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2023.10.9~11.4  日本の諸問題 ← 投資の都市偏在、人口の都市偏在、食糧・エネルギー・資源の自給率低迷、輸入依存体質、嫉妬を煽る悪平等主義
(1)ふるさと納税について

 

(図の説明:左図のように、ふるさと納税額は「ワンストップ特例」の導入や税控除額の引き上げで、2015年以降、急速に増えた。また、中央の図のように、1人あたり実質収支が1万円以上の市町村は農水産業が盛んで人口密度の低い過疎地に集中し、まさにふるさと納税の役割を果たしている。その理由は、ふるさとの納税の返礼品である農水産物が豊富だからで、農水産業は収入が不安定で税をとりにくく、必需品であるにもかかわらず自給率が低迷しているため、真のニーズを発掘して農水産業や食品業の振興に貢献してきたことは大きな成果だと言える)

1)頑張った自治体にエールを送りたい
 *1-1-1は、①2022年度のふるさと納税額は9,654億円で3年連続過去最高更新 ②「稼ぎ頭」は人口約400人の和歌山県北山村(住民1人当たり収支122万2,838円)で、返礼品の翌日発送をする ③村は小学校に英語圏の教員を招くなど英語教育を重視し、中学生を海外への語学研修に送り出し、渡航・2週間の滞在費用に寄付を充てる ④2位は北海道東部の太平洋に面する白糠町(104万9194円)で、主力1次産品をふるさと納税の獲得に生かし、町税は10億円足らずだが、イクラ等の返礼品人気から2022年度の寄付額は150億円 ⑤2022年に開校した小中一貫の義務教育学校「白糠学園」の整備に寄付を用い、保育料や18歳までの医療費・給食費無償化、出産祝い金など手厚い ⑥人口1人当たり1万円以上黒字だった自治体は449で、その9割が人口5万人以下 ⑦都道府県全体では佐賀県(2万4549円)が黒字最大 ⑧佐賀県では上峰町(61万5,228円)が突出し、危機的だった町の財政は4月から高校生までの医療費を完全無料化できるほど改善、幅広い公共サービス提供が可能となった ⑨2022年度に最も寄付額を集めたのは宮崎県都城市195億円で、返礼品次第で寄付格差が広がる としている。

 日本は、都市部に製造業・サービス業の集中投資をしてきたため、地方は企業規模が小さく、農林漁業が中心で、高齢化・過疎化が進みがちである。また、i)製造業・サービス業に従事するサラリーマンは所得が安定しており、所得税・住民税を徴収しやすい ii)高齢等で無職になると、所得税はかからず、住民税も小さい iii)企業の法人税・住民税・事業税は本社・工場のある場所で、その規模に応じて支払う という仕組みになっている。

 そのため、②③の和歌山県北山村の徹底した英語教育に寄付額を充てたり、④⑤の北海道白糠町の小中一貫義務教育学校の整備や保育料・18歳までの医療費・給食費無償化に寄付額を充てたり、⑧の佐賀県上峰町のように危機的だった町財政を高校生まで医療費完全無料化できるほど改善して幅広い公共サービス提供も可能になったというのは、大都市には前からあったサービスを、地方はふるさと納税制度による寄付金を使ってやっと行えたということなのである。

 従って、国民が地元農水産物の返礼品や政策によって住民税の支払先を決めることができるふるさと納税額が、①のように3年連続で過去最高を更新し、⑥のように、人口1人当たり1万円以上黒字だった自治体の9割が人口5万人以下だったのは大変良いことだと、私は思う。

 また、⑨の宮崎県都城市はいつも寄付額が上位なので感心していたのだが、製造業・サービス業が少なく農水産業で日本の食糧自給率に貢献している地方が、優れた農水産物の返礼品で寄付を集めたのは、システム的に生じた大きな格差を少し埋め合わせたにすぎない。にもかかわらず、これを「寄付格差が広がる」などと言って批判するのは、頑張って地場産品を磨いた自治体に対し、悪平等主義を振りかざして嫉妬を煽る的外れの行為であり、その根源には「教育」という重要な問題があるのである。

 つまり、後で詳しく書くが、*2-1のように同じ場所でオリンピックを開いて兆円単位の経費を国や都から支出した東京都、*2-2のように同じ場所で万博を開いて作っては壊すだけのパンビリオンの建設費等が約2,300円程度まで上ぶれすると国に援助を求めている大阪府など、無駄遣いの限りを尽くしながら必要なことをしていない大都市が言える苦情は全くない筈だ。

 また、*1-2-1は、⑩佐賀県と県内20市町の2022年度のふるさと納税寄付総額は前年度比18.97%増の416億4,278万円で全国5位 ⑪市町別最多は上峰町の108億7,398万円で全国6位 ⑫県内市町で寄付額が多いのは上峰町108億7,398万円、唐津市53億9,861万円、伊万里市29億2,554万円、嬉野市28億4,415万円、みやき町22億3,625万円で10億円を超えたのは7市7町 ⑬ふるさと納税の収支は県内20市町いずれも黒字 ⑭総務省は2019年に返礼品は寄付額の3割以下の地場産品に限り、経費は寄付額の5割以下とする新ルールを設けた としている。

 農林漁業の盛んな佐賀県は、ふるさと納税制度導入当初から県を挙げて頑張ってきたので、⑩⑪⑫⑬は、結果が出て本当によかったと思うし、これからも産品を磨いてもらいたいと思う。

 しかし、総務省は、⑭のように、2019年に返礼品は寄付額の3割以下の地場産品に限り、経費は寄付額の5割以下とする新ルールを設けたそうで、地場産品に限るのは良いとしても、その地域が力を入れたい(or急遽売りさばきたい)産物の返礼品にも杓子定規に3割基準を当てはめたり、輸送コストが上がってますます不利になっている遠方の自治体に5割基準を当てはめたりするのは、むしろやりにくさを増すのではないかと危惧している。

2)寄付総額の抑制は必要か
 佐賀新聞が論説で、*1-2-2のように、①2022年度に全国の地方自治体が受け入れたふるさと納税総額は1兆円近くに膨らみ ②生活防衛策として返礼品に期待する人も多く増加傾向が続き ③10月から制度が微修正されたが「生まれ育ったふるさとに貢献」という導入の目的からかけ離れたままで抜本的見直しを求めたい ④寄付としながら「官製通販」と批判されるのも頷ける ⑤ふるさと納税は地域経済の活性化に一役買った面があり、返礼品を扱う地元企業は商品開発に力を入れ、売り上げが伸びた ⑥子育て支援等の課題解決に寄付を集め、対策予算を増やすこともできた ⑦空き家となった実家や墓のある自治体に寄付して管理や掃除を業者に依頼できるケースもある ⑧首長、自治体がやる気を出して新しい政策をつくる素地を育てた ⑨人気が出る返礼品を開発しようと営業戦略の専門家を職員に採用する自治体も出た ⑩都市部の住民が地方の自治体に返礼品を目当てに寄付して税収が移るゼロサムゲームになっている ⑪寄付で潤う自治体が固定化され、公平性が気になる ⑫寄付総額の約半分は返礼品の会社や仲介サイトの運営企業等の収入になる ⑬それは行政が使っていた筈の税収で、住民サービスの低下に繋がる恐れ ⑭政府は東京一極集中是正を目標に掲げた「地方創生」を2014年に打ち出し、その目標は今も堅持しているが、それでも人口集中が続き、税収が都市に集まる構図は変わらない ⑮国土の均衡ある発展による税収平準化は難しい ⑯自治体の税収格差を是正するには、ふるさと納税ではなく、都市部と地方が意見を交わしながら、納得できる是正策を探ることを提案したい ⑰現行制度は高所得者ほど多く寄付ができ、節税効果が大きく、富裕層は例えば「最大20万円」と定額の上限を設定することは可能ではないか ⑱ふるさと納税による寄付総額をどの程度に抑えるか議論し、個人が寄付できる額を段階的に引き下げるべき としている。

 この記事は共同通信により配信されたものだが、佐賀新聞が論説に記載している以上、文責は佐賀新聞にあり、1)のように、佐賀県の首長はじめ自治体の行政が頑張っているのに反する。

 また、①⑬については、都市が「税収減で住民サービス低下に繋がる」などと苦情を言うのは、⑭のように、「国が都市に集中投資してきたため生産年齢人口は都市に集まったが、都市は無駄遣いが多くやるべきことをやらなかったのだ」という事実を無視した上、⑪のように、ふるさと納税で頑張った自治体が寄付で潤うことを不公平としている点で、教育に問題がある。

 さらに、ふるさと納税で返礼品があり、自治体がそれを育てている以上、②のように、寄付者が返礼品を生活防衛策に当てるのは自由であり、③の生まれ育ったふるさとは、日本であったり、自分の出身地であったり、配偶者の出身地であったりしても良い筈だ。さらに、少なくとも使い道を選んで寄付できるため、膨大な無駄遣いをされるよりはずっと良いのである。

 また、④のように、「官製通販」になったおかげで、自治体職員が自分の地域の宝物を発見して金に変えるという発想を持てるようになり、⑧のように、首長や自治体の職員がやる気を出して、⑤のように、地域活性化に一役買ったのである。これは、⑯のように、都市部と地方が意見を交わしても決してできないことなのだ。

 また、政策を選んで寄付できたことにより、⑥⑦などの真に求められる財・サービスが開発されたのであり、⑨のように、営業戦略の専門家を職員に採用して人気の出る返礼品を開発しようとする自治体が出たことも、今後の地域活性化に役立つと思われる。

 それで、何がいけないのかと言えば、⑩の「都市部の住民が地方の自治体に返礼品を目当てに寄付して税収が移るゼロサムゲームになっていること」だそうだが、これについての回答は、1)で述べたとおりだ。また、⑪のように、「寄付で潤う自治体が固定化されたから不公平」というのは、「頑張っている自治体がいつも成功しているから不公平だ」と言うのと同じで、悪平等主義を作った根深い教育の問題である。さらに、⑫については、それをもったいないと思えば寄付を受ける自治体自身が職員を増やすなどして行えばよいため、選択の自由があるわけだ。

 そのため、⑮⑯のように「国土の均衡ある発展による税収平準化は難しい」「自治体の税収格差是正には、都市部と地方が意見を交わしながら納得できる是正策を探ることを提案したい」というのは、ふるさと納税制度の導入前と同じく、公平にならない上に無駄ばかり生むと考える。

 また、⑰の「高所得者ほど多く寄付ができて節税効果が大きいのは問題なので、富裕層は最大20万円のような上限を設定すべき」や⑱の「ふるさと納税による寄付総額をどの程度に抑えるか議論して個人が寄付できる額を段階的に引き下げるべき」というのは、高所得者は努力して自分に投資し、所得を増やして多く納税している人であることを忘れた成功者叩きであり、これでは国の発展がおぼつかないため、やはり根深い教育の問題と言える。

3)ふるさと納税反対派の悪平等主義に基づく「歪み」論
 *1-1-2は、①ふるさと納税が1兆円に近づき、自治体間格差が広がって税収が流出する都市部の不満が膨らむ ②都市部に税収が偏っているとして、地方が求める地方法人課税の偏在是正にも影響するかもしれない ③歪みを正すため、ふるさと納税の拡大に一定の歯止めを考える時期だ ④住民税の税収は13兆円で寄付額は3兆数千億円まで膨らむ余地がある ⑤賃上げで税収増が続けば寄付額はさらに拡大する可能性 ⑥都道府県と市区町村1788自治体のうち10億円以上集めたのは226自治体で合計6,179億円であり、13%の自治体で全体の2/3の額を集めた ⑦上位の顔ぶれは海産物や肉類などの産地に固定化 ⑧ふるさと納税は返礼品の需要が地場産品の振興を支え、知名度の乏しい産地が消費者に知ってもらう意味は大きかったが、制度開始から15年経ってその役割は果たしつつある ⑨高まった知名度を企業誘致や移住に生かし、ふるさと納税に頼らず、税収を増やす道も探ってほしい ⑩ふるさと納税は高所得層ほど利用率が高く、メリットも大きいことに批判がある ⑪規模拡大に歯止めをかけるために考えたいのが、都市部に多い高所得層の利用額への上限 としている。

 このうち①②③④⑤は、これまで国からの集中投資を受け、日本全国の生産年齢人口を吸収しながら無駄遣いばかりしてやるべきことを怠り、食料もエネルギーも他の地域に依存している大都市が言うべきことではなく、無駄遣いを止めて生産性の高い支出に切り替えればよいのだ。

 また、⑥⑦については、「農水産物を生産している、高齢化した過疎地が、よく頑張った」と褒めることはあってもけなすことはない。それどころか、努力もせずにふるさと納税収支を赤字にしている大都市が、妬みがましく苦情を言うことを許す方が、社会に与える影響は悪い。

 なお、⑧⑨については、国が地方に投資して企業誘致や移住が進み、大都市との税収格差がなくなってから言えばよいことで、その目途も立たないのに事実に反する不明確なことを新聞に書くのも、根本は教育の問題である。

 さらに、⑩⑪の「ふるさと納税は高所得層ほど利用率が高く、メリットも大きいため、高所得層の利用額に上限をかけたい」というのは、高所得層ほど自己投資した人で、それを助けたのはふるさと等での教育であり、その結果として、高い税率で高額の所得税・住民税や高い社会保険料を支払っているのだということを忘れた主張である。

 また、*1-1-3は、⑫宮崎県都城市は、ふるさと納税の寄付金で、2023年度、大胆な人口減少対策を打ち出し、両事業の予算額は計10億円 ⑬都城市の2022年度寄付受け入れ額は全国最多の195億円で、主要税収である住民税(65億円)の3倍 ⑭市内の返礼品事業者でつくる団体が自費で広告を出すなど官民を挙げた取り組みで、返礼割合を3割以下とする規制が始まった2019年度以降も好調を維持 ⑮寄付を元手に、最大100万円の移住支援金や家賃補助などを用意し、2022年度の移住者は過去最多の435人 ⑯2022年に寄付した人の56%は三大都市圏の住民、累計額の89%は三大都市圏以外の地域への寄付で、制度の狙い通り ⑰上位は北海道や九州の自治体が目立ち、累計寄付額の58%が上位1割に集中 とも記載している。

 このうち⑬⑭については、「いつも全国上位にいる宮崎県都城市の工夫はさすがだ」と素直に褒めればよいのだ。また、⑫⑮の使い道も正しいと思うが、それでも2022年度の移住者は過去最多でも435人しかおらず、努力しなくても人口流入の多い都市圏とは大きく異なる。

 従って、⑯のように、2022年の寄付者の56%は三大都市圏の住民で、累計額の89%は三大都市圏以外の地域への寄付というのは、制度の狙い通りなのである。そして、⑰のように、上位に北海道や九州の自治体が目立つのは、これらの自治体の危機感の表れであろう。

 さらに、*1-1-4は、⑱ふるさと納税は、名目は善意の寄付だが実態は節税手段 ⑲年数千億円の税収が消え、財政の歪みも招いている ⑳利用者が多い大都市の自治体は、住民税収の落ち込みで行政サービスの低下が避けられないとして、制度の見直しを訴えている としている。

 ⑱については、そうしか見えないような人間を育てた教育は著しく悪いし、⑲⑳については、何度も書いているとおり、投資で優遇されてきたため生産年齢人口の割合が高い大都市は、無駄遣いをなくして生産性の高い支出をすれば、行政サービスのコストは賄える筈なのである。

(2)国の投資や人口の偏在、不効率な歳出
1)国の投資の偏在と人口の偏在


  Gakumonmo(日本の工業地帯)    総務省(人口密度)  2023.1.30日経新聞

(図の説明:左図のように、日本では、太平洋ベルト地帯に工業地帯を作るよう集中的に投資がなされてきた。その結果、中央の図のように、これらの地域で人口密度が高くなり、近年は、右図のように東京圏への人口の社会的移動が多くなって、さらなる人口集中が進んでいる。しかし、人口が集中する地域では、地価の高騰・水不足・混雑が起こり、過疎地では水道や鉄道の維持が困難になり、国全体の食料自給率も下がり、税収の著しい偏りが起きている)

 工業地帯を作るための国の投資は、工業地帯そのものの形成だけではなく、原料や製品を運ぶための港湾・鉄道・道路や従業員のための住宅地・店舗・学校・文化施設など多岐にわたる。そのため、その地域はますます便利になって、さらに人を集めるのだが、限度を超えて人口が集まると地価の高騰・水不足・過度の混雑が起きて、工業地帯としての利便性も住環境も悪化する。

 また、世界の経済状況が変わり、日本は、とっくの昔に安い労働力を使って米国に輸出する安価な製品を作る工業地帯(太平洋ベルト地帯)が優位な時代ではなくなっているのだが、未だに経産省・メディア・政治家の中には頭の切り替えができていない人が少なからずいるようだ。

イ)東京オリンピック・パラリンピックの事例から
 *2-1のように、2021年、2度目の東京オリンピック・パラリンピックが東京で開催され、競技会場の建設・改修費や大会運営費を合わせた「大会経費」は開催都市である東京都・組織委・国が分担した。そして、その経費は、招致段階の「立候補ファイル」は7,340億円だったが、最終的には3兆700億円以上となり、そのうち国の負担額は関連経費を含めて1兆600億円以上にのぼって、国の負担額は過疎地も含む国民の税金で賄われることとなった。

 私は、前回の東京オリンピック・パラリンピックのために作られた競技場等の建物は、適時に修繕・改修していれば、立て直す必要はなかったと思うため、別の場所で開催するならまだしも、東京という同じ場所で2度もオリンピック・パラリンピックを開催して競技会場の建設費や改修費を国民の税金から出すことには反対だった。その上、無観客になったため、オリンピック・パラリンピックを開催した効果はさらに低まったと思う。

 そのため、東京で2度もオリンピック・パラリンピックを開催した費用対効果は、今後のためにも、明確に出すべきである。

ロ)大阪万博の事例
 大阪も、これまで国が投資をしてきて人口が集中している地域だが、*2-2のように、2025年に2度目に開催する大阪・関西万博で経費が膨らみ、国の財政支援を検討しているそうだ。

 万博の建設費は、約450億円増の約2,300億円程度まで上振れする可能性があり、建設費負担は、国・大阪府市・経済界で3等分することが閣議了解され、地元の府市両議会は再度増額が生じた場合は「国が責任をもって対応」とする意見書を可決しているが、膨らみ続ける万博費用の全容は未だ見えず、政府は、警備費を全額国負担とし、交付金による財政支援も検討しているのだそうだ。

 しかし、やるべき本質的な投資は山ほどあるのに、作っては壊すだけの建物を建ててお祭りをし、過疎地を含む国民の税金を無駄に費やす価値がどれだけあるのか、2度目の大阪万博にもまた疑問が多いため、今後のためにも、費用対効果のチェックを明確に行って公表すべきだ。

ハ)札幌冬季オリンピック・パラリンピックの事例
 2030年冬季オリンピック・パラリンピック招致をめざしている札幌市は、*2-3のように、2030年の招致を断念し、2034年以降に切り替える方針を固めたそうだ。

 私は、汚職や談合でイメージが悪化したから反対するのではなく、特定の都市で2度以上、オリンピック・パラリンピックを開いて「まちづくりの起爆剤」とし、他の地域の国民も支払った税金を原資とする国の支出を得るのに反対なのである。せっかく最初のオリンピック・パラリンピック時に作った都市インフラなら、その街が適時に修理・改修していくべきであり、再度オリンピック・パラリンピックを開いて2匹目のドジョウを狙うのでは、とても賛成できない。

 さらに、地球温暖化で積雪もままならず、人工雪を降らせて冬季オリンピック・パラリンピックを開催することになれば、さらに支出が増加し、感動は減少するため、札幌は2034年の招致も断念して、より冬季オリンピック・パラリンピックに適した開催地に譲った方がよいと思う。北海道は、冬季オリンピック・パラリンピックの開催よりもやるべきことが多いのではないか?

2)その他の不効率な歳出事例
 1)に書いた事柄は、お祭り騒ぎをして効果の少ない無駄使いをしている例だが、その他にも、*2-4のような無駄使いがあり、それは、従業員の給与を一定以上増やす際に納税額を減らす「賃上げ促進税制」である。

 何故、無駄遣いになるかと言えば、賃金を上げられるためには、賃上げした後も長期にわたって企業の利益が確保されなければならないが、いつまで続くかわからず賃上げの一部しか補填されない減税では、黒字企業であっても賃上げは難しく、法人税を支払っていない赤字企業には恩恵がないからである。

 そのため、賃上げをさせたいのなら、i) 国として生産性を上げるための投資を促す ii) 電力・ガス・燃油等のエネルギー代金を引き下げる iii) 地代(不動産価格・不動産賃貸料)を安くする など、長期にわたって利益を増加させる政策をとるべきなのだ。

 しかし、i)については、生産性を上げるための企業活動はむしろ抑えられて促されず、個人の教育費は著しく高い。また、ii)については、石油ショックから50年を経過してもなお化石燃料にしがみつき、国産の再エネによって電力・ガス等のエネルギー代金を引き下げるためのエネルギー改革やそのための投資は言い訳ばかりして進めず、国富をエネルギー代金として海外に流出させた上、エネルギー自給率を先進国で突出して低い状態においているのだ。

 さらに、iii)の地代については、この10年間、不動産価格や不動産賃貸料を上げる方向の政策を採ってきたため、企業のコストは上がり、日本で製造していては利益が出ない状況になって、国内の製造業は瀕死の状態になっているのである。

 また、地代の高騰理由には、工業地帯への過度な集中もあるが、過疎地であっても中国・インド・東南アジアと比較して地代・エネルギー・人件費などのコストが高すぎる。つまり、一部の人が得をするための無理筋の政策は、あらゆる場所に響いているのだ。

 なお、税収増があるのなら、過剰な国債残高を正常に戻すべく、まず返済するのが筋である。

(3)産業政策について
1)農地の減少と食料自給率低迷の問題点

  
              Sustainable Blands        2023.10.16日経新聞

(図の説明:左図のように、世界の人口は2050年には97億人になり、アフリカ・インド・中国の順で大人口を抱える。また、「食料が十分にあれば」だが、中央の図のような人口構成になると推測される。日本では、右図のように、「少し人口が減った」と大騒ぎしているが、各国が自国民のために食料を囲い込んだ時、食料自給率が38%しかない日本は、国民を養えないだろう。何故なら、その時点では、工業はどの国も発達しているからである)

 (2)1)で述べたとおり、国の投資で工業地帯ができ、港湾・鉄道・道路・店舗・住宅地等が整備されれば、関連企業や生産年齢人口がそこに集まり、住民税・事業税の徴収額が増えるため、地方自治体は、優良農地もつぶして工業地帯にした方が税収増になる。そのため、農地が減って食料自給率はますます下がり、空き地になっても農地に戻すことはないが、それでいいのかが問題である。

 世界の人口は、2050年には97.4億人になると推計されており、今から27年後の2050年には、インド・中国だけでなく東南アジアやアフリカでも工業化が進んで、技術も高度化する。つまり、工業製品は、日本だけでなくどこででも作れるし、コストの安い国が比較優位であるため、そちらに生産が移行して技術が蓄積されるのである。

 しかし、2050年の97.4億人を支える食料が十分にあるかどうかは疑問で、食料不足になれば各国が自国民を優先するのは当たり前であるため、その時の日本は、たった38%の食料自給率で国民を養えるわけがなく、工業製品よりも食料の方が貴重品になるかも知れないわけである。

2)農地減少と食料自給率低迷の解決策は輸入か!
 このような中、*3-1-1は、①日本政府は、有事(異常気象不作・感染症流行、紛争)に食料不足が見込まれる際、代替調達ルートといった輸入計画を提出するよう、商社やメーカー等の大企業に求める ②農水省が食料安保の一環として2024年通常国会への新法提出 ③植物油・大豆等の栄養バランス上摂取が必要で、自給率の低い品目が対象 ④企業に求める計画に潜在的代替調達網・輸入規模・時期を盛り込むよう促す ⑤国内備蓄で対応困難な時、まず企業に計画の提出を要請し、深刻度に応じて要請から指示に切り替え ⑥輸入価格高騰で国内販売困難時は国が資金面で調達支援 ⑦日本の食料自給率はカロリーベース38%、大豆25%、砂糖34%、油類3% ⑧食料安保の確保には官民挙げて安定的輸入体制を築く必要 としている。

