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2020,09,18, Friday
日本の人口推移 産業別就業者数(2018年) 基幹的農業従事者の年齢 (図の説明:左図の合計特殊出生率は、1970~2005年の35年間は下がり続け、2005年《私が衆議院議員になった年》に本格的に保育所等の整備を始め、児童手当も払うようにして少し上がったが、この間に高齢化率は30%近くになっていた。就労者数は、2019年には平均6,724万人おり、中央の図のように、第一次産業3.5%、製造業15.9%、建設業7.5%以外の73.1%はサービス業に従事している。また、サービス業のうち医療・福祉は12.5%と、それだけで製造業に迫るニーズの高い産業だ。なお、右図のように、基幹的農業従事者の平均年齢は65歳を超えて70歳に迫っており、これで日本のモノ作りが続けられると考えるのは甘いだろう) 日本の名目賃金と実質賃金 OECD加盟国 名目GDPと購買力平価によるGDPの順位 の労働生産性 (図の説明:左図のように、金融緩和と財政支出により、名目賃金は少し上がったが、実質賃金は大きく下がった。しかし、中央の図のように、2014年のOECD加盟国における労働生産性の順位も、日本は21位でかなり低いので、仕方ないのかもしれない。右図は、2011年時点の名目GDPと購買力平価に基づくGDP《本当の豊かさを示す》の順位で、購買力平価に基づくGDPは、日本はインドより低い4位だ。ただし、1人当たりではなく、国全体のGDPである。現在は、どうなっているだろうか?) (1)菅政権の政策について 菅政権になるとどうなるのかと思っていたが、仕事師の多い本気度の高い内閣ができた。しかし、最も重要なのは、その内閣で、何をどういう方向で改革するかだ。しかし、メディアには、「派閥の力が弱いから、議員の教育ができない」「派閥があるから、密室だ」などの事実ではない矛盾する批判をよく見かけ、派閥ばかりに焦点を当てることこそが前時代的である。 1)規制改革 菅首相が、*1-1のように、規制改革を「政権のど真ん中に」と初の記者会見で述べられたのに私は賛成だが、①どの規制をどういう方向で改革するか ②それは国民のためになるのか が、最も重要である。 i)規制改革と既得権益について 縦割行政は、他省庁に端を発した変な政策を阻止するというメリットはあるが、省庁間に落として誰もやらず、誰も責任をとらないというディメリットも大きいため、既得権益改革と規制改革をど真ん中に据えて合理化するのはよいことだと思う。 実際に、省庁は既得権益を守るために既に古くなった規制を残存させていたり、各省庁が同じ名目の重複した予算をとって無駄遣いしたりもしているため、菅首相が行政改革・規制改革相に河野氏を起用されたのは本気度が見えて期待できる。 しかし、国民に対する管理強化ではなく、国民の幸福を増すための合理的な改革を進められるか否かは、今後の注目点になる。 ii)衆院解散 メディアは、新内閣が発足した途端に「解散」「解散」と騒ぎ始め、解散すると選挙費用がばら撒かれたり、視聴率が上がったりするのが目的なのかと思うくらいだが、メディアが深くて正確な情報を伝えない限り、何度解散しても国民の選択による民主主義が正しく機能するわけはない。そして、メディアのレベルの低さが、日本の民主主義の弱点になっているのだ。 さらに、まだ新型コロナが収束したわけではなく、治療薬やワクチンが承認されたわけでもないため、国民は安心できず、国民が一番望んでいるのは、感染拡大防止と経済の両立だ。 iii)デジタル庁の新設とデジタル化の推進 平井大臣はデジタルに詳しい人であるものの、民間企業はデジタル化を1990年代から進めており、2000年代に入って以降は遅れていた政治・行政も旗振り役をしてきたというのが事実であるため、既に20~30年も経過して言い古された課題を今さら推進でもないだろう。 さらに、少子化で支え手が不足する時代に、「デジタル庁」等の名目で次々と恒久的な省庁をつくり、税金で養われる生産性の低い役人を増やすのはよくない。そのため、私は、内閣府の中に担当大臣とデジタル化推進のための組織を置くことで足りると思った。 また、オンライン診療は、長所だけでなく短所もあるため、「オンライン診療をしないのは遅れた医師である」という誤解の下、政治・行政が無理にオンライン診療を進めるのはよくない。そのかわり、専門家である医療提供側が必要に応じて設備投資し、オンライン診療を採用することができるよう、高すぎない機材を準備すべきだ。何故なら、オンライン診療は、「長所-短所=純メリット>価格」の場合のみ、採用に値するからである。 さらに、マイナンバーカードが普及しない理由は、ビッグデータとして個人データの使用を推進するようなプライバシー・セキュリティー・人権に疎い政府が多くの情報を連結したマイナンバーカードを普及させれば、国民にとってはメリットよりディメリットの方が大きくなることを、国民が見抜いているからである。そのため、マイナンバーカードを普及させるためにデジタル庁を新設して歳出を増やし、複数の省庁に分かれている税と社会保障を一体改革して増税した上、社会保障を減らすことになれば、国民にとってはトリプル・ディメリットになる。 結局、経済再生は、マネーサプライを増やすだけの金融緩和と生産性の低い場所に金をばら撒く財政投資ではできなかったが、これは当然のことである。何故なら、経済成長は、国内で産業が成立するように高コスト構造を改革し、生産性を上げるための投資を行い、教育・研修によって人材を磨くことによってしか達成されないからだ。従って、経営感覚がないため、経済成長率も実質賃金も振るわないのに日本を世界一の赤字国家にした政治・行政主導の“改革”を、「ポストコロナ」として民間に押し付けるのは、マイナスであるためやめるべきである。 なお、デジタル化については、*1-2にも「コロナで行政の目詰まりが露呈した」等が述べられているが、①緊急時に ②にわか組織を作り ③業務委託を重ねて慣れない人に仕事をさせた のが間違いで、慣れた人(金銭の配布:財務省・厚労省・地方自治体、医療:保健所ではなく医療機関)に仕事をさせればよかったのである。 また、「新型コロナ禍にファクスで情報をやりとりした行政機関があったことに驚きが広がった」ともよく言われるが、デジタル化してメールを使ったから正確で迅速になるとは限らず、ファクスであれメールであれ、目的を正確に理解し、やる気を持ってやれば、迅速かつ正確にできるものだ。 さらに、長期間にわたってこのような失政を重ねた政府が、運転免許証・健康保険証・年金番号・納税者番号などをデジタル化し一体化したマイナンバーカードを、プライバシー・セキュリティー・人権などを考慮して管理できるわけがないため、国民は、それぞれを別番号にして、リスク分散しておくべきということになる。 iv)最優先は新型コロナ 「最優先課題は新型コロナ対策」と言うのは正しいが、日本等の東アジア諸国は、交差免疫があるせいか、欧米諸国のような爆発的な感染拡大はしないようだ。しかし、未だに、治療薬もワクチンも承認されておらず、「医療崩壊させないため、病院に行くな(これ自体が医療崩壊)」とか「高齢者にうつすな」と言ってきたため、医療はあてにできず、自分も決して感染することができない。そのため、のびのびと旅行、観光、飲食等に行ける状況ではないのである。 従って、検査を充実し、治療や予防もできるようにして初めて、経済のダメージが回復に向かうのであり、原因を取り除かずにカンフル剤ばかり投与しても、金を使う割に効果が薄いのだ。 v)待機児童問題「終止符打つ」 待機児童問題に終止符を打つことには、もちろん私も賛成だ。しかし、「保育園が質・量ともに不満足だ」というのは、50年以上も前から言われており、戦後世代が出産適齢期になった1970年代には既に少子化が始まっていた。それでも、未だに希望しても保育所等に入れない待機児童がいるというのが、生産性の低いこれまでの政府(特に厚労省)のやり方なのであり、長く政治・行政に携わった人ほどこの責任は重い。ここに、反省すべき点はないのだろうか? また、少子高齢化の原因を保育サービス不足と分析せず、不妊が原因だとするのは、生物的に一定割合で存在する不妊の夫婦に不要なプレッシャーをかけるため、方向が違う。出産を希望する世帯のハードルを下げるためなら、不妊治療への保険適用までとし、政府による子づくり奨励はやめるべきである。 vi)機能する日米同盟 「①我が国を取り巻く環境はいっそう厳しくなる」「②機能する日米同盟を基軸とした政策を展開する」「③自由で開かれたインド太平洋を戦略的に推進する」「④中国・ロシアを含む近隣諸国と安定的な関係を築く」「⑤北朝鮮による日本人拉致問題の解決に全力を傾ける」というのはよいと思うが、④にかかわらず、日本の領土に関する争いには妥協しないで欲しい。日本政府は、内弁慶で困るのである。 vii)「桜を見る会」来年以降中止 モリ・カケ・サクラについては、法令違反ではない重箱の隅をつつくような事象を、安倍前首相を追及する手段として野党が延々と使ったことに、「政治家は法令違反でなくても、何を言われるかわからない」という意味で嫌な気がした。そのため、「桜を見る会」を来年以降に中止するのはよいと思う。 日本のメディアは、「政治とカネ」の話題にはフィーバーして飛びつくが、昔のように、億単位のカネが政治家個人に献金されたり、有力政治家の地元に駅が造られたりしていた時代とは異なり、今は、そういうことはできない。そのため、首相になっても支援者を「桜を見る会」に招待し、誰とでも写真撮影し、愛想をよくして票を集めているくらいなので、批判している方が古い感覚のままだと思う。そして、そこに、違法行為はなかった筈だ。 (2)憲法への緊急事態条項の新設は危険であること 安倍前首相は、*2-1のように、新型コロナウイルス感染拡大を受け、「憲法を改正して、『緊急事態条項』の創設が必要だ」と訴えられたそうだが、私は、今でも先進的と言える日本国憲法の理念に、それとは矛盾する条項を加えてつぎはぎだらけにされた日本国憲法を美しいとは思わない。しかし、自民党内には、憲法改正が立党以来の党是だとする人も多いのは事実だ。 そのため、自民党改憲案に書かれているような内容に、①すべての与党議員が賛成なのか否か ②その意見の理由 ③他党の議員はどうか などについて、メディアは大学の憲法学教室などと組んで正確な意識調査を行い、総選挙までに公表すべきだ。何故なら、次に与党が2/3を超えて大勝すれば改憲圧力が増すことは間違いなく、採決時には与党議員の賛成が推測されるからだ。しかし、私は、「他の政策に賛成で与党議員になっている人に、党議拘束をかけて無理に憲法変更に賛成させるのは本当の民主主義ではない」とも考えている。 なお、自民党が憲法改正条文案に緊急事態条項の創設を盛り込み、内閣の権限を一時的に強化する案と、選挙が実施できない場合に国会議員の任期を延長する案を併記しながら、新型コロナが終息していない現在、衆議院を解散するというのは矛盾が大きすぎる。 そのため、*2-2のように、「新型コロナ感染拡大を受けて、憲法に緊急事態条項を設けるべきだ」という意見が自民党内にあることについて、毎日新聞の全国世論調査で全体の45%もの人が「賛成」と答えたのは(自民党支持層:賛成63%、無党派層:わからない40%・賛成38%、反対:17%)、緊急事態条項を用いて行われる他の権利制限の可能性について考慮していないからだと考える。 首都大学東京の憲法学教授である木村草太氏は、*2-3のように、「緊急事態条項の創設によって、内閣総理大臣は「緊急事態宣言」を発することができるようになり、その時、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定したり、財政上必要な支出・その他の処分・地方自治体の長に対する指示を行ったりすることができるが、発動要件が曖昧で国会承認は事後でも良いとされているため、恣意的な緊急事態宣言を出すこともでき、内閣独裁権条項になり得る」と書いておられる。私も、そのとおりだと思う。 (3)新型コロナ対策における私権制限の妥当性について 新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言の下、*3-1のように、政府・都道府県知事などが、新型コロナウイルス感染防止のためとして不要不急の外出自粛や休業を要請したため、市民や企業は移動制限・集会中止・営業停止等の自粛をせざるを得なくなった。 しかし、このような事態が長期間続いた理由は、PCR検査をして感染者と非感染者を分け、感染者を隔離・治療しなかったため、全ての人を感染者と見做して、全ての人に外出自粛や休業を要請せざるを得なくなったからである。そして、日本中の活動を止めるという誤った政策選択により、自由や権利の制限が生活苦に結び付いた人は多く、補償金額は日本全体としては莫大だったが、損害を受けた人にとっては「焼け石に水」にすぎなかった。 このような中、「緊急事態宣言を出すにあたり、憲法に緊急事態条項を新設する必要がある」という意見はあるが、「緊急事態」は、その時の政府によってどうにでも定義でき、変な使い方をすれば国民の自由や権利を不当に侵害するため、憲法に緊急事態条項を新設してはならないと、私は考える。 ただし、憲法への緊急事態条項新設に対する反論として、「立憲主義」「立憲主義に逆行」というフレーズを使うのは、憲法変更阻止の盾として機能しない。何故なら、「立憲主義」は、既に誰もが当然のこととして受け入れており、立憲主義に反対している人はおらず、それだからこそ憲法への緊急事態条項新設を画策しているからである。 