■CALENDAR■
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
<<前月 2024年11月 次月>>
■NEW ENTRIES■
■CATEGORIES■
■ARCHIVES■
■OTHER■
左のCATEGORIES欄の該当部分をクリックすると、カテゴリー毎に、広津もと子の見解を見ることができます。また、ARCHIVESの見たい月をクリックすると、その月のカレンダーが一番上に出てきますので、その日付をクリックすると、見たい日の記録が出てきます。ただし、投稿のなかった日付は、クリックすることができないようになっています。

2024.7.5~8.27 技術革新が産業と経済発展のKeyである ← どの方向の技術革新が求められるのか (2024年9月1、7日追加)
 このところ多忙だったため2ヶ月近くもかかりましたが、やっと工事完了となりました。四葉

(1)経済におけるイノベーション(技術革新)の重要性


2022.7.25東洋経済 2023.12.25読売新聞 キャノン・グローバル研 2024.6.13日経新聞

(図の説明:1番左の図は、主要国の1990~2021年までの名目1人当たりGDPの推移で、左から2番目の図は、2022年の主要国名目1人当たりGDPだが、この2つから、日本は名目でも著しく順位を下げたことがわかる。また、右から2番目の図は、購買力平価による1人当たりGDPの推移で、購買力平価による日本の伸びも他国と比較して緩やかだ。1番右の図は、人口増加率とイノベーションの関係で、OECD諸国ではこの2つに相関関係のないことがわかる)

 *1-1は、①経済停滞の原因はイノベーションの欠如 ②技術革新はミクロで、人口動態とは無関係 ③民間企業が主役だが金融や国も役割重要 として、具体的に、④2023年にドイツ(人口は日本の2/3)とGDPが逆転し、日本経済の凋落が続いている ⑤2025年にはインドにも抜かれて日本のGDPは世界5位となる見通し ⑥生活水準と密接な関係を持つ名目GDP/人は、2000年は世界2位、2010年18位、2021年28位まで転落した ⑦購買力平価ベースでは世界38位で、アジアの中でもシンガポール(2位)、台湾(12位)、韓国(30位)に及ばない ⑧GDP/人の水準を決めるのは、人口や人口の変化率ではなく、「資本・労働比率」と全要素生産性(TFP) ⑨全要素生産性上昇はイノベーション(技術革新)に依る ⑩日本経済の停滞はイノベーションの欠如が原因である ⑪OECD諸国のグローバル・イノベーション・インデックス(GII)と各国の人口増加率は相関関係がなく、途上国ではむしろ負の相関関係がある ⑫日本経済の将来を考えると、人口減少を言い訳にせず、民間企業がミクロレベルでイノベーションを行うことが重要 ⑬日本で生じている人口減少は省力化イノベーションを促す ⑭高齢者増加は高齢者特有の財・サービス提供や介護のハイテク技術活用等を必要とする ⑮日本が抱える人口減少や高齢化の課題は、イノベーションを生みだす素地である ⑯経済の新陳代謝を促しイノベーションを推進していくため金融機関の果たす役割も重要 ⑰政府が時代の変化に対応できなければイノベーションを阻害して国力低下を招く と記載している。

 上の①~⑰は、全くそのとおりで賛成だ。つまり、国内で誤りを100万回述べても、結果として統計上に表される事実は変わらないため、これまで人口減少を経済停滞の原因として語ってきた無能な政治家・官僚・メディア関係者・経済学者は、誤った情報を無批判に垂れ流し、国民をミスリードして貧しくさせた責任をとって、意志決定する第一線から退くべきである。

 特に、⑥のように、1人当たりの名目GDPは2000年の世界第2位から2021年には世界第28位まで転落し、⑦のように、購買力平価ベースでは、世界38位となってシンガポール(2位)、台湾(12位)、韓国(30位)にも及ばなくなったのだ。

 その理由は、政府の無駄使いによって、日本の国債残高の対GDP比が251.9%と世界第2位のイタリア143.2%を大きく引き離して世界第1位となり、財務省はじめ日本政府は「国民全体が貧しくなれば文句は出ないだろう」と考えて金融緩和を続け、これに他国への制裁返しも加わって、著しい物価上昇を引き起こすことによるステルス増税を行なってきたからで、ここに国民の生活や福利の向上という理念は全く見られないのである。

 また、⑧⑨⑩のように、GDP/人の水準を決めるのは、全要素生産性(TFP)であり、全要素生産性上昇はイノベーションに依るのに、(後で詳しく述べるが)日本政府は現状維持に汲々としてイノベーションを阻害する政策をとり、経済を停滞させる政策が多かったのだ。何故か?

 その上、⑪のように、人口増加率の高さは先進国ではイノベーションとは相関関係がなく、途上国ではむしろ負の相関関係があるのに、各国の人口動態や日本の食料自給率・地球の食料生産力を考えることもなく、「人口減少が問題だ」と叫んできたリーダーは、無知というより故意であろう。何のために、そういうことをしたのだろうか?

(2)イノベーションの具体的事例
1)環境は、イノベーションの宝庫だったこと

   
 2023.7.3、2023.8.25日経新聞            2024.7.5日経新聞

(図の説明:1番左の図のように、既に再エネ技術はあるのに、新規再エネ導入容量で日本は停滞し、炭素価格《=環境意識》はアジア各国より見劣りする。また、左から2番目の図のように、建物の断熱・設備の省エネ・再エネ・EV利用によって安全で環境にも財布にもやさしいエネルギー政策ができるのに、これらの技術進歩は遅遅としている。そして、右から2番目と1番右の図のように、再エネと比較して危険性が高く、2050年頃にやっと発電の実証実験ができるとされている核融合発電に膨大な国費を投入しているのだ)

 *1-2-1は、①政府が環境政策の長期的な指針である第6次環境基本計画(以下“計画”)を閣議決定 ②現代社会は気候変動・生物多様性の損失・プラスチック汚染の三つの危機に直面と指摘 ③人類活動の環境影響は地球の許容力を超えつつある ④計画は天然資源の浪費や地球環境を破壊しつつ「豊か」になる現在の経済成長の限界を指摘 ⑤経済や社会の活動を地球環境の許容範囲内に収めつつ「新たな成長」を実現する考え ⑥GDP等の限られた指標で測る現在の浪費的「経済成長」に代わって計画が打ち出したのは、現在と将来の国民の「ウェルビーイング」を最上位に置いた成長 ⑦計画は森林等の自然を「資本」と考える重要性や地下資源文明から再エネ等に基づく「地上資源文明」への転換の必要性を強調 ⑧これを社会変革の契機としたいが、根本的な変革の実現は容易でない ⑨最初の計画ができて30年、この間の経済停滞も深刻だが、日本の環境政策も欧米に比べて大きな後れ ⑩長い間に築かれた既得権益にしがみつく勢力が大きな政治的発言力を持ち、変革を阻んできた ⑪計画の実現には環境省の真価が問われるが、現実は極めてお寒い状況 ⑫計画は「環境・経済・社会すべてにおいて勝負の2030年」と、今後、数年間の取り組みの重要性を指摘 ⑬首相をはじめ政策決定者や企業のトップが悪化する地球環境への危機感を共有し、限られた時間の中で社会の根本的な変革に勇気を持って取り組むことが必要 等と記載している。

 今頃になってではあるが、①③⑦のように、政府が人類の活動の環境への影響が地球の許容力を超えることを認め、環境政策の第6次環境基本計画を閣議決定して、森林等の自然を「資本」と考える重要性や地下資源文明から再エネ等に基づく「地上資源文明」への転換の必要性を強調したのはよかった。しかし、⑨⑩のように、経産省をリーダーとする既得権益に変革を阻まれ、既に最初の計画から30年も経過した結果、日本は停滞の30年を過ごした上、トップランナーだった筈の環境政策も世界に大きな後れをとったのである。

 ただし、②の「気候変動・生物多様性の損失・プラスチック汚染の三つの危機に直面としている」というのは、生物は絶滅と進化を繰り返すものであるため現状維持が何より重要とは限らないし、プラスチック汚染は、環境を汚していないものまで過度に禁止して国民に不便を強いるより、ゴミの分別回収を(いつまでも複雑怪奇で不便なままにしておかず)簡単にして、再利用を進めればよいと思われる。

 なお、日本政府が、人間に直接被害を与える放射性物質や化学物質による環境汚染には無頓着で、気候変動については30年前から指摘しているのに、未だ中途半端な対応しかしていないのは何故だろうか。

 さらに、④⑤⑥が、新たな成長かと言えば、GDPを増やす方法は、需要者のニーズにあった製品やサービスを提供することであるため、環境や国民の年齢層を無視した製品やサービスしか提供しなければ、需要が減ってGDPも落ちるのが当然である。また、浪費したものは蓄積されないため、いつまでも進歩のない貧しいままの生活が続くのだ。

 つまり、国民の「ウェルビーイング」の1要素である国民1人あたりGDPを増やして国民を豊かにするためにも、ニーズに合った技術革新が必要で、無理に化石燃料を浪費して地球環境を破壊しても、国民を豊かにすることはできないのである。

 その上、日本の場合は、化石燃料を輸入に頼って国富を外国に流し、国民を貧しくしているため、エネルギーを再エネに変更すれば、国産エネルギーに替わって国富が流出しないという大きなメリットがある。さらに、東京大と日本財団の調査チームが、*1-2-2のように、南鳥島沖のEEZ内等に、レアメタルを含む「マンガンノジュール」が大量に存在することを発表したが、日本政府の動きは鈍く、未だ国内用にも輸出用にも採取していない状態なのだ。

 この調子では、⑧のような社会変革はいつまで経ってもできず、⑪⑫⑬のように、環境省だけではなく、首相はじめ政策決定者・企業のトップ等の今後の数年間の取り組みが重要なのだが、省エネや再エネへの資金投入はケチケチしながら、*1-2-3のように、危険な上に大量の熱を発生する核融合に多額の資金を投入するようなことが、日本政府の大きな無駄使いなのである。

2)EV・再エネ・バイオは特にイノベーションのKey技術だったこと
 *1-3-1のように、経産省も、①失われた30年の状態が今後も続けば、2040年頃に新興国に追いつかれる ②特に半導体・蓄電池・再エネ・バイオへの積極投資が成長のカギ ③日本経済停滞の理由は企業が安いコストを求めて生産拠点を海外に移し、国内での投資を控えていたから ④このままでは賃金も伸び悩み、GDPも成長しない ⑤今後、GDPで世界5位に後退するとの試算もある ⑥停滞から脱するには、国内投資の拡大とイノベーションが重要 ⑦スタートアップや大学、研究所を連携させる必要もある ⑧政府も一歩前に出て大規模・長期・計画的に投資を行う具体策を検討 等としているそうだ。

 このうち③は事実で正しいが、現在は、④のように、生産性の向上よりも高い賃上げを連呼して労働コストを上げ、円安と物価上昇により原材料費・エネルギー・不動産のコストも上げているため、問題意識とその解決策が逆である。そのため、このような状態が今後も続けば、①⑤のように、名目GDPでもインドに抜かれて世界5位となり、実質GDPはますます減少して、2040年頃には新興国に追いつき追い越されるというのが正しい展望だろう。

 そのような中、経産省は、②⑥のように、「停滞から脱するには、国内投資の拡大とイノベーションが重要」とし、「特に半導体・蓄電池・再エネ・バイオへの積極投資が成長のカギ」としているそうだ。しかし、エネルギー分野では、日本がトップランナーだったEV・再エネで経産省がバックラッシュを行なってイノベーションを妨げ、バイオ分野でも、日本がトップランナーだった再生医療と免疫療法で厚労省が高すぎる(有害無益な)ハードルを作って進捗を妨げたため、イノベーションを進めてきた先端企業の方が淘汰される結果となったわけである。

 これらの総合的結果として、*1-3-3のように、抗生物質も、原料物質はコストが見合わないとして国内からの撤退が進み、現在では抗生物質原料のほぼ全量を中国等の国外に依存している状況で、国産化するのに、またまた、政府が補助金や国産品を買い取る支援制度を新たに設けなくてはならばいそうだが、その原資は国民の税金なのである。

 さらに、イノベーションの源泉は研究開発であるため、⑦のように、スタートアップ・大学・研究所が連携することも重要だが、大企業もイノベーションに繋がる技術開発をせずに、旧来型の技術を護る意志決定だけをしていればよいわけでは決してない筈だ。

 そのため、*1-4のように、「教育環境の改善は待ったなしだが、国からの運営費交付金が減って財務状況が厳しい」等として、東京大学が学部学生で現在は入学料282,000円・授業料年間535,800円の授業料を2割上げる検討をしているそうだが、⑧のように、政府が時代遅れだったり的外れだったりする大規模・長期・計画的な投資を行うより、大学への進学率を上げてイノベーションを担える母集団を増やし、イノベーションの基礎となる教育・研究を充実する方が重要なので、充実した教育・研究を行なうに十分な交付金や研究費を大学に支給すべきなのである。

 なお、東京大学は授業料全額免除の対象を世帯収入年600万円以下の学部生と大学院生に対象を広げるとしているそうだが、世帯収入が600万円であっても、535,800円の授業料は夫婦と子1人で自宅通学の場合以外は負担が重すぎる上、親と学生の進路希望が異なるケースでは、世帯収入は学生にとっては何の意味もなく、学生の方が親よりも次の時代を見ている場合も少なくない。そのため、国公立大学の授業料は、下げたり無償化したりすることはあっても、上げるのは論外なのである。

3)技術革新の効果と研究者の処遇
 *1-3-2のように、小野薬品工業の売上高は、2014年に癌治療薬「オプジーボ」を発売してから、2023年度までに3.7倍に伸びたそうだ。オプジーボをはじめとする免疫療法は、自己の免疫に働きかけて癌を攻撃させる治療法であるため、標準治療と呼ばれる従来型の癌治療法(薬物療法・手術療法・放射線療法)と異なり、治療を受ける人への副作用が著しく少なく、身体的負担も少なくてすむのが特徴だ。

 これが技術革新の効果であり、現在はオプジーボが当初の1/5の薬価になったため、小野薬品が困ったと書かれている。しかし、免疫に働きかける治療法なら理論的にはどの癌にも効く筈であるため、対象となる癌の種類を増やす研究をすれば、皆にとってハッピーな結果になる。そのため、国は、このような技術革新を推進すべきなのであり、間違っても免疫療法を“標準治療”の下位に位置づけるべきではない。

 また、このような技術革新を促す研究は容易ではないため、研究者に特許料を支払うことを惜しんではならないし、そういうことをすれば、日本で、もしくは日本企業と研究開発をしたい研究者はいなくなるという覚悟をすべきである。

(3)観光への投資について
1)国立公園の魅力向上について
 岸田首相は、*1-5-1のように、①2031年までに全国に35カ所ある国立公園で民間を活用した魅力向上に取り組む ②環境保全を前提に高級リゾートホテルも含めて誘致し、訪日消費の拡大に繋げる ③地方空港の就航拡大に向け、週150便相当の航空燃料の確保を含む緊急対策を講じるよう指示 ④インバウンドは2024年に過去最高を大きく更新して3500万人、旅行消費額も8兆円が視野に入る ⑤2030年に訪日客数6000万人・消費額15兆円が政府目標 ⑥地方への誘客促進とオーバーツーリズム対策を重点的に取り組む ⑦オーバーツーリズム対策として観光庁が補助金を出す「先駆モデル地域」に小豆島・高山・那覇等の6地域を加える 等とされた。

 私は、これまで大切に維持してきた日本の国立公園を観光に活かすのに賛成だが、適正な入場料を徴収して環境を保全し、大自然を美しく保たなければ、観光地としての魅力もなくなる。そのため、①②はセットであり、高級リゾートホテルだけでなく、長期間滞在できるようなホテルや民宿も必要だと思う。

 また、③の地方空港の就航拡大も重要だが、「地方空港に降り立てば、空港に新幹線が乗り入れており、地域内を容易に移動できる」というような利便性も重要な付加価値だ。日本の空港は、何故か、国際空港と国内空港が分かれていたり、空港と鉄道が接続していなかったりして、移動に労力を使わせ、旅行者やビジネスマンに不便な思いをさせているのが現状なのだ。

 それでも、④のように、インバウンドは2024年に過去最高を大きく更新して3500万人、旅行消費額も8兆円が視野に入るそうだ。しかし、山国で面積は九州よりも小さく、人口は約897万人と日本の1/14のスイスは、年間平均観光客数が2500万人、のべ宿泊客数は5500万人で、観光産業収入は2021年に170億スイスフラン(177.07円/スイスフランx170億スイスフラン≒3兆円)であるため、⑤の日本の目標は、スイスと比較すればまだ低い。

 私も、*1-5-2の観光列車ユングフラウ鉄道に乗ってユングフラウヨッホに行ったことがあるが、日本人の利用客数が年間10万人以上もいるだけあって、列車の乗換駅にカタカナで「←ユングフラウヨッホ」と書かれていたのには参ったほどだ。

 ユングフラウ鉄道の終点ユングフラウヨッホは、3,454mに位置する欧州で最も標高の高い鉄道駅で、麓のクライネシャイデック駅から、スイスの美しい景色を眺め、山の中を繰り抜いたトンネルを通過すると、登山家が数十時間掛けるところを50分超で登りきり、頂上では欧州最大というアレッチ氷河を目の当たりにできる。私が最初に地球温暖化を意識したのは、鉄道で登ってきた地元の老夫婦が「この氷河はどんどん短くなっているのですよ」と言った時だった。なお、帰りは、ハイキングコースを降りることもでき、高齢者や障害者でも観光を楽しむことができるようになっていて、観光地としての配慮が行き届いている。

 また、私は、*1-5-3の標高4,478mのマッターホルンにも1990年代に行ったが、ツェルマット(その時からガソリン車禁止だった)からゴルナーグラート鉄道(ツェルマットの街とゴルナーグラート山頂を結ぶスイスの登山鉄道)で展望台まで上り、帰りはハイキングを楽しむこともできるようになっている。スキーリゾートとして有名になる前のツェルマットは、数百年間、焦げ茶色の納屋が点在するのどかな楽園で、納屋は穀物の保存や乾燥肉の製造、家畜の飼育に使用されていたが、最近の科学で「ヨーロッパ最古」の納屋が発見されたのだそうだ。

 一方、日本では、*1-5-4のように、「富士山の麓の観光地でオーバーツーリズムが深刻化している」等として、山梨県富士河口湖町では富士山を隠す黒い幕を設置したり、富士吉田市ではマナー悪化の解決策として人気スポットの有料化を検討していたり、通りの商店から「観光客が店でトイレを借りるばかりで買い物をしてくれない」という苦情が出たり、市街地以外の場所でも駐車場やトイレ不足のほか、ごみのポイ捨てや民家の敷地への立ち入り等の観光客のマナーの悪さが問題となっているそうだ。

 しかし、これらは、観光地としての準備不足に依るところが大きいため、地元の議員や観光協会・商工会議所の会員が、スイスのユングフラウヨッホやマッターホルン等に視察に行き、周囲はどのような整備をしているか等を調査研究して、観光地として長期的に地元の立地を活かす方法を考えた方が良いと思う。

 ⑥⑦の地方への誘客促進とオーバーツーリズム対策については、山だけでなく海や川もあり、火山・断層・温泉にも事欠かず、食材が豊富な日本であれば、全国の地域がその特色を活かして観光客を分散受け入れすることができるだろう。そうすれば、スイス並みなら単純計算で42兆円(≒3兆円x14)の観光収入があってよい筈なのだ。それには、オーバーツーリズム対策としての補助金よりも、観光客を分散誘致できる交通体系と地域作りが重要だろう。

2)訪日外国人旅行者向け「二重価格」について
 *1-5-5は、①地方自治体で訪日外国人旅行者向けのモノやサービスの価格を高く設定する「二重価格」検討の動き ②観光資源維持のための財源確保が狙い ③実際に導入する場合は本人確認に手間やコスト ④清元姫路市長は「市民と訪日外国人旅行者との2種類の料金設定があっていいのではないか」とした ⑤大阪市の横山市長も「有効な手の一つ」と語り、大阪城で価格差をつけることに前向き ⑥京都市の松井市長は、地元住民の公共交通料金を観光客より低くする市民優先価格の導入を公約に掲げて当選 ⑦二重価格や外国人からの金銭徴収制度は外国人に対して不公平な印象や歓迎していない印象を与える と記載している。

 私も、①について、市民の税金で賄っている施設であれば、市民の入場料を安くしたり、無料にしたりする合理性はあるが、訪日外国人旅行者というだけで日本人との間に二重価格を設定する合理性はないと考える。そのため、②の観光資源維持の財源確保は、全員から入場料を取り、維持管理費を支払っている日本人集団の入場料を割引するのが筋であろう。それなら、運転免許証・マイナンバーカード・パスポートの提示で、住所を確認すれば③は解決する。

 なお、④については、姫路城は姫路市の所有にはなっているが、修復費は国が出しているため、姫路市民だけを割引するのも変である。⑤⑥についても、所有者が誰か、管理費・修繕費を出しているのは誰かによって、その財源となっている集団に入場料の割引をするのは合理性があるのだ。しかし、⑦のように、外国人と日本人に二重価格を設定したり、外国人からのみ金銭を徴収したりするのは、確かに、外国人に対して不公平であり、訪日外国人を歓迎していない印象を与える。

(4)日本の農業について

  
    農業白書         ミノラス           農水省

(図の説明:左図は少し古い資料だが、日本では今でも小麦の消費量に対して生産量が著しく少ないため、消費量の多くを輸入している。また、中央の図のように、米と麦の国民1人あたり年間消費量は、「小麦は一定」「米は著しく減少」だが、その理由は、栄養指導の効果と他の食品から栄養をとることが可能な現在の経済状況がある。そして、右図は、米・小麦・肉類の生産量だが、米は減ったと言っても余り気味、小麦や肉類はその多くを輸入依存という状況だ)


2022.9.26日経新聞  2023.7.27読売新聞            農水省

(図の説明:左図のように、2020年の小麦の自給率は15%程度にすぎない。また、これらの結果、中央の図のように、日本のカロリーベースの食料自給率は、他の先進国と比べても低迷し続けており、右図のように、2022年度では、生産額ベースの食料自給率は58%あるものの、カロリーベースの食料自給率は38%にすぎないのである)

1)「食料・農業・農村基本計画」の2024年度内改定について
 令和6年改正後の食料・農業・農村基本法(以下、「同法」)は、第1条で「食料・農業・農村に関する施策について、食料安全保障確保等の基本理念及びその実現を図るのに基本となる事項を定め、国及び地方公共団体の責務等を明らかにすることにより、食料・農業・農村に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって国民生活の安定向上及び国民経済の健全な発展を図ることを目的とする」と述べている(https://www.maff.go.jp/j/basiclaw/attach/pdf/index-12.pdf 参照)。

 また、同法第2条は「食料は、人間の生命維持に欠かせないものであり、かつ、健康で充実した生活の基礎として重要なものであることに鑑み、将来にわたって、食料安全保障(良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態)の確保が図られなければならない」としている。

 価格に関しては、同法第23条で「国は、食料価格形成に当たり、食料の持続的供給に要する合理的な費用が考慮されるよう、食料システムの関係者による理解の増進、合理的費用の明確化促進、その他必要な施策を講ずる」とし、第39条で「国は、農産物の価格形成について、消費者の需要に即した農業生産を推進するため、需給事情及び品質評価が適切に反映されるよう、必要な施策を講ずる。国は、農産物価格の著しい変動が育成すべき農業経営に及ぼす影響を緩和するために必要な施策を講ずる」としている。

 そして、政府は、*2-1-1のように、「食料・農業・農村基本計画」を2024年度内に改定して食品・農産品の価格転嫁を促すための法制化を進めることを決めたそうだが、食料の需要者である国民は、物価上昇で実質賃金が下がり、年金も“マクロ経済スライド”によって所得代替率が下がり続けてエンゲル係数が上がっているため、これ以上値上げすれば、いくら合理的費用を明確化しても国民が良質な食料を合理的な価格で入手することはできないと思われる。

 一方、エネルギーや農業資材も輸入に頼って円安・戦争による価格高騰の打撃を受けているため、同法第42条の「国は農業資材の安定的な供給を確保するため、輸入に依存する農業資材及びその原料について、国内で生産できる良質な代替物への転換の推進、備蓄への支援その他必要な施策を講ずる。国は、農業経営における農業資材費の低減に資するため、農業資材の生産及び流通の合理化の促進その他必要な施策を講ずる。国は、農業資材価格の著しい変動が育成すべき農業経営に及ぼす影響を緩和するために必要な施策を講ずるものとする」は重要だ。

 これらの要請を同時に満たすイノベーションの例が、同法第45条「国は、農業と農業以外の産業の連携による地域の資源を活用した事業活動を通じて農村との関わりを持つ者の増加を図るため、これらの事業活動の促進その他必要な施策を講ずるものとする」という地域資源を活用した事業活動の促進で、農地への風力発電設置、小水力発電設置、ハウスへの太陽光発電設置によるエネルギーの自給や地域資源を使った飼料・肥料の生産等である。

 なお、*2-1-1は、人口減少に対応した農業用インフラの保全管理の見直しが必要としているが、同法第22条は「国は、農業者・食品産業事業者の収益性向上に資するよう海外需要に応じた農産物の輸出を促進するため、輸出を行う産地の育成、農産物の生産から販売に至る各段階の関係者が組織する団体による輸出のための取組の促進等により農産物の競争力を強化するとともに、市場調査の充実、情報の提供、普及宣伝の強化等の輸出の相手国における需要の開拓を包括的に支援する体制の整備、輸出する農産物に係る知的財産権の保護、輸出の相手国とのその相手国が定める輸入についての動植物の検疫その他の事項についての条件に関する協議その他必要な施策を講ずるものとする」と定めており、食料自給率を上げたり、農林水産物の輸出を促進したりすれば、人口が減少しても生産インフラを縮小する必要はない筈である。

 また、農業を担う人材の育成や確保については、同法第33条で「国は、効率的かつ安定的な農業経営を担うべき人材の育成及び確保を図るため、農業者の農業の技術及び経営管理能力の向上、新たに就農しようとする者に対する農業の技術及び経営方法の習得の促進その他必要な施策を講ずるものとする」と定め、第34条で女性の参画促進、第35条で高齢農業者の活動促進も定めているが、これだけで十分ではないだろう。

 *2-1-2は、①東京都の出生率が1を割り、都知事選では子育て支援・少子化対策が大きな争点の一つになっているが、住宅費が極めて高い東京で多くの子を育てられる広い家を持つのは普通の人には無理で出生率が他地域より低いのは当然 ②人口減少対策は国全体の形のデザインの中で議論しなければ無意味 ③生活環境の良い地方で働いて家族を形成する選択肢の提供が必要 ④有力候補者の政策が、水・食料・エネルギーという生存に不可欠な資源は金さえ出せばいつでも買える前提 ⑤国政選挙の争点は都知事選挙の争点とは異なるべき ⑥日本は高度成長期以来積み上げてきた貯金を食いつぶし、衰弱の局面にある ⑦食料・エネルギーの海外依存を続ければ富の国外流出も大きく、これらを自給する体制を立て直すこと・地域における雇用機会の創出・人口再生力の回復は一体である ⑧国の形のグランドデザインを問う論争が必要で、日本に残された時間は長くない と記載しており、完全に賛成である。

 つまり、農業・食品・エネルギー関係の人材は、都市からの移住や外国人の移住でも賄うべきなのだ。

2)穀物を燃料にすれば、世界の栄養不良と地球温暖化が解決するというのか
 *2-2-1は、①国際社会のフードセキュリティーは「飢餓0」 ②具体的にはi)飢餓の終了 ii)食料安全保障達成と栄養状態改善 iii)持続可能な農業促進 ③その結果、i)全ての人が食料を得られる ii)誰も栄養不良に苦しまない iii)小規模農家の生産性向上・所得向上で食料安全保障と栄養状態改善 iv)フードシステムが持続可能 ④改正基本法は輸出による食料供給能力の維持、食料の合理的な価格形成、環境と調和のとれた食料システムの確立を新たに追加 ⑤日本は、1951年には全就業者数の46%が第1次産業に従事、2022年は3%に減少し、必要な食料は食品の生産性向上と輸入によって調達し、餓死者・栄養不良人口は少ない ⑥問題はiv)の持続可能性 ⑦少数の生産者と大量輸入で今後の食料安全保障は確保されるか ⑧食料安全保障上最大の問題となる農作物はコメ ⑨コメの国内生産を守るため、コメをエタノールの原料としてはどうか ⑩米国はトウモロコシ、ブラジルはサトウキビからエタノールを作り、ガソリンに添加して使用している 等と記載している。

 このうち、①~③の国際社会のフードセキュリティーには賛成だ。しかし、④のうちの「輸出で食料供給能力を維持すれば、国内の自給力が維持される」という説はあまりに甘いと思った。何故なら、栽培品目を変えれば、必要な圃場の形・灌漑方法・農機の種類・施肥の方法等が変わるため、慣れないことをすれば生産性が著しく落ちるからである。

 また、⑤⑥⑦のように、現在の日本は、少数の生産者の生産性向上と大量輸入によって必要な食料を調達でき、栄養不良の人口は少なくてすんでいるが、工業化はどこの国でも進むものの、食料生産できる農地には限りがあるため、世界人口が増加している中、このままでは日本も今後の食料安全保障を約束することはできないし、世界の「飢餓0」も達成できないと思われる。

 そのような中、突然、⑧のように、「食料安全保障上最大の問題となる農作物はコメだ」というのは、コメだけ食べて栄養バランスが保てるわけではないため、結論がおかしい。その上、⑨のように、食品であるコメを、酒ではなくエタノールの原料としたり、⑩のように、同じく食品であるトウモロコシ・サトウキビからエタノールを作ってガソリンに添加して使用するなど、世界の「飢餓0」に貢献するどころか逆のことをしつつ、さらに地球温暖化防止にも資さない提案をするのは、何を考えているのかと思う。

3)農地規制を撤廃すれば、食料自給率が向上するのか
 *2-2-2は、①食料安全保障を「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、国民1人1人が入手できる状態」という国連食糧農業機関(FAO)の定義では、食料の存在と安定供給、食料への物理的・社会的・経済的アクセス、食料の利用・摂取までサプライチェーンの全てが確保されることで、それぞれの国・社会はその供給網のどこにボトルネックがあり、食料の安全保障が脅かされるのかを分析しなければならない としており、これには完全に賛成だ。

 また、*2-2-2は、②国内では食料安全保障の指標として食料自給率が取り上げられ、低さが問題とされてきたが、自給率は食料安全保障への評価を表さない ③食料自給率は市場で手に入る食品の中から消費者が選んだ食品の組み合わせの結果で、消費者に選ばれた国産品の割合が現在の38%ということ ④これを無視して食料自給率を高めようとすれば、消費者の選好を損なうだけでなく、国民の負担増を伴う とも記載している。

 しかし、③の「現在の食料自給率38%は消費者が選んだ食品の組み合わせの結果」というのは正しいが、製造業はどの国でも20~30年の時間差で近代化でき、世界人口は増え続けているため、日本も食料輸入力をいつまでも高く保ち続けることはできず、食料の62%を輸入に頼っていれば、日本人は良質な食料を合理的な価格で安定的に入手することもできなくなり、結果として、②の食料安全保障も保たれなくなるであろう。

 また、④についても、これまで述べてきたとおり、消費者ニーズのあるものを生産性を高くして生産すれば国民負担増にならないが、問題は、何が何でもコメコメと言い、何かやろうとする度に補助金をばら撒く農業政策にある。

 さらに、*2-2-2は、⑤国境を閉ざす国の食料自給率は高いが、その食は貧しく、食料自給率向上が目的化して豊かさが犠牲になるのでは本末転倒 ⑥食料自給率はあくまで経済活動の結果で、分析対象ではあるが、それ自体を目標とすべきでない ⑦平時と異なる有事の際の食料供給体制を整えることは重要で、「食料供給困難事態対策法」は政府が重要とする食料や必要物資を指定して、世界的な不作などで供給が大きく不足する場合、生産者に増産を求める とも記載している。

 このうち、⑤⑥については、日本は開発途上国でないため、先進国同士の食料自給率を比較すると、カナダ・オーストラリア・米国・フランスはカロリーベースで100%以上、ドイツも84%を自給しており、日本の38%は著しく低い。もちろん、国境を閉ざさなくても、国内生産の食料が輸入食料に質と価格の総合で勝てばよいわけだが、現在は国内生産は価格が高いため生産額ベースの自給率は高いが、経済活動の結果は価格で世界に負けているのである。

 なお、⑦については、(4)2)で述べたとおり、有事の際にあわてて“政府が重要とする食料”を“必要物資”と指定して生産者に増産を求めても、大したものを供給できるわけがないため、これは絵に描いたモチ、つまり安全神話にすぎない。

 これに加えて、*2-2-2は、⑧食料安全保障は農業政策のみで解決できる問題ではなく、エネルギーはじめ国家安全保障の一環として総合的な法体系の中で議論すべき ⑨有事に備える食料安全保障体制の確立に欠かせないのは農業生産力の維持・確保 ⑩農業を担う労働力は高齢化が進んで農業労働人口は急速に減少し、農業従事者1人当たりの農業付加価値額でみた農業の労働生産性も、2020年の61万8千円と比べて2022年の58万3千円は低下 ⑪農業従事者の減少と高齢化は農地の荒廃に繋がり、2022年で約430万haある耕地面積の利用率は91%で1割近い農地が利用されず ⑫日本農業の持続的発展には、農地の維持・保全と効率的利用が最優先の課題 ⑬高齢化で耕作されない農地は一部の担い手に集積されており、100haを超える規模の経営も珍しくないが、その多くは分散した農地を合わせての100haで、多くが借地であるため区画整理等の基盤整備を自由に行えない とも記載している。

 ⑧については、全く賛成だが、⑨の有事に備える農業生産力が平時は別のものを作っていても維持・確保できるというのは、上に書いたとおり、安全神話にすぎない。

 また、⑩⑪⑫⑬は事実だが、小規模でも自分の土地を持って現在農業を行なっている人から無理に農地を取り上げて農地の大規模化を進めることは、資本主義国の日本ではできない。そのため、農業の労働生産性を上げることを目的として、高齢化して離農する人から次第に農地を集め、現在は「分散した農地を合わせて」ではあるが、次第に大規模化してきたわけである。もちろん、今後、区画整理等の基盤整備を行なって大規模な農業機械を導入し、生産性を上げる必要があることは言うまでも無い。

 さらに、*2-2-2は、⑭農地の効率的利用を妨げているのは農地法で、農地を耕作する農業者か農地所有適格法人でなければ農地を取得できない ⑮一般の株式会社は、賃借は可能だが農地取得はできず、基盤整備などの長期投資が困難 ㉒経営形態にかかわらず農地所有を認め、貴重な農地の効率的利用を図るべき ⑯農地の確保・保全は有事に国民を飢えさせないための必要条件なので、農地所有を自由化し、平時には効率的な農地利用を行い、有事には栄養効率を重視した生産体制に移行する法的整備とともに、農地所有者には農地保全を義務づける等の新たな制度が必要 とも記載している。

