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2014.8.11 全局そろって一日中台風の報道しかせず、コピペを批判するような愚かなメディアには、本当の民主主義は造れず、パソコンを使った省力化・効率化をも逆行させる
(1)「コピペ=悪」というのは誤りである
 *1~*3に書かれているように、新聞は、「コピー&ペースト(略してコピペ)」を批判している。しかし、安倍首相も小保方氏も、文屋(ブンヤ)とは異なり、命をかける本来の仕事は文章を書くことではない。そして、安倍首相の場合は政策を選択して実行するのが仕事であり、小保方氏の場合は新しい研究を完成させることが仕事であって、その手段として、挨拶をしたり、論文で経過報告をしたりしているにすぎない。つまり、文章に命をかけているのではなく、文章は必要なことを伝える手段にすぎないのだ。

 そのような中、最近、記者の視点から、*1、*2のように、「コピペ=悪い」という論調が多いが、平和記念式典の歴史的経緯や式典の目的が変わらない以上、そこで述べるべき内容が、毎年、大きく変わるわけはないと、私は思う。何故なら、私も、衆議院議員時代、よく地元の戦没者追悼記念式典で追悼の辞を述べたが、最初にその歴史的経緯や式典の目的をよく調べて最善の追悼の辞を考えておけば、よりよい内容を思いつかない限り、次の年もあまり変更せずに使うことになったからだ。そのため、「コピペ=悪」というのは、国会議員や首相の本当の仕事や行動を知らない“ブンヤ”の発想だと思うのである。

 なお、式典で挨拶する時は、事前にその式典の歴史的経緯や目的を調べ、それにあった挨拶をするのが当然で、一日にいくつもの式典や行事に列席して挨拶するために、私は、それらを調べて下書きするところまでは秘書(部下)にさせ、最後にレビューして自分の考えを入れて仕上げ、文責を自分にできるようにしていた。一般社会では、部下に調査や下書きをさせるのは普通だが、それを、私が部下に書かせて自分で書いていないなどという批判があったのは、人を馬鹿にするにも程があると思って呆れた次第だ。

(2)デジタル時代の省力化・効率化はコピペから始まる
 デジタル社会となり、情報がせっかくデジタルで手に入るようになったのだから、いろいろなHPから情報をとって文章を繋げ、自分のレポートの一部に採用するのは、省力化・効率化の有効なツールである。そのため、「すべてのコピペは悪い」とするのはおかしい。

 もちろん、参考文献も示さずに、他人の文章を自分の考えであるかのように書くのはお粗末だが、そういう人は表明したい自分自身の考えのない人であり、最も可哀そうな人である。しかし、自分の考えを表明する前に、一般論の部分をコピペで記述するのは、現在、多くの人が行っている普通の方法であり、私も、コピペで間に合う文章を、いちいち打ち直すような時間の無駄はしない。

(3)研究論文の場合、重要なのは内容・文責・出典の明記だ
 そもそも、研究論文はビジネス文書とは異なり、内容に新しさがなければ、その論文を出す意味がない。そのため、コピペだけで価値のある論文を書くことはできず、コピペの部分は過去に他の人が書いたことであるため価値がない。つまり、論文の重要な部分は、新しく述べる内容とその科学的根拠、発見者・文責であり、他人の知識や研究を前提として、その上に議論を展開する場合は、前提とした論文や著書について、その出典を明記しなければならないのである。

 そのため、小保方氏の論文の冒頭部分が、アメリカ国立衛生研究所(NIH)サイト上にある文章と類似していたとしても、それが一般的な知識であったり、出典が明記されていたりすれば、その論文の肝の部分ではないため、(自分なりに咀嚼して変えておくのが普通ではあるが)問題はない。また、参考文献のリストもコピペだったという批判があるが、前提とした他人の論文や著書を参考文献として記載するのだから、参考文献のリストの一部がコピペになる場合もある。

 つまり、*3の批判のうち「コピペ」「流用」については、内容の本丸を科学的に攻めることができずに、手続きにいちゃもんをつけているだけのくだらない批判なのである。しかし、「不適切な加工」というのは、STAP細胞の科学的根拠が怪しくなったため再実験をしているということで、テクニックがあって本人しかできない場合もあるため、本人がやってはいけないということはない。

*1:http://www.saga-s.co.jp/news/national/10201/92466
(佐賀新聞 2014年8月9日) 昨年と酷似、長崎も「コピペ」?首相あいさつに批判続出
 原爆投下69年の6日に広島市で開かれた平和記念式典でのあいさつが「昨年のコピペ(文章の切り貼り)」と指摘された安倍晋三首相は9日、長崎市の平和祈念式典でも昨年と酷似した文章を読み上げ、被爆者から「がっかり」「使い回しだ」と批判の声が上がった。長崎市の式典で安倍首相はあいさつの冒頭、「被爆の辛酸をなめた私たちは、にもかかわらず、苦しみ、悲しみに耐え立ち上がり、祖国を再建し、長崎を美しい街としてよみがえらせた」と昨年と同じ言い回しを使った。「被爆68周年」「68年前の本日」の数字部分がそれぞれ「69」に変わっただけだった。

