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2012.2.29 普天間飛行場及びエネルギーの転換から見たメディアの論調における思考の浅さについて (4月1日、後日談追加)
 毎日新聞だけでなく、どのマスメディアも米軍普天間飛行場の辺野古への移設問題について、同じパターンの論調で報道しており、その思考にはヒューマニズムや深い考察が感じられない。そして、政治家は、そのようなマスメディアにイメージを作られたり、扇動されたりするため、それに対応して行動しなければならず、正論のための政策論争ができずに、おかしな基準で有権者に選択されることになっていることに思いを致さなければならない。これは、我が国の“民主主義”の危機なのである。

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120227-00000019-mai-pol
 <野田首相>「辺野古が唯一有効」 沖縄知事「県外」譲らず (毎日新聞 2月27日)
 沖縄県を就任後初めて訪問中の野田佳彦首相は27日午前、仲井真弘多(ひろかず)知事と県庁で会談した。首相は、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の移設問題を巡る民主党政権の迷走を陳謝。「日米両政府で辺野古移設が唯一、有効な方法と確認しながら進めている」と名護市辺野古への移設に理解を求めた。仲井真氏は「辺野古はものすごく時間がかかる。国内の別の地域を探した方が早い。県外移設を検討、実現してほしい」と主張し、平行線に終わった。
←批判1:野田首相は、「問題の本質は“迷走”であり、“陳謝”すれば“理解”される」と思っている点で傲慢である。つまり、反対している人が理解していないのであり、反対の原因は迷走したことであって、自分が頭を下げれば(実際には何の役にも立たない)、このような大切な問題が水に流されて要求が通ると考えるているのは、大変、相手を見下したものの考え方なのである。
←批判2:辺野古移設が唯一有効な方法だと考えているとすれば、野田首相は、思考力がないか、自分でものを考えようとしていないかであろう。。

【首相・沖縄知事会談】「移設押し付けは差別」300人抗議
←賛成:そのとおりです。よく抗議しました。

 ◇迷走を陳謝
 会談は報道陣に公開して約15分間行われ、首相は、政権交代時から鳩山政権にかけて掲げた普天間飛行場の「県外移設」を撤回したことや前沖縄防衛局長の不適切発言について「大変ご迷惑をかけ、深くおわびしたい」と頭を下げた。仲井真氏は「辺野古に戻ってきたことに党としての納得いく説明がない」と不快感を示した。
←批判3:「県外移設」の言葉を守れなかったことを陳謝し、今後とも努力することを告げるべきである。野田首相の話は論理性がなく、演説は暗記したことの繰り返しであるが、多分、筋書きは担当官僚で、自分は何も考えていないのだろう。
 
 首相は、「沖縄復帰40年にあたる今年を、沖縄振興と基地負担軽減を具体的に前進させる年にしたい。これは国の責務だ」と表明。在日米軍再編の行程表(ロードマップ)を見直し、在沖縄米海兵隊のグアム移転と沖縄県中南部の米軍5施設・区域の返還を先行する方針などを説明した。普天間飛行場については「固定化させない」と強調し、危険性の除去と抑止力維持を両立する観点から、辺野古に代替施設が必要との認識を示した。
←批判4:在沖縄米海兵隊のグアム移転と沖縄県中南部の米軍5施設・区域の返還を先行する方針はよいが、危険性除去と抑止力維持を両立する観点から考えても代替施設が辺野古にある必要はない。私は、自衛隊基地を九州及び南西諸島の排他的経済水域の国境沿いに配置して、そこに米軍も駐留させればよいと思っている。つまり、迷惑施設の押しつけではなく、本当に機動力のあるネットワークとして部隊を配置すべきである。

 また、仲井真氏が日米地位協定のいっそうの運用改善などを求めたのに対し、首相は在日米軍施設が所在する14都道県の渉外知事会と日米両政府が協議する連絡会議の再開を検討する考えを示した。同会議は08年12月以来休止しているが、藤村修官房長官も27日午前の記者会見で「日米両政府の代表や渉外知事会との連絡会議の開催を今後、米側と相談して検討したい」と述べた。
←批判5:自衛隊基地に米軍を駐留させ、星条旗を日章旗に変えれば問題は解決するが、今頃、連絡会議云々と言っているのは何故だろう?もう戦後60年以上が経ち、世の中の状況も変化しているので、アメリカも兵力と予算の削減になるのなら交渉次第だと思うが・・。
 
