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2019.4.30 ちょっと面白い進化の話と農林水産業 (2019年5月1、2日に追加あり)

     ティラノサウルスの骨格と想像図           羽毛恐竜の化石と想像図

(図の説明:最近は恐竜化石の発見が多く、次第に全貌が見えてきたが、恐竜と鳥の骨格は類似点が多い。また、羽毛恐竜の化石も発見されている。そして、ティラノサウルスの骨格は、下のエミューや鶏のような組み立て方をするのが、重心が足の上にくるので正解だと思われる)

   
 (飛べない鳥)エミューの親子と骨格  (あまり飛べない鳥)鶏の成鳥の骨格と雛
  
(図の説明:左の2つは、オーストラリアの飛べない鳥エミューの生きている姿・雛・骨格だ。また、右の2つは、鶏の骨格模型と雛である)

 
  (飛ぶ鳥)鶴と鶴の雛      (飛ぶ鳥)鳩の飛び方、翼の構造、骨格 

(図の説明:左の2つは、鶴の成鳥と雛、右の3つは鳩の成鳥・翼の仕組み・骨格だ)

 (注)生態を調べるためでも、むやみに鳥を傷つけたり、殺したりしないで下さいね。

(1)ティラノサウルスはトカゲではなく、飛べない鳥だったのでは?
1)自然に起こった進化
 *1-1のティラノサウルス(学名:genus Tyrannosaurus)は、約6850万~6550万年前の北アメリカ大陸に生息していた肉食恐竜とされ、サウルス(saurus:ギリシア語のラテン語形学名で「トカゲ」を意味する)は恐竜・翼竜・首長竜等の絶滅爬虫類に用いられてきた(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%82%B9_(%E6%9B%96%E6%98%A7%E3%81%95%E5%9B%9E%E9%81%BF) 参照)。

 しかし、爬虫類であるトカゲの骨格は、手足の長さが同じで地を這いやすいようになっているのが特徴で、ティラノサウルスの骨格は手が短くて羽でも生えていなければ役に立たなそうに見える。これに近い大きさの手を持っているのは、飛べない鳥エミュー(オーストラリアの非公式な国鳥で、オーストラリア大陸全域の草原や砂地など拓けた土地に分布している)で、エミューは風切羽を持たず糸状羽毛だけが生えており、手は座って卵を抱く際に地面についている。

 鳥として最終形に進化している鶴や鳩の骨格を見ると、手(=翼)の骨が長く、羽も自由に動かすことができ、翼を広げれば自在に飛べる仕組みになっている。それでも、「個体発生は系統発生を繰り返す」と言われているとおり、雛の手はエミューやティラノサウルスと同様に短く、羽毛は生えているが羽はない。ティラノサウルスと鳥の違いは、口の構造のように見える。

 このような進化が起こった理由は、そうしなければ生きられない環境があり、環境と生殖の両面から迫る淘汰圧によって、より環境に適応した個体が生き残って子孫を増やせたからである。

2)農業などで人が作った進化(or退化?)
 鶏は、キジの仲間のセキショクヤケイを、4000~5000年ほど前に、人が飼い馴らして家禽としたもので、現在では、肉や卵を生産する用途別に品種改良が進められ、約120品種以上あるそうだ(http://zookan.lin.gr.jp/kototen/tori/t421_1.htm 参照)。

 そのため、セキショクヤケイの間は、得意ではなくても少しは飛べる鳥だったようだが、家禽として人が飼うようになってからは、飛ぶ能力よりも、産卵能力や肉の美味さによって人に選別されて変わってきたわけだ(品種改良)。その鶏の手は鶴や鳩よりもずっと小さいが、エミューと違って風切り羽はあり、幼鳥の時は羽毛だけだが、成長するにつれて風切羽が生えてくる。

3)ティラノサウルスはトカゲではなく、エミューのような鳥だったのでは?
 結論として、ティラノサウルスと鳥類の足や首は殆ど同じ形であることもあり、最初に「トカゲ」という名前を付けたのが誤りで、本当はエミューと同じような飛べない鳥だったのではないかと、私は考える。また、陸上の寒冷な場所なら、うろこより羽毛の方が役立つだろう。

(2)農業における品種改良
 家畜や稲などの農産物は、味をよくしたり、気候に合わせたり、生産性を上げたりするために、品種改良や技術開発が行われるが、品種改良は生物の方から見ると進化(or退化)である。

 最近は、*1-2のように、比較的栽培が容易なことからオリーブの生産が活発化しており、油が取れるだけでなく、健康に良く、植木や枝物としても利用でき、6次産業化すれば国内だけでなく輸出にも耐えられることから、オリーブの産地化には期待が持てる。

 しかし、オリーブは、もともと地中海性気候の地域で栽培されていたものであるため、九州や瀬戸内海に浮かぶ広島県江田島市が市を挙げてオリーブの産地化を進めるのはわかるが、耕作放棄地対策や他果樹からの転換品目として東北でも栽培するには、かなりの品種改良が必要なのではないか? このようにして、農業は時間をかけて品種改良をしてきたわけだが、栗・クルミ・アーモンドなど、もっと東北で作り易い作物もあるのではないかと思った。

(3)放射線が、DNAを通して進化に与える影響
1)進化の仕組み
 それでは、どのようにして生物の進化が起こるのかと言えば、同じ種の生物でも偶然起こるDNAの突然変異によって多様な個体が生まれ、環境に適さないものも多く生まれるが、特に環境に適したものも生まれ、後者が多くの子孫を残すことで、その生物の全体に占める割合を増やしていくことによって起こるのである。

 そして、自然では、生殖と環境による淘汰圧のバランスによって選択されて変化の方向とスピードが決まり、家畜や農作物は、人の選択によって変化の方向とスピードが決まる。食品等のゲノム編集は、人がDNAに直接手を加えて変化させるので早いが、個体や環境に予想もしていなかった多くの影響が出る可能性があるため、慎重にも慎重を重ねるべきなのである。

2)自然放射線と人工放射線の違い
 ショウジョウバエの突然変異を起こすのに放射線を使うことを高校生物で勉強したが、放射線を当てるとDNAが損傷するから突然変異が起こり易くなるのであり、これは、人を含む他の生物でも同じことで、放射線には、①自然に降り注いでいる自然放射線(これが、年間1mSv未満と言われているもの) ②核爆発によって人が起こした人工放射線があるわけだ。