なお、*3-2のように、長野県の阿部知事が新型コロナ感染症対策で、県民への協力要請の根拠となる条例制定を検討していく考えを示されたそうだが、その条例には、県民や事業者が今後取り組むべき内容を盛り込むため、一定の行動規範として私権の制限にも繋がりかねず、感染症対策を大義名分に行政権限の強化することになりそうだとのことである。 このように、「緊急事態」とは、感染症対策や災害を大義名分にすることもできれば、高齢化による年金制度崩壊を大義名分にすることもできるものだ。つまり、政府・行政が、自分たちの責任を棚に上げ、国民の私権制限を行って都合よく解決する手段に使うこともできるものであるため、憲法への緊急事態条項の新設は決して行ってはならないのである。 ・・・参考資料・・・ <菅政権の政策> *1-1:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63932370W0A910C2000000/?n_cid=DSREA001 (日経新聞 2020/9/16) 規制改革「政権のど真ん中に」 菅首相が初の記者会見 菅義偉首相は16日夜、首相官邸で首相就任後初めての記者会見に臨んだ。「政治の空白は決して許されない。全国民が安心して生活を取り戻すため、安倍政権の進めてきた取り組みを継承していく。そのことが私に課せられた使命だ」と述べた。 ■規制改革「政権のど真ん中」 規制改革について「官房長官を7年8カ月務めるなかで、なかなか進まない政策課題は省庁の縦割りが壁になった」と指摘した。ふるさと納税の創設など省庁が抵抗した例を挙げて「こうした例は探せばいくらでもある。縦割りと既得権益、悪しき前例を打破して規制改革を進める」と強調した。首相は行政改革・規制改革相に河野太郎氏を起用した。「自民党でも行革をやっていたので任命した」と説明した。河野氏に「『縦割り110番』のような、国民から現実に起きているものを参考にしたらどうか、と指示した」と明らかにした。「私自身が規制改革をこの政権のど真ん中に置いている」と唱えた。 ■衆院解散「時間の制約視野に考える」 衆院解散・総選挙の時期に関して「(任期)1年以内に解散・総選挙はある。時間制約も視野に入れ考える」と語った。「新しい内閣に国民が求めているのは新型コロナウイルス収束を何とか早くやってほしい、同時に経済をしっかり立て直してほしい(ということ)」と話した。「感染拡大防止と経済の両立を国民は一番望んでいる」と述べ、新型コロナの収束に全力を挙げる考えを示した。 ■デジタル庁新設明言 オンライン診療は「今後も続ける必要がある」と語った。マイナンバーカードの普及推進などを念頭にデジタル庁の新設を明言した。普及が遅れるマイナンバーカードの推進に向け「複数の省庁に分かれている関連政策をとりまとめて強力に進める体制としてデジタル庁を新設する」と表明した。「経済再生は引き続き政権の最重要課題だ」と強調した。「金融緩和、財政投資、成長戦略の3本を柱とする『アベノミクス』を継承し一層の改革を進める」と述べた。「この危機を乗り越えた上で『ポストコロナ』の社会構築に向けて集中的に改革し、必要な投資をして、再び強い経済を取り戻す」と力説した。サプライチェーン(供給網)の見直しなどを進めると説いた。 ■最優先は新型コロナ 最優先課題は新型コロナウイルス対策と言明した。「欧米諸国のような爆発的な感染拡大は絶対に阻止し、国民の命と健康を守り抜く」と強調した。「そのうえで社会経済活動との両立を目指す」と言及した。来年前半までに国民に行き渡るように「ワクチンの確保を目指す」と述べた。持続化給付金や雇用調整助成金、無利子・無担保融資など一連の経済対策を挙げて「必要な方々に届ける」と説明した。国内旅行の需要喚起策「Go To トラベル」などのキャンペーンを通じて「観光、飲食、イベント、商店街などダメージを受けた方々を支援する。今後も躊躇(ちゅうちょ)なく対策を講じる」と力説した。 ■待機児童問題「終止符打つ」 少子化対策に関して「長年の課題だ。若い人たちが将来も安心できる全世代型社会保障制度を構築していく」と語った。希望しても保育所などに入れない待機児童問題について「今後、保育サービスを拡充し、終止符を打っていく」と解決に意欲を示した。「出産を希望する世帯を支援する」と話し「ハードルを少しでも下げるために不妊治療への保険適用を実現する」と訴えた。 ■外交「機能する日米同盟を」 外交・安全保障では「我が国を取り巻く環境がいっそう厳しくなるなか、機能する日米同盟を基軸とした政策を展開していく」と述べた。「自由で開かれたインド太平洋を戦略的に推進すると共に、中国・ロシアを含む近隣諸国と安定的な関係を築いていきたい」と語った。北朝鮮による日本人拉致問題について「解決に全力を傾ける。米国をはじめとする関係国と緊密に連携し、全ての拉致被害者の1日も早い帰国を実現すべく引き続き全力で取り組む」と話した。 ■「桜を見る会」来年以降中止 首相主催の「桜を見る会」を巡り「首相に就任したこの機に来年以降、中止したい」と明言した。「安倍政権発足以来、政権が長くなる中で招待客が多くなったのも事実だ」と説明した。学校法人「森友学園」や「加計学園」を巡る問題などへの見解を問われ「安倍政権に様々な指摘をいただいた。客観的にみて、おかしいことは直していく」と語った。「今後、ご指摘のような問題がずっと起こることがないよう、みなさんの声に謙虚に耳を傾けながらしっかりと取り組みたい」と話した。 *1-2:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO63944950X10C20A9EA2000/?n_cid=NMAIL006_20200917_A (日経新聞 2020/9/17) デジタル化、全閣僚で推進 菅内閣が発足、コロナで露呈した行政目詰まり打開狙う 16日夜に発足した菅義偉内閣は新型コロナウイルスの感染拡大で露呈した行政や社会の古い規制、デジタル化の遅れに対処するのが喫緊の課題になる。行政改革・規制改革相、デジタル改革相、厚生労働相の3閣僚がカギを握る。首相はデジタル化を全閣僚で推進するよう指示した。スピードと実行力が問われる。「行政の縦割り、既得権益、あしき前例主義、こうしたものを打ち破って規制改革を全力で進める」。首相は16日夜の記者会見で明言した。「規制改革を政権のど真ん中に置いている」と述べた。新型コロナの感染拡大を受け、今年春以降、PCR検査がなかなか増えなかった。安倍晋三前首相が具体的な検査能力の数値目標を掲げても達成まで時間がかかる。実行が遅れる「目詰まり」の理由も判然としない。国と地方自治体、保健所、医療機関の連携がうまくとれない「縦割り」の弊害がうかがえた。首相の指示ですら簡単には変わらない実態も浮き彫りになった。1人あたり10万円の現金給付は事務手続きが煩雑なうえ、米欧に比べると迅速に受け取れない。新型コロナ禍で在宅勤務を進めようにも、行政手続きや企業の決裁はいまだにハンコ文化、紙文化が残る。休校に見舞われた学生にオンライン授業をすべきだと意見が出ても十分に環境が整っていない――。首相は安倍政権の官房長官として様々な問題に直面した。「行政の縦割り打破」「規制改革の徹底」。就任前の自民党総裁選ではこう訴えた。一連の問題には幅広い分野で行政改革と規制改革をしなければならないとの判断だ。「1カ月で何ができるかまとめさせたい」。菅氏は周囲にこう漏らしている。対応が遅れれば、新型コロナの収束だけでなく経済にもさらに悪影響が出る。短期決戦だ。成果を出すには担当閣僚の突破力が必要になる。自身とタッグを組み、専門分野で経験を持つ人材を要所に配置した。目玉が行革・規制改革相の河野太郎氏だ。「行政改革と規制改革をしっかりやってくれ」。首相は組閣前日の15日夜、河野氏に伝えた。河野氏はいずれもかつて閣僚として担当した経験がある。次期首相候補の一人として人気を集め、直前までは外相、防衛相を務めていた河野氏には軽量級の閣僚にも見える。新内閣の閣僚をみると再任が8人、閣内横滑りが3人、再入閣が4人と刷新感は乏しい。学習院大の野中尚人教授は「目新しさよりも手堅さで選んでいる」と話す。河野氏のような経験者が多く入閣したからだ。首相は2009年の総裁選で立候補した河野氏を支持した。選挙区は同じ神奈川で1996年衆院選に初当選した当選同期組だ。安倍政権で外相や防衛相に起用されたのも「官房長官の菅氏の後押しがあった」ともいわれ、関係は近い。突破力はどうか。河野氏は党内では「異端児」「破壊者」「改革原理主義者」と呼ばれてきた。強固な規制を打ち破るには適任との声もある。首相は16日夜の記者会見で「規制改革は河野氏と首相でしっかりやっていきたい」と強調した。とはいえ、規制改革も行政改革も足場となる強固な官僚組織があるわけではない。全閣僚・全行政組織を相手にする「改革の司令塔」の位置づけだが、乏しい戦力で巨大な行政組織に切り込めるのかが問われる。行政の縦割り打破には古い政官業の関係にメスを入れなければならない。デジタル化はその契機にもなる。デジタル改革相になった平井卓也氏は党内ではデジタル・IT政策の第一人者と呼ばれる。今回兼務するIT相も経験済みで河野氏と同様「首相が信頼を置く経験者」だ。新型コロナ禍では危機下でもファクスで情報をやりとりする行政機関があったことに驚きが広がった。感染状況の把握や分析、迅速な対応が難しくなる理由の一つだった。給付金の支給ではマイナンバーカードを使う手続きに十分に対応できない自治体が多く、支援が遅れる問題もあった。いずれもデジタル化の遅れが原因だ。社会保障や税の手続きを効率化するため導入したマイナンバーカードの状況は象徴的だといえる。首相は官房長官時代に機能や利用範囲の拡充に取り組み始めたが、いまだに普及率は2割弱にとどまる。首相は16日夜の記者会見で「行政デジタル化のカギはマイナンバーカードだ。役所に行かなくてもあらゆる手続きができる社会を実現するには不可欠だ」と訴えた。運転免許証や健康保険証などをデジタル化して一体化する案がある。新型コロナ禍で在宅勤務を広げるための書面、押印、対面作業の削減も課題になる。企業の契約や行政手続きに残る法規制を改める必要がある。デジタル化を進めるため、首相は「デジタル庁」の創設を掲げる。関係省庁のデジタル政策を一元化する構想だ。菅氏は「法改正に向け早速準備したい」と唱えており、平井氏が総務省、経済産業省を筆頭に全省庁と話をつける必要がある。短期で実績を出せるかが問われてくる。切り込まれる側になる厚労相には調整力に定評がある田村憲久氏を充てた。田村氏も厚労相経験者だ。やはり菅氏の初当選同期で菅氏が総務相の時に総務副大臣で一緒に仕事をした仲だった。厚労相は今冬にインフルエンザと新型コロナが同時流行になった場合の備えが急務になる。両者は症状だけで判別しにくく、見分ける検査体制が不可欠だ。足りないといわれていた検査をさらに増強しなければならない。改革と危機対応に並行して臨む難しさがある。コロナ禍では初診からのオンライン診療が解禁された。とはいえ日本医師会などが反対姿勢をとり、コロナ収束までの時限的な措置にとどまった。首相は16日夜「ようやく解禁されたオンライン診療は今後も続けていく」と説いた。政官業の関係も課題だ。 <憲法への緊急事態条項の新設は危険であること> *2-1:https://www.sankei.com/politics/news/200502/plt2005020009-n1.html (産経新聞 2020.5.2) 「緊急事態条項」の必要性に言及 安倍首相の「改憲メッセージ」判明 安倍晋三首相(自民党総裁)が、ジャーナリストの櫻井よしこ氏らが主催する3日の憲法フォーラムに寄せたビデオメッセージで、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、憲法を改正して「緊急事態条項」を創設する必要性を訴えていることが2日、わかった。フォーラムは、櫻井氏が共同代表を務める「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などが開催する。首相はビデオメッセージで、憲法改正が立党以来の党是だと強調。「時代にそぐわない部分と不足している部分は改正していくべきではないか」と訴える。新型コロナ対応をめぐって、「現行憲法では緊急時に対応する規定は『参議院の緊急集会』しか存在していない」と指摘。その上で、「緊急事態において国民の命や安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たし、憲法にどう位置付けるかは極めて重く、大切な課題だ」と述べる。首相は自民党がまとめた改憲案4項目で緊急事態対応を掲げていることも触れ、「まずは国会の憲法審査会の場で議論を進めていくべきだ」と呼びかける。一方、首相は新型コロナの感染者の救護などで自衛隊が尽力していることを紹介。「自衛隊の存在を憲法上、明確に位置付けることが必要だ」とも述べ、憲法に自衛隊を明記する9条改正に改めて意欲を示す。また、平成29年のメッセージで「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と述べたことに関し、「残念ながら、実現に至っていない」とする。 *2-2:https://mainichi.jp/articles/20200502/k00/00m/010/188000c (毎日新聞 2020年5月2日) 憲法に「緊急事態条項」創設に「賛成」45%、機運高まらず 全国世論調査 日本国憲法は3日、1947年の施行から73年を迎えた。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、憲法に緊急事態条項を設けるべきだとの意見が自民党内にあることについて、毎日新聞が4月18、19日に実施した全国世論調査では45%が「賛成」と答えた。