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2014.6.7 「成績の良い子じゃなく、人間力を育てる」というのは、自己矛盾で論理的でないこと (2014.6.8追加あり)
   
                  長崎の原爆資料館より
(1)成績の良さと人間力は矛盾した関係にあるのではない
 *2に、「①成績の良い子じゃなく、人間力を育てたい」 「②論理力や発想力、考える力を培うことに主眼を置く」「③この国は働けない大人を量産している」「④今の若者は考える力と人間関係が徹底的に弱い」「⑤次に何をやればいいですかと聞くばかりで哲学がない」「⑥人間世界は嫌なことがいっぱいあるし、それでも強く生きる必要があり、教え直さないといけない」「⑦異学年での青空教室を行い、武雄を野外体験のメッカにして日本中から人が訪れたいと思うようにしたい」「⑧学習会はキャンセル待ちの状態で、嫌になってやめる子はほぼいない。先生にはうちの教育法をどうですかと示し、受け入れてもらうしかない」と、民間学習塾の高濱氏が、武雄市の武内小で“教育改革”の必要性に言及したと書かれている。

 しかし、②の論理力は、(公式の暗記ではない)本当の数学の勉強によって養われるものであるため、論理力のある子は数学・物理の成績がよい。また、知識の基盤なき発想は空想にすぎず、役に立つ本物の発想力は知識と経験の基盤の上に成り立つ。さらに、勉強とは、丸暗記することではなく、知識を得てそれを消化しながら考えることであるため、本当の勉強をすれば、考える力が養われると同時に成績もよくなる。そのため、論理力や発想力、考える力のある子は、成績も良いのである。それにもかかわらず、高濱氏のような見解が出てくるのは、「勉強することは、知識を丸暗記することだ」と誤解しているからだろうが、膨大な知識を丸暗記することはそもそも不可能であり、勉強としても要領が悪い。

 また、③については、非正規雇用割合の増加や新卒者の就職難が続いたことが原因であり、教育の失敗の結果ではないだろう。④についても、私は、昔の若者より今の若者が平均して考える力と人間関係が弱いとは言えないと思うが、仮にそうなら、原因はもっと精緻に分析する必要がある。さらに、⑤については、「自分の頭で考えよ」と親・教師・上司がアドバイスして手本を示せば解決することであり、それができないのが問題なのである。

 ⑥の「人間世界は嫌なことがいっぱいあるし、それでも強く生きる必要があり、教え直さないといけない」という命題については、志が高く人間力のある生徒を育てるためには、「理不尽な理由で嫌なことをされた場合には、我慢するばかりではなく、その理不尽と闘って変えることが重要だ」と教えるべきである。

 なお、高濱氏は、⑧のように「嫌になってやめる子はいない」としているが、⑦の遊びの延長のような青空教室ばかりしていれば、やめる子がいないのは当然である。しかし、それでは、思考力に結びつく知識は身に付かないため、青空教室は、学童保育・林間学校・総合学習などでやるようにするのがよいと、私は考える。そのため、武雄市は、この方式を来春から導入することに決めてしまったのであれば、通う公立小学校を選択できるようにして、毎年、教育の成果を比較するのがよいだろう。

(2)被爆者に「死に損ない」と暴言を吐いた中学生の成績と人間力はどうか
 *1のように、修学旅行で長崎を訪れた横浜の公立中学校の5人の生徒が、被爆者で被曝体験の語り部をやっている元教員の森口さんに「死に損ないのくそじじい」などと暴言を吐いたり、周りの生徒に向けて「笑え」「手をたたけ」などとはやし立てたりしたそうだ。

 私は、77歳という年齢から考えて、学童疎開をしていて自分だけ被曝を免れた森口さんは、戦争や原爆の理不尽さについて、知識と経験を次世代に伝えるために、力を尽くして闘っておられるのだと考える。それに対し、校長は「男子生徒の一人の態度が悪く、森口さんから『出て行け』としかられた経緯があり、逆恨みをして言った」としているが、叱るべき時にきっちり叱らないのは、教育者も悪い。

