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2012.10.12 癌や白血病などは一定の期間を置いて起こるので、「これまで健康不安などを訴えた生徒らがいない」というのは何の意味もない。無駄な被曝をしないという予防が大切なのに、どうしてここまで無頓着なのか?
 *1、*2の記事で、住民の健康や命に関して如何に行政がいい加減かがわかる。産地偽装も困るが、缶詰めや総菜などの加工食品になると、殆どが原材料の産地さえ記載されておらず、健康や命をかけて食べて協力すべきものではないから、その食品はすべて食べないという選択をするほかない。

 何故、そこまでして原発事故の影響や危険性をひた隠しに隠すのかは、*3でわかったような気がする。そして、もちろん、原発関連事業についている膨大な利権に群がっている人たちも多い。

 日本国憲法25条に、「①すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する ②国は、すべての生活部面について、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と定められている。同じアメリカ主導でも日本国憲法は立派である。しかし、原発がからむとこれも機能していない。そのため、核融合の研究が始まったそうではあるが、これからどれだけ失敗や巨大事故を起こすか知れたものではない核融合は太陽に任せ、太陽光発電でそのエネルギーを電気に変えて、地球では早々に原発を店じまいをするのが賢明だと、私は思っている。

*1:http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20121010ddlk07040304000c.html (毎日新聞地方版 2012年10月10日) 産地偽装:ネギを県外産と 三春の学校給食に納入、青果業者を書類送検 /福島
 田村署は9日、三春町の学校給食用などのネギを「県外産」と偽って納入したとして、同町の青果店経営者(49)と元従業員(38)の男2人と、同店を不正競争防止法違反(誤認惹起)の疑いで地検郡山支部に書類送検した。町によると、同店は昨年4月ごろから発覚する今年2月末までの約11カ月間、ネギやホウレンソウなどの野菜を県外産と偽って納入し続けていた。県警によると、福島第1原発事故後、食材の産地偽装事件の摘発は初めて。動機について「納入先から県外産を求められたが、高騰して品薄になった」と供述しているという。直接の容疑は、今年1月10〜20日、三春町の小中学校などに地元産ネギ約50キログラムを納入した際、「茨城産」「千葉産」と偽って代金2万円で販売した疑い。同時期に町内の老人施設にも産地を偽ってネギ約1・7キログラムを納入した疑いもある。納入先の町によると、経営者が今年2月下旬、「インターネット上に産地偽装を告発する書き込みがある」と町に自己申告して発覚。同店は震災前から給食用の野菜を納入していた町内大手だった。町は給食食材の放射線検査を始めた昨年11月以降については「安全が確保されていた」とし、これまで健康不安などを訴えた生徒らもいないという。

*2:http://mainichi.jp/select/news/20121005k0000m040113000c.html (毎日新聞 2012年10月5日)福島健康調査:「結論ありき」県民憤り…検討委「進行表」
 東京電力福島第1原発事故を受けて福島県が設置した県民健康管理調査の検討委員会で、県が委員らと事前に調整していたことを示す「議事進行表」の存在が明らかになった。内部被ばく調査の結果については「結語」として「相当に低い」との発言予定を記し、問題となりそうな話題については「そらして下さい」と要望。A4判2枚の文書には県による「振り付け」とも受け取れる記載が列記され、県民らは不信感を募らせている。
◇議論の場、意見出ず
 「不気味なほど意見が出ない。おかしい」。福島市内の市民団体「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」はメンバーが検討委を傍聴しているが、代表の佐藤幸子さん(54)は検討委の議論にそんな疑問を抱いていたという。検討委の前日に委員らに送られた進行表には、浪江町と飯舘村、川俣町山木屋の3地域で120人を対象にした内部被ばく調査についての記載がある。調査結果への見解は翌日の検討委で議論されるはずなのに、議事進行における「結語」として「内部被ばくは合計しても1ミリシーベルト未満で、相当に低いと評価」などと記されていた。また、内部被ばくの検査手法を巡り「WBC(ホールボディーカウンター)の今後の普及とGe半導体(ゲルマニウム半導体検出器)の逼迫(ひっぱく)状況(牛肉等)を考えると、尿検査でWBCを代替えするのは困難ではないか」との記載もあった。尿検査はホールボディーカウンターと呼ばれる大型機器を使った検査より放射性物質の量を正確に調べられる一方、かなりの量の試料が必要とされ、手間がかかるとされる。また、尿検査に使用されるゲルマニウム半導体検出器は、牛肉などの検査にも使われている。同ネットワークは事故直後から尿検査の導入を訴えているのに対し、県は県議会などで慎重な姿勢を示し続けている。佐藤さんは「やっぱり、結論ありきの議論だったのか」と憤りを隠さない。また、進行表のうち調査の進捗(しんちょく)状況を巡る項目では、問題視された「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の話題をできるだけ避けるよう要望。仮に話題になった場合には、別の委員会で検討するとして話題をそらすよう求めていた。