「反対」は14%、「わからない」が34%だった。自民党は大地震などの大災害に対応するためとして、2018年にまとめた4項目の憲法改正条文案に緊急事態条項の創設を盛り込んだ。そこには、内閣の権限を一時的に強化する案と、選挙が実施できない場合に国会議員の任期を延長する案を併記している。新型コロナの問題で政府の緊急事態対応に注目が集まる中、自民党内には改憲機運を盛り上げたい思惑もあるようだが、議論が活発化しているとは言い難い。自民党の政党支持率は29%で、支持層の63%が「賛成」。一方で全体の43%を占める無党派層では「わからない」の40%と「賛成」の38%がほぼ並び、「反対」は17%だった。野党の多くは「国民の権利制限に歯止めが掛からない懸念がある」と慎重で、その支持層では「反対」が多いか賛否が拮抗(きっこう)している。安倍晋三首相の在任中に憲法改正を行うことには「反対」が46%で、「賛成」の36%を上回った。昨年4月の調査でも同様の質問に「反対」48%、「賛成」31%だった。自民党の改憲条文案のうち、自衛隊の存在を明記する案には「賛成」34%、「反対」24%、「わからない」33%だった。質問の仕方が異なるため単純に比較はできないが、昨年の調査でも「賛成」27%、「反対」28%、「わからない」32%と回答が割れていた。 *2-3:https://webronza.asahi.com/politics/articles/2016030100008.html (論座 2016年3月14日) 緊急事態条項の実態は「内閣独裁権条項」である、自民党草案の問題点を考える、木村草太 首都大学東京教授(憲法学) 1 自民党草案の緊急事態条項とは 今年に入り、安倍首相や一部の自民党議員は、憲法改正に強い意欲を示しており、参院選の争点にしようとする動きもある。特に注目を集めているのが、緊急事態条項だ。 自民党は2012年に発表した憲法改正草案で、戦争・内乱・大災害などの場合に、国会の関与なしに内閣が法律と同じ効力を持つ政令を出す仕組みを提案している。具体的な条文は次の通りである。 ○第98条(緊急事態の宣言) 1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。 2 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。 3 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。 4 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。 ○第99条(緊急事態の宣言の効果) 1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。 2 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。 3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。 4 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。 ●発動要件は曖昧で、歯止めは緩い 98条は、緊急事態宣言を出すための要件と手続きを定めている。具体的には、法律で定める緊急事態」になったら、閣議決定で「緊急事態の宣言」を出せる(98条1項)。また、緊急事態宣言には、事前又は事後の国会の承認が要求される(98条2項)。何げなく読むと、大した提案でないように見えるかもしれないが、この条文はかなり危険だ。まず、緊急事態の定義が法律に委ねられているため、緊急事態宣言の発動要件は極めて曖昧になってしまっている。その上、国会承認は事後でも良いとされていて、手続き的な歯止めはかなり緩い。これでは、内閣が緊急事態宣言が必要だと考えさえすれば、かなり恣意的に緊急事態宣言を出せることになってしまう。 ●効果は絶大な緊急事態宣言 では、緊急事態宣言はどのような効果を持つのか。要件・手続きがこれだけ曖昧で緩いのだから、通常ならば、それによってできることは厳しく限定されていなければならないはずだ。しかし、草案99条で規定された緊急事態宣言の効果は強大である。四つのポイントを確認しておこう。 第一に、緊急事態宣言中、内閣は、「法律と同一の効力を有する政令を制定」できる。つまり、国民の代表である国会の十分な議論を経ずに、国民の権利を制限したり、義務を設定したりすること、あるいは、統治に関わる法律内容を変更することが、内閣の権限でできてしまうということだ。例えば、刑事訴訟法の逮捕の要件を内閣限りの判断で変えてしまったり、裁判所法を変える政令を使って、裁判所の権限を奪ったりすることもできるだろう。 第二に、予算の裏付けなしに、「財政上必要な支出その他の処分」を行うことができる。通常ならば、予算の審議を通じて国会が行政権が適性に行使されるようチェックしている。この規定の下では、国会の監視が及ばない中で不公平に復興予算をばらまくといった事態も生じ得るだろう。 第三に、「地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」。つまり、地方自治を内閣の意思で制限できるということだが、これも濫用の危険が大きい。例えば、どさくさに紛れて、首相の意に沿わない自治体の長に「辞任の指示」を出すような事態も考えられる。実際、ワイマール憲法下のドイツでは、右翼的な中央政府が、緊急事態条項を使って社会党系のプロイセン政府の指導者を罷免したりした。今の日本に例えると、安倍内閣が、辺野古基地問題で対立する翁長沖縄県知事を罷免するようなものだろうか。第四に、緊急事態中は、基本的人権の「保障」は解除され、「尊重」に止まることになる。つまり、内閣は「人権侵害をしてはいけない」という義務から解かれ、内閣が「どうしても必要だ」と判断しさえすれば、人権侵害が許されることになる。これはかなり深刻な問題だ。政府が尊重する範囲でしか報道の自由が確保されず、土地収用などの財産権侵害にも歯止めがかからなくなるかもしれない。 以上をまとめるとこうなる。まず、内閣は、曖昧かつ緩やかな条件・手続きの下で、緊急事態を宣言できる。そして、緊急事態宣言中、三権分立・地方自治・基本的人権の保障は制限され、というより、ほぼ停止され、内閣独裁という体制が出来上がる。これは、緊急事態条項というより、内閣独裁権条項と呼んだ方が正しい。 2 多数の国が採用? このように見てくると、憲法に強い関心を持っていない人でも、この条文は相当危険だと言うことが分かるだろう。しかし、安倍首相は、こうした緊急事態条項は、「国際的に多数の国が採用している憲法の条文」であり、導入の必要が高く、また濫用の心配はないと言う(1月19日参議院予算委員会)。これは本当だろうか。外国の緊急事態条項と比較してみよう。一般論として、戦争や自然災害が「いつ起こるか」は予測困難だが、「起きた時に何をすべきか」は想定可能だ。そうした予測を基に、誰が、どんな手続きで何をできるのかを事前に定めることは、安全対策としてとても重要だろう。そして、警報・避難指示・物資運搬等の規則を細かく定めるのは、国家の基本原理を定める憲法ではなく、個別の法律の役割だ。したがって、外国でも、戦争や大災害などの緊急事態には、事前に準備された法令に基づき対応するのが普通だ。例えば、アメリカでは、災害救助法(1950年)や国家緊急事態法(1976年)などが、緊急時に国家が取りうる措置を定めている。また、1979年に、カーター政権の大統領令により、連邦緊急事態管理庁(FEMA)という専門の行政組織が設置された。FEMAが災害対応に関係するいろいろな機関を適切に調整したことで、地震やハリケーンなどの大災害に見事に対処できたと言われている。フランスでは、1955年に緊急事態法が制定されており、政府が特定地域の立ち入り禁止措置や集会禁止の措置をとることができる。後述するように、フランスには憲法上の緊急事態条項も存在するが、昨年末のテロの際には、憲法上の緊急事態条項ではなく、こちらの法律を適用して対処した。 ●慎重な議会手続きを要求 では、憲法上の緊急事態条項は、どのような場合に使われるのか。まず前提として、多くの国の憲法は、適正な法律を作るために、国会の独立性を確保したり、十分な議論が国会でなされたりするなど、立法に慎重な議会手続を要求していることを理解せねばならない。逆にいえば、通常の立法手続きは面倒くさいということだが、政府の意のままに国会が立法したのでは、権力分立の意義が失われ、国民の権利が侵害される危険が高まる。もしも柔軟な立法を可能にするために議会手続きを緩和しようとするなら、憲法の規定が必要になる。例えば、アメリカ憲法では、大統領は、原則として議会招集権限を持たないが、緊急時には議会を招集できる(合衆国憲法2条3節)。また、ドイツでは、外国からの侵略があった場合に、州議会から連邦議会に権限を集中させたり、上下両院の議員からなる合同委員会が一時的に立法権を行使したりできる(ドイツ連邦共和国基本法10a章)。これらの憲法は、政府に立法権を直接に与えているわけではない。大統領に議会召集権を与えることで国会の独立性を緩和させたり、立法に関わる議員の数を減らすことで迅速さを優先させたりしているに過ぎない。また、フランスや韓国には、確かに、大統領が一時的に立法に当たる権限を含む措置をとれるとする規定がある。しかしその権限を行使できるのは、「国の独立が直接に脅かされる」(フランス第五共和制憲法16条)とか、「国会の招集が不可能になった場合」(大韓民国憲法76条)に限定される。あまりに権限が強いので、その権限を行使できる場面をかなり厳格に限定しているのだ。フランスは昨年末のテロの際に緊急事態宣言を出しているが、それが憲法上の緊急事態宣言ではなかったのは、こうした背景による。つまり、アメリカ憲法は、大統領に議会招集権限を与えているだけだし、ドイツ憲法も、議会の権限・手続きの原則を修正するだけであって、政府に独立の立法権限を与えるものではない。また、フランスや韓国の憲法規定は、確かに一時的な立法権限を大統領に与えているものの、その発動要件はかなり厳格で、そう使えるものではない。これに対し、先ほど述べたように、自民党草案の提案する緊急事態条項は、発動要件が曖昧な上に、政府の権限を不用意に拡大している。他の先進国の憲法と比較して見えてくるのは、自民党草案の提案する緊急事態条項は、緊急時に独裁権を与えるに等しい内容だということだ。こうした緊急時独裁条項を「多数の国が採用している」というのは、明らかに誇張だろう。確かに、憲法上の緊急事態条項は多数の国が採用しているが、自民党草案のような内閣独裁条項は、比較法的に見ても異常だといわざるを得ない。 3 日本国憲法には緊急事態条項がない? また、日本国憲法には、緊急事態条項がなく、満足な対応ができない可能性がある、と指摘されることもある。もしそれが本当なら、自民党草案のような条項になるかどうかはともかくとして、緊急事態条項の導入を検討しても良いようにも思われる。しかし、憲法とは、国民の権利を守り、権力濫用を防ぐために、国家権力を規制する法だ。権力者から、憲法を変えたいと提案されたときは、警戒して内容を吟味した方が良い。まず、そもそも、現行憲法に緊急事態条項がない、というのが誤りである。戦争や災害の場合に、国内の安全を守り、国民の生命・自由・幸福追求の権利を保護する権限は、内閣の行政権に含まれる(憲法13条、65条)。したがって、必要な法律がきちんと定められていれば、内閣は十分に緊急事態に対応できる。また、緊急事態対応に新たな法律が必要なら、内閣は、国会を召集し(憲法53条)、法案を提出して(憲法72条)、国会の議決を取ればよい。衆議院が解散中でも、参議院の緊急集会が国会の権限を代行できる(憲法54条2項)。参議院は半数改選制度を採っているので、国会議員が不在になることは、制度上ありえない。誰もが必要だと思う法案なら、国民の代表である国会が邪魔をすることもないだろう。実際、東日本大震災の時には、当時の野党だった自民党や公明党も、激しく対立していた菅民主党政権に相当の協力をした。アメリカの憲法が緊急事態時に大統領に例外的に認めている議会召集権は、すでに、日本国憲法に規定されていると評価できるのだ。また、緊急事態については、既に詳細な法律規定が整備されている。侵略を受けた場合には武力攻撃事態法、内乱には警察官職務執行法や自衛隊の治安出動条項、災害には災害救助法や災害対策基本法がある。災害対策基本法109条には、状況に応じて、供給不足の「生活必需物資の配給又は譲渡若しくは引渡しの制限若しくは禁止」や「災害応急対策若しくは災害復旧又は国民生活の安定のため必要な物の価格又は役務その他の給付の対価の最高額の決定」、「金銭債務の支払」延期などに関する政令制定権限までもが定められている。これらの規定は、かなり強力な内容だ。過剰だという評価はあっても、これで不足だという評価は聞かれない。さらに、これらの法律ですら足りないなら、不備を具体的に指摘して、まずは法改正を提案すべきだ。その上で、必要な法案が現憲法に違反するということになって初めて、憲法改正を争点とすべきだろう。具体的な法令の精査なしに、漠然と「今のままではダメなのだ」という危機感をあおる改憲提案に説得力はない。 4 おわりに もちろん、以上の議論は、日本国の非常事態への備えが十分だということを意味しない。いくら法律があっても、政府や自治体、国民が上手に使いこなせなければ、絵に描いた餅だ。また、ミサイルだろうが、大地震だろうが、それに対応するには、食糧の備蓄や緊急用の非常電源が欠かせない。こうした非常事態への備えの中で、特に、考えてほしいのが居住の問題である。