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2015.7.3 教育改革が、ゆとり教育や義務縮小の方向ばかりであったことが、国民が考える基盤となる知識の習得を阻害してきたので、それを直すべきだということ (2015年7月4日、7日に追加あり)
   
2013.10.25朝日新聞                  自民党勉強会での発言と各界の反応              

注)詳しく書くと自慢話になるので書きませんが、私はこういうことを書く資格があって書いています。

(1)公立校教育の充実がニーズであること
1)小中一貫校による義務教育の充実
 *1-1のように、小中学校の9年間の義務教育を一貫して行う小中一貫校を制度化する改正学校教育法が可決成立し、小中一貫校は義務教育学校として地域の実情に応じて学年の区切りを「4・3・2」「5・4」など柔軟に変更できることになったそうだ。学年の区切りは国で統一した方がよいと思うが、小中一貫校は公立校の教育を充実することができるという意味でよいことだ。そして、その義務教育校は、前倒し授業などの弾力的なカリキュラムを可能としている。これらは、既に一部の自治体が小中一貫教育を実施しているため、制度化することにより、小中一貫教育の浸透を図る狙いがあるそうだ。

 しかし、私は、幼稚園まで連結して、イギリスのように入学年齢を5歳もしくは4歳とし、現在よりも2~3年長く無償の義務教育を行って学力や体力の充実を図り、生産性の高い高度な労働をこなすことができる人材を多く輩出するのが、本人にとっても国にとってもプラスだと考える。そのため、小学校から中学校に進学して新しい世界が開けるのを嫌がる生徒の中1ギャップの解消のような後ろ向きの理由ではなく、小中一貫校による義務教育の充実が重要なのだ。

 佐賀県では、*1-3のように、山口知事が教育委員と「県総合教育会議」を開き、「教育大綱」案を示して、「①心身ともにたくましく、郷土を愛し、郷土に誇りを持つ県民の育成」「②知事と県教委が連携・協力して教育・生涯学習・文化・スポーツ振興に関する施策を総合的に推進」を示されたそうだが、私は、②はよいとしても、①の「郷土を愛し、郷土に誇りを持つ県民の育成」は、まず愛せる郷土や誇りを持てる郷土を作ることが重要で、改善するための批判や欠点の指摘を、「郷土を愛していない」「郷土を誇りに思っていない」ひいては「愛国心がない」「反日」などの無意味なレッテル貼りに使うのは、知識や経験に基づいて積極的に議論する教育の不足であるとともに、日本国憲法に定められた「思想・信条の自由」「言論の自由(メディアだけの権利ではない)」に反すると考える。

 委員からは、「学力は全国学力テストの平均点が取り上げられるが、心の教育など多面的観点で子どもたちを見ていくべき」などの意見が出たそうだが、佐賀県の場合は学力が全国平均以下であり、考えるツールとなる知識の獲得が不十分なのが最も重要な問題であるため、まず学力を伸ばすことが不可欠である。何故なら、人間の心は心臓にあるのではなく、主に脳にあり、遺伝子によって組み込まれた本能と出生後に学び体験して得た知識や経験を組み合わせて総合的に考えることにより、個々の判断を積み重ねているものだからである。

 なお、現在、いろいろな分野で劣化が進んでいるのは、学びが疎かになり、考えるためのツールである基礎知識と、それを使って自ら考える姿勢が欠けてきたからにほかならない。

2)高校の教育内容とその充実
 *1-2のように、歴史が進むにつれ日本史や世界史の分量が増えるのは当然であり、その上、その真実性を科学的に証明する手段も増えてきたため、歴史の内容や質は次第に上がる。また、50年前の高校の生物学の遺伝に関する理論は、メンデルの法則や人間のABO式血液型の遺伝くらいだったが、現在では、生物も物理・化学の法則に従って反応を行い、巧みな仕組みでエネルギーを得て繁殖し、驚異的に進化し続けて、地球環境と影響し合っていることを、かなり理論的に説明できるようになった。

 ここで必要な生物学の勉強は、言葉や化学反応を丸暗記することではなく、生命や生態系の仕組みを理解し、物理・化学・遺伝・進化・環境(経済を含む)に関する科学的知識で、それをバックアップすることである。文系でも、それらの基礎知識のない人が法律を作ったり、記者として報道したり、企業を経営したり、政策を作成したりすると、物事の重みや重要性の順序がわかっていないため、浅薄で間違った結果を導くことになる。

 そのために必要なのは、生徒にこれを教えられる先生の実力と生徒がそれを理解できる時間だ。「とにかく短時間でセンター試験のレベルまで成績を上げる」というだけでは、丸暗記を薦めることになり、生物を含む科学の魅力やダイナミックさを教えることができず、後で役立つ知識にはならないからだ。

 そもそも、世の中の事象は、文系と理系とか学科毎に分かれて発生するものではなく、それらの知識を総合的に使って解決すべきものばかりだ。そのため、私は、4~5歳から始まる小中一貫校で前倒ししながらゆっくりと知識を理解させ、総合学習で体験もさせながら、高校終了時には、文系であれ理系であれ、現在の文理の大学教養課程で勉強することの初歩くらいまでは理解させておくのがよいと考える。

3)フリースクールについて
 このような中、*1-4のように、義務教育の場を、フリースクールや家庭学習などの学校以外に広げる制度の創設に向けた動きが出てきたが、これは、「多様な教育機会確保」の名の下に、親の判断で学校に行かない子どもを増やす。これでは必要な基礎知識を習得できていない人が増え、労働者としての質が下がって雇用も確保できないため、結局は本人が不幸だ。また、国も補助金や生活保護ばかり出しているわけにはいかない。