 このうち⑭⑮については、本当に農業をする気のある株式会社なら、子会社か関連会社として農地所有適格法人(https://www.pref.kagoshima.jp/ag02/sangyo-rodo/nogyo/keiei/06002005.html 参照)を作ればよいため、それも行なわずに農地を取得したいというのは、農地取得後に土地の使用目的を変換することを意図しているのではないかと思われる。そして、それでは、⑯の「有事にも国民を飢えさせない」という食料安全保障は達成されないのだ。

 例を挙げれば、一般株式会社であるICT会社・農機会社・食品会社・建設会社・銀行等が、子会社か関連会社として農地所有適格法人を作り、従業員を交代で農業に従事させることによって、もとの事業との間にシナジー効果を出すこともできるだろう。

 最後に、*2-2-2は、⑰質の高い国内農産物と世界から食材が届く環境を守ることが平時の食料安全保障 ⑱肥料・飼料など、多くの生産資材も輸入に依存するため、国内生産とともに安定的な輸入を確保することも、食料安全保障の大きな柱 ⑲国際市場の動向を詳しく分析し、貿易相手国との友好関係の維持や輸送・情報インフラの充実を図らなければならない。そして何より自由貿易体制の維持だ。世界貿易機関(WTO)が機能不全に陥って久しいが、日本はWTOをはじめとした国際機関や貿易交渉でリーダーシップを発揮することが求められる ⑳シュンペーターの高弟でもあった農業経済学者の東畑精一は「食料が不足して国が危うくなるのではない。国が危ういときに食料も不足してくるのである」と、農業政策にのみ食料の安全保障を求めることを戒めている ㉑最も重要なのは言うまでもなく平和の維持だ。地政学的リスク軽減のため何をすべきか。外交努力と日本のプレゼンス向上、国際的な開発支援などに最大限の努力をすることが、すべての安全保障の基本となる とも記載している。

 しかし、⑰は今後も続けられるとは限らず、⑱については、あまりに輸入に頼りすぎているため、これらも考慮すれば食料自給率38%も怪しくなる。もちろん、⑲⑳㉑のように、国際市場の動向を詳しく分析したり、貿易相手国と友好関係を維持したりすることは重要だが、おんぶにだっこされてばかりではまともな交渉はできず、“平和維持のため”と称して相手の言いなりになり、国民には我慢を強いるしかなくなることを忘れてはならない。

4)武蔵野銀行の試み

 
   耕作放棄地でのスマート放牧      耕作放棄地のオリーブ園化  オリーブ

(図の説明:左図は《耕作放棄地に限る必要はないが》放牧して餌代と人手を節約しつつ、健康な牛を育てる方法。中央の図は、耕作放棄地をオリーブ園に変えたケース。右図はオリーブ)

 *2-3は、①武蔵野銀行の新入行員が、同行アグリイノベーションファームで田植えをした ②農業は埼玉県経済の柱の1つで、同行は農業関連の融資も手掛ける ③同行は新たな産業の創造・高齢化をはじめとした農業の課題解決の一環として、2015年から小麦・23年から米の栽培や加工品製造に取り組んでいる ④同行は、田の面積を9500㎡に増やし、その2割を新入行員が田植えして、残りは実証実験としてドローンで種まきする ⑤農業の大変さを身をもって体験することで、農業の課題に当事者意識を持って向き合う人材を育成できる 等と記載している。

 農業は、②のとおり、埼玉県の経済で重要な位置を占めるので、銀行が農業関連の融資も手掛けてイノベーションを進めることは重要だが、従来の不動産担保による融資では農業への融資金額は限られる。そのため、①③④⑤のように、行員が農業に参加することで身をもって農業の課題と可能性を知り、融資や企業とのマッチング等の側面から解決策を考え実行していくことは、銀行にとっても地域にとっても有益である。従って、研修の終わりには、新人に農業や農業融資に関するレポートを書かせ、できの良いものは取り入れることがあって良いだろう。

 このほか、他業種の従業員が農業に関わると有益な事例は、(4)3)にも述べたとおりで、ICT企業や農機企業の従業員の場合なら、屋内で緻密な作業ばかりしていると心身の健康に悪いが、時々、農業に従事することで日の光を浴びながら力仕事をして心身の健康を回復しつつ、農業の課題である省力化・スマート化の方法等について具体的に考えることによって、事業間のシナジー効果が生まれる。

 また、食品会社の従業員が農業に関わると、農業に従事することによって外で仕事をして心身の健康を保ちつつ、原料である農産物の改良や原料の使い方の無駄を省く方法を考えるなど、事業上の課題解決にも結びつけられる。

 さらに、建設会社の場合であれば、農業体験することによって心身の健康を保ちながら、農業の省力化やスマート化に対応する農業施設や農業の基盤整備について考えることができる。

5)ふるさと納税反対論への反論 ← 地方の視点から


 2024.7.26佐賀新聞     2024.7.26佐賀新聞       22年度受入順

(図の説明:左図はふるさと納税寄付額の推移で、順調に伸びているのは良いことだと思う。中央の図の右側に、ふるさと納税の課題として「好みの返礼品やポイント還元率で返礼品を選ぶ」と書かれているが、公平なルールの下で競争原理が働いて自治体・生産者・仲介業者の努力が反映されているため、批判には当たらない。また、「寄付が一部の自治体に集中する」という批判も、住民税を徴収しにくい第一次産業地帯に集中しているのだから、自治体の努力に応じて住民税の偏りの是正が行なわれているのであり、良いことだ。その結果として、右図のような受入額の順位になっているのであり、下位に位置する都道府県は良識ある工夫をすれば良いだろう)

 *2-4-1・*2-4-2・*2-4-3によれば、ふるさと納税に関する主な反対論は、①返礼品やポイント還元率を比較しながらお得感の強い自治体を選ぶ傾向がある ②ネットショッピング感覚で、人気の特産物などがある一部の自治体に寄付が集中し、地方を活性化する理念と乖離している ③魅力的な返礼品のあるなしで、自治体間に格差が出る ④手数料の寄付額に占める割合が47%に達する ⑤都市部の自治体は住民税の減収額が寄付額を上回る傾向で不満がある ⑥仲介サイトで各地の返礼品を見比べることができ、サイトは寄付に応じたポイント付与を競う ⑦自治体がサイト事業者に支払う手数料の一部がポイントの原資である などである。

 このうち、⑤の都市部の自治体の不満は、住民税の徴収方法を知っていれば、本末転倒であることがわかる筈である。

 住民税には、企業等が負担する「法人住民税」と個人が負担する「個人住民税」があり、それぞれに「道府県民税」と「区市町村民税」がある。計算方法は、所得割(前年の所得に税率を掛けて計算)と均等割(一定の所得がある人全員が均等に負担)の合計で、税率は地方税法で全国一律10%(道府県民税2%、市民税8%)と定められているが、自治体の条例によって増減もできる(https://biz.moneyforward.com/tax_return/basic/49732/ 参照)。

 また、住民税の使途は、福祉(子育て、医療、高齢者福祉、障がい者福祉等)、教育(小・中学校、図書館等)、土木(道路、公園、下水道事業等)、消防(消防、救急、防災等)、衛生(保健、ごみ処理、病院事業、水道事業等)等の主として住民に身近な行政サービスである。

イ)住民税が多く集まる地方自治体は何処か
 住民税は、課税所得の多い個人や利益の多い企業が集まる地域で豊富に集まる。

 そのため、住民税が多く集まる地域は、「集積の外部経済」を効かせて生産性を上げるために、インフラ・技術・労働・情報を優先的に集めた地域になる。日本は、国策として集中を進め、優先的にインフラを整備して労働・技術・情報を集めて製造業関係の企業を立地させたため、そこに生産年齢人口にあたる労働者が集まり、その他のサービスも整ったという経緯があるのだ。ただし、現在は、集めすぎによる外部不経済も起こっている。

 従って、利益の多い企業や課税所得の多い個人は、現在は、これらの優先的に開発された地域に多く流入しており、そうでない地方自治体や農林漁業中心の地方自治体からは、生産年齢人口の労働力が流出しているのである。そして、これは、個々の地方自治体の努力の結果ではない。

 それでは、「農業は不要な産業なのか」と言えば、世界人口の増加、新興国や開発途上国における製造業の発展、食料安全保障を考えれば、上に述べてきたように、不要どころか重要な産業なのである。

ロ)住民税の使途の偏在
 住民税の使途は、以下のとおりだ。
i) 福祉(子育て、医療、高齢者福祉、障がい者福祉等)
  より多く福祉を必要とする人は、元気に働いて多くの住民税を支払っている健康な生産年齢人口の大人ではなく、子ども・高齢者・病気で所得のない人などである。そして、その割合が高いのは、国策で優先的にインフラを整備し、労働・技術・情報を集めた地域以外の地域なのだ。

ii) 教育(小・中学校、図書館等)
 小・中・高の公教育を受けている生徒も、地方自治体がその資金を出しているが、所得がないため住民税は支払っていない。

iii) 土木(道路、公園、下水道事業等)
 優先的にインフラを整備した地域は既に整っているが、そうでない地域は現在も整備されておらず、整備中である。

iv) 消防(消防、救急、防災等)
 消防や防災のニーズは何処でもあるが、救急の出番は高齢者の割合が高い地域で多そうだ。

v) 衛生(保健、ごみ処理、病院事業、水道事業等)
 ごみの分量は、飲食店は多くなるなど個人によって異なるため、ごみ処理が無料である必要はなく、無料であることより、さっと取りに来る利便性の方が好ましいと、私は思う。しかし、保健・病院・水道事業は、優先的にインフラを整備されなかった地域でも必要であるため、その地域の住民の負担は重くなる。

 そのため、ふるさと納税は、地方出身で都会で働いていた私が、税理士として申告書を書きながら住民税の偏在に気づき、提案してできたものである。それに対し、②のように、「農林漁業を中心とした返礼品が人気の一部自治体に寄付が集中する」とか、⑤の「都市部の自治体は住民税の減収額が寄付額を上回る傾向で不満」などというのは、背景を無視した利己的な反論である。つまり、それは、国策によってもともと住民税には偏在が生じているという背景を無視した主張なのだ。

 また、③の「魅力的な返礼品のあるなしで、自治体間に格差が出ることがいけない」というのも、努力もせず棚からぼた餅を期待することをよしとするもので、それでは日本の衰退は必然である。さらに、①のように、比較可能でお得感の強い自治体を選べるからこそ、返礼品やその展示の仕方に工夫が促され、通販でも十分に売れる商品も出て地方を活性化させるのである。

 確かに、私も、④の手数料の寄付額に占める割合が47%というのは高い割合だとは思うが、商品開発費・広告宣伝費・販売費まで含んでいると考えれば、その支出は地方自治体の判断であり、高すぎるとも言えないだろう。

 なお、仲介サイトで返礼品を比較できるのは、寄付者にとってだけでなく、出品者にとってもよいことだと、私は思う。そのため、⑥⑦のように、「サイトが寄付に応じたポイント付与を競い、自治体がサイト事業者に支払う手数料の一部がポイントの原資になっている」として、総務省が「特典ポイントは、本来の趣旨とずれている」と指摘し、事業者側は全社がポイント原資は「自社負担だ」と主張していることに関し、私は、総務省が箸の上げ下ろしにまで口を出すと、護送船団方式という最低の速度でしか進まないシロモノができあがるため、出品する自治体の判断に任せた方が良いのではないかと思う次第である。

6)業務用野菜の国産増について
 *2-5は、①農水省は輸入依存の加工・業務用野菜国産シェア奪還に向け、9月から品目別商談イベントを開く ②国産への切り替えが期待できる野菜で、産地・流通業者・実需者の橋渡しをする ③国内で消費される野菜の6割を占める加工・業務用は、輸入が3割 ④同省は、タマネギ・ニンジン・ネギ・カボチャ・エダマメ・ブロッコリー・ホウレンソウの7品目を「重点品目」に指定 ⑤プロジェクトに参加する会員向けに、冷凍技術などに関する勉強会を開く としている。

 上の④は典型的な日本の野菜であるため、①~③のように、農水省が「重点品目」に指定して音頭をとらなければ輸入品が選択されるというのがむしろショッキングだが、日本産は高いので業務用では特に輸入依存になるのだろう。

 そのため、⑤の冷凍技術や安価な栽培方法など、質だけではなく価格も含めて競争力をつけるしかないと思う。

(5)金融緩和と物価高
1)赤字財政と金融緩和政策


   社会実績データ       2024.4.20佐賀新聞     2024.7.21西日本新聞

(図の説明:左図のように、2023年の消費者物価指数は、1970年と比較すれば37%、2012年と比較すれば13%程度の上昇をしているが、この割合は体感より低い。また、中央の図のように、よく言われる前年や2~3年前との物価比較は、預金・債権などの資産の目減りを無視しているため、大きな意味がない。そのため、右図のように、消費者物価指数は実質GDPより低いが、これは実質所得と実質資産の目減りを反映して、国民が消費を抑えているからである)


2024.5.9日経新聞    2023.1.20毎日新聞       2024.7.5日経新聞

(図の説明:左図のように、実質賃金はマイナスが続いているが、その理由は生産性が向上していないからである。また、中央の図のように、物価上昇にもかかわらず公的年金は一定である上、介護保険料の負担が著しく増えたため、高齢者の実質可処分所得は著しく減少した。そのため、右図のように、実質消費支出は減っており、その代わりに増えたのが公的支出なのだが、これは生産性を向上させるものではなくバラマキが多いのである)

 *3-1-4は、①総務省発表の6月の消費者物価指数(2020年=100)は、生鮮食品を除く総合指数は107.8で前年同月と比べて2.6%、生鮮食品を含む総合指数は2.8%上昇 ②政府が電気代・ガス代等の負担軽減策を縮小したことで電気代・ガス代が値上がり ③日銀の物価安定目標である2%を超える上昇が続いている ④エネルギー上昇率は7.7%と前月の7.2%から拡大した ⑤電気代13.4%と大幅上昇・都市ガス代3.7%上昇で、生鮮食品を除く消費者物価指数の伸びを0.47ポイント押し上げた ⑥電気代は5月に再エネ普及賦課金の上昇で16カ月ぶりにプラス 等と記載している。

 また、*3-1-2は、⑦財務省が発表した税収は72兆761億円と4年連続過去最高 ⑧インフレ環境の継続で名目GDP成長率のプラスが定着し、税収の増加傾向は続く ⑨金利ある世界が現実となり利払い費の増加が迫る中、税収の上振れによる財政改善は一時的 ⑩歳出構造の改革を進めて財政の規律を回復させる必要 ⑪内閣府による2023年度名目国内総生産(GDP)は前年度比5.0%プラスで2022年度の2.5%プラスから上振れ ⑫円安で企業の海外事業の利益が膨らんだことも寄与して法人税収は15兆8606億円で前年度から6.2%伸び、所得税収は22兆529億円で2.1%減少し、消費税収は23兆922億円で0.1%増加 ⑬日銀の金融政策修正等の影響で長期金利が1%を超える水準まで上昇し、国債利払費の増加が財政圧迫の可能性 ⑭新型コロナ禍で膨張した危機対応予算を圧縮する「平時化」が求められる 等と記載している。

 このうち①は、2024年6月の消費者物価指数は2020年と比べれば生鮮食品を除く総合指数は107.8で7.8%の上昇だが、上の段の左図のように、アベノミクス開始時点(2012年末)と比較すれば12.8%程度、バブル崩壊前の1988年と比較すれば22.8%程度の物価上昇をしており、その分、国民の購買力が下がって、資産と所得が政府・企業にステルス移転したのである。

 その結果、⑦⑧⑫のように、税収が上振れし、国が赤字国債を発行して無駄遣いしてきた穴埋めがなされた。そして、この間に、バブルの反省をし、本物の改革を断行するために、景気対策として再エネの普及等に役立つインフラ整備をしてきたのなら、その後の生産性が上がるため我慢もできるが、そうではなく、⑪のように、名目国内総生産が上振れしただけなのだ。

 それにもかかわらず、⑥のような馬鹿を言い、“景気対策”と称してバラマキしつつ、⑩の歳出構造は改革していないため、今後の生産性向上も財政再建もおぼつかないのである。

 これに加えて、ロシアに対する制裁返しで輸入に頼りきりの燃料価格が上昇したため、②③④⑤のような燃料費上昇による物価上昇が加わったのだが、この偶発的な事件を、③のように、あたかも「日銀の物価安定目標2%を超える上昇」と言っている点も呆れる。何故なら、中央銀行の役割は、物価を安定させ、通貨の価値を維持して国民の財産を護ることであって、物価上昇目標をたてて、国民からのステルス増税に加担することではないからだ。

 経済学では、「ジョンブル(典型的に真面目なイギリス人の名前)も2%の利子率には満足できない」と言うように、2%以上の実質金利があるのは当然なのだが、日本は、⑨⑬のように、いつまでも「金利ある世界が現実となれば国債利払費の増加が財政圧迫の可能性」などと言わざるを得ず、⑭をはじめとして無駄使いばかりが多いため、将来性に欠けるのである。

2)国の歳出改革について

     
2023.2.16日経新聞 2022.12.23読売新聞 2023.11.11北海道新聞 2023.12.22日経新聞  

(図の説明:1番左の図は、日本の財政状況で主要国最悪になった。左から2番目の図は、2023年度当初予算で114兆3,812億円だが、これに右から2番目の補正予算13兆1,992億円が加わり、合計127兆5,804億円となった。1番右の図は、2024年度当初予算で112兆717億円だが、これに補正予算が加わるかどうかは現在のところ未定だ)

 上の左図のように、日本における政府債務の対GDP比は258.2%であり、これはイタリアを優に超えて主要国最悪になっており、その5割を日銀が保有している。こうなった理由は、日銀が公開市場操作(貸出金利の引き下げ)や「買いオペ」等の手段で政策金利を引き下げ、金融緩和を行なって資金の供給量を増やし、景気を良くして物価を上昇させようとしてきたからである。

 しかし、金融緩和はカンフル剤にすぎないため、経済構造改革をして生産性を上げることなく金融緩和を長期間続けたことによって、政府債務は増え、円の価値が下がって、円安や悪い物価上昇、株価の上昇などが起こっているわけだ。

 それでは、「借金だらけの政府支出は、どういうところになされたのか?」と言えば、2023年度は中央の2つの図のように、社会保障費(36兆8,996億円)が最も大きい。しかし、これは憲法に規定されていたり、国民との契約に基づいて支払われたりするもので、高齢化に伴って増えることはあっても、減らしてよいようなものではない。

 次に大きな支出は、国債費(当初予算25兆2,503億円)と国債元利払い(補正予算1兆3,147億円)の計26兆5,650億円で、2023年度末には普通国債の累積残高が1,068兆円に上る国債の償還分と利払い費の合計である。元本の返済と利払い費を合計して表示する公会計基準はわかりにくくて良くないが、国債残高が少なければ元本の返済と利払い費の合計も少ないことは明らかだ。なお、金利が上がれば国債の利支払い費も増えるが、特殊な事情でもない限り、安い金利の資産を持ち続けたい人はいないのである。

 3番目に大きな支出は、地方交付税(当初予算16兆3,992億円)である。これは、地方自治体が再エネ発電をしたり、産業振興をしたりして、国への依存度を下げれば下がるものだ。

 4番目に大きな支出は、防衛費と防衛力強化資金(11兆2,415億円=当初予算6兆8,219億円+3兆,3806円+補正予算1兆390億円)である。防衛費は細かく分けて1つ1つの項目を小さく見せているが、総額では2023年度に11兆2,415億円を支出している。そのため、11兆円以上の支出の費用対効果を検証すべきだが、私は、原発等の危険施設を残したまま、食料も燃料も殆ど輸入に頼りつつ、どんな理由があろうと決して戦争などできるわけがないため、日本における防衛費の費用対効果は著しく低いと考えている。

 5番目に大きな支出は、公共事業費(7兆3,622億円=当初予算6兆600億円+補正予算1兆3,022億円)だが、古くなった設備の更新や再エネ電力の送電線等のニーズを満たし、インフラという観点から生産性の向上に資しているのかは大いに疑問だ。

 右から2番目の補正予算で、2023年度には、そのほか、i)低所得者世帯への7万円給付1兆592億円 ii)ガソリン・電気・ガスの補助延長7,948億円 iii)次世代半導体研究開発基金6,175億円などが支出されており、ii)の7,948億円はロシア・ウクライナ戦争に加担したことによる費用(=防衛費の一部?)に入るだろう。

 1番右の2024年度当初予算における歳出・歳入の内訳は、2023年度に36兆8,996億円だった社会保障費が37兆7,193億円に増え、26兆5,650億円だった国債費も27兆90億円に増加している。地方交付税交付金は、16兆3,992億円から17兆7,863億円に、防衛費は11兆2,415億円から7兆9172億円に減少しているが、補正予算を組めば、2024年度の歳出はさらに増加する。

 しかし、2024年度当初予算の中には、教育・研究開発費及び公共事業費は現れないくらい小さな割合だ。教育や研究開発がイノベーションの基となり、公共事業改革がインフラの面で生産性を上げる必要条件であることを考えれば、生産性を上げるための本質的なことはせず、金をバラマキ続けてきたことが、イノベーションを妨げ、日本の停滞を招いたのだと言えるだろう。

 ところで、今日(8月14日)、岸田首相は来月の総裁選立候補を見送ると発表された。私は、岸田首相の原発推進には全く賛成できない(これは首相を変えれば変わる問題ではない)が、NISAを制限でがんじがらめの制度から、非課税期間無期限化・非課税上限額拡大を行なって、より投資しやすい新NISAに変換されたことは、長銀出身の首相らしいと思って評価している。

 しかし、メディアは、この間、政治資金規正法違反報道や首相の進退・衆議院解散など、誰かを貶めて首を切ることばかりを興じて報道し、視聴率の高い時間帯に野球・馬鹿笑いの番組を長時間配置するなど、まともな政策論議をして見せることによって国民(子供を含む)に深く考えさせることができなかった。これは、教育の問題に端を発しながら、民主主義を担うべき国民の劣化を促している。

3)メディアの主張する歳出改革について
 *3-1-1は、①政府が6月に公表した骨太の方針案は、財政拡張路線からの転換 ②自民党の積極財政派に配慮して2022年以降は避けていた国・地方の2025年度のPB黒字化目標を3年ぶりに明記 ③内閣府試算では2025年度PBは1.1兆円の赤字で、社会保障費の伸びを高齢化の範囲に収める等の歳出改革を続ければ黒字化可能 ④2025~30年度予算編成方針は「PB黒字化を後戻りさせず、債務残高のGDP比を安定的に引き下げる」 ⑤2030年度の国の利払い費は名目長期金利が2.4%の場合は14.8兆円と、金利1.0%のケースに比べて2.5兆円膨らみ、元本償還も含む国債費は2024年度では一般会計の2割超 ⑥利払い費が膨らめば社会保障や成長投資など政策経費の余地が狭まる ⑦金利上昇しても、インフレで名目成長率が底上げされれば税収も増え、財政健全化に繋がる ⑧経団連の十倉会長は経済財政諮問会議で「PB目標は単年度で考えるのではなく、複数年度で安定的に黒字基調となるような水準を目指すべき」とした ⑨小泉政権で策定した2006年骨太方針は社会保障費を毎年2200億円圧縮する等の数値目標を明記し、2011年度黒字化を打ち出した 等としている。

 また、*3-1-3は、⑩政策の優先度を見極め、歳出構造の見直しに真剣に取り組む必要 ⑪PBは税収増で上ぶれし、大型補正予算を組まなければ2025年度には小幅なプラス ⑫金利が上昇すれば国債利払いも増加 ⑬無駄な支出と赤字抑制に最大限努めるべき ⑭閣議了解された概算要求基準は「施策の優先順位を洗い直し予算を大胆に重点化」とする ⑮物価や人件費上昇で歳出拡大圧力が強い ⑯少子高齢化対応はじめ、重要な政策課題も多い ⑰防衛費は、政権が決めた大幅増額の計画に沿って別枠扱い ⑱「重要政策」を優遇する特別枠と金額を明示しない「事項要求」対象が広い ⑲賃上げ促進・官民投資拡大・物価高対策などが例示されている ⑳物価高で苦しむ家計や事業者を支えると言うが、対象を広げれば財政悪化 ㉑各省庁は予算要求の段階で費用対効果を十分精査し、必要性の見極めを徹底すべき ㉒安定財源の確保は先送りされたままで、他分野へのしわ寄せや財政健全化の遅れを招く構図 等としている。

 このうち①は、賛成だが、②④については、補正予算を組めば実現できない。また、⑩⑬⑭㉑を本当の意味で行なうためには、日頃から費用対効果の高い賢い支出を選び続けていく行政評価可能な複式簿記による公会計制度を採用しておくべきで、現在それをやっていないのは、*3-4に書かれているとおり、主として日本とアフリカだけなのだ。これについては、⑧のように、経団連の十倉会長が経済財政諮問会議で少し触れられているが、民間企業は、当然のこととして、月次でそれを行なっているのである。

 また、③⑨のように、歳出改革と言えば「高齢者の社会保障費の伸びを抑える」案しか出ないのは、実際の高齢者の生活を見ておらず、観念的な政策決定をしているからである。

 さらに、⑤⑥については、いつまでも0金利政策を続けるわけにいかないことは明らかで、これまで0金利政策をとっていた間に必要な改革をし、国債残高は減らしていなければならなかったのであり、既に過去の蓄積を使い果たして時間切れになったということだ。しかし、未だに⑦⑪のように、「インフレで名目成長率が底上げされれば税収が増えて財政健全化に繋がる」と言っているのは、国民の生活については全く考えていないということだ。

 なお、⑫の「金利が上昇すれば国債利払いも増加する」や⑮の「物価や人件費上昇で歳出が拡大する」というのは当然であるため、⑲の賃上げ促進政策と官民投資拡大、⑳の物価高対策と日銀のインフレ目標は矛盾した政策なのである。

 確かに重要な政策課題は、⑯の少子高齢化対応だけではないのに、⑰の防衛費増額は、日本の財政状態から見て大幅すぎる。また、㉒のように、無駄使いとバラマキを繰り返した挙げ句、「足りなくなったら安定財源の確保として消費税を上げれば良い」と考えるのも、国民の生活について全く考慮しておらず、どういう人にこういう発想が浮かぶのか、むしろ疑問である。

4)金利正常化と円高について

  
家づくりコンサルティング      2022.6.21トウシル     2022.6.22SMBC  

(図の説明:左図は長期金利《名目》の推移で2016年から0近傍が続いているが、実質金利はここから物価上昇率を差し引いたものであるため、さらに低く、消費者が節約せざるを得ないのは当然なのだ。また、中央の図は、主要国の金利だが、日本は突出して低いため投資が外国に出るのも当然なのである。右図は、日本人がどこに投資するかを考えている様子だ)

  
 2024.6.25日経新聞     2022.10.21三井住友アセットマネージメント

(図の説明:左図は1900年からの対ドル為替レートと日本・米国の物価の推移で、第2次世界大戦敗戦後の著しいインフレとその後のインフレ停止は、物資不足による物価高から預金の引き出しが集中したこと等により、幣原内閣がインフレ抑制と資産差し押さえの目的で旧円から新円への切替えを行い、旧紙幣は一部を除いて無効にしたからで、国民から見ればひどいことをしたものだ。右図は、1971年以降のドル円相場であり、1973年に変動相場制に移行した後、日本の貿易黒字拡大に伴って次第に円高となり、1995年4月19日の79.75円/$と2011年10月31日の75円32銭/$が円の対ドル高値であり、これを受けてアベノミクスが始まったのである)

 *3-1-5は、①円相場は2024年4月29日に1ドル160円24銭、2024年6月22日に再度1ドル159円80銭台の円安になり、米金利上昇とドル買いを誘った ②政府・日銀の円買い為替介入を受けて、円は151円台まで上昇した ③その後、日米金利差に着目した円売り・ドル買いが進み、輸入企業のドル調達もあって円の下落基調が続く と記載している。

 また、*3-2-1は、④低い政策金利が円安・インフレの弊害を招き ⑤日銀は、金融政策決定会合で短期金利の誘導目標を0・25%程度へ引き上げた ⑥金利全般が上昇して住宅ローンや企業の借入金利に影響が出るが、2%台半ばにある物価上昇率を勘案すれば実質的金利は依然マイナス ⑦目標とする2%以上のインフレが27カ月続く ⑧石油など原材料の多くを輸入に頼るわが国は、円安が輸入コスト増に直結して物価上昇の引き金になる ⑨GDPの5割超を占める個人消費が昨年4~6月期以降ずっとマイナスなのは物価高による節約志向が原因 等としている。

 さらに、*3-2-2は、⑩日銀は7月末の金融政策決定会合で「追加利上げ」と「量的引き締め」を決めた ⑪国も企業も家計も、これから金利の規律と向き合う ⑫インフレ率が2%で推移するなら、政策金利も2%程度まで戻すのが自然 ⑬日本は1995年以降、政策金利が1%を超えたことはなく、日銀関係者は利上げのゴールを2%程度と見込む ⑭公表翌日の1日に円相場は1ドル=148円台まで買い戻された ⑮日経平均株価は2日に史上2番目の下落 ⑯日本国債発行残高は1082兆円で日銀が53%を保有するが、巨大な買い手がいなくなれば金利は急騰する ⑰財務当局は「大量の預金を抱える国内銀行がその空白を埋める」と切望し、ある大手銀行は「長期金利が1.2%になれば国債買いに動くが、現在は1%を切っており動く地合いではない」とする 等と記載している。

 このうち、①②③は、1ドル160円前後から151円前後まで動いたから円高になったとは思わないが、1ドル75~80円/$の時に円売りドル買い介入して得ていたドルを、150~160円/$の時に円買いドル売り介入して売れば、財務省は膨大な為替差益を実現することができて税外収入を得られる。しかし、これは過去の蓄積の食い潰しにすぎないため、そう威張れるものではない。

 また、④のように、低い政策金利が円安・インフレの弊害を招いたことは事実だが、⑤のように、日銀が金融政策決定会合で短期金利の誘導目標を0・25%程度に引き上げても、⑥⑦のように、物価上昇率が2%なら実質金利は-1.75%程度になるため、住宅ローンの借り手・企業の借入・公的債務への国民からの所得移転は続いているのである。つまり、一般消費者の生活への配慮なき主張だ。

 なお、円の為替相場が下がれば、⑧のように、エネルギー・食料・原材料の多くを輸入に頼っている日本では、「円安=輸入コスト増」となり、さらなる物価上昇に繋がるため、これらを総合した結果、⑨のように、GDPの5割超を占める個人消費は、物価高によって節約せざるを得ず、消費は不本意ながらマイナスが続いているのである。

 つまり、低金利政策を長くとって貨幣価値を下げれば弊害の方が多くなるのであり、日本は、⑫⑬のように、1995年以降政策金利が1%を超えたことがなく、日銀関係者は利上げのゴールを2%程度と見込んでいるそうだが、インフレ率が2%で推移するのなら政策金利は少なくとも4%程度まで上げなければ実質金利2%は実現しないのである。

 そのため、名目2%程度の金利では、⑩⑪の「追加利上げ」と「量的引き締め」を行なったことにはならず、国・企業・家計が金利の規律と向き合うことにもならない。従って、⑭のように、公表翌日に円相場は148円/$台までしか上がらず、⑮のように、日経平均株価が「史上2番目の下落」をしたのは、これまで円の価値が下がっていたため、円で計られる株価は上がっていたが、それが円の価値の回復に伴ってその分だけ修正されたにすぎない。

 なお、⑯のように、「日本国債発行残高1082兆円のうちの53%を、日銀が保有している」というのもすごいが、その日銀が引けば債権価格が下がって金利は急騰するだろう。しかし、⑰のように、長期金利が1.2%でも実質金利がマイナスである以上、民間にとって日本国債は持ち損になるのである。

5)金利正常化と株安について
 *3-2-3は、①内外の株価や円相場の不安定な動きが続くが、日銀と市場との対話が不十分 ②日銀がさらなる利上げ姿勢を示したことが円の急伸を招いた ③世界で日本株の下落が際立ったのは、ハイテク株への売り圧力や経済指標の下振れ等の米国要因に円の急伸が重なったから ④日銀が7月末金融政策決定会合で利上げを決めた直後、FRBが9月利下げの可能性を示唆し日米金融政策の方向性の違いが強く意識された ⑤日銀の内田副総裁は「金融資本市場が不安定な状況で利上げをすることはない」と火消しした ⑥経済・物価が想定通りに推移して円安を背景に物価の上振れリスクに注意する必要性が判断材料となったが、説明が首尾一貫していない ⑦日銀は今回の市場急変の混乱を教訓に市場との対話を見直してほしい 等としている。

 日経新聞は、①②⑦のように、「株価下落は日銀の市場との対話不足にある」と主張しているが、「(配当+譲渡損益)/株価」は債権の金利と株式のリスクを加味した値に落ちつくため、金利を上げれば株価が下がるのは当然のことだ。そして、投資家は、それも織り込み済でファンドにするなどしているため、日銀と市場の対話が不十分だったとは、私は思わない。

 しかし、メディアの指摘を受けて、⑤のように、日銀の内田副総裁が火消しを行なったため、⑥のように、首尾一貫性がなくなった。なお、日本の経済と物価は、米国とは違ってディマンドプル・インフレになっているのではなく、ウクライナ戦争と円安を背景として輸入物価の値上がりで起こるコストプッシュ・インフレになっているため、④のように、日銀が利上げを決め、FRBが利下げの可能性を示唆するという方向性の違いがあっても、おかしくはない。

 つまり、これまで日本政府が行なってきた政策と、その結果として起こっている経済状況が株価下落の原因であるため、日本株の下落原因を、③のように「米国要因」に求めるのは、米国への責任転嫁になると思う。

 また、*3-2-4は、⑧日本株のボラティリティーが高まり、急激な下げへの警戒が残る ⑨避難先銘柄は食品や小売り、住宅関連等の業種 ⑩総菜製造のフジッコや製粉会社のニップン等はベータ値が0.05程度で、市場全体の値動きに対する感応度は極めて小さい ⑪内需中心で業績が安定している企業や財務レバレッジの低い企業のボラティリティーが小さくなる ⑫食品メーカーや外食への液卵販売を主力とするイフジ産業は前期まで10期連続の営業増益 ⑬営業地盤を地方に置く銘柄も、業績がグローバル景気に左右されにくいため、世界的なリスクオフ局面では有望な投資先 ⑭大規模ホームセンターのジョイフル本田はベータ値がマイナスで、市場全体が下落した時にむしろ株価上昇 ⑮外国人持ち株比率が高いとボラティリティーは高い ⑯日本株と比較して株価変動の小さい米国株市場でもディフェンシブ性の高い銘柄が物色されている ⑰ディフェンシブ性の高い銘柄は市場シェア拡大が期待できるとしてヘルスケアや投資指標面での堅実な公益株 としている。