*3:http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012101102000168.html (東京新聞社説 2012年10月11日) これからの原子力政策 民主・公開を求める
 原発推進の時代は終わり、原子力委は役目を終えた。原子力政策は、社会的合意と科学的検証に耐えねばならない。そのために民主・公開を強く求める。六法全書をひもといてみる。一九五五年十二月に制定された原子力基本法。第一条には「この法律は、原子力の研究、開発及び利用を推進することによって、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り…」とある。
◆利用以外は考えない
 これに基づき、翌五六年一月一日、総理府(現内閣府)の中に、原子力委員会が設置された。
法の条文通り、原子力の開発と利用を進めるための組織であり、原発推進を妨げることになるような役柄は、はじめから想定していない。ただし、原子力の研究開発と利用について、「民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し…」(第二条)とうたっている。科学界の要請で盛り込まれた「民主・自主・公開」の三原則が、迷走・暴走に歯止めをかけるはずだった。言うまでもなく日本は、世界唯一の被爆国である。だが、被爆国、敗戦国だからこそ、成長と進歩、それをもたらす科学に対し、逆説的にあこがれも持っていた。その二年前には、アイゼンハワー米大統領が国連総会で、原子力の平和利用を提唱していた。日本はこの時、米国のエネルギー戦略下に組み入れられた。基本法も委員会も、いわばその受け皿だった。はじめから「自主」など存在しなかったのだ。原子力委発足時の委員には、経団連会長(昭和電工会長)の石川一郎、経済学者(東大教授)の有沢広巳、物理学者(学術会議・原子力問題委員会委員長)の藤岡由夫の三氏、そして、日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹博士も請われ、非常勤で名前を連ねた。しかし湯川博士は、自前の研究を積み上げず、安全性も十分確かめず、米国からの輸入に頼って商業炉の稼働を急ぐ拙速さに嫌気が差して、一年で辞任した。その後原子力開発の国産化が顕著になるにつれ、委員会を含め官、産、学等の“原子力ムラ”が形成された。現在、原子力委は、首相が任命する五人の委員で構成される。最大の仕事は、五年に一度、向こう約十年間の原子力政策のあり方を示す「大綱」を作ることである。法律的にも歴史的にも、利用推進のための道筋を示す場所となってきた。アクセルはあるがブレーキがないクルマのように。
◆不信と不安の温床に
 だとすれば、原子力利用のブレーキになるような大綱は作れない。国として曲がりなりにも原発ゼロをうたった以上、原子力委は、もう役目を終えたのだ。本家米国の原子力委員会は七五年に廃止され、開発部門はエネルギー省に吸収されている。今後、原子力政策の根幹は、関係閣僚らでつくる政府のエネルギー・環境会議が担うという。ところが、3・11以降も絶えない不祥事、不手際に国民は驚き、不信を抱いている。福島原発事故のあと、原子力委の近藤駿介委員長は「ゼロからの出発で新大綱を議論する」と訴えていた。ところが、その近藤氏自身が新大綱の見直し作業の中で、策定会議の委員のうち、電力関係者ら原発推進側だけを集めた秘密会に出たことが発覚した。経済産業省や電力関係者だけに事前に会議の議案を示し、大飯原発3、4号機再稼働の妨げになるような議案を外す「議案隠し」も明るみに出た。基本法がうたう民主・公開の精神はみじんもなく、推進派だけで政策をコントロールできるという仕組みが見て取れる。エネ環会議への不信も深まっている。「原発ゼロ」の看板だけは掲げたものの、実現への道筋や具体策はなお、あいまいである。それどころか、大間原発新設工事の再開を認めるなど、民意とも自らの政策とも、矛盾するようなことばかりが目立つ。政策自体が定まっていないのだ。
◆店じまいをするために
 地震国日本には使用済み核燃料の処分地は見つからず、それなら原発は減らしていくしかない。このような負の遺産を清算するには、国民や地域の全面的な協力、参加を得ることが欠かせない。3・11後の原子力政策は、利用推進ではなく、原発をどう減らしていくか、廃炉も含めて後始末をどうするかがやはり基本になるだろう。エネ環会議が担うにしろ、新組織をつくるにしろ、民主と公開の原則を徹底させた決め方が必要になる。原子力をどうするかは、結局国民が決めるのだ。

| 原発::2012.9~10 | 09:11 AM | comments (x) | trackback (x) |

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