 そこで、外国と比較して不登校の子どもが本当に著しく多いのであれば、日本の学校教育の内容もしくは教え方に問題があるということであるため、真の原因究明を行い、それを速やかに改善すべきだ。

(2)文科省の人文社会系学部規模縮小通知と大学の反論
1)文科省の人文社会系学部規模縮小通知
 *2-1、*2-2、*2-3のように、文科省は、全国の国立大学法人に対し、18歳人口の減少などを理由に、①教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院の廃止や転換に取り組むことなどを求める通知を出し ②各大学法人の強みや特色を明確に打ち出して組織改革に取り組む大学には予算を重点配分する枠組みを盛り込み ③司法試験合格率が低迷する法科大学院には廃止や他の大学院との連合など抜本的見直しを求め ④地域貢献、全国的な教育研究、世界的な卓越教育研究のいずれかを選んで機能強化を進める大学には、運営費交付金を重点配分するとしたそうだ。

 しかし、国立大学で教員養成系の廃止や転換を行い、これを私立大学に任せることは薦められない。何故なら、私立大学は入試科目が少なく、文理双方の深い知識を持って生徒に学問の魅力を教えられる教員を育てることができないからだ。

 また、人文社会科学系の学部・大学院も、大学によって社会への貢献度が異なるため、文科省の画一的な指導は当たらない。そもそも、社会への貢献度は、就職や卒業生の人生をフォローして調査することから始めるべきである。

2)これに対する大学の意見
 小林東大大学総合教育研究センター教授は、*2-2のように、「これまで大学は無駄が許容されてきた。今後は社会の需要に応えるのも大事だが、すぐ成果が出ない、就職率が悪いとの理由で切り捨ててよいか。大学は広い意味の教養を身につける場なのに、工学や経営学などの実学が増え、学問の幅が狭まる懸念もある。個々に状況が異なる大学が自主的に判断するべきだ」としている。

 しかし、成果が出なかったり、就職率が悪かったりするのは、就職先が必要としない人材を作っているせいかもしれず、「大学には無駄が許容されてきた」ということを前面に立てるのは甘えである。ただし、本当に許容されるべき無駄もあり、それは、先進的な研究だが実現できなかったものや社会の基礎知識となるようなものであるため、大学が自ら調査して自主的に変更すべきだ。

 なお、京都大の山極総長は、*3-1のように、「幅広い教養と専門知識を備えた人材を育てるためには人文社会系を失ってはならない。国旗掲揚・国歌斉唱なども含め、大学の自治と学問の自由を守ることを前提に考える」としている。

 さらに、*3-2のように、佐和滋賀大学長は、「『想定内』の通知がいよいよ来たと思うにすぎなかった」「理系の研究は技術革新や産業振興を通じて国益に寄与するが、文系の研究は役に立たない」「1.1兆円の運営費交付金の効率的配分からすれば、文系学部の学生定員・教員数を減らして浮くお金を理系の研究に回すべきだ」「欧州では人文社会系の学識が指導者にとって必須の素養と目されている」「滋賀大は未来志向と文理融合を改革の理念に掲げている」「ジョブズは、『人々の心を高鳴らせる製品を創るには、技術だけでは駄目で、必要なのは人文知と融合された技術だ』と述べている」としている。

 また、*3-3のように、里見国立大学協会長(東北大学長)は、教育学部や人文社会系学部の見直しを求めた文科省通知を批判し、同席した副会長も、「理工系単科大学でも、歴史や社会を知らない学生は困る」(大西隆・豊橋技術科学大学長)、「実学系学部の学生も人文社会学系を副専攻にできる仕組みにしている。多様性が重要」(高橋姿・新潟大学長)と訴えたそうだ。

 私は、基礎知識としてならば、理工系も歴史や社会は高校終了までに勉強しておくべきであるし、文化系も数学・統計学・生物学などは高校終了までに理解しておくことが必要であり、教員は、それを体系的でわかりやすく、かつ魅力的に教えられる人というのが条件になると考えている。

(3)基礎知識不足の事例
 *4-1のように、自民党国会議員が文化人や芸術家との意見交換を通じて「心を打つ『政策芸術』を立案し、実行する知恵と力を習得すること」が目的の勉強会を開いたとのことである。人の心を打ち、受け入れられる政策とは、①正確な現状調査によって作られ ②誰の人権も侵害せず ③現状を改善して国民の福利を増すものであって、芸術ではないため、勉強会にこういう命名をすること自体、教養や政策作成能力がないと考えられる。しかし、このように考える人は政治家だけではなく一般にも多く、これが、知識がなければ思考が浅薄になり、何もできない事例の一つだ。

 しかし、首相側近の加藤勝信官房副長官(東大法学部卒、大蔵省出身)や萩生田光一党総裁特別補佐(明大卒、市議出身)も会合に出席しており、講師として招いたのは放送作家の百田尚樹氏(同志社大法学部卒)で、全員が文系だが、本来は高校終了までに理解しておくべき日本史・世界史の知識に欠けていたと思われる。

 なお、出席者が、会合での数々の暴言をたしなめなかったのは、多かれ少なかれ同じ意見を持っている人が多かったからで、ここで私のように異論を唱えると、「空気が読めない(異論を封じる態度)」「左翼(言論を封じるための意味のないレッテル貼り)」など、週刊文春の名誉棄損事件としてこのブログに記載しているように、メディアから民主主義における議論の重要性を理解しない変な批判をされる可能性が高いため、これも教育の問題である。ちなみに、自民党内は、内部での議論や発言は自由だ。