 私は、⑧のように、日本株のボラティリティーが急に高まったとは思わないが、⑨⑩⑫⑭のように、避難先銘柄が、食品・小売り・総菜製造・製粉・ホームセンターであることには、消費者の行動から納得できるし、面白いと思った。何故なら、食品の節約には限度があるが、節約する場合には惣菜・小麦粉・液卵を使ったり、ホームセンターで買い物したりというように、これらは節約時にむしろ需要が増す業種だからである。

 また、⑪⑬⑮のように、内需中心だったり、借入金の割合が低かったり、営業地盤が地方にあったり、外国人持ち株比率が低かったりして、為替・金利・グローバルな景気に左右されにくければ、企業のボラティリティーが小さいのも納得できる。

 ⑯のように、日本株と比較して株価変動の小さい米国株市場でもディフェンシブ性の高い銘柄が物色されているというのは、利率が高くてリスクは低い方が良いに決まっているが、興味深い。ここで、⑰のように、ディフェンシブ性の高い銘柄が、市場シェアの拡大が期待できるヘルスケアと堅実な公益株というのも尤もだが、日本政府は、高齢化や女性の社会進出で需要が伸びるヘルスケアの業種や地球環境を護りながらエネルギー・食料の自給率を高める業種を軽んじている点が合理的でない。 

6)家計と日本経済
 *3-2-5は、①内閣府発表の2024年4~6月期GDPは、前期比の年率換算で実質3.1%増だが、前期からの反動要因が大きい ②景気の弱さは主にインフレの長期化による家計圧迫に原因があるため、大規模財政出動や日銀の追加利上げ牽制は打開策にならない ③政策対応は物価抑制・低所得世帯等への家計支援に力を入れる時期 ④4~6月期プラス成長の最大要因はGDPの約半分を占め、景気のエンジン役である個人消費が5四半期ぶりに増加へ転じたためだが、前期の自動車認証不正問題の悪影響の反動で4~6月期の消費が大きめに出た ⑤総務省の家計調査から長引く物価高に節約で対抗し、食品等の必要なものに絞って金を使う家計の実情が浮かび上がる ⑥定額減税と大企業を中心にした高水準の賃上げから先行きの消費改善を予想する声があるが、減税は一時的で、全世帯の3割を占める高齢世帯に賃上げは無縁 ⑦円安が是正され物価が落ち着くまで消費は低空飛行 ⑧他のGDP主要項目は、企業の設備投資が2四半期ぶりに増加して全体のプラスに貢献 ⑨円安による輸出企業の好業績や認証不正問題からの回復が投資増に ⑩今後は日銀の政策変更による金利上昇や株価・円相場の影響が避けられないが、相場の荒い変動は投資手控えに繋がる ⑪輸出から輸入を差し引いた外需は、2四半期連続のマイナスでGDPの足を引っ張る要因 ⑫訪日客需要は堅調だったが、中国の成長減速等から輸出の伸びは輸入の伸びを下回った ⑬この先の日本の景気を大きく左右しかねないのが、米国経済の行方 ⑭米景気や利下げの行方が株価の波乱要因で円相場にも影響 ⑮その場しのぎの減税や電気・ガス代の補助ではなく、家計の購買力を回復させるインフレ抑制と分配強化が経済政策の正道 としている。

 上の①②④⑤⑥⑦は全くそのとおりで、久々に正確な記事に出会ったような気がするが、特殊な理由でGDPが前期より増加した四半期の数値を4倍して年率に換算するのは粉飾に近い。

 また、③については、物価抑制・低所得世帯等への家計支援のうち物価抑制は必要だが、低所得世帯等への家計支援は、i)“低所得世帯”の範囲が狭く、金額も小さいため殆ど意味がない ii) 所得税・住民税・社会保険で既に所得の再配分は終わっている iii)“低所得世帯”の定義を広くしてさらに配分すると二重・三重の不正確な配分となり、バラマキになる と思う。

 そのため、⑮も含め、分配を考えるなら負担力主義で正確に計算する所得税を利用し、所得税制に不完全な部分があれば、それを改正するのが正攻法だ。さらに、電気・ガス代の補助よりも、再エネを利用しやすくする補助の方が、単に国の債務を増やすのではなく、地球温暖化防止に資しながら、日本のエネルギー自給率向上にも役だつ。

 そのため、政府が迅速にEV・再エネに舵をきる方向性を示していれば、⑧の企業は設備投資の方向性を早い時期に決めることができ、設備投資を増やして景気回復と生産性向上の両方を達成できた筈だ。そうすれば、ガソリン車を合格させるための⑨のような認証不正問題を起こす必要も無く、日本が景気対策の膨大なバラマキで世界1の債務国になる必要もなかったのである。

 ⑩については、今後は日銀による政策金利の上昇が株価や円相場に影響することもあるだろうが、投資するからには、投資信託等を使って専門家に任せるか、自分自身が勉強してリスク管理を行なう必要がある。

 また、⑪⑫のように、「輸出から輸入を差し引いた外需がマイナス(貿易赤字)で、訪日客需要だけが堅調だった」というのは、日本のグローバルな製造業は円高とコスト高で既に中国はじめ新興国に出てしまい、日本国内で製造した製品を輸出する“加工貿易”には比較優位性がなくなってしまったということだ。しかし、製造業が衰退して良いわけはないため、飛躍的に付加価値や生産性を高くする研究を行ない、できた製品は速やかに社会実装して、さらに進歩させる仕組みが必要なのである。

 つまり、⑫⑬⑭のように、いつまでも「日本の景気が米国や中国に大きく左右される」などという責任転嫁の姿勢はよくないし、それを卒業するには、足下ばかり見てその場しのぎの政策を積み重ねても、無駄が多すぎてマイナスにしかならないということだ。

(6)国民生活を考慮しない政策がまかり通る理由
                 ← 男女の教育格差と女性の社会的地位の低さ


2024.8.23朝日新聞   2022.8.1MarkeTRUNK     2023.11.2日経新聞

(図の説明:左図は、全国にある公立の男女別学高校数で、2024年4月には42校に減っているものの、その3/4が関東に集中している。そして、教育格差とアンコンシャスバイアスによって、中央の図のように、男女雇用機会均等法の存在にもかかわらず、民間企業の管理職に占める女性の割合は著しく低い。そして、これが、右図のように、欧米と比較して日本の男女間賃金格差が大きくなっている理由だ)


            2022.8.1MarkeTRUNK         2023.6.21日経新聞  

(図の説明:左図は、民間企業の雇用者の各役職に占める女性割合についての目標と現状を示したものだが、もともとは2020年までにすべて30%にするという「202030」というのが目標だった。しかし、目標をたてても実践しなかったため、日本の男女平等度ランキングは、右図のように、世界で125位という先進国だけでなく、アジアでも低い方になったのである)

1)未だに男女別学を主張する人々
 *3-3-3は、①かつて東日本中心に多くあった公立の男女別学高校は共学化が進んだ ②2023年8月30日、埼玉県の第三者機関「男女共同参画苦情処理委員」が県内に12校ある別学校を早期に共学化するよう県教委に迫った ③元高校教諭らの市民グループ「共学ネット・さいたま」は、今年4月に記者会見して「公立高校が性別による募集をするのは合理的な理由がない」「社会的なリーダーになるには、高校で男女の格差を体験する機会を積み重ねて調整する力が必要」と強調 ④共学化に反対する浦和、浦和第一女子、春日部、川越女子の別学4校の同窓会長らも「公立の別学校も選択肢の一つとすべき」と反論 ⑤7月下旬、別学12校と共学2校の高校生約50人が県庁を訪れ、別学の維持を求める約3万4千人分の署名や意見交換の要望書を提出 ⑥浦和一女で「討論会」を開いて「男女別学高校の共学化」を議題にすると「電車の中で怖い思いをした。異性がいると不安」「女子校に入って、良さに気づいた」「異性と一緒に人間関係を学びたい人は共学校に行けばいい」等、共学化反対一色になった ⑦埼玉県内の中高生と保護者を対象にアンケートを実施したところ、別学校の生徒3割を含む高校生の回答は「共学化しない方がよい」が6割、中学生の回答は「どちらでもよい」が6割 ⑧1947年に男女共学等を定めた教育基本法が施行され、多くの公立高校で共学化が進められた ⑨全国的には公立の男女別学高校は減っているが、北関東や東北などで別学校が残り、2024年4月現在、別学校があるのは宮城・埼玉・群馬・栃木・千葉・島根・福岡・鹿児島の8県42校で、埼玉と群馬に各12校、栃木に8校と北関東に3/4が集中している ⑩共学の場合でも男子の方が発言機会が多いとの米国の研究もある ⑪法の下の平等を定めた憲法14条は性別による差別を禁止しているため男女共学が原則で、自宅から最も近い公立高校を受験できない生徒が訴訟を起こせば違憲判断が出るかもしれない 等としている。

 このうち①は、⑧⑪の教育基本法や憲法に基づいて、本来なら1947年に行なわれなければならなかったことであるにもかかわらず、⑨のように、公立の別学校が宮城・埼玉・群馬・栃木・千葉・島根・福岡・鹿児島で42校も残っており、埼玉・群馬・栃木に32校とその3/4が集中しているのである。そして、これは、この地域におけるジェンダー平等の遅れを物語っている。

 このような中、②のように、2023年8月、埼玉県の第三者機関「男女共同参画苦情処理委員」が県内に12校ある別学校を早期に共学化するよう県教委に迫ったのは評価できる。しかし、③で市民グループ「共学ネット・さいたま」が「公立高校が性別による募集をするのは合理的な理由がない」としたのには賛成だが、元高校教諭らが「社会的なリーダーになるには、高校で男女の格差を体験する機会を積み重ねて調整する力が必要」と強調したのは失望だ。何故なら、男女格差はそのような考え方の教諭によって教育によって社会的に作られるものが多く、本当は、社会のリーダーになるためには、男女にかかわらず男性優位を前提としない感性を持って働くことが必要だからである。

 日本でも、⑩のように、確かに「男子の方が、共学校でも発言機会が多い」という場面はある。しかし、社会に出れば男女別にリーダーになる昇進競争をするのではないため、女子生徒も、共学校の中で実力を発揮する訓練をし、堂々と発言する練習もして、職場では男女別ではない競争に静かに勝たなければならない。

 従って、④⑥⑧のように、浦和第一女子・川越女子の同窓会長が公立の別学校を支持し、浦和一女の生徒が討論会で「電車の中で怖い思いをした」「異性がいると不安」「異性と一緒に人間関係を学びたい人は共学校に行けばいい」などと言っているのでは、「浦和一女の“伝統”とは、どういう伝統か」とむしろ聞きたくなるのであり、ジェンダー平等に大きく立ち後れていると言わざるを得ないのだ。

 しかし、男女別学高校の討論会で「男女共学の方に賛成だ」と言うのは、男女共学高校に通った経験が無く、異性に変な関心を持っているとの誤解を受けかねず、学校の方針に逆らって内申書の評価を下げることにもなりかねないため、実質的に不可能だろう。そのため、⑦のように、埼玉県内の中高生と保護者のアンケートでは、高校生の回答は「共学化しない方がよい」が6割、中学生の回答は「どちらでもよい」が6割になっているのだと思われる。

 なお、男女別学を嫌う親は埼玉県内の公立高校に子どもを通わせておらず、高い学費を支払って東京都の私立中高一貫校に通わせたり、そもそも埼玉県に住んでいなかったりするため、アンケートの母集団に入らない重要な集団がいることを忘れてはならない。そのため、高校生やその保護者にアンケートをとったり、⑤のように、広い世界を知らない高校生が県庁を訪れて男女別学の維持を求める要望書を提出したりするのは無意味であり、「高校生は、そんなことをする暇があったら周囲に異性がいようといまい集中して勉強した方が良く、それも修養の1つだ」と、私は思うわけである。
 
 また、*3-3-4は、⑫県立の男女別学高校の共学化をめぐる大きな論点のひとつが「公教育」に関する考え方 ⑬公費で賄う公立高校が性別を理由に入学を拒否するのは不公平 ⑭進学実績で県内トップとされる浦和高校が男子校で男女の教育機会に格差を生んでいる ⑮東大の2024年の合格者数は、埼玉県内の公立高校では男子高の浦和が最多44人、続いて共学の大宮が19人、女子校の最多は浦和第一女子と川越女子で2人ずつ ⑯別学維持を求める署名を7月下旬に県教委に提出した浦和高校3年の男子生徒は「私学のほうが学費が高い。公立で別学を確保できる方が選択肢は広がる」 等としている。

 私は、⑫⑬⑭⑯に、全く賛成である。⑮については、どういう“伝統”ある学校かは知らないが、首都圏にあって人口の多い県でありながら、浦和第一女子高校は2名(理1:1名、理2:1名)、川越女子高校は2名(文学部:1名、法学部:1名)と、男子高の浦和高校、共学校の大宮高校と比較して東大への合格者数が著しく少ない。この男女格差は、教育格差によって形成された部分が大きい上に、男女別学を嫌う親は埼玉県に住まないため、遺伝格差も出ているかも知れない。埼玉県は、それでいいのか?

 さらに、*3-3-5は、⑰埼玉県教委は「主体的に共学化を推進していく」とする報告書を公表したが、共学化の方法や時期・校名は明記せず具体的な進め方を先送りした ⑱県教委は、「男女共同参画の推進や急速なグローバル化の進展等の社会の変化に応じた学校教育の変革が求められる」「高校の3年間を男女が互いに協力して学校生活を送ることには意義がある」とした ⑲日吉教育長は、「結果的に別学校を存続させる可能性を含めて総合的に考える」「推進と言っている以上、12校の共学化をゴールとしてイメージして考える必要はあると思っている」とした ⑳曖昧さが残る報告書に、賛否両派から不満の声が漏れた 等としている。

 私は、⑰は「主体的に共学化を推進する」と言いながら、⑳のように、先送りしてうやむやにしようとする消極性があると思う。しかし、青少年期の教育は1年1年が重要な位置を占めるため、親は裁判に訴えるのではなく、他の地域に引っ越すか、子の数を制限して私立や塾に通わせざるを得ず、この教育インフラの差は企業誘致や不動産価格に響いていると思う。

 また、⑱のうち、学校教育の変革は「外圧によって仕方なく」ではなく自ら率先して行なって欲しいし、私は、高校の3年間、男女が協力するだけでなく、同じ教育を受けた場合の女性の実力を男性が身をもって知ることは、社会に出た後に男性が女性を上から目線で見る男性優位のアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)をなくすのに最も効果的だと思っている。そのため、⑲の公立高校の共学化は、一刻の猶予もなく速やかに行なうべきなのだ。

2)日本における男女間賃金格差の原因
    ← 日本には「ガラスの天井」以前に「壊れたはしご」すらない女性が多いこと
 *3-3-1は、①ガラスの天井=十分な能力があるにもかかわらず、性別・人種等の要因で昇進が妨げられること ②壊れたはしご=女性が昇進するために上るはしごが元々壊れており、1段目から男女格差が生じていること ③はしごの1段目はグループ長・主任などファーストレベルの管理職 ④第一段階の地位に就く女性割合の低い構造が女性の昇進を阻むハードル ⑤男女の昇進格差をなくすには壊れたはしごを生み出す構造を見直すべき ⑥日本政府は2003年に「あらゆる分野の指導的地位の女性割合が2020年までに30%程度に到達することを目指す『202030』目標」を発表した ⑦役職に就く女性割合は、現在、目標の30%に届かない ⑧EUはジェンダー平等推進に取り組んできたが、管理職に就く女性比率に関して加盟国間で大きな差があり、2022年6月に上場企業の役員比率男女均衡を義務付けることに合意 ⑨EU域内の上場企業は、2026年6月末までに、社外取締役の40%以上又は全取締役の33%以上に女性登用が必要で、基準を達成できない企業は場合によって罰則対象 ⑩男女共同参画局の調査で、日本の女性役員割合は12.6% ⑪2021年のジェンダー・ギャップ指数は156ヶ国中120位で先進国中最低、アジア諸国中でも韓国・中国・ASEAN諸国より低順位 ⑫2022年3月にエコノミストが発表したガラスの天井指数で日本は29ヶ国中28位 ⑬OECD調査で日本の男女間賃金格差は38か国中ワースト3位 ⑭ガラスの天井が生まれる要因にアンコンシャスバイアス(「女性は仕事より育児をすべき」「女性に力仕事は任せられない」等の無意識の偏見・思い込み・根拠なき決めつけ)がある ⑮女性に対する偏見・思い込みが組織に根付いていると、女性の昇進が妨げられる ⑯アンコンシャスバイアス解消には自分に無意識の偏見があることを自覚する必要 ⑰物事を判断する際に偏見が働いていないか検証することが、アンコンシャスバイアスを取り除く第一歩 等としている。

 *3-3-1の記述は、①②③④のように、「ガラスの天井」と「壊れたはしご」を明確に定義し、⑤のように、「壊れたはしご」を生み出す構造を見直すことが、男女の昇進格差をなくすのに不可欠だとしている点が優れているが、日本には、非正規社員や限定正社員など、壊れたはしごすら見えない働き方をしている女性が多い。

 そして、⑮⑯⑰のように、正社員であっても、女性に対する偏見や思い込みが組織に根付いていると昇進が妨げられるため、そのアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を解消するには、自分に無意識の偏見があることを自覚し、物事を判断する際に偏見が働いていないかを検証することが必要であるとしている点も正しい。

 しかし、⑭のように、アンコンシャスバイアスとは「無意識のうちに持っている偏見・思い込み・決めつけである」という定義には賛成だが、その事例の中に「女性に力仕事は任せられない」とあるのは説明不足だと思う。何故なら、オリンピック競技でも、例えばウエイトリフティングの記録は男子の方が重いバーベルを持ち上げ、女子でもトランスジェンダーが記録を出し、100m競争をしても同様だからだが、それでは女性に力仕事はできないのかと言えば、現在では、機械を使ったり、工夫したりして、力任せではなく頭を使って、効率的に同じ以上の結果を出すこともできるからである。

 なお、「仕事より育児をすべき」というのは、日本では子どものいる男性には言わないにもかかわらず、独身や子どものいない女性にまで言う人が少なくない。しかし、これは仕事の能力とは関係のない場合が多いため、女性に対する単なるハードルだったり、セクシャルハラスメントだったりするのである。そして、このような女性の昇進を妨げるためのバイアスは挙げればキリが無いが、これらが意識的又は無意識的に女性の昇進を妨げ、その結果として、日本では、⑥⑦のように、日本政府が2003年に「202030」を目標にしたにもかかわらず、役職に就いている女性割合は30%にも届かず、これがさらなるバイアスを生んでいるのである。

 また、⑩⑪⑫⑬のように、日本の女性役員割合は12.6%にすぎず、2021年のジェンダー・ギャップ指数は156ヶ国中120位で先進国中最低、アジア諸国でも韓国・中国・ASEAN諸国より低く、ガラスの天井指数は日本は29ヶ国中28位で、日本の男女間賃金格差は38ヶ国中ワースト3位だが、どうしてそういうことになるのかは、こちらが聞きたいくらいだ。

 一方、EUは、⑧⑨のように、ジェンダー平等推進に取り組んできたが、加盟国間で管理職に就く女性比率に大きな差があるため、2022年6月に上場企業の役員比率男女均衡を義務付けることに合意し、域内上場企業は2026年6月末までに社外取締役の40%以上又は全取締役の33%以上に女性登用が必要で、基準を達成しなければ場合によっては罰則対象になるそうだ。加盟国のESG経営を通して経済にプラスになることでもあるため、TPPもEUに合わせたら良いと思う。 

 また、*3-3-2は、⑱日経新聞の集計で女性役員のいない東証プライム上場企業は69社で全体の4.2% ⑲政府は2023年6月に「2030年までに女性役員比率30%以上」「2025年までに女性役員比率19%」を目標に設定 ⑳現状の役員規模で「女性役員30%」を実現するには男性が務める2500以上のポストに女性が就かなければならず、役員の数自体を増やして女性を登用するには、3800近いポストの新設が必要 ㉑就業者の半分近くが女性なのに、管理的職業従事者の女性比率は14.6% ㉒政府目標達成には女性社員の育成も必要 ㉓「社外役員はガバナンスの面から必要だが、企業文化を変え業績を上げるのは社内人材 等としている。

 日本政府は、⑲のように、2023年6月に「2030年までに女性役員比率30%以上」「2025年までに女性役員比率19%」を目標に設定しており、現在は、⑱⑳のように、女性役員のいない東証プライム上場企業が69社・全体4.2%あり、現状の役員規模で「女性役員30%」を実現するには男性が務めている2500以上のポストを女性のために空けなければならず、役員の数を増やして女性を登用するには3800近いポストの新設が必要なのだそうだ。しかし、本来なら、空けて2020年までにやっておくのが筋である。

 さらに、㉑のように、管理的職業従事者の女性比率が14.6%しかいないそうだが、男女雇用機会均等法は1999年の改正で「採用・配置・研修・退職で男女差別をしてはならない」と男女差別禁止を義務化している。そのため、それから25年後(四半世紀後)の現在になっても、㉒のように、「政府目標達成には女性社員の育成も必要」などと言っているのは、この間、様々な手練手管を使って均等法違反をしてきたということにほかならない。

 なお、㉓は、「社外役員はガバナンスの面から必要だが、企業文化を変え業績を上げるのは社内人材」としているが、見せかけの女性役員割合の増加ではなく、本当に企業文化を改革して業績を上げるには、現在の上司が想像できる範囲外の社内人材である必要があると、私は思う。

 *3-3-6は、㉔男女間賃金格差は労働市場の公平性や社会の持続可能性に大きな影響がある ㉕問題解消には、職業選択における男女の違いを理解することが不可欠 ㉖男女共に給与や昇進機会を重視するのは当然だが、女性は特に働き方の柔軟性や通勤時間といった非金銭的な要素を重視する傾向 ㉗育児・介護などの家庭内責任を担う女性が多いことが影響 ㉘複数の研究が女性は競争が少なくリスクの小さい仕事を好む傾向があることを明らかにしており、これも職業選択の男女差に繋がる ㉙世界47ヵ国・11万人を対象とした調査で、女性は仕事の社会的意義をより重視する傾向 ㉚アメリカのMBA学生を対象とした研究では社会的意義が高いと感じられる仕事なら女性は15%低い賃金を受け入れ、男性は11%低い賃金までしか受け入れない ㉛この選好の違いが、女性が公共部門に多く従事し、男性が金融部門に進む傾向を生む一因 ㉜選好理由は、女性は他人を助けるべき、男性は経済力を持つべきという社会的規範が影響しているのか ㉝この研究結果は企業が能力の高い女性をどのように採用するかを考える上で重要な示唆 ㉞女性の少ない金融業界は、業務が持つ社会的意義を強調することが、女性の関心を引き付ける効果的な手段となりうる 等と記載している。

 このうち㉔には賛成だが、㉕については、日本では、i)男女差別のない雇用機会(採用)があるか ii)給与や昇進機会の実質的男女平等があるか iii)結婚・子育てが不可能なほど、転勤・残業が多くないか iv)長く働くことができ、老後生活の安定が保てるか などが、女性の職業選択の条件になっていると思う。

 これらの条件に照らせば、㉞の「女性が少ない」という日本の金融業界は、総合職なら過度の転勤があり、そうでなければ昇進機会が著しく限られて給与も上がらないため、能力の高い女性の選択肢には入りにくいのである。しかし、日本の金融機関が女性を補助職としてしか採用していなかった時代でも、私が監査で行っていた外資系の金融機関は、1980年代から日本企業に行けなかった優秀な女性を多く採用しており、管理職の女性も多かった。

 また、㉖の「男女共に給与や昇進機会を重視するのは当然」というのはそのとおりだが、「女性は特に働き方の柔軟性や通勤時間といった非金銭的な要素を重視する」というのは、「女性は仕事より家事を重視する」というアンコンシャスバイアスに基づいている。

 具体例として、「公認会計士」という同業種で比較すれば、男女とも本人の同意なき転勤はない。また、通勤時間が長過ぎれば、それに時間と体力を奪われて十分な仕事ができないため、仕事で競争に敗れるのは男女とも同じなのだが、家事分担の多い女性の方が余計に効く。また、柔軟性ばかり気にする人は、仕事の能力で競争に敗れて昇進しないものの、MBA取得目的の留学や出産目的の休職も認められており、監査法人が語学留学させてくれることも多い。

 そして、㉗の「育児・介護などの家庭内責任を担う女性が多い」については、そのために(私が経産省と)1990年代後半に介護保険制度を作り始めて2000年には介護保険制度が創設され、現在は40歳以上の人が介護保険料を払っているため、家族が介護しなくても十分な介護を受けられるようにしてもらいたいのだ。本当は、働く人全員に介護保険料を払って貰いたいのだが、現在は40歳以上の人のみであるため、介護保険料は高いのに必要な介護や生活支援の1/4~1/2くらいしかなされていないのは論外で、さらに保育や学童保育も税金を使って整備してきたにもかかわらず、未だ不十分なのは何をやっているのかと思う。

 また、2002年に香港で行なわれた世界会計士会議に出た時、シンガポールの女性会計士が世界会計士会議に来ていて「子どもが2人いて、フルに働いており、現在マネージャーです」と言っていたので、「子どもが2人もいて、どうやってフルに働いているのですか」と聞いたところ、「フィリピン人の家事労働者を2交代で回して家事を全部やってもらっている」という答えだった。日本の場合は、「女性間の差別だ」と言うおかしな論調があったり、家事労働に従事する外国人労働者を制限したりしており、働く女性が子を育てるには犠牲が多すぎるのである。

 さらに、㉘の「女性は競争が少なくリスクの小さい仕事を好む傾向がある」というのは、ハイリスク・ハイリターンかローリスク・ローリターンでなければ採算が合わないのは男女とも同じだが、現在の日本では、女性が仕事で昇進しようとすると、さまざまな嫌がらせや間接差別のため、男性よりハイリスクになることが多いようである。 

 なお、㉙㉚の「女性は仕事の社会的意義をより重視する」「社会的意義が高いと感じられる仕事なら女性は15%低い賃金を受け入れ、男性は11%低い賃金までしか受け入れない」というのは女性に対して失礼であり、男女とも「儲かりさえすれば公害を出して社会に外部不経済を与えても、何をしても良い」という発想は、教育を通じて止めさせて欲しい。また、給与は能力の反映であるべきで、「社会的意義の高い仕事だから、給与は低くて良い」などということは全くなく、むしろ社会的意義の高い仕事ほど給与は高くなければならない筈である。

 以上から、㉛の「女性が公共部門に多く従事し、男性が金融部門に進む」という男女の選好の違いは、現在の日本では、公共部門は採用されれば男女差別が少なく、金融部門はガラスの天井・壊れたはしごが存在する上、中には壊れたはしごすら見えない女性も多くいるという現実があるからだと言える。そして、㉝のように、選択肢の多い能力の高い女性は合理的な職業選択をするが、その選好理由は、㉜の「女性は他人を助けるべき、男性は経済力を持つべきという社会的規範が影響している」のではない。

・・参考資料・・
<経済における技術革新の重要性>
*1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240613&ng=DGKKZO81334460S4A610C2KE8000 (日経新聞 2024.6.13) 日本経済復活の条件(上) 人口より技術革新、将来左右、山口広秀・日興リサーチセンター理事長(1951年生まれ。東京大経済学部卒。元日銀副総裁。13年から現職)、吉川洋・東京大学名誉教授(1951年生まれ。エール大博士(経済学)。専門はマクロ経済学)
<ポイント>
○経済停滞の原因はイノベーションの欠如
○技術革新はミクロで、人口動態と無関係
○民間企業が主役だが金融や国も役割重要
 日本経済の凋落(ちょうらく)が続いている。2023年には人口が日本の3分の2のドイツと55年ぶりに国内総生産(GDP)が逆転した。25年にはインドにも抜かれ、日本経済は世界5位となる見通しだ。私たちの生活水準に密接な関係を持つ1人あたりGDPの順位低下はさらに劇的だ。00年には名目ベースでルクセンブルクに次ぎ世界2位だったが、10年に18位、21年には28位まで転落した。購買力平価ベースでは世界38位だ。アジアでもシンガポール(2位)、台湾(12位)、韓国(30位)に遠く及ばない。1人あたりGDPの水準を決めるのは、人口や人口の変化率ではない。労働者一人ひとりにどれだけの資本ストックが装備されているかを表す「資本・労働比率」と全要素生産性(TFP)だ。資本・労働比率の高低は、工事現場でクレーンやブルドーザーを使い働いているか、それとも1人1本のシャベルやツルハシで働いているかの違いに相当する。全要素生産性の上昇は、ハード・ソフト両面を含む広い意味での技術進歩によりもたらされるが、イノベーション(技術革新)と言い換えてもよい。資本ストックの増強も多くの場合、新しい製品や品質改良、あるいは生産工程における生産性向上を伴うから、全要素生産性の上昇と同様にイノベーションの成果といえる。結局1人あたりGDPの上昇をもたらすのはイノベーションだ。失われた30年といわれる日本経済の停滞はイノベーションの欠如が原因である。日本でイノベーションが振るわなかったのは人口の減少が原因であり仕方がないとの指摘があるが、イノベーションの本質を理解しない誤った考え方だ。イノベーションというコンセプトを経済学の中に定着させたシュンペーターは、それがどこまでも「ミクロ」であることを強調した。イノベーションの担い手は、マスとしての人口を相手にしていないのだ。例えば新しい時代を切り開いた米国のハイテク企業4社(GAFA)の時価総額は12年から22年にかけて385%上昇したが、この間の米国の人口増加はわずか6.2%だ。人口とイノベーションは別物である。経済協力開発機構(OECD)諸国についてみると、世界知的所有権機関(WIPO)が公表するグローバル・イノベーション・インデックス(GII)と各国の人口増加率との間には相関関係がない(図参照)。OECDに加盟していない途上国の場合にはむしろ明確な負の関係、すなわち人口増加率が低い、あるいは減少している国の方がイノベーションが活発であるという傾向がみられる。イノベーションはどこまでもミクロで、マクロの人口動態と直接の関係はない。日本経済の将来を考えるとき、人口減少を言い訳にしてはいけない。民間企業がミクロレベルでイノベーションを行うことが重要だ。「もう買うものがなくなった」との声も聞かれる。既成のプロダクトへの需要が飽和点に達したということだが、それは飽和点を打ち破るための新しいプロダクトの創造の夜明け前ということだ。実際、多くの企業で新しいプロダクトの開発が進められている。こうした成果が1人あたりGDPの向上につながるのだ。1707年創業で、伊勢神宮土産の定番として名高い「赤福餅」を手掛ける老舗和菓子店は、数年前から消費者の嗜好の変化に対応すべく新しい洋菓子を開発している。これはまさにイノベーションだが、その背景には人口の減少とは別の「時代の変化」がある。ある漁網メーカーでは需要が落ち込むなか、サッカーのゴールネットの品質向上に力を注ぎ、漁網づくりの技術を使い六角形のネットを開発した。ゴールの瞬間、ボールが一瞬止まったように見える効果を劇的に演出することに成功した。あるアルコール飲料メーカーは、缶ビールの蓋を開けた瞬間にキメ細かい泡が吹き出て、ジョッキで飲む生ビールのような風味を味わえる製品を開発した。「泡を出さない」缶ビールから「泡を出す」缶ビールへと発想が転換され、缶内側の加工方法の変更など新しい工夫が集積された結果だ。日本で生じている人口減少はそれ自体が省力化のイノベーションを促すことは間違いないし、そうした例は数多くみられる。今後人口減少が加速するなか、こうした省力化のためのイノベーションの必要性は一層高まると考えられる。さらに高齢者の増加に対しては、高齢者特有の財・サービスの提供のほかに、介護のためのハイテク技術の活用などが求められる。現にそうした活用は広がっているし今後利用の余地は広がっていく。1つや2つのイノベーションでは済まない。日本が抱える人口減少や高齢化という課題は、イノベーションを生みだす素地になっている。経済の新陳代謝を促しイノベーションを推進していくために、金融機関の果たすべき役割も重要だ。企業がいわゆる「死の谷」を乗り越えてイノベーションを事業化するには、金融面での支援が欠かせない。これまでは新陳代謝促進に向けて、リスクテイクとリスク回避の適切な使い分けも十分でなかった。金利のある経済の到来で、金融機関のリスクテイク能力の果たす役割は大きくなっている。イノベーションの主役は民間企業だが、国も無縁ではない。政府が時代の変化に対応できずに国力の低下を招いた例としては、04年度に始まったスーパー中枢港湾政策がある。コンテナ取扱個数でみた世界の港湾ランキングで、1980年にはトップ20に4位の神戸をはじめ3港がランクインしていた。しかし21年にはトップ40にランクインする港はない。日本はハブ(中核)機能を失った。一方、成功例もある。例えば00年代に入ってから急増した海外からのインバウンド(訪日外国人)だ。ビザ(査証)免除や発給要件の緩和、観光庁の設立、統計整備、ICT(情報通信技術)を利用したインバウンド消費の把握など、政府による必要な施策を積み上げた成果だ。国費の投入はそれほど大きくはない。「ワイズスペンディング(賢い支出)」ならぬ「ワイズアクション」が奏功した。もちろん国の施策だけではなく、外国人向け高級ホテルの建設、外国人のニーズに対応した新たな商品やサービスの提供、外国人との対話に対応できるスマホによる翻訳機能の開発といった様々な革新的なアイデアが功を奏した結果でもある。まさに官民が協力し、ツーリズムにおけるイノベーションが起きた。人口減少が続くなか、今後のイノベーションの発展については、とかく悲観的な見方が多い。しかし実際には、ミクロレベルのプロダクトイノベーションを含めたイノベーションの動きはすでに始まっている。

