできたが、輸出促進策をさらに充実させ、日本の第1次産業が潜在力を発揮できる環境を整備することが重要だ。主な輸出先は中国、香港、米国、台湾、欧州連合(EU)だ。こうした国・地域の消費者の好みに合わせた品種や商品の開発にさらに力を入れるほか、輸出実績がまだ乏しい国々に売り込むための調査を本格化させることも求められる。生産面では、ライバル国との価格競争を勝ち抜けるコスト低減などが課題になる。現在はまだ富裕層向けの高級食材としての面が強いが、庶民の食卓に欠かせない食品として認知されれば、日本産は世界市場で確固とした地位を獲得することができる。輸出額は年々伸びているが、生産額に占める割合は2%程度と、他国と比べ見劣りすることは否めない。世界の農産物市場は拡大している。このチャンスを逃さないように官民挙げてしっかりした戦略を描き、実行したい。東京電力福島第1原発事故の後、各国・地域に広がった日本産食品の輸入規制の早期撤廃も重要な課題だ。就労者の高齢化や耕作放棄地の拡大など農業を取り巻く環境は厳しさを増しているが、収入増によって魅力が増せば、新規参入につながる。若者の就農が進めば、ITを活用したスマート農業の拡大が期待できる。これによって生産性が向上、農作業が効率化されれば、さらに魅力は増すだろう。こうした好循環の加速を政府、自治体に後押ししてほしい。農家と密接な関係にあり、経営状況に詳しいJAにも積極的な対応を求めたい。輸出額が伸長するのは喜ばしいことだが、輸入額はその約10倍にも上り、差し引き10兆円規模の赤字だ。食料を海外に大きく依存する構造的な問題を直視しなければならない。日本の21年度の食料自給率(カロリーベース)は38%にとどまる。主食のコメは98%だが、輸入に頼る小麦は17%、大豆は26%だ。30年度に45%まで高める政府目標はほど遠い。ウクライナ危機によって、食料や肥料を輸入に頼るリスクが表面化し、政府は食料安全保障の強化に向けた政策大綱を決め、農業の構造転換による穀物や肥料の国産化を打ち出した。これを実現するには、生産を担う農家の経営基盤強化が前提になるのは間違いない。輸出強化はその一端を担う重要な戦略であり、最優先で取り組む必要がある。

*7-2-1:https://news.yahoo.co.jp/articles/3d8f464a4bf1b0473f40a27b8d20d161e1db1540 (Yahoo 2023/2/21) 【酪農危機】生産抑制で生乳を排水溝に…1日17万円分も廃棄しなければいけない酪農家の苦悩「毎日捨ててます…とてもつらい状況」
 パイプから排水溝に流れていく白い液体…。牧場で搾られたばかりの“生乳”です。今、日本の酪農家がかつてない危機に立たされています。新型コロナの感染拡大による乳製品の消費低迷を受け、北海道では今年度、16年ぶりに生乳の生産を抑制しています。
●「三重苦、四重苦ですよ」酪農家語る苦悩…国の支援なく
「めざまし8」は、国内の生乳の約6割を生産する北海道で、酪農の現状を取材。つらい胸の内を明かしてくれました。
○松枝牧場・松枝靖孝さん:
(2022年)10月に減産っていうのが発表になって、「牛乳を作るのをやめましょう」っていう働きがけがあった。北海道広尾町で生乳を生産している「松枝牧場」では、年間2100トンの生乳を生産しています。しかし、今年度は約600トン、減産しなければいけないというのです。工業製品と異なり、牛は定期的に乳を搾らないと病気になってしまうため、生乳の生産量をコントロールすることは困難です。そんな中、酪農家が下した苦渋の決断。
○松枝牧場・松枝靖孝さん:
 1日大体、1.75トン。金額にして17万円、毎日…捨ててます。毎日、1.75トンものしぼった“乳”を、排水溝に廃棄することでした。これには取材スタッフも思わず「捨てる量ですか!?」と声を上げます。牛たちのエサ代も重くのしかかります。ロシアのウクライナ侵攻と急激な円安により、牛のエサとなる輸入トウモロコシなどの価格が跳ね上がり、松枝牧場のえさ代は、2021年には約5400万円でしたが、2022年は約8900万円と、年間で3000万円以上も跳ね上がったといいます。
○松枝牧場・松枝靖孝さん:
 三重苦、四重苦ですよ。今、牛が安いから牛は売れないし、牛乳は出荷できないし、エサ代は高いし、どこで収入立てるの?どこで経費削減すればいいの?って。「収入」は減り「支出」は増加するなか、困窮する酪農家。なぜ、こんな状況になっているのか?農業経済学専門の東京大学・鈴木宣弘教授は、現在の酪農家の危機についてこう分析します。
○東京大学農業経済学 鈴木宣弘 教授:
 ほとんどの先進国は乳製品を政府が買い上げて、国内外の援助物資として活用する。乳製品の在庫が多いのであれば、それを国内のフードバンクや、子ども食堂を通じて困ってる人を助ける。そういう政策を日本はやっていない。
○松枝牧場・松枝靖孝さん:
 彼ら彼女ら(牛)を処分するわけにもいかない。(酪農を)一朝一夕にやめるとは言いにくいですよ。かわいいのでこの子らは。罪はないんですよ。2月14日、酪農家の悲痛な叫びを受け、「農民運動全国連合会」など4団体が、参議院議員会館で院内集会を開き農家への緊急支援の必要性を訴えました。国の早急な対応が求められます。

*7-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230307&ng=DGKKZO69027150W3A300C2QM8000 (日経新聞 2023.3.7) 和牛の需要回復遅く 肩ロース卸値4%安、外食伸びず低迷 会食は少人数、節約志向も影
 新型コロナウイルス禍からの経済回復で食材需要が持ち直す陰で、ブランド食材の「和牛」の相場が低迷している。サーロインや肩ロースの卸値は前年同期比2~4%安い。外食が復調する中でもディナー会食や宴会など和牛を使う食事が広がっていない。食品全般の値上げに伴う消費者の節約志向で高価格の食材が敬遠されるあおりもあり、需要の本格回復はまだ先との見方が多い。農畜産業振興機構(東京・港)によると、食肉卸業界から外食・小売業界に販売される23年1月の和牛の卸値は、すき焼きやしゃぶしゃぶに使う肩ロース(去勢、A5ランク、税別)が1キログラム3858円と前年同月比4%安。コロナ禍前の19年の1月との比較では7%安い。ステーキなどに使うサーロイン(同)も1キロ7255円と前年同月比2%安い。軟調な地合いは22年から続いている。コロナ禍に入った20年、外食の低迷などを受けて和牛相場は落ち込んだ。20年末から21年にかけては外食・小売市場の混乱も徐々に落ち着き、相場は持ち直し始めた。ところが、22年は行動制限の緩和という追い風にもかかわらず相場はむしろ再び軟化し、各月は21年よりも低い水準で推移した。23年に入っても反転上昇の兆しはまだ見えない。背景はいくつかある。まずは外食向けの需要回復の停滞だ。日本フードサービス協会によると1月のディナーレストランの売上額は19年1月に比べ15%少ない。都内の大手食肉卸の販売担当者は「コロナ禍前は10人規模だった会食が4人程度にとどまり、(多めの人数で開く焼き肉や鍋などに向けた)消費が伸びない」とぼやく。家庭の需要を示すスーパーなど量販店向けも鈍い。都内の食肉卸では22年4月~23年2月の和牛の小売店向け販売量が前年同期比で1割減少した。様々な食品の値上げが相次ぐ中での消費者の生活防衛意識が、高価格の和牛の消費を鈍らせているようだという。「量販店から和牛の注文が減り、和牛よりも価格の安い交雑牛や豚肉の注文が増えた」(食肉卸の役員)。22年は輸出が低調だったことも国内相場の下押しにつながった。近年は和牛をはじめ牛肉の輸出が伸びてきたが、22年の牛肉(くず肉含む)輸出額は約513億円と21年比4%少なかった。主要な輸出先である米国で低関税の輸入枠が他国産の牛肉で22年早々に埋まり、日本から米国へ輸出を伸ばせなかったことが響いた。政府の需給対策がなくなる影響も大きい。政府は20~22年度、和牛の冷凍品の保管倉庫代などを補助する施策を実施した。市中への冷凍品の供給が抑えられたことが相場の下支えにもなったが、22年になると、補助が終わるのを見越した食肉卸が冷凍品の一部を市場に出し、需給緩和の一因になった。市場では、相場反転には需要回復のペースが上がる必要があるとの見方が多い。政府は新型コロナの感染症法上の分類を5月8日に、季節性インフルエンザと同じ「5類」に移行する。食肉卸の担当者は「飲食を伴う法人の大規模な会合などの動きが戻るきっかけになれば」と需要回復の底上げに期待する。

*7-2-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230307&ng=DGKKZO69035660W3A300C2EA1000 (日経新聞 2023.3.7) 卵の供給回復は「来春」 鳥インフルで卸値2倍近く、エサ高で減産、ヒナも不足
 鳥インフルエンザが日本に「エッグショック」をもたらしている。卵の卸値が1年前の2倍近くに高騰し、品切れするスーパーも目立ち始めた。過去の鳥インフル時の値上がりと異なり、収束まで時間がかかるとみられている。円安や穀物高による輸入飼料の高騰が、鶏卵業全体の供給力をむしばんでいるためだ。2月下旬、東京都心のある食品スーパーでは夜にかけ店頭から鶏卵がほぼなくなった。「供給が不安定になっております。お一人様1点までとさせていただきます」。陳列ケースにはこう掲示されていた。
●最大の殺処分
 高病原性鳥インフルにより3月6日時点で過去最大の約1570万羽が殺処分の対象になった。商用の卵を生む採卵鶏が国内で1割減った計算になる。関東各地の大規模養鶏場を直撃し、都内では、これらの養鶏場の鶏卵を卸会社を通じて仕入れる店舗で品薄になっている。各店舗が代替調達を急ぐが進まない。価格も高騰し、JA全農たまご(東京・新宿)のMサイズ卸値(東京市場、1キログラム)は3月の平均(6日まで)が335円と前年同期比で76%高い。3月としては1991年以来の高値だ。店頭価格も上昇しており、日経POS情報によると2月の「鶏卵」の平均価格は約212円と前年同期比で2割超高い。鶏卵は価格が上がりにくい「物価の優等生」とされてきた。鶏卵農家の大規模化が進み、生産性が高まったことがプラスに働いてきた。過去10年で養鶏農家の数は3割減少する中、10万羽以上を飼育する生産者は2%増えている。ところが、大規模化は流通面では柔軟性の低下につながった。鳥インフルが各地の中核となる大規模農家に及べば、供給力が一気に低下する。農家の数が減り、調達先の切り替えがしにくい。今回の鳥インフルは青森県や鹿児島県など被害地域が広く、他地域からの鶏卵の融通も困難だ。業務用を中心に量販店にも鶏卵を販売する大規模農家、オリエンタルファーム(青森県八戸市)の高野英夫代表取締役は「注文は来ているが新規顧客に回す余裕は全くない。既存客にも追加するのは難しい」という。
●費用5割が飼料
 鶏卵の供給力が落ちた背景には鳥インフルだけではなく、新型コロナウイルス禍もある。生産コストにシビアな大規模農家は、コロナによる需要減やロシアによるウクライナ侵攻後の飼料高騰を踏まえて生産を絞ってきた。そこに鳥インフルが重なったため供給力が大幅に低下した。ある茨城県の農家は飼育する採卵鶏を早期にリタイアさせるなどして、飼育数を17万5000羽から15万羽まで減らした。「エサが高すぎるため減産するしかない」とこぼす。22年12月の成鶏用飼料価格は前年同月比で26%高い。飼料費は採卵鶏農家の経営コストにおいて48%を占め、エサ高が経営を圧迫する。減産の影響は「川上」のヒナにも及ぶ。養鶏農家がヒナの購入を抑え、22年年間の採卵用ヒナの導入羽数は全国で前年比5.5%減の9877万3000羽だった。導入羽数が1億羽を下回るのは飼料高だった15年以来だ。採卵用ヒナの生産会社は兼業を含め全国で26社しかない。「鶏卵生産会社から急に100万羽を調達したいといわれてもすぐにヒナを用意はできない」(日本種鶏孵卵協会の都丸高志会長)。例年、4~5月ごろに鳥インフルが収束すると鶏卵農家がヒナを購入し、夏から秋には鶏卵の生産が始まる。今回はどうか。養鶏業に詳しい元東京農業大学教授の信岡誠治氏は「エサ高など養鶏農家の経営状況も踏まえれば、供給回復は、うまくいっても24年春ごろとみている」という。今回、あらわになったのは大規模化の負の側面だ。減産のブレーキが効きすぎてヒナに至るまで供給力が落ち回復に時間がかかる。鶏卵卸会社キトクフーズ(東京・千代田)の大橋正博副社長は「生産コストが増加した分にも見合った契約価格で養鶏農家と需要家をひも付けることに力をいれる」という。コスト高に耐性のある供給網作りが課題になっている。

*7-3-1:https://digital.asahi.com/articles/ASP3Y72KHP3TUOOB007.html (朝日新聞 2021年3月30日) 長野市と信大、ソルガム共同研究に区切り
 長野市と信州大学がタッグを組んだアフリカ産穀物「ソルガム」の栽培や事業化は、今年度で一区切りとなる。8年間の共同研究では、目的とした不耕作地の解消や資源の有効活用などに一定の成果もみられた。いかに認知度を高め、普及させていくかが今後の課題で、市は「産学官」の連携を強めていく考えだ。ソルガムの魅力は、省力栽培と収穫後の多用途利用にある。イネ科の一年草で乾燥や雑草に強く、水やりも不要で除草の手間も少ないために農作業の負担を軽減。農家の高齢化や後継者不足で増え続ける耕作放棄地対策に一役買えるのではと考えたのが、2013年度からの共同研究の出発点だった。市によると、市内のソルガム栽培は統計を取り始めた15年度に4戸で3・31ヘクタール。栽培講習会を開いたり、ソルガムの実を取り扱う会社創立など流通体制が整ってきたりしたことで19年度は31戸で6・37ヘクタールに拡大した。ソルガムに興味を持ち、不耕作地の利用を始めた農家や新規就農者もいるという。毎年10月ごろに収穫する実は、食品に加工する。アレルギー物質を含まず、生活習慣病予防などに役立つとされるポリフェノール含有量はコーヒーの約10倍で、血圧降下やストレスを和らげる作用が報告されているGABA(ギャバ)も豊富だ。こうした利点を生かそうと、ソルガムの「健康食品コンペティション」も開催。菓子やビール、コーヒーなどの商品化につながった。地産地消を目指し、ソルガムは一部学校の給食にも登場。今年2月には中条小・中学校でソルガム入りのご飯とハンバーグが提供された。栽培試験が行われた中山間地、七二会地区の小学校では総合学習の教材となった。食だけではない。高さ約2メートルの茎や葉はキノコ栽培の培地に活用できる。使用後の培地はメタン発酵され、生じるバイオガスが電気や熱エネルギーとなる。残り物は液肥として農地に還元する。民間事業者の協力を得た実証試験では、この「循環」の可能性も出てきたという。日本雑穀協会(東京都)によると、県内のソルガム栽培は伊那市が盛んで、全国的には岩手県が主産地という。モロコシ、タカキビ、コーリャンといった呼び名もある世界5大穀物の一つだが、認知度の低さが一番の課題。担当者は「栄養価が高く、伸びる要素が大きい穀物だけに、知名度向上や使いやすさ・入手しやすさ、おいしい商品の開発などに向けた情報発信が重要」と指摘する。共同研究を担った信大工学部の天野良彦教授は「ソルガムが地域の循環型社会や環境問題に貢献できるということをPRしていきたい」と話している。市は今後、大学や民間事業者と新しい組織を立ち上げて対応していく方針だ。

*7-3-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230221&ng=DGKKZO68636240Q3A220C2EA1000 (日経新聞 2023.2.21) 縮む日本、実態把握難しく、農業集落調査」見直し議論が迷走 統計改革に一石も
 農業の観点で地域社会の状況を把握する「農業集落調査」の見直し議論が迷走している。担当者不足から農林水産省が廃止を提案したが、統計を使う研究者らの反発を受け撤回。同省が示す代替の調査手法も広く理解を得ないまま結論を出す可能性がある。人口減少や過疎化が進む中で実態把握は難しくなっている。議論の行方は統計のあり方を左右しかねない。調査は国内にある14万の集落について、農業生産を巡り協議する「寄り合い」の開催実績があるかや、ため池・森林などの自然資源の状況を把握するものだ。半世紀以上、続いてきた。寄り合いの有無からは地域社会として機能しているかなどが分析されている。「(2020年の)前回調査と同様の手法での調査は不可能な状況。廃止せざるを得ない」。議論の発端となったのは農水省が22年7月に開いた統計調査に関する研究会だった。5年ごとに実施する国の基幹統計の一つ「農林業センサス」の内容を決める会議で、農業集落調査を25年から廃止する方針を打ち出した。
●代替案にも反対
 農業経済学や地理、歴史などに関する13学会・団体が反対声明を出した。「農政の推進に必要」「農山村の歴史を検証する基礎データとして活用されている」と訴えた。反発を受けて農水省は11月の会議で廃止方針を取り下げ、別の調査に項目の一部を移す代替案を提示。さらに12月の会議では一部でなく全項目を引き継ぐ案を示し、調査のカバー率を従来の98%に高める案を示した。研究者らはデータの継続性の観点などから、これまで通り集落の状況が把握できなくなると反対している。23年2月21日の会合では調査は維持しつつも、対象者の選定方法を変える案を農水省が示す予定だが、納得を得られるかは不透明だ。農水省は調査のハードルの高さを見直しの理由に挙げている。調査は農業集落の事情に詳しい自治会長などに回答を求める。これらの状況に詳しい人の把握が難しくなってきているという。20年の前回調査時は、対象者が把握できなかった約5万の集落で個人情報保護条例などを理由に自治体から情報提供を受けられなかった。このうち約4万4000集落は農水省職員が農業関連団体に働きかけて対象者を把握した。それでも分からなかった6000超の集落は地方農政局が対象者を探し出すなどした。「わたしの責任では出せません」。九州農政局の統計担当職員は前回調査で集落に詳しい人物の名前や住所などの情報提供を自治体に求めたが、プライバシーの観点から断られた。上司を連れていくなどして重ねてお願いをしたこともあった。それでも把握できないときは、地元の農業関連団体に直接頼んで対象者を探した。基幹統計は統計法に基づき調査対象者に報告義務が課されている。ただ対象者が把握できなければ調査は進まない。統計法は自治体に対し「協力を求めることができる」と規定するにとどまる。人口減少や過疎化で、集落機能は弱まりつつあり、各地の事情に精通する人が減っているとの見方もある。個人情報保護への関心の高まりも背景に、調査対象者の把握が難しくなった。しかも地方農政局の統計担当職員も今は約1000人と、10年前から半減し、調査する人員も不足する。政策立案や研究に使われる統計は農水省に限らず国全体で人的資源の不足が問題になっている。
●「3人以下」3割
 20年末時点の各省の報告によれば約50の基幹統計の基となる調査の約3割は集計・分析作業を担う職員が3人以下だった。21年12月に書き換えの不正が表面化した国土交通省の「建設工事受注動態統計」も3人だった。農水省は今回の統計見直しを月内にも決着させる。国交省の統計不正からの立て直しを国全体で進める中で、将来の統計のあり方にも一石を投じることになる。農業集落調査は、地域の集落がどこまで機能しているかで日本の「輪郭」を分析する側面もある。国土の使われ方をどう把握するかの意味でも結論が注目されている。

<リーダーに女性が少ないことのディメリット(3) ← 家計・消費行動の無視>
PS(2023年3月14日追加):*8-1-1は、「アベノミクス」を異例の金融緩和で支えた日銀の黒田総裁が任期中最後の定例金融政策決定会合を終え、①アベノミクスを進めたこと自体は正しかったと述べた ②2013年3月の会見で、黒田氏は「2%の物価上昇を、2年を念頭に早期達成を目指し、日銀が供給するお金の量を2倍にする」と宣言し ③その後も「サプライズ緩和」を打ち出し、円安と株高に沸く市場は「黒田バズーカ」を歓迎したが、恩恵は経済全体に行き渡らず、日本は持続的な成長力を欠いたまま ④国の経済の地力を表す潜在成長率は2022年度上期に0.3%と低迷し、緩和開始前の0.8%より低い ⑤賃金上昇も実現せず、実質賃金は2022年に前年比マイナス1.0%に落ち込んだ ⑥昨年から日銀の緩和策を一因とした急速な円安が輸入品の物価高に拍車をかけ、物価上昇に賃上げが追いつかない ⑦BNPパリバ証券の河野氏は、「日本の停滞は構造的問題が要因で、金融政策不足が要因ではなかったと」とする ⑧黒田氏は「潜在成長率は構造的な問題で、金融政策だけで長期的な潜在成長率を押し上げることは難しかった」とする などを記載している。
 このうち、①のアベノミクスは、i)大胆な金融政策 ii)機動的財政政策 iii)民間投資を喚起する成長戦略(規制緩和等により資本市場・労働市場を流動的にし、競争を活発化させることで生産性を向上させる構造改革)の「三本の矢」を、経済成長を目的として政策運営の柱に掲げたものだ。しかし、i)は日銀の黒田総裁によって行われたが、ii)は “景気対策”“雇用対策”と称する資本市場・労働市場の流動化に反する無駄遣いが多く、生産性を向上させるための投資的支出は少なかったが、それは政治家以前にメディアを始め多くの国民が望んだことである。まさにこれが原因で、iii)の構造改革は促されず、むしろ妨げられ、これがアベノミクスがうまくいかなかった原因なのである。
 この政策を行うにあたって参考にされたバブル景気は、1985年9月のプラザ合意で急速な円高が進み(それでも150円/$台)、円高不況で輸出産業が打撃を受けて町工場に倒産が続出したため、1986~1991年に、日本政府が内需主導型経済成長を促すために公共投資拡大等の積極財政を行い、日銀も段階的に公定歩合を引き下げて(それでも最終2.5%)、長期的金融緩和を続けたものである(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%96%E3%83%AB%E6%99%AF%E6%B0%97 参照)。
 しかし、現在の日本は新興国ではなく、日本のバブル期には世界市場に参加していなかった国々が東西冷戦終了後に世界の市場競争に参加し、日本より低い価格で優れた製品を作り出すようになったため物価上昇がなかったのであり、世界の市場競争で勝つには、iii)の構造改革が重要で、i)ii)の金融緩和・財政支出は構造改革時の痛み止めとして短期間に限って行うべきで、漫然と長期間にわたって金融緩和と財政支出だけを行っても効果がなく、副作用ばかりが目立つのである。そのため、⑦⑧は正しいが、そんなことはやってみなくてもわかる筈だ。また、構造改革が滞ったため生産性は向上せず、④のように、潜在成長率は2022年度上期0.3%と低迷して金融緩和開始前の0.8%より低く、⑤の賃金上昇もあまり起こらず、円の価値が下がって物価上昇した分だけ、⑥のように、実質賃金が2022年に前年比マイナス1.0%に落ちた。さらに、②の2%の物価上昇というのは、本来は景気が過熱して8~10%も物価上昇している時に2%以内の物価上昇を目標として金融引き締めを行うものであり、中央銀行が供給する金の量を2倍に増やして円の価値を下げ、実質賃金・実質年金・実質資産を目減りさせて日本を後進国に戻すことを目的として行うべきものではない。なお、③の「サプライズ緩和(黒田バズーカ)」による円安と株高に沸くのが、関係する特定の企業や個人に限られるのは当然のことである。
 *8-1-2は、⑨黒田総裁は金融政策決定会合後の会見で「金融緩和は成功だった」と総括し ⑩「10年間の金融緩和は、デフレでない状況にし、雇用を400万人以上増加させ、ベアも復活し、就職氷河期も完全になくなり、大きな効果があった」という認識を示し ⑪「就任時の目標の2%の安定的な物価上昇が達成できなかったのは、賃金や物価が上がらないことを前提とした考え方や慣行が根強く残っていることが影響したからだ」とし ⑫「大量に保有する国債やETFが負の遺産だとも思っていない」と言った と記載している。
 しかし、このうち⑩は、黒田総裁などが求めた日本国内の好景気によるディマンド・プル・インフレではなく、制裁のお返しによる食料・エネルギー価格の高騰と金融緩和の継続に起因する円安による輸入品価格上昇によるコスト・プッシュ・インフレであるため、国内でインフレに見合った賃金上昇を期待することはできない。また、400万人以上増加させたとされる雇用も薄給の非正規が多く、就職氷河期がなくなったのは新卒の人口が減った影響が大きいため、未だ本質的解決はしていないと思われる。それらのため、⑨のように、金融緩和は成功したとは言えず、⑫のように、“景気対策”と称する無駄遣いの結果として大量保有することになった国債やETFは、やはり負の遺産である。そして、⑪のように、「2%の“安定的”物価上昇を続ける」と、実質預金と実質国債残高を20年で1/1.43、30年で1/1.74、40年で1/2.12にすることができるため、国民が知らぬ間に国民の犠牲によって政府債務を減少させることができるという政府の悪巧みになる。逆に、長期金利が2%の福利であれば、定期預金を持ち続けた人は、20年で1.43倍、30年で1.74倍、40年で2.12倍に増やすことができたのだ。
 一方、白川前日銀総裁は、*8-1-3のように、⑬IMFの季刊誌に寄稿して黒田総裁による異次元緩和に疑問を呈し ⑭金融政策が「物価に与えた影響は控えめだった」と指摘 ⑮「解雇の少ない日本の雇用慣行が賃上げの弱さに影響している」として、米欧と同じ2%の物価目標を掲げることに懐疑的な見方を示した ⑯低インフレの長期化で政策金利がゼロ近くに張り付くことを警戒する声は「根拠のない恐怖」と表現し ⑰異次元緩和は物価を押し上げる効果が小さかった一方、構造問題への改革を遅らせる「応急措置」になったとした ⑱長期の金融緩和で資源配分の歪みがもたらす生産性への悪影響は深刻になる」とした と記載している。
 私は、⑯のように、低インフレの長期化で政策金利が0近傍に張り付くのは、高インフレ・低金利で賃金・年金・資産が目減りするよりは国民にとってマシだと思う。また、⑭の金融緩和が物価に与えた影響は円安が著しくなるまでは控えめだった。が、⑮のように、構造改革を行わずに金融緩和だけを続け、痛み止めばかり使って根本治療をしなければ、次第に体力がなくなって、変革だけでなく、災害や戦争などの危機対応もできなくなるのである。そのため、⑬⑰のように、構造問題への改革を遅らせた原因が異次元の金融緩和だとは思わないが、⑱の長期の金融緩和による資源配分の歪みは、不公正・不公平を生み、同時に国民の経済力(=購買力・消費力)を低下させる悪循環を作りあげたと言える。
 具体的には、総務省が2023年2月24日に発表した1月の消費者物価指数(2020年=100、生鮮食品を除く)では、*8-2-1のように前年同月比で4.2%上昇したが、厚生労働省が2023年3月7日に発表した1月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上の事業所)では、*8-2-2のように1人当たりの賃金は実質で前年同月比4.1%減り、賃金上昇幅は物価と比較して著しく小さい。岸田首相は1月に「インフレ率を超える賃上げの実現」を経済界に要請されたそうだが、日本国民はコスト・プッシュ・インフレ下で購買力が下がり、節約せざるを得ない状況になっているため、価格転嫁してインフレ率を超える賃上げをするのは困難だろう。
 そのため、*8-2-3のように、日銀新総裁となる植田氏は、金融政策を専門とし、1998年に東大教授から日銀審議委員となり、1999年に世界に先駆けて日銀が実施したゼロ金利政策導入に関わり、2000年に0金利が解除された際には強く反対されたそうで、「金融緩和の継続が必要」と発言されている。そのような中、「日銀新総裁は暮らしの安定を最優先にして欲しい」という要望が上がっているが、著しい残高の国債を償還するには、EEZに存在する資源を採掘し税外収入を得て返済するほかには、暮らしを直撃する副作用を解消する方法はない。
 日経新聞は、*8-2-4のように、2023年3月12日、⑲家計の資産を静かに蝕んでいるインフレがデフレ時に成功だった貯金神話を問い ⑳物価が下がるデフレ環境では成功だった預貯金偏重が問われている としている。
 預金利子率が下がれば、(配当性向が変わらなければ)株式の時価が上がって、配当と利子率が現金化の容易さやリスクを考慮した上で等しくなるように、株式市場で調整が起こる。債権も同じだ。現在は、日銀の金融緩和継続とコスト・プッシュ・インフレで日本国内の預貯金の購買力低下の度合いが大きくなったが、日本では構造改革が進まず、企業の利益率や配当性向は低いままであるため、日本の預貯金が必ず日本株に向かうと考えるのは甘い。何故なら、日本株から得られる利益率は低い上に、元本割れの可能性もあるからで、これが外貨・外債・外国株式との大きな違いであり、今後は外貨・外債・外国株式もミックスした投信やNISAがリスク分散と利益獲得の上で有効になると思われる。

  
              すべて2021.11.29日経新聞

(図の説明:左図は、1990年《冷戦終結直後》の主要国の企業の時価総額と名目GDP、中央の図は、2020年の主要国の企業の時価総額と名目GDPで、企業の時価総額と名目GDPともに新興国と米国で著しく伸びている。右図は、世界の上場企業数で、インドは1985年以降、中国・韓国は1990年以降に、急激に増えている)


   2023.2,24日経新聞      2023.3.7日経新聞   2023.3.12日経新聞

(図の説明:左図のように、日本は生鮮食料品を除く消費者物価指数が2023年1月には4.2%上がり、中央の図のように、現金給与総額は実質マイナスが続いている。また、右図のように、インフレによる預金《債権も同じ》の目減りは、1970年代以来の規模になっている)

*8-1-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15578331.html (朝日新聞 2023年3月11日) 黒田氏、停滞脱せず10年 「潜在成長率、押し上げは難しかった」
 第2次安倍政権が掲げた「アベノミクス」を金融緩和で支えてきた日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁が10日、任期中で最後となる定例の金融政策決定会合を終えた。10年にわたった歴史的にも世界的にも異例の金融緩和。壮大な試みは、日本経済に何を残したのか。金融政策決定会合を終えて会見に臨んだ黒田氏は、「アベノミクスを進めたこと自体は正しかった」などと語り、10年間の金融緩和の成果を誇り続けた。日本がデフレから抜け出せず、輸出企業が円高にあえいでいた2012年12月の総選挙。民主党からの政権奪還を目指した自民党の安倍晋三総裁(当時)が、政策の目玉としたのが「無制限」の金融緩和だった。財務省出身でアジア開発銀行総裁を務めていた黒田氏に、その実行が託された。13年3月に日銀総裁に就いた黒田氏は最初の決定会合で、国債を大量に買うことや、上場投資信託(ETF)の買い入れ額を増やすことを決めた。当時の会見で黒田氏は、「これまでとは次元の異なる金融政策」と強調。「2」が並んだシンプルなパネルを使いながら、2%の物価上昇を、2年を念頭に早期達成を目指し、日銀が供給するお金の量を2倍にすると宣言した。その後も「サプライズ緩和」を打ち出し、円安と株高に沸く市場は「黒田バズーカ」を歓迎した。ただ、恩恵は経済全体に行き渡っておらず、日本は持続的な成長力を欠いたままだ。国の経済の地力を表す潜在成長率(日銀推計)は、22年度上期に0・3%と低迷。緩和が始まる前の0・8%よりも低い。十分な賃金上昇も実現せず、実質賃金は22年に前年比マイナス1・0%に落ち込んだ。昨年来、日銀の緩和策を一因とした急速な円安が輸入品の物価高に拍車をかけ、物価上昇に賃上げが追いついていない。黒田氏の前に日銀総裁を務めた白川方明(まさあき)氏は、今月1日に公開された国際通貨基金(IMF)の季刊誌への寄稿で、この10年の緩和を「壮大な金融実験」だったとしたうえで、「インフレへの影響や経済成長への効果は控えめだった」と指摘した。BNPパリバ証券の河野龍太郎氏は「日本の停滞は構造的な問題が要因で、(黒田氏就任当初に指摘されていた)金融政策の不足が要因ではなかったと証明された」と話す。10日の会見で、緩和後も日本の潜在成長率が低迷したことを問われた黒田氏はこう答えた。「潜在成長率は金融政策に影響されるというよりも、構造的な問題。長期的な潜在成長率を押し上げることは難しかった」
■政策正常化へ難題
 10日の国会同意により、黒田氏の後を継ぐことが正式に決まった植田和男氏は、緩和自体は当面続けつつ副作用を減じる道を探るとみられる。経済を下支えしながら金融政策の正常化を進められるのか、難題が待ち受ける。植田氏は国会で、今の金融緩和について「物価安定の目標の実現にとって必要かつ適切な手法」と評価している。注目すべきは、副作用について明確に懸念を示している点だ。長期金利を抑え込むイールドカーブ・コントロール(YCC)に関連し、「将来については、様々な可能性が考えられる」と修正の可能性を示唆する。ETFの買い入れについても、「大量に買ったものを今後どういうふうにしていくのかは大問題だ」と語る。「出口」を慎重に探るとみられる。植田氏は4月27、28の両日、総裁として初めての金融政策決定会合を迎える。すぐに政策修正に着手するとの観測も市場にある。大和証券の岩下真理氏は「最初に手をつけるのはYCCの修正だと思う。ただ、経済や物価の見通しといった判断材料はすぐにはそろわず、就任直後の政策修正はないだろう」とみる。
■<考論>負の影響大 明治安田総合研究所・小玉祐一氏
 総合的に考えると、この10年の金融政策は負の影響が大きいという印象だ。評価できるのは、緩和初期に株価が上がったことだ。ただ、経済全体へのプラス効果は、期待ほど大きくなかった。問題は副作用だ。日銀が、市場で決まるべき長期金利を人為的に低く抑え込んでいるため、適正な水準がわからなくなっている。日銀だけのせいではないが、低金利は結果的に政府の借金である国債を発行しやすい状況をつくり、財政規律がゆるんだ。低金利でないと経営が立ちゆかない、いわゆる「ゾンビ企業」が生き残り、経済全体の生産性を低くしている可能性もある。日本経済の問題は、成長戦略の乏しさだ。政府が、規制改革を軸に民間の力を引き出していくことが求められる。日銀は、短期金利を低水準に保って緩和的な環境を維持する一方、副作用が大きい長期金利の操作はやめるべきだ。黒田総裁が就く前、日本の景気が悪いのは緩和が不十分だからだ、という考え方が広がっていた。日本経済の低迷が、金融政策のせいでなかったと証明できたのは、日銀にとって意味があったのかもしれない。
■<考論>「微益微害」 みずほリサーチ&テクノロジーズ・門間一夫氏
 この10年間の金融政策は「微益微害」だったといえる。株式や為替などの市場にはプラスの影響があったが、経済成長や物価にあまり影響はなかった。ただ、副作用も現段階では国民生活に大きく影響するほどのものではない。10年前は、日本経済の停滞の原因はデフレにあるという認識が広くあり、金融政策でなんとかできるという意見が多かった。金融政策はアベノミクスの「3本の矢」のまさに1本目で、日銀は大胆な緩和をするほかに選択肢はなかった。日銀はできることを全力でやろうとしたと思う。だが、3年ほどで弾を使い果たし、あとは、緩和から発生しうる問題点をどう軽減するかという作業に努めてきた7年だったといえる。一方、なかなか進まなかったのは構造改革だ。政府は規制緩和を進めようとし、女性や高齢者が働きやすい環境づくりも進めた。ただ、改革は一気に進むものではないし、何かひとつをすれば全部解決するものでもない。少子高齢化が進む中、先進国が高い経済成長を実現させるのはそもそも難しい。その難しいチャレンジをしたが、なかなか成果が上がらなかった。そう総括できる10年だった。

*8-1-2:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15578400.html (朝日新聞 2023年3月11日) 黒田総裁、国債大量保有「反省はない」 最後の定例決定会合、緩和は継続 植田新総裁、来月9日就任
 日本銀行は10日、大規模な金融緩和を主導してきた黒田東彦(はるひこ)総裁(78)にとって最後となる定例の金融政策決定会合を開き、緩和を現状通り続けると決めた。黒田氏は会合後の会見で「金融緩和は成功だった」と総括した。黒田氏の後任として植田和男氏(71)を総裁に起用する人事案はこの日、参院本会議で同意され、戦後初めて学者出身の総裁が誕生することが正式に決まった。黒田氏は4月8日に10年の任期を満了し、退任する。10日の決定会合後の会見では、10年間の緩和について「(物価が下がり続ける)デフレでない状況になり、雇用も400万人以上増加し、ベア(賃金を底上げするベースアップ)も復活し、就職氷河期も完全になくなった」と述べ、緩和には大きな効果があったとの認識を示した。ただ、就任時に目標にした2%の安定的な物価上昇は達成できなかった。黒田氏は「賃金や物価が上がらないことを前提とした考え方や慣行が根強く残っていることが影響した。目標の実現に至らなかった点は残念」とした。緩和は長期化し、副作用が目立ち始めている。日銀が大量の国債を買い入れてきた結果、発行残高の半分以上を日銀が保有し、市場機能の低下が指摘される。日銀が買い入れた上場投資信託(ETF)も、緩和を終える際に売却すると株価が急落するおそれがある。しかし、黒田氏は「副作用の面よりも、金融緩和の経済に対するプラスの効果が、はるかに大きかった。副作用が非常に累積しているとか、大きくなっているとは思っていない」と主張。大量に保有する国債やETFが、次期体制に引き継がれることに反省はないか問われると、「何の反省もありませんし、負の遺産だとも思っておりません」と言い切った。国会はこの日、日銀審議委員の経験もある植田氏を新総裁とする人事案に同意した。4月9日に就任する。副総裁を前金融庁長官の氷見野良三氏(62)と日銀理事の内田真一氏(60)とする案も同意された。植田氏は国会で、緩和を続けることが適切との考えを示している。ただ、市場で決まるべき長期金利の操作が「様々な副作用を生じさせている面は否定できない」と悪影響への配慮も示しており、いずれ修正に踏み出すとみられている。黒田氏は今後について「当面、現在の大幅な金融緩和を続けて、企業が賃上げをしやすい環境を整えることが非常に重要」と指摘。植田氏については「素晴らしいエコノミストであると同時に、金融政策に精通しており信頼している。適切な政策運営がされると期待している」と話した。黒田氏は2013年3月、経済政策「アベノミクス」の柱として大胆な金融緩和を掲げた第2次安倍政権から総裁に任命された。就任直後の同年4月から、日銀は、世の中に出回るお金の量を増やそうと、大規模緩和を開始。16年1月にマイナス金利、同9月に長期金利操作の導入を決め、世界的にも異例の緩和策を続けてきた。黒田氏は18年に再任され、在任期間は歴代最長となった。

*8-1-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230302&ng=DGKKZO68888760R00C23A3EE9000 (日経新聞 2023,3.2) 異次元緩和「配分にゆがみ」 白川前日銀総裁 IMF季刊誌に寄稿
 白川方明・前日銀総裁は1日公開された国際通貨基金(IMF)の季刊誌に寄稿し、黒田東彦総裁による異次元緩和に疑問を呈した。金融政策が「物価に与えた影響は控えめだった」と指摘。解雇の少ない日本の雇用慣行が賃上げの弱さに影響しているとして、米欧と同じ2%の物価目標を掲げることに懐疑的な見方を示した。季刊誌は「金融政策の新たな方向性」として特集を組み、学識者や中央銀行の元幹部らが参加した。白川氏は「金融政策の基礎と枠組みを見直すとき」と題し、英文で寄稿した。白川氏はまず、低インフレの長期化で政策金利がゼロ近くに張り付くことを警戒する声について「根拠のない恐怖」と表現。実質的なゼロ金利が「景気後退時に利下げを通じて経済を安定させる能力を低下させる」とした米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長の過去の発言に対しても「事実によって実証されなければならない」と指摘した。理由として日本の1人当たり国内総生産(GDP)の成長率が、日銀がゼロ金利に達して非伝統的金融政策を開始した2000年から異次元緩和前の12年にかけて主要7カ国(G7)の平均と同程度だった点をあげた。異次元緩和は、物価を押し上げる効果が小さかった一方で構造問題への改革を遅らせる「応急措置」になったとの見方を示した。長期の金融緩和で「資源配分のゆがみがもたらす生産性への悪影響が深刻になる」とした。

*8-2-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230224&ng=DGKKZO68721550U3A220C2MM0000 (日経新聞 2023.2.24) 消費者物価4.2%上昇 1月、41年4カ月ぶり水準
 総務省が24日発表した1月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が104.3となり、前年同月比で4.2%上昇した。第2次石油危機の影響で物価が上がっていた1981年9月(4.2%)以来、41年4カ月ぶりの上昇率だった。円安や資源高の影響で、食料品やエネルギーといった生活に身近な品目が値上がりしている。上昇は17カ月連続。QUICKが事前にまとめた市場予想の中央値(4.3%)は下回った。消費税の導入時や税率の引き上げ時も上回り、日銀の物価上昇率目標2%の2倍以上となっている。調査品目の522品目のうち、前年同月より上がったのは414、変化なしは44、下がったのは64だった。生鮮食品を含む総合指数は4.3%上がった。81年12月(4.3%)以来、41年1カ月ぶりの上昇率だった。生鮮食品とエネルギーを除いた総合指数は3.2%上昇し、消費税導入の影響を除くと82年4月(3.2%)以来40年9カ月ぶりの伸び率となった。品目別に上昇率をみると、生鮮を除く食料が7.4%上昇し全体を押し上げた。食料全体は7.3%だった。食用油が31.7%、牛乳が10.0%伸びた。エネルギー関連は14.6%上がった。宿泊料は2022年12月のマイナス18.8%からマイナス3.0%となり、指数全体を押し下げる効果は小さくなった。政府が観光支援策「全国旅行支援」の割引率を縮小した影響が表れた。

*8-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230307&ng=DGKKZO69041110X00C23A3MM0000 (日経新聞 2023.3.7) 実質賃金1月4.1%減 10カ月連続減、物価高響く
 厚生労働省が7日発表した1月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上の事業所)によると、1人当たりの賃金は物価変動を考慮した実質で前年同月比4.1%減った。10カ月連続の減少で、1月としては遡れる1991年以降で過去最大の減少幅だった。物価上昇が歴史的な水準に達し、賃金の伸びが追いつかない状況が続いている。実質賃金の下落率は消費税率引き上げ直後の2014年5月(4.1%減)以来、8年8カ月ぶりの大きさだった。さらに遡ると、リーマン・ショックの影響が残る09年12月(4.2%減)と同程度の水準となった。名目賃金に相当する1人あたりの現金給与総額は0.8%増の27万6857円と、13カ月連続で増えた。基本給にあたる所定内給与は0.8%増、残業代などの所定外給与は1.1%増えた。就業形態別に現金給与総額を見ると、正社員など一般労働者は1.3%増の36万510円、パートタイム労働者は0.8%増の9万8144円。1人当たりの総実労働時間は、1.4%減の127.7時間だった。実質賃金の算出で用いる物価(持ち家の家賃換算分を除く総合指数)の上昇率は1月に5.1%で、22年12月から0.3ポイント伸びた。新型コロナウイルス禍からの経済活動の再開に伴って名目賃金は増えたが、消費者物価の上昇率に及ばない。実質賃金が下がる状況が続けば家計の購買力が低下し、景気の下振れ圧力になる。23年の春季労使交渉(春闘)は3月半ばに集中回答日を迎える。岸田文雄首相は1月、「インフレ率を超える賃上げの実現」を経済界に要請した。

*8-2-3:https://www.tokyo-np.co.jp/article/231052 (東京新聞社説 2023年2月14日) 日銀新総裁 暮らしの安定最優先に
 政府は十四日、日銀の新総裁に経済学者の植田和男氏(71)を起用する人事案を国会に提示する。新総裁は大規模な金融緩和策の功罪と向き合うことになるが、足元では急激な物価高が起きている。暮らしへの配慮を最優先した金融政策を強く求めたい。植田氏は衆参両院の同意を得られれば内閣からの任命を受け、四月九日から黒田東彦総裁の後任として就任する。金融政策を専門とする植田氏は一九九八年、東大教授から日銀審議委員となった。この間、九九年に世界に先駆けて日銀が実施したゼロ金利政策導入に深く関わり、二〇〇〇年にゼロ金利が解除された際には強く反対した。今回総裁人事の報道が出た後も「金融緩和の継続が必要」と発言している。植田氏が就任した場合、過去の姿勢や発言だけで黒田総裁の異次元金融緩和路線を踏襲するとみるのは早計だ。植田氏は日銀による国債引き受けには懐疑的な姿勢を見せており、一定の時間をかけて政策の修正を図るだろう。黒田総裁がけん引する緩和路線は副作用が目立っている。国債購入は野放図な財政出動の温床となった。異常な低金利で年金生活者を中心に多くの人々が得られたはずの金利収入を失った。利ざやで稼げない地方銀行の経営難も続いている。一方で雇用は統計上安定し、株価も大幅に上昇した。新総裁は就任後、黒田路線の功罪を深く検証し金融政策に生かす必要がある。その際、緩和を続けても賃上げを伴う資金の好循環が起きない理由についての見解を、今後の処方箋とともに説明すべきだ。日銀は一三年、当時の安倍政権と金融緩和を推進する政策協定を結んだ。黒田総裁はかたくなに協定を守る一方、物価高への対応は後手に回った。政権と日銀の連携は否定しないが金融政策の手足を縛る協定なら見直しが必要だ。物価は二月以降も高水準で上昇し、節約も限界にきている。金融市場や政治との駆け引きも大事だが、日銀の最大の役割は物価を安定させ人々の生活を守ることにある。新総裁には「物価の番人」としての使命を肝に銘じ、人々の暮らしに寄り添った金融政策を実行してほしい。

*8-2-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230312&ng=DGKKZO69192670R10C23A3MM8000 (日経新聞 2023.3.12) インフレが問う貯金神話 デフレの成功足かせ、目減り、48年ぶり規模
 インフレが家計の資産を静かにむしばんでいる。2022年には、預貯金の購買力の低下度合いが48年ぶりの大きさとなった。物価が下がるデフレ環境では成功だった預貯金偏重が問われている。「個人が肌感覚でインフレを実感し始めたのが大きな転機になった」。独立系金融アドバイザー(IFA)のファイナンシャルスタンダード(東京・千代田)の福田猛代表は顧客の変化を実感する。ここ数カ月、インフレを考慮した運用の相談が急増した。2月の相談件数は前年同月比3割増えた。2%のインフレ率を前提に、30~50代には世界株式、60代以降のシニア世代には債券や高配当株を薦めているという。生鮮食品を含む消費者物価指数(20年=100)は21年末の100前後から今年1月に104.7まで上昇した。電気代補助金などで抑制されるものの、今後2年で106~107程度まで上がるとみられている。定期預金金利(1年物で0.02%程度)では焼け石に水だ。預金金利から物価上昇率を引いた預金の購買力低下は22年はマイナス4%近かった。石油危機で物価が高騰した1974年以来の低さだ。家計金融資産に占める現預金の割合は日本は54%と、欧州の35%や米国の14%に比べ高くインフレの影響を受けやすい。なぜ、預貯金に偏ったのか。東京海上アセットマネジメントの平山賢一氏は「預貯金が成功体験になっている」と指摘する。80年代まで1年物の定期預金金利は5%前後あり、70年代の石油危機による物価高騰時を除き「インフレに勝てる資産だった」(平山氏)。90年代半ば以降は預金金利がほぼゼロになる一方、デフレ入りして物価は下がり預貯金の購買力はむしろ強まった。株価は89年のバブル高値から長期停滞し、預貯金が資産管理の正解だった。ただ、物価上昇率がプラス圏に浮上し、日本株が上昇に転じても預貯金偏重が変わっていない。日本人の金融資産が生み出す稼ぎは欧米に比べても小さくなっている。ニッセイ基礎研究所の高山武士氏によると、日本の可処分所得は2万3200ドルとドル建てでは米国(5万4700ドル)の半分だ。給与など労働所得の差が1.7万ドルあるうえ、利子や配当といった資本所得が1.2万ドル違う。ユーロ圏とは労働所得に差はないものの資本所得で0.3万ドル劣る。「個人が国内株に資金を投じ、企業の成長に伴い労働所得も資本所得も増える好循環が成り立っていない」(ニッセイ基礎研の高山氏)。機会損失は大きい。龍谷大の竹中正治教授の算出方法に基づき01年度末の家計の株式・投信が実際より20ポイント高い28.7%だった場合の資産の伸びを試算した。21年度末の家計金融資産は約3200兆円と実際の約2000兆円に比べ約1200兆円多い。仮に、株・投信の期待利回りが実際の年7%に比べ低く年2~3%であっても180兆~300兆円の機会損失の計算だ。米国も70~80年代には株・投信の比率は15%程度と現在の日本と同じだった。「個人退職勘定(IRA)や企業型確定拠出年金(401kなど)の整備が投資を後押しした」(龍谷大の竹中教授)。米企業は多角化経営の見直しやサービス産業へのシフトで収益力を高め、株式投資が米国人の成功体験となった。22年は米銀の社債などに投資する元本確保型の投信が銀行窓販を中心に相次ぎ1000億円強を集めた。インフレで預貯金もじわり動き出している。日本政府は資産所得の倍増を目指し少額投資非課税制度(NISA)の拡充を決めた。「貯蓄から投資」がもたらす好循環実現には企業の力も必須のピースとなる。