 「マスコミをこらしめるには広告料収入がなくなることが一番。文化人は経団連に働きかけて」と言ったのは大西衆院議員(国学院大卒、東京都議出身)であり、「沖縄の世論はゆがみ、左翼勢力に完全に乗っ取られている」と言ったのは長尾衆院議員(立命館大卒、明治生命出身)だそうだ。また、井上衆院議員(独協大法学部卒、福岡青年会議所理事長出身)は「沖縄のいびつなマスコミ、後押しする左翼勢力、バックにある中国共産党の工作員の存在」「沖縄メディアは基地反対運動の反社会的行為を報じていない」などとし、この中には法学部出身者が多く、全員が文系であるにもかかわらず、日本国憲法の主権在民、言論・表現の自由、民主主義を理解も実践もしておらず、日本史・世界史の知識も疑われる発言であるのは、文系教育(もしくは法学部教育)の欠陥ではないだろうか。

 そのほかには、*4-2のように、東電福島第1原発海側のトレンチ(地下道)に滞留する汚染水を遮断するために「氷の壁」を作ることが可能だと考えた問題もある。まして、氷やドライアイスを投入すれば凍るかも知れないと原子力規制委員会に属する理系の技術者までが考え、熱交換の基礎知識もなかったというのには驚く。都会で育って公園の噴水くらいしか見たことのない人が、地下水の流量を想像すらできずに、権力さえあれば自然現象も変えられると考えたのか、何故、このような馬鹿な方法をとったのかという原因を明らかにして、そのために使った税金も正確に計算すべきだ。

 つまり、問題解決には、自然に関する暗黙知や総合的な知識が必要であり、そのためには、地方の生徒がもっと勉強して、地方の公立高校から東大に入れる人が増える必要があるのだが、佐賀県は、全県あわせても、東京の女子学院一校分も東大に合格できていないのだから(http://www.inter-edu.com/univ/2015/schools/59/jisseki/ 参照)、これ以上のんびりしてよい状況ではないだろう。

<小中高について>
*1-1:http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20150617&ng=DGKKASDG17H0O_X10C15A6CR0000 (日経新聞 2015.6.17) 
小中の区切り柔軟に、改正法成立、義務教育の一貫校制度化
 小学校と中学校の9年間の義務教育を一貫して行う小中一貫校を制度化する改正学校教育法が17日、参院本会議で可決、成立した。小中学校と同じく、同法第1条で学校に位置付け、名称は「義務教育学校」とする。2016年4月から施行する。義務教育学校は地域の実情に応じ、学年の区切りを「4・3・2」「5.4」など、柔軟に変更できる。学習指導要領で定めた学年の範囲を超えて、前倒しで授業をするには特例申請が必要だが、文部科学省は省令を改正して、義務教育学校については申請を不要にし、弾力的なカリキュラムを可能とする方針。校長は1人で、教員は原則として小中両方の免許が必要。校舎は離れていても、一体でも設置できる。従来の「6.3」制は、中学校に進学した際にいじめや不登校が増える「中1ギャップ」や、子供の発達の早期化で、現状の学年の区切りでは対応できていない点などが課題に挙げられていた。これらの課題解決や、学力の向上などのために、一部の自治体が既に小中一貫教育を実施しており、制度化で一貫教育の浸透を図る狙いがある。小中一貫校の制度化は、政府の教育再生実行会議が提言し、昨年12月に中教審が答申していた。

*1-2:http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20150622&ng=DGKKZO88343990R20C15A6CK8000 (日経新聞 2015.6.22) 重み増す理科基礎科目 早まる受験対策、高1から
 3学期制の高等学校では5月中旬頃に1学期の中間テストを行う。1年生にとっては、高校で初めてのテストということもあり、不安を抱えつつ準備をすることになる。窓口に、「すみません、学校の勉強のことなんですけど質問していいですか?」とやって来る1年生も少なくない。中でも、今年よく目にしたのが理科の質問をする生徒だった。1年では、生物基礎・化学基礎を履修する高校が多いのだが、「基礎」とついていても、決して易しいわけではない。特に生物基礎は、中学での学習との差が激しく、生徒たちはかなり難しく感じるようである。生物の担当講師は、「例えば、中学校では、『呼吸』は酸素を吸って有機物を燃やし、エネルギーを取り出して二酸化炭素を出すと習うけれど、生物基礎ではアデノシン三リン酸(ATP)やクエン酸回路といったことまで学ぶ。単に言葉として習っていたものが化学反応としてとらえなくてはならなくなり、きっと頭の中は混乱しちゃうでしょうね」という。2015年度の大学入試センター試験からは、文系志望であっても基本的に理科の基礎科目を2科目受験しなくてはいけなくなったので、理科の基礎科目は入試に直結する科目でもある。学校で学んだときに、センターレベルまでもっていければ理想なので、ここできちんと理解しておきたいと生徒たちが思うのも当然である。もちろん、理系志望者にとっては、その先にある専門科目を盤石なものにするために大切な科目でもある。私の塾では、今まで高1の講座は英語・数学・国語のみで、理科と社会の講座は高2から始めていた。しかし現状を考えると、高1の段階で、理科の基礎科目をある程度固めてしまいたいというニーズが確かにある。そこで、今年の夏休みから理科の基礎科目の講習を開くことにした。文系・理系を問わず、この講座が2年後の入試に向けて有益なものとなってくれるとよいのだが。