*1-2-1:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1274461 (佐賀新聞 2024/7/5) 新しい環境基本計画 社会の根本変革への契機に
 政府が環境政策に取り組む際の長期的な指針となる第6次の環境基本計画が閣議決定された。
現代社会は、気候変動、生物多様性の損失、プラスチックに代表される汚染の三つの危機に直面していると指摘。人類の活動が環境に与える影響について、地球の許容力を超えつつあるとした。
「目指すべき文明・経済社会の在り方を提示」するというのが計画の触れ込みである。この点に関し計画は、天然資源を浪費し、地球環境を破壊しながら「豊か」になる現在の経済成長の限界を指摘。経済や社会の活動を地球環境の許容範囲内に収めながら「新たな成長」を実現するとの考えを打ち出した。国内総生産(GDP)など限られた指標で測る現在の浪費的な「経済成長」に代わるものとして計画が打ち出したのは、現在と将来の国民の「ウェルビーイング(高い生活の質)」を最上位に置いた新たな成長だ。計画は、森林などの自然を「資本」と考えることの重要性や、地下資源文明から、再生可能エネルギーなどに基づく「地上資源文明」への転換の必要性を強調した。今のような経済成長を無限に続けることはできず、人類は地球の限界の中で活動を行うべきだとした点は、これまでにないものとして評価できる。これを社会変革への契機としたい。だが、根本的な変革の実現は容易ではない。最初の基本計画ができてから今年で30年。この間の経済の停滞も深刻だが、同時に日本の環境政策も欧米に比べて大きな後れを取った。長い間に築かれた既得権益にしがみつく勢力が大きな政治的発言力を持ち、変革を阻んできたからだ。計画の実現には環境省の真価が問われるのだが、現実は極めてお寒い状況だ。水俣病患者団体などとの懇談の場で、職員が団体メンバーの発言中にマイクを切断して厳しい批判にさらされた。環境省が登録に多大な努力を傾けた世界自然遺産、北海道・知床半島の中核地域では、携帯電話基地局の設置工事を不透明な手続きで認可した。気候危機対策上、重要なエネルギー政策やGX(グリーントランスフォーメーション)政策は経済産業省主導で進み、環境省の声が十分に反映されているとは言い難い。こんな状況では市民の信頼を得た環境政策によって、社会変革をリードすることはできない。環境政策はもはや、環境省だけの仕事ではない。変革実現のためには、岸田文雄首相のリーダーシップと勇気が不可欠なのだが、この点でも期待薄だ。首相の日常の言動からは、深刻化する環境問題への関心も危機感もまったく感じられない。基本計画は「環境・経済・社会すべてにおいて勝負の2030年」だと、今後、数年間の取り組みの重要性を指摘した。首相をはじめとする政策決定者や企業のトップが、悪化する地球環境への危機感を共有し、限られた時間の中で社会の根本的な変革に勇気を持って取り組むことが求められる。それなしには基本計画が打ち出した新たな経済も社会も実現せず、計画は単なる紙切れに終わるだろう。その結果、われわれは劣化した環境と貧困や食料難などの社会問題が深刻化し、安全や安心とはほど遠い社会を、次世代に引き渡すことになってしまう。

*1-2-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1266377 (佐賀新聞 2024/6/21) レアメタル含む岩石2億トン、南鳥島沖、25年採取目指す
 小笠原諸島・南鳥島沖の排他的経済水域(EEZ)内の深海底に、レアメタル(希少金属)を含む球状の岩石「マンガンノジュール」が2億トン以上あることが確認されたと、東京大と日本財団の調査チームが21日発表した。2025年以降、民間企業などと共に商用化を目指した試験採取を始める計画だという。21日に記者会見した加藤泰浩東京大教授は「経済安全保障上、重要な資源だ。年間300万トンの引き上げを目標にしている。海洋環境に負荷をかけないようにしつつ開発を進めたい」と話した。チームは今年4~6月、水深5200~5700メートルの海底を100カ所以上調査。遠隔操作型無人潜水機(ROV)で、約1万平方キロメートルに高密度に分布しているのを確認した。計約2億3千万トンあると推計される。一部を採取して分析したところ、レアメタルのコバルトは、国内消費量の約75年分に相当する約61万トン、ニッケルは約11年分の約74万トンあると試算された。25年以降、海外の採鉱船などを使い1日数千トンの引き上げを目指す実験をするとともに、民間企業などと商用化に向けた体制構築に取り組む。マンガンノジュールは、岩石の破片などを核とし、海水などの金属成分が沈着してできる。海底鉱物資源として期待されており、東京大や海洋研究開発機構などが16年に、同じ海域に密集していることを明らかにしていた。今回の調査では古代の大型ザメ「メガロドン」の歯を核としたマンガンノジュールも複数見つかった。

*1-2-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240705&ng=DGKKZO81872280U4A700C2EA2000 (日経新聞 2024.7.5) 核融合、多国間協力に壁 実験炉ITER 完成8年先送り、米中、独自開発進める 日本は2国間を強化
 日本、米国、中国、ロシアなど「7極」が参加する国際熱核融合実験炉(ITER)の完成が、当初の2025年から早くても33年に先送りとなった。多国間協力が順調に続くかは見通せない。米国や中国は独自開発も進めており、核融合発電(きょうのことば)の実現に向けた戦略が日本にとって重要になる。核融合は太陽と同じ反応を地上で再現することから「地上の太陽」と呼ばれる。理論上は1グラムの燃料から石油8トン分のエネルギーを生み出せる。ただ、技術的なハードルが高く、膨大な開発資金が必要なことから、国際協力を軸に開発が進んできた。
●部品不具合響く
 それが日本、欧州連合(EU)、米国、ロシア、韓国、中国、インドが参加するITERだ。ITERは核融合で生じるエネルギーを発電に利用できるかどうかを確かめる研究施設で07年にフランスで建設が始まった。投入量の10倍のエネルギーを取り出す成果を目指す。当初は18年の完成を目指していたが、25年に切り替えた。しかし、25年の完成についても、新型コロナウイルスの感染拡大による作業の遅れや部品の不具合で遅延する可能性がここ数年報じられてきた。3日、ITERは部品の不具合などを理由に完成の遅れは8年になると発表した。仏紙によると、総事業費は遅延などを受けて250億ユーロ(4兆3000億円)近くに達する見通しだ。これまでの想定より50億ユーロほど増える。開発の遅れの背景には多国間協力の複雑さがある。ITERでは各国が担当している部品を製造し、「物納」してフランスで組み立てる方式をとる。今回、不具合があったのは核融合を起こす中心部である真空容器だ。真空容器の外側に取り付けられるサーマルシールドと呼ばれる熱を遮蔽する板の冷却用配管に亀裂が見つかったという。部品の製造を担った韓国が納入した時点で、設計との誤差があった。ITERは溶接で誤差を補えるとみていたが、フランスの規制当局は認めなかった。ほかにも真空容器の壁の素材を作業員の安全のために変更する方針で、組み立て作業をやり直す。バラバスキ機構長は3日の記者会見で「プロジェクト全体の遅れを最小限に抑える」と説明した。
●国際連携の象徴
 東西冷戦終結の前後に構想が固まったITERは国際宇宙ステーション(ISS)などと同様に、壮大な科学プロジェクトを国際連携で進める象徴だった。ITERには米国などと急速に関係が悪化する中国やロシアも参加しており、今後、協力が続くかは不透明な面もある。ITERの遅れは各国の核融合開発の戦略に影響を与える。ITERは当初50年代の核融合発電の実現を見据えたプロジェクトだったが、海外を中心に早期の実用化を見据えた動きが活発になっている。米国や中国は40年代に発電する炉の建設を目指している。中国は発電能力を備えた試験炉の建設にすでに着手している。米国はITERとは別の方式で核融合を起こす実験装置を国立研究所が持ち、22年に世界で初めて投入量を上回るエネルギーの「純増」に成功している。日本などはITERの成果をもとに原型炉を建設して、50年代の発電を目指してきた。今もITERとの協力を開発の中心に据えているものの、2国間協力にもかじを切り始めている。日米両政府は4月の首脳会談に合わせて、核融合に関する共同声明をまとめた。両国の企業や研究機関の人材の交流や研究施設の相互利用などを盛り込んだ。核融合施設に部品を納入する企業を中心に国が産業界と連携し、世界的なサプライチェーン(供給網)の構築を目指すことも盛り込まれた。日本は米国との協力強化に先立ち、23年12月にEUとも核融合の推進に関する声明を出している。米国や欧州など西側諸国との協力を強化することで実用化にこれ以上の遅れが生じないようにする狙いがある。

*1-3-1:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15920162.html (朝日新聞 2024年4月25日) 2040年、日本は新興国並み 半導体やバイオ投資、成長のカギ 経産省見通し
 「失われた30年」の状態が今後も続くと、2040年ごろに新興国に追いつかれ、海外より豊かでなくなる――。経済産業省が24日、こんな見通しを明らかにした。半導体やバイオ医薬品の開発などに思い切って投資しないと、国が貧しくなって技術の発展も遅れ、世界と勝負できなくなるおそれがあるという。今後の経済産業政策の指針とするため、経産省が課題や展望をまとめた。経産省は日本経済が停滞した理由として、企業が安いコストを求めて生産拠点を海外に移し、国内での投資を控えていたと指摘。このままでは賃金も伸び悩み、国内総生産(GDP)も成長しないとみる。今後、GDPで世界5位に後退するとの試算もある。停滞から脱するには、国内投資の拡大とイノベーションが重要だとする。とくに半導体や蓄電池、再生可能エネルギー、バイオ産業への積極投資が成長のカギを握る。スタートアップや大学、研究所を連携させる必要もあると指摘。それに伴って、所得を伸ばしてゆくという筋書きだ。経産省は「政府も一歩前に出て、大規模・長期・計画的に投資を行う」とし、具体策を検討する。岸田政権が6月にもとりまとめる「骨太の方針」に反映し、具体策を来年度予算の概算要求に盛り込む方針だ。これまでも経産省は半導体産業への巨額の支援を実行してきた。21~23年度は計約3・9兆円の予算を計上。今回示した見通しは、政策の正当性を主張し、今後も続けさせる目的もあるようだ。今月9日に開かれた財務省の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の分科会では、経産省が主導する半導体支援などの産業政策について、「財政的に持続可能なものではない」などとの意見も出た。増田寛也分科会会長代理は「強力な財政的出動の効果は、厳密に検証しなければいけない」と話す。今後、経産省と財政再建をめざす財務省で綱引きがありそうだ。

*1-3-2:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15958978.html (朝日新聞 2024年6月15日) オプジーボの先へ:下 「特許の壁」乗り越え、挑む海外展開
 小野薬品工業の売上高は、2014年にがん治療薬「オプジーボ」を発売してから、23年度までで3・7倍に伸びた。一方でその間、オプジーボによる二つの壁に直面した。ひとつは、価格が高いとの批判だ。いまは、さまざまながんの治療薬として認められているが、日本では当初、患者が少ない皮膚がんの一種(メラノーマ)の治療薬として売り出した。投じた研究開発費なども考慮して採算が取れるよう、国が決めた薬価は100ミリグラム約73万円だった。ところが、翌15年に患者が多い肺がんに使えるようになると、1人当たり年3500万円かかり、米英の2~5倍などとして批判にさらされた。「公的医療保険制度を崩壊させかねない」などとして、国は16年、当時は2年おきだった薬価改定を待たず、半額にする緊急値下げを決めた。その後も引き下げが続き、今は当初の5分の1だ。当時社長の相良暁は「自分の体を切られるぐらいのつらさがあった」。だが、こうも考えたという。「自分でコントロールできることと、できないことがある。コントロールできないことにいくら思い悩んでたって変わらない。だから、できることに専念する」。もうひとつは、共同研究をした京都大学特別教授の本庶佑との訴訟だ。本庶は18年、オプジーボにつながる研究でノーベル生理学・医学賞を受賞。その後の20年6月、契約通りの特許使用料を得られなかったなどとして、約262億円を払うよう小野薬品を訴えた。「対応を間違ったら、小野薬品のレピュテーション(評判)が悪くなってしまう。社員やその家族にも迷惑をかける」。相良はリスクを感じ、21年に和解に応じた。本庶に解決金などで50億円を支払い、若手の研究者を支援するための基金として230億円を京大に寄付することにした。だが、本庶と結んだ特許料の契約の内容を変えることには応じなかった。製薬会社に限らず、企業は大学などと組み、さまざまな研究や開発に取り組んでいる。成功すれば目立つが、失敗することも多い。企業はそのリスクを負って資金を出している。「研究が大きな成功につながったら、もともとの契約を変更して上乗せしてしまうと、産学連携に禍根を残すのではないか」。この裁判は自分たちだけの問題ではないと考えていた。この先に待ち構えるのは、製薬業界にはつきものの「特許の壁(パテントクリフ)」だ。オプジーボの特許は、国内では7年後の31年に切れる。ほかの薬の特許切れも迫り、価格の安い後発薬(ジェネリック)が出れば、会社の売り上げは大幅に落ち込む可能性がある。この4月に社長の座を滝野十一(56)に譲り、会長になったのは、オプジーボのその先を考えてのことだ。海外での経験が豊かな滝野とともに海外展開に本腰を入れる。手始めに米国のバイオ医薬品ベンチャーを約24億ドル(約3765億円)で買収することを決めた。2年後には自社開発したリンパ腫の薬を米国で売り出す計画だ。この会社が持つ欧米での販路を生かす。相良が社長に就く前後の2000年代、国内外で製薬会社の合併が相次いだ。「変わり者」の小野薬品にも声はかかったが、乗る気はなかった。17年に300年を迎えた会社の歴史の重みを感じ、「未来に引き継いでいかなあかん、名前をなくしちゃあかん」。思いは強い。人体の仕組みの解明や人工知能の高度化といった技術の進展で、薬の作り方は変わり続ける。「真のグローバルファーマになることに、真剣に本気になって取り組む」。特許の壁も乗り越え、自前で生き残るため、海外に挑む。=敬称略

*1-3-3:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240705&ng=DGKKZO81874780V00C24A7MM8000 (日経新聞 2024.7.5) 抗生物質も脱中国 薬の安定供給へ国産化 明治や塩野義、政府が支援
 抗生物質の原料のほぼ全量を中国など国外に依存している状況を変えようと官民が国産化に動く。輸入が途切れれば十分な医療を受けるのが難しくなるためだ。政府が補助金や国産品を買い取る支援制度を2024年度にも新たにつくる。抗生物質は抗菌薬ともいい、細菌や体内の寄生虫を殺したり、増えるのを抑えたりする薬。抗生物質がなければ細菌性感染症の治療や手術ができない。院内感染が増える恐れもある。世界保健機関(WHO)は各国に十分な量の抗生物質を確保するように呼びかけている。抗生物質の市場規模は400億~500億ドル(6.4兆~8兆円)とされる。WHOは「地球規模の公共財」と呼ぶ。抗生物質の最終製品は日本国内でも製造するが、原料物質である「原薬」はコストが見合わないとして国内からの撤退が進み、現在はほぼ全量を国外に依存する。手術などでよく使う「ベータラクタム系」の抗生物質の原薬はほぼ100%を中国から輸入する。19年には中国の工場の操業が停止した影響で、国内で抗生物質が品薄になり、手術を延期した例もあった。政府は22年、経済安全保障推進法に基づく特定重要物資に指定した。現在は複数のメーカーが国内で原薬製造の設備投資を進める。厚労省は明治ホールディングス系のMeiji Seikaファルマと、塩野義製薬系のシオノギファーマが率いる2つの事業を支援し、設備投資を2件合計で約550億円補助することを決めた。本格的な供給開始は25年度以降だが、現状では大規模なロットで効率生産する中国産には価格面で対抗できない可能性が高い。採算が合わないと判断したメーカーが再び撤退する恐れがあるため、厚労省は国産原薬が継続的に使われるための制度を整備する。具体的には原薬メーカーや供給先の製薬会社への補助や、国が製品を買い取る形で原薬メーカーに一定額を支払う制度などを検討する。抗生物質の原薬の輸入単価は5年間で数倍になり、安定供給へのニーズは高い。各国も確保に取り組んでいる。米国は23年、国防生産法を活用して重要な医薬品の国内生産に向けた投資拡大を表明した。英国は抗生物質の開発を促すため、メーカーに固定報酬を支払う「サブスクリプションモデル」を24年に本格導入した。

*1-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240622&ng=DGKKZO81579030R20C24A6CM0000 (日経新聞 2024年6月22日) 東大、授業料2割上げ提案、学長「教育改善待ったなし」 「進学機会に格差」の声も
 東京大の藤井輝夫学長は21日、学生との意見交換の場である「総長対話」を開き、授業料を2割上げる検討案を示した。世帯収入に応じた経済的支援の拡充も併せて検討中だとしたが、一部の学生や教員は「進学機会の格差拡大につながる」と反対している。20年間据え置いてきた授業料の値上げに踏み切れるのか。財務状況が厳しい地方国立大はトップ大の動向を注視している。「国からの運営費交付金が減る中、設備の老朽化や物価、光熱費、人件費の増大などに対応しなくてはならない」「教育環境の改善は待ったなしだ」。藤井学長は同日夜、オンラインで開催された総長対話で、画面越しに学生にこう訴えた。授業料収入はグローバル化やデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に充てると説明した。文部科学省の省令は国立大の授業料の標準額を年53万5800円とし、最大で20%まで引き上げられると定めている。関係者によると、藤井学長が示した検討案は、現在標準額としている授業料を上限である年約10万円増の64万2960円とする内容。「経済的に困難な学生の支援を厚くするのは必須」とした上で、授業料全額免除の対象について、現在は世帯収入年400万円以下の学部生としているところ、同600万円以下の学部生と大学院生に対象を広げることなども話したという。同600万~同900万円の学生についても、状況を勘案して一部免除とするとも述べた。導入時期については「学生の皆さんの意見も踏まえてさらに検討を進めたい」と明言しなかったという。値上げには賛否がある。ある東大教授は「充実した教育や研究には費用がかかる。現状では全く足りていない」と理解を示す。一方で学生や教員の一部は「格差の拡大につながる」「大学院への進学に影響を及ぼす」などと反対する。学生らは14日、国からの運営費交付金の増額などを求める要望書を文科省に提出した。総長対話に臨んだ学生も「値上げされれば、首都圏出身者が多いといった学生の偏りが助長されかねない」と主張。別の学生は経済支援について「状況を勘案するというが、支援が適用されるかどうか判別がつかない場合は進学を諦める層がいるのではないか」と疑問を投げかけた。約2時間続いた対話は値上げ反対の声が大半だった。教養学部学生自治会が5月下旬に実施した学生アンケートでは、回答した2000人超の学生のうち、9割が値上げに反対だった。東大の2021年度の調査で、学部生の保護者の世帯年収は1050万円超が4割を占めた。関東出身は55%と半数を超える。授業料が上がれば、地方の学生などのアクセスがますます困難になるとの懸念は根強い。地方国立大も東大の判断を固唾をのんで見守る。近畿地方のある国立大学長は「地方大は東大より厳しい経営環境にある。授業料を上げられるなら上げたい」と漏らす。一方で九州地方のある国立大幹部は「地方は都市部と比べて家庭の平均収入が低く、授業料を上げれば、門戸を狭めてしまう恐れがある。値上げを決めて『悪目立ちしたくない』という思いもあり、すぐには難しい」と複雑な胸の内を明かす。標準額からの引き上げは19年に東京工業大が初めて実施。同省によると、現在標準額を超える授業料を設定しているのは東京芸術大や一橋大、千葉大など計7大学で、すべて首都圏にある。この幹部は「京都大や大阪大、東北大などの旧帝大が追随するかどうかが、国立大に値上げの波が広がるポイントではないか」と予想する。国立大を取り巻く環境は厳しさを増している。物価高などで研究や教育のコストが高まる一方、基盤的経費である国からの運営費交付金は減少傾向にあるためだ。国立大学協会は7日、国立大の財務状況が「もう限界だ」とする声明を出し、運営費交付金の増額に向けた社会の後押しを求めた。同協会の永田恭介会長(筑波大学長)は「(20%の)上限までの引き上げについては、各大学の裁量に任せるほかない」としつつ国立大一律での値上げは難しいとの見解を示している。文科省幹部は標準額や上限の変更について「現時点では検討していない」と述べるにとどめた。

*1-5-1:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA192VJ0Z10C24A7000000/ (日経新聞 2024年7月19日) 首相「国立公園35カ所の魅力を向上」 高級ホテル誘致へ
 岸田文雄首相は19日に首相官邸で開いた観光立国推進閣僚会議で、2031年までに全国に35カ所ある国立公園で、民間を活用した魅力の向上に取り組むと言及した。環境保全を前提に高級リゾートホテルも含めて誘致し、訪日消費の拡大につなげる。地方空港の就航拡大に向け週150便相当の航空燃料の確保を含む緊急対策を講じるよう指示した。「秋に予定する経済対策を念頭に取り組みを加速してほしい」と述べた。首相はインバウンド(訪日客)について「2024年は過去最高を大きく更新して3500万人、旅行消費額も8兆円が視野に入る勢いだ」と明らかにした。政府は30年に訪日客数6000万人、消費額15兆円の目標を掲げる。首相は、地方への誘客促進と、訪日客の急増に対応するオーバーツーリズム対策に重点的に取り組む方針を示した。地方の空港では航空便の燃料不足により新規の就航や増便ができない問題が表面化している。オーバーツーリズム対策として、観光庁が補助金を出す「先駆モデル地域」に小豆島(香川県)や高山(岐阜県)、那覇(沖縄県)など6つの地域を加えると表明した。成果を踏まえ対策の参考となる指針を年内にまとめるよう求めた。日本政府観光局(JNTO)が19日に発表した訪日客数によると1〜6月は1777万人ほどで、同期として過去最高だった19年の1663万人ほどを上回った。

*1-5-2:https://www.jiji.com/jc/v4?id=swiss14070005 (時事 2024年7月21日) イノベーション立国スイス~山と湖とハイテクと~
●伝統の観光地にも革新
 日本とスイスは2014年、国交樹立150周年を迎えた。幕末に日・スイス通商条約を締結して以来の関係だが、観光面での結び付きの強さで知られる。アルプス有数の観光列車ユングフラウ鉄道は利用客数で日本人は年間10万人以上と1、2位を争う。ユングフラウ鉄道の終点ユングフラウヨッホは、3454メートルに位置する欧州で最も標高の高い鉄道駅として、「欧州の頂上」と呼ばれる。ふもとのクライネシャイデック駅から、登山者に難攻不落と恐れられた断崖絶壁の「アイガー北壁」を眺めたり、山の中を繰り抜いたトンネルを通過したりしながら、登山家が数十時間掛けるところを50分超で登っていくが、空気が薄くなり徐々に息苦しくなる。3000メートルを越えた辺りからは、頭がぼんやりし、めまいも覚える。隣に座っていた男性の「酸素を多めに取り込んだ方がいいですよ」とのアドバイスに従い、深呼吸を繰り返すと少し楽になった。ほうほうの体で頂上駅に到着すると、頂上には晴れ間が広がり、雪に覆われた峰々の間に形成された欧州最大というアレッチ氷河を目の当たりにできた。 頂上駅には、日・スイスの友好関係の象徴として、富士山五合目簡易郵便局から寄贈された日本の赤い郵便ポストが置かれ、公式のポストとして現役という。1912年にユングフラウ鉄道が開通した伝統観光地にも競争力を維持するために「革新」が求められているという。同鉄道マーケティング担当者のシュテファン・フィスターさんは「新しい要素があれば、再訪してもらう理由になる」とリピーター開拓の必要性を訴える。鉄道工事の様子などを再現したアトラクション施設を開設したり、急増するインド人観光客に合わせてインド料理レストランをオープンしたりと営業努力に余念がない。さらに、日帰り観光を望むアジアからの観光客のニーズを見据え、「開業以来の100年で最大のイノベーション」という、観光拠点グリンデルワルトから頂上までの所要時間87分を45分に大幅短縮するロープウェー建設の計画も進んでいる。

*1-5-3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOLM120N70S2A211C2000000/ (日経新聞 2023年1月12日) スイスの人気観光地 アルプス最古の集落で驚きの歴史
 1865年、英国人のエドワード・ウィンパーが、ヨーロッパのアルプスを象徴するマッターホルンを制覇した。標高4478メートル、独特な形状を持つ険しい頂きは、スイス南部でイタリア国境に接するヴァレー州ツェルマットの背後にそびえている。マッターホルン登頂という画期的な成功によって、ヨーロッパ全域で登山が盛んになった。ただ、その快挙も、このスイスの村にとっては長い歴史の1ページにすぎない。「クルトゥーアヴェーゲ」(文化の道)と名づけられた新しいハイキングトレイルでは、この名高いリゾートの"別の顔"に出会うことができる。このトレイルの整備は10年計画で進められており、今後6年間で、6つの集落を通るおよそ20キロメートルのルートがつながる予定だ。かつてツェルマットの農村地帯に欠かせなかった、牧歌的な牧草地にたたずむ数百年前のカラマツ材の納屋は、トレイルの見どころになっている。「ツェルマットは、毎年、何百万人もの旅行者でにぎわいますが、町の中心から15分ほど歩けば、500年前の暮らしに触れることができます」。ヴァレー州のツム・ゼーを目指して歩きながら、トレイルの共同設立者である民俗学者のヴェルナー・ベルワルド氏は話す。現在、トレイルの5つの区間のうち2つの区間がハイカーに開放されている。ツム・ゼーは、この開放された区間にあり、居住者がほとんどいない集落のひとつだ。世界屈指のスキーリゾートとして有名になる前のツェルマットは、数百年の間、焦げ茶色の納屋が点在するのどかな楽園だった。納屋は穀物の保存や乾燥肉の製造、家畜の飼育に使用されており、人々がこの地方特有の気候を生き抜くために不可欠な建物だった。この地方はアルプスを越える主要な塩の交易路の中継地点であったにもかかわらず、中世後期(1300~1500年ごろ)の生活を記録した文書はほとんど残っていない。名高いマッターホルンの山頂からわずか10キロメートル弱の地点にある、トレイルの設立者たちは、科学技術と数世代にわたる地元の知識を駆使して、この歴史の空白を埋めようと取り組んでいる。
●ツェルマットの昔に思いをはせる
 クルトゥーアヴェーゲとして案内標識のある最初のトレイルが開通したのは2019年だった。ツェルマットの中心部からツムットまで標高差約300メートルを登る、距離にして3.2キロメートル強の道のりだ。その途中には、注目スポットとして説明看板が設置された14の「ステーション」が設けられている。そのひとつは、数百年前の羊小屋で、この地方の方言では家畜小屋を意味する「ガディ」と呼ばれている。岩壁の張り出し部分にへばりつくように建つカラマツ材の納屋には、複数の中世の住宅の梁(はり)と窓が再利用されている。中間地点の雑木林を抜けると、石が積まれた場所がある。これは、古い牛小屋の跡だ。トレイルで最もぞっとするようなコース(現在は安全のためロープが張られている)の最後にあるのは、オオヤマネコを捕獲するために作られた250年前の石造りのわなだ。ツェルマット地域では、2つしか発見されていない。2021年に開通したクルトゥーアヴェーゲの第2区間は、登山道というより、のんびりとした村の散策路に近い。このトレイルは、1300~1600年ごろに建てられたツムットの家畜小屋、住居、納屋(きのこ型の支柱がある穀物用の納屋)の間を縫うように続いている。ある家畜小屋は、ツェルマットの農業社会を支えた女性たちに関する展示スペースに転用されている。地元在住のオトマール・ペレン氏が監督した展示では、昔の写真に、ヴァレー州の主要穀物であるライ麦の束や牛の飼料などを「ツチフラ」と呼ばれる籐(トウ)で編んだ背負いかごで運ぶ女性の姿がある。「ツェルマットの人々は、1950年代まで穀物と牛で生計を立てていました」と、トレイルの創案者であるルネ・バイナー氏は話す。彼は、地元の歴史協会である「アルツ・ツェルマット協会」の会長で、ツェルマットの発足に関わった旧家の子孫でもある。
●ほぼ自給自足の暮らしだった集落
 2023年夏に開通予定の第3区間では、ハイカーは4つの集落(フーリ、フレッシェン、ツム・ゼー、ブラッテン)を通る4.8キロメートルの道を下り、ツェルマットの起源となった土地を歩くことができる。まとめてアロレイトと称されるこうした集落は、独立を放棄して、ウィンクルマッテン、ツムット、イム・ホフ(今日のツェルマットの旧市街)に加わった。1791年、これらの集落は、古い方言で「牧草地のそば、または上」を意味する「Zer Matt(ツェル・マット)」というひとつの共同体に統合された。1891年にフィスプ~ツェルマット間の鉄道が通るまで、ツェルマットの集落は、ほぼ自給自足で暮らしていた。だが、この鉄道によって観光業が盛んになると、納屋の多くが放棄された。拡大する氷河を避けるため「レゴのように」解体された納屋もあったことを、フレッシェン近くの家畜小屋を調査している際に、ベルワルド氏が話してくれた。この家畜小屋には、近くのイム・ボーデンにあった住居の資材が再利用されている、とトレイル整備チームは確信している。イム・ボーデンは、14~19世紀のヨーロッパの小氷河期に、ゴルナー氷河に飲みこまれてしまった集落だ。この区間の最後は、香り高い松林を歩き、20世紀初頭のティーハウスに到着する。教師の職を引退後にアマチュア歴史家に転向したクラウス・ユーレン氏によれば、このティーハウスは英国人観光客向けに建てられた多くの店のひとつだという。女性たちが経営するこうした店は、1927年までツェルマット観光のピークシーズンだった夏に、土産物や軽食、高山植物の花束などを販売し、ツェルマットの山岳高級レストランの先駆けとなった。
●「ヨーロッパ最古」の納屋を発見
 クルトゥーアヴェーゲの実現には、科学が重要な役割を果たしてきた。バイナー氏は長い間、ツェルマットの集落は納屋や住居に刻まれた年代よりも古い、と推測していた。だが、それを証明するには、動かぬ証拠が必要だ。そこで、"樹木の探偵"、マルティン・シュミッドハルター氏の助けを借りた。年輪年代学者のシュミッドハルター氏は、スイスアルプスの非常に辺ぴな集落で、木造建造物が建設された年代を特定する調査に20年間携わってきた。「通常、樹木は冬に伐採し、翌年の夏に家屋の建設に使用します」と、シュミッドハルター氏は説明する。シュミッドハルター氏は、2012年からクルトゥーアヴェーゲの現場調査を本格的に開始した。現在のツェルマット~ツムット間のトレイルにある複数の建物から、鉛筆ほどの木材サンプルを採取し、分析作業に取りかかった。顕微鏡下で木材の年輪を算出したデータに対してコンピュータープログラムを実行すると、心電図に似たグラフが大量に出力される。これらの結果から、樹木の誕生と死の時期を特定できる。この調査では、2つの驚くべき発見がもたらされた。まず、ツェルマットの町を見下ろす見晴らしのよい高原に残る納屋が、700年以上前のヨーロッパ最古の納屋であることが、2019年に判明した。クルトゥーアヴェーゲ最初のトレイルにあるヘルブリッグ・シュターデルという納屋のデータから、この集落の誕生は1261年にさかのぼると確認されたのだ。ヨーロッパの年輪年代学の研究者たちは、「ツムットはアルプス最古の集落である」というシュミッドハルター氏の2つ目の主張にも同意した。それまでは、同じヴァレー州にあるゴムス谷のミュンスターがアルプス最古の集落とされていた。第3区間は完成間近で、あと2つの区間の整備が残っている。このため、クルトゥーアヴェーゲ沿いでは、もっと多くの発見が期待される。地域の歴史がさらに明らかになる可能性が、トレイルの設立者たちを後押ししている。「まだ、すべてが解明されたわけではありません」とベルワルド氏は話す。「だからこそ、興味津々なのです」

*1-5-4:https://digital.asahi.com/articles/ASS7M2VZ9S7MUZOB004M.html (朝日新聞 2024年7月21日) 富士山と五重塔の名所、大混雑で入場料徴収も? 観光公害で市が検討
 富士山のふもとの観光地でオーバーツーリズム(観光公害)が深刻化している。富士山を隠す黒い幕が設置された山梨県富士河口湖町だけでなく、隣接する富士吉田市でもマナー悪化の問題に直面し、人気スポットの有料化などの対策が検討されている。連日、多くの外国人観光客が詰めかける市中心部の「本町通り」(国道139号)。両脇に延びるレトロな商店街と、その先の富士山を写真に収められることで人気の「映えスポット」だ。だが、本町通りは片側1車線。周辺の路地では、団体客を降ろすワゴン車が頻繁に一時停止し、車の通行を妨げていた。通りの商店からは「観光客が店でトイレを借りるばかりで買い物をしてくれない」との苦情も出ていた。
●訪日客急増、市街地のほかの場所でも問題に
 そこで市は6月1日、通りに面した土地に有料駐車場をオープンした。事業費は1億8千万円。敷地内にトイレも設け、車の乗降場所としても周知を図る。コロナ禍を経て急増した外国人観光客によって市内は活気づく一方、市街地のほかの場所でも駐車場やトイレの不足のほか、ごみのポイ捨てや民家の敷地への立ち入りなど、観光客のマナーの悪さが問題となっている。市は5月下旬に会議を開き、課題を洗い出して対策を講じることを確認した。中でも対応が急がれているのが、新倉山浅間公園だ。園内のデッキからは富士山を背に「五重塔」と呼ばれる園内の忠霊塔が一緒に撮影でき、桜の名所としても人気だ。ここで訪日客が急増している。市によると、コロナ禍前の2019年度の入園者は約54万人だったが、23年度は約2・4倍の約130万人となった。園内のトイレはごみやペーパーで便器が詰まる被害が頻発し、ペットボトルのポイ捨ても散見された。市の担当者は「当面は観光客の流れを抑制し、清掃やごみ処理をさらに徹底しなければならない」と指摘する。
●混雑緩和へ、公園とデッキつなぐ乗り物も検討
 そこで浮上するのが、公園で入場料を徴収する構想だ。市幹部は「強制ではなく任意の『協力金』という形も考えられる。いずれにしても前向きに検討したい」と明かす。園内のデッキにつながる398段の階段が混雑し、高齢者や障害者がたどり着くのが困難だったとの声も上がっている。市は、観光客をデッキに誘導する乗り物を新設して混雑緩和を目指す検討も始めた。現在、エレベーター、エスカレーター、スロープカーの3種類が候補に挙がっている。小林登・経済環境部長は「観光客と市民の共存を第一に考えたい。実現したいが、市民に負担をかけるのは避けたい」とし、財源や効果を考慮して判断する。