 まず、①⑤⑧については、地球温暖化や地球人口増加は、今後30年以上続くのに、政府の対策は足下の異常気象・コロナ等の感染症・ウクライナ紛争による制裁返ししか見ておらず、解決策を輸入ルートの多様化として商社やメーカーに輸入計画の提出を求めている点で落第だ。

 つまり、②の農水省の食料安保新法では国民の命も財産も守れず、そもそも発想が表面的で矮小すぎる。世界の長期人口動態と経済動向を見れば、日本は食料自給率を100%以上にすると決め、食料は輸入するものではなく輸出するもので、そのための計画を商社やメーカー等に求めるべきであり、それは可能なのである。

 また、③⑦のように、栄養バランス上摂取が必要で自給率の低い品目は、種子・肥料・燃料・農機具まで考慮すれば、米麦から大豆・砂糖・油・肉・魚介類(燃油)まで、呆れるほどすべてであるため、⑥も、どこから金を出して、国が資金面で調達支援をするつもりなのか不明だ。

 従って、④の「企業等に求める計画」は、潜在的代替調達網・輸入規模・時期ではなく、農業法人を作っての食糧生産拡大と平時の食糧輸出先でなければならず、化石燃料輸入の仕事をなくす商社は食糧輸出先の開拓のために働くべきである。

3)「適正価格」とは、また値上げか負担増か
 *3-1-2は、①親類から頼まれた田も含めて合計15haを管理する稲作農家の小倉さんは「稲作だけでは『売上-経費= 100万円以下』で給与所得者平均の458万円に遠く及ばない ②農民運動全国連合会は農水省の「食料・農業・農村基本法」見直し案に「価格保障(政府が実勢価格との差額を農家に支払う)」を提言した ③小倉さんは「食は国が支えるべきで国民合意もできる筈だ」と言う ④農産物価格は基本法改正議論で最大の焦点だった ⑤農水省が公表した改正案の中間とりまとめは、スーパーが食品の安売り競争に走って「生産コストが上昇しても価格に反映することが難しい状況」と指摘 ⑥需給で決まる価格に国が口を出すことには懸念もつきまとう ⑦主婦連副会長の田辺氏は「非正規の人や相対的貧困層をどう考えるか」と値上げに慎重 ⑧澤浦さんは「同じレタスでも、有機かどうか、食味や用途、鮮度など様々な組み合わせで価格が決まり、一律には決められない」「農水省の『適正な価格形成』も、価格を一律に決めれば創意工夫して生産し、付加価値を付けて販売している人には足かせ」 としている。

 日本政府の中には、何かと言えば値上げや負担増をしたがる人が多いため、④については容易に想像がついたが、統制経済や配給制度ではあるまいし、⑥のように価格に国が口を出すことは、⑧のとおり、創意工夫をなくさせる。さらに、⑦のように、今でも十分には食べられず、⑤のようなスーパーの安売りに群がる人が多いのは、国民の努力が足りないからではなく、国の政策が悪いからなのである。

 確かに、①の小倉さんのように、高齢農家から頼まれた田も含めて合計15haを管理していても、稲作だけでは100万円以下の所得で給与所得者平均の458万円に遠く及ばないということはある。「それなら、何故、米だけ作って、他の作物は作らないのか」と私は聞いたことがあるが、「米が最も機械化が進んでいて簡単であるため、兼業農家は米がやりやすいのだ」というのが答えだった。

 しかし、兼業農家は副業であるため、これを基準に考えられては困るし、機械化こそ他の作物でも進めればよい。また、15haを管理することができるのなら、圃場をまとめて自動化しやすくし、管理する圃場面積を拡大すればよく、それこそ国や地方自治体が進めるべきことである。しかし、そもそも農業機械は驚くほど高く、今でも「百姓は生かさず、殺さず」を実践しているのではないかと思うが、これは何故だろうか?

 このようにして、日本産農産物の価格を上げれば、消費者は短期的には外国産にシフトせざるを得ず、食料自給率はますます下がることが目に見えているにもかかわらず、なのである。

 なお、②の「価格保障」は国民負担を増やさないためのあらゆる努力をした後ではないし、③の「食は国が支えるべきで国民合意もできる筈だ」というのも、価格保証以外の持続可能で効果的な方法を考えるべきだと、私は思うわけである。 

4)工業について
 「すべての森林や農地を、そのまま保全せよ」とは言わないが、農林漁業では儲からないから税をとれないと考え、国や地方自治体が積極的に規制緩和して優良農地に工業団地を作って工場を誘致しても、空き地になっては食料自給率を下げるだけでプラスにならない。

イ)半導体工場について
 そのような中、*3-2-1は、政府は、①半導体・蓄電池等の重要物資の工場を建設しやすくするため、土地利用規制を緩和し ②森林・農地等の「市街化調整区域」で自治体が工場の立地計画を許可できるようにする ③農地転用手続きにかかる期間を短縮し ④大型工業用地不足が課題の半導体工場建設を後押しして国内投資拡大に繋げる ⑤半導体はじめ戦略分野の事業拠点に必要なインフラ投資を支援するため、複数年かけて安定的に対応できる機動的な仕組みを創設する としている。

 また、*3-2-2は、⑥経済安保の観点から半導体・蓄電池・バイオ関連といった分野が対象で ⑦10月末にまとめる経済対策の柱となる国内投資促進策として税制・予算と合わせて出す ⑧全国の分譲可能産業用地面積は2022年時点で約1万haで、2011年の2/3(経産省) ⑨市街化調整区域開発は、「地域未来投資促進法」の規定を使って例外的に活用 ⑩現在は食品関連物流施設・データセンター・植物工場等に限っているが、これに重要な戦略物資工場を追加する ⑪自治体が地域活性化や環境の観点で問題ないと判断すれば、より柔軟に工場誘致可 ⑫農地の場合、通常なら1年かかる手続きを4カ月ほどに短縮 ⑬農地の転用には地元の農業委員会などの許可が要るなど規制が複数の省にまたがるケースが多いため、国土交通・農林水産・経産の3省が開発許可手続きを同時並行で進める ⑭半導体工場には広い土地と良質な水が欠かせないため、TSMCが熊本に進出して周辺自治体から土地規制の是正を求める声が上がった ⑮九経連は国・県の権限で農地を速やかに産業用地に転用できる規制緩和策を政府に要請 としている。

 1980年代から90年代の初めまで、日本は半導体製造で世界一だったが、日米半導体協定・大型コンピュータからパソコンへの主要マーケットの変化・経営トップ層の戦略思考の欠如等により、現在では、世界の市場競争に勝って標準となったデファクト製品がなく、電子機器の頭脳となる最先端のロジック半導体工場も存在しない。

 そこで、政府は、①②③④⑥のように、経済安保の観点から半導体・蓄電池・バイオ関連等の重要物資の工場を建設しやすくするため、森林・農地等の「市街化調整区域」で自治体が工場の立地計画を許可できるよう土地利用規制を緩和し、農地の転用手続きにかかる期間を短縮し、大型工業用地不足が課題の半導体工場の建設を後押しして、国内投資の拡大に繋げるのだそうだ。

 また、⑤のように、戦略分野の事業拠点に必要なインフラ投資を支援するため、複数年かけて安定的に対応できる機動的な仕組みを創設し、⑦のように、10月末にまとめる経済対策の柱となる国内投資促進策として税制・予算と合わせて出すそうだ。

 台湾のTSMCが熊本県に進出した九州は沸き、、⑭⑮のように、周辺自治体や九経連から農地を速やかに産業用地に転用できるよう、規制緩和を求める声が上がった。そして、⑧のように、まだ1万haもの分譲可能産業用地があるのに熊本県の優良農地を潰したのは、半導体製造には広い土地と良質な水が欠かせないため熊本県が適地だったほかに、「九州に世界の先端産業を誘致したい」という九州の強い意志があったからである。

 しかし、⑪⑫⑬のように、農地の転用を複雑にし、①⑥⑨⑩のように、対象となる施設を制限した理由は、農地を宅地化しても空き家になったり、農地を工場団地にしても空き地になったりしているケースが少なくなく、使わなくても逆の転用は起こらないため、農地は減る一方だからである。そして、今後は、食料やエネルギーも重要な戦略物資になるため、農地で農業と再エネ発電を行うなど、農業をやっても儲かる仕組みにして食料とエネルギーの自給率を上げることが必要なのだ。

ロ)大学発スタートアップ企業について
 イ)の半導体については、1970年代から必要性がわかっており、パソコンの普及は1990年代から始まり、既に30~50年間も言われてきたことであるため、「今頃、世界に追いつくために、補助金をつけて誘致か」と、情けなく思うばかりで感動はない。

 しかし、*3-3のように、①新たな技術やビジネスモデルでイノベーションの実現を目指すスタートアップ企業が全国で増えた ②全国の企業数が5年間で5割増 ③地方の新興企業も5年で5割増 ④長野県は信大発新興が相次いで誕生して8割増 ⑤信大は2017年に知的財産・ベンチャー支援室を開設し、2018年に「信州大学発ベンチャー」の認定を始めて、起業や事業拡大に向けた多彩な支援をする ⑥信大は企業との共同研究が盛んで、特許の出願件数も地方大学でトップクラス ⑦認定企業の一つで2017年創業の精密林業計測(伊那市)が目指すのは地場産業である林業の活性化で、ドローン等を使って伐採に適切な木を判別するなど効率化を進める ⑧地方でも産学官金の支援の輪が広がり、スタートアップを生み育てる「エコシステム」が構築されつつある 等というのは、大いに希望が持てる。

 何故なら、①②③のように、新たな技術やビジネスモデルでイノベーションの実現を目指すのは、現場から多様な発想が出るため、④⑤⑥のように、大学と企業が持っている知識や技術を活用して行えば、有望なスタートアップ企業が多く出るからである。

 特に、⑦のように、現在、本当に必要とされている機械を作れば、日本で当たるのは当然だが、世界でも必要とされるため、⑥の特許は世界ベースでとっておくべきだ。そのため、⑧のように、地方でも産学官金の支援の輪が広がり、それぞれが得意分野を出し合うのは良いことだ。

 なお、*3-3で書かれていないことを付け加えると、イノベーションの実現を目指す振興スタートアップ企業が、時代の変化によってこれまでの仕事をなくしたり、事業承継をする人がいなかったりする中小企業と合併すれば、熟練した従業員や製造装置を容易に獲得できる可能性が高い。そのため、マッチする合併の相手探しも、金融機関の重要な仕事になる。

5)エネルギーの変換は遅すぎる上に未だ逡巡
イ)燃料
 *3-4-1のように、第1次石油ショックから50年も経過し、化石燃料の有限性やCO₂による地球温暖化は重要な環境問題であるのに、日本は未だ100%輸入の化石燃料にしがみついている。この間に、1997年12月のCOP3では日本の主導で京都議定書が採択され、2005年2月に発効して、日本は脱炭素技術でも先行していたのだが、経産省はじめ日本のリーダーたちは環境対策に熱心でなかったという事実がある。

 現在は、英シェルがオランダ・ロッテルダム港の北海に面した一角で洋上風力発電を使って欧州最大級のグリーン水素製造を2025年に開始する予定だ。また、中国は、太陽光発電パネルの生産シェアで世界の8割超を占め、風力発電機は中期的には6~8割を握りそうで、EV向け電池の3/4は既に中国企業が生産しており、脱炭素の主力技術は中国にあるのだそうだ。

 また、*3-4-2のように、バイデン米政権は全米7カ所を水素の生産拠点として選定し、70億ドル(約1兆円)の助成で水素の活用を後押しして「水素大国」を目指すそうだが、これは理にかなっている。しかし、そこに三菱重工業のプロジェクトが選定されて、日本への水素輸出を視野に入れるというのは、水素は水と再エネがあればどこででも(月や火星でも!)できるため、馬鹿じゃないかと思う。

 さらに、日本は、安価で大量の水素が手に入らなければ製鉄業が日本に残れず、電池を安定確保できなければ自動車産業は窮地に陥り、脱炭素時代のエネルギー覇権をかけたせめぎ合いが過熱するとして、あわててブルー水素と称する天然ガスや石炭などから取り出された水素も輸入しようとしているが、何を考えているのか呆れてものが言えない。

ロ)EVへの変換
 1997年に京都議定書が採択される前の1995年頃から、「これからはEVと再エネの時代だ」と(私が発端となって)日本でも言っていたのだが、「現実は・・云々」等と後ろ向きな発言をするメディアはじめリーダーは多く、世界で最初にEVを市場投入してうまくいっていたゴーン氏率いる日産はあのようにされたため、日本のEVはさらに遅れた。しかし、その間、ガソリン車の縛りのない国をはじめとしてEVに参入する国は続いていたため、日本はEVでも出遅れたのである。何故、このようなことになるのだろうか?

 そして、日本のメーカーであるスズキも、*3-5のように、インドをEVの輸出拠点に位置づけて環境車の世界展開を加速し、2025年に価格が300万~400万円程度のSUVタイプのEVを日本に輸出し、欧州向けは資本提携するトヨタ自動車への供給を検討するのだそうだ。確かに、インドは、市場の成長余地が大きく、製造業全般で製造原価が日本より2割安く、インド人は優秀であるため、インドでの知見を日本に生かすそうだが、これは、生産性を上げずに製造コストを上げることばかり考えてきた日本政府の反省材料である。

 また、海外市場はEVの立ち上がりが早く、「地産地消」の観点からトヨタやホンダは米国などでの海外生産を進めているため、近い将来、日本の貿易収支に影響が出るのは確実だ。

(4)地方の人口減とその対策について
1)日本の人口は急減し、そのこと自体が問題なのか ← 答えは「No」である


  2017 .4.11Agora   2021.6.25日経新聞        UN

(図の説明:左と中央の図のように、1975年以降の合計特殊出生率は2以下で、2005年には1.27まで落ちたが、日本の人口が減り始めたのは2010年代であり、その理由は寿命が延びたことである。また、中央の図のように、政府は2065年に1億人の人口を維持する目標を立てているが、それは食料・エネルギー・土地等にゆとりがあって初めて幸福を呼ぶことである。さらに、日本では「人口が減ると経済が衰退する」という論調が多いが、右図のように、世界の先進国で人口が1億人を超えているのは日本だけであり、常に景気対策のバラマキをしていなければならないというのも日本だけなのである。何故だろうか?)

 *4-1は、①人口減少のスピードが加速し、速すぎる変化は行政機能を維持する備えが追いつかず、国土管理もできない状況を招く ②住民基本台帳に基づく総人口は昨年1年間に51万人減少 ③日本人は80万人減り、初めて全都道府県で減少 ④外国人が29万人増え、多文化共生の取り組みが重みを増す ⑤東京一極集中は変わらず、首都圏の人口比率は全国の29.3%と上昇が続く ⑥地方の減り方が一段と顕著になり、地方から東京に人を出す余力が失われた ⑦令和臨調は人口の急激な減少に、「変化が速いと対応できず、地域が一気に衰退」と懸念する ⑧人口減少が進む地域で自治体再編・コンパクトシティー化・浸水地域の居住制限・水道やローカル鉄道等のインフラ網再構築等の政策が課題とされて久しい ⑨複数の市町村が共同で行政サービスを担う広域連携が重要となり、自治体のあり方の見直しに踏み込まざるをえないが、住民の理解が得られないため進まない ⑩今必要なのは、人口減少下ではある程度まとまって住む「集住」という方向性を国民全体で共有すること としている。

 上の左図の合計特殊出生率は、現在は1.4前後で推しているが、出産適齢期の女性が減るため急激に減少するのは確かである。しかし、これは、①のように、行政機能を維持する備えが追いつかず、国土管理もできないほど急激に起こったわけではなく、出生率や出生数を見ていればずっと前からわかっていたことだ。

 その上、私は今から30年前の1990年代初め頃から、働く女性は保育所や家事労働支援者の存在が不可欠だと言ってきたのだが、「女性間に不平等を作る」等々の不合理なことを言って無視されてきた。そして、仕事やキャリアを大切にしたい女性の間で、独身化・結婚年齢の高齢化・無子化・単子化などが進んだという経緯があるのだ。

 また、②③④については、家事労働支援者・運転手はじめ多くの分野で外国人労働者を受け入れれば、必要な外国人労働者の増加数は29万人を超えると思うが、*4-5のように、未だ外国人労働者の受け入れに制限をつけ、家事等の無償労働を女性に押しつけようとするから課題解決できないのである。そのため、どうしてそういう発想をするのか、私にはむしろ理解できない。

 なお、⑤⑥のように、東京一極集中が続いて首都圏の人口比率が全国の29.3%(約3割)になり、地方の人口減少が著しいのは、東京に働き口が多いという理由だけではなく、これまで女性が活躍できたのが日本では東京くらいだったため、他の地域には女性蔑視が未だ存在し、行政・司法・学校・病院等の生活の場にも女性差別が存在するからである。

 ただし、東京等のコンクリートで固められた大都会をふるさとにし、自然に遠い狭い家や団地で育った人の割合が増えすぎると、自然の美しさやその力に対する畏敬の念を持たない人の割合が増し、「食料やエネルギーは作るものではなく、輸入するものだ」というのが“常識”になってしまって、困るわけである。

 そのため、私は、⑦⑧⑩の令和臨調等の提言のうち、人口減少が進む地域等での自治体再編や浸水地域の居住制限はあるべきだと思うが、コンパクトシティー化して地方の都会に人を集めれば、さらに食料・エネルギーの生産ができなくなると考える。しかし、水道・鉄道・病院・学校等のインフラを維持できなければ実質的に人は住めないため、散らばって住んでも不便も心配もなく農林漁業に従事できる広域のネットワーク作りが必要なのだ。

 それをやらずに、コンパクトシティー化や集住だけを主張しても、もののわかる住民ほど理解しないだろう。しかし、⑨のうち、市町村が合併しなくても共同で行政サービスを担う広域連携は、行政サービスの効率を上げ、既存の資源を有効に使うため必要である。

2)人口減と水道・病院・鉄道の維持について
イ)水道について
 *4-2は、①水道事業は市町村等が運営し、料金収入で経費を賄う独立採算が原則 ②施設にかかる固定費が多く、給水人口が減れば赤字になる ③給水人口30万人以上の市町村の最終赤字割合は1%だが、1万人未満では23% ④人口減による料金収入の減少と老朽施設の改修費用増加で財務状況が悪化 ⑤全国の水道施設投資額は2021年度1.3兆円と10年前から3割増 ⑥岡山市20.6%、御前崎市46%など水道料金の引き上げが続く ⑦各都道府県は「水道広域化推進プラン」に水道水の販売単価を示す供給単価や給水原価の将来予測を盛り込んだ ⑧宮城県は所有権を維持したまま上下水道・工業用水道の計9事業の運営を民間委託し、浄水場の運転管理・薬品調達・設備の修繕の業務を20年間一括で委託し、民間のノウハウでの事業の効率化に取り組む としている。

 このうち①⑧については、水道事業は市町村等が運営して独立採算で経費を賄ってもよいし、宮城県のように、運営を民間委託して民間のノウハウを入れて事業の効率化や付加価値の増加に取り組むことも可能だ。

 しかし、市町村等の公的機関が運営した場合の欠点は、④⑤⑥のように、普段から固定資産の管理を行っていないため、修繕や改修などの維持管理を適時に行っておらず、急に老朽化したと言って多額の改修費用を要し、それが人口減による料金収入減少の時期と重なって財務状況を悪化させたとして、それを理由に料金引き上げをする点である。

 民間企業の長所は、日頃から固定資産の管理を行い、修繕・改修等の維持管理を適時に行うため、突然、多額の老朽施設の改修費が生じることはないが、欠点は、儲からないことはしないため、②③のように、人口が減って赤字になるような水道は引き受けないことである。

 しかし、民間企業であれば、「水道事業のためにその市町村の固定資産を引き継いだから、その市町村に給水するだけ」ということはなく、⑦のように、水不足で不潔で不便なくらい水を節約している近くの大都市に広域で給水したり、余った水を利用して新たな事業を開始したりすることが容易であり、そうすれば水道料金を上げるどころか下げることも可能だ。

 さらに、私は、水道施設が老朽化しているのなら、これを機会に水道施設と平行して安全な送電網を敷設して送電料をとればよいと考える。その理由は、1)電線の地中化が進む ii)地域の住宅や農地で再エネ発電した電力を、(原発を優先する既存の電力会社の送電網を使わず)集めて売ることができる からで、既存の水道設備に新たな付加価値を加えることができるからだ。それに加えて、通信設備を敷設するのも良いだろう。

 つまり、継続的に、水・エネルギー・通信料という固定費を節約することができれば、その地域の人たちは、可処分所得を増やすことができるのである。

ロ)病院について

 
  2012.12.26Naglly    Global Market Surfer    2010.11.30Todoran

(図の説明:この章は「人口減少で病院の存続が困難になる地域が多い」という論調だが、日本の人口密度は他国と比べて高くはあっても低くはない。例えば、左図の人口密度で色分けした世界地図で、日本は欧米よりも赤色の濃い地域《人口密度の高い地域》が多いが、欧米の医療システムが日本より劣っているわけではない。中央の図のように、2018年の数値で日本の人口密度は336.6人/km₂であるのに対し、米国の人口密度は33.3人/km₂であり、2050年になっても、この趨勢が大きく変わるわけではない。そこで、日本国内の都道府県別人口密度を見ると、右図のように、北海道や東北でも偏差値が著しく低くはなく、米国よりは高いと思われる。そのため、何でも人口減少のせいにするのではなく、合理的な医療システムを作るべきなのである)

 *4-3は、①政府は6月25日、2021年の国土交通白書を閣議決定 ②人口減少で2050年に829市町村(全市町村の66%)で病院の存続が困難になる可能性 ③公共交通サービス維持が難しく、銀行・コンビニエンスストアの撤退など生活に不可欠なサービスを提供できない ④地域で医療・福祉・買い物・教育等の機能を維持するには、一定の人口規模と公共交通ネットワークが必要 ⑤2050年の人口が2015年比で半数未満となる市町村は、中山間地域を中心に約3割 ⑥地域内で20人以上の入院患者に対応した病院を維持できる人口規模は1万7500人 ⑦基準を満たせない市町村は2015年53%、2050年66% ⑧2050年には、銀行の本支店・営業所は42%、コンビニは20%の市町村で0になるリスク ⑨コロナ禍で2020年5月の乗り合いバス利用者は2019年同月比50%減少し、公共交通の核となるバス事業者も経営難 としている。

 ここには解決策が書かれていないが、①のように、政府が閣議決定したわりには、「技術やサービスは現状のまま」という前提であり、変動要因は人口のみとした点で、思考が浅すぎるか、ためにする議論だと思う。

 つまり、②④⑤⑥⑦については、人口が少なくても通常は入院施設のない診療所に通い、深刻な病気の場合は地域の基幹病院にかかれればよい。そして、基幹病院は全市町村に1つ以上ある必要はなく、広域連携して、各診療科に優秀な専門医を置いてある方が望ましいのである。さらに、緊急時には救急車・ドクターカー・ドクターヘリ等を使って、基幹病院に10~15分以内に到着できなければならないが、中途半端な病院を増やすよりは、これらの輸送手段を増やした方が質の高い医療ができる上に安上がりであろう。また、訪問看護や訪問介護制度もあるため、必要な人にはそのサービスがいつでも届くようにすべきである。

 なお、③⑨の公共交通サービスは、2050年になっても安全な自動運転車ができていないわけはなく、自家用車・タクシー・バス・トラック等が自動運転車になっていれば多くの問題が解決するため、国交省が力を入れるべきは、高齢者・障害者や山村・農村・漁村の居住者に配慮した乗り物を作り、道路も乗り物の変化にあわせた安全なものにグレードアップすることである。

 さらに、③⑧の「銀行・コンビニの撤退などで、生活に不可欠なサービスを提供できなくなる」というのは、i) 銀行は、ATMを使えばどの銀行の通帳も使えて記帳もできるように通帳の規格を合わせて欲しいし ii) 2050年であればインターネットによる安全(ここが重要)な送金もできるようになっているだろう。

 また、私はコンビニが必要不可欠なインフラとは思わないし、現在も離島にはコンビニのないところもあるが、漁協・農協・郵便局等の建物の中に店舗があって、必要なものは買えるようになっている。また、2050年には、アマゾン等の通販もさらに使い安くなっているだろう。