<リーダーに女性が少ないことのディメリット(4)
              ← 生命や地球環境を重視した改革の停滞>
PS(2023年3月16日追加): *9-1-1のように、世界ではロシアのウクライナ侵攻で再エネの導入が加速し、2022年は2021年の1.4倍になるそうだ。一方、日本は、1970年代にオイルショックを経験したにもかかわらず、地球環境を護りつつエネルギーの自給率を上げる工夫を行わず、「再エネは原子力・火力と違って24時間安定的に発電できない」などという馬鹿なことを言って輸入化石燃料にしがみつき、「これが最後のチャンスだ」と言って原発依存に舵を切った。しかし、これらの方針の積み重ねが、日本企業の収益力を下げ、国民生活を圧迫し、国債残高を膨らませてきたことを決して忘れてはならない。また、日本政府は、*9-1-2のように、原発への武力攻撃を想定外として楽観視してきた。最近は「弾道ミサイル等で攻撃された場合は、海上自衛隊のイージス艦や航空自衛隊のPAC3等で多層的に迎撃する」と説明しているが、原発は原子炉がミサイルで直接破壊されなくても送電網や配管が損傷すれば大事故に繋がるため、本当に守ることはできないし、原発攻撃を受けた後で国際法違反で攻撃した国を戦争犯罪に問うても、汚染された土地が元に戻るわけではない。なお、*9-1-3のように、原発立地自治体は、国に安全対策の強化を求めているそうだが、さらに原発に税金をつぎ込んでも効果は限られ、金食い虫に餌をやるようなものであるため、それよりは送電網を整備して再エネを推進した方がよほど根本的解決になるのだ。そして、すでに不安を感じている人が多いのであれば、安全神話が存在するわけではなく、再エネという代替電力もあって原発が国のエネルギーを支えているわけではないため、次に事故が起こった場合は国民全体に負担をかけるのではなく、「原発を稼働させたい」と主張した立地自治体が責任を負うのが筋であろう。
 このような中、*9-1-4のように、フクイチの事故処理費用は年1兆円(きっちりしすぎた数字だが・・)で、2021年度までに約12兆円が賠償・除染・廃炉作業などに充てられ、東日本大震災から12年経っても廃炉や除染の道筋が見通せないのだそうだ。除染費用だけで2022年末時点で累計4兆円を超え、2023年度以降も兆円単位で増える可能性があるそうだが、一部だけ除染しても放射性物質は風や雨で移動し、地産の農水産物も汚染されるため、避難指示を解除されたからといって安全を重視する住民が戻れないのは当然だ。そのため、これを続けるのか、さらにもう1か所も2か所も同じことが起こるとどうなるのか、という話になるのである。しかし、岸田首相はじめ自民党は、*9-1-5のように、「原発依存度を可能な限り低減する」とした政策を大転換し、ロシアのウクライナ侵攻に伴うエネルギー価格高騰を理由に原発の最大限の活用を掲げたが、フクイチ事故は今でも収束の見通しが立たず、大規模集中型の原発の方がむしろ不安定で、小規模分散型の再エネの方が危機に強く安定供給できて、気候危機にも対応できることが、今や世界の常識となりつつある。このように、政府がいつまでも時代遅れのことに多大な政策資源を投入し、気候危機対策の主役である再エネ拡大のための投資や制度改革をしないのも、エネルギー価格を高止まりさせて国内企業の収益力を下げ、国民生活を圧迫している重要な原因なのである。米ローレンスバークリー国立研究所の研究グループが、蓄電池の導入・送電網の整備・政策の後押しなどで、日本は2035年に再エネ発電比率を70~77%まで増やせるとの分析を発表したが、私はやり方によってはそれ以上だと思っている。
 なお、日本道路などが、*9-2-1のように、駐車場や歩道に埋め込む太陽光パネルを開発し、国内の道路面積は77万haあるため、そこに太陽光パネルを敷き詰めると出力は原発335基分の335ギガワット以上になるそうだ。また、窓や農業用ハウスに無理なく設置できる製品も出ているため、地産地消のエネルギーとしての可能性が高い。ドイツのBASFとカナダのソーラーアーステクノロジーズが開発した路面一体型は、エネルギーの変換効率が12.7%で、2023年4~6月から中国の北京・上海、北米、アジア、アフリカ、欧州等で実証実験を行うそうで、フランスの道路建設大手コラスも、2019年に駐車場等に設置する太陽光パネルを実用化したのだそうだ。そのため、いつまでも「エネルギーの変換効率とコストが課題だ。太陽光パネルの大量廃棄が問題だ」などと駄目な理由を並べて課題解決しなければ、太陽光発電機器も海外勢に負けるのは目に見えているわけである。
 このような中、東京都は、*9-2-2のように、2023年度に中古マンション向けEV充電器設置補助の上限を2倍超に引き上げ、2年後には新築マンションへのEV充電器設置を義務付けて、2030年には都内のマンションに設置済みのEV充電器を6万基に増やす計画を掲げているが、それなら駐車場に新型の太陽光パネルも設置して充電料金を無料か低価格にし、マンションの窓にも透明な太陽光パネルを設置することを義務付ければよいと思う。そして、東京だけでなく、大都市はこの方式で街づくりをするのがよいだろう。
 自動車では、スウェーデンを代表するボルボが、*9-2-3のように、2030年にEVの専門メーカーに生まれ変わるために改革を進めており、社内スキルや商習慣を変えながら強みの安全技術を強化して、経営トップは世界がEVに雪崩を打つ転換点が必ず来ると見ているそうだ。私は、自動車がすべてEVになれば、空気がよくなるだけでなく、都市の閉鎖空間(例えば、ビルの中)も道路にすることができるため、これまでネックの多かった道路の拡張や利便性の向上が容易になり、街づくりもスマートに進むと思っている。そのような中、時代錯誤で情けないのは、*9-2-4の三菱重工の国産ジェットで、国産初のジェット機なら電動化するのに改革がいらないため、化石燃料ではなく水素燃料のジェット機を作れば世界の今後の需要を捉えられると思っていたが、今ごろ化石燃料を使うジェット旅客機を新たに開発しているようだから、経産省が計約500億円の国費を投入して支援しても日本経済の新たな成長の種になれなかったのである。しかし、三菱重工はロケットでも初歩的な失敗をしているため、今の技術者は設計ミスやトラブルが多すぎるのではないかと思う。
 生命科学の分野でも、*9-3-1のように、米ファイザーが抗体医薬品に化合物を組み合わせて患者自身の免疫が癌細胞を攻撃する精度を高め、治療効果を引き上げる「抗体薬物複合体」の開発で先行するシージェンを買収すると発表し、ファイザーのブーラCEOは「癌治療が世界規模で製薬最大の成長分野であり続ける中、今回の買収でファイザーは立ち位置を高められる」と説明されたそうで、私はこれが正しいと思う。しかし、日本で「免疫チェックポイント阻害薬」が初めて話題になったのは2014年7月にオプジーボが承認された時で、それから免疫チェックポイント阻害薬は6剤に増えて適応癌種も拡大し、癌の薬物療法は「複合癌免疫療法」の時代へ突入しているそうだ(https://gansupport.jp/article/drug/checkpoint/37266.html 参照)。しかし、患者自身の免疫を使って癌細胞を攻撃すれば健全な細胞まで死滅させる副作用はないのに、日本の厚労省は未だに癌の3大療法を外科手術・化学療法・放射線治療とし、癌の免疫療法は第4の付加的治療法としか位置づけていない。また、*9-3-2の臓器移植についても、他人の臓器を移植する方法は、適合する提供者がいなければ臓器移植できない上に問題も生じ易いため、早く自己の幹細胞から臓器を再生できるように研究すればよいのに、早々に幹細胞をiPS細胞だけに絞ってしまったため、未だに有効な再生医療ができていない。そして、どちらも、最初は日本が先行していたものであり、これが最先端の世界競争なのである。
 そのため、*9-4のように、女性がSTEM(科学・技術・工学・数学)分野を目指しにくいようにすることによって、少子化の中、優秀な人材をみすみす逃しているという主張に、私は賛成だ。逆バイアスと言われるかも知れないが、特に生命科学や環境について関心の深い人は女性に多いように思う。少なくとも、多様な人材がいて自由な議論ができて初めてイノベーションが生まれるため、日本の研究力や技術開発力を高めて成長と社会課題解決に繋げるためにも、女性の力を生かす環境づくりを急ぐべきだ。そのため、教育における進路指導や就職後の機会の与え方においては徹底して公平・公正を貫き、決して女性を不利にしないことが重要なのであり(ところが、これができていない)、私は、それができれば十分だと思っている。

 
  2021.7.18Mirasus      2021.8.4Jetro      2021.3.9中日新聞

(図の説明:世界の陸上風力発電コストは、左図のように、2020年には原発より安い4.8円になり、日本の12.9円より8.1円安く、これは導入量増加による規模拡大の効果が大きい。また、中央の図のように、太陽光発電の発電コストも下がり、導入量も著しく増える予想で、いずれも日本は埒外だ。右図の各国・地域の再エネ発電比率の推移では、2020年にドイツ50%・日本22%で今後の伸びも著しく異なるが、その理由は日本の目標の低さにある)

*9-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230314&ng=DGKKZO69225900T10C23A3EP0000 (日経新聞 2023.3.14) 再生エネ、世界で昨年1.4倍 ウクライナ侵攻で導入加速、EU、ガス火力を上回る
 日本、なお化石燃料頼み  ウクライナ危機を受け、各国が再生可能エネルギーの導入を加速している。国際エネルギー機関(IEA)によると、2022年の世界の再生エネ導入量は最大4億400万キロワットに上る見通しだ。ウクライナ危機前の21年の1.4倍の規模にあたる。エネルギー安全保障上、燃料を輸入に頼らずにすむ利点が急拡大を後押ししている。欧州連合(EU)は世界有数の天然ガス輸出国であるロシアからの輸入を経済制裁などで減らした。22年5月に再生エネの大幅拡大を柱とする「リパワーEU」を公表。石炭火力発電所より温暖化ガスの排出量の少ないガス火力を脱炭素化の「つなぎ」とするシナリオから、一気に再生エネへ向かう方針に転換した。IEAによるとEUの再生エネは22年に最大6200万キロワット増えた。英シンクタンクのエンバーの報告書では22年のEUの発電量のうち、風力と太陽光の発電が22%に上り、ガス火力(20%)を初めて上回った。ロシアの侵攻直後は石炭火力発電所の稼働が増えたが9~12月の発電量は前年同期に比べて6%減った。ガス価格高騰などを受け、電気代が上昇したことも導入拡大の背景にある。英国では電気代高騰の負担を抑えようと自宅の屋根に太陽光パネルを設置する家庭が急増した。業界団体のソーラーエナジーUKによると、住宅の屋根に取り付けられた太陽光は22年上半期だけで21年分を上回った。22年に再生エネの設置を最も増やしたのは中国で、最大約1億8000万キロワットとみられる。1年の導入量だけで日本が持つ全ての再生エネの発電設備よりも多い。人口や経済規模を考慮に入れても差は歴然としている。新型コロナウイルスの感染が広がった20年からの3年間では約4億6000万キロワット増やした。原子力や火力発電所のように24時間発電できるわけではないが発電能力は原発460基分にあたる。国内に豊富な天然ガスがある米国は燃料調達でウクライナ危機の影響を受けにくく、再生エネ導入量は22年は横ばいだった。一方で23年以降は太陽光が約2910万キロワット増えるなど急伸する。原動力となるのが22年夏に成立した歳出・歳入法(インフレ抑制法)だ。再生エネなどの普及を後押しする税控除、補助金といった支援策を盛り込んだ。同法の原案だった「ビルド・バック・ベター法案」は一時、宙に浮いたが、ウクライナ危機が後押しし、内容を一部修正して成立した。再生エネの利点はこれまでは脱炭素やコストの面で強調されることが多かった。資源国のロシアのウクライナ侵攻でエネルギー安全保障面が意識された。欧州委員会のティメルマンス上級副委員長は「安全保障上の懸念に対する答えは再生エネだ」と話す。日本は危機から1年を経てもロシア産の化石燃料の購入が多い。発電量に占める再生エネはようやく2割を超えた段階で、ガスや石炭火力が主力だ。GX(グリーントランスフォーメーション)推進法案を今国会に提出し23年度から官民で年150兆円の脱炭素投資を目指すが、具体策に乏しく道筋は見えていない。

*9-1-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1004583 (佐賀新聞 2023/3/15) 「表層深層」原発攻撃 原発、武力攻撃は想定外、ミサイル発射で高まる不安
 国内の原発は、東京電力福島第1原発事故を契機にテロ対策が強化されたが、ロシアによるウクライナ侵攻のような武力攻撃までは想定していない。岸田政権が原発の最大活用を掲げる中、北朝鮮のミサイル発射も相次いでおり、立地自治体の不安は高まっている。国は武力攻撃を受けても「防衛問題として対応する」と強調するが、本当に原発を守れるかどうか懸念の声も上がる。
▽不安
 「これだけ発射頻度が高いと、万が一の事態も意識する。いつも警戒感を持っている」。関西電力美浜原発が立地する福井県美浜町の担当者は14日、同日午前の北朝鮮のミサイル発射を受けて不安を漏らした。原発は原子炉を冷やす水を確保するために海沿いに建設されており、有事には空や海から標的になりかねないとの懸念は国内の原発全てに共通する。原発の原子炉は頑丈な格納容器に収められ、厚いコンクリート建屋の中にある。原発の新規制基準は、意図的な航空機衝突にも耐えるテロ対策を電力会社に求めている。しかし、武力攻撃にどの程度耐えられるかは分からない。政府は弾道ミサイルなどで攻撃された場合は、海上自衛隊のイージス艦や航空自衛隊のPAC3(地対空誘導弾パトリオット)などで多層的に迎撃すると説明している。
▽脆弱
 ウクライナ侵攻で浮き彫りになったのは原発の脆弱さだ。昨年3月には稼働中のザポロジエ原発が砲撃、制圧された。侵攻開始から1年が経過した現在も激しい戦闘地域にあり、周囲では大規模な爆発が頻発。原子炉の冷却に不可欠な電源の喪失が繰り返されている。原発は原子炉などがミサイルで直接的に破壊されなくても、送電網や周辺の配管が損傷すれば、大事故につながる可能性がある。福島第1原発事故では、地震と津波で全電源を喪失し、核燃料を冷却できなくなったことで炉心溶融(メルトダウン)が起きた。ザポロジエ原発では今月9日にも全ての外部電源が一時的に喪失し、非常用ディーゼル発電機を稼働させる事態になった。国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は「このままでは、いつか運が尽きる」と述べ、電源喪失が大事故につながることに強い危機感を示した。IAEAは原発周囲に安全管理区域を設ける必要性を訴える。
▽備え
 国内の原発では2001年の米中枢同時テロ後、警察が自動小銃やサブマシンガンを備えた警備隊を常駐させ24時間体制で警戒している。政府は昨年12月、自衛隊、電力会社などの連携をさらに緊密化するため「原子力発電所等警備連絡会議」を新たに設置。航空自衛隊は昨年11月、関西電力大飯原発がある福井県おおい町で、PAC3を機動展開する訓練を実施。原発立地地域での訓練は初めてだ。松野博一官房長官は14日の記者会見で、原発を含む国内施設への武力攻撃は「わが国の防衛の問題だ。政府全体で必要な備えを行っており、あらゆる事態への対応に万全を期す」と強調した。だが、原発問題に詳しい笹川平和財団の小林祐喜研究員は「残念ながら、戦争になれば原子力施設を守る手段はない。原発への攻撃は国際法違反で、攻撃した国を確実に戦争犯罪に問える仕組みづくりを進めるしかない」と指摘している。

*9-1-3:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1004415 (佐賀新聞 2023/3/15) 3割が原発攻撃の「不安感じる」、立地自治体、対策強化求める声も
 原発が武力攻撃に遭ったロシアのウクライナ侵攻から1年に当たり、原発が立地する13道県22市町村に共同通信が14日までにアンケートした結果、約3割の自治体が国内の原発が攻撃される可能性に「不安を感じる」と回答した。約7割の自治体は防衛や外交の問題だとして回答しなかったが、自由記述では国に安全対策の強化を求める声なども多く、危機感の高まりがうかがえる。「不安」と答えたのは、東北電力女川原発がある宮城県石巻市や、東京電力柏崎刈羽原発がある新潟県柏崎市、関西電力美浜原発がある福井県美浜町など11市町。13道県を除く、基礎自治体の半数だった。理由は「ウクライナの状況を見ると当然不安を感じる」(愛媛県伊方町)、「日本の原発へ武力攻撃が起きないとは言い切れない」(静岡県御前崎市)など。残りの13道県11市町村は「不安を感じる」「不安は感じない」とした選択肢は選ばずに、「外交上、防衛上の観点で国が検討すべき課題」などと自由記述での回答が多かった。自由記述では「防護対策について再検証し、自衛隊などの拡充強化を国に求める」(石川県志賀町)、「新規制基準は武力攻撃への対応を求めていない。国には防護対策を求めたい」(伊方町)、「原発の設備面での安全対策でなく、ミサイル攻撃などからいかに原発を守るか、国防の観点で議論し、対策を講じる必要がある」(佐賀県玄海町)などの意見が記された。「近隣国でかつてない頻度でのミサイル発射もあり、有事に標的になる恐れがある」(美浜町)など、北朝鮮の発射実験を念頭に懸念が高まったと考える自治体も複数あった。現状の安全対策に関しては、鹿児島県と7市町が「不十分だと思う」と回答。また「物理的な攻撃だけでなく、サイバー攻撃にも対応しなければならない」(柏崎市)、「極超音速ミサイルなど迎撃が難しい武器で攻撃され、核弾頭を搭載していたらどんな対策も意味はない」(福井県高浜町)との指摘もあった。アンケートは1~2月、廃炉作業中や建設中を含め原発がある13道県22市町村を対象に選択式と自由記述で回答を得た。3月13日時点で集計した。ロシアの原発攻撃 ロシアは昨年2月のウクライナ侵攻の開始直後、旧ソ連時代に事故を起こしたチェルノブイリ原発を制圧し、1カ月以上占拠。同3月には稼働中だったザポロジエ原発を砲撃し、制圧した。稼働原発への軍事攻撃は史上初。原発への攻撃は、戦時下の文民保護を定めたジュネーブ条約で禁じられており、ロシアの行為は国際法違反と批判されている。現在も事故が起きかねず、国際原子力機関(IAEA)は原発周囲に安全管理区域を設ける必要性を訴えている。

*9-1-4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA078HY0X00C23A3000000/ (日経新聞 2023年3月11日) 福島原発の事故処理・廃炉 道筋見えず、費用年1兆円
 東京電力福島第1原子力発電所の事故処理費用が膨張を続けている。会計検査院によると2021年度までに約12兆円が賠償や除染、廃炉作業などに措置された。賠償や除染などの費用は22年度までに年1兆円規模となった。東日本大震災から11日で12年を迎えるが、廃炉や除染の道筋はなお見通せない。22年末時点で累計4兆円を超えた除染費用は23年度以降さらに兆円単位で増える可能性がある。政府は2月、帰還困難区域の一部に「特定帰還居住区域」を創設し、国費で除染することを盛り込んだ福島復興再生特別措置法改正案を閣議決定した。改正案によると、帰還希望者の自宅をはじめ道路や集会所、墓地などを除染し、生活に必要な道路といったインフラ整備も国が代行する。既に復興拠点では除染を実施している。実際にどれほどの住民が戻るかは未知数だ。復興庁が2月に公表した調査では、福島県双葉町と浪江町で「既に戻っている」「戻りたい」との回答は計2割にとどまった。「戻らない」は5割を超えた。避難指示を解除した地区でも戻った住民は1割に満たない場所がある。賠償費用も増える。文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会は22年12月、国の賠償基準である「中間指針」の見直しを決めた。東電側は新たに5000億円規模を被災者に支払う方針だ。指針は11年8月に策定され、避難生活による精神的損害として東電が1人月額10万円を目安に慰謝料を払ってきた。最高裁で22年3月に中間指針を上回る額の賠償を東電に命じる7件の判決が確定したため改定した。23年度後半には原発内で溶けて固まった溶融燃料(デブリ)の取り出しも始まる。政府はデブリ回収に6兆円、廃炉全体で8兆円との費用試算を16年に公表したが、回収はハードルが高く、さらに増える可能性が高い。政府は原発事故による賠償や除染などの費用として13兆5000億円の国債発行枠を確保している。政府も出資する原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じ、約10兆円を東京電力に交付し、賠償費用などに充てている。全国の電気代や託送料、復興特別税などから国債の償還財源を捻出する。帰還困難区域の除染には別枠で国費を投入している。政府は事故処理や廃炉の最終的な形をはっきり示しておらず、費用総額は見えない。負担は国民に跳ね返るだけに丁寧な説明と議論が欠かせない。

*9-1-5:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1002105 (佐賀新聞 2023/3/10) 事故後12年の原発政策 根拠薄弱な方針転換だ
 巨大地震と津波が世界最悪クラスの原発事故を引き起こした日から12年。われわれは今年、この日をこれまでとは全く違った状況の中で迎えることになった。「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」とした民主党政権の政策は、自民党政権下で後退したものの、原発依存度は「可能な限り低減する」とされていた。岸田文雄首相はさしたる議論もないままこの政策を大転換し、原発の最大限の活用を掲げた。今なお、収束の見通しが立っていない悲惨な事故の経験と、この12年間で大きく変わった世界のエネルギーを取り巻く情勢とを無視した「先祖返り」ともいえるエネルギー政策の根拠は薄弱で、将来に大きな禍根を残す。今年の3月11日を、事故の教訓やエネルギーを取り巻く現実に改めて目を向け、政策の軌道修正を進める契機とするべきだ。ロシアのウクライナ侵攻が一因となったエネルギー危機や化石燃料使用がもたらした気候危機に対処するため、原発の活用が重要だというのが政策転換の根拠だ。だが、東京電力福島第1原発事故は、大規模集中型の巨大な電源が一瞬にして失われることのリスクがいかに大きいかを示した。小規模分散型の再生可能エネルギーを活用する方がこの種のリスクは小さいし、深刻化する気候危機に対しても強靱(きょうじん)だ。昨年、フランスでは熱波の影響で冷却ができなくなり、多くの原発が運転停止を迫られたことは記憶に新しい。原発が気候危機対策に貢献するという主張の根拠も薄弱だ。気候危機に立ち向かうためには、25年ごろには世界の温室効果ガス排出を減少に向かわせ、30年までに大幅な削減を実現することが求められている。原発の新増設はもちろん、再稼働も、これにはほとんど貢献しない。計画から発電開始までの時間が短い再エネの急拡大が答えであることは世界の常識となりつつある。岸田首相の新方針は、時代遅れとなりつつある原発の活用に多大な政策資源を投入する一方で、気候危機対策の主役である再エネ拡大のための投資や制度改革には見るべきものがほとんどない。この12年の間、安全対策などのために原発のコストは上昇傾向にある一方で、再エネのコストは急激に低下した。原発の運転期間を延ばせば、さらなる老朽化対策が必要になる可能性もあるのだから、原発の運転期間延長も発電コスト削減への効果は極めて限定的だろう。透明性を欠く短時間の検討で、重大な政策転換を決めた手法も受け入れがたい。米ローレンスバークリー国立研究所などの研究グループは最近、蓄電池導入や送電網整備、政策の後押しなどにより日本で35年に再エネの発電比率を70~77%まで増やせるとの分析を発表した。これは一つの研究成果に過ぎないとしても、今、日本のエネルギー政策に求められているものは、この種の科学的な成果や世界の現実に関するデータを基礎に、熟議の上で合理的で説得力のある政策を決めることだ。いくらそれらしい理屈と言葉を並べ立てたとしても、科学的な根拠が薄く、決定過程に正当性のないエネルギー政策は、机上の空論に終わるだろう。

*9-2-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230228&ng=DGKKZO68812950X20C23A2TEB000 (日経新聞 2023.2.28) 太陽光発電、道でも窓でも、日本道路や米新興が新型パネル、地産地消エネへ期待
 太陽光発電の設置場所を増やす取り組みが進む。日本道路などは駐車場や歩道に埋め込む太陽光パネルを開発した。国内のすべての道路に敷き詰めれば発電能力は原発300基分以上という試算もある。国内に太陽光発電に適した場所は限られるが、道路や窓、農業ハウスなどまで新たな候補地として期待される。地産地消のエネルギーとして可能性を秘める。「15トントラックに踏まれてもびくともしない」。日本道路の生産技術本部課長の弓木宏之氏は自信を見せる。同社は太陽電池スタートアップのF-WAVE(東京・千代田)と路面に埋め込む太陽光パネルを開発した。太陽光発電の候補地としてまず注目されているのが道路だ。路面に埋め込んでおり、その上を人や車が通れる。流通する太陽光パネルの9割以上はシリコン製で、住宅の屋根や山の斜面、空き地などに設置されている。最近では、光を透過しやすい素材を使った封止技術が開発されるとともに、用途に合わせて発電に使う光の波長を変える工夫などもして、設置場所を増やそうとしている。
●道路変形に耐性
 日本道路などの太陽光パネルはシリコン製で外枠に頑丈な硬質プラスチックを採用した。一般に道路は10年を目安に補修工事をするが、それまで寿命が持つという。滑り止めの加工をして、車や歩行者の安全性を担保した。道路が温度変化で膨張や収縮をしたり、大型車両の通行などによってたわんだりしても、耐えられるという。エネルギー変換効率は8%程度と高効率な製品の20%前後に比べて低いが、歩道や駐車場に大量に並べて現地の施設などで使う狙いだ。2022年8月にはつくば市にある日本道路の施設内に蓄電池とともに施工し、夜間の照明に使う試験をした。23年度には自治体などに向け販売をめざす。単純に計算すると潜在能力は大きい。路面一体型を手掛けるMIRAI-LABO(ミライラボ、東京都八王子市)によると、日本国内の道路の面積は77万ヘクタールあり、太陽光パネルを敷き詰めると出力は原発335基分にあたる335ギガ(ギガは10億)ワット以上だという。海外では、ドイツのBASFとカナダのソーラーアーステクノロジーズも路面一体型を開発している。エネルギー変換効率は12.7%という。23年4~6月から中国の北京や上海、北米やアジア、アフリカ、欧州などで実証実験を行う。一部では実用化も進む。フランスの道路建設大手コラスは19年に駐車場などに設置する太陽光パネルを実用化した。カナダやアラブ首長国連邦(UAE)などでも導入実績がある。道路の路肩にある縁石に設置する取り組みも進む。コンクリート製品のイトーヨーギョーと早水電機工業(神戸市)は路面一体型だけでなく、縁石と一体化した製品を開発している。幅26センチメートルの縁石の試作品ならば、長さ8.5メートルで発光ダイオード(LED)の道路照明を点灯できるという。住宅などの窓にも大きな潜在能力がある。以前から設置できる太陽光パネルはあるが光を吸収するために色が着いており、デザイン性で設置場所が制限されていた。透明な窓として使える太陽光パネルが注目を集める。ENEOSホールディングス(HD)などが出資する米スタートアップのユビキタスエナジーが開発した。透明な有機薄膜型の太陽光パネルで、目に見えない紫外線と赤外線を吸収して発電に利用し、可視光は通す。現状のエネルギー変換効率は実験室レベルで最大10%だ。製品で安定して出せるようにする。25年にも米国で発売する。農地を太陽光発電に活用する動きも進む。以前は休耕地に太陽光パネルを並べる程度だったが、農作物を育てる農業ハウスにまで設置しようとしている。
●効率・コスト課題
 スイスのスタートアップ、ボルティリスは農業ハウスの天井に取り付ける太陽光パネルを開発した。天井を透過した光を集めて発電する仕組みだ。太陽光には様々な波長の光が含まれるが、同社の太陽光パネルは緑色光と近赤外光だけを発電に使う。トマトやピーマンなどの野菜はそのほかの波長の光で成長するため生育を妨げず、発電能力を生かせるという。23年内の商用化をめざす。普及にはエネルギー変換効率とコストが課題だ。例えば道路に使う場合、交通量が多いと効率が落ちて導入メリットが減る。日本道路によると、太陽光パネルを埋め込んだ道路を整備する場合、費用は一般の道路の数倍以上になるという。道路法の改正が必要となる可能性もある。現状では、路面に埋め込むことを想定していない。日本道路の弓木課長は「国が今後実施する実証試験などを通して、求められる太陽光パネルの仕様や基準が明らかになれば、業界団体などを通じ法改正の要望を出すことになるだろう」と話す。国は太陽光発電の様々な場所への導入を後押ししている。国土交通省は22年11月の審議会で、道路での太陽光発電の技術を公募し、屋外での性能確認試験や課題の確認を実施する方針を示した。フランスやオランダも政府が路面一体型の設置を支援している。円安やウクライナ侵攻以降のエネルギー危機などもあり、電気料金は高騰している。地産地消のエネルギー源への期待は大きい。
      ◇
●パネル、大量廃棄に懸念
 欧州の太陽光発電業界団体「ソーラーパワー・ヨーロッパ」によると、世界の太陽光発電の導入量は、21年には約1.7億キロワット、00年からの累積では26年に約24億キロワットに達する見通しだ。太陽光発電は風力発電や地熱発電などと比べ、稼働までの時間が比較的短くて導入しやすい。ただ設置が増えた分、廃棄物の問題も大きくなっている。日本では12年に固定価格買い取り制度(FIT)が始まってから、導入が進んだ。太陽光パネルの寿命やFITの適用が終わり始める32年以降には、パネルの大量廃棄が懸念されている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の試算によると、国内の太陽光パネルの廃棄量は35~37年ごろにピークとなり、産業廃棄物の最終処分量の1.7~2.7%に相当する年約17~28万トンになるという。現状ではほとんどが埋め立て処分されている。環境省の試算では出力10キロワットの産業用の太陽光発電システムの場合、製造から廃棄するまでに二酸化炭素(CO2)を15トン前後排出するとしている。太陽光パネルにはシリコンやガラスのほかアルミニウムや銅といった資源が含まれる。CO2削減やリサイクルも重要だ。対策は商機になる。三菱ケミカル子会社の新菱(北九州市)は2月、年間9万枚、約1500トンの太陽光パネルを処理する工場を竣工した。資源を99%以上再利用でき、2000トンのCO2削減効果が見込めるという。欧州では太陽光パネルの廃棄に関する規制が強化され、資源回収率などを法規制で管理している。日本も環境省主導でリサイクル義務化への議論が進む。コストや消費エネルギー、廃棄物など様々な面でライフサイクルを考慮したエネルギー導入が求められている。

*9-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230307&ng=DGKKZO69036390X00C23A3MM8000 (日経新聞 2023.3.7) 都、マンションのEV充電器6万基に 30年までに 中古向け補助増、新築は設置義務
 東京都が電気自動車(EV)充電器の増設に本腰を入れる。2年後に全国で初めて新築マンションへの設置を義務付けるのに先立ち、2023年度は中古マンション向けの補助上限を2倍超に引き上げる。30年時点で都内マンションに設置済みのEV充電器を6万基と、21年度末時点の150倍に増やす計画を掲げる。都内にあるマンション4万~5万棟が補助対象となる見込みだ。マンションなどの集合住宅には都内全世帯の7割が暮らしており、充電器設置はEV普及の大きなカギを握る。新築マンションには25年度から、駐車台数の2割以上の充電器設置を義務付ける。都は30年までに都内の新車販売の半数をゼロエミッション車(ZEV)とする目標を掲げるが、設置済みの充電器は21年度末で393基にとどまっていた。中古マンションの設置工事に対する補助金は最大81万円だが、配線が複雑で工事費が割高になりがちな機械式駐車場について23年度は171万円に引き上げる。設置のための調査費も補助対象に追加する。23年度予算案に関連費用として40億円を計上。23~24年度の2年間で22年度見込みの15倍強に当たる3100基の設置を目指す。東京カンテイ(東京・品川)によると20年に完成した首都圏の新築マンション(100戸以上)のうち、4分の1近くが充電器を備えていた。マンションのEV充電器設置への補助金は首都圏では千葉市や横浜市が導入しており、23年度には千葉県と神奈川県も創設する予定だ。都は18年度から国の補助金と併用可能な独自の補助制度を設けてきた。経済産業省のEV充電器補助金は充電器本体の補助率が50%(上限35万円)、工事費は100%(同135万円)。国も23年度からの補助拡充を検討しており、都の補助金と合算すれば初期費用をほぼまかなえる例も増えるとみられる。現時点ではEVを保有する住民はマンション内で少数派のケースも多く、充電器設置の合意形成は容易ではない。都は21日、充電器導入に関心を寄せる分譲マンション管理組合と充電事業者との個別相談会も初開催する。住民の理解を深め、設置を後押しする。

*9-2-3:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15579494.html (朝日新聞 2023年3月12日) ボルボ、「EV専業」への改革
 スウェーデンを代表する自動車メーカーのボルボ・カーズが、2030年に電気自動車(EV)の専門メーカーに生まれ変わるための改革を進めている。社内スキルや商習慣を変え、強みの安全技術を強化。テック産業から転じた経営トップは、世界がEVに雪崩を打つ「転換点が必ず来る」とみる。1月下旬、イエーテボリにあるボルボの主力工場を訪ねた。専用カートで広大な敷地を巡ると、建設中の巨大な建物が目に入った。次世代のEV生産を担う工場建屋だ。「写真撮影は厳禁」とされたこの工場では、自動車業界で「型破り」といわれる技術が採用されるという。ボルボは昨年、約1300億円を投資して次世代EV工場に変える計画を発表。目玉の一つが、「メガキャスティング技術」への投資だった。メガキャスティングは大型のアルミニウム合金を鋳造する技術で、大小100個以上の部品を組み合わせてつくる車体後部の大型パーツが、一つのアルミ部品として形成できるようになる。部品のすり合わせ技術が基本とされてきた自動車づくりの常識を覆す発想とされ、イーロン・マスク氏が率いる米テスラが採用して実績を示したことで注目されるようになった。イエーテボリのマグナス・オルソン工場長は「車体の軽量化や製造工程の簡略化が可能になる。車のモデルチェンジに対応する柔軟性も増す」と期待を込める。ボルボの22年の世界販売台数は約62万台。同じ欧州地盤の独フォルクスワーゲンがグループで年800万台以上を販売しているのと比べ、ボルボのシェアは小さい。
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 ボルボの歴史は決して順調とはいえない。1999年に米フォードの子会社になり、08年のリーマン・ショックでフォードが不調に陥ると、10年には中国の浙江吉利控股集団(ジーリーホールディンググループ)の傘下に入った。そのボルボが「EV専業」を宣言したのは21年3月。脱炭素を旗印に、急速にEVシェアが拡大する欧州市場が後押しした。変革を担うのは、22年3月、自動車業界の外から最高経営責任者(CEO)として招かれたジム・ローワン氏。革新的な家電で知られるダイソンCEOを務めたほか、スマホの走りとされた「ブラックベリー」を開発した旧リサーチ・イン・モーション(RIM)の経営にも携わった人物で、技術者としての手腕が買われた。ローワン氏の指揮の下、ボルボは大胆な方策を打ち出した。21年7月、エンジン部門を分離し、親会社の吉利と内燃機関専門の新会社を設立。社員や技術を移管してきたが、22年末、「完全EV化戦略を全うするため」として全保有株を吉利に売却。将来的に重荷になりうる内燃機関の開発と生産から手を引いた。EVのほか、デジタル投資にも注力する。挑むのが販売の全オンライン化だ。価格に透明性を持たせ、販売店の担当者が顧客の値引き交渉に応じる商習慣を変える狙いがある。担当役員のビョルン・アンウェル氏は「販売店は顧客の最適な車選びを手伝うという本来の業務に集中でき、余計な時間やコストを省ける」と話す。得意とする「安全性能」も進化させた。昨年11月に発表した最新のEV「EX90」は、前方の対象物との距離を3次元的に把握するレーザー機器や、8台のカメラ、16個の超音波センサーを搭載。周囲の危険を検知して運転を支援する。車内に乳幼児を置き去りにする事故を防ぐため、センサーで動きを感知したら警告を発したり、夏場には自動で冷房を入れたりする機能もつけた。ストックホルムの新車発表会に登壇したローワン氏は「新しい技術で、車の理想を描き直した」と述べた。EV化は、新たな雇用を生みだす可能性も出ている。工場に隣接する敷地には、同じスウェーデンの新興電池企業「ノースボルト」との合弁工場が建つ予定だ。年間50万台相当のEV用電池を生産する同工場を含め、25年の稼働に向けて約3千人の雇用が見込まれている。イエーテボリの工場には約6500人が働くが、工場長のオルソン氏は「新たな製法や品質の管理、電池の組み込みなど増える仕事もある。従業員には最長1年かけて新しい技能を学び、働き続けてもらう計画だ」と話す。
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 欧州連合(EU)や英国では、35年にハイブリッド車を含むガソリン車の販売が禁止になる。欧州自動車工業会の推計によると、30年に欧州の新車販売に占めるEVの比率は7割を超える見通しだ。欧州地盤のメーカーに焦りは強く、各社とも目標を立ててEV生産を強化。仏ルノーはEV会社の新設構想を進めるため、日産自動車への出資割合を見直した。自動車業界のEV化への動きが加速するなか、ローワン氏はひときわ強い危機感を抱く。根底にあるのは、かつて身を置いた通信業界での苦い経験だ。ローワン氏がRIMの経営に携わった08~12年、アップルのiPhone(アイフォーン)とグーグルの基本ソフトを搭載したスマホが世界市場を席巻し、携帯電話からスマホへの移行が一気に進んだ。「ソニー・エリクソンやノキアが、あんなに簡単に置き換わるとは想像できなかった」とローワン氏。ブラックベリーもiPhoneに敗れ、衰退した。鍵となるのは、人々の暮らしに役立つ次世代技術を率先していかに磨き続けられるかにある、と考える。「自動車も変革期にある。いまはゆっくりとした変化に見えるが、転換点を越えたとたん、あっという間に景色は変わる。市場の様子を見て参戦するようでは、遅い」
■(point of view 記者から)確かな戦略、日本にも期待
 歴史ある会社ほど培った技術や伝統があり、育んできた商習慣もある。それらのリセットにつながる変革に、多くの経営者が二の足を踏むのは当然だろう。自動車業界はいま、EV化の流れにある。ローワン氏は自身の体験からその変化は待ったなしの状態にあると言う。さらに、EVの普及に懐疑的な声を前に、「最後には常に新しい技術が勝つ」とも断言する。欧州で進むEV化の流れは、電池材料のリチウムの不足や充電インフラの遅れなど課題含みだ。だが、旺盛な投資や技術革新が、いずれそれらも解消するとローワン氏はみている。日本の大手自動車メーカーは、小回りが利くボルボやテスラのような判断はできないかもしれない。それでも、確かな戦略を発し、流れをたぐり寄せる側に立って欲しい。日本車が「ガラケー」になる日は見たくない。
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わけ・しんや 1979年生まれ。GLOBE編集部、経済部などを経てヨーロッパ総局員。運転は好きだが、自動運転車にも乗ってみたい。

*9-2-4:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/993962 (佐賀新聞論説 2023/2/22) 「国産ジェット撤退」失敗の検証で知見を
 自動車と並ぶ日本製造業の柱にとの期待を背負い、三菱重工業が手がけていた国産初のジェット旅客機スペースジェット(旧MRJ)開発が撤退に追い込まれた。閉塞(へいそく)感が漂う日本経済に新たな成長の種がまかれなかったのは残念というしかない。技術力がビジネスとしての展開に必要な基準に到達できなかった事実は、日本の産業力の現状を反映していると見るべきだ。官民共に深刻に受け止めなければならない。ジェット旅客機に再び挑むかどうかは別にして、この開発のプロセスを詳細に検証することは日本経済の進展のためには欠かせない。今後も宇宙関連やデジタル分野などで大がかりな開発案件が出てくるはずだ。どこに問題があったのか、今回の失敗から学び、その知見を産業界、政策当局で共有してこそ、前に進めるのではないか。スペースジェットの開発には経済産業省が計約500億円の国費を投入して支援してきた。西村康稔経産相は「当初の目的を達成できなかったことは極めて残念であり、重く受け止めている」と述べた。国費投入が実を結ばなかったことには、民間企業の事業頓挫とは違う種類の責任が伴うことは言うまでもない。株主や取引先に対する責任ではなく、納税者に対する説明責任だ。松野博一官房長官は、開発で培った経験、人材は次期戦闘機開発プロジェクトに活用できるとの期待を表明したが、まずは公費投入判断の妥当性や具体的な政府関与について情報開示をするべきではないか。2008年の事業化決定後、三菱重工は計約1兆円の開発費を投じてきた。当初は13年にANAホールディングス(HD)に初号機を納入する予定だったが、設計ミスやトラブルで6回にわたって納期を延期するなど難航した。時間がかかりすぎたことでスペースジェットの技術は陳腐化し優位性を失った。最終的には商業運航に必要な「型式証明」を取得するために、今後も年間1千億円規模の資金が必要となることが分かり、事業性が失われた。大型開発には厳格な工程管理が求められる一方、当初の見込みと違った事態に迅速に対応するための柔軟な組織運営も必要だ。ジェット旅客機の設計・製造経験のない自社技術者による開発から、経験豊富な海外技術者も参加する体制への切り替えが遅れたことが致命的になったとの見方もある。開発の実態と取るべき対策の提案が現場から経営陣に正確に伝わっていたのかどうか、報告を受けていたのなら、その際に経営陣が下した判断の妥当性は検証のポイントになるだろう。米ボーイング社に航空部品を供給するなど、三菱重工は部品メーカーとして世界市場で確固たる地位を築いている。部品を製造することと、旅客機全体を設計・製造することは別のプロジェクトなのだろうが、さまざまな分野で実績を積んできた同社が国内外の有力企業との効果的な協力体制を構築できていれば、違った結論になっていた可能性はある。日本の航空機産業ではホンダが小型ビジネスジェット機納入で世界首位を維持している。もちろん、単純な比較はできないが、彼我の差が何に由来するのか、探ることは有用だろう。

*9-3-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230315&ng=DGKKZO69262410U3A310C2TB1000 (日経新聞 2023.3.15) ファイザー、バイオ薬に照準 米新興買収に5.7兆円 コロナ特需後の柱に
 米製薬大手ファイザーが相次ぎ、同業の買収に乗り出している。13日には430億ドル(約5兆7000億円)を投じ、がん治療の次世代薬開発で先行する米新興企業を買収すると発表した。照準はバイオ薬だ。新型コロナウイルスの関連薬で潤沢な手元資金を抱えたが、一方で「コロナ特需」ははがれ、中期では大型薬の特許失効も控える。M&A(合併・買収)で次の柱をつくる必要に迫られている。同社は13日、米西部ワシントン州に本社をおくバイオ医薬スタートアップ、米シージェン(旧名シアトルジェネティクス)を買収すると発表した。シージェンを巡っては、ライバルの米メルクも買収を検討したが、金額で折り合いがつかなかったと報じられた。最終的にファイザーが競り勝った形だ。シージェンは「抗体薬物複合体(ADC)」と呼ぶ技術の開発で業界に先行する。抗体医薬品に化合物を組み合わせて患者自身の免疫ががん細胞を攻撃する精度を高め、治療効果を引き上げる。主力技術を使ったがん治療薬が実用段階に入り、足元で業績が急拡大している。2022年12月通期の売上高は20億ドルで、前期比25%増だった。今回の買収に対するファイザーの期待も大きく、シージェンの売上高は30年に100億ドル規模に達すると予想する。ファイザーは医薬品の売上高で世界最大規模だ。競合に規模で勝るうえ、この数年は新型コロナ向けのワクチンや治療薬の販売が好調だった。22年の売上高は過去最高の1000億ドル超を記録し、買収に使える資金も積み上がっていた。21~22年にかけても、成長が見込めるバイオ薬分野を中心に買収攻勢をかけてきた。21年12月には67億ドルで消化器系の難病治療薬を手掛ける米アリーナ・ファーマシューティカルズの買収を決め、22年5月には116億ドルで片頭痛薬の米バイオヘブン・ファーマシューティカル・ホールディングを買うとも発表した。同業買収への拠出額は21年以降だけで200億ドル以上に達した。足元はその動きをさらに加速させている。背景には既存ビジネスだけでは、将来的に収益が目減りしかねないという厳しい事情がある。ファイザーのアルバート・ブーラ最高経営責任者(CEO)は13日、シージェンの買収について「がん治療が世界規模で製薬最大の成長分野であり続けるなか、今回の買収でファイザーは立ち位置を高められる」と説明。一方で「新型コロナでの成功体験をがんで再現する」と付け加えるのを忘れなかった。ここ数年の業績拡大を支えてきた「コロナ特需」はすでに減退している。ファイザーは1月、23年12月通期について売上高が前期比29~33%減の670億~710億ドルと予想した。コロナ禍の収束に伴い、ワクチンや治療薬の需要が縮小するからだ。足元の売上高の減少だけではない。中長期では、乳がん治療薬「イブランス」など主力薬の特許も順次失効する。これにより、30年までに売上高が170億ドル程度目減りすると見込んでいる。ファイザーは買収などでてこ入れを狙い、30年までに250億ドル規模の新たな収入源を確保する計画を打ち出す。シージェン買収もその一環だ。

*9-3-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230222&ng=DGKKZO68671450R20C23A2EA1000 (日経新聞 2023.2.22) 臓器移植停滞、日本44位、意思表示1割、海外渡航者相次ぐ ドナー登録の啓発進まず
 海外での臓器移植を無許可であっせんしたとしてNPO法人が摘発された。悪質な事件の背景には日本国内の移植件数の少なさがある。人口100万人あたりの件数は世界44位。臓器提供者(ドナー)不足は深刻で意思表示も1割にとどまり、海外渡航の移植が相次ぐ。提供者を増やすには啓発活動や医療機関の体制整備が欠かせない。日本の脳死移植は世界でも類を見ない厳格なルールで始まった。従来の心臓停止後から脳死下での提供を可能にする臓器移植法が施行されたのは1997年。脳死移植には「書面での本人の意思」と「家族の承諾」を要件とした。臓器提供者は増えず、海外移植に望みを託す患者が目立った。
●緩和後も横ばい
 国際移植学会は2008年の「イスタンブール宣言」で、「臓器売買の禁止」や「臓器移植ツーリズムの禁止」を打ち出した。貧しい人などからの「搾取」につながる恐れがあるためだ。海外では一部を除いて日本人の臓器移植の受け入れをやめ、国内移植を増やすルール緩和が必要になった。日本は10年施行の法改正で、15歳未満のほか、意思表示がなくても家族の承諾による臓器提供を認めた。提供者は増えたが、年間100人ほどで横ばいの状態が続く。世界保健機関(WHO)などの集計では、21年の日本の移植件数は人口100万人あたり18.8件で世界44位。1位米国は126.8件、2位スペインや3位フランスとの差も大きい。日本臓器移植ネットワークによると約1万6000人の移植希望登録がある。年間で臓器移植を受けられるのは2~3%の水準で、海外での移植が相次ぐ要因となっている。
●受け入れに課題
 伸び悩む背景に医療機関側の受け入れ体制がある。厚生労働省によると、22年3月末現在で大学病院など高度な救急医療を提供する約900施設の半数は脳死移植に対応できない。体制を整えた約450施設も6割以上で経験がなかった。同省担当者は「脳死の可能性がある患者家族に適切な選択肢が示されず、臓器提供に至らなかったケースもありうる」とみる。臓器提供に関する啓発が進んでいないことも挙げられる。21年の内閣府による世論調査によると「提供したい」との回答は4割を占めた一方、臓器提供の「意思表示をしている」と答えた人は1割程度にとどまった。臓器移植の低迷は医療費も圧迫する。日本透析医学会によると、低下した腎臓の機能を補う人工透析を受けている患者は21年末で約35万人。2000年の約21万人の1.7倍となり、国民医療費約43兆円の4%を占める。海外の研究では腎移植を受けて透析が不要になることで医療費の削減効果の報告がある。透析は週に3回程度、1回につき4~5時間必要で、患者の日常生活にも影響を及ぼす。臓器提供が国内で増えれば、患者の負担とともに国全体の医療費も抑えられる。臓器移植をどう増やしていくのか。スペインやフランスでは本人が生前に臓器提供に反対の意思表示を示さなければ、提供するとみなす制度がある。日本では同様の制度の導入は容易ではないとの見方が多い。今回の事件では、ベラルーシでの臓器移植を無許可であっせんしたとして、NPO法人「難病患者支援の会」(東京)の理事、菊池仁達容疑者が臓器移植法違反容疑で逮捕された。同法は海外移植を禁じておらず、許可を得ていない不透明な仲介団体があるとされる。国の監督対象は臓器あっせん事業の許可を与えた機関のみで、同法人には調査権限が及ばない。日本移植学会理事で藤田医科大学の剣持敬教授は「悪質な仲介組織を減らすには、国内での臓器移植数を増やすしかない」と指摘する。制度改正による改善点として、移植医療が可能な施設を増やした上で、多くの項目を満たす必要のある脳死診断の回数や基準の見直しを挙げる。臓器提供する側もされる側も「周囲に言わないでほしい」と抵抗感を示す人が少なくないという。剣持氏は「『臓器移植でどれだけの人が助かった』など、国が臓器移植に関するデータを集めて発信するなど啓発を進めることが必要だ」と話す。

*9-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230222&ng=DGKKZO68671630R20C23A2EA1000 (日経新聞 2023.2.22) 女性のSTEM人材をもっと伸ばそう
 優秀な人材をみすみす逃していないだろうか。STEM(科学・技術・工学・数学)分野を目指す女性があまりに少なすぎるという問題である。多様な人材がいてこそ、イノベーションが生まれる。日本の研究・技術開発力を高め、成長と社会課題の解決につなげるためにも、産官学をあげて女性の力を生かす環境づくりを急ぐべきだ。経済協力開発機構(OECD)によると、大学など高等教育機関の入学者の女性割合は工学系が加盟国平均で26%、日本は16%だ。自然科学系でも平均52%、日本27%と大きな差がある。いずれも比較可能な国のなかで最下位だ。もちろん女性の能力が低いわけではない。15歳段階で科学分野の成績がよい生徒の割合は男女でほぼ変わらない。政府の教育未来創造会議が昨年の提言で理工系の女性の増加を掲げたのも当然だ。進路を狭める要因のひとつが、「女性は理工系に向いていない」といった根強いバイアスだ。本人が関心を持っていても保護者や教師が後ろ向きなこともある。数が少ないためにロールモデルも身近に得にくい。将来をイメージしやすい医師や薬剤師などの国家資格に目が向きがちだ。東京工業大学は2024年4月入学者の入試から総合型・学校推薦型選抜に「女子枠」を設ける。25年入学からは計143人分になる。学部段階の女性比率は約13%だが、全学部で20%を超えるようになる見込みだ。女性をひき付ける強いメッセージであり積極的に評価したい。同様の取り組みは徐々に広がっている。各大学で工夫してほしい。男性中心でやってきた大学や企業の風土も変えなければいけない。女性の採用と登用の促進、両立のためのサポート体制など、やるべきことは山積している。女性はこうあるべきだという旧弊から不当に低く評価したり、ハラスメントをしたりということがあってはならないのは当然だ。実績を積んだ研究者や技術者が中高生らと接する機会も増やしたい。女性が将来にわたり力を発揮できる姿を示すことが大事だ。女性のSTEM人材を増やすことは、男女の賃金格差を縮め、女性の経済的自立を促すことにもつながる。特にデジタル分野の人材育成は男女を問わず急務だ。日本の成長のためにも、これ以上後れを取ることはできない。