*1-3:http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/193905
(佐賀新聞 2015年6月4日) 知事、県総合会議に提示 「教育大綱」案を了承
 佐賀県の山口祥義知事は3日、教育委員との協議の場「県総合教育会議」を開き、教育行政の基本方針となる「教育大綱」案を示した。6月議会で議決される新総合計画の教育関連部分を抜き取って構成した。古谷宏教育長や教育委員5人と意見交換し、おおむね了承された。山口知事が7月下旬にも策定する。大綱は4月施行の改正地方教育行政法で首長に策定が義務付けられた。会議の冒頭、山口知事は「改正法の精神に基づき、政治的中立性を守りながら話し合いを進めたい」と述べた。大綱案は「教育」「子育て」「生涯学習」「文化・スポーツ」の4分野、15の基本施策で構成している。策定趣旨に「心身ともにたくましく、郷土を愛し、郷土に誇りを持った県民の育成」を掲げ、「知事と県教委が連携、協力して教育、生涯学習、文化・スポーツの振興に関する施策を総合的に推進していく」と明記した。期間は2018年度までの4年間とし、社会情勢の変化に合わせて適宜、見直していく。委員からは「佐賀らしさを感じながら進める教育について記載されており、評価できる」「学力は全国学力テストの平均点が取り上げられるが、心の教育など多面的観点で子どもたちを見ていくべき」などの意見が出た。山口知事は、競技性を重視した学校部活動の在り方に疑問を呈し、「教育現場には『こういうもんだ』という考えが多いが、それが本当に正しいのか、結論が出なくても教委で議論すれば、いろんな影響を与えられると思う」と語った。

*1-4:http://qbiz.jp/article/64071/1/
(西日本新聞 2015年6月9日) 義務教育を多様化 フリースクール認定法案提出へ
 義務教育の場を、フリースクールや家庭学習など学校以外にも広げる制度の創設に向けた動きが出てきた。超党派の議員連盟が、法案を今国会に提出する方針を決めた。実現すれば、日本の教育制度の大転換となる。不登校の子どもたちにとって「多様な学びの機会が認められる」と歓迎する声が上がる。一方で、教育の質をどう保証するのかなど課題も多い。不登校の小中学生は1997年度に10万人を超えてから増加傾向が続いており、2013年度は約12万人に上る。受け皿になっているフリースクールは全国に推計で400カ所余り。計約2千人が学んでいるとされ、全体の7割程度は不登校の子どもたちが占めているとみられる。子どもたちは居住区域の公立小中学校に籍を置きながら、活動内容を随時、学校側に報告。実際に登校していなくても、校長の裁量によって卒業が認められている。超党派の議連が今国会に提出予定の「多様な教育機会確保法案」(仮称)は、対象を不登校の子どもに限定。法案の概要によると、保護者が学校などの助言を受けて「個別学習計画」を作成し市町村の教育委員会に申請。計画が認定され、計画を修了したと認められれば、フリースクールや家庭内での学習でも、義務教育とみなされるようになる。法案に期待を寄せる関係者は多い。NPO法人「フリースクール全国ネットワーク」の江川和弥代表理事は「学校に行かないことで家族に責められたり、学校の先生との間であつれきが生じたりすることは少なくなるのではないか。小中学校以外での学習が公に認められることで、フリースクールにも通っていない不登校の子どもたちが表に出るきっかけにもなる」と強調する。公立小中学校の授業料が無料なのに対し、フリースクールは安いところで2万〜3万円、高いところでは7万〜8万円の月謝がかかる。法案には「国や自治体は必要な財政上の支援に努める」と記す予定で、経済的に通うことが困難な家庭にとっても助かる。義務教育制度に一石を投じる法案だが、課題を指摘する声も多い。フリースクールといっても現行では千差万別。数十年の歴史を持ち、100人を超える子どもたちが学ぶところもあれば、個人が数人規模で開いているところもある。質や教育の内容にばらつきがあり、埼玉大の高橋哲(さとし)准教授(教育行政学)は「学校にもフリースクールにも籍を置く『二重学籍』が解消されるのは画期的」としつつも、「教員免許の所持を教える条件にしたり、1人当たりの教えられる子どもの数を定めるなど、一定の学習環境を整備する必要はある」と話す。共栄大の藤田英典教授(教育社会学)は「少子化が進む中で、塾産業は学校教育への参入を狙っている。もともと学習指導要領の枠をはずれているフリースクールに、不登校の支援とは別の意味で塾産業が入り込んでくる恐れがあり、非常に危険」と懸念する。議連は今国会での法案成立を目指し、早ければ17年度から制度をスタートさせたい考えだ。高橋准教授は「不登校を生み出している現在の学校の状況をまず改善するべきだ」とする。「画一的な学習指導要領に拘束されるのではなく、多様な教育が認められるようにしないといけない。一人一人に目が届くよう、1クラス当たりの子どもの数を減らしたり、教師を増やすといった、根本的な施策が必要だろう」
●「社会性獲得に配慮を」福岡県内の関係者
 福岡県内のフリースクール関係者からも期待と懸念の声が聞かれた。NPO法人「青少年教育支援センター」(福岡県久留米市)の古賀勝彦理事長(67)は「学びの場として公的に認められ、フリースクールに通う子どもと保護者の安心につながる」と評価。その上で「教科学習のほか農業体験など自由活動のような教育環境も整えているか、義務教育と認める基準を明確にする必要がある」と注文する。卒業生約200人を送り出したNPO法人「フリースクール玄海」(福岡市東区)の嶋田聡代表(62)は「不登校生は、学校でテストを受けないことで内申の評価が下がり進学で不利になる場合がある。今後、フリースクールでの成績が評価の対象になれば進路の選択肢が増えることになる」と期待。一方で「フリースクールを学校に通えるようになるためのステップとして捉える考えもある。学校や本人が『通学しなくても良い』と受け止めてしまうと社会性を身に付ける機会を失いかねない」と懸念した。 