ハ)鉄道について

 
 2022.7.28日経新聞 2020.5.28朝日新聞 2023.5.2読売新聞  2022.9.2Mdsweb

(図の説明:1番左の図は、輸送密度1000人未満の区間で、右下にJR北海道・JR東日本・JR西日本・JR四国・JR九州の赤字額が記載されている。具体的には、左から2番目がJR九州、右から2番目がJR北海道、1番右がJR東日本の赤字路線・区間で、この章では、これらの路線を維持するにはどういう工夫があり得るかを記載する)

 *4-4のように、①人口減少・マイカーシフト等で利用者が減って地方の鉄道会社は経営が悪化 ②赤字路線はバス転換を含めた議論を迫られている ③JR西日本と東日本は相次いで赤字ローカル線の収支を公表し、バスへの転換の意向 ④JR九州は2020年5月に輸送密度(平均利用者数/km/日)2千人未満の線区で収支を公表して対象の12路線17区間全てで赤字 ⑤JR九州は2019年度に輸送密度の減少が著しい6路線7区間の沿線自治体と「線区活用に関する検討会」を立ち上げたが、具体的アイデアは未提出 ⑥富山市はJR西日本の富山港線の廃線に伴って線路を引き継ぎ、LRTを導入して市内の路面電車と繋いで便数を増やし、公共交通沿線に家を建てたり、部屋を借りたりする世帯に補助金を出して公共交通沿線に人を集めた ⑦また、公共交通の「おでかけ定期券」が高齢者の外出機会を増やせば医療費を年間8億円抑えられる ⑧鉄道施設を自治体所有として鉄道会社の経営を立て直す「上下分離方式」も選択肢の一つ ⑨滋賀県は県内の鉄道・バス路線の維持のため使う「交通税」の議論を始めた 等としている。

 このうち①④は事実だろうが、②③のバス転換は、バスが自動運転でなければバス会社を赤字にする。また、自動運転なら、決まった線路を通る鉄道の方が、誰にとっても安全で早そうだ。

 JR九州は、④⑤のように、最初に輸送密度2千人未満の線区で収支を公表して沿線自治体と「線区活用に関する検討会」を立ち上げたそうで、この問題意識が上の1番左の図で赤字が最も小さい理由だろう。具体的アイデアは未提出だそうだが、i) ローカル鉄道の先にある農林漁業地帯の貨物を運ぶ ii) 農林業地帯や自社の広大な敷地で再エネ発電を行い、都市に電力を送電して送電料や電力料を稼ぐ  iii) 列車をEV化・自動運転化して経費を減らす iv) 駅に付属してコンビニ・道の駅・介護施設等を作って副収入を得ながら、駅の雑務を委託して駅員を減らす v) 鉄道と街づくりを同時に考えて沿線に魅力的な街をつくる vi) 別の鉄道会社と相互乗り入れして利便性を増す などを行えば、鉄道維持のための損益分岐点は大きく変わると思う。

 なお、⑥のように、富山市は、富山港線の線路を引き継ぎ市内の路面電車とLRTで繋いで増便数したそうだが、狭い道路で路面電車を増便すれば、混雑して危険性が増すため、私は、これには反対だ。しかし、公共交通の沿線に人を集める政策はよいと思うし、これは富山県だけの問題ではないため、国として進めた方がよいと思った。

 さらに、⑦のように外出機会が増えれば健康維持に貢献するため、「おでかけ定期券」は医療費抑制に有効だとは思うが、外出した先で物価が著しく上がっていれば、外出しても不快にしかならないため、政府の高齢者及び消費者虐待にあたるインフレ政策は間違った政策である。

 そのため、⑧の鉄道施設を自治体所有として鉄道会社の経営を立て直す「上下分離方式」は、他の選択肢がどれも使えない場合に限る選択肢にした方が良いと思われ、⑨の滋賀県の「交通税」は工夫がなさ過ぎ、他の税は何に使っているのか、疑問に思われた。

3)外国人労働者の受け入れについて
イ)日本における外国人労働者の労働条件

  
 2018.10.11朝日新聞 2018.10.12毎日新聞   2021.11.9東京新聞

(図の説明:「特定技能」は、2018年成立の改正出入国管理法で創設され2019年4月に施行された制度だが、1番左の図のように、3年間の技能実習か日本語と技能の試験合格者にしか与えられない。このうち、特定技能1号は、左から2番目の図のように、家族の帯同ができず、在留期限も通算5年までとなてっており、特定技能1号は『さまざまな取り組みをしても人材が不足する分野』として12分野のみが指定されている。その結果、右図のように、日本語と技能試験の合格で資格を技能実習から特定技能1号に変更した人が、2021年の前半だけで約3万人いる。)


     2023.5.23読売新聞     2021.11.9東京新聞 2023.7.31読売新聞

(図の説明:政府は、左図のように、今まで特定技能1号でのみ認められていた②~⑪の9分野を特定技能2号の対象に加えるそうだが、当然のことであるし、人手が足りないのはその9分野と介護だけではないだろう。その上、中央の図のように、技能実習生や留学生が転職したくても、転職しにくくなっている実態があるため、自由を制限している理由を解決すべきだ。また、右図のように、これまで国家戦略特区のみで認められていた外国人家事支援人材の在留を一定条件の下で3年程度延長するそうだが、これも3年程度の延長では慣れた頃に帰国するためあまり役に立たず、政府は『熟練』の意味をどう考えているのか疑問だ)

 現在の日本政治は、「少子化=生産年齢人口減 ⇒ 労働力不足」として、インフレ政策で高齢者の年金を目減りさせ、社会保険料負担は増やしながら、地方ではとっくに人手不足が始まっているのに、経済対策と称するその場限りのバラマキが多く、国民の誰をも幸福にしない。

 そこで、日本で働きたい外国人労働者を労働力不足の分野で受け入れれば、既に育った労働者を獲得できるにもかかわらず、これについては、*4-5-1のように、人権侵害にあたると悪名高かった従来の技能実習制度を改正しようとはしているものの、「1年を超えて就労し、一定の条件を満たせば、転職可能とする」など、労働移動に関する制限が残っており、労働環境の改善効果が限られるので、本気度が疑われる。

 具体的には、*4-5-1は、①新しい技能実習制度は、特定技能に統合せず3年間の就労が基本 ②日本語や技能試験に合格すれば2019年創設の「特定技能1号」に移行可 ③特定技能と同様、受け入れ人数の上限を定めて対象業種を一致させる ④転職は同職種に限定して基礎的技能検定と日本語試験の合格が条件 ⑤来日に多額の手数料を払う外国人が多いため、受け入れの初期費用を転職先企業も一部を負担する(案) ⑥転職のマッチングは受け入れ窓口の監理団体・監視機関・ハローワークが担当 ⑦外国人が日本人と同等に、労働者の権利を持って活躍できるよう実効性の高い制度にし、働く場として「選ばれる国」になるべき 等と記載している。

 このうち①の新しい技能実習制度は、日本で3年働いて一人前になった頃に、やはり外国人労働者を母国に返す前提であるため、従来の技能実習制度と同様、本人にとっても雇用主にとっても不本意で、雇用主は育てても自社のためにはならないため、技能実習生は低賃金の使い捨て労働者にされることになるのである。

 また、②③については、日本語や技能試験に合格すれば「特定技能1号」に移行可能で、技能実習から特定技能へ移行すれば8年間日本に滞在できることになるが、やはり8年後には外国人労働者は母国に帰らざるを得ず、対象業種は増やしても12業種と制限があり、家族の帯同はできないわけである。在留期間が無期限で家族帯同もできる「特定技能2号」も、政府案では対象業種を11業種になるが、やはり分野が制限され、外国人労働者の労働を制限したがっていることに間違いはなく、これは、国内の労働力が余っている時の体制のままである。

 なお、日本人でも最初は基礎的技能がなく、障害があったり不登校だったりしたため日本語の読解や計算もできない人が少なくない。一方、外国人でも日本まで来て働こうとする人は、日本人より目的意識を持ち、仕事に真面目であることが多いため、④のように、i)転職は同職種に限定 ii)基礎的技能検定と日本語試験の合格が条件 等としているのは外国人差別であり、差別された人は、当然、不愉快に思うだろう。

 しかし、⑤の来日に多額の手数料を払う外国人が多いことについては、そもそも“多額”すぎてはいけないため上限規制が必要だ。また、宿舎や家具などの初期費用を最初の受け入れ企業が提供しているのであれば転職したら返すのが当たり前であるため、外国人労働者がそういう不利益を甘受しても転職したくなるような職場環境を作っているのなら、それを改善すべきである。

 さらに、⑥の転職マッチングは、受け入れ窓口の監理団体・監視機関・ハローワークでもできるだろうが、リクルート社などの確かな転職斡旋団体が行った方がよいと考える。むしろ、そうでなければ、⑦のような「外国人が日本人と同等に労働者の権利を持って活躍でき、日本が働く場として『選ばれる国』」にはなれないだろう。

ロ)外国人の家事サービスなど
 *4-5-2のように、政府は外国人材の受け入れや女性活躍を後押しするため、人手不足の外国人の家事代行サービスを広げ、①家事代行従事者の在留を一定条件の下で3年程度延長 ②マンション管理会社が利用者との契約を仲介できる制度導入 ③外国人の家事代行サービスは2017年から東京都・神奈川県・大阪府・兵庫県・愛知県・千葉市にある国家戦略特区で始まっていた ④母国で家事代行の国家資格を取得したフィリピン人が炊事・洗濯・掃除等を担う ⑤最低限の日本語能力・1年以上の実務経験が求められ、2022年度末約450人を受け入れ ⑥在留期間は最長5年 ⑦サービス提供数は年10%以上伸び、需要に供給が追いついていない ⑧家事代行サービスの国内市場規模は2017年698億円から2025年に2000億円以上に拡大 ⑨需要を見込むのは共働き世帯が多く入居する都市部の高層マンション等 ⑩フィリピン人による英会話指導付き家事代行サービスを展開する事業者も と記載している。

 人手不足の家事サービス分野で外国人の活用を広げるのは良いが、①⑥のように在留期間が最長5年・一定条件下でも3年程度の延長では、条件を満たす人でも最長8年しか働けない。しかし、監督なしで家事を任せられるためには、日本の家事に詳しい信頼できる人であることが必要で、そのためには、②の仲介業者等が日本の家事に関する研修をしたとしても、日本の家庭料理や分別回収開始から何年経っても複雑なゴミ出しを任せたり、幼児が信頼してなついたりできるためには、少なくとも数年が必要なのである。

 従って、④⑤のように、母国で家事代行国家資格を取得したフィリピン人で、最低限の日本語能力と1年以上の実務経験があっても、頻繁に人が入れ変わるのは御法度であり、このように在留可能期間を短期間に定めているのは、家事を馬鹿にしていると同時に、家事サービスの普及も邪魔している。そのため、この調子では、女性の家事負担を軽くすることはできないだろう。

 なお、子育てしながらの共働き・産後や病気療養中の人・高齢者などの介護や生活支援のために家事サービスが必要であることは、私は1990年代から言っており、実需であるため本物のニーズが大きい。そのため、⑦⑧のように、家事サービス提供数は年10%以上伸び、国内市場規模は2017年の698億円から2025年に2000億円以上に拡大し、今後も増えることは明らかだ。

 にもかかわらず、③のように、外国人の家事サービスは2017年から東京都・神奈川県・大阪府・兵庫県・愛知県・千葉市にある国家戦略特区のみでしか行われず、⑨のように、需要を見込むのは共働き世帯が多く入居する都市部の高層マンションだけ というのも、実情を把握していない人たちの発想である。

 さらに、共働きや単身世帯の家事支援はもちろん必要だが、生活支援や介護もその多くが“家事”であるため、産後・病気療養中・高齢者等の介護や生活支援にも家事サービスは不可欠だ。そのため、人手不足の中で生産性を上げながら生活支援や介護の仕事をしていくには、チームの中に日本語が不得意だったり、介護福祉士の資格を持たなかったりする人がいても、そういう人には日本語や資格のいらない仕事を任せて、工夫しながら全体をこなすことは可能だ。

 なお、人手不足で外国人の受け入れを増やした方が良い分野は、家事サービスだけではない。そのため、必要な分野が躊躇なく外国人の受け入れを増やせる改革が必要なのである。

4)イスラエル・パレスチナ問題について

 
 2022.4.14  2023.10.8 2023.10.29日経新聞    2023.10.15中日新聞  
 Daiamond   読売新聞

(図の説明:イスラエル・パレスチナ問題は、約2,600年前にユダ王国がバビロニアに征服されて住民のヘブライ人がバビロンに連行されたバビロン捕囚に始まるが、1番左・左から2番目の図のように、第二次世界大戦後や19世紀以降の歴史しか記載していない年表が多い。そのため、右から2番目の戦闘は、イスラエルだけが非人道的であるかのような誤解を生んでいるのだが、その背景には、1番右の図の相関図があり、「ここで中途半端な対応をすれば自国がなくなる」というイスラエルの深刻な状況があることを忘れてはならない)

イ)ハマスのイスラエル侵攻とイスラエル軍反撃の経緯
 *4-6-2・*4-6-3・*4-6-4・*4-6-5は、①10月7日、ハマスがイスラエルに侵攻して約1400人を殺害し、222人を人質にして衝突開始 ②10月22日、イスラエル軍はイスラム組織ハマスの壊滅を目指しガザ地区北部住民に対し退避要求 ③10月22日、イスラエル軍はヨルダン川西岸地区のジェニンでモスクの地下につくられた武装組織のトンネル施設を空爆で破壊 ④10月21・22日、2週間の空爆と完全封鎖によるガザの人道危機に対応するため国連等による支援物資搬入 ⑤ガザ地区に10月21日、人道支援物資を積んだトラック20台が隣国エジプトから初めて入ったが、ガザの人口約220万人の1%向けの1日分 ⑥国連を交えた当事者間の交渉の末、10月22日午後、第2陣のトラック17台がエジプトからガザに入った ⑦国連安保理は、10月18日、議長国ブラジルが提出した「戦闘中断」を求める決議案を否決・米国が「イスラエルの自衛権への言及がない」として拒否権を行使 ⑧10月26~27日、EUはガザへの人道支援を優先するためイスラエルとイスラム主義組織ハマス双方に戦闘中断を要請する文書を採択し、「国際人道法に従ったイスラエルの自衛権を強く支持する」とのイスラエルの反撃への支持は明記 ⑨ドイツは「戦闘中断はハマスに有益となり、イスラエルの自衛権を否定しかねない」と慎重な姿勢を示したが、米国の呼びかけで妥協 ⑩10月26日、アラブ主要9か国外相は、国連安全保障理事会に即時停戦を求める共同声明を発表 ⑪10月26日、イスラエルのガザ空爆が続き、ガザの保健当局は今月7日以降の死者は7,028人と発表 ⑫10月27日、国連総会は、イスラエルとイスラム組織ハマス衝突をめぐる緊急特別会合でアラブ諸国が起草した即時停戦・人道回廊設置・人質解放等を求める決議案を投票全体の2/3にあたる121カ国が賛成、米国・イスラエルは反対、日本は棄権で採択 ⑬10月27日夜、イスラエル軍はイスラム組織ハマスが実効支配するガザ空爆と地上作戦を拡大させ、10月28日に戦車も投入して全面的な地上侵攻に向け一段と圧力を強めた ⑭10月27日夜、イスラエル軍はハマス地下拠点約150カ所を空爆し、「10月7日の奇襲を指揮したハマス司令官の1人を殺害した」と発表 ⑯10月28日、イスラエル軍はガザ北部の住民に対し南部に避難するよう改めて呼びかけ ⑰10月27日以降、ガザでは通信障害が深刻 等としている。

 このうち①の衝突開始については、⑦⑧で米国やEUが述べているとおり、イスラエルにも自衛権があるため、今後、同じことが起こらないようにするためには、②のように、イスラエル軍がハマス壊滅を目指すのは当然であろう。そして、ガザ地区北部の一般住民に対しては、②⑯のように退避要求もしているが、ハマスとガザ地区の住民は家族や親戚ではないのだろうか?そのため、⑨のように、ドイツが「戦闘中断はハマスに有益となり、イスラエルの自衛権を否定しかねない」というのも、私は理解できる。

 しかし、⑩⑫のように、アラブ主要9か国の外相は、国連安保理に即時停戦を求める共同声明を発表し、国連総会は、緊急特別会合でアラブ諸国が起草した即時停戦・人道回廊設置・人質解放等を求める決議案を、投票全体の2/3にあたる121カ国の賛成で採択している。

 イスラエルは、「そんなことには、かまっていられない」とばかりに、③⑪⑬⑭⑰のように、モスクの地下に作られた武装組織のトンネル施設を空爆で破壊し、ハマスが実効支配するガザ空爆と地上作戦を拡大させ、ハマスの地下拠点約150カ所を空爆し、ガザでは10月7日以降の死者が7,028人となり、通信障害が深刻とのことである。

 それでは、「どうやって、これを解決するのか」と言えば、ロ)で述べる「歴史が生んだ難問」を両方が納得できる形で解決しなければならない。

 そこで考えるべきは、イスラエルの人口密度も418人/km²で高いが、ガザ地区の人口密度は6,018人/km²で東京都全体の6,425人に迫り、1947年にパレスチナを分割してイスラエルが建国された時とは比べものにならないくらい人口が増えて、人口密度も高くなっているということだ。その上、パレスチナ自治区の人口ピラミッドは、1950年頃の日本と同様、年齢が低いほど人口の多い「富士山型」で、子供や若者の比率が高く、住民の半数近くが20歳未満であるため、これからも人口が増加するということだ。

 そのため、国連は、④⑤⑥のように、とりあえず人道支援物資を運んだり、戦闘中断を要請したりすればよいのではなく、パレスチナ人に新天地を与え、過密になった地域からパレスチナ人を移動させ、そのための費用を提供しなければならないのだと思う。

 それでは、「どこに移動させればよいか」については、まずは同じイスラム教文化の国が考えられるが、国土が広い上に地球温暖化でシベリアに耕作可能地帯が増えるロシアや、*4-7のように、既に建設中の建物が販売不振でデフォルトを起こして空いており、国土の広い中国も候補にあげられる。

 日本の場合は、イスラム教原理主義には対応しかねるが、生産年齢人口が減って人手不足ではあるため、九州・四国・東北・北海道等が外国人労働者として受け入れ、農業・建設業・その他パレスチナ人が得意とする仕事に従事させることは可能なわけである。

ロ)イスラエル・パレスチナ戦争の背景と解決策の提案
 *4-6-1は、歴史が生んだ「世紀の難問」と題して、パレスチナ自治区ガザを実効支配している「ハマス」が、10月7日にイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けて始まったイスラエル・パレスチナ間の大規模な戦闘の背景を述べている。

 具体的には、①紀元前10世紀頃、ヘブライ人(後のユダヤ人)の王国がパレスチナにでき、紀元前6世紀に新バビロニアに滅ぼされて住民が捕らわれの身になった ②2世紀前半、古代ローマがユダヤ人を聖地エルサレムから追放し、ユダヤ人は世界各地に散らばった ③第2次大戦中、アドルフ・ヒトラー率いるナチス・ドイツによるホロコーストがあり、ポーランド・アウシュビッツ収容所等で約600万人のユダヤ人が殺害された ④パレスチナ問題の背景には、2千年を超えるユダヤ人の苦難がある ⑤国を滅ぼされ、土地を追われ、民族が離散し、苦難の歩みを続けて安住の地を求めてきたユダヤ人にとって、イスラエル国家建設は歴史的悲願だった ⑥第2次大戦直後の1947年に国連総会決議でイスラエルの建国が決まり、パレスチナの地をユダヤとアラブに分割して聖地エルサレムは国際管理下に置くことになった ⑦1948年に国連決議に基づきイスラエルが独立を宣言し、イスラエルが建国されてユダヤ人が集まった ⑧住んでいたアラブ人約70万人は自宅を追われて「パレスチナ難民」になった ⑨これを認めない周辺のアラブ諸国は宣戦を布告し、一斉にイスラエルに攻め込んで1973年までに4度の戦火を交えた ⑩独立国家を求めるパレスチナの抵抗は今も続く ⑪1967年に、イスラエルはエジプトのガザ地区、ヨルダンの東エルサレムとヨルダン川西岸などを占領 ⑫パレスチナ人は占領に不満を強め、1987年12月にガザから反イスラエル闘争の「インティファーダ」が始まった ⑬この抵抗の中核として生まれたのがイスラム組織のハマス ⑭パレスチナ人の代表として国際社会で認められていたのは1964年創設のパレスチナ解放機構(PLO) ⑮PLOのアラファト議長とイスラエルのラビン首相が1993年9月に「オスロ合意」に調印し、ガザとヨルダン川西岸を自治区とし、聖地エルサレムの帰属や難民の扱いはその後の話し合いで決めるとした ⑯イスラエルのラビン首相は1995年、和平に反対するユダヤ教徒委に暗殺され、1996年にはハマス等による自爆テロが頻発 ⑰和平交渉は2000年に決裂してガザとヨルダン川西岸全土で自爆テロが繰り返される第2次インティファーダが巻き起こった と記載している。

 現在、①②③④⑤について記載している記事はあまりないが、私は「日本人とユダヤ人」「大和民族はユダヤ人だった」等の本から、ユダヤ人は本当に2千年超の期間、イスラエル国家の建設を信じて待っていたと考える。それが、⑥⑦のように、1947年に国連総会決議でイスラエル建国が決まり、イスラエルにユダヤ人が集まった理由でもある。

 一方、⑧⑨⑩のように、そこに住んでいたアラブ人約70万人は自宅を追われて「パレスチナ難民」となり、独立国家を求めるパレスチナの抵抗が現在も続いているわけだが、パレスチナは7世紀にイスラム教が勃興し、638年にエルサレムがイスラム教勢力によって征服され、パレスチナが急速にイスラム化したものである(https://www.y-history.net/appendix/wh0101-055_1.html 等参照)。

 つまり、今となっては、ユダヤ人にとってもパレスチナ人にとっても、その地域が「ふるさと」になっているのだが、ユダヤ人の方が先住民であり、2千年超も祖国への帰還を待っていた人々である上、その地域は、今では仲良く共存して暮らすには狭すぎ、人口密度が高くなりすぎた。そのため、新しく農耕・漁労・貿易等々が可能になる地域、人口密度が低い地域、生産年齢人口の割合が少ない地域等に、今回は、パレスチナ人が移住するのがFairだと思うのだ。

 そうすれば、⑪⑫⑬⑭⑮⑯のような血で血を洗う闘いは終わり、狭い場所を取り合って闘うのではなく、新しくて広い場所に移動して生産に携わることができ、そうした方が建設的で家族を幸福にもできるだろう。

(5)大都市への過度の人口集中の不合理
1)海面上昇するとどうなるのか


       2018.9.11リアナビ      2016.1.13Gigazine 2022.1.15Gigazine
(図の説明:左図は、現在の東京江東5区で、海抜0m地帯が広がり、海面や河川の水面よりも低い地域に住宅やビルが建設されているので水害の危険性が高い。中央の図は、南極西岸の棚氷だけがすべて溶けた場合の約5m海面上昇時に東京が水没する地域を示しているが、溶けるのは南極西岸の棚氷だけではないため、実際はこれよりも深刻になる。右図は、海面が7m上昇した場合の日本を中心とする極東地域の地図で、沿岸や離島の多くの地域が水没し、それに伴って領海や排他的経済水域も減る)

 上の左図のように、現在でも、江東5区は海抜0m地帯が広がり、海面や河川の水面よりも低いため水が抜けにくく、マンションやビルの高層階に「垂直避難」しても浸水が長く続けばライフライン(電気、ガス、水道、トイレ)の断絶や食料不足で生活が困難になる。(https://v3.realnetnavi.jp/column/p/p0295.php 参照)。

 それに加えて、*5-1は、英国南極観測局が、①地球温暖化の進行で、温室効果ガスの排出を減らしても、21世紀中は南極西岸の棚氷が溶けるのを止められず ②棚氷がすべて溶ければ世界の海面が最大約5m上昇し ③スパコンの予測モデルで、産業革命以降の気温上昇を1.5度以内に抑えても棚氷が溶ける結果は変わらない ④南極西岸アムンゼン海の棚氷分析で氷が溶けた速さは20世紀の3倍 ⑤棚氷がすべて溶ければ世界の海面を最大5.3m上昇させる量 ⑥既に「ティッピングポイント(転換点)」に至っている恐れ ⑥チームのケイトリン・ノートン博士は「何十年も前に気候変動への対策が必要だった」と指摘 等と記載している。