*1-5-5:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA216960R20C24A6000000/ (日経新聞 2024年7月17日) 訪日客向け二重価格、関西自治体が検討 納得感カギに
 地方自治体でインバウンド(訪日外国人)旅行者向けのモノやサービスの価格を高く設定する「二重価格」を検討する動きが広がってきた。観光資源を維持するための財源を確保する狙いがある。実際に導入する場合は本人確認に手間やコストがかかる課題がある。外国人を歓迎していないとも受け取られかねないため、丁寧な制度設計が欠かせない。「市民と外国から訪れる人と2種類の料金設定があっていいのではないか」。兵庫県姫路市の清元秀泰市長は6月中旬、世界遺産で国宝の姫路城(姫路市)の外国人入場料を引き上げる案に言及した。外国人を30ドル(約4760円)、市民を5ドルにする構想を披露した。現在の18歳以上の入場料は国籍問わず千円で、いまの為替水準なら外国人は4倍超になる計算だ。清元市長は文化財として保護していくための費用に充てる必要性を指摘する。これを受けて大阪市の横山英幸市長も記者団に「有効な手の一つだ」と語り、大阪城で価格差をつけることに前向きな考えを示した。京都市の松井孝治市長は地元住民の公共交通料金を観光客より低くするという市民優先価格の導入を公約に掲げて当選した。国籍によって区別する二重価格については「差別する合理性がどこまであるのか」と疑問を呈する。海外では二重価格を採用している国も多い。たとえばエジプトのピラミッドは地元やアラブ諸国の観光客と、そのほかの観光客の価格差は9倍だ。インドやネパールでも導入されている。二重価格以外でも、対策の財源を確保しようとする動きがある。大阪府の吉村洋文知事は府内を訪れる訪日客から数百円程度を徴収する制度を導入する意向を示す。二重価格や外国人から別途お金を徴収する制度には課題がある。一つは外国人に与える印象や不公平さの問題だ。日本人と差をつければ訪日客を歓迎していないと受け取られる可能性がある。横山市長は「2025年に万博があるから、海外の方に後ろ向きにとられないメッセージの出し方をしなければいけない」と語る。博覧会国際事務局(BIE、本部パリ)のディミトリ・ケルケンツェス事務局長は4月に来日した際、大阪府が検討する徴収金について「潜在的な来場者は歓迎されていないと感じる」と懸念を示した。府が設置した有識者会議でも「なぜ外国人のみに負担を求めるのか、租税条約や(法の下の平等を定めた)憲法14条を踏まえて整理してほしい」との声が出た。負担を重くすればネガティブに受け止められて訪日客増加の流れに水を差す可能性もある。今は円安を背景に日本で割安に消費できることが訪日客の増加につながっている面があるが、円高に振れれば訪日客の負担感は重くなる。運用面のハードルもある。二重価格を導入する場合、日本に住む外国人と訪日客を見分ける仕組みが欠かせない。人員の負担が増えたり、新たなシステムを導入したりする必要も出てくる。観光産業では足元の人手不足が深刻で、追加で人員を雇うのは容易ではない。立教大学の西川亮准教授は「導入する場合は外国人を差別しているように受け止められ、日本の良さが伝わらなくなってしまうのは避けなければいけない」と指摘する。「『日本文化を知ってもらうためのガイドツアーを提供する』とか『普段公開していないエリアを見ることができる』など、体験の質を上げるために価格に差があるという説明がきちんとできるかどうかが重要だ」と指摘する。

<日本の農業と食料安全保障>
*2-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240613&ng=DGKKZO81345960S4A610C2EP0000 (日経新聞 2024.6.13) 農業基本計画、年度内に改定 政府、価格転嫁へ法制化も
 政府は12日、「食料安定供給・農林水産業基盤強化本部」の会合を首相官邸で開いた。今後の農政の中長期の指針となる「食料・農業・農村基本計画」の2024年度内の改定、食品・農産品の価格転嫁を促すための法制化を進めることを決めた。岸田文雄首相は価格転嫁に加えて、人口減少に対応した農業用インフラの保全管理の見直し、森林組合や伐採業者といった林業経営体の集約の促進について、それぞれ25年の通常国会で法制化を目指すよう指示した。基本計画は改定に向けて今夏にも議論を始める。従来の計画では自給率の目標のみを掲げていた。改正食料・農業・農村基本法が5月に成立したのを受け、自給率に加えて目標に据える「その他の食料安全保障の確保に関する事項」の具体案を検討する。価格転嫁を巡っては、生産者や加工業者、小売業者間での価格交渉をしやすくするため、価格に占める肥料や燃料、輸送費などサプライチェーン(供給網)全体のコスト構造を整理し、費用が上がった場合に交渉を促すような仕組みを想定している。政府は今後の農林水産業の政策の全体像を示した。今国会での成立を目指す「食料供給困難事態対策法案」について、食料供給が困難な事態の定義などを定める基本指針を25年中に策定することも盛り込んだ。

*2-1-2:https://www.agrinews.co.jp/opinion/index/244147 (日本農業新聞 2024年7月8日) [論点]東京都知事選に思う 国の政策論議とは別物 法政大学教授 山口二郎
 本稿の執筆時点で、東京都知事選挙の選挙戦は終盤を迎えている。自治体の首長の選挙なので、東京の税金をいかにして東京都民の福祉のために使うかが政策のテーマである。それはあまりにも当然のことなのだが、豊かな大都市で住民のためのサービスを競うという形の政策論議に、これからの国全体の政策論争が引きずられることには、危うさを感じる。
●特殊な東京の事情
 東京都における出生率が1を割り、子育て支援、少子化対策が大きな争点の一つになっている。もちろん、これらの政策を拡充することは必要だが、東京の出生率が他の地域より低いのは当然である。住宅費が極めて高い東京で、たくさんの子どもを育てるための広い家を持つことは、普通の人には無理である。人口減少対策は国全体の形のデザインの中で議論しなければ、無意味である。東京に住みたい人の自由は尊重するが、雇用機会のためにやむを得ず東京に集まる若い人々に対し、生活環境の良い地方で働き、家族を形成するという選択肢を提供することが必要となる。もう一つ気になることがある。有力な候補者の政策が、平穏無事な自然環境と経済状況を前提としていることである。都知事候補者に農業や食料のことを考えろというのは、ないものねだりである。それにしても、水、食料、エネルギーという人間の生存に不可欠な資源はお金さえ出せばいつでも必要なだけ買えるという前提がこれからも続くと楽観すべきではない。日本がシンガポールのような都市国家であれば、都知事選挙の政策論争はそのまま国政のそれに重なるだろう。しかし、日本は大都市だけでなく、山地、農地、離島などを抱えた多様な国土を持っており、さまざまな職業を持つ人が各地に定住して、社会を構成している。それが日本という国の魅力でもある。
●〝土台〟を守るには
 従って、国政選挙の争点は都知事選挙の争点とは異なるはずである。今の日本は、高度成長期以来積み上げたさまざまな貯金を食いつぶし、衰弱の局面に入っている。最近の円安はその象徴である。食料とエネルギーの海外依存を続ければ、富の国外流出も大きくなる。これらを自給する体制を立て直すことと、地域における雇用機会の創出、人口再生力の回復は、一体の課題である。国政では、岸田文雄政権が迷走を続け、自民党内からも退陣を求める声が出てきて、政局は混迷を深めている。岸田氏あるいは次の首相の下で、遠からず解散、総選挙が行われるに違いない。その時には、国の形のグランドデザインを問う論争が必要である。日本に残された時間は、そう長くない。

*2-2-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240704&ng=DGKKZO81826740T00C24A7KE8000 (日経新聞 2024.7.4) 食料安全保障の論点(中) コメの工業利用で生産守れ、三石誠司・宮城大学教授(60年生まれ。神戸大博士(経営学)。専門は経営戦略、アグリビジネス経営。宮城大副学長)
<ポイント>
○国内農業は従事者減で持続可能性が課題
○米国などは穀物をエタノール原料に活用
○コメの食用以外の用途開拓し官民支援を
 肥料・飼料や生産資材の高騰で、食料安全保障への関心が高まっている。その確保を理念に位置づけた改正食料・農業・農村基本法も5月に成立したが、取り組みが問われるのはこれからだ。そこで食料安全保障をめぐる国内外の状況を俯瞰(ふかん)してみたい。食料安全保障は通常「フードセキュリティー」と訳されるが、厳密には同じではない。国際社会におけるフードセキュリティー概念は、2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に基づく。17のゴールを定めた「持続可能な開発目標(SDGs)」のゴール2「飢餓をゼロに」に、フードセキュリティーが含まれている。具体的には第1に飢餓を終わらせること、第2に食料安全保障の達成と栄養状態の改善、第3が持続可能な農業の促進――である。これら3つが達成された場合に想定される成果として、世界食糧計画(WFP)が定めた内容は4つある。(1)全ての人々が食料を得られ(2)誰も栄養不良に苦しまず(3)小規模農家が生産性と所得向上により食料安全保障と栄養状態を改善し(4)フードシステムが持続可能であること――である。これは1996年の世界食糧サミットで、フードセキュリティー成立のための4要件(食料の入手可能性・アクセス・活用・安定性)として示されていたものを精緻化している。この目標の達成に向けた対策の対象となるのは、通常なら途上国、それも食料の供給不安が高い国や、自国だけでは食料調達に困難を生じる国、栄養不良人口が多い国などである。当該国政府と協力しながら、国際機関・国際社会がどう支援するかが中心となる。したがって、世界の多くの国は日本にフードセキュリティーの問題など存在しないと認識しているのが現実であろう。しかし、決してそのようなことはない。途上国とは異なる、日本のような先進国型のフードセキュリティーについて議論することも重要である。さて、日本にとっての食料安全保障とは「日本人が必要とする食料の安定供給を確保すること」だ。改正前の基本法では「将来にわたって、良質な食料が合理的な価格で安定的に供給されなければならない」(第2条)と定められていた。今回の改正により、この部分は「将来にわたって、食料安全保障(良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態をいう)の確保が図られなければならない」という形に修正されている。食料に限らず世界的に、安全保障の概念自体が国家から個人レベルに拡大していることを受けたものだ。さらに改正基本法では、輸出による食料供給能力の維持、食料の合理的な価格の形成、環境と調和のとれた食料システムの確立などが新たに追加されている。また多面的機能の発揮では「環境への負荷の低減」を追加。農業の持続的な発展および農村の振興は「農村の人口の減少その他の農村をめぐる情勢の変化」や「地域社会の維持」を踏まえた形に修正されている。全体として、1999年制定の旧基本法の構成を維持しつつ、その後の四半世紀の環境変化を反映した表現が各所で追加された形と理解してよいだろう。食料安全保障をめぐる物理的・社会的・心理的環境は各国で異なり、一律の物差しでの判断は難しい。それでも、栄養不良人口の増減などの大きな変化を見ながら、一定の流れをとらえることは可能である。日本における切り口のひとつは、産業別就業者数の推移が示している。1951年当時、全就業者数の46%が第1次産業に従事していた。これが2022年にはわずか3%へと減少。今や日本は完全に第3次産業中心の国になった。過去70年以上の間に、全体の就業者数が1.9倍に増加し、第1次産業従事者は8分の1に減少したにもかかわらず、餓死者や栄養不良人口は途上国と比較すれば極めて少ない。必要な食料は国内関連分野の生産性向上と、購買力を背景とした輸入により調達してきた。これは、先述したWFPの(1)~(3)に相当する。問題は(4)の持続可能性である。総人口約1億2500万人で食料自給率が38%(22年度)なら、単純計算で4750万人分の食料を自給できる。1次産業従事者が205万人なので、生産者1人で23人の人口を支える構図だ。圧倒的少数の生産者と大量輸入で、今後の食料安全保障は確保されるのか。これこそが目を背けてはいけない点である。ウクライナ危機以降、これまでの食料システムを支えてきた暗黙の前提が顕在化した。それは「世界が安定し、貿易に支障がない限り」である。人々は何となく意識していたが、ようやく国内生産の本当の重要性を肌で感じ始めている。日本の場合、食料安全保障上の最大の問題となる農作物はコメである。減少を続けるコメの国内生産を守るために取り得る選択肢は「流れに任せる」か「個別対応を積み重ねる」か、「少し異なる視点からコメを捉えなおす」かである。現状は個別対応の積み重ねだ。国・地方自治体・民間企業・JA・地域共同体などが、生産を守るために苦労して対応しているのが実情であろう。しかし農家の高齢化が進む一方、新たな就農者も増えていない。こうした現実も直視すべきである。流れを変えるには一定の仕掛けが必要だ。一案だが、コメの国内生産を守るために食用以外の用途をもう一度、真剣に考えてみたらどうか。工業用原料としてのコメ、より具体的にはエタノール原料としての可能性である。例えば米国はトウモロコシ、ブラジルはサトウキビからエタノールを作り、ガソリンに添加して使用している。かつて米国のトウモロコシは需要の9割が国内飼料用であったが、現在は需要の約半分が工業用需要、その8割がエタノール需要である。米国もブラジルも、自分たちの土地に最適な作物を作り、食用以外にも徹底活用している。これに対して日本では、まだコメの活用は食用と飼料用中心である。日本では年間700万トン以上のコメを生産可能だ。食用に限らず、工業用利用を徹底的に検討した方がよい。道が開ければ、インフラとしての水田を生かして農家は思い切りコメを作り、国内需要に振り向けられる。それを官民あげて支援することが、国内で完結した食料安全保障の確保につながる。バイオエタノールに限らず、コメを原材料としたバイオマスプラスチックなど、新産業の構築までを視野に入れて工業利用を検討すべきである。それができて日本はコメの潜在力をすべて活用したことになる。
改正基本法は輸出による食料供給能力の維持を掲げる。しかし輸出はあくまで有利な価格の時や「パック米」など付加価値を付けた製品を中心とすべきであり、安値での原材料輸出競争に自ら参入する必要などないといえる。

*2-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240705&ng=DGKKZO81854730U4A700C2KE8000 (日経新聞 2024.7.5) 食料安全保障の論点(下) 農地規制撤廃で効率向上へ、本間正義・アジア成長研究所特別教授(51年生まれ。アイオワ州立大博士。専門は農業経済学。東大名誉教授)
<ポイント>
○食料自給率向上、目的化なら国民負担増
○農地法の所有規制は長期的投資の妨げに
○輸入確保へ自由貿易や平和維持に努力を
 ウクライナ戦争や中東紛争で地政学的な不安定さが増すなか、食料安全保障への関心が高まっている。5月に改正された食料・農業・農村基本法も食料安全保障を前面に押し出した。改正法では、食料安全保障を「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、国民一人一人が入手できる状態」と定義している。これは国連食糧農業機関(FAO)の定義に沿ったものだ。FAOが言う食料安全保障は食料の存在と安定供給、食料への物理的・社会的・経済的アクセス、さらには食料の利用・摂取にいたるまで、マクロからミクロに及ぶ食料のサプライチェーン(供給網)のすべてが確保されることだ。したがって、それぞれの国・社会はその供給網のどこにボトルネックがあり、食料の安全保障がおびやかされるのかを分析しなければならない。現在の日本の食料安全保障体制に対する国際的な評価は悪くない。英エコノミスト誌の関連組織であるEconomist Impactが、世界113カ国を対象に世界食料安全保障指数(GFSI)を公表している。「手頃な価格」「入手可能性」「品質と安全性」「持続可能性と適応」という4つのカテゴリーで、68項目の要因に基づいて計測したものだ。日本はこの指数で113カ国中の第6位(2022年)。図1に12~22年の指数の推移を中国・韓国との比較で示したが、一貫して日本が上位にある。国内では食料安全保障の指標として食料自給率が取り上げられ、低さが問題とされてきた。だが本来、自給率は食料安全保障への評価を表すものではない。食料自給率は、市場で手に入る食品の中から消費者が選んだ食品の組み合わせの結果だ。消費者に選ばれた国産品の割合が、現在の38%という自給率だ。これを無視して食料自給率を高めようとすれば、消費者の選好を損なうだけでなく、国民の負担増を伴う。国家の安全保障で軍備拡張を基本とすれば、防衛費が増えて国民生活が犠牲となることに似ている。国境を閉ざす国の食料自給率は高いが、その食は貧しい。食料自給率の向上が目的化し、豊かさが犠牲になるのでは本末転倒だ。従来の基本法では、約5年ごとに農政の指針を示す食料・農業・農村基本計画で、食料自給率の目標を設定していた。改正基本法でも自給率が目標の中心であることに変わりはない。しかし食料自給率はあくまで経済活動の結果で、分析対象ではあるが、それ自体を目標とすべきではない。一方で、平時とは異なる有事の際の食料供給体制を整えることは重要だ。改正基本法に合わせて6月に成立した「食料供給困難事態対策法」は政府が重要とする食料や必要物資を指定し、世界的な不作などで供給が大きく不足する場合、生産者にも増産を求める。しかし、それだけで不測時に対応できる体制になるとはいいがたい。そもそも食料の安全保障は農業政策のみで解決できる問題ではなく、エネルギーをはじめとする国家安全保障の一環として、総合的な法体系の中で議論すべき問題だ。有事に備える食料安全保障体制の確立に欠かせないのは農業生産力の維持・確保だが、農業を担う労働力の減少と高齢化が著しい。図2に示すように、2000年に240万人いた基幹的農業従事者(ふだん仕事として主に自営農業に従事している者)は、23年に116万人まで減少した。数だけでなく、その中身が問題だ。75歳以上の割合は2000年では13%だったが、23年には36%を占める。65歳以上では70%を超える。一方、50歳未満の従事者は11%でしかない。また新規就農者は22年で4万6千人ほどいるが、多くが定年帰農などの高齢者であり、50歳未満は1万7千人に満たない。なかでも土地や資金を独自に調達して営農を始めた新規参入者は全体で4千人以下だ。農業労働力の弱体化は労働生産性の向上を遅らせ、他産業との格差を拡大する。農業従事者1人当たりの農業付加価値額でみた農業の労働生産性は、22年で58万3千円にとどまる。農業労働人口が急速に減少しているにもかかわらず、20年の61万8千円と比べても低下した(23年度「食料・農業・農村白書」)。農業従事者の減少と高齢化は、農地の荒廃につながる。22年で約430万ヘクタールある耕地面積の利用率は91%で、1割近い農地が利用されていない。日本農業の持続的発展のためには、農地の維持・保全と効率的利用は最優先すべき課題だ。高齢化で耕作されない農地は一部の担い手に集積されているといわれ、100ヘクタールを超える規模の経営も珍しくない。しかし、その多くは分散した農地を合わせての100ヘクタールだ。また多くが借地であり、区画整理など、自由に基盤整備を行えるわけではない。農地の効率的利用を妨げているのが農地法だ。農地を耕作する農業者か、一定の要件を満たした法人(農地所有適格法人)でなければ農地を取得できない。賃借は可能だが、一般の株式会社は農地が取得できず、基盤整備などの長期投資が困難になっている。原則耕作する人しか農地を所有できないということは、例えれば、サッカー競技場の所有権がそこでプレーするサッカー選手にしかないのと同じだ。このような規制は撤廃し、経営形態にかかわらず農地所有を認め、貴重な農地の効率的利用を図るべきだ。農地の確保・保全は有事に国民を飢えさせないための必要条件だ。農地所有を自由化し、平時には効率的な農地利用を行い、有事には栄養効率を重視した生産体制に移行する法的整備とともに、農地所有者には農地保全を義務づけるなどの新たな制度が必要だ。現在、日本の食卓は多彩で、それを支えるのは国内生産と輸入だ。質の高い国内農産物と、世界から食材が届く環境を守ることが平時の食料安全保障だ。肥料や飼料など、多くの生産資材も輸入に依存する。国内生産とともに安定的な輸入を確保することも、食料安全保障の大きな柱だ。国際市場の動向を詳しく分析し、貿易相手国との友好関係の維持や輸送・情報インフラの充実を図らなければならない。そして何より自由貿易体制の維持だ。世界貿易機関(WTO)が機能不全に陥って久しいが、日本はWTOをはじめとした国際機関や貿易交渉でリーダーシップを発揮することが求められる。かつて、シュンペーターの高弟でもあった農業経済学者の東畑精一は「食料が不足して国が危うくなるのではない。国が危ういときに食料も不足してくるのである」と、農業政策にのみ食料の安全保障を求めることを戒めている。最も重要なのは言うまでもなく平和の維持だ。地政学的リスク軽減のため何をすべきか。外交努力と日本のプレゼンス向上、国際的な開発支援などに最大限の努力をすることが、すべての安全保障の基本となる。

*2-3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC1086Y0Q4A610C2000000/ (日経新聞 2024.6.12)武蔵野銀行、新入行員が田植え 生産者目線で課題を理解
武蔵野銀行はこのほど、さいたま市内の田んぼで新入行員による田植えを実施した。農業は埼玉県経済の柱の一つで、同行は農業関連の融資も手掛けている。自ら田んぼに入って農業の苦労や楽しさを知ることで、顧客の目線に立ったきめ細やかな課題解決策を提案できる可能性がある。
新入行員96名が6日、同行の武蔵野銀行アグリイノベーションファーム(さいたま市)で田植えを行った。田んぼに足を取られながらもペアで協力し、1苗ずつ丁寧に植えていった。長堀和正頭取も田植えの作業に汗を流した。同行は新たな産業の創造、高齢化をはじめとした農業の課題解決の一環として、2015年から小麦、23年から米の栽培や加工品製造に取り組んでいる。田んぼの面積を昨年比約3倍の9500平方メートルに増やし、そのうち約2割を新入行員が田植えした。残りは実証実験としてドローンで種まきをした。収穫量は合計で3700キログラムを見込み、販売も行う予定だ。人材育成も体験の目的の一つ。長堀頭取は「農業の大変さを身をもって体験することで、担い手不足などの課題にも当事者意識を持って向き合える。今後携わる仕事にも役立つ」と期待を込める。実地で知った課題を地域経済の活性化に結びつける。

*2-4-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240704&ng=DGKKZO81837430T00C24A7TB1000 (日経新聞 2024.7.4) ふるさと納税新方針で波紋 さとふる、楽天で賛否割れる 仲介サイトでポイント付与禁止
 ふるさと納税の仲介サイトでポイント付与を禁止する総務省の方針について、サイト運営大手のさとふる(東京・中央)など2社は日本経済新聞の取材で賛成する方針を示した。競合の楽天グループはすでに反対意見を表明しており、大手の反応が分かれた格好だ。消費者の関心が高いふるさと納税を巡る制度変更に事業者が揺れている。仲介サイトは多くの自治体の情報をまとめて載せ、希望する返礼品を手軽に探せる手段として定着している。ポイントがつく点も人気の理由だ。だが、総務省は6月25日、ポイントを付与する仲介サイトを通じ、自治体がふるさと納税を募ることを2025年10月から禁止すると発表した。いち早く反応したのが楽天Gだ。6月28日、仲介サイト「楽天ふるさと納税」上に方針撤回を求める声明を出し、賛同者を集めるオンライン署名も始めた。三木谷浩史会長兼社長はX(旧ツイッター)に「地方に恩返しという思いをぶっ潰そうとしている。断固反対する」と投稿した。ほかの大手に聞き取り取材したところ、さとふるは「今後の健全な発展につながる整備と考えている」と賛成する意向を示した。「ふるさとチョイス」を運営するトラストバンク(東京・品川)はポイント付与を終了しており、制度変更にも賛成した。「ふるなび」を運営するアイモバイルは賛否を明らかにしなかった。総務省が制度変更を決めたのは、自治体がサイト事業者に支払う手数料の一部がポイントの原資になっているとみるためだ。松本剛明総務相は7月2日の記者会見で「ポイント付与による競争が過熱している。ふるさと納税の本旨にかなった適正化をめざす」と理解を求めた。同手数料は寄付額の1割前後とされる。総務省によると、22年度は全国で4517億円の経費がかかり、寄付額に占める割合は47%に達する。ポイント付与を禁じ、自治体に残る寄付額を増やす狙いがある。一方、事業者側は全社がポイント原資は「自社負担だ」と主張した。お金に色をつけることは難しく、原資に関する双方の言い分は平行線をたどる様相を強めている。ふるさと納税は地域活性化などを目的に08年度に始まった。名称は「納税」だが、税制上は寄付として扱う。22年度は9654億円と3年連続で過去最高を更新し、08~22年度の累計では約4兆3000億円に上る。楽天Gなどは成長領域とみて経営資源を注いできた。ポイント還元による集客ができなくなれば、サイトの利便性向上や掲載情報の充実など、別の付加価値を競う必要性が高まる。さとふるは手続きの簡素化や配送体制強化を検討している。

*2-4-2:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1287476 (佐賀新聞 2024/7/25) ふるさと納税、初の1兆円超え、利用者、過去最多1千万人規模に
 ふるさと納税制度による寄付総額が2023年度に初めて1兆円を超えたことが25日、分かった。寄付で居住自治体の住民税が軽減される。利用者も増加し、過去最多の1千万人規模に達する見通し。返礼品の品目充実や、仲介サイトによる特典ポイントが寄付を後押しする形となっている。物価高騰下の節約志向も追い風となった。総務省が来週にも自治体別の寄付額を含めて集計を公表する。特典ポイントに関して総務省は「本来の趣旨とずれ、過熱している」と指摘。来年10月からポイントを付与する仲介サイトの利用を自治体に禁じる方針で、寄付の動向に影響する可能性もある。返礼品は和牛や海産物、果物などが人気で、自治体も寄付獲得を目指して品目を拡充している。仲介サイトの運営業者によると、物価高が続く中、近年は日用品を選ぶ利用者も増えている。ふるさと納税制度が始まった08年度の寄付総額は81億円だったが、寄付上限の引き上げなどで人気が集まり、18年度に5千億円を突破。返礼品を「寄付額の30%以下の地場産品」に規制した影響で一時減少したが、新型コロナウイルス禍の巣ごもり需要もあって再び増加に転じ、22年度は9654億円だった。一方、総務省は自治体間の過度な競争を抑止する見直しを重ねており、23年度は年度途中で返礼品の調達や経費に関するルールを厳格化した。ふるさと納税は、自治体を選んで寄付すると、上限内であれば寄付額から2千円を差し引いた分、住民税と所得税が軽減される。都市部の自治体は住民税の減収額が寄付額を上回る傾向にあり、不満が出ている。
*ふるさと納税 生まれ故郷など地方を活性化するため2008年度に始まった。自己負担分の2千円を除いた額が住民税、所得税から差し引かれる。控除額には上限があり、所得や世帯構成などに応じて変わる。豪華な返礼品を呼び水とした自治体の寄付獲得競争が過熱。19年6月からは返礼品は「寄付額の30%以下の地場産品」とし、ルールを守る自治体だけが参加できる制度に移行した。返礼品を含む経費は寄付額の50%以下に抑える必要がある。

*2-4-3:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1288102 (佐賀新聞 2024/7/26) ふるさと納税1兆円】買い物感覚、被災地応援も、自治体間の格差解消課題
 ふるさと納税の2023年度の寄付総額が1兆円を突破した。地域を応援するという趣旨で08年度に始まり、好みの返礼品を選べる仲介サイトの普及もあって寄付が急増。被災地を応援するといった使い方もある。ただネットショッピング感覚での利用により、人気の特産物などがある一部の自治体に寄付が集中。自治体間の格差解消が課題となっている。
▽理念
 「ここまで利用が広がるとは思っていなかった」。総務省幹部は1兆円突破に驚きを隠さない。政府の理念は、納税者が故郷やお世話になった地域などを寄付先に選んでその使われ方に関心を持ち、自治体では選ばれるまちづくりの意識醸成を通じて地域活性化につなげる―というものだ。大手仲介業者トラストバンクが今月実施した調査によると、寄付を通じ「知らなかった自治体を知った経験」が「ある」と答えた人は72・2%に上った。「特定の地域のファンになった経験」が「ある」は52・7%だった。能登半島地震では、被災地を支援しようと、返礼品を受け取らない寄付も広がった。仲介サイトでは、被災者を励まそうとする寄付者のコメントも掲載。返礼品なしで、前年度の約10倍に当たる約14億7千万円が集まった石川県珠洲市の担当者は「非常にありがたい。復旧復興に役立てたい」と話す。
▽不満
 利用が拡大する中で、理念との乖離も目立つようになった。仲介サイトでは各地の返礼品を見比べることができ、サイトは寄付に応じたポイント付与を競っており、返礼品やポイント還元率を比較しながらお得感の強い自治体を選ぶ傾向が強まっている。総務省は、来年10月からは自治体に対し、ポイントを付与する仲介サイトの利用を禁じる。別の総務省幹部は「仲介業者の節度を期待していたが、見過ごせなくなった」と打ち明ける。制度は、地方に寄付が回っていくことで、都市部との税収格差を是正する目的もあった。実際、横浜市、名古屋市など大都市の税収減は大きく、不満が高まっている。ただ、地方に恩恵が広く行き渡ったわけでもない。22年度の寄付額全体の6割が上位1割の自治体に集中。和牛や海産物といった人気の返礼品の有無が左右する。多額の寄付を集める自治体が、子育て支援などを充実させて周囲から移住者を吸い寄せているとも指摘される。政府関係者は「地方の自治体間でも勝ち負けが鮮明になっている。不満をため込む地域は少なくない」と説明。格差是正の役割は果たし切れていないと認める。

*2-5:https://www.agrinews.co.jp/news/index/248722 (日本農業新聞 2024年7月28日) [シェア奪還]業務用野菜の国産増へ 9月、品目別商談会 農水省
 輸入に依存する加工・業務用野菜の国産シェア奪還に向けて、農水省は9月から品目別の商談イベントを開く。国産への切り替えが期待できるタマネギやカボチャ、ブロッコリーなどで、産地と流通業者、実需者の橋渡しをし、国産野菜の利用拡大を後押しする。国内で消費される野菜の6割を占める加工・業務用は、輸入が3割を占める。国産への切り替えを進めるため、同省は4月に「国産野菜シェア奪還プロジェクト」を立ち上げた。イベントは、同プロジェクトの一貫で開く。生産者や流通事業者、加工・冷凍メーカー、小売りなどの参加を想定。事業者間のマッチングを促す。同省は、国産への切り替えが期待できる品目として、タマネギ、ニンジン、ネギ、カボチャ、エダマメ、ブロッコリー、ホウレンソウの7品目を「重点品目」に指定。イベントは重点7品目から始め、ニーズに応じて品目を増やしていく。他にも、同プロジェクトに参加する会員向けに、冷凍技術などに関する勉強会を開く。加工・業務用野菜の国産利用を増やすには、産地間の端境期に収量をどう確保するのかが課題だ。同省は「冷凍保存などで、年間を通じて安定的に供給する体制づくりが重要」(園芸流通加工対策室)とみる。

<物価高を進めた日本の金融緩和>
*3-1-1:https://www.nikkei.com/paper/related-article/?R_FLG=1&b=20240728&be=NDSKDBDGKKZO81327・・ue=DMM8000 (日経新聞 2024/6/12) 財政、拡張路線に転機 骨太方針、「基礎収支25年度黒字化」復活 金利ある世界意識
 政府が11日に公表した経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)原案は財政拡張路線からの転換がにじむ内容となった。国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の2025年度黒字化目標を3年ぶりに明記し、「金利のある世界」を見据えて財政健全化に目配りした。成長投資と歳出改革の両立を探る。原案はPBについて「25年度の国・地方を合わせた黒字化を目指す」と盛り込んだ。もともと18年の骨太方針で打ち出した方針であるものの、自民党の積極財政派に配慮して22年以降は明示を避けていた。政府は目標自体は堅持しているとの立場をとりつつ、昨年の骨太方針も「これまでの財政健全化目標に取り組む」という曖昧な書きぶりにとどめていた。目標年度の提示は財政健全化への姿勢を従来より踏み込んで示すことになる。25年度の黒字化を目標としてきた現行計画は達成が視野に入りつつある。内閣府が1月に発表した試算によると25年度のPBは1.1兆円の赤字で、社会保障費の伸びを高齢化の範囲に収めるなどの歳出改革を続ければ今のところ黒字化が可能な範囲にあるという。原案は後継計画として6年間の「経済・財政新生計画」を示した。25~30年度の予算編成の基本方針とする。PB黒字化への前進を「後戻りさせることなく」、債務残高のGDP(国内総生産)比を安定的に引き下げると記した。
●成長と両立必須
 背景にあるのは、日銀によるマイナス金利政策の解除だ。骨太原案は「金利のある世界への移行」をにらみ、利上げによる国債の利払い費増加に「懸念」を訴えた。内閣府は30年度の国の利払い費は名目長期金利が2.4%の場合は14.8兆円と、金利が1.0%のケースに比べて2.5兆円膨らむと見積もる。元本償還も含む国債費は24年度は一般会計の2割を超す。利払い費が膨らめば、社会保障や成長投資など政策経費の余地が狭まる。第2次以降の安倍晋三政権による「アベノミクス」は超低金利政策を背景に高成長を求める財政運営だったといえる。金利が成長率よりも低いため利払い費は軽く、財政規律が緩む一因になったとの指摘がある。一方で、金利が上昇してもインフレによって名目成長率が底上げされれば税収も増えるため、財政健全化につながるとの見方もある。「賢い支出」を徹底したうえで成長につながる投資は必要になる。利払い費の増加を警戒した今回の書きぶりは財政再建を進めるために、成長率などの経済前提に慎重な立場をとったことがうかがえる。原案が言及した実質成長率は1%だった。向こう6年間の計画期間や人口減が加速する30年代以降について「実質1%を安定的に上回る成長を確保する必要がある」と強調した。その上で「さらに高い成長の実現をめざす」とも書き込んだ。目標設定の土台となったのは内閣府が4月に初めてまとめた社会保障や財政に関する60年度までの長期推計だ。長期金利が名目成長率を0.6ポイントほど上回る財政面に厳しい設定で将来推計をはじいたところ、実質成長率が平均1.2%でも社会保障費が膨らむと57年度ごろにPBが赤字に陥るという試算となった。国と地方のGDP比の債務残高も40年度ごろに下げ止まり、60年度に180%ほどまで再上昇する絵姿を示した。金利が成長率を上回る状況が常態化すれば、安定成長を続けるだけでは財政健全化はおぼつかないことになる。PBの一定の黒字幅を確保し続けるには、実質1%成長の持続と歳出改革の両方に取り組まなければならない。財政規律に傾斜した今回の骨太原案には不安要素もある。次世代半導体の量産に向けて「必要な法制上の措置」を検討するとした点だ。企業の投資計画の予見可能性を高めるために「必要な財源を確保しながら」複数年度の支援を実施する方針だが、財源確保の具体策は定まっていない。
●米でも利払い増
 新たな経済・財政計画にも解釈の余地が残る。経団連の十倉雅和会長は4日、民間議員を務める経済財政諮問会議でPB目標は「単年度で考えるのではなくて、複数年度で安定的に黒字基調となるような水準を目指すべきだ」と語った。景気変動があれば、単年度の赤字は許容するとの考えがのぞく。原案の調整過程では単年度赤字の含みをもつ「黒字基調」の使用に前向きだった内閣府と慎重な財務省との間でさやあてがあった。結果として「黒字基調」は使わなかったものの、単年度赤字でPBが遠のく可能性はある。財政健全化の計画は頓挫の歴史を繰り返してきた。小泉純一郎政権で策定した06年の骨太方針では社会保障費を毎年2200億円圧縮するなどの数値目標を明記し、11年度に黒字化すると打ち出した。その後の麻生太郎政権はリーマン危機への対応などで数値目標を棚上げした。民主党政権ではPB黒字化の実現を「遅くとも20年度までに」とずらした。18年に策定した現行目標「25年度黒字化」も大型の補正予算を組めば達成は難しくなる。利払い費の負担増は日本だけの問題ではない。米政府の対GDP比の財政赤字は23年度に6.3%と22年度から0.9ポイント悪化した。米連邦準備理事会(FRB)の利上げで利払い費が増えたことが背景にある。財政赤字は中長期で拡大する見通しだ。中東情勢の緊迫が続き、台湾有事を心配する声も強まっている。「金利ある世界」に向けて財政余力を確保しておくことは地政学リスクや首都直下型地震のような大災害に対応するためにも急務となる。