<メディアは本当に偏向していないか?>
PS(2023年3月19、21日追加):*10-1・*10-2は、①放送法の政治的公平性の解釈に関して行政文書を巡って政府と野党の対立が強まり ②立民などが安倍政権下で特定の番組への圧力があったと追及し ③総務省が3月7日に公表した行政文書に記されていた首相官邸と総務省の詳細なやりとりは、安倍首相のテレビ番組に対する不信感が際立ち、安倍氏の強い意向で総務省が「けしからん番組」は取り締まる方向に進めた過程を浮き彫りにした ④その文書は、2014~15年当時の礒崎首相補佐官(元総務官僚)の様子を記載しており ⑤立民の小西洋之氏(元総務官僚)が、3月8日の参院予算委員会で「首相補佐官が個別の番組を狙い撃ちにして作られた解釈だ」と批判し ⑥「放送法の私物化だ。1つの番組で政治的公平を判断して放送局の電波を止めることができる解釈は撤回すべきだ」と要求した ⑦その会議は2015年3月5日夕に開かれて、安倍氏、礒崎氏、山田氏、今井首相秘書官らが出席し ⑧礒崎氏は、放送法が定める「政治的公平」を巡って公平性を欠く「極端な事例」などをまとめた整理ペーパーを示して ⑨「極端な事例」は、選挙投票日前日に特定の政党への投票を促す例や国論を二分する問題で特定の政党の政治的見解のみを取り上げて放送を繰り返すなどの例とした ⑩15年当時に総務相だった高市氏は「1つの番組のみでも極端な場合は政治的に公平であることを確保していると認められない」と国会答弁した と記載している。
 私もNHKの地上波で放送されたこの質疑を見たが、まず、①⑤⑥の小西氏の指摘は、「総務省の内部文書は、(官僚が書いたものなので)日付や署名がなくても間違っている筈がない」という世界では稀に見る非常識な推論と官僚の無謬主義の上に立脚しており、「政治家が言うことは、当てにならないものだ」と吹聴してもおり、これこそ民主主義(国民は選挙で政治家を選ぶ)をないがしろにする論理だと思った。
 次に、②③④⑦は、安倍首相(当時)のテレビ番組に対する不信感と圧力があり、礒崎首相補佐官が総務省に対して威圧的なやりとりをして、⑧⑨⑩のように、総務大臣だった高市氏が「1つの番組のみでも極端な場合は政治的に公平であることを確保していると認められない」と国会答弁したことが不適切な行動だったとしているのも、最も重要な「何故、そういうことをしたのか」については議論せず、やり方の強引さのみを批判している点で本当の論点を外している。
 私は、安倍首相の政策に反対の部分も少なくなかったが、安倍元首相は少なくとも岩盤に穴をあけようと頑張っていたのに、予算委員会で野党が著しく長い時間をかけて追求したのはモリカケサクラ問題で、それは予算全体から見れば著しく小さな金額だった(監査だったら、マイナーパスするくらいの割合)。しかし、メディアも、政治家が汚職したような印象を与える追求は長時間かけて報道するが、政策論争の報道時間は著しく少なく、全体から見ても政治家に悪い印象を擦り付けている。そして、野党もまた、それに気付いていないわけはないだろう。
 また、*10-1・*10-2は、⑪放送法4条は、放送局が番組を編集する際、i)政治的に公平であること ii)報道は事実を曲げないことなどを定めており ⑫放送法を巡っての政治的公平について、政府は「放送事業者の番組全体」で判断すると解釈してきたが ⑬礒崎氏は一つの番組で「極端な事例」があれば政治的公平に抵触するとの「解釈の補充」を国会答弁で担保する狙いがあり ⑭安倍氏は「意外にも前向きだった」と書かれている ⑮安倍氏は会議で「政治的公平という観点からみて、現在の番組には明らかにおかしいものもあり、現状はただすべきだ」と指摘した ⑯高市経済安全保障相(当時の総務相)は文書のうち自身が登場する4枚について「事実ではなく、捏造だ」と答弁し ⑰中身自体が誤りだと主張して野党が求める議員辞職を否定した ⑱小西氏は「一般論として総務省の官僚は行政文書を作成する際に捏造することがあるのか」とただした ⑲松本総務相は「従来の解釈を変えたものではなく、従来の解釈に補足説明を加えたものだ」と主張した ⑳小西氏は「捏造との発言が虚偽であることを認め、議員辞職を求める」とただした とも記載している。
 このうち、⑪は正しいが、⑫については、私は、「1つの番組のみでも、極端な場合は政治的に公平であることを確保しているとは認められない」というのに賛成だ。何故なら、放送される時間帯や潜在的差別を利用した悪どい報道の場合は、1つの番組だけでも悪い印象を与えるのに十分なこともあり、メディアはそういう印象操作のことも「表現の自由」「報道の自由」と呼ぶからである。セクハラ表現や侮辱は、つい最近までは「表現の自由」と呼ばれ、それに苦情を言う女性のことを、むしろ「コミュニケーションできない人」等と言っていたことを忘れてはならないし、こういう事例は枚挙に暇がないのである。
 そのため、⑬⑭⑮の「極端な事例」は十分にあり得るし、それを民主主義によって選出された政治家が進めたから圧力になるというのはむしろ危険であろう。日本国憲法が保障する「表現の自由」「報道の自由」は、国の方針に反対して投獄されたり、メディアが解散させられたりしていた時代に、それでも反対し続けた勇気ある犠牲者を護るために定められた規定であり、事実でなくても、好き勝手なことを言っても、言いさえすれば「表現の自由」「報道の自由」として護られるなどという安直な態度とは、それこそ意識と次元が全く異なるものなのである。
 そのため、この質問が行為の妥当性ではなく、⑯⑰⑱⑳のように、またしても文書の信憑性と「捏造だ」と主張した高市大臣の進退に焦点を当てている点で、野党もポイントを突いていないと思うし、⑲のように、逃げの一手の松本総務大臣も頼りないと思った。なお、高市大臣が「私は官邸と言う言葉は使わず、官邸の誰それと言います」と答弁されたのは、内部の人だからこそ言える事実だと思う。
 しかし、*10-3のように、朝日新聞も社説で「政府がメディアに対する干渉を不当に強め、国民の生活や思考の基盤となる情報を統制しようとしている」「不透明な手続きによって行われた法解釈の変更を見直すべき」「高市総務相は放送番組が政治的に公平かどうか、ひとつの番組だけで判断する場合があると国会で明言した」「これは、その局が放送する番組全体で判断するという長年の原則を実質的に大きく転換する内容」「放送法の根本理念である番組編集の自由を奪い、事実上の検閲に繋がりかねない」「民主主義にとって極めて危険な考え方だ」「当時の礒崎陽輔首相補佐官の強い求めに沿ったものだった」「本来は国会などでの開かれた議論なしには行うべきでない方針転換が、密室で強行された疑いも持たざるをえない」等と述べている。
 上に書いたとおり、ひとつの番組だけでも編集の仕方によっては印象操作できるため、私はその局が放送する番組全体で判断する必要はないと思う。そのため、これまで番組全体で判断するのが原則だったのであれば、解釈変更の内容の妥当性を論点にすべきだ。
 また、法律改正ではなく解釈変更であれば、国会ではなく内閣でできるため、メディアの実態に合わせて転換することもあるだろう。そして、現在の日本政府を「メディアに対する干渉を不当に強め、国民の生活や思考の基盤となる情報を統制しようとし、事実上の検閲に繋がりかねない」などと言うのは時代錯誤で事実にあっていないし、現在、民主主義にとって最も危険なのは、政治家に関する事実でない印象操作をして、国民の投票行動を歪めることの方である。
 *10-4は、イ)8年前の旧自治の礒崎補佐官が放送法を取り上げようとしたが、旧郵政の山田秘書官と安藤情報流通行政局長がディフェンスし ロ)放送法の解釈変更はなかった ハ)今になって立憲民主党が取り上げたのは、大分参院補選で出馬が目されてきた礒崎氏のネガティブキャンペーンと奈良県知事選の旧自治省出身平木氏へのネガティブキャンペーンが目的 二)元官僚の筆者は小西文書が行政文書なのはわかっていたが、メモ程度のもので正確でない ホ)松本総務大臣は「上司の関与を経てこのような文書が残っているのであれば、2月13日に放送関係の大臣レクがあった可能性が高い」と説明した ヘ)「上司の関与を経て」は書き換えを示唆しており ト)松本総務大臣は、i)大臣レクは行われた可能性が高い ii)レク内容はわからない iii)レク結果は書き換えられたと答弁している チ)一部マスコミからも「記録者が最初に作ったメモを、原形をとどめないほど上司が書き換えた」という報道が出ている リ)高市氏と同席した大臣室の2人(参事官、秘書官)もそういう大臣レクの記憶がない ヌ)大蔵省時代の筆者の体験は、各種の政策議論を当時の郵政省と交わし、郵政内の行政文書はまったくデタラメだった ル)加計学園問題でも各省間の折衝の際に折衝メモがそれぞれの省の職員で作られ、相手省の確認を受けていない ヲ)その後の行政文書作成ガイドラインの改正で政策立案などの打ち合わせ文書は相手方の確認を取るとされたが、それ以前は確認を取っていなかった ワ)総務省の小笠原情報流通行政局長は、「総務省で電子的に保存されていた行政文書と認めた文書は、行政文書ファイル管理簿への記載がなかった」と答弁した カ)行政文書ファイル管理簿への不記載は、小西文書が旧郵政の内輪メモであるため旧自治に知られないようするため不記載だろうと思っていた ヨ)電子的に保存されていれば、どのように書き換えが行われたかも明らかなはず タ)総務省は「放送法4条の解釈を変えるよう礒崎補佐官から強要されたことはなかった」「2015年2月13日の高市大臣レクは、放送関係だった可能性が高い」「作成者および同席者のいずれも、この時期に放送部局から高市大臣に放送法の解釈変更という説明を行ったという認識を示す者はいなかった」と追加報告した レ)マスコミは安倍総理が放送法の解釈変更を総務省に迫ったという「思い込み」で凝り固まっているので、方向違いの記事ばかり としている。
 私も公認会計士として経産省と付き合っていた時代に、官僚がよくメモをとっていたので感心してはいたが、それを個人用のメモでなく行政文書とするのなら、相手の確認と了承が必要不可欠だ。近年は、録音すればパソコンで自動的に文字起こしできるため、文字起こしした原稿から必要な最終原稿を作って相手に確認した上で上司の承認を得ればよいし、要点を纏めるソフトがあれば、なおよいだろう。また、上司は、修正するのならその痕跡を残し、形だけではない内容のある認印を押すか署名すべきである。従って、いろいろ書いてあるが、関係者が納得した正確な文書しか行政文書とは認められず、そんなこともしていなかった省庁の杜撰さは目に余り、そういう意図的に作られた文書を使ってネガティブキャンペーンをするのはもってのほかと言わざるを得ない。

*10-1:https://mainichi.jp/articles/20230308/k00/00m/010/243000c?utm_source=article&utm_medium=email&utm_campaign=mailhiru&utm_content=20230309 (毎日新聞 2023/3/9) 浮き彫りになる安倍氏の「テレビ不信」 「政治的公平」解釈の舞台裏
 総務省が7日に公表した放送法の「政治的公平」の解釈を巡る行政文書には、第2次安倍政権下で行われた首相官邸と総務省の間の詳細なやりとりが記された。特に際立ったのは当時の安倍晋三首相のテレビ番組に対する不信感だった。安倍氏の強い意向で、総務省が「けしからん番組は取り締まる」(当時の礒崎陽輔首相補佐官)方向に進んだ過程が浮き彫りになった。文書では当時の山田真貴子首相秘書官が、総務省の安藤友裕情報流通行政局長に電話で説明した首相官邸での会議の様子が記されている。会議は2015年3月5日夕に開かれ、安倍氏のほか、礒崎氏、山田氏、今井尚哉首相秘書官らが出席した。礒崎氏はこの際、放送法が定める「政治的公平」を巡り、公平性を欠く「極端な事例」などをまとめた整理ペーパーを示した。選挙投票日前日に特定の政党への投票を促す例や、国論を二分する問題で特定の政党の政治的見解のみを取り上げて放送を繰り返すなどの例が示されたという。放送法を巡り、政治的公平について政府は「放送事業者の番組全体」で判断すると解釈してきた。礒崎氏は一つの番組で「極端な事例」があれば政治的公平に抵触するとの「解釈の補充」を国会答弁で担保する狙いがあったとみられる。礒崎氏の説明に対し、山田、今井両氏は会議で「メディアとの関係で官邸にプラスになる話ではない」などと反発した。ところが安倍氏は「意外にも前向きだった」と記されている。安倍氏は会議で「政治的公平という観点からみて、現在の番組には明らかにおかしいものもあり、現状はただすべきだ」と指摘。日本統治時代の台湾などを描いたNHKスペシャルの「JAPANデビュー」を名指しし「明らかにおかしい。どこでバランスを取ったのか」などと不満を述べ、「(政治的公平が)守られていない現状はおかしい」と指摘した。礒崎氏はTBSの番組「サンデーモーニング」を挙げ「コメンテーター全員が同じことを述べている」と指摘。安倍氏は「極端な例をダメだというのは良いのではないか」と述べ、礒崎氏を援護した。山田氏は「官邸と報道機関との関係に影響が及ぶ」と忠告したが、安倍氏は「ただすべきはただす」との立場を示したという。会議から約2カ月後の5月12日、参院総務委員会で、当時の高市早苗総務相は放送法の政治的公平について「これまでの解釈の補充的な説明」として、「一つの番組のみでも極端な場合は一般論として政治的に公平であることを確保していると認められない」などと答弁した。

*10-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230309&ng=DGKKZO69104530Y3A300C2PD0000 (日経新聞 2023.3.9) 行政文書「捏造」「圧力」で対立、放送法巡り、高市氏は辞職否定 立民追及「恫喝あった」
 放送法の政治的公平性の解釈に関する行政文書を巡り政府と野党の対立が強まってきた。立憲民主党などは安倍政権下で特定の番組への圧力があったと追及した。高市早苗経済安全保障相(当時の総務相)は自身の関与のほか文書の中身自体が誤りだと主張し、野党が求める議員辞職を否定した。立民の小西洋之氏は8日の参院予算委員会で「首相補佐官が個別の番組を狙い撃ちにした。激高し、恫喝(どうかつ)してつくられた解釈だ」と批判した。総務省が7日に公表した行政文書は、2014~15年の礒崎陽輔首相補佐官(当時)の様子を記載した。TBS番組「サンデーモーニング」の出演者の意見が偏っていると不満を持ち、総務省に放送法の解釈変更を迫った経緯を書いた。放送法4条は放送局が番組を編集する際(1)政治的に公平であること(2)報道は事実を曲げないこと――などを定める。政府は従来、公平性は放送局の番組全体をみて判断すると解釈してきた。野党が提起した論点は複数ある。ひとつは官邸が圧力を加えて放送法の解釈を変更したのではないかとの疑いだ。小西氏は「放送法の私物化だ。1つの番組で政治的公平を判断し、放送局の電波を止めることができる解釈は撤回すべきだ」と要求した。文書によれば礒崎氏は「1つの番組でも明らかにおかしい場合があるのではないか」と従来解釈を疑問視していた。「俺の顔をつぶすようなことになればただじゃ済まない。首が飛ぶぞ」。総務省側にこう発言する場面もある。15年当時に総務相だった高市氏は「1つの番組のみでも極端な場合は政治的に公平であることを確保していると認められない」と国会答弁した。松本剛明総務相は「従来の解釈を変えたものではない。放送行政も変えたと認識していない」と主張した。従来の解釈に補足説明を加えたものだと強調した。総務省の作成した行政文書の内容が正しいかどうかは論点の2つめだ。高市氏は文書のうち自身が登場する4枚について「事実ではない」と答弁した。「捏造(ねつぞう)」との言葉も使った。安倍晋三元首相との電話協議とされる内容に関しては「放送法の解釈について、安倍氏と電話で話したことはない」と明言した。小西氏は「一般論として総務省の官僚は行政文書を作成する際に捏造することがあるのか」とただした。松本氏は「精査を進めている。現時点で正確性が確保されているとは言いがたい」と明言を避けた。小西氏は「捏造との発言が虚偽であることを認め、議員辞職を求める」とただした。高市氏は「事実であれば責任を取る」と言明した。論点は首相補佐官の役割や機能にも及ぶ。小西氏は「放送政策を所掌しない首相補佐官が総務省の官僚を呼びつけて、放送法の解釈を決めるのは行政のあり方として許されるのか。密室行政だ」と非難した。松野博一官房長官は参院予算委で、礒崎氏の首相補佐官としての担当は安全保障政策や選挙制度だったと紹介した。自民党の世耕弘成参院幹事長は「首相補佐官は各役所を指揮命令したり、法を解釈したりする権限は何も持っていない。一議員の意見と捉えるのが普通だ」との認識を示した。
▼行政文書 中央省庁などの職員が職務上作成・取得し、組織として使うために保有する文書。公文書管理法などで定める。法令の制定、閣議決定の経緯からメモ書きのようなものまで幅広く対象になり得る。 最長で30年の保存と期間満了時に廃棄する場合は首相の同意が必要となる。開示請求があった場合は特定秘密などを除いて公開が求められる。今回の文書は立憲民主党の小西洋之氏が「総務省の内部文書」として入手し、2日公表。総務省は当初正確性が確認できないとして文書の位置づけを明らかにしなかった。省内で精査し7日に正式に行政文書だと認めた。

*10-3:ttps://digital.asahi.com/articles/DA3S15579469.html (朝日新聞社説 2023年3月12日) 放送法の解釈 不当な変更、見直しを
 政府がメディアに対する干渉を不当に強め、国民の生活や思考の基盤となる情報を統制しようとしているのではないか。総務省が問題の内部資料を行政文書だと認めたことで、そんな疑念がますます深まっている。不透明な手続きによって行われた法解釈の変更を、見直すべきときだ。2015年、当時の高市早苗総務相は、放送番組が政治的に公平かどうか、ひとつの番組だけで判断する場合があると国会で明言した。これは、その局が放送する番組全体で判断するという長年の原則を実質的に大きく転換する内容だった。放送法の根本理念である番組編集の自由を奪い、事実上の検閲につながりかねない。民主主義にとって極めて危険な考え方だ。内部文書によると、この答弁は当時の礒崎陽輔首相補佐官の強い求めに沿ったものだった。総務省は、礒崎氏から「問い合わせがあったので、所管省庁としてご説明を申し上げた」だけで、答弁を強要されたことはないと主張している。しかし、文書をみれば官僚側が対応に苦慮していたことは明らかだ。本来は国会などでの開かれた議論なしには行うべきでない方針転換が、密室で強行された疑いも持たざるをえない。岸田首相は、この解釈変更が報道の自由に対する介入だとの指摘は「当たらない」と述べた。だが、不審な手続きを進めた政府がそう主張したところで、説得力はない。解釈変更に至る手順が適切だったのか、第三者による検証が不可欠だ。こうした経緯が明らかになった以上、高市氏の答弁自体も撤回し、法解釈もまずはそれ以前の状態に戻すべきだろう。制作現場の萎縮を招き、表現の自由を掘り崩す法解釈を放置することを許すわけにはいかない。内部文書をみると、礒崎氏から総務省への働きかけは、14年の衆院選で中立な報道を求める文書を自民党が在京キー局あてに出した6日後から始まっている。番組内容をめぐって、同党がNHKなどの幹部を会合に呼び出したり、当時の安倍首相が公然と番組内容を攻撃したりしていたのもこのころのことだ。解釈変更は、このように政府与党が放送局への圧力を強めるなかで起きた。文書からは、安倍氏が礒崎氏の提案を強く後押ししていた様子もうかがえる。責任は高市氏や礒崎氏だけではなく、政府与党全体にあると考えるべきだろう。放送法ができた1950年の国会で、政府は「放送番組に対する検閲、監督等は一切行わない」と述べている。近年のゆゆしき流れを断ち切り、立法の理念に立ち返るべきときだ。

*10-4:https://news.yahoo.co.jp/articles/4969241ace6be76e5a166d297cc317a249be17d1 (現代ビジネス 2023/3/20) 高市大臣の「濡れ衣」はほぼ晴れたのに、まだ「罷免」にこだわる人たちに告ぐ
●奈良県知事選前のネガキャン
 3月3日の参院予算委員会から、小西文書で国会は持ちきりだが、いよいよ最終局面になったと思っていた矢先、とんでもない情報が18日夜に舞い込んできた。政府内で、高市大臣を罷免する動きがあるというのだ。週明け21日には何があるのか予断を許さないが、結論から言えば政府は何をみてきたのかとあきれるばかりであり得ないことだ。冷静にこれまでの動きを振り返っておこう。本コラムでは3月6日付《小西氏公表の「放送法文書」は総務省内の「旧自治」「旧郵政」の些細なバトルの産物? 》で、8年前の旧自治対郵政の下らない案件ではないかという見立てから、小西文書の形式面の不備も指摘した。8年前当時の旧自治の礒崎補佐官が放送法を取り上げようとしたが、旧郵政の山田秘書官と旧郵政の安藤情報流通行政局はディフェンスした。結果的に官邸で誰も関心を示さなかったので、放送法の解釈の変更も何もなかったというものだ。それを今になって立憲民主党が取り上げたのは、大分の参院補選(4月6日告示、23日投開票)で自民党県連が立候補者を発表する直前で、出馬が目されてきた礒崎氏またはその勢力へのネガティブイメージを作ること、さらに奈良の県知事選(3月23日告示、4月9日投開票)での旧自治の平木氏(高市総務大臣時代の秘書官)へのネガティブキャンペーンだ。特に大分の参院補選は、2019年の参院選で礒崎補佐官を破った立民、共産などの支援を受けていた安達氏の大分県知事選への出馬に伴うものなので、再び野党系候補を当選させたかったのだろう。こうした筆者の見立ては、これまでのところほとんど当たっている。総務省は10日、全体の文書の精査状況を明らかにした。13日付本コラム《「小西文書」のなりゆきに慌てふためく左派メディアは、世界の潮流がわかっていない》では、10日の総務省発表で小西文書が行政文書であることが判明し、鬼の首を取ったかのように一面トップで報じた朝日新聞と毎日新聞を冷笑した。
●レク結果は書き換えられた?
 元官僚である筆者から見れば、小西文書が行政文書であるのはわかっていたが、同時に、行政文書といってもメモ程度のもので、必ずしも正確とは限らない。6日付コラムでは、形式面に着目して、正確でない下らない文書と書いたつもりだ。争点になっていたのは2015年2月13日の高市大臣レク結果という文書だ。翌14日、衆院総務委員会で松本総務大臣は「「上司の関与を経て、このような文書が残っているのであれば、2月13日に放送関係の大臣レクがあった可能性が高い」と説明した。この松本総務大臣発言で重要なのは「『上司の関与を経て』レク結果があるので、レクがあった可能性が高い」という点だ。筆者は、その言葉を13日の国会でも総務省局長が使っており、かなり驚いた。この「上司の関与を経て」は書き換えを示唆しているからだ。要するに、大臣レクについて、(1)行われた可能性が高い、(2)レク内容はわからない、(3)レク結果は書き換えられたと松本総務大臣は答弁しているのだ。この13日の局長答弁と14日の大臣答弁は、13日の本コラムの執筆時にはわからなかったが、本コラムはほぼ当たりだった。一部マスコミからも、『上司の関与を経て』について、「あれは記録者が最初に作ったメモを、上司が原形をとどめないほど書き換えたことをにじませたものだ」という報道も出ている。いずれにしても、高市氏と、同席していた大臣室の2人(参事官、秘書官)もそうした大臣レクの記憶がないというのはあまりに不自然だ。一般の方が行政文書と聞くと、無批判に正しいものと勘違いしてしまう。そういう人たちのために、筆者の体験を書いておこう。筆者の場合、2005年から06年に総務大臣補佐官(大臣室参事官)を経験している。その前の大蔵省時代、「大蔵対郵政大戦争」の最前線にいて、各種の政策議論を当時の郵政省と交わす立場だった。郵政内の行政文書で当時、どのように書かれていたのか見たところ、まったくデタラメだった。当時の筆者の驚きと、今回の高市氏の反応は似たものだろう。2017年3月の加計学園問題でも、各省間での折衝の際、折衝メモがそれぞれの省の職員で作られたが、相手省の確認を受けておらずに、自省に都合よく書かれていて、その正確性は疑問視された。その後の行政文書作成のガイドライン改正で、政策立案などでの打ち合わせ文書では相手方の確認を取るとされたが、それ以前は確認を取ることはなかった。今回問題とされている行政文書は2015年のものなので、正確性が確保されていなくても不思議ではない。
●高市完勝、小西惨敗
 16日には、さらに驚きの事実が国会で明らかになった。総務省の小笠原情報流通行政局長は16日の衆院総務委員会で、共産党の宮本衆院議員の質問に対し、「総務省で電子的に保存されていた。総務省が行政文書と認めた文書は、確認した結果、行政文書ファイル管理簿への記載が行われていなかった」と答弁した。8年前の話なので、筆者は正直に言って電子的に保存されているかどうかは五分五分だと思っていた。行政文書ファイル管理簿への不記載は、小西文書が旧郵政の内輪メモであるので、旧自治に知られないようするためには不記載だろうと思っていた。これでほぼ最後のピースが解けた。電子的に保存されていれば、どのように書き換えが行われたかも明らかなはずだ。17日には、総務省から精査状況の追加報告があった。まず、礒崎補佐官関係で、「放送法4条の解釈を変えるよう強要されたことはなかったことは確認された」。2015年2月13日の高市大臣レクについて、「放送関係の大臣レクがあった可能性が高いと考えられる」、「作成者および同席者のいずれも、この時期に、放送部局から高市大臣に対して、放送法の解釈を変更するという説明を行ったと認識を示す者はいなかった」とある。安倍総理への電話については、「高市大臣から安倍総理又は今井秘書官への電話のいずれかについても、その有無について確認されなかった」。以上の話はほとんど公開情報に基づくものだが、マスコミは、安倍総理が放送法の解釈変更を総務省に迫ったという「思い込み」で凝り固まっているので、まったく方向違いの方向の記事ばかりだ。おかげさまで、筆者のYouTubeチャンネルで報じており、すでに再生回数は600万回に達しようとしている(3月19日夕方時点)。こうしてみると、高市大臣の晴れた濡れ衣はほぼ晴れただろう。普通であれば、これらの総務省調査により、事態は収束していくはずだ。立憲民主党にはこれ以上追及する余地はほとんどないからだ。しかしながら、ここで終わらないのが、政治の怖いところだ。それが冒頭に述べた、政府内における高市大臣の罷免の動きだ。これはデマではない。筆者は二次情報に基づく話で書かないのは、本コラムの読者であればわかっているだろう。一連の総務省の発表を見れば、高市大臣の完勝、小西議員の完敗である。しかし、この時期に高市大臣に謝罪をさせ、マスコミはそれをやはり間違っていたと報じた。それにより自民党内の高市大臣に反感を持っている人の溜飲を下げ、高市大臣の影響力をそぐ動きが実際にあったのだ。当然、高市大臣はそうした謝罪は拒否したので、罷免になるぞという脅しが岸田首相本人かどうかは不明だが、政府内にあるのだ。ここで国民的な人気があり、セキュリティクリアランスを精力的に進めている高市大臣を罷免したら、各地の補選や統一地方選にも影響するだろうから、そんなバカな話は、筆者は絶対にないと思うのだが、もしそんなことになったら、日本は沈没してしまう。

<残念な日本の再生医療の遅れ>
PS(2023年3月26、27日追加):*11-1-1は、①キヤノンが京都製作所から細胞培養装置事業を取得して再生医療分野に参入し ②2026年を目途に、最大100億個の細胞を一つの容器で培養できて培養コストを下げられる装置を販売する ③キヤノンがカメラ事業で培ったAIを活用した画像解析技術を活用して効率を高める ④キヤノンは画像解析技術によってCT画像に映った肺炎の影や癌などを抽出して医師の診断支援や早期発見に繋げている ⑤新事業では患者以外の人から採取した細胞の培養を目指す ⑥再生医療はこれまで免疫拒絶反応などが起こりにくい患者自身の細胞を用いる手法が中心だったが、細胞自体の治癒能力にばらつきがあり、患者本人にしか使えない、コストや細胞の調製に時間がかかるといった課題があった ⑦日立製作所も京都大学などと癌治療に使う細胞を自動培養する技術の共同研究を始めた ⑧経産省は世界の再生医療市場規模は2028年に約1兆4600億円に増えると予想しており ⑨ニコンが細胞受託生産事業に取り組むなど他産業からの参入も相次いでいた 等と記載している。
 *11-1-2や④のように、キヤノンは優れたCT・MRIを製造・販売しており、AI技術で画像のノイズを取り除くこともできるため、①②③は容易だろうし、⑧の海外マーケットも視野に入れれば、大量販売して単価を下げることも可能だろう。しかし、⑤⑥については、本人の細胞を使って免疫抑制せずに細胞移植や臓器移植をする方が価値が高い。何故なら、例えば心臓移植の場合、CTで正確にその人の心臓の構造を測定し、3Dプリンターを使って大量培養した自分の細胞で元の心臓と同じ心臓を作れば、他人からの臓器提供を待つ必要がない上に、免疫拒絶反応も起きないからで、これは他の臓器も同じだ。そのため、もしキャノンが患者以外の人から採取した細胞の培養しか目指さないのであれば、⑦⑨の日立製作所やニコン等には別のやり方を開発して欲しい。なお、キヤノンは東芝の成長事業だった旧医療機器部門を2016年に買収し、東芝の方は、*11-2のように、不正会計による経営危機時に株主の圧力で半導体メモリーや医療機器等の成長事業を手放して、残る産業インフラ・電子部品の拡大やデータ関連での新事業育成がカギとなるそうだ。しかし、私は、POSシステムやエレベーター・鉄道は今後も発展的展開が期待できるが、原発に固執すればまた業績が悪くなると思う。
 *11-3-1は、イトーヨーカ堂について、⑩国内小売りの高収益企業として名をはせたが、時代の変化に対応が遅れて店舗数を3割近く削減するリストラ策を発表した ⑪井阪社長が「業績不振は事業領域・出店地域を絞り込めず、構造改革の効果が薄かったからだ」と述べた ⑫2025年度の店舗数はピークの約半分の93店舗に減り、祖業のアパレル事業からも撤退して食品事業を柱とする成長策を示した ⑬デフレ化で低価格・高品質のユニクロやニトリに顧客が流れたデフレ化で低価格・高品質のユニクロやニトリに顧客が流れ、2000年代からは衣料品・雑貨・食品などの総合型スーパーが消費ニーズからずれて縮小の一途をたどった ⑭成長事業のセブンイレブンを抱えて危機感が高まらず、期待していた百貨店そごう・西武との相乗効果も発揮できなかった ⑮同社は過去の成功体験が染みつき、経営革新で後手に回った ⑯今回のリストラ策も米国の投資ファンドなど一部の株主のヨーカ堂の撤退・売却要求を受けて守りの姿が鮮明になり、投資ファンドがセブン&アイHDの井阪社長らの退任を求めている と記載している。
 私は、自宅近くにイトーヨーカ堂があったため、1992~2010年まで日常の買い物の殆どをイトーヨーカ堂で済ませ、食品・雑貨・普段着(スカート・Tシャツ・下着・カシミヤのセーターなど)はイトーヨーカ堂で買っていたが、イトーヨーカ堂の衣料品や雑貨はデパートのように高すぎず、品質も悪くなかった。しかし、その店舗は、はす向かいにイオンタウンができたことで撤退し、イトーヨーカ堂が入っていた建物に、今はヤオコーが入っている。ヤオコーは生鮮食品で始まったスーパーだけあって生鮮食品は非常に良いが、ヤオコーにもイオンタウンにも悪くない雑貨・普段着は置かれていないため、私は、イトーヨーカ堂が撤退して以来、雑貨や普段着はアマゾン(手に取って見ることができないため、購入にリスクが伴う)で買っている。2011年から、イトーヨーカ堂での食品購入を控えた理由は、フクイチ事故後も福島県及びその近くの食品ばかり置いていたからで、食品の購入は日本の西部地域やせめて埼玉県産を置いている東部ストアに変更し、自分で産地を選べるインターネット通販を使って西部地域からも取り寄せている。その理由は、安全第一・健康第一で、お付き合いして癌になるわけにはいかないからだ。
 そのため、⑩⑪については、他を真似してリストラさえすればよいのではなく、消費者を馬鹿にしないで時代に合った消費者ニーズを捉えることが重要であり、衣料品・雑貨はむしろイトーヨーカ堂の得意分野だと思うのだ。また、⑫⑬については、ユニクロは安価な衣料品を置いており質も悪くないが、置かれている衣料品の範囲が限られ、ニトリはイオンタウンに入っているが今一つなのである。そして、⑭⑮⑯については、いくらセブンイレブンが成長事業だったとしても、それだけでは成立しないため、日本のマーケットを知らず、過去と現在の利益しか見ていない米国の投資ファンドの干渉には、きちんと説明して乗りすぎない方がよいと考える。しかし、記事を読む限り、井阪社長の説明も不十分であるため、それは何故かと考えたところ、イトーヨーカ堂はデパートと同様、*11-3-2のように、女性は非正規が殆どで、管理職に占める女性の割合が低く、男女の賃金差が大きいのではないかと思った。何故なら、管理職に占める女性の割合が高ければ、非正規と異なり、賃金が上がるだけでなく、発言力も増すため、消費者ニーズに近い発言をして経営に役立つからである。

 
 2023.3.23日経新聞    2020.5日本機械学会       関節ライフ

(図の説明:左図のように、再生医療分野への日本企業の参入が相次いでいる。中央の図のように、日本機械学会は、2020年、既に再生医療に使える細胞と対象となる臓器の例を示している。右図は、本人の骨髄由来の幹細胞の採取と応用例のイメージで、採取が容易で分裂しやすい幹細胞が他にもあればよいし、あるだろう)

*11-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230323&ng=DGKKZO69497420S3A320C2TB1000 (日経新聞 2023.3.23) キヤノン、再生医療に参入、細胞培養装置事業を取得 難病治療向け、コスト減
 キヤノンが再生医療分野に参入する。包装機などを手がける京都製作所(京都市)から細胞培養装置事業を取得。2026年をめどに従来品よりも培養能力が10倍となる装置を販売し、人工知能(AI)や画像解析技術を活用して培養の効率を高める。細胞治療はがんや筋肉や骨の病気に加え希少疾患などの治療法として期待されているがコストや効率性などが課題となっている。大手企業が既存事業を活用して再生医療を広げる動きが活発になってきた。京都製作所と装置や特許についての譲渡契約を結んだ。5月中旬をめどに事業を取得する見込み。装置の開発を進め、26年にも細胞培養装置の販売事業の立ち上げを目指す。取得額は明らかにしていない。細胞培養装置は種となる細胞を治療に必要な数まで増やす装置だ。事業取得先の京都製作所が開発する培養装置は、羽根車などを使わず容器の傾斜などで培地を混ぜて培養する独自の制御技術を採用している。細胞へのダメージを抑えながら一度の培養で従来装置と比べて約10倍の細胞を培養できるという。最大で100億個の細胞を一つの容器で培養できるため、これまで培養工程ごとにかかっていた評価試験などを減らし培養にかかるコストを下げることができる。キヤノンがこれまでデジタルカメラや防犯カメラ事業で培ったAIを活用した画像解析技術などを掛け合わせる。既に画像解析技術によって患者の被曝(ひばく)量を抑えながら、コンピューター断層撮影装置(CT)画像に映った肺炎の症状とみられる影やがんなどを抽出して医師の診断支援や早期発見につなげるなど、医療分野に応用し始めていた。再生医療でも細胞培養の過程でカメラやAIを使って作業を効率化するといったことを想定する。新事業では患者以外の人から採取した細胞の培養を目指す。再生医療はこれまで免疫拒絶反応などが起こりにくい患者自身の細胞を用いる手法が中心だった。ただ細胞自体の治癒能力にばらつきがあり患者本人にしか使えないほか、コストや細胞の調製に時間がかかるといった課題があった。一方で他人の細胞を使う治療は、汎用性が高いため大量生産によってコストが下げられることや治癒能力の向上などが期待されている。実用化に向けて免疫拒絶反応を抑える技術や、一定の品質で大量供給できる自動培養技術の開発が進んでいる。キヤノンは将来的に再生医療の普及に向けて鍵と期待される他人の細胞の開発製造受託(CDMO)事業も視野に入れるとみられる。日立製作所も京都大学などと、がん治療に使う細胞を自動で培養する技術の共同研究を始めた。がんなどの難病や希少疾患の治療に向けて再生医療の市場は拡大している。経済産業省によると、世界の再生医療の市場規模は28年に約1兆4600億円と21年から約19倍に増える。再生医療は次世代の治療手段として注目を集め、アステラス製薬など製薬大手が研究開発に注力している。製薬大手以外でも電機大手でニコンが細胞受託生産事業に取り組むなど他産業からの参入も相次いでいた。キヤノンは事務機事業に代わる成長領域として医療分野に力を入れてきた。21年に次世代CTに必要とされる技術を持つカナダの半導体メーカーを300億円強で買収した。強みのCTや磁気共鳴画像装置(MRI)など画像診断装置を中心に伸ばしながら、新たな成長の柱として市場成長が見込まれる再生医療などへの参入を目指していた。再生医療によってこれまで治らなかった病気の治療が期待される一方、細胞の培養や品質管理に大きなコストがかかるなど普及に向けては課題もある。企業の持つ既存技術の掛け合わせなどで、安価な製造プロセスを確立できるかが焦点となりそうだ。

*11-1-2:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0574Q0V00C22A4000000/ (日経新聞 2022年4月5日) キヤノン、CT・MRIの新機種 AIで画像診断短く
 キヤノンは5日、画像診断医療機器の説明会を開いた。4月からコンピューター断層撮影装置(CT)、磁気共鳴画像装置(MRI)の新機種を販売。人工知能(AI)技術で画像のノイズを取り除き、診断にかかる時間や患者の負担を少なくする。CTは年380台、MRIは年50台の販売を計画する。医療機器子会社キヤノンメディカルシステムズの滝口登志夫社長は「キヤノンのコア技術を使い医療機器の価値を最大限に発揮した」と語った。同社は東芝の旧医療機器部門で、16年にキヤノンが買収した経緯がある。画像診断にキヤノンのカメラや画像処理の技術とAI技術を組み合わせ、診断作業の効率化に生かす。5日に発売したMRI「ヴァンテージ フォルティアン」では深層学習(ディープラーニング)の技術を使い、画像内のノイズを除去、再構成する。診断で識別しやすい画像を短時間で収集できる。検査中に患者が動いて生じる余計な信号を補正する技術も搭載した。従来は17分かけて撮った画像と同水準の画質を得るのに、1分45秒の撮像時間で済んだ例もある。定価はオプションなしで12億円、オプションありで20億円超。年50台の販売を計画する。1日から販売を始めたCT「アクイリオン サーブ」は、キヤノン製のカメラを2台内蔵。寝台に寝た患者の体位を検出し、パネル操作のみで必要な部位の撮影開始位置に動かす。骨や臓器などの位置検出から、撮影範囲なども自動で指定する。CTはX線量を少なくして撮影した場合、画像にノイズが発生するが、深層学習(ディープラーニング)を活用してノイズだけを除去できる。診断時の被ばく線量を少なくしたり、造影剤を少なくしたりできる。定価は1台21億円で年380台の販売を計画する。

*11-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230326&ng=DGKKZO69601960V20C23A3EA2000 (日経新聞 2023.3.26) 東芝再編 非公開化へ(下)解体回避、成長戦略を再考 出資企業との連携カギ
 東芝の成長戦略は投資ファンド傘下で練り直すことになった。アクティビスト(物言う株主)の圧力で事業を切り売りし続ける「解体」は、買収が成立すれば回避される。過去の経営危機時に半導体メモリーや医療機器などの成長事業を手放しており、残る産業インフラや電子部品の拡大やデータ関連での新事業育成がカギとなる。23日に決めた株式非公開化の買収提案受け入れ。その裏で「プランB」の検討も進んでいた。概要は「一部事業の売却を含めた事業ポートフォリオの大幅な見直し」や「売却対価の大部分を株主還元の原資とする」など。いわば解体だ。日本産業パートナーズ(JIP)との交渉が大詰めを迎え、社外取締役による特別委員会は買収の妥当性を裏付ける材料を必要としていた。JIP以外に提案がないなかで比較対象として1月に執行側に作成を指示したのがプランB。3月10日に特別委に提出された。特別委がJIP案のほうが優れていると判断した理由は東芝の事業の力不足だった。特別委は「過去10年間、業績見込みを達成できていない」と業績予想の達成を前提としたプランBは実現可能性に乏しいとした。稼ぐ力の弱さが解体を回避する皮肉な結論だった。2023年3月期の連結売上高は3兆3200億円の見通し。15年3月期(約6兆6000億円)の半分程度だ。足元の半分を占めるのは発電機器やエレベーターなど産業インフラ関連で、かつての顔だった家電や半導体メモリーはない。事業構成が変わったきっかけは15年に発覚した不正会計だ。過年度決算の訂正で損失が膨らみ、財務体質の改善が急務となった。家電と医療機器事業は売却し、16年3月には半導体メモリーと原子力発電設備の2本柱で再成長を目指す計画を掲げた。しかし同年末に米原発事業で巨額損失が発覚し、再起の青写真は崩れた。今度はその損失を穴埋めするために半導体メモリーなど換金しやすい事業をタマネギの皮をむくように売却していった。縮小均衡を加速させたのが、17年の約6000億円増資を引き受けたアクティビストだった。短期的な還元を重視する大株主のアクティビストにおされ、一度はPOS(販売時点情報管理)システム事業を担う上場子会社の東芝テックが非注力事業に分類された。さらなる事業売却もささやかれ続けた。JIPの買収が成立すれば、事業の切り売りで還元に充てる流れはいったん止まる。手元に残った事業で成長戦略を組み立てることとなるが、「東芝の事業はシェアトップのものが少なく、それぞれが単独で成長するのは難しい」(海外機関投資家)との指摘もある。22年3月に就任した島田太郎社長は「データを起点に事業の価値を発掘する」戦略を掲げる。POSやエレベーター、鉄道から集まるデータを組み合わせて人流を解析するシステムの構築などを視野に入れる。ただデジタル事業は競争が激しい。23年3月期の売上高見通しは2400億円と、国内IT(情報技術)業界では中堅クラスだ。ITとインフラを組み合わせる戦略を掲げる日立製作所のデジタル事業は2兆円を超え、グローバル展開も進める。規模で劣る東芝にとってはデジタル戦略は難路にも映る。今回の買収にはロームや中部電力など日本企業が参加する。出資企業との連携もカギとなる。ロームはパワー半導体を手掛けており、原料調達や生産で東芝の同事業との連携を探るとみられる。中部電力は浜岡原発(静岡県御前崎市)で東芝の原子炉を採用しており、研究開発などで関係を深める可能性もある。JIPは企業価値を高めたあと、新規株式公開(IPO)で東芝を再び上場させることも検討しているとみられる。株主の期待に応えて企業価値を高められなければ上場ではなく、改めて解体に追い込まれることにもなりかねない。

*11-3-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230327&ng=DGKKZO69606340W3A320C2PE8000 (日経新聞社説 2023.3.27) ヨーカ堂大量閉店が示す変化対応の遅れ
セブン&アイ・ホールディングス(HD)傘下の総合スーパー、イトーヨーカ堂は、店舗数を3割近く削減するなどのリストラ策を発表した。かつて国内小売りとしては高収益企業として名をはせたが、時代の変化への対応が遅れた結果だ。ヨーカ堂衰退の経緯を現在成長中の企業は教訓とすべきだろう。同社の業績不振についてセブン&アイHDの井阪隆一社長は9日の記者会見で「事業領域と出店地域を絞り込めず、構造改革の効果が薄かった」と述べた。2025年度には店舗数はピークの約半分の93店舗に減り、祖業のアパレル事業からも撤退するとしている。同時に食品事業を柱とした成長策を示した。同社の苦境は過去の成功体験が染みつき、経営革新で後手に回ったことだ。今回のリストラ策も米国の投資ファンドなど一部の株主のヨーカ堂の撤退・売却要求を受けてのことで、守りの姿が鮮明になっている。ヨーカ堂は小売業界では優等生と言われてきた。成長力もさることながら、時代変化への対応が優れていたからだ。成長が鈍化すると、1982年に業務改革委員会(業革)を立ち上げ、迅速に経営体質改善に動いた。業革は小売業界の指針にもなったほどだ。こうした経営姿勢で98年度にセブンイレブンを含む連結営業収益で業界トップに立ち、日本最大の小売業に成長した。ところが00年代からは縮小の一途をたどる。衣料品や雑貨、食品など総合型スーパーが消費ニーズからずれてきたからだ。デフレ化で低価格・高品質のユニクロやニトリに顧客が流れた。グループ経営にも原因がある。成長事業のセブンイレブンを抱え、危機感が高まらず、期待していた百貨店のそごう・西武との相乗効果も発揮できなかった。日本的な雇用慣行に加え、グループとしては高収益企業であり、結局小出しのリストラを長く続けることになった。問題先送りの施策では最終的に株主にも従業員にも将来の可能性を示せない。24日には投資ファンドの米バリューアクト・キャピタルがセブン&アイHDの井阪社長らの退任を求めてきたことがわかった。経営陣と一部株主との認識ギャップは大きく、多くのステークホルダーを納得させるにはなお時間がかかりそうだ。

*11-3-2:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15592600.html (朝日新聞 2023年3月27日) 男女の賃金差公表、見えた会社の姿 格差小…管理職に選挙制、女性の比率高め
 男女の賃金格差の解消に向け、政府が企業に義務づけた格差の公表が徐々に始まっている。正社員の賃金格差は、男女の管理職の比率や勤続年数の違いの影響が大きいとされる。一方、賃金水準が低い非正規雇用の女性が多い企業は、全従業員でみた賃金格差が大きくなる傾向がある。昨年7月以降に決算期を迎えた企業(従業員301人以上)から順次、男性の平均年収に対する女性の平均年収の割合を「全従業員」「正社員」「非正社員」それぞれについて公表することが義務づけられた。イベントの企画などを手がけるグッドウェーブ(東京都渋谷区)では、正社員(183人中61人が女性)の年収は女性が男性の97%とほぼ同じだった。その一因が、女性の管理職比率が28%(40人中11人)と比較的高いことだ。厚生労働省が2021年度に調査した企業の平均(12%)の2倍以上になる。背景には、管理職を選挙制にしていることがある。管理職が昇進して空きができたときなどに、希望者が後任に立候補。管理職になったらどんなことをしたいかなどの「公約」を掲げ、部門の全社員が投票して決める。女性社員の一人は「自分たちで選んだ結果なので納得性が高い」と話す。一方、非正社員(25人中12人が女性)の年収は、女性が男性の167%にのぼる。仕事内容は正社員と大きくは変わらず、「例えば子育てを優先して時給制の非正規を選ぶことができる。たまたま女性の非正規の方が長く働いていた」(同社)。その結果、全従業員の年収でみると、女性が107%と男性を上回った。同社は従業員数が208人なので、公表義務化の対象外だが、もともと女性の採用に積極的だったこともあり、自主的に公表した。飲食大手トリドールホールディングス(HD、東京都渋谷区)は義務化を機に、グループの全従業員約1万3千人でみた格差を過去3年分開示した。女性の賃金割合は19年度の65%から21年度は77%へと上昇した。同社は理由について「管理職の女性比率がこの3年で8ポイント以上増えて13%になった。約10年前から男女同数を意識して新卒採用を続けたことで、正社員に占める女性の割合も4分の1を超えた」と説明する。
■格差大…正社員=男性多、パート=ほぼ女性
 一方、低賃金の非正規で働く女性が多い企業は、「全従業員」で見たときの賃金格差が大きくなる。のりやふりかけなどを作る大森屋(大阪市)の女性の賃金比率は、正社員では68%、非正社員では105%。だが、全従業員でみると26%と低くなる。正社員は男性が多いが、工場や物流センターでパートとして働く非正規はほとんどが女性だからだ。「非正規の女性と、正社員の男性の賃金を比べるような構図になっている」(総務部)。おもちゃ卸のハピネット(東京台東区)も、全従業員における女性の賃金比率が40%と低い。正社員では約7割を男性が占める一方、物流倉庫などで働く非正規では女性が7割以上を占めることが要因だ。一方、非正規の人数が圧倒的に多い場合は、正社員との賃金格差が見えなくなることもある。トリドールHDの傘下でうどんチェーンを展開する丸亀製麺(東京都渋谷区)は、従業員約1万1千人の9割が非正規。そのうち女性が7割近くを占め、店長になるケースもあり、非正規だけでみた賃金比率は122%と男性を超える。そのため、全従業員でみた女性の賃金比率も98%と高くなっている。
■開示には温度差
 社員の転勤支援などを手がけるリベロ(東京都港区)は先月の決算説明会で賃金格差を公表した。全従業員でみた女性の賃金比率は82%で、「女性活用に積極的なことを示すために公開した」。ただ、こうした公表に前向きな企業は多くはない。厚労省は企業に対し、格差を「女性の活躍推進企業データベース」などで公表することを推奨している。データベースに登録している上場企業約1200社を調べたところ、格差を公表しているのは23日時点で111社にとどまる。企業は決算日から約3カ月以内に公表することが義務づけられ、3月決算の企業が多いため、公表は今後増える見込みだ。だがすでに公表すべき時期がきているのに、女性の賃金が低いことがイメージダウンになるなどと考えて、公表せずに様子見する企業も少なくない。厚労省雇用機会均等課は「義務化の決定から実施まで半年ぐらいしかなく、周知期間が短かった面はある。今後徹底していきたい」としたうえで、「開示をきっかけに格差を意識し、対策に動いてほしい」とする。
■女性の賃金、G7で最低
 厚労省の22年の調査で、フルタイム労働者の所定内給与(月額)をみると、女性は男性の75.7%だった。格差は20年前に比べると9.2ポイント縮小した。正社員や管理職に占める女性の割合が少しずつ増えてきたことなどが影響している。それでも海外に比べると格差は大きい。経済協力開発機構(OECD)の調査では、働き手を男女それぞれ賃金順に並べたときの真ん中の人(中央値)で比べると、日本の女性の賃金水準は男性の77.9%。主要先進国(G7)ではイタリアが91.3%と最も高く、ほか5カ国も80%台で、日本が最も低い。

<日本人に限らない教育の重要性>
PS(2023年3月30日追加):*12-1-1のように、三菱重工は巨額の税金を投入して始めた国産ジェット旅客機の開発を断念し、経産省が検証会議を立ち上げるそうだ。しかし、遅れて開発するのに、新しさのない化石燃料使用型のジェット旅客機を開発しようと考えた時点で、生産性も付加価値が上がらないため敗北は決まりだった。その点でも、中国のEVは、意思決定の勝利だったのである。それにもかかわらず、*12-1-2のように、未だ“現実解”などとして「合成燃料を脱炭素の選択肢として備えよ」と言っているが、これも生産性も付加価値も低いため、敗北は明らかだ。“現実”に排気ガスを出さない合成燃料をいくらで作って、どれだけ普及させようと考えているのか。国産の再エネで作るグリーン水素の方がよほど安いし、排気ガスは全く出ない。そのため、私は、都市ガスも水素に変えてもらいたいと思っているが、その理由は、燃えても水蒸気しか出ず、水蒸気が出ると料理が乾燥せず美味しくなるからである。
 また、*12-1-3のように、会計検査院が新型コロナワクチン接種事業を調べたところ、厚労省が8億8200万回分を確保する際に作成した資料に、数量の算定根拠が十分に記載されていなかったそうだ。数量の妥当性については、国民全員が同じワクチンを5回接種(これも異常)したとしても、約6億回(2023年3月1日現在:1.2億人X5回)にしかならないため、8億8200万回分は明らかに多すぎるし、実際に廃棄した量も多い。そのため、そもそもワクチンくらいは速やかに自国で供給できるようでなければならないが、社会保障の財源には厳しいのに、世界のワクチンの獲得競争に勝つため、調達量の算定根拠も不明なまま、膨大な予算の無駄遣いをしたのには呆れざるを得ない。そして、これらの集積が景気格差になっているのだ。
 どうしてこうなるのか?*12-2-1は、日本で理系を専攻する学生はOECD平均の27%より低い17%で、OECD諸国は増加しているのに日本は殆ど変わらないため、文科省はデジタル・脱炭素などの人材を育成する理工農系学部を増やすため、私立大・公立大を対象に理系への学部転換や学部新設を支援する方針を固め、3000億円の基金を活用して、今後10年もかけて文系学部の多い私大を理系に学部再編をするように促すとしている。しかし、これは、コロナワクチンや景気対策への無駄遣いと比べてあまりに小さな金額で、文系よりも少人数学級で、実験や実習が多く、学生1人当たりの教育コストが高い理系への転換ができるのかは疑問だ。
 また、*12-2-2は、情報系学部は既に多く新設されたが、今年の入試では定員の増加ほど志願者が増えず、既に供給過剰を心配する大学関係者もいるとしている。そのため、足りないのは2000年代から言われている情報系学部ではないのではないか?また、入試で定員増加ほど志願者が増えないのは、就職時に勉強量の違いほど賃金の差がないこと(それどころか生涯賃金は理系人材の方が安い場合が多い)、大学教育だけで人材が育つのではなく初等・中等教育から重要であること、そのため「文理分け」を廃止する必要があること、「女子は文系」などという女性に対して失礼な思い込みを払拭すべきであること などがあろう。
 このような中、*12-2-3は、東大理学系研究科の留学生向けHPで、①東大で有意義な研究生活を送るには十分な資金を確保することが大切 ②日本の物価は高く、外国人留学生の平均生活費は毎月約13~14万円で、渡日後のアルバイトや労働時間数も制限されるので、渡日前に余裕をもって資金計画を立てよ ③入学後に応募する奨学金は非常に競争が厳しく、受給者数は限られている ④日本政府(文科省)の奨学金、国費外国人留学生制度への応募は、入学前に大使館推薦と大学推薦とのいずれかにより申請する ⑤大使館推薦はすべて留学生の母国に在る日本大使館が対応する ⑥民間奨学金は、直接応募と学内応募の2通りの奨学金がある ⑦学内応募の場合、東京大学から推薦を受けた者のみ、民間団体の選考を受けられる としている。
 理系は勉強時間を多く要するため、①②は尤もだが、それぞれの国で選りすぐられた優秀な学生が来ているので、③は国として変えるべきである。また、④⑤の日本政府国費外国人留学生制度も、申請が通りやすいよう広げるべきで、⑥⑦の民間奨学金は、大学によってはフリーパスに近い形で支給してよいと思う。つまり、いたずらに優秀な学生への門戸を閉ざすより、多く受け入れた方が、(理由を長くは書かないが)あらゆる意味で日本の国益にかなうのである。
 また、*12-3-1は、⑧日本政府は高度外国人材獲得に向けて、滞在1年で永住権を申請でき、世界の上位大学の卒業生には2年の滞在を認めることを決めた ⑨この決定は世界的人材獲得競争が激化する中で心強い ⑩外国人材が将来の日本にとって不可欠との認識を国民レベルで共有する必要 ⑪さらに外国人材にとって日本が住みやすい国という認識を確立することが重要 ⑫カナダは外国人材の受け入れを積極的に進め ⑬在外大使館による現地のネットワークを活用して早い段階から若い人材を発掘して能力強化などの支援にも動く ⑭より重要なことは、カナダ国民の多くが外国人材は能力が高く、カナダの経済成長やイノベーションに不可欠な存在であると実感していること ⑮外国人材とその家族は差別意識の少ないカナダでの生活に満足し、9割の人がカナダに帰属意識を持ち、留学生の6割はカナダで就職する としている。私も、⑧⑨⑩⑪について日本はまだまだで、⑫⑬⑭⑮のカナダくらいにならなければと思う。
 しかし、高度外国人材だけが必要なのではなく、高すぎない賃金で普通の仕事をこなす人も多く必要だ。何故なら、そういう人がいなければ、日本の産業はコストで世界競争に負け続けるからである。しかし、*12-3-2のように、国際貢献を理念に掲げつつ実際には人手不足を補う労働力の受け入れ手段で人権侵害の多い外国人技能実習制度が未だ存在するため、労働関係法令が適用され人間として生活できる単純労働者の受け入れ制度に迅速に変更すべきであり、デジタル・在庫管理・運転手などのように、日本語能力はさほど重要ではなく、英語ができた方が重宝な仕事も多くあるため、一律の日本語試験は不要であろう。

*12-1-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15596158.html (朝日新聞 2023年3月30日) 国産ジェット断念、検証会議立ち上げ 経産省方針
 三菱重工業が開発を断念した国産初のジェット旅客機「スペースジェット」(SJ、旧MRJ)について、経済産業省は検証のための会議を立ち上げる方針を固めた。外部の有識者を交え、同社や政府からヒアリングをする。巨額の税金を投入しており、航空機産業に再挑戦する上でも、検証が不可欠と判断した。検証では、商業飛行に必要な「型式証明」(TC)取得のための体制や、外国企業との連携などが主な焦点となる見通し。同省幹部は「国民に期待された計画で、しっかり振り返らなければならない」と話す。半年ほどかけて報告書をまとめる。三菱重工は2008年にSJの開発に本格的に着手し、約1兆円の開発費を投入。経産省は「日の丸ジェット」の実現に向け、研究費として約500億円を支援した。しかし、TCの取得が難航し、20年10月から開発を一時中断。今年2月に撤退を正式表明した。撤退の原因について、西村康稔経産相は2月の国会審議で「安全性に関する規制当局の認証プロセスにおけるノウハウの不足」「エンジン等の主要な装備品を海外サプライヤーに依存することでの交渉力の低下」「市場の動向に関する見通しの不足」の3点を挙げている。一方、政府は次のプロジェクトに動き出している。経産省は21年、水素を燃料とする航空機の技術開発などに210億円を計上。国産化は掲げず、「コアとなる技術の開発を強力に後押しし、競争力強化を目指す」とした。同省幹部は「航空機は裾野が広い成長産業。技術的な優位性もある日本が加わらない選択肢はない」と話す。

