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2014.6.3 集団的自衛権は、どこまで認められるのか (2014.6.4追加あり)
(1)日本国憲法について
1)憲法9条の解釈の変遷
 *1-1のように、日本国憲法は、前文で「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」として主権在民であることを明確化しており、英文のオリジナルは、「We ,the Japanese people,~」で始まるため、国民が主語であり主体であることが、より明確である。

 また、憲法9条1項では、「戦争と武力行使を、国際紛争を解決する手段としては、永久に放棄する(戦争放棄)」とし、同2項で「この目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は保持しない、国の交戦権も認めない(戦力不保持)」としている。

 憲法9条の解釈の変遷は、*1-2に記載されているとおり、1959年に最高裁判決が出た砂川事件の時代には、一審の東京地裁は「安保条約での米軍駐留も憲法9条に反する」としたのに対し、最高裁が、「安保条約や在日米軍については高度の政治性を有し、司法裁判所の審査にはなじまない」として判断を避け、「日本は、主権国として持つ固有の自衛権は否定されていない」とした。つまり、この時代は、憲法9条に照らして、安保条約や自衛権の存在も争われていたことがわかる。そして、戦力である自衛隊は、1954年7月1日に、「我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるもの」として設立された。私は、「必要に応じて公共の秩序の維持に当たる」の具体例がどういうものか、昔の憲兵のようなものでないのかは、確認しておきたい。

 一方、*1-3の東京弁護士会会長声明は、「砂川判決は、たとえ個別的自衛のためであっても戦力を持てるかどうかについては判断していない」「ましてや個別的自衛権とは異なる集団的自衛権を肯定しているなどとは言えない」「砂川判決は駐留米軍が戦力にあたらないと判断しただけである」「岸信介首相(当時)も、砂川判決直後の1960年(昭和35年)3月31日の参議院予算委員会において、『集団的自衛権は日本の憲法上は、日本は持っていない』と答弁している」としている。

2)自主憲法であることは重要な要素か
 日本国憲法は、昭和20年(1945年)8月15日のポツダム宣言受諾後、連合国軍の占領中に連合国軍最高司令官の監督の下で「憲法改正草案要綱」が作られ、昭和21年(1946年)11月3日に公布されて、翌年の昭和22年(1947年)5月3日から施行された。この経緯から、「日本国憲法は日本国民が自主的に作った憲法ではないので自主憲法を作ることこそ重要だ」と主張する人がおり、自主憲法の制定は自民党の党是とされている。しかし、自民党員や自民党議員も現行憲法下で生まれた人が多いため、全員が自主憲法の制定が必須と思っているわけではないだろう。

 私自身は、無所属だが、自民党の憲法改正草案(https://www.jimin.jp/policy/policy_topics/pdf/seisaku-109.pdf 参照)より現行憲法の方が格調高く、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の理念を高らかに謳っており、よいと思う。現行憲法は、民主主義を獲得するために苦労してきた欧米諸国が敗戦国としての日本に強制したからこそできた理想の憲法であるため、自民党の憲法改正草案のようなものが出てくるようなら、日本が憲法改正を語るのは、かなり時期尚早だと考える。

(2)自衛権について
1)個別的自衛権・集団的自衛権と自衛権の関係
 憲法改正を行えば、どういう憲法になるかわからないため、憲法改正はせず、自衛権の中に個別的自衛権と集団的自衛権があり、どちらにしても、日本は最高法規である日本国憲法により、真に自衛に属する武力行使以外は行わないとするのが妥当だと考える。これは、ご都合主義の憲法解釈の変更と言うより、憲法解釈の進化と考えてよいのではないだろうか。

 もちろん、日本国憲法の98条で、「この憲法は国の最高法規であり、これに違反する法律、命令、詔勅、国務行為は効力を有しない(憲法の最高法規性)」としているので、日本国憲法違反の法律、命令、詔勅、国務行為は効力を有しないのであり、このブログの2014.3.6に記載したとおり、日本の領土・領海が直接攻撃された場合のみ、集団的自衛権も行使できると考えるのが妥当だろう。