 これまで地球上で生き残ってきた生物は、①については、対応できているため問題ない。何故なら、対応できていない生物は子孫を残せないため、現在まで生き残っていないからだ。しかし、②については、そのストレスに曝露され始めてから70年前後であるため、寿命が長くて少産少死の生物は対応できていないわけである。

 そして、*2-1に関して、WTOが報告書に「日本産食品は科学的に安全」という記載をしなかったのは、②については、日本産食品が国際機関より厳しい基準で出荷されていても、科学的に安全とは言えないからである。そのため、*2-2に「日本は科学的立証せず、裏目に出た」と書かれているが、正確な統計をとって科学的に調査をすれば、(何度も書いているので長くは書かないが)安全ではないという結果になるだろう。

 なお、BSEのケースは、日本が国際ルールより厳しい基準を設けて前頭検査をしていたのだが、吉野屋の強い要望で米国産牛を輸入し、日本産牛の前頭検査もやめて米国基準に合わせた。しかし、米国が米国産牛の安全性を主張しているのは、それを食べてクロイツフェルト・ヤコブ病になった人がいたとしても、どの牛肉が原因だったかを判定することができないので損害賠償請求もできないだろうという考え方である。今では、日本もBSE牛が発生しやすくなっていると思われるため、せっかくやっていた前頭検査をやめて価格だけ高い牛肉になってしまったのは残念なことである。

 また、*2-3に、福島県産の野菜・果物・魚などの放射性物質の検査で、昨年度に日本の食品基準(100ベクレル/ kg)を上回ったのはおよそ1万6000点のうち6点で、イワナ・ヤマメ・たらの芽だったそうだが、問題は「100ベクレル/ kgなら無害」という根拠が科学的に示されていないことなのである。

 そのため、*2-4のように、「100ベクレル/ kg以下の食品なら、いくら食べ続けても無害だ」という根拠を科学的に示すことなく風評被害と強弁し、農水省・復興庁・経産省が連名で業界団体に対して福島県産農産物を敬遠したり、買いたたいたりすることがないよう求める通知を出したことは、日本は産業のためには人の命を差し出しても何とも思わない国だということで、とても許せるものではない。しかし、このような安全性に対する鈍感さは日本製全体の信頼を損なうため、産業のためにも有害なのである。

・・参考資料・・
<生物の進化>
*1-1:https://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/list/201904/CK2019042802000147.html (東京新聞 2019年4月28日) ティラノサウルス勢ぞろい 坂東・県自然博物館 企画展入場10万人突破
 坂東市のミュージアムパーク県自然博物館で開催中の企画展「体験!発見!恐竜研究所-ようこそ未来の研究者-」が人気だ。肉食恐竜ティラノサウルスの全身骨格を三体同時に見られる日本初という展示が好評で、ゴールデンウイーク初日の二十七日に企画展の入場者が十万人に達した。十万人目になったのは、神栖市から家族で訪れた宍戸真子さん(4つ)。「恐竜が好きで見に来た。(十万人目になり)びっくりした」と話した。企画展は二月にスタート。恐竜の標本や模型など二百二十三点を展示し、恐竜の復元された姿の変化や、骨から年齢を推定するなどの最新の研究、日本で発見された恐竜などを紹介している。発掘体験コーナーもある。三体のティラノサウルスの全身骨格は、それぞれ二十歳、十一歳、二歳ごろとされる。大人、若者、子どもの年齢で、体格の違いを見比べられる。さいたま市の小学一年生吉田光汰(ひなた)さん(7つ)は「大きくて、歯がすごかった」と驚いていた。六月九日まで。月曜休館(二十九日、五月六日は開館、同七、八日は閉館)。入場料は一般七百四十円、高校・大学生四百五十円、小・中学生百四十円。五月四日と六月五日は無料で入館できる。

*1-2:https://www.agrinews.co.jp/p47300.html (日本農業新聞 2019年4月7日) 国産オリーブ 多用途で地域を元気に
 オリーブの生産が活発だ。比較的栽培が容易なことから、耕作放棄地対策や他果樹からの転換品目として、栽培は東北から九州に及ぶ。魅力は油が取れるだけでなく、植木や枝物としても利用できること。6次産業化で新たな雇用が生まれた事例もあり、地域を元気にする果樹として産地化を進めよう。瀬戸内海に浮かぶ広島県江田島市は、市を挙げてオリーブの産地化を進める。目指すのは「カキに匹敵する産業」。市内はかんきつ栽培が盛んだが、高齢化で耕作放棄が年々拡大。管理の手間がかんきつより少なく、6次化への展開が期待できるとして目を付けた。市は苗木の助成や、荒廃した園地の改良に必要な機器リース料の助成の他、6・6ヘクタールを新たに造成するほどの力の入れようだ。果実はそのままでは利用できないため、脱渋や塩漬け、搾油といった工程が必要になる。その核となるのが、江田島オリーブ(株)だ。同社は自ら生産、販売、加工を手掛けるだけでなく、オリーブ油を使った料理などが楽しめる施設を運営する。これにより、地元に50人の雇用を生んだ。地元農家が作った果実も1キロ850円で買い取るため、農家にも地元住民にも、会社にも利益が得られる好循環が生まれている。ユニークな活用法を目指すのが、群馬県館林市の農業生産・加工を手掛けるジャングルデリバリー。鉢植えにしたオリーブを生産し、街路樹向けとしてレンタルする事業に乗り出した。生産に必要な農地は8戸の農家から借り、現在5000本の苗木を育てる。将来は面積を広げ、地域の雇用創出や農福連携も展望する。この他にも化粧品や枝物としての販売、植木としての需要も見込める。香川県では、茶樹のように仕立てて葉を収穫し、オリーブ茶として販売する。栽培の広がりを受けて2月下旬には、栽培発祥の地・香川県小豆島で初の全国サミットが開かれた。参加したのは12府県24自治体で、北は宮城県石巻市から南は鹿児島県日置市。会合では「日本オリーブ自治体協会」の設立を目指し、産地間の連携や国際オリーブ協議会への加入を目指すことを確認した。栽培に適した環境は、①年平均気温14~16度で一時的には氷点下10度でも耐えられる②年間日照時間は2000時間以上が理想。1700時間程度の産地でも結実する③年間降水量は1000~2000ミリ。地球温暖化の影響で適地は広がっているとみられるが、懸念されるのは近年の異常気象による大量の降雨。香川県小豆オリーブ研究所は「地質条件や気象条件に応じた技術開発が必要」とみる。国内で流通する国産のオリーブ油は1%未満。油にはオレイン酸、果実や葉にはポリフェノールなど機能性成分が含まれ、健康志向にマッチする。産地化に向け情報を共有し、栽培の機運を高めよう。

