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2012.12.30 世襲議員が選挙に強く、多く大臣になる理由と、その是非 (2013.1.7に追加あり)
      (*1より)

 2012.12.27に、「民主主義に基づく選挙結果と民意のずれ」という題で、普通とはかけ離れた人が選挙で当選して国会議員になりがちだということを書いた。もちろん、国会議員としての適性があると言う意味で普通と違うのなら問題はない。しかし、そうではなく、選挙戦への有利さで普通とかけ離れた人が選ばれるため、国民のニーズとは異なる政策が如何にもよいことであるかのように決まっていくのが問題なのである。何故だろうか?今日は、その理由を説明しよう。

(1)政党は選挙に強い人を候補者に選ぶ理由がある。
 政党が公認しても、選挙後に当選していなければ、その政党は、選挙後、議員数で多数を占めることはできない。そのため、政党は、政策作成能力より当選力で候補者を選ぶことになる。

(2)世襲候補が多くなるのは何故か?
 当選力で候補者を選ぶと、世襲候補が多くなる。その理由は、前代に、ベテラン秘書、後援会組織、親派の首長・県議団・市議団がしっかりとできており、この人たちが選挙を支えてくれるからである。そのため、*1に書かれているように、全体で10%、自民党では25%が世襲候補となるのだ。なお、自民党は与党時代が長かったため、これら支持母体の団結が強く、世襲候補は、前代の秘書として働いていたり、家族も選挙戦に慣れていたりして、総合力で選挙に強くなる。

(3)世襲候補は、選挙に強いから選ばれているだけか?
 *1、*3に記載されているように、25%だった世襲候補は、大臣では50%を超える。これは、①世襲議員は地盤がしっかりしており、選挙に強いため連続して当選すること ②議員として取り立てられやすいこと ③①と②の相互作用 などが原因である。

 わかりやすい例を挙げれば、2008年に発足した自民党の麻生内閣で、少子化対策・男女共同参画担当大臣に小渕優子衆議院議員が任命されたが、その理由は、①小渕前首相の娘であること ②子どもを産んだこと などであった。もちろん、小渕議員は、男女雇用機会均等法改正や男女共同参画基本法改正に力を尽くしたわけではなく、特にそれらに問題意識があったわけでもない。敢えて言えば、猪口邦子氏や私の方が、それに関する経験も実績も豊富であったため、私は、当時、選択基準に関して「いい加減にも程がある」と思ったものである。また、当時80歳だった私の母は、「子どもを産んだだけで少子化担当大臣になれるのなら、私は2人も産んで自分で育てたのだから、私でもなれる」と言って憤慨していた。現在は、小泉進次郎代議士が、メディアでよく取り上げられるが、それより知識・経験・実績の豊富な議員はいくらでもいるため、何故、小泉進次郎氏がリーダーのように言われるのか不思議だ。つまり、自民党だけでなく、メディアも、本人の実力とは異なる評価を与えて、世襲議員を取り立てているのである。

 しかし、こうして、世襲議員が、大臣はじめ多くの経験を積める結果、*2のように、自民党の首相候補は5人全員が世襲議員になったのだろう。何故なら、偏った基準で選ばれても、政治家として多くの経験を積んだ人が、次第に首相になるための条件を備えていくからである。しかし、それでよいのだろうか?

(4)アジアは欧米より世襲が多いが、民主主義の成熟度が違うのだろう。
 *4のように、2012年12月19日の韓国大統領選挙で、与党セヌリ党の朴槿恵氏(60歳)が当選し、韓国初の女性大統領となった。韓国は、日本と並んで男女差別の大きな国であるため、朴槿恵氏は快挙であり、心からお祝い申し上げたい。しかし、朴槿恵氏も世襲だ。

 このほか、アジアの女性では、大統領になったインドのインディラ・ガンジー氏も、インドの初代首相であるジャワハルラール・ネルー氏の娘だし、国民民主連盟を率いて大勝したが軍事政権に権力の移譲を拒否され軟禁されていたアウンサンスーチー氏もビルマの独立運動を主導し、その達成を目前にして暗殺された「ビルマ建国の父」と言われるアウンサン将軍の娘である。また、フィリピンの初代女性大統領コラソン・アキノ氏は、マルコス政権下で国家反逆罪に問われ、1983年8月にマニラ国際空港で暗殺された元上院議員ベニグノ・アキノ氏の妻であり、アロヨ大統領は第9代マカパガル大統領の娘である(http://www13.ocn.ne.jp/~tip/president.htm 参照)。さらに、インドネシアのメガワティ大統領も初代大統領スカルノ氏の長女だ。つまり、アジアの政治家は、世襲や親族関係が多い。一方、ヨーロッパ系では、イギリスのサッチャー首相、ドイツのメルケル首相、オーストラリアのジュリア・ギラード首相は、世襲でも親族でもなく、この違いは、民主主義の意識の普及度や成熟度によるものではないかと思われる。

(5)血筋にこだわっていては広く才能を集めることができない。
 中国では科挙による登用、日本では官僚制度を作ったように、血筋にこだわっては広く才能を集めることができないため、国政には血筋に関係なく人材を登用する制度が作られてきた。国政は、そのくらい選りすぐりの人材が行うべきものであり、国会議員を選ぶのに世襲が有利になるのはよくない。

(6)わが国では、メディアも女性議員に対する蔑視を含んだ論評をして、偏りを作っている。
 *5に書かれている題名は、「アレの差?女チルドレン“賞味期限”切れ15人全滅」というものだが、まず、女性議員の“賞味期限”は、高齢の男性議員よりずっと短いという発想自体、女性蔑視を含むものであり失礼だ。また、「アレの差」とは何の差だと言いたいのだろうか? 言ってもらおうではないか。そして、このように女性を馬鹿にした論調は、わが国のメディアには今でも多い。

 次に*5には、「角谷氏は『マドンナともてはやされて当選しても、研鑽を積まなければ結局は採決の数合わせ要員に終わり、使い捨てにされるだけだ。すべての候補者は、彼女たちを他山の石にしたほうがいい』と話している」と書かれている。しかし、女性議員は“マドンナ”でしかないと書いていること自体、女性議員の実力や実績を過小評価して吹聴しており、選挙妨害である。また、話したこともないのに研鑽を積んでいないと決め付けているのも、根拠なく人を馬鹿にした偏った論評であり侮辱だ。福島第一原発事故報道では、メディアの素人記者が勉強も研鑽も足りず、感傷的な報道を繰り返すばかりで、真実の情報を伝えるという社会的責任を放棄していた。また、採決の数合わせ要員に終わらされているのが女性議員だけでないのは、消費税増税採決時に反対した民主党議員に、党を出て行くよう、はやし立てていたメディアはよくわかっている筈だ。他山の石にすべきは、そのレベルのメディアである。

 最後に、角谷氏が「風に頼る選挙しか知らないし、4年間、なんら政治を勉強していない人もいる。逆風下で彼女たちが当選するのは非常に厳しい」と語ったと書いてある。しかし、まず、私が4年間も自民党議員をやって風に頼る選挙しか知らなかったというのは、事実とかけ離れており侮辱だ。また、「4年間、なんら政治を勉強していない」というのも、何も知らないくせに失礼極まりない。「勉強」という言葉の定義や生き方が違うのだろうから、自分と同じにしないでもらいたい。私は、権力に媚びない信念とそれを裏打ちする知識や経験を持った人間である。さらに、「逆風下で彼女たちが当選するのは非常に厳しい」とも書かれているが、2009年総選挙時の逆風下で当選するのが厳しかったのは、小泉チルドレンの女性だけでなく、世襲や長く議員をやって確固たる地盤を持っている議員を除き、多くの自民党議員が同じだった。そして、そういう状況を作って自民党を先祖返りさせ、本当の改革を阻んだのは、このように事情も知らずに真実とはかけ離れたことを言いたい放題言ったメディアであることを決して忘れてはならない。つまり、最も反省すべきは、メディアなのである。

PS(2013.1.6追加):なお、国会議員、閣僚、一般企業の上級管理職は殆ど男性だが、女性のグラスシーリング(ガラスの天井)も、世襲候補が取り立てられるのと同様に、不公正な基準で男性が取り立てられた結果、生じたものである。それにより、多くの才能を無駄にして、国の方針を誤らせ、生産性を落としているが、その背景には、メディアが、*5のように、「女は馬鹿だ」「女にはリーダーシップがない」等々のメッセージを発して、一般の人の”先入観”を作っていることも大きい。さらに、こういうことを言うと、「(女のくせに)生意気だ」「謙虚でない」というのもある。言わなければ気がつきもしないにもかかわらず、だ。これらが、重大な問題なのである。

*1:http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2012120500311 (時事ドットコム 2012/12/5) 自民、4人に1人が世襲=全体では1割弱【12衆院選】
 父母、義父母、祖父母のいずれかが国会議員、または三親等内の親族に国会議員がいて同一選挙区から出馬した候補を「世襲」と定義すると、今回の衆院選は145人が世襲で、前回(158人)よりわずかに減った。全体に占める世襲候補の割合(世襲率)は9.6%で前回比1.9ポイント減。こうした中で自民党は89人、世襲率は26.4%と突出している。自民党では福田康夫元首相や武部勤、中川秀直両元幹事長ら重鎮の息子が父親の地盤を継いで出馬した。候補者の公募・予備選を通じて「脱世襲」を図ったがうまくいかず、最後は「世襲であれば絶対に駄目なのか。世襲でもいい人はいい」(石破茂幹事長)と開き直った。
 一方、民主党は21人で世襲率は7.9%。国土交通相の羽田雄一郎参院議員は引退した父・羽田孜元首相の長野3区からの出馬を模索したが、党が前回衆院選前に決定した、世襲を禁じる内規に抵触するため断念した。
「第三極」を見ると、新党大地は全候補者7人のうち鈴木宗男代表の長女・貴子氏ら2人が世襲のため、世襲率は28.6%と全党を通じ最も高かった。日本維新の会からは自民党の伊藤公介元国土庁長官や前職の西野陽氏の息子が出馬し、世襲率は7.6%。みんなの党は8.7%、日本未来の党は7.4%が世襲候補だ。共産、社民、国民新の各党は世襲候補はいなかった。

*2:http://sankei.jp.msn.com/life/news/120914/trd12091422530030-n1.htm
(MSN産経ニュース 2012.9.14)立候補5氏全員が世襲議員
 自民党総裁選に立候補した5氏は、全員が、父親らが政治家だった世襲議員だ。安倍晋三氏は父が晋太郎元外相。父方の祖父は寛元衆院議員、母方の祖父は岸信介元首相で大叔父は佐藤栄作元首相、弟は岸信夫参院議員という政治家ファミリー。石破茂氏は父、二朗氏が建設事務次官を経て鳥取県知事、自治相などを歴任。祖父の市造氏も大御門村長だった。町村信孝氏の父、金五氏は衆院議員、北海道知事、参院議員、自治相を歴任。いとこの娘婿には警視総監も務めた原文兵衛元参院議長がいる。石原伸晃氏の父は慎太郎東京都知事。弟は宏高元衆院議員で、現在は自民党東京3区の支部長を務める。林芳正氏は、厚生相や蔵相を務めた義郎氏を父に持つ。祖父は佳介元衆院議員で、高祖父の平四郎氏は貴族院議員、衆院議員を歴任。林氏自身は三井物産などで勤務経験がある。一方、民主党代表選へ出馬した野田佳彦氏(首相・党代表)は父が陸上自衛官で自身は松下政経塾出身。原口一博氏も同塾出身。赤松広隆氏の父は元衆院議員の勇氏、鹿野道彦氏の父も衆院議員を務めた彦吉氏と、ともに世襲議員だ。

*3:http://www.nikkei.com/article/DGXNASDE26006_W2A221C1M10600/
(日経新聞 2012/12/26) 世襲10人、半数超える 第2次安倍内閣
 第2次安倍内閣では、親が国会議員だったり、親族から地盤を引き継いだりした「世襲議員」が安倍晋三首相を筆頭に計10人に上り、半数を超えた。また一時は女性5人を起用する方向で調整したが、最終的に森雅子少子化担当相と稲田朋美行政改革担当相の2人にとどまった。
 主な世襲では、首相は父が安倍晋太郎元外相、祖父が岸信介元首相。麻生太郎副総理は父が衆院議員、祖父が吉田茂元首相と政治家一族だ。谷垣禎一法相らも父親が閣僚だった。野田内閣や第1次安倍内閣の発足時はともに4人だった。
 世襲の多さを反映して、議員秘書経験者は9人。首相や谷垣氏のほか林芳正農相、岸田文雄外相、甘利明経済再生担当相らは父の秘書を務めた。官僚OBは根本匠復興相のみだった。〔共同〕

*4:http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE8BI04N20121219 (ロイター 2012年12月20日) 韓国大統領選で朴槿恵候補が勝利、初の女性大統領誕生へ
 19日の韓国大統領選挙は、与党セヌリ党の朴槿恵(パククンヘ)候補(60)が接戦を制し勝利した。同国で初の女性大統領の誕生となる。朴氏は分断された社会の融和に努める考えを示した。開票率約88%の時点で、朴氏の得票率は51.6%と、民主統合党の文在寅(ムンジェイン)候補の48%を引き離した。これを受け、文氏は敗北を認めた。朴氏はソウル中心部で熱狂的な支持者らに出迎えられ、「これは危機克服と景気回復を願う国民によってもたらされた勝利だ」と勝利宣言した。来年2月に就任する。任期は1期限りで5年間。朴氏は、北朝鮮問題や景気底上げなど待ったなしの課題に対応していくことが求められる。韓国の国内総生産(GDP)伸び率は、急成長を遂げた過去数十年の年平均5.5%から2%程度に鈍化。また近年は貧富の差が拡大しており、とりわけ若者層は経済問題とともに、十分な収入が保証される雇用の創出が大きな関心事だ。また前週には、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル技術を試したとみられるロケットの発射を強行。朴氏に対しても北朝鮮に「恨み」を抱き「対立」をあおっていると非難するなど対決姿勢を強めており、景気対策とともに喫緊の課題となっている。朴氏は北朝鮮の金正恩第1書記と交渉する意向を示しているが、支援の前提条件として核兵器プログラムの断念を求めている。朴氏は米国との自由貿易協定(FTA)を強く支持しており、経済政策では李明博(イ・ミョンバク)大統領の自由市場政策を堅持するとみられている。

*5:http://www.zakzak.co.jp/top/200907/t2009073128_all.html (ZAKZAK 2009/7/31) アレの差?女チルドレン“賞味期限”切れ15人全滅 ー 灼熱8・30投開票2009総選挙 
(但し、角谷 浩一(1961年4月3日~)は、日本の政治ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、経歴:1961年神奈川県横浜市生まれで1985年に日本大学法学部新聞学科卒業、1985年4月より株式会社東京タイムズ入社、編集局勤務)
 8・30総選挙に向け、民主党は与党大物に女性新人を次々とぶつける戦略に出ている。これに対し、2005年の郵政選挙で初当選した小泉チルドレンのうち、「マドンナ候補」ともてはやされた女性前職15人は軒並み落選危機だ。31日には、うち1人が離党する事態に陥ったが、政治ジャーナリスト、角谷浩一氏の分析では全滅も現実味を帯びている。
【広津素子は離党届】
 「政権交代という四文字熟語にばかりとらわれず、候補者や政策本意で選んでほしい」
 東京5区に出馬する自民党の佐藤ゆかり氏(47)は30日夕、東京都目黒区の都立大学駅付近でこう演説し、支持を訴えた。これに先立ち、佐藤氏は10年以上愛用しているというマウンテンバイクに乗って商店街を遊説した。(中略)角谷氏が個別の最新選挙区情勢を分析した当落予測は表の通り。対立候補をリードしている候補はひとりもいない。キャラが立っている人は多いように見えるが、賞味期限切れなのか。角谷氏は「風に頼る選挙しか知らないし、4年間、なんら政治を勉強していない人もいる。逆風下で彼女たちが当選するのは非常に厳しい」と語る。
【猪口邦子ら比例単独組「中ぶらりん」】
 かろうじて接戦を繰り広げているのが、「やや劣勢」の佐藤氏や静岡7区の片山さつき氏(50)ら5人。片山氏は郵政造反組の無所属、城内実氏(44)に地元有力企業が付いたことなどが響きそうだ。(中略)佐賀3区で保利耕輔政調会長との公認争いに敗れた広津素子氏(56)は31日、党本部に離党届を提出した。かねてから「他党や新党からの出馬も選択肢」と話しており、事態を打開するための行動とみられる。ただ、新党に入れるかどうかも含めて先行きは不透明だ。猪口邦子氏(57)ら比例単独組は、中ぶらりん状態が続いている。角谷氏は「マドンナともてはやされて当選しても、研鑽(けんさん)を積まなければ結局は採決の数合わせ要員に終わり、使い捨てにされるだけだ。すべての候補者は、彼女たちを他山の石にしたほうがいい」と話している。

| 民主主義・選挙・その他::2010.4~2012.12 | 05:58 PM | comments (x) | trackback (x) |
2012.12.27 民主主義に基づく選挙結果と民意のずれ ← 原発ゼロ、消費税増税反対は、否定されたのか?
    