2)集団的自衛権、集団安全保障、日米安全保障条約の関係
 *2-1に書かれているように、政府が「基本的な方向性」に盛り込む予定の事例が下のようになったとのことであるため、私の感覚から○、×、△(日本領土の自衛に資するものか否かの判断を要す)をつけると、下のようになる。
 【集団的自衛権】←下の事例の中には、日本領土の自衛に資するものがないため、○はない。
  ●公海上で米艦船への攻撃に対する応戦 △
  ●米国に向かう弾道ミサイルの迎撃 △
  ●日本近隣で武力攻撃した国に武器を供給するために航行している外国船舶への立ち入り検査 △
  ●米国を攻撃した国に武器を提供した外国船舶への検査 △
  ●日本の民間船舶が航行する外国の海域での機雷除去 ×
  ●朝鮮半島有事の際に避難する民間の邦人らを運ぶ米航空機や米艦船の護衛 × 
 【集団安全保障】←但し、「国際平和活動」の定義は厳格にすべきである。
  ●国際平和活動をともにする他国部隊への「駆けつけ警護」など自衛隊の武器使用 ○
  ●国際平和活動に参加する他国への後方支援 ○
 【グレーゾーン事態】←領土、領海への進入対処こそ自衛であり、グレーゾーンではないだろう。
   また、結果を確実にするためには、これこそ集団的自衛で行うべきである。
  ●日本の領海に侵入した潜水艦が退去要請に応じない場合の対処 ○
  ●日本領土の離島に上陸した武装集団への対処 ○ (←上陸させないことの方が先だ)

 *2-2で、「安倍晋三首相や自民党幹部が限定的な行使容認を目指す姿勢を強調しており、『必要最小限』だから心配は要らない」と言っており、「必要最小限」の範囲は日本国憲法9条1項に記載され、98条には「憲法に違反する法律、命令、詔勅、国務行為は効力を有しない」と記載されているのだから、首相がどう答弁しようと、集団的自衛権の範囲が止めどなく広がることは不可能であり、それを監視するのはメディアと国民の役割だ。なお、このような状況であるから、わが国では、日本国憲法を改正する前に、現行憲法に照らしてものを考え、違憲立法でないか、既存の法律をReviewする必要がある。

(3)日本はリスク管理できる国か
 *3のように、神戸新聞が社説で、「集団的自衛権、首相は行使のリスク語れ」と記載しているが、日本が安保条約を締結している米国を守るためなら何でもするような国になれば、日本も米国と同様、世界で一番狙われる国になるだろう。しかし、日本には、林立して使用済核燃料を大量に補完している原発、集中した石油施設や工業地帯など、戦争になればリスクの高い場所は枚挙に暇がない。

 また、人材も、原発事故や尖閣諸島での航空機の異常接近を想定外や不測の事態と説明したり、北方領土の返還に前向きで日本通のプーチン大統領を欧米と一緒になって制裁したりしている思考力であるため、残念だが、これでは自衛戦でも武力行使はおぼつかないと考える。

*1-1:http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html 
日本国憲法 (昭和二十一年十一月三日公布)
  (われわれ)日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
(中略)
  第二章 戦争の放棄
第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
(中略)
第九章 改正
第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
○2  憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。
   第十章 最高法規
第九十七条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
第九十八条  この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
○2  日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