<自然放射線と人工放射線の違い>
*2-1:https://digital.asahi.com/articles/ASM4Q54YDM4QULFA01W.html?ref=mor_mail_topix1 (朝日新聞 2019年4月23日) WTO判決「日本産食品は安全」の記載なし 政府と乖離
 韓国による東京電力福島第一原発事故の被災地などからの水産物の全面禁輸を事実上容認した世界貿易機関(WTO)の判断をめぐり、日本政府が第一審の判断を根拠に説明している「日本産食品の科学的安全性は認められた」との記載が第一審の判決文にあたる報告書にないことがわかった。国際法の専門家から「無理のある説明だ」と報告書の内容との乖離(かいり)を指摘する声が出ており、「身内」なはずの経済産業省所管のシンクタンクも問題視するリポートを出した。この紛争は、韓国が2013年、事故を起こした福島第一原発から汚染水が流出しているとして、福島など8県の水産物の禁輸対象を一部から全面に拡大したことに対し、日本がWTO協定に違反しているとして提訴した。紛争を処理する上級委員会が11日、韓国の禁輸を「不当な差別」とした第一審・小委員会の判断を破棄する報告書を出した。日本の事実上の逆転敗訴だが、菅義偉官房長官は12日の記者会見で「敗訴の指摘は当たらない」と強調した。理由として、上級委が日本産食品の安全性に触れていないため「日本産食品は科学的に安全であり、韓国の安全基準を十分クリアするとの一審の事実認定は維持されている」ことを挙げた。河野太郎外相もほぼ同じ発言をした。だが、実際には第一審の報告書には「日本産食品は科学的に安全」との記載はなかった。さらに、第一審は「日本産食品が韓国の安全基準を十分クリアする」と認定していたものの、上級委はこれを取り消していた。「食品に含まれる放射性物質の量だけに着目した第一審の判断は議論が不十分」というのが理由だ。「科学的に安全」と付け加えたことについて、外務省と農林水産省の担当者は「第一審の『日本産食品が国際機関より厳しい基準で出荷されている』との認定をわかりやすく言い換えた」と釈明する。だが、WTOの紛争処理に詳しい中川淳司・中央学院大教授は「日本の基準が国際基準より厳しいことと、科学的に安全かは同義ではない。苦しい説明だ」と指摘する。また、福永有夏(ゆか)・早大教授は「そもそも第一審で安全性の認定は行われていない」と話す。日本が訴えたのは韓国が日本産食品を差別的に扱っていることなどで、安全性自体の認定は求めなかったためという。「韓国の安全基準を十分クリアする」との説明には、川瀬剛志・上智大教授が「明らかに判決の解釈を誤っている」と指摘する。経産省所管の独立行政法人「経済産業研究所」は16日、同研究員でもある川瀬教授がこうした問題点を指摘したリポートを出した。翌17日、外務省の山上信吾経済局長は自民党の会合で、「韓国が定める『安全性の数値基準』を十分クリアできる」と述べ、政府の公式見解を一部修正した。「判決を精査した結果、より適切な表現に改めた」(農水省担当者)という。「科学的に安全」との説明はそのまま続けている。川瀬教授は、「判決は日本の食品の安全性を決して否定していない」と強調した上で、「政府がやるべきことは事実をごまかすことではない。冷静に現実と向き合い、23カ国・地域で残る食品の輸入規制にどう対処するかを考え抜くことだ」としている。

*2-2:https://digital.asahi.com/articles/ASM4L441NM4LULFA00Y.html?iref=pc_extlink (朝日新聞 2019年4月23日) 日本は科学的立証せず「裏目に出た」 WTO判決の敗因
 世界貿易機関(WTO)の上級委員会が判決に当たる報告書で、東京電力福島第一原発事故を理由とした韓国による日本産水産物の禁輸を事実上容認し、日本が「敗訴」した。なぜ負けたのか。今後どのような影響があるのか。WTOの紛争処理に詳しい2人の国際経済法の専門家に聞いた。
●中川淳司教授(中央学院大・現代教養学部)
 今回の日韓紛争の本質は、韓国の輸入禁止措置に科学的な根拠があるのかどうかだ。にもかかわらず、日本はこの「本丸」を正攻法で立証せずに脇から攻め、裏目に出た印象だ。衛生植物検疫措置に関するWTOの国際ルール「SPS協定」は、2条の2で、各国の輸入規制は「科学的な原則に基づいてとること」を求めている。日本はこの条文では訴えず、「同一または同様の条件下にある国の恣意(しい)的または不当な差別」(2条の3)と、「必要以上に貿易制限をしてはならない」(5条の6)で韓国を訴えた。2条の3違反には、日本と他国が「同一条件にある」ことが必要だ。だが、普通に考えて、国際社会は福島第一原発の事故があった日本と他国が同一条件とは思わないはずだ。5条の6違反には、韓国の措置が「必要以上」であることを立証しなければならない。だが、食品の安全をどこまで求めるのかは国民性で違いがあるため、SPS協定は各国の裁量の余地を残している。日本も牛海綿状脳症(BSE)では、国際ルールよりも厳しい基準を独自に設けて、米国産牛肉の輸入を制限した。日本が2条の2違反を主張しなかったのは、立証が難しいと考えたからだろう。日本が放射線被曝(ひばく)量に関する国際基準より厳しい出荷規制をしていても、「科学的に安全」と認められるとは限らない。負けた時の風評被害のリスクも意識したのではないか。日本が「王道」の議論を避けた時点で、この裁判は勝ち目が無かったと思う。WTOの紛争処理では、上級委の判決には重みがある。日本が今後韓国以外の国を訴えた場合、今回の判決が重要な参考とされるはずだ。日本にとって今回の敗訴は、非常に厳しい。
●福永有夏教授(早稲田大・社会科学部)
 WTOの紛争処理においては、各国の「安全」と考える対応について、その国の裁量をより広く認める傾向は以前からある。今回の上級委の判断の妥当性に、問題はないと思う。ただ、韓国の禁輸措置をSPS協定違反とした一審の判断を破棄したものの、肝心な「違反があったかどうか」について最終的な結論は出さなかった。中途半端で、日韓の紛争が解決されずに残ってしまったと言える。判断は韓国の禁輸を「協定に違反していない」と積極的に認めたわけではないが、「違反している」とも認めなかった。最終結論は出ていないので、法律論としては、今回は「引き分け」との評価が一番妥当だ。ただ、重要な日本の主張が退けられた観点では、日本の事実上の敗訴と言える。今後、東京電力福島第一原発の事故を理由に日本産食品に輸入規制をかけている23カ国・地域と、日本が規制撤廃を交渉していく上で、痛いつまずきとなった。米国が「上級委が必要以上に判断を出しすぎだ」とWTOを批判しており、上級委がこうした批判を意識し、最終的な結論を出すのを控えた可能性もある。懸念するのは、日本国民のWTOへの信頼が損なわれることだ。WTO紛争処理は法に基づく貿易紛争の解決に貢献しており、これまで日本も多くの恩恵を受けてきた。いまのWTO紛争処理には「差し戻し」の制度が無く、今回のように上級委が第一審の判断を破棄すると、最終的な結論を下されないまま判断が確定してしまう恐れがある。差し戻し制度の導入も検討すべきで、日本は今回の判断を契機に、WTO改革を主導していく役割を果たしてほしい。
     ◇
〈韓国による日本産水産物の禁輸をめぐる経緯〉 韓国が2013年9月、福島第一原発から汚染水が流出しているとして、青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、千葉の8県の水産物の禁輸対象を一部から全面に拡大。日本が15年8月にWTO協定に違反しているとして提訴した。第一審の小委員会は「不当な差別」として韓国に是正を勧告したが、第二審の上級委員会は、小委員会の判断について、検討が不十分だったとして破棄した。WTOの紛争処理は二審制で、この判断が確定することになる。