 このうち①②④⑤については、地球温暖化では南極西岸の棚氷だけでなく、北極・グリーンランド・南極の他地域の氷も溶けるため、「海面が最大約5m上昇する」というのはかなり甘い見積もりなのだ。

 その上、この5m上昇というのは、現在でもしばしば起こっている台風や線状降水帯による洪水や高潮を考慮していないため、水害という視点のみから考えても、東京の海抜20m以下の地域に地下鉄・上下水道等のインフラを作るのは、安全性・経済性の両面で無駄だいうことになる。

 さらに、③の産業革命以降の気温上昇を1.5度以内に抑えても棚氷が溶ける結果は変わらないというのも、0℃の氷1gを溶かして0℃の水にするのに必要なエネルギーは約80calだが、0℃の水を1℃に上げるのに必要なエネルギーは1calであるため、これまでは大量の氷が緩衝材になって海水温の上昇を抑えていたが、氷がなくなればこれまでよりずっと早く海水温が上昇し、海水の膨張までを考慮すれば、大変、深刻な状況になっているということだ。

 なお、海水温上昇の原因には、CO₂の増加や使用済核燃料の空冷による地球の気温上昇だけでなく、海水温自体の上昇もある。そして、海水温自体の上昇の原因には、海底火山の爆発もあるが、人間が使った原発を冷やすことによって出た原発温排水もあるため、化石燃料だけでなく原発もまた、地球の気温上昇や海水温の上昇に影響を与えていることを忘れてはならない。

 そのため、⑥の「何十年も前に気候変動への対策が必要だった」というのは、化石燃料の話だけではなく、原発も同じで、速やかに卒業すべきエネルギーなのである。

2)首都直下型地震が起こった場合について
イ)東京に資源を集中させるのは、経済性とリスク管理の視点から不合理
 *5-2-1は、①2023年9月1日で関東大震災から100年経過 ②人・モノ・機能を集積した首都に直下型大地震は必ず来る ③関東大震災で最も大きな人的被害を出したのは火災 ④陸軍の工場跡地で大勢を巻き込んだ火災旋風が知られ、台風シーズンだった ⑤人口集中した東京での「複合災害」は大きなリスク ⑥隅田川・荒川等主要河川の堤防が決壊すれば下町は大水害 ⑦真夏の地震なら酷暑も脅威 ⑧感染症蔓延下でも避難所の密回避は困難 ⑨首都直下型地震は国の中枢を直撃する ⑩巨大地震のリスクが非常に高い地域に中央政府・立法・司法の機能がこれほど集積しているのは異例 ⑪1つの地震が国の存亡にかかわる恐れ ⑫リスク分散が危機管理の基本だが、首都のリスク管理は不十分 ⑬改めて首都機能の移転・分散を具体的に検討すべき ⑭首都機能分散を含め大胆な事前復興計画を立てれば、日本のグランドデザインにも繋がる ⑮首都東京はどうするべきか防災に留まらない国民的議論があるべき ⑯リスク分散が重要なのは企業も同様 ⑰都内の本社機能が停止して企業全体の事業活動が滞り、倒産の危機に至る可能性も ⑱偽情報を見極める力もつけるべき 等と記載している。

 一定の間隔で直下型大地震が起こっていることを考えれば、①②③④⑤は事実である。

 その上、⑥及び上の左図のように、現在は、東京江東5区等で海抜0m地帯が広がり、海面・河川の水面より低い地域に住宅やビルが建設されて、堤防と強力なポンプによる排水で都市機能を維持しているため、堤防が決壊すれば街は5~10mの水につかる大水害に見舞われ、堤防の修復が終わって排水が完了するまで水は引かない。しかし、これには、かなりの時間がかかるのだ。

 また、停電したコンクリートの街に人口が密集していれば、⑦のように、夏なら酷暑も脅威であり、清潔な水や栄養バランスのとれた食事を入手できずに、人が密集し続ければ、⑧の感染症蔓延もすぐ起こるのである。

 さらに、⑩⑪は大きな問題で、例えば1920年 (大正9年1月)~1936年 (昭和11年11月) の17年間で建設され、第70回帝国議会(昭和11年12月)から使用されている国会議事堂は、風格のある建物ではあるが耐震性が低いため、肝心な時に国会を開けないだろう。従って、⑫⑬⑭⑮のように、首都機能は、標高が高くて人口が少なく、緑の多い場所に最新の建物を建設して移転し、リスク分散も行うよう議論を始めるのが賢明だと、私は思う。

 企業も、⑯⑰のように、本社・工場を安全で通いやすい場所に移転させ、リスク分散すると同時に、データは必ずバックアップして、どのような災害が起こっても、またサイバー攻撃されても壊れないシステムにしておかなければならない。⑱については、日本人は、一見常識的な嘘には疑わず騙され、偽情報を見極めるのが下手な人が多いように思われる。

ロ)首都直下型地震発生時の東京・神奈川・埼玉・千葉の災害拠点病院について
 首都直下地震発生時に関して、*5-2-2は、①国は首都直下地震で最大14万6千人が死傷すると予測 ②1都3県(東京・神奈川・埼玉・千葉)で災害時に重傷者の治療を担う災害拠点病院の63%で受入可能患者数が平時を下回り、平時の1割未満とした病院も22%ある ③災害時は道路の寸断・交通の機関マヒで病院に着けない職員が大量に出て、発災6時間以内に集まれる医師数は平時の36%、72時間以内でも73%しかいない ④施設の耐震性・病室のスペース・道路の狭さが問題 ⑤建物の火災・倒壊で多くの重傷者が搬送されても治療を受けられない可能性も ⑥政府の地震調査委員会によると、マグニチュード7程度の首都直下地震の30年以内の発生確率は70%程度で医療体制の強化は喫緊の課題 としている。

 また、*5-2-3は、⑦1都3県にある災害拠点病院の約4割が災害派遣医療チーム(以下“DMAT”)を災害現場に派遣したことがない ⑧都道府県指定の災害拠点病院は、1チーム以上のDMATの保有が求められている ⑨2023年3月時点で約1770チーム・約1万6,600人が登録しており、5年毎の更新制で期間中に2回の技能維持研修を受ける必要 ⑩DMATチーム数は、「3」が11%、「2」が22%、「1」が53%、「0」も5%ある ⑪災害現場への派遣回数は「0」が最多の37%で「1」の21%が続く ⑫派遣経験のない神奈川県の私立病院は「DMATを派遣すれば担当業務の補完要員が必要で、時間外勤務が発生するので、人件費分の支援がないと派遣は難しい」とする ⑬埼玉県内の病院は「希望者はいるが何年も待っており、退職・異動による欠員補充もままならない」とする ⑭DMAT事務局は「都市部は病院数が多く、県単位で受講枠が決まっているため、順番が回ってこない病院もある」と説明している そうだ。

 このうち①⑥の「マグニチュード7程度の首都直下型地震の30年以内の発生確率が70%程度で、最大14万6千人が死傷する」というのは、近いうちにかなり確実に起こる大地震で、多くの人が死傷するということであるため、医療面からの準備も喫緊の課題である。

 しかし、②③④⑤のように、災害時に重傷者の治療を担う災害拠点病院の受入可能患者数は平時より著しく下回り、その理由は、i) 道路の寸断や交通機関のマヒなどで病院に着けない職員が大量に出る ii) 病院の耐震性・病室のスペース・道路の狭さ等に問題がある 等が挙げられている。しかし、機械設備・器具の故障・停電による機器の停止などの影響もあると思われる。

 そのため、病院の耐震化を進めたり、すべての道路を広くして災害時でも救急車両や消防車が通れるようにしたり、災害医療に関わる医師やスタッフの住居を病院近くに置いたりする必要があるのだが、東京はじめ首都圏では、これにも著しい時間と金がかかるのだ。

 その上、⑧のように、都道府県指定の災害拠点病院は1チーム以上のDMATの保有が求められ、災害医療にあたるにもその経験が必要だが、⑩のように、DMATチーム数は「3」が11%、「2」が22%、「1」が53%、「0」も5%で、⑦⑪のように、災害現場への派遣回数は「0」が37%、「1」が21%であり、殆ど災害現場で活動したことがないと言っても過言ではない。

 その理由には、⑨⑬⑭のように、5年毎の更新制で期間中に2回の技能維持研修を受ける必要があるが、順番が回ってこないため希望者が何年待っても研修を受けられないこともあり、これはDMAT事務局が本気で取り組んでいないからと言える。

 また、⑫のように、人件費分の支援がないとDMATを派遣できないと言う病院もあるが、災害に対応して普段は利益にならないことができるためには、設備やスタッフにゆとりが必要であるため、医療関係者の善意に甘えるのではなく、設備や人件費などの支援が必要である。

 全体としては、東京はじめ首都圏の過度の過密状態を解消し、迅速に必要な道路・病院・医療スタッフ等の住居を配置することが必要で、それを進めることができるためには、やはり都市部への過度な人口集中を止めるよう国土計画を作り直すことが必要なのである。

<ふるさと納税>
*1-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231007&ng=DGKKZO75103120X01C23A0MM8000 (日経新聞 2023.10.7) ふるさと納税、稼ぎ頭は400人の村、「黒字」自治体3倍 和歌山県北山村、英語教育の原資に
 ふるさと納税による全国の自治体への寄付額が2022年度は9654億円と3年連続で過去最高を更新した。都市部では税金の流出が膨らみ、返礼品競争にも批判はあるが、財政基盤の弱い自治体には貴重な財源だ。各市区町村の住民1人当たりの収支をみると「稼ぎ頭」は人口約400人の和歌山県北山村だった。総務省の「ふるさと納税に関する現況調査」から22年度の市区町村ごとの実質収支を算出した。受け入れた寄付額から他の自治体に寄付として流出した控除額と、寄付を得るのにかかった経費を差し引いた。人口1人当たり1万円以上の「黒字」だった自治体数は449で経費を把握できる16年度の約3倍。うち9割が人口5万人以下だった。黒字が最も大きかったのは和歌山県北山村で122万2838円に達した。紀伊半島の山あいにあり、同県とは接さず奈良県と三重県に囲まれた全国唯一の飛び地の村。人口は全国有数の少なさで過疎が進む。ふるさと納税の収益を高めた背景には村に自生する絶滅寸前のかんきつ類「じゃばら」の復活劇があった。特産化へ唯一残る原木から作付面積を広げた。01年に自治体では当時異例の楽天市場で果実や加工品のネット通販を始めたことが突破口となり、生産者が34戸に増えた。顧客目線をふるさと納税にも生かし、17年には返礼品の翌日発送を始めた。村は小学校に英語圏の教員を招くなど英語教育を重視。中学生になると海外への語学研修に送り出すが、渡航や2週間の滞在中の費用に寄付を充てる。「外から人を呼び込む」(地域事業課)ためにも寄付を活用し、渓谷などの大自然を楽しめる体験型観光を拡充する計画もある。2位は北海道東部の太平洋に面した白糠町(104万9194円)。同町も主力の1次産品を町自ら電子商取引で扱ってきた営業感覚をふるさと納税の獲得に生かす。町税は10億円足らずだが、イクラなど返礼品の人気から22年度の寄付額は150億円に迫り全国の市区町村で4位。棚野孝夫町長は「子や孫のために使い道を考える」と強調する。22年に開校した小中一貫の義務教育学校「白糠学園」の整備にも寄付を用いた。町は保育料や18歳までの医療費、給食費を無償とし、出産祝い金なども手厚い。転入ゼロだった子育て世帯を18~22年度は各10世帯前後呼び込んだ。都道府県全体では佐賀県が2万4549円で最も黒字が大きい。全20市町のうち上峰町が61万5228円で突出する。返礼品にそろえたブランド牛や米の人気に加え、20年に町が公開したご当地アニメ「鎮西八郎為朝」の反響も寄付に結びついた。危機的だった町の財政は4月から高校生までの医療費を完全無料化できるほどに改善。「幅広い公共サービスの提供が可能となった」(武広勇平町長)。15年を経た制度は課題も多い。22年度に最も寄付額を集めたのは宮崎県都城市で195億円。返礼品次第で寄付格差が広がる。仲介サイトへの手数料など経費負担も増す。総務省は10月、寄付額の5割以下とする経費の基準を厳しくした。新基準に沿って返礼品の内容など経費の適正化が進めば黒字の自治体は増える可能性がある。京都府は府内市町村と募った寄付を分け合う制度を10月に導入して府全体の底上げを狙う。ふるさと納税に詳しい慶応大学の保田隆明教授は「都市住民の関心を地方に向ける趣旨は実現できている。各自治体は産業育成や交流・関係人口を増やすための『投資』にもつなげてほしい」と話す。

*1-1-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230904&ng=DGKKZO74136280T00C23A9PE8000 (日経新聞社説 2023.9.4) ふるさと納税のひずみ正せ
 ふるさと納税が昨年度9654億円と1兆円に近づいた。規模拡大に伴い、寄付額の自治体間の格差が広がり、税収が流出する都市部の不満も膨らむ。ひずみを正すため、ふるさと納税の拡大に一定の歯止めを考える時期だ。ふるさと納税は住民税の一部を寄付する制度だ。住民税の税収は13兆円で、単純計算なら寄付額は3兆数千億円まで膨らむ余地がある。賃上げで税収増が続けば、寄付額はさらに拡大する可能性がある。そこで目立ってきたのが寄付額の自治体間の格差だ。都道府県と市区町村の1788自治体のうち、10億円以上集めたのは226自治体で計6179億円。13%の自治体で全体の3分の2の額を集めたことになる。1億円未満の自治体は703と全体の4割に上った。上位の顔ぶれは海産物や肉類などの産地に固定化されつつある。ふるさと納税では返礼品の需要が地場産品の振興を支えている。知名度の乏しい産地が消費者に知ってもらう意味は大きい。ただ制度開始から15年たち、その役割は果たしつつあるのではないか。高まった知名度を企業誘致や移住に生かし、ふるさと納税に頼らず、税収を増やす道も探ってほしい。規模の拡大に歯止めをかけるために考えたいのが、都市部に多い高所得層の利用額に上限を設けることだ。ふるさと納税は高所得層ほど利用率が高く、寄付総額に占める比率も高いとされる。高所得層のメリットが大きいことにはかねて批判がある。政府は所得階層別の利用率や寄付額をデータで示し、改善を図るべきだ。ふるさと納税は都市と地方が互いに支え合う枠組みだ。都市部の不満が限度を超えれば制度の持続性に疑念が生じる。都市部に税収が偏っているとして、地方が求める地方法人課税の偏在是正にも影響するかもしれない。ふるさと納税は税の使い道を自ら選び、納税者意識を高める意義がある。ひずみを改め、本来の意義が見直されるようにしたい。

*1-1-3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC121R40S3A710C2000000/ (日経新聞 2023年8月6日) ふるさと納税、潤う地域に偏り 寄付累計4兆円のひずみ、ふるさと納税 15年の中間決算㊤
「ふるさとを元気に」を目指すふるさと納税が始まって15年がたった。これまでの寄付額は累計で4兆円を超え、9割が地方の自治体に渡った。受け入れ先の自治体や農産物生産者らを活気づけたが、制度のひずみも根強くある。理想のふるさと納税に向け、何が課題かを探る。最大数百万円の移住支援金、全ての子どもの保育料無償化――。宮崎県都城市は2023年度、大胆な人口減少対策を次々と打ち出した。両事業の予算額は計10億円。財源の大部分を賄うのはふるさと納税による寄付金だ。同市はふるさと納税の恩恵を最も受ける自治体の一つだ。22年度の寄付受け入れ額は全国最多の195億円。主要税収である住民税(65億円)の3倍の財源を調達した。同市は14年、特産の「肉と焼酎」に特化した返礼品戦略を打ち出した。「最大の目的は地域のPR」(野見山修一・ふるさと産業推進局副課長)として、当初は寄付額に対する返礼の割合を約6割と高く設定。地域色豊かな特産品とともに「お得な自治体」というイメージを全国の寄付者に印象づけた。市内の返礼品事業者でつくる団体が自費での広告を出すなど官民を挙げた取り組みで、返礼割合を3割以下とする規制が始まった19年度以降も好調を維持している。自治体別の寄付受け入れ額で全国10位以内に入るのは9年連続で、全自治体で最も長い。寄付を元手に人も呼びつつある。最大100万円の移住支援金や家賃補助などを用意した22年度の移住者は過去最多の435人で、対策を強化した23年度は前年度以上の反響があるという。野見山氏は「都市から地方への金や人の流れが生まれている。人口を10年後にプラスに反転させたい」と意気込む。ふるさと納税は08年度の開始当初から全国の好きな自治体に寄付でき、返礼品を受け取れる仕組みだったが、存在感は小さかった。確定申告が必要で手続きの煩雑さなどから、14年度までは年間寄付額が数十億〜数百億円で推移した。潮目が変わったのは15年度だ。確定申告が不要になる「ワンストップ特例」の導入や税控除額の引き上げで、寄付額が同年度に1000億円を突破。返礼品にも注目が集まり、16年度以降、一気に伸びた。22年度の寄付額は過去最高の9654億円で、08〜22年度の累計寄付額は4.3兆円に達した。累計額の89%は三大都市圏(首都圏1都3県、大阪府、愛知県)以外の地域への寄付だ。22年に寄付した人の56%は三大都市圏の住民。「都市と地方の税収格差の是正」という点では、制度の狙い通りの状況になっている。地方は等しく潤っているわけではない。累計の寄付額を都道府県別(都道府県と域内市区町村の合算)にみると最多が北海道の5700億円で、宮崎、佐賀が続く。7道府県が2000億円以上を集めた。一方、広島や山口、徳島など7県は300億円未満で、最少は富山の105億円だった。人口や事業者の減少など課題は地方共通にもかかわらず、北海道や九州の自治体に比べて中四国や北陸地方の自治体への寄付は乏しい。市区町村別でも上位は北海道や九州の自治体が目立ち、累計寄付額の58%が上位1割に集中した。一方、22年度は2割は寄付額よりも住民税控除額が大きい「赤字」だった。ふるさと納税の自治体支援を手がける事業者は「北海道でも海産物の返礼品がある沿岸自治体は好調で、内陸部は苦戦している」と打ち明ける。ビジネスセンスを生かし活性化する地域が出る一方、どこかが税収を奪われるのは制度の仕組み上、避けられない。ただ消費者が好む返礼品の有無で差がつきやすい現状には不満も消えない。

*1-1-4:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15716093.html (朝日新聞社説 2023年8月13日) ふるさと納税 ゆがみ拡大 放置するな
 名目上は善意の寄付だが、実態は節税の手段になっている。年数千億円の税収が消え、財政のひずみも招いている。そんな不合理や不公正が広がるのを、これ以上放置してはならない。
「ふるさと納税」の利用が増え続けている。昨年度の寄付総額は9654億円で、この3年間で倍増した。背景には、返礼品の競争や仲介サイトの宣伝がある。「ふるさとやお世話になった自治体を応援するため、自分で納税先や使い道を決められるようにする」というのが制度の趣旨で08年に始まった。菅義偉前首相が総務相の時に旗を振り、官房長官時代には、枠の拡大と手続きの簡略化で利用拡大の道を開いた。それとともに、さまざまなゆがみも膨らんだ。最大の問題は、巨額の税金の流出だ。利用者にとって、寄付が枠内なら自己負担は2千円で済む。残りは、利用者が住む自治体の住民税や国の所得税が減ることで相殺されるからだ。その分がすべて寄付先の自治体の手元に残るのなら国全体での収入は変わらないが、そうではない。寄付額の3割が返礼品の費用に、2割が運営業者の手数料などに使われている。膨大な税収が動く中で、その約半分が寄付者や業者の利益に回る仕組みが、合理的だろうか。しかも、利用できる枠は、高所得者ほど大きい。所得の再分配に穴を開ける制度が野放しにされるのは、看過できない。利用者が多い大都市の自治体は、住民税収の落ち込みで行政サービスの低下が避けられないとして、制度の見直しを訴えている。税収減の一定範囲は国が穴埋めしているが、その分も結局は国民負担だ。「ふるさと」への貢献という理念も、実際にはかすんでいる。仲介サイトはまるで商品カタログのようなつくりで「お得な通販」感覚をかき立てる。見返り目当ての人が多く、有名な地場産品をもつ自治体に寄付が集中する傾向も鮮明だ。本来の趣旨からかけ離れた現状を正すには、返礼品の廃止や利用枠の大幅縮小など、制度の根本からの変更が不可欠だ。自治体が対価を払って税収を奪い合う仕組みは持続できない。地域への愛着や寄付金の使い方への共感を基本においた形に改めることが必要だ。しかし、政府の腰は重い。最近、経費算定基準を厳格化したものの、抜本的な見直しは避けている。小手先の対処では、ルールの抜け穴を探す自治体・運営業者との「いたちごっこ」も終わらないだろう。広がる弊害を前に見て見ぬふりを続ける無責任さを自覚すべきだ。

*1-2-1:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1084401 (佐賀新聞 2023/8/4) 佐賀県内ふるさと納税416億4278万円 2022年度 過去2番目、全国で5位
 佐賀県と県内20市町の2022年度のふるさと納税寄付総額は前年度比18・97%増の416億4278万円で、過去最高だった18年度の424億4094万円に次ぐ額になった。都道府県順位は5位で前年からひとつ順位を上げた。市町別の最多は上峰町の108億7398万円で全国6位に入った。寄付総額の増加は3年連続。18年度以降、424億4094万円-266億4284万円-336億6568万円-350億47万円と推移していた。全国順位は2位-3位-2位-6位だったので2年ぶりに順位を上げた。県内市町で寄付額が多いのは最多の上峰町に続き(2)唐津市(53億9861万円)(3)伊万里市(29億2554万円)(4)嬉野市(28億4415万円)(5)みやき町(22億3625万円)の順。10億円を超えたのは7市7町で、21年度を上回ったのは6市4町だった。上峰町は前年度の2・39倍の寄付を集め、2年ぶりの最多。全国順位も20位から6位に上げて3年ぶりの10位以内に入った。そのほか伸び率が高かったのは江北町の78%増、多久市の59%増、白石町の58%増、吉野ヶ里町の38%増など。ふるさと納税の収支は、寄付額から経費と他自治体に住民が寄付したことに伴う住民税控除額を差し引くと大まかに算出できる。県内20市町はいずれも黒字で、最多は上峰町の60億2200万円余りだった。29億4000万円近い唐津市を含め10億円以上の黒字となったのは3市2町。地方交付税不交付団体は住民税控除額の75%が交付税補てんされるため、実質黒字はさらに増える。ふるさと納税で総務省は、過熱する寄付金集めを抑制するため19年に返礼品は寄付額の3割以下の地場産品に限り、経費は寄付額の5割以下とする新ルールを設けた。ことし10月からは経費に「ワンストップ特例」の事務費を含め、他県産の熟成肉を地場産品と認めないなど、さらに厳格化する。新たな対応を迫られる自治体もある。