*12-1-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230330&ng=DGKKZO69718970Q3A330C2EA1000 (日経新聞社説 2023年3月30日) 合成燃料を脱炭素の選択肢として備えを
 欧州連合(EU)が温暖化ガスを出さない合成燃料を使う場合に限り、2035年以降もガソリン車など内燃機関車の販売継続を認めることで合意した。電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)とともに、自動車の脱炭素を実現する手段に位置付ける。航空機や船舶、都市ガスにとっても選択肢となりうる。日本も合成燃料の技術開発やコスト低減、法制度の整備に取り組み、活用に備えなければならない。EUは50年の温暖化ガスの排出ゼロを掲げる。対策の一環で内燃機関車の新車販売を35年までに禁止する準備を進めていたが、自動車など産業界の反発を受けたドイツが見直しを求めていた。修正は削減目標を堅持しつつ現実解を見いだす苦肉の策といえる。合成燃料とは工場や発電所から出る二酸化炭素(CO2)と、太陽光や風力など再生可能エネルギーを使ってつくる水素を合成してできる人工的な燃料だ。ガソリンや軽油、ジェット燃料、都市ガスの主原料であるメタンなどとほぼ同じ組成の燃料ができる。これを燃焼させて出るCO2は、製造時に吸収したCO2と相殺することで実質的な排出はゼロとされる。ガソリンスタンド網や、航空機や船舶のエンジン、都市ガスのパイプラインなど既存のインフラがそのまま使える一方、現状のガソリン価格と比べて何倍も高いコストが課題だ。温暖化ガスの削減成果が誰に帰属するかのルールも定まっていない。先行するEVに比べ自動車での利用は限定的だとの見方は強い。それでも気候変動対策をリードするEUが合成燃料を脱炭素の選択肢と明確にしたことは重要だ。航空機の脱炭素は電動化やバイオ燃料など、船舶ではアンモニアとの混焼など様々なアイデアが生まれているが、決め手を欠く。EUによる政策的な裏付けが、合成燃料の技術開発やコスト低減の競争を促す可能性を注視すべきだ。日本政府のGX(グリーントランスフォーメーション)基本方針は、自動車や航空、都市ガスなど合成燃料分野に今後10年で3兆円を投じる絵を描く。実用化には原料となる水素を安価で大量に調達することが条件となる。調達網の構築へ国際連携が欠かせない。利用に向けた国際的なルールづくりにも積極的に関与していかなければならない。

*12-1-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230330&ng=DGKKZO69714700Z20C23A3CT0000 (日経新聞 2023.3.30) コロナワクチン確保量、8.8億回分の根拠「不十分」、検査院調査 事後検証できず、改善求める
 会計検査院が新型コロナウイルスのワクチン接種事業を調べたところ、厚生労働省が8億8200万回分を確保する際に作成した資料に数量の算定根拠が十分に記載されていなかったことが29日、分かった。検査院は数量が妥当だったかの判断は示さなかった。その上で確保量に不確定要素がある物資を緊急で調達する場合でも、事後に過程を検証できる仕組みが必要と指摘した。同省はワクチンを巡るメーカーとの詳細な交渉過程や単価、返金額などを「守秘義務が課されている」などとして公表していない。検査院の調査には「世界中でワクチンの獲得競争が続いていた。国民が速やかにワクチンを接種できるよう、開発失敗などを含めたあらゆる可能性を視野に入れて確保に努めた」と説明した。検査院は「調達量の算定根拠が分からない以上、実際に廃棄やキャンセルが発生したとしても、それが適切なのかどうかも評価ができない」とし、予算の無駄遣いがあったかどうかは示さなかった。国は感染拡大や患者の重症化を防ぐためにワクチンの確保を進め、都道府県などを通じて全国の接種会場に配布した。2022年3月末時点で人口の約8割が1、2回目の接種を完了し、41.4%が3回目を打ち終えた。検査院は20~21年度に厚労省やデジタル庁などが予算計上したワクチンの確保、管理、配布などの事業の執行状況を調査した。厚労省は22年3月末までに8億8200万回分を確保する契約を結んだ。内訳は米ファイザーが3億9900万回分、米モデルナが2億1300万回分、英アストラゼネカが1億2000万回分、米ノババックスの技術移管を受けた武田薬品工業が1億5000万回分だった。検査院によると、同省はシミュレーションをして確保数を決めたと説明した。しかし各メーカーからの調達量を決める際に作成した資料や契約関係の書類には、計算式などの根拠が十分に記されていなかった。検査院は「確保した数量が過大であれば、キャンセル料の支払いや廃棄などで不経済な事態が発生しかねない。算定根拠を確認できない状況は適切ではない」と指摘した。検査院はメーカーへの返品対応も調べた。国が受け取る返金額について「厚労省は金額の妥当性を確認していなかった」と指摘した。例えばアストラゼネカとは同社が示した返金額をそのまま受け入れていたとみられる。同省は検査院の調査が入った後に返金額の算定理由を示す文書の提出を同社に求めたという。佐々木信夫・中央大名誉教授(行政学)は「緊急時の事業とはいえ、多額の国費を投入して余剰や無駄が生まれたならば、国には問題が生じた理由を説明し、国民の疑問を解消する責任がある。国会に特別委員会などを設置し、当時の対応を検証する必要もある」と話している。厚労省の担当者は取材に「(算定根拠について)説明不足だった。今後、ワクチンの確保を検討する際には、検査院の指摘をふまえ算定根拠を示す資料を作成する。返金額が適切かどうかも確認する」と話した。ほかに検査院はワクチンの在庫管理で厚労省がメーカー側の倉庫にどの程度の在庫があるかをリアルタイムに把握していなかったことを指摘した。デジタル庁が運用するワクチンの接種記録システムで、接種券の情報を誤って読み取る事例が頻発したことを受けての改善も求めた。検査院によると、20~21年度のワクチン接種に関する事業で支出された国費は計4兆2026億円に上った。予備費などを合わせた予算額は6兆1361億円で、執行率は68.4%だった。21年度時点で、次年度以降に繰り越した「繰越額」は8154億円、使わなかった「不用額」は663億円に上った。

*12-2-1:https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/kyoiku/news/20230112-OYT1T50041/ (読売新聞 2023/1/12) 理工農系「250学部の新設・転換」目指し支援、文科省が10年計画
 文部科学省は、デジタルや脱炭素など成長分野の人材を育成する理工農系の学部を増やすため、私立大と公立大を対象に約250学部の新設や理系への学部転換を支援する方針を固めた。今年度創設した3000億円の基金を活用し、今後10年かけ、文系学部の多い私大を理系に学部再編するよう促す構想だ。
●新設・転換 10年で250目標
 同省は、希望する私立や公立の大学を公募し、学部新設や転換に向けた検討や設備費用など最長7年にわたり、1校あたり数億円~約20億円を支援する方向だ。公募期間は今年3月からの10年間とし、250学部程度の新設や学部転換を見込む。1校に1学部新設された場合、私立と公立の全721校の3分の1にあたる規模となる。また、情報系の高度専門人材の即戦力を養成するため、国立大と高専も対象に含める。専門人材の育成に実績がある学部・研究科などの定員を増やすための人件費や施設整備費として最大10億円を助成し、60校程度を見込む。同省では毎年私大に対し、基金と同程度の補助金を交付している。学部設置後も安定して運営ができるよう、この補助金の仕組みも変える。理系学部の優遇措置として私学助成を引き上げる。理系学部での教員や学生1人あたりにかかる経費は文系学部と同額で算定されていたが、理系学部の経費を高めに設定する。2023年度にも始める予定だ。背景にあるのは、日本の理系人材育成の停滞だ。大学で理系を専攻する学生は経済協力開発機構(OECD)の平均の27%より低い17%にとどまる。OECD諸国が増加しているのに対し、日本はほとんど変わっていない。経済産業省は、30年にはIT人材が最大79万人足りなくなると試算する。ただ、東京23区の大学には、地方創生の観点から学部増設への規制がかかる。18年度からの10年間、東京23区の大学は定員増を伴う学部の新設が法律上禁じられている。これに対し、東京都や日本私立大学連盟は規制撤廃を要望している。政府は昨年9月から、内閣官房の有識者会議で規制のあり方について議論を進めており、私大関係者からは成長分野に限り例外的に学部の新設などを認めるべきだとの意見も出ている。22年度中にも結論が出る見通しだ。

*12-2-2:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15592353.html (朝日新聞社説 2023年3月26日) デジタル人材 中長期的視野で育成を
 大学にてこ入れして、デジタル人材を手っ取り早く育てたい――。政府が成長分野とみなす理工農・情報系の学生を増やそうと、多額の予算を集中し、規制緩和も進めている。人材不足は、長期的視野を欠いた政策や産業界の対応が影響したとされる。その解消を強引に大学に担わせようとしても、疲弊させてしまうだけだ。政府は19年のAI戦略で、25年に大学生と高等専門学校生全員に、卒業までに基礎的な「数理・データサイエンス・AI」能力を身につけさせる目標を立てた。その後、続々と情報系学部が新設されたが、今年の入試では定員の増加ほど志願者は増えなかった。すでに供給過剰を心配する大学関係者もいる。それでも政府は、3千億円を投じて理工農・情報系学部の強化をめざす基金を創設した。文系学部の理工農系への転換や、情報系学部の定員増を促す。大学で情報系の教員不足が問題になると、文部科学省は最低限の水準を定める大学設置基準を改正。企業などから専門家を教員として雇いやすくした。そして先月、法律で東京23区にある大学の定員増を10年間原則認めないとする規制も緩和することにした。「一定期間後に元に戻す」といった条件を満たせば、デジタル分野の学部・学科の新設や定員増を認める。この法律は、地方活性化のために地方大学に学生を誘導しようと18年にできた。政府の有識者会議は今回、法律は維持すべきだとしつつ、地方の若者を激減させる恐れが少ない範囲で緩和する方針を容認した。政府の動きに押され、学部新設などを図る大学は、今後も増えそうだ。だが、学生集めを意識するあまり、建学の精神や伝統に基づく独自性を発揮した教育を忘れては、存在意義は薄れてしまう。特色ある教育と一定レベルの情報教育とを、効果的に組み合わせる必要がある。もちろん情報やデータといった「道具」をうまく活用できる学生は、学習や研究の幅が広がるだろう。そうした能力を生かして、社会のさまざまな分野で活躍できる可能性もある。とはいえ、大学教育だけで人材を養成できるわけではないことを改めて確認したい。大学は、学生が数学や情報の基礎を身につけているか、入試できちんと確認する必要がある。多くの高校で続く「文理分け」で、私立文系の志願者らが早々に数学の学習をやめてしまう弊害も指摘されている。「女子は文系」といった保護者の思い込みの払拭も課題だ。こうした高校までの教育の問題も含め、政府をあげた中長期的な取り組みが欠かせない。

*12-2-3:https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/offices/ilo/scholarship.html 東京大学大学院理学系研究科・理学部
●奨学金
 東京大学で有意義な研究生活を送るためには、十分な資金を確保することが大切です。日本の物価は高く、外国人留学生の平均生活費は、毎月約13~14万円かかると言われています。渡日後のアルバイトや労働時間数も制限されていますので、渡日前に余裕をもって資金計画を立ててください。奨学金の種類は以下のとおりです。入学後に応募するものは非常に競争が厳しく、受給者数は限られています。また、研究生が応募できる民間奨学金はほとんどありません。大使館推薦を除くすべての奨学金の情報は、国際化推進室で扱っています。
●文部科学省国費外国人留学生
 日本政府(文部科学省)の奨学金国費外国人留学生制度への応募は、入学前に大使館推薦と大学推薦とのいずれかにより申請する。大使館推薦は、奨学金に関する問い合わせ、応募、選考などはすべて留学生の母国に在る日本大使館が対応する。選考方法なども各国によって異なる。奨学金には往復渡航費なども含まれ、渡日後6ヶ月間は必要に応じて日本語の集中コースを受講することもできる。留学生には、この奨学金に応募することを積極的に勧める。詳細は各日本大使館に問い合わせること。大学推薦は、東京大学の受入教員から強く推薦された留学生が応募し、文部科学省の審査を受ける。対象者は、交流協定の締結校に在籍していることが一般的である。
募集要項については下記のページを参照のこと。
●大学推薦国費募集通知
 支給月額(平均)
 大学院生:145,000円(博士課程)、144,000円(修士課程)、143,000円(研究生)
 学部生:117,000円
 追加:3000円/月(本郷、駒場、三鷹、白金)、2000円/月(柏、和光、筑波)
●民間奨学金
 民間団体の奨学金は、直接応募と学内応募の2通りの奨学金がある。直接応募の場合、留学生が直接民間団体に応募する。採用人数や支給額、対象者は団体によって異なる。学内応募の場合、東京大学から推薦を受けた者のみ、民間団体の選考を受けられる。大学からの推薦者数が限られているため、競争は厳しい。対象者や待遇は団体によって異なる。いずれの場合も入学後に応募する。

*12-3-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230327&ng=DGKKZO69549230U3A320C2KE8000 (日経新聞 2023.3.27) 高度外国人材の受け入れ醸成を 前駐カナダ大使 川村泰久
2月、政府は高度外国人材獲得に向け、滞在1年で永住権を申請でき、世界の上位大学の卒業生には2年の滞在を認めることを決めた。今回の決定は世界的な人材獲得競争が激化する中で心強い。日本が高度専門職の外国人材に期待するのは、経済成長への貢献である。しかし、生身の人間を日本に呼んで「生産性」向上に寄与してもらうには、在留資格等の緩和だけでなく、外国人材が将来の日本にとって不可欠との認識を国民レベルで共有する必要がある。さらには外国人材にとって、日本が住みやすい国であるという認識を確立することが重要である。この点、私が昨年まで在勤したカナダが参考になるだろう。カナダは1960年代の低い出生率(現在は1.4)から生産年齢人口の維持に危機感を持ち、外国人材の受け入れを積極的に進めてきた。その政策は効果をあげ、経済協力開発機構(OECD)は政策の機動性と外国人材の「社会的統合」の両面において他国の模範であると高く評価している。カナダの特徴は経済・雇用情勢に応じて政策を柔軟に変更・修正していることや、中央政府と地方政府の間で政策調整がよく取られていることだ。人材の入国を待つのではなく、在外大使館による現地のネットワークを活用し、早い段階から若い人材を発掘して能力強化などの支援にも動いている。より重要なことは、カナダ国民の多くが、外国人材は能力が高く、カナダの経済成長やイノベーションにとって不可欠な存在であると実感していることだ。このような国民的コンセンサスがあるからこそ、政府は積極的な外国人材受け入れ政策が取りやすいのだ。OECDの調査では、外国人材とその家族は差別意識の少ないカナダでの生活に満足している。9割もの人がカナダに帰属意識を持ち、留学生の6割はカナダで就職する。カナダ国民は、それぞれの地域で経済を支える外国人材を迎え入れることを誇りに思っているようだ。世界の若者たちは人権意識が高いカナダに来て暮らすことに憧れを抱くだろう。高度な外国人材の受け入れを定着させ経済成長に結びつけていくには、日本全体でもこのような好循環を築くことが近道だと考える。

*12-3-2:https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK107WT0Q2A810C2000000/ (日経新聞社説 2022年8月11日) 技能実習は廃止し特定技能に一本化せよ
 外国人の技能実習制度について政府が本格的な見直しに着手する。年内にも有識者会議を設置し、議論を始めるという。技能実習制度は国際貢献を理念に掲げながら、実際には人手不足を補う労働力の受け入れ手段となってきた。7月下旬の記者会見で当時の古川禎久法相は「長年の課題を歴史的決着に導きたい」と表明した。決断は妥当だが、スピード感は物足りない。そもそも2019年に外国人材の受け皿として特定技能制度を設けた際、抜本的な見直しができたはずである。技能実習には弊害が多く、人権侵害にあたると海外から批判されている。併存させたのは問題であり、廃止に向け議論を急ぐべきだ。違法な長時間労働や賃金不払いなど技能実習を巡るトラブルは絶えない。厚生労働省によると、労働関係法令違反の事業所は21年に6556件にのぼり増加傾向だ。原則3年間は転職ができず、労働者として立場が弱いという構造的な問題がある。仲介業者に多額の借金をして来日する実習生も多く、失踪の一因となっている。小手先の改革では改善は見込めない。技能実習は廃止し、単純労働力を正面から受け入れる特定技能に制度を一本化すべきだ。技能実習生の人数は21年末時点で約28万人にのぼり、特定技能の約5万人を大幅に上回る。一本化には移行期間を設けるなど混乱を避ける手立ても必要になろう。特定技能の資格者はまだ少ないため、トラブルが顕在化していない可能性もある。受け入れ企業の検査や、働き手の相談窓口の十分な精査が重要になる。特定技能の日本語能力試験は外国人にとってハードルが高い。技能実習では働きながら日本語を学び、試験なしで特定技能に移行できる仕組みがある。技能実習の廃止後は主要な国に日本語研修機関を設けるなど、人材を育て確保する工夫も政府には求められる。大切なのは外国人が安心して働き、生活できる環境づくりだ。企業は日本人と同等に能力開発の機会を提供し、スキル向上に見合った賃上げが欠かせない。政府は長期就労や家族の帯同ができる特定技能の業種を広げるべきだ。家族の支援も充実させる必要がある。課題を先送りすれば、世界での人材獲得競争に後れを取るばかりだ。今こそ受け入れ体制の不備を洗い出し、改善を急ぐときだ。

| 経済・雇用::2021.4~ | 11:59 PM | comments (x) | trackback (x) |
2022.12.19~2023.1.25 国民の命を護るべき防衛・エネルギー・食糧・社会保障等への歳出と財源 (2023年1月27、28、29、30日に追加あり)
2023年の新年、明けましておめでとうございます。 師走や年初は忙しかったため長引いてしまいましたが、1ヵ月以上かかってやっと完成しました。

(1)防衛費増額のための増税を含む財源について


  東京新聞   2022.12.15朝日新聞 2022.12.15毎日新聞 2022.12.23日経新聞

(図の説明:1番左の図のように、日本はNATO諸国の標準に合わせて防衛費をGDPの2%にしようとしている。そして、増額分の今後5年間の財源を、左から2番目の図のように、歳出改革で3兆円・決算剰余金の活用で3.5兆円、防衛力強化資金で4.6兆円、増税で3.5兆円賄い、そのほかに建設国債1.6兆円と剰余金の上振れ0.9兆円を見込んでいる。単年度では、2027年のケースで右から2番目の図のようになっており、この12月23日に閣議決定された2023年度予算は、1番右の図のように、コロナが落ち着いたにもかかわらず、114.38兆円と過去最高になっている)

  
    2022.12.15山陰中央新聞         2022.6.20産経新聞 

(図の説明:左図は、復興特別所得税を1%下げて防衛税を1%付加するやり方で、そのかわりに復興特別所得税が14年間延長されるというものだ。また、右図は、「防衛費増額の財源をどうすべきか」についてアンケートをとった結果、「今の国の収入の中で使い道を変えて増額すべき」と「増額すべきでない」が多数を占めたことを表している)

1)防衛費増額の財源に法人・所得・たばこ税増税は妥当か
 政府は、*1-1-1・*1-1-2・*1-1-3のように、①2023年度から5年間の防衛費を43兆円程度とする方針で ②そうすると、2022年度当初5.2兆円の5年分(25.9兆円)より14.6兆円程度の上積みとなる そうだ。

 そして、14.6兆円の財源を、③歳出改革・決算剰余金活用・税外収入等で11.1兆円確保し ④残り3.5兆円を法人税・東日本大震災復興特別所得税・たばこ税増税で確保し ⑤その内訳は法人税7000億~8000億円・たばこ税約2000億円・復興所得税(所得税額に2.1%をかけていた)のうち1%程度を防衛目的税に廻して約2000億円調達し ⑥かわりに復興所得税の期限を当初の2037年から14年間延長し ⑦たばこ税は1本あたり3円上乗せして 調達するそうだ。

 しかし、防衛費の財源のために増税しなくても、③の中の歳出改革で賄うべきであり、原発補助金・時代錯誤の農業補助金・エネルギー代金の補助など、適切な対応をとればいらない筈の無駄な歳出がいくらでもあるため、それは可能なのである。

 また、⑤の所得税に税率1%の新たな付加税を設けて、現在は2.1%の東日本大震災の復興特別所得税を1%引き下げて合計の税率を2.1%に保ちつつ復興所得税の期間を延長するというのも、2011年に起こった震災の復興は10年程度で速やかにやって欲しいところ、2037年から14年間延長して2051年までもやるのでは、震災復興が復興目的ではなく既得権益となるだろう。

 さらに、たばこ税は1本あたり(たった)3円相当増税して防衛財源にするそうだが、喫煙者は肺癌になる確率が有為に高いため、それに見合った金額を増税して医療保険制度の補助にすべきであるし、決算剰余金活用・税外収入は、該当する世代の人口が増えれば増えるのが当然であるのに発生主義でその準備をしてこなかった年金・医療・介護制度の原資にすべきなのである。

 なお、政府は増税とは別に、⑧防衛費のうち自衛隊の施設整備や船の建造費など計4343億円を建設国債で賄うそうだが、建設国債は鉄道・道路・送電線の敷設などのように、生産性を上げることによってその後の経済活動に寄与して法人税・所得税などとして戻ってくる固定資産への投資に対して使うものであるため、自衛隊施設や船の建造費のように経済活動で生産性を上げるわけではない消耗品費を建設国債で賄うのは適切でないと、私も考える。

 しかし、政府が2022年12月23日に閣議決定した2023年度予算案では、防衛関係費はGDP比1%の目安を超えて1.19%となり、金額で26%増加して過去最大の6兆8219億円となり、これは、ほぼ横ばいの6兆600億円だった公共事業関係費を初めて上回り、一般歳出で社会保障関係費に次いで多かったのだそうだ。

 この防衛関係費には、米軍再編経費やデジタル庁が所管する防衛省のシステム経費を含むそうだが、米軍再編経費の中には明らかに無駄遣いに当たるものが多い。また、継戦能力を高めるために、長射程ミサイルや艦艇などの新たな装備品の購入費が1兆3622億円で7割弱増え、装備品の維持整備費も1兆8731億円と5割近く増額したそうだが、これまで機材を共食いさせながら整備してきたような自衛隊に、無駄遣いせずに継戦能力を高めたり、機材の維持管理をしたりする合理的思考があるとは思えないわけである。

2)破壊的活動である防衛費の財源に建設国債の発行は許されないこと
 *1-2-1のように、政府が戦後初めて、防衛力整備を国債で賄う方針を固めたが、借金頼みで軍拡して国民の財産を灰燼に帰させたのは、ほんの77年前のことである。もう忘れたのだろうか。そして、その時も、強烈なインフレを起こして国民の預金を著しく目減りさせ、それと同時に国債の実価価値を落として返済した。このように国民の生活を無視した同じ失敗の歴史を、何度繰り返したら気が済むのか。

 私は、公共事業などの投資的経費には建設国債を充ててよいと思うが、海上保安庁の予算も建設国債ではなく通常の国債を充てるべきだと考える。財政規律は、ここまで失われているのか。老朽化した自衛隊の隊舎であっても、鉄道・道路・送電線のように、その後に生産性を高めて経済を活性化させ、それによって徴収された税で返済することができないのが、建設国債を充てるべきではないと考える理由である。

 私は、プロセスが乱暴ではなく整っていたり、説明する言葉が丁寧だったりすれば、妥当性のない内容の政策でも通してよいとは全く思わないが、*1-2-2のように、物価を高騰させ、国民負担を増やし、給付は減らしながら、防衛費を増額して、その財源として新たに増税を打ち出す内容は、まさに国民の生命・財産を大切にしていないと考える。

 だからといって、「内閣不信任案」を通して首相を後退させても、さらに強硬な人が首相になればむしろマイナスなので、本当に必要なことは、何故こうなるのかを考えて、それを防ぐことである。なお、沖縄県のあちこちに必要以上に軍事基地を建設するのも、観光を通して金にもなる大切な自然を壊しながら膨大な無駄遣いをしているのに他ならない。

3)2023年度与党税制改正大綱について
 上の1)2)の増税は、先見の明ある質の良いものとは決して思わないが、*1-3-1は、それに加えて、12月16日に固まった2023年度与党税制改正大綱は、①NISAが、恒久化・非課税期間の無期限化で拡充された ②欧米は環境問題などを睨んで税制改革を進めているのに、炭素税が先送りされ次の成長策を描けていない ③EV税制は走行距離に応じた課税案があった ④「1億円の壁」という税の不公平是正も踏み込み不足だった ⑤自民党税調は1959年に発足し、11~12月だけ開くのが慣例で、場当たり的な議論に追われている と記載している。

 しかし、①は、「分散投資をやりやすくする」という意味ではよいが、分散投資の対象は利益率の低い日本国債や日本企業でなく、利益率が高くて不安定性の低い海外の国債や企業になると思われる。

 また、②③については、日本は環境を汚さなければ経済発展しないと考えている人が未だに少なくなく、そのような先見の明なき人がオピニオン・リーダーに多いのが特徴でもあり、復興特別所得税を密かに防衛に流用してもよいとは思うが、環境税・炭素税には拒否感があるのである。東京財団政策研究所の森信さんが、「場当たり的な対応に追われて税体系全体をどうしたいかの議論が置き去りになっている」と言うのは、そういう意味であろう。

 ④⑤については、(たとえ東大法学部卒・財務省出身であったとしても)税法は詳しくない国会議員が、支援者から言われた要望をそのまま発言するため、たばこ税は高くできなかったり、企業への現在の負担をできるだけ軽くするため環境税を見送ったりして、先見の明ある税体系の構築ができないのである。そのため、単純な期間の問題ではないのだ。

 なお、*1-3-2のように、⑥経済への影響を考慮してカーボンプライシングを2028年度から導入し、小さな負担からスタートする というのは、CO2の削減効果に乏しく、やっている振りにすぎない。また、⑦経産省が化石燃料の輸入業者に「賦課金」を2028年度から始め ⑧電力会社に有償の排出枠を買い取らせる「排出量取引」を2033年度を目途に始める というのも、CO2の排出量に応じた負担になっていないため、不公平感を増すだけであろう。

 そして、⑨日本の再エネ利用は遅れているため、欧州等で取り組みが進む中、国内外の投資家から日本企業に向けられる視線が厳しくなって、「対策は待ったなし」という認識が広がったが ⑩EUは、排出量の規制が緩い国からの輸入品に事実上課税する国境炭素税を2026年以降に導入する そうだが、2033年度に新たな賦課金と排出量取引の一部有償化をそろって導入するのでは遅すぎる。その上、負担額も低すぎ、本当は日本が最初に言い出したことであるのに、海外からの圧力で初めて実行に移すところが、リーダーの意識が低く、先見の明がない証である。

(2)戦後安全保障の転換とその内容


               すべて2022.12.17日経新聞

(図の説明:新防衛3文書の枠組みは、1番左の図のように、国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画の3つだが、どれも国家を防衛する発想だけで国民を護る視点のないのが根本的問題である。また、新防衛3文書で転換する安保政策は、左から2番目の図のように、中国を意識しての反撃能力・継戦能力強化のためのGDP比2%への防衛予算増額で、防衛装備品を内生産して輸出する準備もしている。そして、右から2番目が10年後に目指す自衛隊の大勢だそうだが、10年後にしては宇宙・サイバー・ミサイル・無人機が手薄で、多くを人手に頼っており、戦闘機の時代に戦艦に頼っていたのと同じ印象だ。本当は、1番右の図のような優先度をつけた最小コストで最大効果を発揮する防衛予算が望まれるが、コストには国民の犠牲も含めるべきだ)


 2021.10.23JCP 2022.11.29、2022.12.9日経新聞    2022.12.24Yahoo 

(図の説明:日本のGDPは世界第3位であるため、他国と同じGDP比2%の防衛予算なら、1番左の図のように、世界第3位の防衛予算になるが、その内容は上の図のとおりだ。そして、防衛費増額のイメージは、左から2番目の図の通りで、その財源は、右から2番目の図のように、歳出改革・決算剰余金の活用・防衛力強化資金・増税とされているが、これらは防衛費以外にも使い道はいくらでもある資金だ。そして、これらの放漫財政を反映して閣議決定された2023年度予算は、1番右の図のとおり、過去最高の114兆3812億円となっているが、これでよいのか?)

1)安全保障の転換内容について
 防衛費増額の根拠について、政府は、*2-3-1のように、安保3文書(①国家安全保障戦略 ②国家防衛戦略 ③防衛力整備計画)を定めたが、書かれている内容は、同じことを繰り返している割には曖昧な点が多く、全体としては総花的でまとまっておらず、相互に矛盾する内容も散見される。

 そのため、*2-3-2のように、目的意識を明確にした上での優先度が問われる。例えば、無人機やミサイルを配備し、宇宙からの防衛力を強めれば、従来型の有人戦闘機は著しく減らすことができる筈だ。しかし、戦争を前提として準備する以上は、インフラ防護やサイバー防衛は必要不可欠であるのに、原発や送電線はじめセキュリティーに甘い施設の新設も予定され、食料やエネルギーの自給率は著しく低いのである。

 これでは、何があっても敵基地を攻撃したり、戦争を始めたりすることなどはできないため、防衛費を増額したからといって国を護ることはできず、防衛費増額は無駄遣いにすぎなくなる。「反撃能力があれば、抑止力になる」という論者も多いが、それは相手国の動機に依存するため希望的観測にすぎず、例えば、ウクライナのように、自国を侵略されれば相手がロシアであっても全力を尽くして闘うのが普通であるため、“抑止力論”は再検討を要するわけである。

 そのような中、*2-3-3は、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻はその40日前にサイバー攻撃で「開戦」しており、ウクライナの官民のインフラ全般が攻撃を受けていたと記載している。戦争における非軍事的手段と軍事的手段の割合は4対1だそうだが、日本はサイバー攻撃には本当に無防備なのである。

2)反撃能力保有の意義について
 *2-1-1は、①政府は国際情勢がウクライナ侵攻や台湾有事のリスクで急変したため ②2022年12月16日、国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画の新たな防衛3文書を閣議決定し ③相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力」を保有し ④防衛費をGDP比2%に倍増し ⑤戦後の安保政策を転換して自立した防衛体制を構築し ⑥米国との統合抑止で東アジアの脅威への対処力を高める方針を打ち出し ⑦反撃能力の保有は3文書改定の柱だ と記載している。

 つまり、「反撃能力の保有が抑止力となるため、反撃能力は今後不可欠」というのが防衛3文書の柱だそうだが、重要インフラは隙だらけ、エネルギーは殆ど海外依存、食料自給率も極端に低い中で、武器だけ増やしても国民は惨憺たる状態になるというのも、ロシアのウクライナ侵略で明るみに出たことである。

 そのため、③④⑦を実行するために、前から存在していた①⑤⑥を理由として、②を閣議決定したようにしか思えない。

3)平和国家の名は、返上したのか?
 岸田政権が閣議決定した国家安全保障戦略は、*2-1-2のように、日本周辺の情勢について「戦後最も厳しく複雑な安保環境」だと強調し、反撃能力の保有はじめ防衛力を抜本的に強化して、防衛関連予算を2027年度にGDP比2%に大幅増額するのが柱だそうだ。つまり、「GDP比2%に増額」というのが先にあって、その他の理屈は後から無理矢理つけたため、首尾一貫性や整合性がないのだろう。

 また、戦後日本は憲法9条に基づき、「平和国家」として専守防衛に徹してきたことと、他国の領域を攻撃できる反撃能力を保有することは、日米安保条約下で「打撃力」を米国に委ねてきた安保政策を根幹から転換するものであるため、こうした重大な政策転換は国民的議論を行ってから決めるべきだった。ただし、防衛関連は特定秘密が多すぎて充実した議論ができず、議論が空回りしそうなので、これでよいのかとも思う。

 そのため、メディアはこの年末年始には、馬鹿笑いするしかないような底の浅い番組ばかりではなく、この点をクローズアップした特集を報道すべきだ。戦争になれば主たる戦力にならざるを得ない若者こそ、防衛費増額・国債発行・増税・戦争の可能性を前に、「政治には関心がない」「選挙に行くのは面倒だ」「政治の話をするのは意識高い系だろう」などと言っている場合ではない筈である。

4)防衛予算における規模先行の弊害
 *2-2-1は、①財政力の現実を直視して規模ありきの防衛予算増額を改めるべき ②このまま進めば借金で賄ったり防衛以外の予算を過度に制約したりする ③恒久的支出を増やす以上、安定財源確保が必須 ④国債頼みは財政上の問題に加え、防衛力拡大の歯止めも失わせる ⑤歳出改革で2027年度までに1兆円分を積み上げるとのことだが、「毎年度毎年度いろいろな面で工夫をしていかなければいけない」 とあやふや ⑥政府が実効性ある財源を示せないのは、防衛費の増額が身の丈を超えた規模のGDP2%という「総額ありき」で予算を決めた弊害 ⑦中身を精査して過大な部分を見直すのが先決 ⑧日本が直面する課題は安全保障だけではないため、幅広い視野で適正な資源配分を考えることが政治の役割 等と記載している。

 上の①④は全くその通りで、②⑧については、国民の命を護るのに重要な社会保障予算が削られており、本末転倒だ。しかし、③のように、何かと言うと増税すれば国民の可処分所得を減らして、国民の命を護れない。そのため、⑤の歳出改革こそ重要なのであり、時代遅れの補助金が既得権益化しているものをなくしていかなければならないが、これを毎年合理的に判別するには、国に公会計制度を導入して事業毎の費用対効果を適時に見える化する必要があるのである。

 これに加えて、*2-2-2は、⑨科学技術費等の国防に有益な費用を合算して省庁横断の防衛費と位置づけ ⑩防衛省予算を増額した上で防衛に有益な他の経費(公共インフラ・科学技術研究・サイバー・海上保安庁等の他省庁予算)を含め ⑪防衛省だけの縦割り体質から脱却して安全保障を政府全体で担う体制に移行 ⑫日本の防衛費は1976年の三木武夫内閣以来GDP比1%以内を目安としてきたが、ウクライナ侵攻を踏まえてNATO加盟国が相次ぎ国防費をGDP比2%にすると表明し、自民党が2%への増額論を唱えていた ⑬2022年度当初で5兆4000億円程度の防衛省予算は、GDP比2%なら約11兆円に達する ⑭柱となるのは「反撃能力」の保有で、ミサイルの長射程化や米国製巡航ミサイル「トマホーク」を導入 ⑮不足している弾薬の購入量を増やすなどして継戦能力も強化 ⑯首相は両閣僚に歳出改革なども含め財源捻出を工夫するよう求めた と記載している

 ⑥⑫⑬のように、NATO加盟国が相次ぎ国防費をGDP比2%にすると表明したからといって、日本もGDP比2%という「総額ありき」で、⑦のように、中身も詰まらないのに予算を決めるのは意味がない。そのため、⑨⑩⑪のように、防衛に関するものは他省庁の予算でもカウントするのは賛成できるが、⑭⑮のように、柱となるのが「継戦能力」と「反撃能力」の保有、それによる抑止力の期待ではお粗末すぎるのである。

(3)エネルギーの安全保障
 エネルギーの安全保障については、a)自然災害や戦争の発生時に被害を最小に食い止められること b)自給率を高くできること c)貿易や経済を通して国民経済に負担をかけず、むしろ活性化させること の3点から見た優位性を検討する。これらは、当然のことなのだが、日本では逆の意思決定がなされることが多いのは何故かを、正確に突き止めて解決しなければならない。

1)再エネについて
 国際エネルギー機関(IEA)は、*3-1-1ように、2022年12月6日に公表した報告書で、太陽光・風力などの再エネが2025年には石炭を抜いて最大の電源になるとの見通しを示した。

 その理由は、再エネは、各国が自給でき、装置産業であり変動費が無料に近いため、普及すればするほど発電コストが安くなるからで、今では化石燃料や原発の方が安価だなどと言っているのは日本くらいである。しかし、どうして、いつもこういうことになるのか、そこが、日本経済停滞の原因なのである。

 また、再エネの普及には、送電網や蓄電池が必要だが、*3-1-2のように、政府は官民で150兆円超の脱炭素投資を見込み、再エネの大量導入に約31兆円を想定しているそうだが、金額が大きい割には、達成目標が2030年度に36~38%と著しく低い。

 こうなる理由の1つは、再エネに対して仮想発電所ではなく原発や火力と同じような大型案件を予定するからであり、それでは景観や安全性への懸念から地元自治体が反対するのは当然である。また、送電網の強化も、鉄道網や道路網を利用して陸上でネットワーク上にすれば、敷設・維持・管理を最小コストで行うことができ、安全保障上も優れているのに、広域送電網の整備を海中にするそうなのだ。

 また、EUは2026年から炭素価格の低い国からの輸入品に対して国境炭素調整措置の導入を決めたが、日本の炭素税は欧州などよりずっと軽く、開発では日本が先行したペロブスカイト型次世代太陽電池も、早く実用化しなければ普及で世界で置いて行かれるのは必然である。

 そして、脱炭素社会の実現には、化石燃料を再エネに転換させる経済改革が必要であるにもかかわらず、政府のGX実行会議は、*3-1-3のように、2022年7月から5回開いて脱炭素化に向けた基本方針を決め、その内容は、①フクイチ事故後「依存度低減」としてきた原発政策を「最大限活用」に変更し ②原発の新規建設や長期運転に踏み込んだが ③原発は、2030年までのCO2排出量半減にも、ウクライナ戦争に伴うエネルギー危機への対応にも間に合わず ④再エネ普及策を徹底的に議論して打ち出すことはしていない とのことである。

 つまり、①~④は、CO2排出量削減とウクライナ戦争に伴うエネルギー危機を、大きな予算を使っての原発再稼働・運転延長・新増設の名目として使っただけであり、このようなことの積み重ねが、新技術の普及と日本の経済成長を阻害した上に、世界に類を見ない借金大国にした真の原因なのである。

2)送電網について
 政府は、*3-2-1のように、過去10年の8倍以上のペースで、今後10年間に約1000万キロワット分の広域送電網を整備し、太陽光や風力などの再エネによる電気を無駄にせず地域間で効率よく融通できする体制を整えるそうで、これはよいことだ。

 ただし、送電の事業主体を電力会社にすれば、現在と同様、送電事業の発電事業からの独立性がなく公正競争も行われないため、再エネ発電事業者にとって不利な送電網利用料金が設定されることは明らかだ。日本は、大手電力会社が地域毎に事業を独占して競争原理を働かせない状態を続けてきたが、送電事業でも同じことが起こっているのである。

 そのため、鉄道網を利用すれば発送電事業が分離独立すると同時に、赤字路線に送電収入が追加されるため、損益をプラスにしやすくなる。これについては、送電事業を既得権益とする経産省と大手電力会社が大反対するだろうが、国民に負担をかけない少ない補助金でエネルギー安全保障を確立するためには必要不可欠なことなのである。

 そのような中、東京電力パワーグリッドなど大手電力の送配電会社10社は、*3-2-2のように、さっそく電力小売会社から受け取る送電網利用料を2023年度から引き上げて送電網増強やデジタル化といった投資に充てる計画を提出し、経産省の電力・ガス取引監視等委員会の検証が終わったそうだが、このような形で経産省のお墨付きを得て地域独占させてきたことが、工夫もなく日本の電力コストをいつまでも高止まりさせてきた原因そのものなのである。

3)ガス火力について
 経産省は、*3-4-1のように、今後の“電力不足”に対応するためLNG火力を緊急建設する方針で、2030年度までの運転開始を念頭に7~8基を作り、建設費を投資回収しやすくする支援策を講じるそうだが、2030年度までの運転開始では緊急時の対応にはならない上、最新ガス火力はCO2排出量が相対的に少ないといっても再エネと違ってCO2を排出するため、地球温暖化対策にならず「長期脱炭素電源」とは言えない。

 その上、電力小売りから集めた金を原資にして、新しい技術ではないLNG火力の運転開始から20年間も発電事業者が毎年一定の収入を得ることができるようにするなど論外だ。さらに、経産省のこのような非科学的かつ恣意的対応が、再エネの普及を阻害してコストをいつまでも高止まりさせ、国民に節電を呼びかけなければならないような事態を招いたことを忘れてはならない。

 なお、日本は、技術が進んでも馬鹿の1つ覚えのように「資源のない国」だと言う人が多く、石油危機以降もエネルギーの殆どを輸入し続けて、自国の資源は眠らせたままにしている。しかし、これが、*3-4-2のように、貿易収支を赤字にする大きな原因であり、経産省がこのような態度を続けていることが、国内産業を海外に流出させて円安を招いたのでもあって、このように負担増ばかりでは国民の消費が伸びるわけもないのである。

4)原発について(運転延長・廃炉・使用済核燃料・建て替えなど)

   
   左から2022.11.29、2022.12.7、2022.11.29、2022.11.29日経新聞

(図の説明:1番左の図のように、フクイチ事故後、原発の再稼働は進んでいないが、これは原発がなくても電力を賄えたということだ。しかし、日経新聞は、左から2番目の図のように、日本の既設原子炉は運転開始から年数の経っているものが多く、右から2番目の図のように、運転期間の延長だけでは原子力発電の縮小は避けられないとしている。しかし、それこそ原発の自然消滅であり、待たれていることなのだ。それにもかかわらず、経産省はロシアのウクライナ侵攻や地球温暖化対策を緊急の理由として、1番右の図のように、原発の再稼働・運転期間の延長・《少し改良しただけと言われる》次世代原発の開発や建設を計画しているわけである)

 *3-3-1・*3-3-2・*3-3-3・*3-3-6・*3-3-7のように、日本政府は、2022年12月22日、GX実行会議を開いて脱炭素社会の実現に向けた基本方針を纏め、原発については、①再エネと原発は安全保障に寄与して脱炭素効果が高いとし ②「将来にわたって持続的に活用する」と明記し ③廃止が決まった原発を建て替え ④運転期間も現在の最長60年から延長し ⑤2050年の温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標と電力の安定供給の両立に繋げる としたそうだ。

 この方針は、パブリックコメントを経て2023年2月までに閣議決定し、政府の正式な方針にした上で法案提出をめざすそうなので、まずは反対意見をパブリックコメントに書く必要がある。

 上のうちの①②については、原発は戦争になれば近くに置いてある使用済核燃料まで含めて巨大な自爆装置になるため、安全保障に寄与するどころか、安全保障を妨害するものだ。まさか、実際に起こるまで、それが理解できないわけではないだろうが・・。

 また、③の廃止決定した原発建替を具体的に進め、次世代革新炉の開発・建設に取り組んで建設費用が1兆円規模ともされる原発建替を行うというのは、この電力危機には間に合わず、それに乗じた原発回帰にしても気が長すぎる。その上、コスト感覚が全くなく、無駄遣いが甚だしいにもかかわらず、ここまで非科学的・恣意的な意思決定をする政府(特に経産省)のすることが、信用できる筈はないのだ。

 なお、④の原発の運転期間延長についても、「原則40年・最長60年とする制限を維持した上で、震災後の審査で停止していた期間などの分を延長する」そうだが、人が住まなくなった家や使わない機械が朽ちるのと同様、機械は停止していても(停止していればむしろ早く)劣化する。その上、原子炉以外の、例えば使用済核燃料プール・配管・建屋などは原子炉を止めていても使い続けていたのだ。

 さらに、*3-3-4のように、海外では運転期間の上限がない国が多いが、国際原子力機関(IAEA)によると、現在60年を超えて運転を続けている原発はなく、地震・津波・火山噴火・台風などのリスクが大きい日本で、「中性子照射脆化」、コンクリートの遮蔽能力や強度がおちる経年劣化などを起こした原発を使うのは、さらに危険なのである。

 それでも、原子力規制委員会が安全審査を通過させ、60年超の運転が可能になるようなら、*3-3-5のように、もはや原子力規制委員会は独立した公正な組織とは言えないだろう。

 なお、原発から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分場も決まらず、総合資源エネルギー調査会原子力小委員会廃炉等円滑化ワーキンググループは、2022 年 10 月 17 日、⑥原子力事業者は毎年度、将来の不確実性も踏まえて認可法人が算定した拠出金を当該認可法人に対して納付する責任がある ⑦認可法人は廃止措置に要する費用の確保・管理・支弁を行う経済的な責任を負う ⑧原子力事業者は毎年度拠出金を納付することにより、各原子力事業者が保有する個別の原子炉に係る廃止措置費用を確保・負担する責任は負わない という中間報告をしたそうだ。

 これについて、日本公認会計士協会は、「廃止措置に係る経済的責任は認可法人に移転するのか」「ここでの廃止措置に要する費用の範囲は、『原子力発電施設解体引当金に関する省令』における制度移行時点の総見積額を網羅しているのか」「個別の原子炉に関する廃止措置費用と拠出金間に相関関係がないが、原子力事業者の責任は毎年度の拠出金納付に限定され、各事業者は保有する個別の原子炉に係る廃止措置費用を確保・負担する責任は負わないのか」「新制度下で各原子力事業者が将来にわたって支払う拠出金累計額は事業者が保有する全ての原子炉の廃止措置に実際に要する費用と一致しないことを前提にしているのか」「規制料金によって回収された現行の解体引当金は、新制度下での認可法人への毎年度の拠出金納付義務とは別個で、制度移行時における各原子炉に係る資産除去債務残高は引き継がないのか」等について、会計処理の根拠を明らかにするため確認している(https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/4-9-0-2-20221110.pdf 参照)。

 つまり、新制度の下では原発の廃止措置に係る経済的責任は認可法人に移転するが、認可法人への拠出金総額は個別の原子炉に関する廃止措置費用との間に相関関係がなく、廃止措置費用が足りなくなれば、それは国民負担になるということなのである。しかし、いかなる産業も汚染物質はクリーンにしてから放出するのがルールであるため、コストが安いと言いながら原発だけをここまで特別扱いにするのなら、費用を負担する国民に対してその理由を明らかにすべきだ。

5)EVについて
 日本経済新聞社が予測する2023年のアジアにおける消費の主役は、*3-5-1のようにEVだそうだが、日本勢は未だにガソリン車のミニバンを主軸としているため、長く日本の自動車ブランドが支配的だった市場において、他国車の新規参入余地が大きくなっているそうだ。

 しかし、EVの開発を始めて既に30年近く経つため、未だにガソリン車から離れられず、EVに不当に高い値段をつけているようでは、それも当然のことと言わざるを得ない。

 また、*3-5-2のように東海道新幹線の豊橋―名古屋間で停電が起き、下り線では列車に電力を供給するトロリ線をつり下げる吊架線が切れていたため、東京―新大阪間のその復旧作業のために上下線で、最大4時間、運転を見合わせたそうだ。

 東海道新幹線では、2010年1月にも車両の集電装置「パンタグラフ」の部品が外れて吊架線とトロリ線の間にある「補助吊架線」を切断し、約3時間20分にわたって停電する事故があったそうだが、パンタグラフを使って集電するから吊架線・トロリ線・補助吊架線などが必要で、これらの敷設費や維持管理費は高いのである。

 そのため、新幹線はじめ電車もグリーン水素を使った燃料電池で走るシステムにしたらどうかと思う。そうすれば、電線がなくなって景色がよくなる上に、別途、送電線を敷設して送電料を副収入とすることも可能だからである。

6)ものづくりの「国内回帰」時代は来るか?
 製造業の生産拠点が海外移転し、エネルギー・食糧の多くを輸入に頼っていては、日本からの輸出は少ないのに輸入が多く、貿易収支が赤字になって円安になる。また、ものづくりが廃れれば、製品の開発や維持管理のための技術も失われ、経済は成長するどころか縮小してしまう。

 そのため、製造業の生産拠点を国内回帰させたいわけだが、*3-5-3のように、一時的な円安で海外から国内への輸送コストが相対的に上がり、国内の人件費が相対的に下がっても、工場の海外から国内への移転は時間とコストがかかるため、生産拠点の国内回帰は「限定的」だろうと、私も思う。

 その理由の1つは、国内の人件費が円安で相対的に下がっても、原材料を輸入しながら加工だけ行って採算がとれるほど日本は安い人件費ではなく、生産コストだけを考えれば、原材料の産出地近くや人件費の安い開発途上国で生産を行った方が安価に生産できるからである。

 また、人件費が高くても我が国で生産した方がよい場合もあるが、それは、技術が飛びぬけてよいため人件費に見合った高い価格をつけても売れる場合であり、既に生産拠点が海外移転して生産しなくなってしまった現在、我が国の技術がそこまでよいとは言えなくなっている。

 それでも、国内に購買力があり、国内生産した方がマーケティング上有利であれば、国内生産する選択もあり得るが、定年退職、物価上昇、負担増・給付減による可処分所得の減少などで購買力が落ちているため、国内生産するマーケティング上のメリットも少なくなっているわけだ。

 そのため、これらを根本的に解決するには、単なる加工貿易ではなく原材料やエネルギーもなるべく国内生産すること、国内生産した原材料やエネルギーに国際標準よりも高い価格をつけないこと、よい製品を作るために必要な教育・研究を進めること、何かと言えば政府が国民からぶんどって国民の可処分所得を減らさないようにすること などが、あらゆる努力をしてやるべきことなのである。

(4)食糧安全保障
1)食料自給率について
 「腹が減っては戦ができぬ」という言葉の由来はわからないが、それが真実であることは確かだ。しかし、日本政府は武器だけあれば戦えると思っているのか、エネルギー自給率は12%程度、食料自給率は38%程度しかないにもかかわらず、本気で改善しようとしていない。これでは、他国同士が戦争しても、いや単に世界人口が増えただけでも、国民は健康で文化的な生活を諦めざるを得ないのである。

 その例が、*4-1-1・*4-1-3のロシアのウクライナ侵攻と円安による飼料や燃料費高騰で農家が厳しい経営状況に直面し、廃業の危機にあることだ。しかし、家畜を飼うのに飼料や燃料費を輸入していたのも無防備すぎ、これでは酪農製品は自給率の中に入れられない。率直に言って、家畜の餌くらいは国内で安価に生産できるべきだと思う。

 また、自給飼料づくりを目指して粗飼料を自前で収穫していた人もいたのはよかったが、畑で使う肥料も原料の大半が輸入品だったというのは、家畜の排泄物等を加工して使えば肥料を輸入する必要はなかったのに、と呆れられる。

 さらに、トラクターを動かす軽油の価格が上がったそうだが、農機具を電動にすれば牧場や農地での自家発電は容易なのに、毎年同じことを言いつつ、いつまで輸入化石燃料を使うつもりだろう? そのため、 “値上がり分の補塡”や“製品の値上げ”をするよりも、政府と一緒になって自給飼料・自給肥料・自家発電システムの設置等を推進した方がよほど賢いと、私は思う。

 このような中、*4-1-2のように、JA全農は、2022年10~12月期の配合飼料供給価格を7~9月期価格で据え置くと発表したそうだが、そもそも全農が輸入依存を進めてトウモロコシのシカゴ相場で飼料価格を変えるような体質にならず、むしろ政府に言って自給飼料・自給肥料・自家発電システムの設置を推進すればよかったのである。そのため、この辺は全体として同情の余地がないのだ。

 なお、*4-2は、肥料価格が高騰している理由を、「日本は化学肥料の原料である尿素、りん酸アンモニウム、塩化カリウムの殆どを海外輸入に頼っているため国際情勢の影響を受けやすく、今回の高騰はロシアのウクライナ侵攻でアンモニア・塩化カリウムの生産国上位であるロシアへの経済制裁によって供給が停滞し、中国の輸出規制、肥料の運搬に利用される船舶燃料の高騰、円安などが複合的に関係したから」としている。しかし、この実態を見れば、日本とロシア・中国のどちらが偉いかは明らかだと言わざるを得ない。

 そして、農林水産省・都道府県・市町村が国民の血税から肥料価格高騰対策事業を実施して対象期間に購入した肥料購入費の一部を助成するそうだが、種子や肥料等の資材も国内生産できず、無駄なことばかりしながら、何かあれば必ず予算措置による助成を求めるのは情けない限りだ。そのため、このように戦争が起これば生産できなくなる製品は食料自給率に入れず、本当の食料自給率を出した上で、根本的解決を行うべきである。

2)経済安全保障について
 このように、安全保障の視点からエネルギー政策や食糧政策を見ると、「日本は資源がないから」「加工貿易が適しているから」などと戦後すぐの頃の状態を語って世界の変化に全くついて行っていない理屈をつけ、太平洋戦争前後のように大量に国債を発行して、膨大な無駄遣いを続けている姿が見えてくる。

 そのような中、*4-4は、①政府は経済安全保障推進法の「特定重要物資」に半導体・蓄電池・永久磁石・重要鉱物・工作機械・産業用ロボット・航空機部品・クラウドプログラム・天然ガス・船舶の部品・抗菌性物質製剤(抗菌薬)・肥料等の11分野を対象とすることを閣議決定した ②対象分野では国内生産体制を強化し備蓄も拡充する ③そのための企業の取り組みに国が財政支援する ④これにより有事に海外からの供給が途絶えても安定して物資を確保できる体制を整える ⑤いずれも供給が切れると経済活動や日常生活に支障を来すものだ としている。