 この生徒たちは、成績の良さを追求したから被曝者に共感する人間力に欠けたのだと結論する人はいないと思うが、知識を教えてそれに基づいて考えさせ、人間性や礼儀を教えて叱るべき時は叱るのが、いつの時代も教育の原点だろう。中学3年生であれば、既に日本史の勉強は一度は終わっている筈だが、ついていた男性教諭は暴言を止めるような注意をせず、事前の歴史教育も不十分だったわけである。これは、私には、学級崩壊や学校でいじめがありながら放置されているのと同じ現象に見えた。

*1:http://digital.asahi.com/articles/ASG673RG9G67TOLB001.html?iref=com_alist_6_01 (朝日新聞 2014年6月7日) 修学旅行生、被爆者に「死に損ない」 横浜の中学校謝罪
 修学旅行で5月に長崎市を訪れていた横浜市の公立中学校3年の男子生徒5人が、被爆遺構を案内していた被爆者で語り部の森口貢(みつぎ)さん(77)=長崎市=に「死に損ない」などと暴言を吐いたり、やじを飛ばしたりしていたことが分かった。森口さんは学校に抗議し、校長が電話で謝罪した。森口さんは原爆投下後に長崎市中心部に入り、入市被爆をした。小学校の教諭を退職後、1998年から被爆遺構の案内や講話をしている。現在は「長崎の証言の会」の事務局長を務め、案内や講話の回数は年100近いという。森口さんや学校によると、3年生119人が5月27日、長崎市を訪れ、証言の会の会員9人が班ごとに被爆遺構を案内した。森口さんは10人ほどを爆心地から600メートルほどの山里小学校へ案内。原爆で多くの児童が亡くなった話を始めようとした際、この班とは別行動をしていたはずの男子生徒5人が近づいてきて、うち数人が「死に損ないのくそじじい」と大声を上げた。森口さんは話を聞くよう注意したが、5人は周りの生徒に向けて「笑え」「手をたたけ」などとはやし立てた。男性教諭も注意したが暴言は続き、山里小では案内ができなかったという。森口さんは翌日、「たいへん悲しいことでした。多くの被爆者の方に申し訳なく、つらい時間でした」と記した手紙を校長に郵送。返信がなかったため、今月3日に学校へ電話すると、校長から「すみませんでした」と謝罪されたという。校長は取材に対し、森口さんらと最初に対面した際、男子生徒の一人の態度が悪く、森口さんから「出て行け」としかられた経緯があったと説明。暴言について「逆恨みをして言ったのだろうが、許される言葉ではなく反省を促したい。十分な指導ができず申し訳ない」と話した。今後、生徒の感想文とともに校長の謝罪文を森口さんに送るという。森口さんは「こんな経験は初めて。被爆69年となり、戦争や原爆をひとごとと感じているのだろうか。本気で向き合ってもらえなかったことが悔しく、悲しい」と話した。

