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2012.9.29 尖閣諸島問題で日本のメディアは、要するに何を言いたいのでしょうか?
            
       28日付の米ニューヨーク・タイムズ紙などに掲載された
       中国が沖縄県・尖閣諸島の領有権を主張する新聞広告 

 中国は、何十年もかけて尖閣諸島付近を領有する準備をしており、「今が勝負の時」と認識して、国際世論を味方につけるために、*1の写真のように米ニューヨーク・タイムズ紙などに、中国が「釣魚島(沖縄県・尖閣諸島の中国名)は中国領」と題する広告を掲載しているのに、NHKの解説委員は、2012.9.29の「ニュース深読み」で、*2のように「中国についていえば、いまあんまりそんな過熱していないですよ」「尖閣に関してはね、早く解決することだけが解決法じゃない、解決しないということも解決法なんだと私は思います」などと発言しました。

 もちろん、歴史的事実を国民に知らせることは大切ですが、「尖閣諸島問題は、しばらく棚上げした後、中国に譲れ」という主張でしょうか? この論調ではそうしかなりませんので、NHKは、原発の事故時はじめ、いつものとおり、のん気でぬるま湯な発言です。これでは、経済や戦争だけではなく、外交でも負けるでしょう。

 なお、 NHK解説委員は、「当時は、中国は石油の輸出国です。いまのような状態だったら、石油はほしいから、いうかもしれないんですけれども、当時はそうじゃないんですね」とも言っていますが、中国は、人口10億人の経済を賄うために、春暁ガス田(日本名:しらかばガス田)付近も探査してすでに採掘しています。その時のことしか考えずにたかをくくっているのは、日本政府だけではないでしょうか。

 また、*3の「中国各地で起きた反日デモは、中国の現政権への批判でもある」というような論調は日本国内でよく見かけますが、これは、反日感情を中国の政権や中国経済の不備のせいにすり替えており、中国を馬鹿にしていると思います。もし逆の立場だったら、「大国の自信と不安で反日を利用しているなんて勝手な想像だ。中国の内政のことは『いらん世話』だから、自らの過去を反省しろ」と思うのではないでしょうか。

 その上、*1に書かれているように、駐米大使が記者会見で、まともに「日中間で大きな問題になっている時に誤解を与える。看過できない」と語っている時に、世界が注目するNHKや朝日新聞が、*2、*3のような報道をすれば、抗議した大使は立場がなく、2階に上がってはしごをはずされた状況でしょう。

*1:http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012092900107 
(時事ドットコム 2012/9/29) 「尖閣、日本が強奪」と全面広告=中国紙が米有力紙に掲載
【ワシントン時事】28日付の米紙ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストに、「釣魚島(沖縄県・尖閣諸島の中国名)は中国領」と題する広告が掲載された。広告主は中国の英字紙チャイナ・デーリー。同諸島は「いにしえより中国固有の領土であり、争いの余地なく主権を有する」と主張し、「日本が強奪した」と非難している。広告は、タイムズ紙は見開きの2ページを全て、ポスト紙は大部分を使い、尖閣諸島のカラー写真を掲載。1403年の文書に島の存在が記録され、明の時代(1368~1644年)には施政権下にあったと断定している。また、「日清戦争の結果、日本に強奪されたが、第2次世界大戦後に中国に返還された」と主張。日本政府の国有化は「中国の主権を激しく侵し、反ファシスト戦争(第2次大戦)の勝利を踏みにじるものだ」と訴えている。これを受け、在米日本大使館と在ニューヨーク総領事館はポスト、タイムズ両社にそれぞれ「事実に反する一方の主張を載せるのは不適当だ」と申し入れた。ポスト社は「広告の内容は社の立場を反映していない」と回答したという。藤崎一郎駐米大使はこの日の記者会見で、「日中間で大きな問題になっている時に誤解を与える。看過できない」と語った。

*2:http://www.nhk.or.jp/fukayomi/backnumber/120901.html 
(NHKニュース深読み 2012.9.29  NHK加藤解説委員の発言のみ転写)
〈NHK加藤解説委員〉あの、まず石油が出たからあそこが自分のものだと中国がいったわけではなくて、中国は、もともとあそこは自分のものだといってたと、一応主張しているわけですね。明の時代からですね、ちょっとご説明すると、 中国は明の時代からですね、自分たちが名前をつけたんだと、だから自分たちのものだといっていたんですけども、いっていたと主張しているわけなんですけども、ただ公式にですね、自分たちのものだといったというのが、なぜ1970年だったかというと。まず日本が1895年に、あそこが日本の領土であるということを宣言したわけですども、それは調べにいったらば、これを10年前ぐらいに調べてにいったんですね。誰もそこは住んでいない、誰のものでもないということがわかったので、それで95年にもうここはじゃあ、自分たちのものですと宣言したと、そのときに誰も反対しなかったから、ここは自分たちのものだということになったということでいってるわけですね。ところが、それに対して異議を唱えていなかったのに、1971年ごろになってですね、自分たちのものだといい出したっていうのは、それはきっとあそこに直前に国連が調べたらば、石油があった、どうもここにあるということが分かってきたんで、それでいったんだろうという風にこっちで想像していると。むこうが「あそこに石油がありますから自分たちのものです」と、いったわけじゃないんですね。当時は、中国は石油の輸出国です。いまのような状態だったら、石油はほしいから、いうかもしれないんですけれども、当時はそうじゃないんですね。で、1971年がどういう年かっていいますと、中国が国連に加盟した年なんです。それ以前は中国というのは、むしろ中国の、中国の代表としてね、まあ、国際的にあまり認められていなかった。日本も中国の代表というのは、台湾の国民党政府だといったし、アメリカもそういっていた。で、中国が国連に加盟し、そして日本との国光正常化交渉がはじまり、こういう状況になってきて初めて中国の、いまの中国が政府としての国際認知をされはじめるようになってきた、ということなんです。