 しかし、⑤の供給が切れると日常生活に支障を来す物資の第一は食糧だが、これには言及していない。また、①の中の重要鉱物は、特定国に依存しすぎないための海外での権益取得の後押しと数か月分の備蓄しか考えておらず、国内や排他的水域内で生産することは考慮外である。そして、ここがロシア・中国・アラビアはじめ現在の資源国との違いなのである。そのため、④のように海外からの供給が途絶えるような有事には、数か月分の備蓄の範囲でしか物資を確保することができず、それでは太平洋戦争時のようになるため、紛争も戦争も決してできないのである。

 つまり、②の対象分野は重要なところを逃している反面、資源については相変わらず輸入に頼るシナリオで、そのために、③のように、民間企業の取り組みに国が財政支援するというのだ。これでは、予算をばら撒きたいところにばら撒くため安全保障を口実に使っただけであり、政府が市場を歪めてかえって未来を暗くする。

 このように、輸出するものは著しく少なくなったのに輸入することばかり考えてきた誤った政策の連続により、*4-3のように、日本は貿易や投資などの海外との取引状況を表す経常収支の低迷が続いて、ついに経常赤字となった。その主な原因は資源高と円安だそうだが、資源高の方は1973年に起こった第一次オイルショック以降の50年間ずっと続いているのであり、それまでの好景気を一変させた最大の理由でもあるのだ。

 それでも高い価格で原油を買うことに心血を注いで他の手を打たなかった国が日本であり、政治も縦割りの組織で現状維持重視の行政に従って国民に迷惑をかけ続けているのが、困ったことなのである。

(5)命の安全保障(≒社会保障)について
1)最近の社会保障に関する論調について
 *5-1-1は、2022年12月19日、①社会保障財源は防衛費の次でいいのか と題し、②国内で生まれる子ども数が80万人を割り込む少子化の危機感があるのか ③どんな判断で政策の優先順位を決めているのか ④首相がトップの全世代型社会保障構築本部と有識者会議が、最も緊急を要する取り組みに「子育て・若者世代への支援」挙げたが ⑤必要となる費用や財源の具体論には言及せず ⑥介護分野の給付と負担の見直しを先送りし ⑦同じ日に政府は今後5年間の防衛予算を現行の1.5倍に増やすことを決めたが ⑧国民や企業の財布には限りがあるため、防衛予算の負担増が先行すれば子育て支援の負担を求めることは難しくなる と記載している。

 また、*5-1-1は、⑨国民の暮らしの安心は、安全保障に勝るとも劣らない喫緊の課題で ⑩有識者会議の報告には雇用保険の対象外になっている非正規雇用の働き手支援や、自営業・フリーランス向けの育児期間中の給付金創設など既存の枠を超えた提案もある ⑪巨額の予算を要する児童手当の拡充も「恒久的な財源とあわせて検討」とされたが ⑫かつて「社会保障と税の一体改革」は給付と負担を一体で議論し、全体像を示しながら合意形成を図った ⑬介護保険は要介護度の軽い人向けの給付見直しや利用者負担の引き上げなどの案があるが反対も根強い ⑭それらが無理なら保険料や税による負担増が検討対象になる ⑮結局、財源の議論抜きに改革の前進はない とも記載している。

 このうち①③⑤⑦⑧⑨については、太平洋戦争後に政治の指針となっている日本国憲法は、生存権(25 条)、教育を受ける権利(26 条)、勤労の権利(27 条)、労働基本権(28 条)などの国民の権利を明確に保障し、防衛については、前文と9条で平和主義と専守防衛を定めている。その上、経済発展や⑨のような安定した生活が防衛も支えることを考えれば、教育を含む社会保障の優先度の方が高いだろう(https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi034.pdf/$File/shukenshi034.pdf 、https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/chosa/shukenshi033.pdf/$File/shukenshi033.pdf 衆議院憲法調査会事務局 参照)。

 しかし、②④については、最初に少子化問題を取り上げたのは私で、その意図は、働く女性は子育てを両立できないため、実質的に出産できない矛盾を突くものであったため、その結果として起こった少子化のみを問題視して危機感を煽るのは、男性リーダーが大多数を占める政治・経済分野の古臭くてセンスの悪い発想だと、私は思っている。

 また、日本国憲法が25 条で定める「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」というのは、当然、高齢者・障害者を除外していないため、経済の成熟に伴って医療・介護制度は充実することこそあれ、後退することは許されない。

 従って、⑥⑫の「社会保障と税の一体改革」と称する年金・医療・介護分野の給付と負担の見直しは、高齢者の生活を予定外に圧迫して生存権が危ぶまれる状態に陥らせているという意味で適切でないため、ゼロサムゲームではなく、効用を高めながらコスト削減する方法を考えるべきだし、それは可能なのである。

 なお、⑩の非正規雇用・フリーランス・一部の自営業は、労働法で護られない雇用を意図的に作っているものであるため、その存在そのものを検証すべきだ。にもかかわらず、雇用保険料を支払っていない人に育児期間中の給付金を雇用保険制度から支払うのは不公平を増す上、「子育ての便益は社会全体が享受する」として育児休業給付の費用を社会全体で負担すべきとの意見もあるが、それなら他の数々の無駄遣いを削って現在の税収から堂々と充てるべきだろう。

 また、⑪の児童手当は、現在は0歳~15歳の子に支払われ、その間は所得税の扶養控除を行わない。仮に、これを拡充して16歳~18歳までの子にも支払うようにすれば、その間の所得税扶養控除を行わなければ整合性がとれる。ただし、所得が一定以上の人は、児童手当をもらえず、扶養控除もできないという前より悪い状態になっているため、所得制限は止めるべきだろう。

 ⑬の介護保険制度は、要介護度が高い人はもちろん要介護度が低くても自力では暮らせない人のために給付しているもので、未完成の制度であって給付は足りないくらいであるため、これ以上の給付減は人命に関わる。また、要介護状態になっても稼げる人は殆どいないため、利用者負担増も人命に関わる。そのため、このようなことしか言えないような世代を作るのなら、子育ての便益を社会全体が享受するとは言えないため、一昔前と同様、自分の子は自分で育てる方式にし、稚拙であっても自分の子や孫に介護してもらえばよい。何故なら、そうすれば、「育て方が悪かったのは自分の責任だ」として諦めがつくからである。

 そのようなわけで、⑭⑮の介護保険料負担については、65歳以上の第1号被保険者と40歳~64歳の医療保険加入者(第2号被保険者)に分けていたずらに複雑化させるのではなく、乳児まで含めた全世代を介護保険制度に加入させ、同じような基準で給付すると同時に、負担は所得に応じて行わせるべきだと、私は考えている(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/2gou_leaflet.pdf 参照)。

2)子育て政策に本当に必要な予算とバラマキ予算について


  2021.5.21朝日新聞    2023.1.5東京新聞     2017.4.11Agora

(図の説明:左図は、2022年10月から施行された児童手当で、3歳未満1.5万円・3~15歳1万円《3子以降1.5万円》を原則として支給し、年間所得960~1200万円の人には中学卒業まで5千円の特例給付を支給するが、年収がそれ以上の人には全く支給しないというものだ。これに対し、中央の図のように、千代田区は所得制限なく16~18歳の子に5千円支給しており、東京都は0~18歳の子に5千円支給しようとしている。が、合計特殊出生率が2以上でなければ人口を維持できないとする説は、右図のように、1980年代全般に合計特殊出生率が2以下になっても2010年代半ばまでの30年間は人口が増え続けており、科学的根拠がない。これは、寿命の延びにより、3世代以上が同時に生きられるようになったことによるものだ)

  
         厚労省                  UN
(図の説明:「少子化で人口が減るから経済成長しない」という説もよく聞くが、右図のように、先進国で日本より人口が多いのは米国だけで、先進国で最も経済成長していないのが日本であるため、この説は間違っている。そして、このような非科学的な論理がまかり通って政策決定に影響を及ぼしていることが、むしろ経済の足を引っ張っているのである。また、左図のように、人口が次第に高齢化することは1980年代からわかっていたため、世界では1980年代から退職金は要支給額を正確に計算して積立方式に変更していたが、日本は未だに賦課課税方式をとって「支える人が減るから云々」などと言っているのであり、これは政治・行政の失敗にほかならない。さらに、人口が増える世代もあるため、その世代のマーケットは増えるに決まっている)

イ)出産費用について
 政府は、*5-1-2のように、子育て世帯の負担を軽減して少子化対策を強化するため、出産時の保険給付として子ども1人につき原則42万円が支払われる出産育児一時金を、2023年度から50万円程度に引き上げる方向で検討に入り、2023年度の増額分は、これまで一時金を支払ってきた健康保険組合などの保険者が負担するが、2024年度以降は75歳以上が加入する後期高齢者医療制度からも財源の7%程度を拠出してもらう方向だそうだ。

 しかし、近年の出産は医師が関与して行うため、正常分娩も健康保険の対象にすればすむことであり、場合によっては介護も必要になる。そのため、育児休業給付などなく、育休中は無給なのに社会保険料だけは支払いながら、出産費用は満額自己負担してきた75歳以上の人が加入する後期高齢者医療制度から財源の7%程度を拠出してもらうというのは筋違いも甚だしい。こういうのを“異次元(≒これまで認められてこなかった不合理なことを” 何でもあり“で解禁すること)”と言うから、“異次元”と言う言葉は「やってはいけないこと」の代名詞になるのである。

ロ)児童手当について
 *5-1-6は、「岸田首相は、“異次元”の少子化対策」を進めるため、子ども家庭庁の小倉氏をトップに、厚労相、文科相、財務相、経産省らの閣僚と有識者が参加する省庁横断の会議を設置し、児童手当の拡充を中心に必要な対策を6月までに纏めるそうで、相変わらず財源確保には負担増の議論が避けられないと記載している。

 しかし、①何故、少子化そのものに対する対策が必要なのか ②仮に必要だったとしても、それは児童手当を中心とした経済的支援なのか ③既に税金を払っているのに、子育て支援や教育支出もために、何故、新たな財源確保を要するのか ④これまでの政策を強化しただけの児童手当と消費税増税が、何故、骨太の方針と言えるのか は大いに疑問だ。

 児童手当は、現在、上の段の左図のように、原則として0歳~中学生が対象で所得制限があるが、成年に達する18歳(高校卒業時)まで対象年齢を拡大することには、私は賛成だ。しかし、第2子・第3子だから第1子よりも金がかかるわけではないため、第2子以降に差をつけて増額するというのは「生めよ、増やせよ」論に繋がるため、不適切だと思う。なお、0.5~1.5万円/月で子を育てられるわけではないため、所得税にフランスのようなN分N乗方式も取り入れて選択可能にするというのなら、それは骨太の案と言えるだろう。

 東京都は、*5-1-3のように、所得制限を設けず、18歳以下の子に月5千円給付し、第2子の保育料無償化も検討するそうだが、国の児童手当を補完はするものの、月5千円給付されたからといって、母の罰を受けて数千万円~数億円単位の生涯所得をふいにしてまで子を産みたいと思う人はあまりいないと思われる。

 しかし、人間も遺伝する生物であるため、出産費用を50万円補助してもらったり、1.5万円/月の児童手当をもらったりするから子を産むという人の子よりも、所得制限によって児童手当をもらえない人や子を産んで母の罰を受ければ数千万円~数億円単位の生涯所得をふいにする人の子の方が次世代として有用であろう。そのため、少子化対策は子を産んでも母の罰を受けずにすむ体制にすることが最も重要で、児童手当等も恣意性がすぎるとバラマキや逆向きの出産奨励になるのである。

ハ)保育と学童保育について
 *5-1-6のように、岸田首相が省庁横断で設置する会議では、幼児教育や保育サービスの量と質の強化、子育てサービスの拡充、育児休業制度の強化なども検討する予定だそうだ。

 子ども・子育て支援に関する日本の公的支出割合は1.79%で、OECD平均の2.34%を下回り、フランス3.6%の半分だそうだが、だからといって新たな財源を確保するというのは少子化対策を名目にした負担増である。何故なら、国民は既に多額の税金を支払っており、国は事業毎の費用対効果も不明のままにして無駄遣いの限りを尽くしており、最も重要な教育資金は他の大きな無駄遣いの数々を削って最初に予算にいれるべきだからである。

 しかし、子育てする側から見れば、GDPが世界第2位の日本でGDPに対する公的支出割合を問題にして支出金額を増やす必要はなく、教育や保育の質の方がよほど重要なのだ。

 そのような中、*5-1-4のように、共働き世帯の増加に伴うニーズの高まりに整備が追いつかず、学童保育の待機が未だ1.5万人おり、東京都の3,465人で最多で、質より前に量が足りていないなどというのは、少子化の最も大きな原因だろう。

 なお、東京などの都市部では狭い家で家族がひしめき合って暮らしているが、これも子を産めない原因であるため、通勤時間30分以内の場所に、ゆとりのある住まいを持てる街づくりをすることも、子育ての重要な要件になる。

3)介護保険制度について


2022.12.15佐賀新聞       Homes          2022.12.14Diamond

(図の説明:1番左の図のように、全世代型社会保障構築会議は、“全世代型社会保障”と称して高齢者の医療・介護保険料を増やし、左から2番目の図のように、一定の所得以上の利用者の負担を2割にするという報告をしたが、その“一定の所得”とは、生活保護並みの所得なのである。一方、右から2番目の図のように、介護は65歳以上の人と40~64歳の特定疾病患者のうち介護が必要になった人が受けられるが、介護保険料を支払っているのもこの世代だけであり、これこそ全世代型とは言えない。このような状況の中で、1番右の図のように、物価上昇と人手不足により、老人福祉・介護事業者の倒産が増えているのだ)

イ)全世代型社会保障構築会議の報告について
 *5-2-1は、①現在の全世代型社会保障構築会議は社会保障の充実を議論している段階で財源論が後回し ②自営業者も現金給付のある育児休業があったほうがよく、フリーランスも報酬比例部分のある公的年金に加入できるようにすべき ③経済対策に盛り込まれた妊娠女性に10万円相当を配る出産準備金は恒久化が必要な給付充実策なのに恒久財源がないため、消費増税など税財源の議論も避けるべきでない ④財源論と同時に重要なのは高齢者の増加で給付が膨張する医療・介護の効率化 などと記載している。

 確かに財源は考えておくべきなので、①②は事実だが、まず他のバラマキと同時に“少子化対策”と銘打ったバラマキもやめるべきであり、各省庁が既得権益を温存したまま国民負担の増加ばかりを考えているようなら、国民は誰も納得しないだろう。

 なお、出産準備金を(小遣い程度の)10万円もらえるから妊娠するという女性は滅多にいないため、「医者にかかったら保険適用」とすればよいので、③は不要であり、このようなバラマキのために消費税を増税するなどとんでもない話だ。そして、④のように、高齢者と言えば「医療・介護給付が膨張するから効率化せよ」などと言うのは、高齢者を邪魔者扱いにしており、憲法違反だ。ただし、寿命の延びによって“高齢者”の健康状態も変わっているため、定年退職年齢も含めて高齢者の定義を75歳以上にする必要はあるだろう。

 このような中、*5-2-2は、介護業界で倒産が急増し、その理由を、⑤人手不足とコロナ関連の資金繰り支援効果が薄れてきた ⑥物価上昇をサービス料金に転嫁しにくい ⑦将来有望とされた介護市場に事業者が相次いで進出して過当競争が起こった ⑧2009年度の介護報酬大幅プラス改定で倒産は減少に転じたが ⑨2015年以降のコスト上昇の中、介護報酬改定は低調だったので倒産が増えた ⑩2015年以降は介護補助者の高齢化と人手不足で人件費上昇が収益を圧迫 ⑪2020年は新型コロナ感染拡大が介護業界を直撃 ⑫2022年は円安・物価高で光熱費・燃料費・介護用品値上がり ⑬経済活動再開で人手不足が顕在化 ⑭介護業界では物価・人件費上昇・人手不足が同時に表面化 ⑮一般的介護サービスは介護保険で金額が決められており、仕入価格上昇分を販売価格に転嫁できない 等と記載している。

 しかし、⑤⑦⑩⑬等に記載されている人手不足については、2001年に介護制度が始まって既に20年も経過しているので、未だに熟練者を中心とした組織的介護ができていないのであれば、淘汰され倒産しても仕方がないと思われる。そして、日本は、せっかく来てくれた(母国では看護師資格を持つような)若い外国人労働者でも、日本語の介護福祉士試験に合格しないという理由で帰国させているのだから、同情の余地がない。

 また、⑥⑧⑨⑫⑭⑮の物価上昇や人件費高騰も政府の責任だが、確かにこれに連動して介護報酬が上がるわけではないため、物価上昇や人件費高騰によるコスト増を介護事業者が負担せざるを得ず、経営が厳しくなって倒産に至るのは理解できる。そのため、介護サービス料も物価スライドにしなければ、介護事業者はたまったものではないだろう。

 さらに、ここで述べられていないことは、介護は保険内と保険外のサービスの併用が認められており、併用される自費部分を含めてサービス全体の消費税が非課税であるため、仕入れ税額控除もできず、支払った消費税を全て介護事業者がかぶることになり、消費税率が上がれば上がるほど介護事業者の負担が大きくなる点だ。これは、医療サービスも同じであり、これらを解決するには、医療・介護サービスを、非課税ではなく0税率にする必要があるのだ。

 しかし、⑪のコロナ対応では、医療・介護システムのレベルの低さが表に出たようで、状況に応じて速やかに入院・訪問看護・訪問介護などに切り替えることができたり、周囲に感染させなかったり、死亡に至らせなかったりする仕組みになっていないことが露呈した。しかし、本当は医療との緊密な連携が必要であるため、(介護施設数が十分になった後に質の低い施設が淘汰されるのは仕方がないものの)国の不作為によって質を上げられないのでは、努力している医療・介護従事者に気の毒な上、高い保険料を支払っている国民も迷惑する。

 このような中、*5-2-3・*5-2-4のように、政府は、「全世代型社会保障構築会議」で、介護保険で高齢者の負担を増やす案は結論を来夏に先送りし、報告書には75歳以上の中高所得者の医療保険料引き上げ・将来的な児童手当拡充だけを盛り込むそうだ。しかし、全世代型社会保障を構築するのであれば、介護保険料はすべての働く人が負担するのが当然であるにもかかわらず、75歳以上の大して所得が多いわけでもなく、要介護の状態に直面して生活が破綻しそうな75歳以上の“中高所得者”をターゲットにして保険料や負担率を引き上げようとしているところが、憲法違反なのである。

 なお、企業が従業員をどこにでも転勤させ、親や祖父母の介護などできない状態にしておきながら、「現役世代の負担は限界に来ている」などと言っているのは、医療・介護制度の有難味がわかっておらず、勝手すぎる。

ロ)75歳以上の医療保険負担増について
 政府の全世代型社会保障構築会議が報告書に、*5-3-1・*5-3-2のように、①給付が高齢者・負担が現役世代に偏る現状を是正するため、75歳以上の後期高齢者の保険料引き上げを明記して全体の約4割の後期高齢者を対象に所得比例部分の負担を増やす ②さらに75歳以上の高齢者に出産育児一時金財源の7%程度を新たに負担させる ③現役世代が負担する高齢者医療への支援金を減らす ④年金収入が153万円超(12.75万円超/月)の中所得者(!?)以上の保険料を増やす ⑤年収1千万円超の高所得者の保険料負担の年間上限額を66万円から80万円に引き上げる ⑥厚労省は少子化の克服や社会保障制度の持続性向上を掲げて、「全ての世代で負担しあうべきだ」とする ⑦高齢者人口は団塊の世代が25年までに全員75歳以上となった後に2040年頃から減少し始めるが、現役世代の減少で人口に占める割合は現在の30%程度から上昇が続く ⑧膨張する社会保障給付には負担能力に応じて全ての世代で公平に支え合う仕組みが必要になる と記載するそうだ。

 生活保護でもらえる金額は、憲法25条の生存権「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」によって定められた最低生活費で、現在、単身者なら10万円〜13万円/月、夫婦2人なら15万円〜18万円/月であり(https://efu-kei.co.jp/contents/public-assistance/ 参照)、受給が決まると「国民健康保険」を抜けて医療費全額が生活保護の「医療扶助」で現物支給されて無料になる。しかし、生活保護支給額や最低賃金も、物価スライドして上げなければ生きていけなくなるだろう。

 そして、④の年金収入153万円超(12.75万円超/月)というのは、単身者の生活保護費程度であるにもかかわらず、高齢者の場合は中所得者として健康保険料を増やすというのだから、高齢者には憲法25条に基づく生存権を認めないということだ。

 つまり、憲法25条は、⑥のように、これまでの政府の失政によって少子化が進んでいようと、社会保障制度の持続可能性が危うかろうと、制度が役割を果たせなければ生存できなくなるため、歳出改革を行い、他の無駄を削って、優先的に護るべき条文なのである。

 また、⑦のように、高齢者人口が増えるのは、寿命の延びに従って定年年齢を伸ばさなかったからで、これは下の世代に地位を譲るために高齢者が退いているのにほかならない。そのため、定年年齢の廃止か75歳以上への延長をすれば、現役世代減少の問題は解決し、⑤⑧のように、負担能力に応じて公平に支え合うこともできるのである。

 なお、①の「医療費の給付は高齢者に負担は現役世代に偏る」というのは、誰でも退職し高齢者になれば病気がちになるため不公平はない。それより、②の財源の7%程度を75歳以上の高齢者に負担させて出産育児一時金を支払う方が、世代間の不公平が大きい上に少子化防止効果は殆どない。従って、妊娠出産にかかる医療費を保険適用にする方が、よほど合理的なのである。

 さらに③のように、現役世代が負担する高齢者医療への支援金を減らすなどと言うのなら、病気のリスクが低い時代に多額の保険料を支払う現役世代の医療保険は必ず黒字になるため、自分が支払ってきた医療保険に生涯加入し続ける仕組みにする方が、筋が通っている上に公平だ。

 このような中、*5-3-3は、⑨政府が2022年12月23日に閣議決定した2023年度予算案で社会保障費は過去最大の36.9兆円 ⑩新型コロナ禍で手厚くした有事対応から抜けきれない ⑪コロナの医療提供体制のために17兆円の国費による支援が行われた ⑫最大40万円/日を上回る病床確保料は平時の診療収益の2倍から12倍 ⑬およそ13兆円を計上する年金は、23年度の支給額改定で給付を物価の伸びより抑制する「マクロ経済スライド」を3年ぶりに発動する 等を記載している。

 このうち⑨は事実だろうが、⑩⑪については、治療薬やワクチン接種料を無料にする必要はなかったし、そもそも水際対策に不完全さが多く見受けられた。その上、コロナの流行により経済停止期間を長くし過ぎたため、大きな補助が必要となり、何十兆円にも上る無駄遣いがあった。それに加えて、流行期に間に合うように、国内で検査機器・治療薬・ワクチンの製造するなどの役に立つことは何もできなかったのが、大きな問題なのである。

 しかし、⑫については、普段からゆとりを持って診療できる体制になっておらず、急に病床を作ってもそのケアをする人材はプレミアムを載せて募集しなければ集まらないため、普段からいざという時の受入体制の整備をしていなかったことが問題なのだ。

 また、⑬については、上にも述べたとおり、ただでさえ生存権行使に届かない年金額なのに、「マクロ経済スライド」というもっともらしい名前をつけて、給付を物価の伸びより抑制しつつ、物価を上げる政策を採用し続けており、これは高齢者の生存権を無視した悪知恵である。

4)「マクロ経済スライド」と称する年金抑制策について


    Hacks            厚労省            厚労省

(図の説明:日本の年金制度の全体像は、左図のように、自営業・学生・その配偶者が入る1号、従業員が入る2号、2号被保険者に扶養される配偶者が入る3号に分かれる。1階の国民年金は、1号被保険者は自分で保険料を毎月納付し、給付は全員が受ける。2階の厚生年金は、事業主が毎月の給与・賞与から被保険者負担分の保険料を差し引いて事業主負担分の保険料とあわせて毎月納付し、その従業員だった人が給付を受ける。3階の納付は任意で、納付した人だけが給付を受ける。中央と右の図は、「マクロ経済スライド」の仕組みとその効果で、賃金・物価の上昇よりも年金支給額の上昇を抑え、国民に気付かれないように実質年金額を下げる仕組みなのである。しかし、もともと低い所得代替率をさらに下げるため、高齢者の生活を成り立たなくさせるもので、これがあるため、年金は早くからもらって自分で運用した方がよいわけだ)

イ)「マクロ経済スライド」による年金抑制のからくり
 政府は、*5-4-1のように、2023年度の公的年金の支給額改定で、「マクロ経済スライド」を3年ぶりに発動する検討に入ったそうだ。

 「マクロ経済スライド」とは、賃金・物価に応じた年金改定率から、現役被保険者の減少と平均余命の伸びに応じて算出した“スライド調整率”を差し引いて年金給付水準を下げる仕組みで、具体的には、将来の現役世代の最終的保険料の負担水準を定めて、その範囲内で年金給付支出を決めるというものだ。「マクロ経済スライド」は2014年の年金制度改正で導入され、それ以前は「物価スライド」といって年金額の実質価値を維持するために消費者物価指数の変動に応じて翌年4月から自動的に年金額が改定されていたため、恣意性の入る余地はなかった。

 そして、このカラクリによって、2023年度の年金支給額は2022年度より僅かに増えるものの、“マクロ経済スライド”によって物価上昇より低く抑えられているため、年金支給額は実質的に目減りする。にもかかわらず、「給付抑制は年金財政の安定に欠かせない」などとして、少子高齢化等に正しく対応して来なかった失政のツケを国民に押し付け、上のように無駄遣いの限りを尽くしながら、年金制度は維持するが生活を維持できない制度にしてしまったことは、決して許すべきでない。

 また、*5-4-2は、①年金、医療、介護等をあわせた社会保障関係費は36兆8,889億円で、2022年度当初予算と比べて6,000億円以上増加 ②2025年に団塊の世代が全員75歳以上となり、介護が必要な人の急増等による社会保障費の膨張は避けられず ③「マクロ経済スライド」により年金額は実質的に目減り ④高齢者の負担感が強まって景気回復に水を差す恐れ ⑤コロナ禍の雇用調整助成金支給で雇用保険財政が悪化し、雇用保険料率も2023年度から上がる と記載している。

 しかし、①②③④⑤の年金、医療、介護等をあわせた社会保障関係費の増加は、人口構成を見ればずっと前からわかっていたことで、その世代の人口が増えるからニーズも増えるのである。そのため、そのニーズに応えるサービスや技術を開発していれば、それは世界で通用したのに、政治・行政にはこの発想が乏しく、国民を犠牲にしながら景気対策等々と称して無駄遣いをすることしか思いつかなかったために、こういう羽目に陥ったのである。

ロ)物価上昇政策について
 *5-4-3は、①総務省が2022年12月23日発表した11月の消費者物価指数が103.8となり、前年同月比で3.7%上昇(生鮮食品を除く)して政府・日銀が定める2%の物価目標を上回る物価高が続く ②生鮮を除く食料は6.8%、食料全体は6.9%上昇し ③エネルギー関連は13.3%上昇して ④物価は第2次石油危機の1981年12月の4.0%以来40年11カ月ぶりの伸び率で消費税導入時や増税時を上回る ⑤円安・資源高の影響で食料品・エネルギーなどの生活に欠かせない品目が値上がりした などと記載している。

 物価上昇は、購買力平価を落として国民を貧しくさせるものであるため、①のように、政府・日銀が2%の物価目標を定めるなどということ自体が、日銀の役割を放棄して密かに国民生活の質を落としているものである。そのため、それを上回る物価高が続くのを「物価が伸びた」などと褒めるような表現をするのは、経済の知識がないだけでなく国語力や常識もない。もちろん、中央銀行の役割もわかっていない。

 さらに、②③⑤のように、食料6.9%、エネルギー関連13.3%上昇というのは、そもそも食料・エネルギーは生活必需品であるため、生活の苦しい人ほど購入割合が高く、耐久消費財は最初に節約できるものであるため、生鮮食品を除いた物価上昇が3.7%というのは、生活実感からはかけ離れており、意味がない。それでも④のように、第2次石油危機の1981年12月の4.0%以来40年11カ月ぶりの“伸び率”などと言っている点が、何も考えられないのか神経がおかしいかのどちらかなのである。

5)外国人の活用について
 このように、少子化による生産年齢人口の減少を理由に、高齢者への給付減・負担増を行いながら、失業防止を目的とした景気対策は巨大で、女性や高齢者を十分に活用しない制度を採用している矛盾だらけの国が、日本である。

 さらに、多様性と活力の源である外国人労働者についても、*5-6-1のように、技能実習制度を温存したままで、「開発途上国の人材育成が目的」と称しながらも、実際には人権侵害に当たるような労働環境で安価に人手を確保する手段として技能実習生を使っているため、労働条件の悪い技能実習制度の存廃を含めて有識者会議による検討が始まったのはよいことだ。

 そもそも日本人は、自分もアジア人で有色人種なのに、有色人種を差別したがる人が多い。そのため、日本と開発途上国の賃金格差が小さくなり、外国人労働者への処遇改善が行われなければ、*5-6-2のように、政府が入管難民法を改正して「特定技能」という新たな在留資格を設け、移民受け入れにかじを切っても、外国人労働者に「選ばれる国」にはならないだろう。

 しかし、*5-6-5の草加商議所のように、ミャンマー出身者を中心とする「第三国定住難民」の就労を支援し、難民12人を草加市を中心とする事業所で雇用することを決め、社会貢献と同時に地域の中小事業者の人材不足の緩和にも繋げたのは、双方にとってよいことである。地方自治体も、日本語・日本文化・社会制度等に関する講習の手配、住居の確保、安定した収入による生活基盤の構築などを支援する必要はあるが、それ以上の効果があると思う。

 *5-6-3は、①高校で外国人受け入れ枠の導入が進まず ②2023年の入試で全国の公立高の73%が特別枠を設けず ③日本語が得意でない生徒にとって一般入試は容易でないため、中学卒業後10%が進学せず、これは全中学生の10倍である ④文科省は自立には「高校教育が重要」と指摘している ⑤外国人労働者の受け入れが拡大しており、子どもが進学しやすい環境を整える必要があり ⑥特別枠設定や試験教科の軽減などを各地の教育委員会に求めたが、必要性が認識されず指導体制の不安もあって対応しない教委や学校が多い と記載している。

 ④のように、文科省も自立には「高校教育が重要」と指摘しているのだから、米国と同じように日本も高校まで義務教育とし、入試をしても最終的にはどこかの高校に入学できるようにした方がよいと考える。その上、外国人労働者の子どもは、母国との懸け橋になったり、グローバル人材に育ったりする可能性が高いため、日本語が苦手でも進学できる公立高が近くに一つでもあればよいと思われる。

 このような中、*5-6-4のように、外国人の収容ルールを見直す入管難民法改正案が、1月23日召集の通常国会に提出される見通しとなったが、その内容は、⑥難民申請中の送還を可能にし ⑦収容期間の上限は現行通り設定せず ⑧収容に関する司法審査がなく ⑨21年に国会で審議入りした入管難民法改正案の骨格が維持される そうだ。

 しかし、日本は難民認定割合が著しく少なく、収容されている外国人を人間扱いせず、入管難民法改正案では、難民申請を原則2回までに制限して、送還を拒否して暴れると懲役1年以下の罰則を課すなど、日本人の私から見ても難民になった人の立場を考えておらず、開発途上国出身者や有色人種への差別が甚だしく、外国人に対して著しい人権侵害を行っているのである。

6)日本の一人当たりGDPと雇用システムについて


2022.9.20JapanData       2023.1.21日経新聞      2022.12日経新聞

(図の説明:左と中央の図のように、消費者物価指数は、ロシアのウクライナ侵攻後の制裁に対する逆制裁によって急激に上がり始め、右図のように、消費支出は、コロナで一旦は下がっていたものの、物価上昇による豊かさなき値上がりによって、また上がらざるを得ないだろう)


 2022.12.6日経新聞   2023.1.18日経新聞    2023.1.21佐賀新聞

(図の説明:左図のように、賃金上昇が物価上昇に追いつかないため、賃金は実質マイナスが続いている。また、中央の図のように、平均勤続年数が長い日本は、生産性の高い部門へのスムーズな労働移動が起こらないため、平均賃金の伸びが小さいという結果が出ている。年金も少子高齢化を理由とした「マクロ経済スライド」と称する抑制システムにより物価上昇よりも低く抑えられるので、国民の可処分所得《≒購買力》は下がる一方なのだ)

   
2023.1.5日経新聞  2023.1.5日経新聞  2021.7.4小野研究室 2016.5.25ITI

(図の説明:賃金が上がるには被用者個人も生産性を上げて賃金に見合った働きをする必要があるが、それができるためには、社内のあちこちを移動して永遠に素人でいるのではなく、あるジョブに関しては精通していかなければならない。そのためには、左図のように、ジョブを定義し、それをこなすためのリスキリングを行い、雇用者はジョブの熟練度に見合った賃金を支払う必要があるのだが、終身雇用や年功序列型賃金を採用している場合はこれが難しい。そのため、左から2番目の図のように、日本はジョブ型雇用を導入する企業が少なく、その結果、生産性の高い部門への労働移動も行われにくく、右から2番目の図のように、労働者1人当たりGDP《購買力平価による》が低くなっている。また、1番右の図のように、購買力平価による労働者1人当たりのGDPは、1995年は世界で15位だったが、現在では30位まで落ちている)

イ)1人あたりGDPについて
 まず説明しておかなければならないのは、名目・実質・購買力平価換算のGDPと国全体・国民1人当たりのGDPの違いである。

 名目GDPとは貨幣価値とは関係なく単純に貨幣で表したGDPで、現在の日本のように、貨幣価値を下げれば物の値段が上がるため、それを総合計した名目GDPは上がる。また、実質GDPとは、一定の基準日を設けて物価水準を測定し、名目を物価水準で割ったものであるため、国内の物価水準の変動には影響されないGDPである。購買力平価換算は、どのくらいのものが買えるかを考慮したもので、物価の安い国は同じ金額で多くのものを買えるため、購買力平価換算のGDPは高くなる。

 また、そもそもGDPとは「Gross Domestic Product (国内総生産)」のことで、1年間等の一定期間内に国内で産出された付加価値の総額である。また、国民1人当たりGDPとは、GDP総額をその国の人口で割った数字であるため、購買力平価換算の国民1人当たりGDPが、その国の国民がどのくらい豊かに暮らしているかを最もよく表している。名目GDP総額は、1人1人は貧しい暮らしをしていても、人口が多かったり物価が高かったりすれば高くなるため、国民は名目GDPの高さと1人1人の生活の豊かさを混同してはならないのだ。

 このような中、*5-5-1のように、内閣府は12月23日に発表した国民経済計算年次推計で、日本は1人あたり名目国内総生産(GDP)が2021年に3万9803ドルで、OECD加盟国38カ国中20位だったとしたそうだが、本当の豊かさの指標は、1人あたり名目国内総生産(GDP)ではなく、国民がどれだけのものを買えるかを示す購買力平価による1人あたりGDPで、これは上の図の3段目の一番右のように30位である。つまり、日本は、物価が高くて1人1人の国民は豊かでない国なのだ。

 *5-5-1によると、名目GDP総額は2021年に5兆37億ドルと米中に次いで世界3位を維持しているそうだが、GDP総額は人口が多ければ多くなるため、1人1人の国民の豊かさの指標にはならない。

 それでも、1人あたり名目GDPが2005年には13位だったが、2021年は20位と中長期で下落傾向にあり、世界のGDPに占める比率も2005年には10.1%だったが16年間で半分の5.2%まで下がった。これは、他国は普通に努力していたが、日本は逆のことを多くやってきたからだ。

 このような中、*5-5-5のように、2022年12月の消費者物価上昇率は生鮮食品を除く総合で前年同月比4.0%と41年ぶりの上昇、食料全体では7.0%・生鮮を除くと7.4%と46年4カ月ぶりの物価上昇で、その原因は、資源高と円安でエネルギー価格が上がって身近な商品に値上げが広がったからだそうだ。しかし、これは前年同月比であるため、5年前と比べれば体感で消費者物価は20%以上上がっている。

 にもかかわらず、リーダーと称するおじさんたちは、「価格転嫁せよ」「脱デフレして物価が上がれば賃金も上がる」などと馬鹿なことを並べているが、賃金や年金は物価上昇に追いつかないため、実質や購買力平価で比べればデフレ時代の方が国民は豊かだったのである。

 そして、ここでも「電気代などエネルギー関連が15.2%伸びた」などとコストプッシュインフレがまるでよいことであるかのように記載しているが、これは再エネを全力で伸ばしてエネルギーの自給率を上げることをせず、ロシアから逆制裁を受けて海外への化石燃料代金の支払いが増えたからにほかならない。そのため、国民を豊かにするどころか貧しくしたに過ぎず、威張るようなシロモノではないのだ。

 その上、*5-5-6のように、東電等が3~4割の一般家庭向け規制料金値上げを経産省に申請し、今夏までの料金引き上げを目指すそうだが、経産省の審議会で妥当性が議論されたとしても、地域独占に近い状態で経産省が中に入れば、公正競争とは程遠い結果になることは明らかだ。むしろ、燃料費調整制度による燃料調達コストの上乗せより前に、再エネを負担扱いしてその普及を阻害してきた再エネ賦課金をやめるべきである。

 なお、金融緩和して物価が上がれば(これをデフレ脱却と呼んだ)、賃金が上がると今でも言っている人が多いが、物価が上がれば仕入れ価格が上がり、売上価格は可処分所得の減少でむしろ減るため、企業の利益は減る。そのため、賃金を上げる余裕などない会社が殆どであろう。

 さらに、国民の可処分所得減少分は、賃金の停滞だけでなく、*5-5-7のような少子高齢化を名目とした「マクロ経済スライド」と称する年金の実質減額によっても起こっている。そのため、国民の殆どが可処分所得減額になっており、その上、物価上昇は、貸付金・預金と同時に借入金・国債の実質価値も減額させるため、国会を通さず国民から企業や国に所得移転を行っているのと同じ効果があるのだ。

 そして、行政は無謬性を堅持するため故意にこれを行っており、ずる賢いのだが、そのカラクリを暴いて批判することもできず、空気を読んでみんなで同じことを言っている経済学者やメディアは、故意であれ過失であれ、国民から見れば知性のない役立たずである。

ロ)日本の雇用システム
 日本の雇用システムの特徴は、終身雇用(正規雇用従業員を定年まで雇用する制度)と年功序列型賃金(年齢・勤続年数を考慮して賃金や役職を決定)で、その目的は、長期的に人材を育成し、熟練した従業員を囲い込むことである。これは、1つの企業が右肩上がりで成長しながら規模を拡大する時代に合った制度で、正規雇用従業員は、終身雇用と年功序列型賃金によって定年まで安定した雇用と収入を得られるメリットがあった。

 しかし、これまでも、一部の正規雇用従業員の終身雇用と年功序列型賃金を護るために、非正規雇用という雇用の調整弁を作ったり、大多数の女性に終身雇用や年功序列型賃金を与えない仕組みを取り入れたりしていたのである。

 そして、現在は、1つの事業が右肩上がりで成長しながら規模拡大し続ける時代ではないため、*5-5-4のように、経団連が成長産業への労働力の移動を加速することを新たな柱の一つに据え、優秀な人材の獲得競争によって中長期的な賃上水準の向上に繋げようとしている。

 東京都立大の宮本教授の分析では、上の2段目中央の図のように、雇用の流動性が高いほど賃金の伸びが大きく、主要国の賃金の1990年~2021年の上昇率を比較すると、平均勤続年数約4年の米国は日本の9倍、8年の英国は8倍、12年の日本は約6%であり、「日本の労働市場は硬直的であるため、成長産業に人材が移りやすくすることで労働生産性を高めて賃金が増えるという流れを作らなければならない」とされている。

 ただ、私は、労働者にとっては、平均勤続年数が短ければ雇用が不安定でリスクの高い状態であるため、働いている期間に多い賃金をもらわなければ合わない、つまり、変動(ボラティリティー)が多ければ儲けは大きくなければ選ばれないというハイリスク・ハイリターンの論理も加わっていると考える。

 なお、経済界も構造的賃上げを重視し、経団連は「働き手がスキルを身につけて転職することを肯定的に捉える意識改革が必要だ」と提起して、学び直しの時間を確保しやすい時短勤務や選択的週休3日制、長期休暇「サバティカル制度」の整備といった選択肢を挙げているそうだ。

 しかし、他社に転職して不利益なく勤務できるためには、終身雇用と年功序列型賃金ではない雇用システムが必要不可欠である。そして、それは、*5-5-3のように、あらかじめ仕事の内容を定めたジョブ型雇用とジョブの職責に対応した賃金制度であり、これならそのジョブに関する専門性を高める意欲を持つこともできる。欧米ではこちらが普通であり、その円滑な運用のためにジョブ遂行能力を公正に評価する制度もあるため、先入観によって転職した人や女性・外国人・高齢者などを冷遇することも減るのだ。さらに、育児期に休職や退職した女性が、必要以上の不利益を蒙らずに仕事に戻ることも容易になる。

ハ)あるべき社会保障改革は・・
 小塩一橋大学教授は、*5-5-2のように、①改革が必要な最大の要因は経済社会の支え手減少で生産・消費のバランスが国全体で崩れる高齢化圧力だが、実際には65歳以上の高齢層の貢献で支え手は増えている ②社会保障改革は支え手を増やせば問題解決する ③しかし、主役は正規雇用者ではなく非正規雇用者やフリーランス・個人事業主で、支え手が増えても質は割り引く必要 ④社会保険料を通じた社会保障財源への還元も限定的 ⑤被用者保険の適用範囲拡大だけでは問題解決せず、国民健康保険や国民年金といった被用者以外の社会保険の仕組みも改める必要 ⑥在職老齢年金制度のように年金が就業の抑制要因にならない改革も必要 ⑦限られた財源をできるだけ公平で効率的に使うには、年齢とは関係なく負担能力に応じて負担を求め、給付も発生したリスクへの必要性に応じたものにする方針が基本 と述べておられる。

 女性・外国人労働者・65歳以上でも働ける人など、これまで働けても支え手としてカウントせず、働いても正規雇用にしなかった人は多く、“生産年齢人口”にあたる日本人男性にも景気対策と称して雇用維持対策を図らなければならなかったのが日本の状態であるため、私も①②③④⑤に賛成だ。

 つまり、“生産年齢人口”にあたる日本人男性でなくても、日本で正規雇用として働き、収入を得て社会保険料を納めれば、何の遜色もなく支え手になる。しかし、それには⑥の在職老齢年金制度のように年金抑制が就業抑制の原因にならない改革も必要で、さらに、⑦については、負担の公平性だけでなく、待遇の公平性・公正性によって気持ちよく働ける環境づくりも重要だ。

 しかし、「将来世代に迷惑をかけない」などと称して、暮らせないほど少ない年金に「マクロ経済スライド」を適用したり、収入の割に高すぎる介護保険料をさらに引き上げたりするのは、廃墟だった日本を建て直してここまでにしたにもかかわらず、感謝されることもなく食うや食わずの生活を強いられている働けない高齢者にさらなる犠牲を強いるものである。そのため、これは憲法25条違反であることはもちろん、人間としての思いやりのなさを感じるものだ。

 そのため、私は、高齢者をATMくらいにしか考えていない自分中心の日本人将来世代よりも、苦労して頑張っているため思いやりとファイトのある外国人難民を支援した方が、よほど役に立つと思うわけである。

(6)子育て予算の「倍増」について ← 予算は規模より内容が重要
 政府の全世代型社会保障構築会議が、*5-1-5のように、子育て予算を倍増させる道筋も来夏に示すと記した論点整理案を示し、その内容は、①時短勤務で賃金が減る状況の経済的支援のため、賃金の一定割合を雇用保険から拠出して現金給付 ②フリーランス・ギグワーカー・自営業者向けの子育て支援 などだそうだ。

 しかし、年金・医療など他の社会保険から拠出して、育児期の時短勤務で賃金が減るのを補填するなどというのは保険料支払者に対する詐欺行為であるため、日本の保険制度の信頼は失墜するだろう。そのため、雇用に関することは、雇用保険料の徴収範囲を広げるか、料率を上げるか、時短勤務すれば賃金が減るのは必然なので補填を止めるかすべきだ。何故なら、世界の人口は爆発寸前で、日本のエネルギー・食糧自給率は低迷しているのに、そこまでして日本人の出生率を上げる必要はないからだ。

 また、*5-1-5は、③医療改革を優先する影響で介護保険の議論は停滞気味 ④負担増を想起させる項目は軒並み削られた ⑤介護費は40兆円台半ばの医療費に比べて今は4分の1程度だが伸びが大きい ⑥早期に給付と負担の見直しに着手すべきだが改革機運が乏しい ⑦年金制度の持続性を高めるため避けて通れないマクロ経済スライドの物価下落時での発動など負担増につながるテーマに触れなかった ⑧社会保障給付費財源は6割弱を保険料、4割を消費税などの公費で賄っているが、その一部は国債を充てている ⑨消費税率の引き上げ時に使い道を拡大して子育て支援にも使えるようにしたが、消費税収は地方分を除く全額を社会保障に充てても賄いきれない状況 などと記載している。

 ③⑤⑥ように、介護費の伸びが大きいのは、介護サービスが実需で、介護サービスを要する世代が増加しているため当然であるにもかかわらず、新しいサービスはまるで無駄遣いであるかのように言いたて、その成長を阻むところが日本の経済成長を阻む理由なのである。これは、EV・太陽光発電・癌の免疫療法等も同じであり、無知にも程があるのだ。

 また、④のように負担増を言うのなら、全世代型社会保障であるため、働く人全員で収入に応じて介護保険料を支払い、サービスも受けられるようにするのが当然である。祖父母や親を社会的介護に任せられるのは、若い世代も利益を享受しているため、それが嫌なら介護保険制度を止めるしかなかろう。

 このような中、⑦の「マクロ経済スライド」は速やかに廃止すべきだ。何故なら、高齢者に有り余る年金給付をしているのではなく、年金保険料を支払ってきた契約に基づいて、生活するのにぎりぎりの金額を支給しているにすぎないからだ。そして、年金保険料を支払わなくてよかった人や目的外支出が多かったため、積立金が不足しているのであるから、政策ミスについては政府が責任をとるしかあるまい。

 ⑧⑨の消費税については、貧しい者ほど負担の重い逆進税であるため、私はもともと反対だ。それよりも、歳出の無駄をなくす組み換えをしたり、税外収入を増やしたりして必要な費用を捻出するのが当然であり、(鬼と言われるかもしれないが)私ならできるから言っているのだ。

 *5-3-5は、⑩政府は、「『こどもファースト』の経済社会を作り上げ、出生率を反転させなければならない」と少子化への危機感を強調した ⑪子供政策は「最も有効な未来への投資」 ⑫「新しい資本主義」の柱の「成長と分配の好循環」実現へカギを握るのが賃上げ と記載している。

 しかし、⑩のように、「子どもファースト」「子どもファースト」と言っていると、自分中心の子どもに育って、⑪のような「未来への投資」にならない。また、家庭は皆が大切にされるべき場所であるにもかかわらず、「子のためには他の人(特に母親)を犠牲にしてもよい」などという発想を続けていれば、それこそ少子化の重要な原因になる。何故なら、子のために本当に犠牲になりたい人はいないからである。

 また、⑫の「成長と分配の好循環実現へのカギを握るのが賃上げ」というのも、“生産年齢人口”に対して稼ぎ以上の賃金を支払っていれば、企業始め国の借金も増えるため、教育に徹底して力を入れ、稼げる人材を輩出して、イノベーションを支援するのが、「未来への投資」になるのだ。

・・参考資料・・
<防衛費の財源>
*1-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221215&ng=DGKKZO66844270V11C22A2MM8000 (日経新聞 2022.12.15) 防衛費増額、3税財源に、法人・所得・たばこ税 自民税調幹部会が素案
 自民党税制調査会の幹部会は14日、防衛費増額の財源として法人税、所得税の一部の東日本大震災の復興特別所得税、たばこ税の3つを軸とする素案を示した。政府は復興所得税の期限を2037年から14年間延長する案をまとめた。この一部を防衛にあてる目的税にする案が出ている。党内には反発もあり、週内にまとめる与党税制改正大綱に具体的な税率や実施時期を明記できるかが焦点となる。政府は今後5年間の防衛費を43兆円程度とする方針だ。うち40.5兆円を毎年度の当初予算で手当てする。22年度当初の5.2兆円の5年分(25.9兆円)から14.6兆円程度の上積みとなる。歳出改革や決算剰余金の活用、税外収入などをためておく「防衛力強化資金(仮称)」で計11.1兆円を確保する。残り3.5兆円程度は増税で確保する必要がある。27年度単年でみると防衛費は現状から4兆円ほど増える。このうち1兆円強を増税でまかなう。幹部会が14日に示した素案で法人税、復興特別所得税、たばこ税で1兆円強を確保すると盛り込んだ。24年度以降に段階的に増税する方針。法人税で7000億~8000億円、復興所得税とたばこ税で約2000億円ずつ集める案がある。宮沢洋一税調会長は会合後、記者団に「役員から賛成を得た」と話した。具体的な税率や実施時期は決まっていない。法人税は本来の税率を変えず特例措置を上乗せする「付加税」方式をとる。湾岸戦争の多国籍軍支援や震災復興の財源確保でこの手法を使った。素案には「所得1000万円相当の税額控除を設ける」と明記した。中小企業の9割は増税の対象から外れる見通しだ。復興所得税は37年までの25年間の期限を延長しつつ歳入の一部を防衛財源に振り向ける。宮沢氏は振り向け分について「当分の間、防衛費のための特別な目的税にする」と説明した。復興所得税は所得税額に2.1%をかけている。22年度に4624億円の税収を見込んでおり2000億円なら1%程度に相当する。政府がまとめた14年間の延長案を今後議論する。税率は据え置き、個人の負担感が増えないようにする。1年当たりの負担は変わらないが、実施期間の長期化で実質的には増税となる。素案はたばこ税の活用で「国産葉たばこ農家への影響に十分配慮する」と言及した。党内にはたばこ増税に反対する声があり、段階的に増税する。1本あたり3円上乗せする案がある。政府はこうした増税案とは別に、自衛隊の施設整備に向けて建設国債の発行も検討する。財務省は自衛隊施設は有事に損壊する恐れがある「消耗品」とみて建設国債の適用を認めてこなかった。与党内で発行を認めるべきだとの声が出ていた。政府や自民党内では増税を掲げる岸田文雄首相に対する反発が続く。閣内では高市早苗経済安全保障相や西村康稔経済産業相が賃上げへの影響などを念頭に慎重論を唱える。自民党内でも安倍派を中心に増税自体に反対する声が相次いでいる。

*1-1-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221217&ng=DGKKZO66931760X11C22A2MM8000 (日経新聞 2022.12.17) 防衛増税「24年以降」 税制大綱、規模も明示できず
 自民、公明両党は16日に決めた2023年度与党税制改正大綱に、防衛費増額に向けた増税方針を盛り込んだ。法人、所得、たばこの3税で27年度に「1兆円強を確保する」と明記した。導入時期などの具体的な議論は23年に持ち越した。法人税は本来の税率を変えず、納税額に特例分を足す「付加税」方式をとる。税額から500万円を引いた金額の4~4.5%を上乗せする。財務省によると、現在29.74%の実効税率が30.64~30.75%に上がる。中小企業の場合、税額500万円(課税所得2400万円相当)以下は増税にならず、大半が対象外となる。岸田文雄首相は同日の記者会見で「対象となるのは全法人の6%弱だ」と述べた。所得税は税率1%の新たな付加税を設ける。いま2.1%の東日本大震災の復興特別所得税を1%引き下げ、合計の税率を2.1%に保つ。新たな付加税の期間は「当分の間」、復興所得税の延長幅は「復興財源の総額を確実に確保するために必要な長さ」とした。たばこ税は1本あたり3円相当の増税とし、段階的に引き上げる。3税とも増税のタイミングは「24年以降の適切な時期」との表現にとどめた。税目ごとの税収規模も示さなかった。23年の与党の議論は通常は11~12月の税制調査会より早まる可能性がある。自民党税調の宮沢洋一会長は記者会見で「途中段階で(24年度改正とは)切り離すという考え方もある」と述べた。政府は23年度から5年間の防衛費を43兆円とする方針だ。27年度は現状から4兆円弱の上積みが必要となる。2.6兆円強は歳出改革や税外収入などで捻出する。残り1兆円強は増税で確保する必要がある。