*3-1-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240704&ng=DGKKZO81839890T00C24A7EP0000 (日経新聞 2024.7.4) 税収最高もかりそめの改善 昨年度72兆円、物価高が押し上げ、予算不用額は高止まり 歳出構造の改革不可避
 財務省は3日、2023年度の国の一般会計の決算概要を発表した。企業の好業績やインフレを背景に税収は72兆761億円と4年連続で過去最高となった。金利ある世界が現実となり利払い費の増加が迫る中、税収の上振れによる財政改善は一時的ともいえる。いまのうちに歳出構造の改革を進めて財政の規律を回復させる必要がある。税収は22年度の71兆1373億円を上回り、2年連続で70兆円を突破した。インフレは名目成長率を押し上げて税収にもプラスに働く。内閣府によると23年度の名目国内総生産(GDP)は前年度比5.0%プラスだった。22年度の2.5%プラスから上振れした。23年度補正予算段階では69兆6110億円と22年度実績を下回ると見込んでいた。法人税の納税制度が変わった影響で還付が増えたことなどから年度前半の伸びは鈍かった。23年4月~24年4月の累計の税収は59兆5193億円と前年同期を2兆円程度下回っていたが、5月分の法人税収が伸び、大幅に上回る結果となった。法人税収は15兆8606億円で、前年度から6.2%伸びた。想定よりもおよそ1.2兆円上振れした。1991年度(16.5兆円)以来の高水準で、5月分は7兆4867億円と過去最高だった。円安で企業の海外事業の利益が膨らんだことも寄与した。所得税収は22兆529億円で、2.1%減少したが、想定をおよそ0.8兆円上回った。企業の賃上げの動きの広がりで給与所得が増えた。消費税収は23兆922億円で0.1%増加し、過去最高となった。年度前半に還付金が増えたことなどが減収要因となったが、国内消費は堅調に推移した。第一生命経済研究所の星野卓也主席エコノミストは「24年度は定額減税が減収要因になるが、インフレ環境の継続とともに名目GDP成長率のプラスが定着する中で、税収の増加傾向は続くだろう」と分析する。ただ足元では日銀の金融政策修正などの影響で長期金利が1%を超える水準まで上昇している。今後は国債の利払い費の増加が財政を圧迫する可能性がある。税収が伸びているうちに歳出構造改革を進める必要がある。現状は心もとない。予算計上したが結果として使う必要のなくなった不用額は6兆8910億円だった。赤字国債発行を取りやめたが、過去最大だった22年度の11.3兆円に次ぐ規模だ。不用額の大きさは予算の見積もりが精緻になされたかや、無駄な支出を計上していなかったかの目安になる。新型コロナウイルスの感染が広がる前まではおおむね1兆~2兆円台で推移してきたが、コロナ禍を機に大規模な補正予算が組まれるようになり金額も拡大した。その年度に使われなかったお金としては次年度への繰越金もある。不用額は繰り越しても使われる見込みがないお金とも言える。そもそも無駄な予算計上だった可能性を否定できない。新型コロナ禍で膨張した危機対応予算を圧縮する「平時化」が求められる。岸田文雄首相は年金受給世帯などへの給付金を計画しており、財源として24年度補正予算の編成を念頭に置いている。政府は高成長の実現や歳出改革の継続によって25年度の国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化が視野に入っているとする。税収の上振れが次の経済財政試算にどの程度反映されるかに左右されるが、黒字化がより近づく可能性もある。税収の上振れは与党などからの経済対策を求める声につながりやすい。大規模な補正予算を編成すればPB黒字化は困難になる。予算の平時化に向けては「今回の補正予算が試金石になる」(財務省幹部)。規模ありきで不要な支出を積み増す慣行から脱却できるかが問われる。

*3-1-3:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15998370.html (朝日新聞社説 2024年7月31日) 国の予算編成 手を緩めず歳出改革を
 政府が来年度予算編成にあたっての要求基準を決め、各省庁の作業が始まった。財政健全化の目標が来年度で達成できるとの試算も示したが、楽観できる状況ではない。政策の優先度を厳しく見極め、歳出構造の見直しに真剣に取り組む必要がある。歴代政権は20年ほど前から、国・地方の「基礎的財政収支」の黒字化をめざしてきた。政策経費を新しい借金なしでまかなえることを意味する。財政再建に向けた「最初の一歩」の目標だ。新しい試算は、基礎的収支が税収増で上ぶれし、今の目標の25年度には小幅なプラスになるとした。ただ、近年恒例の大型補正予算を年度途中に組まないのが前提で、実現性は依然不透明だ。
財政全体をみれば、金利の上昇で国債の利払いも増える見込みだ。気を緩めず、無駄な支出と赤字の抑制に最大限努めなければならない。足元では物価や人件費の上昇が続き、歳出拡大の圧力が強まっている。少子高齢化への対応をはじめ、重要な政策課題も多い。各省庁は予算要求の段階で、費用対効果を十分精査し、必要性の見極めを徹底すべきだ。閣議了解された概算要求基準も、「施策の優先順位を洗い直し、予算を大胆に重点化する」とうたう。各省庁の要求額に制限をかける仕組みだが、昨年同様、「例外」や抜け穴が多く、かけ声で終わる懸念がぬぐえない。防衛費は、政権が決めた大幅増額の計画に沿って別枠扱いにした。安定財源の確保は先送りされたままで、他分野へのしわ寄せや財政健全化の遅れを招く構図が強まる。「重要政策」を優遇する特別枠と、金額を明示しない「事項要求」の対象も広い。賃上げ促進や官民投資拡大、物価高対策などが例示されているが、歳出膨張に十分歯止めをかけられなかった昨年の繰り返しになる恐れがある。政府が昨年から掲げる「歳出の平時化」がどこまで本気なのか。まず試されるのが、岸田首相が先月唐突に打ち出した今秋の経済対策だ。物価高で苦しむ家計や事業者を支えるというが、政治的アピールを優先し、対象をいたずらに広げれば、規模が水膨れし財政悪化を招くだろう。そもそも今の予算編成の手法は、中長期で財政の持続性を保つ視点が薄い。概算要求基準の対象は当初予算だけで、継続的な事業を補正予算に回すことが常態化している。補正も含めた通年や数年単位で歳出に一定のたがをはめ、その中で配分を適切に見直す仕組みを考えるべきだ。

*3-1-4:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240719&ng=DGKKZO82181150Z10C24A7MM0000 (日経新聞 2024.7.19) 消費者物価6月2.6%上昇 電気・ガス代押し上げ
 総務省が19日発表した6月の消費者物価指数(CPI、2020年=100)は変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が107.8となり、前年同月と比べて2.6%上昇した。政府が電気代やガス料金などの負担軽減策を縮小したことで、電気代やガス代が値上がりした。前月の2.5%上昇から伸びが拡大した。QUICKが事前にまとめた市場予測の中央値は2.7%の上昇だった。2年10カ月連続で前年同月を上回った。依然として日銀の物価安定目標である2%を超える上昇が続いている。エネルギーの上昇率は7.7%と前月の7.2%から拡大した。電気代が13.4%と大幅に上昇し、生鮮食品を除く指数の伸びを0.47ポイント押し上げた。都市ガス代も3.7%上昇した。電気代は23年1月に始めた補助金の影響でマイナスの推移が続いたものの、5月に再生可能エネルギー普及にかかる賦課金が上昇し16カ月ぶりにプラスに転じていた。政府補助は5月使用分で半減となり、6月のCPIから押し下げ効果が縮小した。電気代の上昇は2カ月連続。6月の政府補助による電気代の押し下げ効果はマイナス0.22ポイントだった。生鮮食品とエネルギーを除く総合指数は2.2%上昇した。生鮮食品を含む総合指数は2.8%上がった。食料は3.6%の上昇だった。オレンジの原産国での天候不良が不作を招いた影響で果実ジュースが32.1%上昇した。さくらんぼも15.7%上がった。昨年夏や今季の収穫期における猛暑が影響した。食料の上昇幅は前月の4.1%からは縮小した。猛暑による影響でルームエアコンの需要が拡大し、家庭用耐久財は3.9%上昇した。宿泊料も19.9%伸び、前月の14.7%から上昇幅が広がった。全品目をモノとサービスに分けたうち、サービスは1.7%上昇だった。前月は1.6%で上昇幅は拡大した。外食は2.8%上昇して、前月から横ばいだった。

*3-1-5:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240622&ng=DGKKZO81585450S4A620C2MM0000 (日経新聞 2024.6.22) 円一段安、159円後半 米景況感上振れでドル買い
 21日のニューヨーク外国為替市場で対ドルの円相場が下落し、一時1ドル=159円80銭台とおよそ2カ月ぶりの円安・ドル高水準を付けた。同日発表の米企業の景況感が市場予想を上回り、米金利上昇(債券価格の下落)とドル買いを誘った。米S&Pグローバルが21日発表した米国の6月の購買担当者景気指数(PMI、速報値)は総合が54.6と前月から0.1ポイント上昇し、2022年4月以来2年2カ月ぶりの高さになった。米景気が好調を維持し、米連邦準備理事会(FRB)の利下げ転換に時間がかかるとの見方から、米金融市場ではPMI公表後に米金利上昇とドル高が進んだ。円相場は4月29日に34年ぶり円安水準となる1ドル=160円24銭を付けたあと、政府・日銀の円買い為替介入を受けて151円台まで上昇した。ただ、その後は日米金利差に着目した円売り・ドル買いが進んでいるほか輸入企業によるドル調達もあり、円の下落基調が続いている。PMIの調査期間は6月12~20日。総合指数は好不況の分かれ目となる50を1年5カ月続けて上回る水準で推移している。21日発表の6月のユーロ圏のPMIは総合指数が前月から低下しており、米景気が他国・地域よりも底堅い様子を映した。米PMIの内訳をみると、サービス業の指数は55.1と0.3ポイント上昇し、2年2カ月ぶりの高水準だった。53.7への低下を見込んでいた市場予想を上回った。個人消費がなお堅調で、サービス業の新規受注が拡大している。

*3-2-1:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1292925 (佐賀新聞 2024/8/2) 日銀が追加利上げ、金利正常化を明確にせよ
 日銀は、政策金利の追加利上げと国債買い入れの減額計画を決定した。後者は予告通りだが、利上げを予想した市場関係者は直前まで多くなかった。異次元緩和を終えながら、日銀が金利正常化の意図をあいまいにしてきたためだ。依然低い政策金利が円安とインフレの弊害を招いている。金利修正を明確にすべきだ。日銀は金融政策決定会合で、政策金利である短期金利の誘導目標を0・25%程度へ引き上げることを決めた。異次元緩和を3月にやめ、マイナス金利を解除して以来の利上げとなる。一方、長期国債の買い入れは現状の月6兆円程度から、2025年度末をめどに3兆円程度へ半減することを決めた。前回6月の会合で減額方針を決定していた。国債購入による長期金利抑制は異次元緩和のもう一つの柱であり、買い入れ減額は国債保有を減らす「量的引き締め」となる。追加利上げと相まって金利全般が上昇し、住宅ローンや企業の借入金利に影響が出てこよう。しかし、2%台半ばにある足元の物価上昇率を勘案すれば、実質的な金利水準は依然マイナスであり極めて低い。金利上昇による経済への影響を、過度に警戒する局面ではあるまい。むしろ懸念すべきは、植田和男総裁をはじめ日銀の姿勢と情報発信だ。賃上げを伴った好循環を理由に異次元緩和を終え、目標とする2%以上のインフレは27カ月続く。それでもまだ望ましい物価上昇ではないと、正常化への金利見直しに慎重姿勢を崩していないからだ。市場参加者はもとより、物価高の苦境にある国民には理解し難い。日銀は今回、当面2%前後の物価上昇が続くとの見通しを公表。その度合いに応じて政策金利を上げていく考えを明らかにしたのは、一歩前進と言えるだろう。最近の円安は、米国の金利高止まりだけが原因ではない。低金利修正に腰の引けた日銀の姿勢に、正常化は遅れると市場参加者が見込んだ点が為替相場に反映している。石油など原材料の多くを輸入に頼るわが国では、円安が輸入コスト増に直結し、物価上昇の引き金となる。帝国データバンクの食品メーカー調査によると、春からの急激な円安を受けて、秋に再び値上げラッシュが襲う見通しという。国内総生産(GDP)の5割超を占める個人消費が昨年4~6月期以降ずっとマイナスなのは、物価高による節約志向が原因だ。金融政策が円安を通じて、かえって消費と景気の足を引っ張っている「逆効果」を日銀は直視すべきである。日銀の金融政策を分かりにくくしている原因が、2%目標の硬直的な運用にあるのは明らかだ。13年に政府との共同声明に明記されて以来、日銀の政策運営を縛ってきた。柔軟で機動的な政策運営を可能とするため、政府と日銀で見直しに着手する時だろう。日銀は今回の利上げを物価の上振れリスクなどに対応するためと説明するが、額面通りに受け取る市場関係者は少なかろう。それよりも円安と物価懸念から金利修正を暗に求めた政府・与党関係者の発言が影響した、との見方に説得力がある。緩和要求が常だった政府・与党から利上げ発言が出てくること自体、異例である。それだけ日銀の政策運営がずれている証拠と理解したい。

*3-2-2:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB096MG0Z00C24A8000000/ (日経新聞 2024年8月4日) 脱・日銀依存で戻る規律 日本経済は変わるか、金利が動く世界へ
 日銀が7月末の金融政策決定会合で追加利上げと「量的引き締め」への具体策を決めました。日本経済は脱・日銀依存へとさらに一歩踏み出します。連載企画「金利が動く世界へ」は、戻ってくる金利の規律が政府、企業、家計にどんな変化をもたらそうとしているのかに迫りました。日銀が追加利上げを決断し、同時に国債保有を圧縮する「量的引き締め」も開始した。日本経済は中央銀行による金利コントロールから、市場原理による「金利が動く世界」に戻る。国も企業も家計も、これからは金利の規律と向き合うことになる。「インフレ率が2%で推移するなら、政策金利も2%程度まで戻すのが自然だ」。7月末に追加利上げに踏み切った日銀。日本は1995年以降、政策金利が1%を超えたことがないが、日銀関係者は利上げのゴールを2%程度と見込む。超低金利が続くとみていた市場にはサプライズとなり、公表翌日の1日に円相場は1ドル=148円台まで買い戻された。一方で日経平均株価は2日に史上2番目の下落幅を記録。市場は揺れながら「金利が動く世界」へ向かう。早期安定の試金石は、まさに中銀の統制を解く債券市場にある。日本国債の発行残高は1082兆円。日銀はその53%を保有する「池の中の鯨」だ。巨大な買い手がいなくなれば、金利は急騰リスクを抱える。財務当局は「大量の預金を抱える国内銀行がその空白を埋める」と切望する。民間銀行などは日本国債の9%を現在保有するが、約10年前は39%(317兆円)と最大のプレーヤーだった。「国内銀行だけで200兆円は国債を買える。ただ、長期金利の最終水準がみえてこないと買いに行けない」。あるメガバンク首脳はそう思案する。確かに民間銀行に国債を買い入れる余力はある。ただ、金利が上昇し続ければ保有国債に含み損が発生する。ある大手銀行は長期金利が1.2%になれば本格的な国債買いに動く腹づもりだが、現在は1%を切っており「動く地合いではない」。最大の問題は国債取引の人の厚みもノウハウも薄れていることだ。ある大手銀は日本国債の取引担当がわずか2人。30年前は10人超いたものの、金利が動かなくなってチームを縮小した。国債取引で中核的な役割を果たす「国債市場特別参加者(プライマリー・ディーラー)」も、三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)が資格を返上したほか、欧州系のアール・ビー・エス証券(当時)なども撤収した。1998年の資金運用部ショック、2003年のVaRショックと、かつて国債市場は金利急騰で大混乱したことがあった。当時と異なるのは、国債のトレーダーも運用機関も層が薄くなり、金利急変動の耐性がないことだ。長期金利は経済の好不調に合わせて上下動するのが自然な姿だ。日銀が国債の大量購入で長期金利を人為的に抑えつけると、世界のマネーフローは為替相場でしか調整できなくなった。極端に開いた日米金利差で発生したのが歴史的な円安だった。「円売りが連鎖してキャピタル・フライト(海外への資本逃避)になれば、1ドル=300円も冗談でなくなる」。ある自民党議員は海外投資家に真顔でそう脅された。円売り連鎖という目先の苦境は遠のいた。とはいえ、秩序だった市場を取り戻さなければ、次なるリスクを抱え込む。S&Pグローバル・レーティングなど主要格付け機関は、財政悪化にもかかわらず日本国債の格付け見通しを「安定的」と据え置いている。その理由は、皮肉にも日銀による巨額の国債買い入れ策があったからだ。民間主体で国債相場を支えきれないなら、財政悪化はそのまま国債格下げリスクとなる。邦銀の格下げにも直結し、日本企業のドル調達難という新たな危機となる。中央銀行頼みのツケはすぐにはなくならない。市場のプレーヤーの厚みを取り戻す必要がある。

*3-2-3:https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK0979Q0Z00C24A8000000/ (日経新聞社説 2024年8月9日) 日銀の市場との対話は十分だったか
 内外の株価や円相場の不安定な動きが続いている。様々な要因が絡み合うなかで、日銀がさらなる利上げに積極的な姿勢を示したことが「予想外」との反応を生み、円の急伸を招いた。日銀と市場との対話は本当に十分だったといえるのか。市場の安定を確保するためにも問題がなかったかを改めて点検し、丁寧な意思疎通を心がけてほしい。世界で日本株の下落が際立ったのはハイテク株への売り圧力や経済指標の下振れといった米国の要因に円の急伸が重なったためだ。日銀が7月末の金融政策決定会合で利上げを決めた直後、米連邦準備理事会(FRB)が9月に利下げに動く可能性を示唆し、日米金融政策の方向性の違いが強く意識されたことも大きい。日銀の内田真一副総裁は7日の講演で「金融資本市場が不安定な状況で利上げをすることはない」と火消しに動いた。市場の動向とともに企業や消費者の心理に変化がないか細心の注意を払うのは当然としても、説明が首尾一貫していないように聞こえる。日銀は8日、利上げを決めた会合での「主な意見」を公表した。経済や物価がおおむね想定通りに推移しているとの見方に加え、円安を背景に「物価の上振れリスクには注意する必要」との認識が判断材料となったことがわかる。正副総裁らが会合前に情報を発信する機会が限られたこともあり、日銀が円安のリスクへの懸念をより強めていることは市場には十分に伝わっていなかった。事前に市場にすべてを伝える必要はないものの、結果をみれば、市場との対話が円滑だったとはとても言えまい。日銀は今回の市場急変の混乱を教訓に、市場との対話を見直してほしい。一方、市場の落ち着きを前提にすれば、金融政策の正常化を封印するのは適切な判断ではない。主要国で日本だけが金融緩和を長く続けた。そのことが円売り取引の膨張を許し、円急伸の遠因となった側面は否めない。投機資金の動きや影響を注視しつつ、望ましい政策のあり方を探ってほしい。経済や物価の動きに応じて金融緩和の度合いを調整していく試みは、長い目でみた経済成長と市場の安定のためにも欠かせない。だからこそ日銀には、入念な市場との対話と精緻な情勢分析を通じ、適切な政策運営につなげる不断の努力を強く求めたい。

*3-2-4:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB058TK0V00C24A8000000/ (日経新聞 2024年8月12日) 日本株激動、「避難先」銘柄は 相場低連動・還元策に注目
 日本株のボラティリティー(変動率)が高まり、急激な下げへの警戒は残る。荒れ相場の駆け込み寺となる銘柄は何か。相場全体の値動きに対する感応度や配当利回りなどの指標でスクリーニングしたところ、食品や小売り、住宅関連などの業種が浮かび上がった。QUICKのデータを使い、東証株価指数(TOPIX)採用で時価総額100億円以上、予想配当利回りが2.5%以上などの条件を満たす銘柄を抽出し、対TOPIXのベータ値(60カ月)が低い順に並べた。新型コロナウイルス禍の影響を考慮し、短期(180日)のベータ値が平均より低いことも条件とした。ベータは個別株と相場全体の動きの相関を表す値。TOPIXなどの指数と同じ動きなら「1」となる。1より小さくなるほど感応度が小さく、相場の調整局面で下値抵抗力を発揮する。内需中心で業績が安定している企業のほか、財務レバレッジの低い場合などに小さくなりやすい。投資家からの関心を表す指標とも解釈できるため、外国人持ち株比率と一定程度の負の相関があるとされる。「世界が本格的なリセッションに向かうのであれば、低ベータ銘柄への投資が有効になる」(野村アセットマネジメントの石黒英之チーフ・ストラテジスト)。リストで目立つのが食品銘柄だ。総菜製造のフジッコや製粉会社のニップンなどはベータ値が0.05程度。市場全体の値動きに対する感応度が極めて小さい銘柄群といえ、日経平均が連日で大幅下落した8月1日からの3営業日も株価下落率は日経平均(20%)より10ポイント以上小さかった。業績の安定性も注目される。食品メーカーや外食への液卵販売を主力とするイフジ産業は前期(2024年3月期)まで10期連続の営業増益だった。液卵事業は「今年に入って販売数量が前年を上回り回復傾向にある」(同社)といい、25年3月期の営業利益は前期比12%増と過去最高を計画する。営業地盤を地方に置く銘柄にも注目だ。業績がグローバル景気に左右されにくいため、世界的なリスクオフ局面では有望な投資先になる。茨城県や千葉県などの関東圏で大規模ホームセンターを展開するジョイフル本田はベータ値がマイナスで、市場全体が下落したときにむしろ株価が上昇しやすいという珍しい特徴を持つ。ジョイ本田株は8月5日までの3営業日で6%安にとどまった。このほか栃木県に本社を置くドラッグストアチェーンのカワチ薬品、北関東を中心にスーパーマーケットを展開するエコスといった小売銘柄もベータ値が低い。
リスクオフ局面では投資家の関心が配当に集まりやすいため、還元実績や財務体質に注目することも重要だ。福岡県などを地盤に住宅建材・設備をてがけるOCHIホールディングスは、24年3月期まで13期連続で増配中だ。今期から「連結配当性向30%以上」との目標を新たに導入し、積極的な還元姿勢を打ち出している。化粧品のノエビアホールディングスも23年9月期まで12期連続で増配している。株主還元を含めたキャッシュマネジメントに注力し、自己資本利益率(ROE)は過去5期平均で13.2%と、同業他社に比べて高い。足元の配当利回りは4%台と、東証プライム市場の平均(約2.6%)を上回っている。
●米国株、公益・ヘルスケアに資金シフト
「ディフェンシブ株をポートフォリオに加えるのは今からでも遅くない」。米モルガン・スタンレーのチーフ米国株ストラテジスト、マイケル・ウィルソン氏は8月初めの相場急変を受けて投資家向けリポートにこう記した。ディフェンシブ株に対する景気敏感株のリターン優位は4月頃にピークをつけたと指摘。過去のリスクオフ局面に照らし合わせれば、ディフェンシブ株への資金シフトはここからある程度時間をかけて進むとみる。日本株に比べ株価の振幅が小さい米国株市場でも物色はディフェンシブ性の高い銘柄に向かっている。S&P500種株価指数が直近の高値をつけた7月16日からの騰落率をみると、上位にはヘルスケアや公益株が多く並ぶ。業績の変動が小さく、相対的に配当利回りが高いことなどがリスクを回避したい投資家からの関心を集めている。ヘルスケアでは医療施設運営のHCAヘルスケアやユニバーサル・ヘルス・サービシズ、産業用品大手スリーエムのヘルスケア部門として4月に分離上場したソルベンタムなどに買いが集まっている。英バークレイズが7月下旬、「市場シェア拡大が期待できる」などとしてHCAヘルスケアの目標株価を376ドルから396ドルに引き上げるなど、4〜6月期決算発表を経て好業績を再評価する動きも出ている。
公益ではエジソン・インターナショナル、エバーソース・エナジーなど電力会社が高い。予想配当利回りが4%前後、予想PER(株価収益率)が14〜16倍台と、割高感のあるテック株などに比べた投資指標面での堅実さに注目が集まっているようだ。市場全体の値動きに対する感応度であるベータ値が低い銘柄が物色されていることも特徴だ。米国防総省を主要顧客とする防衛企業のノースロップ・グラマン、ニューヨーク市に電気やガスなどのインフラを供給するコンソリデーテッド・エジソンは、対S&P500のベータ値(60カ月)が0.3程度と小さい。その中で米国では日本と異なり消費株が敬遠されていることには注意が必要だ。「労働市場が軟化し、米国の投資家は消費株をリスク視している」(米ゴールドマン・サックスのチーフ米国株ストラテジスト、デイビッド・コスティン氏)。失業率の上昇や賃金上昇の鈍化によって消費意欲の減退が予想され、スナック食品のケラノバなど一部の銘柄を除けば軟調な消費株が目立つ。ヨガウエアなどスポーツ用品のルルレモン、美容小売りのアルタ・ビューティーの株価は3週間で約2割下落した。

*3-2-5:https://www.saga-s.co.jp/articles/-/1301927 (佐賀新聞 2024/8/16) 力強さ欠く景気 物価抑え家計を支援せよ
 内閣府が発表した4~6月期の国内総生産(GDP)は、前期比の年率換算で実質3・1%増だった。2四半期ぶりのプラス成長だが落ち込んだ前期からの反動要因が大きく、景気は依然力強さに欠けると言えよう。不安定な株価や円相場、海外経済への懸念から先行きの不透明感も拭えない。このため経済対策による大規模な財政出動を求めたり、政策正常化へ向けた日銀の追加利上げをけん制したりする声が出てくると見込まれる。だが、景気の弱さは主にインフレ長期化による家計の圧迫に原因があり、これらは打開策とならない。政策対応としては物価抑制と、低所得世帯などへの家計支援に力を入れるタイミングだ。4~6月期がプラス成長となった最大の要因は、GDPの約半分を占め景気のエンジン役である個人消費が、5四半期ぶりに増加へ転じたためだ。しかし内容を見ると楽観できる状況にはない。前期の1~3月期は自動車の認証不正問題の悪影響が濃く表れ、その反動で4~6月期の消費が大きめに出たとみられるからだ。総務省の家計調査などからは、長引く物価高に節約で対抗し、食品など必要なものに絞ってお金を使う家計の実情が浮かび上がる。定額減税と大企業を中心にした高水準の賃上げから、先行きの消費改善を予想する声はある。だが減税は一時的に過ぎず、全世帯の3割を占める高齢世帯は賃上げにほとんど無縁である。円安が是正され、物価が落ち着くまでは消費の低空飛行が続くと見ておいてよいのではないか。ほかのGDP主要項目では、企業の設備投資が2四半期ぶりに増加し全体のプラスに貢献した。円安による輸出企業の好業績や、認証不正問題からの回復が投資増につながったとみられる。だが今後は日銀の政策変更による金利上昇に加え、株価や円相場の影響が避けられまい。相場の荒い変動は投資手控えにつながる点を警戒したい。一方で、輸出から輸入を差し引いた外需は2四半期連続のマイナスとなり、GDPの足を引っ張る要因に働いた。統計上の輸出に当たるインバウンド(訪日客)需要は堅調だったとみられるが、中国の成長減速などから輸出全体の伸びは鈍く、輸入の伸びを下回った。中国は不動産不況が引き続き景気に影を落とす見通しだ。その上で、この先の日本の景気を大きく左右しかねないのが、米国経済の行方と言えるだろう。インフレ退治の金融引き締めにもかかわらず底堅く成長してきたが、最近の統計は雇用の冷え込みを示唆。連邦準備制度理事会(FRB)は9月にも利下げへ転じる見通しで、米国経済は軟着陸できるかどうかの分水嶺(れい)にあるためだ。米景気や利下げの行方が株価の波乱要因となり得るだけでなく、円相場に影響する点は改めて言うまでもあるまい。岸田文雄首相の退陣表明により、秋に予定される経済対策をはじめ政策運営の先行きは見通しにくい状況となった。しかし力強さを欠く景気の現状を見れば、その場しのぎの減税や電気・ガス代補助ではなく、家計の購買力を回復させるインフレ抑制と分配強化が経済政策の正道であることは明らかだろう。次期政権には、その点に正面から取り組んでもらいたい。

*3-3-1:https://www.profuture.co.jp/mk/recruit/strategy/40122 (MarkeTRUNK 2022.8.1) ガラスの天井の意味は。壊れたはしごとは違う?女性やマイノリティのキャリアアップの障壁
 ガラスの天井とは、十分な能力を持つ女性やマイノリティが、不当に昇進を制限されることだ。日本は女性の社会進出に関して諸外国に遅れを取っており、多様化する社会においては早急な課題解決が求められる。ガラスの天井の意味や壊れたはしごとの違い、解決のためのキーワードなどを見ていこう。
●ガラスの天井、壊れたはしごの意味
 ガラスの天井とは、女性の社会進出における問題を喩えた言葉である。男女が平等に働ける社会を実現するうえで、ガラスの天井は大きな課題とされている。
また、壊れたはしごも女性の働き方に関わるキーワードだ。ここでは、ガラスの天井や壊れたはしごの意味、日本政府が掲げる目標、諸外国における男女の働き方について解説する。
○ガラスの天井とは
 ガラスの天井(=グラスシーリング)とは、十分な能力があるのにもかかわらず、性別や人種などの要因によって昇進が妨げられる状態を表す。目には見えない障壁をガラスに喩えた言葉で、特に女性やマイノリティが不当な扱いを受ける場合に用いられる。ガラスの天井を初めて使用したのは、企業コンサルタントのマリリン・ローデンだ。のちにウォールストリート・ジャーナル紙の紙面でも用いられ、ガラスの天井の概念が世間に広く浸透した。1991年には、アメリカ連邦政府労働省が公的な場面でガラスの天井を使用している。また、2020年のアメリカ大統領選で史上初の女性副大統領が誕生し、ガラスの天井が破られたと話題になったニュースは記憶に新しいだろう。
○壊れたはしごとは
 壊れたはしごとは、女性が昇進するために上る階段(はしご)は元々壊れており、1段目から男女格差が生じていることを意味する。ここでの1段目とは、グループ長や主任のようなファーストレベルの管理職を指す。壊れたはしごの概念が提唱されるまで、女性の社会進出を阻む要因はガラスの天井であると考えられていた。しかし近年の調査では、そもそも第一段階の地位に就く女性の割合が少ない構造となっていることが、女性の昇進を阻むハードルだと結論づけられている。上級職レベルで女性の昇進を改善しても、上級職に到達できる女性の数が少ないため、根本的な解決にはつながらない。昇進における男女格差をなくすためには、壊れたはしごを生み出す構造自体を見直す必要があるのだ。
○政府は「女性管理職比率30%」を掲げているが・・
 女性の社会進出における課題を問題視し、政府は2003年に「『2020年30%』の目標」を発表した。これは、あらゆる分野の指導的地位に就く女性の割合が、2020年までに30%程度に到達することを目指すものである。目標達成のためにさまざまな施策が実施されているが、その成果は期待を上回るほどではない。役職に就く女性の割合を確認すると、1989年から徐々に上昇してはいるものの、現状は目標の30%に届いていないことが読み取れる。2020年には女性の参画拡大に関する成果目標が見直され、「第5次男女共同参画基本計画」において以下の基準が定められた。現状値を2025年の目標値まで引き上げるために、今後も女性の活躍を促す施策の実施が検討されている。
■「第5次男女共同参画基本計画」(令和2年12月25日閣議決定)における成果目標
グラフ:「第5次男女共同参画基本計画」(令和2年12月25日閣議決定)における成果目標
参考:内閣府男女共同参画局「諸外国における企業役員の女性登用について」
○EUでは上場企業の役員の男女均衡義務化
 2022年6月、EUは上場企業における役員比率の男女均衡を義務付けることに合意した。EUはこれまでにもジェンダー平等の推進に取り組んでいたが、管理職に就く女性の比率に関しては加盟国の間で大きな差があった。新たに合意されたルールでは、取締役に登用する男女の最低割合が定められている。域内の上場企業は、2026年6月末までに社外取締役の40%以上、または全取締役の33%以上に女性を登用しなければならない。基準を達成できない企業には理由や対策の報告が求められ、場合によっては罰則の対象となりうる。
●調査でわかる日本の現状
 実際のところ、日本における男女の社会進出にはどれくらいの格差があるのだろうか。各種調査を参考にして、日本の現状を把握しよう。
○女性管理職の比率、日本は10%台
 男女共同参画局の調査によると、日本の女性役員割合は12.6%となっている。過去数年間における女性役員数は増加傾向にあるが、諸外国に比べるとまだまだ低いことがわかるだろう。
   諸外国の女性役員割合(2021年の値)
    フランス    45.3%
    イタリア    38.8%
    スウェーデン  37.9%
    イギリス    37.8%
    ドイツ     36.0%
    カナダ     32.9%
    アメリカ    29.7%
    中国      13.8%
    日本      12.6%
    韓国      8.7%
参考:内閣府男女共同参画局「諸外国における企業役員の女性登用について」
 諸外国の女性役員割合が高くなっている背景には、クオータ制の導入が影響している。クオータ制とは、女性の登用割合を役職ごとに規定し、基準を満たすことを義務化するものだ。発祥であるノルウェーをはじめ、クオータ制は各国における女性役員割合の増加に大きく貢献した。
○ジェンダー・ギャップ指数は156か国中120位
 世界経済フォーラム(WEF)は、男女格差を示すジェンダー・ギャップ指数を毎年発表している。2021年は156か国を対象に調査が行われ、日本の総合スコアは0.656、順位は120位であった。これは先進国の中でも最低レベルの結果である。アジア諸国の中では、韓国や中国、ASEAN諸国よりも順位が低く、ジェンダー平等に関して日本が遅れを取っていることが読み取れる。
参考:内閣府男女共同参画局「共同参画」2021年5月号
○ガラスの天井指数では29か国中28位
 2022年3月に経済週刊誌エコノミストが発表したガラスの天井指数において、日本は29か国中28位であった。ガラスの天井指数はエコノミストが2013年から毎年発表しているもので、男女間の賃金格差や育休取得状況などの10項目を元に順位が決められる。日本以外には、スイスやトルコ、韓国が下位を占めており、これらの4か国の順位は10年間変動していない。エコノミストは、「女性が家族と仕事の選択を迫られる日本と韓国が下位にとどまっている」と指摘している。
参考:The Economist「The Economist’s glass-ceiling index」
○男女間賃金格差、38か国中ワースト3位
 経済協力開発機構(OECD)の調査によると、日本の男女間賃金格差は38か国中ワースト3位であった。具体的には、男性の賃金の中央値を100とした場合、女性の賃金の中央値は77.5となっており、22.5ポイントの差が開いている。以下の表は、主要各国の男女間賃金格差をまとめたものだ。各国の値を見ると、日本における男女間の賃金差が大きいことがわかるだろう。
    国名  女性賃金の中央値  男女賃金格差
  OECD加盟国平均 88.4    11.6ポイント 
  イタリア     92.4    7.6ポイント
  フランス     88.2    11.8ポイント
  英国       87.7    12.3ポイント
  ドイツ      86.1    13.9ポイント
  カナダ      83.9    16.1ポイント
  米国       82.3    17.7ポイント
  日本       77.5    22.5ポイント
 参考:東京新聞「男女の賃金格差、開示を義務化へ 主要国でも格差大きい日本、女性の働きにくさ要因」
●解決のためのキーワード
 ガラスの天井を解決するためのキーワードとして、「アンコンシャスバイアス」や「ESG経営」が挙げられる。多様化が進む現代で企業が生き残るためには、ガラスの天井を取り払い、女性の社会進出を支援する取り組みが不可欠だろう。ガラスの天井を取り除くためには、アンコンシャスバイアスに気づくこと、そしてESG経営を行うことが有効である。女性やマイノリティが働きやすい社会を作るために、ガラスの天井の解決につながるヒントを確認しておこう。
○アンコンシャスバイアスの気づき
 ガラスの天井が生まれる要因として、アンコンシャスバイアスの存在が指摘されている。アンコンシャスバイアスとは、無意識のうちに生じる偏見や思い込み、根拠のない決めつけなどを意味する。たとえば「女性は仕事よりも育児をすべきだ」、「女性に力仕事は任せられない」などは、アンコンシャスバイアスの代表例だ。女性に対する偏見や思い込みが組織に根付いていると、ガラスの天井の発生につながり、女性の昇進が妨げられてしまうだろう。アンコンシャスバイアスを解消するためには、自分の中に無意識の偏見があることを自覚しなければいけない。自分の言動に対する相手の反応を観察し、無意識のうちに他者を傷つけていないかどうかをチェックしよう。物事を判断する際に偏見が働いていないかを検証することが、アンコンシャスバイアスを取り除くための第一歩である。
関連記事:アンコンシャスバイアスの具体例は?仕事上で気をつけたい対策
○ESG経営の取り組み
 ESG経営とは、以下の3つの領域を考慮して経営を行うことを意味する。
・ Environment:環境
・ Social:社会
・ Governance:企業統治
 昨今は、ESGを投資の基準にするESG投資が注目を集めており、ESG投資額は世界中で増加傾向にある。ESG経営を理解するために、キーワードである「ESG」と「ダイバーシティ&インクルージョン」について見ていこう。
■ESG
 ESGとは、投資家が企業投資を行う際の判断基準のひとつである。近年は環境や社会の持続可能性が懸念されており、ESGへの取り組みが企業の長期的な成長につながるという見方が強い。
関連記事:ESGとSDGsとの違いとは?意味や背景、人事として取り組めることを解説
ESGには世界共通の基準や定義が存在しないが、一般的には以下の3つで構成される。
  ・ E:自然環境に配慮すること
  ・ S:自社が社会に与える影響を考えること
  ・ G:企業における管理体制が整っていること
 内閣府男女共同参画局の資料では、半数以上の投資家が企業の女性活躍情報を投資判断に活用していることが明らかになった。女性活躍情報には女性役員比率や女性管理職比率などが含まれており、女性の昇進とESG経営の関係性の深さがうかがえる。
参考:内閣府男女共同参画局「女性活躍情報がESG投資にますます活用されています~すべての女性が輝く令和の社会へ~」
■ダイバーシティ&インクルージョン
 ダイバーシティ&インクルージョンとは、組織において多様性が認められ、個々が強みを発揮できていると実感できる状態を指す。企業イメージの向上につながることや、ライフワークバランスに対する意識の高まりなどの理由から、企業ではダイバーシティ&インクルージョンの実現が求められている。また、組織として多様性を認め合う環境整備を推進することは、ESG経営の一環としても重視されている。ESG経営に取り組むのであれば、ダイバーシティ&インクルージョンの考え方に基づいた企業運営が不可欠なのだ。
関連記事:インクルージョンとは?ダイバーシティとの関係や推進のためのポイント
●まとめ
 ガラスの天井とは、性別や人種などの見えない障壁によって、女性やマイノリティの昇進が妨げられることである。さまざまな調査からもわかるとおり、日本では女性の社会進出に関して諸外国から遅れを取っている。また、壊れたはしごも女性の昇進に関するキーワードだ。壊れたはしごとは、ファーストレベルの管理職に就く女性が少ない構造こそが女性の昇進を阻んでいる、という考え方を意味する。女性にとって働きやすい社会を実現させるためには、ガラスの天井や壊れたはしごの解決が不可欠だ。女性の昇進の妨げとなりうるアンコンシャス・バイアスの解消、女性の活躍につながるESG経営などに取り組み、ガラスの天井のない組織づくりを始めよう。