*2-3:https://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/20190417/6050005159.html (NHK 2019年4月17日) 放射性物質 基準超の食品は6点
 福島県産の野菜や果物、魚などの放射性物質の検査で、昨年度国の食品の基準を上回ったのはおよそ1万6000点のうち6点でした。基準を超えたのはイワナとヤマメ、たらの芽でした。福島県は原発事故のあと県内でとれた野菜や果物、魚などの一部で放射性物質の検査を行っています。昨年度は492品目、1万5941点を検査し、国の食品の基準の1キロあたり100ベクレルを超えたのは0.04%にあたる6点で、10点だった前の年度に比べ、4点減りました。基準を超えたのは、福島市、伊達市、桑折町の阿武隈川水系でとれたイワナ2点とヤマメ3点、北塩原村でとれた野生のたらのめ1点でした。基準超えの食品は原発事故の直後に比べ大幅に減少していて、肉類は平成23年度から、野菜や果物は25年度から、コメなどの穀類は27年度から、国の基準値を上回るものは出ていません。県環境保全農業課は、「安全安心を確保するにはこうしたデータがベースになるので、品目や検体の数も含めてこれまでと変わらず検査を徹底するとともに正確に情報発信していきたい」としています。

*2-4:https://www.agrinews.co.jp/p47514.html (日本農業新聞 2019年4月30日) 福島産 敬遠回避を 物流業界に農水省指導
 農水省は29日までに、復興庁と経済産業省の連名で、卸売業者や小売業者などの業界団体に対し、福島県産農産物を敬遠したり、買いたたいたりすることがないよう求める通知を出した。東京電力福島第1原子力発電所事故を受けて根強く残る風評被害の払拭(ふっしょく)につなげる。農水省は3月末、同県産農産物の流通実態について、2018年度の調査結果を発表した。主要な農産物である米や桃などの販売価格は全国平均を下回り、震災前水準まで回復していなかった。事業者や消費者へのアンケート結果からは、福島産を敬遠する傾向が浮かんだ。今回の通知はこうした調査結果を踏まえて出した。卸売業者や仲卸業者、小売業者などの業界団体に対しては、①同県産の評価に見合った販売を行うこと②同県産農産物であることだけで取り扱わなかったり買いたたいたりしないこと③同県産と他産地産を対等に比較して取扱商品を選択すること──などを求めた。3省庁は生産者団体に対しても通知を出した。農業生産工程管理(GAP)を着実に行い、県産農産物のイメージアップにつなげることや、積極的な販売促進活動を行うことを呼び掛けている。農水省は今回の通知について、流通業者や同県の生産者を対象に説明会を開くなどし、理解を呼び掛けていく考え。

<恐竜絶滅の中で鳥類だけが生き延びた理由>
PS(2019.5.1追加):*3に、「①恐竜絶滅で、なぜ鳥だけが生き延びたか?」「②空飛ぶ恐竜はほかにもいたはず」と書かれているが、小惑星が衝突して気候が寒冷化し、陸上動物が少なくなった地球で生き残る要件は、①食物が水中・地中・木の中などにある ②体毛がある などで、そのため、大型で動物の肉を切り裂く歯を持つ恐竜が絶滅し、嘴と羽毛を持つ鳥類が生き残ったのではないかと思う。

 
 トラ(肉食)   ワニ(肉食) イグアナ(草食)   2016.4.11日経BP
        現生動物の口と歯の比較       (アメリカの恐竜展より)