*1-1-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221224&ng=DGKKZO67127460U2A221C2MM8000 (日経新聞 2022.12.24) 防衛費26%増の6.8兆円 公共事業費を初めて超す
 政府が23日に決定した2023年度予算案で、防衛関係費は過去最大の6兆8219億円となった。22年度当初予算と比べ26%増えた。ほぼ横ばいの6兆600億円だった公共事業関係費を初めて上回り、一般歳出で社会保障関係費に次いで多かった。防衛関係費は米軍再編経費やデジタル庁が所管する防衛省のシステム経費を含む。政府は予算案に先立ち国家安全保障戦略など安保関連3文書を決めた。5年間で43兆円程度をあてる計画で実行への初年度になる。増加は11年連続でこれまでの国内総生産(GDP)比1%の目安をなくした。政府の23年度の経済見通しに基づけば今回の防衛関係費はGDP比で1.19%になる。長射程ミサイルや艦艇など新たな装備品の購入費は1兆3622億円で7割弱増えた。装備品の維持整備費といった「維持費など」も1兆8731億円と5割近く増額し、継戦能力を高める。装備品の調達には歳出が複数年度にわたるものが多い。早期に部隊に配備するため計画で示した施策は可能な限り23年度に契約を予定する。防衛費のうち自衛隊の施設整備や船の建造費など計4343億円は建設国債で財源をまかなう。これまで自衛隊施設などは有事に損壊する恐れがあるとして建設国債の対象経費ではなかった。24年度以降に歳出を持ち越す新たな負担は米軍再編経費などを含め7兆6049億円になった。22年度の2.6倍で23年度予算案の単年での歳出額を超えた。

*1-2-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15502265.html (朝日新聞社説 2022年12月15日) 防衛費の財源 国債発行は許されない
 政府が戦後初めて、防衛力整備を国債でまかなう方針を固めた。借金頼みの「禁じ手」を認めれば、歯止めない軍拡に道を開く。即座に撤回するよう首相に強く求める。首相は先日、27年度までの5年間の防衛費を43兆円に大幅増額する方針を示した。このうち約1・6兆円を国債でまかなう方向で検討していることが明らかになった。公共事業など投資的な経費に認められている建設国債を充てるという。戦後日本は、巨額の財政赤字を借金でまかないつつも、防衛費への充当は控えてきた。国債発行による軍事費膨張が悲惨な戦禍を招いた反省からだ。1965年に戦後初の国債発行に踏み切った際も、当時の福田赳夫蔵相は「公債を軍事目的で活用することは絶対に致しません」と明確に答弁している。以来、維持されてきた不文律を、首相は今回の方針転換で破ろうとしている。重大な約束違反であり、言語道断だ。自民党の一部は、海上保安庁予算に建設国債を充てていることを挙げて、自衛隊も同様に認めるべきだと主張してきた。だが、海保は法律で軍事機能が否定されている。自衛隊を同列に扱う理屈にはならない。財政規律は、ひとたび失われると回復が極めて困難になる。巨額の国債を発行し続ける戦後の財政の歩み自体がそのことを示しているはずだ。今回の国債は、老朽化した隊舎など自衛隊の施設整備に充てるという。だが、いったん国債を財源と認めれば、将来、戦車や戦闘機、隊員の人件費へと使途が止めどなく広がるおそれが強い。敵基地攻撃能力の保持に加え、財政上の制約までなくせば、防衛力の際限なき拡大への歯止めがなくなるだろう。戦前の日本は1936年の2・26事件以降、国債発行による野放図な軍拡にかじを切った。それを担った馬場えい一(えいいち)蔵相は、「私は国防費に対して不生産的経費という言葉は使わない」と言い放っている。投資を名分に防衛費を国債でまかなうのは、これと相似形ではないか。防衛費増額の財源では、歳出改革などによる確保策の実効性も疑わしい。復興特別所得税の仕組みを転用する案も浮上したが、復興のための一時的な負担という趣旨を踏まえれば、国民の納得は難しいだろう。国債発行を含めて無理な財源しか示せないのは、首相がGDP比2%という「規模ありき」で防衛費増額を決めたからだ。戦後の抑制的な安全保障政策の大転換を、拙速に進めることは許されない。国民的な議論を重ね、身の丈にあった防衛力のあり方に描き直す必要がある。

*1-2-2:https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1073594 (沖縄タイムス社説 2022年12月15日) [安保大変容:「防衛増税」迷走]議論の進め方が乱暴だ
 何ともお粗末な話だ。岸田文雄首相は、13日の自民党役員会で、防衛費増額の財源の一部を増税で賄う方針を示した際、「今を生きる国民が自らの責任として、しっかりその重みを背負って対応すべきだ」と語った。自民幹部が役員会の後に会見し、首相発言をそのように紹介した。発言を巡ってはツイッターで批判的な意見が相次いだ。14日になって自民党はホームページで「国民の責任」とあるのは「われわれの責任」だったと発言の一部を修正した。自民党の参院選公約には、増税で対応するとの記載はない。発言の事実関係ははっきりしないが、物価高騰のこのご時世に、防衛費増税を打ち出すこと自体、国民不在と言われても仕方がない。岸田政権は、2023年度から27年度までの5年間の防衛費総額を約43兆円とする方針で、27年度以降は年1兆円強を増税で賄う考えだ。具体的な中身もはっきりしないうちに総額の数字だけが先行し、増税を既成事実化するのは、手順があべこべだ。案の定、自民党内からも「内閣不信任に値する」「増税のプロセスがあまりに乱暴だ」などの異論が続出したという。高市早苗経済安全保障担当相は、現職の閣僚でありながら「総理の真意が理解できない」と疑問を呈した。閣内不一致を指摘されると「罷免されるということであれば仕方がない」と居直る始末。首相の指導力に疑問符が付く事態である。
■    ■
 自民党税制調査会は、たたき台として法人税、たばこ税、復興特別所得税の3税目の増税案を示している。だが、この案も問題が多い。驚きを禁じ得ないのは、東日本大震災からの復興費を賄うための復興特別所得税の一部を防衛力強化に転用するという案だ。年2千億円程度を捻出するというのである。防衛費と復興費用とでは性格が全く異なる。所得税への上乗せを国民が認めているのは、それが復興に使われるからだった。防衛費への転用は、被災地に対する背信行為であり、承服することはできない。政府はこれまで、耐用年数の短さなどを理由に自衛隊施設については建設国債の活用を認めてこなかった。岸田首相も10日の記者会見で国債の活用を否定した。この従来方針も、明確な説明がないまま転換するというのである。
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 建設国債が発行できるのは、道路や橋など将来世代に資産として残る公共事業に限られていた。背景には、戦前に国債を大量発行し、軍拡と戦争につながったとの反省があったからだといわれる。主権者である国民は、ないがしろにされていないか。スピード違反というしかないような、このところの猛烈な防衛力強化策は、尋常ではない。沖縄の軍事要塞(ようさい)化を進め、基地の過重負担を固定化させるような増税には強く反対したい。

*1-3-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221217&ng=DGKKZO66929830W2A211C2EA3000 (日経新聞 2022.12.17) 税制改正、成長描ききれず、EVや炭素税先送り 改革、世界から遅れ
 2023年度与党税制改正大綱が16日、固まった。少額投資非課税制度(NISA)の恒久化といった成果の陰で、脱炭素のカギを握る炭素税などの議論は先送りとなった。世界の変化に対応する防衛増税や電気自動車(EV)税制も詳細は詰められなかった。欧米が長期的視点で環境問題などをにらんだ税制改革を進めるのと対照的に次の成長策を描ききれていない。大綱の目玉といえるのがNISAの抜本的な拡充だ。制度の恒久化や非課税期間の無期限化に踏み切った。「貯蓄から投資を加速させる」(全国銀行協会の半沢淳一会長)と関係者からも歓迎の声が上がる。手本である英国の個人貯蓄口座(ISA)は恒久化した後も、効果を検証して改良を重ねている。日本もより実効的な投資促進策となるよう制度をさらに磨き上げていく必要がある。グローバル企業の法人税負担の最低税率を15%とする国際合意を踏まえた措置も明記できた。23年に法整備を進め、24年4月以降の導入を目指す。国際合意には企業誘致に支障が出かねないと一部の新興国から反発が出ている。いち早く制度化にこぎ着けられれば国際協調の先導役になれる可能性もある。一方で先送りとなった課題は多い。二酸化炭素(CO2)の排出量に応じて企業に負担を求める炭素税は22年度改正に続いて棚上げにした。EV税制は走行距離に応じた課税案などに警戒が強く、3年後に枠組みを示すことで折り合った。グリーン対応で成長する制度設計はなお見通せていない。税の不公平の是正という大きな課題にも踏み込みきれなかった。たとえば所得1億円を境に富裕層の所得税の負担率が下がる「1億円の壁」だ。新しい資本主義を掲げる岸田文雄首相が就任当初からこだわり、NISAの大幅拡充とセットで見直すはずだった。与党が中小企業経営者らを含む富裕層への影響を懸念し、機運が後退した。追加の税負担を求める対象は所得が30億円を上回る200~300人程度とごくわずかになった。国の将来を左右する防衛増税は議論が深まらなかった。自民党税制調査会での実質的な協議は約1週間。大綱は法人税や所得税などの活用を明記しながら導入時期など肝心の部分は持ち越した。東京財団政策研究所の森信茂樹氏は「場当たり的な対応に追われ、税体系全体をどうしたいかの議論が置き去りになっている」と疑問視する。「防衛財源捻出のための復興特別所得税の期間延長など全体の受益と負担の関係が一段と見えにくくなり、複雑化した面がある」。米欧は新型コロナウイルス危機後に抜本的な税改革に着手した。欧州連合(EU)は国境炭素税やプラスチック税など新分野の制度設計を率先し、米バイデン政権も企業の自社株買いや法人への課税強化による増収分を格差是正策や次世代インフラ整備に充て、歳出入の中長期の枠組みを国民に示した。(1)デジタル(2)高齢化(3)グローバル課税(4)環境―。国際通貨基金(IMF)のビトール・ガスパール財政局長は2050年に向けて重要になる税の分野を明示している。デジタル化などの急速な変化に加え、環境などの長期的な視点が必要な問題に、各国・地域が向き合うことを迫られている。日本の税制改正を差配する自民党税調は1959年に発足した。以来、年末に大綱をまとめるため基本的に11~12月だけ開くのが慣例になってきた。「日が高い」うちは結論を出さないのが自民党と霞が関と業界団体の長年の習わしだ。そのつど場当たりの議論に追われる体制では世界の政策競争についていけなくなる懸念がある。

*1-3-2:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15502393.html (朝日新聞 2022年12月15日) 炭素課金、企業側に配慮 まずは軽い負担 排出削減効果は不透明
 二酸化炭素(CO2)の排出に課金して削減を促す「カーボンプライシング(炭素課金)」が2028年度から導入される見通しとなった。経済への影響を考慮し、導入まで一定の期間を置いたうえで、小さな負担からスタートする。脱炭素社会の実現に向けた一歩だが、排出削減の効果は不透明だ。経済産業省が14日の審議会で示した制度案は、化石燃料の輸入業者への「賦課金」を28年度、電力会社に有償の排出枠を買い取らせる「排出量取引」は33年度をめどに始めるとした。排出量を減らすほど得をする仕組みにして企業に削減を促す。今でもガソリンや石炭などの化石燃料に課税しているが、一部を除いてCO2の排出量に応じた負担になっていない。当初、経済界からは反対の声が大きかった。欧州に比べて再生可能エネルギーの利用は遅れている。産業の中心は排出量の大きい製造業で、脱炭素のための対策コストが増えることを嫌ったためだ。だが、欧州などで取り組みが進むなかで、国内外の投資家から日本企業に向けられる視線も厳しくなり、対策は「待ったなし」という認識が広がった。炭素課金の導入は、50年の脱炭素社会の実現を20年10月に宣言した菅義偉前首相が検討を指示した。経産省主導でつくった制度案は「成長志向型」と名付けられ、経済界への配慮がにじむ。炭素課金で得られる収入は企業への支援に回すなど、規制と支援をセットにしている。政府は、脱炭素の実現には今後10年間で官民合わせて150兆円超の投資が必要としている。このうち20兆円ほどは23年度以降に発行する「GX経済移行債」(仮称)で調達し、企業に投資を促す支援策に使う。炭素課金で得られる収入はその財源とする計画だ。ただ、経済成長との両立を重視しているため、負担額や導入時期が不十分との見方がある。具体的な課金額は決まっていないが、軽い負担から始め、徐々に引き上げる方針だ。「エネルギーにかかる公的負担の総額が中長期的に増えない」(岸田文雄首相)という。エネルギー関連の賦課金には、再生可能エネルギーの普及費用を電気料金に上乗せする制度があり、これが減少に転じるのは32年度の見通し。このため、新たな賦課金と排出量取引の一部有償化をそろって導入するのは33年度に設定した。気候変動の取り組みは世界的に加速している。欧州連合(EU)は、排出量の規制が緩い国からの輸入品に事実上課税する「炭素国境調整措置(国境炭素税)」を26年以降に導入する見通しだ。EUと同等の規制がないと見なした国・地域からの輸入品の一部に課税する。この日の審議会でも、委員の一人が、今回の制度案ではCO2排出1トンあたりの価格は「多くても3千円程度」と指摘。1万円前後のEUと比べて低く、日本の規制が「十分と見なされるかはわからない」(環境省幹部)という。京都大大学院の諸富徹教授は「温暖化対策に必要な『勝負の10年』を考えると、本格導入の時期は遅すぎるし、負担額も低すぎる」と指摘する。

<戦後安全保障の転換>
*2-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221217&ng=DGKKZO66931730X11C22A2MM8000 (日経新聞 2022.12.17) 反撃能力保有を閣議決定 防衛3文書、日米で統合抑止、戦後安保を転換
 政府は16日、国家安全保障戦略など新たな防衛3文書を閣議決定した。相手のミサイル発射拠点をたたく「反撃能力」を保有し、防衛費を国内総生産(GDP)比で2%に倍増する方針を打ち出した。国際情勢はウクライナ侵攻や台湾有事のリスクで急変した。戦後の安保政策を転換し自立した防衛体制を構築する。米国との統合抑止で東アジアの脅威への対処力を高める。外交・防衛の基本方針となる安保戦略を2013年の策定以来初めて改定した。新たな国家防衛戦略と防衛力整備計画も決定した。岸田文雄首相は16日の記者会見で「現在の自衛隊の能力で日本に対する脅威を抑止し国を守り抜けるのか。十分ではない」と語った。安保戦略は日本の環境を「戦後最も厳しい」と位置づけた。ミサイル発射を繰り返す北朝鮮や中国の軍事的な脅威にさらされており「最悪の事態も見据えた備えを盤石にする」と明記した。米国は国際秩序を乱す動きに同盟国と一丸で対処する「統合抑止」を掲げる。自衛隊は今まで以上に米軍との一体運用が求められ、安保戦略で実現の道筋を示した。反撃能力の保有は3文書改定の柱だ。「敵基地への攻撃手段を保持しない」と説明してきた政府方針を転換した。首相は16日「抑止力となる反撃能力は今後不可欠となる」と訴えた。反撃能力の行使は「必要最小限度の自衛措置」と定め、対象はミサイル基地など「軍事目標」に限定する。国産ミサイルの射程をのばすほか、米国製巡航ミサイル「トマホーク」も購入する。日米同盟のもと日本は「盾」、米国は「矛」の役割分担で反撃能力を米軍に頼ってきた。自衛隊のこれからの戦略は、迎撃中心のミサイル防衛体制から米軍と協力し反撃も可能な「統合防空ミサイル防衛(IAMD)」に移行する。サイバー防衛は兆候段階でも攻撃元に監視・侵入などで対処する「能動的サイバー防御」に言及し、法整備の必要性に触れた。日本のサイバー防衛は攻撃を受けた後の対応に重点を置く。米欧のような反撃の仕組みも整っていない。3文書は陸海空の自衛隊と米軍との調整を担う「常設統合司令部」の創設を初めて盛り込んだ。中国を意識し自衛隊の「継戦能力」の強化も提起した。防衛装備品の部品や弾薬などの調達費を現行予算から2倍に増やす。自衛隊の組織は沖縄方面の旅団を格上げする。台湾有事で重要となる空と海の自衛隊員を増やすため、陸上自衛隊から人員を2000人振り替える。宇宙防衛を強化する目的で航空自衛隊は「航空宇宙自衛隊」に組織改編する。中国の現状認識を巡っては安保戦略に「これまでにない最大の戦略的な挑戦」と記した。沖縄県・尖閣諸島周辺での領海侵入などを踏まえ、現行戦略の「国際社会の懸念」から書きぶりを強めた。米欧の戦略と表現をそろえた。防衛費は23~27年度の5年間の総額で43兆円に増やす。現行計画の1.5倍に相当する。27年度には公共インフラや科学技術研究費など国防に資する予算を含めて現在のGDP比で2%に近づける。日本の防衛費は1976年に当時の三木武夫政権で国民総生産(GNP)比で1%の上限を設けた。それ以降はほとんど1%を超えてこなかった。米欧と同水準まで規模を広げて防衛力強化を対外的に示す。日本政府は冷戦期の緊張緩和(デタント)を背景に76年に初めて「防衛計画の大綱」をつくった。当時掲げた均衡の取れた最小限の防衛力整備をめざす「基盤的防衛力構想」からの脱却をはかる。

*2-1-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/963713 (佐賀新聞論説 2022/12/17) 安保戦略の転換 信問うべき平和国家の針路
 岸田政権は外交・安全保障政策の基本指針となる「国家安全保障戦略」など安保関連3文書の改定を閣議決定した。国家安保戦略は日本周辺の情勢について「戦後最も厳しく複雑な安保環境」だと強調し、防衛力の抜本的な強化を表明。他国のミサイル発射拠点を攻撃できる反撃能力(敵基地攻撃能力)を保有し、防衛関連予算を2027年度に国内総生産(GDP)比2%に大幅増額すると打ち出した。戦後日本は憲法9条に基づき、「平和国家」として専守防衛に徹してきた。他国の領域を攻撃できる反撃能力の保有は、日米安保条約の下で「打撃力」を米国に委ねてきた安保政策を根幹から転換するものだ。こうした重大な政策転換が今回、国民的な議論抜きに決められた。岸田文雄首相は先の臨時国会では反撃能力に関して明確な方針を示さず、政府の有識者会議や与党協議など非公開の議論だけで決定。首相は5年間の防衛関連予算を約43兆円とし、財源確保のために増税することも一方的に表明した。極めて不透明で、独善的な決め方だ。新たな安保戦略は「国家の力の発揮は国民の決意から始まる」と記述。防衛増税に関して首相は「今を生きるわれわれの責任」と発言した。だが、国民への丁寧な説明や十分な議論は行われていない。平和国家の基軸を堅持するのか、力に力で対抗する国になるのか。国家の針路を国会で徹底的に審議し、総選挙で国民に信を問うべきだ。安保戦略は、中国を国際秩序への「最大の戦略的な挑戦」と位置付け、台湾有事の可能性にも言及。北朝鮮は「重大かつ差し迫った脅威」、ロシアは「安全保障上の強い懸念」との認識を示し、日本周辺で「力による一方的な現状変更の圧力が高まっている」と安保環境の悪化を強調する。その上で、サイバーや宇宙空間での防衛態勢、防衛装備品の研究開発や積極的な輸出などさまざまな分野での防衛力強化を打ち出した。確かにロシアのウクライナ侵攻を機に、国民の不安は高まっている。だが、不安に乗じ、増税まで行う防衛力増強が日本の選択すべき道なのか。GDP比2%の防衛予算は約11兆円で、米中両国に次ぎ、世界で3番目の水準となる。戦力不保持を定めた9条2項との整合性が問われよう。反撃能力は「武力攻撃の抑止」を理由に、長射程のミサイルを導入。安全保障関連法に基づき米国への攻撃も反撃の対象とする。だが、大量のミサイルを持つ国に対して本当に抑止力となるのか。他国の領域への攻撃は、国際法違反の先制攻撃となる恐れも拭えない。安保戦略は、他国が日本を攻撃する「意思を正確に予測することは困難」だとし、相手の能力に応じて「万全を期す防衛力」整備の必要性を主張する。だが、これは軍拡競争で逆に緊張が高まる「安全保障のジレンマ」に陥る論理だ。戦後日本が平和国家の道を歩んだ基礎には甚大な被害をもたらした先の大戦の反省がある。さらに、エネルギー資源の多くを輸入に頼り、食料自給率が低い日本は周辺国との協調が不可欠だ。専守防衛は周辺国との信頼構築の基盤だったと言える。冷静な情勢分析に基づき、地域の緊張緩和に粘り強く取り組む。それ以外に日本が進む道はないことを再確認すべきだ。

*2-2-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15498361.html (朝日新聞社説 2022年12月10日) 防衛予算増額 「規模先行」の弊害正せ
 岸田首相が防衛力強化の財源案を示したが、中身を見ると実現性に乏しいものが多い。このまま進めれば、実質的に借金でまかなったり、防衛以外の予算を過度に制約したりすることになりかねない。財政力の現実を直視し、規模ありきの防衛予算増額を改めるべきだ。首相はおととい、防衛力強化のためには27年度には今より4兆円多い防衛予算が必要になると説明し、そのための財源確保策を示した。過半を歳出改革や特別会計などの余剰資金から捻出し、残る1兆円強を増税でまかなうという。自民党内には国債でまかなえとの声も強いが、恒久的支出を増やす以上、安定財源確保は必須だ。国債頼みは、財政上の問題に加え、防衛力拡大のための歯止めも失わせる。首相の方針は、表向きは国債以外でまかなう姿勢にみえる。だが、内実は極めて危うい。たとえば、活用を見込む決算剰余金は、補正予算の主要財源にされてきた。毎年のように巨額の補正を編成する慣行を改めなければ、防衛費増の分だけ国債が追加発行されることになる。実質的に防衛費を借金でまかなうことに等しい。特別会計やコロナ対策予算の不用分の返納も進めるとしているが、本来目的とする事業に支障をきたす恐れが拭えない。歳出改革も27年度までに1兆円分を積み上げるという。だが、中身は「毎年度毎年度いろいろな面で工夫をしていかなければいけない」(鈴木俊一財務相)とあやふやだ。増税は、実現すれば安定財源になりうるだろう。法人税を軸に検討を進めるという。安倍政権下での法人税率引き下げは、多くが企業の貯蓄や配当に回っており、主に企業に負担を求めるのは理解できる。実施時期などを適切に決めるべきだ。この増税をのぞき、政府が実効性ある財源を示せないのは、前提となる防衛費の増額が身の丈を超えた規模であることを示している。GDP比2%という「総額ありき」で予算を先行して決めた弊害だ。水ぶくれした予算のもとで、専守防衛を空洞化させる「敵基地攻撃能力」のための長距離ミサイルや、費用対効果が疑問視される「イージス・システム搭載艦」の費用が次々に盛り込まれた。中身を精査し、過大な部分を見直すのが先決だ。日本が直面する課題は安全保障だけではない。自民党が「国民共通の重大な危機」と位置づける少子化対策も、財源不足で遅れている。巨大地震などへの備えも必要だ。幅広い視野で適正な資源配分を考えることこそ、政治の役割である。

*2-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221129&ng=DGKKZO66365540Z21C22A1MM8000 (日経新聞 2022.11.29) 首相「防衛費2%、27年度」 財源・装備、年内に同時決着、科技費など合算
 岸田文雄首相は28日、防衛費を2027年度に国内総生産(GDP)比2%に増額するよう関係閣僚に指示した。科学技術費などの国防に有益な費用を合算し、省庁横断の防衛費と位置づける。装備品を含む向こう5年間の予算規模と財源確保を年内に同時決着させ、戦後の安全保障政策の転換に道筋をつける。首相が防衛費の具体的水準を明言するのは初めて。東アジアの険しい安保環境を踏まえ先送りすべきでないと判断した。自民党内には安倍派を中心に防衛費を賄うための増税に慎重な意見もある。長期にわたる防衛費増を可能にするための安定財源確保にメドをつけられるかが問われる。首相が28日、首相官邸に浜田靖一防衛相と鈴木俊一財務相を呼び防衛費増額に関する方針を指示した。GDP比で2%との基準を示したうえで、年末に(1)23~27年度の中期防衛力整備計画(中期防)の規模(2)27年度に向けての歳出・歳入両面での財源確保――を一体的に決定すると伝えた。浜田氏が面会後に記者団に明らかにした。日本の防衛費は1976年の三木武夫内閣以来、おおむね1%以内を目安としてきた。ウクライナ侵攻を踏まえ北大西洋条約機構(NATO)の加盟国が相次ぎ国防費を2%にすると表明し、自民党が2%への増額論を唱えていた。防衛省の予算は2022年度当初で5兆4000億円ほどだ。GDPで2%とするのは防衛省の予算を増額した上で、防衛に有益な他の経費を含める。公共インフラや科学技術研究、サイバー、海上保安庁といった他省庁予算も加える。防衛省だけの縦割り体質から脱却し、安全保障を政府全体で担う体制に移行する。現在のGDPを前提とすると新たな防衛費はおよそ11兆円に達する。柱となるのは相手のミサイル発射拠点などをたたく「反撃能力」の保有だ。ミサイルの長射程化や米国製巡航ミサイル「トマホーク」を導入する。不足している弾薬の購入量を増やすなどして継戦能力も強化する。財源に関する年内決着も指示した。「まずは歳出改革」と指摘したうえで、歳入面で「安定的に支えるためのしっかりした財源措置は不可欠だ」と伝達した。政府の防衛費増額に関する有識者会議は財源を「幅広い税目による国民負担が必要」とする提言をまとめていた。政府内では法人税に加えて所得税、たばこ税などの増税で賄うべきだとの意見がある。一方で政府関係者によると26年度までは財源確保のための一時的な赤字国債発行を容認するという。自民党側の意見に配慮した措置とみられる。首相は両閣僚に歳出改革なども含め財源捻出を工夫するよう求めた。28日の衆院予算委員会では防衛費の財源に関して余った新型コロナウイルス対策予算の活用を検討すると明らかにした。

*2-3-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15504420.html (朝日新聞 2022年12月17日) 安保3文書要旨
■国家安全保障戦略
《1 策定の趣旨》
 パワーバランスの歴史的変化と地政学的競争の激化で、国際秩序は重大な挑戦にさらされており、対立と協力の様相が複雑に絡み合う時代になっている。我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している。ロシアによるウクライナ侵略で、国際秩序を形作るルールの根幹が簡単に破られた。同様の事態が、将来インド太平洋地域、東アジアで発生する可能性は排除されない。我が国周辺では、核・ミサイル戦力を含む軍備増強が急速に進展し、力による一方的な現状変更の圧力が高まっている。サイバー攻撃、偽情報の拡散を通じた情報戦が恒常的に生起し、有事と平時、軍事と非軍事の境目もあいまいに。防衛力の抜本的強化を始め、備えを盤石なものとし、我が国の平和と安全、国益を守っていかなければならない。この戦略は国家安全保障の最上位の政策文書で、指針と施策は戦後の安全保障政策を実践面から大きく転換するものだ。国家としての力の発揮は国民の決意から始まる。本戦略を着実に実施していくためには、国民が我が国の安全保障政策に自発的かつ主体的に参画できる環境を整えることが不可欠だ。
《2 我が国の国益》
 主権と独立を維持し、領域を保全し、国民の生命・身体・財産の安全を確保。経済成長を通じた繁栄、他国と共存共栄できる国際的な環境を実現する。普遍的価値や国際法に基づく国際秩序を擁護し、自由で開かれた国際秩序を維持・発展させる。
《3 安全保障に関する基本的な原則》
 積極的平和主義を維持。我が国を守る一義的な責任は我が国にあり、安全保障上の能力と役割を強化する。平和国家としての専守防衛、非核三原則の堅持などの基本方針は不変。日米同盟は我が国の安全保障政策の基軸であり続ける。他国との共存共栄、同志国との連携、多国間の協力を重視する。
《4 安全保障環境と安全保障上の課題》
1 グローバルな安全保障環境と課題
 パワーの重心がインド太平洋地域に移り、国際社会は急速に変化。国際秩序に挑戦する動きが加速し、力による一方的な現状変更、サイバー空間・海洋・宇宙空間・電磁波領域におけるリスクが深刻化。他国に経済的な威圧を加える動きもある。
2 インド太平洋地域における安全保障環境と課題
(1)インド太平洋地域における安全保障の概観
 「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンの下、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の実現、地域の平和と安定の確保は、我が国の安全保障にとって死活的に重要だ。
(2)中国の動向
 中国の対外的な姿勢や軍事動向は我が国と国際社会の深刻な懸念事項で、これまでにない最大の戦略的挑戦。我が国の総合的な国力と同盟国・同志国との連携により対応すべきものだ。
(3)北朝鮮の動向
  北朝鮮の軍事動向は我が国の安全保障にとり、従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威に。
(4)ロシアの動向
 ウクライナ侵略によって国際秩序の根幹を揺るがし、欧州方面では安全保障上の最も重大かつ直接の脅威に。中国との戦略的な連携と相まって、安全保障上の強い懸念だ。
《5 安全保障上の目標》
主権と独立、国内・外交に関する政策を自主的に決定できる国であり続ける。領域、国民の生命・身体・財産を守る。有事を抑止し、脅威が及ぶ場合でもこれを排除し、被害を最小化させ、有利な形で終結させる。
《6 優先する戦略的なアプローチ》
1 安全保障に関わる総合的な国力の主な要素
 総合的な国力(外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力)を用いて、戦略的なアプローチを実施する。
2 戦略的なアプローチと主な方策
(1)危機を未然に防ぎ、平和で安定した国際環境を能動的に創出し、自由で開かれた国際秩序を強化するための外交を中心とした取り組みの展開
 ア 日米同盟の強化
 イ 自由で開かれた国際秩序の維持・発展と同盟国・同志国との連携の強化
 ウ 我が国周辺国・地域との外交、領土問題を含む諸懸案の解決に向けた取り組みの強化
 エ 軍備管理・軍縮・不拡散
 オ 国際テロ対策
 カ 気候変動対策
 キ ODAを始めとする国際協力の戦略的な活用
 ク 人的交流等の促進
(2)防衛体制の強化
 ア 国家安全保障の最終的な担保である防衛力の抜本的強化(〈1〉領域横断作戦能力、スタンドオフ・防衛能力、無人アセット防衛能力を強化〈2〉反撃能力の保有〈3〉2027年度に防衛関連予算水準が現在のGDPの2%に達するよう所要の措置〈4〉自衛隊と海上保安庁との連携強化)
 イ 総合的な防衛体制の強化との連携(研究開発、公共インフラ、サイバー安全保障、同志国との国際協力)
 ウ 防衛生産・技術基盤の強化
 エ 防衛装備移転の推進(防衛装備移転三原則・運用指針をはじめとする制度の見直し)
 オ 自衛隊員の能力を発揮するための基盤の強化(ハラスメントを許容しない組織環境)
(3)米国との安全保障面における協力の深化
 米国による拡大抑止の提供を含む日米同盟の抑止力と対処力を一層強化する。
(4)我が国を全方位でシームレスに守る取り組み強化
 ア サイバー安全保障
 イ 海洋安全保障・海上保安能力(海上保安能力を大幅に強化・体制を拡充)
 ウ 宇宙安全保障(宇宙の安全保障に関する政府構想をとりまとめ、宇宙基本計画に反映)
 エ 安全保障関連の技術力向上と積極的な活用(防衛省の意見を踏まえた研究開発ニーズと関係省庁の技術シーズを合致。政府横断的な仕組みを創設)
 オ 情報に関する能力(人的情報収集など情報収集能力を大幅強化。統合的な情報集約体制を整備、偽情報対策も)
 カ 有事も念頭に置いた国内での対応能力(自衛隊、海保のニーズにより、公共インフラ整備・機能を拡大。原発など重要施設の安全確保対策も)
 キ 国民保護の体制
 ク 在外邦人等の保護のための体制と施策
 ケ エネルギーや食料など安全保障に不可欠な資源の確保
(5)経済安全保障の促進
 自律性、優位性、不可欠性を確保し、サプライチェーンを強靱(きょうじん)化。セキュリティークリアランスを含む情報保全を強化。
(6)自由、公正、公平なルールに基づく国際経済秩序の維持・強化
(7)国際社会が共存共栄するためのグローバルな取り組み
 ア 多国間協力の推進、国際機関や国際的な枠組みとの連携の強化
 イ 地球規模課題への取り組み
《7 我が国の安全保障を支えるために強化すべき国内基盤》
1 経済財政基盤の強化(安全保障と経済成長の好循環を実現)
2 社会的基盤の強化(国民の安全保障に関する理解と協力)
3 知的基盤の強化(政府と企業・学術界との実践的な連携強化)
《8 本戦略の期間・評価・修正》
 おおむね10年の期間を念頭に置き、安全保障環境に重要な変化が見込まれる場合、必要な修正を行う。
《9 結語》
 我が国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境の下に置かれ、将来の国際社会の行方を楽観視することは決してできない。我々は今、希望の世界か、困難と不信の世界のいずれかに進む分岐点にあり、どちらを選び取るかは、今後の我が国を含む国際社会の行動にかかっている。国際社会が対立する分野では、総合的な国力で安全保障を確保する。国際社会が協力すべき分野では、課題解決に向けて主導的かつ建設的な役割を果たし続けていく。普遍的価値に基づく政策を掲げ、国際秩序の強化に向けた取り組みを確固たる覚悟を持って主導していく。
■国家防衛戦略
《1 策定の趣旨》
 政府の最も重大な責務は国民の命と平和な暮らし、そして我が国の領土・領海・領空を断固として守り抜くことにある。ただ、国際社会は深刻な挑戦を受け、新たな危機の時代に突入している。そこで、自衛隊を中核とした防衛力の整備、維持及び運用の基本的指針である「防衛計画の大綱」に代わり、我が国の防衛目標、達成するためのアプローチとその手段を包括的に示す「国家防衛戦略」を策定する。
《2 戦略環境の変化と防衛上の課題》
1 普遍的価値やそれに基づく政治・経済体制を共有しない国家が勢力を拡大している。力による一方的な現状変更やその試みは、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序に対する深刻な挑戦で、国際社会は戦後最大の試練の時を迎え、新たな危機の時代に突入しつつある。グローバルなパワーバランスが大きく変化。国家間競争が顕在化し、インド太平洋地域において顕著となっている。さらに、科学技術の急速な進展が安全保障の在り方を根本的に変化させ、各国は将来の戦闘様相を一変させる。いわゆるゲーム・チェンジャーとなり得る先端技術の開発を行っている。
2 我が国周辺国等の軍事動向では、中国は、今後5年が目指す「社会主義現代化国家」の建設をスタートさせる肝心な時期と位置づけ、台湾周辺における威圧的な軍事活動を活発化させるなどしている。その軍事動向は我が国と国際社会の深刻な懸念事項である。北朝鮮は、大量破壊兵器や弾道ミサイル等の増強に集中的に取り組む。関連技術・運用能力を急速に向上させており、従前よりもいっそう重大かつ差し迫った脅威となっている。ロシアによるウクライナ侵略は欧州方面における防衛上の最も重大かつ直接の脅威と受け止められている。また、北方領土を含む極東地域で軍事活動を活発化させている。こうした軍事動向は我が国を含むインド太平洋地域において中国との戦略的な連携と相まって防衛上の強い懸念である。
3 防衛上の課題としては、ロシアによるウクライナ侵略は、高い軍事力を持つ国が、侵略意思を持ったことにも注目するべき。脅威は能力と意思の組み合わせで顕在化する。意思を外部から正確に把握することは困難で、国家の意思決定過程が不透明であれば脅威が顕在化する素地が常に存在する。新しい戦い方が顕在化する中で、それに対応できるかどうかが今後の大きな課題となっている。
《3 我が国の防衛の基本方針》
 力による一方的な現状変更やその試みは決して許さないとの意思を明確にしていく必要がある。
1 我が国自体への侵攻を我が国が主たる責任をもって阻止・排除し得るよう防衛力を抜本的に強化する。侵攻を抑止する上で鍵となるのはスタンド・オフ防衛能力等を活用した反撃能力である。我が国周辺では質・量ともにミサイル戦力が著しく増強され、ミサイル攻撃が現実の脅威となっている。これに既存のミサイル防衛網だけで完全に対応することは難しくなりつつある。反撃能力とは我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合、武力の行使の3要件に基づき、そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の自衛の措置として相手の領域において我が国が有効な反撃を加えることを可能とする自衛隊の能力をいう。有効な反撃を加える能力を持つことにより、武力攻撃そのものを抑止する。その上で、万一、相手からミサイルが発射される際にも、ミサイル防衛網により飛来するミサイルを防ぎつつ、反撃能力により相手からの更なる武力攻撃を防ぎ、国民の命と平和な暮らしを守っていく。
2 米国との同盟関係は我が国の安全保障の基軸である。日米共同の意思と能力を顕示し、力による一方的な現状変更やその試みを抑止する。侵攻が起きた場合には、日米共同対処により阻止する。
3 1カ国でも多くの国々との連携強化が極めて重要で、地域の特性や各国の事情を考慮した多角的・多層的な防衛協力・交流を積極的に推進する。
《4 防衛力の抜本的強化に当たって重視する能力》
(1)スタンド・オフ防衛能力 (2)統合防空ミサイル防衛能力 (3)無人アセット防衛能力 (4)領域横断作戦能力 (5)指揮統制・情報関連機能 (6)機動展開能力・国民保護 (7)持続性・強靱(きょうじん)性
《5将来の自衛隊の在り方》
1 重視する能力の7分野では、各自衛隊がスタンド・オフ・ミサイル発射能力を必要十分な数量整備するなど自衛隊が役割を果たす。
2 統合運用の実効性を強化するため既存組織を見直し、陸自・海自・空自の一元的な指揮を行い得る常設の統合司令部を創設する。統合運用に資する装備体系の検討を進める。
3 戦略的・機動的な防衛政策の企画立案が必要とされており、機能を抜本的に強化していく。防衛研究所を中心とする防衛省・自衛隊の研究体制を見直し、知的基盤としての機能を強化する。
《6 国民の生命・身体・財産の保護・国際的な安全保障協力への取り組み》
1 侵略のみならず、大規模テロや原発を始めとする重要インフラに対する攻撃、大規模災害、感染症危機等は深刻な脅威であり、総力を挙げて対応する必要がある。
2 我が国の平和と安全のため、積極的平和主義の立場から、国際的な課題への対応に積極的に取り組む。
《7 いわば防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤》
1 我が国の防衛産業は国防を担うパートナーというべき重要な存在。適正な利益確保のための新たな利益率算定方式を導入する。サプライチェーン全体を含む基盤の強化、新規参入促進、国が製造施設等を保有する形態を検討する。
2 防衛産業や非防衛産業の技術を早期装備化につなげる取り組みを積極的に推進する。我が国主導の国際共同開発、民生先端技術を積極活用するための枠組みを構築する。
3 防衛装備移転三原則や運用指針を始めとする制度の見直しについて検討し、官民一体となった防衛装備移転の推進のため、基金を創設して企業支援をおこなう。
《8 防衛力の中核である自衛隊員の能力を発揮するための基盤の強化》
1 防衛力の中核である自衛隊員について、必要な人員を確保し、全ての隊員が能力を発揮できる環境を整備する。
2 これまで重視してきた自衛隊員の壮健性の維持から、有事において隊員の生命・身体を救うように衛生機能を変革する。
《9 留意事項》
 おおむね10年間の期間を念頭に置いているが、国際情勢や技術的水準の動向等について重要な変化が見込まれる場合には必要な修正を行う。
■防衛力整備計画
《1 計画の方針》
 平時から有事まで、活動の常時継続的な実施を可能とする多次元統合防衛力を抜本的に強化し、5年後の2027年度までに、我が国への侵攻が生起する場合には、我が国が主たる責任をもって、同盟国等の支援を受けつつ、阻止・排除できるように防衛力を強化する。おおむね10年後までに、より早期かつ遠方で侵攻を阻止・排除できるように防衛力を強化する。まず、侵攻そのものを抑止するため、遠距離から侵攻戦力を阻止・排除できるよう、「スタンド・オフ防衛能力」と「統合防空ミサイル防衛能力」を強化する。また、万が一抑止が破れ、我が国への侵攻が生起した場合に優勢を確保するため、「無人アセット防衛能力」、「領域横断作戦能力」、「指揮統制・情報関連機能」を強化する。さらに、迅速かつ粘り強く活動し続けて、相手方の侵攻意図を断念させるため、「機動展開能力・国民保護」、「持続性・強靱性」を強化する。いわば防衛力そのものである防衛生産・技術基盤に加え、防衛力を支える人的基盤等も重視する。
《2 自衛隊の能力等に関する主要事業》
1 スタンド・オフ防衛能力
 侵攻してくる艦艇や上陸部隊等に対して、脅威圏外から対処する能力を強化する。スタンド・オフ・ミサイルの量産弾を取得するほか、米国製のトマホークを始めとする外国製スタンド・オフ・ミサイルの着実な導入を実施・継続する。
2 統合防空ミサイル防衛能力
 極超音速滑空兵器等の探知・追尾能力を強化するため、固定式警戒管制レーダー等の整備及び能力向上、次期警戒管制レーダーの換装・整備を図る。我が国の防空能力強化のため、主に弾道ミサイル防衛に従事するイージス・システム搭載艦を整備する。
3 無人アセット防衛能力
 用途に応じた様々な情報収集・警戒監視・偵察・ターゲティング用無人アセットを整備する。輸送用無人機の導入について検討の上、必要な措置を講じる。各種攻撃機能を効果的に保持した多用途/攻撃用無人機及び小型攻撃用無人機を整備する。
4 頷域横断作戦能力
(1)宇宙領域における能力
 米国との連携強化、民間衛星の利用等により、目標の探知・追尾能力の獲得を目的とした衛星コンステレーションを構築する。
(2)サイバー領域における能力
 27年度を目途に、自衛隊サイバー防衛隊等のサイバー関連部隊を約4千人に拡充する。将来的には更なる体制拡充を目指す。
5 指揮統制・情報関連機能
(3)認知領域を含む情報戦等への対処
 情報戦に確実に対処できる体制・態勢を構築する。人工知能(AI)を活用した公開情報の自動収集・分析機能の整備、各国等による情報発信の真偽を見極めるためのSNS上の情報等を自動収集する機能の整備、情勢見積もりに関する将来予測機能の整備を行う。
《3 自衛隊の体制等》
1 統合運用体制
 常設の統合司令部を創設する。
4 航空自衛隊
宇宙作戦能力を強化するため、将官を指揮官とする宇宙領域専門部隊を新編するとともに、航空自衛隊を航空宇宙自衛隊とする。
《13 所要経費等》
1 23年度から27年度の5年間における本計画の実施に必要な防衛力整備の水準に係る金額は、43兆円程度とする。
2 本計画期間の下で実施される各年度の予算の編成に伴う防衛関係費は、以下の措置を別途とることを前提として、40兆5千億円程度(27年度は8兆9千億円程度)とする。
(1)自衛隊施設等の整備の更なる加速化を機動的・弾力的に行うこと(1兆6千億円程度)。
(2)一般会計の決算剰余金が想定よりも増加した場合にこれを活用すること(9千億円程度)。
3 この計画を実施するために新たに必要となる事業に係る契約額(物件費)は、43兆5千億円程度とする。
6 27年度以降、防衛力を安定的に維持するための財源、及び、23年度から27年度の本計画を賄う財源の確保については、歳出改革、決算剰余金の活用、税外収入を活用した防衛力強化資金の創設、税制措置等、歳出・歳入両面において所要の措置を講ずることとする。
■防衛力整備計画の別表
【今後5年間で導入】
◆スタンド・オフ防衛能力
12式地対艦誘導弾能力向上型(地上発射型、艦艇発射型、航空機発射型) 地上発射型11個中隊、島嶼(とうしょ)防衛用高速滑空弾、極超音速誘導弾、トマホーク
◆統合防空ミサイル防衛能力
03式中距離地対空誘導弾(改善型)能力向上型 14個中隊、イージス・システム搭載艦 2隻、早期警戒機(E-2D) 5機、弾道ミサイル防衛用迎撃ミサイル(SM-3ブロック2A)、能力向上型迎撃ミサイル(PAC-3MSE)、長距離艦対空ミサイルSM-6
◆無人アセット防衛能力
各種UAV、USV、UGV、UUV
◆領域横断作戦能力
護衛艦 12隻、潜水艦 5隻、哨戒艦 10隻、固定翼哨戒機(P-1) 19機、戦闘機(F-35A) 40機、戦闘機(F-35B) 25機、戦闘機(F-15)の能力向上 54機、スタンド・オフ電子戦機 1機、ネットワーク電子戦システム(NEWS) 2式
◆指揮統制・情報関連機能
電波情報収集機(RC-2) 3機
◆機動展開能力・国民保護
輸送船舶 8隻、輸送機(C-2) 6機、空中給油・輸送機(KC-46A等) 13機
【おおむね10年後に整備】
◆共同の部隊
サイバー防衛部隊 1個防衛隊、海上輸送部隊 1個輸送群
◆陸上自衛隊
・常備自衛官定数 14万9千人
・基幹部隊(作戦基本部隊《9個師団、5個旅団、1個機甲師団》、空挺部隊 1個空挺団、水陸機動部隊 1個水陸機動団、空中機動部隊 1個ヘリコプター団)
・スタンド・オフ・ミサイル部隊(7個地対艦ミサイル連隊、2個島嶼防衛用高速滑空弾大隊、2個長射程誘導弾部隊)、地対空誘導弾部隊 8個高射特科群、電子戦部隊(うち対空電子戦部隊) 1個電子作戦隊(1個対空電子戦部隊)、無人機部隊 1個多用途無人航空機部隊、情報戦部隊 1個部隊
◆海上自衛隊
・基幹部隊(水上艦艇部隊《護衛艦部隊・掃海艦艇部隊》、6個群《21個隊》、潜水艦部隊 6個潜水隊、哨戒機部隊《うち固定翼哨戒機部隊》、 9個航空隊《4個隊》)、無人機部隊 2個隊、情報戦部隊 1個部隊
・主要装備(護衛艦 54隻《イージス・システム搭載護衛艦10隻》、イージス・システム搭載艦 2隻、哨戒艦 12隻、潜水艦 22隻、作戦用航空機 約170機)
◆航空自衛隊
・主要部隊(航空警戒管制部隊、4個航空警戒管制団、1個警戒航空団《3個飛行隊》、戦闘機部隊 13個飛行隊、空中給油・輸送部隊 2個飛行隊、航空輸送部隊 3個飛行隊、地対空誘導弾部隊 4個高射群《24個高射隊》、宇宙領域専門部隊 1個隊、無人機部隊 1個飛行隊、作戦情報部隊 1個隊
・主要装備(作戦用航空機約430機《戦闘機約320機》注1:上記、陸上自衛隊の15個師・旅団のうち、14個師・旅団は機動運用を基本とする。注2:戦闘機部隊及び戦闘機数については、航空戦力の量的強化を更に進めるため、2027年度までに必要な検討を実施し、必要な措置を講じる。この際、無人機(UAV)の活用可能性について調査を行う)

*2-3-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221217&ng=DGKKZO66931250W2A211C2EA2000 (日経新聞 2022.12.17) 防衛支出、問われる優先度、増す脅威、首相「量・質両面で強化」
 政府は防衛3文書に新装備の導入や自衛隊の体制拡充を盛り込んだ。サイバー防衛の具体策を詰めるのは2023年以降で、反撃能力の手段である長射程ミサイルの配備は最短で26年度になる。北朝鮮など現実的な危機が迫るなかで、政策の優先度と実行力が問われる。岸田文雄首相は16日の記者会見で3文書改定の重要項目として反撃能力やサイバーなど新領域への対応を挙げた。「日本の能力を量・質両面で強化する」と説明した。3文書はサイバー空間で攻撃兆候の探知や発信元の特定をして事前対処する「能動的サイバー防御」に初めて触れ、導入を明記した。政府はこれから(1)攻撃を受けた民間企業による政府への情報共有(2)通信事業者が持つ情報の活用(3)相手システムに侵入する権限の付与―の3点を検討する。実現には憲法21条の「通信の秘密」との整理や法改正が不可欠だ。事業者が保有する通信網の情報を使えば攻撃元が探知しやすくなる。相手システムへの攻撃も可能になれば重大な被害を未然に防げる。米欧の主要国はサイバー防衛で先行する。重要インフラの停止など脅威度が増すサイバー攻撃への対応は優先度が高いと考えるためだ。政府は23年にも内閣官房にサイバー防衛の司令塔を新設し、どこまで情報の活用が可能か議論に入る。慶大の神保謙教授は「能動的サイバー防御の導入方針は画期的だが、法整備に数年はかかるだろう」と語った。人員の確保も課題だ。自衛隊は27年度までに専門人材を現在の4倍以上の4000人規模に増員する。民間からの登用には情報の保秘体制や報酬の面で壁がある。優秀な人材は民間企業との奪い合いになる。新防衛3文書が「最優先課題」に掲げたのは戦闘機や艦艇の修理などに使う部品と弾薬の備蓄拡大だ。自衛隊は部品不足が常態化し、装備の稼働率は5割強しかない。他の機体向けに部品を流用する「共食い」整備は航空自衛隊だけで年3400件もある。防衛省は23~27年度に投じる単体予算43兆円のうち9兆円をかけて5年以内にこうした状況を解消する。弾薬は中長期の戦闘に十分な量に足りていない。備蓄の7割は北海道に偏在し、台湾有事で影響が避けられない南西諸島の防衛に不安が残る。「有事になれば戦えずに負ける」との声さえあがる状況の是正が急務だが、火薬庫を新設するための地元自治体との調整は難航しがちだ。能力強化を巡っても課題は山積する。代表例は相手の脅威圏外から撃つ長射程の「スタンド・オフ・ミサイル」。相手のミサイル発射拠点などをたたく反撃能力の手段にもなる。中国やロシア、北朝鮮が力を入れる極超音速ミサイルを遠方で迎え撃つ技術は現時点でない。地上に落下する局面では最新鋭の地対空誘導弾パトリオットミサイル(PAC3)や迎撃ミサイル「SM6」などで撃ち落とせるが、防御範囲は限られている。大気圏外を放物線を描いて飛ぶ弾道ミサイルと異なり、高度100キロメートル以下を方向を変えながら飛ぶ極超音速弾に対処する迎撃弾がなければ、抑止力は十分といえない。通常の弾道ミサイルも同時に多数を撃ち込まれればすべてを撃ち落とすのは難しい。迎撃一辺倒では守り切れなくなった現実を踏まえ、日本へ撃てば反撃を受けると認識させて攻撃をためらわせる抑止力を早期に備える必要がある。反撃能力の保有は「時間との戦い」ともいわれる。戦闘で使われた実績がある米国製巡航ミサイル「トマホーク」を購入しても護衛艦への配備は早くて26年度だ。しばらくは抑止力に穴がある状態が続く。台湾有事のリスクが高まるとされる24年の台湾総統選後には間に合わない。中長期の抑止力は極超音速ミサイルの開発が左右する。米国も未開発の段階で、日本が国産の「極超音速誘導弾」を完成させるのは30年代になる想定だ。ロシアはすでに極超音速滑空兵器(HGV)を配備し、中国もHGV搭載可能な弾道ミサイル「東風(DF)17」の運用を始めたとされる。北朝鮮も極超音速ミサイルと称し発射を繰り返す。新型ミサイルに限れば東アジアの軍事バランスはすでに崩れた。限られた予算の中で抑止力強化に効果的な装備や分野を厳選する「賢い支出」という視点は欠かせない。防衛力に完全はなく、体制拡充を求めればキリがない。現実の脅威に対処する方策を見定めつつ、費用対効果を同時に検証する作業が求められている。