*1-2-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1121980 (佐賀新聞論説 2023/10/06) ふるさと納税 まず寄付総額の抑制を
 2022年度に全国の地方自治体が受け入れたふるさと納税の寄付総額は1兆円近くに膨らみ、利用者は約900万人という規模にまでなった。生活防衛策として返礼品に期待する人も多く、増加傾向は続きそうだ。この10月から制度が微修正されたものの「生まれ育ったふるさとに貢献」という導入の目的からかけ離れたままだ。抜本的な見直しを求めたい。ふるさと納税は、2千円を自分で負担すれば、所得に応じて設定される上限額まで、肉類や海産物など自治体の返礼品を仲介サイト経由で受け取ることができる。寄付と銘打ちながらも「官製通販」と批判されるのもうなずける。制度は08年度に始まった。利用促進のため寄付できる額を増やす一方、金券など過剰な返礼品や過熱するお得感競争を背景に、返礼割合を寄付額の3割以下にするなど運用を厳格化。今回は5割以下とされている経費の対象範囲を拡大した。この結果、返礼品の量を減らしたり、必要な寄付額を上積みしたりする「実質値上げ」の例が目立つようになったという。ふるさと納税は地域経済の活性化に一役買った面がある。返礼品を扱う地元企業は商品開発に力を入れ、売り上げが伸びた。子育て支援などの課題解決のために寄付を集め、対策予算を増やすこともできた。空き家となった実家や墓のある自治体に寄付すれば、管理や掃除が業者に依頼できるケースもある。首長、自治体がやる気を出して新しい政策をつくる素地を育てたと評価できる。その半面、人気が出る返礼品を開発しようと、営業戦略の専門家を職員に採用する自治体も出てきた。高齢化や人口減少に直面する中で、優先すべき政策なのか疑問だ。都市部の住民が地方の自治体に返礼品を目当てに寄付し、税収が移るゼロサムゲームになっている問題もある。寄付で潤う自治体が固定化されつつあり、公平性の観点から気になる。それでも国から地方交付税を受ける自治体は、税収減の75%を交付税で補塡ほてんされる仕組みがあるので、影響はある程度緩和される。財政に余裕がある不交付団体には穴埋めがなく大幅な減収となる。豊かな自治体には不利な仕組みと言える。寄付総額の約半分は返礼品の会社や、仲介サイトの運営企業などの収入になる。本来は行政が使っていたはずの税収であり、住民サービスの低下につながる恐れがある。政府は東京一極集中の是正を目標に掲げた「地方創生」を14年に打ち出し、その目標は今も堅持している。それでも人口の集中が続いており、税収が都市に集まる構図は変わっていない。国土の均衡ある発展による税収の平準化は難しい。自治体の税収格差を是正するには、ふるさと納税ではなく、都市部と地方が意見を交わしながら、納得できる是正策を探ることを提案したい。現行制度は、高所得者ほど多く寄付ができ、節税効果が大きいという問題もある。返礼品の廃止はすぐにできないとしても、富裕層については例えば「最大20万円」と、定額の上限を設定することは可能ではないか。ふるさと納税による寄付総額をどの程度に抑えるか、まず議論してほしい。それに合わせ、個人が寄付できる額を段階的に引き下げるべきだ。

<投資と人口の偏在>
*2-1:https://mainichi.jp/articles/20220621/k00/00m/050/111000c (毎日新聞 2022/6/21) 実は3兆円超え?試算も 東京五輪「1.4兆円」に関連経費含まれず
 東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は21日、総額1兆4238億円に上る大会経費の最終報告を公表した。新型コロナウイルスの感染拡大による大会の1年延期などで組織委の「赤字」も懸念されたが、組織委は発表で「これまでの増収努力や不断の経費の見直しなどにより、収支均衡となった」と説明した。
●大会経費に統一定義なく
 競技会場の建設、改修費や大会の運営費を合わせた「大会経費」は開催都市である東京都と組織委、国が分担する。都が招致段階で公表した「立候補ファイル」では7340億円だったが、組織委は開催決定から3年3カ月後の2016年12月、大会経費を1兆5000億円(予備費を除く)と初めて公表した。その後も毎年12月に予算を公表し、おおむね1兆3500億円程度で推移。新型コロナによる大会の1年延期を織り込んだ20年12月の第5弾(V5)予算こそ1兆6440億円に膨らんだが、原則無観客開催になり、チケット収入や警備費用など収入、支出ともに減少したため、最終的にはコロナ前の予算から微増にとどまった。だが、五輪経費を巡る「不透明さ」は常につきまとい、時には政治問題化した。「五輪関連予算・運営の適正化」を公約にして16年7月に初当選した小池百合子都知事は、都政改革本部を設置。本部内の「五輪・パラリンピック調査チーム」は16年9月、開催費用の総額が3兆円を超える可能性を指摘した。その前年、組織委の森喜朗会長(当時)は「最終的には2兆円を超すことになるかもしれない」、舛添要一都知事(同)も「大まかに3兆円は必要」と述べていた。
●東京五輪・パラリンピック大会経費の推移
 組織委は「過去大会を含めて大会経費の範囲には統一的な定義が存在しない」とする。今大会でも「大会に直接必要な経費」としており、開催都市の道路整備や施設のバリアフリー化などは「五輪が開催されなくても必要」として計上しなかった。このため、どこまでが五輪経費で、どこまでが五輪経費ではないのか不明確なまま、開催準備は進んだ。だが、世論の反発をくみ取る形で、五輪経費の全体像を明らかにしようとする動きもあった。都は18年1月、既存体育施設の改修や輸送インフラ、都市ボランティアの育成など総額8100億円を「大会関連経費」として公表した。当時、最新だったV2予算の1兆3500億円に積み上げると、五輪経費は2兆1600億円に膨れ上がった。国の会計をチェックする会計検査院は19年12月、1500億円とされている国負担額が、関連経費を含めて1兆600億円以上になる試算を公表した。都と会計検査院の数字を足すと、五輪経費の総額は3兆700億円以上になる。会計検査院と都は今後、改めて大会関連経費を算出する予定だが、都関係者は「内部の人間同士で、これ以上突っ込まないのでは」と見る。五輪経費の全体像は見えないまま、6月30日で組織委は解散し、残されたチェックの主体は国と都だけになる。政治ジャーナリストの鈴木哲夫さんは「東京五輪で一番欠けていたのは情報公開。税金がどのように使われたのか知るには、予算以上に決算段階での検証が大事になる。会計検査院と都が関連経費も出した後、改めて国会や都議会でカネやレガシー(遺産)も含めて大会を総括すべきだ」と指摘した。

*2-2:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15761213.html (朝日新聞 2023年10月7日) 万博資金繰り、焦る吉村知事 膨らむ経費、地元反発に危機感 経産相らと面会、対応協議
 2025年開催の大阪・関西万博の準備で膨らむ経費に、大阪府や国が財政負担のあり方で頭を抱えている。地元の理解を得たい吉村洋文知事は6日、西村康稔経産相らと対応を協議。府は、国からの財政支援を得られないか検討しているが、政府にとっては国費の負担がさらに増す恐れがあり、調整は難航している。「我々、大阪府市も責任者。会場建設費については、それぞれ負担をして、万博を成功させようというのが基本の考え方だ」。吉村知事は同日、東京都内で西村氏のほか、自見英子万博相らと相次いで面会した後、記者団にこう語った。万博の建設費が約450億円増の約2300億円程度まで上ぶれする可能性があり、面会では、どの費目が増額するのか今後詳細に確認することなどを協議したという。吉村知事が万博の費用負担をめぐって奔走するのは、膨らみ続ける万博の経費に対し、地元の反発が強いためだ。建設費の負担は、国、大阪府市、経済界で3等分すると閣議了解されており、府市の負担はさらに150億円程度増えかねない。建設費が増額すれば、20年に続いて2度目。地元の府市両議会は1回目の上ぶれを受け、再度増額が生じた場合は「国が責任をもって対応」とする意見書を可決している。府幹部は「このままでは府民、市民が納得しない」と危機感を示す。とはいえ、そもそも万博誘致を主導したのは、吉村知事が共同代表を務める日本維新の会。増額分の負担軽減を求めれば、与野党からの批判も避けられない。そこで府が検討しているのが、交付金による財政支援だ。建設費の増額分に予算を充てる分、万博の機運情勢や環境整備にかける事業に交付金を活用すれば、費用負担は3等分との大枠は維持しつつ、府・市の負担を軽減できるためだ。別の府幹部は「普段から府財政は厳しいので、がめつく国の交付金を取りに行く。交付金メニューはたくさんあるので、こちらから提案していかないと通らないだろう」と話す。(野平悠一、岡純太郎)
■政府、「助け舟」に交付金検討
 膨らみ続ける万博の経費は、政府にとっても頭の痛い問題だ。会場建設費の上ぶれ分については、国、大阪府市、経済界で3等分すると閣議了解しており、負担割合を変更する考えはない。一方で、警備費や機運醸成といったソフト面での支援について、国の負担も検討している。というのも、8月末に岸田文雄首相が万博の準備遅れを「胸突き八丁の状況」と発言し、政府も本腰を入れ始めたからだ。首相は、2025年春の開幕に向けて周囲に「絶対に間に合わせないといけない」と話し、全力を尽くす考えを示す。こうした首相の方針もあり、西村康稔経済産業相が警備費を全額国が負担する方針を表明。さらに「助け舟」として、政府内で交付金による財政支援も検討している。複数の政府関係者によると、岸田政権の看板政策の一つ「デジタル田園都市国家構想」で創設された交付金の活用論が政府内で浮上している。経産省関係者は「万博は国家事業。開催地の大阪を支えることは当然だ」といい、交付金を用いて大阪の負担軽減を図りたい考えだ。だが、この交付金は、デジタル化により、観光や地方創生につながる取り組みを支援するために創設されたもの。関係閣僚の一人は「交付金の趣旨に反する。絶対に無理だ」と反対姿勢で、調整は難航している。膨らみ続ける万博費用の全容はいまだに見えず、国の財政負担に世論の理解がどこまで得られるかも不透明だ。首相周辺は「もともと維新がやりたいと言って招致したのに……」と恨み節を漏らす。

*2-3-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15761296.html (朝日新聞 2023年10月7日) 五輪汚職の影、機運しぼむ 札幌30年招致断念へ
 2030年冬季五輪・パラリンピック招致をめざしている札幌市は30年の招致を断念し、34年以降に切り替える方針を固めた。東京大会での汚職・談合でオリパラのイメージが悪化する中、招致に不可欠となる地元の高い支持率を現時点で得るのは難しいと判断した。秋元克広市長が11日に日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長と会談して断念の意向を表明するとみられる。6日の記者会見で秋元氏は、12日にある国際オリンピック委員会(IOC)の理事会で「30年大会の開催地決定のプロセスについて議論がある」との見通しを示した。山下会長とは、東京大会の事案の状況を踏まえて「招致を実現するために、どう進めていくべきかを議論する」と語った。秋元氏にとって、30年招致断念の選択肢は早い段階から持ち合わせていたものだ。札幌市の都市インフラは1972年の冬季五輪を機にできたが、老朽化が進む。2015年に就任した秋元氏は、五輪を「まちづくりの起爆剤」と位置づけて招致を推進してきた。しかし、20年からのコロナ禍で市民の招致機運を盛り上げる機会を失った。昨年3月に実施した意向調査では賛成が反対を上回ったが、東京五輪汚職が発覚した昨夏以降は不招致推進デモが頻繁に起きるなど「逆風」が続いた。今年4月の市長選で秋元氏は3選を果たしたが、五輪反対派の2候補が4割強の票を獲得した。秋元氏は昨年12月にIOCが大会の開催地決定の時期を先送りしたことを受けて、「異例」の招致活動の休止に踏み切った。逆風の下、市がとったのが、30年の旗は掲げたまま、34年大会への切り替えも否定しない「両にらみ作戦」だ。北海道新幹線の札幌延伸が30年度末とされていることもあり、市とともに招致を進めてきた地元経済界では「札幌延伸が完了した後の34年大会の方が経済効果は大きい」との声も強まっていた。
■JOC弱気、IOC冷淡
 昨年12月に札幌市とJOCが招致に向けた積極的な機運醸成活動の当面の休止を発表してから、JOCの山下会長が後ろ向きな発言をすることが目立つようになった。今年2月の定例記者会見では「30年招致はより厳しい状況になっていく」。6月の会見では「今の状況で30年は厳しい。特効薬はない」と認めた。複数の関係者によると、山下会長は今年に入ってからバッハ会長を訪ね、30年招致が難しくなった旨を伝えた。そのことで、バッハ会長の怒りを買ったという。IOCは、その前後から、過去に「蜜月」だったJOCに対する冷淡さが目立ち始めた。「札幌」の名前が会見で言及されることが減った。取って代わるように26年冬季五輪招致で敗れたスウェーデンが2月、唐突に30年大会招致に名乗りを上げ、フランスも意欲を表明した。最近、IOCの事務方から漏れ伝わるのはスウェーデンの好評価だ。前回は国内世論の支持率が伸び悩み、政府の財政保証にも手間取ったが、ここに来て政府支援に希望が見えてきたという。札幌が34年大会以降に照準を切り替えるとしても、34年は米ソルトレークシティーが有力視される。02年に冬季五輪を開いた実績、地元の支持率も高いことから、「本命」と評価されている。山下会長は6日、アジア大会が行われている中国・杭州で「今、お話しできることは何もない。昨年12月の記者会見から状況は大きく変わっていないという認識だ」と話すにとどまった。
■札幌冬季五輪・パラリンピック招致の動き
 <2014年11月> 上田文雄市長(当時)が26年大会の招致を表明
 <15年4月> 市長選で招致推進派の秋元克広氏が初当選
 <18年9月> 胆振東部地震発生。招致目標を2030年に切り替え
 <20年1月> JOCが市を30年大会の国内候補地に決定
 <22年3月> 市の招致意向調査で賛成が過半数を占める
 <8月> 東京地検特捜部が汚職事件で大会組織委の元理事を逮捕
 <11月> 東京五輪の運営業務を巡る談合事件で東京地検特捜部が電通などを家宅捜索
 <12月> 市とJOCが積極的な機運醸成活動を休止。大会計画案の見直しを表明
 <23年2月> 東京地検特捜部が東京五輪の運営業務を巡る談合事件で元組織委次長らを独占禁止法違反容疑で逮捕
 <4月> 市長選で秋元氏が3選
 <6月> 再発防止策を盛り込んだ大会見直し原案を公表
 <7~9月> オリパラの市民説明会や公開討論会を実施
 <10月> 大会見直し案の最終案まとまる

*2-3-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231012&ng=DGKKZO75189330S3A011C2EA1000 (日経新聞社説 2023.10.12) 札幌五輪の意義改めて精査を
 五輪を取り巻く社会情勢は、この数年で激変した。今後の招致のあり方について、改めて慎重かつ徹底的な議論が必要だ。札幌市が2030年冬季五輪・パラリンピック招致を断念した。秋元克広市長と日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長が11日に会談し、その後の記者会見で発表した。今後は34年以降の開催の可能性を探るという。30年招致が困難なのは、関係者の間では以前から共通認識だった。最も影響が大きかったのが東京五輪を巡る一連の不祥事である。札幌市は市民の不信を払拭しようと説明会や対話事業を行ってきたものの「理解が十分広がっていない」(秋元市長)状況が続いていた。山下会長も「拙速な招致は好ましくない」と述べた。もっとも、34年も有力なライバル都市が名乗りを上げており、国際オリンピック委員会(IOC)が札幌を重視しているといわれた従前とは競争環境も様変わりしている。財政面についても、東京五輪に続いて大阪・関西万博も後から費用が膨らんだことから、札幌でも将来の経費増に対する懸念が根強い。今回の仕切り直しを経ても、招致のハードルが依然高いことに変わりはない。札幌市は今後、招致計画を練り直す見通しだ。その際はなぜ招致活動を続けるのか、そこにどんな意義があるのかを、とことん精査すべきだ。それなくして広く理解を得ることは難しいだろう。市民の意向を正確にくみ取る調査の実施も欠かせない。五輪をバネに地域をもり立てること自体は否定されるものではない。ただ、昔ながらの地域振興が目的の前面に出てくるようなら支持は広がるまい。34年までは10年以上ある。その間、日本社会は様々に変貌していくはずだ。それでも変わらず説得力を持ち得る「札幌五輪」とは、どのような大会であるべきなのか。その明確な青写真を開催都市として示せるかが、今後の招致を左右する。

*2-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231015&ng=DGKKZO75288500V11C23A0MM8000 (日経新聞 2023.10.15) 賃上げ減税 効果に限界、中小企業6割が対象外、赤字体質の脱却重要に
 政府・与党が年末にかけて詰める2024年度の税制改正で、従業員の給与を一定以上増やす際に納税額を減らす「賃上げ促進税制」の拡充が論点になっている。税負担を軽くしても賃上げや投資に回っていないとの不満が背景にある。賃上げの流れを効率的に加速する対策が重要になる。「税収増などを国民に適切に還元する」。10月末にもまとめる経済対策を巡り岸田文雄首相はこう話す。どの税金を「減税」するかの詳細はこれからだが、こだわりを持つ一つが賃上げ税制だ。原型となる税制は13年度に導入した。21年には14万件程度が適用を受けた。法人税を年2000億~4000億円ほど減免してきた。一方で厚生労働省の賃金構造基本統計調査をみると、パートタイムなどを除く一般労働者の賃金の上昇率は安倍晋三元首相のアベノミクスを支えに伸びた時期を除き、データのある21年度まで1.5%を下回る状況が続く。財務省、経済産業省はこれまでの対策に「効果があったとはいえない」とみる。2つの要因が指摘されている。1つ目は現行の仕組みの弱点だ。納めるべき法人税から差し引く形式のため税優遇は黒字の企業にしか効果がない。大企業で法人税を納めていない赤字法人は21年度に大企業で25.8%あり、資本金1億円以下の中小企業でみると61.9%にのぼる。日本企業の99%超を占める中小に恩恵が及ばなければ賃金の底上げにつながらない。経産省は解消策を提案している。赤字などの理由で法人税の納税額が少なく、賃金を上げた優遇を受けられる分を控除しきれない決算期があった場合、繰り越しを認める制度を中堅・中小企業向けに導入する案だ。黒字になった際にその分を差し引く。ただ日本には単に業績が悪いだけでなく、納税を避けるために経費を膨らませ、あえて赤字を選ぶ中小があるとの指摘もある。制度を導入しても黒字化しないと優遇は受けられない。中小の赤字体質が改善できるかが重要になる。2つ目は優遇策の適用期間だ。経産省はこれまで2年ほどで延長を繰り返してきた制度を6年間延ばす案を持つ。財務省は賃上げ税制など租税特別措置(租特)は「短期集中でこそ効果がある」との立場だ。2~3年が一般的で、5年超は異例だが、経産省は期間が短いと企業が中長期の視点で使いにくいとみる。制度の拡充議論の背景には社員を資本と捉え、教育費用などをコストでなく投資とみなす「人的資本経営」の広がりがある。充実すれば生産性が上がるとの考え方だ。日本企業の人的投資は主要先進国でなお低い水準にある。10~14年の企業の職場内訓練(OJT)を除く研修費用の国内総生産(GDP)比は0.1%にとどまる。米国は2%、フランスは1.8%、英国、ドイツは1%強だ。賃上げ税制には職業訓練費を一定額積み増した場合に法人税の優遇額を増やす規定がある。賃上げも含めた「人への投資」を手厚くして成長力を底上げする狙いがある。企業の意識にも変化の兆しがある。連合の調査によると23年の賃上げ率は3.58%と約30年ぶりの高水準だった。政府はこの流れの加速を目指すが、税によるインセンティブにどこまで効果があるかは検証余地がある。財務省が国会に提出する租特に関する報告書はどの企業が活用したかや、どう使ったかは明確ではない。行政事業レビューなどに基づき情報が開示される予算の歳出に比べると透明性で見劣りする。政策減税の議論には客観的なデータを使った効果の検証が欠かせない。

<農地の減少と食料自給率>
*3-1-1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA297ZX0Z20C23A9000000/ (日経新聞 2023年10月1日) 有事の食料輸入計画、商社などに要請へ 政府が新法
 政府は商社などを念頭に、有事に食料不足が見込まれる際に代替調達ルートといった輸入計画を提出するよう求める方針だ。異常気象による不作や感染症の流行、紛争といった有事を想定し、重要な食料を確保する見通しを明確にする。農林水産省が2日に開く「不測時における食料安全保障に関する検討会」で示し、年内にも方向性をまとめる。食料安全保障の一環として、農水省が2024年の通常国会への提出を目指す新法へ盛り込む。植物油や大豆など栄養バランスの上で摂取する必要があるものの自給率が低い品目を対象とする見通しだ。企業に求める計画には潜在的な代替調達網のほか、輸入規模、時期などを盛り込むよう促す。対象は商社やメーカーといった大企業を想定する。国内の備蓄で対応が難しくなったときに、まず企業に計画の提出を要請する。有事の深刻度に応じて要請から指示に切り替えることも検討する。輸入価格が高騰し、国内での販売が難しい場合は国が資金面で調達を支援することも視野に入れる。新法では食料安保面での有事対応の司令塔役として、首相をトップとする「対策本部」の新設を定める。食料輸入計画の策定要請は同対策本部の権限の一つに位置づける。日本の食料自給率はカロリーベースで38%と主要7カ国(G7)で最も低い。特に大豆は25%、砂糖は34%、油類は3%にとどまる。食料安保の確保には官民を挙げて安定的な輸入体制を築く必要がある。新法には国内で在庫が偏在する場合の対応として、業務用と民間用の在庫の融通や出荷量の調整などを要請することも対策本部の権限として盛り込む見通しだ。不測時に備え、農水省が平時から卸企業やメーカーなどに民間在庫の報告を求めることも検討する。作付面積や貿易統計から主要な作物の在庫は把握できるが、パンやうどんといった加工品の在庫の全容をつかむことは難しいからだ。

*3-1-2:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15764380.html (朝日新聞 2023年10月12日) 農業の現場と基本法改正:2 「適正価格」検討、懐疑の声も
 千葉県成田市や栄町の水田地帯。収穫期を控えた7月中旬、稲作農家の小倉毅さん(63)は、雑草が生えていないか、田んぼの様子を見て回っていた。今秋、33回目の収穫期を迎える。できるだけ農薬を使わないのがモットーだ。「もう耕せない」と高齢の親類から頼まれた田んぼも多く、計15ヘクタールを管理する。「展望はないよ。機械が古いけど投資もできない」。売り上げから経費を引いて手元に残るのは、稲作だけでは100万円以下という。給与所得者平均の458万円に遠く及ばない。小倉さんは農民運動全国連合会という団体で活動している。連合会は6月、農林水産省の「食料・農業・農村基本法」の見直し案に対し「価格保障」を提言した。政府が実勢価格との差額分を農家に支払うよう求めるものだ。「農家は細る一方。食は国が支えるべきで、国民合意もできるはずだ」と小倉さんは言う。農産物の価格は、基本法の改正議論で最大の焦点だった。農水省が5月に公表した改正案の中間とりまとめでは、スーパーが食品の安売り競争に走り、「生産コストが上昇しても価格に反映することが難しい状況を生み出している」と指摘。「適正な価格形成」に向けた仕組みづくりの検討を農水省の責務と定めた。これらを受けて農水省が動く。8月に生産・販売・流通に関わる16団体の幹部らを集めて「適正な価格形成に関する協議会」を立ち上げた。だが、需給で決まる価格に国が口を出すことには懸念もつきまとう。あいさつで同省の宮浦浩司・総括審議官は「まずは関係者間で議論できる土俵作りをしたい」と述べ、慎重に議論する考えを示した。主婦連合会副会長の田辺恵子氏も「非正規雇用の人や相対的貧困層をどう考えるのか」と話し、値上げに慎重な対応を求めた。実は農水省は今春、コストの高騰を価格に転嫁する仕組み作りを進めていた。畜産や酪農の関係者を集めた省内の会議で「飼料サーチャージのような仕組みができないか」と打ち出していたのだ。燃料価格を航空運賃などに上乗せする「燃料サーチャージ」が念頭にあった。しかし、この会議は「生産者とメーカーの取引だけに着目しても小売価格に反映することは難しい。単純に反映しても、消費減退を招く」として導入の議論は先送りされた。こうした動きに、現場からも懐疑的な声がある。群馬県昭和村の野菜農家、澤浦彰治さん(59)は、コンニャクや有機野菜の栽培で試行錯誤を繰り返し、親から継いだ農業の規模を拡大してきた。240人を雇い、「小さく始めて農業で利益を出し続ける7つのルール」(ダイヤモンド社)などの著書もある。澤浦さんは「同じレタスでも、有機かどうか、食味や用途、鮮度など様々な組み合わせで価格が決まる。一律には決められるものではない」と言う。農水省の「適正な価格形成」に向けた取り組みにも、「ありがたいことだが、価格について一律に決めても、創意工夫して生産し、付加価値を付けて販売している人には逆に足かせになる可能性がある」とみている。