             図1(*1より)                       図2

(1)原発ゼロは否定されたのか?
 図1のように、59.8%の人が「原発は0にする」という政策に賛成であったにもかかわらず、明確に原発ゼロを掲げた政党の議席数は28.0%しかなかった。これには、もちろん議席獲得のマジックもある。しかし、自民党は、原発ゼロに反対だったのかと言えば、反対はしておらず、さらに電力自由化を公約にしていた。そして、本当に電力自由化が進めば、私が、このブログの2012年11月24日、9月2日に記載したとおり、原発はコストが見合わないため消滅した上、電気料金は下がる。従って、私は、自民党は、覚悟を持って徹底した電力自由化を行い、電力市場に公正な競争を導入すべきだと思うし、そのためのインフラを最小のコストで整備すべきである。そして、そこまで考慮した人を含めれば、原発ゼロの方針は総選挙でも否定されていない。

(2)消費税増税反対は否定されたのか?
 消費税増税反対の人が55.6%いたにもかかわらず、消費税増税をしないという公約を掲げた政党の議席数は、12.0%に留まった。これは、消費税増税に賛成か、反対かという1点で賛否を問う選挙ではなかったので、①マニフェスト等の実行力で自民党に投票したが、消費税増税には反対だ ②他のテーマを優先して消費税増税反対をしている政党に投票しなかった という人も多いだろう。つまり、争点を1点に絞って投票しているわけではないので、そのテーマでの民意と選挙結果がずれることはある。また、官僚が背後で操って、こういう結果を導いていることもある。

(3)憲法9条改正反対はどうだったのか?
 憲法9条改正反対の人は41.4%いたが、議席数は16.0%しかなかった。その差は大きいが、その理由は、憲法9条改正反対をしているのが、主に共産党、社民党であるため、世界ではすでにマルクス主義や共産主義・社会主義が淘汰されている現在、選択しにくい政党だからだと思う。しかし、マルクス主義、共産主義、社会主義を主張している点を除けば、両党は、一般の人が賛成しやすいことを言っている場合が多いため、私は、両党が世界の歴史に合わせて共産主義や社会主義を主張するのをやめてはどうかと思う。そして、*2については、阿部知子さんは、環境や生命を大切にし、まともなことを言う方であるため、阿部さんを中心として「緑の党」を作ってもよいではないかと思った。 安部さんは、党派を超えて、表舞台から下ろすには惜しすぎる人材だからである。
 なお、私自身は、憲法は9条2項のみを改正して自衛隊に関する超法規的な憲法解釈をやめ、自衛隊を軍としてきちんと定義して防衛できるようにした方がよいと思っている。戦後生まれで戦争をしたいと思っている人はいないので、憲法改正や集団的自衛権についても、そろそろ国民の前で議論して、その意図や内容を明確に示すべき時だろう。

(4)選挙制度について
 図2のように、投票率が59.3%で低かったため、第三局に投票しがちな浮動票が少なかったと思われる。そうなると、確固たる支持基盤を持つ自民党や民主党の候補に有利だ。また、小選挙区制では得票数が1番の人以外は当選しないため、当選者以外の候補への票は死票になり、議席数と民意が比例しない。さらに、自民党は選挙に慣れており、長く政権を担っていたため、支持団体のボランティアも団結が強く、選挙を手伝い慣れているということもある。また、支持してくれた団体には、予算や政策で返すことができるため、実際には純粋なボランティアではないということもあろう。
 では、中選挙区制の方がよいのかと言えば、対象地域が広くなるため、ポスターやビラの印刷枚数がそれだけ多く、選挙に多くの金がかかる。そうすると、金があり、慣れたボランティアを動員できる人しか立候補できないため、当選者も普通の人とはかけ離れた人になりそうだ。

*1:http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012121702000259.html 
(東京新聞 2012年12月17日) 脱原発 世論6割、当選3割 3大争点すべてズレ
 衆院選では、原発政策とともに大きな争点だった消費税増税や憲法九条でも民意と選挙結果に隔たりのある結果となった。本紙が公示直前に行った世論調査と、東京都の二十五選挙区に立候補した百三十四人を対象に行ったアンケートを比較するとその差は歴然としている。
 原発では、世論の約六割が原発ゼロを訴えていたが、東京の二十五選挙区でも自民党候補が続々と勝利。当選した自民党の中にはアンケートで「原発ゼロ」と答えた候補もいたが、二十五人の中で脱原発を求める当選者は28%にとどまった。
 消費税増税について世論調査では反対が55・6%で、半数を超えていた。消費税増税は民主党と自民、公明両党の三党の枠組みで決めた。マニフェストで約束していなかったのに増税を決めた民主党は、世論の批判をまともに受けて惨敗。しかし、その代わり自民党が小選挙区で躍進し、公明党も議席を獲得したため、結局、増税勢力が多数を占めた。
 憲法九条は、世論調査では改憲反対と賛成が拮抗(きっこう)していたが、選挙結果では改憲し「国防軍」を明記すると主張した自民党が勝利。維新も含めた「改憲勢力」で三分の二を占めた全国的な傾向と同様の結果となった。

*2:http://arinkurin.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-ddfa.html 「未来の党」共同代表に社民党旧ナンバー2・これで日本の緑の党に生まれ変わる可能性は消えた。
(ポイント)「未来の党」の共同代表に阿部知子氏がなりました。嘉田由紀子氏が滋賀県議会から強烈な批判を浴びていたのは周知のことですから、予想されたことですが、最悪の人選だと私は思います。たぶん、小沢氏の影響力排除なのかもしれませんが、よりにもよって阿部氏とは(絶句)。阿部氏は社民党政審会長というナンバー2の地位にいて、福島党首との折り合いの悪さから脱党した人です。ただし、これで阿部氏の政治理念に変化があった訳ではなく、反自衛隊、反基地、外国人参政権法賛成、安保反対、護憲、反自民などの政治姿勢はキープし続けるつもりだと思います。私はこのような政治イデオロギーが、脱原発運動に大量に流入していることにかねてから危惧を持っていました。(中略)私はかねてから、日本の脱原発運動になくて、ドイツにあるものは何か考えて下さい、と言ってきました。答えから言えば、それはドイツ緑の党(Die Grünen)です。(以下略)

| 民主主義・選挙・その他::2010.4~2012.12 | 10:17 PM | comments (x) | trackback (x) |
2012.12.26 週刊文春による名誉棄損・選挙妨害事件に関する訴訟と東京高裁による勝訴判決について
  左のカテゴリー欄の「週刊文春関係」という場所をクリックすると、関連記事がまとまって出てきますが、週刊文春が嘘記事を書いてネガティブ・キャンペーンを行い、私の公認決定や選挙の妨害を行ったので、東京地裁に提訴しましたが、その判決が60%程度しか不法行為を認めておらず、不十分だったため、2012年2月28日に、東京高裁に提訴していました。
 
 記事の内容は、まさに上昇志向の女性を叩くジェンダーであり、この価値観とそれに伴う積極的なネガティブ・キャンペーンが、わが国の女性議員や民間企業の役員など、意志決定する立場に上がる女性の割合を低くしてガラスの天井を作っているものであるため、今後も同じことが起こって努力を台無しにされないように、私は、司法の場で闘っていたのです。なお、私がこのような論調のターゲットにされているのは、当選直後から知っていたため、このHPの「活動報告」やトップページの委員会質問などに、国会議員時代の活動や政策、考え方など、当選してすぐよりあらゆる記録を記載しており、記事内容を否定できる積極的な証拠も沢山ありました。また、週刊文春記者の質問も、あらかじめリストにしてFAXで送ってもらっていたため、記者が質問したことと記事内容が異なる部分を書面で明確に証明することができ、記事に真実性がないだけでなく、取材の相当性もないため不法行為であるという100%勝訴の判決を得ることができました。

 しかし残念ながら、まさにこのジェンダーを含む差別的記事の書き方がいけないのだというポイントは、日本ではまだ10年早いようで、裁判官が理解して判決に結びつけてくれるか否かというリスクを伴うため、弁護士は正面からは闘っていませんが、他の女性国会議員に関する記事も似たようなものなので、私の陳述書には、その事例も証拠としてつけ、明確に記載しているところです。

 そして、「国会議員は権力者であるから、メディアが何を書こうが『表現の自由』『言論の自由』であり、公共性を持つ」という週刊文春側の主張は、2012年12月26日の東京高裁判決で、記事内容に「真実性」や「それを真実と信じるに至った相当な理由」がないとして否定され、国会議員であった私に対しても名誉棄損と侮辱が認められ、100万円の損害賠償を受ける勝訴になったのは、今後の為に重要な判例ができたと思います。これは当たり前のことで、受けた損害と比較すれば、損害賠償金額が低すぎ、名誉回復措置も取られなかったことで、私は、「司法は、人の逸失利益や機会費用に関する損害について、著しく過小評価している」と思いました。

 このように、女性の能力や実績を過小評価したり、上昇志向の女性を揶揄して叩いたりする記事を書くのは、実は週刊文春だけではなく大メディアもであり、そのため人々の脳裏に、「女は失敗ばかりしていて能力が低く、リーダーの資質がない」という“常識(実は偏見と女性蔑視)”が刷り込まれ、職場で女性の昇進差別や「ガラスの天井」が起こる原因となっています。これは、これまでも男以上に頑張ってきた私から見れば、「失礼な、ふざけるな。」ということであるため、今後とも、こういうもの言いはただでは済まさないという意味で、訴訟したものです。   パンチ

*1:控訴理由書(平成24年4月6日)
東京高等裁判所第20民事部御中      控訴人(一審原告)訴訟代理人 弁護士 秋山 亘
第1 はじめに
 原判決は、本件における被控訴人株式会社文藝春秋(以下「一審被告」という)による取材の杜撰さを正しく認定し、一審被告の取材活動によっては、本件各記事の真実性、相当性が到底認められないことを正しく認定している。
 しかし、原判決は、後記第2で述べるとおり、多くの記事に関する社会的評価の低下そのものを否定している。また、後記第3で述べるとおり、「みんなが凍りついた」という一審原告の発言に対する周囲の者の反応という重要な事実に関して、真実性、相当性の証拠による立証を不要とする判断を行っている。
 しかし、原判決が社会的評価の低下を否定した各記事は、その程度に違いがあるにしても、いずれも一審原告の政治家としての信用を保つ上で、看過できない悪影響をもたらす記事である。各記事を個別に見ればそれだけでは人によっては直ちに信用を喪失させるとまでは感じられないとしても、そのような個々の記事を積み重ねることによって、あたかも真実であるかのような印象を与え、政治家としての信用を喪失させる記事となる。
 名誉棄損事件においては、仮に個々の記事を個別にみればマイナス評価の程度が著しいとまではいえない場合でも、個々のマイナス評価をもたらす記事の積み重ねによって、人の信用そのものを喪失させることが可能であるから、人の社会的評価に関してマイナスに評価されるべき事実摘示があった場合には、すべからく社会的評価の低下を認めた上で、あとは真実性、相当性の立証によって名誉権と表現の自由の調整が図られるべきである。
 また、「みんなが凍りついた」などという周囲の者の反応に関する事実は、ある人の行動に関する客観的評価にかかわらず、その人の行動に関する社会的評価を決定付けてしまう重要な事実である。すなわち、ある行為を冷静かつ理性的に考えてみれば、本来評価されるべきよい行動であっても、「周囲のみんなが悪く評価している」という虚偽の事実を沿えてその人の行動を記事にすることで、それを読んだ者に対して、その人が悪い行動をしたかのような印象を抱かせることが可能なのである。従って、このような重要な事実に関しては、「周囲のみんなが悪く評価している」という事実に関する「証拠」に基づく真実性、相当性の立証が必要であることは明らかである。
 このように、原判決は、一審原告の名誉に重大な影響を与える重要な事実について、出版社側の真実性、相当性の立証を不必要とする誤った判断を行っている。この原判決の判断は、いかに虚偽の事実を書きたてて、他人の信用を喪失させる記事を書いたとしても、出版社側は、何ら真実性、相当性の立証を要することなく、免責されることを意味する。
 このことは、出版社はいかに杜撰な取材活動を行って事実と異なる記事を書いたとしても免責されること、それだけではなく、意図的に虚偽の事実を書いたとしても何ら不法行為責任を問われることがないことを意味する。原判決のこのような判断の枠組みは、政治家の選挙活動を妨害すべく虚偽の事実を書くための抜け道を判決で示したと言えるものである。
 もとより、控訴人平林素子(以下「一審原告」という)も、上場企業の株主や債権者に対して、企業の正確な財政状態・経営成績をディスクロージャーする役割を担う公認会計士として長く働いてきた人物であるから、民主主義の健全な発達のためには真実の情報を伝える報道の価値を否定するものでは全くない。しかし、民主主義を支える表現の自由の価値は、あくまでも真実を社会に伝えることにあるのであって、虚偽の情報を社会に伝えることは、民主主義の健全な発展にとって何ら有益なことではないばかりか、害悪以外の何ものでもない。そのために個人の名誉権が犠牲にならなければならないようなものではないのである。
 控訴審においては、原判決のこのような重大な問題点を十分ご認識いただき、控訴審判決では原判決の不当な判断を正しく改められることを強く願う次第である。

第2 本件記事による一審原告の社会的評価の低下に関する原判決の判断の誤り
及び判決理由の不備の違法
1 本件第1記事⑤について
 原判決(16頁)は、本件第1記事⑤について「本件記事1⑤中の原告が述べたとされる「皆さん農業をやめて転職したらいいと思います」との発言については、それがいかなる考えの基になされたものであるかをうかがい知ることはできず、一般の読者に対し、原告が農家の発展や安定を軽視しているとか、農政に関して真剣に考えていないとの印象を直ちに与えるものとはいえない。また、原告は、原告がその政治活動において日本の食糧自給率の向上と国内農業の振興を重視していることと相反する発言である旨主張するが、一般の読者が、原告の具体的な政治活動を把握しているとまでは認められない。従って、本件記事1⑤は、原告の社会的評価を殊更に低下させるものとは認めることができない。」と判示する。
 しかし、「一般の読者が原告の具体的な政治活動を把握しているとまで認められない」から、本件第1記事⑤が一審原告の社会的評価を低下させるものではないというのは明らかに誤った判断だと言わざるを得ない。
 一審原告は、農業大国である佐賀県の第三選挙区で立候補して当選した前衆議院議員であり、当時、一審原告が日本の食料自給率の向上と国内農業の振興を重要な政策として掲げて政治活動を行っていたか否かは、少なくとも一審原告を政治家として支持していた人々、とりわけ佐賀県内の人々(特に農業関係者)にとっては重要な問題であった(甲3P4、P6、P7、P11、P12、甲11、甲12、甲13、甲14、甲15、甲16、甲17、甲18、甲19、甲20、甲25、甲29)。
 従って、本件第1記事⑤は、従前から一審原告の存在さえ知らないような読者にとっては原判決の指摘が当てはまる余地もあるかもしれないが、少なくとも上記のように一審原告の支持者或いは一審原告の政治活動の基盤となっている佐賀県内の人々に対しては、一審原告が自民党の農業部会という重要な会合で農業を軽んじるような発言をしたと受け取られるものであって、一審原告の政治家としての資質を大きく疑わせ、一審原告の社会的評価を著しく低下させるものであったことは明らかである。
 原判決は、名誉棄損の成否の判断の際に、一審原告の存在やその政策を知らないような読者を基準に名誉棄損の成否を判断している。しかし、ここで重要な名誉とは、一審原告が政治家として社会生活を営む上で、その周囲の者や支援者、後援会員、佐賀県の有権者などが一審原告に対して行う国会議員としての評価である。一審原告の存在や政策を知らない者は、そもそも一審原告に対する評価など何ら行っておらず、一審原告に対して関心もないのであるから、そのような読者を基準に当該記事による「名誉」の「棄損」の有無を論じても全く意味がない。そのため、仮に、一審原告を知らない者に対して社会的評価を低下させない記事であったとしても、一審原告の関係者、すなわち、一審原告の周囲の者や支援者、後援会員、佐賀県の有権者など、一審原告に関心を持つ者に対して社会的評価を低下させる記事である以上、当該記事によって実際に一審原告の社会的評価が低下させられたことは明らかである。従って、当該記事内容の真実性、相当性の有無を判断することによって当該記事が社会的に許容される記事か否かを判断すべきであって、そのような検討を全くすることなく、当該記事による不法行為の成立の可能性を否定すべきではない。
 仮に、原判決のような判断の枠組みで名誉棄損の成否を判断するのであれば、いかに虚偽の事実を示したとしても、そもそも社会的評価の低下はないことになり、出版社側は真実性・相当性に関する何の立証責任も負うことなく、不法行為責任を一切負わないことになる。つまり、ある政治家の支持母体や政治基盤から有権者を引き離すために、虚偽と知りながら政治家が言ってもいない言葉を言ったとする虚偽の文章を有権者に配布したとしても、何ら不法行為責任を問われないことになるのである。これは、政治家に対するいかなる選挙妨害も可能になるということであって、このようなことが許されるはずがない。
 よって、原判決の本件第1記事⑤に関する判断は極めて不当であって、到底容認されるべきではない。

2 本件第2記事に関する本件広告文ついて
 一審原告は、平成23年7月27日付準備書面4・3項において、本件第2記事の見出しである「派閥のドン山拓に『引退勧告』しちゃった広津素子センセイ」と同様の文章が、本件第2記事が掲載された週刊誌の広告文(本件広告文)において掲載されており、本件広告文が電車の中刷り広告、新聞広告など広範囲に配布されたことによる名誉棄損を主張・立証している(甲49)。
 しかし、原判決は、上記の主張に対し何ら判断を示していない。
 よって、原判決には本件広告文による名誉棄損の主張に関して、何らの判断を示していないことから判決理由の不備の違法があることは明らかである。
 そして、本件広告文は、本件第2記事①とは異なり「一審原告が引退するよう言ったのは保利氏である」などの文章が同じ広告文の中には全く存在せず、それ自体完結した文章である。電車中刷り広告及び新聞広告等で本件広告文を読んだ者が必ず本件第2記事が掲載されている週刊誌を購入した上で、本件第2記事本文を読むとも全く言えない。
 この点、東京地裁平成20年12月25日判決(判時2033号26頁)も「書店等で雑誌の表紙は目にしても、記事本文には目を通さない者や、新聞等で広告は目にしても、記事本文には目を通さない者が多数存在するという現実を踏まえると、表紙部分、広告部分は、記事本文と一体となって読まれるのが通常であるということはできないから、表紙部分、広告部分の記載それ自体が原告らの社会的評価を低下させるかどうかを判断する必要がある。そして、それらの名誉毀損性の有無も、一般の読者の通常の注意と読み方を基準として判断するのが相当である。」と判示して、記事本文においては名誉棄損が成立しない場合であっても広告文については独自に名誉棄損が成立するとしている。
 よって、本件広告文は、本件広告文を読んだ者に対して、文字通り「一審原告は派閥のボスである山崎拓氏に対して引退勧告をした」との印象を与えるものであって、一審原告の社会的評価を低下させるものであることは明らかであるから、本件広告文の名誉棄損を認めなかった原判決には、判決の理由不備の違法及び事実誤認があることは明らかである。

3 本件第2記事見出し及び本件第2記事①について
(1)原判決について
 原判決(17頁)は、本件第2記事見出し及び本件第2記事①について、「原告が、山崎に対し、「先生はもう七十歳を超えている。辞めるべきだと思います」と発言したとする記述であり、見出しに「派閥のドン山拓に『引退勧告』しちゃった広津素子センセイ」と記述されていることも併せれば、一般の読者に対し、原告が、山崎に引退するよう発言したことを摘示し、加えて、原告につき、「ミセス空気が読めない女」と評することで、原告が、自らの所属する派閥の長である山崎にさえ、引退を勧告するような発言をする非常識な人物であるとの印象を与える余地がある。」としながらも、「上記の記述についての説明として、本件記事2①の次の段落において、原告が、佐賀県第3選挙区における自民党の公認を争っていた保利耕輔(以下「保利」という。)議員が70歳を超えていることを批判し、山崎に対し、保利に若い者に道を譲るよう言ってほしいと発言したこと、原告の同発言を受けて、保利と同世代である山崎が、それは自分にも辞めろということかと憤慨したことが記述されていること(甲2)からすれば、本件記事2①を読んだ一般の読者は、上記記述も併せ読むことにより、原告の「もう七十歳を超えている。辞めるべきだと思います」との発言が、自民党の公認を争っていた保利について述べたものであること、保利と山崎が同年代であることから、原告の発言を、山崎が自分に対する引退を勧告するようなものと受けとめたことを理解することになる。そうすると、本件記事2①は、一般の読者に対し、原告が、派閥の長である山崎にさえ、引退を勧告するような発言をする非常識な人物であるとの印象を与えるものとはいえず、また、これが原告の社会的評価を低下させるものと認めることはできない。
 原告は、一般の読者が本件記事2①及び本件記事2の見出しだけを読む場合もある旨指摘するが、本件記事2①まで読んだ読者が、そのすぐ次の段落にある記述を読まないとは考え難く、原告の上記主張は採用することができない。」と判示する。

(2)本件第2記事見出し及び本件第2記事の目次のページによる名誉棄損の成立
 しかし、一般に週刊誌の読者においては、記事本文を読むことなく、当該記事の見出しだけ或いは目次のページだけしか読まない読者は多数存在する。また、記事本文を読む者も、記事の見出しによって得た印象から記事本文を斜め読みすることが多いため、記事本文の内容と記事の見出しの内容に齟齬がある場合には、記事本文の内容を誤って理解することも十分に考えられる(平成23年7月27日付準備書面4・1項参照)。
 従って、見出しの記載内容が単なる記事本文の内容の省略や要約の域を超えており、記事本文に関する一般読者の理解と異なる表現が用いられている場合には、当該記事の見出しが一般読者に与える印象を基準にして、記事本文に関する名誉棄損の成否とは別に当該記事の見出しに関する名誉棄損の成否を判断すべきである。
 この点、東京地裁平成24年3月27日判決(判例集未掲載、甲69、70)においても、ボクシング選手の「『疑惑の拳』告発写真 不自然な『バンデージの封印』を徹底追及!」と題した記事に関して、記事本文については不正の証拠はないと結論付ける内容だったとして名誉棄損の成立を認めなかったが、記事の見出しについては「記事本文の趣旨と異なり、不正があったと読者が理解しないようにする配慮がなく、許容される表現の範囲を逸脱している」として、記事の見出しに関する名誉棄損を認めて300万円の損害賠償を認容している。記事の見出しに関しては、ある程度の要約や強調が許されるとしても、そこには自ずと限度があると言うべきであり、記事本文の内容と異なる事実を摘示する見出しを用いることを正当化する理由など全くないのであるから、上記判例は極めて妥当な判決といえる。
 本件においても、一審原告は、保利氏に対し引退するよう言った事実はあっても、山崎拓氏に対し引退勧告した事実など全くない。それにも関らず、本件第2記事の見出し及び本件第2記事の目次のページ(甲2の1枚目)は、「派閥のドン山拓に『引退勧告』しちゃった広津素子センセイ」と記述したものであるから、本件第2記事の見出し及び本件第2記事の目次のページは、一審原告が直接山崎拓氏に対して政界から引退するよう勧告したとの印象を与える記事であり、単なる記事本文の記載の省略の域を超えて、記事本文に関する一般読者の理解(一審原告が保利氏の引退勧告を山崎拓氏に要請したこと、それに対して山崎拓氏が「それは俺にやめろということになる」と一審原告に言ったこと)と異なる表現が用いられていることは明らかである。
 よって、本件第2記事の見出し及び本件第2記事の目次のページは、許容される表現の範囲を逸脱していることは明らかであり、一審原告の社会的評価を低下させるものであるから、名誉棄損が成立することは明らかである。