 沖縄振興策を巡っては、仲井真氏は野田政権が振興への知事権限を強める沖縄振興特措法改正案など2法案を策定したことや、沖縄振興予算を拡充したことを「何年来の快挙だ」と高く評価。さらに那覇空港の第2滑走路の増設計画について早期着工を求め、首相も理解を示した。
←批判6:沖縄県知事が沖縄振興予算の拡充を歓迎するのはもっともだが、「基地とは、振興予算をつけて迷惑施設として押し付けるものだ」という考え方は卒業してもらいたい。沖縄は、今やガス田の近くにある島であり、観光でも群を抜いた地域である。その資源を大切に活かし、返してもらった基地の広大な空き地を活用して発展することが飛躍への道だろう。

 首相は会談後、普天間移設に関し記者団に「沖縄振興と負担軽減を具体的に確実にやっていくことが信頼醸成、最終的な(沖縄の)理解につながる」と今後の協議に期待感を示した。だが、仲井真氏は記者団に「(県外移設の)主張を変えるつもりは毛頭ない。首相の説明は納得には今ひとつだった」と不満を示した。
←批判7:仲井真知事は頑張っているが、政府は、我が国が沖縄振興という名のバラマキで、波及効果が小さくて発展を産まない金を使うほど金が余っている国ではないことを、いつも考えておくべきである。

 首相は会談後、自衛隊機で普天間飛行場、米軍嘉手納基地(嘉手納町など)、キャンプ・シュワブ(名護市など)を、上空から視察した。
←批判8:首相は、自衛隊機で普天間飛行場、米軍嘉手納基地、嘉手納町、キャンプ・シュワブ(名護市など)だけを、案内されるままに上空から視察したのだろうか。もしそうだとすれば、あまりにも問題意識のない幼稚な行動だと思う。

 なお、私は、衆議院議員になった時には、すでに問題意識を持っていたので、2005年9月の衆議院議員当選後、2006年3月19日には“小泉チルドレン”の仲間と自衛隊機2機に分乗して、普天間飛行場、米軍嘉手納基地、嘉手納町、キャンプ・シュワブ、辺野古を見て、しらかばガス田の上空まで行き、その様子をしっかりと見てきて、2007年には、仲間とともに海洋基本法を成立させた。下の写真は、左から、行ったメンバーと自衛隊機、辺野古沖、中国が採掘しているガス田施設、尖閣諸島の魚釣島(もしくは珊瑚礁)だ。小泉首相は、「おい、危なくないかー」とおっしゃっていたが、中国側は、何もすることなく、しっかりと見せてくれた。写真一番左のメンバーの中には、現在、山口県岩国市長の福田氏も入っている。

    

後日談1:http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/289765 (西日本新聞2012年3月2日)
(ポイント)米太平洋軍のウィラード司令官は1日、下院軍事委員会の公聴会で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への現行移設計画について「最善の選択肢と信じている」と述べ、早期進展に期待を表明した。またグアムへ移転する在沖縄海兵隊の総数が4700人に縮小されると明言した。米軍高官が移転規模を証言したのは初めて。

 3月2日の西日本新聞に、上のような記事が載ったが、日本政府がアメリカ政府とどういう交渉をするかによって、アメリカ政府の見解は変わる。”アメリカ政府の意向(実は、日本政府の意向が強く入っている)”を金科玉条の如く言い、何も変えられないことを前提に話を進めようとするのは、官僚の悪い癖だ。

後日談2:http://www.saga-s.co.jp/news/global/corenews.0.2182692.article.html (佐賀新聞 2012年3月31日 海洋資源の開発強化で一致 / 経産相、沖縄知事と会談)
(ポイント)枝野幸男経済産業相は31日、沖縄県を訪問し、同県振興策をめぐり仲井真弘多知事と会談し、仲井真知事が「沖縄の海底には多くの海洋地下資源がある。(開発の)力添えをいただきたい」と支援を求めたのに対し、経産相は開発強化に取り組む方針を示した。沖縄や小笠原諸島周辺には、レアメタル(希少金属)を多く含む海底熱水鉱床や岩盤があることが判明しており、経産省は日本近海での埋蔵量の調査などを進めている。経産相は知事との会談後、記者団に対し「海洋地下資源は日本にとって重要な資源。開発がうまくいけば、最も海洋資源に恵まれた沖縄の振興にもつながる」と述べた。

3月31日の佐賀新聞に、上のような記事が掲載されたが、これができれば沖縄県にとっても我が国にとっても、Bestである。しかし、何故、今までやらなかったのだろう。私は、2005年から言っているのに。けれども、今頃言うのは遅いが、今頃でも、方針変更しないよりはよい。

| 辺野古・普天間基地問題::2012.2~2015.3 | 11:20 AM | comments (x) | trackback (x) |

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