*3:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/050100197/(日経BP 2018.5.2)恐竜絶滅、なぜ鳥だけが生き延びた?空飛ぶ恐竜はほかにもいたはず、科学で迫る鳥類進化の秘密
 ここ数年、鳥類の進化を解明する手がかりになるような発見が続いている。米国のニューメキシコ州では最近、原始的なネズミドリの化石が断片ながら見つかった。6200万年前のものと推定されるこの化石は現在のところ、大量絶滅後に生息していた鳥類のうち、最も古い部類に属する。このほか、ニュージーランドでは6100万年前の太古のペンギンの化石が最近見つかったが、同時代のほかのペンギンとは異なる外見をしていたと考えられる。こうした化石のすべてが、最新の遺伝子解析で明らかになった進化の道筋と一致しているようだ。「数千万年に及ぶ進化の結果、前肢を羽ばたかせて空を飛ぶ小型の恐竜が誕生しました。その後、小惑星が衝突した際、そうした体の構造が実に好都合だとわかったのです」と、英エディンバラ大学の古生物学者スティーブン・ブルサティは語る。「こうした鳥の一部が大量絶滅を生き延び、ほかの動物がほとんどいなくなった地球で繁栄することになりました」。しかしまだ、より難解な謎が残っている。なぜ、現在の鳥類の祖先だけが生き延びたのかということだ。その理由に関しては、さまざまな説が唱えられている。バース大学のダニエル・フィールドと彼の同僚たちは、森林の大規模な消滅が関係しているのではないかと考えている。白亜紀末の地球は現在よりも温暖で湿潤だった。生い茂った森には、さまざまな種類の初期の鳥たちが生息していて、現生の鳥と似たものも多かったと考えられる。繁殖能力の高さが鍵を握ったとする説もある。2017年、米フロリダ州立大学のグレゴリー・エリクソンが率いる研究チームは、非鳥類型の恐竜は卵を抱いて孵化させるのに数カ月かかっていたとする証拠を示した。一方、現生鳥類の多くは一般に繁殖頻度が高く、数日から数週間という短期間で孵化するので、小惑星衝突後の過酷な状況を生き抜くことができた可能性がある。世界各地で、研究者たちは鳥類の進化の謎に挑んでいる。南米やニュージーランド、南極で進行中の発掘調査から、新たな発見が近々もたらされると期待されている。さらに今後数年のうちに、より詳細で豊富な遺伝情報が得られることになりそうだ。中国広東省の深センにある国家遺伝子バンクでは、従来よりも高速で精度の高い技術を駆使して、2020年までに1万種を超す現生鳥類すべての全遺伝子のドラフト配列(おおよその配列)を解明する取り組みを進めている。このプロジェクトの成果を応用すれば、化石となった太古の鳥の特徴と現生の鳥の特徴を照合できるようになるはずだ。ある種の鳥だけが絶滅を免れたのは、それに適した条件をいくつも備えていたからだと考えるのが、生き残りの謎に対する最も妥当な答えといえそうだ。だからこそ、これからも証拠を積み上げ、新たな説を次々と検証していくことが大切なのだ。「私たちが取り組んでいるのは、6000万年以上も時間をさかのぼり、地球規模で起きた極めて複雑な出来事を解明することなのです」とフィールドは話す。それでも「相互に関連するこうした疑問を詳細に研究することによって、地球史上でも最大規模の深刻な大量絶滅を生き延びた鳥という生き物に対して、少しずつ理解が深まっています」

<皇室が絶滅しないために、求められる「国民統合の象徴」像>
PS(2019年5月1日追加):こういう場所に書いて申し訳ないが、*4-1のように、平成天皇が2019年4月30日に退位され、「退位礼正殿の儀」で「象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します。令和の時代が平和で実り多くあることを皇后と共に心から願います」とお言葉を述べられた。また、同年5月1日には、*4-2のように、令和天皇が即位され、「即位後朝見の儀」で「憲法に則り、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓う」と述べられた。これらはよいが、「剣璽等承継の儀」は皇位継承資格を有する男性皇族しか参列できないというのは、大日本帝国憲法下で女性を一人前の人間と認めていなかった時代ならともかく、現在の日本国憲法下では合憲でなく、国民感情に寄り沿ってもいない。
 そのため、昭憲皇后が洋装で積極的に人々の前に姿を見せ、貞明皇后が側室制度を無くし、美智子皇后が恋愛結婚して乳母制度を廃止し、雅子皇后がキャリアウーマンから皇室に嫁ぐなど、一歩先を行く女性像を示してきた皇室なら、次は女性天皇・女系天皇を出し女性宮家も認めて皇室を男女平等にするのが、女性を含む国民統合の象徴の役割だと考える。
 側室制度を作ったり、外部から天皇として男系男子を養子に迎えたりすることを、*4-3のように国民は望んでおらず、現在の環境にも合っていないため、天照大御神(皇祖神で女性)は、その改革を進めるために令和天皇御一家に女の子だけを授けたのかもしれない。
 なお、*4-4に、新天皇のお言葉全文が記載されているが、雅子皇后について宮内庁が2004年7月に公表した「適応障害」は病名として存在せず、いい加減だ。そのため、雅子皇后には、もともと持っている個性と能力を活かして新しい皇后像を作ってもらいたいが、皇后の能力は、知識や語学だけでなく容姿やファッションセンスも含んでおり、世界に出しても恥ずかしくない皇后であっていただきたいわけだ。そのためには、メディアでよく褒め言葉として使っている日本独特の「やさしさ」と意味なき「笑顔」では不足である。
 それにしてもメディアのキャラウーマン叩き(人権侵害と侮辱そのもの)はものすごく、私もこのキャラウーマン叩きの“空気”に大変迷惑したのだが、訴訟して勝っても謝罪もされないし、損害を回復するための補償もなかったので、決して忘れてやることも許すこともない。


2019.1.5産経新聞 2019.5.1産経BZ               2019.5.1朝日新聞

(図の説明:左図の予定に従って退位及び即位の儀式が行われる。左から2番目と3番目は平成天皇退位の儀式で、1番右は令和天皇即位の儀式のうちの「即位後朝見の儀」だ。私は、皇室の儀式を私費で賄うよりも、国費で賄って立派に行いつつ世界に放映した方が、皇室の歴史を感じさせたり、外交でプラスになったりすると同時に、歴史で稼げると考える)

*4-1:https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44368970Q9A430C1000000/?n_cid=BMSR3P001_201904301709 (日経新聞 2019年5月1日) 「国民に心から感謝」 天皇陛下の最後のお言葉全文 、退位礼正殿の儀
 天皇陛下が退位礼正殿の儀で述べられたお言葉は以下の通り。
 今日をもち、天皇としての務めを終えることになりました。ただ今、国民を代表して、安倍内閣総理大臣の述べられた言葉に、深く謝意を表します。即位から30年、これまでの天皇としての務めを、国民への深い信頼と敬愛をもって行い得たことは、幸せなことでした。象徴としての私を受け入れ、支えてくれた国民に、心から感謝します。明日から始まる新しい令和の時代が、平和で実り多くあることを、皇后と共に心から願い、ここに我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