(3)本件第2記事①の記事本文による名誉棄損の成立
 仮に、一審被告が主張するように、本件第2記事①を読んだ読者の中に、保利氏の引退勧告について一審原告が山崎氏に依頼したものと受け取る者がいたとしても、本件第2記事①は、虚偽の事実を摘示して、一審原告の社会的評価を低下させる記事である(平成23年7月27日付準備書面4・2項参照)。
 すなわち、一審被告は、一審原告が保利氏の引退を山崎氏に依頼した理由について、あたかも一審原告が保利氏の年齢のみを問題にしていたかのように捉えて、保利氏と山崎氏が同世代であったことから、結果的に山崎氏本人の引退を勧告したことになってしまったなどと主張するが、実際には、一審原告は、保利氏の年齢だけを理由に引退を依頼したのではなく、
①2005年の郵政選挙で、佐賀三区には自民党衆議院議員が2人できたこと(甲45) 
②保利議員は、2005年の郵政選挙の後、造反議員として、一度自民党を離党して復党してきた人であること(甲67) 
③保利議員は、2005年の郵政選挙において、佐賀三区の有権者に対し、「今度が最後ですから、お願いします。」と言って当選していたこと 
④年齢も、次期衆議院議員選挙時には74歳になるので、引退に早すぎないこと 
⑤一審原告は佐賀三区出身であり、佐賀三区で保利氏の後を引き継ぐ適正のある女性議員であること(甲3、甲61) 
などを理由に保利氏に引退してもらいたいと山崎氏に依頼していたのであり、決して単純に保利氏の年齢のみを理由として引退を依頼していたのではない。
 つまり、福岡2区から唯一の自民党衆議院議員として当選していた山崎氏と、保利氏とは、年齢以外には全く状況が異なっていたのであり、一審原告が保利氏の引退を依頼した理由は、単なる年齢だけではなく、上記のようなそれ以外の自民党公認の妥当性にかかわる政治上の理由によるところが大きかった。
 それにもかかわらず、本件第2記事①では、一審原告があたかも派閥のボスと同じ年齢の保利氏に関して、年齢のみを理由にして引退勧告を山崎氏に依頼するような、年齢差別を行う軽薄で無思慮な人物であるかのような印象を与え、佐賀県の有権者に対し、国会議員としての資質を疑わせる根拠としているのである。
 よって、本件第2記事①は、山崎氏と保利氏が同じ年齢であるにも関わらず、保利氏の年齢だけを理由にして保利氏の引退を山崎氏に依頼したという虚偽の事実を摘示することによって、一審原告について、山崎氏に対して、年齢差別を行う軽薄で無思慮な依頼をするような人物であって、山崎氏のことも考えていない人物という印象を与えている記事であるから、一審原告の社会的評価を低下させる記事であることは明らかである。

4 本件第2記事⑤について
 原判決(20頁)は、本件記事2⑤について「原告が新人の秘書に対し、「明日から佐賀に行って後援会を作ってきてちょうだい」と言ったことを記述したものであるが、この事実自体は、原告が、新人とはいえ自分の秘書に、後援会を作ってくるようにと頼んだというものにすぎず、自民党佐賀県連の関係者が「無茶ブリが凄いようです」と評したことが併せて記述されていることを考慮しても、原告の社会的評価を殊更に低下させるものとまで認めることはできない。」と判示する。
 しかし、政治家が入りたての秘書に対し、「明日から佐賀に行って後援会を作ってきてちょうだい」と言って無茶ブリを示したという記事が、なぜ社会的評価を低下させないのか全く理解できない。
 上記の記事は、一審原告が「入りたての秘書」に「明日から佐賀に行って後援会を作るよう指示した」というものであるが、後援会というのは有権者の政治家に対する期待と信頼に基づいて成り立つものであるから、「入りたての秘書」が現地に明日から行って作れるようなものではない。上記の記事は、一審原告の人物像に関して、自分の部下である従業員(秘書)に対し、不可能なこと、到底無理なことを言っては部下を困らせる理不尽な人物であるとの印象を与えると共に、一審原告の政治家としての資質についても、部下の使い方も知らず、人の上に立つ政治家としての資質がないとともに、政治家が備えるべきリーダーシップも持っていない人物であるというマイナイスイメージを植え付ける記事である。 
 さらに、上記の記事は、一審原告の支援者となる佐賀県の人々にとっても、一審原告はその支援者の前では後援会をありがたがっているが、その裏では「入りたての秘書」に明日から佐賀に行って後援会を作るよう軽々しく指示するような人物であって、後援会活動を軽視している国会議員である、支援者の重要性、ありがたさを全く理解していない国会議員である、との印象を与えるものである。したがって、このような点からしても、上記の記事は、一審原告の支援者にとって重大なマイナス評価を与える記事であることは明らかである。
 よって、本件第2記事⑤は、一審原告の社会的評価を低下させるものであることは明らかである。

5 小括 
 そして、原判決は、一審原告が記事の一部について事実と認めている本件第1記事①及び本件第1記事④以外の記事については、一審被告による真実性・相当性の抗弁をいずれも否定しており、一審被告が主張するような取材活動によっては本件第1記事及び本件第2記事の真実性・相当性など認められないことを正しく認定している。
 よって、一審被告は、本件第1記事⑤、本件第2記事の広告文、本件第2記事見出し、本件第2記事⑤に関して、名誉棄損による不法行為責任を免れないことは明らかである。

第3 本件記事の真実性及び真実性、相当性に関する原判決の判断の誤り(甲61)
1 本件第1記事①について
ア 原判決(22頁)は、「本件記事1①については、原告自身が山崎に対する発言の内容を認めているから、その部分の記述は真実であると認められる。そして、本件記事1①に記述された原告の発言は、派閥の長である山崎に対して、山崎が女性スキャンダルでイメージが悪いから自民党総裁選への出馬が難しいと思うなどという、非常に厳しく、かつ、直接的な進言をしたものであり、上記ア説示のように、本件記事1の基となった取材の対象、状況及び内容が明らかではないとしても、上記のような発言を聞いた周囲の者が凍りついたとか、ひやりとしたという感想を抱くことは容易に推認される。」と判示して、一審被告による証拠に基づいた立証がない中で、一審被告の真実性または相当性の抗弁を認めている。
イ しかし、原判決の上記判断は、原判決の誤った「経験則」ないし「価値観」に基づく誤った事実認定であると言わざるを得ない。
すなわち、本件第1記事①は、単に周囲の者のうち一部が一審原告の発言に対し意外に思ったとか、驚いたという事実を伝えるものではない。本件第1記事①は、一審原告に関する「武部幹事長弁当事件『83会の奇人変人リスト』」との大見出しのもと、「ミセス空気が読めない女」との記事と共に、一審原告の発言を聞いたア)「誰もが」、イ)「凍りついた」と事実摘示しているのである。
 従って、一審被告の真実性、相当性の抗弁の対象は、上記摘示事実でなければならず、一審原告の発言を聞いた周囲の国会議員の反応として、ア)「誰もが」、イ)「凍りついた」ということ、すなわち、ア)周囲の国会議員の誰もが、イ)一審原告の発言は本件で問題となっている会合の場では発言してはならない不適切な発言であったと受け止めていたという事実である。
ウ しかも、一審原告がこの発言をしたのは、山崎拓氏を称え称賛するための会合ではなく、誰が自民党の次期総裁選へ出馬するのが適切かを国会議員同士で真剣に話し合う会合なのである。国会議員とは、それぞれが民意の付託を受けて国益のために活動する者であり、自らの信念に基づき、忌憚のない意見を述べて、議論することが期待されている立場である。決して派閥のボスにおもねることのみを期待されているのではない。
従って、国会議員同士が話し合う会合において、率直な意見を述べたとしても、何ら周囲の者から不適切な発言だとして批判されることはない。その意見が「正論」であれば、国会議員同士では、むしろ正当に評価されるものである。
 よって、「私自身は、山崎派に入ったくらいですから気にしていませんが、女性スキャンダルでイメージが悪いので自民党総裁選への出馬は難しいと思います」という発言を国会議員同士の真剣な会合において、一審原告が女性の立場から真摯な意見として述べたとしても、その発言を聞いた国会議員から原判決が認定するように「発言を聞いた周囲の者が凍りついたとか、ひやりとした」などという不適切な発言をしたものとしての批判的な評価をされるという関係にはならない。その証拠に、一審原告の進言の結果、山崎拓氏は、自民党の次期総裁選 に出馬しなかったし、その発言がもとで、一審原告が山崎拓氏からうとまれることもなかったのである(甲66)。
エ 原判決は、国会議員同士の会合においても一年生議員である一審原告が忌憚のない率直な意見を言うこと自体が悪いことであるという誤った経験則ないし価値観を無意識のうちに抱いているからこそ、一審原告の発言を聞いた誰もが「凍りついたとか、ひやりとしたという感想を抱くことは容易に推認される。」との誤った認定を行っているものと思われる。
 しかし、前記の通り、本件で一審原告が発言を行った場は、山崎拓氏を称え称賛するための会合などではなく、民意の付託を受けた国民の代表である国会議員同士が真摯に議論するための会合であり、そのような会合において正論に基づく真摯な発言をしたことが、その場の雰囲気にふさわしくない不適切な発言であるなどとは到底言えない。
オ よって、本件第1記事①の真実性・相当性については、一審被告による証拠に基づく立証がない中で、原判決が用いた誤った経験則によって、ア)周囲の国会議員の誰もが、イ)一審原告の発言は本件で問題となっている会合の場で発言してはならない不適切な発言と受け取っていたという誤った事実を認定したものであり、事実誤認があることは明らかである。

2 本件第1記事④について
ア 原判決(22頁)は、「本件記事1④につき、原告は、「伊吹文明先生は、税法にも詳しく、本当に頭のいい方ですので、尊敬している人の1人ですが、大蔵省の出身であり、立ち位置が官僚的な時があります。私は、公認会計士・税理士時代に、会計・監査・税務実務を行うかたわら、税制改正にも関与してきており、立ち位置が“民”の側にあるため、説明を付け加えたことはあります」、「伊吹文明先生は、優秀なベテラン議員ですが、立ち位置が官僚的な時があり、私は、当選1回の議員で、それまで民の立場で20年以上も会計・税務の仕事をしてきたため、立ち位置が“民”の側にあるので説明を付け加えたのであって、両者を合わせれば、完璧な結論が出るのです」などとして伊吹の後に説明を加えたことを認めているところ(甲7、甲36)、これは、結局のところ、伊吹の説明だけでは理解しにくいところを原告の説明を加えることにより補ったというものであって、本件記事1の基となった取材の対象、状況及び内容が明らかでないとしても、先輩議員である伊吹の説明のみでは不十分であると言わんばかりの上記の原告の対応に対して、伊吹や周囲の者が驚いたりしたことは容易に推認できる。」と判示して、一審被告の真実性または相当性の抗弁を認めている。
イ しかし、本件第1記事④は、一審原告が伊吹氏の説明に対して「伊吹先生の説明では分かりにくいと思いますので、代わって私が説明します。」と発言したという虚偽の事実を摘示したものであるから、一審被告は、真実性・相当性の抗弁として、一審原告が伊吹氏の説明に対して「伊吹先生の説明では分かりにくいと思いますので、代わって私が説明します。」と発言したことを立証しなければならない。
ウ しかし、原判決は、「伊吹文明先生は、優秀なベテラン議員ですが、立ち位置が官僚的な時があり、私は、当選1回の議員で、それまで民の立場で20年以上も会計・税務の仕事をしてきたため、立ち位置が“民”の側にあるので説明を付け加えた」という事実を一審原告が認めていることから、「結局のところ、伊吹の説明だけでは理解がしにくいところを原告の説明を加えることにより補ったというものである」という一審原告が認めてもいない事実を認定した上、「先輩議員である伊吹の説明のみでは不十分であると言わんばかりの上記の原告の対応に対して、伊吹や周囲の者が驚いたりしたことは容易に推認できる。」と認定するなど何の証拠にも基づかない誤った事実認定を行っている。
 本件第1記事④で問題とされているのは、一審原告が伊吹氏に対し「伊吹先生の説明では分かりにくいと思いますので、代わって私が説明します。」と発言をしたか否かである。つまり、大先輩議員による「説明が分かりにくい」という大変失礼な発言を、大勢の人がいる会合の席でそれも大先輩議員の面前で一審原告が言ったか否かである。
 このことは、仮に本件第1記事④の実際の記載のように「伊吹先生の説明では分かりにくいと思います」と一審原告が伊吹氏に発言したという事実が記事には書かれずに、単に「伊吹氏の説明に一審原告が説明を付け加えた」ということしか記事に書かれなかったのであれば、本件第1記事の中でそのことを報じる価値など全くない記事になることからしても明らかなことである。本件第1記事④のキーポイントは、一審原告が伊吹氏の説明に対し説明を付け加えたという点にあるのではなく、一審原告が大先輩議員の伊吹氏の面前で「伊吹先生の説明では分かりにくい」という発言をしたか否かなのである。
しかし、一審原告は、伊吹氏に対しそのような発言をした事実など全くない。
 それにもかかわらず、原判決は、何の証拠もない中で、一審原告が伊吹氏に対し「伊吹先生の説明では分かりにくい」などと発言したと認定しているのであり、明らかな事実誤認と言わざるを得ない。
エ なお、一審原告が伊吹氏の説明に対し民の立場から、消費税増税に対する反対意見を言ったことは事実であるが、それは、一審原告の公認会計士・税理士としてのそれまでの経歴(甲3P1~P3、甲61P3~P4)に照らし、一審原告を国会議員に選出した有権者の付託に応えた発言であって、むしろプラスに評価されるべきことである。そして、そのことと一審原告が伊吹氏に対し「伊吹先生の説明では分かりにくい」などと発言したという本件第1記事④の記載事実とは全く異なる事実である。

第4 本件記事による損害の評価に関する原判決の判断の誤り(甲61)
1 原判決(24頁)は、本件の損害の評価について、
ア「名誉毀損について被告が不法行為責任を負うと判断される表現は、結局のところ、本件記事1②、③、⑥及び本件記事2②、③、④にとどまること、」
イ「上記各種記事の摘示については公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認められること、」
ウ「上記各記事に記述された原告が行ったとされる発言だけを客観的に見れば、原告について、相手にかかわらず率直に意見を述べることができる人物であるという印象を与える余地があることに照らせば、原告の国会議員としての社会的評価を著しく下げるとまではいえないこと、」
エ「「奇人変人リスト」、「空気が読めない女」及び「エキセントリック」という記述は、社会通念上許される限度を超えるといわざるを得ないが、本件記事1及び本件記事2の全体を通せば、政治家に対する批判的かつ辛辣な見方を示したものであるといえるものの、人身攻撃に当たるような極めて悪質な表現とまではいい難いこと、」
オ「本件記事1及び本件記事2は、本件雑誌1及び本件雑誌2の各目次における位置付け(甲1、2)からは、記事としての重要性は相対的に低いものと思料され、各記事の分量も、いずれも1ページの半分ほどであること」
と判示する。

2 しかし、原判決の損害評価は以下の通り不当である。
(1) 上記アについて
 上記アについては、原判決が否定した本件第1記事①④⑤及び本件第2記事①⑤による名誉棄損の成立も認められるべきであるから、まず前提の評価が誤っている。
 また、原判決が見落としている本件第2記事の広告文による名誉棄損に関しては、普段、一審被告の週刊誌を購入しないような層に対しても目に入る文章であるから、その影響は極めて広範囲にわたるものである。

(2) 上記イについて
 一審被告による本件各記事の取材活動は、極めて杜撰なものであり(平成23年5月30日付準備書面3・第2項及び第2項参照)、かつ、その取材に基づいて、虚偽の事実を掲載しているものであるから、到底、公益目的をもって本件記事を作成したとは評価できない。
さらに、本件各記事は、国政に関する重要な事項をテーマにした記事では全くない。一審原告と有権者を引き離すべく、一審原告に関する単なる悪口を集めただけの記事である。
 その上、対立候補者である保利氏のコメントまで引用することで保利氏を擁護している。本件各記事は中立公正な立場から書かれた記事とは到底評価し難い。

(3) 上記ウエについて
 原判決は、国会議員同士が真摯に討議すべき場面において、国会議員である原告が率直に意見を言うことが悪いことであるという誤った価値観、誤った経験則をもって損害を評価している。
もちろん、率直に意見を言うことが憚られる状況というのもあるものではあるが、一審原告が発言したのは、国益の代表として選任された国会議員同士が真摯に行うべき議論の場である。従って、そのような場での率直な意見交換や発言は、国会議員として期待された任務を果たしたものとして、本来プラスに評価されるべきことである。
 本件記事は、そのような本来プラスに評価すべきことを、「周囲の者のみんなの反応」と称して、一審原告の発言に対し「みんな」が「凍りついた」とか「ひやったとした」という虚偽の事実を摘示することによって、一審原告の行った行動の評価を悪いもの(本件でいえばその場の雰囲気にふさわしくない「KYな発言」をしたもの)と決定づけているのであり、極めて悪質である。
ある行動の評価は、その行動自体の客観的評価よりも、周囲の者の反応として書かれたことによって決定づけられることが多い。本件記事は、そのような周囲の者の反応という虚偽の事実と一審原告が実際に行った行動とを織り交ぜることで、一審原告の名誉を著しく低下させたものであって、極めて巧妙かつ悪質というべきである。

(4) 上記オについて
 原判決は、本件記事による影響について、目次やその文量からして相対的に低いと評価している。しかし、佐賀県民にとっては、地元選出国会議員である一審原告の言動に関する記事は、本件の週刊誌に占める相対的文量によってその重要性が決まるのではなく、次期衆議院議員選挙において自民党の佐賀三区公認候補が誰になるのかという視点から、皆が注目している大きな関心事だったのである(甲45、甲21、甲67)。そして、本件記事は、その公認決定のさ中に書かれ(甲61)、一審原告の名前が、記事の広告文や目次のページに掲載されて広く頒布されたことからしても、本件記事の影響を過小評価するのは全く相当ではない。 
 さらに、一審被告の発行部数は、国内最大の74万部を有するものであり(甲4)、一審被告は、一審原告に関する虚偽の記事により多額の収益を上げていることも重視すべきである。