*3-2-1:https://www.shinmai.co.jp/news/article/CNTS2023100400652 (信濃毎日新聞 2023/10/04) 半導体工場誘致へ規制緩和 森林や農地も立地可能に
 政府は4日、半導体や蓄電池など重要物資の工場を建設しやすくするため、土地利用の規制を緩和する方針を明らかにした。岸田文雄首相は同日、首相官邸で開いた官民連携の会合で「土地利用の規制について、国家プロジェクトが円滑に進むよう柔軟に対応していく」と表明した。森林や農地など開発に制限がある「市街化調整区域」で、自治体が工場の立地計画を許可できるようにする。農地の転用手続きにかかる期間の短縮も図る。10月中にまとめる経済対策に盛り込む方針。半導体などを巡っては大型工業用地の不足が課題となっていた。工場建設を後押しし、重要物資の供給体制を強化する。国内投資の拡大につなげる狙いもある。首相は、半導体をはじめとした戦略分野の事業拠点に必要なインフラ投資を支援するため「複数年かけて安定的に対応できる機動的な仕組みを創設する」とも述べた。規制緩和には経済産業省や国土交通省など複数省庁が関与する。市街化調整区域に指定されている農地の場合、行政手続きが各省庁の管轄でそれぞれ発生するため、これまで約1年かかっている。

*3-2-2:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA02BH40S3A001C2000000/ (日経新聞 2023年10月3日) 半導体工場の立地規制を緩和 政府、農地・森林にも誘致
 政府は12月にも半導体など重要物資の生産工場の誘致に向け土地規制を緩和する。農地や森林など開発に制限がある市街化調整区域で自治体が建設を許可できるようにする。大型工業用地の不足に対応する。税制や予算とあわせて規制改革で国内投資を促す。経済安全保障の観点から半導体や蓄電池、バイオ関連といった分野が対象となる。岸田文雄首相が4日、民間企業や閣僚を集めて首相官邸で開くフォーラムで円滑な土地利用に向けた規制改革に取り組むと表明する。10月末にまとめる経済対策の柱となる国内投資の促進策として税制・予算と合わせて打ち出す。経済産業省によると全国の分譲可能な産業用地面積は2022年時点でおよそ1万ヘクタールある。11年の3分の2ほどに減った。新たに土地を確保するにも用途指定を変更する手続きなどに時間がかかる問題点が指摘されてきた。市街化調整区域の開発は、地域特性を生かした事業を展開する企業を支援する「地域未来投資促進法」の規定を使って例外的な活用を認める。いまは食品関連の物流施設やデータセンター、植物工場などに限り、政府が自治体に開発許可を認めている。関係各省の省令や告示を改正し、これに重要な戦略物資の工場を加える。自治体が地域活性化や環境の観点で問題ないと判断すればより柔軟に工場を誘致できるようになる。手続きに時間がかかる農地の場合は、通常なら1年かかる手続きを4カ月ほどに短縮する。農地の転用には地元の農業委員会などの許可が要るなど規制が複数の省にまたがるケースが少なくない。このため国土交通、農林水産、経産の3省が連携して開発許可の手続きを同時並行で進める。半導体の工場にはまとまった土地と良質な水などが欠かせない。円安や安定したサプライチェーン(供給網)のため生産拠点を国内に回帰させる動きがある一方、条件に合う工業用地の供給は限られる。半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)が熊本に進出し、周辺の自治体からは土地規制の是正を求める声が上がっていた。九州経済連合会は国や県の権限で農地を速やかに産業用地に転用できるような規制緩和策を政府に要請した。企業が土地を確保できず進出を断念したケースもこれまでにあったという。TSMC新工場の周辺は半導体関連のサプライヤー企業の集積が相次ぐ。工業用水の確保や道路など物流網の構築は待ったなしの状況にある。熊本県の蒲島郁夫知事は8月、官邸で首相に社会資本整備に関する「緊急要望」を手渡した。政府は機動的なインフラ整備に向けて関係府省が横断で複数年にわたり支援する枠組みを創設する。23年度補正予算案への費用計上に向け調整する。為替相場は円安が続き、日本国内で投資しやすい環境が整う。地方に工場の立地を促し、地域の雇用確保や周辺産業を含めた賃上げにつなげる。

*3-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231014&ng=DGKKZO75276130T11C23A0MM8000 (日経新聞 2023.10.14) 地方の新興企業、5年で5割増、産業活性化に貢献 長野県、大学軸に起業支援
 独自性のある技術やサービスで成長を目指すスタートアップが全国で増えている。新興企業支援会社のデータベースでは、全国の企業数が5年間で5割増えた。地元大学発の新興が相次いで誕生する長野県は8割増と大きく伸ばす。地方でも産学官金の支援の輪が広がっており、スタートアップを生み育てる「エコシステム(生態系)」が構築されつつある。東証グロース上場のフォースタートアップスが作成した「STARTUP DB(データベース)」に登録されている2000年以降創業の企業を対象に、23年6月末の登録数を18年と比較した。登録は新たな技術やビジネスモデルでイノベーションの実現を目指す企業が対象。全体の登録数は1万5692社で東京都の企業が66%を占めるが、東京以外の自治体の合計登録数も5年で49.5%増と東京と同じ伸びを示した。増加率4位の長野県は信州大学の積極性が目立つ。17年に知的財産・ベンチャー支援室を開設。18年には「信州大学発ベンチャー」の認定を始めた。現在の認定企業は17社で、起業や事業拡大に向けた多彩な支援を受けられる。信大は企業との共同研究が盛んで、特許の出願件数も地方大学でトップクラス。支援室長の松山紀里子准教授は「有望な技術が大学のどこにあるかを把握しており、起業を後押ししやすい」と説明する。認定企業の一つで17年創業の精密林業計測(伊那市)が目指すのは地場産業である林業の活性化だ。担い手不足が深刻になるなか、ドローンなどを使って伐採に適切な木を判別するなど効率化を進める。農学部の特任教授でもある加藤正人社長は「特許取得などで大学の支援を受けており経営もしやすい」と話す。金融機関も支援に前向きだ。22年には長野県が音頭を取り、八十二銀行グループや投資会社などが「信州スタートアップ・承継支援ファンド」を設立。これまでに信大発企業を含めた9社に出資した。奈良県は18社と登録は少ないが増加率は2倍でトップ。就職時の若者の県外流出に悩む奈良市は、独自の起業家育成プログラムを通じて「新興企業のエコシステムをつくりたい」(産業政策課)。7年目の今年のプログラムには6社が参加する。在宅の縫製士をネットワーク化し、高付加価値で小ロットの仕事を発注するヴァレイ(上牧町)の谷英希社長は1期生。「情報不足の奈良でモヤモヤしていたが、プログラムを通じてビジョンを形にできた」と振り返る。16年の会社設立から委託先は約300カ所に増え、年商は1億円を超える。現在は高校生への講演などにも熱心だ。伸び率6位の愛知県は自動車など基幹産業が安定していることで、逆に「新興企業不毛の地」とも言われてきた。クルマの電動化など変革の波が押し寄せるなか、大村秀章知事は「スタートアップで産業構造を変えたい」と意気込む。県が20年に開いたインキュベーション施設には300近い企業が集まる。24年秋には国内最大級の育成拠点「ステーションAi」も開く。スタートアップ育成は国をあげての課題でもある。政府は22年に「5か年計画」を策定。27年度の新興企業への投資額を10倍超の10兆円規模にすることを目指す。日本総合研究所の井村圭マネジャーは「農業や製造業の効率化など地域の課題に取り組む新興企業が増えることで産業の高度化につながる」と強調。「今後も既存企業を巻き込んで地域全体の革新につながるような支援に力を入れる必要がある」としている。

*3-4-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231009&ng=DGKKZO75118950Z01C23A0MM8000 (日経新聞 2023.10.9) エネルギー選択の時 石油危機50年(1) 脱炭素、覇権争い過熱 日本、産業存亡の剣が峰
 1973年の第1次石油危機から50年となった。第4次中東戦争に併せて産油国が発動した石油戦略は消費国にエネルギー転換を迫るきっかけになった。ロシアのウクライナ侵攻とパレスチナの衝突再燃に直面する今日の世界は、50年前から何を学ぶべきだろうか。オランダ・ロッテルダム港の突端、北海に面した一角で工事の準備が始まった。国際石油資本(メジャー)の英シェルが計画する、欧州最大級のグリーン水素の製造工場の予定地だ。洋上風力発電を使い、2025年にも生産を開始する。
●中国に主力技術
 関連企業団体の水素協議会によれば23年5月時点で計画中の水素プロジェクトは1千件超にのぼる。1年前比で5割増えた。30年までに3200億ドル(約47兆円)の投資が見込まれる。ウクライナ侵攻後、欧州起点に広がったエネルギー危機と脱炭素のうねりは、世界に構造転換を迫る。変革の奔流から見えてくるのは技術で先行し、優位に立つ国家と企業の大競争だ。別の数字がある。国際エネルギー機関(IEA)によると、太陽光発電パネルの生産シェアは中国が世界の8割超を占める。風力発電機は中期的に6~8割を握る。電気自動車(EV)向け電池の4分の3は中国企業が生産する。脱炭素の主力技術はすでに中国の手中にある。供給網を確保する経済安全保障や資源外交の重要性は、深まる分断の下で、石油の世紀と変わらないどころか、むしろ重みが増す。安価で大量の水素が手に入らなければ製鉄業は日本に残れない。電池を安定確保する道が閉ざされれば自動車産業は窮地に陥る。脱炭素時代のエネルギー覇権をかけたせめぎ合いが過熱するなかで、日本も国の存亡をかけて立ち位置をみつけなければならない。
●中東依存減らず
 そこに至る道筋をどう描くのか。そのためには50年前を振り返ってみることだ。エネルギー転換の決断を迫られた73年は、23年の相似形とも言えるからだ。石油危機は高度経済成長に終わりを告げた。田中角栄首相の秘書官として危機対策にあたった小長啓一元通商産業(現経済産業)次官は「中東産の安い石油を臨海部のコンビナートに運ぶことで成し遂げた重化学工業主導の高度成長の転換点だった」と証言する。石油危機後、政府は石油の調達先を中東以外に広げる脱中東、エネルギー利用を石油以外に広げる脱石油、そして徹底した省エネルギーに着手した。これらは成果をあげた。国の政策に基づいて電力会社が原子力発電所を建設する「国策民営」の下で、原発が次々と稼働した。単位あたりのエネルギー消費を示す、製造業のエネルギー消費原単位は90年までに73年比でほぼ半減し、世界屈指の省エネ大国になった。ところが原発事故で振り出しに戻った。石油の中東依存度は22年度に95%と、石油危機時の78%を上回る。11年の東京電力福島第1原発の事故で原発は信頼を失い、化石燃料依存度は9割近くに達した。73年の教訓は成果を誇るのではなく、その後の失速の原因と対策を知ることだ。これが脱炭素時代のエネルギー選択に欠かせない。

*3-4-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231015&ng=DGKKZO75285630U3A011C2EA3000 (日経新聞 2023.10.15) 米、水素生産1兆円助成 三菱重工も対象 7拠点選定
 バイデン米政権は13日、全米7カ所を水素の生産拠点として選定したと発表した。70億ドル(約1兆円)を助成し、温暖化ガスを排出しない次世代エネルギーとして期待される水素の活用を後押しする。経済の脱炭素化を促して「水素大国」を目指す。三菱重工業のプロジェクトも選定され、日本への輸出を視野に入れる。水素は燃焼しても温暖化ガスを出さない。長距離トラックや工場の熱源といった電化が難しい分野での活用が期待されている。バイデン大統領は13日、北東部ペンシルベニア州フィラデルフィアで「米国で製造業を振興する計画の一環だ」と演説した。2024年に大統領選挙を控え、クリーンエネルギー政策の成果と雇用創出をアピールする狙いもある。選挙の「激戦州」にある水素計画も支援対象に含めた。選定されたのはカリフォルニア州やテキサス州、ペンシルベニア州など16州にまたがる7カ所の「水素ハブ」。1カ所あたり10億ドル前後の公的資金が投じられる。

*3-5:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231019&ng=DGKKZO75391490Z11C23A0MM8000 (日経新聞 2023年10月19日) スズキ、インド製EV日本へ 25年にも、世界供給拠点に 輸出モデル転機
 スズキはインドを電気自動車(EV)の輸出拠点に位置づけ、環境車の世界展開を加速する。2025年にも日本に輸出し、欧州向けでは資本提携するトヨタ自動車への供給を検討する。インドは市場の成長余地が大きく、製造コストも日本より安い。EVは供給網や各国の産業政策のあり方を一変させ、日本の輸出モデルも変容を迫られている。スズキのEV自社生産はインドが初めて。日本の自動車大手は研究開発や人材などの経営資源が豊富な国内工場で技術を確立し、生産モデルを海外に移転するのが一般的だった。トヨタや日産自動車は国内から始めていた。スズキはEVの中核工場をインドに位置づける格好で異例だ。インドから25年にも日本に輸出・販売するのは価格が300万~400万円程度の小型多目的スポーツ車(SUV)タイプのEVとなる。西部グジャラート州の工場に新ラインを設け、24年秋から生産する。生産は子会社のマルチ・スズキが担う。生産能力は年25万台を想定し、EVのほかガソリン車も生産。スズキは26年に静岡県で軽自動車のEV生産を始める計画で、インドの知見を日本に生かす。EV需要が大きい欧州にも輸出する。小型タイプのSUVの販売に加え、資本提携するトヨタにもOEM(相手先ブランドによる生産)供給する検討に入った。トヨタも欧州でEVのラインアップの拡充を急いでいた。日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、インドの製造業全般で原価は日本より2割安い。スズキは現地の乗用車市場でシェア4割を占める最大手で、低コスト生産のノウハウを蓄積している。スズキ幹部は「(輸出先の)欧州などで中国産EVとの価格競争は激しくなる」と話す。世界でシェアを伸ばす中国勢に対抗できるコスト競争力をインドで磨く。日本は円安の影響で輸出競争力が高まっているものの、スズキはインドが最適なEV輸出拠点とみる。インドはEV市場としても有望だ。EV販売台数は23年1~6月にシェアは1%以下と、小さいながら前年同期比6倍と勢いがある。英調査会社グローバルデータによると、EVシェアの23年予測はタタ自動車が70%で突出。外資では中国・上海汽車集団系のMGモーター(10%)が上位だ。EV未発売のスズキは巻き返しが急務だった。海外市場のEVの立ち上がりは早い。「地産地消」の観点からトヨタやホンダは米国など海外でのEV生産計画を進めている。将来、日本の自動車輸出が伸び悩み、貿易収支にも影響が出る可能性がある。

<地方の人口減と影響>
*4-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230727&ng=DGKKZO73087590X20C23A7EA1000 (日経新聞社説 2023.7.27) 人口の急減しのぐ地域社会の確立急げ
 人口減少のスピードが一段と加速している。速すぎる変化は行政機能を維持するための備えが追いつかず、国土の管理もままならない状況を招きかねない。急激な人口減少をしのいでいける地域社会の確立は待ったなしである。住民基本台帳に基づく総人口は昨年1年間に51万人減少した。新型コロナウイルスの影響が和らいで外国人が29万人増え、多文化共生の取り組みが重みを増す。日本人は80万人減り、初めて全都道府県で減少した。それでも東京一極集中は変わらず、首都圏の人口比率は全国の29.3%と上昇が続いている。これらは地方の減り方が一段と顕著になり、地方から東京に人を出す余力が失われたことの表れにほかならない。日本人の減少率を都道府県別にみると、前年より1%以上減ったところが昨年の12県から21道県に増えた。従来は東北に目立ったが今年は北陸、四国、九州でも広がった。来年は半数を超えよう。民間の提言組織、令和国民会議(令和臨調)は人口の水準以上に急激な減り方に警鐘を鳴らす。ゆっくり減るなら地域社会も適応しやすいが、変化が速いと対応できず地域が一気に衰退するとの懸念だ。大切な視点である。政府は近く新たな国土計画をまとめる。原案では、2050年に人の住む地域が今より2割減るとの想定から「国土の管理主体を失い、再生困難な国土の荒廃をもたらす」と危惧する。災害や食料安全保障などのリスクも高まり、危機感を訴えるのはよいことだ。ただ対策は物足りない。公共サービスを維持するため、10万人を目安に形成する「地域生活圏」という構想は生煮えで、だれがどう担うのか、よくみえない。複数の市町村が共同で行政サービスを担う広域連携が重要になるが、これは自治体のあり方の見直しに踏み込まざるをえないだろう。人口減少が進む地域で、自治体再編、コンパクトシティー、浸水地域の居住制限、水道やローカル鉄道などインフラ網の再構築といった政策が課題とされて久しい。進まないのは住民の理解が十分に得られていないことにある。今必要なのは、人口減少下ではある程度まとまって住む「集住」という方向性を国民全体で共有することだ。それが浸透して初めて各分野の政策が前に進む。新たな国土計画はこうしたメッセージを伝える一助にしたい。

*4-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230813&ng=DGKKZO73560020S3A810C2EA1000 (日経新聞 2023.8.13) 水道代が各地で値上げ 利用者減、老朽化重く 「30年後に3倍」試算も 効率化欠かせず
 水道の値上げ実施や検討が相次いでいる。人口減に伴う料金収入の減少と老朽施設の改修費用増加で財務状況が悪化している。現状の経営を続けた場合、30年後に利用者への販売単価が3倍になると試算した地域もある。抜本的な経営改善には値上げ以外の効率化や改善策も欠かせない。岡山市は2024年度、水道料金を平均20.6%引き上げる方針だ。市の試算では31年度の料金収入が23年度比で5%減る一方、資材価格の上昇で投資額は当初想定より1割程度膨らむ。31年度までに生じる281億円の資金不足を値上げで補う。早ければ11月に料金改定の条例案を市議会に提出する。市民負担を考慮し値上げ幅は圧縮した。5月には有識者らでつくる市の審議会に25.3%の値上げ案を提示したが、施設改修などの費用の一部を企業債でまかなうよう計画を見直した。浜松市も値上げの検討に入った。人口減などに加え「電力値上げで送水などの電気料金の負担が増え経営を圧迫している」(同市担当者)。静岡県御前崎市は23~29年度の間に複数回に分け21年度比で平均約46%引き上げる。水道事業は市町村などが運営し、料金収入で経費をまかなう独立採算を原則としている。施設にかかる固定費が多く、給水人口が減れば赤字に陥りやすい。給水人口30万人以上の場合は最終赤字の市町村などの割合は1%だが、1万人未満では23%と経営は厳しさを増す。施設の老朽化も経営を圧迫する。水道施設への全国の投資額は21年度で1.3兆円と10年前から3割増加。相模原市など18市町に給水する神奈川県は今後30年間で改修に約1兆円の投資が必要とみる。いったん料金を引き上げても、人口がさらに減る中で経営体質が変わらなければ一層の値上げが将来必要になる。各都道府県は3月末までにまとめた「水道広域化推進プラン」に、水道水の販売単価を示す供給単価や給水原価の将来予測を盛り込んだ。何も対策を取らず毎年の赤字を料金収入で補おうとする場合、山梨県内の42年度の供給単価は22年度の1.5倍になる。地域によって試算方法は異なるが、青森県の十和田市などを含む上十三地区は30年後に現在の3倍、大分県の佐伯市などを含む南部地区では50年後に7倍強に膨らむ。抜本的な経営効率化を目指す動きも出ている。宮城県は22年度、所有権を持ったまま上水道と下水道、工業用水道の計9事業の運営を民間に委託するコンセッションに乗り出した。浄水場の運転管理や薬品の調達、設備の修繕といった業務を20年間一括で委託する。民間のノウハウを生かして事業の効率化に取り組み、20年で337億円の経費削減を見込む。厚生労働省によると、水道のコンセッション導入は宮城県のみにとどまる。導入ノウハウがまだ乏しいほか、生活に不可欠な水道の「民営化」への住民の抵抗感を懸念する向きもある。各地で検討が進む効率化策が経営統合を含む事業の広域化だ。香川県は18年度に全国で初めて実質的に県全域で水道事業を統合した。国は運営費の削減などが期待できるとし、都道府県に各地域での検討を働きかけるよう促している。ただ県内での広域統合を目指した奈良県と広島県では、奈良市や広島市など中心都市が統合への参加を見送った。人口が比較的多い中心都市では市の単独経営に比べ料金が上がる懸念があるなど難しさが残る。控除され、居住地の自治体にとっては減収となる。人口が多い政令市や東京23区の多くは「税の受益と負担の原則に反する」として制度と距離を置いていた。寄付の増加による税収流出の広がりを受け、減収を補うため返礼品の拡充で寄付集めにかじを切る大都市は増えている。京都市は受け入れ額が前年度比52%増の95億円で、全自治体で7番目に多かった。料亭のおせちや旅行クーポンなど「京都ブランド」を生かした返礼品を増やし、約3000品目をそろえる。「返礼品を通じて市内事業者を支援する」とする名古屋市では、市内に本社があるMTGの「リファ」ブランドのシャワーヘッドや愛知ドビーの「バーミキュラ」のホーロー鍋などが人気で、2.9倍の63億円を集めた。政令市と東京23区の計43市区では、8割で受け入れ額が増えた。神戸市の87%増、堺市の5.6倍など全国の増加率を上回る伸びも目立った。京都市の受け入れ額はほぼ同時期の寄付実績を反映した流出額(23年度の住民税控除額)を上回り、ふるさと納税が広がった15年度以降で初めて「黒字」になった。他の42市区は「赤字」が続き、このうち9割は21年度より拡大した。全国での寄付拡大のあおりを受けた形だ。寄付による流出額は横浜市が全国最多の272億円で、赤字は268億円と18%増えた。地方交付税で流出額の75%は補塡されるが、それでも最終的に60億円超の減収になる計算だ。東京23区など交付税の不交付団体には補塡もない。松本剛明総務相は1日の閣議後の記者会見で「ふるさと納税は個人住民税の一部を自主的に自治体間で移転させる仕組み。結果として住民税の控除額が(寄付の)増収額を上回る自治体は出てくる」と述べ、流出は制度上やむを得ないとの認識を示した。23区でつくる特別区長会は住民サービスに影響が出かねないとして、制度の廃止を含む抜本的な見直しを国に求めている。制度の副作用は他にもある。自治体が寄付集めにかけた経費は22年度で4517億円と前年度から17%増えた。寄付額に対する規模は46.8%と、総務省が上限に定める5割ギリギリだった。経費の約6割は地場産品である返礼品の調達費用で、地域の事業者の収益になる。残りの約4割については、返礼品の送料や寄付仲介サイトの手数料など地域との関連が薄い事業者に回りやすい。経費が増えるほど自治体の税収として地域に還元されるはずの財源が失われる。総務省は地域に回る金額を増やすため、経費の規定を見直す。10月から寄付受領証の送料などを対象に加える。自治体側も新たな経費分の規模縮小などを迫られるが、「返礼品がないと寄付は集まらない」(九州の自治体)との声は多い。明治大学の小田切徳美教授は「返礼品に頼るのではなく、寄付したくなるような事業を掲げていくことが必要だ」と指摘する。地域活性化という制度の趣旨に沿った改善が国と自治体には求められる。

*4-3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA2390A0T20C21A6000000/ (日経新聞 2021年6月25日) 市町村66%、病院存続困難に 人口減少巡り国交白書
 政府は25日、2021年の国土交通白書を閣議決定した。人口減少により2050年に829市町村(全市町村の66%)で病院の存続が困難になる可能性があるとの試算を示した。公共交通サービスの維持が難しくなり、銀行やコンビニエンスストアが撤退するなど、生活に不可欠なサービスを提供できなくなる懸念が高まる。地域で医療・福祉や買い物、教育などの機能を維持するには一定の人口規模と公共交通ネットワークが欠かせない。人口推計では50年人口が15年比で半数未満となる市町村が中山間地域を中心に約3割に上る。試算によると、地域内で20人以上の入院患者に対応した病院を維持できる境目となる人口規模は1万7500人で、これを下回ると存続確率が50%以下となる。基準を満たせない市町村の割合は15年の53%から50年には66%まで増える。同様に50年時点で銀行の本支店・営業所は42%、コンビニは20%の市町村でゼロになるリスクがある。新型コロナウイルス禍は公共交通の核となるバス事業者の経営難に拍車をかけた。20年5月の乗り合いバス利用者はコロナ前の19年同月比で50%減少し、足元でも低迷が続く。白書は交通基盤を支えられないと「地域の存続自体も危うくなる」と警鐘を鳴らす。