早川和男教授は、阪神大震災について、次のように述べている。1995年1月17日、阪神・淡路を大震災が襲った。この震災は多くの問題をあらわにしたが、とりわけ人間が生きていくうえでの住居の大切さを極端なかたちで示した。……この地震は強度からいえば中規模であったといわれる。それがなぜこのような大災害につながったのか。死亡原因は、家屋による圧死・窒息死88%、焼死10%、落下物2%。家が倒れなければなかった犠牲である。出火も少なかったはずである。どこからか火が押し寄せてきても逃げることができたであろう。道路が広くても家が倒れたならば助からない。(早川和男『居住福祉』岩波新書18頁)。阪神大震災の一年前に戻れるなら、自民党草案のような憲法条項を作るよりも、個々の住居を災害に強いものにする方が、はるかに多くの命を救えるだろう。となると、非常事態に強い国を本気で作りたいなら、今取り組むべきは改憲論議ではない。法律を使いこなすための避難訓練の実施、食糧備蓄・発電設備の充実、各自治体への災害対策用の予算・設備の援助、居住福祉の確保だろう。緊急事態を本気で憂うるなら、緊急時に漠然とした強権に身を委ねるのは得策ではない。強権に頼って思考停止することなく、緊急事態対応に必要な予算・設備をどんどん提案すべきだ。首相が本気なら、積極的に提案を取り入れるだろう。そうでないなら、「憲法の文言を変えた」という実績がほしいだけ、と評価されるだろう。ただし、内閣独裁権条項の提案は、提案としては問題外だが、緊急事態への備えを議論する良いきっかけになると思う。この提案に反対する市民は、内閣独裁権条項の危険性を指摘するのと同時に、「本当に必要な緊急事態対策」をどんどん提案し、「対案」をぶつけて行くべきだ。緊急事態条項を提案する人たちは、自分たちで緊急事態対応が必要だと言い出した手前、「対案」を出されたら真剣に検討せざるを得ないだろう。そして、その「対案」が一つ一つ実現して行けば、将来の犠牲者を確実に減らすことができるだろう。 <新型コロナ対策による私権制限の妥当性> *3-1:https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2020/200503.html (日本弁護士連合会会長 荒 中 2020年5月3日) 憲法記念日を迎えるに当たっての会長談話 本日は、日本国憲法が施行されてから73年目の憲法記念日です。本年は、新型コロナウイルスの感染が拡大し、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく緊急事態宣言の下でこの日を迎えることになりました。政府及び都道府県知事は、新型コロナウイルスの感染防止のため、不要不急の外出自粛や休業などを要請し、市民や企業などの多くも、移動を制限し、集会などを中止し、営業を停止するなど、自粛を行うことによってその要請に対応している状況にあります。しかし、そのような感染防止策を講ずる場合であっても、個人の権利は最大限尊重される必要があり、権利制限により生活が脅かされるときには、その補償も課題となります。報道によると、首相は衆議院の議院運営委員会において、緊急事態宣言を踏まえ、憲法に緊急事態条項を新設する改正議論への波及に期待感を表明したとのことです。しかしながら、感染防止は市民の協力を得ての法律上の対応で十分可能です。感染防止の必要性を過度に強調して憲法に緊急事態条項を新設することは、個人の権利規制が必要以上に強化される危険があります。このような危険を防ぐためには、政府に情報を開示させて説明責任を果たさせ、政府の施策を民主的に監視することが重要です。また、政府の適切な説明と十分な経済的支援があってこそ、市民の理解に基づく効果的な感染防止が期待できます。当連合会は、立憲主義を堅持し、国民主権に基づく政治を実現することにより個人の人権を守る立場から、効果的な感染防止のためには、政府による適切な説明と十分な経済的支援により市民の理解と協力を得ることの重要性を訴えるとともに、立憲主義に逆行する動きに対する警戒を怠ることなく、人権擁護のための活動を続けてまいります。 *3-2:https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200521/KT200520ETI090010000.php (信濃毎日新聞 2020年5月21日) コロナ対策条例 なぜ必要か分からない 阿部守一県知事が新型コロナウイルスの感染症対策で、県民への協力要請の根拠となる条例の制定を検討していく考えを示した。県内の新規感染者数は落ち着いてきたものの、緊急事態宣言の解除で国内の感染が再び広がる恐れもある。県はコロナ対策が長期に及ぶことを前提に、6月定例会以降の県会に条例を提案する方向だ。条文には、県民や事業者が今後取り組むべき内容が盛り込まれるとみられる。一定の行動規範として私権の制限にもつながりかねない恒久的な条例にすることが今、なぜ必要なのか。条例は行政権限の強化に結び付く。感染症対策を大義名分に推し進めれば、県民の権利とのバランスを崩しかねない。行動の制約が伴うと、解釈によっては住民の相互監視を強めてしまう恐れもある。これまで休業要請に応じない店舗や、事情があって外出せざるを得ない人に対する批判や嫌がらせ、差別的行為なども起きている。不安や混乱を招かないために、県会とも慎重に議論を進めていく必要がある。県内の新規感染者は今月10日以降の10日間で1人。外出の自粛、「3密」回避の行動など県民による予防策の徹底もあり、感染拡大は抑えられてきたと言える。今後は地域経済の再生を図ると同時に、移動の活発化による再度の感染拡大に注視していかなくてはいけない。いったん沈静化しながら都市部で再び広がった韓国のような例もある。知事が説明する通り、まだ気を許せる状況になく「第2波、第3波への備え」が必要なことは理解できる。それでも、政府方針に沿って進めてきたこれまでの対応だけでは、どういった点が課題や不備なのかがはっきりしない。県は感染リスクを避けるため、外出自粛要請を解除した上で基本的に身近な場所にとどまり、東京など特定警戒都道府県との往来を避けるよう県民に求めている。休業要請を全面解除する一方、観光・宿泊施設には特定警戒区域から人を呼び込まない運営を検討するよう依頼する。条例は新型コロナ特措法に基づかない、こうした県独自の対策の根拠としたいのだろう。だとすれば今後どのようなことを想定しているのか明らかにすべきだ。対策を進めていくには県民の協力が欠かせない。条例を作る理由について明確な説明がなければ、県民の理解も得られない。 <やるべきことは、産業と人材の地方分散である> PS(2020年9月21、22、23、26日追加):*4-1・*4-2のように、菅首相が総務大臣時代の2008年に「ふるさと納税制度」が創設されたが、それを最初に提案したのは私で、形にしてまとめられたのは自民党税調会長だった大蔵省出身・青森県選出の津島元衆議院議員だった。提案理由は、首都圏への勤労者の集中により、地方は企業や被雇用者が少なく、教育費・医療費・介護費はかかるのに税収が限られていることだった。その後、地方の産品を返礼品とすることにより、地方には美味しい食があることを皆に気付かせ、地方の生産者が質の良い新製品を作ることも促して、一村一品どころか多数の地場産品が生まれた。地方が、弱者として国からの交付金を待つだけではこうはいかないのである。また、無駄な歳出の多い都市部から、良い政策を掲げる地方に税を納める選択肢ができたのも、国民にとっては大変良かったと思う。 しかし、現在、都市への人口集中は進みすぎ、①都市は子育てもできないほど不動産価格が高く、1人当たりの占有面積が狭い ②都市は通勤に時間をとられて生活時間が短い ③都市は自然から遠い ④都市は感染症が流行しやすい ⑤首都圏には大地震が来そうだが、その時は被害が大きすぎて、日本が持続可能でなくなる可能性もある などの問題が起こっている。一方、地方は、税を払う産業や年齢層が少ないため、産業の再生を中心とした計画的な「地方創生」によって、人口を集めることが必要になっている。そして、デジタル化・スマート化・地方移住への関心の高まりは、そのチャンスだろう。 また、菅首相が首相就任会見で、総務相時代にできた「ふるさと納税」と合わせ、地方活性化策を推進する方針を示されたが、農業は伸びしろが多いので成長産業になりうると、私は思っている。農家の高齢化で農家数は減少するものの、そのために農業生産法人の導入・大規模化・自動化などの手が既に打ってあるため、今後は、大規模スマート農業をしたり、労働者を雇ったりしながら、生産性の高い農業を目指すとよい。農業も、いつまでも政府の交付金を待つ“弱者”では困るが、地方の産業を壊したり、食料自給率を下げたりする“改革”も困るのである。 では、農業は、「どうすれば補助金を当てにせず、国際競争力のある価格で農業生産を継続できるか?」については、*4-3の再生可能エネルギーによる電力生産とのハイブリッド経営も解の一つだ。何故なら、NTTが送電を行うとしても、再生可能エネルギーによる発電主体がなければ電力は作れず、それには、農地・離島・海上にたつ風力発電・農業用ダムを利用した水力発電・畜舎の屋根に設置した太陽光発電などが有力だからである。 なお、2020年9月23日、日本農業新聞に、*4-4のように、「中山間地域は高齢化と人手不足で畦畔管理の困難さが増しているので、事業として請け負う人材や組織・会社の育成・支援など、踏み込んだ施策を求めたい」と書かれているが、中山間地域農業の不利と環境保全の必要性については、平成17年度(2005年度)に私が衆議院議員になってすぐに伝え、平成19年度(2007年度)から「農地・水・環境保全向上対策交付金」が施行された。また、平成26年度(2024年度)に、新たに「多面的機能支払」が創設されたそうなので(https://www.maff.go.jp/j/nousin/kankyo/nouti_mizu/index.html 参照)、その交付金をどう使ったかについての検証が欲しい。さらに、水田でなければ環境保全ができないわけでもないため、費用対効果を考えた方針策定が望まれる。例えば、下図のように、里山に豚・山羊・羊・牛などを放牧すれば、草採り不要で価値の高い生産物も作れるため、まず専門家としての工夫が欲しいわけだ。 農水省は、2020年9月24日、*4-5のように、①農産物輸出拡大のための施策や規制緩和交渉を担う「輸出・国際局」 ②米・麦・大豆と園芸作物を一体的に担当する「農産局」 ③畜産の生産基盤強化に向けた「畜産局」 の3局を新設し、④新たに食品産業振興を専門とする「新事業・食品産業部」も設けるそうだ。農業の成長産業化・基盤整備・食品加工との連携はよいが、局を分けると本当にこれができるのかについては、それぞれの局の視野が狭くなるためそうはならないし、むやみに食品安全に関する規制緩和を要求すると、日本産全体の安全性に関する信頼が損なわれると、私は思う。 分けるとよくない理由は、②③は、常に①④を視野に入れて行う必要があり、別れて存在するものではないからだ。また、*4-6のように、②③は連携することによって省力化しながら高品質のものを安価に作れるが、局を分ければそれぞれの局が突っ走って予算をとり、無駄遣いが増えるばかりで工夫がなくなるからである。つまり、役所が「課」でできることに新組織を作って定員増を図るのは、本当に付加価値の高い安全・安心なものを安価に作って国際競争力をつけることが目的ではないように思える。具体的には、米・麦・大豆や園芸作物は、効率的な農地の使い方を通して、二毛作や複数同時作がこれまでも行われてきたのであり、そもそも分ける必要がない。また、畜産も、餌や肥料を通じて「耕種農業」と密接に繋がっており、狭い場所に閉じ込められて輸入穀物で太らされた日本の畜産物は、脂肪が多くて蛋白質が少なく健康食ではないと言わざるを得ないのだ。 無人トラクター 佐賀マイヤーレモン 豚の放牧 りんごの花 蜜柑の蜂蜜 小豆島オリーブ 放牧地の風力発電 牛舎の太陽光発電 *4-1:https://www.chugoku-np.co.jp/column/article/article.php?comment_id=682498&comment_sub_id=0&category_id=142 (中国新聞 2020/9/20) ≪菅政権の課題≫地方創生 持続可能な社会支えよ 「秋田の農家の長男」と言う菅義偉首相なら、地方の実情を分かってくれるはず―。そんな期待感も、世論調査の高い支持率につながったに違いない。首相は就任後初の記者会見で「地方を大切にしたい、日本の全ての地方を元気にしたい、こうした気持ちが脈々と流れております」と述べた。一方で、「安倍政権の継承」を打ち出している。看板政策だった「地方創生」も、そのまま受け継ぐつもりだろうか。2014年に掲げられた地方創生の総合戦略は「20年に東京圏への転入と転出を均衡化」するとし、東京一極集中の是正を目指してきた。しかし、集中の度合いはむしろ加速し、中央省庁の移転も文化庁の京都移転などにとどまる。結果は、竜頭蛇尾と言わざるを得ない。北村誠吾・前地方創生担当相の発言も、安倍政権のなおざりだった姿勢を映している。後任の坂本哲志氏に引き継ぐ際、全都道府県を視察に回ったことに触れ、「相当、ほら吹いてきましたから。後の始末をよろしく」と述べた。視察の応対に振り回された現場の苦労をどう思っているのだろう。それだけに新政権での仕切り直しが望まれる。これまでは「人口急減・超高齢化」を直面する課題とし、「各地域がそれぞれの特徴を活(い)かした自律的で持続的な社会を創生することを目指す」とうたってきた。しかし、実際には国が市町村を選別して補助金の交付を増やし、中央集権的な支配は強まった。