(5) そして、本件当時の一審原告の立場は、衆議院議員という職にあったものであるから、有権者に対して信頼をなくさせられたという一般的な被害にとどまるものではなかった。
 本件各記事は、本件各記事の発行当時に行われていた自民党の公認獲得、そして、その後に行われた衆議院選挙にも重大な悪影響をもたらしたものであり、一審原告の政治活動への負の実害は正に甚大なものであった。その証拠に、この記事の内容は2008年2月4日に一審原告を誹謗中傷する目的で立ち上げられたHP上で引用され、選挙前後から(甲5)現在まで引用され続けており(甲68)、また、2009年8月30日に行われた衆議院議員選挙の直前である2009年8月5日(甲6)及び12日(甲62)には、選挙関係のツイッターでも引用され話題にされていたのである。
 つまり、一審原告の地元である佐賀県においては、週刊誌に広津素子という名前が載れば、保利耕輔氏との関係で地元有権者の多くの注目を集めたことは自明のことである(甲21)。そして、その記事の情報は、記事の引用という形でHPやツイッターを通じて選挙期間中にも広範囲にばら撒かれたのである。
したがって、本件各記事は、一審原告の選挙結果にも看過しえない重大な影響を与えたのであるから、本件記事による一審原告の政治家としての信頼喪失の影響は甚大であったというべきである。
 さらに、一審原告は、国会議員という職にあっただけでなく、公認会計士・税理士という信用を重視する職業専門家でもあった。当然のことながら、本件各記事がその専門性と信用に対し、一審原告に与えた信用喪失の影響も重大なものであり、決して過小評価できないものである。

(6) よって、原判決は、本件第1記事及び本件第2記事による損害の評価を誤っていることは明らかである。

3 謝罪広告の必要性
既に述べたとおり、本件記事による一審原告の政治家として、また公認会計士・税理士としての信頼喪失の影響は甚大である。
しかも、同じ佐賀三区で自民党公認争いをしていた保利耕輔氏との公認争いの最中、及び衆議院議員選挙の最中を中心として、現在まで、インターネットで「広津素子」という名前を検索すると、本件記事を引用した虚偽ばかりの誹謗中傷が高順位で表示されており、一審原告の社会的評価を落とし、一審原告を悩ませている(甲62、甲64、甲65、甲68)。
 よって、本件記事によって失った一審原告の信用を回復するため、謝罪広告の必要性は高いというべきである。
                                      以上

*2:陳 述 書 (6)  (平成24年3月31日 前衆議院議員・公認会計士・税理士 広津素子)
(1)週刊文春記事の虚偽性とキャリア・ウーマンに対する悪い性格づけ
1)本件第一記事(週刊文春2007年10月4日号《甲1》)を読んだ全体の印象
 本件第一記事は、「武部幹事長弁当事件」、「83会の『奇人変人リスト』」と大きな文字で書いて題名としていますが、「武部幹事長弁当事件」というのは、すでに真実性も相当性もないことが認められていますし、また、「83会の『奇人変人リスト』」というのも、名誉棄損で、かつ、侮辱であることが認められています。
 また、リード記事の「その瞬間、議員一同、凍りつきました」「“ミセス空気が読めない女”と呼ばれる小泉チルドレン」「誰もがひやりとした」というのも、事実でもないのに、「広津議員は、新人であり、的外れなことを言っては、皆を凍りつかせたり、ひやりとさせたりする」という先入観を有権者に植え付けるものであり、名誉棄損で侮辱であるとともに、記事の最後には、「広津語録は議員の間で今も更新中だ」「小泉さんの負の遺産です」「資質の問題だと思うのですが」などと、地元有権者に対して私の国会議員としての資質を否定して見せ、支援者を離れさせるのが目的であることがわかります。
 そして、その根拠となっている事象のうち、「遺族、遺族って、何の遺族ですか」「農政の会合で、『皆さん、農業を辞めて転職したらいいと思います』と総括した」「本当に幹事長室に行って、置いてあった牛肉弁当を勝手に食べてしまった」などというのは、明らかに嘘であることを、私は、これまでの陳述書、写真、委員会質問等で証明しています(甲3P6,甲7、甲9、甲10、甲11、甲12、甲13、甲14、甲15、甲16、甲17、甲18、甲19、甲20、甲36、甲37P2、甲38、甲47左上幹事長室の様子、甲48、甲52)。
 また、「・・・伊吹氏が絶句した」、「“今週の広津語録”と言われるくらい、破壊的な発言が永田町を駆け巡っている」というのは全く身に覚えがないことですし、また、「東大卒で公認会計士という経歴を持つ広津女史」「エキセントリック」などというのは、キャリア・ウーマンに対して、よく使われる悪口雑言でしょう。
 さらに、私が、山崎拓さんに率直に意見を言ったのは、私が育った外資系ビッグ4では、社長に対しても率直に意見を言うのが普通ですし、国会議員同士でもまた、率直に意見を言いあうのが、自らを代表として選んでくれた有権者の負託に応える当然の行動だからです。そうしなければ、皆が空気を読みあって意見を言わず、後に、その会議で出た結論によって悪い影響が出た時には困ったことになるのであり、オリンパス事件などは、そのよい例でしょう。従って、言い方や機会の捉え方はありますが、私は、20年以上も、公認会計士・税理士として、被監査会社に対しても率直な意見を言うという実務経験を持っていますので、そのやり方の妙は心得ており、率直に意見を言うこと自体が如何にも悪いことで、皆が唖然として言葉を失ったかのようなこの記事の書き方は、公人の人間性や国会議員としての適格性に関する正しい情報開示ではなく、有権者をミスリードするものです。なお、私の指摘が的を射ていた証拠に、山崎拓さんは自民党総裁選に出馬せず、その後、私が山崎拓さんに睨まれることもありませんでした(甲66)。

2)本件第二記事(週刊文春2008年1月24日号《甲2》)を読んだ全体の印象
 「派閥のドン 山拓に『引退勧告』しちゃった広津素子センセイ」というのが、大きな文字で題名として書かれており、新聞広告、電車の中吊広告(甲49)、週刊誌の目次にもその文言が出て広く流布されましたが、前の陳述書(甲7、甲36、甲38、甲48)にも書きましたとおり、これは全くの嘘なのです。そして、このタイミングに、この内容を、一番目立つ形で週刊誌に載せた意図は、後述(2)⑥のように、私の支持率を落として保利耕輔氏に自民党公認を取らせることが目的であるということが明らかであって、この週刊誌の記事に民主主義に資するという公共性・公益性などは全くありません。
 また、リード記事に、「“ミセス空気が読めない女”と呼ばれる小泉チルドレンの広津素子議員(54)。昨年末、彼女は所属する派閥のボス山崎拓氏(71)にこう直談判したという。『先生はもう70歳を超えている。辞めるべきだと思います』」と書かれているのは、前の陳述書(甲38 P13、甲48 P1~2、甲7、甲36)にも書きましたとおり、あり得ない嘘なのです。そして、私は、決して年齢だけでなく、種々の理由から保利耕輔氏の引退をお願いしていたのであって(甲48 P1~P2)、年齢だけで引退を迫る年齢差別を行うような、国会議員として資質のない人間だという嘘の情報を有権者に広く流布されたのは、名誉棄損であり、侮辱でした。それと同時に、高齢者の割合が多い佐賀県の有権者の支持を大量に失わされたという意味で、政治活動の大きな妨害でした。そして、特に、この週刊誌の佐賀県での発売日(2008年1月19日)は、私が山崎拓さんの地元で行われた日本弁護士政治連盟九州支部設立総会・記念パーティーに出席する日に合わせられており、日本弁護士政治連盟九州支部を私の支援者にさせないという意図が感じられます。
 さらに、野田毅議員が「地方経済は疲弊している。いまこそ地方への配慮が必要だ」と言った後、私が、「先生は古いタイプの政治家ですね」と言ったと記載してあるのは、私が単なる新しがり屋で地方のことを考えない政治家であり、佐賀県選出の国会議員としての資質に欠けるということを意味していますが、それは全くの嘘であり、私が、地方の地域再生に熱心であったことは、多くの証拠をつけてすでに証明しています(甲3 P6、P7、P8、P9、P12、甲3資料3(1)(2)、甲3資料4(2)、甲20、甲25、甲28、甲29)。そして、実際には、まさにこの記事の佐賀県での発売日(2008年1月19日)に、私は多久市で国政報告会を行い(甲35)、そのテーマが「まちづくりと地域再生」であったことを考えると、やはり、この記述も、私がよいことをしている事実を強く打ち消し、支持者になろうとする人を減らすものだということが明らかです。
 そして、さらに「一瞬、場が凍りつき、我々も冷や汗をかきました・・・」「東大卒で公認会計士という経歴の広津氏は、自らの考えが正しいと信じて疑わないタイプ」などと書かれているのは、真の状況からかけ離れており、有権者に対して正確な情報を開示しているものではありませんので、この記事に公共性・公益性はありません。それどころか、この種の表現は、週刊文春記事では、キャリアを持って社会的地位の高いところに進出しようとする女性に対し、性格を悪く描写するために必ずと言っていいほど使われており、片山さつき氏や猪口邦子氏についても同様でした(甲52 P2~P6、甲53)。そして、このような色のついた報道の仕方は、公共性・公益性を持つべき我が国のメディア自体が、「女性はリーダーシップ能力が低い」という偏見を流布し、我が国において社会進出して頑張り、実績をあげた女性が意思決定する立場に昇進するのを妨げて、甲57 P1~P3の調査が示すように、意思決定する立場にいる女性の割合を低くする原因となっているものです。そのため、本件以降は、是非とも、こういう働く女性の努力を踏みにじるような名誉棄損記事に対しては、厳しい判決をお願いいたします。
 そのほか、伝説として、全国紙政治部記者と出所を大げさに偽り、「次は私が女性代表で大臣になる」「私を副大臣か政務官に入れるべきだ」と言ったという嘘を書いた上(甲52 P10、甲38 P17)、自民党佐賀県連関係者と出所を偽り、「問題は人間性だ」などと書いて(甲52 P10、甲38 P17)、さらには、「入りたての秘書に『明日から佐賀に行って後援会を作ってきてちょうだい』と言った」などという嘘を書き(甲52 P10、甲38 P18)、人を使う器も能力もなく、さらにはリーダーとしての資質もない人間として描いて、最後に、保利氏の言葉として「彼女が出る以上、私も絶対次の選挙に出る。それが佐賀県のためだ。」としているのですから、この記事の目的は、私の支持率を落として保利氏に自民党公認を得させることだったことが明らかであるとともに、私にとっては名誉棄損であり、政治活動の大きな妨害になったのです。

3)経歴(特に衆議院議員になる前の会計・税務・監査のプロとしての職歴)
 上のように、事実とはかけ離れた記事を書かれていても、一審では、それがどれくらいあり得ないことであり、また、私に対して、どれだけ重大な名誉棄損で侮辱であったのか、さらに、損害が如何に大きかったのかについて、あまり評価されていませんでした。そのため、私は、ここで、衆議院議員になる前にも20年以上、公認会計士・税理士として、プライス・ウォーターハウス クーパースやKPMGなどの外資系監査法人の監査、税務の第一線で活躍してきた監査・会計・税務の専門家であり、本件第一記事、第二記事に描かれている、国会議員になって初めて社会に出た、世間知らずで、学歴と資格のみを誇りにしているような人間ではないことを、強調しておきます(甲3)。
 そもそも、外資系企業では、どういう実績を上げたかが重要なのであって、学歴を自慢しても無意味ですから、学歴を自慢する人はいませんし、私もそうです。そのかわり、実績は正確に評価して、翌年の昇進や給料を決める基礎になるのです。そのため、私は、本件第一記事及び第二記事を一目見たときから、自分とは異なる世界の人間像を描いて、的外れな非難を浴びせているという違和感を覚えました。
 また、外資系企業では、職場を変わる場合には、次の職場は、その人の過去の経験と実績を評価し、それを使うことを期待して採用しているのですから、職場を変ったからすべてが0にリセットされ、社会経験0の新人として再スタートしなければならないということはありません。そして、過去の経験と実績を評価され、それを活用することを期待されて当選している国会議員の場合も、状況は似たようなものです。そのため、本件第一記事、第二記事に描かれている「広津素子議員は、新人で何も知らず、空気も読めずに奇矯な行動ばかりして人を呆れさせている」という情景は、真の情景とは全く異なる情景の描写であり、この意図的な虚偽の報道は、一人の政治家の人間性に関する情報を、正しく有権者に報道して民主主義に資するというものではなく、有権者をミスリードするものであって、公共性・公益性の全くないものです。
 なお、私が働いていた外資系ビッグ4について、もう少し説明しますと、私が入社した頃はビッグ8でしたが、その後、合併を重ねてビッグ4になったという経緯があります。そして、監査制度は、日本では、戦後、GHQにより、昭和26年に、企業の株主や債権者を保護する目的で、企業の財政状態・経営成績に関する正確な情報をディスクロージャーするために導入された制度ですが、欧米では、監査制度は実需によって発展してきた制度であるため、外資系ビッグ8は、始めから、馴れ合いや妥協のない訴訟社会に対応した監査をしてきました。その後、会計ビッグバン等により、我が国の監査制度も、次第に欧米の監査制度に近づいてきたという経緯があります。

 そこで、私の具体的な経歴は、以下のとおりです(甲3P1~P 3)。
  ①1982年11月-1990年10月: 
    公認会計士・税理士として、プライス・ウォーターハウス クーパース(世界のビッグ4の一つ) 
    監査部・税務部に勤務
  ②1990年11月-2002年1月: 
    公認会計士・税理士として、KPMG(世界のビッグ4の一つ)監査部・税務部に勤務
  ③2002年2月-2005年8月: LEC会計大学院教授(会計実務・監査実務担当)等 

 *その間のプロフェッショナル・サービス経験
 監査(商法監査、証券取引法監査、任意監査など50社以上)、税務(法人申告書の作成、M&A・組織再編に関するアドバイス、金融商品に関するアドバイスなど100社以上 )、ODA(経済分析など数社)

 *その間の委員会・研究会活動
  ・日本公認会計士協会 税効果会計専門委員会委員(会計ビッグバンの一環
   として我が国に税効果会計を導入)
  ・日本公認会計士協会 公会計委員会委員(国・地方自治体への公会計制度導入)
  ・日本公認会計士協会 租税調査会委員(税務ビッグバンの一環)
  ・日本公認会計士協会 国際委員会委員(年金会計に関する会計ビッグバン
   の一環)
  ・日本租税研究協会 組織再編税制調査会委員(税務ビッグバンの一環)
  ・日本租税研究協会 連結納税制度研究会委員(税務ビッグバンの一環)

④2005年9月~2009年7月: 自民党衆議院議員(甲3 P4~P 12) 
 私は、上記のように、公認会計士時代の終わり頃には、公認会計士協会や日本租税研究協会を通じて、会計ビッグバンや税務ビッグバンなどの制度改革に携わっていましたし、同時に、女性が働き続けて感じていた社会の受入態勢の未整備による女性の働きにくさも経験して男女雇用機会均等法の改正にも関わり、さらに、年金・医療・介護・保育・学童保育など、このままにはしておけない制度の問題点についても、衆議院議員になる前から改革を進めていました。そして、2005年の郵政選挙の時、郵政民営化賛成派として、ふるさとの佐賀三区から、ふるさとを持ち上げようと思って、保利耕輔氏の“刺客”である自民党候補となり、また同時に、自民党九州比例一位の候補にもなって、立候補して当選したのです。そういう事情であるため、私は、そもそも本件第一記事、第二記事に描かれているような、郵政解散によってまぐれで衆議院議員に当選した社会経験がなく何も知らない“小泉チルドレン”ではありません。そのため、本件第一記事、第二記事における私に関する描写は、真実を正確に報道していないという理由から、有権者にとっては公共性・公益性のない報道であったとともに、私にとっては、ものすごく名誉棄損で侮辱であり、同時に支援者はがしをされたという意味で政治活動の妨害になったのです。
 そして、私は、衆議院議員在職中は、甲3のP4以降にかなり詳しく記載しておりますとおり、衆議院財務金融委員会委員、決算行政監視委員会委員、農林水産委員会委員として、公認会計士・税理士としてそれまで培ってきた知識・経験を活かして農業の本当の改革を始め、地元のまちづくりや地域再生に尽力し、年金・医療・介護制度の改正を行うなど、思い通りにならなかった点も多々あるものの、やるべき改革はできるだけやってきたという自負があります。
 従って、本件週刊文春記事に表現された「広津素子のイメージ」は、現実とかけ離れたものであり、この記事により、私の人間として及び衆議院議員としての社会的評価が大きく減じられて有権者にネガティブャンペーンされ、私に期待していた支援者を減らされたとともに、その後も政治活動を大きく妨害されてきたことは間違いありません。

(2)政治活動の妨害に関する具体的事例
 この週刊文春記事が、私の支援者を離反させ、保利耕輔氏の自民党公認や保利耕輔氏の2009年総選挙における当選の為に使われ、今後とも私が立候補できないようにしているものであることを、それぞれの行動が行われた日付から証明します。実際に、私は、自分のよい活動を帳消しにすべく行われてきたこのようなネガティブキャンペーンの効果を日頃から肌身に感じていましたので、ここで出した証拠の数にかかわらず、ネガティブキャンペーンが行われた目的と事実は明らかです。

①本件第一記事 (2007年10月4日号)・・佐賀県では、2007年9月29日発売
(甲1、甲39、甲40、甲41、甲42、甲37P2)
 私が書いた自由民主の記事(甲37 P2)が、自民党員全員に配布される日に合わせ、それより数日前に本件第一記事が発売されるようにしたもので、特に佐賀県の自民党支持者を呆れさせ、広津素子を無視させるためのネガティブキャンペーンが満載されており、これにより、私が書いた自由民主の記事の効果をなくさせているのです。

②甲21に、保利氏の後援会は、2007年10月下旬の役員会で「保利氏を佐賀3区支部長にするよう求めていく」方針を決めたとの記述があります。

③自民党選対委員長、古賀誠氏が、2007年11月1日に佐賀県入りし、保利後援会の代表世話人を務める熊本大成自民党佐賀県連副会長が「3区内の6支部は今後も(保利氏を推すために)一致団結して活動していく」と古賀氏に伝えたとの記述があります。この時、日本遺族会会長だった古賀誠氏は、佐賀県で遺族会、農政協議会、建設業協会を訪問しており、第一記事が、これらの自民党支援団体に広津素子を呆れさせる手段だったことは明らかです(甲21、Copyright佐賀新聞)。

④本件第一記事の流布と自民党支持率調査のタイミング
 2007年11月上旬、唐津のまつりである「おくんち」で、保利氏側の市議会議員が、この週刊誌の記事を持って廻って話題にしているのを、私は、夫と共に見ました。そして、散々、話題にされた後、自民党は、2007年12月8日及び9日に、第一回の支持率調査を行い、広津素子の支持率は13.3%としているのです(甲63)。

⑤公認決定に関する自民党のスタンス(2007年12月20日 佐賀新聞記事《甲45》)
自民党選挙の副責任者である菅義偉選挙対策副委員長が、佐賀新聞のインタビューに応じて、下の回答をしています。
 1)より勝てる可能性がある候補を、自民党公認に選択する。 
 2)議員バッジをつけて2年活動しているので、ベテランとのハンディーはつけない。
 3)つまり、自民党佐賀三区公認候補は、支持率で決める。
 
⑥本件第二記事 (2008年1月24日号)・・佐賀県では、2008年1月19日発売
(甲2、甲35、甲43、甲44、甲46)
 多久市国政報告会(主題は、まちづくりと地域再生《甲35》)及び日本弁護士政治連盟九州支部設立総会・記念パーティー(甲60)の日に合わせて第一記事が発行されたもので、事実でもないのに自民党支持者を呆れさせるようなネガティブキャンペーンが満載なわけです。そして、発行日は、日本弁護士政治連盟九州支部設立総会・記念パーティーが、山崎拓氏の地元で行われる日にも合わせているのであり、この記事により、広津素子のよい点を強力に打ち消し、これから支援者になろうとする人が出るのを阻止しているのは明らかです。

⑦アスぺ代議士広津素子先生を勝手に応援するがばい連合を立ち上げよう!!
(甲68=甲5)
 2008年2月4日に表題のHPを立ち上げ、本件第一記事、第二記事を引用して、忘れさせないようにしています。