*4-4:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15585482.html?iref=pc_photo_gallery_bottom (朝日新聞 2023年3月19日) どうするローカル鉄道:1 論点は
 鉄道のローカル線が岐路を迎えています。人口減少やマイカーシフトで利用者が減っていたところにコロナ禍が追い打ちをかけ、鉄道会社の経営が悪化しました。赤字路線は今後、バスへの転換を含めた議論を迫られます。地域交通の問題とどう向き合うべきか、考えます。
■集客へ企画次々、でも遠い赤字解消 JR九州「日常から乗る人、増やさないと」
 JR西日本と東日本は昨年、相次いで赤字ローカル線の収支を公表した。バスなどへの転換の意向も示し、注目を集めた。JRの上場4社のうち、その先駆けとなったのはJR九州だ。2020年5月、1日1キロあたりの平均利用者数(輸送密度)が2千人未満の線区で、収支を初めて公表した。対象となった12路線17区間全てが赤字だった。一部の路線では、国鉄民営化後の約30年間で輸送密度が9割落ち込んでいた。管内に大都市の福岡があるが、ローカル線の赤字を補うことは容易ではない。同社は19年度、輸送密度の減少が著しい6路線7区間の沿線自治体と「線区活用に関する検討会」を立ち上げた。目的は「鉄道の持続可能性を高める」こと。年数回の協議では、乗客を増やすための企画を出し合い、実際に取り組んでいる。佐賀県内を走る筑肥線では、イルミネーション列車の運行が実現した。鹿児島県と宮崎県をまたぐ吉都線では、沿線の幼稚園児が乗る貸し切り列車を走らせた。いずれも数百人ほどの乗客で、収入は10万~15万円ほど。1億~3億円規模の赤字の解消にはほど遠い。JR九州の担当者は「状況を好転できてはいない」と認める。事態の打開には「イベントではなく、日常から乗る人を増やさないといけない」と話すが、具体的なアイデアはまだ出ていないという。検討会では、バスなどへの転換については議論していない。にもかかわらず、一部の自治体からは検討会の開催すら拒まれている。担当者は「赤字ローカル線は経営課題の一つ。国も問題意識を持って動いている中で、私たちの考え方を整理していかないといけない」と話す。
■LRT生かし、まちづくり 乗客増の富山、医療費抑制の試算も
 公共交通を生かしたまちづくりで成功している地方都市がある。立山連峰を望む人口約40万人の富山市の中心部では、ライトレール(LRT)と呼ばれる次世代型の路面電車が走っている。JR西日本の富山港線の廃線にともない、線路を引き継いでLRTを導入。市内の路面電車とつなぎ、便数も大幅に増やした。利用者は増えた。LRTで市役所に来ていた女性(72)は「数年前に車を手放したので、出かける時には(LRTを)使います」と話す。また、夫の転勤で移り住んだという30代の女性も「引っ越す前は地下鉄に慣れていたので、車社会に不安を感じていた。来てみたら街中での買い物や子どもの習い事にLRTが利用できて便利です」と話していた。富山市は、公共交通を軸にした「コンパクトシティー」を掲げ、公共交通の沿線に新たに家を建てたり、部屋を借りたりする世帯に補助金を出している。こうして、公共交通の沿線に自然に人が集まって暮らすようになってきた。さらに、公共交通が高齢者の外出機会を増やすという効果も生まれている。65歳以上が中心部に行く場合、運賃を100円にする「おでかけ定期券」がある。市と京都大学などの調査によると、定期券を持っている人は持っていない人に比べて出かける頻度が高く、歩数も多い。市全体の医療費を年間8億円抑えることにつながる、という試算もある。前富山市長の森雅志さんは言う。「公共交通を軸にしたまちづくりをすると訴えた時、『なぜ今さら路面電車なのか』という声もあった。しかし、1人1台の車社会は質の高い暮らしとは言えない。街中の本屋に行き、映画を見て、食事をする。人と人との出会いが生まれる。公共交通は社会の公共財なのです」
■たどり着いた「上下分離」 5年かけ議論、負担増を直視 滋賀
 ローカル線の運営見直しの選択肢の一つに「上下分離方式」がある。固定費が多い鉄道施設を自治体が所有することで、鉄道会社の経営を立て直す方法だ。滋賀県を走る近江鉄道は沿線自治体との議論を重ね、この上下分離方式にたどり着いた。1896年創業の近江鉄道は「ガチャコン」の愛称で親しまれ、県東部から大阪、京都へ通勤客らを送り出す。ただ、乗客は減り、2022年3月期決算まで28期連続の営業赤字となっている。民間企業だけで維持するのは困難と判断し、自治体に協議を申し入れたのは16年。「自治体からは当初、『本当に赤字なん?』と思われていた。信頼関係がなかった」。担当した服部敏紀・総合企画部長は話す。県と沿線10市町に経営状況を知ってもらう勉強会から始め、18年12月に本格的な協議がスタートした。ときに怒号も飛んだが、議論の羅針盤となったのは第三者による評価だ。県などは外部の調査会社に委託し、鉄道、バス、BRT(バス高速輸送システム)、LRT(次世代型路面電車)の四つを比べた。BRTとLRTは初期投資で100億円以上かかる。バスは30億円もかからず、毎年の赤字額は4.3億円で鉄道より8千万円少なかった。一見有望に見えるが、運転士は人手不足で、運行の維持には懸念があった。もう一つの調査で、交通インフラとしての効果を数字で示した。もし鉄道を廃止すれば、代わりに病院や学校への送迎にバスを使うことになり、渋滞に対応するための道路整備も必要になる。鉄道の維持に年6.7億円が必要なのに対し、こうした代替手段には年19億~54億円かかると試算された。「鉄道にかかる費用は仕方がないと思ってもらえたのだろう」と服部さんは話す。協議は約5年かけ結論に至った。24年度からの転換が決まり、地元は数億円の負担が見込まれる。服部さんは「地域にこの鉄道が必要なのか、関係者が自問自答できた」と言う。
■公共交通維持へ、「交通税」議論
 公共交通の維持費を誰が負担するか、も大きな論点だ。滋賀県は県内の鉄道・バス路線の維持のために使う「交通税」の議論を始めた。実際に導入されれば、全国初となる。使い道は、運行費用や設備投資への補助が想定される。個人県民税や法人事業税などに上乗せする「超過課税」という手法が考えられるという。公共交通が県民の足となっていることを踏まえ、広く負担してもらえるようにする。「鉄道は事業者による営利事業とされるが、道路の場合は傷めば税金で補修される。同じ社会インフラとして位置づけ、みんなで支えることも考えるべきだ」。県の担当者は、税金を使う理由をこう説明する。公共交通の整備や維持に公費を使うことは、諸外国でも珍しくない。県によると、交通税が導入されているフランスでは、法人などに対し、従業員の給与総額の数%を上限に税金をとる。ドイツや英国、米国でも、道路の利用やガソリンの購入時などに税を徴収しているという。
■「鉄道である必要ない」「安易な廃線には疑問」
 アンケートは、ローカル鉄道が走る道府県の住民や鉄道ファンの方々からも寄せられました。結果はhttps://www.asahi.com/opinion/forum/173/で読むことができます。
 ●国が責任を持って JR3島会社は民営化の際、経営安定基金の運用益で赤字を補填(ほてん)する話であったが、政府による低金利政策のために、それが成り立たなくなった。路線存続に関わるほどの赤字分は、国が責任を持って税金を投入するか、北海道と四国は再度国有化するべきである。(三重、男性、60代)
 ●私たちの選択の結果 鉄道は私たちの財産。軽々に廃止すべきではありませんが、ローカル線の厳しい数字を目の当たりにすれば、廃止やむなしかと思います。道路への投資を最優先にし、私たちが利用しないという選択をした結果ではないでしょうか。(広島、男性、70代)
 ●線路は公道と同じに 上下分離方式にかえ、線路は公道と同じ扱いにする。運行は民間に委託し赤字分を沿線自治体が負う。ヨーロッパでの路面電車などはそのような運用形態で公共交通を維持している。沿線民の心には自分たちの足は自分たちで守るという意識があるのだろう。(埼玉、男性、60代)
 ●鉄道が残っていれば 利用者が少ないからと、ローカル鉄道を安易に廃線にすることが本当に正解なのか疑問。私が住む町でも十数年前に廃線になった。その後、町に新興住宅地ができ、若い人が増えた。通勤や通学の送迎で道路の渋滞がすごい。今になり、遅延のほとんどない鉄道が残っていれば、と語る人は多い。(福岡、女性、40代)
 ●鉄道である必要はない 利用者の少ない場所は維持費、環境などを考えても代替交通機関を利用するべきだ。そもそも本数も少なく、ピンポイントの運行ならば鉄道である必要はないと思う。高齢化も進んでいる中、駅までの足などを考えても、バスなどで地域をまわる方がメリットがある。(東京、女性、30代)
 ●乗客は高校生とオタク 趣味で稚内から那覇まで、JR、私鉄、3セク、公営鉄道の線路を乗りつぶした「乗り鉄」です。ローカル線の主な乗客は高校生と鉄道オタクです。ほとんどの路線に並行して税金で造った道路があり、ビジネスの観点では競争は無理です。バス転換はやむを得ないと思います。(東京、男性、60代)
 ●矮小化すべきでない ローカル鉄道の存廃にだけ焦点をあてる近視眼的な見方に強烈な違和感を覚えた。地方交通の問題はローカル鉄道に矮小(わいしょう)化すべきではない。人口密集回避、国土保全、リスク分散の観点から「地方」を位置付けるべきである。(富山、男性、60代)
 ●街のグランドデザインを 街や集落のグランドデザインを、若い住民の意見を採り入れて検討していく必要がある。古くからの住民は、街や駅前がにぎわっていた情景を思い浮かべがちだと思うが、10年、20年後の財政負担を担う人たちの意見を重視すべきだ。(東京、男性、60代)

*4-5-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231023&ng=DGKKZO75489820S3A021C2PE8000 (日経新聞社説 2023.10.23) 技能実習の轍を踏まない制度に整えよ
 外国人労働者の受け入れのあり方を検討する政府の有識者会議が、廃止される技能実習制度に代わる新制度の素案を提示した。1年を超す就労など一定の条件を満たせば転職ができるようにする。技能実習は賃金不払いなどの問題が絶えず、転職が原則できないことで多くの失踪者を生み、人権侵害にあたると批判されてきた。労働環境を改善するとともに、転職を容認するのは当然である。新たな制度は3年間の就労を基本とする。日本語や技能の試験に合格すれば、2019年に創設した在留資格「特定技能」に移行できる。特定技能と同じように受け入れ人数の上限を定め、対象業種も一致させる。新制度と特定技能を一体的に運用する形になる。本来は特定技能に統合した方がわかりやすいが、長期就労ができるよう熟練技能者に育成する道筋を示した点は評価できる。最も重要なのは技能実習と同じ轍(てつ)を踏まないことだ。外国人が日本人と同等に労働者の権利を持ち、活躍できるよう実効性の高い制度に整えるべきだ。転職は同じ職種に限定し、基礎的な技能検定と日本語試験の合格を条件とした。ハードルが高くなりすぎないよう配慮が必要だ。学習や受験の機会を与えない企業をチェックする仕組みも要る。外国人受け入れの初期費用を転職先の企業も一部負担する案を示したが、両社が納得できる負担割合を決めるのは難しいのではないか。長く働いてもらえるよう待遇改善に努めるのが本筋だろう。転職のマッチングは受け入れ窓口の監理団体のほか、監視機関やハローワークが担うという。ノウハウが乏しいため、職業紹介会社の活用も検討する必要がある。監理団体は企業と癒着するケースもあり、許可を与える要件を厳格にすることが欠かせない。不適格な団体を排除する審査基準を明確に示してほしい。来日時に支払う多額の手数料が負担となる外国人は多い。素案では受け入れ企業に一定の負担を求める考えを示した。手数料のさらなる高騰につながらないよう監視する必要もあるだろう。手数料の透明化や海外の悪質な送り出し機関の排除は政府が取り組むべき課題だ。日本語学習や生活の支援は自治体とNPO任せにしてきた。今度こそ政府が前面に立たなければ、働く場として「選ばれる国」の実現は遠のく。

*4-5-2:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA27D510X20C23A6000000/ (日経新聞 2023年8月6日) 外国人の家事代行を拡大へ 政府、在留延長や仲介制度
 政府は外国人の家事代行サービスを広げる。従事者の在留を一定の条件のもとで3年程度延長したり、マンション管理会社が利用者との契約を仲介できる制度を導入したりする。外国人材の受け入れや女性活躍を後押しする。外国人による家事代行は2017年から国家戦略特区で始まった。母国で家事代行の国家資格を取得したフィリピン人が炊事や洗濯、掃除などを担う。最低限の日本語能力や1年以上の実務経験などが求められ、22年度末でおよそ450人を受け入れた。新型コロナウイルス禍で外国人の入国は減った。家事代行をする外国人の在留期間は最長5年と定められている。20年に入国制限が始まった時より前に家事代行を目的に入国した外国人には現行の最長5年に加えて3年程度の在留延長を認める。マンションの管理会社などがサービスを仲介できるようにもする。今は政府の指針に基づき利用者が家事代行業者と直接契約しなければならない。内閣府や法務省などは23年度中にも指針の解釈を変更し、利用者と事業者が契約を結ぶ際に第三者の法人による仲介を認める。管理会社を通じて契約を得られるようになれば代行業者は同じ建物でまとまった顧客を獲得できる。1日のうちに同じ建物の世帯や近接した地域で順番を組んで効率よくサービスできるようになる。外国人の家事代行を認める特区は東京都や神奈川県、大阪府、兵庫県、愛知県、千葉市にある。22年度はおよそ17万回の利用があった。利用世帯数は5400世帯ほどで17年度の9倍程度に増えた。経済産業省が野村総合研究所に委託した調査によると、家事代行サービスの国内市場規模は17年の698億円から25年に少なくとも2000億円程度に拡大する。需要を見込むのは、共働き世帯などが多く入居する都市部の高層マンションなどだ。フィリピン人による英会話指導付きの家事代行サービスを展開する事業者もある。家事代行サービスの普及は女性活躍の推進に資するとの見方もある。内閣府が22年11月から23年1月に実施した調査によると、育児での配偶者との役割分担で家事代行などの外部サービスを利用したいかの質問に「利用しながら家事をしたい」の回答が74.1%に達した。19年の前回調査より40.6ポイント上昇した。大手のベアーズでは利用者の半数は30〜50代で子育てをしている共働き世帯が占める。世帯年収は800万〜1千万円が多い。都心部でみるとマンション世帯の利用が大半という。業界は人手が不足する。サービス提供数は年10%以上で伸びており、需要に供給が追いついていない状況が続く。ベアーズでは月2500人のスタッフが稼働し、うち240人がフィリピン人だ。

*4-6-1:https://www.at-s.com/sp/news/article/national/1343644.html?lbl=861 (静岡新聞 2023.10.25) 歴史が生んだ「世紀の難問」…イスラエル、パレスチナの争いはなぜ始まった ユダヤ人の苦難、アラブ側の抵抗、わずかに光が差したことも…共同通信記者が基礎から解説
 日本から9千キロ以上離れた中東のイスラエル、パレスチナで大規模な戦闘が続いている。発端はパレスチナ自治区ガザを実効支配している「ハマス」というイスラム組織が、10月7日にイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けたことだった。イスラエル側は報復攻撃に乗り出し、これまでに計7千人以上が命を落とした。犠牲者には幼い子どもや、紛争とは関係のない観光客も大勢含まれている。そもそもイスラエルとパレスチナはなぜ対立しているのか。争いの火種はいつ埋め込まれたのか。長い歴史をひもとき、背景を探った。
▽イスラエル建国とパレスチナの抵抗
 イスラエルとパレスチナが紛争を続ける「パレスチナ問題」の発端は、第2次大戦直後の1948年にまでさかのぼる。イスラエルが建国されてユダヤ人が集まってきたことで、もともとそこに住んでいたアラブ人約70万人が自宅を追われ、難民となってしまったのだ。そうしたアラブ人は「パレスチナ難民」と呼ばれている。イスラエルの占領に反発し、独立国家を求めるパレスチナの抵抗の歴史が今に続いている。まず第2次大戦後の歴史を見てみよう。イスラエルの建国を決めたのは、1947年の国連総会決議だ。パレスチナの地をユダヤとアラブに分割し、聖地エルサレムを国際管理下に置くと決めた。1948年、決議に基づいてイスラエルが独立を宣言したが、これを認めない周辺のアラブ諸国は宣戦を布告し、一斉にイスラエルに攻め込んだ。これが第1次中東戦争と呼ばれ、その後、双方は1973年までに4度の戦火を交えることになった。中でも1967年の第3次中東戦争をイスラエルは「奇跡」と呼ぶ。わずか6日間で圧勝し、エジプトのガザ地区、ヨルダンの東エルサレムとヨルダン川西岸などを占領したためだ。パレスチナ人が占領に不満を強めていた1987年12月、ガザから反イスラエル闘争の「インティファーダ」が始まった。投石するパレスチナ人と圧倒的武力で抑え付けるイスラエル側―。この抵抗の中核として生まれたのがイスラム組織のハマスだ。住民への福祉事業も実施し、貧困層を中心に根強い支持を得ていった。
▽はかなく消えた「希望の光」
 一方、パレスチナ人の代表として国際社会で認められていたのが1964年創設のパレスチナ解放機構(PLO)だ。イスラエルと秘密交渉を進め、PLOのアラファト議長とイスラエルのラビン首相が1993年9月、歴史的な「パレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)」に調印。ガザとヨルダン川西岸を自治区とし、聖地エルサレムの帰属や難民の扱いはその後の話し合いで決めることにした。インティファーダは収束し、パレスチナ国家樹立に希望の光が差した。だが和平の機運は長続きしなかった。ラビン首相は1995年、和平に反対するユダヤ教過激派に暗殺され、1996年にはハマスなどによる自爆テロが頻発した。和平交渉は2000年に決裂し、ガザとヨルダン川西岸全土で自爆テロが繰り返される第2次インティファーダが巻き起こった。和平交渉はその後もアメリカ政府の仲介などで繰り返されたが、いずれも頓挫した。国際社会はイスラエルとパレスチナの「2国家共存」を提唱しているが、実現の見通しはない。
▽ガザは「天井のない監獄」
 ハマスは2006年、自治区の評議会選で圧勝したが国際社会に承認されず、2007年にガザを武力制圧した。イスラエルはガザとの境に壁を建設して封鎖。人の出入りも制限されたガザは「天井のない監獄」と呼ばれている。イスラエルはヨルダン川西岸の占領地でユダヤ人入植地を建設し、事実上の領土拡張を続ける。国際法違反だと非難する国際社会の声を無視し、パレスチナ人の住宅をブルドーザーで押しつぶしている。イスラエルとハマスは2006年、08~09年、12年、14年、21年と戦闘を重ね、多くの犠牲を生んだ。一方で2020年以降には、アラブ首長国連邦(UAE)などのアラブ諸国がパレスチナ問題を置き去りにしたままイスラエルと国交を正常化した。
▽ユダヤ人、苦難の2千年
 歴史的経緯から極めて特殊で複雑な状況にあるイスラエル。日本の四国程度の面積の2万2千平方キロに、約950万人が暮らす。その約74%がユダヤ人だ。パレスチナ問題の背景には2千年を超えるユダヤ人の苦難が横たわっている。紀元前10世紀ごろ、ヘブライ人(後のユダヤ人)の王国がパレスチナにできたが、紀元前6世紀、新バビロニアに滅ぼされ、住民は一時とらわれの身になった。さらに2世紀前半、古代ローマがユダヤ人を聖地エルサレムから追放し、世界各地に散らばった。ディアスポラ(離散)と呼ばれる。辛酸は近現代でも続いた。ヨーロッパのユダヤ人はキリスト教社会で差別に直面。19世紀のロシアでの迫害もあり、国家樹立に向けた意識が高まった。第2次大戦後には、独裁者アドルフ・ヒトラーが率いたナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の実態が明らかになり、ポーランド・アウシュビッツの収容所などで約600万人が殺害されたといわれる。国が滅ぼされ、土地を追われ、民族離散の悲劇に見舞われ―。苦難の歩みを続け、安住の地を求めてきたユダヤ人にとって、イスラエル国家建設は歴史的悲願だった。▽閉じられていたふたが…。イスラエルとパレスチナの憎しみの連鎖に終わりが見える兆しはない。今からちょうど50年前の1973年10月6日、ユダヤ暦の祝日にエジプトとシリアがイスラエルに奇襲攻撃を仕掛けたのが第4次中東戦争の始まりだった。今回、ハマスがイスラエルを奇襲したのは10月7日、ユダヤ暦の祝日だった。「開戦日」を合わせた攻撃だったとみられている。東京大の鈴木啓之特任准教授は「今回のハマスの奇襲は閉じられていた問題のふたを暴力的に開けた」と指摘。パレスチナ問題の解決に取り組む必要性を改めて強調した。
【そもそも解説 「パレスチナ」って?】
 東地中海とレバノン、シリア、ヨルダン、エジプトに囲まれた地域。イスラエル領を除くと地中海沿岸のガザ地区と、主に乾燥した丘陵地帯のヨルダン川西岸から成る。ガザ地区の面積は福岡市より少し広い365平方キロ、西岸は三重県と同じくらいの5655平方キロ。パレスチナ中央統計局によると人口は約548万人。パレスチナ人は「パレスチナ地方出身のアラブ人」の意。西岸のラマラに、治安や行政権限を持つパレスチナ自治政府の議長府が置かれている。議長はアッバス氏。イスラエルの公用語はヘブライ語だが、パレスチナはアラビア語。宗教は住民の約92%がイスラム教、約7%がキリスト教。独自の通貨は持っておらず、イスラエルの通貨シェケルが使われている。
【ちょっと深掘り 中東の周辺国の動きは?】
 パレスチナ人はアラブ民族で、大半がイスラム教を信仰している。アラブ諸国に加え、ペルシャ民族のイランもイスラム教の国でパレスチナ支持だ。ただ近年、アラブ諸国は中東でのイランの影響力を警戒し、「イランの敵」であるイスラエルに接近、パレスチナ問題はほぼ棚上げにされていた。今回のイスラエルとハマスの戦闘で、イスラエルへの怒りが再び民衆に広がっている。アラブ諸国はイスラエルと4回交戦したが、1979年にエジプト、1994年にヨルダンがイスラエルと平和条約を締結。2002年、アラブ諸国はパレスチナ国家樹立などが実現すれば和平を進めるとの案を採択した。2003年のイラク戦争でイスラム教スンニ派のフセイン政権が崩壊し、イラクにシーア派政権が樹立された。これに伴いシーア派大国であるイランの力が強まり、中東にシーア派の勢力圏を形成した。イランと敵対するイスラエルは危機感をスンニ派のアラブ諸国と共有した。2020年にアラブ首長国連邦(UAE)とバーレーンがイスラエルと国交を正常化。大国サウジアラビアも正常化交渉に乗り出した。イスラエルのネタニヤフ首相は今年9月の国連総会一般討論で「サウジとの歴史的な和平は間近だ」と演説した。イランの核兵器開発を恐れるアメリカは、イスラエルとアラブの関係改善が「イラン包囲網」になるとして融和を歓迎した。パレスチナ問題は事実上、置き去りにされていた。ただ今回のイスラエル軍とハマスの戦闘で、パレスチナ人の犠牲が連日伝えられ、中東各国は衝撃を受けた。サウジはイスラエルとの正常化交渉を保留。イランもパレスチナに連帯し、中東に広がっていた融和の機運は一気に消えた。