<文科省の人文社会系学部規模縮小通知>
*2-1:http://www.sankei.com/life/news/150528/lif1505280016-n1.html
(産経新聞 2015.5.28) 国立大学の人文系学部・大学院、規模縮小へ転換 文科省が素案提示
 文部科学省は27日、全国の国立大学に対して人文社会科学や教員養成の学部・大学院の規模縮小や統廃合などを要請する通知素案を示した。理系強化に重点を置いた政府の成長戦略に沿った学部・大学院の再編を促し、国立大の機能強化を図るのが狙いで、6月上旬に文科相名で大学側へ通知する。素案は、同日開かれた国立大の評価手法などを審議する有識者会議で提示された。国立大は6年ごとに中期目標を文科省に提出しなければならず、各大学は通知を参考に6月末に中期目標を文科省へ提出する。通知素案では、少子化による18歳人口の減少などを背景として、教員養成や人文社会科学などの学部・大学院について「組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むように努めることとする」と明記された。政府の試算では、平成3年に207万人だった18歳人口が42年に101万人まで半減する。文科省は少子化に伴う定員縮小の影響を指摘したほか、文系の学部・大学院の人材育成方針が明確でないなどの理由もあげた。

*2-2:http://digital.asahi.com/articles/DA3S11798186.html
(朝日新聞 2015年6月9日) 「国立大、文系見直しを」 ニーズ踏まえ廃止・転換促す 文科省通知
 国立大は2004年度以降、6年ごとに「中期目標」を文科省に提出する義務がある。6月末が16年度からの目標案の提出期限で、認可を受けるには目標が通知に沿っている必要がある。通知は「特に教員養成系や人文社会科学系学部・大学院は、組織の廃止や社会的要請の高い分野に転換する」ことを求めた。例えば、人文社会系の卒業生の多くがサラリーマンになるという実績を踏まえ、大学は地元で必要とされている職種を把握。需要にあった人材を育てる学部に転換するなどといった想定だ。文科省によると、自然科学系は国益に直接つながる技術革新や産業振興に寄与しているが、人文社会系は成果が見えにくいという。国立大への国の補助金は計1・1兆円以上。財政事情が悪化する中、大学には「見返り」の大きい分野に力を入れさせるという考えだ。文科省担当者は「文系を減らして理系を増やすという意味ではない」。別の文系学部への転換も可能だからだ。成果が出にくい分野も、将来の成果を示せれば評価をするという。
■学問の幅、狭まる懸念
 小林雅之・東大大学総合教育研究センター教授(教育社会学)の話 これまで大学は無駄が許容されてきた側面がある。今後は社会の需要に応えるのも大事だ。ただ、すぐ成果が出ない、就職率が悪いとの理由で切り捨ててよいか。大学は広い意味の教養を身につける場なのに、工学や経営学など実学が増え、学問の幅が狭まる懸念もある。個々に状況が異なる大学が自主的に判断するべきだ。

*2-3:http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG08HCT_Y5A600C1CR8000/
(日経新聞 2015/6/8) 教員養成系など学部廃止を要請 文科相、国立大に
 下村博文文部科学相は8日、全国の国立大学法人に対し、第3期中期目標・中期計画(2016~21年度)の策定にあたって教員養成系や人文社会科学系の学部・大学院の廃止や転換に取り組むことなどを求める通知を出した。通知では、各法人の強みや特色を明確に打ち出すよう求め、組織改革に積極的に取り組む大学には予算を重点配分する枠組みも盛り込んだ。教員養成系と人文社会科学系については、18歳人口の減少などを理由に、組織の廃止、社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう要請。司法試験合格率が低迷する法科大学院についても、廃止や他の大学院との連合など「抜本的な見直し」を求めた。(1)地域貢献(2)世界・全国的な教育研究(3)世界的な卓越教育研究――のいずれかの枠組みを選んで機能強化を進める大学には、運営費交付金を重点配分するとした。国立大学法人は6年ごとに中期目標・中期計画を掲げており、16年春からが3期目。各法人は通知を踏まえて目標・計画を策定し、15年度中に文科相が認可する。

<大学の反論>
*3-1:http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20150617000174 (京都新聞 2015年6月17日) 人文社会系学部「京大には重要」 山極総長、文科省通達に反論
 文部科学省が国立大学に人文社会系の学部や大学院の組織見直しを通達したことについて、京都大の山極寿一総長は17日、「京大にとって人文社会系は重要だ」と述べ、廃止や規模縮小には否定的な考えを示した。通達は2016年度から始まる国立大学の中期目標の策定に関する内容で8日に送られた。教員養成系や人文社会系の学部・大学院について、18歳人口の減少や人材需要などを踏まえ、「組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めること」としている。山極総長は「幅広い教養と専門知識を備えた人材を育てるためには人文社会系を失ってはならない。(下村博文文科相が要請した)国旗掲揚と国歌斉唱なども含め、大学の自治と学問の自由を守ることを前提に考える」と説明した。