⑧佐賀三区における支持率調査2008年3月1~2日、2008年4月1~2日(甲63)
事前に、これだけのネガティブキャンペーンがなされた後、自民党は、2008年3月1日及び2日に支持率調査を行い、広津素子の支持率は15.0%としています(甲63)。また、同年4月1日及び2日にも、支持率調査を行い、広津素子の支持率は15.8%として、社民党の柳瀬英二氏に負けるので、保利耕輔氏を公認するという結論を出しました(甲63、甲67)。

⑨2008年6月17日付読売新聞記事(甲67)
「郵政造反組公認へ」と題して、自民党が保利耕輔氏を公認した旨の記載が大きく出ています。

⑩2009年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙における選挙妨害 その1
 真実でないネガティブキャンペーンを行っている本件第一記事及び第二記事をトップに掲げた「アスぺ代議士広津素子先生を勝手に応援するがばい連合を立ち上げよう!!」で、2009年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙前後に、その記事を前提として、さらに嘘の悪口を書いた後、このHPは、私の悪口三昧を書き続けて、現在まで支援者はがしをしながら掲載されています(甲68=甲5)。

⑪2009年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙における選挙妨害 その2
 佐賀県選挙スレと題するHP(甲6)により、2009年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙公示直前の8月5日に、本件第一記事及び第二記事を引用してネガティブキャンペーンが行われ、私は、選挙妨害されました。

⑫2009年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙における選挙妨害 その3
 自民党佐賀三区で公認されなかったため、みんなの党(渡辺代表)から佐賀三区の候補者として立候補したところ、「阿修羅♪>政治・選挙・NHK69>142.html」と題する書面(甲62)において、2009年8月30日執行の第45回衆議院議員総選挙公示直前の8月12日に、本件第一記事及び第二記事を引用して、「広津議員は、“電波な人”で信用できない人」という趣旨の書き込みがあり、再度、選挙妨害されました。

⑬YAHOO、Googleの検索システムを使った名誉棄損と妨害行為
 YAHOO、Googleで「広津素子」を検索すると、現在でも高順位で、「アスぺ代議士広津素子先生を勝手に応援するがばい連合を立ち上げよう!!(甲68)」等の本件第一記事及び第二記事を引用した事実と異なるネガティブキャンペーンが出てくる状態であり、信用を基盤として成り立つ公認会計士・税理士をはじめ国会議員への立候補など、社会的なすべての活動に重篤な被害を受けています(甲64、甲65)。さらに、私は、甲65の一番下に出てくるように逮捕されたことなどはありませんし、そのようなことはしたこともありませんので、著しい名誉棄損であるとともに、営業妨害であり、政治活動への妨害です。

 このような状況ですから、控訴審では、被害を正しく認定していただき、速やかに判決をいただければ幸いです。

                                          以上

*3:週刊文春名誉毀損訴訟の東京高裁判決全文

| 民主主義・選挙・その他::週刊文春の名誉棄損記事に勝訴 | 10:53 PM | comments (x) | trackback (x) |
2012.12.24 領海侵犯、領空侵犯について
 日本が、領海侵犯や領空侵犯をされても大したことができないというのは、自らの領土を守れる主権国家ではないということで、深刻な事態だ。一方、中国は、尖閣諸島が中国の領土であることを世界に印象付けようとしているのが明らかで、軍の投入も辞さないとしているのに、日本の前政権は、尖閣諸島を国有化しただけで現状維持し、何もしない方針だった。これでは尖閣諸島が日本の領土であることを、世界にアピールできるかどうか疑問であり、ゆでガエルのように、次第に世界の世論も中国の主張どおりになるだろうと、私は思う。従って、私は、日本が実効支配を強化するのは、早い方がよいと考える。

 しかし、自民党の安倍晋三総裁が、尖閣諸島の実効支配を強化するために、現地に公務員を常駐させるとした衆院選公約の実施が、メディア等の「右傾化」といういっせいの批判により、2012年12月22日に、当面先送りする方針に変更されたのは残念だ。

 日本共産党(左の代表)でも、理路整然と「尖閣諸島は日本固有の領土だ」と言っているのに、そこを国有化したり、公務員を常駐させたりするから右傾化と言うのはおかしい。何故なら、それは、日本国民として普通の感性であり、普通の行為であって、右か左かというレッテルを貼ること自体がそぐわないからだ。右か左かというのは、世界で共産主義が盛んだった頃の時代遅れのレッテル貼りであり、今は、そういう時代ではないので、テーマ毎に、両方の意見の人が議論すべきである。

*1:http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2012121502000130.html (東京新聞 2012年12月15日)習指導部「尖閣で対日闘争続行」 外相論文
 十四日付の中国共産党機関紙・人民日報は、楊潔チ(ようけつち)外相の論文を掲載し、日本政府による沖縄県・尖閣諸島の国有化について「決然とした態度で日本との闘いを続ける」と強調した。論文の内容は習近平総書記をはじめとする新指導部の外交方針とされ、尖閣問題をめぐる日中の対立は長期化することが確実になった。楊外相は「わが国の領土の主権と海洋権益は断固として守る」と主張。その上で「われわれは円満な中日関係を望むが、日本政府が釣魚島(尖閣諸島)を不法に購入した問題に関しては闘い続ける」と断言した。中国側は十三日、尖閣諸島・魚釣島の南方十五キロの日本領空に国家海洋局所属の航空機を初めて侵入させ、ますます強硬姿勢を強めている。また、海洋局の監視船などが連日のように尖閣諸島の接続水域、領海を侵犯している。

*2:http://sankei.jp.msn.com/politics/news/121219/plc12121905070006-n1.htm (msn産経ニュース 2012.12.19)中国、尖閣など海洋権益で「軍投入の可能性高い」 防衛研報告書 
 防衛省のシンクタンク、防衛研究所は19日付で中国の人民解放軍と政府部門の政策調整に関する「中国安全保障レポート2012」を発表した。沖縄県・尖閣諸島周辺海域や南シナ海に監視船を派遣する国家海洋局などと軍の「連携が進展している」と分析。海洋権益をめぐり、中国は「軍を投入する可能性が高い」と指摘した。同レポートは昨年の「2011」版で、中国の軍事力が東シナ海でも向上すれば「南シナ海で見せている強硬姿勢を取り始める可能性が高い」として、中国海軍の動向を注視する必要性を強調していた。今年は初めて「軍の投入」まで踏み込んで警鐘を鳴らした。レポートは、周辺諸国が中国との係争地域に軍隊を派遣すれば、国家海洋局などが実施している権益擁護活動への支援として「人民解放軍が運用される可能性が高い」と分析。周辺諸国としては「軍が投入される状況も想定した上での対応が必要」と強調している。

*3:http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/340241
(西日本新聞 2012年12月22日) 安倍総裁、尖閣公務員常駐先送り 中国へ特使派遣検討
 自民党の安倍晋三総裁は22日、沖縄・尖閣諸島の実効支配を強化するため現地に公務員を常駐させるとした衆院選公約の実施を、当面先送りする方針を固めた。反発が予想される中国に配慮したためで、政権発足後には特使の派遣も検討する。対中柔軟姿勢で、尖閣国有化をめぐり悪化した日中関係の改善に取り組む意向だ。ただ「竹島の日」式典の政府主催見送りに続く後退で、保守層から公約違反との指摘も出そうだ。安倍氏は22日午前、訪問先の山口県長門市で記者団に「日中関係は極めて重要な2国間関係の一つだ。戦略的互恵関係の原点に戻れるように努力していきたい」と強調。

| 外交・防衛::2010.10~2012.12 | 04:06 PM | comments (x) | trackback (x) |
2012.12.23 玄海原発訴訟について
 「原発なくそう!九州玄海訴訟」が佐賀地裁に起こされた。原告団長は、佐賀大学の長谷川照前学長(73)で、京都大学出身の理学博士であり、筋の通った立派な方だ。また、私は、佐賀医大の学長だった方から、「佐賀医大に入院する患者で、原発の近くの地域の人に、特定の疾患が多いですよ」と言われたことがある。

 そのため、私は、*2のような立派な原告団で真正面から格調高く、「憲法が保障する生存権・人格権の侵害」として提訴したことはすごいことで、是非、勝って欲しいと思っている。原発の環境問題という側面からは、世界の原発を止める一歩となって欲しい。

 *1のように、原告団は、福島第1原発事故によって「安全神話は虚偽だった」とし、玄海原発は、一旦、事故が起これば偏西風によって日本列島を広く汚染する可能性が高いため、玄海原発の稼働は「憲法が保障する生存権や人格権を侵害している」として提訴しており、原発の設置・稼働は、国の原子力行政に基づくとして、被告に国も加えているそうだ。応援できる方は、応援して下さい。

*1:http://www.saga-s.co.jp/news/genkai_pluthermal.0.2357761.article.html
(佐賀新聞 2012年12月21日) 全都道府県から5千人超 玄海原発停止訴訟
 佐賀など41都道府県の4923人が、国と九州電力に玄海原発全4基(東松浦郡玄海町)の操業停止を求めている訴訟で、新たに570人が20日、佐賀地裁に提訴した。提訴は第5次。これまで空白だった福井や青森など6県からも加わり、原告は全都道府県の5493人となった。
 提訴行動には、原告と弁護団ら約30人が参加。提訴後の集会で弁護団幹事長の東島浩幸弁護士は「全都道府県から原告が参加したことで、各地の原発を止める運動にも広がりが期待できる」と話した。訴状では、昨年の福島第1原発の事故で4基が制御不能となり「安全神話は虚偽」と主張。玄海原発の操業が、憲法が保障する人格権や生存権を侵害するとしている。
 次回の口頭弁論は3月22日に開かれる。

*2:http://yaplog.jp/10000saiban/archive/2
 私たちは『玄海原発』を廃止するために裁判を起こします。あなたも裁判に参加しませんか?
東京電力福島第一原子力発電所の事故は、未曾有の放射能汚染を引き起こし、原発周辺地域における住民の歴史と文化、生活を奪い去り、日本列島や周辺国の人々や環境に対しても深刻な犠牲を強いています。3.11以降の経過は、原発事故が地震や津波のような天災ではなく人災にほかならないこと、原子力発電システムの「安全神話」は虚構であり、人々が安全かつ平穏に生活する権利を蹂躙するものであること、原子力エネルギーを技術的にコントロールできるという考えは「幻想」であり、原子力エネルギーは「荒廃と犠牲」そして破局への道であることを教えてくれました。
 ところが、人災としての原発事故の徹底した原因究明や、多数の原発を立地してきた国や電力会社等の責任を解明する作業も行わないままに、原発の再稼働を進める動きが始まっています。しかし、地震列島 日本に原発は危険すぎます。日本にある全ての原発を廃止して、再生可能なエネルギーにより安全で安心して暮らせる社会を子孫に残すことは、私たちの責任だと思います。
 私たちは、全国で始まっている『原発ゼロ』を目指す運動と連帯し、その一環として、最初に私たちの地元に立地している『玄海原子力発電所』を廃止する裁判に取り組みます。裁判では「安全神話」を振りかざして人倫に反する原発政策を推進してきた国と電力会社の責任を徹底的に解明したいと考えています。私たちと共に裁判に参加したいとお考えの方は、下記連絡先に 郵便・FAX・メールにて資料をご請求ください。皆さんのお力をお貸しください。

 呼びかけ人<順不同/敬称略>
 長谷川照(佐賀大学学長・原子核理論学)、半田 駿(佐賀大学教授・地球物理学)、豊島耕一(佐賀大学教授)、三好栄作(九州大学名誉教授・理論化学)、森 正明(元九州大学教授・臨床薬学)、上原周三(九州大学名誉教授・放射線医学)、岡本良治(九州工業大学名誉教授・原子核物理学)、石川捷治(久留米大学教授・政治学)、戸田 清(長崎大学教授・環境社会学)、原田正純(元熊本学園大学教授・医師)、花田昌宣(熊本学園大学教授・水俣学)、宮本憲一(元滋賀大学学長・環境経済学)、東島浩幸(元佐賀県弁護士会会長)、池永 満(元福岡県弁護士会会長)、原 章夫(元長崎県弁護士会会長)、三藤省三(元熊本県弁護士会会長)、清源善二郎(元大分県弁護士会会長)、松田公利(元宮崎県弁護士会会長)、森 雅美(元鹿児島県弁護士会会長)

 <資料請求先>
 〒838-0068
 福岡県朝倉市甘木1193-1
 弁護士法人 奔流法律事務所 朝倉オフィス 気付
 原発なくそう!九州玄海訴訟準備会(仮)
 TEL 0946-23-9933
 FAX 0946-21-5100
 E-MAIL:no-genpatsu@bengoshi-honryu.com

 〒840-0825 佐賀市中央本町1-10ニュー寺元ビル3階
 佐賀中央法律事務所
 TEL 0952-25-3121
 FAX 0952-25-3123

| 原発::2012.10~12 | 05:13 PM | comments (x) | trackback (x) |
2012.12.21 「文書掲示」や「文書頒布」を著しく制限している公職選挙法の方がおかしいので、これを改善すべきである。なぜなら、それでは、有権者には、どういう人が立候補しているかもわからず、本当の民主主義にならないからだ。
 ターゲットにされ、選挙違反にされては危なくてたまったものではないため、私は、今回、小選挙区では立候補しないという選択をした。そのため、さらに堂々と批判しよう。

 そもそも、*1のように、「文書掲示」や「文書頒布」を著しく制限し、選挙期間中は選挙運動をしてはならないと言わんばかりの公職選挙法になっているのは、候補者の考え方や人となりを有権者に知らせる機会を著しく奪っているため、本当の民主主義を作るためにマイナスである。なぜなら、有名でなく前職でもない候補は、名前すら有権者に覚えてもらう機会を奪われ、かつ、憲法で保障された「言論の自由」や「表現の自由」を侵害されているからである。

 特に、*2の「維新の会」の場合は、候補者が落下傘で選挙区を決められ、準備期間もあまりなかったため、無償で活動してくれ、かつ頼りになるボランティアを集めることはできなかっただろうと思うが、そういう人が運動員を有償で雇うのは仕方がないし、運動員への報酬支払いは、現在の公職選挙法でも上限を設けて認められている。それでも、「維新の会」の運動員が相次いで選挙違反で挙げられているのは、「維新の会」の勢力拡大を抑えたい勢力が、ターゲットにしているからだろう。

 これに対し、維新の会幹事長の松井一郎大阪府知事が、「本人が知ろうが知るまいが、候補者の責任になる」として、違法行為が確認できれば除名処分とする方針を明言した等というのは、国会議員選挙における公職選挙法の運用をよく知らなかったからではないだろうか?そもそも、公職選挙法違反で罪にならない場合でも党として処分するというのは法治国家の政党とは言えないし、公職選挙法違反で罪になるとされた場合でも、無理やりこじつけられていることがあるのは、どの党の、どういう候補者が公職選挙法違反に当たるとして逮捕されてきたかの統計をとれば歴然として明らかである。そのような捜査に巻き込まれた時に候補者を守れず、とかげのしっぽ切りのようなことをするような政党なら、候補者はそのような党からは立候補すべきではないということになり、よい人材は集まらなくなるだろう。

 従って、国会議員は、本当の民主主義を機能させるために、まず変な公職選挙法規定の見直しと改正も優先順位を高くして行うべきである。

*1:http://article.okinawatimes.co.jp/article/2012-12-15_42803
(沖縄タイムス 2012年12月15日) 選挙違反、逮捕9人警告2645件
 警察庁は15日、衆院選投票2日前(14日現在)の選挙違反取り締まり状況を発表した。ポスターを破ったり演説を妨害したりした公選法の「自由妨害」で9件を摘発し、9人を逮捕。文書掲示などで2645件の警告を出した。うち30件はネットを利用して支持や投票を呼び掛けた文書頒布だった。2009年8月の前回衆院選と比べると、摘発件数は10件、逮捕者は11人の減少。警告も467件減っている。警告の内訳は「文書掲示」が2291件で前回から506件減少し、「文書頒布」は264件で41件増加。

*2:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121221-00000544-san-pol
(産経新聞 12月21日) 維新またブレた 運動員相次ぐ選挙違反…松井幹事長トーンダウン
 16日投開票の衆院選で大阪7区から立候補し、比例で復活当選した日本維新の会公認の上西小百合氏(29)陣営の運動員が公選法違反(現金買収)容疑で逮捕されたことについて、維新幹事長の松井一郎大阪府知事は21日、「候補者本人に連座制が適用されれば即除名する」と述べた。府庁で記者団の取材に応じた。
■当選議員だから擁護? 当初は「把握してなくても除名」
 松井氏は、京都1区から立候補し落選した元府議の田坂幾太氏(60)陣営の運動員が同法違反(買収約束)容疑で逮捕された後の19日には「本人が知ろうが知るまいが、候補者の責任になる」として、違法行為が確認できれば除名処分とする方針を明言。しかし今回、「連座制が適用されれば」との前提条件を加えた格好でトーンダウンしたともいえる。
 松井氏は今回の事件について「(逮捕される)そういう人が陣営に入っていただけでも残念だが、ボランティア全員の活動をチェックするのは難しい。(ほかの陣営が)悪意のある人を送り込むこともできる」と指摘。陣営を支えた大阪維新の会府議らを通じ、上西氏本人の関与について調査する意向を示した。一方で「選挙違反は絶対にやるなと指導し、その怖さも教えてきた」と語り、「そういう人を陣営に入れた道義的責任はある」とも付け加えた。

| 民主主義・選挙・その他::警察が勝手な拡大解釈を行った運動員の逮捕事件 | 09:40 PM | comments (x) | trackback (x) |
2012.12.18 年金制度改革について
     
        1930年、1950年、1970年、2000年の人口ピラミッド

 *1で述べられているように、わが国の公的年金制度は、1961年に完全積立方式でスタートし、初めは年金掛金を自分の老後のために積み立てていたのだが、年金資産の不足から給付改定の都度、なし崩し的に賦課方式の考えをとり入れた修正積立方式となり、いつのまにか現役世代が高齢者を支えるという賦課方式に変更されたものである。そして、1986年度から、それまでは積立が必要だったサラリーマンの専業主婦が、3号被保険者として年金掛金を免除された。

 そのため、現在、日本の公的年金は修正積立方式で、賦課方式と積立方式の中間に位置する方式と言える。この場合、人口構造の変化という環境下で、どのような影響が出るかをまとめると、以下のとおりだ。(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/1550.html参照)
① 1950年の人口ピラミッドを見ればわかるとおり、わが国は、第二次世界大戦が終わってすぐベビー
  ブームとなり、その頃は、子どもの数は4~5人が普通であり、衛生環境、栄養の改善、医学の進歩
  ・普及等があって、前よりも乳児死亡率が低下したため、一学年の子ども数が増えて団塊の世代と
  言われる層ができた。
② その後、国が子どもの数を2人とする家族計画を普及させたため、次第に一学年の人口が減ってい
  る状況が1970年の人口ピラミッドで読める。また、1970年と2000年の人口ピラミッドに現われて
  いる下の出っ張りは、団塊の世代の子どもたちである。そして、戦後、女性の高学歴化や社会進出
  が進んだ一方で、子育てのインフラは不十分であったため、合計特殊出生率は、1975年の2.0から
  2011年の1.39まで漸減している。
③ つまり1985年の人口ピラミッドを見れば、少子高齢化する現在の状況は十分に見通せた筈なのだ
  が、厚生労働省は、ここで年金を修正賦課方式に変更した上、サラリーマンの専業主婦を3号被保
  険者として年金掛金を免除した。この1985年は、最初の男女雇用機会均等法が成立した年である。
④ そして、現在の人口ピラミッドでは、団塊の世代が年金掛金を支払う側から、受け取る側になりつつ
  あり、65歳以上の人口が増加して、15~64歳までの生産年齢人口が相対的に減少している。そし
  て、1999年では、一人の高齢者を65歳未満の国民5人で支えていたが、2015年には一人の高齢
  者を3人で支えなければならず、その結果、年金掛金は大幅アップ(厚生年金の保険料率は、現在
  従業員の月給の17.35%だが、2025年には34.3%)しなければ現在の給付金を維持できないと
  言われている。しかし、これは、1985年の段階で明らかに予測できた合計特殊出生率の低下や
  将来の人口構成の原因を考えずに政治を行ってきた「失政のつけ」なのである。
⑤つまり、保育所、学童保育、家事サービスなど、女性が社会で仕事をするにあたって必要なインフラ
  の整備がなされなかったため、女性にとっての出産・子育ては仕事を中断して生涯所得を大きく減
  らす原因となり、戦後のベビーブームという特別な事情の収束以上に、少子化が進んだのである。
  この結果、保険料の支払いと年金給付の受取総額に世代間較差が広がると言われているが、悪い
  のは原因分析をして正しい政策を作るということをしなかった失政であり、年金給付を受ける世代
  ではない。