*1-2:http://digital.asahi.com/articles/ASG526SMMG52UTFK00W.html?ref=reca
(朝日新聞 2014年5月6日) 「国の存立脅かされる」事態とは 中東での行使も想定
 政府が集団的自衛権を使う際の新たな要件として検討する「我が国の存立が脅かされる」事態とは、どんなケースなのか。具体性に欠け、自衛隊が活動できる範囲に「歯止め」がかからない恐れがある。政府が検討にあたって最も重視する最高裁判決にも、公明党や憲法学者から解釈の仕方に疑問の声があがる。新たな要件では、自衛隊の活動範囲をできるだけ縛らないようにする――。これまで政府が示してきた事例や発言からは、そうした姿勢が透けて見える。首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)。政府側がこの中で、ペルシャ湾・ホルムズ海峡を念頭に置いた機雷除去を「我が国の存立」を脅かす可能性のある事態として持ち出したことがある。ホルムズ海峡は日本が輸入する原油の8割が通過する。政府側は懇談会に「機雷が放置されれば、我が国の経済及び国民生活に死活的な影響があり、我が国の存立に影響を与えることにならないか」と問題提起した。委員らはこうした事態では、集団的自衛権を行使すべきだと賛同した。中東のような日本から遠く離れた場所で発生した他国への攻撃でも、政府が「我が国の存立」にかかわると判断すれば集団的自衛権を行使する。その可能性を示した議論だった。安倍晋三首相も先月8日のBS番組で、遠隔地での集団的自衛権の行使について、「例えば日本人を守ると考えた時、近くなら守るが(地球の)裏側なら助けに行かないのか」と述べ、含みを残した。これまでの3要件は、武力行使の基準がはっきりしていた。日本が直接攻撃されたときに限られ、「急迫不正の侵害」がいつ発生したと政府が判断するかも、具体的な国会答弁が積み重ねられてきた。例えば、北朝鮮を念頭に置いた弾道ミサイルについての国会答弁。政府は、日本に向けて発射された時点で、日本への武力攻撃が発生したと判断する、としている。また、相手国から「東京を火の海にしてやる」などの表明があって、ミサイルの燃料が注入され、ミサイルが発射できる態勢になった場合についても「武力攻撃の着手」と認め、個別的自衛権の発動が許されることもありうるとしてきた。一方、集団的自衛権は「憲法上認められない」としてきたこともあり、どういう場合に行使が許されるか、政府の公式な見解はない。政府が想定するのは、ホルムズ海峡に加えて、朝鮮半島有事だ。朝鮮半島で戦闘が拡大すれば、北朝鮮が日本国内の米軍基地をミサイル攻撃するなど、「日本有事」につながる可能性がある。そのため、米国や韓国への攻撃を「我が国の存立が脅かされる」事態と判断するケースもありうる、という理屈だ。だが、具体的にどの時点でそう判断するのかは不透明だ。
■「砂川判決」根拠に、公明は反発
 新たな要件の背景にあるのが、1959年、米軍駐留の合憲性が問われた「砂川事件」での最高裁判決だ。判決では「自衛権」について「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置」と定義した。自民党の高村正彦副総裁は今春、「判決は必要最小限の措置であれば、集団的自衛権も排除されないとしている」と主張しはじめた。最高裁判決では、「集団的自衛権」という文言はないが、45年制定の国連憲章では個別的、集団的自衛権双方を規定しているため、「当時の裁判官が、集団的自衛権を全く視野に入れていなかったとは考えられない」という。しかし、集団的自衛権に直接言及していない最高裁判決を、行使の根拠にするには無理がある、という意見も根強い。公明党の山口那津男代表は「判決のころは自衛隊が発足して間もないころで、日米安全保障体制が憲法違反という人も多かった。当時、集団的自衛権を視野に入れて判決が出された、という人はいなかったと思う」と指摘する。改憲論者である小林節・慶応大名誉教授も「30年以上憲法学者をやってきたが、集団的自衛権の論議で、砂川事件は教わったこともないし教えたこともない。自民党が苦し紛れにやっている」と批判している。
    ◇
〈砂川事件の最高裁判決〉 東京都砂川町(現立川市)の旧米軍立川基地の拡張に反対した7人が基地に入り、日米安保条約に基づく刑事特別法違反に問われた事件で1959年に言い渡された。一審の東京地裁は安保条約での米軍駐留は憲法9条に反するとして全員無罪としたが、最高裁が破棄した。安保条約や在日米軍については「高度の政治性を有し、司法裁判所の審査には原則としてなじまない」と判断を避けた。日本の自衛権については「主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではない」「(国の)存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうる」と言及した。