*4-2:https://www.nishinippon.co.jp/feature/gougai/article/506992/ (西日本新聞 2019年5月1日) 天皇陛下即位の儀 「憲法にのっとり責務果たす」
 天皇陛下は1日、皇后さまと共に皇居・宮殿「松の間」で、国事行為の「即位後朝見(ちょうけん)の儀」に臨み「憲法にのっとり、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓う」と、天皇として最初のお言葉を述べられた。即位後朝見の儀には、安倍晋三首相ら三権の長をはじめ都道府県の知事や議長、市町村長の各代表らが参列。皇嗣(こうし)秋篠宮ご夫妻ら女性も含めた成年皇族も同席した。陛下は「自己の研鑽(けんさん)に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添う」と決意を誓った。朝見の儀に先立ち、陛下は松の間で国事行為の「剣璽(けんじ)等承継の儀」に臨んだ。即位後初めての儀式で、陛下は皇位のしるしとされる「三種の神器」のうち剣と璽(じ)(勾玉(まがたま))を、国の印章の「国璽(こくじ)」と天皇の印の「御璽(ぎょじ)」とともに受け継いだ。皇位継承資格を有する男性皇族のみが参列し、前例に倣って女性皇族は同席しなかった。

*4-3:https://digital.asahi.com/articles/ASM4H42NFM4HUTIL00P.html (朝日新聞 2019年4月18日) 「容認」7割超、女性天皇も女系天皇も 朝日世論調査
 新しい天皇陛下には被災地訪問などを期待し、将来の安定した皇位継承のために女性・女系天皇を認めてもよい――平成から令和への代替わりを前に実施した朝日新聞社の全国世論調査では、こんな傾向も浮かび上がった。新天皇に期待する役割を複数回答で選んでもらったところ、「被災地訪問などで国民を励ます」が最も多く66%、「外国訪問や外国要人との面会」が55%、「戦没者への慰霊など平和を願う」が52%――などとなった。被災地訪問や戦没者慰霊は平成の時代に天皇、皇后両陛下が力を入れてきた活動。象徴天皇の活動として、広く浸透したことがうかがえる。一方、安定した皇位継承のために、女性天皇や母方だけに天皇の血をひく女系天皇を認めるのかと尋ねたところ、女性天皇については76%、女系天皇は74%が、それぞれ認めてもよいと回答した。天皇の退位を認める特例法案が国会に提出される直前の2017年3~4月の調査でも、女性天皇は75%、女系天皇は72%が認めてもよいと回答しており、ほぼ同様の結果だった。また、今後の皇室の活動を維持するために、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる「女性宮家」の創設については、50%が賛成、37%が反対と答えた。現在の皇室典範では、天皇になれるのは父方に天皇の血をひく「男系」の男性のみ。このため、5月の代替わり後、新天皇となる皇太子さまよりも若い皇位継承者は、5歳違いの秋篠宮さまと今年13歳になる悠仁さまだけになる。今回の天皇退位を実現する特例法ができた際、国会は付帯決議で、安定的な皇位継承を確保するための諸課題などを検討して国会に報告するよう政府に求めた。今回の調査で、安倍内閣を支持すると答えた層の意見をみてみると、女性天皇容認は72%、女系天皇容認は70%で、全体の76%、74%をそれぞれ下回った。逆に「男性に限った方がいい」は25%で、全体の19%を上回った。安倍首相の言葉を「大いに信頼できる」と答えた層でみると、女性・女系を認める意見と男性・男系に限るべきだとする意見が拮抗していた。
新天皇に期待する役割(複数回答)
 ・被災地訪問などで国民を励ます        66%
 ・外国訪問や外国要人との面会         55%
 ・戦没者への慰霊など平和を願う        52%
 ・宮中祭祀(さいし)など伝統を守る      47%
 ・国民体育大会など国民的な催し出席      36%
 ・国会召集など国事行為に専念する       21%

*4-4:https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2019050190135516.html (東京新聞 2019年5月1日) 「常に国民を思い、寄り添う」 天皇陛下即位お言葉
 一日に即位した天皇陛下は午前、皇居・宮殿の正殿「松の間」で、皇位継承儀式「剣璽(けんじ)等承継の儀」と、国民の代表と会う「即位後朝見(ちょうけん)の儀」に臨まれた。朝見の儀で陛下は、初のお言葉で「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓います」などと述べた。この日午前零時、「平成」から代替わりした「令和」がスタート。陛下は五十九歳で、戦後生まれの初の天皇となった。皇后さまは五十五歳。剣璽等承継の儀と即位後朝見の儀は、憲法に定める天皇の国事行為として行われた。剣璽等承継の儀では、陛下が皇位の証しとされる「三種の神器」のうち、剣と勾玉(まがたま)(璽(じ))、国印の国璽(こくじ)と天皇印の御璽(ぎょじ)を継承した。即位後朝見の儀では陛下のお言葉に続き、安倍晋三首相が国民代表として「天皇陛下を象徴として仰ぎ、平和で希望に満ちあふれ、誇りある日本の輝かしい未来を創り上げていく決意です」などと祝意を述べた。剣璽等承継の儀には、男性の成年皇族である皇嗣(こうし)秋篠宮さまと常陸宮さまのほか、安倍首相、大谷直人最高裁長官、大島理森衆院議長、伊達忠一参院議長の三権の長と閣僚、最高裁判事ら二十六人が参列。皇位継承権のない女性皇族は立ち会わず、片山さつき地方創生担当相が憲政史上初めて女性として参列した。即位後朝見の儀には、剣璽等承継の儀の参列者に加え、皇后さまをはじめ女性の成年皇族、地方自治体の代表ら約三百人が参列した。これに先立ち、陛下は即位後初の国事行為として両儀式を行うとの閣議決定を裁可した。
◆天皇陛下お言葉全文
 日本国憲法および皇室典範特例法の定めるところにより、ここに皇位を継承しました。この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。顧みれば、上皇陛下にはご即位より、三十年以上の長きにわたり、世界の平和と国民の幸せを願われ、いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その強い御心をご自身のお姿でお示しになりつつ、一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。ここに、皇位を継承するに当たり、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望いたします。
<天皇陛下> 名前は徳仁(なるひと)。1960年2月23日生まれで、幼少時の称号は浩宮(ひろのみや)。学習院大文学部史学科を卒業後、同大大学院に進学。英オックスフォード大にも留学した。89年1月、昭和天皇の逝去に伴い皇太子となり、93年6月に元外交官の雅子さまと結婚した。学習院女子高等科3年の長女愛子さまと3人家族。ライフワークは水問題に関する考察で、2013年と15年、国連本部で開かれた「水と災害に関する特別会合」で講演した。趣味はビオラ演奏と登山。
<皇后雅子さま> 1963年12月9日、後の外務事務次官小和田恒氏と妻優美子さんの長女として生まれた。85年に米ハーバード大を卒業。学士入学した東京大を中退後、87年4月に外務省に入り、日米の経済外交に携わった。86年10月、東宮御所で開かれたスペインのエレナ王女歓迎会で、天皇陛下と出会い、93年6月に結婚した。2001年12月に長女愛子さまを出産。03年12月から療養生活に入り、宮内庁は04年7月、病名を「適応障害」と公表した。現在も療養が続いている。