*3-3-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240820&ng=DGKKZO82880910Q4A820C2EA1000 (日経新聞 2024.8.20) 女性役員ゼロなお69社 プライムの4% 政府目標期限、来年に 前年度からは半減
 女性役員がいない東証プライム上場企業は69社で、全体の4.2%であることが日本経済新聞社の集計でわかった。政府が女性活躍・男女共同参画の重点方針(女性版骨太の方針)で掲げた「女性役員ゼロ企業0%」の目標期限は2025年に迫っている。24年3月末と23年3月末時点で東証プライムに上場する1628社を対象に、23年度(23年4月期から24年3月期)の有価証券報告書「役員の状況」記載の男女別役員数から算出した。最も数の多い3月期決算企業は、6月末の株主総会での役員選任を反映している。女性役員ゼロの企業は前年度の146社(9.0%)から半減。ドラッグストア運営のGenky DrugStoresで3人が社外取締役に就くなど81社が新たに「ゼロ状態」を解消した。政府は23年6月にまとめた女性版骨太の方針で「30年までに女性役員比率30%以上」の目標を掲げた。同年12月の閣議決定では「25年までに女性役員比率19%」を中間目標に設定している。女性役員の数自体は3083人で全体の16.2%と前年度比で2.6ポイント増えたが、企業単位では「19%」の達成企業は540社(33.2%)、「30%以上」は122社(7.5%)にとどまる。現状の役員規模で「女性役員30%」を実現するには、今は男性が務める2500以上のポストに女性が就かなければならない。役員の数自体を増やして女性を登用するには、3800近いポストの新設が必要になる。ただ就業者の半分近くが女性にもかかわらず、管理的職業従事者の女性比率は14.6%(24年版男女共同参画白書)。政府目標の達成には女性社員の育成も求められる。女性役員比率が最も高い(9人中5人)人材サービスのディップの女性役員は全員が社外だ。女性社外役員候補の研修などを担うOnBoardの越直美最高経営責任者(CEO)は「社外役員はガバナンスの面から必要だが、企業文化を変え業績を上げるのは社内の人材」と話す。アステラス製薬は1991年入社の広田里香氏が取締役に就任、サンゲツは97年入社の高木史緒執行役員が取締役に選任された。

*3-3-3:https://digital.asahi.com/articles/DA3S15998419.html (朝日新聞 2024年7月31日) 男女別学 公立共学化、どうする埼玉 20年ぶり再燃、生徒から存続訴えも
 かつて東日本中心に多くあった公立の男女別学高校は共学化が進み、今では主に残るのは埼玉、群馬、栃木の3県だけになった。そんな埼玉県で、共学化を求める勧告を受けた議論が大詰めを迎えている。約20年前は「存続」と結論づけたが、男女共同参画が進む中で再度対応を迫られた県教育委員会は、8月末までに結論を出す。発端は2023年8月30日、埼玉県の第三者機関「男女共同参画苦情処理委員」が、県内に12校ある別学校を早期に共学化するよう県教委に迫る勧告だった。同様の勧告は02年に続いて2度目だが、県内では賛否の表明が相次ぐ。元高校教諭らの市民グループ「共学ネット・さいたま」は今年4月に記者会見し、「公立高校が性別による募集をするのは合理的な理由がない」と説明。「社会的なリーダーになるためには、高校生活の中で、男女の格差を体験する機会を積み重ねて調整する力が必要だ」と強調する。トランスジェンダーの生徒が、将来、履歴書の学校名で性的マイノリティーであることが明かされてしまう懸念も指摘する。これに対し、共学化に反対する浦和、浦和第一女子、春日部、川越女子の別学4校の同窓会長らも直後に会見し、「公立の別学校も選択肢の一つとすべきだ」と反論した。ジェンダーによって傷ついた体験を抱え、安心できる環境を求めて別学を選んだ人もいることや「女子校の方が女子のリーダーを育てやすい」などと指摘し、別学の維持を訴えた。7月下旬には、別学12校と共学2校の高校生約50人が県庁を訪れ、別学の維持を求める約3万4千人分の署名や意見交換の要望書を提出した。女子校2年の生徒(16)は「対話を重ねることで私たちの考え方を知ってもらい、共学化を止めたい」と話した。浦和一女では昨秋、全校生徒が参加する恒例の「討論会」を開き、「男女別学高校の共学化」を議題にすると、発言は反対一色となった。「電車の中で怖い思いをした。異性がいると不安」「女子校に入って、良さに気づいた」。3年生の一人(17)は議論を振り返り、「埼玉では別学も共学も選択できる(のがいい)。異性と一緒に人間関係を学びたい人は共学校に行けばいい」と語る。ただ、ジェンダーをめぐる社会の意識が多様化する中、02年の勧告時とは状況が変わったとの見方もある。前回は、別学校のPTAらでつくるグループが約27万人の反対署名を知事に提出し、県議会では別学維持派が超党派の議員連盟を結成するなど、高校の内外に波紋は広がった。だが、今回はそこまでの大がかりな動きはない。ある県議は「約20年前は県民を巻き込んで盛り上がったが、いまはジェンダー平等などが叫ばれ、社会の空気が明らかに変わった」と話す。
県教委は今年1~3月、別学12校の同窓会や保護者から意見を聞いた。4月19日からは、県内の中高生とその保護者を対象にアンケートを実施し、約7万500件の回答が寄せられた。別学校の生徒3割を含む高校生の回答では「共学化しない方がよい」が6割だった一方、中学生の回答は「どちらでもよい」が6割で最多だった。県教委は、アンケートはあくまでも「参考資料の一つ」と説明する。各高校の生徒や保護者らの意見を踏まえ、8月中に別学校のあり方をまとめた報告書を公表する。
■共学化、背景に共同参画・少子化
 全国的には、公立の男女別学高校は減っている。戦前は男女別の教育が基本だったが、1947年に男女共学などを定めた教育基本法が施行。連合国軍総司令部(GHQ)主導の教育改革により、多くの公立高校で共学化が進められた。一方で、北関東や東北などでは別学校が残った。GHQの担当者によって地域ごとに温度差があったためで、埼玉では当時、同じ地区に男子校と女子校がある場合は共学化しなくてもいい方針になったとされる。文部科学省の学校基本調査によると、男子のみ、女子のみが通う別学の公立高校は64年度は全体の13%にあたる382校(男子のみ210、女子のみ172)あった。その後は、男女共同参画意識の高まりや、少子化の影響で共学化や統廃合が進んだことなどで、2023年度には全体の1%の45校(男子のみ15、女子のみ30)まで減った。福島県では別学校が約20校あった1993年、県の有識者会議が「男女共同社会が進行するなか、共学化を逐次進めていく必要がある」と答申。03年までにすべて共学化された。01年度に22校の別学校があった宮城県も、10年度までに県立高校をすべて共学化した。県教委によると、「多感な高校時代には男女が共に学び理解し合う環境が望ましい」などとして、当時の知事が主導したという。最近も、少子化に伴う定員割れなどを理由に、和歌山県内唯一の公立女子高が23年度末に閉校。5校の別学があった鹿児島県でも、男子校1校が4月に共学化し、別の男子校1校も26年度から段階的に共学になる予定だ。朝日新聞の調べでは、24年4月現在、別学校があるのは宮城、埼玉、群馬、栃木、千葉、島根、福岡、鹿児島の8県で42校。埼玉と群馬に各12校、栃木に8校と北関東に4分の3が集中する。男女別学高校について、盛山正仁文科相は3月の会見で「男女別学を一律に否定するものではない。それぞれの学校の特色、歴史的経緯等に応じて、設置者において適切に判断されるべきだ」との見解を示している。
■教育内容が大事、別学にも利点
 昭和女子大の友野清文特別招聘研究員(ジェンダー教育学)の話 共学化すれば、男女共同参画社会が進むという単純なものではない。大事なのは、ジェンダー問題に向き合う各学校の教育方針であり、教育の内容だ。志望する生徒がいるのであれば、公立でも別学を選択できる環境を残すことは一定の意味がある。共学の場合でも、男子の方が発言機会が多いとの米国の研究もある。共学の方が「性差」を意識する機会が多く、別学の方がより自分らしく過ごし、学べる面もある。今、文部科学省は公立の普通科高校の個性化・多様化を進めている。別学の議論は、高校のあり方を考えるいい機会だ。埼玉の別学校は伝統を基盤により新しい教育を探れる可能性がある。これから進学する生徒やその保護者の意見を踏まえ、検討する必要がある。
■憲法は性差別禁止、共学が原則
 明治大の斎藤一久教授(憲法学)の話 法の下の平等を定めた憲法14条は、性別による差別を禁止している。憲法に従えば、男女共学が原則だ。性別によって入学を制限する別学校は、憲法違反の疑いがある。一方で、別学が必要だと結論づけるとすると、十分に合理的な理由があるかが論点になる。別学維持を主張する理由として、よく「伝統」が挙げられるが、行事の違いなどは根拠にならない。女子校はリーダーシップを育成できるという意見もあるが、内申書などで、もともとリーダーの資質がある女子を入学させているに過ぎない。公立高校で別学という選択肢が必要な合理的な理由があるなら、小中学校にも必要になってしまう。自宅から最も近い高校を受験できない生徒が訴訟を起こせば、違憲判断が出るかもしれない。

*3-3-4:https://digital.asahi.com/articles/ASS8C3HP6S8CUTNB00RM.html?iref=pc_photo_gallery_bottom (朝日新聞 2024年8月13日) 公立の男女別学は選択肢?不公平? 割れる意見 危機感持つ卒業生も
 2023年8月、埼玉県の第三者機関である男女共同参画苦情処理委員が、浦和や浦和第一女子など12校ある県立の男女別高校の共学化を求める勧告を出した。県教委は8月末までに、苦情処理委員への報告をまとめる。共学化か、別学維持か――。報告を前に、共学化をめぐる議論を追った。県立の男女別学高校の共学化をめぐる大きな論点のひとつが、「公教育」についての考え方だ。「公費で賄う公立高校が性別を理由に入学を拒否するのは不公平だ」。共学派推進の市民団体などは昨年8月の勧告以降、会見などで活発に意見を表明してきた。別学校の多くは地域の伝統校で偏差値も高めのため、「選択できるのは学力の高い一部の生徒に過ぎず、そもそも公平性に欠ける」との声が上がる。また、逆に「地域の進学トップ校に行こうとしても、共学という選択肢がない」(県北部の中学3年生)との声もある。なかでも、進学実績で「県内トップ」とされる浦和高校が男子校であることが、男女の教育機会に差を生んでいるという批判は根強い。国内最難関とされる東大の2024年の合格者数をみると、県内の公立高校では浦和が最多の44人。続く共学の大宮の19人と2倍以上の開きがあった。女子校で最も多いのは浦和第一女子と川越女子で2人ずつだった。一方、別学維持を求める署名を7月下旬に県教育委員会へ提出した浦和高校3年の男子生徒(17)は「私学のほうが学費が高い。公立で別学を確保できている方が選択肢が広がる」と語る。別学が私学だけになると、金銭面で余裕がない人の選択肢が狭まるのではないかとの懸念だ。県によると、県内の高校生に占める私立の生徒の割合は約3割。授業料は県立の全日制が年11万8800円、私立の平均は年約40万3千円だ。文部科学省の調査(21年度)によると、授業料、修学旅行費、学校納付金などにかかる「学校教育費」は、公立高30万9千円、私立高75万円でさらに差が大きかった。一部の私立高生は、国の就学支援金に埼玉県の助成を上乗せすれば授業料平均額相当(年40万3千円)の補助を受けられるが、所得制限で補助を受けられない家庭もあり、物価高騰などで負担が重くなっているという。県教委による男女共学校の保護者らへの意見聴取でも「男女別学は特色ある学校という観点からも意義がある」「地理的に(公立の)男子校しかないのであれば問題だが、そういった状況ではない」などと別学維持を求める意見も挙がる。別学校の同窓会長らは「公立の別学校も選択肢の一つとすべきだ」と訴えている。ただ、少子化の影響もあり、地域によっては別学校が選ばれなくなっている状況もある。昨年度の県立の別学校(全日制)の入試倍率をみると、春日部1・50倍、川越1・47倍、浦和1・38倍、浦和一女1・37倍など県南部周辺が高かった。一方で、熊谷1・11倍、松山女子1・04倍、松山1・02倍、熊谷女子0・99倍、鴻巣女子0・92倍など、県北部では1倍を割る高校もあった。熊谷女子の卒業生という中学3年の保護者(47)は現状への危機感を口にする。「倍率が1倍を切ったのには驚いた。少子化が進むなか、地域によっては別学校も男女共学化で、より魅力的な学校像を探る時期なのかもしれない」。
高等学校(全日制)の学校教育費の内訳
          <公立>    <私立>
  入学金     1万6千円    7万1千円
  授業料     5万2千円    28万8千円
  修学旅行費等  1万9千円    2万6千円
  学校納付金等  3万2千円    11万5千円
  図書・学用品等 5万3千円    6万4千円
  教科外活動費  3万9千円    4万7千円
  通学関係費   9万1千円    12万9千円
  その他      4千円       7千円
  合計     30万9千円      75万円
※文部科学省の22年度「子供の学習費調査」より

*3-3-5:https://digital.asahi.com/articles/DA3S16016631.html (朝日新聞 2024年8月23日) 公立高共学化「主体的に推進」 埼玉県教委、別学12校の方法・時期先送り
 埼玉県で伝統校を中心に12校ある県立の男女別学高校の共学化をめぐり、埼玉県教育委員会は22日、「主体的に共学化を推進していく」とする報告書を公表した。ただ、共学化の方法や時期、校名などは明記せず、具体的な進め方は先送りした。昨年8月、県の第三者機関の男女共同参画苦情処理委員から「早期の共学化」を勧告され、1年以内の報告を求められていた。同様の勧告を受け、県教委が2002年度にまとめた報告書では「当面維持」としていた。今回の報告書では、「男女共同参画の推進や急速なグローバル化の進展」など社会の変化に応じた学校教育の変革が求められると指摘。「高校の3年間を男女が互いに協力して学校生活を送ることには意義がある」と述べ、「今後の県立高校の在り方について総合的に検討する中で、主体的に共学化を推進していく」と結論づけた。一方、別学校の共学化に当たっては、「県民の意見を丁寧に把握する必要があるため、アンケートや地域別での意見交換、有識者からの意見聴取などを実施していく」とし、具体的な時期などは示さなかった。日吉亨教育長は22日の記者会見で、結果的に別学校を存続させる可能性を含めて「総合的に考える」としつつ、「推進と言っている以上、12校の共学化をゴールとしてイメージして考える必要はあると思っている」と話した。(杉原里美)
■賛否両派から不満
 今回の勧告は「県立の男子高校が女子の入学を拒んでいるのは、女性差別撤廃条約に違反する」という県民の苦情が発端だった。県教委は別学校や共学校の保護者、生徒、市民団体などから意見を聴取。県内の中高生とその保護者を対象に記名式のアンケートも実施した。この間、共学化賛成派と反対派が鋭く対立。賛成派の市民団体「共学ネット・さいたま」が4月に記者会見を開くと、その1週間後に浦和、浦和第一女子など別学4校の同窓会長らが会見を開いて反論した。激しい対立を背景に、報告書は共学化への道筋を明確に示さなかった。勧告は、県立高校の「公共性」の観点から別学校を問題視したが、報告書は別学校に「一定のニーズ」を認め、共学校も選択できることを踏まえ、「男女の教育の機会均等を確保している」と評した。あいまいさが残る報告書に対し、賛否両派から不満の声が漏れた。共学ネット・さいたまの清水はるみ世話人代表(72)は「県教委が主体的に推進するという(報告書の)意義はあるが、具体的な計画が何もない。共学化を進める検討会議を立ち上げてほしい」と注文。男子校の浦和高校同窓会の野辺博会長(71)は「県民の意見を無視した報告書。共学化推進が明記され残念だ。すぐに共学化しないとも受け取れるが、また数年後に同じことを繰り返すのではないか」と反発した。

*3-3-6:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240826&ng=DGKKZO83007160V20C24A8TYA000 (日経新聞 2024.8.26) 〈多様性 私の視点〉男女賃金差、職業選択が影響 東京大教授 山口慎太郎氏
 男女間賃金格差は依然として課題であり、労働市場の公平性や社会の持続可能性に大きな影響を及ぼしている。この問題を解消するためには、職業選択における男女の違いを理解することが不可欠だ。男女の異なる職業選択の背景には、仕事に求める要件の違いが大きくかかわっている。男女ともに給与や昇進機会を重視するのは当然として、女性は特に働き方の柔軟性や通勤時間といった非金銭的な要素を重視する傾向が強い。これには、育児や介護といった家庭内の責任を担う女性が多いことが影響していると考えられる。また、複数の研究は、女性は競争が少なく、リスクの小さい仕事を好む傾向があることを明らかにしており、これも職業選択の男女差につながっている。さらに、最新の研究によると、仕事の持つ社会的意義を重視する度合いにも男女間で大きな差があることが明らかになっている。世界47ヵ国、11万人を対象とした調査では、女性が仕事の社会的意義をより重視する傾向が強いことが分かっている。アメリカのMBAプログラムに通う学生を対象とした研究によると、社会的意義が非常に高いと感じられる仕事であれば、女性は15%低い賃金を受け入れるが、男性は11%低い賃金までしか受け入れない。このような選好の違いが、女性が公共部門に多く従事し、男性が金融部門に進む傾向を生む一因となっている。こうした選好がどこから生じるのかについては明確な答えは出ていないが、女性は他人を助けるべき、男性は経済力を持つべきという社会的規範が影響しているのかもしれない。この研究結果は、企業が能力の高い女性をどのように採用するかを考える上で重要な示唆を与える。例えば、女性の少ない金融業界においては、業務が持つ社会的意義を強調することが、女性の関心を引き付ける効果的な手段となりうる。また、政府が公共調達や税制などを通じて、企業の社会的責任(CSR)に対する努力を優遇することで、企業の取り組みを後押しすることができるだろう。

*3-4:http://www.newstokyo.jp/index.php?id=299 (都政新聞 2011年4月20日号) 局長に聞く、会計事務の専門集団、会計管理局長 新田 洋平氏
 東京都の各局が行っている事業の内容を、局長自身によって紹介してもらう「局長に聞く」。31回目の今回は会計管理局の新田洋平氏にご登場いただいた。出納事務以外にも、石原知事自身が自らの最大の功績と自負する新公会計制度改革を推進するなど、目立たないながらも重要な業務を担っている。
●出納事務を通じ都政運営に貢献
―会計管理局は、その仕事の中身が都民にわかりにくいと思われています。
 我々は都民向けの具体的な施策を持つ他局と違い、都民からは見えにくい組織の典型だと思います。各局が施策を実施するのに伴って、例えば工事請負代金などいろいろな支払が生じますが、我々は、そうした支払の実務を担っています。支払事務以外では、都民の皆さんからいただく税金や使用料、あるいは国庫補助金や都債収入などの、収入面での実務も取り扱っています。間接的ではありますが、都民や企業との関わりが深い仕事です。地味で見えにくいのですが重い責任を担っており、各局とペアを組んで円滑な都政運営に努めています。
―出納事務の責任の重さはわかりますが、それ以外ではどのような仕事を行っていますか。
 東京都は、将来に備えて必要な資金を基金として積み立てており、手元資金約3兆8千億円のうち、2兆8千億円が基金となっています。これを遊ばせておくわけにはいかないので、支払までの間に効果的な運用を図っています。21年度実績では3兆8千億円の資金を運用した結果、低金利時代にも関わらず188億円の運用収益をあげています。我々は、交通局、水道局、下水道局などの公営企業を除いた各局のほか、警視庁や東京消防庁も含めた収入支出や資金管理も行っています。一例として、東日本大震災を受けて警視庁や東京消防庁の出番が増えており、緊急な資金対応の必要性も生じています。東京消防庁がハイパーレスキューを福島などの被災地に派遣した際にも、急遽、資金が必要になったということで、深夜に用意しました。
●公会計制度改革を全国でリード
―新公会計制度の導入は石原都政の大きな目玉ですね。
 石原知事自身、3期12年の最大の実績は、「会計制度改革だ」と述べていますが、知事のリーダーシップによって導入した複式簿記・発生主義会計は、貸借対照表などを見れば、官庁会計の専門知識のない一般都民の方でも東京都の財政状況がわかるすぐれものです。例えば、21年度一般会計決算で見ると、都の資産は29兆円で、負債は8兆円です。つまり都の正味財産は差し引き21兆円あり、非常に健全だということがわかります。一方、国は21年度の一般会計決算で、資産は260兆円ありますが、負債は650兆円にも達しており、390兆円もの債務超過の状態にあることがわかります。国家財政は非常に厳しい状況にありますね。
―行政のトップである首長の理解はどうですか。
 各自治体の首長さんとお話しすることがありますが、特に大阪府の橋下知事や町田市の石阪市長は非常に理解が深いですね。橋下知事が就任して、大阪府には膨大な隠れ借金があることが明らかになりましたが、実態をわかってもらうためには従来の官庁会計ではダメだということで、石原知事に協力要請があり、我々もそれに応えてきました。その結果、大阪府では今年度から、東京都の方式に準じた会計制度の試験運用を行っています。都内では町田市が来年度から新公会計制度の導入を目指しています。一方で、各自治体の職員が導入に前向きであっても、首長さんの理解がなければ前に進まないのも事実です。首長さんの認識を変えてもらう必要があることから、昨年、知事から指示を受け、首長向けのパンフレットを作成しました。その中に「置いてきぼりの日本」ということで、世界各国の中で複式簿記を導入している国とそうでない国を色分けした世界地図を掲載したのですが、日本が世界の大きな潮流から取り残されていることがひと目でわかります。知事もこの点を取り上げて、「日本の周辺で複式簿記を導入していないのは、北朝鮮とパプアニューギニアくらいだ」と、機会あるごとに発言しています。
―公会計制度改革の重要性は、これからも増してきますね。
 都民・国民に対する説明責任などを考えれば、抽象的な言葉で語るよりも具体的な数字でわかりやすく伝えることが今後ますます重要になってきます。複式簿記・発生主義会計の導入は、いまや「必要」を超えて「必然」だと思います。もちろん当局の基本的な業務は、最初にお話ししたように出納業務です。先ほどの東京消防庁の例のように毎日、多くの職員が汗をかいているということを是非、都民の皆さんにもおわかりいただければと思います。

*3-5:https://digital.asahi.com/articles/DA3S16018363.html (朝日新聞 2024年8月26日) 越境入学、元議長が再三要求 担当者の上司らに 千代田区
 東京都千代田区立小中学校へ区外から通う越境入学で不正な申請があった問題で、仲介した元区議会議長が保護者から金品を得た2021年度入学のケースでは、区教育委員会側が越境入学を制限していた中で、元議長が再三にわたり区教委幹部らに要求していたことが関係者への取材でわかった。その後、審査を通っていた。このケースを含めた5件で、保護者の勤務地が千代田区内にあるよう装う虚偽の書類などが作成され、申請されたことが判明しているが、区教委は取材に、いずれも「虚偽の認識はなかった」と説明。元議長の働きかけは「審査に影響していない」としている。元議長は嶋崎秀彦氏(64)=区発注工事を巡る汚職事件で有罪判決。複数の関係者によると、元議長は20年秋ごろ、東京都江東区の女性から、子どもが千代田区立中へ越境入学できるよう要望を受けた。自身の支援者である千代田区内の店舗に、女性が店で勤務しているよう装った就労証明書の作成を依頼した。元議長は申請の直前、区教委に申請を許可するよう要求。担当者は、受け入れを制限していることなどを理由にすぐには受け入れなかったが、元議長はその後も上司らに電話するなどし、許可するように求めたという。区教委によると、この区立中では21年度入学で、「保護者の勤務地が区内」という基準での受け入れは運用として取りやめていた。女性は虚偽の証明書を申請資料として提出し、区教委の審査を経て、21年度の入学が許可された。元議長は女性側から銀ダラや最中(もなか)を受け取ったという。千代田区教委によると、同区への越境入学では基準が11項目あるといい、満たす項目があれば審査の対象になる。江東区の女性のケースについては、就労証明書について「虚偽だという認識はなく、その認識の上で適切な事務処理を行った」と説明。就労要件だけではなく「特別な事情」もあったとしたが、どの項目にあたるかは明らかにしなかった。
■千代田区、受け入れ減少傾向
 千代田区にある公立校は小学校が8校、中学校が2校(中等教育学校を除く)。区教委によると、越境入学の受け入れは減少傾向にある。小学校で2012年度に入学が認められたのは86件あったが、23年度には14件と2割弱まで減少。中学校では12年度は64件で、23年度は25件と4割弱になった。千代田区の越境入学の審査基準は11項目あり、どの項目を審査で採用するかは学校ごとに異なるという。11のうち、保護者の勤務先が学区内にあり、共働きなどで放課後の保護などの配慮を必要とする「就労要件」にあてはまるケースが以前は8割以上だったが、就労要件のみでの受け入れを認める学校は減少。20年度は小中合わせて6校あったが、23年度は3小学校になった。中学校は21年度から原則として就労要件のみでの受け入れをしていない。背景には、区立校の人気に加え、区内にマンションなどが建設されて子どもの数が増え、区外を受け入れる余裕が無くなったことがあるという。

<日本のエネルギー基本計画について>
PS(2024.9.1追加):*4-1-1・*4-1-2は、①東電HDは2027年度までに送電網の増強に4700億円を投じて大型変電所を新増設 ②AI普及をにらんだ電力インフラの整備が課題でデータセンターが集まる首都圏に変電所新増設計画の半数集中 ③2030年までに全国で18カ所の大型変電所新増設が計画、うち約半数は首都圏 ④工場等の新設時は電力会社に使用量を伝えるが、供給量が足りなければ建設できない ⑤九電はTSMCの新工場建設に合わせて熊本県内2カ所の変電所増強を決定 ⑥北電もラピダスの新工場のため、2027年に南千歳で変電所を新設 ⑦日本の電力消費は省エネ機器の浸透や人口減少で段階的に減少したが、2023年度を底に増加に転じる見通し ⑧データセンターは膨大な計算が必要な生成AI普及でサーバー1台当たり消費電力が10倍近くに増える ⑨日本政府は再エネ豊富な地方にデータセンターを新設する事業者に補助金を出すなどして地方分散を進めている ⑩河野氏は自民党総裁選を前に脱原発を修正し、「電力需要の急増に対応するため、原発再稼働を含めて様々な技術を活用する必要がある」「EVの急速な普及で、再エネをこれまでの2倍のペースで入れたとしても2050年のカーボンニュートラルに間に合わない」とした ⑪自民党の国会議員は原発推進派が多数を占める 等としている。
 しかし、日本は「首都直下型地震や富士山の噴火がいつ起こっても不思議ではない」と言われている地震火山国で地熱も豊富なため、データセンターは、⑨の日本政府のように、再エネが豊富な地方に分散させるのが、リスク管理まで含めて合理的である。にもかかわらず、①②③のように、首都圏にデータセンターを増やすため送電網を増強し、④⑤⑥⑦⑧⑩のように、データセンター・半導体生産・EVの普及を口実に原発再稼働や原発新増設を主張するのは、原発推進のための理由の後付けにほかならない。そして、下の図のように、世界では再エネ拡大とともに再エネの価格も下がっており、技術進歩とともにさらに再エネ設置可能面積は増えるのであるから、「エネルギー・ミックス」と称してあらかじめ電源構成を定めそれに固執する馬鹿な日本では、技術進歩しても再エネを増やせず、再エネ価格も下落しないのである。さらに、自民等総裁選に出るという河野氏は、⑪の理由から脱原発を修正されたそうだが、これが選挙時には大手電力会社の応援を受け、多額の寄付金をもらっている自民党の限界だと思われた。
 そもそも、*4-2-1のように、巨大IT企業の米アップルは、再エネ100%の取り組みを行なっており、2030年までにサプライチェーン全体で温室効果ガスの排出を「実質0」にすると宣言して、実際にサプライチェーン全体で使用した再エネは前年から倍増したのだ。これに対し、日経新聞等は「コストが課題」などと主張するが、コストなら原発ほど高いものはなく、再エネの方がずっと安い。そのため、1500社以上の半導体・IT企業が集中するシリコンバレー(米国カリフォルニア州サンフランシスコ、サンマテオ、サンホセ、サンタクララ付近の渓谷地帯)には、日本が「原発は安全な安定電源だ」と言って原発に執着していた1990年代始めから、現在と同じ型の風力発電機が並んでいた。私は飛行機からそれを見て通産省(当時)に太陽光発電機器の開発・普及を提案したのだが、「女性の言うことなんか、(どうせ大したこと無いから)聞かなくて良い」と考えた馬鹿が再エネ普及を妨害して日本を遅れさせた事実があるのだ。
 さらに、*4-2-2は、⑫全国的にバスや鉄道の廃線が増える中、自治体が交通網の維持・確保に知恵を絞っている ⑬地方は急速な人口減少等で路線バスの9割以上が赤字で、運転手の確保も容易ではなく、公共交通網の維持が厳しい ⑭大分県玖珠町は、人口減少が続き、高齢化率も約40%と大分県の平均を上回り、郊外ほど移動手段がなく、町民が住み慣れた場所に住み続けられない ⑮そのため、コミュニティーバスの運賃を下げ、自宅前まで迎えに行くデマンド交通への転換を始めて、高齢者の外出を促す 等としている。
 このうち⑫⑬については、バスの小型化・EV化・自動運転化を行い、道路や駐車場の屋根に太陽光発電機を設置して発電し、安価に給電するシステム(https://www.shindengen.co.jp/products/eco_energy/ev_wireless/ 、 https://www.audi.jp/e-tron/charging/ach/?utm_source=yahoo&utm_medium=cpc&utm_content=_21278479597_160526617325_698993347831_kwd-317363273911&utm_campaign=02NN_SCH_F01%28AudiChargingHub%7CYSA%7CSEA%29&utm_term=p_%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%20%E5%85%85%E9%9B%BB 参照)にすれば、バス運行の損益分岐点が著しく下がるため、再エネの豊富な地方から始めて事例を見せればよいと思う。また、⑭⑮のように、バスが自宅前まで迎えに行けば高齢者の外出が促されるのは確かだが、他の乗客もいるため、EVを完全自動運転化して高齢になっても自家用車に乗れるようにするのがBestだ。さらに、農林漁業は人口密度の低い地域で行なう産業であるため、その従事者の利便性を無視して「赤字路線は廃止してコンパクトシティーにすれば良い」という主張は、全体を見ていないのである。