地方交付税が削減されたまま、税財源の移譲は進んでいない。まずは、これまでの地方創生を検証してもらいたい。人口減少時代に大事なのは、地方への人材還流だろう。希望はある。新型コロナウイルスの感染拡大で密を避ける新しい生活様式が求められ、地方移住への関心は高まる。テレワークが進み、都心部にいなくても仕事ができるようになった。定年後のシニアばかりでなく、仕事のため東京にいた若い世代が拠点を移す例も増えている。例えば、人材派遣大手パソナグループは東京の本社機能を担う社員のうち、3分の2に当たる1200人程度を兵庫県の淡路島へ移す計画を持つ。こうした動きをさらに広げ、一極集中の流れをどう変えられるかが問われよう。新設のデジタル庁にも、そんな発想を求めたい。地方自治体のIT活用やテレワーク推進など、後押しできることは多いはずである。首相は自身の実績の一つに「ふるさと納税」を挙げ、官僚の反対を押し切って導入したと胸を張る。確かに多くの国民が利用し、産品を通して各地の魅力に気付く契機になっている。半面、古里を応援する本来の趣旨を忘れ、「官製通販」と批判される現実もある。過熱する返礼品競争に、国が規制強化などの対応に追われた。地方が競い合い、活性化を図るという制度の意義は理解できる。ただ、パイの奪い合いに熱を上げ、負けたら切り捨てられるシステムを、もしも「自助」と呼ぶなら違うだろう。新型コロナの影響で疲弊した地方の立て直しは急務である。実情を最もよく知る自治体や地域が、自ら持続可能な社会をつくっていく。それを支える政策こそが求められている。 *4-2:https://www.agrinews.co.jp/p51930.html (日本農業新聞 2020年9月19日) [菅農政 見直しか継承か](上) 「地方重視」どう反映 規制改革 見えぬ矛先 「秋田の農家の長男に生まれた。日本の全ての地方を元気にしたい」。菅義偉首相は就任会見でこう語り、圧勝した自民党総裁選の期間中から示していた地方重視の姿勢を改めて印象付けた。安倍政権で官房長官として、インバウンド(訪日外国人)や農林水産物・食品輸出の拡大に力を入れた。首相就任会見では、総務相時代に創設した「ふるさと納税」と合わせ、内閣の地方活性化策の「3本柱」として推進する方針を示した。だが、菅政権が直面する農政課題は、これらとはやや別のところにある。例えば、2020年産米の需給緩和。長期的な需要の減少に新型コロナウイルスの影響が加わり、平年作でも供給過剰となる可能性がある。和牛枝肉の価格低迷など、米以外にもコロナの影響は長期化する。農水省は飲食店の需要喚起策「GoToイート」を近く始めるが、感染防止策との両立が課題だ。菅首相は安倍政権の「継承」を旗印とするが、その安倍政権では農業の成長産業化を目指した。しかし、農家数や農地面積が減るなど生産基盤の弱体化は止められなかった。首相は農相に、安倍政権で官房副長官として自身を3年間補佐した野上浩太郎氏を起用した。53歳での初入閣で「省持ち」の閣僚は「首相の期待の高さ」(政府筋)も見えるが、国政で農林関係の要職の経験はない。実力派として政界で定評はあるものの、農政の手腕は未知数。地方重視の首相の期待に応えて、直面する課題に対応できるか。野上農相は就任早々、正念場を迎える。内外に課題が山積する中、首相が「政権のど真ん中」に置くのが規制改革だ。発信力の高い河野太郎氏を担当相に再登板させ、司令塔に据えた。安倍政権で農協改革や生乳流通改革など、農業分野の規制改革に深く関与してきた“ツートップ”に、農業関係者は警戒感を隠せない。規制改革推進会議では生産現場の意向を反映しない議論も相次ぎ、「地に足が着いているのか。現場をもっと見てほしい」(中国地方の集落営農組織代表)といった声が噴出した。一方で、規制改革の矛先はまだ見えない。野上農相によると、首相から農業で具体的な指示はなかった。現時点で首相が強い意欲を示すのは、行政の「縦割り」や前例主義の打破で、どちらかといえば「行政改革」の分野だ。「農業改革はかなりの数をこなした。残る分野は少ない」(自民党農林幹部)との見方があるものの、来春には農協法改正5年後の見直しや、JA准組合員の事業利用規制の在り方の検討が始まる。一般企業の農地所有など、長年指摘されてきたテーマもある。河野氏は就任会見で、対象分野を示さなかったものの「全方位でやる」と語った。「悠長なことをやるつもりはない、さっさとできるものをやる」と鼻息を荒げる。 ◇ 地方重視と規制改革──。相反するような両面を持つ菅内閣が発足した。7年8カ月続いた安倍農政をどう改め、どう引き継ぐのか。内外の農政課題を探る。 *4-3:https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2020/07/ntt.php (NewsWeek 2020年7月28日号掲載) NTTの「殴り込み」で、日本の電力業界に起きること <NTTによる再生可能エネルギー事業への参入は、電力業界と消費者にどう影響するのか> NTTが再生可能エネルギー事業に本格参入する。同社はかつて官営の通信事業者だったこともあり、各地に旧電話局をはじめとする大型施設を数多く保有している。アナログ時代に電話局に収容されていたクロスバー交換機は巨大な装置だが、通信網がIP(インターネットで使われる通信規格)化されたことで機器の小型化が進み、施設には多くの空きスペースが存在する。このスペースをフル活用し、施設内に大量の蓄電池を設置。地域における電力ステーションとして官庁や事業者などに電力を供給する方針だ。発電については三菱商事と提携し、風力発電や太陽光発電の事業開発を行い、再生可能エネルギーを使った大型発電施設から電力供給を受けることになる。日本では巨大な発電所で集中的に電力を生み出す集中電力システムが主流となっており、各地に太陽光パネルや蓄電池を設置してネットワークで結ぶという分散型電力システムについては懐疑論が多かった。今でも電力は集中型でなければ安定供給できないと思っている人も多いかもしれないが、それは昭和時代までの古い常識である。再生可能エネルギーや蓄電、電力管理に関するイノベーションは想像を絶するスピードで進化しており、分散型電力システムの構築は既に現実的な局面に入っている。NTTはお役所仕事の象徴とされ、良くも悪くも新しい技術の導入には常に慎重なスタンスで知られてきた企業だが、そのNTTが分散型電力システムに本格参入するという現実こそが、全てを物語っている。 ●災害時の停電リスクを軽減 近年、地球温暖化の影響で日本の気候が激変し、従来では考えられなかったレベルの災害が多発している。災害時に携帯電話が不通となる原因の7割は停電で、電力系統が複数存在すればリスクを大幅に軽減できるだろう。同社では保有する約1万台の社用車を電気自動車(EV)化する計画も進めており、大規模停電時には移動式非常用電源としての活用も期待できる。ほぼ同じタイミングで経済産業省は、非効率な石炭火力発電所の削減を進める方針を打ち出しており、NTTの再生可能エネルギー電力網はその有力な代替手段となる。だが、NTTが電力事業に参入する最大の意義は、硬直化した日本の電力事業に風穴を開けることである。もともと日本の電力供給は民間が担う形でスタートしており、市場メカニズムによって電力システムの運営が行われてきた。戦争遂行に伴う国家総動員体制で電力会社は国有化され、戦後は発送電一体となった地域電力会社が独占的に電力を供給するという特殊な形態となった。これはあくまで戦争がもたらした結果で、決して普遍的なものではない。政府は電力の自由化政策を進めているが、巨大な設備を持つ地域独占企業が存在している以上、完全な競争環境を構築するのは難しい。全く新しい電力網を新規に構築する大規模事業者が出てくる意味は大きいだろう。かつてNTTは独占企業として通信業界において圧倒的な影響力を持っていた。だが、東西への分割や、新規参入の促進政策によって完全とはいえないまでも市場メカニズムが機能するようになった。今回のNTTによる新規参入は、かつて通信事業者が経験した変化を、最後の独占事業者となった電力会社に対して強く促す結果となるだろう。 *4-4:https://www.agrinews.co.jp/p51959.html (日本農業新聞 2020年9月23日) 中山間農業の支援 畦畔管理に焦点当てよ 高齢化と人手不足で、中山間地域では畦畔(けいはん)管理の困難さが増している。ロボット農機など技術革新は進む。しかし、小規模で未整備の水田をはじめ同地域の農業の課題は、科学の力だけでは解決できない。洪水防止を含む農業の多面的機能を正しく評価し、受委託の体制づくりなど畦畔管理に焦点を当てた施策が必要だ。農水省によると、耕地面積に占める畦畔率は2019年が全国平均で4%。大規模化が進む茨城県は1・4%、北海道は1・6%と低い一方、中山間地域が多い中国地方は5県平均が8・9%で、岡山、広島、山口の3県は9%を超える。畦畔率が高いほど作物を育てる面積は減る。10ヘクタール規模の経営なら農地に占める畦畔は北海道では16アールだが、広島県は94アールだ。規模は同じでも耕作面積に大きな差が出る。畦畔率が高いほど1区画当たりの圃場(ほじょう)も小さい。管理する圃場が多ければ、農機の出し入れなど作業の連続性が妨げられる。除草など管理にも多くの労力が必要だ。中山間地域の畦畔は急傾斜が多く、農作業事故のリスクも高い。非効率で労力、時間、コストがかかる畦畔。企業なら一番に切り捨てられる不採算部門だが、自分の経営だけでなく地域社会にも影響し、管理は手抜きができない。雑草繁茂は病害虫の発生源になるばかりか、鹿やイノシシの隠れ場所として鳥獣害を助長する。畦畔がもろくなり、保水力の低下や土砂災害などの危険性も生じる。中山間地域等直接支払いをはじめ日本型直接支払いの加算措置の拡充や、棚田地域振興法の制定など、中山間地農業の支援政策は進んできた。しかし畦畔管理にかける労力が不足している。特に地権者に管理を頼っていた集落営農組織では深刻だ。日本版衛星利用測位システム(GPS)の整備などにより、農機が自動で高精度な作業を行うスマート農業が国の主導で実用化され、日本の農業は大変革期を迎えた。農業者が高齢化、減少する中、正しい選択の一つと言える。ただ、農業の課題の全てを解決するのは難しい。また、利益追求型の企業的農業を志す農業者もいれば、伝統や文化、先祖から受け継いできた土地を守り、家族と過ごすことを大切したいと考える農業者もいる。求められるのは、どこでも農業が続けられる環境だ。農地は、食料生産の他、国土の保全、水源の涵養(かんよう)、環境保全、良好な景観の形成、文化の伝承など多面的機能を持つ。局地的な豪雨や台風の大型化など自然災害が常態化している中、貯水をはじめ水田の機能は、水害の緩和など防災の観点からも注目されている。中山間地域の畦畔管理は、もうかる農業の追求だけでは難しく、地域住民の努力だけでは限界がある。災害が多い今こそ、事業として請け負う人材や組織・会社の育成・支援など、踏み込んだ施策を求めたい。 *4-5:https://www.agrinews.co.jp/p51980.html (日本農業新聞 2020年9月25日) 輸出、畜産の局新設 農水省が組織再編案 農水省は24日、三つの局を新設する組織再編案を明らかにした。①農産物輸出拡大のための施策や規制緩和の交渉を担う「輸出・国際局」②米・麦・大豆と園芸作物を一体的に担当する「農産局」③畜産の生産基盤強化に向けた「畜産局」──の3局。輸出拡大による成長産業化や、それを支える生産基盤の強化が狙いだ。食品産業振興を専門とする「新事業・食品産業部」も新たに設ける。2021年度の組織・定員要求に盛り込み、同日の自民党農林合同会議に示した。組織名はいずれも仮称。政府内の調整を経て年末までに決定し、同年度からの実施を目指す。同省には現在、大臣官房と、局級の組織が六つある。実現すれば、局級の組織再編は15年度に政策統括官を新設して以来となる。輸出・国際局は、輸出を担当している食料産業局と、貿易交渉や国際協力などを担当する大臣官房の国際部を統合する。農産物輸出の拡大は菅義偉首相が地方活性化策の柱と位置付け、政府は30年に輸出額5兆円の目標を掲げる。実現に向け、同省の輸出関連施策を一元的に担い、貿易交渉とともに輸出入規制に関する各国との交渉も担当する組織とする。農産局は、水田・畑作政策を担当している局級ポストの政策統括官と、生産局の園芸作物部門などを再編する。米・麦・大豆と園芸作物を「耕種農業」として一体的に政策を展開し、収益性を高める狙いがある。畜産局は、生産局の中にある畜産部を格上げする。同省は和牛など畜産物を輸出拡大の柱とみており、体制を強化する。新事業・食品産業部は大臣官房に置く。現在は食料産業局にある食品産業部門を切り離す格好だ。国産農産物の利用拡大に向け、大きな需要先である食品産業の振興を専門的に担当する。組織再編は江藤拓前農相の肝いりで、退任直前の15日の記者会見で提起していた。組織・定員要求には、農村振興局に「農福連携推進室」を設置することも盛り込んだ。 *4-6:https://www.agrinews.co.jp/p51984.html (日本農業新聞 2020年9月26日) 特産ミカンで 離島元気に 協力隊員がけん引 広島県の佐木島 瀬戸内海に浮かぶ広島県三原市の佐木島で、特産のミカンを軸にした地域おこし「鷺島みかんじまプロジェクト」の活動が活発だ。活動を引っ張るのは20代の地域おこし協力隊員。摘果ミカンを鶏に与えてブランド卵を作ったり、ミカン園の“草刈り隊”に羊を導入したりと、島に人を呼ぶアイデアを次々に取り入れている。島外の住民も巻き込み、離島を盛り上げようと奮闘する。 ●摘果品餌に ブランド卵 周囲18キロという小さな島では高齢化が進み、人口も660人と減少傾向にある。