PS(2019.5.2追加):雅子妃に対するバッシングは、*5に書かれているとおりで、この内容が当時の週刊誌(私は、そのような週刊誌は買わないので美容院で読んだ)に掲載され、それを人権侵害や侮辱だとすら思わないほど女性蔑視の“空気”が世の中に蔓延していた。私は、世界の中で「適応障害」を起こしたのは、このようなことを言いたてた日本国民の方だと思う。

*5:https://rondan.net/17760 (論壇ネット 2019.3.12) 【雅子さま】別居・離婚・廃太子論……数々の批判を乗り越えて“新”皇后に
Contents
1 長期療養中の雅子さま
2 別居
3 離婚
4 小和田家が引き取れ
5 廃太子
6 廃太子した後の皇太子
7 まとめ
1 長期療養中の雅子さま
 適応障害になられてから、久しく公務や祭祀を欠席されている雅子さま。元はと言えば「御世継ぎを」のプレッシャーから適応障害になられ、今度はその適応障害を批判されるという負のスパイラルの中にありました。一連の雅子さまバッシングの中核を担った論者としては西尾幹二氏や、橋本明氏、保坂正康氏などが有名です。一方で、雅子さま擁護論を展開した論者としては、竹田恒泰氏や小林よしのり氏が挙げられます。一時はバッシングに次ぐバッシングの嵐だったものの、最近になって落ち着いてきたように思います。これも適応障害など精神疾患に関する国民の理解が進み、小室圭さん問題に端を発する秋篠宮家に注目が集まっていることなどが挙げられるでしょう。またこの5月に控えた御譲位も大きく影響しているように思えます。今回は、そんな雅子さまへのバッシングを振り返ってみたいと思います。特に取り上げるのは、橋本明「「別居」、「離婚」、「廃太子」を国民的議論に」『WiLL』(2009.9号)です。この記事は、「廃太子論」にまで飛び火したことで非常に有名です。またこの記事と関連する書籍や対談も取り上げていきたいと思います。
2 別居
 橋下氏の理論は、雅子さまのご病状を回復させることが重要であるとして、①別居、②離婚という二つの方法を挙げ、その二つが適用できずご病状も改善しないのなら③廃太子(秋篠宮殿下を皇太子にして、現・皇太子殿下は親王に格下げ)すべきだという内容です。雅子さまのご病状を心配しているような書きぶりで、実際には東宮家への強い批判が込められた文章です。まず、別居を薦める下り。
[雅子妃がご病気を克服されるということは健康を取り戻すことです。徹底的に治療する環境を作るというのは一つの方策だと思います。つまり、別居して治療に専念するということです。
橋本明「「別居」、「離婚」、「廃太子」を国民的議論に」『WiLL』(2009.9号)]
 より具体的には次のように。
[この際思い切って雅子妃を皇室から遠ざけ、ストレス因子の存在しない空間に身を移し変えて回復に専念する態勢を創出してはいかがだろうか。そこでは公務や育児の責務を逃れ、治療に専念していただく。公務を抱える殿下、学業がある愛子内親王とは別居となる。女官なども遠ざけ、身の回りの世話は専門の看護師あるいは介護者が当たればよい。橋本明『平成皇室論——次の御代へむけて』朝日新聞出版, 2009.]
 具体的な療養として、栃木の御料牧地でのアニマルセラピーが挙げられるなど、おちょくってるのか、大真面目なのか解らない文章が続きます。きっと前者なんでしょうけど。もちろん別居して改善する保証などどこにもないのですから、「別居すればいい」などとは橋本氏の妄想以外の何物でもない選択肢です。
3 離婚
 さらに橋本氏の妄想は加速して「離婚」を薦めます。
[もちろん離婚はあり得ますが、離婚は両者の合意に基づくもので一方的には決められません。決められない場合は民間であれば離婚調停を行うわけですが、皇室にはそれを保護する法律の後ろ盾はあるのかということです。いったいどこの裁判所で誰が調停員になるのか。ですから常識的にはないにしても、ご結婚が皇室会議の賛同を得なければ成立しないのと同じように、皇室会議に持ち出せば離婚もあり得ると思います。橋本明「「別居」、「離婚」、「廃太子」を国民的議論に」『WiLL』(2009.9号)]
 ただし、同氏による書籍では、離婚という選択肢もあるが、現実的には離婚など有り得ないだろうという文脈でこれが語られています。
[雅子妃の静養が長引くにつれ、ご夫妻をめぐる報道に「離婚」という文字が散見されるようになった。雅子妃を皇室という環境から解放して差し上げようといった同情的な論調から、東宮のあり方に疑問を呈するむきまでさまざまだが、皇太子が雅子妃を愛し、守り続ける覚悟に今後も生きるとすれば離婚はもとより問題外となる。仲睦まじいいまのお二人の姿からも、離婚などという事態は想像し難い。橋本明『平成皇室論——次の御代へむけて』朝日新聞出版, 2009.]
 なお法的に皇族が離婚できるのかどうか議論があるようです。しかしここで重要な点は、橋本氏は、皇太子殿下と雅子さまの「離婚」を現実的な選択肢として語っているのではなく、単に雅子さまが皇室不適格だとなじるために言っているにすぎません。先の「別居」、今回の「離婚」、これに続く「廃皇太子」いずれも実行可能な選択肢として語られているのではなく、極論を持ち出して東宮家(特に雅子さま)を貶めたいだけの言論であるように思えます。
4 小和田家が引き取れ
 このような橋下氏による雅子さま攻撃の根源的原因は、どうやらその父・小和田恆氏が左派リベラル的活動をしていたことに起因するようです。本筋とは全く関係の無い人格攻撃を持ち出して次のように言っています。