*1-3:http://www.toben.or.jp/message/seimei/post-357.html (東京弁護士会 2014年5月2日) 砂川事件判決を集団的自衛権の根拠とすることに反対する会長声明
 砂川事件最高裁判決を根拠として、集団的自衛権の行使を容認する動きが伝えられる。すなわち、同事件の最高裁判決に「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうる」とあることを根拠に、「最高裁は、わが国の存立を全うするのに必要な範囲で、個別的か集団的かという区別をせずに自衛措置を認めている」として、集団的自衛権の限定容認を正当化しようとする試みである。しかし、当会は、法律家団体として、集団的自衛権の行使を容認する根拠に砂川判決を援用することは余りにも恣意的な解釈であって、不適切であると考える。砂川事件は、1957年(昭和32年)、米軍が使用する東京都下の砂川町にある立川飛行場の拡張工事を始めた際に、工事反対派のデモ隊が乱入し、旧日米安全保障条約第3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法違反として起訴された事件である。争点は、旧安保条約に基づく米軍の駐留が憲法9条2項の「戦力」にあたるかどうかであった。
 最高裁判所は、駐留軍が憲法9条2項の「戦力」に該当するから違憲だとした一審の東京地方裁判所の判決を取消し、次の理由で事件を差し戻した。第1に、「戦力」とは「わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しない」から駐留米軍は「戦力」にあたらない。第2に、駐留の根拠となる旧日米安保条約は高度の政治性を有するものであって、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り、司法裁判所の審査には馴染まない。砂川判決が示したのは、この2点である。
 一般に、判決文として示されたなかで判例として拘束力をもつのは、判決の結論を導く直接の理由付けであり、それ以外は傍論であって拘束力を持たない。砂川判決は、第1の判断の過程で「わが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく」、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。」と述べているが、それは、米軍が日本に駐留していることと国家固有の自衛権が矛盾しないことを傍論として説明したものに過ぎず、先の第1、第2のいずれの結論の根拠となるものではない。このような傍論を安易に一般化し、それを最高裁判所の判決の趣旨であるかのように主張することは、判決の引用の仕方としては恣意的とのそしりを免れない。そのことは、1976年(昭和51年)3月30日参議院予算委員会の答弁において、高辻正己内閣法制局長官(当時)が砂川判決が駐留米軍の合憲性以外のことについて判断を下していないと明言していることからも明らかである。しかも最高裁判決が傍論において「固有の自衛権」として認めているのは、「他国」ではなく「自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な」限りでの自衛権であるから、それは個別的自衛権にほかならない。他方、砂川判決は、たとえ個別的自衛のためであっても戦力を持てるかどうかについてはあえて判断していないのであって、ましてや個別的自衛権とは異なる集団的自衛権を肯定しているなどと言えないことは明らかである。それゆえ、岸信介首相(当時)も、砂川判決直後の1960年(昭和35年)3月31日の参議院予算委員会において、「集団的自衛権は日本の憲法上は、日本は持っていない」と答弁しているのである。以上のように、砂川判決は駐留米軍が戦力にあたらないと判断したに留まり、自衛権について触れた傍論が認める「固有の自衛権」もあくまでも個別的自衛権を指すだけであり、集団的自衛権を含んでいない。したがって、砂川判決を根拠として集団的自衛権を認める余地はないのである。当会は、砂川事件最高裁判決の趣旨を歪曲して集団的自衛権行使容認の根拠とすることに強く反対する。

*2-1:http://digital.asahi.com/articles/DA3S11131666.html (朝日新聞 2014年5月13日) 政府、行使事例提示へ 「基本的な方向性」の概要判明 集団的自衛権
 他国を守るために武力を使う集団的自衛権の行使容認をめぐり、政府が与党に示す事例集の概要が分かった。集団的自衛権では朝鮮半島有事の際に避難する民間人を運ぶ米艦船の防護を例示。さらに尖閣諸島での中国との対立を念頭に、有事に至らない「グレーゾーン事態」の法整備も求めている。行使容認に慎重な公明党や世論を引き込む狙いがある。安倍晋三首相は、行使を認める憲法解釈の変更を閣議決定で行う考えだ。しかし、ときの政権の意向で憲法の根幹である9条の解釈が変えられることには、公明党や世論の中にも強い懸念がある。首相側は週内に、事例集を中心にした「基本的な方向性」を与党に示して検討を要請。閣議決定に向けた具体的な手続きに踏み出す。首相側が示す事例は、集団的自衛権に加え、国連の加盟国が一致して制裁を加える「集団安全保障」、相手国から武力攻撃を直接受けていない「グレーゾーン事態」の3分野に及ぶ。これまで政府は、米国に向かう弾道ミサイルの迎撃などの事例を示してきたが、公明党の理解を得るために、新たな事例を追加することが明らかになった。例えば、集団的自衛権では、朝鮮半島有事の際に、韓国から避難する邦人ら民間人を運ぶ米航空機や米艦船を自衛隊が護衛する事例だ。さらに「グレーゾーン事態」では、尖閣諸島での中国との対立を念頭に、離島に上陸した武装集団への対処を追加することもわかった。これは公明党が「集団的自衛権より先に検討すべきだ」と主張している。首相側が打ち出す「基本的な方向性」は当初、「政府方針」と呼んでいた。しかし、公明党からの反発に加え、政府内にも「政府の考えを押しつけるイメージになる」(関係者)との意見があり、名称を変えることにした。首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は週内に、行使容認を政府に求める報告書を提出。これを受け、首相は「基本的な方向性」を同日にも示す。与党はこれを受けて協議を始める。
■政府が「基本的な方向性」に盛り込む予定の事例
【集団的自衛権】
●公海上で米艦船への攻撃に対する応戦
●米国に向かう弾道ミサイルの迎撃
●日本近隣で武力攻撃した国に武器を供給するために航行している外国船舶への立ち入り検査
●米国を攻撃した国に武器を提供した外国船舶への検査
●日本の民間船舶が航行する外国の海域での機雷除去
○朝鮮半島有事の際に避難する民間の邦人らを運ぶ米航空機や米艦船の護衛
【集団安全保障】
●国際平和活動をともにする他国部隊への「駆けつけ警護」など自衛隊の武器使用
●国際平和活動に参加する他国への後方支援
【グレーゾーン事態】
●日本の領海に侵入した潜水艦が退去要請に応じない場合の対処
○離島に上陸した武装集団への対処
 【注】●は政府がこれまで安保法制懇に示した事例。○は今回、新たに追加された事例。

