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2013.2.9 男性の最高裁判事の評価基準は仕事上の実績なのに、女性の最高裁判事の評価基準には、何人の子どもの母親か、家庭をどう守りながら仕事をしたかなどのプライバシーが含まれる国は、男女平等ではない。(2013年2月10日、最終更新)
 多くの新聞で、鬼丸かおるさんが、最高裁で戦後5人目の女性判事に6日付で就任したことが報じられたが、*1のように、「2男1女の母」「満員電車に揺られながら訴訟の書面を考え、夕方には保育園へ子供たちの迎えに走った」等々、家事と育児を両立して最高裁判事になったことを伝えている。しかし、はっきり言うが、自分で保育園に子どもの迎えに走れたのは、弁護士として自由業に近い仕事をしていたからであり、最初から裁判官であれば、続いていなかった可能性が高い。そのため、生え抜きの裁判官ではなく、弁護士を、戦後5人目の女性判事に就任させたのではないのか?

 なぜなら、医師、記者、教員、行政官、看護師など、転勤や残業で仕事を優先にしなければ社会的使命を果たせず、社会的使命を果たせなければ、自己実現はおろか仕事を継続することすらできない職業も多いからである。一方で、最近、*2のように、「男女共同参画」と言えば、必ずワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を持ち出す論調が多いが、仕事を優先にしなければなりたたない仕事も多く、その人たちは、本人の能率が悪いから仕事と生活の調和を崩してまで仕事をしているわけではないため、このワンパターンの論調はやめるべきである。

 また、*1のように、女性が最高裁判事になると、何人の子どもの母親か、仕事と生活をどう調和させ、家庭をどう守りながら仕事をしたかなどを記載した記事が散見されたが、男性が最高裁判事になった時に、このようなプライバシーを書いた記事は見たことがなく、仕事は実績で評価されていると考えるし、また、そうでなければ裁判所を利用する人が困る。つまり、女性の評価にのみ家庭生活というプライバシーを含めるのは、男女平等ではない社会の典型なのである。

 なお、私は、1977年に大学を卒業し、自己実現するために公認会計士となってBig4に勤務し、結婚はしても子どもは持たないという選択をして、一直線に働いてきて現在に至っているが、これは、地方出身の医師と公認会計士の夫婦が共働きをするにあたり、自分たちだけで「夕方には保育園に子どもの迎えに行く」「子どもが病気になったら仕事を休む」「保育園から呼び出されたら仕事を放りだして保育園に子どもを迎えに行く」「子どもが小学校に上がったら、仕事は半日勤務にする(学童保育の不備に対する皮肉)」などということが不可能だったからである。つまり、女性が正社員として働くための社会インフラが整っておらず、それは、1977年以前の私が学生の時から言われていたにもかかわらず、なかなか進んでいなかったことが原因なのである。そして、その頃に保育園を必要とした子どもたちが親になる時期になっても、まだ同じ命題を語っているのには、呆れるほかない。

 なお、わが国には、もう一つ、キャリアをもって一生懸命働こうとする女性にとって重大なやりにくさがあったし、今でもある。それは、お手伝いさんを雇って子どもの世話をさせると、(パートナーからではなく)世間一般から非難されることである。また、お手伝いさんが同居できるような住環境でもない。しかし、私が、1990年頃(今から20年以上前)、公認会計士として世界規模の研修に1週間くらい出ていた時、シンガポールの女性が、「子どもが2人いる」と言いながら、何事もないようにその研修に出席していたので、私が「どうしてそれができるのか?」と聞くと、「家に昼夜交代で2人のお手伝いさんが住み込みで働いていて、子どもの世話をしているから、私がいなくても問題ない」と言っていたので、羨ましく思ったものである。また、アメリカでも、そのようなお手伝いさんを雇いやすいと聞いている。

 研究者、プロフェッショナルなどの高学歴で本当に真面目な女性たちは、中途半端に働くのではなく、世界の男女と競争して勝ち、実績を挙げて自己実現したいと思って頑張っているのである。そのため、*2のような「男女共同参画=仕事と生活の調和」などというワンパターンの論調は、速やかにやめるべきだ。「自己実現も出来ないのに、単に家計補助のためにアルバイトするくらいなら、働かなくてもすむ夫を見つけた方が懸命だ」という判断はもっともだし、高学歴女性は、それも可能なのである。

 また、*2には、「1986年の男女雇用機会均等法施行以来、女性は頑張ってきた」とも書かれているが、これは、頑張って働いてきて問題提議し、第一次男女雇用機会均等法を作った働く女性たちに対して失礼極まりない。なぜなら、1986年には第一次男女雇用機会均等法が施行されたが、均等法施行後に初めて女性が頑張り始めたのではないからだ。その前の、採用、配置、定年において、女性が堂々と差別されていた時期には、働く女性は男性の3倍働いても同等と見てもらえるかどうか危ういようなハンディを持たされた中で頑張り、男女雇用機会均等法を成立させた。そのため、「1986年の男女雇用機会均等法施行以来、女性は頑張ってきた」などというのは、「パソコンが普及した後の世代だけがコンピューターを使っている」と言うのと同じくらい的外れなのだ。パソコンが普及する前からコンピューターを使いこなしていた人は多いし、パソコンを開発したのは、それらの中でも特に優れた人々だったのと同じである。