[橋本 常識的に考えて、「私の娘は役に立ちませんから引き取らせて頂きます」と申し出るのが本当の親の役目だと思います。ところが、小和田ご夫妻には、そのような意識はかけらもありませんでした。私は個人攻撃をするつもりはありませんが、国家の問題として言わざるを得ません。ところが、小和田ご夫妻には、そのような意識はかけらもありませんでした。私は個人攻撃をするつもりはありませんが、国家の問題として言わざるを得ません。小和田恆氏は、男女共同参画の産みの親のような方です。小和田氏が国連大使の時代に、国際婦人年があり、その総会で決まったことを日本に持ち帰って法律化しようと、労働省の婦人少年局長と渡り合いました。その時の記録を見ると小和田氏は、日本も男女同格で、女性も権利をもって働く国にならなければ駄目だと明確に言っています。婦人少年局長のほうがまだ尻込みしていて、そこまでまだいきませんと言っているくらいです。そらく今の雅子妃の姿を見ると、小和田氏は「こんな娘で申し訳ない」という気持ちではなく、「こんな娘にしたのは誰彼のせいだ」と思っているでしょう。橋本明×西尾幹二「雅子妃の御病気と小野田王朝」『WiLL』(2009.10号)]
 橋下氏の理論からすれば、皇室とは平等や人権とはまったく別個の世界であり、そこに適応できない雅子さまとその両親が悪いということのようです。この様な理論は保守論客の中でまま見られるものです。しかし、これは「開かれた皇室」を目指す現皇室の在り方と相容れていないことを留意すべきです。今上陛下も皇太子殿下も秋篠宮殿下も、結婚に関しては当時としてリベラル的な選択をした恋愛結婚です。また、平等という観念にも皇室は寄り添おうと努力しています。被災者を前にしても昭和天皇は決して膝を折りませんでしたが、今上陛下は膝を折り視線の高さを同じくして声に耳を傾けています。
5 廃太子
 このように「別居」して治療してもダメ、「離婚」も有り得ないのであれば、「廃太子」するしかないと言い出します。
[治療をしても雅子妃がよくならない場合について、もう少し考えてみよう。離婚という事態は、お二人のお気持ちの中に一切ないであろう。その場合、仮に皇太子が以下のように考えたとしたらどうだろうか。自分はあくまでも雅子妃と愛子内親王と共に暮らして一家庭という単位で人間として幸福を追求する。ただし、この形態のまま践祚・即位した場合、皇室のあるべき運営に不都合をきたす。よって天皇にはならない──。このように考えた場合は、立太子の儀を経て皇位を継ぎ、次期天皇に即位する既定路線が定まっているこれまでの生き方を否定し、その立場を廃するという道も選択肢のひとつとして考えられる。橋本明『平成皇室論——次の御代へむけて』朝日新聞出版, 2009. ]
 過去の歴史で「廃太子」は実際にあったことのようですが、皇太子殿下ご自身が心身健康なのに、廃位を求めるというのは流石に滅茶苦茶でしょう。事実、こっぴどく批判されています。要点は次のように。
[もう一は、廃太子、つまり秋篠宮を皇位継承第一位にするという方策もあります。皇室典範の第三条には、皇太子が心身を病んだりして公務ができない場合、皇位継承順位の変更を皇室会議で認めることが定められているからです。これについても先述の所氏は、「規定の趣旨はあくまで皇太子さま本人に決定的な不都合が生じた場合であって、雅子さまの病気が皇位継承の順番を変える理由になるはずがありません」と言います。さらに、同誌で小田部雄次静岡福祉大教授は、「公務は天皇の単独が基本で、夫婦でやるのは今の両陛下が欧米型を取り入れてから。雅子さまが公務をやらないことを理由に離婚されるとは、おかしな話です。周りが勝手な皇室像を押し付けていると感じます」という。橋本明「「別居」、「離婚」、「廃太子」を国民的議論に」『WiLL』(2009.9号)]
 つまり、雅子さまのご病状の如何で皇太子殿下が継承権を辞退する必要はないし、雅子さまがご病気で公務や祭祀ができなくても問題ないということです。特に、「両陛下が公務を行なうというのは平成流であって、皇室の伝統ではなかった」ことは、今後の雅子さまのご公務の在り方を考えるうえで重要でしょう。
6 廃太子した後の皇太子
 また「廃太子」となった後の皇太子殿下の処遇というのは次のようなもの。
[もし「廃太子」が現実になったと想定しても、徳仁親王の皇族というお立場を定める身位は「親王位」にあり、皇太子を放棄しても基本的身分に変更はない。徳仁親王家が皇族として存在することに何らの変化も生じない。ご家族とて同じである。宮家として公務に専念する立場にも変化はない。皇位継承順位もいままでの一位から三位に下がるだけだ。ただし、その際には新たに立太子礼を他の皇族について挙げ、皇太子として内外に宣明する手続きと宮中行事が必要となる。具体的に言えば、皇次子秋篠宮文仁親王が立太子礼を経て皇太子になるということだ。同時に徳仁親王には新宮家が創設され、宮号が賜れる。皇位継承順位は秋篠宮、悠仁親王、そして徳仁親王となる。東宮家のご身位は、いまの秋篠宮家と同格になる。橋本明『平成皇室論——次の御代へむけて』朝日新聞出版, 2009. ]
 具体的なのは結構ですが、秋篠宮殿下が“皇太子”になったら継承順位は二位じゃないの? こういう基本的なところでオカシナところが目につきます。単に東宮家バッシングしたいだけなんでしょうね、きっと。
7 まとめ
 以上、雅子さまバッシングの極まり「別居」「離婚」「廃皇太子論」を見てきました。東宮家叩きが収まり、秋篠宮家批判が強まりつつある今となっては、時代遅れの議論である感が否めません。当時、雅子さまや東宮家を叩きに叩いていた評論家たちが、今になって皆黙っているのは奇妙な現象であると言わざるを得ません。手のひらを返して「秋篠宮家廃嫡」すら主張できないほどの惨状です。所詮その程度の信念だったということでしょうか?雅子さまは、 様々なバッシングを浴び抜いて、とうとうこの五月に“新”皇后になられます。果たしてどの様な“象徴”となられるのか、もうすぐ明らかになります。

| 農林漁業::2015.10~ | 01:15 PM | comments (x) | trackback (x) |

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