*4-6-2:https://digital.asahi.com/articles/ASRBQ6JJNRBQUHBI017.html?iref=pc_photo_gallery_bottom (朝日新聞 2023年10月22日) イスラエル、ガザ北部住民に再び退避を警告 地上戦へ「攻撃を増加」
 イスラム組織ハマスの壊滅を目指すイスラエル軍は22日、ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザ地区の北部の住民に対して改めて退避を要求し、地上戦など「次の段階」への準備として攻撃を増やしていると明らかにした。2週間にわたる空爆と完全封鎖で深まっているガザの人道危機に対応するため、国連などによる支援物資の搬入は2日連続で22日も行われた。ガザ市周辺では21日午後、イスラエル軍機がビラをまいた。「北部にとどまることは命を危険にさらす。南部へ退避しない者はテロ組織の仲間とみなされる可能性がある」と記されていた。同軍は13日、地区の北半分に住む約110万人に対し、南側への退避を要求。依然として北部にとどまる住民が多く、改めて警告した。イスラエル軍のハガリ報道官は22日の会見で「戦争の次の段階で(敵からの)リスクを減らすため、北部にあるハマスの拠点への攻撃を増やしている」と述べた。ガザ北部での作戦について、地元紙ハアレツは21日、地上作戦の準備として、空軍が過去数日間にガザ地区北部一帯の高層ビルを破壊したと報じた。ハマスが監視や狙撃に使うのを防ぐ狙いだという。イスラエル人行方不明者の捜索のため、ガザ地区の境界線付近での越境作戦も続けているという。軍トップのハレビ参謀総長も21日、前線に展開する部隊の司令官らと面会。「我々はガザ地区に入る。ハマスの工作員とインフラを破壊する作戦任務に入る」と決意を語った。「ガザは複雑な密集地だ。敵は多くのものを用意しているが、我々も準備している」と述べ、市街戦に備えていることを示唆した。この間も空爆は依然続き、ガザ保健省によると、死者は4651人に上っている。
●国連5機関「支援物資は十分にはほど遠い」
 イスラエル軍は22日、ヨルダン川西岸地区のジェニンでも、モスクの地下につくられた武装組織のトンネル施設を空爆で破壊したとしている。人道危機が深刻化するガザ地区には21日、人道支援物資を積んだトラック20台が隣国エジプトから初めて入った。国境検問所を管理するエジプトとガザを封鎖するイスラエルが米国の仲介で合意し、実現した。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、20台のうち13台の積み荷は医療関係の物資で、外科治療の薬や医療資材、慢性病の薬など。5台は缶詰やパック詰めの食料で、残る2台は「2万2千人のわずか1日分」の飲料水ボトル4万4千本で、ガザの人口約220万人の1%向けの1日分でしかない計算だ。世界保健機関(WHO)や世界食糧計画(WFP)など、国連の5機関は21日に連名で声明を発表。同日の搬入は「小さな始まりに過ぎず、十分にはほど遠い。大規模で継続的なものでなければならない」として、22日以降も規模を拡大して続けるよう求めた。追加搬入については決まっていなかったが、国連を交えた当事者間の交渉の末、AFP通信によると、22日午後になって、第2陣としてトラック17台がエジプト側からガザ側に入ったという。
     ◇
●米国が国連安保理の決議案、イスラエルの自衛権を明記
 イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム組織ハマスとの軍事衝突をめぐり、米国は21日、イスラエルの自衛権について明記した、独自の国連安全保障理事会の決議案を各理事国に示した。ロイター通信が報じた。ロイターによると、決議案では、イスラエルには国連憲章に基づく自衛権があると主張。また、ハマスへの支持を鮮明にするイランに対し、「地域の平和と安全を脅かすハマスなどの組織への武器供給」をやめるよう要求した。一方で、激しさを増しているイスラエルとハマスの軍事衝突についての停戦などには触れていないという。安保理は18日、10月の議長国ブラジルが提出した、戦闘の「中断」を求める決議案を否決。「決議案にはイスラエルの自衛権についての言及がない」として、米国が拒否権を行使していた。

*4-6-3:https://www.yomiuri.co.jp/world/20231027-OYT1T50222/ (読売新聞 2023/10/27) イスラエル・ハマス双方に戦闘中断要請、EU首脳会議採択…慎重姿勢のドイツが妥協に転じる
 欧州連合(EU)は26~27日、ブリュッセルで首脳会議を開き、パレスチナ自治区ガザへの人道支援を優先するため、イスラエルとイスラム主義組織ハマスの双方に戦闘中断を要請する文書を採択した。27か国首脳が署名した文書は「国際人道法に従ったイスラエルの自衛権を強く支持する」とイスラエルの反撃への支持を明記。ガザの人道危機に深刻な懸念を表明し、「人道回廊の設置や(戦闘)中断を含む必要な措置を通じ、支援を要する住民に援助が届くよう要請する」と盛り込んだ。戦闘中断については、フランスやスペインなど多数が支持する一方、ドイツなどは「中断はハマスに有益となり、イスラエルの自衛権を否定しかねない」と慎重な姿勢を示していた。米国が戦闘中断呼びかけに傾く中、妥協に転じた。これにより、欧米はイスラエルの攻撃を支持しつつ、地上侵攻の前にガザの人道危機への対応を求めることで足並みをそろえた。一方で、アラブ主要9か国の外相は26日、国連安全保障理事会に即時停戦を求める共同声明を発表した。イスラエルによるガザ空爆は続き、ガザの保健当局は26日、今月7日以降の死者は7028人に上ると発表した。イスラエル軍によると、ハマスからイスラエルに発射されたロケット弾も7000発を超えた。イスラエル軍は26日、ガザへの攻撃で、ハマスの情報局ナンバー2のシャディ・バルード氏を殺害したと発表した。7日のイスラエルへの奇襲を計画した一人としている。イスラエル政府はガザに連れ去られた人質を少なくとも224人、うち外国籍の最多はタイの54人と発表した。

*4-6-4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN26DSX0W3A021C2000000/ (日経新聞 2023年10月27日) 国連総会、ガザ停戦決議案巡り会合 中東・アジアが主導
 国連総会は26日、イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突を巡る緊急特別会合を開いた。会合冒頭ではイスラエルとパレスチナが互いに非難を繰り広げた。27日にはアラブ諸国が起草した、即時停戦や人道回廊の設置、人質解放などを求める決議案を採決する見通しだ。7日のハマスによる攻撃で衝突が始まって以来、同議題で初の総会の会合となった。会合に先立ち、アラブ諸国を代表してヨルダンがパレスチナ自治区ガザなどでの停戦決議案を出した。イスラエル、ハマス両者への直接的な非難は盛り込んでいない。総会の決議は多数決で採択される。法的拘束力はなく、国際社会の意思を示すことが主眼だ。今回、開催を要請したのはアラブ諸国とロシア、バングラデシュなどアジア諸国だ。背景の一つには安全保障理事会の機能不全がある。安保理の決議は法的拘束力がある。同様の決議案が何度も提案されたものの、米国やロシアといった常任理事国が拒否権を行使するなど、採択に至っていない。もう一つがイスラエルと、同国への支援姿勢を鮮明にする米国への反発の広がりだ。イスラエル軍の空爆でガザの市民の犠牲が増え続けている。空爆停止を求める国際社会の声は強まり、25日には国連のグテレス事務総長がガザの人道危機を巡り「(イスラエル軍の攻撃は)明白な国際人道法違反だ」と述べた。米国も人道的観点から戦闘の一時停止の検討を求めている。26日には各国代表の演説が始まった。最初はパレスチナのマンスール国連大使で、時折声を詰まらせながら多くのガザ市民が犠牲になっている現状を訴え「これは戦争ではなく民間人に対する攻撃であり、犯罪だ」と主張した。「虐殺を止め、人道支援を届けるためにこの決議案に投票してほしい」と語気を強めた。一方、イスラエルのエルダン国連大使は「これはパレスチナ人との戦争ではなく、ハマスとの戦争だ」と強調した。アラブ諸国が提案した決議案にハマスを批判する文言が含まれていないことに対し「恥辱だ」と非難した。停戦決議案を提出したヨルダンのサファディ外相は終始イスラエルを激しく非難し、「安保理が責任を果たさないため、代わりに我々が決議案を提出する。イスラエルがこの決議案を無視することは誰もが知っているが、それでも投票して欲しい」と呼びかけた。フランシス国連総会議長は「ハマスの攻撃は残忍であり、容認できない。同様にイスラエル軍による罪のないパレスチナ自治区ガザ住民への攻撃も深く憂慮する。自衛権は無差別な報復を合法的に許可するものではない」と双方を非難した。人道支援の重要性も強調した。

*4-6-5:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231029&ng=DGKKZO75689720Z21C23A0MM8000 (日経新聞 2023/10/29) ガザ地上作戦拡大 イスラエル「戦争の新たな段階」 空爆、地下拠点150カ所
 イスラエル軍は27日夜(日本時間28日未明)、イスラム組織ハマスが実効支配するパレスチナ自治区ガザへの空爆と地上作戦を拡大させた。28日にかけて戦車も投入し、全面的な地上侵攻に向け一段と圧力を強めた。イスラエルのガラント国防相は28日、「我々は戦争の新たな段階に入った」と述べた。ガザでの作戦は新しい命令があるまで続くと主張した。「新たな段階」の意味は明らかにしていない。イスラエル軍は28日午前、前夜にハマスの地下拠点約150カ所を空爆したほか、7日の奇襲を指揮したハマス司令官の1人を殺害したと発表した。海上からもガザを攻撃したという。イスラエルメディアによると、軍のハガリ報道官は28日午前、地上作戦を継続中だと説明した。「前進している」と述べ、作戦が成果をあげていると主張した。ハマス幹部の殺害で自らに有利になっていると強調した。ハマスは27日夜、ガザ北部ベイトハヌーンや中部ブレイジでイスラエル軍と「激しい戦闘」が起きていると明かした。ハガリ氏は27日の会見で「地上軍の作戦は今夜、拡大する」と表明した。規模は不明だが、イスラエル側はなお全面的な地上侵攻ではなく、準備段階という立場を取っているもようだ。イスラエルは13日以降、複数回にわたり、夜間を中心に地上部隊をガザに送り込んだ。人質の捜索や本格的な侵攻に備えたハマスの拠点破壊などが目的で、25~26日には戦車も投入したが、すぐに撤収させていた。地上作戦の「拡大」を宣言した今回は長時間、ガザ内部での作戦を続ける可能性がある。イスラエル軍は28日、ガザ北部の住民に対し、南部に避難するよう改めて呼びかけた。ガザでは27日以降、通信障害が深刻になっている。パレスチナの通信事業者は同日、空爆で電話やインターネットが「完全に停止した」と明らかにした。民間人の避難やけが人の救出も難しくなっているとみられる。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は28日、ガザの拠点や職員と連絡が取れないと明らかにした。イスラエル軍は27日、ハマスがガザ北部にあるシファ病院の地下に拠点を築き、病院の職員や患者を「人間の盾」に利用していると主張した。ハマスは声明で「噓だ」と否定した。

*4-7:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20231026&ng=DGKKZO75590470V21C23A0EA1000 (日経新聞 2023.10.26) 中国不動産・碧桂園「デフォルト該当」 ドル建て債、金融機関が通知
 中国不動産最大手、碧桂園控股(カントリー・ガーデン・ホールディングス)のドル建て債の利払いを巡り、債券の事務手続きを担う金融機関が債権者に対し「デフォルト(債務不履行)に該当する」と通知したことが25日、わかった。米ブルームバーグ通信が報じた。碧桂園は18日に米ドル債の約1540万ドル(約23億円)分の利払いの猶予期限を迎えたが、複数のメディアが支払いを確認できないと報じていた。ブルームバーグによると、米ドル債の事務を担当するシティコープ・インターナショナルが25日までに、期限内に利払いをしなかったことがデフォルトに該当すると債権者に伝えた。碧桂園の海外債券がデフォルトすれば初めてとなる。リフィニティブによると、同社のドル建て債の発行残高は99億ドル(約1兆4800億円)にのぼる。日本経済新聞は利払いやデフォルトについて碧桂園に問い合わせたが、返答を得られていない。碧桂園は18日、「期限内に返済義務の全ては履行することができない見込みだ」と声明を出していた。利払いの有無については明らかにしなかった。デフォルトは通常、当該企業の発表や格付け会社の認定で周知される。米格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスは8月末、碧桂園の長期格付けをデフォルトに近い状態を示すCaに格下げした。碧桂園は8月に「クロスデフォルト」が起こる可能性についても開示した。1回でも不払いが発生すると他の債券もデフォルトしたとみなす仕組みだ。今回の米ドル債が正式にデフォルトと認定されれば、他の債券にも連鎖が起こる可能性がある。碧桂園は6月末時点で1兆3642億元(約27兆9000億円)の負債を抱え、販売不振により資金繰り難に陥っていた。最大手がデフォルトを起こせば不動産業界全体の信用不安が深まり、中国経済の足かせになりかねない。

<大都市への過度の人口集中の不合理>
*5-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15775405.html (朝日新聞 2023年10月24日) 南極溶けるの、止められない 温室ガス削減でも、海面5メートル上昇か 西岸の氷、英チーム予測
 地球温暖化の進行によって、温室効果ガスの排出を減らしても今世紀中は南極西岸の棚氷が溶けるのを止められないおそれがあると、英国南極観測局の研究チームが発表した。すべて溶ければ将来的に世界の海面を最大約5メートル上昇させる可能性があるという。チームはスーパーコンピューターを使った予測モデルで、南極西岸のアムンゼン海の棚氷を分析。今後の温室効果ガスの排出ペースに応じて五つのシナリオをあてはめたところ、産業革命以降の気温上昇を1・5度以内に抑えたとしても棚氷が溶けるという結果は変わらなかった。20世紀に氷が溶けた速さの3倍という。棚氷は、大陸を覆う氷床が海に張り出した部分で、溶ければ大陸を覆う氷床が海に流れ出しやすくなる。この地域には南極の1割の氷があるといい、正確な試算はしていないとしながら、世界の海面を最大5・3メートル上昇させうる量だという。南極では、今年9月に冬の海氷面積が観測史上最小になるなど、温暖化の影響が顕著に現れている。対策を強化しても悪化を止められなくなる「ティッピングポイント(転換点)」に至っているおそれがある。チームのケイトリン・ノートン博士は「私たちは西南極の氷の融解をコントロールできなくなってしまった。何十年も前に気候変動への対策が必要だった」と指摘した。一方、「化石燃料への依存を減らす努力を止めてはならない。海面水位の変化が遅ければ遅いほど、政府や社会は適応しやすくなる」と話した。論文は英科学誌ネイチャー・クライメート・チェンジに掲載された。

*5-2-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230901&ng=DGKKZO74073330R30C23A8EA1000 (日経新聞社説 2023.9.1) 大震災100年、首都防災の死角減らせ
 人とモノと機能が集積した東京を揺さぶる大地震は、必ずまた来る。10万人を超す犠牲者を出した関東大震災から、1日で100年だ。改めて教訓に学び、令和の首都防災の死角を減らしていく契機にしたい。丸の内の路面には深い亀裂が口を開け、日本橋や銀座も焦土と化した。関東大震災直後の東京都心の惨状は、直下型地震の脅威をまざまざと伝える。
●リスク増す複合災害
 関東大震災でもっとも大きな人的被害を出したのは火災だ。陸軍の工場跡地で大勢を巻き込んだ火災旋風がよく知られるが、これは実は台風シーズンだったことと関係している。列島付近を進む台風による強風の影響で、火勢が大きく増したとされるのだ。地震に別の災害の影響が加わるこうした「複合災害」は、人口集中に歯止めがかかっていない東京では従来に増して大きなリスクになっている。例えば関東大震災以降、都心で震度6クラス以上の揺れは起きていない。仮に隅田川や荒川など主要河川の堤防が破損した場合、人口の多い下町は大水害にも見舞われることになる。真夏の地震なら、近年の酷暑も別次元の脅威となろう。感染症のまん延下では、避難所での密回避が難しい現実も私たちは目の当たりにした。複合災害への対応は緒に就いたばかりだ。早急に対策を具体化していく必要がある。東京での直下型地震が特別なのは、国の中枢を直撃する点だ。政府は業務継続計画(BCP)を策定しており、各省庁も個別のBCPを持ってはいる。ただ、未体験の直下型地震がどれだけのダメージを霞が関の官庁街に与えるかは読み切れない部分もある。手元のBCPが通用しない可能性もあるだろう。そもそも巨大地震のリスクが非常に高い地域に、中央政府や立法、司法の機能がこれほど集積していること自体が異例だ。1つの地震が国の存亡にかかわる恐れすらある。リスク分散が危機管理の基本であることに照らせば、首都のリスク管理は十分とは言えない。コロナ禍でも東京一極集中の問題は顕在化した。改めて、首都機能の移転や分散を具体的に検討すべきではないか。それは、復興の青写真を事前に描いておくことで再建を円滑にする「事前復興」とも関連する。関東大震災では、発生前に東京市長だった後藤新平がまとめていた都市計画が土台となり、迅速な復興が図られたといわれる。首都機能の分散を含め、大胆な事前復興計画を立てる。それは今後の日本のグランドデザインにもつながるだろう。首都東京はどうあるべきか。防災分野にとどまらない国民的議論があっていい。リスク分散が重要なのは企業も同じだ。大手を中心にBCPの策定は進みつつあるが、それでも大地震が来れば本社機能に大きな損害が出るのは避けられまい。都がまとめた被害想定では、都内の本社機能が停止することで企業全体の事業活動も滞り、倒産の危機に至る可能性が指摘されている。中小企業ではBCP自体が未策定のところも少なくない。震災から会社をどう守るか、これを機に見つめ直したい。
●偽情報を見極める力を
 SNS時代だからこそ、情報への接し方は極めて重要だ。関東大震災の直後に発行された雑誌「震災画報」は、混乱の中で「別の大地震が来る」「首相が暗殺された」などと様々なデマが流れたと報じている。とりわけ朝鮮人に関する流言が大量虐殺を招いたことは「軽信誤認の大罪悪」だと強く批判している。最近の震災でも流言は飛び交っている。人工知能(AI)で偽画像を簡単に作れる時代である。今後の災害では、さらに手の込んだデマが流れることを前提として備えなければならない。災害に遭って不安が高まると、流れてくる情報に飛びつき真偽不明のまま周囲に広めてしまいがちだ。だが偽情報は時に人命に直結する。まずは一旦立ち止まる習慣を身に付けることが重要だ。誰がいつ発信したのか。独立した別々の情報源から流れているか。そうした背景を確認し、冷静に真偽を判断する。普段からネット情報に接する際に必要な姿勢でもあろう。学校現場でも、子供向けの情報リテラシー教育に一層力を入れる必要がある。関東、阪神、東日本。この100年、大震災のたび私たちは苦難に直面し、同時に多くの教訓を得てきた。次代の日本を守るため、それらを総動員して備えたい。

*5-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230901&ng=DGKKZO74074490R00C23A9MM8000 (日経新聞 2023.9.1) 災害拠点病院、首都直下地震で機能不全、「通常診療確保できない」6割 関東大震災きょう100年
 首都直下地震の発生時、1都3県の災害拠点病院(総合2面きょうのことば)の6割で、受け入れ可能な患者数が平時を下回ることが日本経済新聞の調べで分かった。発災6時間以内に集まれる医師の数が通常の3割強にとどまることも判明した。国は首都直下地震で最大14万6千人が死傷すると予測する。医療の広域連携の強化が欠かせない。1日で関東大震災から100年。日経は東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県が指定する計167の災害拠点病院に調査(7~8月中旬)を実施し、107病院から回答を得た。災害拠点病院は災害時に必要な医療機能を備え、地域の救命医療の要となって重傷者の治療を担う。調査によると、災害時に受け入れ可能な患者数を推計している病院は73病院。このうち63%が通常時の受け入れ患者数を下回ると答えた。平時の1割未満とした病院も22%あった。都内のある大学病院は受け入れ患者数を通常の3%にあたる50人とした。担当者は「施設の耐震性が不安だ。周辺道路も狭く救急車両が入れるか分からない」と明かす。北里大学メディカルセンター(埼玉県北本市)の受け入れ患者数は通常の15%。外科の丸山正裕医師は「1月に患者の受け入れ訓練をした。病室にベッドを増やすスペースがないなど課題山積だ」と話す。2.2倍と答えた日本赤十字社医療センター(東京・渋谷)も「被害が長期化すれば1.5倍が限界」とみる。受け入れ患者数が限られる要因の一つが職員不足だ。災害時は道路の寸断や交通機関のマヒなどで病院にたどり着けない職員が大量に出る。調査では75病院が職員の参集率を予測していた。発災6時間以内に医師が集まる割合は平均36%。手術を担う外科系医師は33%でさらに低い。要救助者の生存率が急激に下がる72時間以内の平均も医師は73%だった。看護師は病院近くの寮に住む場合も多く、参集率の平均は発災6時間以内で45%、72時間以内で78%と医師より高いが平時並みの体制が整うのはさらに先だ。建物の火災や倒壊で多くの重傷者が搬送されても治療を受けられない可能性がある。政府の地震調査委員会によると、マグニチュード7程度の首都直下地震の30年以内の発生確率は70%程度。医療体制の強化は喫緊の課題だが、災害拠点病院の指定要件を定める厚生労働省地域医療計画課は「災害時に受け入れる患者数の適正水準は示せていない」と述べるにとどまった。川崎市立井田病院は通常の4.9倍の患者に対応できると回答した。発災1時間後には47%の職員が参集可能と予測。8月から病院近くに家を持つ医師に手当を支給し、災害時の早期参集などにつなげる。鈴木貴博副院長は軽傷者の治療や医薬品の確保についても「地元医師会や薬局と連携を進める」と語る。医療の遅れは首都機能回復や経済復興に大きな影を落とす。行政や病院は医師らが早期に集まり医療を提供できる体制づくりを急ぐ必要がある。域外の病院や自治体との連携強化も重要になる。

*5-2-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20230901&ng=DGKKZO74068990R30C23A8CM0000 (日経新聞 2023.9.1) 拠点病院4割、災害チームDMAT「派遣ゼロ」、現場での救命、対応力に懸念 研修・訓練の拡充欠かせず
 1都3県にある災害拠点病院の約4割が、災害派遣医療チーム(DMAT)を災害現場に派遣した実績がないことが日本経済新聞の調査で明らかになった。DMATは被災地での救命医療や広域搬送などを担うが、病院間の活動実績には大きな差がある。DMATは2005年、阪神大震災の教訓などを踏まえ厚生労働省が発足させた。専門的な研修を受けた4~6人の医師・看護師・業務調整員でチームを編成。発災48時間以内に災害現場に駆けつけ、自治体や消防、自衛隊などと連携しながら人命救助にあたる。都道府県が指定する災害拠点病院には1チーム以上のDMATの保有を求められている。23年3月時点で約1770チーム、約1万6600人が登録。5年ごとの更新制で期間中に2回の技能維持研修を受ける必要がある。日経は1都3県の計167災害拠点病院を調査し、107病院から回答を得た。DMATのチーム数は「1」が最も多く、回答病院の53%を占めた。「2」は22%、「3」は11%で、「0」の病院も5%あった。最多は国立病院機構災害医療センター(東京都立川市)の7チーム。11年の東日本大震災や16年の熊本地震などでは数日ごとにチームを入れ替えながら災害現場や被災地の病院で活動に従事した。都内のある私立病院のチーム数は「0」。登録資格を持つ医師が21年に病院を離れた後、チームを編成できない状態が続く。都救急災害医療課は「異動や退職など病院が意図していない要因の場合、指定を外したりしない」と説明。新たな医師の資格取得を促すという。災害現場への派遣回数は「0」が最も多く37%で、「1」の21%が続いた。派遣経験がない神奈川県の私立病院は「DMATを派遣すれば担当業務の補完要員が必要になり、時間外勤務が発生する。人件費分の支援がないと派遣は難しい」と明かす。藤沢市民病院(神奈川県藤沢市)は12回の派遣実績がある。DMATの担当者は「登録資格がある職員が増えたことで通常業務を離れやすくなった。DMATは経験が糧になる」と話す。日本医科大学千葉北総病院(千葉県印西市)の派遣実績は8回。DMATの一員として活動する本村友一医師も「研修は役に立つが災害現場で起きるのは応用問題。経験値は大切」と災害派遣の重要性を指摘する。自由回答で目立ったのは、DMAT事務局が運営する登録制度への注文だ。DMATの養成研修は4日間の日程で実施し、筆記と実技試験の合格者に隊員登録証を発行し資格を与える。だが受講者は医師、看護師、業務調整員合わせて年間1500人程度。埼玉県内の病院は「希望者がいるが何年も待っている。退職・異動による欠員の補充もままならない」と訴える。DMAT事務局(災害医療センター内)は「都市部は病院数が多く、県単位で受講枠が決まっているため順番が回ってこない病院もある。現在の体制で研修を増やすのは難しい」と説明する。救急医療に詳しい野口英一・戸田中央メディカルケアグループ災害対策特別顧問は「医療機関の需要に応じて柔軟に養成研修を実施できるような仕組みを国や自治体が連携して構築する必要がある」と指摘する。病院がDMATを被災地に派遣しやすい環境の整備も欠かせない。

| 経済・雇用::2023.3~ | 01:20 AM | comments (x) | trackback (x) |

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