*2:http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/71409
(佐賀新聞 2014年6月6日) さが教育新流 花まる学習会が武雄市で説明会
 武雄市教委と民間学習塾「花まる学習会」(本部・さいたま市)による官民一体型学校のモデル校となっている武内小(代田昭久校長)は4日夜、同校で学習会の高濱正伸代表を招いての説明会を開いた。保護者はじめ市内外から約150人が参加した。高濱代表は「成績の良い子じゃなく、人間力を育てたい」と語った。高濱代表が説明会に出席するのは初めて。武内町内だけでなく、みやき町や佐賀市、伊万里市などからも参加した。高濱代表は自身の経験や学習塾経営で培ってきた教育論のほか、論理力や発想力、考える力を培うことに主眼を置く学習会の教育手法を説明した。「この国は働けない大人を量産している。今の若者は考える力と人間関係が徹底的に弱い。次に何をやればいいですかと聞くばかりで、哲学がない」と問題提起。その上で「人間世界は嫌なことがいっぱいあるし、それでも強く生きる必要があり、教え直さないといけない」と教育改革の必要性に言及した。また「異学年での青空教室を行い、武雄を野外体験のメッカにして日本中から人が訪れたいと思うようにしたい」と述べた。質疑では「共感を持って聞いた」と歓迎する意見の一方、「塾はやめることができるが、公立はやめられない。花まると合わない子はいるのか。先生には独自の教授法があり、先生たちがノーと言ったらどうなるのか」と質問が出た。高濱代表は「学習会はキャンセル待ちの状態。嫌になってやめる子はほぼいない。先生にはうちの教育法をどうですかと示し、受け入れてもらうしかない」と答えた。代田校長は「先生の負担は増すので無理がなく、齟齬(そご)がないようにやっていきたい」と理解を求めた。説明会後、母親の一人は「正解のない問題を解く力が大事なのは分かるが、おとなしい娘が活発な子の意見に流されてしまいそう。実際に授業を見ないことには分からない」と語った。高濱代表は27日にも武雄入りし教員に授業法と狙いを説明する。武内小では8月から一部公開授業を始め、今秋には希望校を募り、来春から正式に導入する。


PS(2014.6.8追加):水俣病患者がどういう症状を発して被害を受け、それが何を原因として起こり、その後の国の対応がどうだったか、また、日本国憲法で保障されている「基本的人権」「職業選択の自由」「健康で文化的な生活をする権利」とはどういうものであるかを知っていれば、このように長時間かかって制限的で僅少な損害賠償しかしなかった国を批判することはあっても、被害者に対して「そんなに金が欲しいのか」という言葉をかけたり、差別したりすることはないだろう。つまり、これも、論理性のなさ、知識がないために起こる共感力・人間力のなさだが、「大人がこれでは、・・・」と思わざるを得ない。

*3:http://www.nishinippon.co.jp/nnp/kumamoto/article/93514
(西日本新聞 2014年6月8日) 水俣病語り部に差別電話 会長宅「そんなに金欲しいか」 [熊本県]
 水俣病認定患者で熊本県水俣市立水俣病資料館「語り部の会」会長(56)の自宅に5月、「そんなに金が欲しいのか。(水俣病の)被害者のふりをして。もうやめんか」などと中傷する電話が計3回かかっていたことが7日、分かった。会長は「根深い水俣病への差別や偏見が現在もある。全ての被害者に対する侮辱行為で、行政は人権問題として啓発に力を注ぐべきだ」と訴えている。会長によると、電話があったのは、水俣病犠牲者慰霊式が同市で開かれた5月1日。午後9時前、テレビで慰霊式に出席した会長の姿が放送された直後に電話が鳴り、会長の妻が出たところ、男性の声で一方的に中傷してきたという。妻が身元を尋ねたところ「福岡」と言って切れた。午後10時すぎまでに同じ男性とみられる電話がさらに2回あり、男性は「いつまであんたどま騒ぐとか」「あんたどんがこげんこつすっでおかしゅうなっとたい」などと言い放った。会長は当時外出中だったため、翌日、電話機に表示された発信元の携帯電話番号を警察に連絡した。会長宅にはその後、今月6日までに夜間や早朝に十数回、非通知の無言電話があった。会長は24日に面会予定の蒲島郁夫知事に水俣病への差別や偏見の解消に取り組むよう申し入れる考えだ。水俣病に関する人権問題に詳しい熊本学園大水俣学研究センター長の花田昌宣教授は「水俣病問題が徐々に理解され、最近では差別事案が表面化することがなかった。悪質な行為としか言いようがなく、行政などと一体で解決する必要がある」と話している。

| 教育・研究開発::2013.11~2014.7 | 06:55 PM | comments (x) | trackback (x) |

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