 そのため、一般に言われているように、年金給付を減らして掛金を増やすという“痛みを伴う改革”をすることが解決法かというと、決してそうではない。なぜなら、こうなった原因をきちんと分析して、その原因を無くし、無くせないものについては解決案を出すという当然のことをせず、“痛みだけがあって改善のない算術的な変更”をしても、今後とも規模を拡大して同じ失政が続くだけだからである。つまり、負担増と給付減しか思いつかない人には、改善はおろか、改革など、とてもできないということだ。

(1)年金積立金にマイナスの影響を及ぼしたものは何か
①年金積立金の運用差損
  運用利率の前提は5.5%であったが、不景気と景気回復目的の金融政策により市場金利が低かっ
 たため、平成22年度の実際の運用実績は、マイナス0.26%であり、年金積立金の自主運用開始(平
 成13年度)からの平均では、1.57%となっている。つまり、運用利率の実績は、前提を大きく下回らざ
 るを得ない状況だったのである。
②運用の失敗
  運用益を上げることを目的として年金資産を運用したのではなく、このブログの2012年4月4日及び
 5月5日に記載したとおり、他の目的で運用したため運用損が大きかったのだが、少なくとも元本を
 維持しなければならない年金資産についてこのような運用をするのは、御法度である。
③運用・管理における無責任な意識
  「年金掛金の徴収漏れ」、*2のような「消えた年金」、「年金積立金の年金原資以外への流用」等
 が多発したように、当然の徴収行動や資産の運用・管理をしていない無責任さがあった。
④わが国におけるあるべき年金積立金の計算方法の未熟と年金給付以外への支出
  わが国では、*3の退職給付会計と同じ方法で年金債務を正確に認識し、必要な積立金を計算し
 て足りない分を認識するということがなかったため、入ってきたキャッシュを湯水のように使い、年金
 資金とするべき収入で高額な固定資産を購入し、利益を上げられずに二束三文で売却するなど、年
 金給付以外へのロスが大きかった。それによって潤ったのは誰かについても、忘れてはならない。

(2)わが国の年金制度が不備だった世代への配慮
 1961年に完全積立方式でスタートし、人々が自分の老後のために掛金を積み立てていた時代に積立てなかった人や積立金額の低い人への配慮は必要である。なぜなら、その人たちにとって、すさまじい勢いで進んだ核家族化や物価上昇は想定外だっただろうし、自分の親は年金に頼らずに世話をしただろうし、わが国の年金制度も未成熟だったからである。この人たちへは、むしろ0階を作って最低保証年金を支給すべきだと、私は思っている。

(3)積立方式への移行
 私は、すべての世代が公平・公正な負担と給付になるためには、人口構成に関わらず、自分たちの世代が掛けた金額に見合った給付を受けられる積立方式に戻るのがよいと考える。そして、日本の公的年金制度は、最初は完全な積立方式であったものが、年金資産の不足から給付改定の都度、賦課方式の考えを入れ、現在、修正積立方式と呼ばれているものになったのであるから、賦課方式へぶれた部分をもとの積立方式に戻すだけのことである。そのためには、(1)の①~④の原因を取り除き、*3の退職給付会計(これに物価上昇率も考慮する必要があろう)と同様の方法で年金債務残高を正確に認識し、必要な積立金を計算して不足分は国債を発行し、50年くらいで返済すべきである。なぜなら、人口構成の変化や年金資金の不足は国民の責任ではなく、厚生労働省とそれを指示・監督すべきだった政治の先見性のなさに起因するものだからである。そのため、今後は、年金にも公認会計士の外部監査を導入し、掛金の徴収、運用、年金の支払い、積立金の金額についてチェックさせるべきである。

(4)人口構造の変化や長寿命化への対応
 人口構造の変化や長寿命化によって生じた人口ピラミッドのいびつさを無くすことはできないが、①失業を無くす ②女性が働きやすい環境を作り、女性を正規の労働力に組み込む ③外国人労働者を雇用する ④ロボットなどの先端技術で生産性を上げる ⑤正規労働者が当たり前の、皆が年金掛け金を支払う社会を作る ⑥国民年金にも所得比例部分を作る ⑦健康寿命が延びた分は、生産年齢人口に加える など、保険料を支払う裾野を広げる方法は多い。

 それにもかかわらず、老人と若者を対立軸として、「消費税を上げるのが責任ある政治だ。」「決断できる政治を」などと言っているのは、何でもいいから消費税を上げることが目的の議論にすぎない。

*1:http://diamond.jp/articles/-/9355 (積立方式で始まったはずの年金制度は、なぜ途中から賦課方式と説明されるようになったのか?)
(ポイント)「年金の問題は、人口構造の変化に起因する部分がきわめて大きい」と言われる。日本の人口構造が大きな問題を抱えているのは、間違いない事実である。高齢者が増加する半面で若年者が減少するから、年金収支の悪化は、避けることができない。マクロ経済スライドも、この問題への対処として考えられている。ところで、年金をめぐる議論は、「人口高齢化が進めば年金財政は悪化する」ということを自明の理として受け入れている。そして、「人口高齢化は現実に進行しているのだから、これに対して保険料引き上げや給付の削減などの措置がなされるのはやむを得ない」と考えられている。
 しかし、積立方式ならば高齢化は年金の問題を引き起こさない。つまり、「人口高齢化が進めば年金財政は悪化する」というのは、自明の理ではない。なぜなら、年金の財政方式としては、「積立方式」と「賦課方式」がある。「積立方式」は、若い現役時代に納付した保険料を積み立て、運用益も加えた額を老後に年金として給付する仕組みである。私的年金の場合には各個人ごとに収支が均衡化するように保険料と年金額が設定されるが、公的年金の場合には、ある年齢階層(あるいは数年間の年齢階層)で収支が均衡するように制度が設計される。これに対し、「賦課方式」は、現在働いている現役の人から保険料を徴収し、現在の高齢者に年金を給付する仕組みである。各年度(あるいは数年間)で収支が均衡するように制度が設計され、人口高齢化を引き起こす原因としては、平均余命の伸長と少子化(出生率の低下)がある。

*2:http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012120902000101.html
(東京新聞 2012年12月9日) 未解明なお2222万件 「消えた年金」衆院選で埋没
 旧社会保険庁のずさんな管理で「消えた」年金記録五千九十五万件のうち、四割超の二千二百二十二万件がなお持ち主不明となっている。政府はこれまでに三千五百六十九億円を対策費に投入したが、全面解決のめどが立たないまま暗礁に乗り上げており、衆院選後の政治情勢によっては取り組みがあいまいになる可能性もある。保険料を納めたのに本人の記録に結び付いていない五千九十五万件の存在が発覚したのは二〇〇七年。同年の参院選で当時の安倍政権は大敗を喫し、民主党はその勢いのまま〇九年衆院選で政権交代を果たした。
 民主党政権は記録回復を「国家プロジェクト」と位置付けて作業に取り掛かったものの、今年九月時点で解明できたのは六割弱の二千八百七十三万件止まり。うち千六百六十六万件(千三百九万人分)が基礎年金番号に統合済み、千二百七万件は死亡者などの記録と判明した。ただ解明分の多くは国民の関心が高かった〇八年前後に集中、ここ数年はペースが鈍っている。残りの四割超は、日本年金機構が記録確認のために受給者・加入者に送った「ねんきん特別便」で呼び掛けても回答がなかった九百二十四万件や、持ち主の手掛かりさえつかめない九百六十二万件などで、解明は容易ではない。一〇年秋からはコンピューター上の記録と、その「原簿」に当たる手書きの紙台帳の全件照合を進めているが、費用対効果の観点から見直しを求める声が上がっている。
 年金機構は来年一月末、インターネットで自分の記録を調査できる「ねんきんネット」を活用した記録確認キャンペーンを始める。だが持ち主自身が自主的に記録を探す仕組みのため、全件解明につながるのかは疑問だ。新政権は年金記録問題を引き継ぐことになるが、衆院選では原発や消費税増税、環太平洋連携協定(TPP)など他の課題に押されて争点にならず、完全に埋没した格好になっている。年金記録に詳しい社会保険労務士は「残った記録の多くは手掛かりになる情報が不完全。記録問題への関心も低下し、解決は難しい。どこかで見切りをつけるべきだ」と指摘。与野党内にも収拾策を練るべきだとの意見があるが、現在も月数万件単位で記録が回復しており、幕引きが難しい。

*3:http://diamond.jp/articles/-/8680 (企業の退職給付会計)
 会計ビッグバンで、2000年4月以降に始まる年度から退職給付会計が導入された。これは、将来、退職する従業員に支払わなくてはならない退職給付(退職一時金・企業年金)額を、その費用を発生した期に正確に把握して積み立てるための会計処理である。IFRS(国際会計基準)では前から行われていたが、日本では、民間企業で2000年4月以降に始まる年度から始まったわけである。

*4:http://www.hokkaido-np.co.jp/news/dogai/427805.html
(北海道新聞 12月17日) 年金免除が過去最多の438万人 11年実態調査、震災が影響
 厚生労働省は17日、国民年金の加入者1737万1千人のうち、収入が低いために保険料納付の全額免除か猶予を申請して認められた人が、2011年3月末時点で過去最多の438万5千人に上ったとの実態調査結果を発表した。加入者の25%に相当し、08年の前回から26万3千人増加。東日本大震災で被災した人の申請が多かったことが影響した。全額免除が24万6千人増の229万人のほか、「学生納付特例」の納付猶予が171万4千人、20代の低所得者の支払いを猶予する「若年者納付猶予」が38万1千人だった。将来的に低年金になる恐れがあるとして厚労省は追納を呼び掛けている。

| 年金・社会保障::2012.4~2013.7 | 09:38 AM | comments (x) | trackback (x) |
2012.12.17 高レベル放射性廃棄物の最終処分場について
 誰が政権をとろうと、生物に有害で、環境を破壊する事故を引き起こし、高コストの原子力発電を行う必要がないことは明らかである。しかし、今まで原子力発電を行ってきたことで、すでに使用済核燃料や廃炉時に出る高レベル放射性廃棄物は大量に溜まってしまっているため、高レベル放射性廃棄物最終処分場の問題は重要だ。

 まず、*1に書いてあるように、日本では、(私の提案により)高レベル放射性廃棄物を地下数百メートルの安定した地層に埋める政策を採るとしてきたが、これは、放射性廃棄物を完全に人間界と環境から隔絶して保管し続けることが目的であった。しかし、それでも、最終処分地の公募に応じる自治体はなかったし、まれに首長が手を上げると住民からリコールされた事実がある。

 これに対し、日本学術会議が「総量管理」として、高レベル放射性廃棄物の総量に上限を設けたり、増加分を厳格に抑制したりする概念を出したそうだが、放射性廃棄物は、総量が多い時のみ、又は、増加分だけが生物に害を及ぼすわけではないため、これは論理的まやかしだ。日本学術会議というのは、いつものとおり適格性を欠く専門家の集まりではないのかと思ってしまう。さらに、「暫定保管」は、取り出し可能な状態で数十~数百年間保管するという考え方だそうだが、ゴミに、どれだけ膨大な費用をかけて保管・管理し続けると言うのか。この保管・管理料も税金から支払うのだから、これ以上、現在及び将来の世代に、原発で膨大な負担を残すのはやめることこそ、未来に責任ある政治だ。

 また、*2、*3のように、国有林だから交渉がいらないとばかりに、水源近くや地下水に触れる場所で高レベル放射性廃棄物を保管しようと考えるとは、環境省に不信任を突き付けざるを得ない。どういうセンスをしているのだろうか?候補地に選ばれた高萩市、矢板市、近隣のさくら市、塩谷市、高根沢市の心配は当然であり、風評被害ではなく実害があるため、市民は頑張って欲しい。

 では、高レベル放射性廃棄物の最終処分は、どうすればよいのか? わが国のような地震国で温暖な場所では、高レベル放射性廃棄物を地下数百メートルの安定した地層に埋めても、地下水に触れる危険性があり、10万年先にはどうなっているかわからない上、高コストであるなら、適地は国内には見つからないので、10万年以上地殻変動がなく、地下水は凍っていて流れない、永久凍土のシベリアででも、生物界から完全に遮断して地層処分させてもらうほかないだろう。それには、防衛上の配慮も必要だが。

 しかし、そもそも、放射性物質の扱いにここまで無頓着な人々が、高レベル放射性廃棄物の最終処分の見通しもなく、安易な発想で放射性物質を扱う判断をしてきたこと自体、子どもの火遊びか無免許運転と同じレベルだと、私は言いたい。

*1:http://mainichi.jp/opinion/news/20121105k0000m070103000c.html
(毎日新聞社説 2012年11月5日) 放射性廃棄物 処分政策に向き合う時
 原発から出る高レベル放射性廃棄物をどこに処分するか。これまで延々と先送りしてきたテーマである。しかし、福島第1原発の事故を経て、もはや目をつぶり続けるわけにいかないことが浮き彫りになった。政府は9月中旬に公表したエネルギー・環境戦略で、30年代に原発ゼロをめざしつつ、使用済み核燃料の再処理路線も維持するという矛盾した政策を打ち出した。これに対し、私たちは再処理をやめるべきだと主張してきた。ただし、再処理をしようとしまいと、原発を動かす限り高レベル放射性廃棄物は出続ける。原発を止めても、すでに存在する高レベル放射性廃棄物を処分しなくてはならない。本来、これを真剣に検討しなければ原発政策も決められないはずだ。日本では高レベル放射性廃棄物を地下数百メートルの安定した地層に埋める政策を採用してきた。しかし、放射能のレベルが十分に下がるまで数万年かかり、安全に管理できるのか不安に思う人は多い。原子力発電環境整備機構(NUMO)が最終処分地を公募しているが、応じた自治体はない。NUMOの側にも真剣さが感じられない。
 こうした行き詰まりに対応するひとつの方策として参考になるのが、日本学術会議が提案する「総量管理」と「暫定保管」だ。「総量管理」は、高レベル放射性廃棄物の総量に上限を設けたり、増加分を厳格に抑制したりすることを意味する。増え続ける廃棄物に目を背けたまま、全国54基もの原発を稼働させてきた問題を思えば、この考え方を導入する意味は大きい。政府が、「30年代に原発ゼロをめざす」政策を誠実に進めて行く気があるなら、廃棄物の側からもその覚悟を示すべきだ。それが、「口先だけではないか」という国民の不信をぬぐうことにもつながる。「暫定保管」は、取り出しが可能な状態で数十〜数百年間保管するという考え方だ。ある種のモラトリアムで、結局は問題の先送りに過ぎないとの批判はあるだろう。一方で、従来の地層処分が本当に妥当なのか、廃棄物処分の技術的発展が今後ありうるかを真剣に検討する猶予期間と考えることもできる。ただし、その場合には、国民一人一人が自分の問題として継続的に考えていくための工夫が必要になる。学術会議は、これまでの原発政策が電力を消費する「受益圏」と、廃棄物や事故リスクを引き受ける「受苦圏」を生み出してきたと指摘している。「受苦圏」には経済利益を提供することで折り合いをつけてきたが、廃棄物の最終処分問題にはそれを超える知恵が求められている。

*2:http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/20121207/CK2012120702000145.html (東京新聞 2012年12月7日) 「最終処分場 撤回を」 4市町区長会 県と県議会に要望書
 高濃度の放射性廃棄物の最終処分場問題で、候補地に選ばれた矢板市と、近隣のさくら、塩谷、高根沢の計四市町の区長会は六日、白紙撤回を求める要望書を福田富一知事と、県議会の高橋文吉議長宛に提出した。要望書は、候補地周辺が農業用水を供給するダムや湧水が豊富な水源地帯で、処分場施設の劣化により地下水などが汚染される可能性や、推定活断層の存在を指摘。「これらに起因する風評被害は、それぞれの懸念が複雑相互に絡み合い、今までより大きなものとなることは必至」と主張している。四つの区長会の役員八人が県庁を訪れ、石崎均環境森林部長と高橋議長に文書を手渡した。矢板市区長会の江部和栄会長は「難しい問題だが、未来を担う子どもたちのためにも白紙撤回をお願いしたい」と話した。 

*3:http://ibarakinews.jp/news/news.php?f_jun=13555831079518  (茨城新聞 2012年12月16日)  高萩の最終処分場問題 白紙撤回求め市民ら2000人、総決起集会
 放射性物質を含む「指定廃棄物」の最終処分場として高萩市の国有林が選定された問題で、市民団体「指定廃棄物最終処分場候補地の白紙撤回を求める高萩市民同盟」(鈴木直登会長)の総決起集会が15日、高萩市の市庁舎跡地で開かれ、市民ら約2千人(主催者発表)が参加し、「最終処分場は永久に安全が確保できない。知恵と行動で候補地の白紙撤回を」などと気勢を上げた。
 市民同盟の鈴木会長は「ダムの上流であること、最終処分場であること、子どもたちの未来を確保するため」の3項目を反対理由に掲げ、計画の白紙撤回に向けた協力を呼び掛けた。次世代の代表として登壇した同市立中2年の女子生徒(14)は「自然を破壊して処分場を建設すれば農業も破綻してしまう。処分場は要らない」。県立高1年の女子生徒(16)は「放射能は次世代に大きな影響を残す。私たちの未来を消さないでください」と涙ながらに訴えた。
草間吉夫高萩市長は「7万人以上の反対署名が集まったことを誇りに思う。国に白紙撤回を求め、ゼロからのスタートを要望する」と強調した。集会には、同じく候補地となった栃木県矢板市の遠藤忠市長や「矢板市民同盟会」(小野崎俊行会長)のメンバーら約200人も駆け付けた。遠藤市長は「環境省の選定方法は全く拙速、稚拙で、人の命や生活環境を守ることを無視している」と述べた。最後に、参加者全員で「白紙撤回」と書かれた紙を掲げながら「頑張ろう」を三唱し、結束して闘うことを確認した。高萩市、矢板市などは26日の新内閣発足を受け、27日に環境省へ白紙撤回の要望書を提出する予定。

| 原発::2012.10~12 | 11:44 AM | comments (x) | trackback (x) |
2012.12.17 小沢一郎代議士が無罪でもメディアの謝罪報道がなかったことに呆れたとともに、メディアのさらなる排除運動に抗議する。 ← これで、まともな民主主義ができるわけがないから。
 *2に書かれているとおり、小沢一郎代議士の事件は、メディアが憲法21条に定められている表現の自由を、憲法1条の主権在民や憲法11条の基本的人権の尊重を害して乱用してはならないという悪い事例として、法学・政治学・メディア学の歴史に残すべきだと、私は思っている。なぜなら、起訴された(推定無罪)だけで、あれだけ有罪であるかのように繰り返し報道し、小沢氏が首相になる機会を奪った上、民主党を分裂させ、日本の政治に大きな影響を与えたにもかかわらず、無罪判決が出た後は、殆ど無視してその総括をせずに、メディアには居直りとさらなる排除の論理が散見されるからである。

 この小沢事件は、2009年3月から始まり、検察審査会を通じた強制起訴による小沢裁判という形で3年半も続き、メディアによる「小沢氏=黒」の印象操作で、国民が選択した民主党政権を機能させずに分裂させたのだから、小沢代議士に対する東京高裁の無罪判決確定後は、メディアは、誤った報道を繰り返して国民を欺き民主主義を機能させなかったこと、及び、小沢代議士に対して人権侵害を与えたことに対して謝罪した上で、原因分析をして二度と同じことを起こさないようにすべきだった。