*2-2:http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/91830
(西日本新聞 2014年5月31日) 集団的自衛権 早くも広がる行使の範囲
■安全保障を考える■ 
 集団的自衛権について、安倍晋三首相や自民党幹部は、限定的な行使容認を目指す姿勢を強調している。これまでの枠は破るが、「必要最小限」だから心配は要らない‐という論理である。しかし一方で、「必要最小限」の範囲が止めどなく広がり、やがては日本が大義のない戦争に参加することになるのではないか、と不安に思う人々もいる。今週、国会で集団的自衛権に関する本格的な論戦が始まった。国会審議での安倍首相の答弁を聞く限り、「行使の範囲拡大」の懸念は一層強まったといえる。象徴的なのは、首相が記者会見で持ち出した「米艦による邦人退避」の事例だ。朝鮮半島有事を念頭に、在留日本人を日本に向けて輸送中の米艦船を自衛隊が防護するため、集団的自衛権の行使を容認すべきだと主張している。各党の委員がこの事例を突っ込んで質問したところ、首相は「日本人が乗っていないから駄目だということはありえない」「米国の船以外は駄目だと言ったことはない」などと述べ、日本人が乗船していない艦船や、米船籍以外の船舶も防護の対象とする考えを示した。首相は論議開始早々、自ら示した事例の範囲を大きく広げた。また、野党の委員が「自衛隊が戦闘地域に行ってはならないという歯止めは残すのか」と質問すると、首相は「(戦闘、非戦闘)地域の概念にはさまざまな議論があった。さらに精緻な議論をする必要がある」と答え、自衛隊が活動可能な「非戦闘地域」の概念を拡大する可能性を示唆した。「日本人を守る」という事例を前面に押し立てて集団的自衛権の行使を認めさせ、その後は状況に応じていくらでも行使の範囲を広げていく‐。それが首相と自民党の戦略なのだろうか。集団的自衛権の行使容認論者の中にも「歯止め」の重要性を訴える人は少なくない。「必要最小限」とは具体的に何なのか、国会でもっと掘り下げて議論してほしい。

*3:http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201405/0007008398.shtml
(神戸新聞社説 2014/5/31) 集団的自衛権/首相は行使のリスク語れ
 集団的自衛権をめぐる集中審議が衆参両院で行われた。安倍晋三首相が行使容認に向けた憲法解釈変更の検討を表明して初の国会論戦だ。議論の焦点は、なぜ今、集団的自衛権の行使が必要なのか、それを憲法解釈の変更で認めていいのか、この2点に集約される。戦後日本が掲げてきた平和主義の大転換につながる問題だ。国民には慎重な意見が多く、わずか2日間の審議で懸念を解消するのは難しい。引き続き国会の場で議論を尽くす必要がある。安倍首相は、日米同盟を維持するために集団的自衛権の行使が必要だと繰り返したが、想定する事例の矛盾点を突かれると曖昧な説明に終始した。「行使容認ありき」の前のめりの姿勢があらわになった格好だ。
 例えば「有事に邦人を乗せた米艦の防護」は、首相が記者会見でパネルを使い「日本人の命を守れなくてよいのか」と熱弁を振るった事例だ。ところが国会答弁では「日本人が乗っていなければ駄目ということはない」「米国以外の船は駄目とは言っていない」などと軌道修正した。中東のホルムズ海峡を念頭に、海上交通路の機雷除去にも集団的自衛権を使う必要があるとの認識を示した。憲法解釈で禁じられてきた「他国の武力行使との一体化」の制限緩和を検討する方針も示した。自衛隊の活動範囲が海外へ、戦闘地域へと際限なく拡大する恐れがある。実際に武力行使するかどうかは「時の内閣が総合的に判断し、慎重に決断する」とも述べた。行使は「限定的」「最小限度」とするが、具体性に欠ける。これでは時の政権を縛る明確な歯止めはないも同然だ。安倍首相は集団的自衛権を行使しなければ国民の命を守れない、と強調する。一方で、行使に伴うリスクについては一切語ろうとしない。他国のために自衛隊員が血を流し、戦争当事国とみなされて国民が危険にさらされる。本当に行使容認に理解を得たいなら、首相はこうした可能性についても国民にきちんと説明すべきだ。政府は年末の日米防衛協力指針見直しまでに閣議決定するスケジュールを描くが、答弁を聞けば聞くほど疑問が膨らむ。国会審議で徹底的に問題点を洗い出さねばならない。政権の暴走に歯止めをかける国会の存在意義が問われている。