*2-3-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221220&ng=DGKKZO66979290Q2A221C2MM8000 (日経新聞 2022.12.20) サイバー戦争 日本の危機(1)戦争「武力以外が8割」、ウクライナ、40日前に「開戦」 日本は法整備なく脆弱
 銃弾やミサイルが飛び交うウクライナ侵攻の裏で、世界はサイバー戦争の脅威に震撼(しんかん)した。日本政府は16日に防衛3文書を改定し、ようやくサイバー防衛を強化する方針を示した。実際に国民を守るには法制度や人材、装備を急いで用意しなければならない。2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻はその40日ほど前に「開戦」していた。3波に及ぶ大規模なサイバー攻撃だ。まず1月13~14日。「最悪の事態を覚悟せよ」とウクライナの70の政府機関でサイトが書き換えられた。2月15日は国防省や民間銀行が標的になる。大量のデータを送りつけてサーバーを止める「DDoS攻撃」だった。第3波は侵攻前日の2月23日。政府機関や軍、金融や航空、防衛、通信など官民のインフラ全般が攻撃を受けた。ロシアには成功体験がある。2014年のクリミア併合だ。侵攻前にウクライナへのサイバー攻撃で通信網を遮断し、官民の重要機関も軍の指揮系統も機能不全にした。ウクライナ軍は実際の侵攻時に対抗できず、短期間でクリミア半島の占拠を許した。
●戦力差を補完
 「非軍事的手段と軍事的手段の割合は4対1だ」。いまもロシア軍を指揮するゲラシモフ参謀総長はクリミア併合前の13年に予告した。現代戦はサイバーや外交、経済などの非軍事面が8割を占めるという意味だ。14年の例を踏まえれば今回もすぐに首都キーウ(キエフ)が陥落しかねなかった。国防費は10倍、陸軍兵力も倍以上とリアルの戦力も大差がある。にもかかわらず泥沼は10カ月も続く。米欧の武器支援は大きいが、主に春以降だ。序盤にウクライナが持ちこたえたのはゲラシモフ論の「5分の4」に入るサイバーの力が大きい。ロシアは14年以降もサイバー攻撃を続けていた。15、16年は電力インフラを攻撃し大規模停電を引き起こした。17年は強力なマルウエア「NotPetya」の攻撃がウクライナを通じて米欧にも被害を与えた。もともとウクライナの通信機器はロシア製が多く「バックドア」と呼ばれる侵入路があった。侵入路から米国に打撃が及ぶと、米政府や米マイクロソフトがウクライナの支援に乗り出した。防衛策をとる過程でロシア製機器は排除し、米国の盾を獲得した。世界最先端ともいわれたロシアの攻撃に対処し続けた結果、防衛の経験と技術も向上した。今回の3波攻撃が致命傷にならず、ウクライナ軍も機能したのはそのためだ。「発覚から3時間以内で対処した」。米マイクロソフトは2月末、今回のロシアによるサイバー攻撃について発表した。攻撃前からロシア内の動向を監視しなければ無理な対応といわれる。同社はロシアが侵攻後に日本を含む40カ国以上のネットワークに侵入を試みた、と6月に公表した。「まず検出能力を養うことだ」と強調した。日本に力はない。「日米同盟の最大の弱点はサイバー防衛。日本の実力はマイナーリーグ、その中で最低の1Aだ」。デニス・ブレア元米国家情報長官は提唱する。元海将の吉田正紀氏は「サイバーは日米で最も格差がある。日本も能力を急速に上げるべきだ」と語る。9月には日本政府の「e-Gov」や東京地下鉄(東京メトロ)、JCBなどがDDoS攻撃を受けた。親ロシアのハッカー集団「キルネット」が犯行声明を出した。折しもロシアは極東で中国などと大規模軍事演習をしていた。仮想敵「東方」から土地を奪還する想定で、サイバーとリアルを連動させたと映る。
●「逆侵入」できず
 中曽根康弘世界平和研究所の大沢淳主任研究員は「日本政府は『ロシアの軍事演習の一環』と分析していなかった」と指摘する。「日本は攻撃者や背景を特定できない」とも話す。サイバーも「専守防衛」で攻撃を感知してから対処する。サイバー防衛は「国の責務」とも規定していない。世界的には異例だ。各国は海外からの通信を監視して攻撃者を特定し対抗措置をとる。「アクティブ・サイバー・ディフェンス(積極的サイバー防衛)」という。12月16日に日本政府が決めた国家安全保障戦略には「能動的サイバー防御」が記されたが具体化は23年以降になる。憲法21条は「通信の秘密」を規定する。外国との通信を監視するなら電気通信事業法の改正が要る。攻撃元の特定には経由したサーバーをさかのぼる「逆侵入」や「探知」が必要だが、不正アクセス禁止法や刑法の改正が前提になる。いまウクライナのような攻撃を受けても盾はない。無防備で国民の安全は守れない。

<エネルギー安全保障>
*3-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221207&ng=DGKKZO66612400X01C22A2EA2000 (日経新聞 2022.12.7) 再生エネ「25年に最大電源」 IEA予測、石炭抜く ウクライナ危機で急拡大
 国際エネルギー機関(IEA)は6日公表した報告書で、太陽光や風力など再生可能エネルギーが2025年に石炭を抜いて最大の電源になるとの見通しを示した。ロシアによるウクライナ侵攻でエネルギー安全保障への危機感が強まり、各国は「国産エネルギー」の再生エネを急拡大する。侵攻で高騰した化石燃料と比べ、再生エネの発電コストが割安なことも追い風だ。IEAによると、再生エネの発電量は27年までに21年から約6割増えて1万2400テラワット時以上になる見込み。IEAは報告書で「25年初めには再生エネが石炭を抜いて最大の発電源になる」と指摘した。電源別のシェアは21年から10ポイント増えて27年に38%になる。一方、石炭は7ポイント弱減って30%に、天然ガスは2ポイント減の21%になる。再生エネの発電容量は21年に約3300ギガワットで、27年までに2400ギガワット増加する見通し。過去20年に世界が整備してきた規模に匹敵し、現在の中国の容量に相当する。ウクライナ侵攻は、化石燃料の高騰と供給不安を世界で引き起こした。エネルギーを他国に過度に依存するのは大きなリスクになるとの教訓を得た多くの国は、再生エネの拡大をめざしている。輸入に依存する化石燃料と異なり、再生エネは自国領に吹く風や降り注ぐ太陽光で発電できる。最も伸びるのが太陽光で、容量ベースで26年に天然ガスを、27年に石炭を抜く見通しだ。原材料の高騰で発電コストは増えるものの、大半の国では「最も低コストの電源」(IEA)になる。建物の屋根に設置する小規模発電も成長し、消費者の電力料金の負担軽減につながるとみる。風力は27年には水力を抜き、太陽光、石炭、ガスに続く4番目の電源になる。許認可の手続きや電力系統インフラの問題があり、太陽光よりも伸びは緩やかだ。27年までに増える再生エネのうち、太陽光と風力で計9割以上を占める。IEAのビロル事務局長は声明で「現在のエネルギー危機が、よりクリーンで安全な世界のエネルギーシステムに向けた歴史的な転換点になりうるという事例だ」と述べた。けん引するのは米国、欧州、中国、インドで規制改革や導入支援策を拡充している。ウクライナ侵攻の影響を大きく受ける欧州連合(EU)はエネルギーの脱ロシア戦略「リパワーEU」を打ち出し、再生エネの導入目標を引き上げようとしている。米国は今夏成立したインフレ抑制法で再生エネのほか、電気自動車(EV)の普及や水素技術の開発など脱炭素化に重点を置いた。中印は火力発電も温存しながら、再生エネの拡大にも力を入れている。中国は27年までの世界の再生エネの新規容量のほぼ半分を占める勢いだ。各国は太陽光パネルの製造などサプライチェーン(供給網)の多様化にも力を入れている。米国とインドが投資を増やすため、足元では9割の生産能力を持つ中国のシェアが27年には75%に低下する可能性がある。

*3-1-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221223&ng=DGKKZO67083440T21C22A2EA2000 (日経新聞 2022年12月23日) 150兆円投資 見えぬ具体策、GX基本方針、再エネ拡大難路 脱炭素へ勝負の10年
 政府は22日に取りまとめたGX(グリーントランスフォーメーション)に関する基本方針をもとに脱炭素投資を加速する。今後10年で官民で150兆円超を見込む。ただ再生可能エネルギーの大型案件は乏しく、民間資金が集まるかも見通しにくい。50年の脱炭素化と足元の電力供給の安定に向けた勝負の10年となるが、大きな金額になるだけに日本の産業競争力を高める実のある投資にする必要がある。
●大型案件乏しく
 政府は150兆円超の投資のうち再生エネの大量導入に約31兆円を想定している。日本の発電量に占める再生エネは2021年にやっと20%を超えた。30年度に36~38%にする目標の達成には太陽光や風力発電を大幅に増やす必要がある。ただ、具体的な再生エネの大型案件は見えていない。景観や安全性への懸念から地元自治体が反対する事例が増えた。開発案件から撤退する大手電力も相次ぐ。再生エネも原発や火力と同じように地元の協力が欠かせないが、国のサポート体制に課題が多い。世界で再生エネの主流となった洋上風力は国土交通省、総務省、自治体などに所管が細かく分かれ、一体的な調整ができていない。基本方針では「再生エネを最大限活用」と明記した。ただ橘川武郎国際大学副学長は16日の経済産業省の有識者会議で「電力が足りないという危機になれば、主力電源の再生エネをどうするかとの話から入るのが普通だが、その話はわずかだった」と疑問を呈した。11年の東日本大震災の直後から課題を指摘されながら、ようやく着手するのが送電網の強化だ。政府は今後10年間で原発10基の発電能力にあたる約1000万キロワット分の広域送電網を整備する。官民の投資による脱炭素産業の育成も欠かせない。再生エネ技術は太陽光パネルなど日本がリードしていたものが多い。ただ開発や実用化の段階で先行しても、量産・普及段階で中国や欧州のグリーン投資で一気に追い抜かれた事例が続く。天候に発電量が左右される再生エネを生かすには蓄電池の大型化やコスト低減が欠かせない。政府は蓄電池産業の確立に官民で7兆円規模を投じる戦略を描く。政府目標では「国内マザー工場の基盤確立」といった項目が並ぶが、競争力が高まるかは見通せない。足元では蓄電池もパナソニックホールディングスより中韓メーカーの方が勢いがある。日本が開発で先行するペロブスカイト型といった次世代太陽電池も今回の投資対象だが、対応を誤れば中国メーカーなどに普及期に抜かれかねない。水素技術も脱炭素の達成には必要で、再生エネから効率よく水素を製造し、貯蔵する技術が今後のカギとなる。水素燃料を得やすくなれば航空機や船舶、製鉄など排出量の比較的多い産業の脱炭素化につながる。
●排出負担軽く
 ただ、企業に脱炭素を促す仕組みは遅れている。炭素を値付けして排出に負担を求めるカーボンプライシングの本格導入時期は30年代と遅く、負担も欧州などより軽い。炭素価格は高いほど排出時に負担がかかり企業の抑制意識が高まる。今回の議論では企業の負担が大きく増えないようにガソリンなどにかかる税負担が今後減る範囲内での導入にとどめた。どういったカーボンプライシングなら気候変動対策に効果的かといった本質的な議論でなく、GX債の償還財源の確保目的に終始した面もある。世界では再生エネが急速に普及する。国際エネルギー機関(IEA)によると22年の新規導入容量は319ギガワット。年間の新規導入容量として過去最大だった21年を超える。欧州連合(EU)は26年から炭素価格が低い国からの輸入品に対して事実上の関税をかける国境炭素調整措置の導入を決めた。日本の対策が遅れれば、欧州などで再生エネの電気を使って生産する製品との差が出て競争力に響きかねない。今回の基本方針は、中長期のエネルギー政策を数年ごとに改定するエネルギー基本計画に匹敵するほどの大きな政策転換といえる。議論が拙速で不十分な点も多いが、それらを早期に補強しながら政府や企業が対策に取り組まないと世界との差は開くばかりだ。

*3-1-3:https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2022122500078 (信濃毎日新聞社説 2022/12/25) GX実行会議 議論の方向間違っている
 脱炭素社会の実現には、化石燃料を再生可能エネルギーに転換させる社会や経済の改革が必要だ。その議論が尽くされていない。政府の「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」である。7月から5回開き、脱炭素化に向けた基本方針を決めた。東京電力福島第1原発事故後に「依存度低減」としてきた原発政策を「最大限活用」に変え、新規建設や長期運転に踏み込んだ。一方で、主力電源と位置づける太陽光や風力といった再エネをどう拡大させていくのか。先行きは見通せていない。優先すべき課題は、2030年までに二酸化炭素(CO2)排出量をほぼ半減させることだ。政府は、ウクライナ戦争に伴うエネルギー危機への対応も強調する。いずれも原発は間に合わず、主力になり得ない。なぜ再生エネのさらなる普及策を徹底的に議論し、打ち出さないのか。脱炭素やエネルギー危機を名目に、原発回帰にお墨付きを与えるための会議だったとしか思えない。GX実行会議は、省庁横断で政策を検討するために設置された。ところが、岸田文雄首相は、経済産業相を担当に任命。たたき台も含めて議論は、原発推進の旗を振る経産省のペースで進んだ。首相自身も初会合で、原発に触れて「政治決断が求められる項目の明示を」と仕向けている。議論は非公開で、外部委員は財界や電力会社の関係者らだ。原発に慎重な考えを持つ人たちを避けて、短期間で政策を転換させた。太陽光の方が安い発電コスト、巨額に上る建設費や維持費、災害や戦争のリスクといった問題が詳細に検討されたとは言い難い。あまりに拙速だ。自然エネルギー財団は、原発に頼らず再生エネの大幅導入と水素の利用で脱炭素化できると分析している。こうした専門家や次代を担う若者も交えて、国民の見える場で議論するべきだ。政府は新たな国債「GX経済移行債」で調達する資金を、次世代型原発の研究開発にも充てる方針を示している。実用化が不確かで、放射性廃棄物の処理問題を抱える原発への投資は誤りだ。部品を外国製に頼る太陽光や風力にこそ投資を向けねばならない。脱炭素社会の構築は、人類にとって持続可能な地球を残すことに意味がある。廃棄物を次世代に先送りする原発は本来、脱炭素社会と相いれない。政策の転換を撤回し、議論し直すよう求める。

*3-2-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221219&ng=DGKKZO66947400Z11C22A2MM8000 (日経新聞 2022.12.19) 送電網、10年で1000万キロワット増 政府計画、再生エネを広域融通 北海道―本州で海底線新設、九州―本州は2倍
 政府は今後10年間で原子力発電所10基の容量にあたる約1000万キロワット分の広域送電網(総合・経済面きょうのことば)を整備する。過去10年の8倍以上のペースに高める。太陽光や風力など再生可能エネルギーによる電気を無駄にせず、地域間で効率よく融通する体制を整える。脱炭素社会の重要インフラとなるため、事業主体の電力会社の資金調達を支援する法整備も急ぐ。岸田文雄首相が近くGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議で整備計画を表明する。日本は大手電力会社が地域ブロックごとに事業をほぼ独占し、競争原理が働きにくい状態が続いてきた。2011年の東日本大震災では広域で電力をやりとりする送電網の脆弱さがあらわになった。大都市圏が夏冬の電力不足に直面する一方、九州では春に太陽光発電の出力を抑えるといった事態が続いている。50年の脱炭素には再生エネの発電に適した北海道や九州の電気を、東京や大阪に送って消費する体制が欠かせない。ウクライナ危機でエネルギーの供給不安も高まった。地域間の連系線の抜本的な強化を急ぐ。新たに日本海ルートで北海道と本州を結ぶ200万キロワットの海底送電線を設ける。30年度の利用開始をめざす。30年度の発電量のうち、再生エネの割合を36~38%にする政府目標の達成に必要とみている。九州―本州間の送電容量は278万キロワット増やして、556万キロワットにする。27年度までに東日本と西日本を結ぶ東西連系線は90万キロワット増の300万キロワットに、北海道―東北間は30万キロワット増の120万キロワットに、東北―東京エリア間は455万キロワット増の1028万キロワットに拡大する。東西連系線については28年度以降、さらに増強する案もある。過去10年の整備量は東西連系線と北海道―東北間であわせて120万キロワットにとどまっていた。今後10年間は8倍以上に加速させる。巨額の費用の捻出は課題となる。北海道―本州間の海底送電線は1兆円規模の巨大プロジェクトで、九州―本州間の連系線は約4200億円を要するとみている。電力会社を後押しするため、資金調達を支援する枠組みを整える。いまの制度では送電線の整備費用を電気料金から回収できるのは、完成して利用が始まってからとなる。それまでは持ち出しが続くため投資に及び腰になりかねなかった。必要に応じて着工時点から回収できるように改める。23年の通常国会への関連法案の提出をめざす。例えば、海底送電線の建設期間中に計数百億円規模の収入を想定する。初期費用の借り入れが少なくて済み、総事業費の圧縮にもつながると期待する。50年までの長期整備計画「マスタープラン」も22年度内にまとめる。原案では北海道―本州間の海底送電線を3兆円前後で計800万キロワットに、東西連系線は4000億円規模で570万キロワットに増強する。50年までの全国の整備費用はトータルで6兆~7兆円に上ると見込む。

3-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221221&ng=DGKKZO67012450Q2A221C2EP0000 (日経新聞 2022.12.21) 送電網利用料引き上げ 10社、来年度から最大16%
 東京電力パワーグリッド(PG)など送配電会社10社は電力小売会社から受け取る送電網の利用料「託送料金」を2023年度から引き上げる。送電網の増強やデジタル化といった投資に充てる。1キロワット時あたりの単価は会社によって異なり、4.4~16.0%の範囲での値上げとなる見通しだ。経済産業省の電力・ガス取引監視等委員会が20日、各社が提出した収入見通しの検証を終えた。10社の27年度までの5年間の年平均の収入を合算すると4兆6836億円になる。現行コストの場合と比べて4.5%増える。もともと6.5%増の計画を出していたが、監視委の査定で圧縮された。10社は今後、23年4月1日からの新しい託送料金を申請する。各社の計画によると1キロワット時あたりの料金単価は企業や家庭向けを合計した場合、東電PGで4.4%増の5.49円。関西電力送配電は7.3%増の5.30円、中部電力PGは7.6%増の4.98円となる。

*3-3-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221223&ng=DGKKZO67083690T21C22A2MM8000 (日経新聞 2022年12月23日) 原発建て替え具体化を明記 GX基本方針、震災後のエネ政策転換
 政府は22日、GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議を開き、脱炭素社会の実現に向けた基本方針をまとめた。原子力について「将来にわたって持続的に活用する」と明記した。廃止が決まった原子力発電所を建て替え、運転期間も現在の最長60年から延長する。東日本大震災以来、原発の新増設・建て替えを「想定しない」としてきた政策を転換するが、実現には課題が多く実行力が問われる。岸田文雄首相は会合で「法案を次期通常国会に提出すべく、幅広く意見を聞くプロセスを進めていく」と述べた。パブリックコメントを経て2023年2月までに閣議決定し、政府の正式な方針にしたうえで法案提出をめざす。方針では再生可能エネルギーと原子力について「安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源を最大限活用する」と記載した。50年の温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標と電力の安定供給の両立につなげる。原発については「次世代革新炉の開発・建設に取り組む」と掲げ、「まずは廃止を決定した原発の建て替えを対象に具体化を進めていく」と記した。建て替え以外の開発・建設については「今後の状況を踏まえて検討していく」とした。運転期間の延長については原則40年、最長60年とする制限を維持したうえで「一定の停止期間に限り、追加の延長を認める」と盛った。原子力規制委員会による安全審査を前提に震災後の審査で停止していた期間などの分を延長する。認められれば60年超の運転が可能になる。政府は11年の東京電力福島第1原発事故を受け、原発の新増設や建て替えは「想定していない」との見解を示してきた。原則40年、最長60年とする運転期間も導入した。今回の基本方針で見直すことになる。原子力政策を巡っては進展していない課題が多い。例えば原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)は最終処分場が決まっていない。「バックエンド」と呼ばれる問題で解決できなければ原発を長期に使っていくのは難しい。首相は22日の会議で「最終処分につながるよう関係閣僚会議を拡充する。政府をあげバックエンドの問題に取り組んでいく」と述べた。基本方針に沿って進展するかは見通せない。関西電力美浜原発などが建て替えの候補地とみられているが、政府は具体的な候補地は示していない。建設費用は1兆円規模ともされ、多額の投資費用を回収する見込みがなければ電力会社は建設を決めにくい。33基ある原発のうち14基は再稼働済みか再稼働のメドが立った。一方、安全審査に合格したものの地元の同意が得られていない原発3基を含む19基は再稼働の見込みが立っていない。政府は前面に立ち再稼働を目指すとするが具体策は乏しい。

*3-3-2:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15509882.html (朝日新聞 2022年12月23日) 原発建設へ転換 60年超す運転も可、政府方針 脱炭素、GX会議
 政府は22日、原発の新規建設や60年を超える運転を認めることを盛り込んだ「GX(グリーン・トランスフォーメーション)実現に向けた基本方針案」をとりまとめた。来年に閣議決定し、関連法の改正案を通常国会に提出する。岸田文雄首相の検討指示からわずか4カ月で、2011年の東京電力福島第一原発事故後に堅持してきた政府の方針が大きく転換する。50年の脱炭素社会の実現に向けた取り組みを議論するGX実行会議(議長・岸田首相)が官邸で開かれ、基本方針案が了承された。基本方針案では、原発を「最大限活用する」として二つの政策転換を打ち出した。一つは原発の新規建設だ。政府はこれまで「現時点では想定していない」としてきたが、「将来にわたって原子力を活用するため、建設に取り組む」と明記した。まずは廃炉を決めた原発の建て替えを具体化する。政府が「次世代革新炉」と呼ぶ、改良型の原発を想定している。原発のない地域に建てる新設や増設についても「検討していく」とした。もう一つは、原発の運転期間の延長だ。原発事故の教訓をもとに原則40年、最長20年延長できると定めたルールを変える。この骨格は維持しつつ、再稼働に必要な審査などで停止した期間を運転期間から除く。仮に10年間停止した場合、運転開始から70年まで運転できるようになる。事故後の原子力規制の柱としてきたルールが形骸化するおそれがある。
■<視点>電力危機に乗じた「回帰」
 岸田政権が、原発政策を転換する道を選んだ。ウクライナ危機に伴う燃料高騰や電力不足、脱炭素への対応を強調し、再稼働の推進だけでなく、原発の新規建設や運転期間の延長に踏み込んだ。これは原発依存を続けることを意味する。だが、建設は早くても30年代。いま直面する問題の解決策にはならない。原発事故後に安全対策が強化され、建設には1兆円規模の費用がかかる。「核のごみ」を捨てる場所もない。重大事故が起きれば取り返しのつかない被害をもたらすことも経験した。それでも原発に頼り続けるのであれば、国民的な議論が必要だ。岸田政権はこれらの課題は残したまま、目の前の電気料金上昇や電力不足を強調し、原発推進の旗を振る経済産業省を中心にわずか4カ月で結論を出した。原発政策について、国が国民の声を聴いたことがある。原発事故の翌12年、当時の民主党政権は30年の原発比率を決めるために11都市で意見聴取会を開き、討論を通して意見がどう変わるかをみる「討論型世論調査」をした。導き出したのが「30年代に原発ゼロ」という目標だった。私たちの暮らしや企業活動の根幹に関わるエネルギー政策はどうあるべきか。再生可能エネルギーをもっと増やす選択肢は検討したのか。参院選後、解散がない限り国政選挙は3年間ない。時間をかけて丁寧に議論する好機でもあったはずだ。その機会を放棄し、「電力危機」に乗じた「原発回帰」は疑問だ。

*3-3-3:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15504298.html (朝日新聞 2022年12月17日) 原発回帰「結論ありき」 「新規建設・60年超運転」審議会が了承
 経済産業省の審議会「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」は16日、原発の新規建設や運転期間の延長などを盛り込んだエネルギー安定供給の対策案をとりまとめた。月内に開かれる官邸のGX(グリーントランスフォーメーション)実行会議で報告する。会議の冒頭、西村康稔経済産業相は「将来にわたって持続的に原子力を活用するため、まずは廃止決定した炉の次世代革新炉への建て替えを対象として具体化を進めていきたい」と話した。さらに、原則40年最長60年の運転期間については、一定の停止期間を除外することで延ばす方針も示し、了承された。原発政策の転換は、岸田文雄首相が8月のGX実行会議で検討を指示していた。経産省の複数の審議会で進めてきた具体策の議論はこの日で終えた。与党も同様の意見をとりまとめている。GX実行会議でも追認されるとみられ、事故以来の原発政策が大きく変わる見通しだ。
■首相指示を追認・パブコメ後回し
 岸田文雄首相の検討指示から3カ月あまり。経済産業省の審議会は、原発政策の転換について議論を終えた。政府は今後、国民から広く意見を募るパブリックコメントをする方針も示している。一方で、審議会の委員からは議論の進め方に「拙速」との声があがる。16日にあった基本政策分科会で示された方針の原案は、8日に開かれた別の審議会「原子力小委員会」でまとめられた。その日の会議の終盤、山口彰委員長がとりまとめにかかろうとしていた中、一人の委員から声があがった。日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会の理事を務める村上千里氏だ。村上氏は「パブコメで聴いた意見を踏まえてもう一度議論をするのであれば、国民的な議論が一部なされたと言える。しかし、パブコメが後だと、スケジュール的に議論されないのではないか。納得できない」と主張した。さらに、「運転期間に関しては、この3カ月で出てきた案で議論が国民にも浸透しておらず拙速だ」と注文を付けた。原子力資料情報室事務局長の松久保肇氏も「(基本政策分科会に)報告する前にパブコメにかける必要がある。強引な進め方は政策に対する国民の信頼を損ねる」と続いた。原発に慎重な立場をとる専門家らからは、審議会などの進め方について「結論ありきだ」との批判がある。これに対し、西村康稔経産相は会見で「非常に慎重な方々のご意見のヒアリングなども行ってきている」などとかわすが、審議会は、首相が指示した検討内容に沿った経産省案を事実上、追認してきた。約20人いる原子力小委員会も、明確に「脱原発」の立場から発言するのは2人だけだ。松久保氏は「政策議論が非常に多様性を欠いている」と指摘。パブコメについて西村経産相は9日の会見で「適切なタイミングで実施する」と繰り返すだけだった。原発政策の転換について引き合いに出される事例がある。2011年の東京電力福島第一原発事故後に行われた「国民的議論」だ。当時の民主党政権は30年の原発比率の選択肢を複数示し、討論を通して意見がどう変わるかをみる「討論型世論調査」を取り入れた。さらに、全国11都市で開いた意見聴取会には約1300人が参加したという。こうしたやりとりを踏まえて、当時の民主党政権は「30年代に原発ゼロ」という方針を打ち出した。南山大の榊原秀訓教授は「今回は『討論型世論調査』など熟議型と呼ばれる議論の方法がとられていない。専門技術であったとしても素人の意見を反映するべきだというのが、熟議型とか討議型と呼ばれるものの理念だ。重要政策の決定手段が後戻りしてしまっている」と話す。

*3-3-4:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15513376.html (朝日新聞 2022年12月27日) 60年超原発「未知の領域」 世界に例なし、安全性どう審査
 原発の60年超の運転期間を可能にする方針に伴い、安全審査を運転開始30年を起点にして10年を超えない期間ごとに実施する新ルールの骨子案を、原子力規制委員会がまとめた。国民から意見を募るパブリックコメントを実施中。ただ、海外でも60年超の原発はなく、規制委の審査は不透明な部分がある。海外では運転期間の上限がない国が多いものの、国際原子力機関(IAEA)によると現在、60年を超えて運転を続けている原発はない。60年超の安全規制は「未知の領域」(規制委の山中伸介委員長)だ。経済産業省の資料では、米国の運転期間は40年だが、安全審査をクリアすれば20年以内の延長が何度でも可能。1回目の運転延長が認められて40年超の運転に入った原発が2回目の延長を申請し、80年の運転延長が認められた例もある。英国やフランスは、運転期間の制限がない。10年ごとに安全審査があり、運転が認可される仕組みだ。長期の運転をするということは、老朽化対策を含めたコストの増大や、自然災害のリスクにさらされ続けるという側面がある。国の政策転換によって運転ができなくなったケースもある。経済的な理由によって運転をやめた原発もある。フランスでは原子力への依存を段階的に減らす計画の一環として、1977年に稼働を開始した同国内最古の原発が2020年に停止された。ドイツでは東京電力福島第一原発事故後の脱原発政策で8基が停止を命じられた。米国では17~18年ごろ、電力価格低迷などの影響を理由に運転期間が残っていても廃炉を決める原発が相次いだ。日本では地震や津波、火山の噴火、台風などのリスクが比較的大きい。原発事故後、規制委は自然災害への備えの強化や過酷事故対策を義務づけた新規制基準をつくったが、規制委は基準に適合しているかどうかを審査しているに過ぎない。審査をクリアした原発でもリスクは残る。
■配管など劣化、40年未満でも事故
 老朽化のリスクはさまざまだ。原子炉の金属が中性子を浴び続けるともろくなる現象「中性子照射脆化(ぜいか)」のほか、コンクリートの遮蔽(しゃへい)能力や強度は原発が停止していても経年劣化する。東京大の井野博満名誉教授(金属材料工学)は「中性子照射脆化は防ぐ手立てがなく、運転期間が延びれば延びるほど脆化が進むため、その分、リスクも高まる。原発は30年ないし40年運転を前提として設計されており、長期間運転すると原子炉に入れてある監視試験片(原子炉の劣化を予測するための金属片)も足りなくなる。これが運転上の深刻なネックになり、安全性に不安が生じる」と話す。配管やケーブルといった部品の劣化もある。40年未満でも事故は起こる。東京電力柏崎刈羽原発では10月、運転開始25年の7号機タービン関連設備の配管に直径約6センチの穴が開いたと発表。足場を組んだ際に傷がつき、周辺へ腐食が進行。11年ぶりにポンプを稼働させたところ、内側に引っ張られる形で穴が開いたとみられるという。2004年には関西電力美浜原発3号機でタービン建屋の配管が破裂して放射性物質を含まない蒸気が噴出する事故が起き、作業員5人が死亡、6人が重傷を負った。配管の厚みが減っていたという。規制委の山中委員長は21日の会見で、60年目以降についての審査について「50年目の検査に加えて新しい項目を、それぞれのプラント(原発)について特異なものを加えていく必要がある」と述べた。だが、具体的にどうやって安全性を確認するのか示されないままだ。
■経過措置は「1~3年」 規制委
 原子力規制委員会は26日、新たな安全審査のルールの骨子案について、原子力事業者の担当者らとの意見交換会を開いた。規制委側は、新ルールへの経過措置の期間を「1~3年程度」と説明。事業者側からは今後の具体的なスケジュールなどについて質問が相次ぎ、年明けに2度目の会合を開くことになった。事業者などでつくる「原子力エネルギー協議会」の担当者がオンラインで参加した。事業者側は骨子案について「特段の意見はない。事業者として適切に対応していく」と述べた。一方で、具体的な内容が示されていない新ルールで提出が求められる書類の記載内容や、具体的なスケジュールについて質問が相次いだ。規制委の事務局・原子力規制庁の担当者は、30~50年の審査は現行の手法を踏襲するとして「現制度でやっていることを基本的に変えずに移行しようと考えている。現行制度下でやらないといけない安全対策をやっていただければ対応できる」と説明した。
◆キーワード
<原子力規制委員会の新ルールの骨子案> 運転開始30年を起点に、以後10年を超えない期間ごとに事業者による原子炉の劣化評価や長期施設管理の計画を規制委が審査する。30~50年の審査は現行の手法を踏襲する。60年超の原発の審査については、議論が先送りされた。現在のルールでは、新規制基準への適合性が認められていない原発(未適合炉)は運転開始40年の時点で運転できなくなるが、新ルールでは、未適合の状態で40年を超えても再稼働できる可能性が開かれる。

*3-3-5:https://www.kochinews.co.jp/article/detail/618170 (高知新聞社説 2022.12.25) 【原発60年超運転】規制委の独立性はどこへ
 原子力行政の変質はもはや明らかだろう。原子力規制委員会が、原発の60年を超える長期運転を認める安全規制の見直し案を了承した。現行の規制で「原則40年、最長60年」とされる運転期間は制度上、上限がなくなる。原発を最大限活用する政府方針を追認したと言え、法改正に向けて着々と手続きを進める政府と、完全に歩調を合わせた格好だ。国民の目に規制組織の独立性がゆらいだと映れば、原発そのものへの不信につながりかねない。新たな制度案は、運転開始から30年を迎える原発について、10年以内ごとに設備の劣化状況を繰り返し確認することが柱となる。電力会社には長期の管理計画を策定し、規制委の認可を得るよう義務付ける。規制委は意見公募や電力会社との意見交換を経て、原子炉等規制法の改正案を来年の通常国会に提出する見通しだ。現行の規制で運転期間を40年、60年とする根拠を問う声もあるが、どんな機器も経年劣化は免れまい。安全性への信頼度も低下しよう。明確な基準を設けること自体が、原発依存度の低減という民意を象徴していたといってよい。これまで山中伸介委員長も「経年劣化が進めば進むほど、規制基準に適合するかの立証は困難になる」と説明していた。しかし規制委は今回、運転が60年を超えた原発の安全性をどう確認するか具体的な方法を示すことなく、詳細の検討を先送りにした。こうした対応では、国民が抱える安全性への不安を置き去りにしたと非難されても仕方があるまい。技術的な問題に加え、見直し案の了承に至る経緯は看過できない問題をはらんでいる。東京電力の福島第1原発事故まで規制行政は、電力業界を所管する経済産業省の枠組みの中に位置付けられていた。推進側と規制側が同居する構造で生じたゆがみは、国会の事故調査委員会に事故の背景として指摘され、「(電力業界の)虜(とりこ)」と断罪された。その反省から設置された規制委にとって、独立性と中立性の担保は組織の出発点であり、根幹にほかならない。それにもかかわらず、推進側の経産省との協議は山中委員長の就任から実質3カ月ほどでスピード決着した。事故の最大の教訓だった規制と推進の分離は形骸化し、いつの間にか原発回帰の「両輪」に変質してしまったのではないか。政府は、脱炭素社会の実現に向けた基本方針を決定し、原発の60年を超える運転期間延長や、次世代型原発への建て替えなど原発推進策を盛り込んだ。この姿勢にも疑問を禁じ得ない。事故後掲げてきた原発依存度の低減から方針を転換するのであれば、国民的な議論で合意を得るべきだ。その手順を踏むことなく、法改正を先行させようとする手法は乱暴で拙速に過ぎる。事故の教訓をないがしろにすることは許されない。

*3-3-6:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/969244 (佐賀新聞 2022/12/29) 「原発政策転換」根拠も正当性も薄弱だ
 岸田文雄首相は、新増設や運転期間延長など原発政策の大転換を決めた。エネルギーの安定供給と気候変動対策への貢献が理由だが、その根拠は極めて薄弱だ。国の将来を左右するエネルギーに関する重要な政策転換を、非民主的な形で決めるというプロセスには正当性もない。拙速かつ稚拙な政策は棚上げし、エネルギー政策についての熟議の場をつくるべきだ。首相は「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」で「将来にわたって持続的に原子力を活用する」とし、次世代型原発の開発と建設を明記。再生可能エネルギーと原発を「最大限活用する」とした。2011年の東京電力福島第1原発事故後、続けてきた「可能な限り原発依存度を低減する」との方針からの大転換だ。世界はロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー危機と気候危機という二つの危機に直面している。これにどう立ち向かうかという問いへの答えの一つとして、首相が持ち出したのが原子力の拡大だった。だが、日本のような先進国にとって最も重要なのは、30年までの温室効果ガス排出量を大幅に削減することだ。新増設は言うまでもなく、既設炉の再稼働でさえ、短期的な排出削減への貢献は少ない。重要なのは計画から発電開始までの時間が短い再生エネの大幅拡大だ。長期的にも、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や国際エネルギー機関(IEA)などの国際組織が気候危機対策として重要視しているのは省エネと再生エネで、原子力はコスト面でも削減可能性でも劣る。エネルギー危機への対応は、低コストの電力を長期的に供給することが重要だが、この点への原子力の貢献も疑わしい。国際的な研究機関の分析では新設原発の1キロワット時当たりのコストは約13~20セント(17~26円)。商業的な太陽光の同3セント前後とは比べものにならない。海外に比べてまだ高い日本の再生エネのコストも低下傾向にある。逆に福島事故後の新たな安全対策などによって原発の発電コストは上昇傾向にある。原発による価格低減効果は限定的だ。福島の事故は、原発のような大規模集中電源に過度に依存することが安定供給上の大きなリスクになることを示したはずだ。安価な再生エネによる小規模分散型の発電設備への投資を拡大するのが本筋だ。今回の決定は、内容にも問題があるが、それ以上に大きな過ちは政策決定に至るプロセスだ。政策を決めた官邸のGX実行会議で首相が原発政策転換の意思を示したのは8月末だった。以来、経済産業省が傘下の委員会などで急ごしらえの報告書を作成、4カ月後のGX会議で方針が決まった。同会議は電力会社や既存の大企業の代表が中心で、議論はすべて非公開と不透明極まりない。自由化された電力市場で競争にさらされる日本の電力会社自身は、新増設に必要な資金を調達することが難しいことを認めている。欧米では巨額の建設費が障害となり、政府が推進方針を示しても、原発建設が進まないという状況が続いている。日本でも同様だろう。内容面でも手続き面でも多くの問題を含む今回の政策を見直す時間は十分にある。

*3-3-7:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15509791.html (朝日新聞社説 2022年12月23日) 原発政策の転換 熟議なき「復権」認められぬ
 根本にある難題から目を背け、数々の疑問を置き去りにする。議論はわずか4カ月。広く社会の理解を得ようとする姿勢も乏しい。安全保障に続き、エネルギーでも政策の軸をなし崩しにするのか。岸田政権が、原発を積極的に活用する新方針をまとめた。再稼働の加速、古い原発の運転延長、新型炉への建て替えが柱だ。福島第一原発事故後の抑制的な姿勢を捨て、「復権」に踏み出そうとしている。到底認められない。撤回し再検討することを求める。
■拙速とすり替え
 首相が原発推進策の検討を指示したのは8月下旬だ。重大な政策転換にもかかわらず、直前の参院選では建て替えなどの考えは明示しなかった。そして選挙後に一転、急ピッチで検討を進めた。民主的なやり方とはとても言えない。新方針は、原発依存の長期化を意味する。原発事故後に掲げられてきた「可能な限り依存度を低減」という政府方針の空文化にもつながる。問題設定の仕方にも、すり替えや飛躍が目立つ。8月の指示で首相は「電力需給逼迫という足元の危機克服」と「GX」(脱炭素化)への対応を原発活用の理由に挙げた。だが、足元の危機と原発推進は時間軸がかみ合わない。再稼働には必要な手順があり、供給力が急に大きく増えるわけではない。運転延長や建て替えは、効果がでても10年以上先の話だ。実現性も不確かで、急いで決める根拠に乏しい。政策の優先順位も転倒している。原発推進に熱をあげるが、安定供給と脱炭素化の主軸は国産の再生可能エネルギーのはずだ。政府も主力電源化を掲げている。まず再エネ拡大を徹底的に追求し、それでも不十分なら他の電源でどう補うかを考えるのが筋だ。
■数々の疑問置き去り
 新方針の内容そのものにも、多くの疑問がある。原発は古くなるほど、安全面での不確実性が高まる。「原則40年、最長60年」の運転期間ルールは、福島第一原発の事故後に与野党の合意で導入され、原子力規制委員会が所管する法律にも組み込まれた。ところが、新方針ではこのルールを経済産業省の所管に移し、規制委の審査期間などの除外を認めて、60年を超える運転に道を開く。議論を避けて長期運転を既成事実化するやり方であり、「推進と規制の分離」をも骨抜きにしかねない。建て替えは、経済性への不安が強い。新型炉の建設費は膨張が見込まれ、政府は業界の求めに応じて政策的支援を打ち出した。国民負担がいたずらに膨らむことになりかねない。新方針がうたう「次世代革新炉の開発・建設」も、当面の現実性があるのは、海外では実用化済みの安全装置を従来型に加えた「改良版」だ。安全面の「革新性」は疑わしい。安全性に関しては、日本には激甚な自然災害が多いことに加え、ウクライナで起きたような軍事攻撃の危険に対処できるかといった懸念もある。何より根源的なのは、使用済み核燃料や放射性廃棄物の扱いだ。原発に頼る限り、生み出され続ける。しかし、核燃料サイクルや最終処分への道筋は、何十年かけても実現が見えていないのが現状だ。これらの問いに、新方針は答えていない。不安に乗じて推進の利点ばかり強調し、見切り発車する構図は、先般の安保政策転換とうり二つである。この4カ月を振り返れば、結論と日程ありきのごり押しだったと言うしかない。
■事故の教訓を土台に
 経産省の審議会では、目的のはずのエネルギーの安定供給に原発が具体的にどの程度役立つかすら、精査されなかった。多く時間を費やしたのは、推進を前提にした運転延長や新型炉建設のやり方についてだ。委員は原発の推進論者が大半で、一部の慎重派が1年ほどかけて国民的な議論を進めるよう求めたが、一蹴された。原発は、国論を二分してきたテーマである。政策の安定には社会の広い理解が不可欠だ。さまざまな意見に耳を傾けて方策を練る手順を軽んじれば、事故で失った信頼は戻らない。政府は今後、国民から意見を募り、対話型の説明会も検討するという。だが、ただの「ガス抜き」なら意味がない。そもそも実のある議論には、原発に利害関係がない人や慎重な人も含め、幅広い分野の識者にもっと参加してもらうことが欠かせない。脱炭素の実現に向けて原発の活用は必須なのかなど、おおもとの位置づけからの多角的な熟議が必要だ。国会の役割もきわめて大きい。各政党が、主体的に議論を起こしてほしい。拙速な政策転換は許されない。事故の惨禍から学んだ教訓を思い起こし、将来への責任を果たす道を真剣に考えるべきときである。

*3-4-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221204&ng=DGKKZO66533040U2A201C2MM8000 (日経新聞 2022年12月4日) ガス火力の建設支援 7~8基、電力逼迫に対応 経産省、事業者募集へ
 経済産業省は今後の電力不足に対応するため液化天然ガス(LNG)を燃料に使う火力発電所を緊急で建設する方針だ。2030年度までの運転開始を念頭に7~8基相当の600万キロワットをつくる。建設費を投資回収しやすくする支援策を講じ、建設・運転する企業を募る。LNGの価格高騰でコストの見極めが難しく、企業が脱炭素の観点で慎重になる可能性もある。23年度から25年度までの3年間に企業を募り、計600万キロワット分のガス火力の建設をめざす。国内の冬や夏の最大需要の3%余りにあたる。大手電力会社が持つ火力発電所は運転開始から20~29年を経過しているものが3分の1程度と老朽化が進む。経産省は30年ごろまでに900万キロワット減少する恐れがあるとみている。最新のガス火力は二酸化炭素(CO2)の排出量が相対的に少ない。石炭火力からガス火力に建て替えれば排出量は半分程度になる。日本は再生可能エネルギーの導入や原発の再稼働が遅れている。ガス火力は主力電源で年間発電量に占める割合が最も大きく、21年度に34%ある。ガス火力発電所の建設には数年かかる。30年度に間に合うよう新規案件だけでなく既に設計や建設に着手した案件も支援対象にする。23年度に導入予定の「長期脱炭素電源オークション」の仕組みを使い、事業者を支援する。電力小売りから集めたお金を原資に、運転開始から20年間は発電事業者が毎年一定の収入を得ることができ、投資回収のメドが立ちやすくなる。燃やしてもCO2が出ない水素などを火力発電所で混焼するといったケースが本来は対象だが今回は例外として排出削減対策を当面、猶予する。水素を燃料に混ぜるといった対策を運転開始から10年以内に導入し、50年時点で排出実質ゼロにすることを求める。国内では3月の福島県沖の地震で複数の火力が停止し、電力需給逼迫警報を出す事態となった。経産省は今夏に続き12月から全国で節電を呼びかけている。建設が実現するかは、コストとの見合いを電力会社などがどうみるかが焦点となる。火力発電の稼働は再生エネの普及拡大を受けて収益性が悪化する傾向にある。火力発電所の建設には1000億円前後の投資が必要で、政府が支援策を講じても電力会社などが応募するかは見通せない面もある。今回の対策は中長期の脱炭素化を条件とするものの、短期的には脱炭素の動きと逆行すると海外では受け取られかねない。その点も企業や金融機関の判断に影響する可能性がある。

*3-4-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221117&ng=DGKKZO66056060X11C22A1MM0000 (日経新聞 2022.11.17) 日本の貿易赤字2.1兆円 10月で最大 円安・資源高で
 財務省が17日発表した10月の貿易統計速報によると、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は2兆1622億円の赤字だった。10月としては、比較可能な1979年以降で最大の赤字となった。円安と資源高により、輸入額が前年同月比で大幅に増えた。貿易赤字は15カ月連続で、3カ月続けて2兆円を超える赤字となった。10月以外を含めると、過去5番目に大きい赤字だった。輸入は11兆1637億円で、前年同月比で53.5%増えた。原油や液化天然ガス(LNG)、石炭などの値上がりが響いた。原油の輸入価格は1キロリットル当たり9万6684円と79.4%上昇した。ドル建て価格の上昇率は37.7%だった。円安が輸入価格の上昇に拍車をかけている。輸出は25.3%増の9兆15億円だった。米国向けの自動車や韓国向けのIC(集積回路)などが増えた。輸入は8カ月連続で、輸出は2カ月連続でそれぞれ過去最大を更新した。輸入の増加ペースが輸出を大きく上回り、赤字が拡大している。荷動きを示す数量指数(2015年=100)は、輸入が前年同月比で5.6%上がったのに対し、輸出は0.3%下がった。中国向けの輸出は16.0%の急激な落ち込みとなった。消費不振や住宅不況による中国経済の減速が響いたとみられる。10月の貿易統計を季節調整値でみると、輸入は前月比4.2%増の11兆2054億円、輸出は2.2%増の8兆9063億円、貿易収支は2兆2991億円の赤字だった。

*3-5-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221223&ng=DGKKZO67078350S2A221C2FFE000 (日経新聞 2022年12月23日) アジアこれがヒット(下)2023年予想 EV普及元年、低価格競う、タタ自は135万円、予約殺到 先行中国は東南アで攻勢
 観光業の復活など新型コロナウイルス後を見据えた動きが出てきた2022年。日本経済新聞社が予測する23年のアジアにおける消費の主役は、電気自動車(EV)だ。インドのタタ自動車が低価格を武器に販売を伸ばし、比亜迪(BYD)など中国勢も東南アジアで攻勢をかける。アジア全域でEVが普及し始め、シェア争いが激しくなる。アジアで強力な低価格EVが現れた。タタ自が23年1月以降に納車を予定する「ティアゴ」だ。最初の1万台限定で84万9000ルピー(約135万円)からと、100万ルピー台の同社の既存EVに比べて大幅に安くした。価格の衝撃は大きく、同社によると、10月の予約開始の初日だけで1万台を超える注文が殺到した。「インドで最も待ち望まれ、最も価格が手ごろなEVだ」。地元メディアはそう評する。タタ自が限定価格の対象台数を増やしたところ、11月下旬までに累計2万台を超え、21年のインドのEV乗用車販売台数をも上回った。かつて20万円台という超低価格のガソリン車「ナノ」を投入したが、品質面で敬遠され販売が伸び悩んだ。低価格のEVに再挑戦する背景には、急速に拡大するEV市場で次こそ失敗は許されないとの危機感もある。インドネシアでは中国勢と韓国勢が低価格で競っている。上海汽車集団のグループ会社で格安EVを手掛ける上汽通用五菱汽車が、8月に世界市場向け小型車「エアev」を発売した。価格は約200万円からと、現代自動車の主力モデル「アイオニック5」の3割程度に抑えた。日本勢が主軸とするガソリン車のミニバンよりも安い。エアevの販売シェアが7割以上と市場をけん引する。11月にバリ島で開かれた20カ国・地域首脳会議(G20サミット)では、公用車として300台が使われ、存在感を一段と高めた。中国自動車大手の奇瑞汽車も攻勢を強める。7月にはインドネシアで約約1300億円を投資し、生産能力20万台規模の工場を現地に建設する方針を明らかにした。現地メディアによると、23年後半にもEVを発売する予定という。ベトナムのビングループも大胆なEV転換を掲げた。「年内にガソリン車の生産を中止する」。傘下で自動車の製造・販売を手掛けるビンファストは、EV専業メーカーになると宣言した。11月末からは米国に輸出を始めた。価格は米テスラの約半分に設定した。ベトナム国内でも高価な電池をリース方式にしてEVの価格を抑え、政府も様々な優遇策で支援して拡大を進める。
●テスラも対抗
 EVを強化する現地企業に対し、テスラも対抗に乗り出した。タイ市場への正式参入を決めた。東南アジアではシンガポールに次いで2カ国目だ。23年1~3月期中に納車を開始し、サービスセンターや充電設備も開設する。主力の「モデル3」の価格はこれまで並行輸入で約1100万円かかったが、約700万円からと大幅に下がる。EVは中国が先行してきた。BYDは主力の「王朝シリーズ」と「海洋シリーズ」を軸に約200万~400万円の中価格帯の需要を開拓しており、22年通年の新車販売台数は200万台に迫る勢いだ。その中国勢も需要が見込める東南アジアに目を向け始めた。22年からEVの海外展開を本格的に始め、すでにシンガポールで高い人気だ。
●対応急ぐ日本勢
 韓国では現代自のアイオニックシリーズが国内や欧州などで好調で、インドネシアでも若年層を狙った販売促進に力を入れる。台風の目となりそうなのが、台湾の自動車大手、裕隆汽車製造(ユーロン)だ。同社が開発・生産を手掛ける初の個人向けEV「LUXGEN(ラクスジェン)n7」の納車を23年後半から始める予定だ。ユーロンとEV合弁を組む電機大手の鴻海(ホンハイ)精密工業は、米国でも別のEVを生産するほか、タイでは国営のタイ石油公社(PTT)と合弁で工場を立ち上げる。英調査会社LMCオートモーティブは「タイとインドネシアを中心に東南アジア各国で、EVは予想より早く普及する」と予測。その上で、「長らく日本の自動車ブランドが支配的だった市場において、新規参入余地が大きくなっている」と指摘する。負けられない日本勢も、トヨタ自動車がタイでEV「bZ4X」を投入。高級車ブランド「レクサス」以外では初のEV投入となる。タイ政府が導入したEV振興策を活用して普及の拡大を急ぐ。これまでEVは日本など一部で普及してきたが、23年はアジア全域で拡大する。各社の戦いは、自動車業界の行方に大きな影響を与える。

*3-5-2:https://digital.asahi.com/articles/ASQDL72C2QDLUTIL00X.html (朝日新聞 2022年12月18日) 東海道新幹線、停電区間で架線切断 13年前も同様事故
 18日午後1時ごろ、東海道新幹線の豊橋―名古屋間で停電が起き、東京―新大阪間の上下線で最大約4時間、運転を見合わせた。愛知県安城市の下り線で架線が切れたことが関係しているとみられる。JR東海は、同日午後11時時点で74本が運休、114本が最大4時間28分遅れるなどして約11万人に影響したとしている。JR東海によると、停電は豊橋―名古屋間の上下線で午後1時ごろに発生。上り線は同18分に送電して同22分に運転を再開したが、下り線は安城市内で列車に電力を供給するトロリ線をつり下げるための「吊架(ちょうか)線」が切れているのが見つかり、復旧作業のため、同41分に再び上下線で運転を見合わせた。運転見合わせは当初、豊橋―名古屋間だけだったが、最終的に東京―新大阪間の全線に拡大した。復旧作業は午後3時半から始まり、約1時間半後に終了。午後5時に順次運転を再開した。切断の理由や、切断と停電の因果関係は不明で、原因を調査中という。東海道新幹線では2010年1月にも、横浜市神奈川区で架線が切れ、約3時間20分にわたって停電する事故があった。JR東海の事故後の発表によると、停電直前に現場を通過した車両の集電装置「パンタグラフ」の部品が外れ、吊架線とトロリ線の間にある「補助吊架線」を切断。2日前にパンタグラフの部品を交換した際、4個のボルトをすべて付け忘れたのが原因だった。

*3-5-3:https://www.tokyo-np.co.jp/article/209491 (東京新聞 2022年10月21日) ものづくり「国内回帰」の時代は来るのか? 円安は追い風だが、識者は不安要素を指摘
 急速な円安の進行で海外から国内への輸送コストなどが膨らむ中で、期待されるのは製造業の生産拠点の国内回帰だ。海外から国内に生産を戻す動きは一部で出始め、政府も後押しする方針で、岸田文雄首相は「円安メリットを生かした経済構造の強靱きょうじん化を進める」と強調する。だが、日本の経済成長は見込みづらく、円安という追い風があっても移転に踏み切る企業は現時点では限られそうだ。
◆海外からの輸送費や人件費が割高に
 生活用品大手のアイリスオーヤマは9月、国内販売向けの一部の生産設備を中国から日本に移した。判断の背景にあるのは円安に伴う輸送費の上昇だ。プラスチック製の衣装ケースをつくるための金型を、埼玉県深谷市の工場など国内3カ所に運び込んだ。輸送費のかかる一部製品の生産販売を国内での「地産地消」に切り替えることで、約2割のコスト削減を見込む。 カーナビを製造販売するJVCケンウッドも1月から、国内販売向けの生産をインドネシアから長野県の工場に移している。同社の担当者は、海外工場からの輸送費や現地での人件費上昇を理由に「国内での生産・販売の方がメリットが大きくなった」と説明する。
◆日本市場の成長力や購買力が不安
 ただ、エコノミストの間では、海外工場の国内への移転は時間や巨額の費用がかかるため、国内回帰は「限定的」との見方が多い。帝国データバンクの調査では、原材料の仕入れ確保や価格高騰に直面する企業のうち、生産拠点を国内に戻すと答えたのは1割未満にとどまる。第一生命経済研究所の熊野英生氏は「成長力のない日本市場は魅力がないため」と指摘。「賃上げで日本国内の購買力が上がらない限り、高成長が見込める国で生産・販売する方がもうかるとみる企業が多い」と話した。