 なお、公認会計士であり、職務分掌を明確に行っており、買収する気など毛頭なかった真っ白の私でさえ、2009年8月の総選挙では、アルバイトの人にビラ配りをさせて日当を支払ったのは「買収(?!)」だなどと言って捜査され、それを新聞・テレビでしつこく報道された結果、GoogleやYahooに、そのような悪い印象の記事や検索結果が並んで掲載され、「広津素子=黒か悪か馬鹿」のイメージをつけられているが、これも、私の人格とは正反対の印象操作をされている人格権の侵害である。

 ちなみに、私自身は、*1の政治資金規正法改正案の骨格を出した人間であり、自分の収支報告書、会計帳簿、領収書等等については、きちんと会計処理を行った上、あらぬ疑いをかけられないよう、法定監査が始まる前で衆議院議員になったばかりの2005年(平成17年)分から公認会計士に任意監査を受けていたくらいなのである。そして、*1については、国会議員に関係する政治団体のみに限ったのは変であり、税金を投入されている団体は、すべて正規の公認会計士監査を受けるのが筋だ。

 つまり、「政治と金」に関する問題も、法律を作って時々刻々と前進しているにもかかわらず、まともな政治家に変な言いがかりをつけて民衆をミスリードすること自体、その関係者の指摘がワンパターンで勉強不足であることの証である。もっと時流に沿った正確な問題点の把握と指摘をすべきだ。

*1:http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/naruhodo01_1.html
(ポイント)平成19年12月、与野党合わせて6つの政党による協議の末、政治資金規正法の改正案が議員立法として提案され、成立した。この改正は、国会議員に関係する政治団体について、政治資金の収支報告が適正に行われること、及び政治資金の透明性を向上させることを目的としたものである。
■登録政治資金監査人による政治資金監査(平成21年分の収支報告書から)
 収支報告書を提出するときは、その支出に関し、あらかじめ、収支報告書、会計帳簿、領収書等などについて、政治資金適正化委員会が行う研修を修了した登録政治資金監査人(政治資金適正化委員会の登録を受けた弁護士、公認会計士、税理士)による政治資金監査を受けなければならない。また、国会議員関係政治団体の会計責任者は、収支報告書の提出に併せて、登録政治資金監査人が作成した政治資金監査報告書を提出しなければならない。

*2:http://www.news-pj.net/npj/kimura/039.html
「時代の奔流を見据えて・・・危機の時代の平和学」
(NPJ通信 2012.11.14 17) 木村 朗 (鹿児島大学教員、平和学専攻)
 権力の暴走とメディアの加担-小沢問題の意味を問う
昨日(2012年11月12日)、検察審査会での2度の起訴相当決議に基づく強制起訴による小沢一郎衆議院議員(「国民の生活が第一」 初代党首・元民主党代表)に対する裁判で東京高裁(小川正持裁判長)は、あらためて無罪判決を言い渡しました。この小沢裁判は、検察審査会での2度の 「起訴相当」決議に基づく強制起訴によって始まりました。そして、東京地裁での1審判決で無罪判決が出たにもにもかかわらず、検察官役を務める指定弁護士による強引な控訴(この控訴自体が法的根拠を欠くとの指摘あり!)によって引き続き行われていたものです。今年9月26日に開かれた控訴審の初公判で、指定弁護士が務める検察側が申請した 「新証拠」 「証人」 がすべて却下されて1日(わずか1時間程度!)で結審したことから、控訴審判決でも無罪判決となる可能性が高いとみなされてその結果が注目されていたところです。そうした流れからすれば、今回の無罪判決自体は予想通りであり、弘中惇一郎氏弁護士が 「思った以上の判決!」 と本判決を高く評価されたのも納得できるところです。
 ただ、私が異常だと思うのは、ほとんど完全無視状態ともいえるテレビ報道の少なさ、新聞各紙の社説での居直り、いまだに政治責任・説明責任・国会証人喚問に固執する野党議員(自民党や公明党だけでなく、共産党なども含む)の姿、民主党現執行部・議員の頬被り、沈黙を続ける弁護士・法学者などの法律家や、平気で無責任な発言を繰り返してきたコメンテーター・専門家の姿勢などです。なぜならば、いま本当に責任を問われなければならないのは、(国家権力を悪用した政治家・官僚・検察官・裁判官だけでなく)他ならぬそうした主張・姿勢をしている人々ではないかと考えるからです。一体そうした人々は、本来ならば日本の総理大臣となるべきであった小沢一郎氏が2度にわたってその機会を奪われ、小沢氏個人だけでなく、日本の政治と日本社会の方向性に取り返しのつかない大きな損失・打撃を与えたことをどのように考えているのでしょうか。
 そもそも、この小沢問題(小沢一郎氏をめぐる「政治とカネの問題」:小沢捜査、小沢事件とも呼ばれる)は、2009年3月の第一ラウンドの西松建設事件から2010年1月の第二ラウンドの陸山会(水谷建設)事件、そして検察審査会を通じた強制起訴による小沢裁判という形で現在まで3年半以上続いてきました。この小沢問題をめぐっては、東京地検特捜部という「史上最強の捜査機関」による、田中角栄氏・金丸信氏という「金権政治家」の流れを継ぐ小沢一郎氏の不正献金疑惑追及という「検察の正義」を前提とする見方が大手マスコミのほとんど一致した論調として毎日のように大量に流され、その流れに乗った形で国会では野党となった自民党などが、この民主党の金権スキャンダル(鳩山由紀夫元首相の政治資金問題を含む)を追及してきたという経緯・背景があります。しかしその一方で、それとはまったく異なる見方、すなわち小沢問題を「検察の正義」を前提として「小沢VS検察」という問題に矮小化するのではなく、「政治とカネの問題」以上に、検察官僚・組織の強権的体質と記者クラブに代表される大手マスコミとの癒着構造が日本の議会制民主主義にとって大きな脅威となっているという、もう一つの世論の流れがインターネット・メディアを中心に提起されてきました。
  評者自身は、すでに2010年3月~4月の時点で後者の視点・立場であることを本NPJ論評において明確にしています。
    ・第二〇回 小沢問題をどう考えるか-検察権力・マスコミ報道との関連で (上)
    ・第二一回 小沢問題をどう考えるか-検察権力・マスコミ報道との関連で (中)
    ・第二二回 小沢問題をどう考えるか-検察権力・マスコミ報道との関連で (下)
 その一連の論評では、冤罪(でっち上げを含む)と報道被害(あるいは情報操作とメディアリテラシ-)という観点から、行政による司法の侵害とメディアの加担、すなわち国家権力(とくに検察権力)による恣意的な権力乱用と、それと一体化・加担したマスメディアによる情報操作・世論誘導による深刻な人権蹂躪がなされていることを明らかにしています。それはまた、そもそもの発端からして、「検察ファッショ」と「メディア・ファシズム」が結合した 「静かな政治クーデター」、すなわち国家権力(とくに検察権力)と大手マスコミが一体化した情報操作・世論誘導によって、 2009年8月の総選挙を通じて成立した鳩山民主党連立政権を打倒する(直接的には2010年夏の参議院選挙で民主党を敗北させる)狙いを秘めた、事実上のクーデターであるとする見方であり、現在でもこうした見方を基本的に変える必要はないというが評者の認識・立場です。
 ここで小沢裁判に話しを戻しますが、上告の理由は重大な判例違反か憲法違反であり、 11月26日の期限までに指定弁護人が上告を行うことはほとんど困難な状況であるとみられます。したがって、今回の判決によって小沢一郎氏の無罪がほぼ確定したといえます。しかし、これによって、2009年3月の西松建設事件以来、3年半ほど続いたいわゆる小沢問題が一応の終結を迎えたわけでは決してありません。なぜなら、この小沢問題で小沢一郎氏を徹底的に糾弾してきた検察・裁判所・指定弁護人・検察審査会に告発した市民といった当事者ばかりでなく、政府(官邸・法務大臣)・民主党反小沢派議員・野党・識者、そしてメディア関係者などの責任が一切問われていないからです。評者がとりわけ酷いと思うのは、今回の小沢裁判(東京高裁二審)での無罪判決に対する大手マスコミの対応です。まず、最初に指摘しておきたいのは、テレビ報道です。(9時のニュースのトップに小沢無罪判決ではなく逗子・ストーカー殺人事件を流した)NHKだけでなく、民放各局もまるで示し合わせたかのようにごく小さな扱いで、控訴審での無罪判決という結果のみを短く報じただけでほとんどコメントを付けないというやり方が多かったように思います。唯一の例外がテレビ朝日の 「報道ステーション」 で、古館伊知郎キャスターがこれまでの報道についての 「反省」 の弁を少しだけ口にし、「非公開」 の検察審査会で浮かび上がった 「民意」 への 「疑問」 を提起していたことが目についたぐらいでした(その古館キャスターはもっと何かコメントを続けようとしたようにも見えたのですが、その途中で急にCMに変えることになったのは何かあったのでしょうか…)。また、新聞の方ですが、なぜか月1回の新聞休刊日と小沢判決の日が重なっていて、当日の朝刊で小沢一郎氏に対する控訴審判決がその日にあることを確認することができなかったのは偶然なのでしょうか。翌日(13日)の新聞各紙の朝刊は、さすがにテレビのように無視・軽視することはできなかったようで、どの新聞も社説とその他の記事で小沢無罪判決を一応報じてはいました。小沢無罪判決はかろうじて一面の片隅におかれていましたが、新聞各紙のその日の紙面のトップは一様に解散・総選挙へという記事一色でした(野田首相が無罪判決当日に “突然” 解散の期日を明らかにし、翌日の新聞各紙の一面がこのようになった理由にも何か隠された意図があるように感じられるのは評者だけでしょうか。石原慎太郎前東京都知事が新党 「太陽の党」 の旗揚げを13日に発表し、総選挙の期日が12月16日の都知事選と期日が重なったというこの間の動きについても同様です)。
 しかし、問題はその報道内容であり、東京新聞や日刊ゲンダイなど一部を除いて、朝日・読売・毎日・日経・産経などの全国紙・中央紙は、ほとんど小沢無罪判決の本当の意味や検察審査会をめぐる検察・最高裁の “闇” に言及することはありませんでした。もちろん、これまでの一連の小沢事件・捜査(西松建設事件、陸山会事件、強制起訴による小沢裁判)をめぐる報道の誤り(国家権力による小沢一郎氏に対する人権蹂躙・人権侵害に加担して報道被害という二次的人権侵害を犯したという “メディアの犯罪”)を、反省・謝罪する姿勢はほとんどみられませんでした。いや、それだけではありません。これまでの誤りに対する自覚と反省が欠如しているだけでなく、そうした批判を無視するかのように完全に居直って、まるで追い打ちをかけるかのように小沢氏に対するさらなる人格攻撃を続けようとする姿勢が顕著にあらわれていたと言えるのではないでしょうか。
 ここで、とくに取り上げておきたいのは、朝日新聞11月13日付の社説です。「小沢氏無罪―政治とカネ、いつまで」 と銘打ったその社説には、これまでの小沢問題についての朝日新聞の異常とも思われる報道姿勢のそのままのかたちで顕著に表れていると思うからです。まず、最初に「追加の証拠調べがなく、結論は予想されていた」 として無罪判決それ自体にあまり意味は無いかのように前置きした上で、その後の 「刑事責任の有無をはなれ、事件は “政治とカネ” をめぐる多くの疑問や不信を招いた」 という小沢事件の "核心“ へと論理を展開しようとしています。また、「金や資産の流れをそのまま明らかにして、国民の不断の監視の下におく」 という政治資金規正法の精神を強調するとともに、「問題となった土地の取引が本来報告すべき年に報告されなかったこと、元秘書が公表を先送りする方針を決め、不動産業者らと調整したこと」 が今回の判決でも認定されとして 「何億円もの動きについて、事実と異なる報告がされていた点に変わりはない」 と結論付けています。
 そして、「捜査や公判を理由に国会での説明から逃げ続け、一審の法廷では“関心は天下国家で、収支報告書は見たこともない”と述べた」ことをあげて、「こうした行いは国民と政治との距離を広げた」と小沢氏を批判しています。しかし、こうした「解説」は、「虚偽記載」の違法性を知ったうえで秘書と「共謀」して「疑惑」のある4億円を人目につかないように隠そうとしたのか、という控訴審の中心的な争点とは直接かかわりのないものです。また1審・2審と続いてきた小沢裁判の中で明らかとなった捜査報告書の「捏造」などの、検察の暴走と検察審を取り仕切る最高裁(事務局)の"闇“には一切触れようとしていない点は実に不可解です。そして、「その自覚と反省を欠いたまま、新しい政党をつくって“第三極”の結集を訴えたとしても、広範な支持を得るのはむずかしいだろう」と小沢氏の最近の政治活動にも「干渉」しようとする姿勢はあまりにも異常であるといわざるを得ません。こうした姿勢は、小沢氏個人に対する名誉毀損と人権侵害であるばかりではなく、公党(「国民の生活が第一」)に対する「選挙妨害行為」以外のなにものでもありません。この社説に見られるような、より本質的な問題から国民(読者)の目をそらさせ、重大な権力犯罪の隠蔽に手を貸すだけでなく、日本の将来にとって大きな影響力をもつ特定の有力政治家を、根拠の薄い「疑惑」で執拗に攻撃し続ける朝日新聞の「異常性」 は、次にご紹介する同じ日に出された東京新聞の社説と比較すればいっそう際立つことになります(朝日新聞の 「劣化」については永田町異聞さんのブログ「メディアは二審無罪までの小沢報道を自ら検証せよ。」を参照)。
 それに対して13日付の東京新聞の社説は、「小沢代表無罪 検察の“闇”を調べよ」と真正面から検察問題をあげており、「小沢氏無罪―政治とカネ、いつまで」と題した朝日新聞との姿勢の違いが一目瞭然です。具体的にその内容をみていくことにします。冒頭から 「問題は検察が市民の強制起訴を意図的に導いた疑いが晴れぬことだ。生ぬるい内部検証では足りず、国会が徹底調査すべきだ」 と検察問題を中心的課題として位置づけるとともに、「そもそも、なぜ小沢氏は強制起訴されたのか」と問題提起をし、「市民による検察審査会の判断」そのものの是非に迫ろうとしています。また、検察が検察審査会による1回目の起訴相当議決をうけて着手した「再捜査の過程で、小沢氏の元秘書石川知裕衆院議員を再聴取したが、作成された捜査報告書はでたらめだった」と重要な事実を指摘しています。そして、捜査報告書には 「“小沢の共謀を推認する積極証拠となりうる” などとも記されていた」ことを明らかにした上で、「本来は不起訴にした説明をする検察が、市民を強制起訴するよう誘導したと、受け止められてもやむを得ない内容だといえる」と結論づけています。さらに、「今年6月に最高検がまとめた報告書では、“(検事の)記憶が混同した”“故意ではなかった”などと結論づけ、市民から告発された検事すべてを不起訴処分にした。かつ、今も報告書をホームページなどで国民に広く知らせていない」などの事実を指摘して、「あまりに身内に甘すぎる調査結果であり、真相はなお“闇”中にあるといえよう」 と最高検の姿勢を強く非難しています。
 そして最後に、「検察が暴走したら、どう食い止めるのか…。根源的な問いも、この事件は投げかけている」と、この社説で評者が最も優れていると思った指摘・問題提起を読者に対して行っているのが注目されます。このような鋭くかつ核心を突いた指摘は他紙に見られないものであり、(最高裁事務局の“闇”への言及がないなどの限界があるとはいえ)日本のジャーナリズム魂もまだここにこうして残っているのだとの確信と、暴走する権力の監視・批判を続ける勇気の重要性を評者にあらためて感じさせてくれるものでした。
 東京新聞の社説以上に、今回の小沢無罪判決の背景と本質に迫っているのが、日刊ゲンダイの判決当日の記事 「検察敗北 小沢裁判控訴棄却 5年越し謀略に決着」です。その記事では、「この国の権力は極度に腐敗している。… “本件控訴を棄却する”と裁判長が告げると、小沢代表は顔色を変えないまま、ゆっくり一礼した。晴れて小沢の無罪が“決まった”わけだが、歴史家はこの日のことを特記すべきだ。これは紛れもない国家犯罪だからだ。“加害者”は司法検察、マスコミ、そして、その裏でいつもチラついていたのが民主党執行部だ。3つの権力が寄ってたかって、小沢一郎という政治家を葬り去ろうとしたのである」とこの小沢裁判の本質を“国家犯罪”と断言する内容は小気味よいといえるほど単純明快でわかりやすく、きわめて大胆で勇気ある指摘であると思います。評者はすべての新聞に目を通したわけではもちろんありませんが、日本の新聞やジャーナリズムもまだ捨てたものではないとあらためて感じさせてもらいました。
 ここで、もう一度小沢問題(小沢事件・捜査)の発端と全容に焦点を当ててみようと思います。すでに述べたように、東京高裁は小沢一郎氏の裁判で、一審東京地裁の無罪判決を支持し、検察官役の指定弁護士の控訴を棄却しました。このこと自体は常識的で妥当な採決であると思います。また、小沢氏の「虚偽記載」の違法性についての認識を否定したばかりでなく、二人の秘書(石川知裕議員と池田光智元秘書)の虚偽記載の故意についても一部否定さたれたことはまさに画期的でした。弘中弁護士が、「非常にいい判決でしたね。…思ったとおりというよりも、思った以上の判決だったと思います」と賞賛したことも頷けます。そして、「検察審査会が強引に起訴したということ自体が、極めて問題だった」 と述べたことも重要です。また、今回の無罪判決で注目すべきことは、「共謀共同正犯としての故意責任を問う上」で被告人の「違法性の認識」 が重要であり、それを検察(指定弁護人)側が十分に立証できていない以上、「被告人に対し、共謀共同正犯として、法的に刑事責任を問うことはできない」と被告人と秘書との「共謀」を否定している点です(小沢裁判(2審高裁)の 判決要旨 を参照)。
 なぜなら、この点は、権力(特に法務官僚)側がかなり前から導入することを狙っている「共謀罪」の危険性を考える意味で重要な意味を持っていると思うからです(「共謀罪」と「共謀共同正犯」との違いについては、「共謀罪 Q&A 」、海渡雄一、保坂展人『共謀罪とは何か』(岩波ブックレット)岩波書店 (2006/10/5)、田島泰彦、斎藤貴男『超監視社会と自由―共謀罪・顔認証システム・住基ネットを問う』花伝社 (2006/05)、纐纈厚『監視社会の未来―共謀罪・国民保護法と戦時動員体制』小学館 (2007/09)などを参照)。
 今回の小沢無罪判決とその報道の在り方については、すでに多くの論者がさまざまな貴重でかつ鋭い指摘を行っています。元検事で弁護士の郷原信郎さんは、判決日の ツイッター で 「指定弁護士は、控訴したことを後悔しているだろう。一審で止めておけば “惜敗” で済んだのに予想以上だったのは、控訴審判決が、小沢氏の “虚偽性の認識” だけではなく、石川・池田氏の“虚偽性の認識”の一部も否定したこと。近く始まる秘書公判にも重大な影響を与える。石川氏に殆ど犯意らしき犯意がなかったとすると、秘書事件一審判決の“水谷裏献金隠し”の動機は宙に浮く。今日の控訴審判決、簡単にまとめると、指定弁護士⇒《大恥》、検察・登石(秘書事件一審裁判長)⇒ 《真っ青》と言ったところか」と実に興味深い指摘を行っています。そして、「小沢氏控訴審無罪判決に関して、“検審騙し”疑惑が核心であることを正面から指摘しているのは、東京社説 【小沢代表無罪 検察の“闇”を調べよ】だけ。この問題については、拙著「検察崩壊 失われた正義」で是非。検察の暴走捜査を煽り、検審起訴議決が出ると“『民意』を重く受け止めよ”とさんざん持ち上げるなど、司法を政治的に利用しようとする目論見は、裁判所の当然の司法判断で完全敗北したが、制度の問題や政治資金処理の一般論にすり替えて非を認めない。こういうことが平気で行える神経が私には理解不能」 とさらに踏み込んだ発言をしています。さらに郷原さんは、2012年11月14日のブログ「郷原信郎が斬る」のなかで、「この事件の捜査の段階で、検察は、4億円の借入れと定期預金の担保設定は、水谷建設からの裏献金を隠ぺいするための偽装工作として行われたとの構図を描き、マスコミも、その偽装・隠蔽を “水谷建設からの裏献金疑惑” に結び付け、それこそが事件の核心であるかのように報道した。しかし、今回の判決では、被告人がそれを“違法な処理”と認識していたことを否定しただけでなく、実行者の石川氏にも虚偽の説明をしているという認識自体がなかった可能性があると認定したのである(一審判決も、この“4億円簿外処理”の偽装・隠蔽の意図を否定し“その場しのぎ”と認定していたが、マスコミは、それを一切報じなかった)」、「今回の控訴審判決では、検察と指定弁護士が事件の核心であると考えた、4億円をめぐる偽装・隠蔽そのものを否定したところに重大な意味がある。 …そして、検察にとって更に重大なことは、こうして陸山会事件の構図そのものが否定されたことによって、それを前提にしてきた検察捜査が暴走であったということと、虚偽の捜査報告書まで作成して検察審査会を起訴議決に誘導していたという、東京地検特捜部の行なった行為の不当性・重大性が一層明らかになったということである」と結論付けています。判決文要旨(現時点では判決文そのものの入手は困難)を十分精査したうえでの結論と思われるだけに、反論を許さないほどの強い説得力があります(「郷原信郎が斬る」2012年11月14日)。
 また元レバノン大使の天木直人さんはブログで、「小沢二審無罪判決を報じる記事は検察批判や司法改革についてばかりを書くが問題の本質はそこではない。小沢裁判とは政治家、官僚、メディアがグルになって意図的に一人の政治家の政治生命を奪おうとしたという最も深刻な権力犯罪ではなかったか。この事が解明されない限り小沢裁判は終わらない。」 とずばり権力犯罪とメディアの加担について核心を突く鋭い指摘をし、サンデー毎日編集長というゲスト解説委員が 「衆院解散・総選挙の記事は小沢無罪判決にあわせてぶつけてきた」 という驚くべき発言をしたあとでテレビはすぐにコマーシャルを流したことを明らかにしています(天木直人のブログ 2012年11月13日を参照)。
 フリージャーナリストの田中龍作さんはブログ(田中龍作ジャーナル「小沢氏、2審も無罪検察と記者クラブによる冤罪に終止符を」2012年11月12日)で、「記者クラブは裁判所から多大な便宜供与を受ける代わりに判決について批判めいたことは書かない。判決を批判したような記事を見かけたことはほとんどない。裁判所は検察の主張をほぼ認める。記者クラブは検察リークを受けて書き飛ばす。抑止機能なんてあったものじゃない。この国の司法はほとんどすべて検察の言いなり、と言ってよい。陸山会事件で東京地検は小沢氏に有利な証言は隠し、不利となる証言を捏造した。捏造に関与した現職(事件当時)の検事や次席検事が公文書偽造などの罪で逮捕、起訴されている。検察が捏造調書を検察審査会に送り、検察審査会はそれをもとに小沢氏を強制起訴したのである。デッチあげ裁判そのものだ。検察による捏造が明らかになってからもマスコミは小沢氏を限りなく黒に近い灰色のように扱ってきた。小沢氏が検察と記者クラブの両方から目の敵にされていたので、検察審査会を利用したイカサマが罷り通ったのである。陸山会事件は検察と記者クラブが一体となって作り出した冤罪だった」 と、検察と記者クラブメディアが一体となって作り出した 「えん罪」 を見事に描き出しています。
 評者が注目する気骨あるジャーナリストの1人である鳥越俊太郎さんは、鈴木哲夫・日本BS放送報道局長、小町谷育子弁護士との「特集ワイド:座談会・小沢裁判とは何だったのか 摘まれた首相の芽」(「毎日新聞」 2012年11月14日 東京夕刊)のなかで、「私は、この裁判は一部検察官たちの謀略戦だったと思っている。民主党が政権を取ると見られていた09年の総選挙直前に西松事件があった。東京地検特捜部は、金に絡む問題があるとみて捜査したがうまくいかず、陸山会事件で続けた。検察審査会を使って裁判に持ち込み、有罪にしようと考えたのではないか。しかし謀略は裁判所で木っ端みじんに砕かれた」、「推定有罪は、日本のメディアの持っている大きなマイナスポイントだ。一連の報道は読者らに “小沢氏の無罪はおかしい”というイメージを植え付けた。メディアはその責任をどう取るのか。無罪判決が確定したら報道の検証が必要で、場合によっては謝罪すべきだ」、「検察審査会の制度は危ういと感じた。審議は密室だ。地検が起訴できない事件でも、素人に起訴に相当するような材料を見せて起訴を促すように恣意(しい)的に審査会を導いたら、政治生命を奪うことなどは簡単だ」と堰を切ったように自分の意見を赤裸々に臆することなく堂々と述べている様子に強い共感を覚える。
 鈴木宗男・新党大地代表は、「当然の結果であり、私も国策捜査にあった者として、他人事(ひとごと)でない思いです。鬼の特捜と言われる東京地検特捜部が立件出来なかった事件を検察審査会にゆだねるだけでも問題だと考えていました。3年前、検察のリークによる小沢潰し、特に許されないのは、西松建設から渡ったとされる5千万円の件が今回の裁判でも指定弁護士は取り上げなかった。この事からしても、事実ではなかった。しかし、小沢先生にとっては、悪いイメージになってしまった。国策捜査は、私の時で止めて欲しい。終わって欲しいと願っていたが、度々繰り返される検察の暴走とも言うべきやり方に、憤りを禁じ得ない。」とのコメントを判決当日に直ちに発表し、ブログでは「判決文の中を読むと、石川知裕代議士の裁判にも大きな影響を与えるものだと私は受け止めた。今日の判決は石川代議士にとっても新たな展開、又、新しい闘いの道が切り開かれるものと前向きに私は受け止めた次第である」とも述べています。「国策捜査」の被害者として「えん罪」と「報道被害」の恐ろしさを身をもって知っておられる方(在職25年の表彰の元衆議院議員)の発言だけに、その言葉の重みが痛いほど伝わってきます(「ムネオの日記」2012年11月12日 を参照)。
 また、もう1人の国策捜査の被害者である植草一秀さん(元早稲田大学教授)は、ブログ(植草一秀の『知られざる真実』2012年11月13日「小沢一郎氏は不死鳥の如く蘇り政権奪還を実現す」)のなかで、「“被告”の呼称は、もしこの人物が無実の人間であれば重大な人権侵害となる呼称である」とマスメディアの人権感覚の欠如をまず指摘し、「無実潔白の小沢一郎氏を、日本のマスメディアは極悪非道の犯罪人として報道し続けてきた事実を忘れたのか」 と検察の権力犯罪に加担したマスメディアの責任を真正面から問うています。そして、「日本のマスメディアが腐り果てていることを知る国民が激増しているが、ここまで来ると、もはや病的である。いま日本の主権者国民に必要なことは、日本のメディアがすでに死亡しているということを正しく認識することだ。メディアは3年半の間、小沢一郎氏を極悪非道の犯罪人として報道し続けてきた。その事実の肯定、事実の検証、事実の評価、自己批判が不可欠だが、この期に及んで、自己の誤りさえ認めようとしない姿勢である」とその無責任な体質を痛烈に批判しています。さらに、「つまり、この国はいま、完全に腐っているということだ。腐っているのは権力だけでない。権力に群がるマスメディアにも腐敗臭が立ち込めている。カネのためなら何でも協力する守銭奴大資本が存在する。これと結託する利権政治屋と腐敗しきったマスゴミ。米・官・業・政・電の既得権益が日本を暗黒社会にしてしまっている」 と日本社会の根源的な病理を提起し、「この現実を変えることのできるのは、主権者国民しかいない。主権者国民が次の選挙で世直しに動かなければ、この国は本当に滅びてしまう」 と主権者である国民にいまこそ声を上げて行動することを求めています。評者もまったく同感です。こうした植草さんの一貫した姿勢と身体を賭けた呼びかけにある種の感動を覚えるのは私だけはないと思います。
 なお、本件と密接な関係があると思われるので、小沢裁判報告会で出された緊急声明の全文を下記にご紹介します(「国民の生活が第一」 の 森ゆうこ参議院議員のブログ から)
《本日2012年11月12日、東京第五検察審査会の 「起訴議決」 による 「小沢裁判」 控訴審において、一審に続き 「無罪」 の判決が言い渡された。至極当然の判決であり、裁判長の公正な判断に敬意を表するものである。
 具体的な理由もなく控訴することによっていたずらに裁判を長引かせ、この国の最も重要な政治リーダーである小沢一郎衆議院議員の政治活動を妨害した指定弁護士の責任は極めて重い。そもそも、検察が2年間に渡る執拗な捜査にもかかわらず、証拠が無く起訴できなかった事件であり、この裁判の元となった東京第五検察審査会の起訴議決自体が、検察当局の 「捜査報告書の捏造」 という重大な犯罪によって提起されたものであることは、一審の判決理由の中でも厳しく指弾されている。検察が何故このような組織的犯罪を行ったのかを検証することもせず、また具体的な理由もなく控訴したことについて、指定弁護士は国民に説明する責任がある。「捜査報告書のねつ造」 に関する市民団体の告発に対して、検察は田代政弘検事を始めとする関係者を不起訴にした。更にはこの問題の調査を最高検察庁が行ったが、「記憶違い」という田代検事の説明に問題はなかったという 「調査報告書」 を提出し、結局、減給処分となった田代検事は自主的に退職した。しかし、最高検察庁によるその「調査報告書」によって、皮肉にも捜査報告書の提出日が虚偽記載(期ずれ)であったことが既に証明されている。改めて確認するが、陸山会事件で問われているのは、あっせん利得でもなければ贈収賄でもない。会計処理上むしろ正しいと公判で専門家が証言した、登記日による収支報告書の期ずれである。
 証拠もなく強制捜査に着手し、執拗な捜査にもかかわらず証拠が無く自ら起訴出来なかった小沢一郎衆議院議員を、「捜査報告書のねつ造」という犯罪を行ってまで検察審査会を悪用し、刑事被告人に仕立て上げた検察の暴走によって、日本の政治は大きく混乱した。証拠や捜査報告書をねつ造すれば、誰でも容易に犯罪者にされてしまう。小沢一郎衆議院議員をターゲットにした検察の暴走は、選挙によって正当に選ばれた主権者たる国民の代表を不当に弾圧し、議会制民主主義の根幹を揺るがしただけではない。一人一人の国民の人権を守るというこの国の民主主義そのものを脅威に晒しているのである。我々は本日の無罪判決を契機として、日本に真の民主主義を確立するために更に団結していこう。