  
  2024.2.8Sustech    2023.2.27日経新聞 2022.12.23朝日 2024.5.15日経

(図の説明:1番左の図のように、G7各国は脱炭素電源への転換を推進し、2035年までの電力部門の完全又は概ね脱炭素化に合意しているが、原子力を20~22%も使う不合理な電源ミックス目標を設定しているのは日本だけである。何故なら、左から2番目の図のように、技術が進歩すれば太陽光発電できる場所も広がるため、あらかじめ電源ミックスを定めることなどできないからで、米国の「内訳なし」かドイツ・イタリアの原子力0が正解なのだ。にもかかわらず、右から2番目の図のように、日本は原発に関する諸問題が何一つ解決できず、原発は金食い虫であるのに、原発の運転延長を決め、建て替えや新増設まで検討している。1番右の図は、2040年度の電源構成の見通しを決めるエネルギー基本計画だそうだが、合理性のあるリーダーシップは見られず、未だに費用対効果の悪いバラマキや国富の国外流出が散見されるのだ)


     Kepco              Asuene      2024.8.30日経新聞 

(図の説明:左図のように、日本のエネルギー自給率は著しく低いが、これは再エネを増やせばすぐに解決できる。また、中央の図のように、再エネは真剣に普及させれば価格が下がるのは当然なので、「再エネは高い」というのは原発再稼働・新増設の言い訳にすぎない。また、右図の「データセンターへの電力供給のため原発再稼働・新増設が必要」というのも、データセンターは地方の再エネの豊富な地域に分散させるのが地方の活性化と危機管理の上で合理的であるため、原発再稼働・新増設の言い訳であろう)

*4-1-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240830&ng=DGKKZO83119170Q4A830C2MM8000 (日経新聞 2024.8.30) 送電網、首都圏で集中投資 データ拠点需要増、東電4700億円、AI普及へ安定供給
 電力会社がデータセンターや半導体工場の増加に対応して送電網(総合2面きょうのことば)を増強する。東京電力ホールディングスは2027年度までに送電網の増強に4700億円を投じ、大型変電所を新増設する。データセンターが集まる首都圏に変電所の新増設計画の半数が集中しており、安定供給に向けて人工知能(AI)の普及をにらんだ電力インフラ整備が課題となってきた。電力広域的運営推進機関が3月にまとめた各社の開発計画をもとに、日本経済新聞社が電力需要の拡大に対応した大型変電所の新設と増強分をまとめた。30年までに全国で18カ所の新増設が計画されており、そのうち約半数となる8カ所が首都圏となる。容量ベースでも約4割を占める。東京電力パワーグリッド(PG)は27年度までの5年間で産業向けを含む送電設備の増強に約4700億円を投じる。直近5年間と比べ3倍に増やす。6月には24年ぶりとなる大型変電所を千葉県印西市に新設した。東電PG管内では多摩や相模原などでもデータセンターの開発計画が相次ぐ。金子禎則社長は「印西と同規模の集積地が5~6カ所あり、消費需要は33年度までに700万キロワット増える」とみており、エリア内での変電所の増強を進める。発電所で作られた電力は効率良く運ぶために電圧を高めて送電する。変電所は段階的に電圧を下げて顧客に供給する役割を担う。変電所の能力はエリア内の電力需要を基に決めている。工場などの新設時には電力会社に使用量について伝えるが、供給量が足りなければ建設できない。電力会社は需要の増加に合わせて、変圧器や送電線を増強する。半導体工場の誘致を進める九州や北海道でも変電所が不足している。九州電力は台湾積体電路製造(TSMC)が新工場を建設するのに合わせ、熊本県内の2カ所の変電所の増強を決めた。投資額は100億円超となる見通し。北海道電力もラピダスの新工場を見据えて、27年に南千歳で変電所を新設する。日本の電力消費は省エネ機器の浸透や人口減少で段階的に減少が続いてきたが、23年度を底に増加に転じる見通し。電力広域的運営推進機関の試算では33年度までの10年間で消費電力が4%増える。データセンターは膨大な計算が必要な生成AIの普及でサーバー1台当たりの消費電力が10倍近くに増えることもある。変電所の新増設だけでなく、老朽化した設備の更新や再生可能エネルギーへの対応に向けての投資も増えている。消費者の負担を抑えるには電力需要の分散が課題となる。日本政府は再生可能エネルギーが豊富な地方にデータセンターを新設する事業者に補助金を出すなどして地方分散を進めている。

*4-1-2:https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA305AX0Q4A730C2000000/ (日経新聞 2024年7月31日) 河野太郎氏、脱原発を修正 AIで電力需要増え「活用必要」
 河野太郎デジタル相は31日、茨城県で東海第2原子力発電所(東海村)や高速実験炉「常陽」(大洗町)を視察した。記者団に「電力需要の急増に対応するために原発の再稼働を含めて、様々な技術を活用する必要がある」と述べた。自民党総裁選を前に「脱原発」色を修正した。「生成AI(人工知能)が急速に発展し、データセンターのニーズが増えている」と指摘した。電気自動車(EV)の急速な普及に言及した。「再生可能エネルギーをこれまでの10年間の2倍のペースで入れられたとしても2050年のカーボンニュートラルに間に合わない」と話した。「原発再稼働、再エネから核融合に至るまで、色々な幅の中で何ができるようになるか」を検討する必要性があるとの見解を示した。31日にはX(旧ツイッター)でも一連の視察を報告した。日本の電力需要が増加に転ずる予測があることに触れた。河野氏はもともと脱原発を訴え、原発ゼロへの道筋を明確にするよう訴える立場だった。再エネを最優先し、最大限導入することを主張してきた。2021年の前回総裁選に出馬した際は将来の脱原発を目指しつつ「安全性が確認できた原発は再稼働するのが現実的」との姿勢をとった。今回はさらに原発活用の必要性を前面に出した。エネルギーは河野氏が「ライフワーク」と位置づける政策のひとつだ。祖父の一郎氏は当時の経済企画庁長官として1957年の日本原子力発電の設立にかかわった。今回視察した東海第2原発は日本原電が運営している。2011年の東日本大震災で停止して以降、安全対策工事を進めているものの再稼働に至っていない。国際エネルギー機関(IEA)が7月に公表した報告書は「安定した低排出電源の必要性などから、原子力発電が地熱発電とならんで魅力的な存在になりつつある」と指摘する。河野氏も31日の発言で「再生可能エネルギー、それから原発というゼロエミッションの電源で必要な電力需要をまかなうのは日本だけじゃなく、各国がやらなければいけないことだと思う」との認識を表明した。経済成長やEVの浸透などで電力需要は世界的に伸びている。報告書は23年に2.5%だった世界の電力需要の成長率が24年は4%ほどと過去20年で最高水準になる見通しを示している。こうした環境変化も河野氏の発言の背後にあるとみられる。国が基本方針とする「核燃料サイクル」については「予算を投じる以上、効果をきっちり見る必要がある」と語った。岸田文雄首相の自民党総裁の任期は9月末までだ。その前にある総裁選に向け、河野氏は有力な「ポスト岸田」候補のひとりとして名前が挙がる。7月26〜28日の日本経済新聞社とテレビ東京の世論調査で次の総裁にふさわしい人を聞いたところ5%が河野氏と回答した。最も多かった石破茂元幹事長の24%、小泉進次郎元環境相の15%と差がついている。河野氏は21年の総裁選の党員・党友票で当選した首相を上回った。一方で国会議員票で差をつけられて1回目の投票も決選投票も敗れた。自民党の国会議員は原発推進派が多数を占める。21年の総裁選は脱原発への懸念から賛同を得られなかった側面がある。原発推進の立場を打ち出すことはエネルギー政策で距離を縮めて、議員の支持を広げることにつながりうる。河野氏は31日、量子科学技術研究開発機構(QST)の那珂フュージョン科学技術研究所(茨城県那珂市)にも足を運んだ。核融合エネルギーの早期実現のために日本と欧州が共同で実施するプロジェクトの進捗を確認した。河野氏は「世界に打って出ていける技術開発は温暖化対策という意味でも、日本経済の未来にとっても大事なことだ」と言明した。

*4-2-1:https://digital.asahi.com/articles/ASQ4G72C7Q4GUHBI016.html (朝日新聞 2022年4月15日) アップル、再エネ100%の供給元倍増 「外圧」うけ日本は20社増
 米アップルは14日、同社向けの製品をつくるのに100%再生可能エネルギーを使うサプライヤー(供給元)が213社となり、1年前からほぼ倍増したと発表した。日本企業は9社から29社となった。日本は欧米よりも再エネの普及が遅れているとされる。巨大IT企業という「外圧」が日本企業の環境戦略に変化を与えている。同社の再エネ100%の取り組みに参加する企業は25カ国に及び、主要取引先の大半が含まれる。日本企業では、シャープやキオクシアなどが新たに参加した。欧州の参加企業は11社増えて25社となった。中国でも23社が新たに加わった。年間2億台以上のiPhone(アイフォーン)を売るとされるアップルの存在感は大きく、参加企業は年々増えている。アップルは2030年までにサプライチェーン(部品供給網)全体で温室効果ガスの排出を「実質ゼロ」にすると宣言している。昨年同社が供給網全体で使用した再エネは前年から倍増した。現在の取り組みは、年間で300万台近いガソリン車を削減するだけの効果があるという。同社は日本や中国で太陽光発電プロジェクトに投資をしたり、供給元に助言をしたりして、再エネ導入を支援する。アップル担当者は昨年、日本などでの課題として、「コスト効率が良く信頼できる再エネにサプライヤーがアクセスするうえで、世界の多くの地域で政策が障壁になっている」と話していた。同社は日本について今回、企業が発電事業者と直接契約して電気の供給を受ける「電力購入協定(PPA)」と呼ばれるしくみが広がるなど、「クリーン電力の新たな選択肢が増えている」と指摘した。
●コストが課題 それでも「対応している企業が選ばれる」
電子部品大手の村田製作所(京都府長岡京市)は、2050年度までに会社で使うすべての電力を再生可能エネルギーでまかなう目標を掲げている。しかし、米アップルとの取引にかかわる事業については、30年度までに前倒しで達成できるよう、優先して取り組んでいる。同社の生産子会社の金津村田製作所(福井県あわら市)では、昨年11月、同社の工場として初めて再エネ使用率100%に踏み切った。使う電力のうち自社の発電で13%をまかない、残る87%は再エネ由来の電力を外部から買っている。いずれは自社発電を50%まで高める計画だ。工場内の駐車場の屋根などに太陽光発電パネルを敷き詰め、独自に蓄電システムも開発した。天気や気温などの気象条件と工場の稼働状況を過去のデータとも照らし合わせて分析。翌日に発電できる量と使う電力量を予測して、無駄なく再エネを使っているという。いま工場で発電できる再エネは年間74万キロワット時。二酸化炭素排出量を年間368トン削減できるという。同社の工場は北陸地方に多く立地している。豪雪地帯だと冬場は天候が悪くて太陽光発電が思うように使えない。それでも、再エネ100%にこぎ着けた金津村田製作所のしくみを、ほかの工場にも広げる考えだ。日本では再エネの購入費用が比較的高く、規制なども多いため、調達が難しい傾向にあるとされる。費用面だけでみれば再エネ100%は割に合わない面もある。しかし、同社は売上高に占める海外比率は9割に達している。取引先だけでなく、消費者の環境意識にも目配りが必要だという。担当者は「今後はますます、きちんと対応している企業が選ばれるだろう」と話している。2020年からアップルの再エネの取り組みに参加している素材メーカーの恵和(本社東京)では、グローバル企業の取引先から再エネ利用に取り組んでいるかどうかの調査が増えているという。同社の広報担当者は、「自信を持って『はい』と答えられる」と話す。仕入れ先に対しても、環境や人権関連についての調査をしているという。同社は、アップル向けにディスプレーの光学フィルムを納入している。和歌山県にある工場では、三重県の風力発電所から再エネを購入。アップル向けの製品では再エネ100%を実現しているという。ただ、世界的に資源価格が高騰するなか、「再エネの需要も高まっており、奪い合いになりつつある」といい、コスト面が一番の課題だという。
●再エネ100%に参加する主な日本の供給元
(かっこ内は供給している主な製品)
・村田製作所(電子部品)
・アルプスアルパイン(同上)
・ヒロセ電機(同上)
・TDK(同上)
・ジャパンディスプレイ(液晶パネル)
・シャープ(同上)
・キオクシア(半導体)
・ソニーセミコンダクタソリューションズ(同上)
・恵和(フィルム)

*4-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240831&ng=DGKKZO83154270R30C24A8MM8000 (日経新聞 2024.8.31) 交通網再生へ計画1000超 自治体、事業者・住民と連携、大分・玖珠町 バス運賃下げ利用者増
 全国的にバスや鉄道の廃線が増えるなか、自治体が交通網の維持・確保に知恵を絞っている。事業者や住民と連携して今後のあるべき姿を示す「地域公共交通計画」の作成数は4月末で1052まで増えた。自治体あたりの作成数が最多の大分県では、計画に基づいたバス運賃の引き下げなどで利用者を増やす動きも出てきた。地方圏では急速な人口減少などで路線バスの9割以上が赤字に陥っている。運転手の確保なども容易ではなく公共交通網の維持は厳しさを増す。国は2020年の法改正で、運営体制や路線網などの再構築に向けたグランドデザインとなる地域計画の作成を自治体の努力義務とした。地域計画は県や市町村のほか、複数の自治体が共同で作成するケースもある。自治体あたりの計画数を都道府県別に見ると大分県が1.11と自治体数を上回って最多となり、広島県、富山県が続いた。大分県は県が主導して東部や中部など6圏域別に計画を作ったほか、多くの自治体が単独でも作成している。県地域交通・物流対策室は「市町村合併もあって広い面積に人口が分散している自治体が多く、交通網の維持への危機感が強い」と説明する。同県玖珠町は21年3月に県と共同で西部圏(日田市・九重町・玖珠町)の計画を作った。同町は人口減少が続くうえ、高齢化率も約40%と県平均を上回る。宿利政和町長は「何とか利用者を増やして公共交通を守りたい。このままでは郊外になるほど移動手段がなくなり、町民が住み慣れた場所に住み続けられなくなる」と話す。地域計画に沿って今年4月には「ゾーン制運賃」を導入した。従来、町のコミュニティーバスと民間の路線バスは、目的地が同じでも運賃が異なるなどの弊害があった。新運賃はJR豊後森駅など中心区域は大人が150円で、区域外は300円とした。大分交通グループの玖珠観光バスは長距離区間で600円を超えることもあったが半額以下になった。コミュニティーバスの運賃も距離に応じて最大200円だったが一律150円となり、4~7月の利用者は前年同期を上回った。宿利町長は「バス会社の減収分は町が補填するうえ、利用者を一定数確保できれば地域計画に基づいた国の補助もある」と強調。「分かりやすい運賃は増加する訪日客の呼び水にもなる」と期待する。玖珠町と同じ西部圏の九重町は、3月に町単独の地域計画も作った。路線バスの幹線から延びる枝線の改善が大きな柱で、10月にはコミュニティーバスのデマンド交通への転換を始める。日野康志町長は「バス停まで歩くのもつらいという高齢者が増えた。自宅前まで迎えに行くデマンド交通で高齢者の外出を促したい」と話す。広島県福山市は県境を接する岡山県笠岡市と共同で3月に地域計画を作った。両市内はバスやタクシーの運転手不足が深刻化しており、交通空白地が広がりかねない。福山市は計画に基づいて交通事業者などと「バス共創プラットフォーム」を設立。ライドシェアなど新たな交通サービス導入の検討を始めた。国は24年度末に1200の地域計画作成を目標とする。東京大学の中村文彦特任教授は「住民の理解を得てこそ持続可能な公共交通を実現できる」と指摘。「遠回りのように見えるかもしれないが、実証運行や体験乗車会などを通じて住民の意見を聞く機会を重ねていくことが実効性のある計画作りにつながる」としている。

<漁業と環境>
PS(2024年9月7日):*5-1は、①日本は海藻・海草由来のブルーカーボン創出で先行 ②日立等の産官学連合が下水処理技術を用いた藻場造りの技術開発に乗り出した ③関連技術開発の裾野が広がれば海外での事業拡大に繋がる ④生育中のワカメの全長は約2.5mまで育ち、栄養素を適切に追加供給すればさらに成長がよくなる ⑤下水処理した後に海に放流するきれいな水に含まれる栄養価を高めて周辺の海藻を茂らせる ⑥ブルーカーボンはワカメ・コンブ等の海藻、アマモ等の海草が水中のCO₂を吸収した後に、ちぎれたり枯れたりして海底に長期貯留される仕組み ⑦世界の陸域のCO₂吸収量は年77億トン、海域の吸収量は同102億トン(国土交通省) ⑧場所や季節によっては、栄養が足りず痩せすぎた海となり、海藻がウニなどに食べ尽くされる磯焼けや漁獲量減の要因にもなるため、日立は下水処理の水質制御技術を活用し、処理工程の微生物濃度や送り込む酸素の量などを調節して栄養塩濃度を適切に制御する技術を開発する ⑨水中カメラを使って水中の画像データなどから藻場の生育状況を精度高く計測できるシステムの活用も進める ⑩実際に下水処理場で栄養塩濃度を高めて放流するのは自然界への影響が大きいため、自治体や漁業関係者などとの調整も必要で実現のハードルが高い 等としている。
 このうち、①②③④⑤⑦⑨は、始めたのが遅すぎたくらいだが(何故なら、有明海の海苔は既にそれをやっているから)、⑩の「下水処理場で栄養塩濃度を高めて放流するのは自治体や漁業関係者などとの調整で実現のハードルが高い」は、⑧の「海藻がウニ等に食べ尽くされ、磯焼けや漁獲量減の要因にもなっている」ことの解決策にもなる。その理由は、磯焼けの原因となっているウニ等を捕獲してブルーカーボンで育つワカメを自由に食べられる形のケージに入れたり、育ったワカメを収穫して捕獲したウニに餌として与えたりすれば、⑥のように、育ったワカメ・コンブ・アマモなどを海底に放置するのではなく有効に使えるからで、それを思いつかないのは、国交省と水産庁が全く別の組織で相互に連絡すること無くやっているからだろう。
 また、動物と植物の両方の性質を持ち、鞭毛を使って動くことができ、CO₂を吸って酸素を吐き出しながら光合成によって成長する、ワカメや昆布と同じ藻類のユーグレナ(和名:ミドリムシ)は、59 種類もの栄養素をバランスよく含むため(https://www.euglena.jp/whatiseuglena/ 参照)、下水処理後の栄養塩を含む水でユーグレナを育てれば、*5-2-1のように、餌代がネックになっている魚介類の養殖で、わざわざ「昆虫」を育てて粉にしなくても低魚粉の飼料作りに役立つ。
 さらに、*5-2-2のように、人口増加で拡大する世界の胃袋を満たし、持続可能な食材供給と両立させるため、三井物産がインド・南米・アフリカ等で鶏肉・エビの現地大手企業へ出資して生産段階でCO₂排出が少ないたんぱく資源の供給網を構築しているのはよいが、それを日本国内ではできないというのが情けない。「鶏は牛・豚を使う料理に、美味しくて高脂血症を起こさない優れた代替材料として使える」と思うので、私も最近は鶏肉を多用しているが、その鶏や養殖エビの配合飼料にもユーグレナは使える。つまり、ユーグレナは、59種類の豊富な栄養素を持つため、飼料に使うことで味や品質が向上することが研究によって明らかになっており、食糧と競合しないため持続可能な国産飼料として有効なのだ。従って、「農林水産物やその加工品は輸入しなければならない」という固定観念を捨て去り、日本の資源を余さず使うことで食糧を安価に作り、環境に貢献しつつ食料自給率を高めて輸出もできる体制をつくる必要がある。

     
             すべて、2024.9.5日経新聞

(図の説明:1番左と左から2番目の図のように、下水処理場から出る窒素・リンを含む処理水と大気中のCO₂を使って海藻がすくすく育ち、同時に海水も浄化される研究が進んでいる。また、右から2番目は、世界で動物性タンパク質のニーズが高まるが、三井物産は、1番右の図のように、鶏とエビに焦点を定めて海外で出資しているそうだ。そして、日経新聞は、同じ日にこれらの記事を掲載しておきながら、育った海藻等を餌にして日本で魚介類の養殖や養鶏を行なうことは思いつかないのが不思議だが、都市出身の人ばかりが記者になっているのだろうか?)

*5-1:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240905&ng=DGKKZO83243160U4A900C2TB3000 (日経新聞 2024.9.5) 日立、ワカメ育てCO2吸収 下水処理技術で藻場再生、「ブルーカーボン」日本の産官学が主導
 海洋生物に二酸化炭素(CO2)を吸収させる「ブルーカーボン」が日本で進んでいる。日立製作所など産官学連合が、下水処理技術を用いた藻場造りの技術開発に乗り出した。日本は海藻・海草由来のブルーカーボン創出で先行している。関連する技術開発の裾野が広がれば、企業の海外での事業拡大にもつながる。大阪府阪南市の沿岸部から約100~400メートルの沖合。等間隔に並ぶブイの間で、試験生育中のワカメが海中で揺れる様子が船上からはっきり見える。日立や月島JFEアクアソリューション、大阪公立大など18の企業や団体、自治体の産官学連合が進める大阪湾でのブルーカーボン創出の実証だ。日立の研究者らが3月に沖合に出て生育中のワカメの全長を測ると約2.5メートルまで育っていた。海水中の栄養素などを変化させない状態の生育状況で「栄養素を適切に追加供給すればさらに成長がよくなる可能性は十分ある」。船上ではこんな声があがった。ブルーカーボンはワカメやコンブなどの海藻やアマモなどの海草が水中のCO2を吸収した後に、ちぎれたり枯れたりして海底に長期貯留される仕組みだ。海藻・海草由来のブルーカーボンの貯留期間は数千年と言われる。国土交通省所管の港湾空港技術研究所によれば世界での陸域のCO2吸収量は年77億トンに対し、海域での吸収量は同102億トンと陸より多い。浅海域だけでも同40億トンある。日本は国土は小さいが、海岸線の長さと海洋面積はともに世界6位とブルーカーボンを手掛ける余地は大きい。これまで海藻の育成手法の開発など海での技術開発が主だったが、舞台が陸にも広がり始めた。今回の産官学の実証では下水処理場を活用する。下水を処理した後に海に放流されるきれいな水に含まれる栄養価を高めることで、周辺域の海藻を茂らせる。ワカメの生育実証をするのは阪南市沖で同市近隣の下水処理施設の放流域だ。通常、下水処理後の放流水は栄養塩と呼ばれる窒素とリンの濃度が低水準で厳格に管理されている。だが、管理が行き過ぎる場合があるという。プロジェクトを統括している日立研究所の脱炭素エネルギーイノベーションセンタの圓佛伊智朗氏は「場所や季節によって、栄養が足りずにやせすぎた海となり、海藻がウニなどに食べ尽くされる磯焼けや漁獲量減の要因にもなっている。栄養塩の適切な制御で豊かな海を実現したい」と話す。産官学連合の技術を結集して実証する。日立は下水処理の水質制御技術を活用。処理工程の微生物濃度や送り込む酸素の量などを調節して、栄養塩濃度を適切に制御する技術を開発する。月島JFEアクアは下水処理水由来の栄養塩類を必要な箇所に届ける放流方式を開発する。KDDIはこれまで水上ドローン技術をブルーカーボン計測に活用してきた。漁船などの船上で海に潜ることなく、水中カメラを使って水中の画像データなどから藻場の生育状況を精度高く計測できるシステムの活用を進める。ただ実際に下水処理場で栄養塩濃度を高めて放流するのは自然界への影響が大きい。自治体や漁業関係者などとの調整も必要で、実現のハードルは高い。現状の海の栄養塩の濃度でワカメがどれほど生育するかを把握し、今後試験場などで栄養塩を増やしてワカメがどれほど育つかなどの基礎実証を進める。ブルーカーボンに関連した製品開発が日本で相次いでいる。東洋製缶グループホールディングスは海藻の養分となる鉄がゆっくりと水中に溶け出すガラスを開発した。これまでに全国60カ所以上の漁港や防波堤に採用された。養殖の難しい沖合でブルーカーボンを創出する開発も始まった。海洋向け建築資材を手掛ける岡部は、深さ30メートル以上でも海藻を育てられる多段式の養殖設備を作った。深度に合わせて海藻の種類を変えられる。産官学で40年までに年100万トン超の吸収量創出を目指すENEOSも、沿岸や沖合での養殖技術の開発を進める。ブルーカーボンを巡っては、環境省が国連に報告する温暖化ガスのインベントリ(排出・吸収量)に海藻・海草由来のブルーカーボンを世界に先駆けて反映した。脱炭素対策の有効な手として注目が集まるなか、ブルーカーボンで削減したCO2量をクレジットとして販売する動きも日本で進んでいる。ブルーカーボンクレジットの認証団体である、国交相の認可法人ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE、神奈川県横須賀市)の発行実績は23年度で2000トン超と、海外と比べて突出している。他のクレジットと比べると規模はまだ小さいが、生物多様性確保などの環境価値が評価され、森林クレジットなどに比べて5倍以上高値で取引されている。上下水道コンサルの東京設計事務所(東京・千代田)は今回の産官学プロジェクトに関係する自治体支援や、ブルーカーボンをクレジット化するためのノウハウづくりを検討する。クレジット化できれば、下水道事業者や沿岸部の漁業者などの参入を後押しできるとみている。JBEの桑江朝比呂理事長は「クレジット創出ノウハウなどに対して海外からの問いあわせが増えている」と語る。実際にJパワーはオーストラリアで現地の大学と組み、実証を進めている。日本として様々なノウハウが確立できれば、関連技術や機器の輸出拡大につながる。

*5-2-1:https://www.nikkei.com/paper/related-article/?R_FLG=1&b=20240905&be=NDSKDBDGKKZO8113507003062024QM8000%5CDM1&bf=0&c=DM1&d=・・DTB2000 (日経新聞 2024/6/4) 魚養殖、「昆虫」エサに 価格変動大きい魚粉を代替 安定供給で生産拡大狙う
 これからの魚は「昆虫」で育つ――。水産養殖の現場で、代表的なエサである魚粉を補う飼料として、たんぱく質が豊富な昆虫からつくる飼料が注目され始めた。昆虫飼料を安定的に供給することで、価格変動の大きい魚粉に頼るよりも養殖現場のコストを抑え、養殖物の生産を拡大しようという動きが広がりつつある。マダイの海面養殖量が日本一の愛媛県から、2024年秋、エサの一部に昆虫飼料を使って育てられた約1万3000尾のマダイ「えひめ鯛」が出荷される見込みだ。愛媛大学と企業の連携による取り組みで、カブトムシなどの仲間にあたる甲虫の一種の幼虫「ミールワーム」を粉末状にして混ぜた飼料を与えてマダイを育てている。通常の養殖のエサはカタクチイワシなどを原料にした魚粉の割合が半分程度とされる。愛媛大の三浦猛教授(水族繁殖生理学)が開発した飼料は昆虫由来などを混ぜることで魚粉を30%程度、将来は20%まで抑えるという。23年には第1弾となる「えひめ鯛」を8000尾出荷し、連携先企業の社員食堂などで提供された。ミールワームの油分の調整やコストを下げるなどの工夫を重ねながら、26年には数十トンの飼料を生産できるテストプラントの設置を計画しているという。三浦教授は「4~5年後には市場への出荷を目指す」と意気込む。矢野経済研究所(東京・中野)が23年にまとめた推計によると、昆虫たんぱく質飼料の国内市場規模(メーカー出荷金額ベース)の見通しは27年度に4億9200万円。まだ普及し始める段階とみられるが、22年度の40倍弱に増える。魚粉の量を少なくした低魚粉飼料は27年度に22年度比7割ほど多い664億1200万円との予測だ。養殖の現場で現在中心的な飼料である魚粉にはカタクチイワシなどが使われるが、カタクチイワシはペルー沖などからの供給が不安定になりやすく、需給によっては価格が高騰する。安定した量の供給と低コストを実現できる代替原料が望まれている。鳥などの残りかすや大豆ミールといった原料が使われているが、近年はたんぱく質が豊富な昆虫に注目が集まる。将来を見越し、企業の動きも活発になってきた。住友商事は昆虫飼料を手がけるシンガポールのスタートアップ、ニュートリションテクノロジーズに出資し、日本の独占販売権を取得した。昆虫飼料はアメリカミズアブ(BSF)の幼虫を粉末状に加工している。現在は観賞魚のエサとして出荷されているが、今後はマダイの海上養殖での活用を検討しているという。30年までに3万トンの輸入販売を目指す。住友商事アニマルヘルス事業ユニットの李建川チームリーダーは「昆虫を使った飼料はサステナブルな取り組み」と話す。世界の人口増加で水産物の需要が高まるなか、養殖は拡大傾向が続く。国際食糧農業機関(FAO)によると、世界の水産物で養殖が占める割合は21年時点で57.7%だった。日本は農林水産省の調べでは21年時点で22.8%。養殖の拡大余地が大きい中で、昆虫由来や低魚粉の飼料の役割は増す。東京海洋大学の中原尚知教授(水産経済学)は「飼料の新たな選択肢が増えていくことは望ましい。今後、輸出できるまで成長した際には原材料の持続可能性や安全性なども求められる」と話す。

*5-2-2:https://www.nikkei.com/paper/article/?b=20240905&ng=DGKKZO83239810U4A900C2TB2000 (日経新聞 2024.9.5) 三井物産、鶏・エビで供給網、インド・南米など3社に出資 持続可能な食材に重点
 三井物産が動物性たんぱく質の確保を急いでいる。インドや南米、アフリカなどで鶏肉やエビの現地大手企業へ相次ぎ出資し、生産段階で二酸化炭素(CO2)排出が比較的少ないたんぱく資源の供給網を構築する。人口増加で拡大する世界の胃袋を満たすことと、持続可能な食材供給の両立に商機があると見込み、成長の活路を見いだす。
●事業利益2倍
 「自然資本と調和し、健康に資する食の選択肢を増やす」。堀健一社長は、エビと鶏が経済性と環境対応の両方を満たすたんぱく源と定める。食と農に関する事業の本部長を務めた経験から、「2021年の社長就任時からたんぱく質分野は伸ばしたいと思っていた」とする肝煎り事業だ。26年3月期に動物性たんぱく質事業の純利益を23年3月期比で2倍以上となる300億円超に引き上げる方針だ。市場の成長性は申し分ない。経済協力開発機構(OECD)の調査では33年の鶏肉生産量は1億6000万トンと21~23年の平均と比較して1.4%増加する。牛肉(1.1%増)や豚肉(0.5%増)より高い成長率だ。インドの調査会社フォーチュン・ビジネス・インサイツによると世界のエビ市場は32年に742億ドルと23年比で8割伸びる。鶏や養殖エビは牛や豚よりも飼料効率が良く、1キログラムのたんぱく質の生産で排出される温暖化ガスは牛肉の2分の1~5分の1程度とされ環境負荷が比較的小さい。環境に配慮しながら、増加する人口を支えられることが市場成長を期待できる背景だ。伊藤ハム米久ホールディングスに4割出資する三菱商事やプリマハムに45%出資する伊藤忠商事、畜産に強い丸紅といった同業他社が牛や豚といった食肉で先行する。相対的に存在感の小さい三井物産でも鶏やエビでは入り込める余地があるとの思惑もある。三井物産は26年3月期までに1400億円を動物性たんぱく質事業に投じる計画。既に24年4月までに計1000億円超を投じて鶏肉とエビで3社への出資を決めた。堀社長は「パイプライン(投資候補)はまだまだある」とし、残り400億円を既存案件の出資比率向上や東欧やアフリカなどで交渉が進む新規案件の取得などに振り向ける構えだ。各出資先企業の地産地消を基本としつつ、国際的な供給網構築の足がかりとしてそれぞれを活用していくのが三井物産の事業戦略だ。鶏肉では400億円弱を出資して25年3月期中に持ち分法適用会社にする予定のスネハ・ファームズ(インド)がグローバル展開をけん引する。同社は飼料調達から育成、加工、販売まで鶏肉供給を一貫して手掛け、インドの鶏肉消費の1割に相当する年間2億羽を供給する。三井物産は鶏肉処理機械で国内シェア8割を持つ子会社のプライフーズ(青森県八戸市)などグループ各社と連携し、低温物流や鮮度維持、加工品開発で知見を取り入れ輸出に向けた供給力拡大の下地をつくる。佐野豊執行役員(食料本部長)は「ブラジル、タイといった鶏肉輸出大国に伍する安い鶏肉が出来る」とにらみ、ブロイラー生産量を29年までに現在の2倍の約50万トンまで拡大する計画だ。エビでは24年3月期に20%出資した世界最大のエビ養殖事業者インダストリアル・ペスケラ・サンタ・プリシラ(IPSP、エクアドル)を供給網の核にする。同社の年間輸出量は23万トン超。22年は世界のエビ貿易量の6%を占めた。現在は冷凍状態で米国や日本などに輸出している。今後は同じく35%超出資する世界最大のエビ加工業者ミンフー・シーフード(ベトナム)でエビフライなどに加工して世界に流通させる戦略だ。ファンドを通じて出資するオランダの畜水産種苗事業者とも連携し、より育成効率の高いエビの品種や飼料を開発し、エビ養殖に一貫して取り組む体制の構築も視野に入れる。
●争奪戦過熱も
堀社長は動物性たんぱく質事業強化の進捗状況について「いいペースで実現しているが、5合目だ」とする。順調に成長しても、26年3月期時点の連結純利益見通し全体の3%を占める事業に過ぎないが、27年3月期以降の次期中期計画でも引き続き注力分野に据える見込みだ。たんぱく質確保は世界中の課題だけに、投資案件の争奪戦が今後過熱する可能性があるのは懸念材料だ。エクアドルは交渉に6年、インドは3年かけたことで他社が入り込む余地がない関係を築けたという。競争が厳しい中で、有望企業を早期に見つける目利き力を磨く。商社ビジネスの基本の徹底が、三井物産の今後の動物性たんぱく質事業の持続可能性を左右する。

| 経済・雇用::2023.3~ | 04:05 PM | comments (x) | trackback (x) |

PAGE TOP ↑