*1:http://mainichi.jp/opinion/news/20130207k0000m070116000c.html
(毎日新聞 2013年2月7日) ひと:鬼丸かおるさん 最高裁判事に就任
 最高裁で戦後5人目の女性判事に6日付で就任した。これで現在の15人の判事のうち3人が女性となり、三つある小法廷すべてに女性がそろう。「男女の区別が意識されなくなれば良いですね」。男女差を埋める活動に力を注いできた弁護士としての感想だ。大学助手だった母は結婚で家庭に入った。「女は主婦しか仕事がないの?」。子供心に母の無念を探った。女性が社会で男性と渡り合っていくのは簡単でない。まず資格を取り、社会に根付く男女格差を何とかしたい、と弁護士を志した。
 ひとつの裁判が胸に残る。生後すぐ保育器で高濃度の酸素を投与され、失明した患者による「未熟児網膜症」訴訟。弁護士1年目から病院側弁護団のメンバーに加わり、病院勝訴で決着した。提訴時に幼児だった原告は成人し、一家は離散していた。長年闘って誰も幸せになれない不条理。本心では喜べない勝訴だった。
 2男1女の母。満員電車に揺られながら訴訟の書面を考え、夕方には保育園へ子供たちの迎えに走った。「女性はダメと言われたくなかった」。育児が一段落すると、司法研修所教官として後進を指導した。教えを受けた女性弁護士は「細身で明るい色のスーツ姿でさっそうと歩く姿があこがれだった」と話す。「子供には後ろ姿だけ見せてきた。進む道は自分で決めなさいと」。長女は3年前、裁判官になった。「憲法の番人」となる母の背を「頑張れ」と押してくれた。
【略歴】鬼丸かおる: 「男女の区別が意識されなくなれば」と語る新最高裁判事。東京都出身。東大卒。75年弁護士登録。「訴訟相手からよく『鬼だ』と言われる」。疲れた頭は休日のヨガで無にする。64歳。

*2:http://www.saga-s.co.jp/news/ronsetu.0.2392797.article.html
(佐賀新聞 2013年2月7日 ) 男女共同参画 仕事と生活の調和を  
 「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきだ」-。内閣府がこのほど発表した男女共同参画社会に関する世論調査で、この考えに賛成の人が51・6%、反対が45・1%だった。1992年の調査以来、賛成は一貫して減ってきたが、初めて増加に転じた。特に20代の賛成が大幅に増えた。この「揺り戻し」をどう考えたらいいだろう。実は、この「揺り戻し」は佐賀県でも起きている。県の県民意識調査で、「男は仕事、女は家庭」という性別役割分担に賛成する人は97年は男女とも6~7割に達していたが、2004年調査で初めて反対派が賛成派を逆転。しかし、09年調査では賛成派が増加に転じている。詳細な分析はまだ出ていない。しかし、人々の意識が社会・経済状況や雇用環境などから影響を受けているのは容易に想像できる。バブル崩壊以降の長引く不況と就職難の中で、女性が正職員として働いていても残業があって負担が大きかったり、家に帰れば家事や育児がのしかかる。やむなく離職する人がいる。
 1986年の男女雇用機会均等法施行以来、女性は頑張ってきたが、「もう限界」と疲れているのかもしれない。家庭に入りたいとの専業主婦志向の背景には、子育てと両立しにくい雇用・労働環境、育児休業制度の恩恵を受けない非正規の増加、女性の昇進の難しさなどが潜んでいるとみていい。特に日本では結婚や出産を機に労働市場から退出する女性が多く、子育てが一段落すると再び参入するという特徴がある。しかし、再び仕事に戻る際に、正規雇用のハードルが高い。仕事と育児の両立は大きな課題だ。
 日本の女性は高学歴で、能力発揮が期待される。この国の持続的成長のカギはこれが握っている。女性が家庭に入ったままというのは社会の損失だ。もっと柔軟に女性の能力を生かす方策が必要だし、保育所の拡充など子育て支援策をもっと充実させたい。また性役割分担意識は強すぎると、男性にとっても重圧になり、過重労働や自殺などに追い詰められることにもなる。大事なのはワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の実現だ。これを進めるには、労働生産性を高めて労働時間を短くする必要がある。男女とも早く家に帰って、つくりだした時間は家事や育児、地域社会活動などに使える。男女共同参画を進める上で、この実現は欠かせない。「ワーク・ライフ・バランスはコストがかかる」と考える経営者は多い。しかし、長期的に継続することで経常利益にプラスの影響を与えるという研究データもある。従業員の満足度が上がれば、企業への貢献意欲が出て、結果的に企業の成長に寄与するという好循環が生まれる。
 「イクメン(子育てする男性)」という言葉があるが、男性の家事や育児などの時間を全国比較した調査(11年度、総務省)では、佐賀県は石川県と並び最下位。ただ、6歳未満の子どもがいる夫でみると16位。若いお父さんたちはまだ頑張っている。男女共同参画社会とはすべての人々に「出番」と「居場所」のある社会のこと。そんな多様性のある社会を目指して、さまざまなレベルで改革を進めたい。

| 男女平等::2011.12~2013.5 | 02:43 PM | comments (x) | trackback (x) |

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