何とか活性化しようと、2016年に三原観光協会がプロジェクトを開始。19年4月に任意団体を設立し、地域おこし協力隊員の松岡さくらさん(26)が団体の代表に就いた。縮小しつつあるミカン園の復活や空き家活用、観光イベントに取り組む他、ミカンの他に目立った特産品がなかったことから商品開発に力を入れる。かつて養鶏農家だった堀本隆文さん(68)と共に1年かけて作り上げ、19年10月に販売を始めたのが「瀬戸内柑太郎(かんたろう)島たまご」だ。プロジェクトが管理するミカン園で摘果した青ミカンと海藻、カキ殻などを配合して採卵鶏に給餌する。餌作りには、これまでも島の活動を応援してきた精肉店など島外の関係者も助言。島由来の素材にこだわった餌とストレスの少ない平飼いで、一般の鶏卵に比べてビタミンAが1・3倍という高い栄養価に仕上げた。市内の道の駅などで1パック (6玉)361円(税別)で販売し、観光客にミカンを生かした新たな特産品としてアピールしている。 ●「草刈り隊」羊2頭出動 5月から、省力化を兼ねて羊を飼い始めた。東広島市の牧場から2頭をリースし、耕作放棄地に放す。木の芽を食べてしまう恐れがあったが、「おとなしい性格で、ミカンの葉も食べない」(松岡さん)という。10月からはミカン園30アールでも試験的に放牧を始め「草刈り要員として活躍してもらい、農作業の負担を減らしたい」。島内の生産者に羊を貸し出す「出張放牧」にも取り組む予定だ。松岡さんは「島を訪れた観光客を楽しませる存在になってほしい」と期待する。 <無駄遣いの主役は、社会保障ではないこと> PS(2020/9/24追加):*5-1のように、メディアは「①安倍政権の社会保障政策は、担い手の増加に力点を置き高齢者や女性の働く場を拡大した」「②5年後には75歳以上が人口の2割近くを占め、担い手増だけでは到底追いつかないため、給付と負担のバランス見直しは避けて通れない」「③20年後の社会保障給付費は現行より60兆円以上膨らむので、所得税・資産課税・社会保険料も含めた制度を全面的に見直す必要がある」というように、負担増・給付減の必要性ばかりを述べている。しかし、①の担い手を増やすことは正解であるものの、働いている人は健康寿命が長くなるため、②は根拠がない。さらに、③は、社会保障サービスは、現在では日本で最も大規模な産業になっており、社会保障を単なるお荷物と認識していること自体が誤りだ。 それでは、どうすればよいかと言えば、社会保障以外の無駄遣いを徹底的になくし、「社会保障は消費税からしか支出してはならない」という根拠なき説明をやめるのが、最大の財源になる。さらに、厚労省は、医療費・介護費に含まれる薬剤や機材を言い値で購入して国際標準よりも高価格になっているものが多いため、国際標準まで落とせば社会保障における無駄はなくなる。しかし、必要な人にサービスを行うのは決して無駄ではなく、給付減を行えば命にもかかわる。なお、医療・介護は、自由診療・自由介護と併用できるようにすれば便利で、自由診療・自由介護のものでも、誰もが必要とすることがわかれば、その価格で保険適用にすればよい。さらに、政府は、国民負担ばかりに頼るのではなく、資産からの税外収入を増やすべきだ。 なお、*5-2のように、厚労省は、2019年12月25日、「④厚生年金の加入義務がある企業規模の要件を2022年10月に従業員101人以上、2024年10月に51人以上まで引き下げる」「⑤公的年金を受給開始年齢の選択肢を60~75歳の間に増やす」などを決めた。しかし、④は、企業中心の発想で、本来は企業規模と関係なく従業員全員が対象になるべきで、その方が従業員のためになる。そして、それによる人件費の上昇は、生産性の向上で賄うべきだ。また、⑤は、年金より高給の仕事があれば問題ないが、一定以上の収入のある高齢者の厚生年金を減らすと就業意欲が下がるのは、「月収28万円超」でも「月収47万円超」でも同じだろう。 財務省 2019.12.21毎日新聞 2018.4.19日経新聞 (図の説明:左図のように、日本の財政状態はイタリア以上に悪いが、これは、1989年《平成元年》に消費税が導入された後に起こったことだ。また、中央の図のように、社会保障関連支出が34.9%あるために、社会保障が無駄遣いであるかのように言われることが多いが、もともと社会保険料を支払って賄っていたのに立ち行かなくなって税金投入しているのは、制度設計と管理の悪さが原因だ。しかし、無駄遣いをやめ、税外収入を増やし、エネルギー自給率を上げれば、今なら何とかなるだろう。さらに、右図のように、介護保険料を高齢者のみに負担させて導入当初の2倍に上げ、介護サービスは抑制するというのは問題であると同時に、介護保険制度を人口構成の異なる地域別にしているのも不公平・不公正である) *5-1:https://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/202009/0013723562.shtml (神戸新聞 2020/9/24) 新政権と社会保障/60兆円増にどう備えるか 幼稚園や保育所に無償化制度が導入され、低所得世帯では大学の授業料も減免される-。安倍晋三前首相は「全世代型社会保障」と銘打ち、高齢者医療や年金が主体だった社会保障を子育てや教育支援に拡大した。7年8カ月に及んだ長期政権の実績とも指摘される。だがその財源は、降って湧いたわけではない。消費税率を8%から10%に引き上げるに際して、高齢者向けが主体だった社会保障費の一部を振り替えた結果である。2017年の解散総選挙では消費税の使途変更を大義名分に掲げ大勝を収めた。しかし社会保障のメニュー拡大を力説する一方で、財源や負担のあり方には大胆に踏み込まないまま、政権の幕は閉じた。少子高齢化の加速や、国の債務が膨らみ続ける状況は容易に変わらない。その中で国民が安心して老後を過ごせる社会の姿を示すのが、菅義偉首相の責務である。安倍政権の社会保障政策は、担い手の増加に力点を置き高齢者や女性の働く場を拡大した。経済政策アベノミクスが成長をもたらせば、賃金や雇用の増加で社会保障の充実強化に結びつくとも唱えた。ただ5年後には75歳以上が人口の2割近くを占め、社会保障費の増加に拍車がかかる。担い手増だけでは到底追いつかず、給付と負担のバランス見直しは避けて通れない。昨年末、政府の全世代型社会保障検討会議は75歳以上の医療費負担割合について、一定以上の所得のある人は22年度までに1割から2割に引き上げると明記した。今年6月に最終報告をまとめる予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大のあおりを受け、議論は中断している。懸念するのは、負担増から目を背け給付拡大を唱えた安倍政権の姿勢を、菅首相も継承しようとしている点だ。総裁選で将来的な消費税率引き上げに言及したものの、批判を浴びると火消しを図った。政府予測では、20年後の社会保障給付費は現行より60兆円以上膨らむ。だが衆院議員の任期を来年10月に控え、総選挙が近づく中、国民に耳の痛い議論は棚上げされる可能性が否めない。高齢社会に必要なサービスはしっかり確保する。同時に公平な負担の実現に向け、所得税や資産課税、社会保険料も含めた制度を全面的に見直し、国民の理解と納得を得る。そのための作業を早急に始めねばならない。菅氏は目指す社会像として「自助、共助、公助」を掲げる。これは社会保障で自助努力の拡大を意味するのか、発言の真意もきちんと説明する必要がある。 *5-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/470360 (佐賀新聞 2019年12月25日) 厚生年金、中小企業に義務拡大、受給開始60~75歳で選択 厚生労働省は25日、年金制度改革案の全容を社会保障審議会(厚労相の諮問機関)の部会に示した。将来の低年金を防いだり高齢者の就業を促したりする内容。厚生年金の加入義務がある企業規模要件を2022年10月に従業員101人以上、24年10月に51人以上まで引き下げ、中小企業に広げる。公的年金を受け取り始める年齢の選択肢を60~75歳の間に増やす。厚労省はこの日、公的年金に上乗せする私的年金に関し、自力での資産形成を後押しする見直し案を別の会合に提示。併せて来年の通常国会に関連法案を提出する。改革案を実施すると、現役世代の平均手取り収入に対する年金給付水準は約30年後の時点で0・2%上昇するという。政府は部会で年金改革の具体案を議論してきた。今月19日にまとめた全世代型社会保障検討会議の中間報告にも主要論点を明記した。厚生年金の対象拡大は、パートなど非正規で働く人たちの加入を進めて年金を手厚くするほか、保険料を払う支え手も増やすのが目的。企業でフルタイムとして働く人は規模にかかわらず厚生年金の加入義務があるが非正規の場合は現在、501人以上の企業で週20時間以上働くことなどが要件となっている。厚生年金の保険料は労使折半。51人以上に引き下げた場合は新たに65万人が加入する見通しで、企業負担は年間1590億円増える。公的年金の受給開始年齢は65歳が基本だが、現状は60~70歳の間で自由に選べる。働く高齢者が増えていることを踏まえ75歳にまで選択肢を広げる。65歳から繰り上げると月当たり0・4%減額、遅らせると0・7%増額とする。75歳から受け取り始めると65歳と比べ毎月の年金額は84%増える。働いて一定以上の収入がある高齢者の厚生年金を減らす在職老齢年金制度は、60代前半の減額基準を現行の「月収28万円超」から、65歳以上と同じ「月収47万円超」に引き上げる。就業意欲を損なっているとの指摘があるためだ。また「在職定時改定」と呼ばれる仕組みを導入し、60代後半で働く人の年金を毎年増額する。 <乗り物や機械のエネルギー変換> PS(2020年9月25日、10月3、8日追加):*6-1のように、欧州エアバスが航空機のパラダイムシフトに乗り出し、世界初の水素燃料によるZE航空機を2035年までに商業化する方針を発表した。欧州連合(EU)は脱炭素技術として水素に本腰を入れており、エアバスのCEOは「航空業界の最も重要な転換点だ」としている。このうち、主翼が機体と一体になった全翼型は、これまで多くの航空機が鳥を真似た形をして翼のみで揚力を出していたのに対し、マンタを真似た形をして機体全体で揚力を出すものだ。これは、空間利用に無駄がないのが長所で、欠点は窓側座席の割合が少ないことだが、それは貨物機なら問題にならず、乗客でも眼下の景色の高精度画像が各座席に配信されれば足りるだろう。そのため、この技術革新の時代、ボーイングも技術革新しなければ中国の競争相手でさえなくなるだろうし、日本の航空機業界も同じである。 また、*6-2のように、2020年9月25日、米カリフォルニア州のニューサム知事が「2035年までに州内で販売される全ての新車を、ゼロエミッション(ZE)車にするよう義務付ける」と発表したため、「脱ガソリンで日本勢に逆風か」という記事が日経新聞に掲載された。これに対し、トヨタ・スバルが対応を急いでいるそうだが、EVは日本が1995年前後から開発を始め、日産が世界のトップランナーだったのに叩いて駄目にし、日産までがHVにシフトするアホぶりで、情けないにもほどがあった。さらに、未だに車両価格・充電施設・水素インフラ整備などの課題を並べているが、私は、PHVはガソリンエンジンを使う上、ガソリンエンジンを搭載する分だけ価格が高くなるので、新エネ車に入れる必要はないと考える。 このようにして世界が電動車にシフトしていく中、*6-3のように、日本のホンダがF1を撤退してEVに資源を集中するそうで、それ自体はよいことだと思うが、そもそもガソリン・エンジンの使命は終わりつつあるので、F1をFCV・EVの「自動運転」「サポカー」の度合いで競争したらどうかと思う。また、「カーボンニュートラル」は、(長くは書かないが)CO₂の排出を合理化して削減に繋がりにくいので、排出量は0を目標にすべきだ。 日経新聞が、*6-4に、「①独や米でEV移行に伴う人員削減が広がっている」「②EV生産は必要人員が少なく、独のダイムラーやエンジン部品大手が数千人規模の人員削減に着手し、米GMもEV向けの工場で雇用を減らす」「③EVの主要部品である電池セルやモーターは、独より賃金が安いアジアや東欧で生産されている」「④ディーゼルエンジンの燃料噴射装置生産には10人、電気モーター生産には1人必要で、国内で生産しても人手がかからない」「⑤雇用調整なきEVシフトは困難」「⑥エンジンを軸に産業ピラミッドを構築してきた日本も対岸の火事ではなく、EVシフトで出遅れた日本勢も対応を迫られている」「⑦EVと雇用の両立が各社の喫緊の課題」等と書いている。このうち、①②④は、EVへの転換によるコストダウンの大きさが示されているのであり、これだけのコストダウンが実現すれば、今まで自動車を所有していなかった人々にも購買層を広げることが可能だ。また、③は、中国はじめ新興国でEV投資が熱心に行われたことによるもので、その理由は、先進国が⑤を恐れてEVへの変換を遅らせたからである。まして、⑥は日本がEVのトップランナーだったのに、⑦を恐れてガソリンエンジンにしがみつき、EVを遅らせたというとんでもない話なのだ。しかし、自動車は始まりにすぎず、これから電動化や自動運転化は、航空機・船舶・列車・農機具などの多くの機械に応用されていくもので、今までエンジンを作っていた人が燃料電池・蓄電池・モーター等を生産するのは基礎のない人が生産するよりずっと容易なことであるため、⑤⑦は、他の機械の製造会社と合弁会社を作って電動化や自動運転化を進めれば解決できる筈なのだ。 