*2:http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014081002000119.html
(東京新聞 2014年8月10日) 「ずさんすぎる」怒り 長崎も文章使い回し? ほぼ半分、昨年と同じ
 安倍晋三首相が九日に長崎市で開かれた平和祈念式典で行ったあいさつは、文章のおよそ半分が昨年と同じ表現だった。六日に行われた広島の平和記念式典のあいさつに対しては、「コピペ(文章の切り張り)だ」と批判を受けたが、同じような事態が長崎でも繰り返され、被爆者からは怒りの声が上がった。長崎でのあいさつの冒頭は、原爆の犠牲者を悼み、長崎を復興させた人たちの努力に触れた。この中で昨年と表現が違うのは原爆投下からの年数のみ。昨年のあいさつで「六十八年前」だったのが、「六十九年前」と直されただけだ。核兵器廃絶への誓いを述べる末尾の部分も、昨年とほとんど同じだった。広島でのあいさつが批判された後、加藤勝信官房副長官は「一年一年、中身を吟味しながら、犠牲者や平和に対する思いを盛り込んで作っている」と釈明していた。しかし、長崎でも昨年と同じような表現が目立ったことで、あいさつ文作りがおざなりである印象が強まった。こうした式典でのあいさつは通常、秘書官や担当省庁が作成し、首相が最終的な文言調整を指示して完成させることが多い。施政方針演説などのように閣議決定を経るわけではないため、安易に使い回された可能性がある。長崎の被爆者からは早速、批判が相次いだ。式典後、首相と被爆者五団体との面談では、長崎原爆遺族会の正林克記(まさばやしかつき)会長は、首相に直接「私もちょっとがっかりというか、被爆者みんながびっくりした状態だ」と伝えた。式典で首相のあいさつを聞いた長崎原爆被災者協議会の山田拓民(ひろたみ)事務局長は、本紙の取材に「秘書官が書いたのか首相が書いたのか知らないが、そっくりそのまま読ませる方も読ませる方だし、読む方も読む方だ。ずさんすぎる」と批判。「被爆者のことを少しでも意識していれば、同じあいさつをするわけがない。広島の式典でも追及されたのに、長崎でも繰り返すのはわれわれを侮辱している」と怒りを隠さなかった。

*3:http://diamond.jp/articles/-/51158 (高橋大樹 2014年4月4日) STAP細胞をめぐるコピペ騒動は他人事じゃない!もう一度学びたい「安全なビジネス文書」のつくり方
 STAP細胞をめぐる小保方晴子さんへのバッシング報道は、止まることを知らない。今やSTAP細胞の存在自体に疑義が呈されているが、目下小保方さんが真に問われるべきは、故意にせよ過失にせよ、データや文章の「コピペ」「流用」「不適切な加工」などを行ってしまったことのモラルについてだろう。こうした資料やレポートの作成に対する法的、倫理的感覚の欠如は、何も学生や研究者に限ったことではない。ビジネスマンにとっても、他人事ではないはずだ。学者の論文とビジネス文書とでは製作過程も性質も違うが、「人に自分の考えを正しい方法でアピールし、認めてもらう」というコンセプトは同じだ。STAP細胞騒動を教訓にして、新人や若手社員をはじめ、ベテラン社員もいま一度文書のつくり方を学び直してみたらどうだろうか。「コピペ」に頼らず、自分のビジネススキルを最大限に活かすための「安全で刺さるビジネス文書」のつくり方をお伝えしよう。
●「コピペ」「流用」「不適切な加工」、小保方さんが真に問われるべき責任、いったいなぜ、こんな事態に陥ってしまったのか――。
 理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 細胞リプログラミング研究ユニットで、研究ユニットリーダーを務める小保方晴子さんが、全ての生体組織と胎盤組織に分化できる多様性を持った万能細胞「STAP細胞」の存在を発表したのは、今年1月のこと。世界的な大発見とあって注目度は大きく、報道が過熱。「割烹着」「女子力」「リケジョ」など、研究成果と直接関係のない分野にまで話題は広がり、「オボちゃんフィーバー」が巻き起こった。ところが2月から3月にかけて、状況は一変。英国の科学誌『ネイチャー』に掲載されたSTAP細胞の論文に関して、ネット上での検証を皮切りに、複数の疑惑が発覚したのだ。一部の画像については不適切な加工や、STAP細胞10+ 件とは関係のない小保方さん自身の博士論文からの流用が、また一部の文章については他者の論文からのコピペ(コピー&ペースト)が指摘されている。さらに、この騒動に乗じて持ち上がったのが、かつて小保方さんが執筆した博士論文の内容の一部が、他の文章からコピペされていたのではないかという疑惑だ。冒頭部分の約20ページが、アメリカ国立衛生研究所(NIH)サイト上にある文章と類似していることが指摘された。これらの疑惑が広まり始めると、報道は一気に小保方さんバッシングへと傾いた。説明を求められた理化学研究所の調査委員会は、3月末に発表した報告書で「小保方さんによる不正行があった」と指摘したが、小保方さんは代理人弁護士を通じて「承服できない」とこれに反論している。

| 民主主義・選挙・その他::2013.12~2014.11 | 01:28 PM | comments (x) | trackback (x) |

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