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2009.8.9 報道関係各位 記者会見



「みんなの党」が結成され、そこから、佐賀三区の小選挙区と九州比例ブロックでの
重複立候補をさせてもらえることになりましたので、その経緯を、地元の記者クラブの
皆さまにお話しているところです。 花

内容は、以下のとおりです。

2005年9月の衆議院議員選挙で、私が、ふるさと佐賀三区を地元として衆議院議員
になった理由は、次のとおりです。
 ①わが国の行財政改革を頓挫させないためには、小泉首相の郵政解散を失敗させ
   てはいけないと思ったこと
 ②前から、本当に合理的な税金の使い方をするには、国に公会計制度を導入して
   行政評価と連動させ、前年度の決算を次年度の予算に反映させる仕組みを作
   らなければならないと思っていたこと
 ③経済、環境、財政、税制や年金・医療・介護・教育・保育などの社会保障につい
   て、国でやるべきことが多かったこと
 ④政策には、女性の視点が必要であるにもかかわらず、現在、女性議員の割合が
   少なすぎるし、私のふるさとである九州、佐賀県は、さらに女性議員が少ないの
   で、私が、そこから衆議院議員になっていることは貴重だと思うこと

また、ふるさとである地元の地域再生やまちづくり、企業誘致、農林漁業の活性化な
ど、地元でやるべきことも多かったため、これまで、地元、佐賀三区をフィールドと考え、
徹底して歩いて地元の皆さまとお話ししたり、懇談会を開いたりして、国の政策にして
きました。そして、それを地元に戻して適用してもらい、やりにくい点はさらに国の政策
を改善するというフィードバックの形をとって、この4年間、仕事をしてきました。

けれども、今回の衆議院議員選挙におきましては、自民党は保利耕輔氏を公認いたし
ましたので、私は、ふるさと佐賀三区を地元として衆議院議員選挙に出るために、2009
年7月31日付で自民党を離党し、渡辺喜美さんが立ち上げられた「みんなの党」から、佐
賀三区と九州比例ブロックで重複立候補することにいたしました。

「みんなの党」に集まった人は、渡辺さんも私も、自民党の中の改革派でした。無所属
だった江田さんや民主党から来られる浅尾さんも、改革派です。そして、私たちは、「本
当の改革」を進めていくつもりであり、選挙後の政界再編では、改革派の新しい政治家
が集う場所になることを目指しております。そのため、是非、応援をお願い申します。


| 主に衆議院議員時代の活動::地元での活動 | 06:35 AM | comments (x) | trackback (x) |

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