2020.9.22朝日新聞 (図の説明:左の2つが、エアバスの全翼型航空機で、右が通常型航空機だが、いずれも水素燃料を動力とする) *6-1:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64156040T20C20A9X13000/ (日経新聞 2020/9/24) エアバスが35年に水素旅客機 欧州水素戦略、陸も空も 欧州エアバスが航空機のパラダイムシフトに乗り出した。21日、世界初となる水素を燃料とし、二酸化炭素(CO2)を排出しないゼロエミッション(ZE)航空機を2035年までに事業化する方針を発表した。3種類のコンセプト機のデザインも披露した。欧州連合(EU)は脱・炭素の技術として水素戦略に本腰を入れている。コロナ禍で足元は厳しいが、技術革新の種をまき、未来の航空機市場で覇権を狙う。 ■エアバスCEO、「最も重要な転換点」 「航空業界はこれまで様々な変化を経験してきたがその中でも最も重要な転換点になる取り組みの旗振り役を担う」。エアバスのギョム・フォーリ最高経営責任者(CEO)は、次代の航空機産業を先導する意志を宣言した。国境を越えた移動が制限され、航空機産業は厳しい環境に置かれている。米ボーイングが次世代の中型機の開発を見直すなど、新造機開発がコロナ禍で滞るなか、エアバスはあえて技術革新を前面に出した。ZE航空機はジェット燃料の代わりに水素を燃料とし、改良したガスタービンエンジンで燃焼して動力を得る仕組み。エアバスは今回、3種類のコンセプトを披露した。一つは主翼が機体と一体となった「全翼型」と呼ぶ軍用機でよくみられるデザインを採用した。最大100席が乗員可能で、航続距離は約3700キロメートル以上とした。胴体が非常に幅広く、水素の貯蔵や供給方法で多様な手法を選べるうえ、客室も柔軟にレイアウトできるという。さらに現在の航空機でも使われる「ターボファン型」と「ターボプロップ(プロペラ)型」のコンセプトも出した。ターボファン型は約3700キロメートル以上の航続距離で、大陸間も飛行できる。座席数は120~200席を想定する。後部圧力隔壁の後ろに設置されたタンクを使用し、液体水素を貯蔵・供給する。プロペラ型は近距離飛行を想定し、航続距離は約1852キロメートルで座席数は最大100席とした。エアバスは航空機の脱・炭素に力を入れてきた。独シーメンスや英ロールスロイスとは、ハイブリッド電気推進システムを採用した実証試験機「E-FanX」を共同開発してきた。E-FanXは20年4月に開発プログラムを終えたが、CO2排出量を劇的に下げる手法を3社で引き続き探求するとしている。ZE航空機の開発でも再び協力する可能性がある。 ■航空機ABC時代、将来の覇権争いに先手 コロナ禍でエアバスが打ち出した野心的なZE航空機の構想は、今後の航空機業界の競争に波紋を広げそうだ。航空機メーカーはあまたの再編を経て、エアバスとボーイングの2強体制となったが、足元では中国が台頭してきた。着々と国産化を進め、機内の通路が1本の単通路型(ナローボディー)の機体を開発し、試験飛行に入った。中国は将来、世界最大の航空機市場になる見通し。米中摩擦の影響は懸念されるが、巨大市場を背景に中国が航空機産業でも存在感を高め、2強を脅かす可能性が高い。「ABC(エアバス、ボーイング、中国)」の3強時代を見据え、エアバスは技術革新で競争の土俵を変えようとしているとも言える。エアバスの水素燃料を使ったZE航空機の動きは、欧州の水素戦略の一翼を担う側面である点も見逃せない。欧州委員会は7月、水素戦略を発表し、生産過程でCO2を排出しない再生可能な水素の推進などを示した。さらにエネルギー効率性向上に向けた政策もまとめ、再生可能な水素燃料をEUにおけるエネルギーシステム統合戦略の核となる技術と位置付けた。エアバスも政府支援を働きかける。フォーリ氏は「水素の輸送や供給のための大規模なインフラが必要だ」と指摘し、「さらに研究開発、持続可能な燃料の利用に配慮した航空機への入れ替えを支える仕組み作りで政府支援が重要だ」と訴える。 ■欧州、脱・炭素へ 水素戦略に本腰 水素は生産、貯蔵、輸送、使用などのバリューチェーンで様々な産業への波及効果が大きい。使用の面においては独ダイムラーが燃料電池分野でスウェーデンのボルボと提携し、燃料電池トラック推進に向けた欧州連合を形成した。空でもエアバスが主体となって水素戦略を加速する。欧州の産業政策の中心となるドイツは、6月にまとめた国家水素戦略で多数の施策を打ち出した。そのうち、交通分野の施策で「モビリティー分野における水素・燃料電池システムの国際標準化」を明確にしている。日本の航空機産業では宇宙航空研究開発機構(JAXA)が中心となって、航空機の脱・炭素戦略を進めている。18年には民間企業も募って、コンソーシアムを立ち上げた。ただ、技術ロードマップでは30年代に小型旅客機に電動化技術の適用範囲を広げ、50年代に「電動化の理想形に到達」とした。35年にZE航空機の事業化を目指すエアバスとの差は歴然だ。産学官の連携で新たな技術を標準化し、市場を作り上げていくのは欧州のお家芸だ。コロナ禍で厳しい環境下だが、エアバスが動いた以上、日本の航空機産業も脱・炭素戦略を悠長に構えてはいられない。 *6-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200925&ng=DGKKZO64215050U0A920C2EA2000 (日経新聞 2020/9/25) 脱ガソリンで日本勢に逆風 米加州が全新車に義務付けへ トヨタ・スバル、対応急ぐ 自動車業界に「脱ガソリン」を求める動きが米国でも本格化してきた。米カリフォルニア州のニューサム知事がガソリン車の販売を禁止する方針を明らかにした。厳格な環境規制は欧州などが先行してきたが、米国は日本メーカーのシェアも大きい。規制強化で各社の戦略見直しが一気に進みそうだ。ニューサム知事は23日、2035年までに州内で販売される全ての新車を、排ガスを出さない「ゼロエミッション車」にするよう義務付けると発表した。州知事権限に基づく命令を通じ、州の大気資源局(CARB)に具体的な規制づくりを指示した。米国内でガソリン車の販売禁止時期を示したのは加州が初めて。排ガス規制は欧州が進んでおり、欧州連合(EU)は21年に大幅な二酸化炭素(CO2)排出削減を求める新規制を本格導入する。英国がガソリン車やディーゼル車の新規販売を35年に禁止すると表明したほか、フランスも40年までに同様の規制を設ける方針だ。この流れに加州が加わることで、脱ガソリンを掲げる市場の範囲が大きく広がる。同州は全米最大の自動車市場で、19年の販売台数は189万台を超える。19年実績ではトヨタ自動車やホンダなど日本勢のシェアが47%と高く、米国メーカー(30%)よりも多かった。加州だけで日本勢はEU市場で売る半分程度の台数を扱っておりグローバルでも重要市場だ。米国内の規制は原則として連邦政府が策定するが、環境関連は加州に独自のルールづくりが許されている。他州が加州の規制にならうことも認められている。ニューサム知事は23日の記者会見で「これはほかの州や国が従うべき政策」と述べた。 ●車業界は反発 突然の規制強化案に、業界は反発している。ゼネラル・モーターズ(GM)など米大手3社と日欧の主要メーカーが加盟する米国自動車イノベーション協会(AAI)は同日、「規制による市場構築は成功しない」との声明を出した。ただ、連邦レベルでの環境規制にも影響力を持つ加州の方針厳格化は重みを持つ。特に電気自動車(EV)を持たないメーカーへの影響は大きい。SUBARU(スバル)にとって米国は約7割を占める最大市場だが、消費者に「水平対向エンジン」が支持されてきた経緯もありEVを展開していない。まずは20年代前半にトヨタと共同開発したEVの発売を進める構え。スバル幹部は「環境規制で顧客の嗜好が変わることもある。大きな問題で動きを注視している」と懸念を強めている。マツダも現時点で米国でEVを販売していない。今秋から順次自社で開発したEV「MX-30」を欧州や日本で発売するが、米国展開についてはまだ決定しておらず出遅れている。ハイブリッド車(HV)を軸に北米でエコカーを販売してきたトヨタも戦略転換を迫られる可能性がある。加州の規制はHVをゼロエミッション車と見なさないとされる。19年にトヨタが米国で販売した新車のうち電動車は11.5%だが、EVはなくほとんどがHVだ。同社が中長期的なエコカーの本命と位置づける燃料電池車(FCV)も「販売台数はわずか」(トヨタ幹部)。車両価格や水素インフラ整備などで普及に課題は多い。同社は加州で現在シェア1位だが、EVを含めたゼロエミッション車の販売拡大が急務となる。 ●欧州勢が先行 投資家も今回の規制方針を逆風と見ており、スバルとマツダの終値は前日比でそれぞれ2.95%、3.65%下げた。欧州メーカーは対応で先行している。独ダイムラーは39年にすべての新車をゼロエミッション車とする方針を決めた。独フォルクスワーゲン(VW)も時期は明確にしていないが「40年前後が最後の内燃機関車を販売する時期になる」(幹部)としてEVへの移行を急いでいる。部品メーカーでは、独コンチネンタルが19年、30年までに内燃エンジン関連部品の開発を打ち切ることを明らかにした。 米国メーカーで最も恩恵を受けるのはテスラだ。米国の新車市場約1700万台のうちEVのシェアは1%強の24万台にすぎないが、テスラ車が8割のシェアを握っている。そのほかフォード・モーターがVWと提携しEVの共同開発に取り組む。GMも全車の電動化を目指しており、このほどホンダと北米での協業を決めた。自動車の環境規制の強化は中国でも進む。同国では19年、EVやプラグインハイブリッド車(PHV)などの新エネルギー車(NEV)の普及を促す「NEV規制」を導入した。 *6-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20201003&ng=DGKKZO64581150T01C20A0EA1000 (日経新聞 2020.10.3) ホンダ、F1撤退へ 来季限り、EVに資源集中 ホンダは2日、自動車レースの最高峰、フォーミュラ・ワン(F1)から2021年シーズンを最後に撤退すると発表した。電気自動車(EV)など電動車へのシフトが加速する中、研究開発などの資源をエンジンから同分野に集中させる。ホンダは1964年にF1に初参戦した。撤退と再参戦を繰り返し、15年からエンジンなどのパワーユニットを提供するかたちで4度目の参戦を果たした。19年のレースではホンダ勢として13年ぶりの優勝を果たすなど復活を印象づけた。20年はレッドブル・レーシングとアルファタウリの2チームに提供している。ホンダは2日、F1撤退の理由として、今後は環境対応のため燃料電池車(FCV)やEVなどの研究開発に経営資源を重点的に投入する必要があると説明。八郷隆弘社長はオンラインの記者会見で、「社内では参戦を継続すべきだという意見もたくさんあったが、技術者のリソースを環境に傾けるべきだと判断した」と語った。ホンダはこれまでF1を「走る実験室」と位置づけてきた。レース用の車両開発で得られた知識と経験が市販車にも生かせるとして、毎年、数百億円程度とされる開発費を投入してきた。ただ、世界的な環境規制の強化で既存のガソリン車には逆風が吹く。欧州では英国が35年、フランスが40年までにガソリン車やディーゼル車の新規販売を禁止する方針。米カリフォルニア州のニューサム知事も9月、35年までに同州で販売される全ての新車を、排ガスを出さない「ゼロエミッション車」にするよう義務付ける方針を示した。ホンダは環境対応に向けて、30年をめどに世界販売の3分の2をハイブリッド車(HV)などの電動車にする目標を掲げる。2日にはF1撤退と併せて、50年に二酸化炭素(CO2)の排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を実現する目標を新たに示した。ホンダはEV対応については、海外大手と比べて後れを取る。9月に発表した米ゼネラル・モーターズ(GM)との戦略提携などを通じてEV分野で巻き返したい考えだが、F1撤退で生まれた経営の余力を真に活用できるかが課題となる。 *6-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20201008&ng=DGKKZO64748120X01C20A0TJ1000 (日経新聞 2020.10.8) EVシフト、車の雇用細る 、ダイムラーやGM、エンジン関連で数千人規模削減 ドイツや米国で電気自動車(EV)への移行に伴う人員削減が広がってきた。独ではダイムラーやエンジン部品大手などが数千人規模の削減に着手。米ゼネラル・モーターズ(GM)もEV向けに切り替えた工場で雇用を減らす。EV生産は必要人員が少なく、次世代車と雇用の両立が各社の喫緊の課題だ。EVシフトで出遅れた日本勢も対応を迫られている。ダイムラーの高級車事業会社、メルセデス・ベンツは6日、内燃エンジンへの投資は2019年をピークに今後は大幅に減っていくことを明らかにした。EVへの投資が主流となり、内燃エンジンの種類は30年までに7割減らす。オラ・ケレニウス社長は事業戦略説明会で「EV移行にあたり、雇用が減るのは疑いの余地がない。社会的に責任のある形で変化に対応するため労働者側と協議している」と述べた。長くエンジン生産の中核だった独南部シュツットガルトのウンタートゥルクハイム工場などで電池や電気モーターへの生産転換を進め、大幅に人員を削減する。現地メディアは労働組合の話として約2割にあたる4千人を25年までに減らすと報じた。ベルリンのエンジン工場でも2500人から半減するもようだ。 ●独では半減試算 背景にあるのはEVシフトがもたらす雇用環境の変化だ。内製が一般的なエンジンに比べ、EVの主要部品である電池セルやモーターはドイツよりも賃金が安いアジアや東欧で生産されている。