*3-2:http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20150622&ng=DGKKZO88343910R20C15A6CK8000 (日経新聞 2015.6.22) 国立大 文科省通知の波紋(上)人文知、民主主義支える、佐和隆光・滋賀大学長
 国立大学に教員養成系や人文社会系の学部・大学院の廃止や改組を求めた文部科学省の通知が波紋を広げている。大学関係者の受け止めを2回にわたって掲載する。初回は通知に異論を唱える一方、改革を進める佐和隆光・滋賀大学長。去る6月8日、全国86の国立大学法人に対し、文部科学省は「教員養成系学部や人文社会系学部・大学院を、組織の廃止や社会的要請の高い分野に転換する」ことを求めるべく通知した。
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 昨今の文部科学行政は産業競争力会議の意向がほぼ完璧に反映されており、こうした通知が出たからといって驚くに値しない。教育学部と経済学部から成る一地方大学の学長を務める私にとっては、「想定内」の公式通知がいよいよ来たかと思うにすぎなかった。理系の研究は技術革新や産業振興を通じて国益に寄与するが、文系の研究は役に立たない。1.1兆円の運営費交付金(国税が原資)の効率的配分という観点からすれば、文系学部の学生定員・教員数を減らして浮くお金を理系の研究に回すべきである――。議長の安倍晋三首相ほか閣僚8人、企業経営者7人、大学教授2人(工学と経済学)から成る産業競争力会議が、このように考えるのは、ある意味、至極もっともなこととうなずける。そういえば、全く同じようなことを半世紀余り前に聞いたことがある。1960年3月、岸信介内閣の松田竹千代文部相(当時)が「国立大学の法文系学部は全廃して理工系を中心とし、法文系の教育は私立大学に任せるべきだ」と言ってのけた。60年安保闘争に参加した大学生の多くが国立大法文系学部生だったことと、理工系振興への経済界からの熱い要望が、大臣発言の背後にあったのだ。同年12月、池田勇人内閣は「所得倍増計画」を公表し、「今後10年間で国民所得を倍増するために、理工系学部に重点的に資金配分する」との施策を打ち出した。ソニーの創業者井深大氏は「これからは国会議員の大半を理工系学部出身者が占めるようになるだろう」と語り、理工系全盛期の到来を予言した。残念ながら、井深氏の予言は当たらなかった。今もって国会議員の大半は文系出身、理系出身者が中央官庁の事務次官に就任する例は極めて少ない。皮肉なことに井深氏の予言が的中したのは、旧ソ連や中国においてのことだった。旧ソ連共産党書記長(ゴルバチョフを除く)、そして中国国家主席は、代々工学部出身者である。なぜ井深氏の予言は日本で的中しなかったのだろうか。答えは簡単で、日本は民主主義国家だからである。自由主義・民主主義の本家本元、欧米先進諸国においては、文系学科の存在感は極めて大きい。とりわけ欧州では人文社会系の学識が指導者にとって必須の素養と目されている。日本の経営者が見れば「役立たず」の典型である歴史学科出身の官僚・政治家が少なくない。昨今、文科省が唱える「思考力・判断力・表現力」を養うには人文社会系の学識が不可欠なのだ。民主主義国家では、企業であれ官庁であれ、旺盛な批判精神を有する人材を求める。人文社会系の学識なくして批判精神なしなのだ。ゆえに全体主義国家は必ずや人文社会知を排斥するし、人文社会知を軽視する国家はおのずから全体主義国家に成り果てる。
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 安倍政権が目指す「日本の10大学を世界のトップ100以内に」を達成するには、人文社会系の研究振興が欠かせない。ランキング上位にいる英米の大学は、人文社会系の分野で高得点を稼いでいる。人文社会系に特化するロンドン経済政治学院の順位は34位。23位の東京大学には及ばずとも59位の京都大学をはるかにしのぐ。世界大学ランキング3位のオックスフォード大学では、学士課程学生の過半が人文系を専攻している。英国の司法、行政、政治、経済の分野で指導者になるには、人文社会知が必須であることを示して余りある。同時に、人文社会系分野での研究者の層の厚さゆえに、同大は世界3位にランクされるのだ。ランキング1位のカリフォルニア工科大、6位のマサチューセッツ工科大には、人文社会系学科が盛りだくさんあり、研究水準は超一流であることをも付記しておこう。このたびの文科省通知は想定内だったと先に書いたが、人文社会系の2学部から成る滋賀大学が何もせずに手をこまねいていたのでは、既存の資源(学生定員と人件費)を削り取られることは必至と見てよい。滋賀大学という一地方大学の学長としての私は、文科省通知にある「社会的要請の高い分野」とは何なのかにつき思いを巡らせ、たどり着いたのが「ビッグデータ時代の人材養成」を目指すデータサイエンス学部の創設(2017年度予定)だった。滋賀大は未来志向と文理融合を改革の理念に掲げている。ビッグデータの大半は広義の社会データであり、人文社会系の学識とデータ解析能力を「融合」した人材養成が産業振興のために不可欠なことを、産業競争力会議員の諸兄姉によろしくご理解いただきたい。こうした取り組みは、滋賀大学だけではない。文科省通知を先取りする格好で、多くの地方大学が人文社会系の学識を生かした資源の再配分、すなわち新学部の創設を競っているのである。スティーブ・ジョブズの名言で本稿をしめくくろう。11年3月、iPad2の発表会でジョブズは、こう語って多くの聴衆を魅了した。「人々の心を高鳴らせる製品を創るには、技術だけでは駄目なんだ。必要なのは人文知と融合された技術なのだよ」

*3-3:http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20150622&ng=DGKKZO88344020R20C15A6CK8000 (日経新聞 2015.6.22) 「社会に役立つ」性急すぎる要求
 「大学は社会に役に立つ人材を送り出す必要があるが、最近は近視眼的で性急な要求も多い。もっと温かい目で見てほしい」。15日、里見進・国立大学協会長(東北大学長)は記者会見で、教育学部や人文社会系学部の見直しを求めた文科省通知を批判した。同席した副会長も「理工系単科大学でも、歴史や社会を知らない学生は困る」(大西隆・豊橋技術科学大学長)、「実学系学部の学生も人文社会学系を副専攻にできる仕組みにしている。多様性が重要」(高橋姿・新潟大学長)などと訴えた。一方で、文科省の“威光”をバックに、遅れがちの改革を進める動きも出ている。