〈加藤解説委員〉中国についていえば、いまあんまりそんな過熱していないですよ。それは確かにね、インターネットをみれば過激なことがたくさん書いてあります。でも、それが中国の全体の世論ではないです。実際に私もね、中国の最近出ている新聞を読みました。

〈加藤解説委員〉尖閣に関してはね、早く解決することだけが解決法じゃない、解決しないということも解決法なんだと私は思います。で、中国のことわざにこういう言葉があるんですよ。重い石を無理やり持ち上げようとすれば、ものすごく力がいるんです。でも、置いといたらば、力は何もいらないんです。という、ことわざがあるんですね。だから、何にもしないことが最善の策かもしれない。っていう、これ私、そういうのも知恵だと思いますよ。

*3:http://www.asahi.com/paper/editorial.html 
(朝日新聞社説 2012年9月29日) 日中国交40年―交流広げ、信頼立て直せ
祝賀の雰囲気はない。日中国交正常化から40周年を迎えた。だが、日本政府が尖閣諸島を所有者から買ったことに対し、領有権を主張する中国が激しい批判を続けている。中国共産党序列4位の賈慶林(チアチンリン)・全国政治協商会議主席は、訪中した日中友好団体代表らに、両国の関係を「これまでになく厳しい局面」と評した。日本でも愛読される中国の古典、論語に「四十にして惑わず」とある。ところが、同じ年月がたった日中関係は全面停滞の様相だ。日本企業は操業停止などの大きな影響を受け、さまざまな交流事業が中断した。ここまでこじれた背景には、互いの体制や文化への無知や無理解がある。野田首相は、ウラジオストクで中国の胡錦濤(フーチンタオ)国家主席と話しあった直後に尖閣諸島の購入に踏み切った。体面を重んじる中国には受け入れがたかった。中国に挑発的な石原慎太郎・東京都知事の購入計画を防ぎ、火種を取り除こうという日本政府の思惑を、「中央政府は地方政府を抑えられる」と考える中国は理解しようとしなかった。この40年の積み重ねは何だったのかと、嘆かざるを得ないような行き違いである。
■大国の自信と不安
「中国が他人に虐げられた時代は去り、二度と戻らない。」中国のメディアではこんな論調が繰り返された。列強に踏みにじられた苦い歴史の記憶にあえて触れ、愛国意識を高めた。1972年の正常化後、最初の20年は、戦争から急速に復興した日本が、途上国・中国の成長に手を貸す構図だった。関係が大きく変わり始めたのが、90年代初めだ。日本ではバブルがはじけて経済が滞り、中国は改革開放路線をひた走って急成長期に入った。2008年の世界金融危機で景気を下支えした中国は、大国としての自信を固め、10年には国内総生産(GDP)で日本を抜いた。自信は外交の強硬姿勢となった。古代ローマや大英帝国のように、新しい大国の登場は時代の地殻変動となって、周辺や先行する大国との摩擦を生んだ。だが足元の中国社会では、貧富の格差や汚職といったさまざまな矛盾が噴き出している。コネがなければ機会さえ与えられず、年間600万人近くにもなる大学卒業生の就職難は深刻だ。成長の原動力だった人口増は急速な高齢化に転じ、社会保障の不備が目立っている。先々週末、中国各地で起きた反日デモでは、毛沢東の肖像を掲げる参加者がいた。貧しくても平等だった日を懐かしむのだろう。それは現政権への批判でもある。その共産党は11月、指導部が入れ替わる党大会を開く。だが激しい人事や路線の駆け引きが繰り広げられたとされ、大会日程の発表は大幅にずれこんだ。異常な事態だ。
■「反日」利用はやめよ
日本が向きあっているのは、不安定さを抱えこんだまま大国になった中国だ。つきあい方は難しさを増しているのに、双方で関係を進める力が弱まっている。中国では市場経済で共産主義の理念が薄れた。共産党はかわりに経済成長と愛国主義で国内の団結を図った。党の原点は抗日戦争の勝利であり、愛国は反日の感情を強めた。折に触れて繰り返された反日デモの過激さは、日本の対中観を冷えこませた。中国指導者と個人的な信頼関係でつながる政治家の姿も見えない。だが、両国が重要な隣国同士だと言うことに変わりはない。グローバル化で日中の経済は相互依存を深め、切り離すことはできない関係だ。このまま対立が続けば、中国に進出した日本企業の損害は巨額となり、現地で働く中国人の雇用不安にもつながる。世界第2、第3位の経済大国の争いに世界も気をもんでいる。負の関係から抜け出すためには、中国での対日感情の改善が必要だ。中国にとっても、反日は反共産党に変わりかねない。外に敵を作り、中をまとめようとする手法は必ず行きづまる。中国は反日の政治利用をやめるべきだ。日本も、相手に実像を伝える努力が必要だ。総額3兆円超にのぼる対中円借款で、中国の成長の基盤づくりに尽くしたという事実も、中国ではほとんど知られていない。官民を問わず、人の交流をこれまで以上に厚くするしかない。
■歴史と、今を見る
そして日本は、歴史にしっかり向きあう必要がある。日中戦争は、日本が中国の国土でおこした。大勢の中国の人たちが犠牲になったのは、逃れようのない事実だ。浮ついた「愛国」は人々を豊かにしない。それは中国も日本も同じだ。歴史と今を冷徹に見つめ、立て直しを始めよう。

| 外交・防衛::2010.10~2012.12 | 12:12 PM | comments (x) | trackback (x) |

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