<食糧安全保障>
*4-1-1:https://digital.asahi.com/articles/ASQ966SM6Q89ULUC001.html (朝日新聞 2022年9月7日) ウクライナ危機や円安、飼料高騰で苦境の酪農家 廃業が増える恐れも
 飼料や燃料費などの高騰が酪農家を直撃している。行政による支援や乳価の値上げで経営を支える動きが強まっているが、急激な値上がりに対応しきれていない。廃業する酪農家が増える恐れも指摘されている。岩手県滝沢市の武村東(あずま)さん(64)は、3代にわたって牧場を経営してきた。祖父が旧満州から引き揚げて入植し、土地を切りひらいた。しかし、現在は厳しい経営状況に直面している。生産資材の価格高騰が背景にある。特に厳しいのが、トウモロコシを主原料とする配合飼料の値上がりだ。ウクライナ危機や円安などの影響を受けている。農林水産省の飼料月報によると、乳牛用配合飼料の価格(工場渡し価格)は、昨年6月は1トンあたり7万4038円だったが、今年6月には1万円以上(約14%)値上がりし、8万4393円になった。さらに7月からは1トンあたり1万円超の上げ幅となった。武村さんの牧場では配合飼料の費用が経営コストの5割弱を占めるため、打撃が大きい。経営を圧迫する要素はこれだけではない。牛のエサは、配合飼料のほかに、牧草やデントコーン(青刈りのトウモロコシ)などの粗飼料(そしりょう)を混ぜたものだ。武村さんは、円高・円安の影響を受けにくい自給飼料づくりを目指し、粗飼料を47ヘクタールの畑で自前で収穫している。だが、その畑で使う肥料も、原料の大半が輸入品であるため値上がりした。さらに、トラクターなどを動かすための軽油も価格が上がっている。「酪農は輸入産業なんです。円安の影響が厳しい」。酪農家への支援として、国の配合飼料価格安定制度がある。輸入される飼料品目の上昇に応じて値上がり分を補塡(ほてん)する。4~6月は飼料1トンあたり9800円が補塡された。だが、農家にとって十分とは言えず、岩手県は国の制度でまかないきれない分について、配合飼料1トンあたり1千円以内で助成する方向で準備し、市町村でも支援の動きが広がる。さらに、乳業メーカーが酪農家から買い取る際の飲用乳価が、11月から1キロあたり10円引き上げられる。値上げは19年4月以来、3年半ぶり。配合飼料などの高騰に対応したもので、酪農家から生乳販売を受託している指定団体・東北生乳販連は「危機的な状態で、このままでは離農が進むため値上げをお願いした」とする。ただ、乳価の値上げは、難しい問題もはらむ。コロナの影響で消費が落ち込んだ牛乳は供給過剰が続く。保存用に加工された脱脂粉乳の在庫も、全国で10万トンを超えて過去最高水準となっている(5月末時点)。こうした中で小売価格も上がれば、消費低迷を加速させる懸念がある。仕入れ価格が上がる乳業メーカーにとっては、スーパー側との交渉で小売価格に転嫁できなければ、経営状況の厳しさが増す。農業生産資材の急激な価格高騰が、業界全体に大きく影響を与えている。

*4-1-2:https://www.jacom.or.jp/noukyo/news/2022/09/220921-61692.php (JAcom 2022年9月21日) 配合飼料供給価格 据え置き 10~12月期 JA全農
 JA全農は9月21日、10~12月期の配合飼料供給価格は7~9月期価格を据え置くと発表した。配合飼料価格は7~9月に1t当たり1万1400円と過去最高の引き上げ額となり1t当たり10万円程度と高騰した。全農によるとトウモロコシのシカゴ相場はロシアのウクライナ侵攻などの影響で高騰し、6月には1ブッシェル(25.4㎏)7.6ドル前後で推移していたが、米国産地で生育に適した天候になったことから7月には同6ドル前後まで下落した。その後、米国産地の高温乾燥などによる作柄悪化懸念から堅調に推移し、現在は同6.8ドル前後となっている。今後は世界的な需給の引き締まりが継続していることに加え、米国産新穀の生産量の減少懸念などから相場は堅調に推移すると見込まれている。また、大麦価格は昨年度からのカナダの干ばつに加え、主要産地のウクライナからの輸出量が減少し世界的に需給がひっ迫していることから、今後は値上がりが見込まれるという。大豆粕のシカゴ相場は、6月には1t470ドル前後だったが、米国産地の高温乾燥による作柄悪化の懸念から8月には同500ドル前後まで上昇した。その後、降雨による作柄改善の期待から下落し、現在は同470ドル前後となっている。国内大豆粕価格は、シカゴ相場の上昇と円安で値上がりが見込まれるという。海上運賃(米国ガルフ・日本間のパナマックス型運賃)は、5月には1トン85ドル前後で推移していたが、原油相場の下落や中国向け鉄鉱石、石炭の輸送需要の減少などで現在は同60ドル前後となっている。外国為替は米国は利上げを実施している一方、日本は金融緩和政策を継続していることから円安は進み、現在は1ドル143円前後となっている。今後は日米金利差の拡大は続くものの、利上げによる米国経済の景気悪化も懸念されるから「一進一退の相場展開が見込まれる」とする。JA全農によると麦類や大豆粕の値上げや円安の進行など値上げ要因はあるものの、トウモロコシ相場や海上運賃など「値下げ要因もあり、原料費の上昇は小幅のため価格を据え置きとした」と話す。全農によると価格が据え置きとなったのは2015年10-12月期以来、7年ぶり。畜産農家にとっては飼料価格が高止まりすることになるが、農林水産省は「配合飼料価格高騰緊急特別対策」を決め、実質的な飼料コストを第2四半期と同水準とするための補てん金を交付する。生産コスト低減や国産粗飼料の利用拡大に取り組む生産者が対象で1トン当たり6750円を補てんする。

*4-1-3:https://news.yahoo.co.jp/articles/d7e922c94d1e0aed4e1627bb7e1288001a8315c0 (Yahoo、日本農業新聞 2022/12/5) 飼料高騰で酪農家の離農加速 半年で400戸減、指定団体に調査
 資材高騰を受け、酪農家の離農が加速していることが分かった。日本農業新聞が全国10の指定生乳生産者団体(指定団体)に生乳の出荷戸数を聞き取った結果、10月末は約1万1400戸と半年前の4月末に比べ、約400戸(3・4%)減。2021年の同期間の約280戸(2・3%)減に比べてペースが加速している。各指定団体は、飼料高による経営悪化を理由に挙げる。11月下旬に、酪農家から生乳を受け入れ販売する全国10指定団体に取材した。出荷戸数減にはごく一部に系統外への離脱も含まれるが、ほとんどが離農とみられる。農水省の農業物価指数によると、飼料は7月以降急激に高騰。飼料価格は2020年を100とした指数で、昨年後半から120台と上昇していたが、今年7月からは140を超える水準が続く。配合飼料だけでなく、「粗飼料高騰の影響が一番大きい」(近畿生乳販連)とみる地域もある。北海道では、副産物となる初生牛などの市場価格急落も要因となったとみられる。
●若手・中堅でも
 今年10月末までの半年間の出荷戸数減少率は、四国を除く全地域で前年同時期を上回った。減少率が4%を超えたのは東北、関東、東海、近畿。昨年の同期間の減少率は、全地域とも1~2%台だった。関東生乳販連は「減少ペースが去年の4割増し」、九州生乳販連は「この1年は去年の倍のペースで離農者が出ている」という。若手・中堅での離農も出始め「後継者不在の高齢農家だけでなく、中堅農家が経営中止している」(東北生乳販連)、「中堅農家がこれだけ離農・離農検討をする状況は過去になかったのではないか」(近畿生乳販連)とする地域もある。離農の加速により、生産基盤が損なわれる懸念も強まる。生乳の需給緩和を受け各地域で生産抑制に取り組んでいるが、一部では「生産調整の割り当て以上に乳量が減ってしまっている」(九州生乳販連)とする。北陸酪連も「数年後の不足感に懸念がある」としている。

*4-2:https://smartagri-jp.com/agriculture/5144 (SMART AGRI 2022.9.5) 肥料高騰はいつまで続く? 国や自治体による肥料高騰対策支援事業まとめ
 JA全農は2022年6月から10月の秋肥について、前期と比べて最大94%価格を引き上げることを発表しました。これまでに経験したことがないとも言われる肥料の高騰はなぜ起こってしまったのでしょうか。この記事では、肥料の価格が上昇している原因をお伝えしつつ、支援対策として国や自治体で行われている補助事業を紹介します。
●肥料価格が高騰している理由
 日本では、化学肥料の原料である尿素、りん酸アンモニウム、塩化カリウムのほとんどを海外輸入に頼っているため、国際情勢の影響を受けやすい状況にあります。2008年にも肥料の需要増加などを理由に肥料価格の高騰が起こり、一度は落ち着いたものの、2021年頃から再び肥料の原料価格が値上がりし始めました。そのような中で、ロシアによるウクライナへの侵攻が始まり、さらに深刻化しているのが現状です。ただし、今回の高騰の理由については、アンモニアや塩化カリウムの生産国上位であるロシアへの経済制裁による供給の停滞や中国の輸出規制、肥料の運搬に利用される船舶燃料の高騰、円安などが、複合的に関係していると見られています。
●肥料価格高騰に対する支援事業とは?
 肥料価格高騰対策事業は農林水産省、都道府県、市町村などが各自実施していて、対象期間に購入した肥料の購入費の一部を助成するものです。「化学肥料の低減に向けて取り組む農業者」や「その自治体に住所を有している農業者」などが対象になります。農産物を生産するためには、生産者の人件費だけでなく、種子や肥料などの資材が必要です。これらの価格が上がった分、農産物の価格に転化できればいいのですが、農産物は人間が生活する上で必要なカロリーや栄養素を賄うために必要な共有資源でもあり、JAなどを中心として一定量を常に平均的な価格で供給できる体制が作られてきました。そのため、肥料高騰の分の損失金額を簡単に解消できるようなものではありません。今回のような国や自治体としての助成を行うことは、生産者を守るだけでなく、国内の食料事情を解決するためにも必要不可欠になっています。だからこそ、必要な助成をしっかり受けることも大切です。申請方法は基本的に事後申請式になっているので、肥料を購入したことがわかる領収書や前年分の確定申告書の控えなどの書類を用意しておきましょう。自治体によっては対象作物を限定していたり、補助対象の期間や申請方法などが異なることもあり、すべての生産者が助成を受けられるとは限りません。詳細は住んでいる自治体のホームページで確認してください。
●2022年度に実施中の肥料価格高騰対策事業
 ここでは、農林水産省が行っている支援事業をはじめ、都道府県や市町村が行う事業のひとつをピックアップして、詳しい支援内容や申請方法を紹介します。
□農林水産省「肥料価格高騰対策事業」
○支援対象
2022年6月から2023年5月に購入した肥料(本年秋肥・来年春肥として使用するもの)
○支援内容
15事項ある化学肥料低減に向けた取り組みメニューを2つ以上行った上で、前年度から増加した肥料費の7割を支援金として交付
○助成額の算出方法
助成額=(当年の肥料費-(当年の肥料費÷価格上昇率÷使用量低減率(0.9))×0.7
価格上昇率は、農水省が発表している「農業物価統計」を基に算出。本年度秋肥については6月から9月までの価格上昇率が考慮されます。
○申請書類
・肥料の購入価格がわかる注文票のほか、領収書または請求書
・化学肥料低減計画書のチェックシートに、実施または実施予定の取り組みを申告(2つ以上にチェックが付けばOK)
○申請方法
5戸以上の農業者グループで農協や肥料販売店などにまとめて申請(申請に関する不明点は都道府県や市町村、農協などに問い合わせ)
○問い合わせ先
北海道農政事務所 生産経営産業部 生産支援課
https://www.maff.go.jp/hokkaido/annai/toiawase/index.html
東北農政局 生産部 生産技術環境課
https://www.maff.go.jp/tohoku/sinsei/toiawase.html
関東農政局 生産部 生産技術環境課
https://www.maff.go.jp/kanto/seisan/nousan/kankyou/index.html
北陸農政局 生産部 生産技術環境課
https://www.maff.go.jp/hokuriku/guide/soudan/index.html
東海農政局 生産部 生産技術環境課
https://www.maff.go.jp/tokai/seisan/kankyo/hozen/190624.html
近畿農政局 生産部 生産技術環境課
https://www.maff.go.jp/kinki/org/outline/index.html
中国四国農政局 生産部 生産技術環境課
https://www.maff.go.jp/chushi/kikouzu/gaiyou.html
九州農政局 生産部 生産技術環境課
https://www.maff.go.jp/kyusyu/soumu/soumu/soudanmado/soudanmado.html
沖縄総合事務所 農林水産部 生産振興課
http://www.ogb.go.jp/nousui (以下略)

*4-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221209&ng=DGKKZO66679320Y2A201C2EP0000 (日経新聞 2022.12.9) 尾を引く資源高・円安 経常赤字、10月641億円、旅行収支は回復兆し
 貿易や投資などの海外との取引状況を表す経常収支の低迷が続いている。財務省が8日発表した10月の国際収支統計(速報)によると641億円の赤字で、長期の傾向がわかりやすい季節調整値では6093億円の赤字となった。原数値で単月の赤字は1月以来、9カ月ぶりだが、季節調整値では2014年3月以来、8年7カ月ぶりとなる。資源高と円安の影響が尾を引いている。経常収支は輸出から輸入を差し引いた貿易収支や、外国との投資のやり取りを示す第1次所得収支、旅行収支を含むサービス収支などで構成する。特定の月に集中する配当の支払いなどの変動をならした季節調整値は6093億円の赤字だった。10月は日本から海外への配当支払い額が原数値より季節調整値の方が大きく、赤字額も大きくなったとみられる。経常収支の季節調整値は従来は1兆円を超える黒字の月が多かったが7月以降は下回っている。10月は6707億円の黒字だった9月からマイナス方向に1兆2800億円変化した。貿易収支の赤字は比較可能な1996年以降で最も大きい2兆2202億円の赤字(原数値では1兆8754億円の赤字)だった。輸入額が前月比5.4%増の11兆991億円となった。原油や液化天然ガス(LNG)、石炭といったエネルギー関係の輸入額が多かった。原油の輸入価格は円建てで1キロリットルあたり9万6684円と前年同月比79.4%上がった。ドル建ては1バレルあたり105ドル96セントと37.8%の上昇だった。一時1ドル=150円台となった記録的な円安・ドル高が輸入物価の上昇に拍車をかけた。輸出額は前月比3.0%増の8兆8790億円。輸出入ともに過去最高だったが、輸入の増加ペースのほうが上回った。第1次所得収支の黒字が2兆3968億円と前月比25.3%減ったことも響いた。商社や小売りなどで海外から受け取る配当が9月に増えた反動が出た。プラスの変化が出始めたのは旅行収支だ。訪日外国人の消費額から日本人が海外で使った金額を差し引いたもので、10月は前月の3.6倍の381億円となった。水際対策の緩和で訪日外国人が49万8600人と前月の2.4倍に増えたことが影響した。新型コロナウイルスの感染拡大直前の20年1月は黒字が2735億円に達しており、まだその1割台の水準にとどまる。経常収支の押し上げ効果は限定的だが、拡大の兆しはみられる。SMBC日興証券の宮前耕也氏は今後の見通しについて「原油高と円安の一服や訪日客の増加により経常収支の赤字は拡大しないだろう」とする一方、「海外経済の減速で輸出が伸び悩めば黒字と赤字を行ったり来たりする可能性はある」と予想する。

*4-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221220&ng=DGKKZO66981260Q2A221C2MM0000 (日経新聞 2022.12.20) 経済安保、「重要物資」11分野を閣議決定 半導体や蓄電池
 政府は20日、経済安全保障推進法の「特定重要物資」に関し半導体や蓄電池など11分野の指定を閣議決定した。対象分野で国内の生産体制を強化し備蓄も拡充する。そのための企業の取り組みには国が財政支援する。有事に海外から供給が途絶えても安定して物資を確保できる体制を整える。半導体や蓄電池のほか、永久磁石、重要鉱物、工作機械・産業用ロボット、航空機部品、クラウドプログラム、天然ガス、船舶の部品、抗菌性物質製剤(抗菌薬)、肥料の各分野を対象とした。いずれも供給が切れると経済活動や日常生活に支障を来す。重要鉱物では特定の国に依存しすぎないよう企業による海外での権益取得なども後押しする。台湾有事をはじめとする中国リスクが念頭にある。11分野のうちレアアースなど中国を供給元とする物資は多い。企業にも中国依存から脱却できる生産体制やサプライチェーン(供給網)づくりを促し調達先の多角化につなげる。各物資の安定供給のための目標や体制づくりなどの具体的な施策は、それぞれの所管省庁が公表する「安定供給確保取組方針」で定める。早いものでは年内から順次公表し、そのなかで企業への支援内容も示す。企業は同方針を踏まえ設備投資や備蓄、代替物資の研究開発など安定的に供給するための計画を申請する。承認されれば補助金や低利融資などを受けられる。政府は22年度第2次補正予算で経済安保推進法に基づく支援に充てる費用として合計1兆358億円を計上した。特定重要物資の指定は5月に成立した経済安保推進法の4本柱のうちの1つだ。サプライチェーンを巡り、米中対立やロシアによるウクライナ侵攻、新型コロナウイルスの感染拡大などで寸断のリスクが浮き彫りになっている。

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*5-1-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15505526.html (朝日新聞社説 2022年12月19日) 社会保障財源 防衛費の次でいいのか
 想定を上回る少子化への危機感があるのか。どんな判断で政策の優先順位を決めているのか。岸田首相に問いたい。先週末、首相がトップの全世代型社会保障構築本部と有識者会議が、めざす改革の方向性や今後取り組むべき課題をまとめた報告書を公表した。最も緊急を要する取り組みに挙げたのは「子育て・若者世代への支援」だ。だが、必要になる費用やそのまかない方の具体論は、言及がなかった。介護分野の給付と負担の見直しも、来年の「骨太の方針」に向けて検討するとして、先送りした。同じ日、政府は今後5年間の防衛予算を現行の1・5倍に増やすことを決めた。防衛費が最優先、負担増につながる社会保障の議論は後回し。そんな政府・与党の姿勢が議論に影響したことは、想像に難くない。だが、国民や企業の財布にも限りがある。防衛予算の負担増が先行すれば、さらに子育て支援での負担を求めることが難しくなるのは明らかだ。それで、首相が掲げる「子ども予算倍増」はいつ実現できるのか。国内で生まれる子どもの数が今年にも80万人を割り込むと言われているなかで、あまりに悠長ではないか。少子高齢化が加速するなか、子育て以外の分野でも制度を維持できるのかという不安は根強い。国民の暮らしの安心は、安全保障に勝るとも劣らない喫緊の課題であり、目を背け続けることは許されない。有識者会議の報告には、雇用保険の対象外になっている非正規雇用の働き手への支援や、自営業・フリーランスの人向けの育児期間中の給付金創設など、既存の枠を超えた提案もある。巨額の予算を要する児童手当の拡充も「恒久的な財源とあわせて検討」とされた。こうした提起は、省庁の縦割りを超えた検討が生み出した貴重な成果だ。報告書を土台にさらに議論を深め、具体化を急がなければならない。かつての「社会保障と税の一体改革」では、給付と負担を一体で議論し、全体像を示しながら合意形成を図った。今回もそうした工夫が必要だ。既存の制度も、持続性・安定性が揺らぐ。報告書は負担能力に応じた支え合いを強調したが、それだけで解決できない。介護保険では、要介護度の軽い人向けの給付見直しや、利用者負担の引き上げなどの案があるが、反対も根強い。それらが無理なら、保険料や税による負担増が検討対象になる。結局、財源の議論抜きに改革の前進はない。先送りを続ければ国民生活の土台が崩れていくことを、首相は自覚すべきだ。

*5-1-2:https://news.yahoo.co.jp/articles/484e6366eb63414d656397f74694c8f8a0e5f4f3 (読売新聞 2022/12/7) 政府、出産育児一時金50万円程度に増額の方向で調整…来年度から少子化対策強化狙い
 政府は、出産時の保険給付として子ども1人につき原則42万円が支払われる出産育児一時金について、2023年度から50万円程度に引き上げる方向で検討に入った。子育て世帯の負担を軽減し、少子化対策を強化する狙いがある。近く岸田首相が最終判断し、引き上げ額を表明する。加藤厚生労働相は6日、首相に増額案を提示し、政府内で最終調整が行われている。厚労省によると、21年度の平均出産費用(帝王切開などを除く正常分娩(ぶんべん))は約47万円で、一時金の額を上回った。出産時に脳性まひとなった子どもに補償金を支給する産科医療補償制度の掛け金1万2000円を含めると、約49万円となる。厚労省は、少なくともこの水準まで一時金を引き上げる必要があると判断した。岸田首相はかねて「少子化は危機的な状況にある」として、一時金の「大幅な増額」を表明していた。23年度の増額分は、これまで一時金を支払ってきた健康保険組合などの保険者が負担する。24年度以降は、75歳以上が加入する後期高齢者医療制度からも財源の7%程度を拠出してもらう方向だ。

*5-1-3:https://www.tokyo-np.co.jp/article/223507 (東京新聞 2023年1月4日) 東京都、18歳以下に月5000円給付へ 所得制限設けず 第2子の保育料無償化も検討
 東京都の小池百合子知事は4日、都庁での新年のあいさつで、少子化対策として新年度から、都内に住む0〜18歳の子ども1人に月5000円を給付する方針を明らかにした。養育する人の所得制限は設けず、関連経費約1200億円を2023年度当初予算案に計上する見通し。(三宅千智)
◆小池知事「国の予算では少子化脱却できない」
 小池知事は、22年の全国の出生数が統計開始以来初めて80万人を下回る可能性となったことに触れ「社会の存立基盤を揺るがす衝撃的な事態だ」と指摘。少子化対策は国策として取り組むべき課題としながらも「国の来年度予算案では、ただちに少子化から脱却して反転攻勢に出るぞという勢いになっていない」と批判し、都が先駆けて着手すると強調した。
◆年間約1200億円、市区町村との調整必要
 ただ、実際に給付するには区市町村との調整が必要で、新年度初めからの実施は難しい。都幹部は「新年度のできるだけ早い時期から始めたい」としている。住民基本台帳によると、都内の0〜18歳の人口は22年1月時点で約193万7000人。全員に月5000円を給付すると、年間約1200億円が必要となる。来年度の一般会計当初予算は、過去最高だった22年度の7兆8010億円を上回る見込み。都の合計特殊出生率は21年に1.08で、全国の1.30を下回っている。国立社会保障・人口問題研究所の調査(同年)によると、夫婦が望む理想の子ども数の平均は2.25人となっており、子どもを持たない理由は「子育てや教育にお金がかかりすぎる」が最多だった。また、都は都内の世帯における「第2子」を対象にした保育料無償化の検討も始めた。都内の保育料は認可保育所や認定こども園の平均で月額3万円以上で、第3子以降は無料となっている。都は国の補助制度と合わせて第2子の保育料も無料になる仕組みを検討している。
◆子育て支援の明確なメッセージ 出生率念頭なら未婚率も考慮を
 東京都が打ち出した新たな子育て支援策は、国の児童手当が適用されない16歳以上や高所得世帯をカバーする。全国に類を見ない独自策で少子化に歯止めをかける狙いだが、一律の手当には「ばらまき」の懸念もある。国の児童手当は0〜2歳は1万5000円、3歳から小学校卒業までは1万円(第3子以降は1万5000円)、中学生は1万円。扶養親族が3人の場合、保護者のうち、高い方の所得が736万円未満なら受給対象となる。児童手当の対象外の世帯に向けた特例給付では、扶養親族3人で所得972万円未満なら5000円を受け取れる。東京都千代田区は、児童手当の対象とならない中学卒業後から18歳までの子どもや、高所得世帯の中学生以下の子どもにも月5000円を給付している。小池百合子知事は4日、報道陣に「子どもは生まれ育つ家庭に関わらず等しく教育の機会、育ちの支援を受けるべきだ」と、所得制限を設けない理由を説明した。約1200億円の財源は他の事業の見直しで捻出できるとして「(これは)未来への投資。ばらまきという批判にはまったく当たらない」と述べた。愛知大の後うしろ房雄教授(行政学)は「対象を選別する手間や経費を考えると、所得制限を設けないことは妥当で、子育て支援という明確なメッセージとして評価できる」と話す。その一方で「出生率を念頭に置くなら、子どもが生まれた後だけでなく未婚率も考える必要がある。また、若い世代の所得を引き上げる取り組みなどもないと、ただのばらまきで『東京は金があるからできる』となってしまう」と指摘した。

*5-1-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221224&ng=DGKKZO67126250U2A221C2EA4000 (日経新聞 2022.12.24) 学童保育待機1.5万人 5月時点 政府、ゼロ目標達成できず
 厚生労働省は23日、共働き家庭などの小学生を預かる放課後児童クラブ(学童保育)に希望しても入れなかった児童が2022年5月時点で1万5180人だったと発表した。前年同月から1764人増え、3年ぶりに増加に転じた。21年度末までに学童の待機をゼロにする政府目標は達成できなかった。21年は新型コロナウイルスの感染拡大期の預け控えがあった。22年は再び利用の希望が増え、入れない児童が増えたようだ。都道府県別では東京都が3465人で最多となった。学年別では4年生の待機が最も多く、4556人と全体の30%を占めた。前年からの増加幅も最も大きく、770人増えた。共働き世帯増加に伴うニーズの高まりに受け皿整備が追いついていない。学童保育に登録している児童数は139万2158人で過去最高を更新。前年から4万3883人増加した。施設数は前年比242カ所減り2万6683カ所だった。子どもの小学校入学後、夕方以降に子どもを預ける場所がないことを理由に親が就労を諦める現象を「小1の壁」と呼ぶ。親の仕事と子育ての両立を支援するため、学童保育の待機をなくすことが課題の1つになっている。厚労省は「現在実施している施設整備などの施策を着実に進め、なるべく早期の解消をめざす」としている。

*5-1-5:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221125&ng=DGKKZO66266160V21C22A1EA2000 (日経新聞 2022.11.25) 子育て予算、人口減にらみ「倍増」、全世代会議の論点整理案、育休支援へ給付新設
 政府の全世代型社会保障構築会議は24日、今後の改革に向けた論点整理案を示した。子育て支援ではフルタイム勤務に比べて支援が手薄な時短勤務者やフリーランス向けに新しい給付の創設を検討する。子育て予算を倍増させる道筋も来夏に示すと記した。具体的な財源の確保策は見えておらず、実効性ある支援につなげられるかが問われる。岸田文雄首相は24日の会議で「必要な子ども政策を体系的にとりまとめる」と強調。「来年度の骨太の方針(経済財政運営と改革の基本方針)には子ども予算の倍増を目指していくための道筋を示していく」と述べた。会議ではこれまで、少子化対策や、社会保障制度の持続性を高めるための負担と給付の見直しについて議論してきた。今回の論点整理案では主に子育て支援、医療・介護保険、勤労者皆保険についての方向性を示した。子育ての分野では具体策を打ち出した。2つの給付措置を創設する。1つ目は育児休業明けで勤務時間を短くして働く人向けの新たな現金給付だ。賃金の一定割合を雇用保険から拠出し、上乗せすることを検討する。時短勤務で賃金が減る状況を経済的に支援する。もう1つがフリーランスやギグワーカー、自営業者向けの子育て支援策だ。こうした働き方では、現在、育児休業の給付を受けられない。代わりの現金給付を通じて育児をサポートする。
●現状打開に壁も
 ただ2つの給付はそれぞれ財源や実効性に課題がある。時短給付は雇用保険からの拠出が想定されるが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて雇用調整助成金の給付が拡大し、同保険の財政事情は厳しい。積立金はほぼ枯渇し、新たな財源を捻出する余地は乏しい。実効性への懸念もある。支援を通じて経済的な負担は和らぐが、家事・育児の負担が女性に偏る現状の打開にはつながらない。男性の家事・育児参加を積極的に後押しする施策が欠かせない。フリーランスや自営業者向けの給付も新たな財源が必要になる。自ら選んでその形態で働く人もおり、必ずしも経済的に困窮していない場合もある。線引きが難しい。論点整理案では、2023年の骨太の方針で子ども予算の倍増に向けた当面の道筋を示すことが必要だと明記した。23年度に創設されるこども家庭庁の概算要求は約4.7兆円で、倍増するためには少なくとも同程度の予算が必要になり、ハードルは高い。社会保障給付に施設整備費などを加えた家族向けの社会支出は日本は欧州に比べて見劣りしている。国内総生産(GDP)比で日本は2%だが、フランスや英国、スウェーデンなどは2%台後半から3%台半ばに達し、日本より比率が高い。政府内には企業負担の積み増しや、年金・医療といった他の社会保険からの拠出を求める意見もあるが、どれも一筋縄ではいかない。医療・介護保険制度改革についても言及した。医療では幅広い世代で所得に応じた負担を強化し、膨らむ医療費を賄っていく方針だ。ただ医療の効率化や窓口負担の一層の引き上げといった議論は深まっていない。
●「介護改革は停滞
 足元では医療改革を優先する影響で、介護保険の議論は停滞気味だ。論点整理案をまとめる過程では負担増を想起させる項目が軒並み削られた。介護費は40兆円台半ばの医療費に比べて今は4分の1程度だが、伸びは大きい。早期に給付と負担の見直しに着手すべきだが改革の機運は乏しい。勤労者皆保険では厚生年金の適用拡大などが盛り込まれた。年金制度の持続性を高めるために避けて通れないマクロ経済スライドの物価下落時での発動など、負担増につながるテーマには触れなかった。社会保障給付費の財源は6割弱を保険料、4割を消費税などの公費で賄っているが、その一部は国債を充てている。消費税率の引き上げ時に使い道を拡大し、子育て支援などにも使えるようにした。ただ、主力財源の一つである消費税収は地方分を除く全額を社会保障に充てても賄いきれていない状況になっている。

*5-1-6:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15520005.html (朝日新聞 2023年1月6日) 「異次元」少子化対策、財源が焦点 省庁横断の会議設置へ
 岸田文雄首相が4日の年頭会見で打ち出した「異次元の少子化対策」を進めるため、政府は省庁横断の会議を設置する。6日、首相が小倉将信こども政策担当相に検討を指示し、児童手当の拡充を中心に必要な対策を6月までにまとめる。財源確保には負担増の議論が避けられず、首相周辺は「今年前半の最大の課題となる」と話す。首相は4日の会見で、「児童手当を中心に経済的支援を強化する」と表明。6月にとりまとめる骨太の方針に盛り込む考えを示した。官邸幹部らによると、会議は小倉氏をトップに、厚生労働相、文部科学相、財務相らの閣僚や有識者の参加を想定。企業の協力を得るため、経済産業省を加えることも検討する。児童手当は現在、0歳~中学生が対象で、月5千~1万5千円が支給されているが、所得制限もある。自民党などは対象年齢の拡大や、第2子以降の増額などを求めている。新設する会議ではほかに、幼児教育や保育サービスの量と質の強化、子育てサービスの拡充、育児休業制度の強化なども検討する予定だ。経済協力開発機構(OECD)の調査では、2017年の国内総生産に対する子ども・子育て支援に関わる日本の公的支出の割合は1・79%で、OECD平均の2・34%を下回る。最高のフランスの3・60%の半分だ。議論の最大の焦点は、「異次元」と称する対策の裏付けとなる財源の確保だ。児童手当の拡充だけでも数兆円の財源が必要とみられる。政府内では企業から集める「事業主拠出金」を増やす案や、医療や介護の公的保険から「協力金」を得る案が浮上している。増税を期待する声もある。どれも企業や個人の負担増を伴う。官邸幹部は「検討すべきテーマが多く、防衛費の財源の議論より困難だ」と漏らす。 

*5-2-1:https://www.nikkei.com/paper/related-article/?b=20221125&c=DM1&d=0&nbm=DGKKZO66266160V21C22A1E ・・ (日経新聞 2022.11.25) 負担と効率化、議論急げ 財源論後回し、裏付け欠く
 社会保障が充実されると聞いて反対する人は少ない。だが、そのために保険料や税による国民負担がどのくらい必要なのかが分かると、給付拡充への反対論や慎重論も出てきて、議論が現実的かつ深くなる。今の全世代型社会保障構築会議の議論は前者の段階だ。日本社会の課題に鑑みて必要な社会保障のあり方をまず考える。その後で財源について議論する。こんなアプローチを採り、財源論が後回しになっている。全世代型会議が掲げた改革案は早期に実現すべきテーマが多い。自営業者にも現金給付のある育児休業があったほうがいいし、フリーランスで働く人も報酬比例部分のある公的年金に加入できるようにすべきだ。だが、財源・負担の姿がみえないうちは「総論賛成」の域を出ない。給付の裏付けとなる負担をどうするのか。今後は各論の議論と調整に力を注ぐべきだろう。経済対策に盛り込まれた、妊娠した女性に10万円相当を配る出産準備金は、恒久化が必要な給付充実策なのにそれに見合う財源がない。「給付先行」が議論だけでなく現実になってしまう政権だとすればなおさら負担の検討を急ぐ必要がある。その際、保険料や企業の拠出だけで財源を賄う前提では制度設計に限界がある。消費増税など税財源の議論も避けるべきではない。財源論と同時に重要なのは、高齢者の増加で給付が膨張する医療・介護を効率化する改革だ。診療データの共有などデジタルトランスフォーメーション(DX)によってサービスを効率化し、ムダを排除できれば現役世代の負担軽減に直結し、子育て支援に必要な追加財源も小さくできる。かかりつけ医の制度整備は患者の医療アクセスを確保するだけでなく、医療を効率化する点でも極めて重要な改革だ。診療報酬体系の見直しと一体的に導入すれば、重複診療や重複検査、薬の多剤投与を減らしうる。大改革なので今回の論点整理が示すように、医師と患者の手あげ方式によって「小さく産む」手法を採るのはやむを得ないが、高齢者数がピークになる2040年に向けて、しっかり育てる道筋は立てておくべきだ。

*5-2-2:https://diamond.jp/articles/-/314390 (Diamond 2022.12.14) 「介護事業者の倒産」が過去最多、過酷な業界実態を東京商工リサーチが解説
65歳以上の高齢者が人口の約3割を占め、少子高齢化が進む日本。有望なビジネス市場と目された介護業界でいま、倒産が急増している。すでに1~11月の倒産は135件に達し、過去最多を記録した2020年の118件を上回っている。倒産の急増は、人手不足とコロナ関連の資金繰り支援効果が薄れてきたことに加え、物価上昇をサービス料金に転嫁しにくい業界特有の構造もある。高齢化社会を前に介護業界で倒産が急増している状況を東京商工リサーチが解説する。(東京商工リサーチ情報部 後藤賢治)
●コロナ禍・物価高・人手不足の三重苦で倒産件数が過去最高に
 公的要素が強かった介護事業者の倒産は、2000年代初期は年間数件にとどまっていた。だが、将来有望と見込まれた市場に介護事業者が相次いで進出し、一気に過当競争が巻き起こり、倒産は増勢基調をたどった。2002年以降の介護事業者の倒産件数および負債総額は、グラフの通りだ。2009年度の介護報酬の大幅なプラス改定で、いったん減少に転じたが、コスト上昇の中で2015年以降は介護報酬の改定は低水準だったため、再び増勢に転じた。この頃からヘルパーなど介護補助者の人手不足が深刻になり、人件費の上昇が収益を圧迫するようになった。さらにヘルパーなどの高齢化も重なり、2016年以降の倒産は100件超で高止まりした。2020年は新型コロナ感染拡大が介護業界を直撃した。緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などで外出自粛を要請され、高齢者や家族もまた感染を恐れて介護事業者の利用を控えるようになった。こうした感染防止策への出費と収入ダウンがダブルパンチとなって経営を圧迫。実際、施設内のクラスターやヘルパーのコロナ感染で通常運営が難しくなったケースもあり、倒産は過去最多の118件に達した。2021年は政府や自治体のコロナ関連支援や介護報酬のプラス改定が下支えし、倒産は前年比31.3%減の81件と大幅に減少。2015年以来、6年ぶりに100件を下回った。ところが、2022年は長引くコロナ禍で資金繰り支援効果も薄れたところに、円安や物価高で光熱費や燃料費、介護用品が急激に値上がりした。さらに、コロナ禍で隠れていた人手不足が経済活動の再開で顕在化し、介護業界は物価と人件費上昇、そして人手不足が同時に表面化した。一般的な介護サービスは、介護保険で金額が決められている。そのため他業界のように仕入価格の上昇分を販売価格に転嫁することは難しい。こうした幾重もの経営リスクの荒波にもまれ、2022年の倒産は1~11月までに135件発生し、倒産の最多記録を塗り替えた。
●コロナ禍前の利用者が戻らず、売り上げ不振の事業者が急増
 2022年に倒産した135件の介護事業者を分析した。詳細は下記の表の通りだ。業種別では、最多はデイサービスなど「通所・短期入所介護事業」が65件(前年同期比282.3%増)と急増した。デイサービスグループ32社の連鎖倒産や運営コストのアップに加え、大手事業者の進出も影響した。「訪問介護事業」も46件(同9.5%増)と増加した。ヘルパー不足や、感染防止の意識が高い高齢者の利用控えなどが響いた。有料老人ホームも12件(同200.0%増)と3倍に増えた。先行投資が過大で、コロナ禍で想定外の環境変化に見舞われて業績が悪化した介護事業者の淘汰が目立つ。形態別では、破産が125件(構成比92.5%)と9割強を占め、特別清算を合わせた消滅型は97.7%に達する。事業継続を目指す民事再生法はわずか3件(同2.2%)にすぎず、介護事業者の倒産はスポンサーが出現しない限り、事業継続が難しいことを示している。原因別では、販売不振(売り上げ不振)が73件(前年比48.9%増)と、大幅に増えた。コロナ前の水準に利用者が戻らず、感染防止対策で利用者数を抑えたことも売り上げ低迷につながった。次いで、連鎖倒産の発生で「他社倒産の余波」が38件(前年同月2件)と急増した。ただ、赤字累積が含まれる「既往のシワ寄せ」は7件(同±0件)と増えていない。これは支援策効果が今も一部では残っているとみられるが、業績回復の遅れた介護事業者では資金繰り難から倒産や廃業が増える可能性を残している。
●今年11月までに発生した大規模な連鎖倒産
 11月末までにグループ全体で38社(うち、6社は負債1000万円未満)が破産した(株)ステップぱーとなー(台東区)の連鎖倒産は、売り上げ至上主義が介護業界になじまないことを印象付けた。同社は、機能訓練特化型デイサービスの「ステップぱーとなー」を主体に、FC事業などを手掛けていた。代表者は介護保険が適用され、初期投資も少額で済むデイサービスに目を付け、積極的に介護事業者を買収した。グループが運営するデイサービスは、北海道から島根県まで全国約150カ所まで拡大していた。グループは独立行政法人福祉医療機構(WAM)から融資を受けていた。WAMは厚生労働省が主管する福祉・医療支援の専門機関で、営利法人でも老人デイサービスセンターを対象に融資を受けることができる。この融資を活かして事業拡大を進めていった。代表が役員を務める企業は50社を超えたが、新型コロナ感染拡大でデイサービス事業の業績は急激に悪化した。それまでも事業の急拡大を金融機関からの新規融資だけでなく、グループ間の資金融通で窮状をしのいでおり、グループの経営を維持するためM&Aを加速して資金を捻出していたが、ついに限界に達してグループ38社が連鎖的に破産に追い込まれた。
●業界の再編・淘汰は、これから本格化へ
 コロナ禍前から介護市場への新規参入が相次ぎ、競合から経営不振に陥る介護事業者が増えていた。さらにコロナ禍に見舞われ、施設の利用控えが進む一方で、運営コストは上昇し人手不足も重なった。こうした経営環境が急に変わるわけもなく、2022年の倒産は140件を超える可能性も出てきた。今後、本格的な高齢化社会に入るが、国の財政事情を考慮すると、介護報酬が大幅なプラス改定となる可能性は低い。そんな事情を背景に、小規模事業者は自立を求められているが、介護報酬の単位加算は容易でなく、大手事業者との格差は広がる一方だ。コスト削減が最重要課題と言うのはたやすいが、小資本の事業者が多い介護業界で、IT化や介護ロボットの導入など、多額の先行投資は難しいのが実情だ。さらに、人と人の触れ合いも必要な介護現場では、人手に頼らざるを得ない業務も多い。それだけに介護職員の採用や教育、引き止めなど人材面での負担はますます重要になっている。2022年の介護業界の倒産は、業績不振に起因するケースが多い。今後は運営コスト増大や資金繰り悪化などの本質的な要因に加え、過剰債務による新たな資金調達が難しい事業者の倒産も増えるだろう。また、倒産抑制に大きな効果をみせた「実質無利子・無担保融資(ゼロ・ゼロ融資)」は、2023年春から返済がピークを迎えるが、そこには最長3年間猶予された利払いもサイレントキラーのように隠れている。さまざまな経営リスクが重なり、有望市場だったはずの介護業界で倒産が急増しているが、業界再編や淘汰はこれから本番を迎えることになる。

*5-2-3:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/962192 (佐賀新聞 2022/12/14) 介護負担、来夏に結論先送り、政府、16日に報告書決定
 政府は14日、有識者でつくる「全世代型社会保障構築会議」(座長・清家篤元慶応義塾長)を開き、急速な少子高齢化と人口減少に対応する制度改革案を議論した。介護保険で高齢者の負担を増やす案は、結論を来夏に先送りすることで大筋一致。既に75歳以上の医療で保険料増の方針が決まっているため、影響を見極めて慎重に検討する。16日にも報告書を決定する。報告書には、75歳以上の中高所得者の医療保険料引き上げや、将来的な児童手当拡充などを盛り込む方向。岸田文雄首相がトップを務める「全世代型社会保障構築本部」に提出する。

*5-2-4:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/962558 (佐賀新聞 2022/12/15) 「大型サイド」介護負担、結論先送り 生活不安、懸念相次ぐ、企業側と対立、今後も難航
 3年に1度の介護保険制度改正を巡り、「給付と負担」見直しの結論が来年夏に先送りになった。年末までに厚生労働省の部会が取りまとめることが通例で、延期は異例だ。利用者の負担増の提案に、当事者らから「生活が破綻する」と懸念の声が相次いだことが背景にある。一方、介護財政を支える企業側は制度維持に向けて現役世代の負担を抑えるよう求める。意見は激しく対立し、今後の取りまとめも難航しそうだ。「認知症の母にちゃんとしたケアができなくなるかもと思うとつらい」。「認知症の人と家族の会」(京都市)が9月からオンラインや郵送で集めた、サービスの自己負担増に反対する署名は10万筆を超えた。母親が「要介護2」と認定され、デイサービスに通っているという人は「利用できなくなったらどうしたらいいのか。介護休暇制度を使える企業はまれだ」とコメントを寄せた。認知症の人と家族の会の花俣ふみ代常任理事は「高齢者は年金暮らしの人が多い上、物価高が生活を直撃している。負担が増えたら生きていけない、という切実な声が出ている」と訴える。現役世代の保険料の一部を負担する企業側は、高齢者にも「能力に応じた負担」を求めている。11月下旬、厚労省の社会保障審議会の部会。1割負担の人のうち一部を2割に引き上げる案について、経団連の担当者は「現役世代はどんどん減っていく。一定所得以上の高齢者の負担を検討すべきだ」と支持。大企業の会社員らが入る健康保険組合連合会の担当者も「現役世代の負担は限界に来ており、制度が危うい」と口をそろえた。「最も改革が必要な介護分野において制度改正の議論を出さないことは、この会議が果たすべき使命から逃げていると言われかねない」。負担増への賛否が噴出し、政府の全世代型社会保障構築会議でも方針を打ち出せない状況に、メンバーの土居丈朗慶応大教授は12月初旬の会合で意見書を出し、早急な決着を促した。だが政府は結論を先送りした。政府関係者は、世論を意識する官邸や与党の意向があると背景を解説する。「介護費はものすごく伸びる。何とかしないといけないが、与党や官邸が慎重だ」

*5-3-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15498486.html (朝日新聞 2022年12月10日)75歳以上、平均年5300円負担増 医療保険見直し案、厚労省が試算公表
 75歳以上の中高所得者の負担増を盛り込んだ医療保険制度の見直し案について、厚生労働省は9日、保険料への影響額の試算を公表した。75歳以上は、高齢者の負担割合拡大に加え、出産育児一時金の新たな負担(年1300円)で平均年5300円の負担増になる見込み。同省は来年の通常国会で法改正し、2024年度からの実施を目指す。制度見直し案では、後期高齢者が現在は負担していない出産育児一時金の財源の7%程度を賄うほか、現役世代が負担する高齢者医療への支援金を減らす。そのため、後期高齢者の4割にあたる年金収入が153万円超の中所得者以上の保険料を増やしたり、年収1千万円を超えるような高所得者の保険料負担の年間上限額を66万円から80万円へ大幅に引き上げたりする。これらの見直しを踏まえた試算によると、現在42万円の出産育児一時金を47万円に上げると仮定した場合、75歳以上の保険料は24年度には平均で年5300円(月440円程度)上がる。内訳は出産育児一時金の引き上げ分が1300円、そのほかの見直しによるものが4千円。所得が高い人ほど多く負担する仕組みを強化するため、年収200万円の人で年3900円、年収400万円で1万4200円、年収1100万円では13万円の負担増。一方、6割にあたる比較的所得が低い人(年金収入のみで153万円以下)は、負担は増えないとしている。出産育児一時金は、岸田政権が大幅増額を表明。来年度から現在の42万円を50万円程度にする方向だ。今は75歳以上の負担はないが、同省は「全ての世代で負担しあうべきだ」として制度を見直す考えだ。一時金の負担による75歳以上の保険料への影響額試算では、一時金が47万円なら平均で年1300円増。50万円なら年1390円程度増える見込みだ。

*5-3-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221207&ng=DGKKZO66607170W2A201C2EP0000 (日経新聞 2022.12.7) 医療、高齢者にも負担増 全世代会議の報告書案、目立つ踏み込み不足
 政府の全世代型社会保障構築会議が近くまとめる報告書案の全容が6日、判明した。給付が高齢者、負担が現役世代に偏る現状を是正するため、医療分野では高齢者にも所得に応じた負担を求める方向性を明確にする。子育てや年金でも現役世代の安全網を広げ、少子化の克服や社会保障制度の持続性向上を掲げる。踏み込み不足が目立つほか、安定財源の確保も難題で、実現に向けた道筋を示せるかは見通せない。政府は月内に報告書を正式に決定する。報告書案では少子化が国の存続にかかわる問題であるとし、子育て・若者世代への支援を「急速かつ強力に整備」する必要性を強調した。育児休業給付の対象外となっている非正規労働者や自営業者、フリーランスへの支援を提起した。医療保険制度改革では、75歳以上の後期高齢者の保険料引き上げなどを明記した。全体の約4割の後期高齢者を対象に所得比例部分の負担を増やす。65~74歳の前期高齢者への現役世代からの医療費支援も所得に応じた拠出に見直す。厚生労働省が具体的な検討を進め、来年の通常国会に関連法改正案の提出を目指している。かかりつけ医の制度整備に向けて「必要な措置」を講じることも求めた。厚労省はかかりつけ医の役割を法律に明記するなどの検討を進めており、来年の通常国会に関連法改正案の提出を目指す。医療機関の質を担保する認定制や、責任を持って担当する患者を明確にするための登録制に言及するのは避けた。医療費の窓口負担の一段の見直しや効率化についても踏み込んでいない。介護保険制度については負担増の具体的な記載を見送っている。子育て給付の財源も見えておらず、具体化が急務だ。年金制度の見直しでは、厚生年金や健康保険の企業規模要件の撤廃を「早急に実現」するよう求めた。中小企業などで働くパートら短時間労働者への適用拡大の理解促進に向けて、関係省庁をメンバーとした政府横断的な体制を構築することを要請した。超高齢社会に備え、給付と負担を見直す必要性にも触れた。高齢者人口は団塊の世代が25年までに全員75歳以上となった後、40年ごろから減少し始めるが、現役世代の減少で人口に占める割合は足元の30%程度から上昇が続くと見込まれる。膨張する社会保障給付について、負担能力に応じて全ての世代で公平に支え合う仕組みが必要になるとの問題意識を強調した。

*5-3-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221224&ng=DGKKZO67126060U2A221C2EA4000 (日経新聞 2022.12.24) 医療体制、遠いコロナ後 来年度予算案、社会保障費、最高の36.9兆円 効率化は薬価頼み
 政府が23日に閣議決定した2023年度予算案で、社会保障費は過去最大の36.9兆円となった。3割強を占める医療関係の支出は22年度当初予算と比べて0.5%の増加に抑えたが、薬価の引き下げ頼みの側面は否定できない。新型コロナウイルス禍で手厚くした診療報酬など有事対応からも抜けきれていない。高齢化で膨張圧力が増す中で効率化が欠かせない。「(コロナの)医療提供体制のために主なものだけで17兆円程度の国費による支援が行われた」。財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で財務省が11月に示した資料にはこんな記述が盛り込まれた。病床確保やワクチンなどこれまでにかかったコロナ関連費用をざっとまとめ上げたものだ。こうした対策への財源は補正予算を中心に計上してきており、当初予算案では目立ちにくい。ようやく国内でもコロナ対策は平時への移行を探る局面になった一方で、医療体制の有事対応の手じまいは遠い。21年度に2兆円を支出した病床確保料は今年10月に要件を厳格化した。しかし財制審の資料によると1日当たり最大40万円を上回る病床確保料は、平時の診療収益の2倍から12倍の水準だ。コロナ向けの病床確保が通常の医療を圧迫しているという指摘もある。一段の見直しを視野に入れるべき時期に来ている。23年度当初予算案で社会保障は一般会計総額の3割を占める。22年度当初予算と比べて6154億円(1.7%)増えた。医療関係の支出は22年度比で587億円(0.5%)増えて12.2兆円となった。新たな制度改正によって効率化できた分は少ない。厚生労働省は23年の通常国会で、75歳以上の保険料を24年度から引き上げることなどを盛り込んだ関連法改正案の提出を目指している。ただ、現役世代の負担軽減を主な目的としていることもあり、国費の減少分は50億円にとどまる。保険料や公費で賄う前段の患者本人の窓口負担のさらなる拡大といった課題は先送りのままだ。1人当たりの医療費が75歳未満の約4倍に達する後期高齢者は21年から25年にかけて16%増え、2180万人になる見込みだ。負担と給付のバランスを見直さなければ、医療保険財政の持続性が危うくなりかねない。年金の改定分を除いた社会保障費の自然増は4100億円で夏時点の見込みから1500億円圧縮した。半分弱は薬価引き下げによるものだ。社会保障費の抑制は薬価頼みの構図が続いている。その薬価も23年度予算は様相がかわった。今回の改定は対象範囲がもともと決まっていない。前回の改定と同じように7割の品目を対象にすれば厚労省の試算で4900億円の医療費の削減につながるはずだった。ただ、原材料費の高騰で採算が取れない薬への配慮や、新薬の価格を改定前と遜色ない水準に増額する措置が相次いだ。結局、3100億円にとどまり、削減幅は前回から3割弱減った。およそ13兆円を計上する年金は、23年度の支給額改定で給付を物価の伸びより抑制する「マクロ経済スライド」を3年ぶりに発動する。ただ、物価上昇を反映し、年金額は22年度の水準より増える。制度の安定性を高めるにはマクロ経済スライドを物価の下落時でも発動し、給付の抑制を進める抜本的な見直しが必要だが、機運は乏しい。医療や年金に比べて膨張ペースが際立つのが介護だ。2.7%増の約3.7兆円を計上した。年内に示すはずだった給付と負担の見直し案は23年に持ち越した。00年度の社会保障費は約17兆円と、今の半分以下だった。給付は膨らむ一方、22年の出生数は80万人を初めて割り込む見通しで、将来の支え手も減る。団塊の世代が全員75歳以上になり、膨張圧力が一段と増す25年まで残された時間は少ない。

*5-4-1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA19AWU0Z11C22A2000000/ (日経新聞 2022年12月20日) 年金抑制「マクロ経済スライド」3年ぶり発動へ 政府
政府は2023年度の公的年金の支給額改定で、給付を抑制する「マクロ経済スライド」を3年ぶりに発動する検討に入った。年金額は22年度の水準より増えるが、物価上昇率には追いつかず実質的に目減りする見込み。給付抑制は年金財政の安定に欠かせないが、過去の繰り越し分も合わせ、大幅な抑制になる見込みだ。23年度予算案に、マクロ経済スライド発動を前提に社会保障関係費として36兆円台後半を計上する。厚生労働省は23年1月に23年度の改定額を公表する。支給額は前年度を上回るものの、物価上昇を補うほどには増えないとみられる。年金額は毎年物価や賃金の増減に応じて改定する。22年度の厚生年金のモデルケース(夫婦2人の場合)は月あたりの支給額が21万9593円だった。今回は足元の物価や賃金の伸びを踏まえて支給水準が3年ぶりに増える見通しだ。専門家は改定のベースになる22年の物価上昇率を2.5%と試算する。公的年金は少子高齢化にあわせて年金額を徐々に減らす仕組みだ。21年度から2年連続で発動を見送り、0.3%分がツケとしてたまっている。23年度の改定では21~23年度分が一気に差し引かれる可能性が高い。

*5-4-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20221224&ng=DGKKZO67117500T21C22A2M10800 (日経新聞 2022.12.24) 年金、財政安定へ給付抑制
 医療、年金、介護などをあわせた社会保障関係費は36兆8889億円で、2022年度当初予算比で6000億円以上増える。25年に団塊の世代が全員75歳以上となり、介護が必要な人の急増などによる社会保障費の膨張が避けられない。23年度の公的年金の支給額