PS(2014.6.4追加):下図及び*4のように、政府は、国際協力で、「戦闘地域」での多国籍軍等への自衛隊による後方支援範囲を大幅に広げる見直し案を示し、(1)支援する他国部隊が戦闘を行っている (2)提供する物品・役務が戦闘行為に直接使われる (3)支援場所が戦闘現場である (4)支援内容が戦闘行為と密接に関係する を掲げ、この4基準のすべてに該当しない限り、後方支援ができるとしたそうだが、何故、それでよいのかは説明がない。実際には、誰から見ても(敵から見ても)、平和主義の国が行う国際協力だという認識が共有できなければ、世界に敵を増やして、平和主義でいられなくなる。そのため、(1)~(4)の一つでも該当すれば、後方支援はしないという方向の方がよいと考える。

   
     *4の記事より
*4:http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20140604&ng=DGKDASFS0304N_T00C14A6PP8000
(日経新聞 2014.6.4) 安保法制、新たな火種 「戦闘地域」でも後方支援、公明反発「事例で説明を」
 政府は3日、自民、公明両党の安全保障法制見直しに関する会合で、国際協力で多国籍軍などへの自衛隊による後方支援範囲を大幅に広げる見直し案を示した。従来は認めていなかった「戦闘地域」での活動も可能となる内容。反発した公明党は、政府が想定する支援の具体例を示して説明するよう求める構え。政府・自民党は焦点の集団的自衛権の論議に入る前に、新たな火種を抱えた。政府は3日の「安全保障法制整備に関する与党協議」で新しい基準を示した。(1)支援する他国部隊が戦闘を行っている(2)提供する物品・役務が戦闘行為に直接使われる(3)支援場所が戦闘現場(4)支援内容が戦闘行為と密接に関係する――を掲げ、この4基準にすべて該当しない限りは原則、後方支援ができるとした。単純に解釈すれば、自衛隊が戦闘地域に出向いて他国軍に水や食糧を提供したり、負傷兵を治療したりするなど幅広い支援が可能となる。新基準でも認められないのは、戦闘中の他国軍に現場で武器弾薬を直接渡すことなど極めて限定的なケースになる見通しだ。政府は過去の自衛隊の後方支援では「活動は非戦闘地域に限る」との制約をかけてきた。憲法9条が海外での武力行使を禁じているためだ。戦闘中の場所で他国軍に支援することは「他国の武力行使と一体化する」と見なし、憲法違反になるとの解釈をしている。政府は他国の武力行使と一体化する活動を認めないとの解釈を維持。そのうえで「戦闘地域」と「非戦闘地域」など曖昧な概念で線を引いて「一体化か否か」を判断してきた従来の基準を見直す。政府関係者は「新しい概念で線引きを明確にして自衛隊の活動範囲を広げるべきだ」と訴える。公明党の北側一雄副代表は協議後、記者団に「新基準では相当広い支援ができるようになる」と自衛隊の野放図な活動拡大に懸念を表明。党幹部は戦闘地域での支援は認められないと強調した。自民党にも戸惑う声が上がった。幹部の一人は「自衛隊派遣のリスクが大きくなり国民から理解を得られるか分からない」と漏らした。公明党の理解を得やすいと考えてきた分野でも火種が生じたことに頭を抱える。自公は3日、週1回ペースだった協議回数を増やすことを確認。安保法制見直しで掲げた15事例のうちまだ1事例も対処方針で合意しておらず、安倍晋三首相が意欲を示す集団的自衛権の行使容認に関する事例は議論にも入れていない。このままでは公明党がさらに議論に時間をかけるのは必至だ。政府内には支援の拡大範囲を抑える軌道修正を図るべきだとの声も出ている。

| 日本国憲法::2013.4~2016.5 | 04:55 PM | comments (x) | trackback (x) |

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