<基礎知識不足の事例>
*4-1:http://www.saga-s.co.jp/column/ronsetsu/203186
(佐賀新聞 2015年7月1日) 自民「報道圧力」問題
◆言論の府預かる資質ない
 安倍晋三首相に近い自民党若手国会議員の勉強会で、報道機関へ圧力をかけて言論封殺を探ろうとする発言が相次いだ。安全保障関連法案への理解が広がらない焦りやいらだちが、報道機関への八つ当たりという形で噴出した。言論の府を預かる国会議員として不見識極まりない発言で、稚拙というほかない。勉強会は、文化人や芸術家との意見交換を通じて「心を打つ『政策芸術』を立案し、実行する知恵と力を習得すること」が目的らしい。9月の総裁選で再選を目指す首相の「応援団」的な位置づけで、首相側近の加藤勝信官房副長官や萩生田光一党総裁特別補佐も初回会合には出席していた。非公式の勉強会とはいえ、あまりにお粗末な運営だった。講師として招いた作家の百田尚樹氏は、これまでもさまざまな舌禍を起こしてきた人物だ。政権が心血を注ぐ安保法制の国会審議に影響を及ぼす発言が出るかもしれないと想像力を働かせることはできなかったのか。各議員は報道機関が取材に来ているのを認識していたなら、非公開の場であっても発言が外に出ると自覚すべきだった。与党国会議員の勉強会が「居酒屋での愚痴」レベルの発言に終始したのは笑い話にもならず、その議員に一票を投じた有権者の方が恥ずかしくなる。何よりも会合での数々の暴言をたしなめる言動がなかったことにあきれる。「マスコミをこらしめるには広告料収入がなくなることが一番。文化人は経団連に働きかけて」と言論統制容認をうかがわせる発言をした当人はもちろん、同席議員も国会議員の資質はない。日本国憲法を一から勉強し直し、言論・表現の自由と民主主義の基本認識を深めることを求めたい。さらに「沖縄の特殊なメディア構造をつくってしまったのは戦後保守の堕落。左翼勢力に完全に乗っ取られている」との発言は、見当違いも甚だしい。29日付の本紙に掲載された沖縄タイムス、琉球新報の寄稿を読んでほしい。「県民に判断能力がないと見下すに等しい暴論だ。そんなおごりがあったなら、沖縄の新聞はとっくに県民に葬り去られていた」(琉球新報)との反論は、県民の民意に寄り添う報道姿勢を貫いてきた自負にほかならない。加えて百田氏の発言は、沖縄県民への侮辱以外の何ものでもない。「米軍普天間飛行場は田んぼの中にあった。まわりに行けば商売になると人が住みだした」は全くの事実誤認である。2地元紙が訂正などを求める抗議声明を出したほか、沖縄選出の国会議員や宜野湾市議会も発言の撤回と謝罪を求める声明や決議を出した。百田氏は真摯(しんし)に対応すべきだろう。近年、自民党による「報道への圧力」と取られかねない動きが目につく。昨年11月の衆院解散前にテレビ局に公正報道を求める文書を出したほか、今年4月には番組出演者が「政権の圧力」に言及したテレビ朝日と、やらせ疑惑が浮上したNHKの幹部を呼び、事情を聴取した。圧倒的な勢力を背景に「1強」のおごりが組織内に充満していないか。党はもちろん、政府も内部を顧みて姿勢を正すべきだ。

*4-2:http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140814/dst14081408090001-n2.htm
(産経ニュース 2014.8.14) 福島第1、凍らない「氷の壁」断念か 別工法も 19日に規制委が検討
 東京電力福島第1原発海側のトレンチ(地下道)に滞留する汚染水を遮断するための「氷の壁」が3カ月以上たっても凍らない問題で、7月末から投入している氷やドライアイスに効果が見られないことから、政府が「氷の壁」の断念を検討し、別の工法を探り始めたことが13日、分かった。政府関係者によると、19日に原子力規制委員会による検討会が開かれ、凍結方法の継続の可否について決めるという。氷の壁は、2号機タービン建屋から海側のトレンチへ流れ込む汚染水をせき止めるため、接合部にセメント袋を並べ、凍結管を通し周囲の水を凍らせる工法。4月末から凍結管に冷媒を流し始めたものの、水温が高くて凍らず、7月30日から氷の投入を始めた。しかし氷を1日15トン投入しても効果がなく、今月7日からは最大27トンに増やしたが、凍結が見られなかった。12日までに投じた氷は計約250トンに上る。ドライアイスも7日に1トン投じたものの、小さい配管に詰まってしまい投入を見合わせ、12日に再開した。氷の壁が凍結しないことは、規制委の検討会でも有識者から指摘されており、「コンクリートを流し込んでトレンチを充(じゅう)填(てん)すべきだ」との意見があった。政府関係者によると、19日に予定されている検討会では、氷投入の効果を評価した上で、効果がないと判断されれば代替工法の作業に着手するという。規制委は、トレンチにたまっている汚染水が海洋に流れ出す恐れがあることから「最大のリスク」と位置付けており、早期解決を目指している。特に凍結管の中に冷媒を通して水分を凍らせる技術は、1~4号機周囲の土中の水分を凍らせる「凍土遮水壁」と同じで、氷の壁が凍土壁にも影響しないか懸念を示している。氷やドライアイスの投入について、東電の白井功原子力・立地本部長代理は「十分な検討が不足していたという批判はその通り。失敗を次の糧にしていく。当初予定していたことができないことはあり得る」と話している。