| 民主主義・選挙・その他::警察が勝手な拡大解釈を行った運動員の逮捕事件 | 08:54 AM | comments (x) | trackback (x) |
2012.12.3 首長や議員に女性が必要である理由
 *1、*2のように、日本では、社会全体の雰囲気として、まだ性的役割分担意識が大きく、女性を意思決定する立場に置かない傾向がある。(ただし、私の夫は、大学時代からの同志であり、全くそういう価値観の人ではないので、彼の名誉のために断っておく。)

 そして、日本人男性の多くは家計を妻に任せているため、家計は誰かがやりくりすれば魔法のように成り立つと考えている人が多い。そして、消費税を増税した上、インフレにすれば経済が回復するという経済政策は、もともと自分は消費者ではないと考えている男性から発したもので、そこには企業の名目利益を増加させようという発想はあるが、ぎりぎりでやっている家計が成りたたなくなるという視点はない。

 また、輸出して外から稼がなければ日本は成り立たないと言う人もいるが、実際には、日本には需要があるのに供給がないため消費されない財・サービスも多い。それは、女性が社会進出して、家族の形態が変ったために必要となった介護、保育、家事代行系の財・サービスで、これを供給すれば国内総生産が上がるにもかかわらず、苦労しながらここを改革しているのは、女性たちが中心だ。

 財政についても、「10年間で200兆円支出する」などと言う候補がいるが、これは、支出すること自体が目的になっており、多くの女性は呆れるだろう。家計を預かったことのある人なら、その支出を一石三鳥くらいで如何に有意義に支出するか、如何に少ない支出でより高い効果を出すかを考えない人はいない。多くの女性は、毎日、これを考えながら何を買うか決めているのに、そのなけなしの家計から分捕った税金を、このようにいい加減に使われたのではたまったものではないと感じるのである。そのため、同じ公共事業への支出でも、一石三鳥の有意義さを出すように工夫したり、少ない支出でより高い効果を出すように努力したりして、税金からの支出も最小の費用で最大の効果を出すように、きちんとした積算根拠をもって支出額を決めて欲しいと考えるのだ。

 *3のBSEや農薬・化学肥料・界面活性剤を使った洗剤の不使用、今回の原発事故における内部被曝への警戒など、環境や食の安全についても、女性の方が意識が高く、具体的行動をしている。その理由は、女性の方が食に関する知識が多いことや、環境悪化の影響を感じやすいからだろうが、農林水産省でさえ、「食料自給率」を述べる時に米穀の自給率だけしか述べないのは、中学校の義務教育から栄養学や料理を学び、人は米穀だけでは生きていけないことをよく知っている女性なら誰でも驚くだろう。

 つまり、いろいろな知識や経験を反映した政策が作られるためには、現実に女性議員の数も多く必要なのであり、そこで求められるのは、見せかけだけのマドンナ候補、男性から人柄がよいと言われるだけの従順候補、知名度が高いだけのパンダ候補ではなく、独自の視点を持って社会を変えられる知識と経験と意思を持つ実力候補である。しかし、メディアは、日頃から、ニュースの報道ぶりやドラマでの女性の描き方において、リーダーにふさわしい実力のある女性の存在を明らかにし、それに対して敬意を払っていない(つまりジェンダーがある)ため、実力候補が当選しにくい。メディアの論調は、国民(有権者)の潜在意識や”文化”を作ってしまうため、重要なのだが・・。

*1:http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012120302000132.html
(東京新聞 2012年12月3日) 女性の国政進出 未来のため増やしたい
 四日公示の総選挙で女性議員を増やせるだろうか。国政は原発事故の対応をはじめ、この国の未来を左右する問題が山積みだ。多様な民意を反映させなければならない。女性の力が必要だ。二十九日に告示された都知事選には九人が立候補したが、女性は一人もいない。女性の視点があまりにも示されなかったことに落胆した有権者は少なくないだろう。男女共同参画社会だと言われながら、今なお政治の場で女性は少数派だ。戦後改革で女性に参政権が認められて以来、国会議員は大量当選した時期もあったが、解散前の割合で11%。地方議会では比較的多い市議会でもその割合は全体で15%ほどにすぎない。国や身近な街の問題を話し合い、将来像を決める場に、有権者の半数を占める女性の経験や感性が生かされないのでは、議論の幅や厚みを失わせてしまう。議員としてでなくても、地域の問題に取り組んでいる女性は大勢いる。福島第一原発事故後は放射能の被害から子どもを守ろうと、地元の行政や議会に働きかけ、放射能を自主的に測ったりして、懸命に行動する人が目立っている。
 女性の国政進出が伸び悩んだ原因には、男女の性によって役割が決められがちで、政治も他の公的分野と同様に、女性が頼りにされないような風潮もあっただろう。だが、最たる原因は各政党に女性議員を増やそうとする努力が足りなかったことだ。世界では男女差をなくすために「クオータ(人数割り当て)制」を導入し、議員や候補者の一定割合を女性にするように決めた国が多い。政党法や選挙法の改正によって、比例代表の女性比率を一定以上にしたり、名簿に載せる候補者の半数を女性にしたり、奇数順位を女性にしたりする。韓国では二〇〇五年に女性議員の比率が一割を超え、今では15%近い。北欧やドイツなどは女性の国会議員が三割を超えている。
 一九八九年の参院選で当選し、その後、千葉県知事を務めた堂本暁子さんは、「国の意思決定の場に女性が存在することの意味、予算と権限を持つことの意味」を実感したという。震災や原発事故をきっかけに暮らしや命に寄り添った政治に変えようといううねりが始まった。社会保障も、経済対策も、安全保障も、教育も、どの分野でもその解決に女性の視点はなくてはならない。女性議員をもっと増やすよう、各党は競い合ってほしい。

*2:http://203.139.202.230/?&nwSrl=295169&nwIW=1&nwVt=knd
(高知新聞 2012年11月5日) 【男女平等101位】変われない日本でいいのか
 先進国として「ありえない」評価だ。世界経済フォーラムの2012年版「男女格差報告」で、日本は135カ国中101位と3桁台に転落した。11年(98位)から2年連続で順位を落とした。日本が男女格差の解消に不熱心な国とのレッテルは、半ば定着している。国際社会からの信頼をつなぎ留めるためにも、改善への努力を見せる必要がある。同フォーラムは、各国の女性の地位を、「経済」「教育」「政治」「健康」の4分野で分析し、数値化したものを総合ランキングで公表している。
 「最も格差が小さい」1位のアイスランドをはじめ、上位は今回も北欧勢が占めたが、ドイツ(13位)、英国(18位)、米国(22位)といった主要国の中でも日本の異質ぶりが際立つ。 日本は75位まで上昇した09年を除いて、ここ数年は90位台に甘んじている。課題ははっきりしている。女性の議員の少なさと、経済分野への進出の乏しさだ。2010年の国会議員に占める女性の割合は衆院で11・3%で、日本より下位だった韓国(14・7%)にも抜かれている。国政レベルで女性を一定割り当てる「クオータ制」を導入している国は、昨年3月現在で80カ国を超えている。格差解消に努める世界の流れから、日本は完全に取り残されているといってよい。思い切った対策を講じない限り、浮上するのは難しい状況だ。
 雇用の分野もしかりだ。雇用者に占める女性の割合は、4割を超えるまでになった一方、賃金の男女格差や長時間労働の改善は進んでいるとは言えない。男女雇用機会均等法の施行から四半世紀が経過した今なお7割近い女性が出産後、退職している現実がある。世界的にも高い教育レベルにある日本の女性が、教育投資に見合うような活用をされないまま、キャリアを中断させている。国内経済にとっても、これほどもったいないことはない。近年、国内において、女性の社会進出を促す法整備が進みながら実効性に乏しかったのは、国の「本気度」が足りなかったからと批判されても仕方ないだろう。
 世界でも例をみないスピードで高齢化が進む日本である。女性の活用なくして、企業も社会も成り立たなくなる時代が迫っている。「変われない日本」のままでいいはずがない。一日も早く汚名を返上すべきだ。

*3:ttp://www.saga-s.co.jp/news/global/corenews.0.2323395.article.html 
(佐賀新聞 2012年11月6日 ) 牛肉の輸入緩和方針を正式決定 / 米国など4カ国と協議へ
 厚生労働省は6日、牛海綿状脳症(BSE)対策として実施している牛肉の輸入規制で、米国などからの輸入を認める牛の対象月齢を現行の「20カ月以下」から「30カ月以下」に緩和する方針を正式に決めた。内閣府の食品安全委員会が10月に「30カ月以下に緩和しても人への健康影響は無視できる」と答申したのを受けたもので、同省がこの日、薬事・食品衛生審議会部会に報告、了承された。厚労省は今後、米国、カナダ、フランス、オランダの4カ国と月齢管理のための体制整備などをそれぞれ協議し、最終的に同審議会に報告した上で、来年初めにも輸入規制を緩和する。

| 男女平等::2011.12~2013.5 | 11:32 PM | comments (x) | trackback (x) |

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