国内で生産する場合も人手がかからない。自動車部品世界最大手、独ボッシュのフォルクマル・デナー社長は「ディーゼルエンジンの燃料噴射装置を生産するのに10人必要だった。電気モーターは1人だ」と話す。独フォルクスワーゲン(VW)も18年11月、EVシフトに伴い国内の工場で23年までに7千~8千人を削減する計画を発表した。VWではガソリン車と同じ車台を作る場合、EVは1~3割の人員が余剰になるとされる。雇用への影響を緩和すべく他社へのEV車台の供給も拡大する。ただし新型コロナウイルス感染拡大の需要への影響もあり、従来事業を当座の受け皿にしながらの「雇用調整なきEVシフト」は困難な情勢だ。米GMと全米自動車労組(UAW)は閉鎖対象だったミシガン州デトロイトの小型車工場をEV専用に切り替えて残すことでも合意したが、従業員は最大で2200人と2割以上減る。21年秋に完成予定の韓国LG化学とのバッテリー合弁工場も、従業員は1000人程度と規模は小さい。自動車業界は地域雇用の担い手だ。ドイツでは約80万人を雇用する。政府が出資する研究機関「未来のモビリティのための国民プラットフォーム(NPM)」が1月に公表した試算では「最も悲観的なシナリオ」としてEV化で30年までに41万人の関連雇用が失われる可能性があるとした。米国では自動車産業の雇用が19年7月に11カ月ぶりに100万人を下回った。コロナ禍の生産休止から再開した足元では90万人にとどまる。UAWはEVシフトの影響を労使で定期的に協議する「先進技術委員会」を立ち上げ打開策を探る。独では米テスラや中国の電池大手、寧徳時代新能源科技(CATL)が国内のEV関連工場を新設して雇用を生む予定で、新興組に雇用の受け皿を期待する声もある。 ●日本も変化の波 エンジンを軸に産業ピラミッドを構築してきた日本にとっても対岸の火事ではない。日本車メーカーはEVをガソリン車やハイブリッド車(HV)と並行して進めてきたが、EVシフトが本格化しつつある。日産自動車は23年度までにEVなど電動車を世界で100万台以上販売する目標を掲げる。大手メーカー7社の研究開発費の総額は19年度に3兆円を超えた。既存事業にメスも入れる。ホンダは自動車レースのフォーミュラ・ワン(F1)からの撤退を2日に発表した。八郷隆弘社長は記者会見で、新型コロナの影響を受けた撤退との見方を否定し、「電動化を加速するために経営・技術者のリソースを傾ける」と述べた。自動車は約3万点の部品で構成するが、EVは約半分程度に減るとされる。アーサー・ディ・リトル・ジャパンの祖父江謙介パートナーは「エンジンなどEV化で消えるものほど基幹部品として日本で生産されてきた。EVシフトは部品点数の減少率以上に雇用へのインパクトがある」と指摘する。日本勢はEVシフトで欧米の背中を追いながら、産業の根幹を揺るがす構造変化の波を乗り越えねばならない。 <農業と行政におけるスマート化> PS(2020年9月29、30日、10月1日追加):*7-1に、「①政府は2025年までに、担い手のほぼ全てがデータを活用した農業を実践することを成長戦略に掲げる」「②農水省はデジタル技術を活用した生産現場の課題解決に乗り出し、農家の高齢化や人手不足を補う導入の判断材料として費用対効果の分析データを農家に提供して普及を推進する」「③かかった費用・伸びた所得・削減できた労働時間等をデータで示して農家に提供する」「④行政手続きも、スマートフォンやインターネットで補助金申請ができるようにする」などが記載されている。 このうち、①②については、徹底して自動化した方がよいのは大規模少品種生産の農家で、小規模多品種生産の農家は小回りのきく機械にした方がよさそうに思う。しかし、機械化すれば従業員を減らせる場合は、人件費より機械の方が安い。また、③については、法人化して青色申告すれば、機械の減価償却費を計上して税負担を減らすことができるのでそれだけ費用対効果が高くなり、特別償却できるとなおさらだ。また、④については、行政手続きが簡素化されると迅速になるが、早い分だけ考える時間が短いのでミスも起こり易いと思う。 しかし、*7-2に「⑤行政手続きでの印鑑廃止」「⑥ペーパーレス化」「⑦オンラインで情報を集めることができれば利便性が高まる」と書かれていることについては、「ハンコを押すためだけに会社に行く人がいた」というのは、本当はおかしい。何故なら、稟議書にハンコを押すことの意味は、上司が、①妥当性を判断し ②承認して責任を持つこと であり、部下の側からは「保証」と「根回し」になるからで、物理的にハンコを押すだけの管理職なら不要だからだ。ただ、⑦のように、インターネットで必要な人に同時に情報を送ることができれば、稟議書を廻す必要がなく、組織もフラットにできる。しかし、⑥のペーパーレス化が進みすぎると、保証人等になる場合に責任を持てるのか疑問であるなど、行為の重要性によっては書面を見ながら相手の説明をじっくり聞き、考えて印鑑を押すことが必要な場合もある。 なお、2020年9月30日、*7-3のように、10~30haで経営する担い手の利用を想定し、施設内作業もしやすく無給油で8時間稼働できる中型トラクターを共同購入して低価格にする仕様を全農が発表したのはよいが、農機具も電動化し、再エネで自家発電した電力を使った方が環境に良い上に費用対効果も上がるので、メーカーに働きかけて、電動トラクターと農業施設の発電システムを作ってもらった方がよいと思う。 フクイチ原発事故を巡り、*7-4のように、福島県内の住民や避難者ら約3700人が国と東電に損害賠償等を求めた訴訟の判決が9月30日に仙台高裁であり、「①国と東電の責任を認めて約10億1千万円の賠償を命じた」「②2002年に国の地震調査研究推進本部が公表した『長期評価』は重要な見解で、相当程度に客観的かつ合理的根拠を有する科学的知見だとした」「③経産相がすぐに津波高の試算を東電に命じれば津波の到来を予見できた」「④経産省は規制当局の役割を果たさず、国の責任は東電と同程度」「⑤賠償地域は福島県会津地方や宮城県・栃木県の一部にも拡大され、対象人数も約2,900人から約3,550人に増え、賠償額は1審の約5億円から倍増した」とのことである。①②③④はよいが、⑤は1人あたり賠償額が28万円強(10億円/3,550人)に留まり、大部分の損失は被害者負担になったことを意味する。賠償の名目は慰謝料だろうが、本当は逸失利益(フクイチ原発事故がなければ稼げた筈の金額)も賠償するのが当たり前で、日本の裁判所は逸失利益を認めないため賠償額が損害に見合わなくなるのだ。いずれにしても、原発を使わず、エネルギー自給率を上げながら、排気ガスを無くすために、再エネは重要であり、地方は再エネの宝庫なのである。 (図の説明:農業地帯は自然再生可能エネルギーが豊富なので、農家は、エネルギーを消費だけするより、生産しながら消費した方が、あらゆる意味でよいと思う) *7-1:https://www.agrinews.co.jp/p52013.html (日本農業新聞 2020年9月29日) デジタル活用 農家手助け 「スマート」=コスパ提示 補助金=ネット申請加速 農水省が方針 政府がデジタル庁の創設を検討する中、農水省はデジタル技術を活用した生産現場の課題解決に乗り出す。農家の高齢化や人手不足を補うスマート農業では、導入の判断材料として費用対効果の分析データを農家に提供し、普及を推進。補助金の申請手続きは、2022年度までに全てオンラインでできるよう、取り組みを加速させる。政府は25年までに「担い手のほぼ全てがデータを活用した農業を実践」することを成長戦略に掲げる。3月に閣議決定した食料・農業・農村基本計画でも、デジタル技術を活用した新たな農業への変革を提示。具体的に取り組む分野として、スマート農業、行政手続きの簡素化を挙げる。スマート農業は農作業の負担軽減の効果がある一方、導入コストに対するメリットが分かりづらい課題がある。同省と農研機構は今後、19年度から始めた実証プロジェクトの費用対効果の分析に入る。かかった費用、伸びた所得、削減できた労働時間などをデータで示し、農家に提供。導入する際の判断基準にできるようにする。農水省は21年度予算概算要求に、20年度当初予算比で40億円増の55億円を計上する「スマート農業総合推進対策事業」などを盛り込む。同事業では高価なスマート農機のシェアリング(共有)など、新たなサービスの実証も進める。行政手続きは、スマートフォンやインターネット上で補助金申請ができる同省の「共通申請サービス」の運用を進める。20年度は、認定農業者制度や経営所得安定対策の一部で運用を開始。22年度までに全ての申請で使えるようにする。21年度の概算要求にも、同86億円増の93億円を計上する。同省は、申請作業の簡素化によって「農家は経営に、JAは営農指導に集中できるようになる」(大臣官房デジタル戦略グループ)との考えだ。使い勝手を良くするため、簡潔で分かりやすい画面などを工夫するという。取り組みは、デジタル庁とも連携していく。同庁創設に向けて準備を進める内閣官房は農業分野について「これまで農水省が進めてきたスマート農業、行政手続きの簡素化を継続して進めていくことになる」(官房副長官補室)と話す。 *7-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20200928&ng=DGKKZO64303030X20C20A9PE8000 (日経新聞 2020.9.28) 行革相、ペーパーレス化に意欲 印鑑廃止に続き 河野太郎行政改革・規制改革相は27日、行政手続きでの印鑑廃止に続き、ファクスの使用もやめてペーパーレス化に取り組む意向を明らかにした。北海道根室市で記者団に「電子メールやオンラインで情報を集めることができれば、より民間企業や各自治体の利便性も高まる」と強調した。 *7-3:https://www.agrinews.co.jp/p52021.html (日本農業新聞 2020年9月30日) 新・低価格トラクター 「中型」用途幅広く 全農 ●施設内作業しやすく、無給油で8時間 JA全農は29日、注文を取りまとめて低価格にする「共同購入トラクター」の第2弾、中型トラクターの仕様を発表した。標準的な同クラスに比べ2割安く、ハウス内作業がしやすいノークラッチ変速や、無給油で8時間の作業ができる燃料タンクを搭載した。用途が幅広く、担い手の収益を高める多角経営にも貢献する。全農の農家所得増大に向けた事業改革の一環。10月からJA経由で注文を受け12月に出荷を始め、3年間で2000台の取り扱いを計画する。機能を絞るのに加え、まとめて注文する共同購入でメーカーの製造・流通を効率化し、価格の引き下げにつなげる。今回の製造元はクボタで、型式は「SL33LFMAEP」(33馬力)。メーカー希望小売価格は285万円(税別)だ。生産者の要望を基にして機能を厳選し、2019年6月にメーカー4社に開発を要請した。実機やデータを基にクボタ製を選んだ。全農によると、今回は第1弾の大型ほど機能をそぎ落としていないが、購入数が見込めることで値下げにつながった。要望の強いノークラッチ変速と大きな燃料タンクの他、自動水平制御、自動耕深制御、倍速ターン、オートブレーキなどを備える。キャビンやハイスピード、半クローラーのオプションもある。水田農業だけでなく園芸にも向く。低価格のため、ハウス内作業や野菜栽培など特定の作業用に、追加で導入するのにも向く。10~30ヘクタールで経営する担い手の利用を想定している。全農耕種資材部は「あらゆる作業ができ、水田と園芸など多角経営に役立つ。前回の大型は関東、東北、九州で人気だったが、今回は西日本を含む全国で需要が見込める」と強調する。共同購入トラクターの第1弾は、18年に取り扱いを始めた60馬力の大型トラクター(ヤンマーアグリ製)。これまで1845台(8月末時点)と、目標の2倍近い取扱数となっている。 *7-4:https://digital.asahi.com/articles/DA3S14641872.html (朝日新聞 2020年10月1日) 原発事故、高裁「国に責任」 東電と同程度、認定 集団訴訟・仙台判 東京電力福島第一原発事故を巡り、福島県内の住民や避難者ら約3700人が国と東電に損害賠償などを求めた訴訟の判決が30日、仙台高裁であった。上田哲裁判長は一審に続き国と東電の責任を認め、約10億1千万円の賠償を命じた。国が被告となった原発事故の集団訴訟での二審判決は初で、今後の各地の裁判に影響を与える可能性もある。福島地裁での一審に続き、2002年に国の地震調査研究推進本部が公表した「長期評価」の信頼性が争われた。福島県沖で津波地震が起きる可能性を指摘したものだ。今回の判決では「個々の学者や民間団体の一見解とは格段に異なる重要な見解で、相当程度に客観的かつ合理的根拠を有する科学的知見」と重視。公表当時、経済産業相がすぐに津波高の試算を東電に命じれば、津波の到来を予見できたとし、「規制当局に期待される役割を果たさなかった」と国の姿勢を批判。「規制権限の不行使は国家賠償法の適用上違法」と指摘した。また、国と東電が「喫緊の対策措置を講じることになった場合の影響を恐れ、試算自体を避けようとした」とし、一審では国の責任を「(東電を)監督する第二次的なものにとどまる」としていたが、東電と同程度だとした。賠償の地域は福島県会津地方や宮城県、栃木県の一部にも拡大され、対象人数も約2900人から約3550人に増えて、賠償額は一審の約5億円から倍増した。
| 民主主義・選挙・その他::2014.12~2020.9 | 10:30 AM | comments (x) | trackback (x) |
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