PS(2015年7月4日追加):*5-1で、沖縄県の市民が、「県民を愚弄する精神が底流にある」と怒っているのは、“自民党若手議員”の発言の根底に、「自分たちの考えが正しく、沖縄県の市民の意見が歪んでおり、歪んでいる理由は沖縄二誌にある」という上から目線の考え方があり、失礼だからだ。そのため、*5-2で、菅官房長官の沖縄知事への「ご迷惑を掛けて申し訳ない」という謝り方は、誰にどういう“迷惑”をかけたのか不明であり、謝るべきポイントが違っていると考える。翁長沖縄県知事は大変だと思うが、へこたれずに頑張ってほしい。 女性

*5-1:http://www.saga-s.co.jp/news/national/10201/204669
(佐賀新聞 2015年7月4日) 報道圧力に450人抗議、沖縄、首相に謝罪要求
 自民党若手議員の勉強会で報道機関に圧力をかけるような発言が出た問題を受け、沖縄県の市民団体などが4日、抗議の集会を那覇市で開いた。約450人(主催者発表)が参加。「報道・言論の自由を脅かし、民主主義の根幹をも揺るがす。県民を愚弄する精神が底流にある」と非難し、自民党の安倍晋三総裁(首相)にあらためて謝罪を求める決議文を採択した。「言論・表現・報道の自由を守る沖縄県民集会」と銘打ち、市民団体のほか翁長雄志知事を支持する県議が呼び掛けた。

*5-2:http://www.saga-s.co.jp/news/national/10201/204685
(佐賀新聞 2015年7月4日) 菅官房長官が沖縄知事に陳謝、自民勉強会発言で、対話は継続
 菅義偉官房長官は4日夜、沖縄県の翁長雄志知事と東京都内のホテルで会談した。菅氏は6月25日の自民党若手議員の勉強会での沖縄をめぐる発言について「ご迷惑を掛けて申し訳ない」と陳謝した。両氏は今後の対話継続で一致した。翁長氏が会談後、明らかにした。会談は、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐる国と県の対立激化を回避する狙いから行われた。この日は、移設問題は話題にならなかった。次回以降で取り上げるとみられる。翁長氏は菅氏の陳謝について「よかった」と語った。「これから何回かにわたる話し合いのベースにする。次回以降は厳しくなる」とも述べた。


PS(2015年7月7日追加):*6は、すべての市町で質が高くて十分な学童保育ができるというのが条件であるため、場所によっては国や県のアドバイスと補助が重要だろう。私は、学童保育の担い手は、定年退職した教員や未採用の若い資格のある人に報酬を払って中心になってもらい、預かった子どもに予習・復習をさせるとともに、地域のプロにも協力してもらって、植林や畑での作物栽培、鳥の巣箱の作成と設置(木材を使った工作と生態系の理解目的)、魚とり、遠足、料理、地場産業(焼物・織物・染色等々)の作品作成、サッカーなど、家庭ではできない教育に役立つ遊びを体験させるのがよいと考える。

*6:http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/205281
(佐賀新聞 2015年7月7日) 佐賀県、学童保育センター廃止 利用急増「過渡期」不安も
■「子育てし大県」どうなる 「市町主体で運営できる」
 佐賀県は、放課後児童クラブ(学童保育)の質を向上させる目的で6年前から実施してきた「学童保育支援センター事業」を廃止した。県は「市町がノウハウを蓄積し、主体的に運営できるようになったため」と説明する。ただ、「子育てし大県“さが”プロジェクト」を掲げる中での廃止に、市町の担当者や指導員からは「利用する子どもが急増している学童保育の運営は過渡期」と残念がる声が上がり、今後への不安も漏れている。学童保育支援センターは学童保育の充実を目的に2009年度、県内4カ所でスタートした。子どもに直接関わる指導員や保護者、市町からの相談は、最も多い年で1700件を超えた。指導員を対象にした研修会は年間約50回開き、県内全域の学童保育の現状をまとめたガイドブック発行も手掛けた。県は当初、国の基金を活用し3年間を予定していたが、12年度は「質向上」に焦点を当て、センターを1カ所に集約し、県単独予算でさらに3年間継続した。県こども未来課は、この6年間で市町は条例を作って国の基準に沿った運営ができるようになったとしている。さらに開設時間が12市町で30分~1時間半、最長午後7時まで延長され、4年生以上の受け入れを7市町が拡大している。これらを基に「市町は主体的に運営できる」と判断した。一方で、こども未来課によると、本年度当初、指導員を対象にした国の補助事業「現任研修」を実施する予算を組んだ市町は県内でゼロ。県は「困りを抱えている子どもたちへの対応」などをテーマに、指導員も参加できる全7回の研修会を開催しているが、50回を数えた前年度までと比べると、激減している。センターの廃止を受け、県北部で15年以上の経験がある指導員は行政による委託運営もあり、市町職員でも現状把握が進まない現状を挙げ「まだまだ主体的にできる状況となっていない」とセンター事業廃止を不安視する。また「センターの職員は他の市町を巡り、状況を把握していた。いろんなアイデアをもらい、行政とのパイプ役にもなってくれ改善につながってきたのに」と声を落とす。県内で学童保育を担当する市町職員の一人は「事業が昨年度で終わるのであれば、県は昨年度中にノウハウをセンターから引き継ぐ丁寧な仕掛けが必要だったのでは。それがなく、尻切れとんぼになった感じ」と疑問を口にする。減少する指導員研修についても「身近な地域で開いてくれていたからこそ、時間をやりくりして参加できた。指導員の担い手は主婦層が多く、遠くまでは難しい。これからは、どうでしょうか…」。質向上の足踏みを心配している。

| 教育・研究開発::2014.8~2016.11 | 02:04 PM | comments (x) | trackback (x) |

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